師匠は「恵方巻」を描いてきました。
私が貰った絵手紙の返事が師匠に届いてから、ブログに載せています。
郵便局の配達の見直しで、翌々日配達になり、土日祝日の配達もなくなると、こうして間の抜けたタイミングになります。
郵便局は従業員の待遇は考えても、利用者の利便性は考えていません。これではますます郵便離れが加速します。
仕掛けた人は誰?恵方巻きの由来・ルーツ・丸かぶりの謎
恵方巻きのルーツは関西。そして由来は… 恵方巻きは、江戸時代から明治時代にかけての大阪の花街で節分をお祝いしたり、商売繁盛を祈ったりしたのに始まったといわれています。花街で商人や、芸子たちが節分に芸遊びをしながら商売繁盛を祈り、食べたようです。名前も恵方巻きという名前ではなく、「丸かぶり寿司」や「太巻き寿司」と呼ばれることが多かったようです。「丸かぶり寿司」も「太巻き寿司」も七福にちなんで、7つの具を入れて巻くので、7つの具を入れるのが基本になったようです。
どうして一本丸かじりするの? それではどうして恵方巻きは一本丸かじりで食べるのでしょう?それは、一本丸ごと食べる事で幸福や、商売繁盛の運を一気にいただく、ということを意味している事が大きいようです。途中で止めることで運を逃すことなく、一気に恵方巻きを一本をまるごと食べる事で年の幸運をぜひ手に入れたいですね!
恵方巻きが全国で広く食べられるようになったのはいつ? 1989年に、某コンビニエンスチェーンが広島県で太巻きを売りだしました。そのコンビニエンスチェーンでは、売り出す際に、「恵方巻き」と名前をつけ、販売を始めたというのが恵方巻きという名前の始まりの強い説です。その後、あっという間に恵方巻きは全国に広がり、コンビニエンスチェーンのみでなく、デパートやスーパーマーケットでも必ずと言って見られる食品になりました。また、今では関西以外でも手作りで恵方巻きを楽しむ方も増えており、今後もいろいろなバージョンの恵方巻きやアレンジがうまれそうです。 |
寿司、海苔業界が普及させた説
前述のとおり、今日の恵方巻のイメージを作ったのは「商業組合が発行した宣伝広告」という説が有力です。
1930年代には寿司屋の組合が、1970年代には海苔・厚焼の組合が、恵方巻の由来・ルーツを示すチラシを作っていたそう。そこに記載されていた「昔からの言い伝え」が、しだいに恵方巻のイメージとして広まっていったと言われています。
セブンイレブンがしかけた説
もうひとつ有力とされる説が「セブンイレブンが流行りを作った」というもの。1989年に広島県の一部のセブンイレブンで、節分に太巻きを売り出したのがきっかけ、とする説です。
その際に「恵方巻」という名前をつけ販売をスタートしました。それをきっかけとして知名度はだんだんと上がり、1998年には全国展開を開始。その後コンビニだけではく、スーパーやデパートでも恵方巻が販売されるようになりました。
師匠! 今回は「恵方巻」ですね。
私も「恵方巻」を描きます。
↑師匠が私にくれた絵手紙
私が師匠に送った絵手紙↓
91歳の彼女から花魁絵手紙のお礼に届いた絵手紙です↓
#NO WAR #STOP PUTIN
#StandWithUkraine
■昨日のアクセスベスト3
「仲良きことは美しきかな」
ニコニコといいですね(*^^*)
具がたくさんの恵方巻き。
おいしそ~う!
かわいい鬼さん👹梅の花がお似合いですね^^
どちらも可愛いオニさんですねぇ。
最近では節分お蕎麦なんかも耳にします。
みんなで食べればおいしいですからね。
91歳の彼女の絵もいいでしょう。
私もその年まで描けるかな~^^
したっけ。
節分は旧暦の大晦日ですからね、そばを食べても不思議ではありませんね^^
したっけ。
テレビ朝日のナニコレ珍百景で
大阪の人々が節分に恵方巻なるものをみんなある方向を向いて
もくもくと食べきるという
大阪の「珍百景」として珍百景に登録~となったのを覚えてます(笑)
まじ「なんじゃあれは?まさに珍百景だ!」と、関東の人たちは思いましたから
それまで関東の人たちは恵方巻なんて知らなかったですわ~
さくらばなも彼女に肖りたいです^^
恵方巻なんて名前も知らなかった。
それが、あっという間に全国に広がりました。
コンビか海苔屋の陰謀説がありますが、確かに売れますね^^
しtっけ。
年齢を重ねた優しさがあります。
いいですね^^
したっけ。