NHK-BSの番組「グレートトラバース」で、日本百名山・二百名山・三百名山を人力のみで登頂を果たした田中陽希氏。
毎回の番組で、彼の紹介を「プロアドベンチャーレーサー」としていたが、そういう肩書を持つ人は少ないだろうと思う。
そもそも、アドベンチャーレースは、大自然の中を、個人や数名でチームを組み、数日かけてチェックポイントを通過しながらゴールを目指して順位を競争するスポーツ。
プロアドベンチャーレーサーを名乗る田中陽希氏は、「EAST WIND」というアドベンチャーレースのチームに所属して、日本や世界のレースに出場している。
さて、駅伝やマラソンなど、長距離走を扱った小説は多いが、アドベンチャーレースを扱ったものは、あまり見ない。
珍しく見かけたのが、堂場瞬一が書いた、この「ランニング・ワイルド」。
堂場瞬一の作品は、以前、刑事物の「コーチ」を読んだが、やはりスポーツ物も得意なようだ。
書名は「ランニングワイルド」だが、中身は「ランニング」だけではなかった。
本の帯の表紙側には、
タイムリミットは24時間。
最も過酷な「アドベンチャーレース」に参加した機動隊員が、家族を人質に脅迫された。妻子を救い、犯人を追い詰めて、そしてレースに勝利できるのか?
とあった。
そして、帯の裏表紙側には、
人間が経験できる、もっとも過酷なスポーツと言われるアドベンチャーレースは、超長距離を走り、泳ぎ、バイクやカヤックなど様々な手段で移動しながらチェックポイントを通過していく競技だ。瀬戸内海のとびしま海道で行われるアドベンチャーレースの大会に、警視庁に勤務する4人のチームPも参加した。スタート直前、キャップの和倉賢治のもとに、「家族を預かった。無事に返してほしければ、レース中にあるものを回収しろという脅迫が…。果たして和倉たちは一刻も早くゴールし、妻子を解放して、事件を解決できるのか。
と書いてあった。
アドベンチャーレースを扱うだけでも面白いと思う。
なのに、そのレースにかかわって人質事件が起こる。
ハードなレースを展開しながら、どうやって解決にもっていくのだろう?
興味がわき、読んでみたくなった。
私としては、非常に面白かった。
アドベンチャーレースは、チーム戦である。
世界で展開されている大会などでも、メンバーに女性を入れることが条件になっているものも多い。
この小説のレースでも、4人のうち1人は女性で構成されている。
そして、この小説の設定が、いかにもありそうなレースの大会であった。
レースの冠名には「中村春吉記念」と実在した人物名がうたわれ、設定された場所はとびしま海道の島々になっており、著者の取材力、構想力はすごいよく考えられてあるなあ、と感心した。
出てくる風景の描写が非常に細かい。
坂道がどのくらい急なのかとか、カーブの連続が続くとか、道路についてはもちろん、通り過ぎる集落や見える風景の様子などが、非常に細かく書かれている。
これは、実際にその場所を巡らないと書けないだろう、と思う。
あとでわかったが、著者は、この話を書くに当たって、田中陽希氏も所属する「EASTWIND」代表の田中正人氏から話を聞き、示唆を受けたとのこと。
そうだよなあ、それにしても、レースの様子がよく書けているなあと、感心。
走る場面にしても、カヤックの場面も、バイクの場面も、いかにも選手がレースの厳しさを味わいそうな、真に迫るものがあった。
そして、著者の描写の細かさは、登場人物のくどいくらいの心理描写にも表れている。
この小説では、主人公の和倉の心の動きだけでなく、メンバー唯一の女性である安奈の心理も描き出している。
面白いことに、いらいらする犯人の心の細かい動きもつぶさに描き出している。
登場人物の喜怒哀楽が、読み手によく伝わって来る。
そのように、複数の登場人物の心の中に入り込んで文章が語られているから、心理状況がよく分かり、より臨場感が出てくる効果を生んでいた。
アドベンチャーレースの推移を読むだけでも十分に楽しめるところに、人質事件の解決というサスペンスまで加えていたが、そこがスポーツ小説も刑事小説も得意な著者ならではのところだろう。
両方を合わせるというのは少し異質ながら、私には、どちらもハラハラドキドキして、非常に楽しめる小説だった。