ジャニーズ事務所によるマスメディアの懐柔、あるいは芸能事務所一般の問題点について

2023-11-09 16:44:21 | 感想など

 

 

 

 

前回は「男性の性暴力被害とその捉えられ方」という視点でジャニーズ問題をより一般化した形で取り上げたので、「今回は芸能事務所の問題点」という別の一般化した視点で記事を書いてみたいと思う。

 

一つ目の動画は、ジャニーズ問題を大手マスメディアが報道してこなかった背景に関するもの。犯罪性ありとの判決が出て国会でも問題として取り上げられたにもかかわらず、なぜ大手マスメディアは取り上げてこなかったのだろうか?その検証番組はいくつか出てきているが、所詮内容は横並びであって、「ジャニーズ事務所からマスメディアへの飴」、つまり様々な接待による懐柔など、踏み込んだ話は出てきていない。今回の動画では、そこへ具体的に触れられている点が重要だ。

 

また、能年玲奈が本名を使用できないことなどで問題視されている、芸能事務所の契約形態(奴隷的契約)なども触れられている。「契約書にある以上はそれを履行せねばらない」とする向きもあるが、例えば一時期話題となった過払い金請求などからもわかるように、契約書の内容が法律に反するようなものであれば、問題となったり無効となったりする方が当然である。にもかかわらず、「契約書に書いてある」というだけで思考停止するのであれば、それはもはや変えないという意思表明=不作為と言えるし、特殊な界隈については問題なしとするなら、もはや法治国家の看板を下ろしたらいかがかと思う次第である(ついでに言っておけば、前述のような反応・発言をする手合いは、「重要だと思えない」という反応がまず先にあって、その自分の感情・思考を正当化するために適当な理由付けを探すから、こういうおかしなダブスタ的発想をしてしまうものと思われる→先日も書いた『認知バイアス』を参照)。

 

さて、二つ目の動画は「サンデーモーニング」という番組において、関口宏とその所属事務所の契約関係がジャニーズ化している、という話である。ジャニーズ問題の報道を聞いた時、さすがにジャニーズ事務所だけがひとりおかしなことをやっていると思った人は少ないと思うが(まあ吉本も契約書の事などで一時大きく取り上げられたし、バーニングなども色々言われているわけで)、今回はその具体的事例として参考になる。こういった具体例の暴露と並行して、そもそも芸能界というものがどのように誕生したかを知る機会を設け、その分析・解体・改変に繋げることが有益だろう(例えば、戸部田誠『芸能界誕生』などを読んでみるのもよいかもしれない)。

 

なお、サンデーモーニングの件でも十分わかると思うが、ジャニーズはもちろん、芸能界の問題に「左」とか「右」とかは全く関係ない(それを言ってる人たちは、例えば「左」が歴史的に内ゲバはもちろん汚職やら弾圧やらのオンパレードだったことを知らないんだろうな・・・と思うが、まあそういう反論は多分無意味で、おそらく自分が「快」と思っているものを否定するように見える人たちに対し、自分の嫌いなもののラベルを貼っているだけで、そこに論理的必然性とか検証とかは関係ない・・・というのが実情だろう)。

 

そしてジャニーズ問題や大手マスメディアの癒着については、これを奇貨として芸能事務所の契約形態やクロスオーナーシップ制度といった諸々の仕組みにメスを入れるきっかけとすべきであろう。

 

 

【余談】

まあもう少し一般化するなら、歴史を見ればわかる通り、「人間とは堕落する生き物」である。だからこそ、システムの整備が必要で、「阿吽の呼吸」とか「以心伝心」といった発想は、狭いムラ社会でしか通用しない馬鹿げた発想と言える。まあ戦前には無責任体制の中でファシズムもどきなことをやろうとした結果、見事に失敗したという手痛い経験があるはずなのだが、それを「仕組み的なダメさ」ではなく、自分たちに「悪」のレッテルを貼った時点で、改善しようもなかった。で、そのツケを80年近く経った今も払い続けているという次第である。

 

ちなみに、「システムを整えれば万事上手くいく」わけではない。変化の早いご時世ゆえ、その時は妥当に見えた仕組みも、すぐに耐用年数を迎えてしまう可能性が高いからだ。その意味で、何を残しつつ何を変えるかを不断に判定・変化させていくという「永遠の微調整」が必要なのであり、またそれが適切に行える状態であるかのチェックアンドバランスが必要不可欠とも言えるのである(この点、「今ここ」を重視する「コンサマトリー」はナイーブな進歩主義へのアンチテーゼとして意識的に選択されているならまだいいのだが、「今のところ単に積極的に選ぶべきものが何もわからないから、取り合えず今ここを大事にするしかない」という類の反応、つまり厳しく言えば「思考停止」を体よく言い換えたものに過ぎないゆえ、そこに期待などできないと感じるのは私だけだろうか)。

 


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