孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アフリカ  政治的権利に目覚めるの若者、デジタル駆使し抗議活動 混乱に終わる危うさも

2025-01-19 22:54:53 | アフリカ

(2024年7月、政府の増税策に対する抗議活動で死亡したデモ参加者を追悼する行事に参加する若者ら。ナイロビで撮影【1月19日 ロイター】)

【ケニア  生活費需品への大衆課税に若者らが反発】
アフリカ東部のケニアでは昨年6~7月、政府の増税案に抗議するデモが激化し混乱しました。

****増税案めぐる政府への抗議デモが激化 39人死亡 ケニア****
ケニアでは、増税案をめぐる政府への抗議デモが広がっていて、2日も首都ナイロビで治安部隊との衝突が起きるなど、混乱が続いています。

ケニアでは、先月25日、政府の増税案に抗議するデモが激化し、首都ナイロビにある議会にデモ隊の一部が突入したことから、死傷者が出る事態となっていました。

これを受けルト大統領は、増税案の撤回を表明しましたが、デモはおさまらず、今度は、大統領の辞任を求めデモが続いているという事です。2日もナイロビではデモ隊と治安部隊の衝突が起きています。

ケニアの人権団体によりますと、治安当局がデモ隊に向け発砲したことなどから、これまでに39人が死亡しているということです。

ルト大統領は、増税案の代わりに、政府の大幅な歳出削減を計画しているとしていますが、辞任を求める声が広がる中で、混乱が続くおそれが高まっています。【2024年7月3日 日テレNEWS】
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ケニアでは、正規の雇用ではなく、身近の様々な品物の転売など自らの知恵や才覚で(ときにドラッグや泥棒、又は買春など様々な犯罪も)生計を立てる若者らをハッスルする者「ハスラー」と呼ぶようです。

政府の増税案は生活費需品への新たな課税であり、こうした「ハスラー」など大衆に負担を課す内容でした。

ケニアのルト大統領は大衆に訴えるポピュリズムの波に乗って大統領になった政治家です。大衆の人気をつかんだはずの大統領が一転して大衆からの抗議の矢面に。

****<820億ドルの債務の責任は誰に?>大衆の支持を得たはずのケニア大統領が抗議暴動にあった理由****
フィナンシャル・タイムズ(FT)紙のアフリカ担当編集長のピリングが、7月18日付けの論説‘Kenya’s populist president has misread the popular mood’で、ケニアのルト大統領の国際的評価が国内問題により損なわれているが、その背景には根深い問題があり、既成の政治体制の改革ができればその評価を回復できるかもしれない、と論じている。要旨は次の通り。

5月、ケニアのルト大統領は、アフリカからの16年振りの国賓としてホワイトハウスでバイデンの歓迎を受けた。しかし7月になると、ルトは、国内で民衆の反乱に直面することになり、全国的な抗議運動は国会を襲撃するまでに至り、彼は内閣を解任し、増税法案を撤回した。

2022年、ルトは、自らの知恵やハードワークで生計をたてる「ハスラー」たちに働きかけることによりポピュリズムのうねりに乗って政権を獲得した。5,600万人の国民のうち300万人しか正規雇用されていないケニアで、インフォーマル経済の大衆に手を差し伸べることは、選挙の起爆剤となった。

ルトは、現職のケニヤッタの支持を得ずに出馬し、大衆に働きかける手法で国政の扉を開け、多くの点で彼の選挙革命は称賛に値する。

ルトは、都市化し十分な情報を持つ有権者にサービスや機会の提供を約束する政府との間の社会契約という現代的な考えを利用した。

しかし、民衆の感情をかき立てたルトは、もはや自らがコントロールできない力を解き放ったのだ。抗議デモにはリーダーはおらず、買収するような大物もいなければ、民族間の対立を煽るものでもない。

彼は、大統領として、正常な状態ではなく破綻しつつある財政状況を引き継いだのだ(彼は前政権で副大統領だった)。ケニヤッタ政権は、膨大な額の借金をし、使い、浪費した。

その多くは、中国が建設した40億ドルを超える鉄道等を含む贅沢なプロジェクトに浪費され、経済的見返りを得ることなくケニアの負債を増大させた。ケニヤッタは当初の220億ドルの負債に510億ドルを追加したとされる。これらの債務返済に歳入の38%が当てられこれでは持続不可能である。

ルトは、巧みな財務政策によってデフォルトを回避した。しかし、国際通貨基金(IMF)お墨付きの増税計画によって自らの支持基盤に打撃を与え、税収を現在の国内総生産(GDP)の15%から最終的には25%に拡大しなければならなかった。

フォーマルセクターの納税者の数があまりにも少なく、インフォーマルセクターの大衆から徴税することは苦痛をもたらし、平均所得が2,000ドルの国民から23億ドルを搾り取るだけでも大変なことだ。その動機が国際的な債権者への返済である場合、それは不可能であることが証明された。

ルトは、ポピュリストにしては、大衆の気持ちを読むのが下手だ。暴力と脅迫によるデモの鎮圧に失敗し、屈服せざるを得なくなった。そして今、彼は自分が属している政治家階級に怒りをぶつけている。

今後は、盗みを減らし行いを改善すると約束した。ルトがその誓約を果たすことができれば、国内外での評判を回復できるかもしれない。
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IMFの欠陥
最近のケニアにおける国民の反政府活動が暴動状態に拡大した事態については、いくつかの注目すべき側面がある。

まず、外交的には、ルト大統領は、就任後、国際金融改革や気候変動問題等について先進国に協調的な主張を行い、外国投資受入れや債務再編を避けて財政再建に努力するとの姿勢を示し、IMFや米国から評価されていた。(中略)

次に、暴動の原因であるが、直接的には、ケニアがデフォルトを回避するため、IMFからの融資を受ける条件として大幅な増税法案を成立させたことにあった。820億ドルに達するといわれる債務の二国間ベース最大の貸し手は中国である。

前任のケニヤッタ大統領はそのレガシー作りのために採算を無視して、商業上の借り入れと共に中国マネーを鉄道や高速道路などの巨大なインフラプロジェクトにつぎ込んだ。途上国の政治指導者の資質とそこにつけ込んだ中国の無責任な融資政策に問題があった。

そして、IMFの役割についてである。基礎食料品、燃料、その他の生活必需品に新たな課税を行うことは、ただでさえ貧困とインフラに苦しむ国民大衆の怒りをかうことは目に見えていたように思われる。

IMFは、当初今回の増税法案を称賛したと伝えられるが、これを実施すれば、何が起こるかについてIMF官僚は関心が無いか、理解が及ばなかったのであろうか。

このようにIMFのコンディショナリティを受け入れた結果、国民の反発を招き政情が不安定化した例は過去にも例は多く、IMFの欠陥のようにも思える。途上国に対する融資の場合、貸し手と借り手の立場は対等とは言えず、借り手は無理をしがちであることが考慮されるべきであろう。(後略)【2024年8月9日 WEDGE】
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【モザンビーク 大統領選挙での不正疑惑への抗議】
一方、アフリカ南東部(マダガスカルの対岸)のモザンビークでは昨年10月の大統領選挙で与党候補が勝利したものの、不正があったとして混乱が起きました。

****公式選挙結果発表も、政府と選管への不信は強まる****
モザンビーク選挙管理委員会(CNE)は10月24日、同月9日に投票が実施された大統領・国会・州議会議員選挙の公式集計結果を発表した。

大統領選挙では、与党モザンビーク解放戦線(FRELIMO)が擁立するダニエル・チャポ氏が得票率70.67%(有効得票491万2,762票)で勝利した。「モザンビーク発展のための楽観的な党」(PODEMOS)の後援を受け、無所属候補として立候補したベナンシオ・モンドラーネ氏は得票率20.32%(141万2,517票)で次点となった。(中略)

今回の集計結果について、国内外の市民団体や野党側勢力は疑問を呈している。EU選挙監視団は22日と25日に発表した声明で、票集計の不正や選挙結果の改変を指摘しており、CNEが発表した結果は指摘事項に対する疑念を払拭するものではないとしている。

モンドラーネ氏は24日夜に自身のフェイスブックで行ったライブ演説で、公式結果は不正なものだと述べ、支持者に対し抗議活動の継続を呼びかけた。同氏の配信は大きな注目を集め、最大同時接続数は10万を超えた。

配信翌日の25日午後から26日朝にかけ、モザンビークのほぼ全土において、主に携帯電話会社が提供するインターネット回線が不調、または遮断される事態が発生した。

モザンビークでは、モンドラーネ氏の配信やデモ隊と警察との衝突など、不正選挙への抗議に関連する動画がSNSを通じて多く拡散されており、メディアや一部の市民団体は、政府による意図的な通信制限だと訴えている。【2024年10月30日 JETRO】
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混乱は年末時点でも続いていました。(現状は把握していません)

****モザンビークで大統領選結果への抗議デモ激化…130人以上死亡、刑務所から1530人脱走****
AFP通信によると、モザンビークで大統領選の結果に対する抗議運動が激化し、(昨年12月)23〜25日の3日間で130人以上が死亡した。混乱に乗じて首都マプトの刑務所から約1530人の囚人が脱走した。

10月に行われた大統領選では、与党モザンビーク解放戦線の候補が勝利宣言し、野党は不正があったとして抗議運動を続けている。今月23日、裁判所が選挙結果を確定したことを受け、抗議運動が激化し、マプトなどで暴動に発展した。地元の選挙監視団体によると、10月以降の死者は260人、拘束者は4000人に上る。

大統領選を巡っては、SNSの使用が制限され、記者の拘束も相次ぎ、欧米の人権団体は疑義を訴えている。野党は陣営の弁護士が暗殺されたと主張している。

モザンビークはアフリカ最貧国の一つだが、液化天然ガス(LNG)が豊富で、日本企業が参画するガス開発事業が中断したままになっている。【12月28日 読売】
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【若者らの“愛国心や将来が良くなるとの期待”からの抗議行動】
ケニアでも、モザンビークでも、抗議行動の主体は、自らの権利を認識し、インターネットを通じて改革を訴える力を増している若者世代です。

“人口構成が世界で最も若いアフリカでは、根強い汚職や拙い政治運営、生活費高騰、失業率上昇などに不満を抱える若者が主導する政治活動が広がっている。”とも。

****政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジタル駆使し抗議活動****
ケニアの民主活動家ボニフェース・ムワンギさんは過去何年にもわたって数え切れないほどのデモに参加してきたが、昨年6月と7日に行われた反政府デモはあらゆる期待を超える形になった。

ムワンギさんが目にしたのは、力強く覚醒した若者たちがソーシャルメディアを駆使し、増税が盛り込まれた予算法案への抗議を呼びかけるという今までになかった展開だ。

「デモの動員に最も力を発揮したのはZ世代だった。彼らはTikTok(ティックトック)、インスタグラム、X上に存在し、街頭に出現した人々の大多数は若者だった」とトムソン・ロイター財団に語った。

ムワンギさんは「歴史上初めてケニア人が一つの目的、つまり予算法案撤回に向けて団結した。われわれは自分たちが持つ力に目覚め、説明責任や意義ある改革を要求する活動的な市民となりつつある」と胸を張る。

こうした抗議が実を結び、ルト大統領は評判の悪かった法案を取り下げ、閣僚を更迭したほか、無駄な支出の削減を約束せざるを得なくなった。

人口構成が世界で最も若いアフリカでは、根強い汚職や拙い政治運営、生活費高騰、失業率上昇などに不満を抱える若者が主導する政治活動が広がっている。

ケニアやガーナ、ウガンダ、ナイジェリア、モザンビークなどのZ世代やミレニアル世代が昨年相次いで抗議の声を上げ、今年もそうした活動はさらに強まりそうだ。

インターナショナル・クライシス・グループのアフリカ担当プログラムディレクター、ムリティ・ムティガ氏は、若者らの不満の一因として、食料と燃料の価格を押し上げたコロナ禍やロシアとウクライナの戦争による痛手からアフリカ経済がなかなか立ち直れない点を挙げた。

ムティガ氏によると、次第に自らの権利を認識し、インターネットを通じて改革を訴える力を増している若者世代には、社会全体への恨みのような感情も高まってきている。

同氏は「若者は両親世代よりも多くを求め、受け取る情報も増えている。彼らは政治面でより行動的になり、今年はデモが増加する可能性があると思う」と述べた。

<幻滅感>
アフリカは各大陸の中で最も人口増加率と若者の比率が高い。サハラ砂漠以南(サブサハラ)地域の人口の70%は30歳未満だ。

これらの若者の幻滅を、雇用機会の乏しさが助長している。国際労働機関(ILO)の調査では、サブサハラ地域の若者約5300万人の5人に1人余りは仕事や教育、職業訓練に全く縁がない。

24年にアフリカ13カ国の18歳から25歳までの5600人強を対象に実施した調査によると、回答者の4分の3は仕事を見つけるのが難しいと述べ、3分の2は政府の雇用創出に向けた取り組みに満足していないと訴えた。また5人に4人は汚職に懸念を持っているとも明かした。

こうした中で、若者が政府批判に動き始めるのは不思議ではない、と複数の専門家は話す。

ノルウェーのクリスチャンミケルセン研究所で上席研究員を務めるアスラク・オレ氏は、アフリカの若者はさえない経済成長や少ない雇用、多額の公的債務と緊縮財政に苛立ちを募らせていると指摘。その点から、公益ではなく私利私欲のために働いていると見なす政治家を糾弾していると説明した。

モザンビークでは昨年10月の大統領選で選挙管理委員会が与党モザンビーク解放戦線(FRELIMO)の候補が勝利したと発表すると、その後3カ月余りも49年わたる与党支配で生じた汚職や失業、生活費高騰への抗議デモが続いた。

ガーナでも昨年12月7日の大統領・議会選に先立ち、若者が街頭に集まって同国の債務危機や物価高に抗議した。

ある市民は、大統領選ではビジネスマン出身の新人候補に投票したと明かす。この新人が有力候補だったマハマ前大統領に勝てないと分かっていたが、今の政治にうんざりしており、デジタル経済を雇用創出や国家近代化の手段として考えられる政治家が出てきてほしかったと強調した。

<犠牲あっても>
若者の抗議活動には犠牲も伴う。警官との衝突で何百人もが拘束されたり殺害されたりしたほか、行方不明者も少なくない。

ケニアでは複数の有力人権団体から、当局が警官による殺害事件を隠蔽(いんぺい)し、Z世代のデモ参加者が絡む誘拐や不法拘束について口をつぐんでいるとの非難が出ている。

同国国家人権委員会の記録では、昨年6―12月に起きたデモで消息が分からなくなったのは82人で、29人は今も行方不明、最低でも40人は殺害された。

モザンビークでもデモ隊と警官の衝突で少なくとも278人が殺害され、2000世帯余りは隣国マラウィで難民申請中だ。

それでもナイジェリアの活動家リニュ・オデュアラさんは、若者が立ち上がる動きが衰えることはないと言い切る。

Xで80万人を超えるフォロワーがいるオデュアラさんは「若者による抗議は愛国心や将来が良くなるとの期待から生じていて、犯罪ではない。改革と、私たちの正当な権利への要求だと見てもらう必要がある」と語り、若者の声を無視することは政府にとって大きな政治的リスクになると警告した。【1月19日 ロイター】
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“若者による抗議は愛国心や将来が良くなるとの期待から生じていて、犯罪ではない”にしても、期待どおりの結果をもたらすとも限りません。

かつての「アラブの春」はほとんどの国で強権支配や内戦を惹起する形で終わりました。

“愛国心や将来が良くなるとの期待”からの抗議行動が政治・社会の改善につながるように、これまでの教訓を学ぶ必要があります。

抗議行動を統率する仕組みをどうするのかが一番重要でしょう。現在の抗議行動はSNSなどを駆使し、組織によらない活動が特徴とはなっていますが、単に不満のガス抜きではなく成果につなげるためには何らかのコントロールする仕組みなりリーダーなりが必要でしょう。

国際社会の支援は、現在の中ロとアメリカが対立・硬直した状況ではあまり期待できません。
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イギリス  二大政党政治を揺るがす勢いのファラージ氏率いる反移民・右派政党「リフォームUK」

2025-01-18 23:23:06 | 欧州情勢

(トランプ次期米大統領の私邸「マール・ア・ラーゴ」で昨年12月に会談した、英野党「リフォームUK」のファラージ党首(右)とイーロン・マスク氏 【1月6日 BBC】)

【労働党・保守党の二大政党政治を揺るがす勢いのファラージ氏率いる反移民・右派政党「リフォームUK」】
何が起きるか将来のことはわからないもので、イギリスのEU離脱の旗振り役として脚光を浴びたものの、離脱後は目的を失い活動も停止したファラージ氏率いる右派政党「ブレグジット党」でしたが、コロナ禍にロックダウンに反対する「リフォームUK」として再建し、反移民などの保守化の流れにも乗って、昨年7月の総選挙では「反移民」で14.29%の票と初めての議席を獲得。

7月総選挙で議席倍層という地滑り大勝利で政権交代を果たした労働党スターマー政権でしたが、景気を改善することができず支持率は急降下、それに反比例して「リフォームUK」はいまや党員数で最大野党保守党を上回り、支持率では政権与党である労働党にせまる勢いで、労働党・保守党の二大政党政治を揺るがす存在になっています。

****反移民の右派政党「リフォームUK」、党員数で保守党上回る 英****
反移民を掲げる英国の新興右派政党「リフォームUK」は26日、中道右派の最大野党・保守党を初めて党員数で上回ったと発表した。

英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)を主導したナイジェル・ファラージ党首は、「歴史的な瞬間」とたたえた。

保守党が14年ぶりに下野した7月の下院(650議席)総選挙では、移民問題が主要な争点となった。(中略)

7月の下院総選挙でリフォームUKは約14%の得票率を獲得したが、獲得議席は650議席中5議席にとどまった。
主要選挙区でかつての保守党支持層の票がリフォームUKに流れ、右派の票が割れたことで、保守党は最大限の打撃を受け、総選挙は労働党の圧勝に終わった。

