孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  故郷にも国外にも安住の地がないウイグル族

2017-08-31 22:20:39 | 中国

(破壊されたカルグリックのウイグル人街。元は青壁の美しい街だった SHUICHI OKAMOTO FOR NEWSWEEK JAPAN 【8月18日 水谷尚子氏 Newsweek】)

破壊され、同化を強要されるカシュガル旧市街
中国・新疆ウイグル自治区のカシュガル・・・古くから多くの人々・物資が行き交ったシルクロードの要衝であり、現代にあっては、そうしたノスタルジー・ロマンを感じさせる街として観光的にも有名な都市です。

個人的には、カシュガルには忘れらない思い出があります。
12年前の2005年に旅行した際に、経由地のウルムチの街で、路上に置かれたテーブルでぼんやりお茶している間にパスポートや現金・カード・航空券などすべてが入ったバッグを置き引きされたことがあります。

なんとかパスポートなどは戻ってきたので目的地のカシュガルまではたどり着いたのですが、現金のほとんどは返ってこず、予定を変更してカシュガルで節約の日々を強いられました。

そのカシュガル旅行時に旧市街にも足を運んだのですが、ガイドを雇うカネもなくて、どんな場所かもまったくわからなかったことに加え、ウルムチでの“事件”のショックでテンションが低かったこともあって、旧市街内部に深く入ることなく、強い日差しから逃げるように周辺部を少し歩いただけに終わりました。

そんな“思い出”もあって、“そのうち、カシュガルにリベンジしないと・・・”という思いもあったのですが、再訪を果たす前に、旧市街の方が消えてしまったようです。

****さまようウイグル人の悲劇****
(中略)
安住の地はどこにもない

近年カルグリックのみならず、新疆各地でウイグル人居住区が無残な廃墟となっている光景を目にする。その典型がカシュガル旧市街だろう。

モロッコの世界遺産フェズの旧市街にも似た、本来は世界遺産に登録されてしかるべき歴史的街並みだったが、中国共産党はウイグル人居住者の多くを追い出し、一部を残して「テーマパーク化」した。

カシュガル旧市街の破壊には漢人の学者さえ反対したが、共産党は決して彼らの見解を聞こうとはしなかった。

文化財級の歴史的景観を破壊した点では、北京や上海の都市開発と同様だとの意見もある。北京や上海などの都市では街並みが破壊され郊外に住居移転が余儀なくされても、街自体の拡大と経済発展によって、生活は維持向上し続けられる。

しかし新疆の場合、郊外に移転しようにも移転先の経済基盤は脆弱な上、新疆各都市の中心部に移住してきた漢人コミュニティーがウイグル人を排除するため生計を維持できず、多くの人々が路頭に迷うことになった。(後略)【8月18日 水谷尚子氏 Newsweek】
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カシュガル近郊のカルグリックでは、美しかった青壁の街並みが人為的破壊によって瓦礫と化しており、警察の厳しい警備で観光もままならない状況のようです。

官製スパイウエアによる住民監視
単に住み慣れた場所を奪うだけではなく、住民の日常生活への厳しい監視が行われています。

****中国、ウイグル族にスパイウエアのインストールを強制****
<中国・新疆ウイグル自治区に漢族を大量に送り込み、イスラム系少数民族ウイグル族を迫害してきた中国政府が今度は、住民に官製スパイウエアのインストールを強制。拒否したり削除したりすれば連行されるという>

中国の新疆ウイグル自治区に暮らすイスラム系少数民族のウイグル族が、スマートフォンにスパイウェア・アプリをインストールすることを強制されている。その狙いは、中国政府の監視当局が「テロリストや不法な宗教活動に関連する」コンテンツを発見できるようにすること。

「ラジオ・フリー・アジア」の報道によれば、ウイグルの首府ウルムチの中国政府当局は2017年4月、「百姓安全」と呼ばれるアプリを開発したという。このアプリは、政府が市民の携帯デバイスをスキャンし、「テロリストのプロパガンダ」を発見できるようにするためのものだ。

ウイグルに住むウイグル族は7月中旬、チャットアプリ「微信(ウィーチャット)」を通じて、地元警察からの通達を受け取った。通達の内容は、「監視アプリ」をインストールし、抜き打ち検査に備えるよう求めるものだった。

警察は、路上での職務質問で、アプリがインストールされているかどうかをチェックし始めている。微信経由で送られたメッセージは、中国語とウイグル語で書かれていた。

セキュリティ情報サイト「ブリーピング・コンピューター」の報道によれば、問題のアプリは、ユーザーのファイルのログを作成し、既知のテロリストの動画やコンテンツを集めたデータベースと照らし合わせるもの。

また、ユーザーの「微博(ウェイボー)」や微信のデータベースのコピーを作成し、WiFiログイン情報とともに政府のサーバーにアップロードする機能もある。

ブルカの着用も禁止
アプリをインストールしなかったり、あとで削除したりした人は、最長で10日間にわたって警察に拘束される可能性があると、地元メディアは報じている。

アンドロイド携帯の利用者は、警察の送信した微信メッセージにあるQRコードをスキャンし、自動的に百姓安全アプリをダウンロードしてインストールするよう求められている。

当局によればこのアプリは、スマートフォンに保存された「テロリストや不法な宗教活動に関連するビデオ、画像、電子書籍、電子ドキュメントを自動的に検知する」ものだという。

トルコ系民族であるウイグル族の人口は800万人ほどで、ウイグルの人口の約半数を占めている。中国のほかの省では、今回と同様の対策はとられていない。ウイグルでは近年、デモや衝突がたびたび起きており、数十人が死亡している。

2014年5月にはウルムチでテロ事件が発生し、容疑者4人を含む43人が死亡した。数十年にわたって中国当局によって行われてきた弾圧と殺戮が対立の原因となっているという非難の声もある。

この地域ではテロ組織ISIS(自称イスラム国)の存在感は薄いとされているが、中国政府は、ブルカなどのイスラム伝統衣装の公共の場での着用を禁じるなどの対策をとっている。

ニュースメディア「マッシャブル」が2016年に報じたごころでは、中国政府は、国外のメッセージングアプリを利用するウイグル族の電話サービス遮断しているという。「ワッツアップ」や、ロシア製メッセンジャーアプリ「テレグラム」などはすべて監視対象だ。【7月26日 Newsweek】
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チャイナマネーになびく「トルコ系諸民族の盟主」トルコ
ウイグル自治区における“分離独立運動”を警戒する中国政府が、ウイグル族に対して締め付けを強化していることは今に始まった話ではありませんが、そうした弾圧を逃れて“東南アジアを経由してトルコに着の身着のままやって来たウイグル人亡命者は、既に3万人を軽く突破していると言われている”【8月18日 水谷尚子氏 Newsweek】とも。

しかし、トルコなどの海外も、心安らげる場所ではなくなってきています。

****トルコ外相、国内の反中国勢力を「取り除く」と表明****
中国を訪問中のトルコのメブリュト・チャブシオール外相は3日、中国の王毅外相との会談後に行われた記者会見で、トルコ国内の反中国勢力を「取り除く」と表明した。
 
中国西部の新疆ウイグル自治区に暮らすウイグル人への中国政府の対応をめぐり、過去には中国とトルコの間で摩擦が生じていた。

だがチャブシオール外相による今回の発言は、トルコ政府の中国に対する姿勢の変化を示唆するものとみられている。ウイグル人は大半がイスラム教徒で、チュルク語系の言語を母語としている。

中国の王毅外相と北京で共同記者会見に臨んだチャブシオール外相は、「中国の安全はわれわれにとっての安全とみなして扱う」との考えを示し、「トルコ国内もしくは領内で中国に敵対する、または反発することを狙った活動は今後一切認めず、中国に反発するメディア報道を取り除くよう措置を講じていく」と表明した。
 
この会見の前に行われた会談において、両外相はテロリズムとの戦いで協力していくことを約束した。【8月3日 AFP】
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「トルコ系諸民族の盟主」を自任するトルコは、上記記事で“摩擦”と書かれているように、かつては同じチュルク語系民族であるウイグル族への中国政府の弾圧に対しトルコ国内世論も政府も強く反発していました。(もっとも、そうしたトルコの“盟主気取り”に対する中央アジア諸国の反発もあったようですが)

それが、「中国の安全はわれわれにとっての安全とみなして扱う」というのですから、変わったものです。
これも圧倒的な中国の国際影響力・チャイナマネーのなせる業でしょう。

【「世界最古の大学」アズハル大学を擁するエジプトも
チャイナマネーになびいているのはトルコだけではありません。

これまでエジプトは多くのウイグル族学生を受け入れてきました。

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10世紀に建立されたモスクをベースにしたアズハル大学は、知識人ウラマー(イスラム法学者)組織と付属の小・中・高校を包含する権威ある教育・学術機関だ。

世界最古の大学を自任するこの大学は、総長の指導下にイスラム教スンニ派最大のウラマー集団を擁している。

世界から多くの留学生か集まり、アラビア語とイスラム法、イスラム学を習得しようと研鍛を重ねてきた。ここから出た学生たちの多くは、イスラム指導者として成長していく。ウイグル人学生も例外ではない【9月5日号 楊海英氏 Newsweek日本語版】
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そのエジプトも・・・・

****エジプトでウイグル人学生拘束 中国政府が要請か****
エジプトでイスラム教を学ぶ中国・新疆ウイグル自治区出身の留学生らが7月、エジプト治安当局に相次いで拘束された。人権団体は、中国で少数派であるウイグル人への締め付けを強める中国政府の要請を受けた措置と指摘している。
 
治安当局は拘束理由を明らかにしていない。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」は、拘束が中国政府の要請によるものとみられると指摘。

独自に得た情報として7月3〜5日にカイロやアレクサンドリアで少なくとも62人が逮捕されたとしている。多くはイスラム教スンニ派の最高権威機関アズハルの留学生だという。
 
新疆ウイグル自治区はイスラム教徒のウイグル族が多数を占め、漢族との対立感情が根強い。中国政府は独立派の一部のイスラム過激主義への傾倒を警戒。モスク(イスラム教礼拝所)への出入りを制限するなどイスラム教徒への抑圧を強めているとされる。
 
朝日新聞の取材に応じたアズハルのウイグル人留学生ファクルディン・グネシュさん(23)によると、一斉摘発が始まったのは7月4日午後9時ごろ。

グネシュさんは両親とともに6年間イスタンブールで暮らした経験があり、トルコ国籍も持っているので、自分は逮捕はされないと考えていた。だが中国籍しかない友人は警察が来るのを恐れて荷物をまとめてアパートを出たところ、路上で逮捕されたという。
 
グネシュさんが知る限り、一斉摘発は5日未明まで続き、路上や留学生がよく行くレストランで25人が拘束された。カイロやアレクサンドリアの空港から出国しようとして捕まった人もいるという。計100人以上が拘束されたという。
 
グネシュさんによると、中国政府は今年初めごろから、エジプトに子どもを留学させているウイグル人の家族に対し、子どもを帰国させるように求め始めた。

指示通りに帰国させないと殴られたり、拘束されたりしたという。子どもへの仕送りも禁止。送金した場合は「テロリスト支援」の容疑で逮捕された。
 
グネシュさんは「私たちは純粋に、私たちの宗教を学びたいだけだ。中国政府は(留学生が過激化するという)誤ったレッテルを貼っている」と語った。
 
中国の習近平(シーチンピン)国家主席は昨年1月にエジプトを訪問し、160億ドル以上の経済支援を約束した。両国はテロ対策でも協力に合意している。

一方、過激派組織「イスラム国」(IS)は今年2月、中国への攻撃を予告する動画を公開。動画にはウイグル人とされる戦闘員が映っていた。中国政府が、ウイグル人留学生がイスラム過激派に合流するのを警戒し、拘束を要請した可能性がある。
 
HRWはアズハルのタイイブ総長に書簡を送り、ウイグル人を釈放し、中国への強制送還をしないよう、エジプト政府に要請すべきだと求めた。【8月29日 朝日】
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ウイグル人の安住の地は、故郷にも国外にもない
故郷は同化のために破壊され、批判の声をあげそうな国外に暮らす者は強制帰国させ、すべての住民を厳重な監視下におく・・・・、しかし、そのような圧政はテロリストの温床をつくることにもなります。

****さまようウイグル人の悲劇****
・・・・ウイグル人居住区の取りつぶしは、コミュニティーや人間関係の破壊にとどまらず、人々の信頼と相互扶助をも喪失させた。

さらに中国共産党はここ数カ月のうちに、国外亡命をこれ以上させないようウイグル人のパスポートを没収し、彼らが所持する携帯電話やパソコンにスパイウエアをインストール。「怪しい動き」をしないよう、個々を見張る監視システムを新疆全域で着々と構築しつつある。

いま新疆では、この地を専門とする外国人学者が現地に入ってフィールドワークすることさえ不可能な状況が続いている。尾行や盗聴が行われ、調査対象と話をしたら、公安当局者が後で相手に状況を聞きに現れる。

「一帯一路」政策の陰で経済発展の恩恵を受けることができず、文化大革命期の「黒五類(右派や地主、反革命分子などとレッテルを貼られた者)」と同様に、社会からの排除対象者として扱われるウイグル人。

中国の言う「恐怖分子(テロリスト)」は、こうした差別と排除が生み出している。さまよえるウイグル人の安住の地は、故郷にも国外にもない。【8月18日 水谷尚子氏 Newsweek】
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回族との分断統治
なお、中国にはウイグル族のほかに、イスラム教徒の回族も存在しますが、その対応は全く異なるようです。

****中東をウイグル排除に追いやる中国マネーとイスラム分断策****
(中略)
歴史的対立を巧みに利用
中国は今、国内に2100万人前後のムスリムを抱えており、その大半がスンニ派だ。その中で回族とウイグル人は双方とも800万人以上の人口を有し、ほぼ拮抗している。

中国語を母語とする回族に対して、ウイグル人は政府寄りだといつも不信の目を向けてきた。事実、19世紀末からムスリムたちが中国に大規模な反乱を起こした際も、回族はよく清朝政府側に立ってウイグル人と敵対した。
 
イランはエジプトやトルコと対立するシーア派の国家だが、ウイグル人と歴史的に緩やかな関係を結んできた。
だが中国政府も回族にイラン留学を勧めており、いまイランに多く留学しているのはウイグル人よりも回族だ。

イラン留学生は帰国後、古い伝統を持つ神秘主義のスー・フィー教団(門宦)の指導者になる人が多い。一方、アズハル大学で学んだり、サウジアラビアでメッカ巡礼をしたりした留学生は伝統的なスーフィズムを否定し、原理主義的なワッハーブ主義の信者となってしまう傾向がある。
 
中国はスーフィーー教団の指導者とワッハーブ主義者との間の歴史的対立を利用してイスラム教徒を巧みにコントロールしている。

イランとの友好関係を維持しながら、スンニ派大国に経済援助をばらまくことで、世界のイスラム問題は一層複雑化するだろう。【9月5日号 楊海英氏 Newsweek日本語版】
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ロヒンギャ問題  懸念された最悪のシナリオ“暴力の連鎖”が現実のものに 逃げ惑う住民

2017-08-30 22:26:39 | ミャンマー

(バングラデシュへの入国を試みるロヒンギャ族の子供たち。バングラデシュで29日撮影【8月30日 ロイター】)

アナン諮問委員会報告書 ロヒンギャに課されている規制の撤廃を求める“助言”】
ミャンマー政府が不法入国者とみなし、国民としては認めていないイスラム系少数民族ロヒンギャに対して、2016年10月の武装集団による国境検問所などへの襲撃を契機として掃討作戦に乗り出したミャンマー治安当局が“民族浄化”のような弾圧行為を行っているのでは・・・と、国連・人権団体等が懸念している問題については、これまでも何度も取り上げてきたように、民主化運動の象徴でもあったスー・チー氏も国軍・ロヒンギャを嫌悪する世論には抗しきれず消極的な対応に終始しています。

****ロヒンギャ****
ミャンマー西部ラカイン州に住むベンガル系イスラム教徒で、北端部を中心に推定約100万人が暮らす。ミャンマー政府との対立を深め、国連などは「世界で最も迫害されてきた民族」と位置付けている。

対立のルーツは英国統治時代の19世紀。仏教徒ラカイン族の土地にベンガル地方から大量の移民が流入したが、植民地支配を行った英国は自らに不満が向かないよう、優遇した少数派のベンガル系を通じて多数派を支配する分割統治を行い、両者を反目させた。【8月28日 毎日】
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ラカイン地方にロヒンギャと呼ばれる人々が流入した時期・経緯は上記のイギリス統治時代だけでなく、さかのぼれば、15世紀前半から18世紀後半にこの地にあったミャウー朝アラカン王国時代は仏教徒アラカンとムスリム・ロヒンギャはさしたる問題もなく共存していたと言われています。【ウィキペディアより】

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チッタゴンから移住したイスラーム教徒がロヒンギャであるとの学説があるが、英領インドから英領ビルマへ移住したムスリムには下記のように4種の移民が存在しており、実際には他のグループと複雑に混じり合っているため弁別は困難である。

チッタゴンからの移住者で、特に英領植民地になって以後に流入した人々。
ミャウー朝時代(1430-1784年)の従者の末裔。
「カマン(英語版)(Kammaan)」と呼ばれた傭兵の末裔。
1784年のビルマ併合後、強制移住させられた人々。【ウィキペディア】
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このように、ロヒンギャは長い歴史の結果としてラカイン州地域に居住するようになった人々で、昨日・今日の不法入国者ではありません。

島国である日本ではあまり民族の流入は多くありませんが、世界的に見れば、多くの民族が長い歴史の過程で、すむ場所を変えて流入・流出を繰り返しているのが現実であり、それを“不法入国者”だと言ってしまえば、世界中“不法入国者”だらけになってしまいます。

“消極的”とも批判されるスー・チー氏が唯一取り組んできたのが、アナン元国連事務総長を中心とした諮問委員会による調査ですが、ようやくその報告書が発表されました。

****ロヒンギャ問題踏み込まず ミャンマー政府諮問委報告書****
ミャンマー西部ラカイン州の少数派イスラム教徒ロヒンギャの問題で、コフィ・アナン元国連事務総長を中心とした政府の諮問委員会が24日、1年の調査を終え、最終報告書を発表した。

報告が相次ぐ警察などによるロヒンギャへの人権侵害について政府側の責任には踏み込まず、「地域の発展を進めるべきだ」といった「助言」に終始した。
 
委員会は昨年9月、アウンサンスーチー国家顧問の要請で組織された。報告書では、同地域での社会経済的発展の必要性▽イスラム教徒の国籍認定手続きの迅速化▽治安維持の強化などを助言した。
 
最大都市ヤンゴンで会見したアナン氏は、「今回の助言を政府が実行することこそが、問題の解決につながる」と述べた。政府がロヒンギャ問題で国連人権理事会の調査団を拒否していることについては、「調査団と我々は目的が違う」として評価を避けた。
 
