(メキシコ北部の町、ティファナ 2月19日 アメリカの移民政策変更に期待して国境窓口に集まった移民【2月20日 NHK】 40年ほど昔、アメリカ側サンディエゴからの買い物観光でこのゲートを出入りしたことがあります。)
【移民政策を大きく転換させるバイデン政権】
日本では首相が代わっても、あるいは政権与党が代わっても、大きな政策変更はありませんが、アメリカでは大統領が代わると「良くも悪くも」即座に政策が大幅転換します。
周知のようにアメリカ・バイデン大統領は就任以来、トランプ前政権の施策の転換を図っていますが、移民対策
についても、就任当日にも国境の壁建設の停止やイスラム圏からの入国制限の撤廃など一連の大統領令に署名。
また、米国内に約1100万人いると推計される不法移民に米国市民権獲得への道を開く包括的移民制度改革法案を議会に提案しています。
さらに2月2日には、トランプ前政権の移民政策によって引き離された移民の家族を再会させることなどを目指し、3件の大統領令に署名。
****バイデン政権、移民政策転換へ 不法入国者に市民権も****
バイデン米政権が、移民政策を大転換する法案や大統領令を打ち出している。トランプ前政権の強硬な移民規制政策を覆し、歴代政権が達成できなかった不法入国者が市民権を得られる道を開く包括的な改革法の成立を目指す。ただ転換には保守派を中心に強い抵抗があり、改革をどこまで実現できるかは不透明だ。
バイデン大統領は2日、移民政策を巡る第2弾となる3つの大統領令に署名した。前政権の対不法移民強硬策の象徴となっていた国境で引き離された不法入国者の親子の再会を支援するタスクフォース(作業部会)を新設。前政権が導入した難民申請の規制や合法移民の受け入れ制限の見直しも指示した。
バイデン氏は「私は(前政権の)悪い政策を取り除く」と強調した。
バイデン氏は就任当日にも国境の壁建設の停止やイスラム圏からの入国制限の撤廃など一連の大統領令に署名。さらに米国内に約1100万人いると推計される不法移民に米国市民権獲得への道を開く包括的移民制度改革法案を議会に提案した。
法案は、今年1月1日以前に米国内にいた不法移民を対象に合法滞在を認め、犯罪歴調査や納税などの条件を満たせば5年後に永住権申請を可能にする。
幼少時に親に連れられて不法入国し、オバマ元政権が導入した救済措置「DACA」で合法滞在を認められた若者や、農業従事者の移民などは即時に永住権を申請できるようにする。
永住権取得者には3年後に市民権申請を許可する。
「国境の壁」に代わるハイテクを活用した国境管理システムの構築や、移民の原因の一つである中米諸国の治安改善や貧困対策のための40億㌦(約4200億円)規模の支援も盛り込んだ。
包括的移民制度改革は、ブッシュ(第43代)政権やオバマ政権も試みたが、いずれも議会を通過できず頓挫している。反対派は、不法移民の合法滞在を認めれば米国民の職を奪い、社会保障の負担が増すほか、さらなる不法入国者の流入を招くと主張する。共和党には、新移民は民主党を支持する傾向があるとの懸念も強い。
米シンクタンク、移民政策研究所のチシュティ上級研究員は、同法案を「野心的で、前政権の政策からの脱却を明確にする意図がある。ただ民主党の一部にも慎重論があり、議会で可決される可能性は低い」と指摘する。
チシュティ氏は、新型コロナウイルスの感染拡大で米国の経済・雇用が打撃を受けていることや、政策転換への期待から移民希望者が国境に押し寄せていることなども法案への支持に影響しかねないと指摘。
DACA受益者やコロナ対策関連の職業に就いている移民の救済を優先する妥協案に落ち着く可能性もあるとみる。
バイデン政権は1月20日に不法移民の強制送還を100日間猶予する措置を発表したが、テキサス州司法長官の訴えを受けて連邦地裁判事が差し止め命令を出した。今後も政権の政策に対する訴訟が予想される。
移民政策は米世論を二分する重要な問題で、包括的移民制度改革が実現すればバイデン氏の大きなレガシー(政治的遺産)の一つとなる。バイデン氏のかじ取りに注目が集まっている。【2月3日 日経】
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トランプ前政権による中米諸国からの移民を隣国メキシコで待機させる制度も廃止しました。
****米、移民待機制度を廃止へ メキシコから受け入れ開始****
米国のサキ大統領報道官は12日、ホワイトハウスで記者会見し、米国に難民申請した中米諸国からの移民を隣国メキシコで待機させる制度の廃止に向け、19日から待機中の申請者を順次米国に受け入れると発表した。トランプ前政権が進めた不寛容な移民政策の見直しの一環。
この制度は「移民保護手続き」と呼ばれ、難民申請の審査結果が出るまでメキシコ側に送り返して待機させるもの。移民らが治安の劣悪な国境地帯で危険にさらされたり、審査状況に関して米側と連絡を取るのが極めて困難だったりするとして、人権団体などが批判していた。【2月13日 共同】
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これにより、アメリカに難民認定を申請してメキシコで待機している人々のうち、最初の25人が19日にアメリカに入国しました。
