苔寺「妙法寺」を後にしてすぐ近くにある「安国論寺」に立ち寄ってみました。
大町の松葉ケ谷(まつばがやつ)地区は、日蓮上人が鎌倉に入って初めて草庵を結んだ場所で、以来20数年にわたって住んでいた日蓮の霊蹟となっていて「松葉ケ谷のお祖師さま」と言われています。
貫禄のある山門の先には、真っ直ぐ石畳の参道が延びており、厳粛な聖なる雰囲気がありました。
参道を進み本堂に参拝し広い境内の見学コースを巡っていました。
本堂の横には、日蓮の直弟子の日朗がここで火葬されたという「日朗上人御荼毘所」があり、その右手には紫陽花の花が咲く石段が続きます。
階段を上ると中腹には松葉ヶ谷法難において白猿に導かれて日蓮が逃げ込んだという「南面窟」という洞窟がありました。
南面窟から山道を下って御小庵があり、日蓮が「立正安国論」を書いた「御法窟」がその奥に在ります。
御小庵の前には、立派な御像がお座りでした。
御法窟の脇には、松葉ケ谷 日蓮上人遺跡の石碑が立てられていました。
御法窟横から急坂の階段を上ると富士見台へ到着します。
富士見台からは、この日は見えませんでしたが、由比ヶ浜海岸から稲村ヶ崎など絶景が見られました。
富士見台では、日蓮上人が毎日法華経を唱えていたと言われています。
尾根沿いの巡礼道を歩むと、平和の鐘のお堂がありましたが、突くのは時間限定でしたね。
巡礼道を巡って本堂脇に戻ると、お猿さんの石像があり沢山お供えが飾られていました。
松葉ケ谷は、お猿さんにご縁があるようですね~
驚いたのは、墓所の中にあの経団連会長を努められた土光敏夫家のお墓があり、菩提寺になっているそうです。
元会社の大先輩でもあり、氏は法華経の信者だったそうです。全く知らなかったのですが、ご縁を感じて参拝させてもらいました。
安国論寺を後にして、鎌倉駅に向かう途中にある「安養寺」に立ち寄ってみました。
「安養院」は、日蓮宗ではなく浄土宗のお寺で北條政子ゆかりのお寺で、政子が亡き夫頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺を移したそうで、「安養院」は政子の法名だそうです。
開かれていた日限地蔵尊に参拝していましたが、恋愛成就のご利益があるとか?今更期待も出来ませんね(笑)
観音堂の横には、沢山の地蔵さまや宝篋印塔、供養塔などがお並びで一番奥には政子の宝篋印塔でした。
さらに本堂裏手にはツツジの木に囲まれた鎌倉最古のものと言われる開山良弁尊観の宝篋印塔があり、国の重文に指定されていました。
また、境内の一角には、ひっそりと「身代わり地蔵」様もお眠りされていましたが、ご利益は?~
梅雨の快晴に恵まれての鎌倉の花散歩と歴史散歩を堪能した一日でした。
大町の松葉ケ谷(まつばがやつ)地区は、日蓮上人が鎌倉に入って初めて草庵を結んだ場所で、以来20数年にわたって住んでいた日蓮の霊蹟となっていて「松葉ケ谷のお祖師さま」と言われています。
貫禄のある山門の先には、真っ直ぐ石畳の参道が延びており、厳粛な聖なる雰囲気がありました。
参道を進み本堂に参拝し広い境内の見学コースを巡っていました。
本堂の横には、日蓮の直弟子の日朗がここで火葬されたという「日朗上人御荼毘所」があり、その右手には紫陽花の花が咲く石段が続きます。
階段を上ると中腹には松葉ヶ谷法難において白猿に導かれて日蓮が逃げ込んだという「南面窟」という洞窟がありました。
南面窟から山道を下って御小庵があり、日蓮が「立正安国論」を書いた「御法窟」がその奥に在ります。
御小庵の前には、立派な御像がお座りでした。
御法窟の脇には、松葉ケ谷 日蓮上人遺跡の石碑が立てられていました。
御法窟横から急坂の階段を上ると富士見台へ到着します。
富士見台からは、この日は見えませんでしたが、由比ヶ浜海岸から稲村ヶ崎など絶景が見られました。
富士見台では、日蓮上人が毎日法華経を唱えていたと言われています。
尾根沿いの巡礼道を歩むと、平和の鐘のお堂がありましたが、突くのは時間限定でしたね。
巡礼道を巡って本堂脇に戻ると、お猿さんの石像があり沢山お供えが飾られていました。
松葉ケ谷は、お猿さんにご縁があるようですね~
驚いたのは、墓所の中にあの経団連会長を努められた土光敏夫家のお墓があり、菩提寺になっているそうです。
元会社の大先輩でもあり、氏は法華経の信者だったそうです。全く知らなかったのですが、ご縁を感じて参拝させてもらいました。
安国論寺を後にして、鎌倉駅に向かう途中にある「安養寺」に立ち寄ってみました。
「安養院」は、日蓮宗ではなく浄土宗のお寺で北條政子ゆかりのお寺で、政子が亡き夫頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺を移したそうで、「安養院」は政子の法名だそうです。
開かれていた日限地蔵尊に参拝していましたが、恋愛成就のご利益があるとか?今更期待も出来ませんね(笑)
観音堂の横には、沢山の地蔵さまや宝篋印塔、供養塔などがお並びで一番奥には政子の宝篋印塔でした。
さらに本堂裏手にはツツジの木に囲まれた鎌倉最古のものと言われる開山良弁尊観の宝篋印塔があり、国の重文に指定されていました。
また、境内の一角には、ひっそりと「身代わり地蔵」様もお眠りされていましたが、ご利益は?~
梅雨の快晴に恵まれての鎌倉の花散歩と歴史散歩を堪能した一日でした。