迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

かたりごと。

2015-10-07 23:02:43 | 浮世見聞記
先日、神保町の古書店で、柳田國男・著「傳説」の、岩波新書初版本を見つけた。

状態はあまり良くないため、価格はいかにも古書店らしく、五十円。

ちなみに、昭和十五年九月に新刊として発売された時の値段は五十銭と、奥付けにある。


昭和十五年-この年の出来事を年表でざっと見てみると、内閣は夏に米内光政から近衛文麿(第二次)へと変わり、また“バスに乗り遅れるな”を合言葉に、政党は自ら解散して「大政翼賛会」なるものが発足。

また、最後の元老であり、公家といふものが実在していた時代からの生き残りだった西園寺公望が死去、そして江戸幕府崩壊後の徳川宗家だった“十六代様”こと徳川家達も、この年に死去している。


明治といふ時代がいよいよ過去となり、第二次大戦の不穏な足音が聞こゑて来るなか、この「傳説」は出版されたわけである。


その後、この一冊は戦火の悲劇をくぐり抜け、それから七十年といふ歳月を経て古書店の棚に収まっていたところ、祖父母が同じく戦火をくぐり抜け生き延びてくれたおかげで、かうして存在しているわたしの目にとまり、そしていま手許にある。


せっかく、ここまで生き残ったのだ。


わたしはこの本を、いつかはまた、次の世代の誰かに、手にとって欲しいと思ってゐる。


そう、

武器だの兵器だのではなく、

先人がたしかに生きていた素朴な“証し”を、

手にとって欲しいのだ。


そして、

なぜいま自分はかうして生きてゐるのかを、

よく、

考へて欲しいのだ。
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