しかし、キア・スターマー首相は就任後の5か月間で多くの困難に直面している。
世論調査会社イプソスが今月実施した調査では、英国人の53%が労働党政権のこれまでの成果に「失望している」と回答した。(後略)【12月27日 AFP】
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****英の右派政党「リフォームUK」の支持率、与党・労働党に肉薄 2大政党制終焉か****
英国で欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)を主導した大衆迎合政治家、ナイジェル・ファラージ氏率いる右派政党「リフォームUK」の支持率が与党の労働党に肉薄したことが最新の世論調査で分かった。

景気対策で成果を出せないスターマー労働党政権の人気低下が主因とみられる。こうした傾向が続けば、伝統的な保守党と労働党による2大政党制が終焉(しゅうえん)に向かう可能性もある。

調査会社ユーガブが今週公表した世論調査によると、「明日総選挙が行われたらどの党に投票するか」との設問に、労働党と答えた有権者は26%、リフォームUKは25%だった。野党第一党の保守党は22%にとどまった。
ユーガブによる政党支持率調査は昨年7月の総選挙後初めて。

労働党は同総選挙で地滑り的勝利を収め、14年ぶりに保守党から政権を奪還したものの、最大懸案の景気回復では目立った成果を上げられないでいる。昨年10月にはリーブス財務相が初の財政演説で、財政赤字の緩和に向けて400億ポンド(約8兆円)の大規模増税を発表し、有権者の反発を浴びた。

経済状況は景気後退の中で物価上昇が続くスタグフレーションの様相を呈し、経済専門家の間では英経済の「メルトダウン」への懸念も広がっている。

ユーガブによれば、2029年に予定される次回の総選挙で労働党に投票するとの回答は、24年の総選挙で労働党に投票した有権者の54%にとどまった。

これに対し、24年にリフォームUKに投票した有権者は、87%が29年も同党に投票すると答えた。

保守党は、24年総選挙でリフォームUKに流れた票を取り戻すため、同年11月の党首選で強硬保守派のケミ・ベーデノック氏を選出した。しかし、世論調査では24年に保守党に投票した有権者の15%が29年にはリフォームUKに投票すると回答するなど、保守党の求心力が逆に下がっている実情が浮き彫りとなった。

リフォームUKは24年総選挙で得票率約14%、約411万票を獲得。下院(定数650)では5議席を占め、今後も躍進を果たすかどうかが注目される。(後略)【1月17日 産経】
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得票率が14%にもかかわらず5議席というのは、小選挙区制度によるものです。

【コアなEU離脱支持派から支持される「リフォームUK」】
リフォームUKが躍進している要因のひとつは、世論全体としてはブレグジットを失敗とみなす流れが強まる中で、コアな離脱支持派からの支持を獲得していることがあるようです。

****イギリス総選挙 政権交代しても、お先真っ暗な英国の未来****
(中略)(昨年7月総選挙で)保守党大敗と労働党の政権奪還は予想通りとは言え、改革英国(リフォームUK)が複数の議席を獲得したことには驚きを禁じ得ない。二大政党制の母国・英国政治の多極化はさらに進んだ。

ファラージ氏は2016年の国民投票でEU離脱に投票した選挙区を固め、信じられないパフォーマンスだと自賛した。

「これからは労働党の票をターゲットにする」
ファラージ氏はイングランド東部エセックス州クラクトンの選挙区で保守党候補に8000票以上の差をつけて初当選し、「皆さんを驚かせる第一歩だ。これは保守党の終わりの始まりだ。これからは労働党の票をターゲットにする」と不敵な笑みを浮かべた。

元保守党副幹事長のリー・アンダーソン下院議員は今年2月、サディク・カーン・ロンドン市長(労働党)を「イスラム主義者」と結びつけて党員資格を停止され、改革英国に鞍替え。19年のEU離脱総選挙で保守党から初当選したアンダーソン氏は今回、改革英国として議席を得た。

ファラージ、アンダーソン両氏の選挙区では70%以上の人がEU離脱に投票した。英世論調査の権威ジョン・カーティス氏は英BBC放送で「改革英国は保守党地盤での保守党票の大幅減から恩恵を受けた。国民投票で離脱に投票した地域で最も前進した」と分析する。

次期首相「英国がEUに再加盟することはない」
直近の世論調査では、国民投票でEU離脱を選択したのは誤りという声は英国全体で56%、正しかったという回答は44%。EUに再加盟すべきだという意見は47%、戻らない方がいいが35%。再加盟派が離脱派を10ポイント前後上回っている。

EU離脱派は英国が再加盟に方針転換するのを防ぐため、改革英国に投票した。保守党はEU離脱派と残留派の股裂きにあい、壊滅した。

ファラージ氏が次の照準を労働党に合わせるのは「レッドウォール」と呼ばれるイングランド北部・中部のEU離脱支持地域を取り込むためだ。

次の首相となる労働党のキア・スターマー党首が「私が生きている間に英国がEU、単一市場、関税同盟のいずれにも再加盟することはない」と断言するのも再加盟を匂わせたとたん、リシ・スナク首相と同じ悲惨な運命が待ち受けていることを熟知しているからだ。

「英国は破産の瀬戸際に立たされている」
(中略)強硬なEU離脱派は英国の桎梏である。労働党政権になっても何一つ変わらない。金融コラムニストのマシュー・リン氏は英紙デーリー・テレグラフ(7月4日)に「誰も認めようとしていないが、英国は破産の瀬戸際に立たされている」と書く。

英シンクタンク「レゾリューション財団」によれば、政府債務残高の対国内総生産(GDP)比は100%に迫り、この16年間で3倍に膨れ上がった。税負担は27年度にGDPの38%近くに上昇。これは歴史上最も高い水準だ。

スナク首相だけでなく、スターマー新首相も「不都合な真実」に口を閉ざして選挙戦を戦った。高齢化が進み、生産性が低迷する先進国の誰もこの問題からは逃れられない。日本はその先頭を走っている。【2024年07月05日 Newsweek】
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【根深い反移民感情 昨年8月にもデマ情報で反移民暴動】
リフォームUK躍進のもう一つの要因は反移民。これは多分にコアなEU離脱支持層とも重なるものでしょう。

イギリスは移民が多い国です。

****英人口、過去最大1%増の6830万人 移民が押し上げ****
英国立統計局は8日、2023年半ば時点で同国の人口は、前年比1%、66万2400人増の約6830万人になったと発表した。増加幅は過去最大。

ONSは、2023年半ばまでの1年間で、英国を構成するイングランドとウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域全てで人口が増加し、主要因は移民の転入による社会増だと指摘。(後略)【2024年10月9日 AFP】
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多くの移民を受け入れるなかで、反移民感情も根強く、これまでも1981年、1985年、1990年、2001年に反移民暴動が起きています。

そんな反移民感情が爆発したのが、総選挙直後の8月に起きた反移民暴動でした。この暴動はネットで拡散した偽情報に煽られたという点でも注目されました。

****「移民を追い出せ」イギリスで極右が扇動する“移民排斥デモ”拡大 きっかけは“偽情報”の拡散****
イギリス各地で過激な「移民排斥デモ」が広がっています。きっかけは、ある事件をめぐりインターネット上で拡散された“偽情報”でした。(中略)

3日、イギリス中部リバプールで、極右集団が主導する移民へのヘイトデモと、それに反対するデモの参加者数千人がにらみ合う事態になりました。

発端となったのは、先月、リバプール近郊の町で17歳の少年がダンス教室に押し入って参加者を次々と刺し、子ども3人が亡くなった事件です。

少年は、アフリカのルワンダ出身の両親のもとイギリスで生まれ育ったということですが、インターネット上では事件直後から、「イスラム教徒」であり「小型ボートで入国した移民だ」とする“偽情報”が拡散されたのです。

その後、“偽情報”を利用した極右集団が移民やイスラム教徒へのヘイトデモを煽り、各地で暴動に発展。建物や車などが放火される事態に…。

ロンドンでは100人以上が逮捕されたほか、リバプールでも警察官2人が骨を折るなどしました。

ヘイトデモ参加者 「子どもが刺されたり、車で轢き殺されたり、そんなのはもうたくさんだ。彼らを追い出せ」(中略)

現地メディアは、この週末に30以上のヘイトデモが計画されていると報じています。【2024年8月4日 TBS NEWS DIG】
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Xを所有するアメリカの実業家イーロン・マスク氏も暴動に絡んだ偽情報の拡散に加担しました。

“BBCによりますと、マスク氏は「イギリス政府が暴動の参加者を収容するための強制収容所を建設予定だ」とする虚偽のニュース記事を拡散したということです。投稿は170万回以上、閲覧されましたが、マスク氏はその後、説明なく投稿を削除したということです。”【2024年8月10日 TBS NEWS DIG】

このときの暴動にはファラージ氏率いる右派政党「リフォームUK」の支持者らも合流していました。

****英極右デモ沈静化せず 「反差別」対抗デモも 発足1カ月のスターマー政権に厳しい試練****
(中略)
背景に移民政策への不満か
X(旧ツイッター)を所有する実業家イーロン・マスク氏は暴動に関し「内戦は不可避だ」と投稿。これに対し首相府報道官は声明で「不当な発言だ。連中は少数派のならず者で、英国の意見を何ら代弁していない」と反発した。

暴動をめぐっては、極右団体「イングランド防衛同盟」を創設した著名な反イスラム活動家のトミー・ロビンソン氏がXで暴力を扇動する投稿を繰り返していることが騒乱拡大の要因の一つに挙げられている。同氏のフォロワー数は100万人に迫る勢いで急増中で、投稿を野放しにしているXへの批判も強まっている。

ただ、暴動の背景には、スターマー政権の移民政策への不満があるとも指摘されている。政権は発足直後、保守党のスナク前政権が打ち出した不法移民をルワンダに強制移送する計画を撤廃し、国境警備の強化や密航業者の摘発に重点を置くと表明した。だが、移民流入を防ぐ方策は現時点で明確に示されていない。

暴徒には反移民を旗印とする大衆迎合政治家のファラージ下院議員率いる右派政党「リフォームUK」の支持者らも合流しているとみられている。

同党は7月の総選挙(下院、定数650)で5年前の前回総選挙比12・3ポイント増の得票率14・3%を記録したが、獲得議席数は二大政党に有利な小選挙区制のため5議席にとどまった。自身らの主張が国政に反映されないとの不満が同党支持者を暴力デモに駆り立てた可能性も否定できない。【2024年8月6日 産経】
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こうした反移民感情の存在を受けて、最大野党保守党では党内右派でナイジェリア系黒人女性ベーデノック前ビジネス貿易相(44)が党首となり、今後の右傾化は必至と見られています。

労働党・スターマー首相も流入する移民数を削減すると表明しています。

****英首相、移民流入を制度改革で削減すると表明****
英国のスターマー首相は28日、前保守党政権が導入したポイント制の移民制度を改革する計画を策定して同国へ流入する移民数を削減すると表明した。

英国立統計局(ONS)が同日発表した2023年6月末までの1年間に同国へ流入した正味の移民数は90万6000人となり、当初発表の74万人から上方改定されて過去最高を更新した。

これを受けてスターマー氏は記者会見を開き、移民の流入を減らす決意を表明した。同氏は移民数の増加について、前保守党政権の政策が原因だと非難した。(中略)

高水準の移民は英国で大きな問題となっている。有権者は、逼迫している公共サービスでは大量に流入する移民を処理できないと懸念する一方、ヘルスケアといった業種は外国の労働者なしでは事業を運営できないと訴えている。【2024年11月29日 ロイター】
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【これまで「リフォームUK」を支持してきたマスク氏、ファラージ氏と意見の相違? 党首交代要求】
ところで、昨年8月の反移民暴動でも名前があがった米富豪イーロン・マスク氏ですが、スターマー首相を「犯罪の加担者」「無能なバカ」と批難する一方で、「リフォームUK」に多額の寄付をするという噂が広まるなど支援を強めています。

****「犯罪の加担者」「無能なバカ」 マスク氏が欧州首脳を口撃****
X(ツイッター)オーナーの米実業家で、右派的な言動で知られるイーロン・マスク氏が、政治的信条を異にするスターマー英首相らへの露骨な批判を続けている。マスク氏はトランプ次期米政権で政府外助言機関「政府効率化省」を率いる予定で、米欧関係への影響も懸念されている。

「スターマーは辞任しなければならない」。マスク氏は3日、Xへの投稿でそう訴えた。その理由としてマスク氏は、スターマー氏が検察官時代、パキスタン系容疑者らによる白人少女らへの性的暴行事件を十分に捜査しなかったと主張した。そのうえで、「英国史上最悪の集団犯罪に加担した罪で告発されなければならない」と続けた。

マスク氏はこのほか、スターマー政権の別の高官も「刑務所に入るべきだ」などと攻撃している。

英紙フィナンシャル・タイムズは9日、マスク氏の狙いはスターマー氏が率いる中道左派・労働党の弱体化で、自らが支持する右派ポピュリスト政党「リフォームUK」の勢力拡大を画策していると伝えた。
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ただ、「リフォームUK」を率いるファラージ氏とは、昨年8月反移民暴動でも盛んに煽った反イスラム活動家のトミー・ロビンソン氏に関して意見の対立があり、マスク氏は党首交代を求めています。

****マスク氏、英野党「リフォームUK」の党首交代を要求 極右活動家支持でファラージ氏と意見相違か****
米富豪イーロン・マスク氏は5日、英野党「リフォームUK」の党首をナイジェル・ファラージ氏をから交代させるべきだと主張した。マスク氏は数週間前に、同党への寄付を検討していると報じられていた。

マスク氏は所有するソーシャルメディア「X」への投稿で、ファラージ氏には党を率いる資質がないと述べたが、その理由は明らかにしなかった。

ファラージ氏はこれについて、マスク氏がイギリスの極右活動家トミー・ロビンソン(本名スティーヴン・ヤクスリー=レノン)受刑者を支持していることについて、自分たちの意見が食い違っていることが原因だと示唆している。(中略)

服役中の極右政治家を支持、ファラージ氏は距離を取る
マスク氏はかねてファラージ氏とリフォームUKの熱心な支持者で、昨年12月には「X」に「イギリスにはリフォームUKが絶対に必要だ」と投稿していた。

しかし今週、マスク氏がロビンソン受刑者を支持していることをめぐぐり亀裂が生じた。ロビンソン氏は現在、法廷侮辱罪で禁錮18カ月の刑に服している。

ロビンソン受刑者は昨年10月の裁判で、2021年の名誉毀損訴訟で敗訴した後、シリア難民に関する偽の主張を禁じる裁判所命令に違反したことを認めた。

マスク氏のコメントに対し、ファラージ氏はSNSに「イーロンは素晴らしい人物だが、この点については残念ながら意見が異なる」と投稿した。

「私の見解は変わらない。トミー・ロビンソンはリフォームUKにふさわしくない。そして私は決して、自分の信念を曲げたりしない」

ファラージ氏がこの声明を発表した数分後、マスク氏は「トミー・ロビンソンを今すぐ釈放しろ」と「X」に投稿した。(後略)【1月6日 BBC】
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インド 世界でも断トツの「トランプ大好き」 経済関係や中国への対応で米印関係に課題も

2025-01-17 21:59:17 | 南アジア(インド)

(2019年のG20大阪サミットで来日したインドのモディ首相(右)。当時の安倍晋三首相(中央)、トランプ米大統領とそろって笑顔を見せた【1月16日 産経】)

【世界で突出してトランプ氏歓迎のインド】
多くの西側諸国や中国がトランプ氏の復権に身構えるなかで、歓迎している国の筆頭がインド。

****トランプ政権復活は「よいこと」 インド84%で最高 欧州や韓国は悲観 各国調査で格差****
15日発表の各国世論調査によると、トランプ次期米大統領の選出は「自国にとってよいこと」と考える人の割合がインドが84%で最も高く、欧州や韓国では低迷した。地域による温度差が浮き彫りになった。

調査は米欧やロシア、中国、アジアなどの24カ国が対象。欧州の政策シンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)が発表した。

トランプ氏の選出は「自国にとってよいこと」とする人の割合は、サウジアラビアが61%で、インドに次いで2位。ロシアが49%、中国が46%と続いた。一方、EU加盟11カ国は22%。英国では15%にとどまった。最低は韓国の11%だった。

インド、サウジ、中国、ロシアの4カ国では、「トランプ大統領ならウクライナで和平実現の可能性が高まる」と考える人の割合が6割に達している。

また、「米国の世界的影響力は今後、約10年間で増す」と考える人は、南アフリカやインド、ブラジルで7割にのぼった。米国では57%。EU11カ国は43%、英国は29%だった。

ECFRは「世界の多くの国でトランプ政権への期待が高まる一方、米同盟国の欧州や韓国は悲観的で、地政学上の西側の弱体化が示された」と評価した。今回の調査で日本は対象となっていない。【1月16日 産経】
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関税問題が焦点となっている中国が46%と高い割合で「自国にとってよいこと」としている点も興味深いですが、そこはまた別機会にして、今回は突出してトランプ氏を歓迎しているインド。

下記は以前も引用したことがある記事ですが、民主主義に関する上から目線の“お小言”が多かったバイデン政権がインドでは嫌われたのに対し、そうした“些細な事”にかまわず“強い指導力”を発揮するトランプ氏が好まれているようです。

****〈インドはトランプが好き〉米国・インド関係黄金時代か、新政権を歓迎する本音とは****
(中略)これらの状態(シーク教徒過激派指導者の暗殺未遂事案に関するアメリカの穏やかな対応、QUADへの参加など、安定しているように見える米印関係)から見れば、本来、バイデン政権は、インドにとっていい政権のはずである。しかし、インドではあまり人気がない。なぜか。

「弱い」と思われたバイデン政権
インドでの議論を聞いていると、インドでは、バイデン政権の評価が低い。それは、まず、ロシアのウクライナ侵略を受けて、米印間でロシアに対する立場の違いが出たこと。そして、バイデン政権が、安全保障に弱いにもかかわらず、お小言だけ多い政権だとみられていたことに起因するものとみられる。

バイデン政権が「弱い」というイメージは、アフガニスタンから撤退する際、総崩れの様相を示してしまったことが、始まりであった。それはロシアのウクライナ侵略につながったが、その際も、バイデン氏は、ロシアが侵略してもウクライナのために戦わないことを明確に表明し、むしろロシアの侵略を黙認するかのようにすら見えた。
 
