kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

デビュー40周年記念コンサート・ツアー松山千春の系譜

2016-05-14 17:55:10 | 松山千春

 

5月12日、東京フォーラムAに行ってきました

 

デビュー40周年記念コンサート・ツアー

「松山千春の系譜」

 

 

 

この会場は初めて行きました

大きいですね~、5012席

 

私は1階の後方でしたが、通路横で見通しは良かったです

でも、顔は分かりません

そっくりさんが立ってたら…どうでしょう

あ、会場にそっくりさんが2人、見つけましたよ

いつ行っても大抵ひとりはおられます(^_^;)

 

 

 

 

 

1977年1月25日に「旅立ち」でデビューして

今年は40周年

ひとくちに40年と言っても長~~い道だったと思います

思い起せば私もまあまあ長~い間ファンしてきました

「長い夜」も何度聞いたことでしょう

それ以上に千春さんはどれほどに歌われたことか

 

千春さんはいったい何曲発表されてるのだろう?

いちど数えてみようかな

 

 

 

 

 

40年の間には、大きな怪我も病気も経験され、

またあわや、歌をやめて政治家になるのか?

という危機もあったし、

 

そうです、もうコンサートは聞けないのか?

という危機感にさいなまれたこともありました

 

思いとどまられたのは、娘さんの言葉だったような

 

 

千春さん、もう若くないな

 

 

もちろん私も年取りましたが、こうなったらどちらが先にお手上げか!

 

夏は武道館で記念コンサートがあります

 

行くぞ。

 

健康健康腹八分♪

運動運動腹八分♪

 

歌も俳句も私の肥やし

違うところに効きすぎたかな(^_^;)

 

ダイエットダイエット腹八分♪

 

ブログも喋りすぎました 

今日はこの辺で失礼いたします

 

 

東京フォーラム 

 

 

ホールAはこの奥に

 

 

東京フォーラムの有楽町側

 

 

東京フォーラムの東京駅側 

 

 

 

東京駅の前の道、未完成なのですか?

白い衝立みたいなのが幾重にも立って、視界を遮っていました、残念!

 

おのぼりさんこと、私、少し観光してきました

遅々として進まないと思いますが、またここに書きたいと思います。

 

 

 

 

コメント (6)

あのお茶の葉の製茶は

2016-05-12 01:31:09 | 好きなもの

 

 

若布ではないのです

お茶なのです…

 

少しの葉でしたが、

洗って、

蒸して、

熱い鉄板の上で撚っては乾かし、

ざるに入れ外気で乾かし、

一服…

お味は…

ま、そんなところで、

来年ガンバろ

 

 

コメント (4)

吟行会の句集頂く

2016-05-11 16:11:00 | 滋賀

 

先月は、吟行がふたつありました

 

そのひとつ、湖北に行った時の句集を頂きました

全員の句が載っています 

 

数十年選手の方々の、さすが!と思える句を見て恥ずかしい限りです

 参加するのは厚かましかったなあ~と思ってます

 

 

 

 

 

 

 「藤樹書院」に行きました

江戸時代の儒学者、中江藤樹の開いた私塾です

 

ここの前の道は見ていて気持ちがよかったです

この水路、ほんとは鯉が泳いでます

 

 

藤樹書院の敷地には「三尺の泉」という、 安曇川の伏流水の湧出点がありました

 

 

” 大海の水では渇きを癒やす事はできないが、

三尺の小さい泉でも大勢の渇きを癒やす事ができる ... 

 

そんな意味があるそうです

 

 

 

文房四宝…紙が足りませんが、いい感じです♪

特に硯、こんなの好きです

 

藤樹に因んでか、土瓶に藤の花が描かれています

多分、水滴代わりにお水を入れてあるのだと思います

 

藤樹ゆかりの品々が展示されてましたが、私はこれが

いちばん気に入りました

 

中江藤樹さん愛用の文房四宝だったのでしょうか?

 

ところで、「文房具」 という言葉はどこから来たのかなと

以前から腑に落ちないのですが、中国で書斎は文房と呼ぶとか

なるほど!

すとんと落ちました♪

 

 

「藤樹神社」にも行きました

 

 

 

 

ダマの木

 

 

 

 

” 春陰や古木の魂地を這いて ”

 

 

” 清和なり三尺泉の生気受く ” 

 

 

 

コメント (10)

小さな収穫

2016-05-09 00:36:39 | 花・木・草

 

しだれ梅の実を採りました

父の家の庭に植えた木が約10年経ち、初めてこんなに実をつけました

小梅の姉さんくらいの粒です

 

今、しまった!と思ってます

洗う前に写真を撮ればよかった…

銀色のうぶ毛が実をすっくり包んでピチピチしてたのに…

 

これで梅酒を作ってみます

自家製の青梅を使うのは初めてのことです

 

 

茶の木の葉も摘みました

ただ、柔らかなてっぺんの葉だけでなく、更に下の方の葉も摘みました

 

お煎茶なんて出来ませんから、番外茶?です(^_^;)

ネットで調べた方法で作ってみます

 

さて、上手く出来るでしょうか?