委員会が調査中の昨年10月、ロヒンギャとみられる武装集団が警察施設などを襲い、その後、国連などが、ロヒンギャへの人権侵害を相次いで報告した。国際社会から責任を追及されたスーチー氏らは「我々独自の調査結果を待つべきだ」としてたびたび委員会の調査に言及していた。【8月25日 朝日】
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“ロヒンギャへの人権侵害について政府側の責任には踏み込まず”というのは、政府の諮問委員会という性格上、報告書という成果を現実のものにするうえでの限界と思えます。

仮に政府責任に言及すれば、国軍を中心とした激しい反発を呼び、報告書自体が批判の対象ともなるでしょう。

報告書の詳しい内容は知りませんが、“最終報告はミャンマー政府に対し、移動の自由の確保のほか、国際基準に即した国籍法の見直しなどを勧告している。ロヒンギャは移動が厳しく制限され、大多数が無国籍状態にあるとされる。”【8月24日 時事】と、一定にロヒンギャに課されている規制の撤廃を求める内容とはなっているようです。

第三者的に言えば、上述のような評価になりますが、治安当局の激しい暴力にさらされ、命を奪われ、住む場所も奪われてきたロヒンギャ当事者の視点からすれば、“形を取り繕った”だけの“無意味・偽善的”な報告書にも思えるのかも・・・。

報告書発表直後に襲撃事件 暴力の連鎖が現実のものに
“最大都市ヤンゴンで記者会見したアナン氏はラカイン州について「高い緊張が続いており、現状を維持することはできない」と指摘。「一刻の猶予もない。ラカイン州の情勢はますます危うくなりつつある」と訴えた。”【8月24日 時事】とのことですが、アナン氏がまとめた報告書がきっかけとなったように(実際のところがどうなのかは知りませんが)、アナン氏の懸念は現実のものとなりました。

報告書が発表されたのが24日ですが、その直後、“国家顧問府が発表した声明によると、25日未明に20か所以上の駐在所が推定150人の戦闘員らの襲撃を受けた。これに対し、兵士らが反撃を加えたという。”【8月25日 AFP】との戦闘状態に陥っています。

****<ミャンマー>ロヒンギャと戦闘激化 双方の死者100人超****
ミャンマー西部ラカイン州で少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の武装集団と国軍との戦闘が再び激化している。

ミャンマー政府によると、25日未明に武装集団による襲撃が始まってから既に双方の死者は合わせて100人を超えた。政府に対し強硬姿勢を強める武装勢力側に対し、国軍も鎮圧を徹底する構えで、緊張がさらに高まっている。
 
ミャンマー政府は、25日未明にラカイン州マウンドーの警察署などが一斉に攻撃されたとしている。ロイター通信は27日、政府側がこれまでに4000人の非イスラム教徒を救出したとする一方、数千人のロヒンギャが国境を越えてバングラデシュ側に避難したと報じた。
 
アウンサンスーチー国家顧問兼外相は25日夜、声明を発表。「テロリストによる残忍な攻撃を強く非難」し「平和と調和を構築する努力を損なおうとする計画的な企てだ」と指弾した。
 
ミャンマー政府は、地元の「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)による襲撃だとしている。アラカンは「ラカイン」の別称。

リーダーのロヒンギャの男は、パキスタン生まれでサウジアラビア育ちとされ、8月には映像を通じ「歴代政権による非人間的な圧迫から人々を解放する」などと活動目的を語ったという。
 
イスラム過激思想を唱えているかは不明。過激派組織「イスラム国」(IS)との連携を示す言動はないが、武器や資金はバングラデシュなど海外から入手しているとの見方も出ている。
 
ラカイン州では昨年10月にも警察施設などが武装集団に襲われ、軍が掃討作戦を展開した。この過程でロヒンギャに対する軍などの迫害疑惑が持ち上がり、国際的に問題となった。

対立の背景には、ミャンマー政府がロヒンギャを隣国バングラデシュからの不法移民とみなし、国籍を与えていないことなどがあり、ロヒンギャは、多数派の仏教徒から迫害を受けていると訴えている。
 
ロヒンギャ問題を巡っては、コフィ・アナン元国連事務総長を委員長とする政府の諮問委員会がこれまで状況を調査。戦闘は、同委が報告書を発表した24日夕の後に始まった。

報告書は、ロヒンギャの市民権を剥奪している「国籍法」を再検討することや、ロヒンギャの移動の自由を認めることなど人権面での改善をミャンマー政府に勧告している。【8月28日 毎日】
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「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)なる組織が政府の諮問委員会報告書をどのように評価したかは知る由もありませんが、先述のように政府責任に踏み込まない報告書を“拒否した”ともとれるようなタイミングです。

“血は血で洗うしかない”といった報復を正当化するものではありませんし、現実問題としては、このような暴力は当局の更なる弾圧を正当化するだけの結果になり、多くの住民が苦しむことになるのは明白ですが、一方で、弾圧がテロ・暴力を誘発するのは必然であり、そこまで彼らを追い込んだ側の責任も問われるべきでしょう。

これまで国際的には批判の矢面に立たされていたミャンマー国軍は、ここぞとばかりに鎮圧に向けた行動をアピールしています。

****ロヒンギャ襲撃「国の危機に関わる」 ミャンマー軍幹部****
ミャンマー西部ラカイン州でイスラム教徒ロヒンギャとみられる武装集団が警察施設などを襲撃した事件で、ミャンマー軍幹部が29日、首都ネピドーで記者会見を開き、「今回の事件はこれまでになく深刻だ。適切に対処しなければ国の危機に関わる」と述べた。地元メディアなどによると、同州では治安部隊の掃討作戦が続き、犠牲者が増え続けているという。
 
軍幹部は会見で「ラカイン州はミャンマーにとって『フェンス』の役割があった。外国で訓練されたテロリストが流入すれば国全体が危険にさらされる」と説明した。

また同日、最大都市ヤンゴンでは国家安全保障顧問が駐ミャンマー大使ら向けに今回の事件を説明。「隣国と連携してテロリストを根絶したい」と述べた。
 
治安部隊の掃討作戦は29日も続けられており、地元メディアによると、武装集団を含む100人以上のロヒンギャが死亡した。隣国バングラデシュへの避難民も3千人を超え、増え続けている。【8月30日 朝日】
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多くのロヒンギャ住民がバングラデシュ国境で孤立
「隣国と連携してテロリストを根絶したい」・・・・バングラデシュからは共同軍事作戦の提案がすでになされています。ロヒンギャは単にミャンマーから排除されているだけでなく、バングラデシュからもこれまで厄介者扱いされてきました。

****ロヒンギャ武装集団への共同軍事作戦 バングラがミャンマーに提案****
ミャンマー北西部ラカイン州でイスラム系少数民族ロヒンギャの武装集団が襲撃を繰り広げたことをめぐり、バングラデシュ当局はミャンマー側に共同軍事作戦を提案したことが分かった。
 
バングラデシュと国境を接するミャンマーのラカイン州では、25日にロヒンギャの武装集団が治安部隊に対して組織的な奇襲を仕掛け、それ以降戦闘が激化している。
 
また治安部隊の反撃により、武装勢力のメンバー約80人を含む100人超が死亡するとともに、多数のロヒンギャが国境を越えて隣国バングラデシュに避難する事態となっている。
 
そうした中、バングラデシュの外務省幹部は、首都ダッカ(Dhaka)でミャンマーの代理公使と会談し、両国の国境付近でロヒンギャの武装集団に対する共同軍事作戦を提案。匿名を条件に取材に応じたバングラデシュ外務省の当局者の1人は、「ミャンマーが望めば、両国の治安部隊は国境地帯で、武装集団や国家組織ではない当事者たち、もしくはアラカン軍に対する共同作戦を行うことができる」と述べた。
 
その一方、国連によると過去3日間で、ミャンマーからバングラデシュに3000人以上のロヒンギャが逃れた一方、大多数は国境で足止めをくらっているという。
 
またバングラデシュ国境警備隊の幹部はAFPの取材に対し、「国境には6000人ほどのミャンマー人(ロヒンギャ)が集まっており、バングラデシュに入国しようとしている」と述べた。また匿名を条件に取材に応じたある隊員は「われわれはロヒンギャのバングラデシュへの入国を認めないよう命じられている」と語っている。【8月29日 AFP】
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「われわれはロヒンギャのバングラデシュへの入国を認めないよう命じられている」とのことですが、すでに多数のロヒンギャがバングラデシュ側に入っているようでもあります。国境の状況がどのようになっているのかはよくわかりません。

****ミャンマー脱出のロヒンギャ族、1週間で最大1.8万人=国連機関****
国際移住機関(IOM)は30日、少なくとも過去5年で最悪の状況となっているミャンマー北西部の暴力から逃れるため、ここ1週間に国境を越えてバングラデシュに入ったロヒンギャ族が1万8000人前後に上っていると明らかにした。

ミャンマーのラカイン州北部では25日に発生した治安部隊に対する組織的な攻撃とそれに伴う衝突で、住民の一斉脱出が始まった。一方、政府はラカイン州の仏教徒数千人を避難させている。

IOMは、国境の無人地帯(ノーマンズランド)で孤立している人の数を推定するのは困難としているが「ものすごい数に上る」と付け加えた。【8月30日 ロイター】
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ロヒンギャの住民がバングラデシュに逃げるというのは、ミャンマー国軍にとっては厄介払いできて好都合なことでしょう。ただ、バングラデシュ側が入国を認めないという話になると、行き場を失った住民の安否が懸念されます。

今必要なのは祈りではなく・・・
いずれにしても、“暴力の連鎖”という懸念されていた最悪のシナリオが現実のものとなっています。
事態を懸念していたローマ法王も11月末にミャンマーとバングラデシュを訪問するようですが、事態はそれまで待ってくれません。

行き場を失って逃げ惑うロヒンギャ住民に必要なのは、彼らの安全を保障してくれる具体的な国際的調停ですが、北朝鮮問題など多くの問題を抱えた国際社会に多くは期待できないのも現実です。

****法王、ミャンマー・バングラ訪問へ ロヒンギャ迫害懸念****
ローマからの報道によると、カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)は27日、フランシスコ法王が11月27日から12月2日まで、ミャンマーとバングラデシュ両国を歴訪すると発表した。

法王はミャンマーの少数派イスラム教徒のロヒンギャへの迫害を批判しており、問題の解決を訴える狙いと見られる。
 
フランシスコ法王は今年2月、「独自の文化とイスラム教徒としての信仰を理由に拷問され、殺害されている」とロヒンギャ迫害を強く批判した。法王は27日、日曜恒例の「正午の祈り」で「ロヒンギャの兄弟姉妹たちの悲しいニュースが届いている。彼らにすべての権利が与えられますように」と最近の事態に強い懸念を表明した。
 
バチカンとミャンマーは、5月のアウンサンスーチー国家顧問のバチカン訪問の際、正式な外交関係を樹立した。ローマ法王がミャンマーを訪問するのは初めて。法王庁は、訪問はミャンマー、バングラデシュ両国の招待によるとしている。【8月28日 朝日】
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パレスチナ・ガザ地区  人口爆発の危機 深刻な電力不足 孤立状態のハマス

2017-08-29 21:34:10 | パレスチナ

(パレスチナ自治区ガザ地区ガザ市の映画館「サメルシネマ」で、映画を観賞するガザ市民ら(2017年8月26日撮影)【8月27日 AFP】)

現在も過密状態 2030年には人口が1.5倍に
イスラエルを認めないイスラム原理主義組織ハマスが支配するパレスチナ・ガザ地区は、隣接するイスラエル(一部はエジプト)との境界を、数か所の検問所を残してコンクリート壁などで遮断されており、度重なるイスラエルとの衝突による破壊に加え、物資の流入が厳しく制約され、電力供給もままならない状況で、“天井のない監獄”とも呼ばれています。

****ガザ地区*****
人口が急増しており、東京23区の約6割の面積に相当する約360 km2ほどの地域に暮らす住民は2016年10月、200万人を超えた。

その8割が食料などの援助に依存し、失業率は40%以上。

国連人口基金の予測によると、2020年にガザ地区は「居住不能」レベルまで人が溢れ、2030年の人口は310万人に達する【ウィキペディア】
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2016年に200万人だったのが、14年後の2030年には5割増の310万人・・・・そんなに急増するものだろうか?とも思ったのですが、人口増加率が2.8%ということで、電卓を叩いてみると確かにそんな数字になります。

現在でもその窮状が大きな問題になっているのに、人口が5割も増えたら、文字通り“パンク”です。

人口がそこまで増える一つの要因は娯楽施設も何もないことがあるのかも。電気も十分に供給されませんからTVも観られません。そんな状態で人間がすることと言えば・・・・という話でしょう。

30年以上ぶりに映画館での映画上映
娯楽施設に関しては“30年以上ぶりに映画館での映画上映”というニュースが。“30年ぶり”に映画館上映されたことを喜ぶべきか、30年間も映画館が機能しない状況にあることを憂うべきか・・・・。まあ、後者でしょう。

****30年ぶり、一夜限りで映画館が復活 パレスチナ自治区ガザ地区****
パレスチナ自治区ガザ地区で26日、30年以上ぶりに映画館での映画上映が一夜限りで行われた。
 
この映画館は、ガザ市に1944年にオープンしたサメルシネマ。ガザ地区で最も古い映画館だったが1960年代に閉鎖されて以降、放置されていた。
 
10年前からイスラム原理主義組織ハマスが実効支配するガザ地区では、約200万人がイスラエルに封鎖された狭い地区内に暮らしているが、現在営業している映画館は一つもない。一夜限りの映画上映はハマスの承認を得て実現した。

蒸し暑い夜に冷房設備のない中での特別上映だったが、同日、映画館では約300人の男女が、性別によって分けられることなく共に映画を観賞した。
 
上映された映画はイスラエルの刑務所に収監されたパレスチナ人たちを描いた『Ten Years(10年間)』。ガザ地区で撮影され、ボランティアの俳優たちが出演した。
 
上映会を主催したガーダ・サルミさんによれば、映画はイスラエルとパレスチナの紛争という政治問題に焦点を当てたものではなくヒューマンドラマだという。
 
ガザ地区では5月に人権問題に焦点を当てた映画作品のイベントが開催され、作品は野外で上映された。また同地区では、ホールを借りて映画が上映されることがある。【8月27日 AFP】
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上記記事にあるように、映画館以外のホールを使った上映会などはこれまでも行われているようです。

ただ、多くの人々が娯楽を欲しているのに、どうして映画館が復興しないのか?何らかの事情でハマスが許可しないのか?(大勢の人が集まることを嫌うとか・・・)

再開しても、次の紛争で破壊される・・・といった繰り返しで、結局そのまま放置されている・・・という状況のようです。資材も入ってこないでしょうし。(ハマスの対応は知りません)

そのあたりは、昨年行われた“20年ぶりにホールで行われた映画観賞会”を伝える下記記事に。

****パレスチナ自治区ガザで20年ぶり映画上映会****
パレスチナ自治区ガザで前週、20年ぶりに映画鑑賞会が開かれ、約150人の市民が楽しんだ。会場は、普段は祝賀会や伝統芸能の催しが行われている赤新月社ソサエティホール。(中略)

映画を見に来るのはこれが初めてだという学生のアラー・アブー・ガーセムさんは、鑑賞を終えて「とても幸せ。でもポップコーンがなかったわ」と話した。観客の中には、スクリーンの写真を携帯電話で撮影する人もいた。

ガザ地区ではエジプト領だった1950年代、西欧の作品を含め映画が人気を集めたが、87年に始まった「第1次インティファーダ」と呼ばれる暴動時に多くの映画館が焼き討ちされた。全施設がいったん再建されたものの、96年の暴動で再び焼かれた。

過去にガザで映画を見たことがあるという演出家は「ガザは映画に飢えている。この地で住民から映画や劇場を取り上げることは、人間性を侵害することだ」と訴えた。【2016年3月1日】
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でも、どうせ上映するなら、イスラエルの刑務所に収監されたパレスチナ人たちを描いた作品(今回)、反イスラエル暴動が起きた1987―2011年のパレスチナを描いた作品(昨年3月)といったものでなく、一般の人々がもっと楽しめる娯楽映画を上映したほうが・・・・とも思うのですが。

1日の電力供給は約2〜4時間
厳しく流入物資を制限されていることもあって、ガザの復興が進まないことは、これまでも取り上げてきました。
電力不足は、“停電時間”ではなく、“通電時間”が1日数時間という状況で、市民生活も医療も限界です。

****<ガザ停戦3年>復興進まず 電力供給1日2〜4時間****
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとイスラエルの大規模な戦闘が終結して26日で3年が経過する。

だがイスラエルの封鎖政策などで復興は遅々として進まず、ヨルダン川西岸を支配するパレスチナ自治政府(PA)がハマスへの圧力を強化するなど同胞間の対立も深刻化。ガザ地区200万人の住民は苦境に陥っている。
 
「鳥肉はどうだい」「こっちはモモだよ」。売り子の威勢のいい声が響きわたる。休日の金曜朝、シャティ市場は食材を求める買い物客であふれていた。
 
活気に満ちた光景だが、裏がある。酷暑の中、1日の電力供給は約2〜4時間に過ぎず、各家庭は冷蔵庫で食品を保管できない。その日に使う食材を、その都度買わざるを得ないのだ。
 
難民キャンプで暮らすタクシー運転手、アシュラフ・アブラムディさん(36)は「市場には以前は週に2回しか来なかったが、今はほぼ毎日。ゆうべも暑くてよく眠れなかった」と、うんざりした表情で語った。
 
PAは今年4月、ガザ地区に対する財政支出を財政難を理由に大幅にカット。対立するハマスに圧力をかけたとみられる。これによる燃料不足が電力危機に拍車をかけている。
 
ガザ保健当局のエルケドラ広報官は「医療機関は自家発電で電力をまかなうが、この状況が続けば、現在の1日当たり250件の手術や200人の出産に対応できなくなる」と語った。
 
アルシファ病院のジハード・ジュアイディ集中治療室(ICU)長は「ICUと手術に電気は不可欠」と指摘。この10年間でICUの医師が23人から15人に減ったといい、「復興どころではない。状況は確実に悪化している。命に関わる医療は政治問題とは切り離してほしい」と訴えた。

国連児童基金(ユニセフ)によると、ガザ地区では過去4カ月で、電力不足のため使用可能な水量が3分の1減少。国際基準で最低とされる1人1日当たり100リットルのほぼ半分の53リットルに落ち込み、南部では1日40リットルにまで激減している。

電力不足は汚水処理も阻害しており、連日10万立方メートル以上の汚水が海に垂れ流されている。ユニセフは6月に報告された3歳未満の子供の下痢の症例は3月の2.5倍に当たる3713件に上ったとし、国際社会に支援を呼びかけている。【8月24日 毎日】
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ガザ地区には発電所は一カ所しかなく、しかもイスラエルとの2014年夏の戦闘で損傷を受けています。イスラエルとエジプトから電力を輸入はしていますが、需要をまかなえていません。

****電力不足のパレスチナ・ガザ地区、太陽光発電に託す希望****
パレスチナ自治区ガザ地区のナヘド・アブ・アシさんの農場は、2008年以降3度のイスラエルとの大規模な戦闘のたびに爆撃の被害を受けた──そしてガザ地区の他の場所と同じく、毎日、ほんのわずかな電力供給しか受けていない。
 
発電機を使用する費用は高く、アシさんはガザ地区の他の住民たちと同じ方法に望みを託している──費用のためのローンさえ見つかれば、太陽光パネルを設置するのだ。
 
不安定な電力供給にうんざりしているガザ地区の住民の間では、太陽光パネルを設置する人々が増えている。ガザ地区では1年の大半の期間、太陽が照っているのだ。
 
屋根の上には灰色と黒色の太陽光パネルが目立つようになってきた。
 
太陽光発電を扱う商店や広告も増えている。ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスも、太陽光発電に目を向け始めている。
 
ガザ地区電力当局の太陽光エネルギー部門の代表、ライド・アブ・ハッジ氏は「電力危機を少しでも改善しようと、学校、病院、公共の施設に太陽光パネルが設置され、他のプロジェクトも始まっている」と語った。ガザ地区ではまもなく、住宅1万戸に太陽光パネルが設置されるかもしれない。
 
太陽光発電は決して安い方策ではない。農家のアシさんは、太陽光パネルに4500~5400ユーロ(約52万~63万円)を支払う見込みだが、長期的には利益になるはずだと話した。
 
人口190万人のガザ地区にはたった一つの発電所しかなく、しかもイスラエルとの2014年夏の戦闘で損傷を受けた。イスラエルとエジプトから電力を輸入しているが、それでも十分な量にはほど遠い。
 
電力需要は推定450メガワットだが、供給量はわずか250メガワット。このうち27%がイスラエルから、22%がガザ地区の発電所、6%がエジプトからの供給となっている。【2016年7月29日 AFP】
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“27%がイスラエルから、22%がガザ地区の発電所、6%がエジプトから”・・・・残りはどこから?(供給量ではなく、需要量に対する割合でしょうか)
まあ、そういう細かい話はともかく、太陽光発電は確かに適していると思うのですが、問題は資材・資金でしょう。

国際的な援助がないと、自力ではなかなか。

イスラエルから電力供給が最大の供給源となっているようですが、おそらくイスラエル側は厳しく対応しているのでしょう。(ハマス側に電力輸入する資金力がないのか?)