その後、ウクライナが反転攻勢に出る際も、射程の長い武器や戦闘機の供与を行わなかったから、ウクライナは領土を奪還できなかった。

そして、中東では、イスラエルに「怒りに身を任せてはならない」などと軍事作戦の制限ばかり要求しているが、イスラエルに無視され続けているように見える状態が続いた。

こういった姿勢は、アメリアが影響力を失っている印象を強め、「弱い」というイメージを強めたのである。

それにもかかわらず、バイデン政権は、お小言だけは多かった。中国やロシアに対する対決を、民主主義対権威主義の対決として、イデオロギーを重視した。

そして、民主主義国としての成績評価を行い、インドのモディ政権が民主主義国としてのルールを守っていない、まるで権威主義国であるかのような態度をとった。

モディ首相が訪米した際には、モディ首相が好まない記者会見を要求し、その場では、インドの民主主義の関して厳しい質問が出ることになった。アメリカは、以前から、記者会見を利用して間接的にメッセージを送るやり方を好み、中国の指導者に対しても、記者会見の際に、活動家がプラカードを掲げたりした事例がある。同じ手法をインドに適応した可能性がある。

実際には、2024年にインドで行われた選挙は、与党が議席を減らしたが、インドが民主主義国としてきちんとした選挙行ったことを示している。問題があるとしても、インドを権威主義国として非難するようなバイデン政権とその支持者の姿勢は行き過ぎで、インドでは反感を買っていたのである。

これらの部分は、トランプ政権時代と比較すると、歴然とした差があった。トランプ政権は、「予測できない」として、怖がられていたから、弱い政権だとは思われていなかった。

実際、トランプ氏は、習近平氏を夕食会に招き、チョコレートケーキを進めている最中に、シリアにミサイルを撃ち込むことを伝えた政権だ。「今はシリアだが、次はお前だ」と言わんばかりの脅しを、油断したタイミングでかけてくる点で、怖い政権だった。

しかも、トランプ大統領の外交は、イデオロギーを気にしなかった。最初の外国訪問はサウジアラビアだったし、東南アジアではベトナムを優先して訪問、友好関係を結んだ。サウジアラビアもベトナムも民主主義国ではない。利益になれば、イデオロギーは気にしないのである。

そして、トランプ大統領はインドを重視しており、20年の大統領選挙前にトランプ大統領は、選挙活動で忙しい中でも、インドへ訪問した。

インドのような国では、まだまだ社会のルールが守られていないことがよくある。だから、ルールを守っているかどうかよりも、力が強くて、自分を守ってくれる人をリーダーに選ぶ傾向がある。

つい最近まで山賊が出るほどの国だったが、これは、自分を守ってくれるなら、政府ではなく山賊についていく人々がいることを示している。

そのような国に、民主主義のルールとか、国際社会のルール、といったお小言を言って説得するのは、効果が弱い。バイデン政権は、まず力を示し、強い、と印象付ける必要があり、過去4年間、それに失敗し続けたのである。

激しい交渉の幕開け
だから、インドでは、バイデン政権よりもトランプ政権の方が人気だ。ただ、それで、米印関係が全く問題のない、黄金関係、ということにならないだろう。トランプ大統領の外交の特徴は、2国間ベースで、脅しをかけて取引を狙う。

安全保障問題であれば、北大西洋条約機構(NATO)加盟各国に「十分国防費を負担しないなら、ロシアに好きなようにするよう促す」といったかなり激しい脅し文句がくる。経済であれば、関税を大幅に上げてくる。インドだけ例外とは言えない。

さらに、トランプ政権第1期で問題になったのは、合法移民になるためのビザの発給数だ。それも再び交渉課題になるだろう。

トランプ政権としては、アメリカ人の雇用を守る観点から、優秀なインドからの合法移民があまり無制限に来ると、困るからである。イデオロギーなどが関係してこないシンプルな外交だとしても、米印間で激しいやり取りが起きることは必至だ。

インドではトランプ歓迎のムードが高まっている。それは同時に、新しい駆け引きと交渉の時代の幕開けと、いえよう。【2024年11月9日 WEDGE】
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【似た者同士のモディ・トランプ 経済や対中国で問題も】
上記記事はややインドに甘いような印象がありますが、それはともかく、トランプ氏とモディ首相はともに自国優先で強い指導力をアピールする・・・似た者同士で相性もいいようです。

もっとも、そのことは、上記記事も関税問題、移民問題を取り上げているように、米印関係に問題がないという話ではありません。

****「考え方が瓜二つ」トランプとモディがもたらす、「米印関係の重大なリスク」とは?****
<関税を操作するトランプの手法はインドにとっては厄介になる。トランプ一族のビジネスへの投資を餌にする戦略も?>

ドナルド・トランプがホワイトハウスに復帰したら米・インド関係が安定する、と期待したくなる気持ちは分かる。確かに米政界では、中国の経済的および地政学的影響力に対抗する手段として、インドとの関係強化が超党派で支持されている。

だが、現実はそう簡単ではない。もちろん、米印の戦略的パートナーシップは双方に利益をもたらすだろう。トランプの「アメリカを再び偉大に」政策と、インドのモディ首相の「ヒンドゥー・ナショナリズム」にはイデオロギー上の共通点も多い。

にもかかわらず、2期目のトランプ政権は両国関係に重大なリスクをもたらしかねない。原因はインドの2つの弱みにある。

第1に、インドにとっては貿易赤字削減のために関税を操作するトランプの手法は厄介だ。インドは世界最高水準の関税を維持し、巨額の対米貿易黒字を記録している(2022年は457億ドル)。

前トランプ政権で米通商代表部(USTR)代表を務め、2期目でも要職への起用が取り沙汰されるロバート・ライトハイザーは、インドを「世界最大の保護主義国家」と評しており、貿易摩擦の激化は避けられない。

インドの2つ目の弱みは中国の拡張主義だ。
トランプは中国の経済と貿易を重大な脅威と見なす一方、中国の軍事的侵略には関心が薄く、他国の紛争への介入を嫌う。

そのため、通商上の譲歩を引き出せるなら、台湾や南シナ海、さらにはヒマラヤのインドとの国境地帯での中国の行動にも目をつぶる可能性がある。

イーロン・マスクら億万長者の側近も中国市場へのアクセスを守りたい思惑から、中国の拡張主義を放置するようトランプに促すかもしれない。

これらにインドはどう対処すべきか。トランプの要求に応じて関税を選択的に引き下げつつ相手の出方を慎重に待つ戦略や、トランプ一族のビジネスへの投資を餌にする戦略も選択肢の1つだ。

王道は2国間協定や自由貿易協定(FTA)だ。例えばインドの衣料品業界はFTAに守られたベトナムの競合企業や、アフリカ成長機会法(AGOG)によりアメリカ向け輸出関税が免除されるアフリカ諸国に比べて多大なハンディを負っている。

2国間FTAを結べば、労働集約型のインド製品へのアメリカの関税が引き下げられ、公平な競争環境を整えられる。

また、企業が中国以外にも製造拠点を分散させる「チャイナプラスワン」戦略の恩恵にもあずかれるだろう。

トランプが提案する中国製品への追加関税により中国からの資本流出が加速すれば、外国企業は代替の投資先を探す。前トランプ政権の中国製品への関税強化がベトナムやメキシコを利したように、インドも適切な政策を取れば、この傾向の恩恵を享受できるだろう。

さらにFTAは、低迷するインドの製造業を復活させるチャンスにもなる。トランプは米国内での製造を重視しているが、FTAがあれば国内産業がインドに奪われるという懸念を和らげられる。

市場自由化には政治的な抵抗が伴いがちだが、インドの場合はそうでもないかもしれない。アメリカからの輸入製品の大半がエネルギー関連製品か金で、自由化に反対する声の少ない分野だからだ。一方、輸出では宝石や医薬品、衣料品、機械などの主要産業がこぞって恩恵を享受できる。

トランプは存在しない問題をでっち上げて、関税絡みの圧力を課しているようにもみえる。それでも、インドにとっては中国から流出する資本を呼び寄せ、アメリカとの協力を促進する格好の機会だ。モディ政権は今すぐ、トランプの妄想をインドのチャンスに変えるべきだ。【2024年12月11日 Newsweek】
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“トランプの妄想”・・・・振り回される関係国には迷惑な話ですが。

【中印関係 改善の動き】
上記記事にあるように、トランプ氏は中国の軍事的侵略には関心が薄く、「取引」次第では日本や台湾、南シナ海、インドを中国に提供することもあり得ます。

公聴会で国防長官候補のヘグセス氏がASEANについて全く何も知らないことが明らかになったように、アメリカの外国、特にアジアに関する意識・知識はその程度のものですから。

****米・国防長官候補ヘグセス氏に厳しい質問相次ぐ 資質を疑問視する声も****
アメリカ議会でトランプ次期大統領が指名した閣僚候補に対する公聴会が始まり、国防長官候補のヘグセス氏に厳しい質問が相次ぎました。

民主党 ダックワース上院議員
「ASEANの少なくとも1カ国の重要性を挙げ、どんな安全保障の協定を結んでいるか、ASEANには何カ国あるか言えますか?」

国防長官候補 ヘグセス氏
「正確な数は言えません。韓国、日本、オーストラリアとの同盟は知っています。潜水艦の共同開発もしようとしています」

民主党 ダックワース上院議員
「あなたが言った3カ国はASEANではありません。交渉に臨む前に少しは下調べしたらどうでしょうか?」

トランプ氏から国防長官に指名されたヘグセス氏は、保守系「FOXニュース」の元司会者です。

政府や軍で要職を務めた経験はなく、過去に女性への性的暴行容疑で捜査を受けたことが報じられ、閣僚としての資質を疑問視する声が出ていました。

議会上院で14日に開かれた公聴会でヘグセス氏は、同盟国と協力しながらインド太平洋地域で中国の侵略を抑止し、トランプ氏が掲げる「力による平和」を実現すると訴えました。

また、自身の性的暴行疑惑については「中傷だ」と潔白を訴えましたが、ASEANの加盟国の数を尋ねられて答えられない場面もありました。

閣僚の人事には議会上院の承認が必要となりますが、資質を巡って閣僚候補の一部で承認を危ぶむ声も出ています。【1月15日 テレ朝news】
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インドと中国は2020年6月にヒマラヤ山脈付近の国境係争地で衝突し、45年ぶりに死者が出ました。その後、両国のトップ外交が停滞するなど関係が悪化しており、インドにとって中国との関係は最重要課題です。

トランプ氏がそういうことに興味がないことはインドにとって問題ですが、インドも独自に中国対策を進めているようで、昨年末には関係改善に向けた動きが報じられています。

****中国とインド、国境問題解決に向けロードマップ作成で合意 関係改善さらに加速か****
中国とインドは懸案となっている国境問題について、問題解決に向けたロードマップを作成することなどで合意しました。

中国国営の中央テレビによりますと、王毅外相は18日、北京でインドのドバル国家安全保障補佐官と会談しました。王毅氏とドバル氏は国境問題の特別代表を務めていて、協議を行うのは5年ぶりです。

会談で、王毅外相は「貴重な資源は発展と振興に投入すべきであり、国境問題は適切に処理すべきだ」と強調し、インドとの関係を安定・発展させる意向を示しました。

これに対し、ドバル補佐官は「問題が適切に解決されることに大きな意義がある」と応じたということです。

そのうえで、双方は「国境問題が両国関係の発展に影響を及ぼすことがあってはならない」として、問題解決に向けたロードマップを作成することやインド人のチベット巡礼を復活させること、国境貿易の再開などで合意しました。

中国とインドは国境の係争地をめぐり軍事衝突を繰り返しており、2020年には双方の軍に死傷者が出る事態に発展していました。

しかし、今年10月に習近平国家主席とモディ首相が5年ぶりに会談し、関係の修復を目指すことで一致。これを受け、インド北部・ラダック地方の一部から両軍の部隊が撤退を始めるなど、緊張緩和と関係修復に向けた動きが加速しています。【12月19日 TBS NEWS DIG】
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パレスチナ  19日から6週間の停戦合意 今後については不透明

2025-01-16 23:01:47 | パレスチナ

(イスラエルとハマスがガザ停戦で合意したとの知らせに歓喜するガザの人々(15日)【1月16日 BBC】)

【不透明な今後】
国際面で今日一番のニュースと言えば、当然、パレスチナ・ガザ地区の戦闘に関するイスラエルとハマスの6週間の停戦及び人質一部解放の合意(発効は1月19日)でしょう。

ここ数日“合意間近”と言われていましたので意外感はありませんが、2023年10月のハマスによる対イスラエル大規模奇襲から約1年3カ月に及び、ガザで4万6000人以上の死者を出したイスラエルの軍事作戦・ハマスの抵抗がとりあえず停止することは、まずは非常に喜ばしいニュース。

この件に関しては多くの報道がなされていますので、改めてここで取り上げる必要もないですが、一応ひとつの区切りということで簡単に。

まず、合意成立と報道はされていますが、イスラエルが正式承認したわけでもないようで、ネタニヤフ首相は「ハマスが合意の一部に異論を唱えている」【後出 産経】として“見送り”も示唆しています。

****イスラエル首相「ハマスが停戦合意を破っている」 承認見送りを示唆****
15日に発表されたパレスチナ自治区ガザ地区の停戦合意を巡り、イスラエルのネタニヤフ首相は16日、対立するガザのイスラム組織ハマスが合意を破っていると非難する声明を出した。

ハマスが合意の全てを受け入れたと通知されるまで、合意承認の閣議を招集しないと主張した。停戦が19日に予定通り発効するか注目される。

イスラエルは停戦に合意しているが、最終的に合意を閣議で承認する必要がある。一方、ハマスは声明を発表し、停戦合意を守っていると主張した。【1月16日 毎日】
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ただ、ここまで“合意”が国内外に広く報じられ、アメリカ新旧大統領が「自分の手柄だ」と言い立てているような既成事実となった状況で、今更のちゃぶ台返しはさすがのネタニヤフ首相も難しいところですので、おそらくこのまま正式に閣議承認となるのでしょう。

しかし、停戦が維持され、第2段階、第3段階と進めるかどうかは極めて不透明です。そもそも、ガザを今後誰がどのように統治するのかという大問題については何も決まっていません。

****脆弱なガザ停戦合意、難航課題は持ち越し 根深い相互不信…「戦闘終結」などハードル高く****
イスラエルとイスラム原理主義ハマスが15日にこぎつけた停戦合意は、互いに拘束する収監者と人質の身柄交換を先に進め、難航が予想される課題を後で協議する仕組みだ。恒久停戦とガザ再建の実現に向けたハードルは高く、相互不信が根深い中で、脆弱さをはらんでいる。

戦闘再燃の懸念
イスラエルのネタニヤフ首相は停戦合意を受け、米国のバイデン大統領とトランプ次期大統領に電話で謝意を伝えた。一方のハマスも、「勇敢な抵抗の成果」だと声明で合意到達を自賛した。

だが、ネタニヤフ氏は16日、ハマスが合意の一部に異論を唱えていると早くも主張。ハマスが完全に受け入れるまで治安閣議などによる合意の正式承認はできないと述べた。

合意内容に双方ともが満足しているとは言いがたい。ハマスはイスラエル軍のガザ完全撤収による「戦闘終結」を停戦の条件としてきたが、この問題は第2段階の協議に持ち越された。

米国から合意への圧力を受けたネタニヤフ政権は目標である「ハマスの壊滅」を果たせないままだ。

一部報道によると、イスラエル軍はガザとエジプトの境界地帯などで一定期間、駐留を継続する可能性がある。ガザでは今月も仕掛け爆弾や銃撃戦でイスラエル軍兵士が死傷しており、戦闘が再燃して停戦合意が崩壊する懸念は拭えない。

ガザの戦後統治見通せず
「戦闘終結」を巡る協議は、合意の枠組み全体の成否を左右する一つの焦点となる。ネタニヤフ氏はこれまで、停戦は一時的なものにとどめると繰り返し強調してきた。国内の治安のほか、連立政権に加わる極右政党や世論の反発を考慮すれば、軍の完全撤収に応じるのは容易ではない。

ハマスもイスラエルの出方を不安視している。米CNNテレビ(電子版)によると、仲介国が「戦闘終結」を受け入れるよう「イスラエルに圧力をかける」とハマスを説得したが、口頭での約束だ。

停戦合意は、長期的に最大の課題となるガザの戦後統治の具体像には触れていない。

ブリンケン米国務長官は14日、戦後統治の担い手としてパレスチナ自治政府の名前を挙げたが、統治能力を疑問視する向きは少なくない。今後、国際社会を巻き込んだ議論になる可能性もある。

停戦合意を発表したカタールのムハンマド首相兼外相は声明で、今後も米国やエジプトと緊密に協力して仲介を続けると強調。合意履行の厳しさをうかがわせた。【1月16日 産経】
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今回“合意”は、「第1段階」として6週間の停戦期間を設け、その間に人質の解放などを進めるとともに、「第2段階」となるイスラエル軍のガザからの完全撤退や、「第3段階」のガザ再建に向けた交渉を行うという内容。

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第1段階の停戦は6週間で、ハマスはガザで拘束する人質33人を解放し、イスラエル側は収監するパレスチナ人990〜1650人を釈放する。

イスラエル軍はガザから徐々に撤収し、ガザ住民の北部への帰還が始まる。1日当たりトラック600台分の支援物資がガザに搬入される。

改めて停戦の第2段階に向けた協議を行い、イスラエル軍のガザ完全撤退やさらなる人質解放について話し合われる見通しだ。【1月16日 時事】
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イスラエル軍完全撤退を含む第2段階以降は更に厳しくなります。
希望的観測としては、ハマスもいったん停戦した以上、6週間後に改めて戦闘再開というのは「そこまでの力が残っているだろうか?」といったところでしょう。

【合意の背景にハマスの孤立化】
今回の合意成立もハマスの孤立化があります。

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難航していた停戦交渉が前進したのは、イスラエルとレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラの停戦が発効した昨年11月27日以降のことだ。交渉過程に詳しい米政府高官は記者団に、それまでのハマスは「騎兵隊が助けに来てくれると信じていた」と語る。イランやその支援を受ける勢力からの援護で状況が好転することに期待をかけていた、との意味だ。

