「投資が自己責任である」というのは言うまでもない。そしてだからこそ、情報はきちんと調べねばならない。とはいえ、この当然の構造に、「再スタートが難しい社会システム」が加わるとどうか?
そして「再スタートのため、一時的に社会の原資に頼ることは忌避される(生活保護などの否定的評価)」、「その社会構造で失敗しないために、徹底してリスクヘッジマインドが叩き込まれる(公的・私的教育の傾向)」という状況を加えたら?当然、投資などするわけがないという結論になる(よほど知識面や投資の金額の管理などをきちんとしているか、全く逆に何ら戦略性のない愚か者でない限りは。ちなみに非現実的に見える結婚の条件についても、こうした文脈で説明は可能である。単にエゴや自己肥大の結果とみなす傾向が多いように見受けられるが、もしそのような状況をただ嘲笑するのではなく真剣に掉さそうと思うのであれば、こういった社会システム・社会風潮への合理的適応という側面を見逃すべきではない)。
この状況を社会レベルで変えようと思うなら、まずは早い段階から経済や経営、投資というものに慣れ親しんでもらう環境を作ることが必要である。そしていざ破産状態などになったとしても、再スタートは切りやすい状態に変えることである。
最低でもこの二つが揃わない限り、日本社会で投資が一般化することなどありえないと思うのだがどうだろうか(これは善悪の問題ではない)?まして、これからオリンピックが実施された後でさらなる不況が到来するなら、元手=余裕はさらに減るわけで、そうなるとごく一部の余裕がある人間が情報と資金を活用して投資を行いさらに富んでいくか、あるいは元手が少ないのにギャンブル的に手を出して破滅する、という風にしかならないと私は思う。
まあ要するに、ピケティが言うような格差社会がこれからどんどん日本で際立ってくるのではないか、ということであり、その対策として「リスクテイカーたれ!」と訴えたところで、人は動くはずもないという話だ(当然、イノベーションが起きる可能性も相当限定される)。
〈パスポート〉 2018/8/14
飽和食塩水に15分つける、その後薬につける、ドクトルスイッチ池袋、lip高田馬場、株価は下がらないという幻想を広げる。この資本主義の性質に空気に流される土壌が加われば奈落にまっしぐら。
自己責任が連呼されるなら、怖くて貯金するのが普通じゃね?逆に言うと、なんでその状況で積極的に投資すると思うのか知りたい。それとも今からFXやビットコインとかやりますか?あるいは証券取引、
〈無題〉 2018/9/3
ビットコインは誰が投資してるのか?
スルガ銀行、TATERU。
ヤバすぎる。どうやって、見抜けと?
それも含めて自己責任呼ばわりなら、そりゃ貯蓄に回しますわ。そして金が出回らずシュリンク、と。
システムの透明性、信賞必罰、二度と立ち直れないくらい馬乗りになってボコボコにしてやりゃあいい。そして勉強会。中間層の金がそういったところに溶けても、百害あって一利なし。余裕をなくした社会がますます短絡的な自己責任論を大合唱し始めるだけだろう。
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