孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国・習近平政権 国内外で強権的引き締めを強化 ポストコロナはリーダー不在の世界へ?

2020-06-30 22:50:27 | 中国

(北京市内に掲げられた中国の習近平国家主席の写真【6月26日 共同】)

【中国が国際社会の懸念を押し切る形で成立を強行】
今日、国際面で一番大きなニュースは、やはり中国で「香港国家安全維持法」(国安法)が成立したというものでしょう。

予定されていたもので、驚きも意外性もありませんが、それでも「来るべきものがきた」という感じでしょうか。
各メディアには、香港の「一国二制度」や「高度な自治」に関して、“形骸化”“瀕死”“転換点”といった文言が並んでいます。

中国・習近平政権が法案の成立を急いだ背景には、7月1日に予定されている香港が英国から中国に返還されて23年となる大規模なデモ、更には9月に予定されている香港立法会(議会)選挙における民主派の台頭を封じ込める狙いがあるとされています。

****新華社「香港国家安全維持法が成立」報道 異例の秘密審議 97年返還以後、最大の転換点に****
中国の全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会は6月30日、香港の統制を強化する「香港国家安全維持法」(国安法)案を全会一致で可決し、国安法が成立した。同法を香港に適用する手続きも完了した。国営新華社通信が伝えた。

今後、香港政府が公布し、施行される。一部香港メディアは、早ければ同日中にも施行されると報じた。

「1国2制度」は崩壊の危機に直面し、香港は1997年の返還以来、最大の転換点を迎えた。中国が国際社会の懸念を押し切る形で成立を強行したことで、米中関係も不安定化するのは必至だ。
 
6月18日の審議入りからわずか13日間のスピード成立であり、法案全文が成立前に公表されない異例の秘密審議となった。国安法は66条で構成され①国家の分裂②中央政府転覆③テロ行為④外国勢力との結託――の四つを犯罪行為と規定した。
 
中央政府が香港に治安維持機関「国家安全維持公署」を新設し、中央の判断により現地で直接、執行力を行使できる。香港の法律と矛盾した場合、国安法を優先させると付則で明記した。
 
香港の民主派は「1国2制度を破壊した」と反発している。香港が英国から中国に返還されて23年となる7月1日に大規模なデモを呼びかけている。
 
習指導部は2019年6月から続く香港の抗議デモが反中運動と化し、米国が関与を強めることを極度に警戒。5月の全人代で国安法の制定を正式決定すると、全人代常務委は6月に2度という異例のペースで会議を重ね、通常より審議回数を減らす特例を適用してまで成立を急いだ。
 
香港では9月に香港立法会(議会)選挙があり、7月18日に立候補者の届け出が迫る。中央政府としては、国安法の施行を後押しに、民主派の勢いを封じる狙いがあるとみられる。

一方、香港の旧宗主国である英国と中国が84年に結んだ「中英共同宣言」は、97年の返還から50年間は「高度な自治」が保障されると明記する。欧米を中心に「中国は『国際公約』を守るべきだ」と自制を求める声が強まっていた。
 
米国のポンペオ国務長官は29日の声明で、米国が香港に認めてきた優遇措置の見直しを発表。香港への防衛装備品の輸出を停止し、軍民両用技術の輸出などを中国本土と同様に制限する。
 
中国外務省の趙立堅(ちょうりつけん)副報道局長は30日の定例記者会見で「国安法の立法は純粋に内政問題だ」と述べたうえで、対抗措置を示唆した。【6月30日 毎日】
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これ以上、香港の勝手なふるまいはメンツにかけて許さない・・・という習近平政権の強い意志が感じられます。

【異様なほどに国内引き締め強化】
香港政治・社会・経済の変質、台湾・アメリカなど国際社会への影響など論点は多々ありますが、中国国内の“締め付け”も以前にも増して強化されているようにも見えます。

****中国、人権派弁護士に懲役4年、非公開で判決****
中国江蘇省の徐州市中級人民法院(地裁)は17日、国家政権転覆扇動罪に問われた人権派弁護士、余文生氏に懲役4年、政治的権利剥奪3年の実刑判決を言い渡した。余氏の妻が産経新聞に明らかにした。
 
判決公判は弁護人にも家族にも知らされないまま非公開で開かれた。余氏は2018年1月、憲法改正に関する書簡を公開し、その後逮捕された。【6月17日 産経】
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このあたりは、これまでも再三指摘されてきた習近平政権の強権的体質を示すものですが、下記のような話になると、「いったい、どうしてそこまで神経質になるのだろうか?」という感も。

****習近平氏の“陰口”家族とも禁止 中国、共産党員の統制強化****
中国の習近平指導部が共産党・政府の機関に勤める党員に対し、家族との会合を含むプライベートの時間に習総書記(国家主席)の地位をおとしめ、党・政府に批判的なウェブサイトの閲覧を禁じる内部通知を出していたことが26日、分かった。中国筋が明らかにした。
 
通知は5月20日付で、職務時間外の20の禁止事項を列挙。習氏の地位を否定する発言をしたり、党幹部らを皮肉ったりしてはならないと規定。家族や身近な人物の「誤った言動」を放置し、政治や思想面の教育をおろそかにしてはならないとも明記。故郷で同窓会を行い、同級生や職場仲間を集めてグループをつくることも禁じた。【6月26日 共同】
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****政権批判への「いいね」、中国が禁止を通達…エリート党員に絶対服従求める?****
中国の習近平政権が、共産党中枢や国家機関で働く党員に対し、インターネット上で政権に批判的な文章に「いいね」で賛意を示すことなどを禁じる通達を出した。米国との対立が深まる中、エリート党員に絶対服従を要求し、引き締めを図る狙いとみられる。
 
通達は5月に出され、中国外務省傘下の教育機関・外交学院系のサイトが今月10日、内容を掲載した。勤務時間外の禁止事項として約20項目を並べ、党中央の方針に批判的な文章や動画を発表することに加え、転送したり、賛意を示したりすることも禁じた。
 
党は従来、政治的に敏感な内容を描いた発禁本を中国本土外から持ち込めば幹部でも責任を問う方針を示しているが、今回の通達では反動的とされる書籍の所持も禁じられた。こうした内容の海外テレビ番組の視聴やサイトの閲覧でも「許さない」としており、一部の党員からは「やり過ぎだ」との声も出ている。【6月29日 読売】
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国民の政権批判を極度に警戒しているようにも見えます。
新型コロナ対応への国内の批判があるといった話も聞きますが、それだけでしょうか?