しかし、ハマスと連動してイスラエルの北部境界を脅かしていたヒズボラの大幅な戦闘力喪失がはっきりし、ハマス側の抗戦心理は揺らいだ。12月8日にはヒズボラとともに親イラン陣営を形成してきたシリアのアサド政権が崩壊。イランの弱体化でハマスはさらに域内での孤立を深めた。【1月16日 産経】
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【米現・次政権の「合作」】
そうした中東情勢の変化に、“バイデン米政権の長期に渡る仲介外交と、今月20日の発足を前に中東の不安定要因を除去したいトランプ次期政権の思惑が複合的に作用した結果”【同上】が今回合意です。

****ガザ停戦、現・次期政権の「合作」 激変した中東パワーバランス***
パレスチナ自治区ガザを巡るイスラエルとイスラム原理主義組織ハマスの停戦合意は、バイデン米政権の長期に渡る仲介外交と、今月20日の発足を前に中東の不安定要因を除去したいトランプ次期政権の思惑が複合的に作用した結果だ。中東各地に飛び火した戦闘による域内のパワーバランスの変化も交渉前進の要因となった。(中略)

こうした中(前出の“ハマス孤立化”)で、サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、バーンズ中央情報局(CIA)長官、マクガーク中東政策調整官らを中心とするバイデン政権の交渉チームは、カタール、エジプトとともにイスラエル、ハマス双方への働きかけを加速。

ハマスはなおも解放対象の人質リストを巡って明確な返答を拒むなど煮え切らない態度を続けたが、米側がいったん交渉を打ち切る姿勢をみせると一転して歩み寄りをみせたという。

交渉チームにはトランプ次期政権で中東問題担当特使に起用されるスティーブン・ウィトコフ氏も参加した。同高官によれば、カタール首都ドーハでの詰めの協議でイスラエル側の確約が必要な場面では、マクガーク氏らが交渉を続ける間にウィトコフ氏が同国へ飛び、ネタニヤフ首相と面会してすぐにドーハへ戻るといった「連係プレー」も展開された。

バイデン政権は2023年10月にガザでの戦闘が発生して以降、人質となった米国籍保有者の解放と紛争の政治的解決を目指してきた。

一方、自身が当選すれば「戦闘はすぐに終わる」と豪語してきたトランプ次期大統領にとり、ガザ戦闘の早期終結は政治的な利益だ。ハマスの完全壊滅を掲げるネタニヤフ氏も、トランプ氏との親密な関係を維持するには停戦合意は不可欠と判断した可能性が高い。

米政権の移行期という外交的には宙ぶらりんな時期ながら、現・次期両政権の思惑が一致したことが、約15カ月に及ぶ戦闘の終結に向けた突破口を生んだ。【同上】
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バイデン大統領は、自分が提案した停戦案を外交努力で実現させたと、トランプ次期大統領は、「私が歴史的な勝利を収めたからこそ実現した」と、それぞれ“手柄”を自慢しています。

【イスラエル極右閣僚は反対】
イスラエルでは極右閣僚が反対していますが、政権を崩壊させるには至らないのではと見られています。

****極右のイスラエル国家治安相、ガザ停戦同意なら辞任と警告****
イスラエルの極右政党「ユダヤの力」を率いるベングビール国家治安相は14日、カタールで交渉が行われているパレスチナ自治区ガザ停戦と人質解放協定にネタニヤフ首相が同意した場合は辞任すると警告した。

停戦はパレスチナのイスラム組織ハマスへの危険な降伏だとし、スモトリッチ財務相に停戦協定阻止に向けた最後の試みに加わるよう要請していた。

ベングビール氏は「イスラエル国防軍(IDF)隊員の死を無駄にしないためにも、この措置は(協定の)発効を阻止し、ハマスへの降伏を回避する唯一のチャンスだ」とXに投稿した。

スモトリッチ氏は13日、合意には反対と述べる一方で、ネタニヤフ連立政権からの離脱は示唆しなかった。

停戦合意には戦闘停止と人質解放が盛り込まれ、閣僚の過半数が支持するとみられている。【1月15日 ロイター】
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とにもかくにも、ガザへの物資搬入が速やかに増強され、人道危機の状況が一日も早く緩和されることを期待します。
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タイ  ウイグル人難民の強制送還と長期拘留

2025-01-15 23:04:24 | 東南アジア

2015年の中国への強制送還時、トルコ・アンカラのタイ領事館の前で抗議するデモ隊【2015年7月10日 WSJ】)

【ウイグル人43人を10年間拘束 中国への強制送還検討】
中国が新疆ウイグル自治区でウイグル族などの弾圧をおこなっているとの国際批判をうけているのは周知のところですが、中国との関係を重視するタイはウイグル人難民43人を中国に強制送還しようとしているとも報じられています。

****タイで拘束中のウイグル人43人、中国に強制送還の危機 「手遅れになる前に助けを」****
タイ・バンコクの移民収容センターに拘禁されている中国・新疆ウイグル自治区出身のウイグル人ら43人が中国への強制送還の危機に直面している。米AP通信やドイツの国際公共放送ドイチェ・ヴェレ(DW)などが15日までに報じた。

ウイグル人らは書簡で「投獄され、命を失う恐れがある。手遅れになる前に悲惨な運命から救い出してほしい」などと国際社会の介入を訴えている。

DWなどによれば、タイ政府筋などの情報として中国への強制送還はタイ政府内で議論されているが、現在、結論は出ていないという。タイ政府は今年、中国との国交正常化50年を迎える上、米国政府は政権移行期にあるため強制送還したとしても強く反応しないだろうの見方も報じている。

タイの移民官は今月8日、拘束されているウイグル人に対し、中国に強制送還を希望する書類への署名を求めた。過去10年に送還されたウイグル人も同様の署名をしていたといい、「ウイグル人らは恐怖を覚え拒否した」と報じられる。

タイ政府を巡っては2014年にマレーシアとの国境付近で300人以上のウイグル人を拘束し、15年に109人を中国で迫害を受ける恐れがあるにも関わらず送還し、国際社会の批判を浴びた経緯がある。

当時、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「国際法の明確な違反」とし、米国や国際人権団体などが非難していた。トルコ・イスタンブールのタイ領事館はデモ隊に襲撃される事態に至った。【1月15日 産経】
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上記記事でははっきりとは書かれてはいませんが、今回強制送還が検討されているのは“2014年にマレーシアとの国境付近で300人以上のウイグル人を拘束”という人々の一部です。

ということはすでに10年拘束が続いているということでもあり、それ自体が重大な人権侵害とも思えます。なかには拘束中に死亡した者も。(日本でも入管施設での長期拘留が問題視されています)

****ウイグル族48人を10年間拘束 子供含む5人死亡、早期解放求める声―タイ****
タイで、中国・新疆ウイグル自治区を脱出し不法入国したウイグル族の男性48人が、10年にわたり拘束されている。

タイ政府は国際社会からの批判を招いた中国への強制送還を停止しているが、第三国への出国も認めておらず、中国に配慮したとの見方が出ている。

拘束下で子供を含む5人が死亡しており、人権団体は早期の解放を訴えている。

タイ南部ソンクラー県などで2014年、トルコへの亡命を目指すウイグル族300人以上が不法入国で拘束された。

タイ政府は15年、170人余りをトルコに移送する一方、109人を中国へ強制送還。「(迫害を受ける恐れのある国への送還を禁止した)ノン・ルフールマン原則に違反している」と国際的に批判を浴びた。

拘束直後の14年には新生児と3歳の子供が結核などで命を落とし、18年と23年にも20~40代の計3人が病死した。現在は43人がバンコクの入管施設に収容中で、脱走を図った5人は刑務所に収監されている。

人権団体「ピープルズエンパワーメント財団」のチャリダー理事長は「入管施設の医療体制は不十分だ。早急に対応していれば救えた命もあった」と強調。処遇改善と早期解放を求めた。

国連の恣意(しい)的拘禁に関する作業部会などは今年2月、ウイグル族拘束への懸念を記した書簡をタイ政府に送付。バーンプリー副首相兼外相(当時)は3月、報道陣に「不法な移民は法律に従って対処するが、いつ手続きが終わるかは分からない」と述べた。

チャリダー氏は「ウイグル族が求めるトルコへの移送が実現しないのは、政府が中国に配慮しているからだ」と指摘。同氏が国会で政府の対応を批判したところ、安全保障の担当者は「中国とは良好な関係を維持する必要がある」と弁明したという。
 
元国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)職員で野党・公正党のガンナウィー下院議員は「中国から逃れたウイグル族は難民で、尊厳が守られるべきだ」と主張。「タイにはミャンマーからも含めて15万人以上の難民がいるが、受け入れに関する法律がなく、制定を急ぐ必要がある」と訴えた。【2024年9月24日 時事】
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日本ウイグル協会の声明によれば、“タイ政府は2015年、命の危険に晒されることを知りながら国際法に違反し109人のウイグル人難民を中国へ強制送還したが、その後の彼らの一切の消息が不明となっている。”とのこと。

中国によるウイグル人らへの弾圧に関しては、“これまでに、アメリカ政府、欧州議会、イギリス議会、フランス議会、カナダ議会等11の議会が、ウイグルジェノサイド(或いはその深刻なリスク)を認める決議を採択している。2022年8月、OHCHRも「人道に対する罪を含む、国際犯罪の遂行」に当たる可能性があると公式に認めました。”【日本ウイグル協会の声明】とも。

【中国との関係を重視するトルコ】
「ウイグル族が求めるトルコへの移送が実現しないのは、政府が中国に配慮しているからだ」との指摘については、もちろん、タイ政府が中国との関係を考慮しているのは間違いないですが、トルコも中国との関係を考えると受入れに消極的になっているのでは・・・というのは私の個人的想像です。

トルコ世論は同じイスラム教徒ウイグル人の境遇に同情的ですが、トルコ・エルドアン政権としては中国との関係改善を重視しており、波風を立てたくないというのが本音ではないでしょうか。

****トルコ大統領、中国との関係改善継続望む 習主席と会談****
トルコのエルドアン大統領は4日、カザフスタンの首都アスタナで開幕した地域協力組織「上海協力機構(SCO)」の首脳会議に合わせ、中国の習近平国家主席と会談し、あらゆる分野での両国の関係改善に向けた取り組み継続を望み、これが双方に恩恵をもたらすと習氏に伝えた。(後略)【2024年7月5日 ロイター】
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下記は政府ではなくメディア関係者についてのものですが、多分に自国政府の立場を反映したものでしょう。

****中央アジアとトルコのメディア関係者、中国新疆の発展を称賛****
カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルコのメディア関係者がこのほど、設立70周年を迎えた中国新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州を4日間の日程で訪問し、イリの社会と経済の発展、人々の生活の改善、生態系の保護、文化の継承、対外開放などの状況について理解を深めた。

現地で開かれた中国メディアと海外メディアの交流座談会では、カザフスタン紙「シルクロード・トゥデイ」のフセイン・ダウロフ社長が、今回の訪問を通じて、新疆の多民族地域に住む全ての人々、全ての民族を気に配慮し、その文化と伝統を守ろうとする中国政府の姿勢を目にしたと振り返った。

また、中国とカザフスタンは友好的な隣国、戦略的パートナーとして、「一帯一路」共同建設の枠組み内で、両国の企業による協力プロジェクトを数千件実施しており、これは両国の人々に進歩と繁栄をもたらすとの見方を示した。

キルギスのロシア語日刊紙「イブニング・ビシュケク(The Evening Bishkek)」のバクト・バサルベク編集長は「訪問中、中国政府が地方の発展を重視していることが見て取れた。中国の国家的貧困者扶助計画が地元の村でどのように実施されているかを目の当たりにした。また、中国政府が少数民族の文化や言語を保護するために手を尽くしているのもうれしい驚きだった」と述べた。

ウズベキスタン紙「ザラフシャン(Zarafshon)」のファルモン・トシェフ編集長は「私はここの観光センターや街路がとても好きだ。伊寧(グルジャ)県の天山花海風景区で見たイリのエコツーリズムの発展も素晴らしかった。風景区の平坦で、清潔で、緑豊かな街路はとても良かった。風景区の節水技術も称賛に値する」とイリの観光業を絶賛した。

トルコ「アイドゥンルク(AYDINLIK)」紙対外連絡部のオズグル・オトバス部長は訪問中、「新疆に来たのもイリに来たのも初めてだ。ここで多くの民族が平和に暮らし、互いの言語や文化を尊重し、互いに融合し、交流しているところを見た。これこそが本当の新疆だ。トルコに戻ったら、今回見聞きしたことを記事やドキュメンタリーにしてより多くの人に伝えたい」と語った。【2024年9月19日 新華社】
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“ここで多くの民族が平和に暮らし、互いの言語や文化を尊重し、互いに融合し、交流しているところを見た”と言ってる国が、中国に強制送還すると命の危険があるから自国で受け入れる・・・とはならないでしょう。

西側諸国はトランプ氏に気を使い、トルコ・中央アジアの国々は中国の意向を忖度する・・・というのが国際社会の現実です。

【2015年のバンコク爆発事件】
なお、タイでは2015年のウイグル人109人の強制送還の直後に、ウイグル人によるとされる爆弾テロが起きています。

****バンコク爆発事件のウイグル人被告、「私は人間」と法廷で訴え****
昨年(2015年)8月、タイの首都バンコクで20人が死亡した爆発事件で、爆発物を仕掛けたとして起訴された中国少数民族ウイグル人の被告が17日、収監中に不当な扱いを受けていると主張し、出廷する途上で「私は人間だ」と繰り返し叫んだ。

バンコク中心部の「エラワン廟(びょう)」で起きた爆発事件では、中国人観光客を中心に20人が死亡した。

爆発の直前にエラワン廟に荷物を置くところを監視カメラに捉えられた黄色いシャツの男として、中国国籍でウイグル人のビラル・モハメド被告(31)が起訴されたが、共犯とされる同じウイグル人のユスフ・ミエライリ被告(26)ともども爆破事件の犯行を否認している。

この日、丸刈りの頭で出廷したモハメド被告は苦しそうな表情を見せながら、報道陣にウイグル語と英語で不満を叫び始めた。法廷内でのドラマは続き、モホメド被告はウイグル語の通訳を介しながら「食べることもできないし、私が祈ると笑われる」と述べるとともに、タイ人の看守に殴打されたり、イスラム教の戒律に則ったハラルフードを与えられなかったりすると訴えた。

モハメド被告の弁護人はこれまでに、タイの警察が被告に自白を強要していると非難しており、被告による当初の自白は後に撤回されている。一方、警察側は拷問疑惑はばかげていると一蹴している。

事件に関連する容疑者はいまだ多くが逃走中で、主犯格も含め大半は国外にいると考えられている。動機に関する確証はまだないが、事件の約1か月前にウイグル人移民109人がタイから中国へ強制送還されたこととの関連を疑う声が根強い。しかしタイ当局はこの説を否定し、人身売買組織に対する取り締まりへの報復とみている。【2016年5月17日 AFP】
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【タイ深南部で繰り返されるテロ】
ついでに言えば、日本ではあまり報じられていませんが、マレーシア国境が近く住民の多くがイスラム教徒であるタイ深南部と呼ばれるパタニー、ヤラー、ナラーティワートの3県と隣接するソンクラー県3郡では、以前からタイ人警官や教師・仏教僧侶などへのテロが続いていいます。その背景等については今回は立ち入りません。

2022年末の記事で、“2004年以降、これまでに7400人以上が死亡している”とのことです。

今年に入っても
“タイ深南部パッタニー県でバイク爆弾が爆発、警察官6名とマレーシア人1名が負傷”【1月13日 タイランド ハイパーリンクス】
“タイ深南部テロで警官親子が死亡 国境警備警察学校の校長と教師”【1月14日 newsclip.be】

そうした事情もあって、タイではイスラム教徒に対する警察の対応も厳しくなりがちなのかも・・・。
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カナダ  リベラル派トルドー首相の辞意表明が象徴する右派ポピュリズムへの世界政治の流れ

2025-01-14 23:21:38 | 国際情勢

(【12月4日 毎日】昨年11月29日、トランプ氏の私邸で夕食をとりながら行われたトランプ・トルドー会談
両氏の笑顔はもちろん営業用です。 トランプ氏はカナダが関税を回避したいならアメリカの「51番目の州」になるべきだと述べたと報じられています。カナダ側からは「緊張した笑い」が起きたとも。)

【トルドー首相 “トランプ関税”が最後の一撃となって辞任表明】
カナダのジャスティン・トルドー首相(53)が1月6日、与党・自由党の党首と首相の職を辞任すると表明しました。

アメリカ・トランプ氏に象徴されるような右派ポピュリズムの台頭のなかにあって、トルドー首相は積極的な移民受入れなどリベラリズムを代表する存在でもありましたが、国内的には物価高騰などで支持率は低迷し、党内にも辞任を求める声が強まっていました。

そのトルドー首相にとって最後の一撃ともなったのが、アメリカへの移民流入を止める国境管理や貿易問題に対しカナダからの輸入品に25%の関税を課すとのトランプ氏の主張、そしてカナダはアメリカの「51番目の州」になるべきだとの圧力でした。 

トランプ氏の圧力をめぐって盟友フリーランド副首相兼財務相との対立が表面化し同氏が辞任したことがトルドー首相辞任表明の引き金を引くことにも。

****低迷支持率にトランプ氏が追い打ち…カナダ・トルドー首相が辞任表明****
カナダのトルドー首相が辞任する意向を表明しました。

カナダ・トルドー首相
「私は、党首そして首相を辞任します。カナダは、次の選挙で真の選択をすべきであり、党内で争いになるようなら、私は最善の選択肢になり得ない」
与野党から退陣論が噴出するなか、辞任に追い込まれる形となりました。

トルドー氏は、2015年、43歳の若さで首相に就任。リベラルな政策に加え、熱心に育児に取り組む姿でも、広く人気を集めてきました。しかし、最近、長引く物価高への反発など、さまざまな国内の要因が重なり、就任以来、最低の支持率となりました。

加えて、辞任の空気を加速させたのが、アメリカのトランプ次期大統領との関係です。(中略)

二期目が決まったトランプ氏は、カナダとメキシコに25%の関税を課すと明言。トルドー首相が、マー・ア・ラゴに会いに行ったものの、トランプ氏は「カナダはアメリカの51番目の州となるべきだ」と発言したといいます。

