新荒川大橋を渡るとすぐに右折、堤防下へのスロープを下った右手が埼玉県川口市本町、ここを真っ直ぐに貫いている道が、かつての川口宿↑。
現在は「本一商店会」となっているこの通り、何となくタダモノではない雰囲気が漂っているところはさすが、旧宿場町。
現在は荒川堤防上に移転している川口善光寺の門前町として、かつては栄えていたそうです。
そして道から西へ入った路地の先、川口市本町1-6には、本陣の表門 . . . 本文を読む
梅島駅のガードをくぐり抜け、まっすぐに伸びる道を20分ほど行った足立区六月2丁目には、かつて一里塚があったそうですが、現在では何の痕跡もありません。
さてここで、600㍍ほど西にある真言宗「炎天寺」(上段写真)に、ちょっと寄り道。
時は天喜年間(1053~57年)、奥州安倍氏討伐のため出陣した源頼義・義家父子は、この辺りで地元武士たちの猛攻に遭って苦戦、そこで石清水八幡宮に戦勝祈願をしたとこ . . . 本文を読む
荒川、正式には「荒川放水路」は、当然ながら江戸時代には存在しておらず(開削工事開始は大正2年)、現在の千住5丁目から北西方向に入った日光道中は田畑のなかの道をそのまま直進して、現在は向こう岸となっている現・足立区梅田1丁目と3丁目の境界線の道へと続いていました。
現在はもちろんその通りには行けないので、千住5丁目を抜けて堤防に上がると、国道4号線(現・日光街道)の千住新橋(上段写真)を渡り、川 . . . 本文を読む