経済が“V字回復”とはいかず、厳しくなりそうだ・・・ということもあるのでしょうか?

例によって、政権内の権力闘争みたいなものが激しくなっているのでしょうか?

「中国には月収1000元(約1万5000円)の人が6億人もいる」と遅れを認め、屋台に自ら出向いて経済回復の切り札として称賛する李克強首相に比べると、習近平主席はどうも陰湿なイメージがぬぐえません。あくまでもイメージの話ですが。

【「命の神聖さと人間の基本的な尊厳を完全に無視するものだ」】
全く別方面から、中国指導部の陰湿さを示すニュースも。

****中国、人口抑制でウイグル人に不妊強制か 報告書****
中国当局が新疆ウイグル自治区の人口抑制策として、ウイグル人など少数民族の女性に対し不妊手術を強制しているとする報告書が29日、発表された。国際社会からは直ちに非難の声が巻き起こっている。
 
報告書は、新疆ウイグル自治区での中国当局の政策を告発してきたドイツ人研究者エイドリアン・ゼンツ氏が、現地の公式データや政策文書、少数民族の女性への聞き取り調査に基づいてまとめたもの。

中国はその内容を事実無根と批判。

米国のマイク・ポンペオ国務長官は、報告書が指摘する政策の即時廃止を要求した。
 
報告書によると、当局はウイグル人などの少数民族の女性に対し、既定の人数を超えた妊娠の中絶を拒否した場合、罰則として再教育施設への強制収容を科すと警告。

さらに、子どもの数が中国で法的に許可されている2人に達していない女性に対しても子宮内避妊具の装着を強制しているとされる。聞き取りに応じた女性の中には、不妊手術を強要された人もいたという。
 
報告書ではまた、少数民族が人口の多数を占める新疆ウイグル自治区で公式に記録された不妊手術の施術率が2016年に急増し、全国水準を超えたと指摘。

2017年から2018年にかけ、同自治区の人口増加が、漢民族が多数を占める省の人口増加の平均を下回ったとした。 【6月30日 AFP】AFPBB News
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ポンペオ国務長官はここぞとばかりに、“「中国共産党の数十年間にわたる政策と一致しており、「命の神聖さと人間の基本的な尊厳を完全に無視するものだ」と語った。”【6月30日 ロイター】と中国批判を強めています。

中国からすれば、人種問題を抱えるアメリカが何を言っている・・・という話にもなるのでしょうが。

【コロナで早まる米中の主役交代 しかし、今の中国に国際社会をリードする資質はなし】
問題はこの国がアメリカを抜いて世界でも最大の経済規模になる日が、新型コロナの影響で更に早まった・・・と見られることです。

しかし、今のままの政治体質では世界をリードすることはかないません。
トランプ大統領によってアメリカへの信頼も低下が加速し、リーダー不在の世界へ向かうようにも思えます。

****新型コロナで中国のGDPアメリカ逆転はかなり早まったか****
「アフター・コロナ(コロナ後)」の日本企業は、海外で感染拡大が終息しない最悪のケースに備え、次善策の「プランB」を周到に準備しておかねばならない、と提言した。
 
簡単におさらいをすると、教訓とすべきは、第一次世界大戦終盤の1918年から3年間にわたって世界中で猛威を振るった100年前のパンデミック「スペイン風邪」だ。

その後、景気刺激策を連発した欧米ではインフレが加速、1929年にアメリカの株バブル崩壊に端を発した世界恐慌へとつながっていった。
 
世界恐慌はスペイン風邪から約10年後に到来したわけだが、今回の新型コロナ禍でもアメリカや日本をはじめとする世界各国が緊急経済対策のために国債を乱発しまくるので、これから世界経済が大混乱することは避けられない。

もしかすると、身勝手なリーダーによる「一国主義」の加速や原油価格の暴落が引き金となって、戦争が勃発する恐れさえあるだろう。
 
実際、新型コロナ禍への対応では、各国指導者の危機管理能力のなさが露呈した。アメリカのトランプ大統領は、失業急増と株価下落などで支離滅裂な言動を繰り返し、もはや常軌を逸している。

安倍晋三首相も対応が後手後手かつ粗略で、事業規模200兆円超の緊急経済対策は中身がなく、実効性が非常に疑わしい。自らがコロナウイルスに感染したイギリスのジョンソン首相しかり、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領しかりである。
 
また、米中首脳は新型コロナをめぐっても責任をなすりつけ合う不毛ないがみ合いを続けているが、ここで想起されるのは、スペイン風邪の前後に起きた「世界の主役」の交代だ。
 
19世紀の世界の主役は、七つの海を支配したイギリスだった。しかし、1870年代末にアメリカがGDP(国内総生産)でイギリスを超え、第一次世界大戦・スペイン風邪後に1人あたりGDPでも逆転が決定的となり、それ以降、イギリスがアメリカを上回ることは二度となかった。

そして、主役が交代すると、世界秩序が大きく乱れる。その時と同じことが、もしかすると、現在のGDP第1位のアメリカと第2位の中国の間で起きつつあるのではないかと思うのだ。(中略)