その結果は、ガザでの汚水処理能力不足という形で、イスラエル側にも跳ね返っているようです。

****地中海のビーチ汚水垂れ流し・・・・ガザ、経済封鎖で****
イスラエル南部からパレスチナ自治区ガザにかけての地中海沿岸で、汚水垂れ流しのため水質が悪化し観光業や漁業に深刻な打撃が広がっている。
 
イスラエルによる経済封鎖でガザの電力が不足し、下水処理施設が動かなくなっているためだ。
 
「客が激減している。ガザの汚水が原因だ」。イスラエル南部のビーチで13日、管理人の男性(43)が憤った。ビーチ周辺では7月以降、汚物などが原因の細菌が高い値で検出され、イスラエル保健省は「衛生上の問題がある」としてビーチ数か所を一時閉鎖した。男性は「毎年この時期は大勢の海水浴客でにぎわっているのに迷惑な話だ」と吐き捨てた。
 
このビーチから南約15キロのガザ市南部。直径約1メートルの排水管からは、トイレなどの排水がそのまま海に流れ出ていた。一帯には強烈な悪臭が漂い、白い泡が浮かぶ波が浜辺に打ち寄せていた。【8月15日 読売】
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孤立状態のハマス エジプトに期待・・・・とは言うものの
もとよりイスラエルとは敵対関係にあり、パレスチナ自治政府からは政治対立で“締め付け”を受け、更に、これまで支援してくれたカタールもサウジアラビア等による断交措置で支援を停止・・・ということで、ガザ地区を実効支配するハマスにとってエジプトが最後の頼みの綱だとか。

****<ガザ停戦3年>孤立するハマス 支援はエジプト頼み****
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは、3年前に激しい戦闘を展開したイスラエルに包囲され、パレスチナ自治政府(PA)の圧力を受け、ペルシャ湾岸諸国の外交対立に伴うカタールからの援助停止にも直面する。孤立状態を打開するため隣国エジプトの支援に活路を見いだそうとしている。
 
ハマスは2007年6月にガザ地区を武力制圧し実効支配を固めたが、多くの医療関係者、教員、民生部門の公務員らへの給与は、自治政府が支払ってきた。その数は現在も1万人以上に上るとされる。
 
自治政府は今年4月から、これら公務員らの給与を3分の1以上減額。早期退職を勧告するとの情報も発信した。公式な発表はないが、「対象は45歳以上」「対象者のリストに名前が載っている」といったうわさが駆け巡り、不安が増幅されている。
 
現地アル・アズハル大のハイマル・アブサダ准教授は「早期退職勧告は財政的な圧力が狙い。PAはハマスを追い詰めている」と分析する。公務員らが退職すればハマスは欠員を補充し給与も負担しなければならない。
 
アブサダ氏は「ハマスに財政的な余裕はない。欠員補充でも、ベテランから経験のない人材に置き換えれば、医療や教育に破滅的影響をもたらしかねない」と危惧する。
 
ガザ地区の孤立は、周辺アラブ諸国間の外交関係や政治状況とも無関係ではない。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどの湾岸諸国は6月、ガザのインフラ復興を支えてきたカタールと断交。解除の条件としてイランとの関係を再考することやテロ支援の停止を挙げた。

サウジのジュベイル外相はフランスでの記者会見で「カタールはハマスへの援助をやめなければならない」と発言。カタールのガザ支援事業は現在、行われていない。

四面楚歌(そか)の状況に置かれたハマスだが、6月以降、エジプトの招きで、電力不足など人道危機の解消に向けた協議を進めている。

こうした協議には、かつてガザ地区の保安警察長官としてハマスを弾圧し、自治政府のアッバス議長との確執からUAEに亡命したダハラン氏の系列のグループも参加しており、カタールと対立する湾岸諸国の意向も反映されているとみられる。
 
ハマスはダハラン氏と和解する姿勢を示すなど、譲歩の構えも取っている。エジプトとの間のラファ検問所の常時開放や電力支援などの協力をエジプトから取り付けることが狙いだ。【8月24日 毎日】
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エジプト自体が8月24日ブログ“エジプト・シシ政権  経済再生のため、痛みを伴う補助金削減の賭けに 批判勢力は力で封じ込め”で取り上げたように、経済的に追い詰められた状況ですから、ガザ地区・ハマスを資金的に支援する余力はないでしょう。

まあ、ラファ検問所の扱いならカネもかからない話ですが、こちらはイスラエルとの調整が必要になります。
また、シナイ半島ではイスラム過激派が跋扈し、その対応にエジプトは苦慮しています。ガザ地区・ハマスとの交流でこの活動が刺激されるようなことも避けたいところでしょう。

エジプト頼みでは、あまり大きく改善するようには思えません。
ハマスにとって、住民を満足させる平時の統治は、イスラエルとの戦闘以上に難しいかも。
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インド・モディ首相の“ダークサイド” 改めて問われる「全国民とともに」

2017-08-28 22:16:42 | 南アジア(インド)

(この(2015年)3月、インド有数の商業都市ムンバイを有するマハラシュトラ州で、「ヒンドゥー教において神聖な存在」という理由から、牛の食肉処理、販売などを禁止する法律が施行された。同法では牛肉の所持も取り締まりの対象となり、違反すれば最大で禁固5年に処される。

この極端な政策を後押ししたのは、モディ首相率いるインド人民党(BJP)だ。「ヒンドゥー至上主義」を掲げるBJPが同州で第一党になると、法案はただちに州議会で可決。BJPの支援団体である「世界ヒンドゥー協会」は、「悲願が達成された」と大喜びした。だが、この法律が国内では大きな波紋を呼んでいる。

というのも、あまり知られていないが、インドは世界屈指の牛肉輸出国だからだ。2014年の輸出総額は43億ドル(約5160億円)にのぼり、巨大な食肉処理場があるムンバイは、その輸出拠点だった。また、安価な牛肉は「貧乏人のタンパク源」と呼ばれ、約2億5000万人いる非ヒンドゥー教徒たちの間で日常的に食べられてきた。

牛の解体に従事しているのは、主にイスラム教徒だ。だが、米「ニューヨーク・タイムズ」紙の取材によれば、ムンバイの食肉処理業者のうち、約50万人が失業したという。畜産業を営み、牛肉を卸していたヒンドゥー教徒たちも顧客を失った。彼らの多くは貧困層で、生活はさらに困窮している。【2015年9月14日 COURRIER JAPON】)

2002年グジャラート州暴動関与疑惑は過去のもの・・・か?】
インド内政を取り上げる際にいつも言及するように、モディ首相には経済手腕が期待される側面と同時に、ヒンズー至上主義・反イスラムの経歴・側面がつきまといます。

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モディは若い頃からヒンドゥー至上主義を掲げる民族義勇団に所属しており、イスラム教に対する憎悪を煽る演説を行っていた。

イスラム教徒のヒンドゥー教徒への列車焼き討ち事件 を、きっかけに起きた2002年グジャラート州暴動では、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒双方合わせて1000人以上死亡する事件を黙認したマスコミに指弾され、グジャラート州のモディ政権は西側諸国から「犯罪政権」と見做された。

事件当初からモディ自身は事件への関与を否定していたが、後の裁判で改めて関与否定が確定したが、一部の側近は事件に関与したと判断された。(中略)

モディは2014年の選挙において、イスラム教徒への融和姿勢や配慮を強調する場面も見られた。

インドのイスラム教徒の中には、モディのグジャラート州での政治を見て、経済成長からイスラム教徒が巧妙に疎外される「少数派の社会的疎外化」を懸念する声や、将来を悲観する声が上がっている。

一方で、国民会議派の腐敗への失望や、モディの経済手腕への期待から、モディや人民党に票を投じたイスラム教徒も少なくなく、グジャラート州のイスラム教徒も発展の恩恵を受けたという指摘もある。【ウィキペディア】
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「民族義勇団」は、ヒンズー教徒以外にも多様な民族・宗教が混在するインドにあって、インドをヒンズー国家にすることを主張する団体で、現在の与党人民党(BJP)は同団体が1980年に政治組織として設立した政党です。

首相に当選するまでは、アメリカはモディ氏に対するビザ発給を拒否していました。

****インドの首相候補モディ氏はなぜ米国入国を拒否されたか****
・・・・この米国渡航を禁止された政治家はナレンダ・モディ氏。長年にわたってヒンズー派民族主義者で、野党インド人民党(BJP)の首相候補だ。

9年前の2005年、米政府はモディ氏に渡航ビザ発給を拒否した。同氏がニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催されるインド系米国人の会合で演説するために訪米しようとしていた時だ。
 
このビザ発給拒否の決定は、モディ氏がそれに先立つ3年前、インドのグジャラート州首相就任後に少数派イスラム教徒に対する一連のヒンズー教徒の暴動を阻止しようとしなかったためだ。

国務省は1998年に成立したほとんど知られていない米国法、つまり「宗教的自由の重大な違反」の責任がある外国当局者にはビザを発給しないという同法の条項を適用したのだ。モディ氏はこの条項に基づいて米国ビザを禁止された唯一の人物で、米当局もこの事実を確認している。(中略)

同氏は実質的にインドのヒンズー民族主義運動の中で成長した。地元の食料雑貨商の息子で、少年時代をヒンズー至上主義団体の「民族義勇団」で過ごした。

多様だがヒンズー教徒が過半数を占めるインドをヒンズー国家にしようとしている団体だ。同団体が1980年に政治組織としてBJPを設立した後、情熱的なモディ氏は頭角を現し、2001年にグジャラート州の首相に就任した。
 
翌02年、同州でヒンズー教徒とイスラム教徒との間の激しい暴力事件が発生した。ある鉄道駅で、イスラム教徒がヒンズー教徒の巡礼者たちの乗った列車を包囲し、両教徒が衝突した。列車は放火され、乗客58人が死亡した。

ヒンズー教徒の中にはイスラム教徒が放火を扇動したと主張する向きが少なくなかった。暴徒化したヒンズー教徒がイスラム教の居住地域を荒らし回り、人々を殴打して死に至らしめ、女性をレイプし、住居に放火した。数日間で死者は1000人以上に達した。
 
長年の調査の結果、モディ氏を直接こうした攻撃に結び付ける証拠は一切出なかった。しかし、同氏が攻撃を阻止するため適切な行動をとったかどうか疑問が残った。

一部のケースでは、警察当局は傍観しているだけで何もしなかったからだ。モディ氏は、できるだけのことはした、と繰り返し弁明した。(後略)【2014 年 5 月 5 日 WSJ】
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モディ首相は“2014年のインド総選挙後には、「全国民とともに」という表現で、イスラーム教徒への配慮を行うことを示唆した”そうです。

また、“首相就任後、議会で初の主要演説を行った際には、インドで近年起こったレイプ事件とともに、ヒンズー教原理主義集団メンバーの仕業とされるイスラム教徒の若者の殺害に言及、「これらの事件は深い内省を必要とする。政府は厳しく処置しなければならない」と述べ、「国民は長く待っていないだろうし、われわれ自身の良心もわれわれを許さないだろう」と語った”【ウィキペディア】とも。

与党BJP台頭で失われる寛容さ 不作為の首相が問われる責任
首相当選後、アメリカ・オバマ政権はこうした経緯を“過去のこと”として水に流し、世界最大の民主主義国インドの首相を歓待していますが、それはそれで・・・・。

ただ、本当に“過去のこと”なのか、あるいは、グジャラート州暴動で彼はどのような役割を担ったのか・・・そうした疑念がどうしても払しょくできないインドの現在もあります。

****牛運んでいたイスラム教徒2人、リンチされ死亡 インド****
インド東部の西ベンガル州で27日、牛を運んでいたイスラム教徒2人がヒンズー教徒の集団に暴行されて死亡する事件が発生した。

警察当局が明らかにした。インドでは、神聖視する牛を守るという名目で、ヒンズー教徒によるリンチ事件が相次いでいる。
 
事件はバングラデシュとの国境近くの村で発生。警察によると村人らが道をふさいで牛を運んでいたトラックを停止させ、乗っていた2人のイスラム教徒の男性を引きずり下ろし、暴行した。トラックの運転手は難を逃れたという。

殺人の動機が宗教的なものなのか、それとも殺害された2人が牛を不当に扱ったとの疑いによるものなのかは不明。
 
警察は現在、暴行事件について捜査すると共に、イスラム教徒らが合法的に牛を購入したのか、違法な密輸に関わっていたのかについても調べている。
 
インドでは多くの州で牛肉の所持や消費が禁止され、法を犯した場合には終身刑が科される州もあるが、西ベンガル州では牛の食肉処理が認められている。
 
インドでは今年に入り、自警団による殺人が相次いで動揺が広がっており、特に牛の食肉処理や牛肉の消費を疑われたイスラム教徒がターゲットになっている。【8月28日 AFP】
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インドではヒンズー至上主義を掲げる与党インド人民党(BJP)が2014年に政権を取って以降、同様の殺人事件が続発。23人が死亡しています。6月にも首都ニューデリー近郊で、牛肉を運んでいた少年がヒンズー過激派に殺害される事件が発生しています。

もちろん、モディ首相がイスラム教徒への襲撃を扇動している・・・ということはありません。

しかしながら、モディ政権誕生で勢いを得た、首相を支持する勢力・組織が引き起こしている事件であり、それに対しモディ首相が厳しく批判するとか、阻止に向けて行動するということもありません。

2002年グジャラート州暴動のときと同じように、自らの手を血で汚すことなないものの、反イスラム的な動きを黙認、あるいは暗黙の了承を与えている・・・とも思われます。

****牛肉理由に殺害相次ぐ=イスラム教徒「次は自分」―インド****
牛を神聖視するヒンズー教徒が人口の約8割を占めるインドで、牛肉の流通を担う少数派イスラム教徒が「次に殺されるのは自分かもしれない」とおびえる毎日を送っている。

ヒンズー至上主義を掲げる与党インド人民党(BJP)の台頭に伴い牛肉の流通規制が進んだ。しかし、それだけでは飽き足らないヒンズー過激派が、牛肉を理由にイスラム教徒を殺害する事件が後を絶たない。
 
牛肉の産地として有名な南部カルナタカ州の州都ベンガルール(バンガロール)。イスラム教徒地区にある牛肉店の男性店員(24)は「5月以降、売り上げが4割減った」と嘆いている。政府は5月、食肉処理を前提とする牛の流通を禁止する法令を出した。最高裁が「個人の自由の侵害」を理由に法令を差し止めたが、流通規制の流れは確実に強まっている。(中略)

店員は、売り上げの減少について、ヒンズー至上主義の高まりを客が恐れた結果だと指摘した。来店した男性客と口をそろえて「BJPの政府になってから、後ろ盾を得て過激派が勢いづいた」と主張、命の危険を感じて暮らしている現状を訴えた。
 
特定の宗教を国教としないインドでは、食生活や婚姻などで各宗派の権利が尊重されてきた。

しかし、BJPの台頭で寛容さは失われつつある。ベンガルールの牛肉業者団体幹部は「牛を守るためのヒンズー教徒の『自警団』が存在する。殺人事件に至らなくても運搬用のトラックを乗っ取られる事件も月に6、7件は起きており、商売を妨害されている」と話す。
 
さらに「イスラム教徒だけの問題ではない。ヒツジやヤギの肉は高く、貧しい人々は牛肉か鶏肉を食べてきた」と指摘する。「牛肉が流通しなくなれば鶏肉の価格も高騰し、貧しい人は肉を食べられなくなる」と影響の大きさを訴えている。【8月27日 時事】 
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【「票田を魅惑するための政治的な放棄だった」】
最近インドで起きた事件としては、宗教指導者の有罪判決をきっかけに起きた暴動事件があります。
警官隊との衝突で32人が死亡したとも言われていますので、日本や欧米なら大変な事態とも認識される事件です。

****インド北部で暴動30人死亡 首都でも放火 宗教指導者の有罪判決きっかけに****
インド北部のハリヤナ州などで25日、男性宗教指導者に性的暴行事件で有罪判決が下ったことに怒った支持者数千人が暴動を起こし、警官隊と衝突した。

PTI通信によると、少なくとも30人が死亡し、250人以上が負傷した。隣接するデリー首都圏やパンジャブ州でも列車やバスが放火された。
 
支持者らは、判決を出した裁判所があるハリヤナ州パンチクラなどで政府施設や警察、駅、報道関係者を襲撃した。死者の多くは警官隊の銃弾を受けたとみられる。現場には軍も出動した。
 
複数地域に外出禁止令や5人以上の集会禁止令が出されたが、暴動は収まらず、警察は千人以上を拘束した。在インド日本大使館によると、在留邦人や日系企業の施設が被害に遭ったとの情報はない。
 
宗教指導者は、2002年に女性信者2人に宗教施設内で性的暴行を働いたとされる。
 
ハリヤナ州では昨年2月にも、カースト集団による暴動が発生し、日系企業が被害を受けたほか、日本人駐在員20人以上が建物から出られなくなりインド軍のヘリで救出されている。【8月26日 産経】 
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この暴動を起こした宗教団体もモディ首相・BJP支持勢力であり、暴動を阻止するような対応をとらなかったことでモディ政権を裁判所が厳しく批判する事態ともなっています。

