孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

香港  国家安全維持法施行から4年 強まる締め付け、政治・経済・市民生活で中国との一体化加速

2024-06-30 22:45:43 | 東アジア

(地下鉄を降り、深圳市への通関施設に向かう人々=香港北部で2024年6月5日、小倉祥徳撮影【6月10日 毎日】)

【国家安全維持法施行から4年 強まる締め付け、中国との一体化】
香港の「一国二制度」が形骸化し、中国との一体化が急速に進行しているのは今更の話です。

その中国化の基本にあるのが国家安全維持法。
国家安全維持法は、2019年に香港で起きた政府への大規模な市民デモを機に中国の主導で20年に導入されました。
国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力との結託の四つを国の安全を害する犯罪と定め、最高刑は終身刑です。
 
香港当局によると、国家安全維持法施行以来、6月21日までに国安法違反や国家安全維持条例違反で299人が逮捕されています。

****香港 「国家安全維持法」施行から4年 言論への締めつけ強まる****
香港で反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」が施行されてから30日で4年となります。ことしは、この法律を補完する新たな条例も施行され、香港社会で、言論に対する締めつけは、さらに強まっています。

香港では4年前の2020年6月30日に「香港国家安全維持法」が施行され、中国政府を批判してきた民主派の政治家や活動家、それに新聞の創業者などが相次いで逮捕され、政府に対する抗議の声は厳しく抑え込まれています。

47人の元議員らがいっせいに逮捕、起訴された事件では、起訴から3年以上たった5月、14人に有罪判決が言い渡されました。 このほかの被告の裁判は続いていて、民主派の活動家らの身柄の拘束が長期化しています。

さらに、ことし3月には、国家安全維持法を補完する「国家安全条例」が新たに施行されました。
この条例では、スパイ行為や、外国勢力による干渉などを犯罪と規定したのに加えて、中国政府などへの憎悪をあおる行為に対する罰則が強化されました。

この条例に違反したとして6月には、5年前の2019年の抗議活動のときのスローガンが書かれたTシャツを着た男性が起訴されました。

香港の保安局はNHKの取材に対し、「国家安全維持法」と「国家安全条例」などに違反したとして逮捕された人は、4年前の2020年6月30日から2024年6月21日までに、299人に上るとしていて、香港社会で言論に対する締めつけはさらに強まっています。

有罪判決を受けた人の妻「覚悟を決めて対応していく」
梁国雄さん(68)は、5月の裁判で有罪判決を言い渡された14人のうちの1人で、「ロング・ヘアー」の愛称で知られた香港の議会、立法会の元議員です。

梁さんは、4年前の2020年に立法会の議員選挙にむけて行われた民主派の予備選挙に関連して、国家政権の転覆を図ったとして、ほかの被告とともに、香港国家安全維持法違反の罪で起訴され、3年以上、身柄を拘束されています。

NHKのインタビューに応じた梁さんの妻で、民主派団体の代表を務める陳宝瑩さん(68)は、夫たちが予備選挙で掲げた目標は、香港の憲法にあたる基本法で認められたものだと主張し、みずから街頭に立って、政府に説明を求めています。

しかし街頭では、警察官から警告を受けた上、ビデオカメラで撮影され、当局からの圧力を感じているということです。

陳さんは「いつレッドラインを越えて、逮捕されるのかわかりません。しかしどうすることもできません。覚悟を決めて、対応していくしかありません」と述べ、香港の現状について、言うべきことは主張し続けていくとしています。【6月30日 NHK】
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言論への締め付け、中国との一体化は香港社会のあらゆる場面で進行していますが、次世代の国民を育てる教育の現場はその根幹にもなります。

****【香港 国安法4年】「教育の最後のラインを守っていく」かつて民主派支持の教員が今も教壇に立つ理由***
「国家安全維持法」の施行から4年。今年は「国家安全維持条例」も施行され、香港における反政府的な言動の取締りは一層厳しくなっている。

かつて多様な意見を育んできた特色的な教育は“反乱の温床”と見なされ、大勢の教員が身の危険を感じ、あるいは失望し、職を辞した。その数は2000人から3000人とも言われるが、今も教壇に立ち続ける教員が複雑な胸中を明かした。

「中央政府は成果を見て喜ぶ」
2021年8月、10万人近い会員を有した労働組合「香港教育専業人員協会」が解散を発表した。香港の教員は「ほとんどが民主派(現役教員談)」とされ、同協会も民主派の支持基盤だったことから「巨大な圧力を受けた」と解散の理由について述べている。

香港政府教育局の資料によると、退職(定年含む)した教員の数(幼稚園、小学校、中学校、特殊学校)は2020〜2021年は3406人だったのに対し、2021〜2022年は5397人、2022〜2023年は6748人と急増している。

「学校の変化は大きいですよ。授業で話す全ての内容に気を付けなければなりません」
そう語る男性教員は、学校勤務15年以上のベテランで、周りの同僚と同様に民主派を支持していたという。学校では常に“自分の中で審査”してから発言しているといい、児童らはもちろん、こうした苦労を知らない。

この男性教員が変化として最初に挙げたのは、学校での「国歌斉唱」についてだ。国歌とはもちろん、中国の「義勇軍進行曲」のことだ。

香港の小学校教員: 「以前は静かに起立していればよかったのですが、今は大きな声で、はっきりと歌わなければなりません。出来なければ、歌うようになるまで繰り返し歌わせます」

香港では2020年に、中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例」が施行された。6月のサッカーワールドカップ・アジア二次予選では、国歌の演奏時に起立しなかったり、背をそむけたりしたとして3人が逮捕されている。男性教員の話からは学校においても、いかに国歌を重要視しているかわかる。

香港の小学校教員: 「高学年の児童は2019年の大規模な抗議デモのことを知っています。自分の将来のことを考えれば『歌わない』という選択はないのです。自分からすればおかしいと思うが、香港政府は中央政府の指示にきちんと対応し、中央政府はその成果を見て喜ぶ。そういうことなのです。香港では本当に愛国心からなのか、罰せられるのが嫌で仕方なく歌っているのか、それはわかりません」

一方で低学年の児童は、一生懸命国歌を歌っているという。2019年の抗議デモに触れていないか、あるいは記憶に残っていない世代だ。こうした世代は授業でも、新たなカリキュラムで学ぶこととなる。

教員は政府の“喉と舌”になってしまうのか
2021年に香港の高校では「通識(リベラル・スタディーズ)」が別の科目に置きかえられた。通識は時事問題などを複数の観点から考え、香港社会の多様な意見を育んできたとされる。

「天安門事件」などもテーマとして扱っていたが、通識によって“反政府的”な考えが生み出されるとして、国安法の標的となったのだ。そして小学校でも科目の変更があり、来年から「人文科」が導入される。この中で児童らは「愛国」や「国安法」についても学ぶこととなる。

香港の小学校教員: 「簡単に言うと『我が国は素晴らしい』と教えなければなりません。教員は教えたくなくても、学校から言われれば選択の余地はありません」

一方で香港はかつて「天安門事件」も「文化大革命」もタブーではなかったし、児童、生徒の親世代はもちろん自由な時代を知っている。こうした背景から、教育局は急速な“中国化”は受け入れられるとは考えておらず、段階的に変更を進めるものとみられる。

男性教員は授業中にデモや政治の話題になると「学校では政治のことは討論しないよ」と“無色透明”を装っているという。

今はこの方法で凌げているが、この先教員は政府の“喉と舌”(中国国営メディアが共産党の広報的な役割を担うことからこのような表現が使われる)になることを求められる可能性もある。その時、5年前の民主派による「大規模デモ」について問われれば、どう答えるのか。

香港の小学校教員: 「良心に従えば2019年のことは間違っているとは言いません。しかし、この先は立場を明確にして『黒暴(黒い服を着て暴力をふるった)』『社会秩序を乱した』と言わざるを得なくなるかもしれません」

そのような状況になっても、教員を続けるのか。答えは出ていないようだった。ただ、今はまだ自分が果たせる役割があると断言する。

香港の小学校教員: 「私は1989年の6月4日(天安門事件)を身をもって経験しているので、中国共産党がどういうものか、香港がどうなっていくのか、よくわかっています。信念を持った教員たちは、児童が自分で物事の是非を考え、背景を判断できるよう、上手く解釈して導く自信があります。教育の最後のラインを守っていくということです」

男性教員は終始、淡々とした口調でインタビューに応じた。ただ「凄いプレッシャーです」という言葉には、悲壮な覚悟を感じずにはいられなかった。【6月30日 TBS NEWS DIG】
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こうした中国・香港当局による“力”による締め付けに対し、憲法上の権利を擁護する形で盾となるべき存在が司法ですが、現実には司法の独立も脅かされています。

香港の終審法院(最高裁)で非常任裁判官を務め、今月辞任した英国籍のジョナサン・サンプション氏は英フィナンシャル・タイムズ(FT)に寄稿し、香港の法治に「重大な危機」が迫っていると警告しています。

中国・香港当局の意に逆らって裁判官が保釈や無罪の決定を出せば中国政府系のメディアなどの強烈なバッシングに曝される、「現地の裁判官がこのような政治的潮流に逆らうのは並々ならぬ勇気が必要だ」「多くの裁判官は自由の擁護者としての役割を見失っている」と主張しています。

****香港の法治に「重大な危機」-最高裁の裁判官辞めたサンプション氏****
香港の最高裁判所に相当する終審法院の非常任裁判官を先週辞めた英国籍のジョナサン・サンプション氏は、中国による民主派締め付けを強く批判し、香港の法治に「重大な危機」が迫っていると警告した。

同氏は英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に10日寄稿し、「かつては活気に満ち、政治的に多様なコミュニティーであった香港は、徐々に全体主義的な国家になりつつある」と論じ、「法の支配は、政府が強く関与するいかなる分野においても深く損なわれている」と主張した。

香港がグローバル企業を呼び込む上で鍵となるのが司法制度だが、外国籍裁判官の相次ぐ離職は、司法制度そのものに対する信頼を失墜させる恐れがある。

香港政府は11日の声明で、サンプション氏のコメントに「強い異議」を唱え、香港の裁判所が中国から圧力を受けているという指摘は「全くの誤り」だと反論した。

中国共産党の習近平指導部は、2019年に香港を揺るがした大規模な民主化デモをきっかけに香港に対する統制を強化。中国が民主派を抑えるため香港国家安全維持法(国安法)を20年に導入すると、辞任もしくは任期を更新しない外国籍の裁判官が相次いだ。

サンプション氏に加え、ローレンス・コリンズ氏も終審法院の非常任裁判官を先週辞任。コリンズ氏は辞意表明後、「政治情勢」に言及した。【6月11日 Bloomgerg】
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個人的には、香港を見捨てる辞任や更新しないという形ではなく、最後まで香港の人権ために「自由の擁護者」として尽力して欲しい・・・という感はありますが、そこまで求めるのは酷な話なのでしょう。現在の政治的流れは個人の力でどうこうなるものではないでしょうから。

【市民生活、経済面でも加速する中国と一体化】
中国・香港当局による“力”による締め付けだけでなく、香港市民の生活自体が中国との一体化を強めています。

****閉鎖、シャッター… 「中国化」で未曽有の消費不況 香港デモ5年****
香港・九竜半島の繁華街「旺角」にある屋台エリア「女人街」。衣料品やアクセサリー、カバンなどを売る屋台が300メートルほど並ぶ観光名所だが、その周辺の飲食店通りでは、週末夜でもシャッターを下ろした店舗が目につく。

創業50年の老舗広東料理店は、昨年6月に閉店したが跡地の買い手が現れていない。テナントのほとんどに明かりがともされず、不動産業者の電話番号を示す張り紙があちこちに貼られた雑居ビルもあった。

100万人デモから5年、高度な自治を保障した「1国2制度」が有名無実化するなか、社会経済が大きく変化した香港の実態を追いました。

欧米や日本の観光客減り
屋台の脇で中国茶を売っていた男性店主は「いまは欧米人や日本人の旅行者が少ない」と嘆いた。

2023年の香港への旅行者数は3399万人で、コロナ禍前の19年の約6割にとどまる。しかも、このうち8割は中国本土からだ。本土の景気停滞感も強く、日帰りだったり、夜は割安な中国側で宿泊したりする観光客も多い。香港メディア関係者は「(観光客減は)日米欧でのイメージ悪化の影響だ。付近の飲食店の半数が閉店した」と指摘する。

さらにレストランの閉鎖は観光地だけでなく全域に及ぶ。香港の北に位置する中国本土へと消費者が向かう「北上消費」が背景にあるためだ。香港の外食業界団体によると、24年3月には1カ月の間に香港全体で推計200~300軒が閉店した。

香港島中心部から約50分。北方に隣接する広東省深圳市との通関施設のある地下鉄「羅湖駅」では、平日でも小型のスーツケースを抱えたカップルや高齢夫婦の姿が目立った。

中国メディアによると、23年に「北上」した香港人は延べ5334万人。香港の全人口は750万人のため、1人当たり約7回も行ったことになる。

かつては本土から香港に向かう人の流れが圧倒的だったが、香港の物価高が続く中「半額以下だし、以前に比べて接客サービスも良くなった」(会社員女性の万さん、52歳)ことが、コロナ規制解除後に香港人を一気に深圳のレストランに引き寄せた。

「北上消費」でスーパーも打撃
深圳の格安スーパーへ自家用車で食品や日用品の買いだめに向かったり、買い物バスツアーが組まれたりすることも増えており、外食だけでなく小売業界も打撃を受ける。

老舗スーパーの大昌食品市場は3月、香港の全28店舗の閉鎖を発表。大昌含めて近所のスーパー3店が相次いで閉鎖したという会社員女性の謝さん(29)は「ネットスーパーもあるが、野菜や果物は自分で選びたいので不便だ」と嘆く。

深刻な消費不況の中で、対照的に存在感を高めているのが中国企業だ。23年5月に進出した出前大手「美団」は、配送料無料キャンペーンなどを武器に急速に浸透し、業界シェアトップに一気に躍り出た。

旺角と別の繁華街「尖沙咀」などを結ぶ幹線道路「ネイザンロード」では年明け以降、中国の大手飲料チェーン「蜜雪氷城」(ミーシュエ)や串焼き店チェーン「木屋焼烤」などが相次いで進出している。

ネイザンロードは、かつて香港の民主派デモ隊が集結した舞台。「香港の経済社会も中国化することは避けられないだろう」。香港に通算30年近く駐在する柳生政一・元香港日本人商工会議所事務局長(72)は語った。【6月10日 毎日】
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香港市民が深圳の格安スーパーなどへ「北上消費」で向かう一方で、中国富裕層のマネーは香港に流入しています。

****香港へ向かう中国富裕層マネー、制度緩和で加速****
中国の富裕層が、香港の保険商品や定期預金への投資を急増させている。本土の経済と不動産セクターの低迷や、人民元相場の下落から財産を守るのが狙いだ。

この傾向は昨年から顕著だったが、中国が2月に「クロスボーダー・ウェルス・マネジメント・コネクト(越境理財通)」制度の投資枠を拡大したことで、ここ数カ月は加速している。

香港の金融機関は、この機を逃すまいと奔走。民主化運動や中国の統制強化、地政学的な緊張によって失墜した香港の金融センターとしての地位を蘇らせる一助になりそうだ。

HSBC(HSBA.L), opens new tabの香港幹部、マギー・Ng氏は「中国には富裕層が約4500万人おり、海外投資や教育、自己防衛策をますます求めるようになっている」とし、「中国本土以外での資産運用需要は増えている」と語った。

2021年末に導入された越境理財通は、香港と隣接する南部広東省の9都市の住民に、香港とマカオの銀行が販売する投資商品の購入を認めるもの。同様に、香港とマカオの住民も中国本土に投資できる。【6月22日 ロイター】
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外国資本が香港から逃避する一方で、流入するチャイナマネー・・・香港にとって中国本土との関係はますます必要不可欠なものとなっています。

政治的にも、経済的にも、市民生活も、今後中国との一体化が加速することはあっても、その逆はないでしょう。
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韓国  リチウム電池工場の火災に見る外国人労働へ「危険の外注化」 少子化で外国人労働者受入れに

2024-06-29 22:40:21 | 東南アジア

(外国人労働者が過酷な住環境に置かれていることを伝えるKBSニュース【5月9日 NHK】)

【外国人労働へ「危険の外注化」】
24日、韓国ソウル近郊で23人が死亡するリチウム電池工場の火災がありましたが、その犠牲者の多くが日雇い外国人労働者でした。

背景には外国人労働の存在が大きくなる韓国経済、その一方で外国人労働へ「危険の外注化」するような実態が指摘されています。

そしてそのことは、同じような流れにある日本にも言えることでしょう。

****韓国、外国人労働に「危険外注」 工場火災、少子化も背景****
韓国ソウル近郊、京畿道華城市のリチウム電池工場の火災で、死亡した23人のうち18人が中国とラオスの国籍だったことが29日までに分かった。

少子化が進む中、尹錫悦政権は労働力不足解消へ外国人の受け入れを急ぐが、労働環境が劣悪な職場も多く「危険の外注化」(韓国紙)を懸念する声が上がる。

「故・16番」「故・21番」。華城市の葬儀場では氏名に代え、遺体発見順の番号が掲示されていた。郷里を遠く離れ親族による身元確認が容易でない日雇い外国人労働者の境遇を物語った。

24日午前、工場2階で保管中の電池が火を吹き、他の電池に引火し一気に炎上した。日雇いの外国人たちが、逃げ遅れた可能性も報じられている。

韓国は昨年の出生率が世界最低水準の0.72に。働き手の中心となる15〜64歳の生産年齢人口は2019年をピークに減り始め、政府予測では50年後に半減する。

政府は製造業などに限って外国人の単純労働を認める「雇用許可制」で人材を募り、昨年の外国人労働者は全就業者の3%を占める約92万人となった。【6月29日 共同】
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火災を起こした電池メーカーと人材派遣会社の間では責任のなすりつけ合いのような状況もあり、派遣法上「違法派遣」である可能性が指摘されています。

****「顔も知らずに送った」…韓国の工場火災で死亡した外国人労働者「違法派遣」の可能性****
京畿道華城市(ファソンシ)の工場火災惨事の犠牲者のうち18人が移住労働者であったことが明らかになった中、移住労働者のほとんどは一次電池メーカー「アリセル」の所属ではなく「メイセル」という会社に所属して働いていたことが確認された。また、彼らの雇用関係は「違法派遣」だとみられる。

メイセルの関係者は25日のハンギョレの電話取材に対し、「我々は派遣手数料のみを受け取って人夫(労働者)を派遣しており、(労働者に)作業を指示したこともなく、労働者の顔も知らない」と述べた。メイセルは爆発事故が発生したアリセルの工場の第3棟2階に所在し、「一次電池製造」などを事業目的としている会社だ。

これは元請け会社のアリセルの説明と相反する。アリセルのパク・スングァン代表取締役とパク・チュンオン本部長はこの日の記者会見で、亡くなった移住労働者について「人材供給業者から供給された派遣職」だと述べたかと思えば、「請負(業者に所属する労働者)」だと述べるなど、見解が右往左往している。また、移住労働者に対する業務指示は「派遣業者がおこなっていた」とも述べている。