そういう中でも、「GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)」をはじめとするアメリカの優良企業は生き残るだろう。だが、大勢として世界経済全体のバランスは、アメリカから中国に大きくシフトしていくと思われる。
 
従来のペースで行くと、GDPで中国がアメリカを抜くのは今から10年後の2030年頃と見られていた。しかし、それが今回の新型コロナ禍によって、もっと早まる可能性もある。
 
ただし、その前に大きな問題がある。中国共産党の一党独裁体制である。自国の経済圏を世界的に拡大するための「一帯一路」構想は21世紀の“新・植民地主義”であり、そのドクトリン(基本原則)のままで中国企業を受け入れる国は少ないだろう。
 
したがって、これから中国企業がグローバル化するためには、(情報を全部共産党に吸い上げられるような)一党独裁体制が弱体化するプロセスと同時進行することが前提条件になる。逆に言えば、共産党による一党独裁支配が終焉しない限り、世界のリーダーにはなれないと思う。【6月4日 大前研一氏 NEWSポストセブン】
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新型コロナワクチン 進行する開発競争 記録的な早期完成は可能か? 先進国のワクチン争奪戦も

2020-06-29 23:09:28 | 疾病・保健衛生

(【5月25日 毎日】)

【各国で開発競争が進む多様なワクチン】
新型コロナに関する状況は、有効なワクチンが完成すれば劇的に変化します。
逆に言えば、ワクチンがない限り、第2波、第3波・・・・の脅威が続くことになります。

現在世界各地で多くのワクチンのし烈な開発競争が進行しています。
一番早いものでは、英オックスフォード大/英アストラゼネカのワクチンが5月下旬から臨床試験に入っています。
国内でも多くの製薬企業が開発を進めています。

****新型コロナウイルス 治療薬・ワクチンの開発動向まとめ****
(中略)
WHOの6月24日時点のまとめによると、現在、臨床試験に入っているCOVID-19ワクチンは、▽英オックスフォード大/英アストラゼネカのウイルスベクターワクチン「ChAdOx1-S/AZD1222」▽米モデルナのmRNAワクチン「mRNA-1237」▽中国カンシノ・バイオロジクス/北京バイオテクノロジー研究所のウイルスベクターワクチン▽米イノビオ・ファーマシューティカルズのDNAワクチン「INO-4800」▽独ビオンテック/米ファイザーのmRNAワクチン「BNT162」▽米ノババックスのナノ粒子ワクチン「NVX CoV2373」――など16種類。このほかに125のワクチンが前臨床の段階にあります。

オックスフォード大とアストラゼネカのアデノウイルスベクターを使ったワクチンは、英国で5月下旬からP2/3試験に入りました。モデルナのmRNA-1237もP2試験が始まっており、7月にはP3試験を始める予定です。

一方、感染の拡大が落ち着いてきたことで、ワクチンの有効性を検証するのは難しくなっています。オクスフォード大ジェンナー研究所のエイドリアン・ヒル所長は英テレグラフ紙に対し、「(開発は)収束するまでの時間と戦い」と指摘し、「現時点では結果が全く得られない確率が50%」と語りました。
 
ワクチン開発には欧米の大手製薬企業も続々と名乗りを上げています。(後略)【6月26日 AnswersNews】
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日本企業の状況については後出記事で。

【本来は時間を要するワクチン開発 今回はスピードアップをはかる方策も それでも完成は・・・】
こうした状況を受けて、「今年何末までには」とか「12カ月から18カ月で」といった、楽観的な発言も耳にしますが、仮に記録破りのスピードでそうした短期間に完成したとしても、それは緊急用の特別使用のワクチンであり、一般国民が安全に利用できるようになるまでには、まだ相当な時間がかかりそうです。

通常は、ワクチンは10年から15年かけて開発されるものです。新型コロナの緊急性に鑑みて、大幅に期間短縮はされるでしょうが・・・・来年というのは難しいのでは。早くて再来年か・・・もちろん全く根拠のない想像です。

****新型コロナウイルスのワクチン開発には、なぜ時間がかかるのか? その理由を専門家が解説****
いま、世界中の科学者たちが新型コロナウイルスのワクチン開発に取り組んでいる。

一般的なワクチンの開発には10年から15年かかるとされるが、今回は緊急下において開発が急ピッチで進められていることから、年内の実用化を期待する声もある。

さまざまな課題が山積するなか、史上最速のワクチン開発は実現するのか? 医師でスタンフォード大学スタンフォード・ヘルスコミュニケーション・イニシアチヴ所長のシーマ・ヤスミン博士が解説する。

新型コロナウイルスのワクチン開発競争が始まっているが、その速度はウサギというよりはカメの歩みに近い。それも無理はない。有効で安全なワクチンの開発とは、入念に行われる骨の折れる仕事だからだ。

「新型コロナウイルスのワクチンは2020年末までにできるだろうと専門家が楽天的に言うとき、それはあくまで緊急用に使用を許可されたワクチンの話をしているのであって、全面的に認可されたワクチンの話をしているわけではありません」と、医師でスタンフォード大学スタンフォード・ヘルスコミュニケーション・イニシアチヴ所長のシーマ・ヤスミン博士は言う。

ワクチン開発はいくつもの段階からなり、各段階のスケジュールは極めて変化しやすい。このため、新型コロナウイルスのワクチンがいつ完成するのか、確信をもって予測することは誰にもできない。

「とはいえ、比較対象はあります」と、ヤスミンは言う。「これまでにわたしたちが最も速く開発したワクチンは流行性耳下線炎のもので、開発に4年かかりました。ワクチンの開発には通常、10年から15年かかります。ですから、12カ月から18カ月で完成すれば史上最速になります」