もはや避けられない“トランプ関税”への対応をめぐって、閣内で盟友のフリーランド副首相と意見が対立。先月16日に辞任したことが、トルドー首相の立場を追い込む、最後の一押しになったともいわれています。
辞任表明直後、トランプ氏は、早々にトルドー首相に追い打ちをかけました。

トランプ氏のSNS(6日)
「多くのカナダ人が51州目になることを大歓迎している。カナダがアメリカと合併すれば、関税もゼロになり、税金もグッと安くなる。一緒になれば、なんと偉大な国になれるだろうか」【1月8日 テレ朝news】
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盟友でもあるフリーランド副首相兼財務相の辞任は、同氏がトランプ関税に対して厳しい財政政策で準備すべきと主張したことでトルドー首相と対立したためとされています。

****カナダ財務相辞任、トランプ関税対応巡り首相と対立 後任に公安相****
カナダのフリーランド副首相兼財務相が16日、辞任した。トランプ次期米大統領が掲げる関税への対処法などを巡りトルドー首相と意見が対立した。既に支持率低迷に苦しむ政権にとって想定外の打撃となった。

フリーランド氏はトルドー氏に充てた書簡をXで公表し、「ここ数週間、われわれはカナダにとって最善の道筋を巡り意見が対立していた」と述べた。

また、トランプ氏が警告しているカナダからの輸入品に対する新たな関税は重大な脅威だと指摘。「関税戦争に必要となり得る財政資金を温存し、余裕のない費用のかかる政治的策略を避ける」ことが重要だとして、トルドー氏が目指す支出拡大計画を批判した。

フリーランド氏は13日、別のポストに就くようトルドー氏から打診されたという。

国内メディアによると、両氏は一時的な減税案やその他の支出措置を巡り対立していた。後任にはトルドー氏に近いルブラン公安相が任命された。(後略)【12月17日 ロイター】
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トルドー首相は、新党首が決まるまで首相としてとどまり、3月24日までは連邦議会を休会にする方針とのこと。次の総選挙は10月20日までに実施されることになっています。

なお、トルドー首相はトランプ関税に対しては関税で対抗することを表明しています。

****カナダのトルドー首相、トランプ氏の25%関税表明に「関税で対抗」…米MSNBCインタビューで****
カナダのジャスティン・トルドー首相は12日、米MSNBCのインタビューで、米国のトランプ次期大統領がカナダからの輸入品に25%の関税を課すと表明していることについて、「関税で対抗する準備はできている」と強調した。
 
トルドー氏は「カナダは米国の約35州にとって最大の貿易相手国であり、両国の障壁を厚くすることは、米国の市民や雇用に悪影響を及ぼす」と述べ、トランプ氏をけん制した。AP通信によると、カナダはトランプ氏が高関税を実行した場合、米国のオレンジジュースやトイレ製品、一部の鉄鋼製品に関税をかけることを検討しているという。

トランプ氏の第1次政権が2018年にカナダからの鉄鋼やアルミニウムに高関税をかけた際も、カナダは米国のハーレーダビッドソンの二輪車やバーボンウイスキーなどに関税をかけて対抗した。互いの関税措置は、北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる新たな貿易協定で合意した後の19年まで続いた。【1月13日 読売】
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それにしても、この重大な局面で「死に体」政権で対応しなければならないというのはつらい。

【次期選挙で圧勝が予想される保守党党首はトランプ氏にも似た立ち位置】
“映画スターさながらのルックスと元首相の息子という血統を兼ね備え”、リベラリズムの理想を語るトルドー首相に対し、次の選挙で圧勝が予想されている右派保守党のポワリエーブル氏は“エリート層と戦う庶民の代表と自身を位置付け”ており、アメリカのトランプ氏の立ち位置とも近いものがあるようです。

****「庶民派」のカナダ野党党首、反トルドー政権の波に乗って総選挙へ****
辞任を表明したカナダのトルドー首相(自由党党首)の後継者は、野党保守党党首で、国民の間に広がっている反トルドー政権の波に乗った舌鋒鋭いポピュリストのピエール・ポワリエーブル氏(45)との激しい総選挙に間もなく直面する。

世論調査によると、保守党は次期総選挙の世論調査で圧勝している。

2022年に党首となったポワリエーブル氏はエリート層と戦う庶民の代表と自身を位置付けており、トランプ次期米大統領と対比されてきた。

トルドー氏が次期自由党党首の決定後に辞任する意向を表明する前の今月3日に発表されたアンガス・リードの世論調査によると、ポワリエーブル氏はどの自由党党首候補よりも優勢だった。

専門家らはポワリエーブル氏が人気を集めたのは辛辣なコミュニケーション手法と、長らく続いたトルドー政権に対する有権者のうんざり感、インフレに対する不満に負うところが大きいと指摘する。ポワリエーブル氏は昨年4月に議会下院でトルドー氏のことを「いかれた奴」と呼んで退場させられた。

広報会社コナプタスの代表で、元保守党スタッフのジェイミー・エラートン氏は「ポワリエーブル氏はカナダ人が抱いている物価高騰への不満をうまく捉えている」とし、「変化への願望があるのは明らかだ」と指摘した。

ポワリエーブル氏は詳細な政策をほとんど提示していない一方で、評判が悪いトルドー政権の炭素税に言及して「アックス・ザ・タックス(税金をぶった切れ)」と強調し、気候変動を遅らせるために別の計画を提示するとしている。(中略)

トランプ氏はトルドー氏の辞任表明前の6日、ポワリエーブル氏が次の総選挙で勝利した場合には一緒に仕事をすることを楽しみにしていると語った。 トランプ氏はラジオ番組で「とても良いことになる。私たちの意見は間違いなくより一致するだろう」と語った。(中略)

ウェスタン大のアダム・ハームス准教授(政治学)は「貿易に関しては(ポワリエーブル氏は)トルドー氏とそれほど違わないだろうが、それは単に問題が同じであり、目標が同じだからだ」と話す。(中略)

トロント大学のネルソン・ワイズマン教授は保守党には勢いがあるとして「ポワリエーブル氏が今眠りに就いたとしても、大勝することができる」との見方を示した。(後略)【1月9日 ロイター】
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【右派ポピュリズムのトランプ氏が復権し、進歩的リベラリズムのトルドー首相が辞任 世界政治の流れを象徴】
右派ポピュリズムを象徴するトランプ氏の登場でリベラリズムを代表するトルドー首相が辞任に追い込まれたことは、世界政治の現在の流れを象徴するもののように思えます。

****移民問題がカナダを二分...トルドー辞任と進歩派指導者が直面する「二重の圧力」****
<右派ポピュリズムが世界を席巻するなか、「多様性はカナダの強みです」と語り、リベラルの象徴だったカナダ首相の退場が意味するもの>

1月6日、カナダのジャスティン・トルドー(Justin Trudeau)首相が、10年近く暮らしてきた首都オタワの首相公邸の玄関前で記者会見に臨んだ。

ジョージアン・リバイバル様式のこの邸宅前は、新型コロナのパンデミック初期にトルドーが定期的に会見を開いていた場所。この日の姿は、コロナの状況や政府の取り組みについて語る首相をカナダ国民が支持していた当時を思い起こさせるものだった。

時は流れ、かつて現代の進歩主義運動の象徴だった53歳のトルドーは、同じ場所で辞意を表明した。国民や自らが率いる与党・自由党の幹部の支持を失い、10月までに行われる総選挙での惨敗が確実視されるなかでの発表だった。

「この国には次の選挙で本物の選択肢が必要だ」と、沈痛な面持ちでトルドーは語った。「私はその選択肢として最善の存在ではない」

トルドーには国際政治の変革者として喝采を浴びた時代があった。
環境保護主義者、フェミニスト、難民や先住民の権利擁護者を自任し、映画スターさながらのルックスと元首相の息子という血統を兼ね備えた彼は、2015年の総選挙を制して首相に就任し、西側のリベラル派の象徴となった。

だが国民との蜜月は2年ほどしか続かなかった。スキャンダルが相次ぐなか、17年にはイメージに傷が付き始め、小さな火種はコロナ禍の間に大きな炎へと燃え上がった。

19年と21年の総選挙で自由党が過半数割れすると、トルドーは中道左派の新民主党(NDP)などの協力を仰いで法案を可決する少数与党政権を運営せざるを得なかった。

だが昨秋に同党との協力協定が崩壊し、NDPのジャグミート・シン党首は12月に内閣不信任案を提出する意向を表明。他の野党も同調した。

トランプ時代の対抗軸に
トルドーが世界の舞台に躍り出た15年10月、彼の進歩主義的な資質は、終盤に差しかかっていた米オバマ政権を引き継ぐ存在に見えた。

当時は、米大統領選に名乗りを上げたドナルド・トランプが、まだメディアからネタ扱いされていた時代。
社会自由主義が堂々と語られ、「ツイッター」と呼ばれていたSNSで男性政治家が「自分はフェミニストだ」と公言しても嘲笑されない時代だった。

その一方で、トランプのような右派政治家の躍進や西側での文化的ダイナミクスの変化が、リベラル的理想の優位を揺るがし始めた時期でもあった。

トルドーはトランプ時代の対抗軸となるべく、ワシントンでの論争にたびたび意見を発信した。
その象徴的な出来事が17年にあった。トランプがイスラム教徒の多い国からの入国を制限する大統領令に署名した直後、カナダは難民歓迎を打ち出した。

「迫害、テロ、戦争から逃れている人々へ、カナダは信仰に関係なく皆さんを歓迎します」と、トルドーはツイートした。「多様性はカナダの強みです」

当時、こうした政治的な動きは「包摂性の象徴」というカナダのイメージを誇る国民の意識を反映し、トルドー支持層の共感を得た。

しかし、移民問題はその後、カナダを二分している。トルドー政権を含むリベラルな政府は、進歩的な理想と、移民の経済的・社会的影響に対する国民の疑念の高まりとの折り合いをつけるのに苦労している。

「こうした政治ドラマに続く彼の長い沈黙は、現在の彼の立場がいかに脆弱であるかを雄弁に物語っている」と、マギル大学(モントリオール)のダニエル・ベラン教授(政治学)は指摘する。

24年4月にはカナダの人口は4100万人を超え、前年の増加分の98%を移民が占めた。人口の急増は、既存の課題を増幅させた。

カナダは隣国のアメリカ同様、住宅危機、生活費の高騰、国債の増加に直面しており、反トルドー派は、これらの問題は移民に寛容な政策が原因の一部だと非難している。

政府は移民計画の見直しを余儀なくされ、25年の永住者の受け入れ数を計画値の50万人から39万5000人に削減すると昨年10月に発表した。

進歩派への二重の圧力
22年前半には、国民感情の変化が頂点に達した。コロナ対策の厳しい規制に対する不満が高まり、抗議デモや道路封鎖が起きた。この運動は瞬く間にカナダ全土に拡大し、トルドーは1988年の制定以来初めて緊急事態法を発動した。

2年後、連邦裁判所は緊急事態法の発動について、トルドーが権限を逸脱したとの判決を下した。この時点で彼の支持率は低迷しており、回復することはなかった。

カナダでトルドーが勢いを失った背景には、世界の進歩派の指導者たちが直面している危機がある。世界各地で右派ポピュリズムが台頭し、進歩派は文化的・経済的変化への対応を迫られている。

この後退が顕著に表れたのが、昨年の大統領選でトランプが勝利したアメリカだ。トランプは文化的な懸念や経済的な不満を利用し、それらはリベラルな政府の失敗だと断じた。

この戦略は、世界中の右派指導者が同調している。
フランスでは、エマニュエル・マクロン大統領が反移民の姿勢を見せるようになり、イタリアのジョルジャ・メローニ首相は民族主義的な政策を推進している。ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は今や野党の中心勢力になろうとしている。

こうした動きは、進歩派の指導者が直面する二重の圧力を浮き彫りにしている。
移民や経済格差に対する有権者の不満に対処すると同時に、台頭するナショナリズムとポピュリズムに対抗しなければならないのだ。

この難題を乗り越えた指導者は今のところ存在しない。

複雑でグローバルな課題を国家のアイデンティティーをめぐる闘いとして位置付けるポピュリストの主張が明快な一方で、進歩派は将来に向けた説得力のあるビジョンを提示できずにいる。【1月14日 Newsweek】
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チベット  大地震災害でも「祈り」などダライ・ラマ14世の関与を徹底排除する中国政府

2025-01-13 21:55:23 | 中国

(中国・チベット自治区、震源(シガツェ)【1月9日 西日本】)

【チベットで同化政策を推し進める中国政府 言語・文化喪失の危険も】
中国・チベットに関しては新疆ウイグル自治区や内モンゴル同様に、民族的アイデンティーの破壊や人権弾圧等の批判があります。

昨年中はチベットでの大きな衝突などのニュースは目にしませんでしたが、中国政府による同化政策が着々と進んでいるようです。

****急速に進むチベット族の同化政策、教育から言語・文化を排除…暴動16年で強まる統制****
中国チベット自治区で2008年3月に起きたチベット暴動から14日で16年が過ぎた。習近平シージンピン政権は、少数民族チベット族の居住区域での締め付けを強めており、国際社会の人権批判をはねつけながら同化政策を徹底する構えだ。

四川省成都市内に、チベット仏教の仏具やチベット語書籍を扱う商店が並ぶ地域がある。2月中旬に訪れると、重装備の警官らが交差点の四方を固めるように警戒し、チベット族の僧侶や住民らに目を光らせていた。監視カメラも多い。

仏具店内では、チベット語より中国語表記が目立つ。買い物に訪れた僧侶の男性は、「我々が信仰と文化を守らなければならない」と小声で語った。

中国には約700万人のチベット族がいるが、同化政策は急速に進む。国連人権理事会の昨年の報告によれば、子供向けの寄宿学校では、中国語のみの授業が大半で、チベット語や文化の教育が排除されている。

米政府系のラジオ自由アジアは今年1月、子供らがチベット文化や宗教を学ぶための課外活動への参加が禁じられていると伝えた。

先に閉幕した全国人民代表大会(国会)で採択された政府活動報告でも、習政権は「宗教が社会主義社会に適応するよう積極的に導く」と明記した。信仰より共産党への忠誠を優先させる「宗教の中国化」を進める方針も示した。

国際社会は非難を強めている。ロイター通信によると、ボルカー・ターク国連人権高等弁務官は今月4日、自治区などでの人権侵害の是正勧告をしたが、中国外務省報道官は「一部の西側の国がデマを流している」と反発した。

習政権が人権状況の改善に応じることはなさそうだ。昨秋公表したチベットに関する白書の英語版の地名表記では、従来の「チベット」ではなく、中国語「西蔵」の発音にあたる「シーザン」を使った。中国の一部であると強調し、米欧の「干渉」を排除する構えだ。

◆チベット暴動=2008年3月14日、区都ラサで、中国の統治や信仰の自由への抑圧に不満を持つ僧侶や市民が政府機関などに放火、破壊した。四川、甘粛省などのチベット族居住地域に拡大し、当局の鎮圧には軍も動員された。インドのチベット亡命政府によると、死者は200人以上。【2024年3月14日】
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同化政策の中核は教育現場におけるチベット語の排除でしょう。言語が失われれば文化も消えていきます。

****中国政府による漢族との同化政策 「チベット寄宿学校」で何が? 「チベット語の授業がなくなっていく」****
中国政府はここ数年、チベット族の子どもを寄宿学校に入れ、同化政策を行っていると国際社会から非難を浴びています。寄宿学校で何が起きているのか、取材しました。

ここは中国南西部にあるチベット族が多く住む地域。今、子どもの教育をめぐり、ある問題が浮上しています。
中国政府がチベット族の子どもたちを強制的に寄宿学校に送り、中国語を学ばせるなど、漢族との同化政策を強いているのではないかというのです。

アメリカのブリンケン国務長官は去年8月、寄宿学校に送られた子どもは100万人を超えると非難しました。

私たちは学校を訪ねてみることにしました。ここは「寄宿学校」とされる学校の一つです。近所の人に聞いてみると…

近所の人
「生徒は全員、町の外からきたチベットの子どもです。中の様子はよくわかりません。ここは閉ざされた学校なんです。(Q.学生は多いんですか?)わかりません。何人生徒がいるのかもわからないし、普段は外に出てこられないように封鎖されているんです」

中の様子がわからず、近所の人が不気味だという学校。チベット族の一人はこう話しました。

チベット族
「(寄宿学校で)チベット語の授業は少しありますが、生徒たちはうまくしゃべれません。ここ数年の変化です。このままいくと、チベット語の授業はなくなり、すべて中国語になるでしょう」
いつか、自分たちの言葉と文化を失ってしまうのではと恐怖を感じているといいます。

チベット族
「私たちチベット族はなんといっていいか、ちょっと怖いです。無力感を感じます。どうしようもないことです。こういう話をあなたたちにすること自体も危険だと思います」

「チベットの言葉や文化を消し去ろうとしているのではないか」。国際社会の指摘に対し、中国政府は…

中国外務省 汪文斌 報道官
「寄宿学校に対する攻撃と中傷キャンペーンはチベットの子どもたちの教育を受ける権利に対する冒とくと侵害であり、チベットの人権に対する干渉と破壊だ」

しかし、子どもたちには変化が起きていました。

チベット族
「小学校1年生から中国語を勉強しています。(Q.チベット語と中国語どっちが話しやすい?)中国語です。(Q.家族と話すときはチベット語ですか?)(うなずく)(Q.でも、中国語の方が話しやすいんだ?)中国語の方が話しやすい」

インドにあるチベット亡命政府のツェリン首相は、次のような懸念を示しました。

チベット亡命政府 ペンパ・ツェリン首相
「中国が行っている教育システムが人々の心や考え方、生き方のすべてを変えることを目的にしているのであれば、それは文化的ジェノサイドに等しいと思います」

寄宿学校をめぐり、アメリカは中国当局者のビザ発給を制限するなど圧力を強めており、今後、米中の新たな火種となる可能性もあります。【2024年3月19日 TBS NEWS DIG】
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中国政府は「チベット」という呼称もなくしてしまいたいようで、英文でも中国語「西蔵」の発音に当たる「シーザン(XIZANG)」という呼称を使用しています。