しかしメイセルの関係者は、「アリセルに入ることもできず、盆正月に会社の幹部たちから贈り物をもらう時以外は行くこともない」とし、「派遣業者が現場の労働者に業務指示をしていたというのはうそ」だと反論した。

そして「携帯電話のショートメッセージで通勤バスの乗車位置を案内し、その後、アリセルに到着したらアリセルの管理者に引率されて働く。それがすべて」だとし、「アリセルから何人か送ってくれと言われれば送り、業務が未熟だということで交換してくれと言われれば交換していた」と述べた。

メイセル関係者の主張どおりなら、メイセルとアリセルは派遣事業主と使用事業主の関係に当たる。メイセルは移住労働者をアリセルに派遣し、派遣労働者はアリセルの指揮・監督に従って働いていたのだ。しかし製造業の生産工程は、「派遣勤労者の保護などに関する法律」が認める派遣業種ではないうえ、メイセルは勤労者派遣事業許可を受けておらず、派遣法上「違法派遣」である可能性がある。

メイセルは外国人求人・求職ポータルに求人公告を出しており、移住労働者を日雇いのかたちでアリセルに派遣してきたという。仕事に応じて流動的に人材を用いることがアリセルの目的だったとみられる。しかしメイセルは、派遣した移住労働者を労災保険にも加入させていなかった。(後略)【6月26日 ハンギョレ】
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【低・中熟練外国人労働者受入れに向けて動く韓国、台湾、そして日本】
こうした危険な作業を外国人労働者に行わせる労働実態は、「国が消滅する」という厳しい少子化、またいわゆる3K業務を嫌う若者の現状を反映したものですが、その多くは日本ともダブります。

****韓国、台湾における低・中熟練外国人労働者受入れ拡大の潮流****
日本では、2023年、外国人技能実習制度の見直しや特定技能2号の対象分野拡大など、低・中熟練外国人労働者受入れに向けた動きがあった。

海外に目を向けると、日本と同じく少子高齢化・労働力不足に直面する韓国・台湾でも日本と同様の動きがみられている。(中略)

【要旨】
日本・韓国・台湾の経済水準等の比較
1人あたりGDPをみると、長年日本が韓国、台湾を大きく引き離していたが、近年急速に差が縮まり、2023年時点では3か国とも33,000USドル前後で、日本の経済的優位性はほとんどなくなった。

低・中熟練外国人労働者の平均月給のデータをみると、韓国>日本>台湾の順になっている。

韓国の動き
低熟練外国人労働者を受け入れる一般雇用許可制(在留資格:非専門就業(E-9))の年間受入れ上限はここ数年拡大傾向にあり、2024年は過去最大の16.5万人を予定している。

一般雇用許可制について、2023~24年にかけて、対象業種の拡大、家事労働者の試験的導入、派遣形態の許容、留学生からE-9への変更許可などに取り組むとされる。特に、制度開始以来、製造業や建設業など5業種に限定・堅持してきた対象業種を拡大し、飲食店などサービス業で受入れが認められることは大きな変更点である。

中熟練外国人労働者について、「熟練技能人材」点数制度の見直し(2023年9月)、及び、年間受入れ上限の大幅拡大(過去最大の35,000人、2023年)や、「準熟練人材」受入れルートの新設(検討中)の動きがみられる。

従来、韓国では外国人労働者の受入れにあたり、中長期的な育成の観点が制度的にほぼみられなかったが、「段階的な在留資格昇級システムを推進する」という政府の掛け声のもと、中熟練人材の確保に向けて、国内外で育成・訓練に注力することが目指されている点は、特に注目される。(後略)【1月17日 加藤真氏 三菱UFJリサーチ&コンサルティング】
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日本では6月14日、“外国人労働者の技能実習制度にかわり、新たに育成就労制度を設けることを柱とする改正出入国管理法などが、参議院本会議で賛成多数で可決・成立しました。

新しい制度では、労働力として外国人材に向き合い、労働者としての人権を守るとしています。
有識者は「世界的に人材獲得競争が厳しくなる中で、日本が選ばれる国になるかどうかの試金石になる」としています。”【6月14日 NHK】

日本の育成就労制度については、また別機会に。

【「このままでは国家消滅の運命は避けられない」 危機感を背景に進む外国人労働者受入れ】
韓国の移民対策の場合は、前述のように「このままでは国家消滅の運命は避けられない」という危機感があります。

****韓国は「移民国家」に向かうのか 人口減少対策で検討に本腰****
「このままでは国家消滅の運命は避けられない」

韓国政府の閣僚は急速に進む少子化への危機感をこう表現しました。韓国政府は少子化対策だけでは人口減少に対応しきれないとして、外国人の受け入れ拡大に向けた体制の整備を進めようとしています。

韓国は「移民国家」に向かうのか。現状を取材しました。

国がなくなってしまう
「移民政策を取り入れるかどうかについて悩む時期はすでに過ぎ去った。取り入れなければ国家消滅の運命は避けられない」 2023年12月、韓国のハン・ドンフン(韓東勲)法相(当時)の演説です。

これまでとっていた外国人の受け入れ政策をさらに拡大していく方針を「移民政策」という言葉を使って強調しました。

省庁ごとに別々に実施している在留外国人向けの政策や出入国管理などを「出入国移民管理庁」(移民庁)の創設で一元的に統括することが必要だと述べています。

韓国で1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる合計特殊出生率は2023年に「0.72」で、過去最低を更新。ハン氏は予測される人口減少を「人口災害」とも表現しました。

韓国政府は少子化対策の法律を2005年に制定し、日本円にして30兆円を超える予算を少子化対策に投じてきました。無償保育や児童手当、育児休暇に伴う給付金制度などを相次いで打ち出しましたが、少子化に歯止めがかかっていません。

若者の厳しい就職事情、しれつな受験競争に伴う過度な教育費負担、韓国で結婚の際に必要とされるマンションの価格高騰など、さまざまな要因が複雑に絡み合った結果、結婚しない、結婚しても子どもを持たない選択をする人たちが増えていることが背景にあると指摘されています。

高まる存在感
韓国はこれまでにも労働力として外国人の受け入れを拡大してきました。

首都ソウルから南西に電車で1時間半ほどの距離にあるアンサン(安山)。工業団地があり、人手不足解消のために長年労働者として外国人の受け入れが進められてきました。2024年3月末時点で市内に住む外国人は9万人余り。人口比にして13%を占めています。割合としては自治体のなかで最も高い水準です。

市の中心部にある駅前の通りは「多文化飲食通り」と呼ばれ、主にアジア各国から働きに来ている外国人たちが大勢行き来しています。中国語やインドネシア語、アラビア語などの看板が並び、アジア各国の料理店も数多く軒を連ねています。取材に訪れたのは日曜日で、仕事が休みの外国人たちが青果店や衣料販売店などで買い物をしていました。

通りの商店主に話を聞くと、外国人の存在感は消費の面でも大きいといいます。

青果店の韓国人店主 「ここは外国の食材も多くそろえているので、週末になると市内だけではなく周辺地域からも外国人のお客さんが来て食料品などをまとめて買っていきます。韓国全体の人口が減少するなかで、外国人の消費は地域の活性化につながっていると思います」

韓国で外国人は総人口の4.4%(2022年)を占めています。その10年前では2.8%だったことを踏まえると、外国人の受け入れを増やしてきたことがわかります。(統計の取り方が日本と同じではないため単純な比較はできませんが、日本は2023年1月時点で2.3%です)

増加の一途
韓国はかつて外国に出稼ぎ労働者を送り出す国でしたが、経済成長に伴って所得水準の向上や産業構造の変化が進み、1990年代になると若者が3K(きつい・汚い・危険)のイメージが強い仕事を避けるなどして雇用のミスマッチが目立つようになっていきます。(韓国では日本の3Kにあたる言葉としてDifficult・Dirty・Dangerousの頭文字をとった“3D”という言い方があります)

韓国政府は、農業や製造業などの人手不足に対応しようと1990年代、当時の日本の技能実習制度をモデルにした「産業技術研修生制度」を導入します。しかし、悪質なブローカーが仲介したり、労働者としての法的な保護がないまま賃金の未払いや研修生の失踪が相次いだりして社会問題化しました。

これを受けて韓国政府は2004年に制度を大きく転換します。 外国人を「研修生」ではなく法的に「労働者」として扱い、外国人の雇用を希望する企業に政府が許可を与える「雇用許可制」をスタート。

この制度では韓国政府が人材を送り出す国と覚え書きを結びます。出入国を政府が一元的に管理することで悪質ブローカーの排除を図り、国際機関からも評価を受ける制度となりました。

その後、政府は一定の要件を満たせば在留期間を延長するなどの措置を進めてきました。韓国の在留外国人は、コロナ禍の時期を除いて増加の一途をたどっています。(中略)

政策議論が必要
韓国の外国人受け入れの状況をどのように捉えればいいのか。在留外国人政策に詳しい韓国行政研究院のチョン・ドンジェ(鄭東宰)研究委員に話を聞きました。

チョン研究委員は自治体の対応については、アンサン市のように現実的に外国人労働力への依存度が高い一部地域で支援体制が充実しているとしながらも、大半の自治体はそうした体制が整っておらず対応にばらつきが大きいとしています。

チョン研究委員
「(外国人をめぐって地域住民が強い反発を示す)テグの件では、間違った情報(ヘイト表現)が発せられたときに、その情報について何が間違っているのかを行政機関が明確に指摘し、それが広がらないように是正することが必要でしたが、それがなされなかったことが最も大きな問題だと思います。その点において地方行政と政府の役割が必要だと思いますが、それが見えていません」

その上で、異なる習慣や文化を尊重する取り組みを政策として強化する必要性を指摘します。
「韓国政府の外国人移住者にかかわる政策は、基本的には外国人を社会に統合する対象と見ていて、韓国社会への同化の側面が強いと言えます。つまり、韓国語がうまく話せ、韓国文化をよく理解し、いい韓国人にならなければならないという考え方に基づいています。外国人は韓国にとってどのような対象なのか、彼らとどう共存するかについて、政治の場で積極的な議論が必要です」

山積する課題
韓国国民の間では外国人受け入れ拡大についての慎重論は根強くあります。

韓国政府が2023年11月に公表した世論調査の結果では、人口減少対策として「移民政策」を推進することに「同意しない」と答えた人は60.6%で、「同意する」の39.4%を上回りました。

こうした国民世論を意識したかのように、2023年12月、ハン・ドンフン法相(当時)は「移民庁」創設の必要性を述べた演説のなかで「われわれが現在推進しようとする移民政策は、外国人にただちに永住権や国籍を付与したり、外国人を無条件にたくさん受け入れたりしようとするものではない。社会に必要な外国人だけを政府がしっかりと判断して受け入れ、不法滞在者をさらに強力に取り締まる」と述べました。

一方で、韓国では外国人労働者への賃金未払いや劣悪な居住環境などの報道が後を絶ちません。公共放送KBSは2024年3月、養殖業者で働くスリランカ人の男性が洋上のバージ船に設置された粗末な建物で生活をさせられていたと放送。波で揺れトイレもない不衛生な環境で、労働監督当局が必要な対応をとっていなかったと報じています。

また、国はこれまで全国44か所で運営されていた外国人の相談センターへの補助金を2023年末で打ち切りました。韓国政府は「支援方法をこれまでの民間委託方式から国が直接支援する方式に変更するもので、関連予算がゼロというのは事実と異なる」としていますが、国の予算に頼ってきた地方では、長年にわたる外国人支援のノウハウがあった各地のセンターの多くが閉鎖を余儀なくされています。

現地メディアは「消えた救済窓口」として途方に暮れる外国人の姿を伝えています。ある自治体の関係者は「影響は大きい」と話していました。支援現場の実態が政策に反映されていないのではないかー。取材をしていて、そう思わざるをえませんでした。

韓国の経済は、いまや外国人労働者なしではなりたたなくなっているとされます。外国人の受け入れを拡大しつつも摩擦を減らしながら、どう社会を持続していくのか。韓国政府に突きつけられた課題です。【5月9日 NHK】
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外国人労働の比重が高まる一方で、“人口減少対策として「移民政策」を推進することに「同意しない」と答えた人は60.6%で、「同意する」の39.4%を上回りました。”というように国民の間では否定的な思いが強く存在します。

今回記事では省略しましたが、外国人と地域住民の間のトラブルも。

そして、搾取構造、劣悪な労働環境、更に今回リチウム電池工場火災に見るような外国人労働への「危険の外注化」の実態も。

韓国にとっても、日本にとっても、かじ取りが難しい移民・外国人労働対策です。
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日中関係  構造的停滞の改善に向けて

2024-06-28 22:39:42 | 中国
(28日、北京の日本大使館で、胡友平さんの訃報を受けて掲げられた半旗【6月28日 東京】

【日中首脳会談も具体的成果は示されず】
5月27日、日中韓3カ国は、韓国・ソウルで約4年ぶりに首脳会談を開き北朝鮮を含む地域情勢や貿易などについて協議、協力を進めていくことを確認しました。

****日中韓首脳会合、中国首相「新たな始まり」 貿易などで共同宣言****
日中韓3カ国は27日、韓国・ソウルで約4年ぶりに首脳会談を開き北朝鮮を含む地域情勢や貿易などについて協議、協力を進めていくことを確認した。

中国の李強首相は首脳会談の開幕に当たり、今回の会談は「再開と新たな始まりの双方」を意味すると発言。3カ国間の包括的な協力再開を呼びかけ、そのためには政治と経済・貿易問題を分けるべきだとし、保護主義とサプライチェーン(供給網)のデカップリング(切り離し)をやめるよう求めた。

李氏は「中国、韓国、日本にとって緊密な関係は変わらず、危機対応を通じて達成された協力の精神も、地域の平和と安定を守る使命も変わらない」と述べた。

<共同宣言を採択>
3カ国首脳は共同宣言を採択し、自由貿易協定(FTA)締結に向けた協議加速や、市場開放を維持しサプライチェーンの混乱を回避する避けるというコミットメントを再確認した。

共同宣言では、日中韓が最高レベルのより頻繁な意思疎通を正式な枠組みとすることや、気候変動・保全・医療・貿易・国際平和などでの協力を呼びかけた。【5月27日 ロイター】
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日韓関係は保守・伊政権のもとで大きく改善した面がありますが、日中関係は停滞が続いています。

日中韓首脳会議に合わせ、5月26日に行われた岸田文雄首相と李強首相との日中首脳会談も具体的成果は示されませんでした。

****「成果ゼロ?」の日中首脳会談を「有意義だった」と自賛する岸田首相、拘束邦人や水産物禁輸問題はどうなる****
岸田首相自慢の外交手腕、中国・李強首相を相手に通用したか
ソウルで行われた日中韓首脳会議に合わせ、5月26日夕刻に約1時間開かれた岸田文雄首相と李強首相との日中首脳会談は、またもや「ゼロ回答」に終わった。もしくは「発表できない進展」があったのかもしれないが、日中首脳会談後の華々しい発表とはならなかった。

日本と中国の間には、いわゆる日本側が言う「4大懸念事項」が存在する。
①日本産水産物輸入禁止……昨年8月24日に、日本が福島第一原発のALPS処理水を太平洋に放出し始めたことに対し、中国が「核汚染水を海洋に放出した」として猛反発。以後、日本産水産物及び加工品をすべて輸入禁止としている。

②複数の日本人のスパイ容疑での拘束……昨年3月にアステラス製薬幹部を北京で「反スパイ法違反」などで拘束したのを始め、少なくとも5人の邦人が中国国内で「スパイ容疑」により拘束・逮捕されている。

③尖閣諸島のEEZ(排他的経済水域)内でのブイ設置……昨年7月、中国が尖閣諸島のEEZ内にブイを設置。衛星と連動させた軍事目的の海洋計測などを行っているものと見られる。

④日本人短期渡航のビザ措置……コロナ禍が明け、中国はすでに多くの国に対して、短期のビザなし渡航を認めているにもかかわらず、日本に対しては中国へ渡航するすべての日本人に対して、ビザを義務づけている。(後略)【5月28日 近藤大介氏 JBpress】
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【「構造的停滞」の日中関係 変化に必要な熱意とビジョン】
こうした会談を持てるようになったことを前進と見ることもできますが、形ばかりの対話を繰り返しても状況が動くことはない・・・という指摘も。

米中対立という環境もあるなかで日中関係をどのような方向に持っていくのか・・・熱意とビジョンが問われています。

****変貌する北東アジアの地域情勢と日中関係****
(中略)
これまでの日中関係は2つの段階をへて今に至っております。

第一段階はいわゆる72年体制の段階であります。日中国交正常化の72年から80年代のまでの日中両国は日中友好をスローガンにし、日中友好のために両国の間で抱えている問題を棚上げにし、良好な政治関係を促進していました。このような良好な関係の下で、日中の経済相互依存関係の基盤が築き上げられました。

日中関係の第二段階はいわゆる「政経分離」の段階です。90年代以降、日中両国は歴史問題、台湾問題で対立しながら、安全保障分野の相互不信が高まりつつある中でも、親密な経済関係を持続させてきました。

この「政経分離」を基調とする日中関係を支えてきたのは、強靭な経済交流と深い人的交流です。しかし、今の日中関係は新たな段階に差し掛かっているのではないかと思います。

米中対立を基調とする国際環境において、日中両国の関係は大きな制約を受けています。こうしたなかで、日中両国の関係は「政冷経冷」の時代に入るのか、新たな「政経分離」の時代に入るのか。今、私たちは時代の分かれ目に差し掛かっているように思います。

国際関係の制約のなかで、もちろんこれまでと同じような「政経分離」の形態をとることは難しいといえます。おそらくこれからの政経分離は安全保障分野や先端技術で対立しつつも、実務的な経済関係を維持するといった形の「政経分離」の流れになるのではないでしょうか。(後略)【6月9日 青山瑠妙氏 早稲田大学教授 グローバル・フォーラム】
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大国外交を進めて国際社会における影響力の向上を求め、自国の価値観を広めて国際秩序の変革を目指す習近平政権を相手にして、「構造的停滞」とも指摘される日中関係を改善させる糸口はどこにあるのか?