INFORMATION
新型コロナウイルスのワクチンは、いつできる? 基礎から最新事例まで「知っておくべきこと」
加速する技術開発、多額のコスト、安全確認に必要な試験や行政手続き──。新型コロナウイルスのワクチンが完成するのは、いつになるのだろうか? ワクチンの基礎から最新事例を交えて「知っておくべきこと」を紹介する。

通常は調査だけで2〜4年
それでは、開発段階について説明しよう。最初は調査段階で、製薬会社はさまざまなアプローチを試す。たとえば新型コロナウイルスについては、数社がヌクレオチドをベースにしたワクチンを開発しようとしている。これはウイルスのたんぱく質の代わりに遺伝子コードを使う方法だ。

この調査の段階には通常2年から4年かかるが、新たな技術が前進を加速させている。また、この新型コロナウイルスは最初のSARSウイルスに似ていることから、研究者は有利なスタートを切ることができる可能性がある。

次に来るのは前臨床段階だ。この段階でワクチン候補を細胞培養及び動物で試し、免疫反応を引き起こすかどうかテストする。「免疫反応が起きなかったり、ワクチンが細胞に対して有害だったりすれば、振り出しに戻って調査段階からやり直しです」とヤスミンは言う。「この段階をスピードアップする方法はありませんし、たぶん少なくとも1年はかかるでしょう」

もしすべてうまくいけば、ワクチン候補は臨床試験へと移行する。試験的ワクチンが、まずは少人数に、次により多くの参加者へ、そして通常はアウトブレイクが起きた地域において、もっと多くの人々に接種される。この一連のテストは完了までに数年かかることがある。

量産までにはいくつもの課題
最近、数人の生命倫理学者が、新型コロナウイルスのパンデミックはあまりに深刻であることから、開発を加速するためにいわゆる「チャレンジトライアル」の実施を考慮すべきと提言している。

チャレンジトライアルでは、研究者は管理された環境下でワクチン接種済みの参加者を故意に病原体に晒し、薬の有効性を検証する。このような研究はこれまで一度も承認されたことがない。

次の段階は規制当局による審査で、メーカーがワクチンの生産許可を申請する。米国では、これには通常は10カ月を要する。食品医薬品局(FDA)が認可するのだが、規制当局は新型コロナウイルスのワクチン認可をまず間違いなく急ぐだろう。

ところが、これでもまだ終わりというわけではない。製造施設の建設といった生産規模の拡大には、数年の歳月と数億ドルの資金を要する可能性があるのだ。

新型コロナウイルスのワクチンはもちろん大急ぎで生産されるだろうが、製薬会社は数十億人に接種できるだけのワクチンを生産しなければならない。

動画ではヤスミンが、新型コロナウイルスのワクチン開発競争についてさらに詳しく語ってくれている。【5月30日 WIRED】
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ヤスミン博士が解説する動画はhttps://wired.jp/2020/05/30/why-creating-a-covid-19-vaccine-is-taking-so-long/
で見られます。

開発段階を大幅にスピードアップさせているのが、ウイルスのたんぱく質の代わりに遺伝子コードを使う方法ですが、これは今年1月に中国がコロナウイルスの遺伝子配列情報を公開したことで世界各国で研究開発が進みました。

中国の情報公開に関していろいろ指摘はされていますが、その点では大きな貢献はあったようです。

ただ、いずれにしても通常のやり方をとっていたのでは、早くて数年、場合によっては10年といった時間が必要になります。そのため、いくつかの段階を並行して進める方法がとられています。

****新型コロナワクチン開発で「加速並行プラン」─厚労省****
厚生労働省は、新型コロナウイルスワクチンの接種開始の時期を大幅に前倒しするため、基礎研究から薬事承認、生産までの全過程を加速化する「加速並行プラン」を公表しました。

厚労省は日本医療研究開発機構(AMED)に開発資金を補助し、ワクチン生産体制等緊急整備基金を創設。現在AMEDが支援している国内のワクチン開発の中で、DNAワクチンは早ければ7月から、ウイルスベクターワクチンは早ければ9月から臨床試験がスタートする見通しです。(中略)

加速並行プランは、通常、基礎研究、非臨床試験、臨床試験と段階的に進めるワクチン開発を、基礎研究と非臨床試験・臨床試験を並行実施し、これらの研究開発と並行して生産体制の整備も進めることで加速させ、さらに薬事承認プロセスも迅速化することで接種開始の時期を大幅に前倒ししようというもの。(中略)
  
現在AMEDが支援している国内のワクチン開発は①組換えタンパクワクチン(感染研/UMNファーマ/塩野義)、②mRNAワクチン(東大医科研/第一三共)、③DNAワクチン(阪大/アンジェス/タカラバイオ)、③不活化ワクチン(KMバイオロジクス/東大医科研/感染研/基盤研)、④ウイルスベクターワクチン(IDファーマ/感染研)─など。
 
このうちDNAワクチンは早ければ7月から、ウイルスベクターワクチンは早ければ9月から臨床試験がスタートする見通しだが、それ以外は臨床試験の時期は未定とされており、激しい国際競争の中、国の支援で国内のワクチン開発がどこまでスピードアップするかが注目される。【6月3日 メディカルサポネット】
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【ワクチン開発競争の主戦場となっているブラジル】
ただ、中国・欧州・日本では“感染の拡大が落ち着いてきたことで、ワクチンの有効性を検証するのは難しくなっています”【前出 AnswersNews】という皮肉な状況にも。