 

どちらも、植えたこと父は知らずに逝ってしまいましたが

上手に出来たら仏前にお供えします

 

なんやら、捕らぬ狸の皮算用のオンパレードになりました

 

だいじょうぶかいな…

 

 

コメント (2)

ゴールデンウイーク

2016-05-08 14:22:04 | つぶやき

 

 

 

 

 

ゴールデンウイークも終わりました

 

関西のどこかの空港へと

 

” ひこうき雲黄金週の夢の跡 ”

 

どっこもいけない者のヤッカミデス…

 

 

コメント

白鬚神社

2016-05-07 00:35:36 | 滋賀

 

先月に吟行、ふたつありました、今更ですが…

 

中旬に行ったのは、湖北

県内の他の句会の方たちといっしょで全員で50数名でした

何十年と俳句をされてる方もいっぱいで緊張しました

 

吟行、緊張します

時間に制限があると、季語やことばを調べる時間が足りません

助かったのは、解散の時にふたつ投句するだけで良かったことです

 

 

まず、白鬚神社に行きました

びわ湖に鳥居が立っている光景は有名です

 

 

湖岸に道路を隔てて、お社がありました

拝殿

 

左が本殿、右が拝殿

 

 

若宮神社

 

階段を登ると、歌碑、句碑がいくつか立っていました

 

 

紫式部

 

近江の海にて、三尾が崎といふ所に網引くを見て

 

”  三尾の海に網引く民の手間もなく立居につけて都恋しも ”

 

紫式部の娘時代、越前の国への旅の途中に詠んだ歌です

(三尾が崎は安曇川あたりの湖岸の岬、今の明神崎)

 

 

 

 中野照子

 

”  吹きはれて藍深まれる湖の光となりてかへりくる舟 ”

 

 

羽田岳水

 

”  比良八荒沖へ押し出す雲厚し ”

 

 

 

松本鷹根

 

” 鳥雲に涙ぐまねば雲なき日 ”

 

 

常夜灯

 

 

かつて江若(こうじゃく)鉄道が走っていて浜大津駅から近江今津駅まで

湖西にずらっと続く水泳場に多くの人を運んでいました

白鬚駅も参拝の人が利用しましたが

1969年、廃線となりました

 

 

現在はJR湖西線(山科駅~近江塩津駅)が走り、大阪や北陸行きの列車も走りますが

白鬚駅は残っていません

湖上の鳥居もJR線からは見えなくなりました

(この辺りのJRは高島トンネルを通っています)

 

道路は琵琶湖西縦貫道路があり

北陸自動車道木之本IC~琵琶湖西岸~名神高速道路京都東ICに至る

地域高規格道路で、国道161号(大津市~敦賀市)のバイパス道路です

これにより161号線の混雑も緩和されました

 

子供の頃、よく水泳場に連れてもらったことを思い出します

 

 

コメント (2)

三連休

2016-05-06 11:19:16 | 四季折々に

 

 

きのうは子供の日 

 

今は鯉のぼりと言うとこういう形でそれぞれの家庭のが集合しますね

 

3日にはお祭りがあり、お神輿が練り歩きました

 

 背の高い人は、お神輿の担ぎ棒?が肩に食い込むでしょうね

明日が大変かも

 

 

 

 

 

 

風も爽やかな、お祭り日和です

 

 

お昼の部は終わり、次は別の区域の方が担がれますので、

一旦、お神輿は神社へ

大きなトラック、横がガバッと開いてそこから格納、

担ぎ手はそのあと後ろを開けて便乗

お祭りの日は、お巡りさんからお許しが出てるのですね

めったに出来ない事に

童心に帰った男子諸君、楽しそう~~

 

 

コメント

佐野藤右衛門さん

2016-05-05 00:53:19 | 京都

 

今年も 「植藤造園」16代目、桜守りの佐野藤右衛門さんはお元気そうです

 

と言ってもテレビ番組でお見かけしただけですが

 

 

今までにも何度か聞いた言葉を今回も聞くことが出来ました

 

それは、

 

『 桜は花の時だけでなく、一年を通してみてほしい。

どれか自分の好きな桜を決めて、よく通る道で見る桜でもかまわんから

葉の時、葉も散る時など見てほしい 』

 

ということです

 

この番組に、小さなお皿を持って来られました

それは素朴な感じですが、そこに焼き付けられた色は

桜の枝を燃やして出来た灰を使って作ったそうです

やわ~い、素朴な桜色でした

灰を利用して焼くとあんな色になるなんて、驚きでした

(灰をつけるのか、灰汁をつけるのか聞き漏らしました)

藤右衛門さんは桜を最後の最後まで無駄なく使いたかったので

とおっしゃってました

 

思えば、桜は、花の塩漬け、葉は桜餅を包む葉に、

また木は茶筒など木工品、桜チップ、布の染色にと

様々に使われていました

最後の灰も生きた使い道があったのですね

 

藤右衛門さんの庭が広沢の池の近くにあります

数年行ってませんが、桜の様々な種類が揃っています

 

まだ若い桜や、見事な花を付けてる大木までいっぱい!