****日中関係は構造的停滞関係のままなのか****
習近平政権の「微笑み」が日本にも始まった。韓国での首脳会談で李強・国務院総理は岸田総理と和やかに握手し、訪日した劉建超・党対外連絡部長は、日本の各界に笑顔を振りまいた。

だが、中国と欧米との間の対話と比べて、日中間の意思疎通はレベルも頻度も心許ない。また、ハイレベル交流が始まっても、日中間の懸案には具体的進展はない。

中国外交部定例会見では、報道官が台湾や福島第一原発の処理水で日本に注文をつける場面が多い。日中関係はどうなっているのか、習近平政権の構造的な問題に着目して考えたい。

ネット世論に縛られる中国
習近平政権でなくても、中国にとって、日本との関係は難しい。日本はかつての「侵略者」であり、日本への融和的な態度は時に中国国内で政治的に問題視される。かつて、胡耀邦党総書記(当時)は、親日的であることを理由の一つとして失脚させられた。過去に中国で発生した反日デモは、一部が反政府デモに発展したりもした。

以前周恩来に仕えていた中国人に、1972年の日中国交正常化は中国共産党だから出来たと言われたことがある。反日感情がまだ根強かった当時、共産党は大局的観点から日本に賠償請求を求めないことを決め、党組織を使って中国国民に対して日本の一般国民と軍国主義者を区別するように繰り返し教育し、国交正常化を実現したと。共産党統治の長所は世論に流されずに大所高所から政策を決定・実施できることだ、と彼は強調していた。

だが、中国社会にインターネットやSNSが普及すると、多くの中国人は新聞やテレビなどの公式報道を見ず、ネット記事やWeiboなどのSNSから情報を得るようになった。党の教育宣伝は、以前ほど国民に浸透しなくなっている。

また、中国のネット空間は一定の制約があるものの、その制約の中で意見が言えるので、当局はSNS上にある意見のトレンドを「民意」として敏感になる。

中国国内のネットやSNS上では、日本について否定的な反応が多い。中国当局はネット上の「民意」を意識して、また時にこれを利用して、日本との関係で強い対応を取りがちになる。(中略)

習近平によってどう変わったのか
もともと難しい日中関係は、習近平の統治によってどう変わっただろうか。習近平は、統治の正統性を中国の強さに求め始め、2017年の第19回党大会で、中国は「立ち上がり、豊かになるから、強くなることへの飛躍」を遂げたと宣言した。外交面でも、習近平は自国の権益のための闘争を求めた。中国は主権に関する主張を強め、南シナ海でベトナムやフィリピンと頻繁に衝突するようになり、日中間でも海をめぐる対立が固定化した。

また、「強い中国」のため、習近平政権は、大国外交を進めて国際社会における影響力の向上を求め、自国の価値観を広めて国際秩序の変革を目指すようになった。

これに対して、日本は「法の支配」を掲げて既存の国際秩序を擁護し、欧米とともに普遍的価値を推進する。日本は、習近平の打ち出した「一帯一路」構想や「人類運命共同体」構想に対して警戒を隠さない。日本は中国の外交戦略上の協力が難しくなり、中国外交における対日関係の優先度が下がってしまう。

米中対立も日中関係にマイナスの影響を与えている。米国は中国の台頭に警戒を抱き、同盟国とともにこれを抑えようとする。日本は、米国の同盟国として先端技術の対中輸出制限などで協力するので、中国にとって日本は対抗する相手にすらなってしまう。

さらに、習近平政権は、外交に対する共産党の指導を強め、党内でも党総書記に権限を集中させた。習近平が外交面で果たす役割が大きくなり、二国間関係を進める上で習近平と対話することが重要になる。

しかし、日本との関係はそもそも政治的リスクが大きい上に、東シナ海の問題など難しい問題が多い。中国の外交当局は、習近平を日本と対話させることに慎重になる。両国間の政治レベルのパイプも細っており、首脳外交を進めにくい。習近平と対話できない日中関係は、なかなか進展しない。

構造的停滞のなかで何が出来るか
現在、日中関係はいわば構造的停滞関係とも言うべき状態にある。両国間では対立が基調になり、前向きな案件は進めにくい。日中首脳会談が一回行われても懸案は進展しないし、対話もすぐには活発にならない。

しかし、このような状況は放置しておいていいのだろうか。中国には14億の巨大市場があり、優秀な人材や先進的な技術もある。中国と賢く付き合い、中国をうまく活用してこそ、日本は継続的な成長を実現できる。

日中両国がまず目指すべきは、いろいろな懸案はあっても、安定的に対話できる関係の構築である。中国側から見ると、米中対立のなかで日本の顔が見えにくくなっている。2020年から2年間勤務した北京では、中国人有識者から、「日本との関係をよくするには米国との関係を改善すればいい」「中国外交における日本の重要性が落ちている」といった意見を多く聞いた。

中国は欧米との関係でも対立が目立つが、対外関係全体のマネージと衝突回避のため、米国との意思疎通は続けようとする。欧州は米国に近い存在だが、EUとしての存在感や米国との立場の違いもあるので、中国は欧州とも対話を続ける。日本外交の独自性を見せることで、中国に日本との意思疎通の必要性を感じさせる必要がある。

また、構造的な停滞のなかにあっても日中間の経済活動は進めていけるのが望ましい。中国は日本にとって最大の貿易相手であり、多くの日本企業が中国市場で利益を得ている。

経済安全保障のため、中国との経済活動を見直したりする動きもあるが、同時に、日本の産業界はリスクに備えつつ、中国のイノベーション力などを活用しようとしている。中国も、多くの地方政府幹部や中国企業が日本を訪問するなど、日本との経済面での関係強化に積極的である。

日中関係における不確定要素も減らしていくことが望ましい。特に、台湾問題は中国にとっては国の一体性に関わる問題であり、台湾独立には理屈ではなく感情的に反応する。台湾の民意も、台湾独立ではなく現状維持にある。台湾海峡の緊張は、日本にとっても有益ではない。台湾に関する言動には慎重な対応が求められる。

習近平政権だから出来ること
習近平政権は日中関係にとって有利な面もある。習近平の国内政治基盤は比較的強く、大胆な政策決定ができる。(中略)

最近の中国も、日本との関係を少しでも良くしたいというシグナルを送っている。昨年11月の日中首脳会談で、日中両国は「戦略的互恵関係」の構築を確認し、建設的・安定的な日中関係を目指すことで合意した。5月の日中首脳会談では、李強国務院総理は、安定的な日中関係構築のために日本側が中国側とともに努力することを望むと述べ、中国側も努力する姿勢を見せた。

日本との関係が重要だと習近平に思わせるような「仕掛け」を作れれば、習近平政権は日本との対話により積極的になり、国内を抑えて懸案の解決に真剣になるだろう。

中国の提唱している構想をそのまま支持することはできないが、一定の条件の下で前向きに検討するとか、問題点を指摘しつつその精神は共有するといった姿勢を見せられないか。

中国側が日本に期待している養老・介護分野で、象徴的な案件ができないか。日中関係はなかなか前には進まないが、習近平政権だからこそ出来ることもある。【6月12日 町田穂高氏 Asia Pacific Initiative】
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【最近の事件から 「靖国神社落書き男」事件と蘇州・胡友平さんの死の痛み】
日中間で起きた最近の事件から二つほど。
日本について否定的な反応が多いSNSから派生した事件が「靖国神社落書き男」事件

****靖国神社落書き男に日本が怒る、旅行会社11社の訪日観光ビザ申請手続き権を取り消す―台湾メディア****
台湾メディアの三立新聞網は16日、靖国神社落書き男など中国の「小粉紅(シャオフェンフォン)」が日本で頻繁に無秩序な行為をしているため、在広州日本国総領事館が広東省と福建省の著名旅行会社11社の訪日観光ビザ申請手続き権を取り消したと報じた。総領事館が各旅行会社に宛てた書面が流出した。

小粉紅とは、中国における1990年代以降に生まれた若い世代の民族主義者のこと。

日本メディアによると、靖国神社で1日、神社名が書かれた石柱に赤いスプレーで「Toilet」と落書きされているのが見つかった。

中国版インスタグラムとも呼ばれるSNSの「小紅書(レッド)」に、半袖シャツに短パン姿でサングラスをした男が、靖国神社と書かれた石柱に向かって放尿するような仕草をした後、赤いスプレーで「Toilet」と落書きする様子を映した動画が投稿されていたことが分かった。

男は自らを「アイアンヘッド」と名乗り、英語で「日本政府による汚染水の海洋放出に対して、われわれには何もできないのか。おまえらに目に物見せてやる」などと話した。

警視庁公安部は捜査の結果、この人物が中国籍の男ですでに日本を出国し、中国に帰国したと明らかにした。
中国メディアの報道やSNS上の投稿などによると、男は中国で「鉄頭」のハンドルネームでさまざまな活動をしていた「お騒がせインフルエンサー」的な人物だという。【6月16日 レコードチャイナ】
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構造的停滞の日中関係を更に険悪にさせかねない事件ですが、中国政府もこうした動きを支持している訳ではないでしょう。ただ、非常に敏感な「民意」にも関わるものとして扱いに苦慮する類でしょう。日本政府もそうした中国側の立場にも一定に配慮することも必要になります。

もう一つは蘇州市で日本人母子が刃物で襲撃された事件。
事件自体はあってはならない痛ましいものですが、犯人の男を阻止しようとした中国人女性、胡友平さん(54)が死亡したことで、日中双方に対応が見られます。

****日本大使館が半旗=死亡の中国人女性悼み―蘇州邦人襲撃****
北京の在中国日本大使館は28日、江蘇省蘇州市で日本人母子が刃物で襲撃された際、犯人の男を阻止しようとした中国人女性、胡友平さん(54)の死を悼み、半旗を掲げた。

金杉憲治・駐中国大使は「(胡さんの)勇気ある行動に改めて深い敬意を表するとともに、心からのお悔やみを申し上げる」と哀悼の意を表明。中国当局と連携し、邦人の安全確保に「全力を尽くす」と述べた。

中国外務省の毛寧副報道局長は28日の記者会見で、胡さんの行動を「中国人の優しさと勇気を体現した」とたたえた。【6月28日 時事】 
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****蘇州市が故・胡友平さんに称号を追授へ 「正義のため勇敢に行動した模範」****
江蘇省蘇州市人民政府によると、同市で6月24日に発生した刃物による傷害事件で、女性や子どもへの襲撃を身を挺して阻止し、重傷を負った胡友平さんが26日に亡くなった。蘇州市は胡さんの行為を「正義のための勇敢な行動」と認定し、現在「正義のため勇敢に行動した模範」の称号を追授する手続きを進めている。(中略)

今回の凶悪な事件において、生死を分けるような局面で、中国人の一般市民が無意識に身を挺し、他の罪なき人々が刃物で刺されるのを防ぎ止めた。この勇気ある行動は感動を呼び、中国社会で高く評価されている。今回の市政府による追授や、インターネット上にあふれる追悼からも、そのことがうかがえる。

我々は全ての被害者に、国境を越えた人道的なお見舞いを申し上げる。我々は犯罪行為を強く非難すると同時に、犯罪行為に直面した時に中国人の一般市民が示した正義感にも目を向ける必要がある。暴力に直面した時、中国人と外国人に区別はなく、あるのは正義と犯罪行為の戦いだ。今回の件は中国社会全体の善良性、友好性、勇敢な精神を反映しており、これらの特質はすでに中国社会のDNAに組み込まれている。

日本の民間世論にも中国社会との共鳴が起きていることに我々は注目している。日本の少なからぬネットユーザーが、救いの手を差し伸ばした胡さんの行動に敬意を表し、彼女の快復を祈り、繰り返し感謝の意を表していた。

これらはいずれも、中日民間交流における最も真実の感情だ。そこには暴行に対する厳しい非難と勇敢な行動への敬意や称賛という共通の価値観があることに目を向ける必要がある。

蘇州は外国人の比較的多い都市であり、多くの外国企業が進出している。これは、40年余りに及ぶ中国の改革開放で、互いに融け合い切り離せなくなった中国と世界の構造の縮図でもある。

中国の対外開放の扉は大きく開け放たれていく一方であり、日本人を含む各国の人々が中国を訪れ、旅行や観光、投資や事業を行うことを歓迎する。これから中国を訪れるますます多くの外国人が、さらに友好的で親切かつ法治的な環境を感じることになるだろう。(編集NA)【6月28日 人民網日本語版】
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胡友平さんの尊い死が日中の絆を再認識させる形で、災い転じて・・・となればいいのですが。
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イギリス総選挙  与党保守党の記録的大敗、野党労働党の地滑り的圧勝の予測 政権交代必至

2024-06-27 22:55:53 | 欧州情勢

(英二大政党、総選挙へ最後の党首討論 税金やブレグジットなど論点【6月27日 BBC】 リシ・スーナク首相(右)と最大野党・労働党党首のサー・キア・スターマー氏(左))

【選挙結果予測・今後への影響の評価が難しいフランス総選挙】
欧州ではイギリスは7月4日、フランスは6月30日に議会選挙が行われます。

ともに、政権与党が国民支持を失っている状況での血路を切り開くためのサプライズ解散・総選挙であり、スナク英首相、マクロン大統領のそうした思惑にも関わらず、与党が大敗して議会構成が劇的に変化することが予想されている共通点があります。

フランスの方は周知のように極右勢力・国民連合が世論調査で大きくリードしていますので、その流れで展開するとは思いますが、ただ、フランスの場合は1回目の投票で、過半数を得票し、かつ有権者の4分の1以上の票を獲得した候補者がいない場合は1週間後の7月7日に、上位2名及び1回目の投票で有権者の12.5%以上の票を獲得した候補者による決選投票が行われます。

前回の2022年の選挙では1回目の投票で当選した候補者は5人だけで、99%は決選投票で決まっています。【6月10日 NHKより】

そのため、どのような候補者が決選投票に進むのか、また、決選投票に向けて政党間の協力関係がどのようになされるのか、有権者の間で反極右の流れが起きるのか・・・・不確定要素が大きく、最終的な選挙結果を予測するのが極めて困難です。

一応の予測としては“RN(国民連合)は235─265議席を獲得し、現在の88から大きく躍進するものの、過半数の289は下回るとみられる。 一方、マクロン氏の中道連合は125─155議席と、現在の250から半減する可能性がある。左派政党は合わせて115─145議席となる見通し。”【6月11日 ロイター】とも。

さらに言えば、フランスの場合、政治をリードするのは議会・首相より大統領。特に国防・外交は大統領の職務。
そのため、今回選挙結果がストレートに今後の政策運営に反映するというよりは、次回大統領選挙に向けた戦いの性格も。

マクロン大統領としては、できれば今回選挙で反極右の流れをつくって勝利したいという思惑もあるでしょうが、最悪、今回選挙で負けて内政を担当する極右首相が誕生したとしても、その政権運営のミス・ほころびを批判する形で次期大統領選挙で極右ルペン大統領実現を阻止し、自身後継者勝利につなげたい・・・という考えでしょう。そのあたりがマクロン大統領の“賭け”でもあります。

【与党大敗・政権交代必至のイギリス総選挙】
選挙結果予測・今後への影響の評価が難しいフランスは後日に回して、今回は簡単なイギリスの話。
イギリスでは、与党・保守党の記録的大敗、野党労働党の地滑り的圧勝、政権交代がほぼ確実視されています。

****英総選挙、小選挙区制で劇的な政権交代 労働党が「歴史的な地滑り勝利」予想****
英総選挙は下院(定数650)の議員を選出し、原則として5年に1回実施される。1人1区の小選挙区制で、選挙区の数も650。投票年齢と被選挙年齢はともに18歳以上。投票には有権者登録が必要だ。(中略)

保守党と労働党が大半の小選挙区で事実上の一騎打ちとなるため、一方の政党が獲得議席数で圧倒的な差をつけて勝利し、劇的な政権交代につながることも少なくない。

英紙テレグラフの予想(6月27日現在)では、労働党は今回の総選挙で251議席を積み増し、過去最多の453議席を獲得する地滑り的勝利となる見通しだ。

保守党は258議席減の84議席に後退するとしている。また、中道政党の自由民主党が57議席増の68議席獲得で第3党に躍り出るとしている。【6月27日 産経】
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5月段階でも与党・保守党の支持率は低下しており、野党・労働党に大きなリードを許しており、総選挙を行えば政権交代必至と言われる状況でした。

****英総選挙、野党労働党のリードが18ポイントに拡大=支持率調査****
(5月)18日に公表されたオピニウム・リサーチの世論調査によると、年内に実施予定の総選挙で、スナク首相率いる与党・保守党に対する野党・労働党のリードが前回の16ポイントから18ポイントに拡大した。

労働党の予想得票率は43%、保守党は25%だった。

スナク氏と労働党のキア・スターマー党首は、ともに経済を選挙の争点にする傾向を強めており、調査では公共サービス改善や経済運営を含む経済問題全般で労働党が優位であることが浮き彫りとなった。(後略)【5月20日 ロイター】
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【スナク首相の“賭け”】
そうした状況でサプライズ解散に踏み切ったスナク首相の思惑は、これ以上待ってもいい材料は出てこない、それなら不法移民対策や経済安定化の実績が評価されることに一筋の望みを託して・・・というものでした。

****英首相がサプライズ解散…与党支持率18%、移民・経済対策の評価に望み託し「最大の賭け」****
英国で7月4日に総選挙が行われることが決まった。リシ・スナク首相(44)が22日、下院解散の意向を表明した。

与党・保守党の支持率が過去最低水準に低迷する中、不法移民対策や経済安定化の実績が評価されることに一筋の望みを託し、サプライズ解散に踏み切った。

国民生活不安
英下院は定数650で任期5年。前回選は2019年12月に行われており、来年1月までに総選挙を実施する必要があった。コロナ禍やロシアのウクライナ侵略がもたらした急激なインフレ(物価高)を背景に、どのように国民の生活不安を解消するかが争われる。

スナク氏は22日夕、首相官邸から姿を現し、雨に打たれながらカメラの前で声明を読み上げた。英国経済の混乱が収束に向かっているとの認識を示した上で「我々の前進をさらに進めるか、振り出しに戻るリスクを取るか」を国民に問う考えを示した。

スナク氏が実績の一つとして挙げたのがインフレ対策だ。スナク氏が首相に就任した22年10月時点では、物価上昇率が10%を超えていたが、英統計局が22日発表した4月の消費者物価指数は前年同月比2・3%の上昇にとどまった。スナク氏は「私の立てた計画がうまくいっている証拠だ」と強調した。

保守党支持層の関心が高い移民問題でも、4月に不法移民のルワンダ移送を可能にする法律を成立させ、7月の移送開始に向けて準備を進めている。野党・労働党は、大きな効果が期待できないとして移送に反対の立場だ。スナク氏は「労働党は計画もなければ大胆な行動も取れない」と批判した。

30ポイント差広がる
英調査会社ユーガブが今月上旬に実施した世論調査では、保守党の支持率は18%に落ち込み、労働党との差は30ポイントに広がっている。保守党は今月2日の地方選でも大敗を喫した。

スナク氏がこのタイミングで解散を決断したのは、政権交代が現実味を帯びる中で、少しでも保守党に追い風となるニュースがあるうちに選挙に臨みたい思惑がありそうだ。

経済の回復基調がいつまで続くかは分からず、移送計画が始まっても不法移民が減少する保証はない。英紙ザ・タイムズは「解散を遅らせれば、計画がうまくいっていないと労働党が主張するリスクがあった」と解説する。

労働党 意気込む
英国では10年5月から首相5人にまたがる保守党政権が続いており、与党に向ける国民の視線は厳しい。前回選で保守党を圧勝に導いたボリス・ジョンソン元首相は相次ぐ不祥事で求心力を失った。リズ・トラス前首相も経済政策で混乱を招き、1か月余りで辞任を余儀なくされた。

ブレグジットを支持した保守層は、移民の減少や雇用の改善など期待した効果を実感できず、不満を募らせている。保守層の支持離れが進む中、党内では強硬派が影響力を増し、スナク氏と対立した。総選挙前の党首交代を求める動きも表面化し、スナク氏は党内で孤立を深めていた。

厳しい選挙戦が予想される中での解散は「スナク氏にとって人生最大の賭け」(英紙デイリー・テレグラフ)と受け止められている。

労働党は政権奪取に向けて意気込んでいる。10年に退陣したゴードン・ブラウン氏以来となる労働党首相の座を目指すキア・スターマー党首(61)は22日の演説で、「混乱を終わらせよう」と政権交代を呼びかけた。

