私がその町の新築アパートに引っ越して、この春で一年になる。
二階建て全八室のアパートの、二階角部屋が私の住まいだが、ベランダの外は高い石垣で、眺めはまったくよくない。
しかし、深夜だろうがお構いなしに騒音をたてる隣人に辟易して前のアパートを引っ越した私にとって、“静かな生活”こそが求める全てであったので、窓からの景色は問題ではなかった。
だから、私が引っ越して来てから間もなく満室となったこのアパートの、居るのか居ないのか、生きているのか死んでいるのかすら分からない他の入居者たちの“生態”は、私にはありがたかった。
ちなみに、窓の外の石垣の上には神社が鎮座しており、私は引っ越して来た翌日に、挨拶のつもりで参拝した。
一人の少女に会ったのは、その参拝の帰り道が最初だった。
アパートの前を通る生活道路の向かいには、かなり古い平屋の日本家屋が建っていて、高い樹木が敷地を囲っているため、そこだけが昼間でも薄暗く陰気な雰囲気が漂っていた。
そんな古い日本家屋に人の住んでいることが分かるのは、かの少女がよく屋根付きの門の下に立っているからだった。
年齢(とし)は七、八歳くらい、髪が肩までかかったおかっぱ頭で、色白の綺麗な顔立ちに合わせるかのように、いつも白いワンピースを着ていた。
そして、いつも門口からアパートの方を、じっと見つめていた。
神社から戻ったその時も、少女はそうやって立っていた。
私がそちらを見ると、少女ははっきり私を見た。
私は「なにか?」と目で問いかけようとして、相手のとても友好的とは言えない瞳(め)の表情に、思わず視線をそらせた。
少女は私を、冷たい瞳で見据えていた。
ただ、冷たい瞳だった。
私は外階段を上がり、自分の部屋の扉の鍵を開けてから、もう一度向かいの門を見た。
少女は、先ほどの瞳のまま、私を見上げていた。
私は逃げるように部屋へ入った。
なんだ、あの子は……?
明らかに敵意を含んだ、あの瞳……。
私は新たな生活の二日目にして、はやくも新たな“敵”に出くわしたらしいことに、胃の底へ重いものが落ち込んで行くのを感じずにはいられなかった。
〈続〉