ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

水石山、40数年ぶりの山頂で…

2012-10-22 22:51:19 | 新潟
昨日、いわき市から新潟への帰り道。
すんなりいわき中央ICから乗らずに、いわき三和ICから乗ることにした。
すると、途中、いわき三和ICの近くに「水石山公園→」という案内板を見つけた。
懐かしい!と思った。
中学1年生のころだから、40年以上も前、母方の祖母が亡くなった折に来た時だったと思う。
親類に、水石山に連れて行ってもらったことがあるのだ。
山の頂上付近の芝生の上で、キャッチボールやら何やらして、夏の日に遊んだ覚えがあった。
その後、いわき市に来た時、どこだったのだろうと思っていたのであった。
今回、その入口を見つけたことで、いっぺんに行きたい気持ちが高まった。
「6km」とのことだったが、車でくねくねと登って行くのは、なかなか遠く感じた。
こんなに遠かったかなあ…と思いながら、登って行き、ようやくたどり着いた。


昨日は、2~3人とかで来ている人が少しいただけ。
昔は、たくさんの子どもが親子連れで来ていたと思ったが、やはりさびれているイメージは否めなかった。
山頂が近付くと、いわき市平の中心部がよく見渡せた。


斜面を登って行くと、草を刈った場所もあるが、野草が残っているところも多くあった。
その中に、ツリガネニンジン(ハクサンシャジン?)を見つけ、何枚か写真を撮った。

風が強く、なかなかピントが合わなかった。


山頂部には、らせん階段を登る展望台があった。

かなり古く感じられたから、きっと40数年前に行った時も登ったことだろう。
階段のさびた部分や欠けたコンクリート、はげかかった外壁などに、さすがに古さを感じた。
思わず、遠くの海岸部に目をやった。

海の色が濃いので、陸地との違いはわかる。
うすぼんやりと見えるのは、塩屋埼灯台だろうが、はっきりとはわからない。
40数年前は、まさか震災や津波が起こるとは思っていなかった。見えなかったが、その北側の方に原発ができるとは、そのうえ事故が起こるとは思ってもみなかったことだ。

近くに人はいたが、極端に少なかったこと。
秋のススキが風になびいていたこと。
青空の下、だいぶ西に日が傾こうとしていたこと。
…そんないろいろな要素が、40数年という時間の経過とそれに伴う感慨で、しばしぼうっとした瞬間があった。
あの日子どもだった自分は、もう中年の後半を迎えている。
自分を取り巻く人々も、同じだけ年を重ねたりすでに鬼籍に入っていたり…。

時間が過ぎたのだなあ…。

青空。秋の夕方近い陽射し。ススキ。風。

様々なものに囲まれ、人生も秋なのか?
…と、しばし物思いにふけった水石山であった。
コメント (2)
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