労働党は、スナク氏の経済政策を批判する一方、ウクライナ支援やパレスチナ問題では政府の立場と大きな相違はなく、外交・安全保障政策は主要な争点にはならないとみられている。【5月24日 読売】
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【スナク首相の足を引っ張る極右ポピュリスト・ファラージ氏と与党スキャンダル 首相自身の落選可能性も】
スナク首相にとって誤算は、ブレグジットの旗振り役でもあった極右ポピュリスト・ファラージ氏に保守票を奪われていることです。

****英総選挙まで2週間 反EU・反移民の右派政党が存在感 与党・保守党の支持層浸食****
7月4日投開票の英総選挙で、英国の欧州連合(EU)離脱「ブレグジット」を先導したナイジェル・ファラージ氏(60)率いる右派政党「リフォームUK」が与党・保守党の一部支持層を取り込んで予想外の存在感を示している。

同氏自身も当選する公算が大きいとされ、最大野党の労働党に大きなリードを許す保守党には大きな頭痛の種となりつつある。

ファラージ氏は1993年、EU創設を決めたマーストリヒト条約の調印に反発して英国独立党(UKIP)を結党し、欧州懐疑主義運動を展開してきた。99年〜2019年、欧州議会選に5期連続で当選。英下院選には7回出馬して全て落選したものの、反EU、反移民のポピュリスト(大衆迎合主義者)として政界に一定の影響力を持つ存在だ。

トランプ前米大統領の友人としても知られるファラージ氏は今月初旬、自身が幹部を務めるリフォームUKの党首に就いて総選挙に出馬すると突如表明した。

最大の出馬理由は、今回の総選挙で惨敗が予想される保守党の支持者のうち、同党の伝統的な穏健保守路線を物足りなく感じる層の取り込みが可能と計算したためとみられている。

ファラージ氏は17日、厳格な移民政策と減税を柱とする党の政権公約を発表。今回の選挙での自党の勝ち目は薄いと認めつつ、「伝統的な保守派有権者」を取り込んで保守党を解体に導くと主張した。また、29年に実施される次期総選挙に勝利して「首相になる」と表明した。

調査会社イプソスの世論調査(18日発表)では、ファラージ氏は出馬した南東部エセックス州の選挙区で52%の支持を集め、労働党の対立候補24%を引き離した。

また、調査会社ユーガブによれば「今日が投票日ならリフォームUKに投票する」との回答は、13日時点で19%と保守党18%を上回った。労働党は37%。ユーガブはリフォームUKが5議席を獲得すると予想する。

一方で別のユーガブの調査では、将来の「ファラージ首相」が「偉大な首相になる」との回答は9%にとどまり、「非常に悪い首相になる」は43%に上るなど、同氏が多くの有権者から嫌われている実情も判明した。

政権公約に関しては、一部の例外を除く移民受け入れの凍結や、フランスから小型ボートで来る不法移民を洋上で追い返すと主張。減税では個人と企業の大型減税を掲げつつ財源が明示されておらず、「非現実的」との指摘が出ている。【6月20日 産経】
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更に与党内部からスキャンダルが。

****英保守党また打撃 賭け疑惑で候補公認取り消し 首相警護官も逮捕****
英国のスナク首相(保守党)の側近らが7月4日の総選挙日程を事前に知りながら選挙日を予想する賭けをしていた問題で、保守党は6月25日、疑惑のある2人の候補者の公認を取り消した。疑惑は拡大して逮捕者まで出ており、投開票まで1週間となる中、支持率が低迷する保守党にさらなる打撃となっている。

英メディアによると、公認を取り消されたのはスナク氏の議会担当秘書官だったクレイグ・ウィリアムズ氏ら2人。スナク氏が5月22日に「7月の選挙実施」を発表する数日前、ウィリアムズ氏は「選挙は7月」との予想に100ポンド(約2万円)を賭けた。

当時、選挙は秋ごろとの見方が一般的だった。仮に内部情報を使って利益を得ようとした場合、刑事罰の対象となるため、政府の賭博規制当局が調査に乗り出した。

保守党関係者ではこの2人を含め、数人に対して当局が調査中という。このほか、スナク氏の警護担当だった警察官1人が同様の賭けをした疑いで警察に逮捕された。

英国ではスポーツや政治の結果を予想する賭けが合法化されている。BBC放送によると、人口約6700万人の英国で、約2250万人が月に1回は賭けをしているという。【6月26日 毎日】
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結果、“現職首相としては「史上初」(英紙デーリー・テレグラフ)となるスナク首相の落選の可能性も報じられている。”【6月21日 毎日】という厳しい状況です。

【争点とはなっていないEU復帰 労働党は現状受入れ】
8年前に大騒ぎして決めたEU離脱については、移民抑制にもつながらず、イギリス経済の重しになっている現実があり、国民の間にも「復帰した方が・・・」という声があります。

****イギリス人の過半数が「EU復帰」を望んでいる。最新調査で明らかに****
イギリス国民が、投票でEUからの離脱(ブレグジット)を決めてから8年。

新しい世論調査で、有権者の過半数が、次期政権に対してEU復帰を望んでいるという結果が示された。データ分析会社テクネが実施した調査で、EU復帰に賛成すると回答した人は43%で、非加盟を続けるを選んだ40%を上回った。

さらに、「わからない」と回答した18%を除くと、52%がEU復帰を支持し、48%が反対だった。

2016年の国民投票ではEU離脱派が52%で、とどまることを選んだのは48%だった。今回の調査はこの結果が完全に逆転した結果となった。

復帰を支持した人の内訳は、前回選挙で労働党に投票した人が79%で、自由民主党は62%、保守党は25%だった。
 イギリスでは、7月4日に総選挙が行われる。選挙でブレグジットはほとんど争点になっていないものの、今回の世論結果から、再加盟を望む人が多くいることが見て取れる。(後略)【6月24日 HUFFPOST】
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しかし、“選挙でブレグジットはほとんど争点になっていない”
政権復帰が予想される労働党はブレクジット(英のEU離脱)を既成事実として受け入れている立場で、EU復帰は掲げていません。

****右傾化するヨーロッパと左傾化するイギリス****
<ヨーロッパで極右が躍進するなかイギリスで左派政党が順調なのは、移民問題や反EUなどでイギリスの主要政党が大衆の懸念を足蹴にせずきちんと向き合ってきたから>

6月上旬に行われた欧州議会選挙の結果に、不可解な疑問が湧いた。ひょっとしてキア・スターマー党首率いるイギリスの労働党は、「極右」だったっけ?と。

なぜならフランスでもドイツでも、イタリア、オランダ、その他の国々でも、「ポピュリスト」や「ナショナリスト」、さらには「過激派」と呼ばれる政党が、主に2つの争点を掲げて欧州議会選で健闘したからだ。その2つとは、EU懐疑主義と増加する移民に対する懸念である。 

伝統的にイギリスの「左派政党」と見られてきた労働党は、これらの争点について攻撃的あるいは極端な主張を唱えているわけではないが、7月4日に行われる英総選挙に向けた彼らの立場は明白だ。イギリスのEU復帰を訴えてはいないし、将来的な復帰を掲げてもいない。

つまりブレクジット(英EU離脱)を既成事実として受け入れているということだ。 

移民についてはあらゆる層を歓迎するとも、より多くの移民を受け入れるべきだとも提唱していない。それどころか、保守党政権は移民の受け入れ抑制に失敗したとの批判を展開している。つまり労働党ならもっとうまく移民を抑制できるという言い分であり、両者のイデオロギーに大きな隔たりがあるわけではない。 

欧州の怒れる大衆は過激な政党頼み 今度のイギリスの総選挙は、右派である保守党が敗北すると予想され、限りなく「出来レース」に近いものになるはずだ。

ヨーロッパの多くが右傾化しているが、イギリスは左傾化しているように見えるかもしれない。 しかしイギリスが他と異なるのは、主要な政党が、有権者のEU嫌いや移民への懸念をきちんと受け止めている点だ。

一方、欧州大陸の多くの国では、EUを敵視し、移民の無制限な受け入れは望ましくないと考える有権者たちは、「ドイツのための選択肢(AfD)」や「イタリアの同胞」など多かれ少なかれ過激主義に染まっている政党にしか、政治的なよりどころを見いだすことができない。(後略)【6月26日 Newsweek】
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有権者のEU嫌いや移民への懸念を″きちんと受け止めている”と見るか、“迎合している”と見るかは立場によります。
また、“有権者のEU嫌い”も前出記事のように単純ではありません。
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イラン大統領選挙  唯一の改革派候補の善戦も ヒジャブ問題では保守強硬派候補も柔軟姿勢

2024-06-26 22:20:13 | イラン

(イラン大統領選に立候補したジャリリ元最高安全保障委員会事務局長=テヘランで6月22日、WANAロイター【6月26日 毎日】 唯一の改革派候補として善戦も報じられています)

【盛り上がりを欠く大統領選挙 「改革は望めない」「誰が大統領になっても国はよくならない」 国民には諦めムードも】
イランでは、5月中旬に搭乗したヘリコプターがイラン北西部の山岳地帯で墜落して死亡したライシ大統領の後任を選ぶ大統領選挙が明後日28日に行われます。

イラン選挙制度特有の事前審査で、改革派や保守穏健派の候補が排除されたこともあって、「改革は望めない」という諦めの空気も色濃く漂う状況で有権者の関心はいまひとつもりあがらないようです。

****保守強硬派がポスト維持か イラン大統領選28日投票 「誰が大統領でも国よくならない」****
ヘリコプターの墜落で事故死したイランのライシ大統領の後任を選ぶ大統領選の投票が28日に迫った。

立候補した80人の大半が当局の事前審査で失格となり、出馬が認められたのは6人だけ。そのうち5人は欧米との融和に否定的なライシ師と同様の保守強硬派が占めた。

首都テヘランで有権者に聞くと、「改革は望めない」などと政治への失望感を強め、投票をボイコットすると打ち明ける人たちがいた。

24日に訪れたテヘランの繁華街で、設置されていた掲示板には、まばらに候補者のポスターが貼ってあるだけ。食品などのデリバリーで日銭を稼ぐモフセンさん(38)は、「誰が大統領になっても国はよくならない。かといって体制を批判すれば、すぐ投獄されてしまう」とこぼした。

ヤミ両替を営むレザさん(48)は「この国には夢も希望もない。政府は米国の経済制裁に対応できず、物価高が深刻で暮らしていけない」と憤った。モフセンさんもレザさんんも投票に行く予定はないと口をそろえた。

80人の立候補者の適性を審査し、6人に絞り込んだ「護憲評議会」は、メンバー12人のうち6人が最高指導者ハメネイ師が任命する聖職者で、保守派の影響下にある。

出馬が認められた保守強硬派5人で支持を集めそうなのが、ガリバフ国会議長と、アフマディネジャド元大統領時代に核交渉を担当したジャリリ氏だ。ガリバフ氏は政界に影響力を持つ革命防衛隊の元幹部。ジャリリ氏は最高安全保障委員会の元事務局長でハメネイ師の信頼が厚いとされる。

ただ、保守強硬派を巡っては、自由や民主化の障害になっているとして投票自体をボイコットする市民が増える傾向がある。ライシ師が当選した前回2021年の大統領選は投票率48・8%と革命以降で最低となった。

改革派からはペゼシュキアン元保健相が唯一、出馬する。外科医から政界に進出し、対米関係改善などを訴える。勝利には保守強硬派の支配を嫌う若年層やリベラル派の選挙参加が不可欠だが、体制への批判票を集め善戦するとの見方もある。

一方で保守票が割れるのを防ぐため、ガリバフ氏やジャリリ氏が投票直前に出馬を取りやめて一本化を図る可能性も残っている。

イランでは大統領は行政の長に過ぎず、国政全般の決定権は最高指導者が握る。ハメネイ師は推定84歳の高齢で、国民の不満が広がる中でも、反米の保守強硬派による支配を次世代に引き継がせる意向とみられる。
ライシ師は5月中旬、搭乗したヘリコプターがイラン北西部の山岳地帯で墜落して死亡した。【6月25日 産経】
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【善戦が報じられる唯一の改革派ペゼシュキアン氏 保守強硬派は直前一本化の可能性も】
「改革は望めない」「誰が大統領になっても国はよくならない」とは言っても、やはり保守強硬派の大統領と改革派の大統領ではやはりその違いは大きなものがあります。

今回選挙では絞り込まれた6人の中に改革派のペゼシュキアン元保健相が含まれているというのことの意味合いはよくわかりません。

保守強硬派が支える体制側としても、保守強硬派候補者だけの選挙となって極端に投票率が低くなって選挙の正当性が揺らぐこと、特にその国際的影響を懸念したものでしょうか。

いずれにしても、素人考えでも6人の中に改革派が一人という状況は、保守強硬派の票が分散し、改革派候補への現状批判票・体制批判票が集中し、結果的に改革派候補が上位に浮上する可能性も想像できます。

もし上位2名に改革派ペゼシュキアン氏が残って決戦投票となれば、現在の国民の諦めムードは一変する可能性もあります。

“ガリバフ氏やジャリリ氏が投票直前に出馬を取りやめて一本化を図る可能性も残っている”・・・・投票日が明後日に迫っているこの段階でやるのでしょうか? イランですから日本の常識は通用しないのでしょうが・・・26日22時時点では、そういう報道はまだ見ていません。

****イラン大統領選、改革派候補が「台風の目」 決選投票の可能性も*****
ライシ大統領がヘリコプターで事故死したことに伴うイラン大統領選は28日、投票が行われる。ライシ師の路線を支持する保守強硬派のジャリリ元最高安全保障委員会事務局長(58)とガリバフ国会議長(62)が有力候補とみられていたが、改革派から唯一、出馬が認められたペゼシュキアン元保健相(69)も支持を伸ばしており、「台風の目」となりつつある。

いずれの候補も当選に必要な過半数を得票できなければ、7月5日に上位2候補による決選投票が実施される。
 
大統領選は、最高指導者ハメネイ師が指名した聖職者などで作る「護憲評議会」が立候補資格の事前審査を行い、事実上ふるいにかける制度となっている。

2021年の大統領選では改革派や穏健派の候補者が出馬できず、ライシ師が圧勝。今回も候補者6人のうち、保守強硬派が5人を占めたが、改革派のハタミ政権で保健相を務めたペゼシュキアン氏の立候補も承認された。

世論調査機関「ISPA」が24日に発表した調査では、「投票に行く」と答えた人の各候補の支持率は、ペゼシュキアン氏24・4%▽ジャリリ氏24%▽ガリバフ氏14・7%。一方、投票先を決めていない人は30・6%に上った。

英紙ガーディアンなどによると、ペゼシュキアン氏は外交顧問として、2015年に米欧などと核合意を成立させた立役者の一人、ザリフ元外相を起用。選挙戦では米国が離脱した核合意の再建を通じ、欧米に経済制裁を解除させるべきだと訴えた。

一方、ジャリリ氏とガリバフ氏は中国やロシアとの連携を強め、経済を改善させる方針とみられる。

イランでは最高指導者が国政の最終決定権を持ち、大統領の権限は限られている。さらに、穏健派や改革派の実力者が立候補できなかったことから、失望した国民の多くは棄権するとの見方もある。

だが、ペゼシュキアン氏の陣営は選挙戦で「棄権はメッセージにならない。棄権すれば、イランをひどい状況に導く少数派に力を与えることになる」と訴えている。

ライシ政権は22年、全土で広がった女性権利の向上などを求めるデモを厳しく弾圧しており、国民の怒りを招いた。ペゼシュキアン氏は、候補者の中で警察による強硬な取り締まりに最も批判的とされ、当時のデモ参加者らに支持を広げられるかが注目される。【6月26日 毎日】
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当然ながら改革派ペゼシュキアン氏は、核合意の問題などで他の保守強硬派候補からは集中攻撃を受ける立場にあります。同候補顧問が生中継TV討論会で、怒ってマイク投げ捨てスタジオから立ち去る場面も。

****怒ってマイク投げ捨て、スタジオから立ち去る候補者…イラン大統領選挙は批判合戦が激化****
イラン大統領選(6月28日投票)に向け、保守強硬派と改革派の候補の批判合戦が激化している。米国などの制裁への対応をめぐる論戦が熱を帯びる中、国営テレビで生中継された座談会では、怒った改革派の顧問がマイクを投げ捨ててスタジオを立ち去り、物議を醸した。

(中略)今月6〜7日にイマーム・サディク大学が3000人を対象に行った意識調査によると、次期大統領に最も期待する政策はインフレ対策(45・2%)で、次に制裁解除(14・8%)だった。

経済制裁については、強硬派が抜け道による制裁回避を優先するよう主張しているのに対し、改革派は対話による制裁解除を目指しており、真っ向から対立している。

18日放送の国営テレビの座談会では、改革派候補のマスード・ペゼシュキアン氏(69)が、ロハニ前政権の外相として2015年に核合意をまとめたモハンマドジャバド・ザリフ氏(64)を顧問として伴って出演した。

強硬派候補のサイード・ジャリリ氏(58)が制裁下での石油輸出を可能としたと主張したことについて、ザリフ氏は「バイデン米政権が制裁を緩和したためだ」と反論した。イランに強硬な共和党のトランプ前大統領が返り咲く可能性があるとして、「反応が見ものだ」と拳を振り上げて批判した。

対話路線で保守穏健派のロハニ政権は核合意をまとめたが、トランプ米政権の一方的な合意離脱で制裁が再開された。ザリフ氏は強硬派から「戦犯」扱いされており、19日付の強硬派各紙は「負け組の再登場だ」と報じた。

改革派のペゼシュキアン氏の陣営は、強硬派の集中攻撃を受けている。文化を議題とした19日の座談会では、ペゼシュキアン氏と同席した顧問が、強硬派パネリストの国営放送大学学長から経歴を批判されて言い争いになり、生中継中の国営テレビが音声を遮断した。

怒った顧問はマイクを投げ捨ててスタジオを去り、残されたペゼシュキアン氏が「この行為が正しいとは言えない」と状況を取り繕う事態となった。【6月22日 読売】
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もっとも、こうした“集中攻撃”状態はペゼシュキアン氏の存在を際立たせる効果もあって、現状批判票・体制批判票を集めやすくなることにもなるのではないでしょうか。

候補者の支持率は調査によって差があるようです。
上記記事では“ペゼシュキアン氏24・4%▽ジャリリ氏24%▽ガリバフ氏14・7%”とのことですが、別の調査では・・・

****イラン大統領選、ハメネイ師側近vs元軍司令官のトップ争い…改革派の医師は3位****
(中略)外信は28日の大統領選挙を控え保守派候補2人がトップ争いを行う中で改革は候補が善戦していると評価した。 

最近の世論調査の結果、元外交官のジャリリ元イラン核交渉首席代表が支持率36.7%でトップとなり、元革命防衛隊空軍司令官のガリバフ国会議長が30.4%、元医師のペゼシュキアン元保健相が28.3%の順となった。