そこで各国企業が注目しているのが、感染拡大が止まらないブラジル。

****ブラジル、ワクチン1億回分確保…英アストラゼネカが開発****
ブラジル政府は27日、英製薬大手アストラゼネカが開発を進めるワクチンについて、接種回数で1億回分を確保したと発表した。
 
世界保健機関(WHO)によると、世界では140種類を超えるワクチンの研究が行われている。WHOは、アストラゼネカのワクチンを「最も開発が進んでいる」と評価している。

ブラジル政府は1億2700万ドル(約136億円)を支援し、まずは来年1月までに約3000万回分と、その後の現地生産のための技術提供を受ける。ブラジルは最終段階の臨床試験にも協力している。
 
来月には、サンパウロ州で中国企業が手がけるワクチンの治験も始まる予定だ。ロイター通信によると、イタリアの研究機関も治験を実施する方針だといい、感染者が世界で2番目に多いブラジルは、ワクチン開発競争の主戦場になっている。【6月28日 読売】
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ブラジルとしては臨床試験の場を提供する見返りに、ワクチンを確保する・・・ということでしょうか。
各国各企業が開発競争に血眼になっていますので、人体実験まがいの試験も横行するのでは・・・というのは私の根拠なき想像です。それによって欧米・日本の国民が利益を享受するという構図。

【すでに始まっている欧米・日本のワクチン争奪戦 カネ・政治力だけによらない協力体制構築の必要性】
それはともかく、ブラジルが開発の場を提供してまでワクチン確保に躍起になるように、各国(欧米・日本といった先進国)のワクチン争奪戦が青田買い的にすでに始まっているようです。

****欧米でワクチン確保競争 完成前に先手 途上国に回らない恐れも****
欧米で新型コロナウイルスのワクチン開発はもとより、将来のワクチン確保に向けた競争が激化している。先進諸国がワクチン争奪戦に終始すれば、経済力の乏しい発展途上国に行き渡らなくなる恐れもある。
 
世界保健機関(WHO)が公表した28日時点のリストによると、現在140以上のワクチンの開発計画が進んでおり、うち欧米などの17剤は人に投与して安全性や有効性を確かめる臨床試験(治験)に入った。

WHOの主任科学者、スワミナサン氏は26日、英製薬大手アストラゼネカのワクチンが開発面で最も進んでいるとし、米バイオテクノロジー企業モデルナが開発中のワクチンも「(アストラゼネカに)大きく遅れはとっていない」と述べた。
 
ワクチンはまだ完成に至っていないが、欧米諸国は可能な限り早く国民に投与できるよう先手を打っている。早期の実用化が期待されているワクチンを購入する権利を得ようと躍起だ。
 
中でも、米国は他国に先駆けてワクチンの確保に力を入れてきた。米生物医学先端研究開発局(BARDA)は5月、英アストラゼネカに10億ドル(約1070億円)を支援し、ワクチンの供給を受けることで合意。英メディアなどによると、トランプ米政権は3月ごろ、ワクチンを開発する独企業を誘致するなどして、米国に独占的に供給させようと画策したという。
 
欧州でもドイツ、フランス、イタリア、オランダの4カ国はワクチン確保のために製薬会社との交渉で協力。13日にアストラゼネカと契約し、ワクチン最大4億回分を調達するめどをつけた。

日本政府も今月、アストラゼネカ日本法人とワクチンの調達をめぐり、協議入りすることを決めた。(後略)【6月29日 産経】
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この争奪戦が無秩序に進めば、札束を積める国が独り占めする・・・ということにも。
マスク争奪戦でも、アメリカが欧州向けに決まっていたマスクを強引に“奪い取る”といったことが問題になりました。

欲しいのは何処の国も同じですから、カネや政治力だけによらない何らかの協調体制が必要でしょう。

****EU、コロナワクチンの事前購入巡り各国に協力要請 競争回避へ*****
欧州連合(EU)の欧州委員会は17日、新型コロナウイルス感染症ワクチンを巡る「有害な競争」を回避し、貧困国が利用可能なワクチンを確保するために、各国首脳に対しワクチンの大量購入に協力するよう呼び掛けた。

現在、臨床試験中のワクチンは10種類強。承認が得られ次第、十分な供給量を確保するために、富裕国は製薬会社から事前にワクチンを買い占めようとしている。

欧州委は、こうした競争はワクチンの価格上昇につながるほか、貧困国を中心に多くの国がワクチンを得られにくくなるとの懸念を表明。フォンデアライエン委員長は「パンデミック(世界的大流行)と戦う上で『われ先に』という考え方はない」と述べた。

フォンデアライエン委員長はワクチンの事前の共同購入を巡り、世界各国首脳の協力を求める考え。EUは来週、ワクチン戦略に関するオンラインでの首脳会議を開催する。【6月18日 ロイター】
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EUの欧州委員会などは27日、途上国を含む全世界にワクチンを行き渡らせる方策を話し合うため、オンライン首脳会議を開催。

フォンデアライエン欧州委員長や英仏独首脳らが会議に参加し、国際的な共同調達などのために計約61億5千万ユーロ(約7400億円)の拠出を約束しました。【6月29日 産経より】

【「国内生産をしないと日本で必要な分を確保できない」が、日本企業の開発状況は「周回遅れ」】
とは言え、「自国ファースト」が横行しそう。日本政府も対応をとってはいますが・・・。

****日本は「周回遅れ」***** 
「(国民に)一番早くワクチンを届けられるよう応援したい」。西村康稔経済再生担当相は24日の国立感染症研究所の視察後、記者団にこう述べた。 
 
国内では政府がワクチン開発を後押しする。日本医療研究開発機構(AMED)は21日、国内の9件の研究に72億円を補助すると発表。その一つが、塩野義製薬と同研究所の研究だ。(中略)21年3月までに感染リスクの高い医療従事者に優先的に供給し、将来的に1000万人分の生産を目指す。 
 
