結構長かったけど普通に読めた。アン本人の魅力も去ることながら、各キャラクターの個性の描き方が上手いなあと感じた。例えば、言葉少なだが常にアンの味方として見守ってくれるマシュー、褒めすぎることに罪悪感を感じて素直にアンを褒めることのできないマリラ。それぞれが図式的にではなく非常に生き生きと描かれており、しかも共同生活者であることによってさらにその違いが浮き彫りにされている。こういった二人のもとでアンが育つという状況が面白いし、何より第三者的な視点で書かれている部分が独特なアクセントをつけている。読者はこの視点によって「神の目線」を獲得でき、キャラクターや世界をより簡単に理解することができるようになっている。
また、この時代の少女小説ということを反映して教訓的な部分も少なくない。ただそれは、アンという独特なパーソナリティを持った少女の視点から見た教訓として語られるので、教訓をただ垂れるだけの内容と比べればずっと生き生きとして面白い。特に、隣人のレイチェル=リンドの態度についてマリラと語るシーンは傑作だと思う。
レイチェルは非常に社交性のある人物で社会的活動も精力的に行っているのだが、同時に人の生活態度について口うるさい人間でもある。それに対し、アンは「リンドのおばさんがやってはいけないということを、片っ端からやってやりたいような気分になっちゃうの」とマリラに漏らすのだが、それに対し「レイチェルがいいことをしろ、いいことをしろと、口うるさく言うのをやめたら、おもえの言葉を借りれば、もっといい影響を与えられるとよく思うんだよ」と応えている。これは現実にいる人間にも当てはまりそうな分析であるし、本の内容から教育論と読むこともできるし、あるいは逆に本文の教訓的内容に対するアンチテーゼの提示と読むことも可能だろう。
こうしてみると、少女小説というのもなかなか奥が深い。少なくとも、勧善懲悪を垂れ流すことしかできないどこぞの腐った表現類型よりも数倍マシと言えるだろう。
また、この時代の少女小説ということを反映して教訓的な部分も少なくない。ただそれは、アンという独特なパーソナリティを持った少女の視点から見た教訓として語られるので、教訓をただ垂れるだけの内容と比べればずっと生き生きとして面白い。特に、隣人のレイチェル=リンドの態度についてマリラと語るシーンは傑作だと思う。
レイチェルは非常に社交性のある人物で社会的活動も精力的に行っているのだが、同時に人の生活態度について口うるさい人間でもある。それに対し、アンは「リンドのおばさんがやってはいけないということを、片っ端からやってやりたいような気分になっちゃうの」とマリラに漏らすのだが、それに対し「レイチェルがいいことをしろ、いいことをしろと、口うるさく言うのをやめたら、おもえの言葉を借りれば、もっといい影響を与えられるとよく思うんだよ」と応えている。これは現実にいる人間にも当てはまりそうな分析であるし、本の内容から教育論と読むこともできるし、あるいは逆に本文の教訓的内容に対するアンチテーゼの提示と読むことも可能だろう。
こうしてみると、少女小説というのもなかなか奥が深い。少なくとも、勧善懲悪を垂れ流すことしかできないどこぞの腐った表現類型よりも数倍マシと言えるだろう。
<引用ここから>
我々もアンを見習って部室の掃除をしようじゃないか!!
中略
アン・シャーリーが・・・こんな事を言ってる!
おそうじだ・・・今だ必殺 アッパーだ
<ここまで>
だな。そんな俺はミラノダービーに負けて気落ち中。
ダービーは激戦だったみたいね。