****インドの裁判所、暴動への対応でモディ政権などを異例の批判****
インド北部ハリヤナ州などで起きた暴動への対応をめぐり、モディ政権や与党インド人民党(BJP)が政権を握る州政府を裁判所が厳しく批判する異例の事態になっている。

ヒンズー至上主義のモディ政権は、先月にも牛の食肉処理に関する法令を裁判所に差し止められており、政治的な偏向が相次いで指弾される形となった。
 
この暴動は、男性宗教指導者が25日、性的暴行事件で有罪判決を受けたことに怒った支持者が起こしたもの。暴徒らは、判決を出した裁判所がある州内パンチクラなどで政府施設や警察、駅、報道関係者を襲撃し、隣接するデリー首都圏やパンジャブ州でも列車やバスに放火した。警官隊の衝突で、36人が死亡した。
 
地元メディアによると、数万人の支持者のパンチクラへの集結を防げなかったハリヤナ州政府の対応が法と秩序の懸念事項に当たるとして、市民がパンジャブ・ハリヤナ両州高裁に提訴した。
 
暴動を起こした宗教集団はBJPを支持しており、高裁は26日、ハリヤナ州が暴動を防げなかったことについて、「票田を魅惑するための政治的な放棄だった」と批判。モディ氏についても「首相は、特定の政党ではなく国家の首相だ」と厳しい見解を示した。
 
高裁はまた、公共施設や私財の被害調査と、宗教集団の資産凍結を当局に命じ、州法務長官はヒンズー紙に「暴動の損害は、国家と納税者の損害だ。責任者に償わせる責任がある」と述べた。
 
印最高裁は7月にも、政府が出した家畜市場での食肉処理を目的とした牛の売買を禁止する法令を差し止めている。多くのヒンズー教徒が牛を神聖視していることに沿った法令で、市民の食の自由が侵害され、イスラム教徒中心の食肉、皮革業者が重大な影響を受けることが懸念されていた。【8月27日 産経】
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支持勢力が暴力に突き進むことを止めようとしないモディ首相・・・就任当時の「全国民とともに」という言葉の意味が改めて問われます。
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ドイツ  強い経済力を象徴してきた自動車産業への国民からの批判 同業界に背を向ける政治家

2017-08-27 22:42:36 | 欧州情勢

(メルケル独首相(左)とフォルクスワーゲンの当時のCEOウィンターコルン氏(2008年)【2015年9月27日 WSJ】 “密談”のように見えますが、ただ世間話をしているだけかも・・・・)

メルケル首相 選挙戦開始演説で自動車業界を強く批判
9月24日の投票日までひと月を切ったドイツ総選挙に関しては、メルケル首相が盤石の強さを見せつけていること、とはいえ単独過半数は困難なため、連立相手を左右する熾烈な3位争いが注目されていることなどは、これまでもしばしば取り上げたところです。

そのメルケル首相、選挙戦を本格始動させるにあたり、自動車業界を強く批判しています。

****メルケル独首相、4期目かけ選挙戦開始 自動車業界幹部を批判****
ドイツのメルケル首相が12日、4期目をかけたドイツ連邦議会(下院)選挙に向け、ドルトムントで選挙戦を開始した。9月24日の選挙当日まで、国内で50回の集会を予定している。

世論調査では、メルケル首相の支持率は他の候補を大きく上回っているが、メルケル氏は党内や支持者の間で広がる慢心を警戒している。

自身が率いるキリスト教民主同盟(CDU)が経済の安定を公約に掲げる中、メルケル氏はドルトムントでの集会で、自動車業界への信頼を失墜させたとして業界幹部を強く批判。「自動車業界が失った信頼は自動車業界しか取り戻せない。『業界』とは企業幹部のことだ」と述べ、幹部らに誠実な対応を要請した。

自動車業界はドイツ最大の輸出部門であり、約80万人の雇用を担っている。

メルケル氏は自動車業界幹部を批判することで、同業界に革新を促したい考え。

メルケル氏はまた、欧州に電気自動車の割当制度を導入するという社会民主党(SPD)のシュルツ党首の提案について「考え抜かれた制度とは思わない」と拒否。

代わりに、自動車業界の電気自動車生産への移行を支援する、より大局的な戦略の必要性を訴え、「迅速な革新が必要。企業だけで対応できない場合は政府が企業を後押しすべきだ」と語った。

メルケル政権は、大手自動車メーカーとの関係が過度に親密で、排気ガス汚染の取り締まりが十分でないとの批判にさらされてきた。

メルケル氏は集会で「われわれはディーゼル車もガソリン車も必要だが、同時に新技術への急速な移行もしなければならない」と語った。

9月の選挙ではメルケル氏と保守系与党の勝利が見込まれている。10日発表のインフラテスト・ディマップの世論調査によると、メルケル氏の支持率は59%と、前月から10ポイント低下したが、SPDのシュルツ党首の支持率も4ポイント低下し、33%だった。【8月14日 ロイター】
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不正となれ合いが発覚した自動車業界 厳格な品質と競争の追求というイメージを喪失
かつては、自動車産業と言えばアメリカの象徴でもありましたが、現在はフォルクスワーゲン、ダイムラー、BMWなど、ドイツの金看板ともなっています。

そのドイツ経済を支える屋台骨とも言える自動車産業が、ドイツ国内で厳しい批判の的になっています。

****ドイツ製自動車の信頼が大きく地に落ちた理由****
大手自動車メーカー5社の不正となれ合いが発覚 国家の誇りとも言える産業を傷つけている

このところドイツは国際的な影響力を高めているが、その究極の基盤は国の経済力だ。もっと具体的に言えば、ドイツの自動車会社の強さだ。
 
ドイツの失業率は10年の7%から4.1%にまで低下した。その大部分は、ダイムラー、BMW、そしてアウディとポルシェを傘下に収めるフォルクスワーゲン(VW)の記録的な業績のおかげた。
 
ドイツの戦後のアイデンティティーは、主に大手自動車会社によってつくられた。「ドイツ製」というラベルは、卓越した品質を象徴してきた。

しかし今、自動車業界の技術と倫理の信頼性、そしてその延長にあるドイツ経済全体の堅実性が疑問視されている。国内外の消費者は、ドイツ製品の信頼性を疑っている。ドイツにとっては、アイデンティティーに関わる問題だ。
 
15年9月、VWの車1150万台がディーゼルエンジンの排ガス規制を不正に擦り抜けたことが発覚し、津波のような不安を呼び起こした。
 
VWはアメリカで、この違法行為に対する高い代償を支払っている。裁判所の和解金と罰金は210億ドルを超えた。

しかしVWのスキャンダルは、氷山の一角でしかないことが分かった。
7月22日、ドイツの週刊誌シュピーゲルは、VW、BMW、ダイムラー、アウディ、ポルシェがドイツの産業史上最大級のカルテルを90年代から結んでいたと報じた。
 
この大手5社は06年以降、情報を交換し、部品供給業者に圧力をかけ、主要コンポーネントの技術仕様を擦り合わせていた。ディーゼル排ガス規制のごまかしでも協力関係にあったようだ。
 
ドイツの自動車メーカーは温室効果ガス排出規制の厳格化に対応して、温室効果ガスの排出が少ないディーゼル技術の開発を進めた。同時に発生する有害な窒素酸化物は、十分な大きさの尿素タンクを装備すれば排気から除去できる。

だがコストとスペースを節約するため、大手5社は容量が小さくて排気量を基準内に抑えられないタンクを多くのモデルに採用することに合意していた。

繁栄だけを追い求めて
自動車業界のなれ合いを暴いたシュピーゲルの記事は、戦後ドイツの厳格な品質と競争の追求というイメージを打ち破り、大きな衝撃を与えた。
 
今日、ドイツの自動車企業は品質と信頼性を生かし、新市場での販売を拡大している。VWグループの中国での売上高は08~16年で100万から400万台と4倍になり、世界最大の自動車メーカーとなった。
 
最近のドイツ自動車産業の好業績は、東西統合の苦難の後、ドイツが品質を高める努力を通じて繁栄への道を歩み始めた証しに見えた。

だが今、ドイツ人は自動車産業が常になりふり構わず成功を追い求めてきただけではないかと考えている。
 
このスキャンダルの背後には、根深い問題が潜んでいる。環境規制が厳しくなるなか、競争相手の日本やアメリカ、中国がハイブリッド車や電気自動車を有望視する一方、ドイツ勢だけはディーゼルという古い技術に絶大な信頼を置いている。その根本的な理由は分からない。
 
だが、ドイツ自動車業界が掲げてきた信頼という看板の裏側は見えた。安定と引き換えならば、違法行為にも手を染めてしまうようだ。
 
戦後の安定の象徴であるドイツ車は、国内外で価値を失い始めている。この傾向が自動車部門の将来に与える影響は、まだ分からない。【8月29日号 Newsweek日本語版】
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なお、“7月26日、フォルクスワーゲンは声明を発表。「革新のペースと品質向上を加速させるために、世界中の自動車メーカーが技術的な問題に関して、他社と交流することは非常に一般的」と述べ、同メディアが報じた「ドイツの自動車メーカー5社がカルテルを結ぶために、頻繁に会合を持っていた」との指摘に反論した。”【https://response.jp/article/2017/07/27/297944.html】とのことです。

コアな価値観に関する部分以外では『日和見主義』とも言える柔軟な姿勢を示すメルケル首相の現実主義
ドイツ経済を支える自動車業界とドイツ政治の中核にあるメルケル政権が、非常に親密な関係にあったであろうと想像はできますが、メルケル首相は価値観に関しては信念を貫く政治家であると同時に、その他の面では“世論の風を読み、柔軟に立ち位置を変えてきた”政治家でもあります。

“ブレない”だけでなく、豹変するのも政治家の資質です。

****ドイツ総選挙 対「自国第一」、メルケル氏に期待****
ドイツ総選挙まで1カ月。世界が「自国第一」のポピュリズムに揺れる中、人権や自由、民主主義を重視するメルケル首相の姿勢に国内外から信頼が寄せられる。一方でその長期政権を保っているのは、国内世論の風を読む現実主義だ。(中略)

人権や自由、民主主義に対するメルケル氏の思い入れは、自由に話せなかった旧東独時代の体験や、抑圧されながらも牧師として活動した父親の影響があるとされる。(中略)

メルケル氏の与党の支持率は24日発表の独公共放送ARDの調査で38%。ライバルの社会民主党(SPD)の22%に大差をつける。

難民問題などもくすぶる中、政権安定の最大の理由は好調な経済だ。ユーロ安を背景に輸出を伸ばし、失業率は東西ドイツの統一以来、最も低い水準にある。
 
だが、それだけが理由ではない。メルケル氏は世論の風を読み、柔軟に立ち位置を変えてきた。
 
6月26日、雑誌社主催の座談会。「個人の良心に従った(国会での)決定を望みます」。同性婚の合法化をめぐるメルケル氏の発言が大きな波紋を呼んだ。
 
同性婚をめぐる議論はこれまで数年続いてきたが、メルケル氏は党内の保守派に配慮して発言を慎んできた。「私にとって結婚とは男女間のこと」と否定的な発言も繰り返してきた。
 
態度を突然変えたのは、SPDがこの問題を争点化する姿勢を見せていたからだ。選挙後に連立相手として想定される他の政党は、いずれも合法化を公約に掲げる。続投のためには、ほかに選択肢はなかった。
 
法案は発言の4日後に連邦議会にはかられ、可決された。メルケル氏本人は反対に回ることで、党内保守派の反発を乗り切った。
 
徴兵制の廃止や脱原発など、メルケル氏が従来の党や本人の見解を突然変えた例は多い。脱原発は福島第一原発の事故で安全管理の限界を悟ったからだとされるが、事故直後にあったCDU牙城(がじょう)の州議会選挙で「緑の党」に敗北した影響も大きかった。
 
「彼女が大切にするのは自由と人権、民主主義。難民受け入れを決めたのは、その価値観に基づく」と独紙ツァイトのマティアス・ナス主筆は語る。同時に、メルケル氏の徹底した現実主義をこうも評する。「しかし多くの問題で、彼女は『日和見主義』とも言える柔軟な姿勢を示す」【8月26日 朝日】
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最近の世論調査によると、政治家は自動車業界に対して寛大すぎるとの回答は全体の3分の2に上っています。【8月10日 ロイターより】

こうした状況にあって、冒頭に取り上げたようなこれまで親密な関係にあったと思われる自動車産業に対する厳しい批判は、メルケル首相の“世論の風を読み、柔軟に立ち位置を変えてきた”現実主義的な側面を示すものでしょう。

長年、業界からの恩恵に浴してきたドイツの政治家にとっては、過去との決別
自動車業界批判はメルケル首相だけでなく、冒頭記事にあるようにライバルのシュルツ社会民主党党首は更に厳しい公約を掲げており、どれだけ自動車産業との距離をアピールするかが今のドイツ政治の流れになっているようです。

****不祥事まみれのドイツ自動車業界、背を向ける政治家たち****
ドイツの政治家たちは長年にわたり、国内の自動車業界にすり寄ってきた。だがここにきて、不祥事まみれの自動車業界が国の誇りではなく恥だと多くの有権者から見なされようになったことを受け、政治家は同業界に背を向けている。
 
アンゲラ・メルケル首相は今月、来月の連邦議会選挙での4期目の政権獲得に向けた選挙運動の初の演説で、2年に及ぶディーゼル車の排ガス不正問題を巡る国内自動車大手とその経営陣の対応を厳しく批判した。
 
その前日、メルケル氏の対抗馬である社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ党首は、自分が勝利すれば、販売する新車のうち一定割合を電気自動車(EV)とすることを義務づける制度の導入を約束した。
 
こうした自動車メーカーに対する批判は、長年、その恩恵に浴してきたドイツの政治家にとって、過去との決別と言える。

ドイツの有名メーカーの製品は、卓越した技術力や優雅なデザイン、強い経済力を象徴するものだった。
しかし、 フォルクスワーゲン (VW)が2015年にディーゼル車に不正なソフトウエアを搭載していたことを認め、排ガス不正問題が発覚すると、高い評価を得ていたドイツの自動車業界は政治家にとって重荷に転じた。【8月25日 WSJ】
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過去との決別・・・日本なら“そんなこと言っても表面上の話で、どうせ時間がたてばまた・・・・”という話にもなりますが(残念ながら)、ドイツの場合はどうでしょうか?
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日本では語られることもなくなった南スーダン 経済制裁解除を待つスーダン

2017-08-26 22:23:10 | アフリカ

(スーダン・ハルツームの電子製品のショップ 【7月21日 WSJ】)

【「どこか遠くの世界の出来事」になった南スーダン紛争
日本では、自衛隊が南スーダンから撤収したあとは、南スーダンの状況に関する報道をほとんど目にしなくなりました。

内戦状態が収まったのであれば結構な話ですが、そうではないようで、来日した南スーダン外相は「全土の約6割で戦闘が続いており、国を逃れた人の多くが戻れない状態だ」と語っています。

****南スーダン外相「停戦が最優先」 全土の6割で戦闘****
反政府勢力との間で紛争状態が続く南スーダンのデン・アロール外相が26日、訪問先のモザンビークで朝日新聞の単独取材に応じ、「全土の約6割で戦闘が続いており、国を逃れた人の多くが戻れない状態だ」と述べ、国際社会と協力して戦闘終結に全力を挙げると訴えた。
 
2011年に独立した南スーダンでは、石油利権などをめぐってキール大統領とマシャル副大統領(当時)が対立。13年末から紛争状態に陥った。
 
アロール氏は、治安の悪化で隣国のウガンダだけで100万人以上が難民として逃れていると指摘。「戦争を止めることを最優先にしたい。融和を進めるための『国民対話』の場に、マシャル氏も参加するべきだ」と呼びかけた。
 
国連は今年に入り、同国の全人口の半分にあたる約600万人が、深刻な食料不足に苦しんでいると公表している。アロール氏は日本に求める支援について、「まずは国連などを通じた人道支援をお願いしたい」と話したうえで、「日本は重要なパートナー。今後もインフラ整備などの国造りを一緒に実施していきたい」と期待を寄せた。
 
一方、12年1月から今年5月まで国連平和維持活動(PKO)に参加した陸上自衛隊の施設部隊の活動については、「非常にいい仕事をしてくれた。戦闘をするためでなく、南スーダンの人々を熱心に支援してくれた」と感謝の言葉を述べた。【8月26日 朝日】
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日本国内での南スーダンに対する関心の低下については、下記のような指摘も。

****保守もリベラルもみんな、自衛隊撤退後には南スーダン紛争を忘れてしまったのか****
「人間の尊厳」。頭の中に自然とこの言葉が浮かんだ。

ウガンダ北部のパギリニヤ難民居住区。今年で4年目を数える紛争によって故郷を追われた南スーダン難民約3万人が、ここでの生活を送っている。急激に深刻化していく難民危機に対して各機関の支援は追いついておらず、多くの人たちが厳しい生活を強いられている。

72歳のスーザンさん(仮名)は、首都ジュバでの戦闘をきっかけに紛争が再燃した昨年7月頃にウガンダへと逃れてきた。不正出血が続いており、これまでに3回病院にかかったが大きな進展は無し。面倒を見ている息子は「これ以上は病院に行くお金が無い」と語っていた。

難民居住区内に建設された、蒸し暑い簡易住居の中。家の外では、まだ幼い彼女の孫4人が遊んでいた。上半身を裸にして、一人寂しそうにベッドに座っている彼女。

「何も支援をしなければ、すぐにでも死んでしまう」。居住区で働くスタッフの言葉に従って、現地で活動するNGOを通じて生理用品と石鹸を渡すことになった。

72歳という年齢で故郷を追われ、異国の地で時間を過ごす彼女は、一体何を思っているのだろうか。その丸まった背中を見ながら、僕は考えてしまった。

UNHCRは17日、ウガンダに逃れた南スーダン難民の数は全部で100万人を超えたと発表した。当初予測されていたスピードよりも速いペースで難民が流出し続けている。

自衛隊が派遣されていた頃は、保守もリベラルも南スーダンのことを度々取り上げていたが、撤退した後はこの国の紛争や難民について、日本ではほとんど話題にも上がらない。自衛隊がいなくなった今、南スーダンの紛争は「どこか遠くの世界の出来事」に過ぎなくなってしまったのだろうか。

事実として、日本はこの国の紛争に無関係ではない。南スーダン紛争は石油を巡る先進国の利害に翻弄されて紛争が起きているという側面があるからだ。

独立前の「スーダン」だった時代からずっと、この国では「石油」という資源をめぐって争いが続いており、日本はこの石油をスーダンから輸入し消費して、僕たちは「豊かな生活」を享受してきたのだ。

居住区で南スーダン難民の子どもたちが笑っている姿を見ると、肌の色が全く違う日本人にも手を振り返してくれる姿を見ると、「彼らの力になりたい」と心から思う。たとえ彼らの記憶には、僕という人間がほんの一瞬しか残らなくても。

平和な世界を創るために、日本人の僕だからこそできること。急速に深刻化していく難民危機の前に、現地で考え続けたい。【8月22日 国際協力団体コンフロントワールド代表 原貫太氏 Huffington Post Japan】
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国連は、旧来のPKOから一歩踏み込んで、住民保護のための積極的な武力行使を認める“地域保護部隊”を現地に派遣しています。

