「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「コスモス揺れる三年目」

2011年11月10日 | 家族・孫話

           

あの日、まだぬくもりのある母の顔や頭に手を当てて、ただ茫然自失。
悲しみがこみ上げるなど感情の揺れさえ気付かないまま、「母が亡くなった・・・」そのうつろな想いで目をやる病室の窓の向こう、風に揺れていたコスモスが鮮明によみがえる。

あれから三年が過ぎた祥月命日。
あの日と同じように晩秋の風に揺れるコスモスを見ると、またひとつ母への複雑な想いが、頭を、胸をよぎる。

朝一番仏壇に手を合わせる一日の始まり。お墓参りを済ませて再びお仏壇に向き合う。母から見れば孫娘が備えてくれた大きな生花には、これまでにないピンク色のカーネーション、ピンクの菊の花など艶やかさも混じる。粋好みの母にはお似合いの配色。
歳月の流れは、お供えの花色さえ変える魔力を秘めている。
       

三年という歳月はいろんなものを浄化してくれた思いがする。あの打ちひしがれた悲しみからは解放され、母が元気だったころのいい思い出ばかりが浮かんでくるようになった。
母の命を受け継いだようなひ孫の悠雅くんも、2歳7カ月を順調に成長してきて、二人の兄ちゃんと揃ってお線香を手向けるまでになった。
長いこと迎えに来なかった父を恨みにも思わず、横に座った母が頬笑みながら、ひ孫たちのこんな姿を眺め、楽しい話でもしているのだろうと思わせる。

そうはいっても、このような節目の日を迎えると、なんかしら心穏やかならぬものはある。
そんな思いを繰り返しながら、父や母の年に近づいて行くのだろう。
決して粗末にするようなことはないので、これからも末長く見守っていて欲しいと願う、母が逝って丸3年の祥月命日は静かに暮れた。 

コメント (6)
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