最高指導者ハメネイ師の側近であるジャリリ氏は最高国家安全保障会議議長を務めた強硬イスラム理念家と評価されている。

警察庁長官とテヘラン市長を歴任したガリバフ氏は2003年の学生民主化デモの際に実弾発砲を命令した人物として知られる。 

ペゼシュキアン氏はイラン護憲評議会が大統領選挙立候補者80人のうち最終候補として承認した6人の中で唯一の改革派だ。

ニューヨーク・タイムズは護憲評議会が彼を候補に残した理由について「投票率を高めようとする政府計画の一部」と分析した。

ペゼシュキアン氏は心臓外科医出身で、タブリズ医科大学総長を務めた。2022年のヒジャブデモ当時にはイラン女性の服装を規制する道徳警察と政府の強硬鎮圧を批判し、「強圧的な方法では信仰を強要できない」と主張した。

イランの保守派はイスラム教理原則を固守し、改革派は政治的自由と社会的変化を支持する傾向がある。 

反政府性向メディアのイラン・インターナショナルは、11~13日に行われた世論調査を引用し、投票意向がある有権者のうち浮動層が62%に達したと伝えた。このため残る3人の候補が終盤に浮上する可能性もあるという指摘が出る。 

(中略)ライシ大統領がハメネイ師を継ぐ有力候補の1人だった点から次期大統領選出はその後の最高指導者継承問題ともつながっている。 

ニューヨーク・タイムズは「今回の選挙の核心争点はインフレと失業など経済的困難、米国が主導する制裁、女性の権利。内部デモと米国・イスラエルとの緊張の中でイランが大統領死去にも揺らぐことなく対処できることを見せる機会」と評した。【6月26日 中央日報】
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こういう数字を見ると、保守強硬派としては投票日前日だろうが候補者一本化しないと改革派ペゼシュキアン氏を含む決選投票という事態に追い込まれる可能性がかなりありそうです。

【「選挙」の効用 保守強硬派と言えど、女性票を意識してヒジャブ問題では柔軟姿勢】
争点は先ずはインフレ対策、次に制裁解除ということですが、女性票を考えると女性の権利問題、具体的にはヒジャブ(スカーフ)強制の問題も大きな論点です。

この点について、保守強硬派候補者も女性票を意識して柔軟な姿勢を打ち出しているとか。

****イラン大統領補欠選挙の争点となった「ヒジャブ問題」****
「選挙と政治はさておき、いかなる場合にも女性を残酷に扱ってはならない」

28日に行われるイラン大統領補欠選挙に立候補したムスタファ・ポール・モハマディ元法相は21日のテレビ討論で、ヒジャブ未着用の女性弾圧について警告した。

イスラム法を厳格視する強硬保守の人物がヒジャブ着用をめぐる論争にこのような発言をすることはこれまで稀だった。米紙ニューヨーク・タイムズは24日、「ヒジャブ問題が大統領選挙の争点になっている」と報じた。

同紙によると、強硬保守派の5人を含め、今回の大統領選挙に立候補した6人の候補全員が、ヒジャブを着用していない女性を弾圧することに否定的な反応を示している。

先月、ヘリコプター事故で死亡したライシ前大統領の政権時代の2022年の「ヒジャブ不審死」に触発された反政府デモは、イラン全土を震撼させた。当時の反政府感情が再燃することを警戒しているとみられる。

今回の大統領選挙でヒジャブ問題を強調したのは、候補6人のうち唯一の改革派であるマスード・ペゼシュキアン氏だ。英紙フィナンシャル・タイムズによると、ペゼシュキアン氏は、「Z世代が問題視しているのは私たち(既成世代)だ。彼らは変化を望んでいるが、私たちは変わっていない」と述べ、ヒジャブを着用していないという理由で女性を弾圧するイスラム法はないと主張した。

有権者6100万人のうち半分を占める女性有権者は、大統領選挙で誰が当選してもヒジャブ義務化方針が廃止されるとは思っていないという。

しかし、「すでに変化は始まっている」というのが現地のムードだと、同紙は伝えた。ファッションブロガーのファヒメさん(41)は、「女性たちはヒジャブを脱ぐことについて当局の許可を待たない。すでに多くの人がヒジャブを着用していない」と話した。【6月26日 東亜日報】
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もちろん選挙前にこうした柔軟姿勢を見せていながら、政権獲得後は一転、強硬姿勢に転じる・・・というのはよくあることでしょうが。

さはさりながら、保守強硬派といえどヒジャブ問題で柔軟姿勢を見せざるを得ない・・・・事前審査などイランの選挙制度の問題や大統領権限が限られていることはあるものの、やはり民意を問う選挙というのはそれなりの効果はあるみたいです。

まともな選挙のない中国や有力候補を排除したロシアなどよりは、イランの方がまだ欧米的「選挙」に近いものがあります。

【仮に改革派大統領が誕生しても・・・】
ただ、今の段階で言及するのはいかにも早すぎますが、仮に改革派大統領が誕生したとしても、これでもそうであったように、最高指導者の存在、体制を固める保守強硬派の壁によって、実際にはなかなか政策実現ができないという事態は想像されます。

ハメネイ師も警告のような発言を。

****イラン最高指導者、対米接近論を批判 大統領選挙めぐり****
イラン最高指導者のハメネイ師は25日、28日投票の大統領選を巡り「米国の恩恵なしには一歩を踏み出せないと考えている者は、うまく国家を運営できない」と語った。米国との接近を念頭に対外融和的な姿勢を示す改革派候補に否定的な認識を示した。(後略)【6月26日 日経】
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アメリカ  増加するホームレス 65万人

2024-06-25 22:47:43 | アメリカ

(【2023年12月19日 Forbes】 ロサンゼルスの路上生活者)

アメリカの“面白ネタ”的な記事から。

****スーパーの看板内に1年住んでいた女性が発見される…PCもコーヒーマシンも完備、あだ名は「屋根忍者」****
米国ミシガン州のスーパーマーケットの看板の中で、34歳の女性が1年間暮らしていたことが明らかになった。

看板内には十分に横になって寝られるほどスペースがあったほか、女性は内部に机やパソコンなどを持ち込み、自宅のような環境を整えていた。「屋根忍者」というニックネームで地元住民の間で話題になっていたが、店に発見され、退去することとなった。

女性が住んでいたのは、米中部を中心に展開するスーパーマーケット・チェーン「ファミリー・フェアー」のミッドランドの店舗だ。食料品や日用品などを取りそろえる、地域密着型のチェーンとして知られる。

問題の看板は店舗屋上に設けられた、三角形の屋根状の大型のものだった。ニューヨーク・タイムズ紙によると、看板の内部の空間は、長さ約3〜4.5m、幅約1.5m、高さ約1.8〜2.4mほどだった。

女性は侵入方法を明かさなかったが、看板にはドアが付いているものの、屋上から看板内部に出入りできる構造だった模様だ。

デスクにコーヒーメーカーまで…自宅のように環境整備
看板の床には床材が敷かれ、小さなデスクとコーヒーメーカー、そしてコンピュータまで持ち込んでいたという。ほか、プリンター、食品棚、雑貨、衣類、寝具、ビタミン剤、観葉植物、ナイフなどが看板から発見された。まるで自分の家のように看板内をアレンジしていたようだ。

米フォックス・ニュースによると、発見されたきっかけは、4月23日の店の工事だった。工事作業員が店舗に赴いたところ、本来そこにあるはずのない延長コードが看板内へと延びていた。工事業者が店員に告げ、店が警察に通報したことで警官が現場に駆けつけたという。

全米日刊紙のUSAトゥデイは、警官と女性とのやりとりを公開している。警官が女性にドアを開けるよう求めたところ、女性はすぐに出る準備をすると答えた。

女性は衣服や持ち物まとめるため24時間が必要だと繰り返し訴えたが、警官は穏やかなトーンながら、それを拒否している。警官に促され、女性は看板から退去した。(中略)

アメリカで深刻化するホームレス問題
看板に1年間住み続けた例はめずらしいが、アメリカではホームレスが深刻な問題となっている。森の中や車の中、倉庫でテントを張って生活するケースも少なくない。

ミッドランドにある危機管理シェルター兼炊き出し所「オープン・ドア」のエグゼクティブ・ディレクターであるサラリン・テンプル氏は、彼女の組織に助けを求める人が増えていると、ニューヨーク・タイムズ紙に対し語っている。

昨年はランチを食べに来る人が毎日40人ほどだったが、今では2割増しの50人以上がやってくると話している。食べ物の工面に苦労し、およそ安全とは呼べない場所での生活を余儀なくされる人々が増えているようだ。

今回事件の起きた店舗があるミッドランドの人口は約4万2500人で、そのうち約9%が貧困状態にあるという。テンプル氏は、貧困ライン以下で生活することにより、人々は「透明人間」のように社会から見えにくい存在になってしまうと語る。

看板に住んだ「屋根忍者」の女性は、住居や食料を求めている人々がいることを思い出させる象徴的な事件となったようだ。【6月22日 Pen Online】
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「どうしてそんなことが可能だったのか?」と疑問に思うところもありますが、それはともかく、単なる“面白ネタ”ですまないのは、記事にもある増加するホームレスの問題です。

昨年1月時点の数字で、アメリカには65万人のホームレスがおり、その数は急増しているということで、大きな社会問題にもなっています。

****米国のホームレス数が65万人に急増、コロナ対策支援の終了が背景に****
米国内のホームレスの数は昨年1年間で12%増加しており、家賃の高騰とコロナ禍後の経済支援の打ち切りが、何千人ものアメリカ人に重大な影響を及ぼしたことが見えてきた。

米国住宅都市開発省(HUD)は現地時間12月15日、今年1月時点で約65万3000人がホームレス状態にあったと発表した。これは同省が2007年に実態調査を開始して以来、最も多い人数だ。

HUDによると、2023年には人口1万人あたりのホームレスの数は約20人だったが、その割合は有色人種に偏りが見られるという。

アジア系およびアジア系アメリカ人のホームレスの数は、この1年で40%急増し、増加率は最大となった。ヒスパニック系またはラテン系アメリカ人のホームレスの数は、2023年に前年から3万9000人以上増加した。HUDによると、2023年のホームレスの数は2022年より7万650人増加したとのこと。

「このデータは、人々がホームレス状態から速やかに脱するのを助け、そもそもホームレス状態になることを防ぐための、解決策や戦略に緊急な支援が必要であることを示している」と、HUDのマーシャ・ファッジ長官は15日の声明で述べた。

米国のホームレスの数は、数年に及んだ減少傾向が終わり、近年は増加が続いている。最近のホームレス人口の増加は、家賃滞納者への立ち退き猶予措置を含む、新型コロナウイルス対策の支援プログラムが2021年に終了したことが一因だと報告書は述べている。

HUDがホームレスの統計調査を開始した2007年から2010年かけて、米国のホームレスの数は63万7000人から55万54000人に減少していた。

この数値は、2020年に約58万人に増加し、さらに今年になって急増した。米国ホームレス問題連絡協議会(United States Interagency Council on Homelessness)のジェフ・オリヴェット代表は、ニューヨーク・タイムズ紙の取材に、「手頃な価格の住宅の不足と家賃の高騰がホームレス問題に最も大きな影響を与えている」と語った。

一方、全米ホームレス撲滅同盟(National Alliance to End Homelessness)のアン・オリバCEOは、公共ラジオ放送のNPRに対し、「米国の多くの都市における移民の増加が今年の数字に影響を与えた可能性が高い」と語った。各地のシェルターでは移民の数が増えているため、連邦政府に州の負担を軽減するよう求める声も多い。【2023年12月19日 Forbes】
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****アメリカでホームレスが急増。コロナ禍救済策の終了と家賃高騰が影響か。****
(中略)
モラトリアム終了と家賃高騰が影響
住居のない人が増加した要因は複数考えられますが、直接的な影響を与えたのは未払いによる立ち退きの一時停止措置(モラトリアム)の終了と、家賃の高騰です。

パンデミック中、家賃の支払いが難しい世帯が続出したことにより、低所得層の救済や公衆衛生上の観点から、政府が家賃を肩代わりすることで強制退去を防いでいたのがモラトリアム政策です。しかしこの措置も、度重なる延長を経て2021年10月3日に終了。家賃を払えない人々は住居を失いました。

さらにそこから、アメリカの賃貸住宅の募集家賃は上昇を続け、2022年8月には中央値が過去最高額の2054ドルに。それをピークに停滞し、直近ではやっと下がり始めたものの、ほんの4%ほどしか下がっていません。

Redfinのデータによるとパンデミック前の2019年11月に比べるとまだ約22%も高い水準です。家賃負担が増え赤字になった家計を、貯蓄を切り崩すことで支えている世帯も相当数あると見られ、耐えきれなくなる過程がジワジワと増えているのでしょう。

この悲惨な状況は、2024年に利下げがはじまることで好転するのでしょうか?【1月10日 OPEN HOUSE】
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当然ながら、一般の住民からすればホームレスは厄介者。
西部オレゴン州のグランツパス市は法令で、公園や路上で寝具類を使用して生活することを禁じ、違反者に罰金を科していますが、こうした強権的対応には批判も。

****米の路上生活、過去最多65万人 違法化、6月中にも司法判断****
米国で路上や車中で生活するホームレスが急増し、昨年は過去最多の約65万人を記録した。各地で対策が課題となる中、公共の場での寝泊まりを法令で禁止した西部州の市が批判を浴びる。連邦最高裁が今月中にも法令の合憲性を判断する見通しで、各自治体の対応に影響しそうだ。

ニューヨークのタイムズスクエアでも、路上やベンチで横になる人々が目立つ。うち1人の女性は「好んでホームレスになったわけじゃない」と語り、作家として活躍したが、母親が介護施設に入り金銭的に行き詰まったと訴えた。

住宅都市開発省によると、昨年1月時点でホームレス状態だった人は保護施設の一時滞在を含め、全米で約65万人に上った。統計開始の2007年以降、最多となった。

西部オレゴン州のグランツパス市は法令で、公園や路上で寝具類を使用して生活することを禁じ、違反者に罰金を科す。ホームレスらは、路上生活を強いられた人々を罰するのは「過度な刑罰を禁じる憲法修正第8条に抵触する」と市を提訴。連邦地裁・高裁はいずれも法令を違憲と判断した。【6月24日 共同】
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ホームレス増加をもたらしている家賃高騰は、円安関連ニュースでいつも話題になるアメリカの高金利政策とリンクしています。

****アメリカ経済 堅調の裏側で****
FRB(連邦準備制度理事会)が高い金利水準を維持する中でも、堅調な成長で強さを見せるアメリカ経済。一方で、いま社会問題となっているのがホームレスが増加です。その数は過去最多といわれています。

バイデン大統領は3月の一般教書演説で、家賃の引き下げに向けて手ごろな価格の住宅の建設を支援していく考えを強調しています。

しかし、金利が高いままでは住宅の購入がしづらく、結果として賃貸の需要が高まり、家賃の高騰を招く悪循環に陥っています。大統領選挙も控え、アメリカでは住宅の問題への関心がさらに高まりそうです。【4月24日 NHK】
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イエレン米財務長官は、手頃な価格の住宅供給を増やすため、今後3年間で1億ドルを追加拠出すると発表しましたが、3年間で160億円・・・年間では53億円・・・その程度の資金投入で事態は変わるでしょうか?

****米財務省、住宅供給に1億ドル追加拠出へ 価格高騰に対応****
イエレン米財務長官は24日、手頃な価格の住宅供給を増やすため、今後3年間で1億ドルを追加拠出すると発表した。バイデン政権は11月の大統領選を前に住宅価格高騰への対応を進めている。

中小企業や消費者、低価格住宅プロジェクトを支援するために財務省がコロナ禍前に行った地域金融機関への投資から受け取っている資金で賄われる。

財務省データによると、2021年の緊急資本投資プログラムでは、地域の貸し手に85億7000万ドル以上が注入され、その貸し手は433の手頃な価格の住宅プロジェクトに12億ドルを投資した。

イエレン氏は、住宅価格の上昇は緩やかになると予想していると述べたが、2000年から20年にかけて米人口の97%を占める郡では家賃の中央値が所得の中央値を上回っていると説明した。

「われわれは長期にわたって蓄積されてきた非常に深刻な住宅供給不足に直面している。この供給不足が住宅価格の高騰につながっている」とし、負担が最も大きいのは低所得世帯と黒人世帯だと述べた。【6月25日ロイター】
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ホームレスが多いのはニューヨークにカリフォルニア、更に一番多いのが首都ワシントン。

****米首都、ホームレス問題に悩む 「排除アート」も*****
米政治の中枢、首都ワシントンDCが深刻なホームレス問題に悩まされている。人口当たりの数が全米最悪とあって、市政府は2025年までに首都から路上生活者を無くすと宣言、シェルターの建設にも取り組む。

一方で、路上生活を困難にする「排除アート」の設置など手厳しい対応も見られる。首都の財政は厳しい状態で、対策の先行きは多難だ。

ワシントンの街並みを歩くと、重厚な連邦政府の建物の周囲や環状交差点の内側など各所に緑豊かな公園がある。ランチタイムには公園のベンチで食事を楽しむ人も多い。皮肉なことに、この充実したインフラがホームレスを引き寄せるという問題がある。

設置されたベンチの多くは、真ん中にひじ掛けがある。ホームレスが横になって居着かないための設計だ。同様にバス停のベンチにも隆起が設けられている。

10年間ワシントンでホームレス生活を経験したヘンリー・ジョンソンさんは「ホームセンターで買ったのこぎりで(ひじ掛けを)切断して横になる人もいる」という。

ジョージ・ワシントン大学病院からほど近いワシントン・サークルの路上ではホームレス数人がテント生活をしている。テントの裏にある塀にはとげ状の器具が設置されており、塀に寝そべることができない構造になっている。

生活費の高騰が重荷に

10万人ごとのホームレス人口は米住宅都市開発省(HUD)が発表した推計によると、22年のワシントンのホームレス人口は4410人。10万人当たりのホームレス人口ではワシントンは約656人と、ニューヨーク州(約377人)とカリフォルニア州(約439人)を上回り、全米最多となる。経済格差が深刻とされる首都ワシントンの実態を象徴する。

ワシントンのバウザー市長は21年7月、25年までにワシントンのホームレスをゼロにするための計画を発表した。バウザー氏は就任当初の15年からホームレス問題の解決を訴えてきた。16年1月〜22年1月にかけワシントンのホームレス人口は47%減った。

しかし、23年1月に実施された調査によると、ワシントンのホームレス人口は4922人と前年比11.6%の増加に転じた。ワシントンでホームレス人口が増えるのは5年ぶり。

フードスタンプ(食料配給券)の適用者拡充を含む新型コロナウイルス禍の特別措置が終了したほか、21年半ばから続く高インフレで生活必需品が値上がりし、貧困層の生活を圧迫している。

家賃の高騰もホームレス問題の深刻化を招く。例えば、バージニア州アーリントン、アレクサンドリアを含むワシントン近郊の家賃の消費者物価指数(CPI)を見ると、21年8月〜23年3月にかけ前月比で20カ月連続上昇した。

ワシントンでは22年、70人を超えるホームレスが死亡した。酩酊(めいてい)による事故、低体温症、殺人など死因は様々だった。

市政府は「アフォーダブル・ハウジング(安価な価格の住宅)」へ入居するための引換券を提供している。しかし、22年に死亡したホームレスのうち6割ほどは引換券を使って入居申請を終えて入居を待っていた。

「(ワシントンの)夏は美しいが、冬は耐えられない」と話すジョンソンさんは、5年ほど前に引換券を使ってアパートに入り、ホームレス生活から脱却した。「(膝に)関節炎があり、路上生活は大変だった」という。