****積極的に武力行使認められた部隊” 南スーダンに到着****
アフリカの南スーダンでは、日本の陸上自衛隊の部隊が国連のPKO=平和維持活動から撤収したあとも、各地で武力衝突が繰り返されています。

こうした中でPKOを強化し、市民を保護していくため、より積極的に武力行使に踏み切ることが認められた新たな部隊が活動を開始しました。

南スーダンでは、去年7月、首都ジュバで政府軍と反政府勢力の戦闘が再燃し、多くの市民が死傷する事態となり、国連の安全保障理事会は、PKOを強化するため、部隊の追加派遣を決めました。

「地域保護部隊」と名付けられた新たな部隊は首都ジュバを拠点に、市民や援助関係者、それに空港などの重要施設を守るため、より積極的に武力行使に踏み切ることが認められています。

当初、南スーダン政府が受け入れに難色を示すなど調整に時間がかかっていましたが国連は、8日、「地域保護部隊」を構成するルワンダ軍120人の部隊が首都ジュバに到着し、活動を開始したと発表しました。

「地域保護部隊」にはルワンダのほか、エチオピアやネパールなどの軍が参加することになっていて、最大で4000人規模の部隊が見込まれています。

南スーダンでは、日本の陸上自衛隊の施設部隊がことし5月にPKOから撤収したあとも、各地で武力衝突が繰り返されています。

各国のPKO部隊が危険で厳しい任務を続ける中で、国連は、新たな部隊が展開することで、より積極的に市民を保護し、平和維持に貢献できるようになるとしています。【8月10日 NHK】
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4000人規模で展開すれば一定の効果も期待できますが、エチオピアやネパールなど・・・・ということで、本当に派遣されるのか?派遣されたとして危険な“住民保護”の任務が遂行されるのか? やや疑問も残ります。

もっとも、いち早く“危ないスーダン”から撤収した日本がどうこう言える話ではありませんが。
日本としては、せめて資金的なバックアップなど、可能な範囲で協力すべきでしょう。

スーダン経済は逆境下でも活気 「人々は制裁が解除される日を今か今かと待っている」】
一方、南スーダン以上に情報が少ないのがスーダン。

バシル大統領は、2003年から続くダルフール紛争での集団虐殺に関与にしたとして国際刑事裁判所から逮捕状が出されていますが、逮捕されたという話はなく、一向に支障なく大統領職をこなしているようです。

国全体としてもアメリカの制裁対象になっていますが、解除は先送りされているようです。

****スーダン制裁解除、判断先送り=米****
米ホワイトハウスは11日、人権問題を理由に科した対スーダン制裁の一部解除に関し、今月12日だった最終判断の期限を10月12日まで3カ月延期すると発表した。スーダン政府の取り組みをさらに審査するためという。
 
オバマ前大統領は退任前の1月13日、スーダン政府が対テロ戦で米国に協力姿勢を示したことなどを評価し、禁輸や資産凍結を含む制裁の解除を定めた大統領令を出した。

その中で、正式に解除するまで180日の検討期間を設け、最終判断をトランプ大統領に委ねていた。【7月21日 時事】 
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そうした制裁下にあっても、また、南スーダンの独立で石油産出地域を失ったにもかかわらず、思いのほかスーダン経済は活力があるとの報道も。

****スーダン、経済制裁下でも衰えぬ起業意欲****
活路見いだす市民と権力にしがみつく独裁者、湾岸諸国のマネーが命綱

世界から最下層の国家と見られているスーダンの首都ハルツームは、常に人々の活気に満ちあふれている。
 
「在庫品はすべてドバイ(アラブ首長国連邦ドバイ首長国の首都)やドーハ(カタールの首都)からスーツケースに詰めて持ち込む」と、電子製品を販売するアリ・カマル・アリ氏は話す。

小さなショップにはスマートフォンのほか、パリのエッフェル塔やメッカのグランドモスク(イスラム教の大聖堂)などをあしらったスマホケースが所狭しと並んでいる。「そこから来る航空便がいつも満席になるのはなぜだか分かるかい?」
 
しかし、米国主導の国際的な経済制裁を20年近く科された人口4000万人のこの国は、西側諸国の金融システムから完全に締め出され、多くの投資家から敬遠されている。米国は先週、制裁の解除を先送りすることを決めた。
 
金融面の孤立状態によって――米国から「テロ支援国家」に指定されたことや、国際刑事裁判所(ICC)がオマル・ハッサン・アハメド・バシル大統領を戦争犯罪で追及していることもあり――スーダンでは企業の重役であれ露天商であれ、ビジネスに関する特殊な洞察力を身につけている。

代わりになる資金供給ルートを開拓し、貿易障壁を巧みにかわし、独創的な方法で消費者向け商品を輸入しなければならなかったのだ。
 
国際通貨基金(IMF)によると、ペルシャ湾岸諸国からの投資が、スーダン経済の資金繰りを支える重要な手段になっているという。特に南スーダンが独立した2011年以降はそれが顕著になった。同国の収入の大半は石油資源の豊富な同国南部から得ていたからだ。
 
ハルツームの一角は湾岸諸国の首都かと見まがう姿に変わり始めた。サウジアラビアやクウェート、カタールの融資を受けて建設された超高層ビル群が、市内で合流する青ナイル川と白ナイル川を見下ろすようにそびえている。最近開発されたばかりの商業・住宅地区は「リヤド」(サウジの首都)と呼ばれている。
 
同国で最も著名な実業家、オサマ・アブデラティフ氏は、従業員8500人を擁する砂漠の複合企業DALグループを築き上げた。主に中東の銀行と取引し、湾岸諸国の裕福な消費者をターゲットにする。
 
「経済制裁によって当社のビジネスは甚大な影響を受けた。最も頭が痛いのは銀行だ」と広大な敷地をもつDALの複合施設でアブデラティフ氏は語った。

ドイツ製やスイス製の最新式機械が導入され、瓶入り コカコーラ や袋詰めした小麦粉、パック入り牛乳を大量生産している。「銀行はここでビジネスを行うのを極端に恐れている」
 
経済制裁違反を認めたフランスの大手銀行 BNPパリバ が2015年、89億ドル(約9970億円)の罰金を科されたことは、主要金融機関にとって身の凍るようなメッセージだった。IMFによるとその直後、スーダンと諸外国間の中継役を務めていた、いわゆるコルレス銀行が一斉に引き揚げ、貿易金融が事実上不可能になったという。
 
政府や大企業が湾岸諸国のマネーを頼りにする一方で、スーダンの消費者には米国の経済封鎖が紛れもない現実としてのしかかった。
 
スーダンには国際的な現金自動預払機(ATM)がなく、デビットカードの決済もできない。それでも、起業家志望の人々がひるむことはない。
 
個人事業主などがオフィスとして空間を共有するコワーキング・スペース「インパクト・ハブ」は、軽食の取れるコーヒーバーを備え、流行の家具を配したおしゃれな雰囲気だ。

ここにハイテクに精通するスーダンの若者が集い、新事業の立ち上げを目指している。その多くはテクノロジーを活用して経済制裁の影響を和らげる解決策に主眼を置くものだ。
 
アフメド・アブダラ氏はここでモバイル決済プラットフォーム「SIMペイ」の開発に取り組む。プリペイド携帯電話の通信時間を活用し、国内全域で決済を可能にする仕組みだ。

昼間はアフリカの大手携帯電話会社MTNでサイバーセキュリティ専門家として働いている。
「人々は制裁が解除される日を今か今かと待っている」と同氏は語った。
 
同国の外交官は、オバマ前政権の終盤に予定されていた通り、米政府が今秋にも制裁を解除すると期待している。米国が掲げた主な狙いを達成できなかったのだからなおさらだ。
 
「経済制裁が発動されたとき、困窮した市民がバシル大統領に対して反乱を起こすことが期待されていた」と西側のある外交官は話す。「あれから20年たつが、確実に言えるのは効果がなかったことだ」
 
米国の一部の議員や人権活動家は制裁解除に反対する運動を続け、バシル大統領と結びつきのある個人や企業を対象とする「賢明な制裁」に移行するよう提案してきた。バシル大統領は27年間権力の座にとどまり、テロ組織とのつながりが疑われている。
 
たとえ米国が10月に制裁を解除しても、スーダン経済が回復するには多くの年月を要するだろう。
 
米国は制裁の見直し対象外となっている別の制裁措置の一環で、スーダンの債務救済を拒否している。IMFによると、スーダンは国外の債権者に対する550億ドル余りの債務を抱えている。これは国内総生産(GDP)のほぼ半分の規模だ。

米政府が方針転換しない限り、重債務貧困国(HIPC)プログラムの適用条件を満たしていても、スーダン政府は債務免除を申請することができない。1990年代、サハラ以南のアフリカの複数の国々がHIPCプログラムによって経済を圧迫する債務を軽減された。
 
スーダンの企業は当面、いまの孤立状態が解消されるのを待つしかない。
 
米政府が12日に判断を先送りした後、闇市場では米ドルが10%急騰したと、暑さを振り払うように札束であおぎながら両替業者たちは話した。
 
「スーダン人は新しいテクノロジーを買うのが好きで、流行のファッションにも関心が高い」とアフメド・ムラード氏は話す。

仏高級ブランド、シャネルのTシャツの模造品を露店で売っているが、プリントされた文字は「CHANNEL」とつづりが違っている。「経済政策がなくなったら、本物を仕入れてブティックを開きたい」【7月21日 WSJ】
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アフリカ諸国は紛争さえ収まれば、たくましい活力で経済が拡大する下地があります。(あと、社会の不正・汚職がなくなれば、もっと)
問題は、その過程での格差拡大など、社会的公正をいかに実現するかという点でしょう。

前半で取り上げた南スーダンも例外ではないでしょう。
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サウジアラビアとイランの対立、カタール断交問題 動きは多々あるものの、方向性は不透明

2017-08-25 21:57:32 | 中東情勢

(政権転覆の憶測も呼んでいる、カタール首長家の一員、アブドラ・ビン・アリー・サーニ氏とサウジアラビアのムハンマド皇太子の面会【8月22日 WSJ】)

サウジ・イランの外交官同士の相互訪問が近く実現 一方でイランの牙城イラクへサウジ進出
中東における最大の対立軸のひとつが、サウジアラビアとイランの対立であり、イエメン内戦は両国の代理戦争とも言われています。

また、イランと近い関係にあるとされるカタールが、サウジアラビアなどアラブ諸国・イスラム諸国から関係を絶たれる制裁にあっているのも、サウジ・イランの対立が根底にあります。(カタールの問題はイランとの関係だけではありませんが)

ここ数日、その対立の当事国サウジアラビアの“動き”がいろいろ報じられています。

ただ、その“動き”の方向性が、イランやカタールとの緊張緩和なのか、それともこれまで以上の対立なのか、まったく逆の方向が指摘もされており判然としません。なにぶん、秘密主義のサウジアラビアの話ですから・・・。

先ず、イランとの直接関係については、8月21日ブログ“イラン 周辺国に影響力を拡大する行動の背景に、イラン・イラク戦争の悲惨な記憶が”で、サウジアラビア側からのイランへ関係修復の動きに関する情報があったものの、サウジアラビア側がこれをを否定した・・・という話を取り上げました。

上記情報に関してはサウジアラビア側は否定はしたものの、やはり両国間でなんらかの動きがあるようです。

****<イラン>サウジと9月にも相互訪問へ 関係改善の兆し****
ランのザリフ外相は、昨年1月から断交が続いているサウジアラビアとの間で、外交官同士の相互訪問が近く実現すると語った。ロイター通信が23日、伝えた。

サウジにあるイスラム教の聖地メッカへの大巡礼(ハッジ)期間が9月第1週に終了後、実施される予定という。中東の覇権を巡り敵対してきた両国だが、関係改善の兆しが出始めている。
 
ザリフ外相は地元メディアに「既にビザは相互に発給されている」と明言し、現在は訪問に向けた最終手続きの段階と述べた。両国の外交官は相手国に滞在中、自国の大使館の状況などを確認するという。ザリフ外相は「地域の危機を解決するため、イランはサウジと対話する用意がある」と述べた。
 
イスラム教シーア派国家のイランは、スンニ派の盟主サウジと長年にわたって敵対。昨年1月、サウジがシーア派有力指導者の処刑を発表したことで対立は決定的となり、サウジがイランとの国交断絶に踏み切った。
 
両国は、シリアやイエメンの内戦でも互いに別勢力を支援する「代理戦争」を展開。また、今年6月にサウジなどがカタールと断交した背景には、カタールが親イラン姿勢を示したことがあったとされ、中東地域の覇権争いが激化していた。
 
イランのロウハニ大統領は対外融和路線を掲げて政権2期目をスタートさせたばかりで、1期目で悪化した周辺国との摩擦を徐々に解消したい意向があるとみられる。
 
一方、原油価格低迷で厳しい財政状況が続くサウジでは最近、ムハンマド皇太子が泥沼化するイエメン内戦から「手を引きたがっている」(衛星テレビ局アルジャジーラ)とされ、そのためにイランとの和解も模索していると報じられていた。【8月24日 毎日】
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長引くイエメン内戦への介入がサウジアラビア財政にとって大きな負担となっている・・・という指摘は以前からなされているところです。(もっとも、サウジアラビアの狙いは、イエメンを現在のような混乱状態に置き続けることではないか・・・との、うがった見方もあるようですが)

上記の話が軌道に乗って両国関係が改善し、ひいてはイエメン内戦も鎮静化するのであれば、非常に喜ばしい話です。

しかしながら、サウジラビアはイランに対抗する形でイラクへ接近しているとの話もあります。この動きにはIS後を睨んだアメリカの後押しもあるとか。

7月21日ブログでも取り上げたように、イランはイラン・イラク戦争の悲惨な記憶もあって、シーア派主体のイラクに強固な影響力を構築しています。

そのイラクにサウジアラビアがイランと対抗する形で影響力を強めようとすれば、IS後の統治枠組みをめぐって重要な時期にあるイラクは、イエメン同様にイランとサウジアラビアの間で引き裂かれるような事態も懸念されます。

****歩み寄るサウジとイラク、イランへの対抗で****
トランプ政権にとっても「優先事項」

サウジアラビアが米国の後押しを受け、長年対立していた隣国イラクに歩み寄り始めている。米同盟国のイラクと関係改善に取り組み、イランの影響力を弱めることが狙いだ。
 
サウジ当局はイラクのシーア派指導者に秋波を送り、外交的プレゼンスを拡大しているほか、2国間の直行便の運航も開始。厳重な警備で数十年にわたって閉鎖されていた約970キロにわたる両国国境も再開している。(中略)
 
ある米当局者はサウジとイラクの関係改善がドナルド・トランプ政権にとっても優先事項だとした上で、それを実現させるのは「今からでも遅すぎることはない」と指摘。米政府にとっては、イラクを「サウジアラビアやトルコのような国に少し近づけ、イランの影響力を多少弱める」取り組みの一環でもあるとした。
 
スンニ派の過激派組織ISの掃討では、米国主導の有志連合はイランと同じ側で戦った。その有志連合にはサウジも参加している。ISの掃討が進んだ今、有志連合参加国はイラクに影響力を残す機会を得ている。
 
有志国連合の対IS作戦を担当するブレット・マガーク米特使はサブハーン氏と国境検問所を訪れた際、「過去3年にわたって打倒ダーイシュ(ISのアラビア語の略称)を掲げてきただけでなく、ダーイシュが去った後のことも考えてきた」と発言。集まったイラクとサウジの当局者には、「われわれは両国の努力を支えるため可能なことはすべて行う」と伝えた。(中略)

イラクのハイダル・アバディ首相はイランへの対抗勢力を歓迎する。アバディ氏は来年に議会選挙を控えているが、ライバルであるヌーリ・マリキ前首相はイランとの距離が近い。
 
サウジとイラクの当局者らによれば、バグダッドやリヤドなどの都市を結ぶ約140の直行便は、今後数週間内に運航を開始する。

アラールの検問所は、通商目的や旅行者のために今月再開された。メッカ巡礼の時期であるため、イラク側からの訪問者の増加にも間に合った。政府間では、来年さらに1カ所の検問所を開けることで合意している。(中略)
 
イラクとサウジの歩み寄りの裏には、米国の仲介もあった。米当局者によればレックス・ティラーソン国務長官は2月の就任直後、サウジのアーデル・ジュベイル外相に対し、イラク国内でサウジがより大きな役割を果たすべきだと進言している。
 
ジュベイル氏がバグダッドに向かったのはその数日後の2月25日。サウジ外相が同地を訪問するのは2003年のイラク戦争後初めてのことだった。その後、イラクのアバディ首相が6月にサウジを公式訪問し、両政府は安全保障や貿易に関する協議会を立ち上げることで同意した。
 
7月末にはシーア派の指導者であるイラクのムクタダ・サドル師が、サルマン皇太子とサウジで面会した。同じくシーア派指導者のニムル師が2016年にサウジで処刑されたことにサドル師が強く非難していた背景があったため、両サイドが顔を合わせるのは不可能だと考えられていた。
 
一方、イラン政府もマリキ前首相を支援するなどしてイラクでの影響力を高め、ISと戦うシーア派武装組織に資金や訓練を提供し続けている。
 
サウジ政府の動向について問われたイランのジャバード・ザリフ外相は、イラン学生通信(ISNA)が23日配信したインタビューで、相手国の意図は分からないとしながらもイラン政府は懸念していないと話した。

「重要なのは、われわれがこの地域での自らの役割や隣国との関係に関しても自信を持っていることで、これら動きもまったく不安に感じていない」と述べている。

イラク国内にはサウジへの反発も
イラク国内では、サウジの動きに反発する声も聞かれる。イラク国内でスンニ派過激勢力が台頭したのは、イスラム教の教えを厳格に解釈するサウジによって、組織が感化されたためだとする考える人も多い。ISにはサウジから数千人が参加しているため、一部のイラク国民はISとサウジを同一視してもいる。(中略)

一方、国営石油会社サウジアラムコのようなサウジ企業は、イラクの農業や石油化学部門に投資する機会をうかがっている。(中略)
 
国境をまたいで生活する地元部族の長老リーサン・ムタシェル・アルザヤド氏は、「サウジとの関係が遮断されてすべての繁栄が失われた」と話した。「住民の期待は高まっている。サウジの兄弟たちと良好な関係を築くことを楽しみにしている」【8月24日 WSJ】
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カタール巡礼者のサウジ受入れ 関係改善の兆しか?政権転覆の謀議か?】
カタールに関しては、イスラム教徒にとって非常に重要な大巡礼ハッジを8月末に控え、サウジアラビアが断交中のカタールの巡礼者を、聖地のあるサウジアラビアに入国させることを決定したこと報じられました。

“サウジアラビアとしては、国籍を問わず、イスラム教徒の聖地巡礼を認める姿勢を強調することで、「聖地の守護者」としての威信を保ちたい思惑があると見られます。”【8月17日 NHK】というように、すぐに政治的は関係改善につながるものではありません。

しかし、カタール・タミム首長が7月に「対話の用意がある」と表明するなど、緊張緩和を模索する動きも出始めている状況にあって、両国関係改善のきっかけともなりうるものとも思えます。