****地震被災地をチベットと記さず 中国政府の英文発信に批判****
中国の政府やメディアは9日までに、チベット自治区で7日起きた地震について英文で発信する際、被災地の地名を「チベット(TIBET)」ではなく、チベットの中国語「西蔵」の発音に当たる「シーザン(XIZANG)」と表記した。

チベットの「中国化」を進める政策の一環とみられ、チベットを支援する団体からは「地図からチベットを消そうとしている」と批判する声が上がっている。

自治区で2008年に中国統治に反発して大規模暴動が発生したことを受け、中国はチベット族に対する中国語や共産党思想の教育を徹底。近年は地名の英語表記にチベットを使わなくなっている。

9日付の国営英字紙チャイナ・デーリーや共産党機関紙、人民日報系の環球時報英語版は1面にチベット地震の記事を掲載。自治区をシーザンと表記し「被災者らが救援隊に感謝している」と支援の成果をアピールした。国営通信新華社の英文記事や国営中央テレビの英語放送、中国政府や在米中国大使館のX(旧ツイッター)への投稿もシーザンと表記した。【1月9日 共同】
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また、チベット族の人々の生活基盤そのものを変えてしまうことにもつながる施策も。

****チベット族を14万人強制移住か 「中国政府」と国際人権団体****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは21日、中国政府が国内のチベット族を事実上、強制的に移住させているとする報告書を公表した。16年以降、14万人以上が住んでいた計500の村が移転対象になり、住民で移住を避けられた人は確認できなかったとしている。

報告書は、中国政府が「生活向上」や「環境保護」を名目に、チベット族に移住を促す「全村移転」や「個別世帯移転」などの計画を推し進めていると指摘する。

移住に消極的な住民も、役人による説得で全面的に同意したと中国政府は説明しているが、行政罰や刑事罰をほのめかしたり、住民に同調圧力をかけたりして脅していると分析した。【2024年5月22日 共同】
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チベットは山奥にあっては車での移動が困難といった想像を絶するような自然環境にありますので、そうした自然のなかで少人数ずつ分断されて暮らすよりは一定の場所に集中して暮らす方が、水道や電気などを考えても生活の質を向上させる施策が有効に機能するという考えはあるでしょう。

日本でも、限界集落のあり方は問題になっていますし、今後更に深刻化するでしょう。

そうした「移住」の考え自体は一概に否定しませんが、問題はそのやり方、強制かどうかというあたりでしょう。

【1月7日に大地震 救助活動や犠牲者数で疑義も】
前出記事にもあるように、そうした厳しい自然環境のチベットで1月7日、大規模地震が発生し、多くの犠牲者が出ています。

****死者は126人、負傷者は188人 中国チベット自治区・シガツェ市でM6.8の地震 倒壊家屋は3600棟以上****
中国のチベット自治区で7日午前、マグニチュード6.8の地震があり、死者は126人に上っています。

中国国営の新華社通信によりますと、7日午前9時5分、チベット自治区のシガツェ市でマグニチュード6.8の地震がありました。震源の深さは10キロです。

シガツェ市はネパールやブータンの国境に近く、人口はおよそ80万人で、震源地の20キロ圏内にはおよそ6900人が暮らしています。

日本時間の午後11時現在、死者は126人、負傷者は188人、倒壊家屋は3600棟以上に上っています。また、一部地域では電気と水道が止まっているということです。

習近平国家主席は、全力で捜索と救助を行うよう指示を出しており、1500人態勢で救援活動が行われています。【1月7日 TBS NEWS DIG】
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地図で見ると、震源地はエベレスト山も近いあたりと言った方が分かりやすいかも。

習近平国家主席の指示で救出活動は懸命に行われたのでしょうが、被害の大きさに比べ、救出活動の終了が早かったという印象も。

****チベット地震「大規模な救出活動終了」…72時間を前に中国当局発表、チベット族に動揺広がる****
中国内陸部のチベット自治区で7日に起きたマグニチュード(M)6・8の地震で、中国当局は9日、大規模な救出活動の終了を発表した。

安全に救助できる可能性が高いとされる発生から72時間以内を前にしたもので、米政府系メディアのラジオ自由アジア(RFA)は、少数民族チベット族らに動揺が広がっていると伝えた。

自治区政府の幹部は9日夕の記者会見で「大規模な救助活動はほぼ終了した」と述べた。避難所の生活レベル向上に力を尽くすとした。中国中央テレビは10日、仮設住宅の設置や温かい汁物が配布される避難所の様子を繰り返し報道し、生活再建への動きを強調した。

RFAは9日、チベット族らが当局の発表に困惑し、独自の救助活動を続けていると報じた。当局は126人が死亡したとしているが、RFAは200人以上が亡くなった可能性が高いと指摘した。【1月10日 読売】
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政治的に敏感な地域ですから、ある意味「政府当局」の恩恵をアピールする絶好の機会でもあり、手を抜くようなことはないと思うのですが・・・現地事情が分かりませんのでなんとも。

犠牲者数についても、インド北部ダラムサラにあるチベット亡命政府から疑義がしめされています。

****チベットの地震死者数に疑義 亡命政府、中国は反発****
中国チベット自治区で7日起きた地震についてインド北部ダラムサラにあるチベット亡命政府は12日「中国政府の情報統制が死傷者数の正確性を検証する上で課題となっている」とする声明を発表し、中国政府が公表した死傷者数に疑義を唱えた。

中国外務省の郭嘉昆副報道局長は13日の記者会見で「亡命政府は分裂主義の政治集団だ」と主張。チベット地震で中国は「一分一秒を争って救助し、死傷者を最少に抑えた」と述べ、反発した。

中国当局は地震で126人が死亡し、337人が負傷したと公表。新華社は地震発生当日に126人が死亡したと報じ、その後増えていない。【1月13日 共同】
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地震発生当日の犠牲者数が増えていないというのは、こういう災害にあっては不思議な話です。

【ダライ・ラマ14世の関与を徹底排除する中国政府】
中国政府は今回地震へのチベット亡命政府、もっと具体的にはダライ・ラマ14世の関与を極度に嫌っています。

****チベット地震「深い悲しみ」 ダライ・ラマ****
チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は7日、中国チベット自治区で起きた地震による被害に「深い悲しみを覚える。亡くなられた方々の冥福と負傷者の速やかな回復を心よりお祈りする」との声明を出した。

ダライ・ラマは中国の弾圧から逃れるため1959年にチベットのラサを脱出して以来、インド北部ダラムサラを拠点に亡命生活を続けている。【1月7日 時事】
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****ダライ・ラマの祈り「警戒」=中国外務省****
チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が、中国チベット自治区の地震による死者の冥福を祈る声明を出したことについて、中国外務省の郭嘉昆副報道局長は8日の記者会見で「非常に警戒している」と述べた。

郭氏は「共産党中央の指導の下、被災地の人民は災害に打ち勝つ。われわれはダライ・ラマの分離(主義)的本質と政治的意図を理解している」とも強調した。【1月8日 時事】
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ダライ・ラマ14世は、9日、インド南部カルナタカ州の寺院で、地震の犠牲者を悼み、負傷者の回復を願う法要を行いました。法要にはインドに亡命したチベット人など、およそ1万2000人が参列し、祈りをささげました。

中国政府としては、とにかくダライ・ラマの関与は政治的分裂を画策するものだ・・・という認識になるようです。
そのダライ・ラマ14世も高齢(89歳)となり、昨年6月にはひざの治療のためにアメリカを訪れています。
問題はその後継者。

“ダライ・ラマ14世については、その後継者選びが世界的な注目を集めていますが、ことし7月にみずからが90歳になったとき、後継者選びをめぐる重要な判断を行うとしています。 これに対し、中国は後継者を選ぶ権限は中国側にあると主張し、チベット亡命政権側が反発しています。”【1月10日 NHK】

本来は宗教に否定的な中国政府が宗教的「転生」を根拠に独自の後継者を選ぼうとするのに対し、ダライ・ラマ側は必ずしも「転生」に拘らないとして中国政府の関与を拒絶しようとする・・・という逆転の構図になっています。
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ウクライナ  ドローンが蓄積する多様・大量の実戦データがAI軍事利用にとって不可欠の「宝の山」に

2025-01-12 22:33:51 | 軍事・兵器

(ウクライナ企業デブドロイドが開発したAI兵器ウォーリー。実戦では上に機関銃を装着して使う(2024年12月18日、ウクライナ西部リビウ郊外で)=蒔田一彦撮影(読売新聞)【1月12日 読売】)

【ウクライナ軍のドローンに戸惑う北朝鮮兵士】
ウクライナが占領するロシア・クルスク州に投入された北朝鮮兵士は、ロシア軍の“弾除け”につかわれているとか、地雷原を整列して進む“人間地雷探知機”とか、北朝鮮兵の指揮官たちは兵士の損失をまったく気にしていないように見えるとか言われてもおり、(ウクライナ側の発表がやや過大にしても)かなりの犠牲者が出ているようです。

「ゼレンスキー大統領が明かした戦果を“大本営発表”と疑う関係者が存在するのは当然でしょう。虚偽の発表でロシアや北朝鮮に揺さぶりをかけている可能性は否定できません。しかし『北朝鮮軍が相当な戦死者を出している』ことなら傍証もあり、事実だと考えられます。

例えば大統領は昨年末、『北朝鮮軍の死傷者は3000人を超えた』と胸を張りました。一方、韓国の合同参謀本部は『死傷者は1100人余り』、アメリカの当局は『死傷者は数百人』と発表しました。死傷者の数が異なるのは事実ですが、北朝鮮軍がクルスク州の最前線で敗北を重ねていると判断すること自体は間違っていません」(ロイター通信記者)【1月10日 デイリー新潮】

特に北朝鮮兵士が“未知との遭遇”で混乱しているのが、現代戦では不可欠となっているドローン兵器のようです。

****韓国の情報機関「北朝鮮軍 少なくとも100人がロシア・クルスク州で死亡」 開けた土地で突撃部隊の役割、ドローンへの対応能力の不足が背景か****
韓国の情報機関は、ウクライナに侵攻するロシアに派遣された北朝鮮軍について、少なくとも100人が死亡し、1000人近くが負傷したとの分析を国会の情報委員会に報告しました。

情報委員会所属の与党議員「交戦回数が少なかったのに(北朝鮮軍で)死傷者が多数発生した」

韓国の情報機関「国家情報院」からきょう報告を受けた与党議員によりますと、国家情報院はロシア西部クルスク州に派遣された北朝鮮軍について、少なくとも100人が死亡し1000人近くが負傷したと分析。

この背景については、「開けた土地という慣れない環境で突撃する部隊の役割を担い消耗しているほか、ドローン攻撃への対応能力が不足している」と説明したということです。

また、国家情報院は、北朝鮮軍がドローンに対する知識が乏しいため、むしろ「荷物だ」という不満がロシア軍から出ているという情報も報告しました。【12月19日 TBS NEWS DIG】
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(なお、戦闘が長引けば北朝鮮兵士もドローンに関する経験を蓄積していくでしょう。そうしたことが北朝鮮の派兵の目的のひとつともされています。そうした知見は、今後日本を含む東アジアにおいて脅威となるかも)

【ドローンが蓄積する多様・大量の実戦データはAI軍事利用にとって不可欠の「新時代の石油」】
一方のウクライナ側は、兵員や兵器・弾薬の数でロシア軍に劣るところを補うためにドローンを多用しています。(ドローンについては、当初ウクライナ側がロシアに対しかなり優位にあったようですが、その後はロシア側もドローンの活用を進めているとも)

必要に迫られてのドローン多用ですが、その結果、ウクライナは実戦データという「宝の山」「新時代の石油」を手にすることにもなっているとか。(もちろん、ウクライナ側が戦場でも、国内社会・経済でも極めて厳しい状況に置かれ、多くの物資が欠乏しているのは今も変わりませんが)

ウクライナがが「実戦」で蓄積している多様・大量のデータは、今後のAIの軍事利用に不可欠であり、各国が熱い視線を向けている・・・とのいう話のようです。

****荒廃するウクライナがまさかの「資源大国」に…! 戦争が生み出す「新時代の石油」の正体****
「データは新しい石油」という言葉がある。これは英国の数学者クライブ・ハンビーが唱えたもので、データは石油と同様、精錬(加工や分析)しなければ価値を生まない。しかしこの言葉はむしろ、「データは新しい資源となり得る」というポジティブな意味に捉えられ、データが生み出す価値に大きな注目が集まることとなった。

そしていま、この解釈が正しければ、ウクライナは21世紀において新たな「資源大国」になる可能性がある。ロシアによる侵攻が続き、国土が荒廃しているウクライナがなぜ資源国になるのか――カギを握るのは「ドローン」である。

ウクライナに蓄積される「ドローンデータ」
ウクライナは2022年以降のロシアによる侵攻に対し、ドローンを積極的に活用してきた。前線では、偵察や攻撃だけでなく、戦場を俯瞰するために無数のドローンが飛び交っている。中には人間が操縦するのではなく、自律的に飛行するものもある。その結果、驚くほどのデータが日々生成され、集積されているのだ。

ロイターの報道によれば、ウクライナは前線において「OCHI」というシステムを運用している。これは1万5000人以上とされるドローン部隊から日々収集される、動画データや各種の観測データを蓄積するシステムで、2022年の運用開始から現在までで実に200万時間(約228年分)の戦場映像が保管されているという。さらに毎日5~6テラバイトにもおよぶデータが追加されているそうだ。

また、いまウクライナでは、非常に多彩なドローンが運用されている。ウクライナ国防省の発表によると、敵陣奥深くへの攻撃を実行する無人機や、戦闘車両を狙い撃つための特攻型無人機、さらには偵察に特化した小型ヘリコプター型や固定翼型など、そのバリエーションは幅広い。これらの異なる形態・機能を持つ機体から得られる映像やセンサー情報は、それぞれに固有の性質や特徴を持つ。

オーストラリア陸軍の研究機関AARC(Australian Army Research Centre)が発表した報告書によれば、たとえばDJI Mavicのような市販のドローンが、高精度の映像を撮影するために使われている。この映像を兵士が確認し、敵装備や要塞の具体的な位置を把握するために使用されるそうだ。

一方で軍事用の攻撃型ドローンには、高解像度カメラやレーザー照準システムが装備されており、そこから得られたデータは砲撃やミサイル攻撃に必要な目標座標を割り出すのに使われる。

中型・大型の偵察用ドローンは、長時間飛行して広範囲のデータを取得することが可能であり、攻撃後の目標破壊の確認や、戦闘地域での被害状況と成功率といった戦闘評価用のデータを収集する。夜間や煙幕の影響がある場面では、赤外線カメラやサーマルセンサーを搭載した機体が活躍する。

このようにウクライナは、状況に応じて最適なドローンを活用し、結果として膨大かつ多様なデータを取得している。この圧倒的なデータの規模と多様性こそが、「ウクライナ=データ資源大国」説の背景にあるのだが、同国が持つドローンデータが注目される理由がもうひとつある。それはAIの存在だ。

AI開発に欠かせないデータ
現在のAIは、そのほとんどが機械学習という手法で開発されている。これは何らかの参考になるデータ(学習データや教師データと呼ばれる)を大量に機械に与え、そこから機械に自ら学習させることで、賢いAIを生み出すというものだ。

しかし高度なAIを開発するには、その分上質で、大量のデータが必要になる。そしてデータは無尽蔵にあるわけではなく、いまその枯渇が叫ばれるようになってきている。たとえば2022年に発表された論文によれば、早ければ2026年にも、LLMと呼ばれる種類のAI(お馴染みChatGPTなどの生成AIに使われるAIだ)に必要なデータが使い果たされてしまうと予測されている。

こうした状況の中、ウクライナで日々生み出されているデータは、新たなAI学習用データの「油田」となり得るわけだ。さらにそこから得られるのは、戦場の最前線におけるリアルなデータであり、特に自律型の兵器を動かすためのAIにとって、最良の学習データになり得ると考えられている。

AIに膨大な量のドローンデータを学習させることで、そのAIはターゲットの識別方法から、地形への対処、最適な武器使用のタイミングに至るまで、貴重な「実戦経験」を積むことができる。

訓練されたAIは将来的に、戦場での意思決定支援を担い、人間では追いつけない速度で膨大な情報を解析し、敵味方の位置関係を把握して、効果的な攻撃方法などをレコメンドするといった使い方が予想されている。

またウクライナでは、「ドローンスウォーム(複数のドローンを統一的に制御する技術)」の開発・実戦投入も進めており、最大20機を同時運用することも可能なレベルに達しているとの報道がある。こうしたまったく新しい自律型兵器の運用が可能なAIを実現するためにも、ウクライナが持つデータが欠かせない。

ただ前述のロイターの報道によれば、「OCHI」システムは最初からAIの学習データを集めることを目的としていたわけではないそうだ。このシステムは、もともとは前線の指揮官が複数のドローン映像を同時に見ながら、戦局を俯瞰できるようにするためのものだった。

しかし大量のデータを蓄積し続けるうちに、「AIの学習に使えるのではないか」という気づきが生まれた、というわけだ。現在では意図的に映像を保存し、将来的なAI開発に役立てる体制が整えられつつある。さらにウクライナが蓄積したドローンデータは、国際社会からも大きな注目を集めており、すでにいくつかの外国政府や企業がOCHIの技術やデータへ興味を示しているという。

ドローンデータが輸出可能な資源に?
世界各国の政府や企業が欲しがるデータを膨大に抱え込んでいるウクライナが、生データやそこから得られる知見を「輸出」すれば、それは新たな収益源になり得る。もし国際市場でこのドローンデータが流通するようになれば、まさに21世紀型の「資源国」と呼ばれるポジションを得るかもしれない。

実際に、AIの学習用データを取引する市場は、現在の約25億ドルから10年以内に300億ドル近くまで成長すると予想されている。ストックフォト販売業者Shutterstockは、AIベンダー各社と2500万ドルから5000万ドルに及ぶ契約を結んでおり、また欧米圏で人気のソーシャルニュースサイトRedditは、GoogleやOpenAIといった組織に、サイト内に蓄積されているデータをライセンス供与して数億ドルを稼いだと主張している。