ただ、“米国土安全保障省によると、手続きが進んでいる申請は約2万5000人分。メキシコ当局は、自国内にとどまっている申請者が6000人いるとしている。”【2月20日 AFP】とのことで、国境では移民の“長い列”ができているとも。
****米バイデン政権 移民政策転換でメキシコとの国境に長い列****
アメリカのバイデン政権が、前のトランプ政権の移民政策を転換し、難民申請の審査のあいだ、入国を希望する人たちの受け付けを始めたことを受けて、メキシコとの国境には、中米諸国からの移民が長い列を作っています。
(中略)バイデン政権は、前政権の政策を転換し19日、審査期間中の入国と滞在を希望する人たちの受け付けを始めました。
これを受けて、メキシコ北部の町、ティファナでは、これまでは閑散としていたアメリカとの国境の窓口に、19日早朝から、入国を希望する中米諸国などの出身者およそ500人が列を作りました。
現地で支援活動を行っているNGOによりますと、この国境では新しい制度が始まっても、入国が認められるのは1日当たり30家族にも満たないため、多くの家族は当面、待機を求められるということです。
アメリカ政府の政策転換の内容について、正しく理解されていないケースも多いということでNGOの担当者らが、最新の状況を説明していました。【2月20日 NHK】
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新政権の対応変更を期待して、しばしば問題になる「移民キャラバン」もまた動き出すと思われますので、“1日当たり30家族にも満たない”という現状では、“長い列”は今後更に長くなると思われます。
しかし、入国者数を緩和すれば、押し寄せる難民へのアメリカ国内の不安を刺激することにもなります。
難しいかじ取りです。そのあたりの“難しさ”は承知の上で、バイデン政権は移民対策緩和を更に進めています。
****バイデン大統領、合法移民解禁=前政権のビザ発給停止撤回―米****
バイデン米大統領は24日、トランプ前大統領が昨年停止した永住権(グリーンカード)取得希望者へのビザ発給を再開すると表明した。
先に発表した不法滞在者への在留資格付与に続き、前政権が進めた途上国からの移民規制を緩和する方向へ大きくかじを切った。
トランプ氏は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた雇用情勢悪化を理由に「米国の労働市場にリスクをもたらす移民の入国禁止」を発令し、合法移民の受け入れを事実上中止。昨年末に同措置を今年3月まで延長すると発表した。
バイデン氏は24日の行政文書で、前政権の措置によって、既に永住権や米市民権を取得した移民の家族呼び寄せのほか、くじでの永住権獲得を目指す人の入国が困難になったと指摘。「米国の利益にならないどころか、世界中の才能を活用してきた米産業界にも害をもたらした」と厳しく批判した。【2月25日 時事】
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【人口増を前提としたアメリカ成長モデルを支える移民】
移民の増加は「雇用を奪われる」との反対論を惹起しますが、経済全体にとってどういう影響があるかは、冷静に分析する必要があります。移民は受け入れ側にも大きなメリットがあります。
アメリカはこれまで移民を受け入れることで人口が増大するということを「大前提」とした経済システムであったとも言えます。
トランプ前政権の移民制限と新型コロナ禍は、この大前提を変容させています。
****コロナによる人口減の衝撃、米国は成長モデル失う****
新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延し始めてからほぼ1年が経つ。
日本を含めた多くの国では感染者数と死亡者数が減少しているが、社会全体に目を向けると直視しなくてはいけない別の問題が浮上してきている。
コロナを抑え込むことが最重要課題であることは論を俟たないが、特に米国などでは大恐慌以来と言われるほどの社会現象が起きている。
人口減少だ。
それは日本時間2月23日時点でコロナによる死亡者累計が50万人を突破したという事実だけでなく、人口構造の変化を伴うことですらある。
人口減少について述べる前に、コロナだからこその人口動態の変化について記しておきたい。
実はコロナの影響によって、多くの米市民が都市部から去っているという現実がある。コロナというパンデミックによって都市部の活力が失われてさえいる。(中略)
こうした都市部での人口減少の要因はコロナによるリモートワークなどにより、勤務先に近い地域に住む必要性が薄れつつあることを意味している。(中略)都市部では賃貸マンションの空室が目立ち始め、店舗の閉店も目立つ。
(中略)コロナという健康上の問題が、市民生活と経済環境をマイナス方向へ変化させた典型例である。
さらに市民が都市部から去ることで、サービス部門が衰退し、失業者が増え、税収も減るという流れになっている。
前出の「スレート」誌は書いている。