AMEDは大阪大と製薬ベンチャーのアンジェスの研究も支援する。7月に臨床試験の第1段階を始める計画で、ウイルスの遺伝子の一部を投与して免疫を作る「DNAワクチン」に取り組む。医療従事者30人に試験を始め、来春の実用化を目指す。同大の森下竜一教授は「年内に20万人分を生産できる」と意気込む。 
 
国産ワクチンに期待が集まるのは、「国内生産をしないと日本で必要な分を確保できない」(自民党厚生労働族)との思いがあるからだ。

政府は20年度補正予算に、AMEDを通じた研究開発支援として100億円を計上。第2次補正予算案にも企業のワクチン生産や接種体制の整備費を盛り込む見通しだ。 
 
ただ、国内のワクチン開発について、厚労省幹部は「(海外に比べ)周回遅れだ」と指摘する。厚労省は海外で実用化が先行した場合に備え、輸入品の確保や、生産拠点の日本への誘致も検討する構えだ。 

開発力が弱い理由について、厚労省の有識者会議は16年に「国内市場では(企業の)統廃合が進まず極めて小規模のままだ」と指摘し、開発に投資する資金力の弱さを問題視した。だが、製薬業界のある関係者は「いまだに小さな企業がほとんどだ」と話す。 
 
ワクチンは国が政策として推進する定期接種に採用されれば大きな収益が見込める一方、1000億円もの開発費がかかり、9割は失敗に終わるとされる。厚労省幹部は「ばくちのようなもの。それができる体力のある日本企業は減っている」と指摘する。 
 
「企業が投資を控えてきたのは、国の感染症対策の議論がこの10年間進まなかったからだ」。先の関係者はこう主張する。

13年に定期接種となった子宮頸(けい)がんを予防するHPVワクチンは、健康被害を訴える人が相次いだため国は接種の積極的な勧奨を控えたままだ。「次にやってくる感染症対策のためにも、国は新型コロナの教訓を忘れないでほしい」【5月25日 毎日】 
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インド  国境での衝突、継続する中国との緊張状態 国内で高まる反中国感情、ボイコットも

2020-06-28 23:06:12 | 南アジア(インド)

(印アーメダバードで行われた反中デモで、中国の習近平国家主席を描いたポスターを掲げてスローガンを叫ぶ参加者ら(2020年6月24日撮影)【6月27日 AFP】)

【中国側は投石に加え、くぎや有刺鉄線がついたこん棒で殴りかかる一方、インド側は鉄棒や警棒で応戦】
インドと中国の国境地帯で15日、両軍数百名兵士が「素手」で殴り合う衝突が起き、少なくとも20人のインド兵が死亡(中国側は未発表)した件については、6月16日ブログ“中印国境  今月6日の「平和的解決」合意にもかかわらず、死者が出る両軍の小競り合い ”でも取り上げたところです。

「素手」とは言っても、投石はもちろん、くぎや有刺鉄線がついたこん棒で殴りかかり、谷底に突き落とすということで、銃による狙撃より残忍かつ暴力的にも思えます。

****中印の衝突、暗闇の4時間に何が *****
有刺鉄線付きのこん棒、投石、崖からの転落―― 

15日夜にヒマラヤ山脈の標高約4300メートルの国境付近で発生したインド・中国両軍の衝突では、4時間余りにわたって兵士が素手で殴り合い、石を投げ、有刺鉄線を巻き付けたこん棒で攻撃した。インド当局によると、両軍兵士の一部が混乱の中で崖から川に転落。少なくとも20人のインド兵が死亡した。
 
インドによると、中国側にも死傷者が出ている。係争地域における中印の衝突で死者が出るのは約50年ぶり。
中国側は死傷者が出たかは明らかにしていない。中印は17日、攻撃を始めたのは相手側だとして互いを非難した。
 
インド外務省は、中国が事前に攻撃を計画しており、衝突の直接的な責任があると主張。ナレンドラ・モディ首相は国民向けの演説で、「インドは平和を望んでいるが、挑発されれば、相応の報復措置を講じる能力がある」と主張した。
 
一方、中国はインドが度々、実効支配線を越えて、中国兵を攻撃したと反論。中国外務省によると、王毅(ワン・イー)外相は「領土主権を守る中国の決意」を甘く見ない方がいいと述べて、インドをけん制した。
 
インド当局者によると、衝突は15日夜、インドの分隊がガルワン渓谷付近の係争地に到着した後に発生した。分隊は、両国が今月に入り結んだ合意の一環として、中国軍を確実に撤退させようとしていた。
 
だが、中国人兵士がそこにまだとどまっており、インドが支配地域とみなす場所で新たな構造物の建築に着手していたという。

これは、衝突に至った経緯に関するインド側の説明だ。中国当局者は小競り合いで死傷者が出たことは認めたが、詳細は明らかにしなかった。中国外務省はインド側の説明に関して、記者の質問に答えなかった。
 
インドは、まだ係争地に残っている中国兵らに退くよう求め、口論が始まった。中国兵の一団はいったんその場を離れたものの、その直後に数百人規模の兵士を連れて戻ってきたという。
 
インド側でも他の兵士が到着し、両軍が衝突した。双方が合意した規定では、死者を出さないよう対峙(たいじ)した際の銃の使用は制限されている。
 
中国側は投石に加え、くぎや有刺鉄線がついたこん棒で殴りかかる一方、インド側は鉄棒や警棒で応戦した。
 
衝突は暗闇の中で4時間余り続いた。インド当局者によると、多くの中印兵士がガルワン川に転落したか突き落とされた。インド兵17人は、衝突で負傷した後、高地における極寒の環境により死亡したという。
 