22会計年度(21年10月〜22年9月)には3430件の入居引換券が配布された。2523件が入居申請に利用されたが、実際に入居できたのは23年5月時点で1696人。手続きを行うボランティアの体制が不十分なこともあり、申請から入居まで半年以上かかるケースもある。

政治に翻弄される
ホームレス問題の解決を掲げるバウザー市長も厳しい判断を迫られる。23年3月に家賃補助やホームレス支援の歳出を減らす24会計年度予算案を発表した際、「財源が減るなかで、固定費が増えている。(08年の)金融危機以来の厳しい状況だ」と述べた。

背景には在宅勤務が定着した影響で事業用不動産からの税収が低下していることがある。そのうえ、コロナ禍の特別措置として連邦政府から支給されていた追加予算も9月に期限を迎える。

ワシントンの予算案は連邦議会の可決を必要とする。現在、歳出削減を訴える共和党が議会下院を握っており、さらなる削減を求めかねない。

バイデン米大統領は22年12月、25年までに米国のホームレス人口を25%減らすと宣言し、「目標を達成するには地方自治体の協力が必要」と訴えた。しかし、米国の首都ワシントンのホームレス問題は解決からほど遠い。【2023年6月21日 日経】
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ミャンマー  少数民族武装勢力と国軍の戦闘のなかで、イスラム教徒ロヒンギャを取り巻く環境が悪化

2024-06-24 21:52:29 | ミャンマー

(【6月3日 時事】)

【「アラカン軍」がロヒンギャの町を放火?】
少数民族武装勢力と国軍の戦闘が続くミャンマーでは、イスラム教少数民族ロヒンギャがともに仏教徒である少数民族武装勢力・国軍双方から迫害・利用される状況になっていることは、4月15日ブログ“ミャンマー国軍  「アラカン軍」との戦いにロヒンギャを「盾」として利用 両者の対立を利用”でも取り上げました。

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現在の“主戦場”のひとつとなっているのが西部ラカイン州における少数民族武装勢力「アラカン軍」と国軍の戦いです。

アラカン軍(AA)は、(ミャンマー全体では少数民族ですが)ラカイン州海岸部で多数派である仏教徒ラカイン族(アラカン族)の主権回復を闘争目的とする武装組織です。

そのラカイン州は、イスラム教徒の少数民族ロヒンギャが多く暮らす地域で、国軍とその協力者により民族浄化的な迫害が行われる地域でもあります。

ラカイン族(アラカン族)は多数派ビルマ族からは少数派として差別を受ける一方で、更に劣後する状況にあるイスラム教徒ロヒンギャに対してはこれを差別する側でもあります。ラカイン族とロヒンギャの間には対立・憎しみがあります。

こうした差別される者が、更に弱い立場の者を差別する差別の重層構造は珍しくはありませんが、ラカイン州の状況もそのひとつです。

戦闘で劣勢にたたされ、兵員不足を補うために徴兵実施に踏み出した国軍は、この差別の構造を利用して、無国籍状態に置かれているロヒンギャを兵員に取り込み、アラカン軍との戦いにおける使い捨ての盾のように利用しているとの情報があります。【4月15日ブログ】
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その西部ラカイン州で、国軍と戦う「アラカン軍(AA)」がロヒンギャが暮らすバングラデシュとの国境近くの町に火を放ち、最大で20万人が家を追われる事態となっているという報道が先月ありました。

****「町が丸ごと燃えている」、武装勢力の放火で家追われるロヒンギャ ミャンマー内戦の前線地域****
ミャンマー西部で国軍と敵対する少数民族の武装勢力「アラカン軍(AA)」がバングラデシュとの国境近くの町に火を放ち、先週末以降最大で20万人が家を追われる事態となっている。

これらの住民は国内で長く迫害されてきたイスラム系少数民族のロヒンギャで、火の手を逃れ、水田に隠れて何日も過ごすことを余儀なくされている。

(中略)軍事政権と戦うAAは西部ラカイン州で、ロヒンギャが多く暮らすバングラデシュ国境近くの町ブティダウンを制圧したと宣言。活動家や住民の親族の報告によると、AAの兵士らは町内のロヒンギャの家屋に火を放ち、略奪を行っているという。家を失った住民らは電話を没収され、国外の家族と連絡を取ろうとすれば殺すと脅されているという。

同州では軍事政権により電話やインターネットによる通信が停止されており、外部から現地住民に連絡を取ることはほぼ不可能。ジャーナリストや国際社会の監視団体も現地で何が起きているのかを正確に把握することはほとんどできなくなっている。

ロヒンギャの人権団体などによれば、AAによる放火を受けて約20万人が自宅からの避難を余儀なくされ、女性や子どもを含む多くの人々は水田に身を潜めて数夜を過ごしている。食料や医薬品もない状況で、未確認ながら負傷者がいるとの報告も寄せられているという。

CNNはこうした報告を独自に検証できていないが、衛星画像によってブティダウンの中心部が18日午前に炎に包まれ、週末にかけて燃え続けたことが分かる。(中略)

ブティダウンの出身でロヒンギャ支援団体の共同創設者を務める活動家は「町が丸ごと燃えている」「無事な家屋はほとんど残っていない。ほんの数軒だけだ」と語った。

自分たちの国を持たないロヒンギャに対しては16年から17年にかけ、ミャンマー軍が残虐な軍事行動を展開。殺害やレイプ、放火が行われたとされ、現在ジェノサイド(集団殺害) に該当するとの疑いから国際司法裁判所の捜査対象となっている。

軍の「掃討作戦」を受けて数十万人がミャンマーを逃れ、現在世界最大とみられるバングラデシュの難民キャンプには推計100万人が暮らしている。

ミャンマーに残るロヒンギャの多くは差別的な扱いを受けており、移動や教育、医療の面で厳しい制限に直面する。

AAとミャンマー軍は、期限付き休戦が破られた昨年11月に戦闘を再開。前者はここ数カ月間、ラカイン州の占領地域を大幅に拡大していた。

現在同州では人道危機の懸念が高まっている。新たに避難を余儀なくされた人々は食料や清潔な水を入手することができなくなっているためだ。

前出の活動家は、住民に食料を届ける団体が一つもないと指摘。ミャンマー軍があらゆる経路を遮断しているとの見方を示した。また軍は住民を複数の村に閉じ込めて、そこから移動することも禁じているとした。【5月24日 CNN】
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国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は5月24日、「アラカン軍(AA)」と国軍の双方がイスラム教徒少数民族ロヒンギャを迫害していると非難する声明を出しています。

****ロヒンギャ迫害、アラカン軍と国軍に責任****
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は24日、ミャンマーの少数民族武装勢力「アラカン軍(AA)」と国軍の双方がイスラム教徒少数民族ロヒンギャを迫害していると非難する声明を出した。

民主派からは国軍の責任を問う声明が出ているが、アラカン軍が「完全占拠」したとする地域でも残虐行為が行われているとされる。

アラカン軍は西部ラカイン州内でバングラデシュに隣接する二つの郡区(ブティダウン、マウンドー)の制圧に向けて攻勢に出ている。国軍は今月中旬にブティダウンの町から撤退。多くのロヒンギャが住むマウンドーでも戦闘が激化している。

UNHCRは、両郡区を巡る攻防で多くの市民が避難を余儀なくされており、このうちロヒンギャ4万5,000人が保護を求めてバングラデシュ国境を流れる川まで押し寄せていると指摘した。ロヒンギャ数十万人が国境を超えてバングラデシュに逃れた2017年の人道危機の再来を想起させる状況で、同国に保護を要請している。

国軍が長年ロヒンギャを迫害してきたと追及しつつも、今回は「アラカン軍と国軍双方がロヒンギャを攻撃している」と指摘。ブティダウンの町では、国軍が撤退してアラカン軍が占拠を主張した後に焼き打ちが発生しているとされており、情報を精査しているという。

ブティダウンを逃れた市民からは、アラカン軍の兵士から虐待を受けたなどの証言が出ている。

ラカイン情勢を巡っては、軍政に対抗しようとする民主派政治組織「挙国一致政府(NUG)」が21日、国軍が民族間対立をあおっているなどと非難した。ただ、アラカン軍への言及がなく、X(旧ツイッター)上では「挙国一致政府は現場を知らない」などと疑問を呈する声が上がっている。

ミャンマーでは21年2月のクーデターで国軍が実権を掌握。以降は各地で民主派武装組織が生まれ、民族紛争も再燃した。昨年10月には、三つの少数民族武装勢力が北東部シャン州北部で国軍への一斉攻撃を開始し、国軍が劣勢に立たされている。【5月27日 NNA ASIA】
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【アラカン軍はロヒンギャ迫害を否定 国軍による分断工作と主張】
少数民族武装勢力「アラカン軍」は、ロヒンギャ迫害を否定し、国軍によるプロパガンダだと主張しています。

****司令官がロヒンギャ迫害を否定 ミャンマー武装勢力・アラカン軍 国連機関に反論「国軍が分裂を狙った」****
ミャンマー西部ラカイン州で国軍と戦う少数民族ラカイン族の武装勢力「アラカン軍(AA)」のトゥワンムラッナイン司令官が東京新聞のオンライン取材に応じた。

ともに仏教徒中心の国軍とAAが、同州でイスラム教徒少数民族ロヒンギャを「弾圧している」と国連機関などが懸念を強めている。トゥワンムラッナイン氏はそれを否定し、国軍側がラカイン族とロヒンギャを「宗教的に分裂させようとしている」と強調した。

◆「政治的だけでなく、宗教的にも分裂させようとしている」
2009年に結成されたAAは国内有数規模の武装勢力の一つで、トゥワンムラッナイン氏は「4万人近い兵士がいる」と説明している。同氏が海外メディアのインタビューに応じるのは異例だ。
 
トゥワンムラッナイン氏は「国軍は劣勢になると、イスラム教徒を徴兵した。AAとイスラム教徒の民兵を対立させた方が、国軍が生き延びられると考えたからだ。政治的だけでなく、宗教的にも分裂させようとしている」と主張した。

◆「国軍がイスラム過激派にも武器供与」
AAは、バングラデシュに隣接し、ロヒンギャが多く暮らすラカイン州北部のブティダウン、マウンドー両郡区で攻勢を強めており、5月18日にブティダウンを掌握したと発表した。

同氏は「ブティダウン、マウンドー両郡区をこれほど早く攻める計画はなかったが、国軍が『アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)』などのイスラム過激派にも武器を供与したので、作戦の実施を早めた」と明かした。AAはこれまでにラカイン州北部を中心に10以上の街を掌握した。

◆「私たちはやっていない」
一方、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、ブティダウンの街の大部分が焼失し、数万人の住民が避難を余儀なくされたと指摘。「AAと国軍の双方によるロヒンギャへの攻撃を記録した。空爆や、丸腰で逃げる村人への銃撃、斬首、失踪、民家の焼き打ちの報告を受けている」と糾弾している。

これに対しトゥワンムラッナイン氏は「私たちはやっていない」と否定した。故郷を追われたロヒンギャの中には「土地問題や政治的な動機からラカイン族を憎んでいる者もおり、AAの行動を自説の補強のために都合よく解釈する」と釈明。

「ブティダウンは(宗教的に)繊細な地域なので、事前に住民に軍事作戦を伝え、イスラム教徒行政官の助けを借りて避難を促した。彼らはそれを強制移住と決めつけ、まるで戦争犯罪をしているかのように描いた」と持論を展開した。【6月7日 東京】
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“事前に住民に軍事作戦を伝え避難を促す”と“強制移住”・・・・混乱の戦場では“紙一重”というか、ほとんど同じことも想像できます。

【戦闘で悪化するロヒンギャを取り巻く環境】
アラカン軍が放火したのか、ロヒンギャを攻撃したのか・・・その実態はよくわかりませんが、戦闘で現地がこんらんするなかでロヒンギャへの迫害が強まっている状況が懸念されます。

****略奪や放火…強まるロヒンギャ迫害 ミャンマー戦闘のあおり受け****
内戦状態にあるミャンマーで、長年迫害されてきた少数派のイスラム教徒ロヒンギャを取り巻く環境が悪化の一途をたどっている。

西部ラカイン州では国軍と少数民族武装勢力「アラカン軍」の戦闘のあおりを受け、命を落としたり家を追われたりするロヒンギャ住民が急増。国連などは、国軍とアラカン軍の双方から弾圧されているとして、暴力の即時停止を求める。

アラカン軍はラカイン州北部で攻勢を強め、5月18日に要衝のブティダウンを掌握したと発表した。今月中旬、バングラデシュとの国境に近いマウンドーにも戦火が広がり、アラカン軍は住民に退避を促した。ただ、国軍の空爆などを受けて、多くの人が取り残されているという。

現地からの情報は限られ詳しい状況は不明だ。欧州を拠点とする支援団体「自由ロヒンギャ連合」によると、ブティダウン周辺では住民がアラカン軍に連れ去られて殺害され、略奪や放火も相次いだという。避難民がドローンで攻撃されたとの情報もあり、「人道に対する罪であり、戦争犯罪だ」と訴える。

一方、アラカン軍は、国軍による攻撃だと主張する。地元メディアによると、今月上旬にも国軍兵士が村を襲撃し、住民76人を殺害したと非難した。国軍は関与を否定している。

国連人権高等弁務官事務所はブティダウンの大部分が焼失し、5月24日時点で約4000人の避難民が発生したと指摘。双方からの攻撃を確認し「空爆や非武装の避難民への銃撃、斬首、失踪、住宅の焼き打ちがあった」としている。

国内有数の武装勢力であるアラカン軍は、2021年のクーデター前から自治拡大を求めて国軍と衝突を繰り返してきた。仏教徒のラカイン族を中心とし、ロヒンギャとの確執も根深い。国軍がこうした確執を利用し、ロヒンギャの被害に関する情報を操作しているとの見方もある。

ロヒンギャは長らく「不法移民」とみなされて国籍を与えられず、偏見にさらされてきた。17年にはロヒンギャの武装勢力が警察や国軍の施設を襲撃し、国軍による掃討作戦で約70万人が難民となった。迫害を恐れて国境を越える人は後を絶たず、バングラデシュの難民キャンプで約100万人が暮らす。

民主派など抵抗勢力の猛攻で兵力不足に陥った国軍は、今年2月に徴兵制の実施を発表した。ラカイン州でもロヒンギャの若者を強制動員しているとされる。英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)は、約5000人が国軍側に加わったと推計。ロヒンギャの武装勢力が国軍に協力して難民キャンプで集めた人も含まれ、アラカン軍との宗教対立をあおる構図となっている。

ミャンマー、バングラデシュ両政府は難民の帰還で合意しているが、実現しないままクーデターが起きた。混乱によって帰還はさらに遠のき、キャンプの治安悪化や将来への不安からインドネシアなどに密航する人が相次ぎ、現地住民との間で摩擦も起きている。

自由ロヒンギャ連合の共同創設者で、20年以上亡命生活を続けるネイサンルイン氏は「最近の状況は17年当時よりもひどい。移動を制限されて逃げることもできない住民が取り残されている」とアラカン軍を糾弾。一方で「難民の帰還には民政復帰が必要だ」と述べ、日本政府に対し国軍への経済制裁を求めた。【6月24日 毎日】
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ヒズボラ  イスラエルとの戦闘が激化 全面戦争の危険性も 両者は互いに相手を威嚇

2024-06-23 23:36:29 | 中東情勢

(レバノン地域のヒズボラ兵。(ウィキメディア・コモンズ-タスニム通信社)【6月19日 VOI】)

【激しさを増すイスラエル・ヒズボラの戦闘 全面戦争の危険も】
パレスチナ・ガザ地区におけるハマスとイスラエルの衝突が始まった当初から注目されていたのは「(レバノンの)ヒズボラは参戦するのか?」ということ。

かつてイスラエルと戦って負けなかった実績があることが示すようにハマスを上回る戦闘力を有し、イスラエルと戦う意思があり(周辺アラブ諸国にはそのような考えはないでしょう)、実際に動ける(イスラエルと敵対するイラン本国が動く訳にはいきませんので)・・・・そうした条件を兼ね備える(イランの支援をうける)ヒズボラが参戦すればイスラエルは両面作戦を強いられ、紛争は新たな展開を迎えます。

もちろんヒズボラにとってもイスラエルとの本格的な戦闘となれば、組織の存亡がかかってきますので、現実問題としては軽々に動けるものでもありません。

イスラエルとヒズボラの間では小競り合いは続いていたものの、これまでのところ「ヒズボラの本格参戦はなさそうだ・・・」というのが大方の見方でした。

しかし、ここにきて両者の緊張が高まっています。

“ヒズボラの攻撃で兵士死亡=レバノン境界で高まる緊張―イスラエル”【6月6日 時事】
“イスラエル、ヒズボラ司令官殺害 昨年10月以降で最高位か―レバノン”【6月12日 時事】

****ヒズボラ、イスラエルに最多のロケット弾 幹部殺害で報復****
レバノンの親イラン武装組織ヒズボラは12日、イスラエル軍による空爆で現場司令官が死亡したことへの報復として、イスラエルをロケット弾で攻撃した。昨年10月に国境付近で交戦が始まって以降、1日として最多のロケット弾を発射した。

イスラエル軍は11日、レバノン南部の村を空爆し、ヒズボラの司令官と戦闘員3人が死亡した。関係筋によると、同司令官は昨年来の交戦で殺害された最高位の幹部だという。

ヒズボラは12日、イスラエルに対し少なくとも17の作戦を実施したと表明。このうち半数は司令官「暗殺」への報復だとした。イスラエルの軍事工場に誘導弾を発射したほか、軍の司令部や航空監視施設を攻撃したという。

治安筋によると、ヒズボラが12日に発射したロケット弾は約250発と、現在の衝突開始以降、1日として最多に上った。

ヒズボラ幹部は殺害された司令官の葬儀で、報復としてイスラエルに対する作戦の強度と威力、数を増やすと述べた。【6月13日 ロイター】
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【互いに相手を威嚇する両者 アメリカはイスラエル支援を明示】
イスラエル側も軍・政府がヒズボラの動きを警戒して、「これ以上やるなら、こっちも容赦しないぞ!」といった牽制する対応。

****ヒズボラの砲撃激化、衝突拡大も イスラエル軍が警告****
イスラエル軍は16日、レバノンの親イラン武装組織ヒズボラによる国境を越えた砲撃が激化しているとし、衝突拡大の恐れがあるとの見方を示した。

イスラエル軍のハガリ報道官は「ヒズボラの攻撃激化により、われわれはレバノンや地域全体に壊滅的な結果をもたらす可能性のある、より広範なエスカレーションの瀬戸際に向かっている」と述べた。(中略)

米仏はレバノン南部国境付近の敵対行為を巡り、交渉を通じた解決策に取り組んでいるが、ヒズボラはイスラエルがパレスチナ自治区ガザへの軍事攻撃を停止しない限り砲撃を続けるとしている。【6月17日 ロイター】
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****レバノンへの軍事計画承認 イスラエル軍発表、ヒズボラと全面衝突の懸念****
イスラエル軍は18日、隣国レバノンに対する軍事作戦計画が承認されたと発表した。レバノンと国境を接する北部の軍部隊の戦闘準備をさらに増強するとしている。イスラエルとレバノンの親イラン民兵組織「ヒズボラ」の交戦は最近激しさを増しており、全面衝突への懸念が高まっている。