「米国の都市人口が急落するということは、過去30年の都市復興モデルが失われることであり、移民とヤッピーが死を迎えるということに等しい」「今後、この現実に立ち向かわなくてはいけない」
米国ではこれまで都市の拡充モデルの基礎として、人口増が組み込まれていた。その結果、米国は先進国の中では異例とさえいえる「人口が増え続ける国」として知られていた。
人口増を活力にして経済を活性化し、新たなモノを創リ出す流れができていたが、今その流れが変化しつつある。それが冒頭で触れた人口減少である。
コロナによって都市部からの人口流出が明確になる中、米国の人口も以前のような伸び率では増加しなくなっている。
2010年から2020年の10年間で、全米の人口増加率は約7%でしかない。これほど人口が増えないのは大恐慌以来といわれている。
7%も増えていると思われるかもしれないが、10年間での7%である。
ここで人口統計の分野で使われる合計特殊出生率を持ち出したい。(中略)米国の同率は2006年が2.06だったが、 2015年には1.88となり、減少へと転じた。2020年はさらに減って1.78。つまり米国の人口は減少へと転じているのである。
ただ合計特殊出生率が2を割っていても、米国の実質的な人口は毎年少しずつ増えている。
それは移民を受け入れているからである。
これまで、年平均で約100万人が移民として米国にやって来ている。最も多いのが中国からの移民で約15万人。次いでインド(13万人)、メキシコ(12万人)、フィリピン(4.6万人)となっている。
米国の国政調査局によると、2021年2月26日現在の人口は3億3010万4440人。その中での移民の割合は13.7%。
そうした移民を含めても、2019年から2020年にかけて、米国の人口増加率は0.35%でしかない。
首都ワシントンにある大手シンクタンク、ブルッキングス研究所のウィリアム・フレイ上級研究員は「0.35%という増加率は少なくとも西暦1900年以降では最も低率」と述べた後、原因を「まずコロナを指摘しなくてはいけない。実質的な死亡者数だけでなく、新規の移民数も減少した。さらに高齢化する社会構造もある」と指摘した。
米国では長い間、人口増加が経済成長の一因であり国のエネルギーの源泉と言われてきた。
ただトランプ前大統領が移民の受け入れに消極的だったことから、移民の受け入れ割合がこれまでのほぼ半分にまで下落。その代わり、カナダの移民受け入れ割合が増えることになっていた。
しかし、ジョー・バイデン大統領が発表した移民政策を眺めると、トランプ政権時代から方向展開した寛容な移民政策が目を惹く。
不法移民に対しても市民権取得の道を開く考えで、米国が伝統的に築いてきた本来の寛容な移民政策に戻っている。
それにより、どこまで米国の人口増につながるかは不確かだが、少なくともバイデン政権下では、米国らしい寛容さが戻ってくるかもしれない。【2月28日 堀田 佳男氏 JBpress】
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【人口減を前提とした成長モデルがない日本】
“2010年から2020年の10年間で、全米の人口増加率は約7%でしかない”“(合計特殊出生率が)2020年はさらに減って1.78”・・・・日本からすれば、「それがどうした!」というレベル。
日本では、“2019年の人口動態統計によると、1人の女性が生涯に生む子どもの数にあたる合計特殊出生率は1.36となり、前年から0.06ポイント下がった。4年連続の低下で07年以来12年ぶりの低水準になった”【2020年6月5日 日経】という状況で、人口減少も加速しています。
****20年出生数、速報値は87万2683人 過去最少更新の見通し****
厚生労働省が22日発表した人口動態統計速報によると、2020年の出生数(速報値)は87万2683人で、前年比で2万5917人減少した。19年の出生数(確定値)は86万5239人で、20年は確定値で83万~84万人台となり過去最少を更新する見通し。
新型コロナウイルスの感染が拡大した20年は妊娠届の提出が前年を大きく下回っており、21年の出生数は80万人台を割り込む可能性がある。
一方、死亡数(速報値)は138万4544人となり、前年比で9373人減少した。前年より減少するのは、09年以来11年ぶり。
新型コロナ感染症への警戒と拡大防止対策により、季節性インフルエンザの流行が抑えられたことが要因の一つと考えられる。
死亡数から出生数を引いた「自然減」(速報値)は51万1861人となった。【2月22日 毎日】
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もっとも、アメリカの場合は人口増を前提としていましたので、ここのところの「減速」は大きな問題ともなるのでしょう。
バイデン新政権の寛容な移民政策が、アメリカ経済を再び成長軌道に戻すカンフル剤となるのか・・・・
他方、人口が減少し続ける日本は、今後も間違いなく進行する人口減を「前提」とした成長モデルが必要とされています。
しかし、「特定技能」とか「技能実習生」といった短期的・小手先の制度変更はあっても、社会全体の変革を伴った移民政策等の「総合的・俯瞰的」政策論議は進んでいないように思えるのですが・・・・。