「月光仮面」:1958年(昭和33年)2月24日-1959年(昭和34年)7月5日
「七色仮面」:1959年(昭和34年)6月3日-1960年(昭和35年)6月30日
「まぼろし探偵」:1959年(昭和34年)4月1日-1960年(昭和35年)3月27日
「怪傑ハリマオ」:1960年(昭和35年)4月5日 - 1961年(昭和36年)6月27日
「仮面の忍者・赤影」:1967年(昭和42年)4月5日 - 1968年(昭和43年)3月27日
これらの「テレビ映画」(当時はこう言っていました)に共通するのは、「仮面」、「ハリマオ」は「サングラス」です。主演はすべて無名の新人俳優でした。
なぜでしょう。当時テレビは、「電気紙芝居」などと言われ、少しでも名の売れた映画俳優は出演をしませんでした。そこで、テレビ局は新人俳優を起用するしかなかったのです。しかし、顔も知らない俳優では視聴率は期待できません。
そこで、顔が知られていないことを逆手にとって顔を隠したのです。これが大当たりでした。
「七色仮面」の2代目は千葉慎一でした。「まぼろし探偵」には吉永小百合も出演していました。
ここから、「仮面ライダー」、「戦隊シリーズ」「ウルトラマン」などが生まれました。
ちなみに、「月光仮面」「七色仮面」「まぼろし探偵」は川内康範の原作で、紙芝居の原作者として「月光仮面」を大ヒットさせ、映画脚本の世界に移り、その後テレビの世界に重点を移したのです。
したっけ。
腕の痛みは大丈夫でしょうか?
ご無理をされませんように。
あの千葉慎一さんも
戦隊ものに出演されていたんですね^^
映像に歴史を感じます^_^
大丈夫って、よくマネした記憶があります。
30年代は、テレビが出来て、みんな大騒ぎだった世の中だからこそ、懐かしく思います。
ちなみに、私は、赤影が放送されたころの生まれ年です。
年齢ばれましたね。
ありがとうございます。
なれないことはするもんじゃありませんね。
すっかり疲れています。
したっけ。
テレビが家庭にやってきた頃、立派なカバーがありました。見るときは映画館のようにカバーを上げていました^^
したっけ。
いつもありがとうございます♪
月光仮面懐かしいですね。
赤影、青影なども懐かしくあの当時はテレビが
ある家は金持ちの家で子供達に観においでと
言われみんなで観に行き一緒に帰りました。
まだ幼かった私
未だに、赤影は誰だったのか分からないっていうかストーリーも覚えてない(┯_┯)
日頃の行いがいまいちの、月影(都月)さん(笑)教えて~
当時の映画界はテレビに客を取られる事を恐れて映画スターをテレビに出演させませんでした。でも、映画産業も斜陽化してそんなこと行っておられなくなりました。
それは腕も疲れますね。お疲れ様でした!!
最近、年を取ったと思うけど、この記事を拝読すると
まだ若いのかなって思います。月光仮面は自分の生まれる20年前・・・
そうでしたね。テレビが普及していない頃は、テレビのあるお宅か電気屋さんの前で見ていましたねー^^
したっけ。
無理ですよ。そんな昔のこと。
昨日のことでさえ、よく覚えていないのに(笑)
したっけ。
そうですね。30年代はまだ映画でしたね。
映画が斜陽化して、五社協定に縛られたスターが独立プロを設立し、テレビに出演しだしました。
今また映画が元気を取り戻しつつありますが、テレビシリーズの映画化では、また客は離れると思いますよ。
映画館は茶の間ではないんですから・・・。
したっけ。
それで歳をとったといわれたら、私はどうしたらいいのでしょうか・・・。
したっけ。
なつかしいですね
一番は、「月光仮面」
始まりの場面で、月光仮面がジャンプして
遠くにある白バイに乗るシーンが、忘れられません
あとひとつ
「少年ジェット」でしょうか
「ウーリャーター」というミラクルボイスが、決定打
でした
そうですね。少年ジェットを忘れていました。
赤胴鈴之助と同じ武内つなよしの漫画ですね。赤胴鈴之助では「真空切り」というんではなかったですか?
当時は真似をして遊んでました。懐かしいです。
したっけ。