 

桜の季節には、庭には篝火が焚かれ、お邸の横の通路に

緋毛氈の敷かれた床几が置かれ、一服することが出来ます

お邸も風情のある古民家風です

 

桜は木の傍まで行って見て、触れて鑑賞することが出来ます

 

あ、もうひとつ興味深いことを聞きました

桜は咲いているうちは虫がつかないが、咲き終わると

毛虫がつき始める…

 

そろそろ桜の木の下は注意しないと。

 

今年は一年を通して観察する「オンリーワン」を見つけようかな

 

 

 

2010年に行った時の記事3本にリンクします ↓ よろしければ

 

http://blog.goo.ne.jp/7u6n4c1h4a9n7/e/578654b850bb51d017241057320a3a12

 

http://blog.goo.ne.jp/7u6n4c1h4a9n7/e/d6539bd790198bf33bde9ffa67c29220

 

http://blog.goo.ne.jp/7u6n4c1h4a9n7/e/ec252917d277bb3e4e2b8bf825b68704

 

 

コメント (4)

妙心寺のお坊さん

2016-05-03 15:21:26 | 京都

 

妙心寺の、雲水(禅宗の修行僧)

 

どこへ行っておられたのか、夕方お寺の外から帰ってこられた姿を

見かけることが出来ました

 

子供の頃、寒の入りになるとこの出で立ち(ほぼ)で歩いてこられたものです

数人まとまって来られますが程よい距離をおいて

 

頭にはあじろ傘をかぶって 

足もとは、足袋は履いてない、裸足だった様に思います

 

 

 

『お~~~~~え、お~~~~~え』

という声に聞こえていたのですが、どうやらほんとは

 

『ほーーーーー(法)ほーーーーー(法)』

らしいです

 

自分の家の前を通られるのを見計らって、小銭を持って待ちます

そして、アイコンタクト

立ち止まって下さると、お互いにおじぎを

お坊さんは、首に下げた頭陀袋を両手でうやうやしく

お盆代わりのように、お布施(小銭です)を受け止められます

 

その目の前に広げられた頭陀袋は藍色の袋に白抜きで

「妙心寺…」

と書いてあったと思います 

 

この袋ですがお坊さんは「看板袋」と呼ばれているそうです

 

お坊さんと向き合っている時はドキドキするのであまり詳しく覚えてないのですが

少し、お経を唱えられ、再びおじぎをして立ち去れます

 

最近は、雲水の成りすましがあるらしいですが

見分け方は

頭陀袋にはお寺の名前が入っている

入ってない場合は「僧林同盟」から出ている証明書を持っていること

雲水自ら、各家の玄関に立ち止まり托鉢することはない

また、通りにじっと立って托鉢することもない

数人で行に出る

という点だそうです

 

 

法堂(重要文化財)

明暦2年(1656)建造で重要な儀式の行われるところです

天井には狩野探幽の「雲龍図」があります

今まで見た雲龍図の中で一番大きかったです

 

妙心寺鐘(黄鐘調鐘)が納められています

もう吊り下げず台の上に置いてあり、鐘の音は録音されたものを

流していました

黄鐘調鐘 (妙心寺鐘) (国宝)

文武天皇2年(698)

今は、この鐘楼にはなく、隣の法堂に納められています

 

この鐘は、徒然草にある 「およそ鐘のこえは黄鐘調なるべし…

浄金剛院の鐘の声また黄鐘調」  の鐘でして、

もとは浄金剛院にあったものです

 

仏殿

 

 三門

 

浴室(明智風呂) (重要文化財)

天正15年(1587) 密宗和尚が明智光秀の菩提を弔うため創建しました

浴槽(蒸し風呂)、洗い場、休息室、竃室があります

 

 

北総門から南総門へ抜けようとしてますが広くてなかなか着きませんでした。

 

またお坊さんの会いました

今度は修行中ではなく、何かの行事があったような

 

 

土塀に白線が五本入っていますが、門跡寺院だという印です

 

 

 南総門

京都の花園にいた頃はよく見た門です

妙心寺の北側と南側ではかなり離れていて、私は

北総門は見慣れてないのです

拝観するのも初めてでした

まだまだ知らないお寺がいっぱいです

 

妙心寺近辺に、

こんなおうちを見ました

そう言えば、この辺りの地名は「花園」 でした

 

 

コメント (2)