「知らしむべからず」を続けるから、子どもは焼け野原に立ち尽くすことになる

2019-12-25 12:46:34 | 日記

 

 

 

 

 

 

 

相変わらずエスプリが効いた動画構成は、もはや神懸っているとしか言いようがないwというか、このクオリティを週2でコンスタントに作り続けられるって真面目に尊敬するわ(・∀・)

 

これらは社会の現実の認識と、それをどう教えたらよいかわからない親・大人の話ということができる。これ自体は古くて新しいテーマだが、そも社会自体の変化スピードが上がっているのでハッキリ言って親・大人も大半がついていけてないのが実態ではないか。

 

一方今では、子どもでも情報を容易に調べることができる。「技術革新が進むと高齢者が敬意を払われにくい社会になる」と言われたりするが(AIの発達によってその傾向は加速するだろう)、それは社会変化がゆるやかであれば知恵を蓄えた存在が敬意を払われやすいのに対し、技術についていけずに取り残されるようになるから・・・という理由だ。

 

もちろんそれはあるんだけど、今回の話題に引き付けて言うと、調べられる方法さえあれば、実は「大人」と呼ばれる存在が偉そうにしているだけで、大してモノを知らないし考えたこともない、ということがすぐにバレちまうってことも大きいんじゃないか。たとえば「勉強しろ」って声高に注意するその人は、そも今の世界の何をどれだけ知っているのか?という風に子どもから値踏みされる側になるのだ(たとえば学校の情報、就職の現状、給与の変化は直接的に関係するが、たとえば経済に関連する地政学リスクや各国の経済政策と選挙状況など、「知っておくべきこと」などというのは無限に存在する。こういうものをどれだけ知っていて、またどれだけ端的に説明できるのか、という話である)。

 

要するに、この情報化社会では評価者に批判の目さえあれば、年齢など関係なくハリボテということがあっという間に見抜かれてしまう。たとえば、最近犯罪が増えてるとか言う大人がいても、「いやネットでデータを見るとむしろ減少しているよ。何を根拠に増えてるって言うの?」なんてすぐに反論できてしまうわけだし、あるいは「お金を無駄遣いしたらダメだ」という大人で宝くじを買っている人間は、「宝くじって期待値計算から『愚か者の税金』って言われてるけど、それは『無駄遣い』に当たらないの?」などと子どもから言われたらどう反論するつもりなんだろうね?

 

大人というのは人生の先輩ということで、今でも少なからず敬意を払うべき存在のように言われるが、こうして情報化社会が進んでフラット化していくと、ただ単に年齢を重ねただけで、それを自覚しないクズが沢山いることがたちどころにバレるようになる。

 

そのような覚悟を踏まえて、人に勉強しろっていう前に、己のことをまず振り返るべきなんじゃあないか・・・と思う今日この頃である。


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