S先生にシュレーゲルアオガエルの卵塊がことごとく威野志士様に喰われていく現場を案内していた時の事、「ムギワラトンボが降りた!」と小生は観たのだったがS先生は「若いオスである」と言う。理由を尋ねると「未熟なオスは他のオスからの攻撃を避けるためにメスの装いなのだ」との事。観察点は「尾の先端へ細くなっていく」事と「先端部に白色部がある」の二点なのだそうだ。言われてみれば確かにその通りで、他の昆虫だったか未熟の時はメスの恰好で過ごす種もあったと微かな記憶があった。
トンボの世界は未熟、成熟、あるいはオスとメスでガラリと変わって見える世界もあって、小生のような作業員では理解しきれない。その都度教えてもらったり写真判定をしていただいたりするけれど蓄積しないのが現実だ。とどのつまりは種や数が増加していれば「それでいいのだ!」とバカボン親父風で決着。
さてくだんのトンボ・九段の神社・苦断の爺爺、見れば見るほどムギワラトンボで、説明は理解しても長年の記憶と印象がすり合わず落ち着かない。
ここは学術的・科学的考察は置いといて、記憶・感覚的認識が良く身に収まる。つまりは「正誤合わせて呑む」腹の太さもあった小生なのだった。
トンボの世界は未熟、成熟、あるいはオスとメスでガラリと変わって見える世界もあって、小生のような作業員では理解しきれない。その都度教えてもらったり写真判定をしていただいたりするけれど蓄積しないのが現実だ。とどのつまりは種や数が増加していれば「それでいいのだ!」とバカボン親父風で決着。
さてくだんのトンボ・九段の神社・苦断の爺爺、見れば見るほどムギワラトンボで、説明は理解しても長年の記憶と印象がすり合わず落ち着かない。
ここは学術的・科学的考察は置いといて、記憶・感覚的認識が良く身に収まる。つまりは「正誤合わせて呑む」腹の太さもあった小生なのだった。

