情報過多

2007-05-27 23:41:44 | 感想など
この前、情報過多が作品に対する「説明不足」という評価が乱発される原因となったことを述べた。


「情報過多」とはいかにもありふれた言葉だが、この現象の弊害の一つはまさに物事を「ありふれ」たものにするという現象に他ならない。つまり、的確な情報や見解であるにもかかわらず、それが氾濫することで月並みなものとして軽視されてしまうのである。しかも軽視された結果、重要な情報や見解が深く考えられずに自明なもの、取り上げる価値のないものとして放置さえされてしまう。


どんなに美味い料理でも、それをあまりに食べ過ぎれば人は飽きる。しかしそれは、その料理が取るに足らないものであることを意味しない。情報や見解も同じことである。しかしその事実は、情報の波に飲まれて理解されない。情報や見解の本質どころか情報過多という現象の本質さえもだ。そしてまた増えていく。知っているだけなのに物事の本質を理解できていると錯覚する人間が…
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