****サウジ国王、カタールからの巡礼者にB777型機7機をチャーター****
イスラム教徒がサウジアラビアの聖地メッカを訪れる年に1度の大巡礼「ハッジ」を8月末に控え、サウジアラビアのサルマン国王は、6月に国交を断絶して以来対立が続くカタールの巡礼者をメッカに運ぶため、特別機を私費でチャーターすることを決めた。政治対立が宗教対立に発展するのを防ぐための寛大なジェスチャーだ。

サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国がカタールと断交し、人や物資の往来を禁止したことで、中東は過去数十年で最悪の外交危機の最中にある。(中略)

サウジアラビア国営航空会社サウディアによるチャーター便は、出発便が8月22~25日までの間、帰国便はハッジが終了する9月5日に、それぞれ運航する予定だ。

カタールの巡礼者が聖地メッカを訪問しやすいよう、サウジアラビアはカタール国境の唯一の陸路であるサルワも開放した。これにより、カタール国民は大巡礼のためにメッカを車で往復できるようにもなると、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは伝えた。(中略)

カタールとサウジアラビアの仲たがいは日々、宗教対立の様相を呈するようになっていった。その流れを変えたのが、ムハンマド皇太子とシェイク・アブドラの会談だった。

カタール政府は会談からできるだけ距離を置き、これが政治問題にするのを避けた。あるカタール政府関係筋によれば、ジェッダを訪問したシェイク・アブドラは、カタール政府の特使というより、むしろ私人の立場で振る舞っていたという。【8月21日 Newsweek】
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この話もこれだけであれば、少なくとも“悪い話ではない”と言えますが、カタール側のシェイク・アブドラ氏なる人物はカタール政府とは疎遠で、サウジアラビア側による“カタール政権転覆”の謀議ではないか・・・という物騒な話もあるようです。

****カタール王族がサウジ訪問、政権転覆の臆測も****
中東4カ国とカタールの断交問題を複雑化させる事態に
 
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は先週、カタール首長一族のサーニ家に属するある人物と面会した。

公式には国交を断絶した湾岸地域の隣国同士の溝を埋めるのが目的だったが、逆に両国の長年にわたる外交的小競り合いを悪化させる事態となっている。
 
カタール首長家のアブドラ・ビン・アリー・サーニ氏がサウジを訪れたのは、聖地メッカへの巡礼シーズンを前に、カタール市民のサウジへの入国を円滑にするためだったとされる。

6月の断交宣言以来、サウジの指導者とカタール首長家の一員が公式に顔を合わせる初の機会となったため、当初は緊張緩和の兆しだろうとみられた。
 
ただ、この人物は王族のコミュニティ以外ではほぼ知られていない存在であるうえ、カタールは政府の使者ではないと発表。これを受け、現在のカタール首長、タミム・ビン・ハマド・サーニ氏を交代させるサウジのたくらみに加担したのではないかとの臆測を呼んだ。(中略)
 
巡礼は今月末に始まるが、サルマン国王はカタールからの巡礼者のためにサウジへの航空便を用意することも申し出た。ただ、今のところ巡礼者向けにサウジの航空機が運航された形跡はない。
 
アブドラ氏はカタール首長と疎遠な立場にあり、サウジ王室とは良好な関係を保っていることから、反体制派の象徴になりうる存在として注目されている。

同氏は1972年に権力闘争に敗れた一族の分家に属する。このとき同氏の兄アフマド・ビン・アリー氏は首長の座を追われ、現首長の祖父が後任に収まった。【8月22日 WSJ】
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今回断交問題以前からサウジラビア王家がカタール首長と対立関係にあり、今回断交でも諸般の事情で軍事力行使はできないものの、“政権転覆”を狙っているのかも・・・という話は当初からありましたので、上記のような“憶測”も生まれます。

“憶測”なのか“事実”なのか・・・わかりません。

セネガルは改善に向けた動き 一方、カタールは駐イラン大使復帰でサウジに対抗
カタール問題に関しては、好転に向けたセネガルの動きも報じられています。

****<カタール断交>セネガル大使が復帰 サウジ側も軟化の兆し****
サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などがカタールと断交した問題で、サウジ側と連帯していた西アフリカのセネガルは21日、自国に召還していた駐カタール大使を再びカタールに戻したことを明らかにした。ロイター通信が伝えた。(中略)
 
セネガルのヌジャイ外相は「わが国のこの決定を通じ、カタールと周辺国が平和的解決に向けて努力することを強く促したい」との声明を出した。(中略)

セネガルはイエメン内戦でもサウジ側の連合軍に戦闘部隊を派遣するなど、サウジやUAEとの結び付きが強い。【8月24日 毎日】
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セネガルは、サウジアラビアの了解を得て、あるいは相談しながら動いているものと推察されます。

一方で、カタール政府が召還していたイラン駐在大使を復帰させると発表しており、サウジアラビア側の了解を水面下で取り付けたうえでの話ならともかく、そうでなければサウジアラビアを強く刺激し、対立を長引かせることにもなりかねません。

****カタールの駐イラン大使復帰、サウジとの対立激化か***
米国の調停工作が頓挫の恐れも

カタール政府は24日、召還していたイラン駐在大使を復帰させると発表した。これによりカタールとサウジアラビア主導のアラブ諸国との対立が激化する恐れがある。両陣営の国交断絶を受け米国が調停を本格化させる中での動きだ。
 
カタールが駐イラン大使を復帰させるのは、サウジの反カタールの姿勢に対する不満を示すのが狙いとみられている。(中略)

カタールの今回の決定は、対立解消に向けた米政府の調停工作を頓挫させる恐れがある。
カタールには、過激派組織「イスラム国(IS)」に対する作戦を統括している米軍基地がある。一方サウジ陣営のバーレーンは米海軍第5艦隊の拠点だ。
 
米政府はカタールとサウジなどとの緊張を緩和させ、対立を解消させようと努めている。国務省当局者は24日、「すべての当事国が自制し、非難の応酬を抑えるよう切望する」と述べ、冷静な対応を呼び掛けた。
 
別の米政府当局者によれば、カタールは米政府に対し、今回の決定はイランとの協力拡大ではなく、サウジへの不満を示すのが狙いだと説明したという。カタール外務省は、カタールが「イランとの関係の全面的な強化」を望んでいることを反映したものだと述べた。
 
サウジはすぐにはコメントしていない。UAE当局者は、カタールは立場を変更していないことを示したと語った。(中略)
 
4カ国はカタールとの国境を封鎖しているため、カタールはイランからの食料輸入への依存度を高めている。イラン国営のイスラム共和国通信によれば、同国外務省の報道官は、カタールが駐イラン大使を復帰させる決定を下したことを歓迎し、「理にかなった行動」と評した。
 
有力シンクタンク「国際危機グループ(ICG)」のイラン上級アナリストであるアリ・バエズ氏は、イランはカタールとサウジ陣営との亀裂に乗じるようなことはほとんど何もしていないが、この亀裂ゆえにカタールはイランの腕の中に飛び込まざるを得なくなっているとみる。サウジにとって「これ以上自滅的な政策は考えづらい」という。(中略)

アラブ4カ国による断交と経済封鎖はカタール経済に大きな打撃を与えている。外貨準備は減少し、株式市場は6月に危機が発生して以降10%近く下落し、食料品価格は上昇している。【8月25日 WSJ】
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このように、サウジアラビアを軸にした様々な動き・情報が出てきていますが、ベクトルの向きが逆を示すものが多々あり、イラン・サウジアラビアの対立、カタール問題が緩和に動くのか、対立激化に動くのか定かではありません。
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エジプト・シシ政権  経済再生のため、痛みを伴う補助金削減の賭けに 批判勢力は力で封じ込め

2017-08-24 22:23:45 | 北アフリカ

(食料品価格が上昇するなかで、主食であるエジプトパン「アエーシ」は、販売所では20枚1ポンド(約6.2円)でずっと変わらずに売られています。補助金によって小麦粉価格より低く抑えることで、人々の不満をかろうじて抑えていますが、財政的に大きな負担ともなっています。「アエーシ」に手をつけると、不満が爆発する危険も。
画像は【5月6日 東洋経済online「ルポ・エジプト、自由とパンと治安のゆくえ」】)

アメリカ・トランプ政権も援助停止を継続
エジプト・シシ政権に対して、アメリカ・オバマ前大統領は、その人権弾圧姿勢を問題視して軍事援助を停止していました。

人権問題には関心がないトランプ政権に代わって、エジプト支援が復活するのかと思っていましたが、そうでもないようです。

****対エジプト援助の停止(米国****
米政府はオバマ政権時代、エジプトの人権抑圧を理由に度々、その軍事援助等を停止しては、両国間の摩擦の種となっていましたが、トランプはそのような「面倒なことは言わずに」援助をすると予測されていましたが、al qods al arabi net とal arabiya net はトランプ政権が2億9000万ドルの援助を停止したと報じています。

それによると、これは米政府の複数の筋が22日明らかにしたところの由。

それによると、米は9570万ドルの軍事援助を中止し、その他の1億9500万ドルの援助を凍結した由。

米政府筋によると、この措置はエジプトとの治安協力を維持しながら、エジプトの民主化努力の欠如と人権侵害問題に対する、トランプ政権の問題視を示している由。

人権問題では、特に民間協会[NGOのことか?]に関する新法律が、人権、貧困救済等に当たる団体の活動を大幅に制限するとして問題視されていて、トランプ政権が注意喚起し、シーシも実施は見合わせると約していたが、実施されることになったことにトランプも困惑している由。(後略)【8月23日 「中東の窓」】
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上記記事では、トランプ大統領本人はともかく、アメリカ国務省がやはりシシ政権の姿勢を問題視しているのか・・・とも。

来年の大統領選挙を控え、野党候補者潰しを強行するシシ政権
エジプトでは来年に大統領選挙を控えて、シシ大統領による候補者潰しなど、強権的姿勢が続いていると報じられています。

****シシ独裁に抗う人権派の戦い****
当局は来年の大統領選をにらみ弾圧を強化 それでも人権派弁護士は抵抗し続ける

ハレド・アリはエジプトの著名な人権派弁護士。(中略)
 
エジプト当局は5月、「公序良俗違反」容疑でアリを逮捕した。カイロの裁判所の外で下品な手のしぐさをした、というのが逮捕理由だ。
 
アリが問題のしぐさをしたのは、アブデル・ファタハ・アル・シシ大統領の率いる政府に対して提起した訴訟で勝訴した今年1月。

エジプト政府は紅海に浮かぶ2つの島の領有権をサウジアラビアに譲ることで合意していたが、最高行政裁判所は
それを無効とする判決を下した。
 
多くの国民はこの合意について、シシはサウジアラビアからの巨額の援助や投資と引き換えに島を売り渡したと考えている。

エジプトの法律はデモを厳しく制限しているが、昨年に合意が発表されると、珍しく人々は街頭で抗議行動に訴えた。
 
アリはこの日の裁判で勝ったものの、最終的には敗北を喫した。シシは司法の判断を無視して議会で審議を進め、議会は先月(6月)中旬に合意を承認した。
 
アリは逮捕の理由について、現体制に公然と挑戦したためだと主張する。この訴訟に加え、2月には次期大統領選への立候補を検討中だと発表していた。
 
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルから「不合理」だと批判されたアリの逮捕は、潜在的な政敵を根絶しようとするシシの姿勢を象徴する事件になった。

「逮捕に正当な理由はない。私を脅すのが目的だ」と、アリは本誌に言った。
アリは脅しに屈する気はない。来年の大統領選についても、まだ出馬の可能性を模索している。

だが、現体制への挑戦は決して許さないというシシの決意は固そうだ。4月以来、アリが創設した左翼政党「パンと自由党」など少なくとも5つの野党と若者グループの活動家約50人が逮捕されている。(中略)
 
(中略)結局、一晩拘束された後に釈放。今は裁判を待っている。有罪なら禁鋼刑もあり得るという。
有罪判決が出るのは確実だと、アリは本誌に言った。そうなれば、大統領選への出馬は法的に不可能になる(本誌はこの件でエジプト内務省に問い合わせたが、返答はなかった)。

アメリカの関心は薄い
逮捕に怯えるエジプト人は多い。他の野党関係者は、報復の恐れがあるため大統領選の候補者擁立を進められないと語る。

「シシは野党から強力な対立候補が出るのを妨害している」と、立憲党のハレドーダウド党首は言う。同党のメンバーは大統領侮辱罪などの容疑で何人も逮捕されている。
 
若者は逮捕への恐れから立憲党への参加をためらっていると、ダウトは言う。資金面も厳しい。「党員の多くが日常的に逮捕されるのを見て、わが党に献金しようと思う実業家などいるはずがない」
 
一方、シシ政権は別の形の不満表明に対する締め付けも強化している。4月末には、最高裁を含む上級裁判所の首席判事の任命権を大統領に付与する法改正を実施した。専門家によれば、政権に批判的な2人の判事の昇進を阻止するのが目的だ。
 
5月からはカタールの衛星テレビ局アルジャジーラやエジプト有数の独立系ニュースサイト「マダマスル」など、少なくとも100のウェブサイトヘのアクセス遮断を開始した。

同じ月には、国際人権団体ヒユーマン・ライツ・ウォッチが批判するなか、「多くのNGOの活動を違法化し、独立した役割を失わせる」新法が制定された。
 
シシは13年、民主的に選ばれたエジプト初の大統領ムハンマド・モルシを軍事クーデターで追放した直後から、既に反対派の弾圧に手を染めていた。翌年の大統領就任以来、これまでに逮捕または起訴した政治犯は約4万人。

政府に対する抗議行動を事実上禁止し、活動家から移動の自由を奪い、体制に協力的ではない裁判官を追放してきた。
 
今ではシシの権力に挑もうとする勢力はほとんどない。なのになぜ、反体制派つぶしにこれほど躍起になるのか。
一部のアナリストによれば、経済運営と治安対策をめぐる世論の批判に対し、過度に神経質になっているためだ。

テロ組織ISIS(自称イスラム国)は昨年12月以来、キリスト教の一派コプト敦の信者に対する攻撃を4回起こしている。
 
紅海の2島に関するサウジアラビアとの合意を理由に挙げる向きもある。議会がこの不人気な合意を承認するかどうかの採決に入る前に、反対派を黙らせておきたかったというわけだ。

それでも支配層の内部では、シシヘの支持は依然として強く、本人も周囲も権力の危機とは考えていないと、米シンクタンク大西洋協議会のH・A・ヘリヤー客員上級研究員は言う。
 
ドナルド・トランプ米大統領との良好に見える関係も、シシを大胆にさせている。5月にサウジアラビアの首都リヤドで行われたアラブ諸国指導者との会議に出席したトランプは、エジプト訪問を約束。さらにシシの礼装用の靴を褒めてみせた。
 
「アメリカの政権交代は、シシヘの国際的な圧力はあまり強くならないというシグナルとなった」と、ヘリヤーは指摘する。

もっともトランプ政権誕生前から、アメリカはシシに強い圧力をかけていなかった。「オバマ前米政権は実際の政策レベルでは、エジプトの統治の改善にあまり熱心ではなかった」
 
人権派弁護士のアリにとって、現状の見通しは必ずしも明るいものではない。それでも、戦いをやめるつもりはない。「体制側や当局側か全ての戦いに勝つことはあり得ない」と、アリは言う。しかし今のところは、戦況は体制側が圧倒的に優位に見える。【7月18日号 Newsweek日本語版】
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痛みとリスクを伴う補助金削減へ 「成果が出るまで待つ余裕があるだろうか」】
モルシ前政権時代の混乱や「アラブの春」による中東各国の混乱を目にして、エジプト国民は社会安定のためにシシ政権の強権姿勢を一定に容認しているようにも思えますが、不満の火種としては治安問題と経済問題でしょう。

治安については、上記記事にもあるISによるコプト教徒を対象にしたテロほか、7月14日にはカイロ南方バドラシンで、バイクに乗った3人組が警察車両に発砲し、内務省によると警官ら5人が死亡した事件も起きています。

低迷を続ける経済状況は深刻で、政権に対して極めて大きな脅威とないます。
シシ大統領は経済打開のため、政策論としては本筋ではあるものの、国民の大きな反発をまねきかねない食料・燃料補助金の削減という荒療治に着手しています。

****エジプト大統領が踏み切った危険な賭け****
経済再生のため数十年続いた食料・燃料補助金を削減、ショック療法は成功するのか

エジプトのアブデル・ファタ・シシ大統領は、2011年の同国の民主化革命以降、失速を続ける国内経済を救うために、前任者たちが誰も踏み切らなかった食料・燃料補助金の削減という危険な賭けに出た。補助金は長らく無駄と汚職の温床となっていた。
 
エジプトポンドの急落と相まって、この「ショック療法」がアラブ世界で最も人口の多いこの国を揺るがしている。燃料価格は6月に50%上昇。調理用ガスは2倍に上昇し、年間インフレ率は30%を超えている。
 
貯蓄が減り、消費者の購買力が低下する中、シシ大統領は、景気低迷によって再び民主化要求運動「アラブの春」のような反政府デモが頻発する前に、雇用創出や外国からの投資、経済成長といった期待される成果が表れることに賭けている。
 
緊縮財政が社会に与える影響を懸念している政府支持派のオサマ・ヘイカル議員は「貧しい人々は本当に苦しんでおり、中間層が貧困化している」と述べた。
 
補助金削減は、国際通貨基金(IMF)がエジプトの経済安定化を支援するために120億ドルを融資した際に付けた条件の1つだ。
 
食料・燃料補助金は、今回の削減後でも年間110億ドル余りと、エジプトの18会計年度(17年7月~18年6月)の予算の18%を占める。

だが、補助金は経済成長の阻害要因の1つにすぎない。エジプトでは労働法のために従業員を解雇するのがほぼ不可能で、司法当局は信頼できず、官僚制度が創意工夫を妨げている。また、軍が生産を行い、経済を実質的に運営していることが事態を悪化させている。
 
エジプトの元外相で、現在はカイロのアメリカン大学の教授を務めるナビール・ファハミ氏は、補助金削減はエジプト経済のひずみを是正するが、痛みとリスクを伴うと指摘。「問題は十分な見返りが得られるかどうかだ。成果が出るまで待つ余裕があるだろうか」と述べた。 
 
エジプト政府は、電力・輸送インフラに投資しているほか、起業や工場開設、起業のための土地取得をしやすくする計画を推し進めている。一方で、かつて国防相だったシシ大統領は、国内経済に対する軍の影響力を一段と強化している。

シシ大統領は、エジプト初の自由選挙で選ばれたムスリム同胞団のムハンマド・モルシ大統領を13年に解任・投獄してから、政治的な敵対勢力と組織的な抗議活動をほとんど排除している。
 
エジプトの報道機関は自由に報道できなくなり、ここ数カ月は独立系ウェブサイトへのアクセスも遮断されている。新たな法律が非政府組織の活動を妨げ、民衆の不満がどれほど高まっているかを分からなくしている。