インド当局者によると、疲弊しきった双方の軍は深夜になって戦いをやめた。
 
実効支配線での小競り合いは珍しくはない。中印は1962年の国境紛争後に実効支配線を敷いたが、まだ具体的な位置を巡り争っている。
 
通常は、係争地域で哨戒に当たる両国の兵士が鉢合わせした場合に、小競り合いが発生することが多い。だが1975年以降、15日の衝突が起こるまで死者が出ることはなかった。
 
ただ、ここ数週間は実効支配線沿いの複数の地点で緊張が高まり、双方は6月6日、緊張緩和に向けた合意を結んだ。インド当局者によると、合意では、ガルワン渓谷付近からの中国軍の後退と構造物の撤去を中国側に求めていた。
 
インドでは両軍衝突のニュースが一斉に報じられており、モディ首相には対中強硬姿勢を示すよう圧力がかかっている。
 
ともに核保有国である中印の衝突は、中国がより強大になる中で起こった。今回の衝突により、強引さを増す中国に対抗する米国や他のアジア諸国に、インドが接近する可能性があるとの見方が一部で出ている。
 
衝突に関する中国国営メディアの反応はおおむね抑制気味で、当局の公式見解を伝える程度にとどまっている。国営の中国中央テレビ(CCTV)は、16・17日の夕方のニュースで衝突を報じなかった。
 
一方、CCTVは17日、中国軍が標高4700メートルのチベット山脈付近で最近実施した実弾演習のもようを伝えた。演習では、戦車や大砲、ヘリコプター、歩兵隊を動員し、高地での戦闘能力を試したとしている。
 
報道を受け、中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」では、国威発揚を促すような投稿が目立った。中国軍を称賛する一方、反インドのコメントが大勢を占め、15日の衝突で死亡したインド兵の遺体とみられる画像も出回った。【6月18日 WSJ】
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中国軍は、こうした「乱闘」に備えてか、格闘技に秀でた兵士を同地域に集中させていたとも。

****中国軍、総合格闘家を部隊に配属 インド軍との衝突直前に 報道****
中国とインドとの間で今月発生した衝突の直前、中国が境界線付近に配置された軍部隊に、登山家や格闘家らを配属させていたことが分かった。中国国営メディアが報じた。(後略)【6月28日 AFP】
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まあ、狙撃に秀でた兵士を前線に配置するのと同じで、殴り合いの小競り合いが頻発する地域に総合格闘技経験者を配置するのは合理的ではあるでしょう。

【両軍の撤退で合意・・・とは言うものの、継続する一触即発状態】
その後、両国は「撤退」で合意した・・・ということになっています。

****中印、係争地で対峙する軍の撤退で合意****
インドと中国の軍司令官は、両軍が先週衝突した係争地で対峙している軍を撤退させることで合意した。インド政府筋が23日に明らかにした。

一方、中国外務省の趙立堅報道官は、双方が緊張緩和措置を取ることで合意したと表明した。

インド政府筋は、22日に両国の軍司令官が長時間にわたって行った協議の結果について「撤退に向けた相互コンセンサスがあった」と説明。「ラダック東部のあらゆる係争地域からの撤退方式が話し合われた。双方が撤退を進めるだろう」と述べた。

また、趙報道官は、両軍の衝突で中国側の犠牲者が40人だったとする最近のメディア報道について「フェイクニュース」だと述べた。【6月23日 ロイター】
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しかし、その後の報道でみると、現地は必ずしも沈静化したとは言えないようにも思えます。

****中国が係争地の一部確保か、インドが軍事行動活発化****
中国がヒマラヤ地域にある係争地の一部を確保したとされる事態を受けて、インド軍は24日、現地に軍用機を飛ばすなどして軍事行動を活発化させ、力を誇示した。
 
インド軍筋がAFPに語ったところによると、ガルワン渓谷で6月15日に発生し、過去53年で最も多くの死者を出した印中両軍の衝突の後、中国軍は同渓谷の出入り口にある数平方キロの領域を確保し続けているという。(中略)

インドと中国はいずれも、衝突後に現地から部隊を撤退させたと公言しているが、ガルワン渓谷周辺に部隊を残している。(後略)【6月25日 AFP】
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****中印両軍が係争地に「大部隊」展開、インド政府****
インド政府は25日、今月に国境付近で発生し、死者が出た中国軍との衝突後、ヒマラヤ地域にある係争地に両国が大部隊を展開していることを初めて認めた。(後略)【6月26日 AFP】
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****中国、係争地のインド側に倉庫を建設か 衛星写真で発覚****
インドと中国が国境を争うヒマラヤ山脈地帯に、中国が倉庫などを建設していることが、人工衛星から撮影された写真で明らかになった。

インド北部ラダック地方のガルワン渓谷を撮影したこの写真では、5月には存在していなかった倉庫やテント、塹壕(ざんごう)などが確認できる。(後略)【6月26日 BBC】
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中国が紛争地域でジワジワと軍事施設建設を進め、占有を既成事実化するやり方は南シナ海と同じ。

*****中国軍、インドとの係争地で兵力増強か 米衛星画像*****
 米人工衛星企業は26日、インド、中国両国軍が最近衝突したヒマラヤ地域の係争地周辺で中国軍が駐屯地を再建もしくは拡大したことを示唆する衛星画像を公表した。(中略)

衛星画像は、衝突後に川の堤防で中国軍駐屯地が大幅に拡大された様子を示している。オーストラリアの戦略政策研究所のネイサン・ルーサー研究員は「小さな陣地だったものがかなり大きくなった。インド軍は解体出来なかったのだろう」と説明。(中略)