イスラエルのカッツ外相は18日、「全面戦争になれば、ヒズボラは壊滅してレバノンは手痛い打撃を受けるだろう」と警告した。

一方、ヒズボラはレバノン国境から約25キロの距離にあるイスラエル第3の都市ハイファの港などを上空から偵察機で撮影したとする映像を公表した。ハイファ市街は攻撃可能だと示唆する狙いとみられ、市当局者が「市民に対する心理的なテロだ」と非難するなど駆け引きが活発化している。(中略)

一方、米国のホックスティーン特使は17日、イスラエル入りしてネタニヤフ首相と会談したのに続き、18日にはレバノンでミカティ暫定首相らと会談し、イスラエルとヒズボラの緊張緩和に努めた。

ヒズボラとイスラエルは2006年、約1カ月にわたる大規模交戦を展開し、レバノン・イスラエル両国で総勢1200人以上が死亡した。ヒズボラの戦闘能力はハマスを上回るといわれる。【6月19日 産経】
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****イスラエル外相、レバノンのヒズボラに「決断の時は間近だ」と警告…近く大規模攻撃か****
イスラエルのイスラエル・カッツ外相は18日、北部への攻撃を強めるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに対し、SNSで「ルールを変更する決断の時は間近だ」と述べ、大規模攻撃の決定が近付いていると警告した。

北部の国境地帯ではヒズボラとイスラエル軍との攻撃の応酬が激化している。カッツ氏は「全面戦争でヒズボラは壊滅し、レバノンは深刻な打撃を受ける」と訴えた。イスラエル軍は18日、「レバノン攻撃の作戦を承認し、現地部隊の増強継続を決めた」と明らかにした。(後略)【6月19日 読売】
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ヒズボラ側も、本音はともかく表向きの強気姿勢を崩していません。

****イスラエルに「逃げ場ない 」 ヒズボラ最高指導者が警告****
レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師は19日、イスラエルが対レバノン攻撃作戦を承認したのを受け、ヒズボラの対イスラエル攻撃を回避できる場所は「どこにもない」と警告した。昨年10月のパレスチナ自治区ガザ地区での戦闘勃発(ぼっぱつ)以来、イスラエルとヒズボラは毎日のように交戦しているが、本格的な戦闘に発展する恐れもある。

ナスララ師はビデオ演説で、ヒズボラの「ロケット弾攻撃」を逃れられる場所はイスラエルには「どこにもない」と述べた。

また、地中海東部の島国キプロスについても、イスラエル軍によるレバノン攻撃のため空港や基地が使用されるなら報復の対象になり得ると警告した。

キプロスには英軍基地が2か所ある。うち1か所は空軍基地。ただ、基地は英国の主権領域で、キプロス政府の管轄権は及ばない。

キプロスのニコス・フリストドゥリディス大統領は、同国はガザへの海路での人道支援で「国際社会に広く認知された」役割を果たしているとしながら、イスラエルとヒズボラとの間の戦闘への関与については否定した。 【6月20日 AFP】
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国連事務総長は事態の沈静化を求めています。

****国連事務総長が事態の沈静化訴え イスラエル軍と「ヒズボラ」の間で攻撃の応酬続く****
イスラエル軍と隣国レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」との間で連日、攻撃の応酬が続く中、国連事務総長は21日、事態の沈静化を訴えました。

イスラエル軍とヒズボラの間では、連日、攻撃の応酬が続いていて、事態のさらなる悪化が懸念されています。こうした中、国連のグテーレス事務総長は21日、緊張が高まっていることに「深い懸念」を示した上で、事態の沈静化を訴えました。

国連・グテーレス事務総長「中東の紛争が拡大するリスクは現実のものであり、絶対に避けなければならない」(後略)【6月22日 日テレNEWS】
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ガザ情勢では弾薬供給停止措置などイスラエルとの溝も明らかになっているアメリカは、もしヒズボラとの全面戦争になればイスラエルを支援することを明らかにしています。もちろん「イスラエル頑張れ」という話ではなく、「アメリカがイスラエルを支援しないといった幻想を抱くな!」とヒズボラを牽制したものでしょう。

****イスラエル支援を確認=ヒズボラと全面戦争なら―米高官****
米CNNテレビは21日、米国とイスラエルの高官が20日に行った会談で、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとイスラエルが全面戦争に突入した場合、米国がイスラエルを支援することを確認したと報じた。

ただ、米国は地上部隊は派遣しないという。米国とイスラエルはパレスチナ自治区ガザで続くイスラム組織ハマスとの戦闘を巡り、関係がぎくしゃくしていた。

訪米したイスラエルのハネグビ国家安全保障顧問とデルメル戦略問題相は、ブリンケン米国務長官らと会談。ヒズボラへの対応を協議し、米国の支援方針が確認されたという。【6月22日 時事】 
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【鉄壁のイスラエル防空態勢が破られる危険も】
イスラエル世論はヒズボラとの本格戦闘に肯定的なようです。

****ヒズボラと本格戦闘、6割が支持 イスラエル国民、最新世論調査****
イスラエル軍とレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラとの交戦で、イスラエル国民の6割超がレバノン地上侵攻を含めた対ヒズボラ本格戦闘を支持していることが最新の世論調査で分かった。

背景にはヒズボラの攻撃強化による被害の拡大がある。軍幹部からも本格戦闘に前向きな発言が相次ぎ、緊張が高まっている。

ヒズボラは昨年10月のパレスチナ自治区ガザの戦闘開始後、パレスチナ人を支援するとして、イスラエル北部へロケット弾やミサイル、無人機で攻撃を開始した。その頻度は増し、イスラエルのシンクタンク「アルマ研究教育センター」によると、5月は計325回に達し月間最多だった。【6月12日 共同】
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ただイスラエルにとって気掛かりなことは、ヒズボラ指導者ナスララ師が“ヒズボラの「ロケット弾攻撃」を逃れられる場所はイスラエルには「どこにもない」”と言及しているように、イスラエル自慢のアイアンドームを中心とした防空態勢が破られる危険性があることです。

驚異的な精度でミサイル・ロケット弾をとらえるアイアンドームですが、数には限りがあります。一方、ヒズボラは推定15万発のミサイルやロケット弾を保有しているとされ、これを集中的に使用されるとアイアンドームでも防ぎきれません。

****ミサイル15万発を保有のヒズボラ、イスラエルの対空システム「アイアン・ドーム」破る可能性****
米CNNは20日、米高官の話として、イスラエルと、レバノンを拠点とするイスラム教シーア派組織ヒズボラが全面的な紛争を始めた場合、ヒズボラの攻撃にイスラエル北部の防空網が対処しきれない可能性があると報じた。

ヒズボラは15万発とされるミサイルを持っており、イスラエルの対空防衛システム「アイアン・ドーム」も対応できない事態が懸念されているという。

CNNは、米高官3人が「深刻な懸念」を示しており、こうした懸念はイスラエル側に伝えられているとしている。イスラエル軍は18日、ヒズボラへの作戦を承認したが、米国は全面紛争を懸念しているようだ。

アイアン・ドームは、イスラエルが誇る世界で最も優れているとされる対空防御システムだ。ただ、ヒズボラがミサイルや無人機(ドローン)を大量に同時投入する「飽和攻撃」を展開した場合、迎撃しきれない恐れがある。山など高台から撃ち下ろす砲撃に対処できない弱点もある。

ヒズボラは、パレスチナ自治区ガザで昨年10月に始まった戦闘に呼応し、イスラエル北部にロケット砲など5000発以上を撃ち込み、29人の市民や兵士が死亡した。これに対し、イスラエル軍はヒズボラ拠点の空爆を続け、戦闘員346人を殺害したとしている。【6月21日 読売】
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“イスラエル側もこうした懸念を持っており、イスラム組織ハマスとの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザ周辺からイスラエル北部へ装備を移す方針を米政府に示した。”【6月21日 共同】

更に、ヒズボラ・イラン側は全面戦争になればミサイルだけでなく、人員面でも集中的に投入する構えを見せています。

****対イスラエルで戦闘員数千人ヒズボラ支援か****
AP通信は23日、親イラン武装組織関係者の話として、イスラエル軍とレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラが本格戦闘に入った場合、中東各地の親イラン組織の戦闘員数千人がレバノンに向かう準備ができていると伝えた。【6月23日 共同】
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実際にミサイル・人員が言われているように機能するのかはわかりませんが、いまはチキンレースでの段階で、互いに相手側を威嚇して有利にことを運ぼうとしています。

ただ「チキンレース」は不測の事態によって、“後に退けない”状況にもなる危険性があります。
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サウジアラビア  「サウジ・ファースト」の観点から中ロとの関係も維持 UAEとの競合関係

2024-06-22 22:12:45 | 中東情勢

(2021年12月にサウジアラビアのムハンマド皇太子を迎えるUAEのムハンマド大統領。2人の敵対関係が取りざたされている【2023年10月3日 WEDGE】)

【アメリカと同時に中ロとも関係を持つ「サウジ・ファースト」】
長年アメリカにとって中東戦略の拠点でもあったサウジアラビアとの関係は、バイデン政権のもとで、カショギ氏殺害事件やサウジのイエメン介入などでギクシャクしたものになりました。

しかし、石油価格の面でも、中東情勢安定化でも、サウジアラビアの協力は不可欠であり、バイデン政権は関係修復に動いています。

サウジアラビアとしては、例えアメリカとの関係を修復したとしても、一方でロシア・中国とも関係を保ち、「サウジ・ファースト」の立場からその利益を最大化するという戦略は続くと思われます。

****「東と西、南と北の架け橋へ」地政学上の鍵を握るサウジアラビアが目指す「サウジ・ファースト」の論理*****
<アメリカと協力関係を続け、その一方で中ロに接近、屈指の経済成長率で巨大な影響力を手にしたサウジアラビアが構想する「ビジョン2030」の未来とは>

ジョー・バイデン米大統領が11月の大統領選に向けて国内各州で激戦を繰り広げるなか、ホワイトハウスも世界で重要性を増すプレーヤーと影響力を争っている。

その1つが、実は長年にわたるアメリカのパートナー、そして国内外の政策で大きな転換を図ろうとしている国、サウジアラビアだ。

サウジアラビアは地政学的に大きなカギを握るだけでなく、アメリカの選挙で重視される問題でも多大な役割を担っている。イスラエルとイスラム組織ハマスの戦争が選挙戦の大きな論点である今、中東では極めて重要な位置を占めている。さらには、世界最大の原油輸出国として原油価格を決定する強力なプレーヤーでもある。

インフレはアメリカの有権者の最大級の関心事だから、サウジアラビアはこの点でも重要な存在になり得る。(中略)

頭文字を取って単に「MbS」と呼ばれることも多いムハンマドの主導する変革は、国内に大きな変化をもたらしている。グローバル化の傾向がさらに強まり、石油依存からの脱却が進み、ムハンマドが掲げる野心的な「ビジョン2030」計画に沿った取り組みも行われている。

こうした変化は、アメリカのライバルである中国やロシアを含むほかの主要国とのより強固な関係の追求にもつながる。サウジアラビアとアメリカの政府当局者は、両国のパートナーシップの重要性を強調し続けている。

だが最近の対立や、協力関係の将来をめぐって行われている面倒な交渉から、中東でアメリカの戦略的な足がかりとなってきたサウジアラビアとの関係の行く末について、強い疑念が生じていることも確かだ。

「注目点の1つは、サウジアラビアにとって最大の石油輸入国であり、武器や技術を無条件で供給してくれる中国の重要性が増していることだ」と、サウジアラビアの政治専門家アリ・シハビは本誌に語った。

シハビはシンクタンク「アラビア財団」の設立者で、現在は「ビジョン2030」に盛り込まれた未来志向の巨大プロジェクトであるNEOMの顧問を務める。

「もう1つは、対米関係が当てにならないと考えられていること。ワシントンの政治情勢によって大きく変わり得るからだ」(中略)

両国の関係は第2次大戦中に戦略的パートナーシップへと拡大し、冷戦期にはさらに発展した。(中略)サウジアラビアは、中東全域でイランの影響力に対抗するアメリカの取り組みの中心だった。

同盟国を増やすという選択
世界有数の原油輸出国であり、メッカとメディナというイスラム教の2大聖地を抱えるサウジアラビアの特別な影響力から、アメリカは長く恩恵を受けている。サウジアラビアも地域的な紛争では、米国防総省の支援を受けてきた。だが近年は、両国の利害が分かれ始めている。

分裂はバイデン政権下で特に顕著になった。台頭する皇太子と親密な関係を築いた前任者のドナルド・トランプとは異なり、バイデンは強硬路線を取っている。(中略)

バイデンへの冷遇とは対照的に、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は22年12月、初の中国・アラブ諸国サミットをサウジアラビアで開き温かい歓迎を受けた。

その数カ月後、サウジアラビアは北京の仲介でイランと国交を回復し、中国とロシアが大きな影響力を持つ2つの多国間ブロックに参加する。上海協力機構とBRICSだ。

いまバイデンは、ガザ戦争に関連してサウジアラビアとの関係修復を再び試みている。

ホワイトハウスが目指すのは、いわゆる「メガディール」をまとめること。具体的には、アメリカとサウジアラビアの安全保障協力を強化する、イスラエルとサウジアラビアが国交を正常化する、そしてパレスチナ国家の樹立に向けた道筋をつくる、といったものだ。

しかし、サウジアラビアはアメリカとの交渉に強い姿勢で臨んでいる。自国の地政学的な影響力が強まっている状況を生かして、国益を最大化しようとしているのだ。

OPECプラス、アラブ連盟、イスラム協力機構(OIC)の有力メンバーであり、G20諸国の中でも屈指のペースで経済成長を遂げているサウジアラビアは、そうした戦略を追求しやすい立場にある。

ほかには、ブラジル、インド、インドネシア、南アフリカ、トルコといった国々も同様の外交姿勢を実践している。これらの国々は、国際政治でどの陣営と連携するかが流動的で、地政学上の勢力図の大きなカギを握っている。 米シンクタンク「ジャーマン・マーシャルファンド(GMF)」は、こうした国々を「グローバルなスイング・ステート」と呼ぶ。 

「このような国々にとって世界秩序がより不安定に、より複雑に、より多極化するなかで、連携する国を増やすことは理にかなった選択」だと、GMFの研究員であるクリスティナ・カウシュは本誌に語っている。 

「サウジアラビア政府は、例えて言えば結婚ではなく、複数の相手と流動的な関係を育むことこそ、世界の不安定化がもたらすダメージを抑え、自国の強みを最大限生かすための方策だと考えている」 (中略)

グローバルな「懸け橋」に?
バイデン政権は「外交的対話を強化し、サウジアラビアを公然と批判することを減らし、地政学的な違いを考慮し、両国の利害の違いに配慮する」とともに「経済・安全保障問題での歩み寄り」によってサウジアラビアとの関係を改善できると、サウジアラビアの著名なジャーナリストで研究者のアブドゥルアジズ・アル・ハミスは感じている。

(中略)バイデン政権の取り組みが成功しても、サウジアラビアはアメリカの利害と対立しかねない国へのシフトを続けるだろう。ほかの大国との連携強化にはさまざまなメリットがあると、ハミスは指摘する。

同盟を多様化して国際社会でのサウジアラビアの足場を強化し一国依存を減らす、貿易相手・投資先を多様化してサウジ経済を強化する、複数の主要国との関係を強化して地域の「力の均衡(バランス・オブ・パワー)」の確立に寄与するなどだ。

「ほかの主要国との関係構築において、この路線はムハンマドが王位に就いても変わらない」と、ハミスは言う。「こうした関係には戦略的・経済的メリットがあるからだ」

アメリカがサウジアラビアの「スイング・ステート」的立場を受け入れることが関係安定化・強化のカギだと、サウジアラビアの地政学アナリスト、モハメド・アルハメドは指摘する。(後略)【6月21日 Newsweek】
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【目指す脱石油においても中ロ含めた幅広い国際関係がメリット】
サウジアラビアも、同じく湾岸諸国の産油国アラブ首長国連邦(UAE)も、国の将来を見据え、過度な石油依存からの脱却を図っています。

その点でも、アメリカだけでなく、ロシア・中国とも関係を保つことは大きなメリットとなります。

****サウジとUAE「ポスト石油時代」に向けた鉱業参入****
<EV普及で世界の石油需要は鈍化、サウジやUAEは鉱業分野への参入を図っている>

中東ではたいていの国が石油(と天然ガス)に頼って生きている。だが一部の裕福な国は先を見越して、同じエネルギー部門でも別の資源に目を向け始めた。クリーン・エネルギーへの転換にも電動車両用バッテリーにも欠かせないリチウムやコバルト、希土類などの重要鉱物だ。

石油で稼いだ資金をため込んできたサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などは、過度な石油依存から脱却して将来への布石を打つため、重要鉱物の採掘とそのサプライチェーンへの投資を増やしている。

なにしろ今は、そうした鉱物の産出・精製で中国が過大なまでのシェアを誇り、そのせいで地政学的な緊張が高まっている。西側諸国は、もちろん中国を迂回したサプライチェーンを確保したい。中東諸国も、この機に乗じて「ポスト石油」時代への道を切り開きたい。

米中ロと同時に商売ができる
「この分野で、ぐっと存在感を増してきているのがサウジアラビアとUAEだ」と言うのは米シンクタンクの戦略国際問題研究所に所属するグレースリン・バスカラン。「両国とも、クリーン・エネルギーへの転換で世界の石油需要が先細りとなり、石油頼みの経済モデルでは成長を維持できないことを理解している」

だからサウジアラビアは石油依存からの脱却を目指す成長戦略「ビジョン2030」で、鉱物資源の開発事業に約1億8200万ドルの資金を振り向けた。ちなみに政府の試算によれば、同国には2兆5000億ドル相当の鉱物資源が眠っている。

「わが国は経済大国への転換期にある」と、鉱業資源省のハリド・アルムダイファ次官は現地メディアに語っている。「第1段階で国内の鉱物資源を開発し、第2段階で国外の資源をわが国に集め、第3段階でサウジを(資源流通の)ハブとする」

この壮大なビジョンの実現には多くの国の協力が必要になる。既に同国はコンゴ民主共和国やエジプト、モロッコ、さらにはロシアやアメリカとも鉱業部門での協力に関する覚書を交わしており、米政府と組んでアフリカ諸国での採掘権を取得する交渉を始めているとの報道もある。

UAEもコンゴ民主共和国での採掘事業に関する総額19億ドルの契約を結び、銅資源の豊富なザンビアとも同様の合意に近づいている。

前出のバスカランによれば、サウジもUAEも資金力に不安はない。「今はリチウムやニッケル、コバルトの価格が下がっていて、たいていの欧米企業が新規投資に慎重になっているなか、この2つの国は札束をちらつかせている」

とはいえ、こうした事業へ外資を呼び込むには環境への配慮を含め、いくつもの課題を解決しなければならないだろう。重要鉱物に詳しい英ウォルバーハンプトン大学のハミド・プーランに言わせれば、「採掘の倫理性・持続可能性を確保するには環境的・社会的に厳格な規制が必要であり、特に大量のエネルギーを消費する精製の工程では省エネ化の推進が不可欠となる」。