政府はこうした規制について、テロや過激派と戦うために必要と説明したが、人権擁護団体などはこれに反発している。

配給のパン
イスラム穏健派政治家のアブドルモネイム・アブールフトゥーフ氏は「現在の安定は爆発寸前の火山のようなものだ。いつ爆発するかは誰も予測できない」と述べた。同氏は12年のエジプト大統領選挙の1回目の投票で17%の票を獲得した。
 
アブールフトゥーフ氏は「もし爆発しても、11年のような中間層が起こす革命にはならないだろう。現在の状況下ではカオスに陥ると思う。そしてエジプト中にカオスが広がれば、エジプト人だけでなく、中東地域全体、さらに欧米にとっても脅威になるだろう」と語った。
 
エジプトでは毎日、0.02ドルに満たない価格で5個のパンを買うために、数百万人が政府系のパン屋に列を成す。食料補助金は第2次世界大戦中に配給の一環として始まり、今は同国の一般世帯の約80%に支給されている。
 
また、エジプト各地の農家はディーゼル油を燃料とする給水ポンプで水をくんで作物を育てているが、ディーゼル油価格が6月に55%上昇したにもかかわらず、小売価格は1ガロン=0.77ドルと、米国の3分の1もしない。
 
政府当局者によると、この補助金制度は数十年の間に腐敗している。補助金を受けている食料・燃料・ガスを当局者がエジプトの国内外で不正転売しているためだ。
 
エジプトのタレク・カビル貿易・産業相は、向こう3~5年で補助金支給を打ち切ることを目指しているとし、「やるべきことは補助金を完全に廃止することだが、40年にわたる問題を1日で解決することはできず、今すぐに廃止することはできない」と述べた。
 
エジプト政府は、食料・燃料補助金の代わりに必要に応じて現金を支給し、さらに最低賃金と年金額を引き上げている。
 
カビル氏は「全国民に補助金を一律に支給することはできない。中には補助金を必要としない人もいる」とした上で、補助金制度の合理化によって、医療、教育、産業界の成長への支出を増やせるとの見方を示した。

経済改革か、それとも
だがこれはエジプトの一般市民には受け入れがたい。カイロのマーディ地区の政府系パン屋の外で列に並んでいた元公務員のサイード・モハメド・サイードさんは不満をまくし立て始め、他の人もうなずいていた。
 
サイードさんは、最近年金が月額100エジプトポンド(約5.63ドル)増えたが、物価上昇分を考えれば無意味だと批判。「こうした状況にあとどれくらい耐えられるか分からない。ありとあらゆるものの価格が急上昇している。それと引き換えにわれわれは何を得ているか。何もない」とぶちまけた。
 
カイロの貧しいエリア、シューブラ地区では2人の子供の母親であるファトマ・ハッサンさん(35)が政府への怒りを訴える。

ハッサンさんの家族の月収は4500エジプトポンド前後で、1年前には生活に余裕があったが、いまでは生きていくのがやっとだという。最近行われた調理用ガスと油、砂糖の値上げが特にこたえたと話す。「どうしていいかわからない。銀行強盗でもするべきか」
 
それでも、「アラブの春」以降にエジプトやその他の国々を襲った混乱は、シシ大統領の経済改革を受け入れやすいものにしている。

2011年のエジプト民主化革命後に経済のメルトダウンや法と秩序の崩壊を目にした多くのエジプト人は、改革による耐乏生活にもかかわらず、今のところ反政府デモには訴えていない。6月に行われた最新の補助金削減でも抗議行動はあまり行われなかった。
 
「人々は経済危機と生活費の上昇にひどく苦しんでいる」とサラフィー主義政党「ヌール党(光の党)」の党首ユーニス・マフユーン氏は話す。「しかし人々はシリアやリビア、イラクなど、近隣諸国の経験も見ている。そしてエジプトが同様の運命をたどることを恐れている」【8月9日 WSJ】
****************

どこの国でも、補助金政策はアヘンのように経済・国民を依存体質にしてしまいますので、そこからの脱却は厳しい“禁断症状”を伴います。

エジプトでも、サダト大統領の時代から政府がパンの料金を上げようとして暴動が発生することもありました。
シシ政権下でも、値上げの噂が広まったことで政府への抗議デモが昨年来報じられています。

シシ大統領が補助金削減という危険な賭けに出たのは、経済状況悪化がそれほど差し迫った問題となっているためでしょう。また、不満・反発は力で抑えられるとの自信もあってのことでしょう。

もっとも、選挙となると“パンの恨み”が政権批判票となって噴出する可能性がありますので、前出のような対抗馬・候補者潰しに躍起になっている・・・ということのようです。
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パキスタン  アメリカのアフガニスタン新戦略において名指し批判 

2017-08-23 22:11:19 | アフガン・パキスタン

(ヤフオクに2017年8月23日現在出品されているパキスタン軍統合情報局 ISI部隊章 “あのオサマ・ビン・ラディンを匿っていたとされ、タリバンやアルカイダの黒幕として現在世界的な注目を浴びているパキスタン軍統合情報局の実物部隊章、未使用放出品です。”“陸軍(赤)・海軍(紺)・空軍(空色)三軍の統合” また、“海外、特にパキスタン/アフガニスタン国内での着用はお控え下さい”とも・・・命にかかわります。)

【「世界の火薬庫」】
パキスタンの国際的立ち位置について最も簡単に言えば、建国以来の宿敵インドとの対立、そして対テロ戦同盟国としてアメリカの軍事支援を受けつつも、最近の中国との接近があります。

****パキスタン独立70年、続くインドとの軍事的緊張 強まる中国の影響力 「世界の火薬庫」戦略地図に変化****
パキスタンは14日、独立記念日を迎えた。インドでは15日が独立記念日に当たり、両国は1947年の英国からの分離独立から70年となった。

カシミール地方の領有権問題などで核武装して対立し、軍事的な緊張が続く両国の関係に改善の兆しはない。
一帯が世界の危険な「火薬庫」となり続ける中、パキスタンでは中国の影響力が強まり、インドは日米とのいっそうの連携を探っている。
 
「中国はパキスタンの独立と主権、結束の維持と強化への努力を支え続ける」
イスラマバードでのパキスタン独立記念日の式典に招かれた中国の汪洋副首相は、「ヒマラヤより高く、海よりも深い」と形容される両国の蜜月を訴えた。
 
中国西部からカシミール地方のパキスタン支配地域を通り、パキスタン南西部グワダル港へ至る「中パ経済回廊」は、中国の支援で整備が続く。

この事業を含む中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に、インドは異を唱える。しばしば、パキスタンからのイスラム過激派による越境テロを非難し、過激派指導者の1人を国連制裁リストに載せるよう主張しているが、これを阻止する中国に反発している。
 
この70年で、印パを取り巻く外交の戦略地図は変化してきた。パキスタンはかつて、旧ソ連のアフガニスタン侵攻で米国から援助を受け、今も対テロ戦同盟国として軍事支援を受ける。

しかし最近、中国の存在感は高まるばかりだ。昨年には、ロシアとの初の合同軍事演習を実施、ロシアは旧ソ連時代からのインドの友好国で、かつてパキスタンとは対立していた。
 
インドは、ロシアを主要な武器供給国としてきたが、近年は、調達先を欧米やイスラエルへと多様化させている。

6月16日に始まった中印ブータン3カ国境界付近での中印両国軍の対峙(たいじ)は収まる気配がない。中国の軍事的圧力を前に、海上共同演習「マラバール」などを通じ、日米との安全保障上の協力も深め、従来の非同盟主義から一歩踏み出しつつある。
 
独立後、3度の戦争となったインドとパキスタンの間では、カシミール地方の実効支配線をはさみ、交戦が散発的に発生している。元インド軍高官は「インド軍の戦力の6割は対パキスタンで、4割は対中国だ」と打ち明けた。
 
モディ印首相は2014年の首相就任式に、パキスタンのシャリフ首相を招き、緊張緩和の糸口を探った。

インドとの経済関係の正常化に動こうとした実業家出身のシャリフ氏にパキスタン軍は不満を募らせ、先月、首相を失職させられたシャリフ氏に対する最高裁の判断には、隠然とした政治力を持つ軍の関与を疑う声が上がる。

米中のパワーゲームが続く中、今後も両国の緊張状態が続くことは間違いない。【8月14日 産経】
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微妙なのがアメリカとの対テロ戦同盟国という立場で、そうした立場の一方でパキスタン(特に、国軍、その中核たる三軍統合情報局ISI)が隣国アフガニスタンのタリバンなどイスラム過激派を支援しているという指摘が常々なされています。

パキスタンの意図は、隣国アフガニスタンにインドの影響力が強まることを排除する狙いがあると言われています。

ようやく発表されたアメリカのアフガニスタン新戦略
アメリカのアフガニスタンに関する戦略において、このようなパキスタンにどう向き合うかが大きな課題となっていました。

アメリカ・トランプ政権はタリバンの攻勢が強まるばかりのアフガニスタンにおいて、オバマ前政権が示したように撤退するのか、それとも関与を続けるのか、戦略見直しを迫られていました。

しかし、政権内には辞任に追い込まれたバノン氏に代表される「アメリカ第一」の立場から撤退を指示する勢力と、軍を中心にした増派で関与を強めることを主張する勢力があり、決定が遅れていました。

トランプ氏自身の内部にあっても、本音としてのアフガニスタンなどにはかかわりたくないという思いと、今手を引けば“敗北”に終わってしまうという不安が交錯しているようです。(そのあたりの経緯は、長くなるので割愛します)

その新たな方針が21日、ようやく発表され、駐留を継続する決定がなされました。

****米軍、アフガン駐留を継続へ トランプ氏が撤退方針転換****
トランプ米大統領は21日、バージニア州で演説し、新たな対アフガニスタン戦略を発表した。

「早急な撤退はテロリストがはびこる空白をうむ」と話し、関与を続ける方針を示した。オバマ前政権は完全撤退を目指してきたほか、トランプ氏自身も就任前は撤退に賛成していたが、翻意した。
 
トランプ氏は米軍撤退による影響について「予想可能であり、それは受け入れ難い」と述べ、治安悪化が避けられないとの見方を示した。就任直後を振り返り、「私の直感は撤退だった」としたが、状況を知り考えを変えたことを明らかにした。
 
トランプ氏は「部隊の数や将来の計画は言わない」とし、今後の駐留規模に言及しなかったが、米メディアはトランプ氏が約4千人の追加派遣を承認したと伝えている。
 
さらにトランプ氏は「はるか遠い国の民主主義を作るために米軍の力は使わない」と発言。「テロリストは殺すが、国の建設はしない」と強調し、役割を限定する考えを示した。
 
アフガンでは、反政府武装組織タリバーンや過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロが頻発している一方、財政難などで治安組織の整備が遅れている。
 
アフガンには現在、治安部隊への訓練や助言、テロ対策などの任務で約8400人の米兵が駐留している。地上の戦闘部隊は派遣しておらず、この方針はトランプ政権でも維持されるとみられる。
 
米国は同時多発テロが起きた2001年にアフガンで「テロとの戦い」を開始し、最盛期には約10万人が駐留した。「米国史上最長の戦争」と言われたが、オバマ前大統領が16年末までの完全撤退を表明。

しかし、治安の悪化を理由に度々計画が頓挫し、任期内の撤退は実現しなかった。アフガンの出口戦略はトランプ政権に委ねられていた。【8月22日 朝日】
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パキスタンに対しては、「これまでの対応を変える」】
「新戦略が意味するところが(攻撃力の)増強なのか、削減なのかを判断するのは時期尚早だ」(米空軍のゴールドファイン参謀総長)というように、増派の規模や内容は不透明ですが、そのあたりの話は今回は割愛します。

今回取り上げるパキスタンの関連では、“国内にタリバン幹部をかくまっているとされるパキスタンに対しては、「これまでの対応を変える」と明言。「アフガンで米国と協力して多くを得るか、テロリストを保護し続けて多くを失うかだ」と述べ、タリバンに対する影響力を行使するよう圧力をかけた。”【8月22日 時事】と、これまで以上に厳しい姿勢で臨むことを明らかにしています。

****米長官、同盟国待遇剥奪も示唆=アフガン問題でパキスタンに圧力****
ティラーソン米国務長官は22日、トランプ大統領が21日に公表したアフガニスタン新戦略に関し、パキスタンがテロ組織に対する姿勢を改めなければ、「同盟国」待遇の剥奪や支援停止も検討すると示唆した。
 
パキスタン当局はアフガンの反政府勢力タリバン幹部を国内にかくまい、越境テロ攻撃を暗に支援しているとされる。タリバンに影響力を持つパキスタンに「制裁」をちらつかせることで、アフガン和平での協力を引き出したい考えだ。
 
ティラーソン長官は記者会見で「アフガン駐留米軍に攻撃を仕掛け、アフガン安定化を妨害するテロ組織がパキスタン国内でかくまわれており、米国とパキスタンの信頼関係はここ数年で崩壊しつつある」と指摘。その上で「パキスタンはテロ組織に対する姿勢を変えなければならない」と繰り返し訴えた。
 
さらに、パキスタンへの資金支援と今後の米パキスタン関係に条件を付けると発言。パキスタンが国内のテロ組織を一掃するとともに、タリバン幹部に影響力を行使してアフガン政府との和平交渉のテーブルに着かせなければ、「北大西洋条約機構(NATO)非加盟の主要同盟国」待遇の取り消しも視野に入れると述べた。【8月23日 時事】
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当然ながら、パキスタンはこうした名指し批判に反発しています。

****パキスタン、米国から名指し非難受け声明****
トランプ米大統領のアフガニスタン新戦略について、名指し非難されたパキスタンは22日、「(米大使に)アフガンの平和と安定を望んでいるとの立場を説明した。テロとの長い戦いで多大な犠牲を払っていることを強調し、テロの脅威を排除するため国際社会と引き続き協力していくとの考えを示した」との慎重な声明を発表した。
 
アフガンのガニ大統領は「この世界的な紛争で、アフガンのなくてはならないパートナー国による長期的な取り組みを示すものだ」と歓迎した。
 
米軍との戦闘を続けるイスラム原理主義勢力タリバンは、「米国は、自分たちの最も長い戦争をまだ終わらせようとしていないようだ」「米国が部隊を撤収させないなら、アフガンが米帝国の墓場になり、米指導者がそれを理解する日は遠くない」と表明した。【8月23日 産経】
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パキスタンが中国との関係を一層深化させる懸念はあるものの、避けては通れない道
アメリカのパキスタンへの厳しい姿勢が功を奏するのかという疑問、最近強まっている中国との接近を更に促すことになるのでは・・・との指摘もあります。

****米アフガン新戦略、パキスタンの中国傾斜リスクも****
米トランプ政権が発表した対アフガニスタンの新戦略は、反政府勢力のタリバンと戦うアフガニスタン当局者を勇気づけた。

だが、米国が新戦略でパキスタンに対してより強硬なアプローチを取るという新たなスタンスについて、パキスタンの首都イスラマバードの当局者やアナリストは、パキスタンが中国との関係を一層深化させるのを促し、16年間に及ぶアフガン戦争をさらに悪化させかねないと警告している。
 
ドナルド・トランプ大統領が21日、アフガニスタンへの軍事的関与拡大を発表したことを受け、アフガニスタンのアシュラフ・ガニ大統領は22日、米国の関与拡大がタリバンとの戦いに役立つだろうと述べた。タリバンはここ数カ月間、支配地域を拡大している。

ガニ大統領は「米・アフガン協力関係は、われわれすべてを脅かしているテロリズムの脅威を克服する上で、かつてなく強固になる」と述べ、「われわれの治安部隊の強さは、タリバンやその他の勢力の軍事的勝利があり得ないことを示すだろう。平和を目指すことが最も重要だ」と付け加えた。

しかし、パキスタン当局者らは、アフガン戦争に軍事的解決は一切ないとみており、必要なのはタリバンとの和平協議であって、トランプ氏が発表した「勝利のために戦う」姿勢でも米軍の増派でもないと考えている。
 
パキスタン議会上院国防委員会のムシャヒド・フサイン委員長は、「発表されたトランプ氏の新方針は不安定化のためのレシピだ。うまくいかないだろう。それは、これまでに何回も試しては失敗してきたものだ」と話した。
 
パキスタン当局者は22日、トランプ氏の発言への苛立ちをもあらわにした。トランプ氏は、パキスタンが「混乱分子」をかくまい続けていると指摘し、それが変わらなければ米国からの支援打ち切りも辞さないと脅した。
 
アフガニスタンと欧米の同盟諸国は長年、パキスタンを批判し、同国がひそかにタリバンに支援を提供し、指導者らをかくまっていると主張してきた。パキスタン政府はこれを否定しているものの、タリバン関係者に一定の影響があることは認めている。

パキスタン、インドのプレゼンスを懸念
パキスタン当局者によると、パキスタンは米国のテロとの戦いに参加したことで、何万もの人命を犠牲にし、膨大な経済的損失を被ったという。
 
パキスタン外務省は22日、「テロリズムの脅威と戦うために、世界中でパキスタンほど貢献した国はない。米国が発表した新方針の中で、パキスタン国民がこの取り組みのために払った多大なる犠牲を無視していたことは残念だ」と述べた。
 
同省によると、ホワジャ・ムハンマド・アシフ外相は22日、デービッド・ヘール米国大使との会談で、パキスタンが「アフガニスタンの平和と安定を望んでいる」ことを改めて強調したという。アシフ外相は数日後に米国を訪問し、レックス・ティラーソン外相と会談する予定だ。
 
アナリストらは、パキスタンが新たに圧力を受ければ、パキスタンと中国との連携が深まるだろうと指摘する。それは、トランプ氏が21日に「アフガニスタンで一層の協力」をインドに求めたことも同様で、そうした動きに拍車がかかるだろうという。
 
パキスタンの前駐アフガン大使のルスタム・シャー・モフマンド氏は、「パキスタンは米国に『われわれを追い込み過ぎるな』と伝えるだろう」と話した。
 
中国はパキスタンで、550億ドル(約6兆0500億円)規模のインフラ建設計画を請け負っている。中国外務省は22日、「パキスタンはテロとの戦いの最前線に立っており、多大な犠牲を払って貢献している。国際社会はパキスタンの努力を全面的に肯定すべきだ」との声明を出した。
 
一方、パキスタンは、宿敵であるインドがアフガニスタンを利用して、ジハーディスト(聖戦主義)的・分離主義的な反パキスタン戦闘員を支援していると非難している。1990年代にはアフガニスタンでの影響力を求めるパキスタンとインド両国間の代理戦争によってアフガニスタンは内戦状態に陥った。
 
イスラマバード在住の防衛アナリスト、リファート・フサイン氏は「パキスタンで本当に懸念されているのは、米国がアフガニスタン国内でインドのプレゼンスを使おうとすることだ。それは、インド自身の諸般の理由のために、そして『中国・パキスタン経済回廊(CPEC)』をとん挫させることができるという理由のために、パキスタンに対して代理戦争を仕掛けようとするものだ」と語った。
 
インドは、アフガニスタンで支援を強化する用意があると述べた。インド外務省は、インドがダム、道路、政府の建物、その他のインフラを建設しており、今後もアフガニスタン再建の取り組みを続けると述べた。インドはアフガニスタンに数百万ドルの援助を提供しており、アフガニスタン治安部隊に対する訓練も行っている。
 