これらのニュースを報じた米国のテクノロジー系のニュースサイトTechCrunchは、その記事の見出しに、「AIの学習データは大手テクノロジー企業しか払えない価格になっている」とのタイトルを付けている。AIの開発に使えるデータは、まさに宝の山というわけだ。
特にウクライナが手にしているのは、前述の通り膨大な「実戦データ」であり、他の情報源を探すのは困難だ。ドローンが撮影した映像には、地形の情報だけでなく、兵器の発射角度や弾道、目標への命中率といった数値情報、さらには部隊の移動パターンなど、机上演習では得られないリアルなノウハウが詰め込まれている。

それらをAIに理解させ、戦略や戦術の提案を可能にすることの価値は極めて大きく、多くの政府や組織が高値を出すだろう。

一方で、こうしたドローンデータの活用が全世界から歓迎されているわけではない。AIが学習するデータが増えれば増えるほど、軍事AIの高度化が加速し、次世代の戦闘形態がより自動化・無人化・高速化するという懸念もある。

兵士や民間人が戦場における意思決定のプロセスから排除される、つまり人間によるコントロールの喪失につながりはしないか。あるいはそもそも、そうした重要な判断を機械に任せて良いのか。そうした倫理的・法的課題への注目が高まっている。

たとえば2024年10月、米国のバイデン大統領は、国家安全保障に関するAIの開発・利用におけるガイドラインを発表し、民主主義的価値観の遵守と悪用防止を強調した。この覚書は、データ取引に直接言及しているわけではないものの、軍事用途におけるAIの役割に対する懸念の高まりを反映している。

また国際的には、特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みの中で、「自律型致死兵器システム(LAWS)」に関する規範を確立しようという動きがあり、この中でAI兵器の開発に関しても何らかの規制が求められるようになる可能性がある。

とはいえこうした動きは、いますぐにAI用データの輸出入を完全に停止させるものではない。米国もトランプ次期大統領のもとで、AIの軍事利用に積極的な姿勢に転じると見られている。

ウクライナは紛争下にありながら、間違いなく「データ資源大国」の道を歩み始めていると言えるだろう。そして同国は戦火で疲弊しており、戦後の復興に向けては、戦争によって蓄積されたさまざまなデータや知見、そしてAI技術が大きな資産になる可能性が高い。

さらには、ウクライナがこのデータ資源を上手く活用することで、同国の将来的な収益源や産業構造の変革につながるのではないだろうか。

戦争とテクノロジーの親和性はしばしば指摘されてきたが、現在のウクライナが示しているのは、21世紀ならではの事例だ。いままさに、産油国が地下に眠る石油から富を得てきた時代から、資源としてのデータが富を生み出す時代へと移行しつつある。

そしてウクライナが蓄積した228年分のドローン映像は、「21世紀の油田」と呼んでも差し支えないほどの規模だ。 AI学習用データの枯渇が懸念される中で、紛争によって誕生したこの新たなデータ資源の扱いをめぐり、国際社会の中で新たな争いが生まれるのかもしれない。【1月9日 小林啓倫氏 現代ビジネス】
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【ウクライナ AI利用の「自律兵器を」実戦に】
ウクライナは単に将来的に戦後の復興に向けてドローンが収取したデータを輸出資源として活用するという話だけでなく、現在の戦闘におけるAIを使用した「自律型致死兵器システム(LAWS)」開発に向かっているようです。

****自動で敵に機関銃の照準、「自律兵器」実戦に…AIによる「ロボットと無人機の戦い」が招く未来への警告****
ロシアの侵略を受けるウクライナの企業「デブドロイド」は2023年11月、AI(人工知能)が1キロ・メートル先の敵を認識し、自動で機関銃の照準を合わせる機能を備えた無人兵器「ウォーリー」を開発した。50台以上が前線に投入されているという。

機関銃を発射するボタンは人間が押す仕様になっているが、ユリー・ポリツキー最高経営責任者(CEO)(30)は「技術者が1時間作業すれば、自動攻撃ができるようになる」と明らかにした。

24年11月にウォーリーを車両に搭載した自走式の開発を終えた。現在は、車両の操縦から攻撃まで全てAIが行う完全自律型の実用化に向けた実験に取り組み、27年の配備を目指す。「これからの戦争は人間同士ではなく、ロボットと無人機の戦いになる」。ポリツキー氏は言い切った。

24年12月、ロシアとの国境に近いウクライナ北東部ハルキウ州リプツィ村近郊で歩兵の姿がない攻撃があった。ウクライナ軍の報道官は、露軍部隊の陣地に地上攻撃を仕掛けたと地元メディアに明らかにした。

投入されたのは機関銃付きの陸上無人車両(UGV)数十台や自爆型・偵察用無人機だ。「歩兵の代わりにロボット兵器のみを使った初の地上攻撃」(米政策研究機関・戦争研究所)とされる。AIが利用されたかは不明だが、今後はAIが戦場の無人化に拍車をかけ、攻撃への人間の関与が薄まっていく恐れがある。

将来的に人類の知能をはるかに上回る「ASI(人工超知能)」が実現すれば、世界の安全保障のあり方はさらに一変しそうだ。

かつてオープンAIで安全対策を担当したレオポルド・アッシェンブレナー氏は24年6月、AIに関する将来予測を発表した。「ASIは決定的な軍事的優位性をもたらし、おそらく核兵器に匹敵する。権威主義者はASIを世界征服や国内の完全な統制のために使うかもしれない」と警告した。具体例として、ネズミぐらいの大きさで大群となった自律型無人機が敵の核戦力を無力化できるようになると予測した。

米国はAIの軍事利用でも中国と覇権を争い、AI大国の優位性を軍事面でも確保しようと企業との協力を急ぐ。防衛新興企業「アンドリル」は24年末、オープンAIとの提携を発表した。小型無人機を撃墜する技術開発を目指す。

中国の習近平シージンピン政権は民間技術を吸い上げて軍事転用する「軍民融合」戦略で対抗する。開発競争が過熱する中、米国のバイデン大統領と習国家主席は24年11月、AIに核兵器使用の判断を委ねず、人間が管理するとの認識では一致した。ただ、トランプ次期大統領は対中強硬姿勢を示しており、AIの軍事利用でも対決色が強まる可能性がある。

国連は、人間の関与なしにAIの判断で攻撃する「LAWS(自律型致死兵器システム)」は非人道的だとして、開発や使用を禁止するよう求めている。ウクライナなどでAI兵器が使われ、LAWSの実用化が懸念されているためだが、議論は停滞している。

米英などは国際規制の必要性を認める一方、当面は国内法に委ねるべきだと主張するのに対し、ロシアは規制に反対する。中国は拘束力のある枠組みを認めるものの、禁止対象の兵器を厳格に定義するよう求める。アントニオ・グテレス事務総長は26年までにLAWSを禁じる枠組みの創設を訴えるが、実現は困難だ。

AIの技術革命は社会に新たな可能性をもたらす一方、人類がこのリスクとどう向き合い、AIをいかに管理していくかも問われている。本紙は今後も、AIの光と影を多角的に報じていく。【1月12日 読売】
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【進まない「LAWS(自律型致死兵器システム)」規制 「目が回るほどのペースで」開発を進める中国】
AIの軍事利用はアメリカ・ロシアなど各国が進めていますが、この分野でも驚異的なスピード感を見せているのが中国。

****中国の自律型殺人ロボット、戦場に登場間近...AI戦争の新時代到来****
<中国軍が開発する自律型殺人ロボットが2年以内に実戦配備される可能性が高まり、AI兵器の脅威が現実化している>

中国の自律型「殺人ロボット」が2年以内に戦場で中国軍に配備されようとしている。来るべきAI戦争の新時代を、ある専門家は「人類の生存にとって最大の危険」と位置付ける。 

劇場化する今世紀の戦争の中で、ドローンやサイバー攻撃などの遠隔操作戦争は、ますます中心的な役割を果たすようになった。無人航空機による空の制圧は、ウクライナで続く戦争で重大な問題になっており、アメリカ国防総省はこのほど、新たに10億ドルを拠出してドローン部隊をアップグレードすると発表した。 

さらに一歩先を行き、兵士に代わって戦場に配備するAI駆動の完全自律型「殺人ロボット」の開発に乗り出した国もある。 

「2年以内に自律マシンが中国から登場しなければ驚きだ」。防衛アナリストのフランシス・トゥーサはナショナル・セキュリティ・ニュースにそう語り、中国はAIを使った最新鋭の船舶や潜水艦、航空機を「目が回るほどのペースで」開発していると指摘。「アメリカより4~5倍速く動いている」と言い添えた。

 報道によると、中国とロシアは既にAI兵器の開発で協力関係にある。 中国人民解放軍は5月にカンボジアで行った軍事演習で、銃を装填したロボット犬を披露した。製造したのは中国企業の宇樹科技。ロシアは同社のロボット犬を改造して「M-81」と名称を変え、ロケット弾発射装置を搭載して、2022年にモスクワで開かれた兵器見本市で展示した。 (中略)

(規制が進まない状況で)このまま放置すれば、自律兵器は核兵器や気候変動とともに、「人類の生存に対して最大の危険を投げかける」と(ヒューマン・ライツ・ウォッチの)グースは警鐘を鳴らしている。【2024年7月8日 Newsweek】
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保守化に振れる振り子 SNSで増幅される右派ポピュリスト的主張 ファクトチェック廃止 「DEI」離れ

2025-01-11 23:27:25 | インターネット SNS

(米大統領選運動の一環で、マクドナルドでフライドポテトを揚げるドナルド・トランプ氏。ペンシルベニア州フィースタービルトレボースの店舗で(2024年10月20日撮影)【1月7日 AFP】)

【欧州で相次ぐX(旧ツイッター)利用停止 「多様性、自由、科学を促進する価値観は、もはやこのプラットフォームには存在しない」】
トランプ氏と並んでその言動が注目を集めているのがイーロン・マスク氏。

****「犯罪の加担者」「無能なバカ」 マスク氏が欧州首脳を口撃****
X(ツイッター)オーナーの米実業家で、右派的な言動で知られるイーロン・マスク氏が、政治的信条を異にするスターマー英首相らへの露骨な批判を続けている。マスク氏はトランプ次期米政権で政府外助言機関「政府効率化省」を率いる予定で、米欧関係への影響も懸念されている。

「スターマーは辞任しなければならない」。マスク氏は3日、Xへの投稿でそう訴えた。その理由としてマスク氏は、スターマー氏が検察官時代、パキスタン系容疑者らによる白人少女らへの性的暴行事件を十分に捜査しなかったと主張した。そのうえで、「英国史上最悪の集団犯罪に加担した罪で告発されなければならない」と続けた。

マスク氏はこのほか、スターマー政権の別の高官も「刑務所に入るべきだ」などと攻撃している。

英紙フィナンシャル・タイムズは9日、マスク氏の狙いはスターマー氏が率いる中道左派・労働党の弱体化で、自らが支持する右派ポピュリスト政党「リフォームUK」の勢力拡大を画策していると伝えた。

英メディアによると、一連の攻撃に対しスターマー氏は6日、マスク氏を名指しせずに「虚偽情報を拡散する人々は、被害者に関心があるのではなく、自分たちが目立ちたいだけだ」と指摘した。そのうえで、自身は検察官時代、性的暴行容疑者の起訴に真正面から取り組んだと反論し、「この手口は何度も見てきた。彼らは脅威をあおり立て、メディアがそれを増幅させることを期待しているのだ」と述べた。

マスク氏の矛先は、2月に総選挙を控えるドイツにも向かう。マスク氏は昨年12月、Xへの投稿で中道左派・社会民主党のショルツ首相を「辞任すべきだ。無能なバカだ」と非難した。マスク氏は、排外主義的な右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)がドイツを救うと訴えている。

これに対しショルツ氏は「冷静でいよう。あおり行為に乗ってはいけない」と述べ、挑発を無視する意向を示している。

欧州首脳からは、「大きな影響力を持つ人物が、他国の内政にこれほど関与することを憂慮する」(ノルウェーのストーレ首相)といった声が挙がっている。

一方、イタリアの右派連立政権を率いる極右出身のメローニ首相は、マスク氏は「言論の自由を行使しただけだ」と述べ、左派への攻撃を事実上擁護している。【1月10日 毎日】
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既存の新聞・TVに代わってSNSが世論を動かす大きな影響力を持つようになっていることは、昨年の日本の選挙でも明らかになっちます。

そうした極めて大きな影響力を持つようになったSNSにおける、偏った(ヘイト的な)主張、あるいは偽情報をいかにコントロールするべきかが現代的課題ともなっていますが、大手SNSではむしろ逆行するような動きも。

マスク氏が活用しているのが、自身がオーナーのX(旧ツイッター)。Xは言論の自由を掲げるマスク氏買収後は投稿への監視や制限を緩和していますが、その結果、右派ポピュリスト的コンテンツの巣窟となっているとの指摘があり、ドイツやイギリスで利用制限の動きが広がっています。

****ドイツなど60以上の大学や機関がXの利用中止表明「基本的な価値観に反する」****
60を超えるドイツとオーストリアの大学や研究機関がX(旧ツイッター)の利用を中止するとの共同声明を発表しました。

10日に大学や研究機関が発表した共同声明では、利用中止の理由について、現在のXの方向性が「大学や研究機関が重視する科学的な透明性や民主的な議論などの基本的な価値観に反するため」としています。

近年X上で「右派ポピュリスト的コンテンツ」が増幅していることについて、「継続的な利用を正当化できないものにした」と指摘しています。

Xの利用を巡りドイツ政府は10日、「興奮して二極化する傾向のある議論を促進するアルゴリズムがある」として、国内での利用中止を検討していると明らかにしています。【1月11日 テレ朝news】
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独墺大学等の共同声明では、「多様性、自由、科学を促進する価値観は、もはやこのプラットフォームには存在しない」とも指摘しています。

****英大学でXの利用停止広がる、暴動あおった情報拡散きっかけに****
トランプ米次期大統領の側近となった米実業家イーロン・マスク氏が率いる短文投稿サイトX(旧ツイッター)が昨年の英国での極右主義者らによる暴動をあおる情報を拡散したとして、英国の大学などの高等教育機関が相次いでXの利用を停止している。ロイターが7日に実施した調査によると、いくつかの大学はXの利用を最低限にまで減らすか、完全に取りやめている。

マスク氏はスターマー英首相を投獄し極右団体「イングランド防衛同盟」の共同設立者で反イスラム活動家のトミー・ロビンソン(本名スティーブン・ヤクスリーレノン)受刑者を刑務所から釈放するよう求めている。(後略)【1月9日 ロイター】
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【メタ 「ファクトチェック」を米国で廃止】
問題視されているSNSはマスク氏のX(旧ツイッター)だけでなく、ザッカーバーグCEOのメタ(旧フェイスブック)も「ファクトチェック」を米国で廃止すると発表しており、偽情報の拡散が懸念されています。

メタの動きは、メタが保守的な内容の投稿を不当に制限していると批判してきたトランプ氏への配慮とも見られています。

****投稿の真偽検証を廃止した米メタ、トランプ氏への配慮か…偽情報の拡散につながる恐れ****
米SNS大手メタ(旧フェイスブック)は7日、第三者機関を通じて投稿の真偽を検証する「ファクトチェック」を米国で廃止すると発表した。投稿への過度な検閲を批判するトランプ次期米大統領への配慮があるとみられ、偽情報の拡散につながる恐れがある。

マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は7日、「ファクトチェックは政治的に偏りすぎていた。原点に立ち返り、表現の自由の回復に注力する」との声明を出した。「悪質な投稿を発見する可能性は低下する」として、偽情報が増える可能性を認めた。

メタ傘下のフェイスブックやインスタグラム、スレッズを対象に、米国で数か月かけて段階的に廃止する。代わりに、誤解を招く投稿に対して別の利用者が情報を補う「コミュニティーノート」機能を導入する。日本など、米国以外でも同様の措置を取る可能性があるとしている。

メタは2016年にファクトチェックを導入。第三者機関に投稿の真偽の調査を委託し、虚偽内容が含まれていると判断された場合に投稿を削除するなどの対応を行っていた。日本では24年に導入された。

21年に発生した米連邦議会襲撃事件後、トランプ氏のフェイスブックのアカウントを凍結した。その後に凍結は解除されたが、トランプ氏はメタが保守的な内容の投稿を不当に制限しているとして、繰り返し不満を表明していた。

トランプ氏に対し、大統領就任後にメタに対して厳しい立場を取らないよう働きかける思惑があるとみられる。

米国の大手SNSでは、投稿監視を緩和する動きが続いている。政治的な圧力に加え、コスト削減を図る狙いもありそうだ。

X(旧ツイッター)は22年10月のイーロン・マスク氏による買収後に問題のある投稿への監視や制限を緩和しており、偽情報が急増したと指摘されている。米IT大手グーグル傘下の動画投稿サイト「ユーチューブ」も23年6月、20年の米大統領選で不正があったとする虚偽動画の削除を停止した。【1月9日 読売】
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ザッカーバーグ氏に限らずテック業界大物が次々と新たな権力者トランプ氏にすり寄っていることは、12月17日ブログ“アメリカ  新たな権力者へすり寄るテック業界大物たち 司法の場の流れも手繰り寄せるトランプ氏”でも取り上げたところです。

【相次ぐ「DEI」離れの現象  ポリティカルコレクトネスや多様性重視から反対側に振れる振り子】
メタについては、上記のファクトチェック廃止だけでなく、多様性のDEIプログラムを終了することも報じられています。

「DEI」は、「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」「Equity(エクイティ、公平性)」「Inclusion(インクルージョン、包括性)」の頭文字からなる略称で、“すべての人々、特に歴史的に過小評価されてきたグループやアイデンティティや障害に基づいて差別を受けてきたグループのフェアな扱いと完全な参加を促進するための組織的なフレームワーク”【ウィキペディア】を意味し、具体的には人種や性別、LGBTのような性的な問題におけるマイノリティーへの配慮がその中身になります。

****米メタ社、多様性のDEIプログラムを終了。同性愛者やトランスジェンダーへの侮辱的な言葉も許容****
ファクトチェック機能の廃止を発表した米メタ社が、社内で多様性を促進するための取り組みを即時終了することがわかった。
FacebookやInstagramを運営するメタプラットフォームズのジャネル・ゲイル人事担当副社長は1月10日、ダイバーシティ・スレート・アプローチを終了すると従業員宛の社内メモで発表した。