そのとおりだが、サウジのような国には他国にない強みがある。裏の事情に通じたあるアナリストが言っている。「ああいう国はロシアとも中国とも、アメリカとも同時に商売ができる。これはすごい財産だ」【6月21日 Newsweek】
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【方向性を同じくするサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の競合】
国際情勢でも存在感を示し、、脱石油の方向性でも一致するサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は、緊密な関係にあり、指導者間には以前からの友好関係もありますが、同時に(性格・方向性が似通っているだけに)競合的なライバルともなっています。

****「サウジアラビア v アラブ首長国連邦」中東地域の主導権をめぐる静かなる地政学争い****
<ガザ紛争と地域の平和的共存を目指す動きの水面下で、アラブ世界は今後、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の地理経済的競争に焦点が移って新しい時代を迎える>

イスラエルとハマスの戦争は、平和的共存が地域の新しい潮流になりつつあるなかで始まった。
こうした中東の変化を象徴するのが、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の同盟関係がかつてないほど緊密に見えることであり、それぞれの国で実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相とムハンマド皇太子の友好的に見える関係だ。

2017年にサウジアラビアとUAEは、アラブ世界でソフトパワーを拡大しようとするカタールに対抗して断交に踏み切った(21年に和解)。

14年から続くイエメンの内戦では15年に両国が軍事介入を行い、親イランのシーア派武装勢力のフーシ派と対立している。そして、それぞれが中国とロシアに接近し、アメリカとの同盟関係から距離を置いた、より独立した政策を取っている。

ただし、この友愛的に見える同盟関係の水面下で、アラブ世界の主導権をめぐる地政学的争いが静かに繰り広げられている。

まず、外国投資をめぐる大規模な競争だ。09年に湾岸協力会議(GCC)の中央銀行の本部をサウジアラビアの首都リヤドに置くという決定にUAEが反発し、GCCの通貨統合は今も実現していない。
12~22年のUAEの投資流入額の対GDP比はサウジアラビアの約3.5倍に達し、主な多国籍企業の中東本部の約7割がドバイにある。

一方、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で22年に原油価格が高騰し、サウジアラビア経済は8.7%の成長を達成。国内への大規模な資本流入を生んだ。
また、サウジアラビアはペルシャ湾地域に進出している外国企業に対し、自国領内に本社を移転するよう強く迫っている。

サウジアラビア(世界最大の石油輸出国)とUAE(同5位)のエネルギー政治の綱引きは、両国の競争をさらに激化させている。

21年夏には、OPEC(石油輸出国機構)とロシアなど主要産油国で構成されるOPECプラスの減産措置の延長をめぐって両国が公然と対立した。その後、サウジアラビアが主導権を握っていることにUAEが異議を唱え、OPEC脱退を検討するかもしれないという噂が流れた。

経済多角化のビジョン対決
国際社会における威信をめぐる競争では、権威ある国際会議の開催を通じてソフトパワーを増強するために戦略的な投資を重ねている。

サウジアラビアは17年に未来投資イニシアチブ(FII)を設立し、UAEは23年にUNCTAD(国連貿易開発会議)の世界投資フォーラム(WFI)を首都アブダビで開催した。

21年にはUAEがドバイで中東初となる国際博覧会(万博)を開催。サウジアラビアは30年にリヤドで開催する。また、昨年12月にドバイで国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)が、今年2月にアブダビでWTO(世界貿易機関)閣僚会議が開催された。

最も重要な競争は、それぞれの国が追求する「ビジョン」戦略に関連するものだ。UAEは10年に国家開発計画「ビジョン2021」を掲げ、多角化を進めてきた。
ハリファ港とジュベル・アリ港を軸とする戦略的イニシアチブを通じて世界的な交通とビジネスのハブとしての地位を獲得し、国営航空会社エミレーツ航空の成功がそれを支えている。

一方、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマンも16年に、経済多角化の野心的なロードマップ「ビジョン2030」を打ち出した。
目玉は紅海沿岸の砂漠地帯に建設する未来都市「NEOM」構想で、地域で傑出したインフラ、交通、テクノロジー、ビジネス、金融のハブを目指す数千億ドル規模の取り組みだ。

サウジアラビアはさらに、23年に政府系ファンドが100%出資するリヤド航空を設立(就航は25年の予定)するなど、海と空の物流のハブに変貌するために1000億ドル以上を投じている。

なかでも、中東・北アフリカ地域で最大規模かつ最も交通量の多い港湾になるとされるジッダ・イスラミック港への巨額の投資を通じ、港湾におけるUAEの優位に挑戦しようとしている。

興味深いことに、イランとの関係改善が、一連の競争を激化させるかもしれない。中国の主導によるイランとサウジアラビアの和解は、サウジアラビアとUAEが地域で共有する主要な脅威を効果的に排除し、ペルシャ湾北部と南部の長年にわたる地政学的対立を緩和した。

この地域は今後、イランとGCCの地政学的競争から、サウジアラビアとUAEの地理経済的競争に焦点が移って新しい時代を迎えるかもしれない。

通商政策では、サウジアラビアが21年7月に、国内の工業生産を強化するために保護主義的な政策を導入。外資奨励のために優遇措置が取られているフリーゾーンで製造された製品やイスラエルからの輸入品を使った製品を、特恵関税の対象外とした。

こうした規制はUAE経済の根幹をなすフリーゾーンに真っ向から挑戦するもので、UAEとイスラエルの貿易関係が発展することに対する明確な反論である。

アメリカの中東政策に打撃
その対イスラエル政策でも、両国の距離が開く可能性がある。UAEは20年にアメリカの仲介でアブラハム合意に署名し、イスラエルと国交正常化を果たしたが、サウジアラビアは署名を見送った。イスラエルとUAEは包括的な経済協定を結ぶなど、2国間関係を強化している。

イスラエルとハマスの戦争は、サウジアラビアとの国交正常化のプロセスを減速させている。しかし、サウジアラビアはアブラハム合意の礎になるべき存在であり、対話は復活するだろう。

ムハンマド・ビン・サルマンがイスラエルとの国交正常化に向けて、特に核開発や安全保障面でさらなる譲歩を探っても不思議ではない。そうした動きは、UAEのムハンマド皇太子の対イスラエル政策に圧力をかけるだろう。

サウジアラビアとUAEの溝が広がるにつれて、互いの「重り」として、ロシアや中国、さらにはイランとの関係改善が加速することが考えられる。その結果、アメリカの中東戦略の有効性が弱まり、アメリカは中東の重要性を再評価することになるかもしれない。

イスラエルとハマスの戦争が勃発したように、サウジアラビアとUAEの地政学的な競争激化が、中東はより平和になるという単純な見方を覆す可能性は十分にある。【6月19日 Newsweek】
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フィリピン 「積極広報」で中国の南シナ海進出に対抗 一方、中国との関係を深めるマレーシア

2024-06-21 21:31:12 | 東南アジア

(19日、マレーシア東海岸鉄道ゴンパック駅の着工式で、鉄の棒を押して工事を始動させる李強総理(左)とアンワル首相【6月19日 新華社】)

【フィリピン 「積極広報」で中国側の“暴挙”を国際世論に訴える リスクも】
南シナ海の領有権をめぐる中国とフィリピンの対立が先鋭化し、トラブルも多発、連日報道がなされています。

(【6月20日 ABEMA NEWS】 双方の船が入り乱れての大混乱)

(【同上】フィリピン側ゴムゴートにナイフで穴を開ける中国側)

****比軍兵士の指切断し銃押収と報道 中国、南シナ海で先鋭化****
南シナ海のアユンギン礁周辺で17日に起きた中国とフィリピンの船舶衝突で、フィリピンメディアGMAは18日、中国による攻撃的行動でフィリピン兵8人が負傷し、うち1人が指を切断したと報じた。銃8丁を押収されたという。

一方、中国メディアは18日、中国海警局が新法令に基づき「フィリピン船への初の臨検を実施した。さらに強力な措置も可能だ」と報じた。中国による威圧的行動が先鋭化し、摩擦が高まっている。

GMAが報じた関係筋の情報によると、中国はフィリピンのボート4隻を一時拿捕した。交渉の末に解放されたが、中国側は穴を開けた。【6月18日 共同】
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指切断・・・下記のような状況で起きたもののようです。

****おのvs素手 南シナ海での中国「臨検」 フィリピンが動画公開****
フィリピン軍は19日、南シナ海で中国海警局が比軍の船に実施した臨検の様子を撮影した動画や写真を公開した。中国側がおのなどの刃物を比軍の船員に向ける中、同軍は「(武器を持たずに)素手で応じた」という。

臨検は、フィリピンが軍事拠点を置くアユンギン礁(英語名セカンドトーマス礁)付近の海域で、中国海警局の公船と比軍の補給船が衝突した後、実施された。

比軍の説明によると、中国側のボートが比側のゴムボートに衝突した際、比軍隊員の親指が切断された。中国側は、比側の他のゴムボートをナイフなどでパンクさせたり、搭載された通信機器などを破壊したりした。

比軍のブラウナー参謀総長は19日の記者会見で「海賊がすることだ」と、中国側の行動を批判した。中国側は比側から複数のライフル銃を強奪したといい、比側は返還や損害への補償を求めている。【6月20日 毎日】
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“中国側の行為は「海賊」のようなものだと非難。海軍船から奪った武器などの返還と、損傷した装備に対する損害賠償を求めた。
中国外務省はこれに対し、フィリピンの人員に対しては「直接行動」に出ていないと否定している。”【6月20日 AFP】

フィリピン軍は衝突当時の映像を公開して「海賊行為」だと非難を強めていますが、このような「積極広報」はマルコス政権の国際世論を見方につけて中国へ圧力をかける対中国戦略となっています。ただ、それだけに中国側の反発がエスカレートするリスクもあります。

****南シナ海問題で「積極広報」に転じたフィリピン、試される中国****
昨年2月、フィリピン大統領府の危機管理室に集まった政府高官は、数日前に撮影された写真を前に厳しい選択を迫られていた。写真には、フィリピンと中国が領有権を巡って対立する南シナ海の海域で、中国の戦艦がフィリピンの巡視船に軍用レーザーを照射したとされる様子が写っていた。

写真を公開して中国政府の怒りを買う危険を冒すのか、巨大な隣国を刺激することを避けるのか──。国家安全保障担当顧問で南シナ海タスクフォースのトップを務めるエドゥアルド・アニョ氏の決断は、「国民は知る権利がある。写真を公表せよ」だった。

レーザー照射問題を巡るこの会合は重要な転換点となった。会合の内容が明らかになったのは今回が初めて。これを契機にフィリピン政府は南シナ海における領有権争いの激化に注目を集める広報活動に乗り出した。

会合出席メンバーで、当時のやり取りを明かした国家安全保障会議のジョナサン・マラヤ報道官は「あの会合が転機になり、透明性を重視する政策に転じた」と述べた。新たな政策は「最終的に中国の評判やイメージ、地位に対して厳しい圧力を掛けるのが狙いだった」と言う。

マラヤ氏によると、マルコス大統領は領有権問題について「軍事色を薄め、国際化」するよう担当者らに指示。担当者らは沿岸警備隊を活用し、外国人ジャーナリストに警備活動への同行取材を定期的に認めることでそれを達成した。「こうした取り組みはフィリピンに対する国際的な支持を構築する上で重要な要素となった」

今回、フィリピンや中国の高官、アジア地域の外交官、アナリストなど20人にインタビューし、フィリピン政府の対中政策の転換やその影響が明らかになった。取材では、中国側の行動を知らしめることは、フィリピンが米国との軍事同盟を深めていることと相まって、中国政府のエスカレートに対する歯止めになっている一方で、中国から経済的な報復を受け、米国の関与を招くリスクを高めている、との指摘が聞かれた。

シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のイアン・ストーリー氏は「米比相互防衛条約の発動を招き、中国と米国の軍事衝突を引き起こさずに済むようなエスカレートの選択肢を、中国はほとんど有していない」と述べた。

南シナ海は石油と天然ガス資源が豊富だ。この海域を通過する貿易は年間約3兆ドル(約474兆円)。米国によるフィリピンの基地へのアクセスは台湾有事において重要な意味を持つ可能性がある。

オランダ・ハーグの仲裁裁判所は2016年、フィリピンの訴えによる裁判で、中国が主権を唱える独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠がないと認定した。しかし中国はフィリピンの船舶が係争中の海域に不法侵入していると主張。22年6月に大統領に就任したマルコス氏に対し、状況を見誤るべきではないと警告している。

フィリピンの法学者のジェイ・バトンバカル氏は「これは瀬戸際外交であり、ポーカーだ。瀬戸際外交は物事をギリギリの状態に持っていき、誰が怖気づくのか試す。ポーカーはハッタリと欺瞞(ぎまん)のゲームだ」と述べた。

米国務省の報道官は、透明性を重視するフィリピン政府の対応は、国際法を無視し、フィリピンの軍人を危険にさらす中国の行動に対する関心を高める上で成果があったと述べた。米軍関与のリスクについてはコメントしなかったが、フィリピンが中国から経済的締め付けに直面した場合、米国はフィリピンを支援すると述べた。(中略)

一方でフィリピン政府は中国による経済的な報復は避けたいと望んでいる。10年ほど前には中国が税関検査を長引かせ、フィリピン産バナナが中国の港で腐る事態が起きた。

フィリピンにとって中国は第2位の輸出市場で、昨年の輸出額は約110億ドル。全輸出額に占める比率は14.8%に達する。輸入は第1位で、石油精製品と電子機器が主力だ。

駐米大使のロムアルデス氏は、フィリピン政府は中国が「問題の平和的解決を図りながら、われわれとの経済活動の継続に価値を見出す」ことを望んでいると述べた。

フィリピン大学のエドセル・ジョン・イバラ氏は、マルコス氏は中国を刺激し、非関税障壁や観光規制といった「より強硬なアプローチ」に追い込みかねないと指摘した。

フィリピン政府の積極的な広報活動は近隣諸国を驚かせている。フィリピンと同じように中国との間で海洋紛争を抱えるベトナムとマレーシアは、衝突事案の公表についてより慎重な姿勢だ。

アジアのある外交官は「誰もが(フィリピンの対応)を注視し、意見を交わしている」と述べた。【6月20日 ロイター】
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今回衝突についてアメリカは「挑発的で無謀だ」と中国を非難しています。

****「挑発的で無謀」アメリカ政府は中国を非難 中国海警局の船がフィリピンの船に対し臨検 負傷者が出たとみられることについて****
中国海警局の船が領有権を争う南シナ海で、フィリピンの船に対し臨検を行い負傷者が出たとみられることについて、アメリカ政府は「挑発的で無謀だ」と非難しました。

アメリカ カービー大統領補佐官 「このような行動は挑発的であり、無謀であり、不必要だ」

南シナ海のアユンギン礁周辺で17日、中国海警局の船がフィリピンの補給船に対し臨検を行ったことについて、アメリカ政府のカービー補佐官は「誤解や誤算を招き、より大きな事態につながる可能性がある」と批判しました。(中略)

また、アメリカ国務省は声明で「緊張を高める無責任な行動だ」と中国を非難するとともに、「フィリピンの公船への武力攻撃は、アメリカとフィリピンの相互防衛条約で定められた防衛義務の適用対象になる」と警告しました。【6月18日 TBS NEWS DIG】
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もっとも、アメリカも本音としては“防衛義務”云々といった事態は避けたいところで、南シナ海の緊張には内心穏やかでないものもあるのではないでしょうか。

【李強首相訪問で中国と関係を深めるマレーシア 南シナ海問題でも中国の求める2国間直接協議に方針転換】
一方、“衝突事案の公表についてより慎重”とされるマレーシア。
中国の李強(り・きょう)首相のマレーシア訪問を受けて、改めて両国関係強化が明らかになっています。

****マレーシアと中国の企業が幅広く提携へ、28億ドル投資も****
マレーシアと中国の複数の企業が20日、エネルギーや銀行、教育などの幅広い分野で提携に関する取り決めに調印した。マレーシア産業貿易省が発表した。提携により132億リンギット(28億ドル)相当の投資が生まれる可能性があるという。

調印は中国の李強首相のマレーシア訪問に合わせて行われた。

産業貿易省によると、合意にはマレーシアのゲンティング・オイル・アンド・ガスとそのインドネシア子会社が中国のウィソン(恵生)・エネルギーと組み、インドネシアで浮体式液化天然ガス施設を設計・建設する計画などが含まれている。【6月21日 ロイター】
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マレーシア・アンワル首相は南シナ海問題への対応についても、中国が求めてきた2国間で協議する方針に転換した模様です。

****マレーシア、中国と直接協議へ=南シナ海問題で方針転換****
マレーシア、中国両政府は20日、前日に両国首相が行った会談を受け、共同声明を発表した。それによると、南シナ海の領有権問題に関して「海洋を巡る対話と協力を促進するため、できる限り早期に対話を開始する」として、2国間の対話枠組みを設けることで合意した。

中国は、マレーシアが油田開発を行っているボルネオ島の沖合まで領有権を主張。マレーシアは「南シナ海問題は東南アジア諸国連合(ASEAN)で取り組むべき課題」との立場だったが、中国が求めてきた2国間で協議する方針に転換した。今後、ASEAN内で同様の動きが広がるきっかけになる可能性もある。【6月20日 時事】
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(中略)単独では交渉力が弱いASEANは長く団結を重視してきたが、2国間交渉を好む中国側の切り崩し策が奏功した形だ。

李氏の訪問では、中国側は多数の経済協力を約束。来年のASEAN議長国マレーシアへの影響力を確保する狙いもあるとみられる。【6月20日 共同】
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【“いわくつき”のマレーシア東海岸鉄道でも中国・マレーシア関係強化をアピール】

(【2019年4月13日 日刊工業新聞】

マレーシア歴代政権を巻き込んだ“いわくつき”の事業ともなっているマレーシア東海岸鉄道についても、李強首相とアンワル首相がそろって駅の着工式に参加、その関係強化をアピールしています。

マレーシア東海岸鉄道は、開発が遅れたマレー半島東部一帯と首都クアラルンプールがある西部までの688キロ区間を結ぶ計画で、中国との関係を強化したナジブ首相時代の2017年、総工費の85%を中国が融資し、中国企業が工事を受注して着工されました。

中国にとっては「一帯一路」の主要プロジェクトでもあります。

しかし、2018年、ナジブ前首相は総選挙で敗れ、中国マネーが絡んだ巨額資金流用疑惑で背任の有罪判決を受けて収監されました。鉄道建設の中国側への発注が、疑惑に絡んだ便宜供与だった疑いも浮上しました。

後任のマハティール元首相は、東海岸鉄道の事業費を中国から高利で借り入れていることや、工事に従事する労働者が中国から送り込まれていることを問題視。「計画はマレーシアに何のメリットもない」として、昨年7月に工事の中断を命令しました。

マハティール元首相はその後、中国側に建設費を大幅に下げさせて、計画を再開しました。

そうした“いわくつき”の事業について、両国首相が駅着工式にそろって参加・・・中国の東南アジア進出戦略の勝利にも思えます。

中国としては、このマレーシア東海岸鉄道と中国ラオス鉄道、中国タイ鉄道との連結も進めていきたい思惑です。
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