フラグメント50:リアリティ、共感、嗜好

2008-11-13 22:37:27 | フラグメント
さて、フラグメントもこれで50。そろそろカテゴリーを新設したほうがよさそうな気がする。まあそれはさておき、気が狂ったフラグメントを載せることにする。


偽が横行する要因について>などへ。
リアリティがあるとは、現実がよく反映されているというよりもむしろ、その人が何を現実的だと考えるかを象徴している。「今日ほどあなたを食べたいと思ったことはない」と言うだけで十分狂人になれる。フェティシズムと意味の消費は何が違うのか?確かに両者とも象徴だが、後者には他者性が介在する。てゆうか前者はモノそのものへの執着じゃないのか?並ぶのが好きな日本人…意味の消費?もっと原初的な期待の感情ではないか?(他者の選択に対する信頼性?)


共感という認識~その機械的・独善的な過程について~>などへ。
電脳コイル、ディック「アンドロイドは~」、ギブスン「ニューロマンサー」共感覚的な幻想(同じ感覚というより同じ経験)。共感の問題。以前書いた現前している状態としていない状態(スタジアムとテレビ)。明確な二分法で分けれはしないにせよ、このカテゴリーで共感できるかではなく、「なぜ共感できると思うのか」という認識のあり方を問うてみるのはおもしろそうだ。もし、見えないものなどない、あるいは見たくないものまで見せられてしまう世界に馴れ親しんでいたら、人はその背後にあるものに興味を抱くだろうか?


その目で殺されたい
汁だく接待3より1。同じ汁なのに。痴漢伝説2は歯科助手、原作のアリーナにはまるで無反応だがクリムゾンはくる。→釣り目が好き?メガネも釣り目に見えるから好き?大学一年切れ長好き(倉木)、[絶望先生の]まとい、かえれは髪型、金髪かもしれんが、ちり、倫は…そしてかふかやメガネがだめな理由は…たれ目だから?尿道オイルの話にムラムラくるのは自己に置き換えてるから。図像しか見てないんじゃね?ふたなりを見ていちいち「女なのについてるのがいい」とか考えてるか?かわいければOK。だからショタもいけるわけでしょ。意味を求めすぎるのは危険だよ。断面描写=過視性。一寸の虫にも五分のオナニー


<穂村シナリオについてはいずれ書く予定>
補村シナリオは調教ゲームのアイロニー。グロテスクな関係性、逃げない理由のおかしさ、身体改造、虜2をやったからかもしれんが、これやって調教ゲームの裏側に過ぎないと気付いた人は以前のようにはプレイできないだろうね。配れば抑止になる?私たちの目は決して絶対的・客観的なものではありえない。しかしそこにこそ、多様な揺らぎをもってより深い内面へと浸水していく契機が存在しているのも事実である。今までは地面に埋まって頭だけ出してる状態。今は歩いているが、それは果たしていいことなのか?
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