ダイバーシティ・スレート・アプローチは「多様性を考慮して候補者をえらび、さらなる多様性につなげていく」ことで、採用担当者が女性やマイノリティである候補者を提案できるようにするプログラムだった。

ゲイル氏は、このプログラムを廃止するものの「引き続き異なるバックグラウンドを持つ候補者の採用を続ける」としている。

その一方で、メタ社は「DEI(多様性、公平性、包括性)」に特化したチームを廃止すると社内メモで伝えている。
その理由を「多様性、公平性、包括性の取り組みを取り巻くアメリカの法的および政策的状況は変化している」と説明。

「一部の人々に、特定のグループを他のグループよりも優遇する取り組みだと理解されるなど、『DEI』という言葉自体が議論を呼ぶようになっている」と述べている。

「多様性などを取り巻く状況が変化している」という説明は、暗に次期トランプ政権への配慮を示していると考えられる。

メタのマーク・ザッカーバーグCEOは2024年11月、ドナルド・トランプ次期大統領と会談し、その後メタ社はトランプ氏の大統領就任式基金に100万ドルを寄付した。(中略)

トランスジェンダーや同性愛者、女性への侮辱的な言葉も「許可する余地が残されている」
この社内メモを最初に報じたのはニュースサイトのアクシオスで、全文も公開している。この方針転換は、メタの最新のコミュニティ規定とも一致している。

メタはこのガイドラインで、トランスジェンダーの権利や移民、女性、同性愛者に関する議論などについて、排除の呼びかけや侮辱的な言葉を使用を「許容する余地が残されている」としている。

テクノロジージャーナリストのケイシー・ニュートン氏は、ニュースサイト・プラットフォーマーに1月9日に掲載された記事で、次のような投稿を目にするようになると指摘している。

「トランスジェンダーの子どもなんて存在しない」
「神は2つの性別を創造した。『トランスジェンダー』の人々は実在しない」
「ノンバイナリーという概念は作り話だ。そんな人々は存在せず、治療が必要なだけだ」
「トランス女性は女性ではない。混乱した哀れな男性だ」
「トランスの人間の(代名詞)彼でも彼女でもなく『それ』だ」

また、テック系ニュースサイトの404メディアは、メタがチャットアプリ・メッセンジャーの外観デザインをカスタマイズできる「テーマ」機能から、「トランス」や「ノンバイナリー」を削除したと報じている。

一方、「バスケットボール」や「マインクラフト」、「愛」など多様性やジェンダーなどとは関係ない一般的なテーマは引き続き利用できる。【1月11日 HUFFPOST】
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Xが右派ポピュリスト的コンテンツの巣窟となり、メタがファクトチェックを廃止するというのも、また、メタが「DEI(多様性、公平性、包括性)」プログラムを終了するのも、トランプ氏を大統領に復権させた右派・保守的な世論の変化を反映したものでしょう。

“「DEI」離れ”とも言うべき逆流現象は、メタだけでなく産業界に広がっています。

****米マクドナルド、多様性の取り組み縮小へ DEI離れ続く****
米ファストフード大手マクドナルドは6日、多様性に関する取り組みを縮小すると発表した。

米最高裁が一昨年、大学の入学選考で志望者の人種・民族を考慮する「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を禁じる判決を下して以降、多様性推進の取り組みを見直した企業の最新例となる。

マクドナルドが発表した変更には、供給業者に「多様性・公平性・包括性(DEI)」に関する特定の目標を求めないこと、企業の多様性を評価する外部調査からの撤退、多様性委員会から「グローバルインクルージョンチーム」への名称変更などが含まれている。(中略)

2023年6月、保守派判事が多数を占める米最高裁は、1960年代の公民権運動の主要な成果の一つである大学入学選考におけるアファーマティブ・アクションに違憲判決を下した。 

以来、米国では進歩的な政策への支持が低下する中で、企業や政府機関などが少数派支援プログラムの見直しを行ってきた。

職場での偏見の是正を目指したDEIの方針は現在、批判の対象となるケースが増え、大統領選でドナルド・トランプ氏の勝利後、こうした取り組みへの支持者はさらに守勢に立たされることとなった。 

マクドナルドの発表は、自動車フォードやオートバイのハーレーダビッドソン、農業機械ジョンディアから酒造メーカーのジャックダニエルまで、一連の大手企業や名門ブランドによる同様の動きに続くもので、米国でのいわゆる「ポリティカルコレクトネス(PC、政治的公正)」への反動の現れとなっている。【1月7日 AFP】
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日本でもトヨタが昨年10月、LGBTQ支援イベントへの協賛を中止することを発表しています。

****「DE&I」の潮流に、縮小への方向転換が起こる可能性****
トヨタUSが発表したDEI活動の縮小
Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字をとった略称「DE&I(以下、DEI)」は、日本でも馴染みのある概念だ。そのDEI概念が静かになり、定番概念と思われている昨今の潮流に方向転換が起きつつある。

DEIの概念は企業の発信メッセージに必須!とばかりに、「コピペ」や「とりあえず入れておこう」といった安易な姿勢になっていないか。本稿は自社の立ち位置を振り返る参考材料だ。

トヨタ自動車USは2024年10月、LGBTQ支援イベントへの協賛を中止することを発表した。報道によると、同社はDEIに関する政治的な議論を理由に、DEIプログラムの焦点を絞り直し、LGBTQイベントへの協賛を中止。

加えて、5万人の米国従業員と1,500のディーラーに向けて、「STEM教育と労働力の準備に沿うよう、コミュニティ活動を“狭めていく”」と方向転換を発表した。(後略)【1月8日 MarkeZine】
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2020年のジョージ・フロイドさん殺害後に多数の企業が採用したDEIの方針は、全米で次々と取り下げられている。

連邦最高裁が大学入試におけるアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)を違憲と判断して以降、企業のマイノリティー(少数派)優先に異議を唱え、法廷闘争に持ち込み経営者らに見直しを迫るケースも少なくない。

トランプ次期米大統領はDEIの方針を公に批判、連邦政府の主導でこうした慣行を根絶すると公約している。【1月7日 Bloomberg】
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現在の保守化の流れは、行き過ぎたポリティカルコレクトネスや多様性重視への反動と見ることもできますが、トランプ政権下で振り子は反対側に大きく振れるのかも。保守化の流れがトランプ政権を生み、そのトランプ政権が保守化を更に加速させます。
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イラン  中東情勢変化で影響力低下 核開発加速か トランプ政権の制裁強化で国内改革頓挫の懸念も

2025-01-10 22:36:30 | イラン

(全身を布で覆った女性(イラン・テヘラン)【12月17日 BBC】)

(ペゼシュキアン大統領(左側の両手を合わせた男性)らが描かれた看板の前を通り過ぎる女性たち(10月、テヘラン)【同上】)

【低下するイランの影響力】
イランが対イスラエルで支援してきたパレスチナ・ガザ地区のハマスに続いて、イランの子飼いと言えるレバノンのヒズボラも深刻な打撃を受け、更にはこれまでロシアとともに支えてきたシリア・アサド政権も崩壊・・・という激動の中東情勢にあって、「シーア派の弧」を誇ってきたイランは大きな痛手を被っています。

****アサド政権崩壊で「シーア派の弧」も崩れる イランに大打撃、レバノンへの供給に支障****
シリアのアサド政権崩壊は、中東にイスラム教シーア派のネックワークを構築してきたイランにとって大きな打撃となる。

イランからイラクをへてレバノンに至る「シーア派の弧」がシリアで途絶え、物資供給などが滞る恐れがあるからだ。イスラエルを取り巻く「包囲網」も弱体化する公算が大きく、イランの中東地域に対する影響力の低下は避けられない情勢だ。

イランからレバノンに送る物資や資金の供給に支障が出ると、イランが対イスラエル攻撃の前線拠点として支援してきたレバノンの民兵組織、ヒズボラの活動に影響すると考えられる。

ヒズボラは9月以降のイスラエルによる激しい攻撃で体力を奪われ、アサド政権の崩壊を阻止できなかった。支援が細れば組織の衰退に拍車がかかりそうだ。

イランやイラクで人口の多数派を占めるシーア派はレバノンでも人口の30%前後を占めており、存在感は小さくない。これに対し、「弧」を形成したシリアの事情は異なる。

シリアのイスラム教徒は全人口の90%近くを占めるが、うち70%以上はスンニ派でシーア派の影は薄い。親子2代で半世紀以上、独裁体制を維持したアサド親子も、人口の1割余しかいないイスラム教の一派、アラウィ派の出身だ。

アサド親子は少数派が多数派を支配する統治構造を安定維持する上からも、イランとの関係を深め、その庇護(ひご)を得てきた経緯がある。

例えば、イランで王政が崩壊した1979年のシーア派革命の際にも、他のアラブ諸国がイランからの「革命の輸出」を警戒した中で、シリアは真っ先にシーア派政権を承認した。

シリアの脱落に伴う「シーア派の弧」の弱体化は、「抵抗の枢軸」と称して連携してきたイラクやイエメンの親イラン民兵組織に対するイランの求心力にも影響しかねない。

イランは今年4月と10月、イスラエルと互いに本土を攻撃し合ったが、この間に各地の民兵組織と連動して対イスラエル攻撃を組織することはなく、それぞれの対応に任せる姿勢をみせた。米国やイスラエルの軍事攻撃の標的になるのを避ける狙いがあったとも指摘される。【12月9日 産経】
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アサド政権のあっけない崩壊には、イランも憤懣やるかたない様子。

****イラン外相、シリア軍批判 「やる気なし」で政権崩壊と不満****
ランのアラグチ外相は(12月)8日、シリア内戦で支援したアサド政権が急速に崩壊したことについて「シリア軍はやる気がなかった」と不満をぶちまけた。

「アサド大統領は正確に軍の能力を把握していなかった。アサド氏自身は軍の状況に動揺していた」とも付け加えた。国営イラン放送のインタビューで語った。

アラグチ氏は1日に訪問先のシリアの首都ダマスカスでアサド氏と会談している。

イラン外務省は8日、シリア社会のあらゆるグループが参加する国民対話を開始し、全シリア国民を代表する包括的な政府を樹立することが必要だとの声明を発表。シリアの将来に関する意思決定への他国の介入にも反対を表明した。【12月9日 共同】
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【弱体化したイランが核兵器開発を加速させる懸念】
ただ、イランの影響力低下で情勢が安定するかと言えば、イランのウラン生産は加速していると見られており、アメリカは弱体化したイランが核兵器を製造することを懸念していることを表明しています。

****イランのウラン生産加速、重大な懸念 交渉再開宣言と矛盾=関係筋****
西側諸国の外交筋は7日、イランが濃縮度を高めたウランの生産ペースを加速させていることは重大な懸念であり、同国が核問題を巡る交渉に戻るという宣言と矛盾していると述べた。

イラン外務省は同日、同国の核開発計画は引き続き国際原子力機関(IAEA)の監視下にあると述べた。

匿名を条件に語った西側外交筋は、濃縮度の加速は「信頼できる交渉に戻るというイランの宣言と矛盾している」とし、「これらの措置には信頼できる民生用の正当な理由がなく、逆に、イランがその決定を下した場合、軍事核計画を直接助長することにつながる可能性がある」と語った。

IAEAは6日、加盟国への報告書で、イランが濃縮度を60%に高めたウランの生産ペースを大幅に加速させていると明らかにした。

イラン外務省の報道官は7日、イランの核開発計画は核拡散防止条約およびその他の保障措置の枠組みの中で「完全に透明性のある方法によりIAEAの監督の下で」実施されていると述べた。イラン国営メディアによると、同報道官は「最近の活動もIAEAに提供された詳細な情報に基づいて実施されており、IAEAの継続的な監督下にある」と主張した。【12月9日 ロイター】
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****弱体化したイラン、核兵器製造する可能性=米大統領補佐官****
サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は(12月)22日、バイデン政権は弱体化したイランが核兵器を製造することを懸念していると語った。トランプ次期政権のチームにもそのリスクについて伝えたという。

イランが支援するイスラム組織ハマスとレバノン拠点のイスラム教シーア派組織ヒズボラをイスラエルが攻撃し、イランと同盟関係にあったシリアのアサド政権が崩壊したことで、イランは影響力低下に見舞われている。

サリバン氏はCNNに対し、イランのミサイル工場や防空施設などへのイスラエルの攻撃でイランの通常軍事能力が低下したと発言。イラン国内で、今すぐ核兵器を持つべきだ、核ドクトリンを見直す必要があるかもしれないといった声が上がっても不思議ではないと語った。

イランは自国の核開発は平和的目的に基づくものと説明しているが、トランプ前政権が制裁緩和と引き換えにイランの核開発に制限を加えるという核合意から離脱して以来、イランはウラン濃縮を拡大している。

サリバン氏は、イランが核兵器を製造しないという約束を放棄するリスクがあると警告。「それは、私たちが今警戒しているリスクであり、私が個人的に次期政権チームに説明しているリスクだ」と述べ、米国の同盟国イスラエルとも相談したと語った。

来年1月20日に就任するトランプ次期大統領は、イランの石油産業への制裁を強化し、強硬なイラン政策に回帰する可能性がある。

サリバン氏は、イランの弱体化を考えれば、「トランプ氏は今度こそ、イランの核開発を長期的に抑制する核合意を実現できるかもしれない」と語った。【12月23日 ロイター】
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アメリカはイランが核兵器開発を進めれば、イランの核関連施設を攻撃する可能性も選択肢のひとつとしています。

****「バイデン政権がイラン核施設攻撃の可能性を議論」国家安全保障担当補佐官がバイデン大統領に対応策の選択肢として提示か 米ニュースサイト報道****
アメリカのバイデン政権がイランの核関連施設を攻撃する可能性について議論していたと、アメリカメディアが伝えました。

アメリカのニュースサイト「アクシオス」は2日、国家安全保障を担当するサリバン大統領補佐官がおよそ1か月前、イランが核兵器の開発を急速に進めた場合、アメリカとしてとりうる対応策についてバイデン大統領に説明したと伝えました。

その中では、イランの核関連施設をアメリカが攻撃する可能性も選択肢のひとつとして示されたということです。

バイデン氏とサリバン氏ら国家安全保障チームの議論の中では、▼バイデン氏は核関連施設への攻撃を承認しなかったほか、▼対応策について最終的な決定を下すこともなかったとしています。

また記事は、現在、ホワイトハウスの中で核関連施設の攻撃をめぐる活発な議論は行われていないとする関係者の話も伝えています。【1月3日 TBS NEWS WIG】
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【トランプ次期政権で予想される対イランの締め付け強化】
そうした核関連施設への攻撃まではいかなくても、かつて核合意から離脱したトランプ氏の復権で、イランは今以上に厳しい状況に置かれることが予想されます。

イランにしても、ロシアにしても、制裁措置に対しては一定に「適応」は示してはいるものの、そうは言っても・・・・ということで、現状でもイランは相当に苦労はしているようです。

****イラン、中国で貯蔵の原油2500万バレル回収へ=関係筋****
イランが、中国の港に貯蔵された2500万バレルの自国産原油の回収作業を進めていることが分かった。事情に詳しい両国の複数の関係者が明らかにした。当時のトランプ米大統領が科した制裁措置により、イラン産原油は2018年から6年間、中国の港に取り残された状態になっている。

アナリストは、今月大統領に復帰するトランプ氏がイラン産原油に対し再び制裁を強化するとみている。

中国は一方的な制裁措置を認めないとしており、近年はイランが輸出する原油の約90%を割安価格で購入。中国の製油業者は数十億ドル規模の経費を節約している。

ただ、原油が中国の港に取り残されている現状は、イランが中国相手でさえ原油の売却に苦心していることを示唆している。残された原油は、現在の為替レートに換算すると17億5000万ドル分に上る。

西側諸国はイラン産原油に対し厳しい制裁を科しているが、中国に売却されるイラン産原油の多くは他国産に偽装されている。

関係者によれば、港に取り残されている原油はトランプ氏がイラン産原油を制裁対象から一時除外したことで、イラン産として中国に輸送。その後再び制裁対象となったため、売却が不可能となり、貯蔵タンクに保管されたままになっているという。【1月9日 ロイター】
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【アメリカの強硬姿勢がイラン国内の反米保守強硬派を刺激し、国内改革が頓挫することも】
問題は、イランに対するアメリカ・トランプ次期政権の強硬姿勢が、イランを譲歩の方向に向かわせるのか、あるいは、アメリカへの反発が強まり、国内的に保守強硬派の台頭を招くのか・・・という問題です。

改革派のペゼシュキアン大統領の国内統治の状況に関しては情報が少ないですが、下記記事など見ると一定にその色合いを出してはいるようです。

****ヒジャブ着用の厳格化法「施行できず」イラン大統領が最高指導者に伝達 現地メディア****
イランで頭髪を覆う「ヒジャブ」の着用を巡り、罰則を強化した法律について、大統領が「施行できない」と最高指導者・ハメネイ師に伝えたと改革派メディアが報じました。

イランでは「ヒジャブ」の着用などを巡り、罰金や懲役刑を厳しくした新しい法律が13日に施行される予定でしたが、国際社会などの反発を受けて14日に施行延期が発表されました。

改革派メディアによりますと、イランのペゼシュキアン大統領は最高指導者・ハメネイ師に「ヒジャブを巡る新法は国の体制に悪影響を及ぼすので施行できない」と伝えたということです。

ペゼシュキアン大統領は7月の大統領選挙期間中に新法への反対を表明していました。

ペゼシュキアン大統領はヒジャブ着用を義務付けるために警察がパトロールすることに反対するなど、改革派として知られています。

国際人権団体のアムネスティインターナショナルは、この新法について「女性などが差別や虐待を受けてしまう」とイラン当局に施行の中止を求めています。

ヒジャブを巡っては、イラン出身の女性歌手パラスツー・アフマディさんがヒジャブを着用せずにオンラインライブを配信したとして14日に一時拘束されました。【12月16日 テレ朝news】
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しかし対米保守強硬派が勢いを増すと、上記のような改革路線の実行は困難となります。対米関係の悪化から国内改革が頓挫するというのはこれまでも見られたことですが、トランプ次期政権のもとでそうした現象が再現することを懸念しています。
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