インド外務省は、「テロリストらが(パキスタンから)享受しているセーフヘイブン(安全な避難地)や、その他の越境支援という難問に立ち向かう」トランプ氏の発言を歓迎した。
 
しかし、インドは同時にパキスタンとの緊張激化を警戒している。アフガニスタン駐在インド大使だったビベク・カチュ氏は、インドはトランプ氏がパキスタンに対する厳しい発言をどう履行しようとしているのか見極めようとするだろうと述べた。(中略)
 
アフガニスタン人のなかには、トランプ政権のプランを懐疑的に見る向きもある。米軍の今後想定されるアフガニスタンでの役割があいまいだし、パキスタンからどのように協力強化を取り付けるのかはっきりしないというのだ。
 
アフガニスタン軍の退役将軍で安全保障アナリスト、アティクラ・バリャライ氏は「パキスタンが引き続きテロリストをかくまうとすれば、どのような行動がパキスタンに対して講じられるのだろうか。何が彼(トランプ氏)の圧力ツールになるのか」と問い掛けた。そして「彼の政策はあいまいで不透明なようにみえる。この間、アフガニスタンで戦争は続く。それは日に日に激化している」と語った。【8月23日 WSJ】
*******************

パキスタンがイスラム過激派への掃討を強めると、国内でテロが頻発し“テロ地獄”とも呼ばれる状況になるのは事実です。結果、これまでも多大な犠牲者を出していることも事実です。(ただ、それはイスラム過激派を野放しにしてきた結果でもあります)

また、アメリカにとって、中国やインドの関与があるなかでパキスタンを思う方向に向かわせるのは非常に難しいことではあります。

ただ、アフガニスタンの戦闘がここまで長引いているのはパキスタンのタリバン等への支援があったことが最大の理由であり、パキスタンの対応をどうにかしない限り、いくらアフガニスタンに増派しても穴のあいたバケツで水を汲みだそうとするようなものです。

また、(アメリカが関与する、しないに関わらず)アフガニスタンに民主的な政府が持続的に存続することも不可能です。

今回のアメリカの新戦略で、パキスタンのアフガニスタンにおける行動が変化することを期待します。

****アフガンでタリバン自爆テロ、45人死傷=米の「関与継続」表明後初****
アフガニスタン南部ヘルマンド州の州都ラシュカルガで23日、反政府勢力タリバンの自爆テロが発生し、地元警察当局によると、少なくとも5人が死亡、40人が負傷した。

トランプ米大統領がアフガンへの関与を継続すると表明した21日の演説後、初のテロ事件で、タリバンの抵抗が根強いことが浮き彫りになった。(後略)【8月23日 時事】 
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太平洋で存在感を強める中国

2017-08-22 22:20:24 | 中国

(中国から見た太平洋 スペースの都合でカットしましたが、この左手奥にアメリカがあります。
ピンクの丸と数字は太平洋諸国への06~14年の合計援助額 単位百万ドル
グレーの丸と数字は2016年の各国防衛費 単位億ドル

“中国から太平洋を見ると、沖縄や台湾などの島々が、太平洋への出入り口を塞いでいるように見える。
米軍や自衛隊がこの地図をよく使うのは、中国が自国の防衛ラインとしているとされる「第一列島線(沖縄―台湾―フィリピン)」と、米国の軍事的圧力を阻止することを目指す「第二列島線(グアム・サイパン―ニューギニア島)」の概念を理解する一助になると考えるからだ。”【8月6日 朝日GLOBE】)

歴史・観光で日本ともつながりが深いパラオに流入するチャイナマネー
日本以外に日本語を公用語としている地域があるとか。南太平洋の島国パラオのアンガウル州というところだそうです。

****日本以外にも「日本語が公用語」という国があるって本当?=中国メディア****
中国メディア・今日頭条は18日、「なんと世界で日本以外に日本語を使っている国があった」とする記事を掲載した。

記事は(中略)「日本語は日本以外でも使われているのだろうか。実は1つある。その国の名前は、パラオだ。太平洋上に浮かぶ島国で、この国の公用語が日本語なのである」と紹介した。

この説明は、正しくない。日本語を公用語に定めているのはパラオの国自体ではなく、同国内のアンガウル州である。同州の憲法には、同国の公用語であるパラオ語と英語に加えて、日本語を公用語とすることが書かれているのだ。

記事は、現地で日本語が公用語になった背景について「第1次世界大戦でドイツが敗れた際、戦勝国の1つだった日本がアジアにおけるドイツ権益をすべて引き継いだが、そこにパラオが含まれていたのだ。

パラオは日本によって植民化されたが、日本に対して恨みを持っていないどころか、日本を好む傾向が伺える。それは、日の丸に似たパラオの国旗を見れば分かる」としている。

第1次大戦終了後から太平洋戦争終了までパラオを含む南洋諸島は、当時の国際連盟が日本に統治を委託した委任統治領だった。

日本語教育が行われたが、敗戦後は米国の統治下に入り、日本語は使われなくなっていった。憲法で日本語を公用語と定めているアンガウル州では実際に日本語が日常的に使われている訳ではなく、日本との関わりがあったことを示す象徴として定められているようだ。

ちなみに、パラオは中華民国との国交があり、中華人民共和国とは国交がない。【8月22日 Searchina】
********************

その中国と国交がないパラオに、“例によって”近年チャイナマネーの影が濃くなってきているとか。

****赤く塗り替えられる太平洋の島・パラオ****
6月13日、南米の小国パナマが100年以上にわたり関係を築いてきた台湾との関係を捨て、中国本土との国交樹立を宣言した。
 
台湾政府は、国際的な孤立を避けるためにパナマだけではなく、台湾との国交関係を持つコスタリカ、ガンビアなど小国に莫大な資金援助をしてきた。中でも国交が107年にも及ぶパナマは台湾にとり、最も重要な国の1つだった。
 
にもかかわらず、パナマ政府は台湾を捨て、中国政府を選んだ。パナマに対し、中国政府が台湾以上の資金援助をしたことが最大の原因だった。つまりカネの力によって、中国はパナマを手に入れたということだ。
(中略)現在、台湾と国交を結ぶ国の大半は中南米のおよそ20カ国に集中している。そうした国々に〝パナマ現象〟が起きるのは時間の問題ともされている。

国際貿易の要衝、パナマ運河を抱えるパナマが〝赤く〟染まったことは米国にとっては深刻な問題だ。同様に日本政府にとってもパナマの寝返りは重要な意味を持つ。

なぜならば、日本の安全保障上、極めて重要な国がパナマと同じように中国にカネの力によって、中国傘下に収まるかもしれないからだ。

中国が仕掛ける台湾断交ドミノ
その国はパラオ共和国。日本からおよそ3200キロ離れた太平洋上の島国である。
 
人口わずかに2万人余り。200以上の小さな島々からなるこの小国がなぜそれほど日本にとって、重要なのか。それは世界地図を見れば一目瞭然。

中国は対米戦略上、戦略展開の目標ラインを定めている。日本の九州を起点に沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオに至る「第一列島線」、そして小笠原からグアム、サイパン、パプアニューギニアに至るのが「第二列島線」なのである。パラオはこの第二列島線の重要拠点の1つなのである。(中略)

観光の島、パラオ。日本人が持つパラオのイメージだが、それは一昔前に終わった幻想にすぎない。

例えば日本からパラオを訪れる観光客の推移を見ればそれははっきりする。2011年に3万7800人を数えたそれは、昨年は2万9000人余りと1万人以上減った。逆に急増している地域がある。中国だ。

同年を比較してみる。11年にわずか1700人だった中国からの観光客は、昨年はおよそ6万5000人。日本人の倍以上の急増ぶりだ。
 
だが、中国人観光客の急増ぶりをパラオ政府は諸(もろ)手を上げて歓迎しているわけではない。パラオの人々の脳裏にはある事件が今も鮮明に焼き付けられているからだ。
 
事件が起きたのは12年。パラオ海洋警察による中国の違法操業漁船の摘発だった。逃げようとする中国人漁民に対し、発砲した銃弾により中国人が1人死亡した。

(中略)違法操業を隠れ蓑とした「海上民兵」なのだろう。スパイ行為に近いことが行われていたのだろうとパラオ政府は今も思っている。
 
当時、人民日報はこの事件を取り上げ、台湾政府と国交を持つ、パラオへ観光に行くべきではないとの記事を掲載。一時、観光客は減ったが、ほとぼりが冷めた14年頃から一転、急増する。そして、今やパラオ観光は、中国の富裕層のステータスのように言われている。

中国漁船の影は今もパラオを脅かしている。パラオの人口のほとんどが密集するコロール島のあちこちに中国漁船で働く漁民のための宿舎のような建物がいくつもある。(中略)

日本の存在感は薄まるばかり
2015年、戦没者慰霊のためパラオ、ペリリュー島を訪問した天皇陛下らをパラオ国民は熱烈に迎えた。このようにパラオ国民の日本に対する親近感は今も根強い。世界一とも言われるほどの親日ぶりだ。
 
けれども、最も開発が進み、人口の大半を抱えるコロール島を回ってみても進出している日本企業は恐るべき少なさ。また観光客も減り続けている。日本の存在感は薄まるばかりだ。
 
資源、環境、観光を束ねる大臣、ウミー・センゲバウによれば、日本企業にも接触し、ホテルの進出や、インフラを含めた総合開発を提案しているが反応は良くないという。
 
そして、彼が危惧していたのは、パラオ開発がコロール島だけに偏り、パラオ最大の島である「バベルダオブ島」にはほとんど手がつけられていない点であり、また、言外に中国資本の積極的な動きを示唆していた。現に同島のリゾート開発目的で上海の開発業者が、同大臣を訪ねている。今年2月のことだ。(中略)
 
中国本土、上海や北京から自家用ジェットに乗り込んだ投資家たちが、パラオにも足を運ぶようになってきた。今年に入ってからも、自家用ジェットを駆ってパラオにやって来た中国人投資家は片手では収まらない。
 
12年の中国〝スパイ〟船の記憶も生々しく、中国本土からやって来る観光客を喜びながらも、まだどこか懐疑的な視線を送っている。しかしながら、その中国人が落としていく外貨が観光立国を目指すパラオの有力な財源になっていることは間違いない。

先の観光大臣ではないが、彼らの本音としては、日本企業の進出、日本人の観光客が戻ってきてほしいというのが本当のところだ。だが、日本側の動きは鈍い。(中略)

こうしたゴミ処理だけでなく、汚水を垂れ流している下水処理、電力、水道水の供給などインフラ整備はパラオの急務。日本企業が採算性から二の足を踏む中、中国資本の動きが見え隠れし始めている。
 
パナマはまさにインフラ整備への巨額投資が誘い水となり〝赤い中国〟へと寝返った。パラオがそうはならないと誰が保証できるのか。誰もできはしない。
 
パラオ同様に第二列島線に位置するサイパンが今は中国資本の島となり、中国資本によるカジノが中国本土からの客で賑わっていることを知っているだろうか。

たしかに、軍事的な施設ができているわけではないし、戦艦が寄港しているわけでもない。しかし、まずカネを落とし、そして人を送り込み、そこを〝赤く〟塗りつぶしていくのが中国のやり方。
 
パラオにも〝チャイナマネー〟により潤っているサイパンの情報は流れている。パラオ政府関係者もサイパンに何度も足を運んでいる。「パラオがサイパンのようにならないという保証はない」(パラオ政府高官)。なぜなら、潜在的にあるチャイナマネー待望の声を無視はできないからだ。【8月21日 WEDGE】
**********************

巨額融資の返済 断れない中国の要求
太平洋におけるチャイナマネーの影響はサイパン、パラオの第二列島線を超えて大きく広がっています。

****トンガ 乗っ取られる? 首相発言が波紋****
「我が国はこのままだと、数年以内に中国人に乗っ取られてしまう」。北京から約1万㌔。約170の島々からなるトンガで今年5月、首相の発言が波紋を広げた。

1998年に台湾と断交して国交を結んで以来、中国との絆は深い。人口10万の国で、なにが起きているのか。(中略)

(アキリシ・ポヒヴァ首相)「あくまでも仮定だが、合意を守れなければ、我々の海で彼らが漁業をするようになるとか、我々の軍隊を彼らが使うようになるとか。さまざまなことが起こりうる」

「合意」とは中国からの多額の援助の返済だ。中国からトンガへの援助は2006年から16年までで総額約1億7200万米㌦(豪・ロウィー研究所推計)に上る。

無償援助もあるが、長期の低金利融資も多い。IMF(国際通貨基金)などによると、対外債務は今や国のGDPの半分近くに上るが、大半が中国からの借金だ。首相は、その元本の返済が「来年から始まる」と言った。

さらに、こう続けた。「多くの国民も恐れを感じている。商売では今や中国人が卸売りや小売りの8割以上を独占しているのだから」

不安をあおるようにも受け取れる一連の発言は、様々な臆測を呼んでいる。選挙制度改革を経てトンガで民主化が進んだのは2010年。首相のポヒヴァは民主化運動のリーダーだった。

一方、いまも大きな影響力を持つ王室は中国との関係が深く、「トンガ中国友好協会」の会長を王女がつとめるほどだ。

ヴァヴァウの中心街に並ぶ日用品店をのぞくと、店を切り盛りしているのは、ほとんどが中国系の人たちだった。

幼い子を連れて買い物に来たリーロイ・ファンガラヒ(27)は、以前は電気関係の職に就いていたが、いまは失業中だ。

「中国の店は早朝から深夜までやっているし、品ぞろえもいい。昔はトンガ人経営の店もあったが、ここにはほとんどなくなった。首相の言葉は俺たちの実感そのものだ」。06年に首都で暴動が起き、中国系の店が焼かれた。それ以降、ぎくしゃくした空気はある、と話した。

中国系の人たちはどう感じているのか。3階建ての建物で日用品店とホテルを営む王誦云(ワン・ソンユン、38)に聞くと、「中国人はどこででも生き抜く道を見つける。トンガ人の友達もたくさんいるよ」と言う。(中略)

王は移住して5年が過ぎた後で、商売をしやすくするため、トンガ国籍を取得した。90年代の一時期には高額でパスポートが売られていたといい、トンガ国籍を持つ中国系移民は少なくないという。トンガに暮らす「中国人」は数千人で、人口の3~5%というが、実態はつかめない。

取材後、王が「とっておきの場所がある」と、海と島を望む小高い山に連れていってくれた。先に来ていた家族連れとトンガ語で談笑した後で、声をひそめ、島の間に架かる橋を指した。「中国のお金で建てられたものだよ」と誇らしげな笑顔を見せた。

政府庁舎や埠頭も整備
首都・ヌクアロファに戻ると、中国はまた違う次元の存在感を放っていた。海岸通りにそびえるのは、完成したばかりの政府合同庁舎。中国が無償で建設し、首相府や財務省などが入る予定だ。玄関に「チャイナ・エイド 中国援助」と記されたプレートが光っていた。

その向こうには、巨大なモニュメントが立つ「ブナ埠頭」が見える。中国が全額を低金利融資し12年に完成したこの埠頭は、大型客船とともに軍艦も入港できる大きさと深さだ。

同じ海岸の東側では、日本が33億円を無償で援助し、国内輸送船用の埠頭を新設する工事の最中だった。

豪州、ニュージーランド……。島をめぐると、道路や施設のあちこちに支援した国名を書いた表示がある。「大国」の視線を集める太平洋の姿を示していた。

トンガで長年民主化運動に取り組んできたジャーナリスト、カラフィ・モアラ(66)は話す。「恐れからは何も生まれない。新しくパワフルな友達と賢く関係を築いていければ、我々にメリットはある。トンガの問題を中国のせいにせず、自分たちの問題として向き合うことから始めるしかない」【8月6日 朝日GLOBE】
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中国が欧米・日本とは異なる基準で経済援助を行っているとは常に指摘されるところですが、その資金援助もやがて返済が始まります。

トンガの場合もそうですが、返済能力を無視して融資された資金の巨額の返済をどうするのか・・・中国からすれば、その交渉が要求をのませる“狙い目”だとか。こういう言い方をすると、悪質な金貸しのようでもありますが・・・・。

****太平洋で存在感増す中国****
太平洋の島国に対する中国の存在感は経済援助を通じて急速に増している。

先進国の場合、経済協力開発機構(OECD)の原則に沿って、所得水準や返済能力によって融資できるかを決めるが、中国にはそうした制約はない。

返済期限が長く、低い金利の「ソフト・ローン」による支援も多く、先進国の援助にはなじみにくい「ハコモノ」建設が目立つ。

現地の事情に詳しい笹川平和財団の主任研究員・塩澤英之は「伝統的な支援国ができないことをやっている。現地の政治情勢に口を挟まないのも、支援を受ける側からすればニーズに沿った支援ともいえる」と分析する。

豪に拠点を置く「ロウィー研究所」は独自の調査で、中国の2006年からの10年間の援助額を「17億8千万米㌦(約2千億円)」と推計した。首位の豪州(77億㌦)は別格だが、2位の米国に迫る額だ。

当然、各国の債務はかさみ、返済帳消しや期限延長の交渉をせざるを得ない国も。塩澤は「その交渉過程こそ、中国は重要視しているようにみえる。上の立場に立って交渉を進めることで、新たなカードを持てる」と指摘する。

一方で、中国も最近は無償援助を増やしているとみられる。塩澤は「責任ある援助国としての地位を得ようとする動きにみえる」と言う。

ロウィー研究所の調査した援助は中国を承認した国が対象だ。だが、中国の存在感は、国交のない国々でも観光客や民間投資という形で高まっている。

台湾と国交を結ぶパラオには、10年ごろから中国人観光客が急増し、15年には人口の4倍超の8万7千人が押し寄せた。ダイビング客の急増などで環境面を懸念する声もあり、一時はパラオ政府がチャーター便数を減らす事態に。

11年にマカオ―パラオ間のチャーター便を開拓し、中国人向けのツアーを始めた旅行会社「旅易国際」社長、周立波(49)は「中国人観光客は5、6年で100倍。パラオ経済の発展に寄与している。パラオは歴史的にはアメリカや日本との関係が深いが、長い目で見れば、中国との関係は強くなっていくだろう」と語った。【同上】
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スリランカのように融資返済のめどが立たなくなり、中国に港湾を長期間貸し出す事例もづでに起きています。

「中国は戦争はせずに南シナ海や東シナ海から米国を追い出すという帝国主義的な長期戦略を立てている」(米国人ジャーナリストのロバート・カプラン氏)との指摘も。

もっとも、これについては「一見すると国家戦略のように見え、失敗とは言えないので宣伝部門もこのレトリックに乗るが、投資部門からすれば、単なる焦げ付きであり、経済的には不安要素以外の何物でもない。中国はあたかも昔から計画があったかのような演技をするので信じてしまいがちだが、数十年先、100年先を見据えた具体的な青写真は描いていない」(同志社大学教授の浅野亮氏)【同上】との、中国に明確な長期戦略があるという見方には否定的な見解も。

いずれにしても、“悪質な金貸し”のようなことをやる、やらないにかかわらず、それが長期的戦略である、なしにかかわらず、現在の経済状況を見れば、太平洋諸国における中国の存在感が高まるのは避けられない状況です。
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