また、インドは今年5月、ガルワン渓谷で新たな陣地構築を始め、中国は関係する地域へ約1000人の兵士を移動させたとも説明した。

画像には、中国軍がゴグラ北部の駐屯地に戦車中隊や砲門部隊を配置している形跡もあった。また、コンカ峠では別の規模が大きい基地も見られた。

中国は自軍の死傷者の発生には触れていない。衝突はインド軍がガルワン渓谷の中国の支配地内に同国が築いた駐屯地の解体を試みたのが原因と主張。一方、インド外務省は、実効支配線沿いで大規模な兵力や兵器の増強を進めていた中国の責任に言及した。

インド内には今回の衝突を受け、中国は実効支配線での戦術をこれまでの係争地の哨戒の継続から占領の方針へ変えたとの見方もある。【6月27日 CNN】
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【インド側で高まる反中国意識】
今回事態を受けて、中国国営メディアの反応はおおむね抑制気味ですが、インド側では中国製品ボイコットなど反中国の民族意識が高まっています。

****中印軍、係争地で2回目の協議 インドでは中国製品ボイコットも****
(中略)インドでは、衝突でインド側に死者が出たことに市民の怒りが噴出。政府に厳しい対応を求める声が出ているほか、中国製品のボイコットを呼び掛ける動きも広がっており、ニューデリーの市場では中国製品を燃やす抗議活動が行われた。

中国共産党機関紙・人民日報傘下の国際情報紙「環球時報」の胡錫進・編集長はツイッターに「インドのナショナリストは冷静になる必要がある」と投稿。「中国のGDP(国内総生産)はインドの5倍、軍事予算は3倍だ」と述べた。【6月22日 ロイター】
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それでも、中国製スマホはやはり売れているようですが・・・

****反中感情広がるインド、飲食店協会が「中国人お断り」―仏メディア****
2020年6月25日、仏国際放送局RFIの中国語版サイトは、インドの飲食業界において大規模な中国人客ボイコットの動きが起きていると報じた。 

記事は、デリー最大の飲食業業界団体が、参加店舗にて中国人の入店を断ることへの支持を表明したと報道。同団体の会長が「インド政府を支持する。特に、今は中国とすでに半ば戦争の状態だ」とコメントしたことを挙げ、「同団体の支持表明が7万5000軒の飲食店に影響を与える」と伝えた。 

また、「今年は新型コロナウイルスの影響によりインドを訪れる中国人観光客がほとんどいなくなり、観光業界が深刻なダメージを受けている」とする一方で、インドの旅行業経営者からは「インドと中国が戦争すれば、インド人は中国人とビジネス関係を維持する必要がなくなる」との声が続々と出ていると紹介。

背景には、インド人の多くが「インドにやってくる中国人とビジネスをしても、多くの利益を持って行くのは中国人だ」と認識していることがあるとの見方を示している。 

記事は、中印両国の貿易額は年間900億ドル(約9兆6000億円)に上っており、中でも中国メーカーである小米(シャオミ)のスマートフォンがインド市場で大きな人気を集めていると紹介。中国との関係が悪化する中で現地の販売店では小米のロゴを「インド製」と書かれた大きな看板などで隠す措置が取られ始めているという。

ムンバイにある小米の販売店店主は「会社の責任者からそうするよう言われた。デモ参加者や政治からの攻撃を避けるためだ」とする一方、「それでもインド市場で小米の需要がなくなることは考えられず、みんな喜んで買い続けるだろう」とも語ったという。【6月26日 レコードチャイナ】
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****インド首都の主要ホテル協会、加盟店での中国人宿泊を禁止****
インド・デリー首都圏の主要なホテル協会の一つ「デリー・ホテル・アンド・レストラン・オーナーズ・アソシエーション」は25日、加盟ホテルでの中国人客の宿泊を禁止すると発表した。同国では、中国との係争地で発生した衝突によりインド軍兵士20人が死亡したことを受け、中国製品の不買運動が加速している。(中略)

デリー首都圏の計7万5000室に適用されるこの決定について、DHROAのサンディープ・カンデルワル会長はAFPに対し、「中国と戦争のような状況にある政府を支援する」ためだと説明。「なぜ彼らにインドで金を稼ぐのを認めなければならないのか?」と話した。(中略)

2018年には中国人30万人近くがインドを訪れたが、現在は新型コロナウイルスの影響で外国人訪問客が減少しているため、中国人に対するボイコットは象徴的な意味合いにとどまる。
 
だがこの動きは、インドにおける反中感情の高まりを示すもので、特にソーシャルメディア上では、中国製品を拒絶するよう呼び掛ける投稿であふれており、また中国国旗を燃やすなどの小規模な抗議デモも行われている。(後略)【6月27日 AFP】AFPBB News
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こうした激高する世論の手前、「弱腰」批判を受けないように対応が次第にエスカレートするというのは、中国のような統制社会より、インドのようないわゆる民主主義国でありがちなことではあります。

【モディ政権 「三重苦」への対応に苦慮】
それにしても、インド・モディ政権は中国との衝突に加え、新型コロナ、更には東アフリカ・中東のバッタで猛威をふるうバッタの襲来と、「三重苦」状態にも。

****対中国、新型コロナ、バッタ…三重苦に悩むモディ政権*****
インドのモディ首相が“三重苦”ともいえる内憂外患に悩まされている。

インド軍20人が死亡した北部カシミール地方ラダックでの中国軍との衝突をめぐり、対話の姿勢を打ち出す政権に対し、反中の機運が盛り上がる国内で批判も集まる。

新型コロナウイルス感染拡大も収まらず、サバクトビバッタの襲来も頭痛の種だ。ヒンズー至上主義を掲げ、強い指導者像を打ち出してきたモディ氏だが、対応を間違えれば支持離れにつながりかねない状況だ。
 
「中国がラダックで取った措置に、国全体が傷つき怒りを感じている」
モディ氏は19日、全政党の代表を交えた会議で中国との衝突についてこう発言した。一方で「インドは平和と友好を望んでいる」とも付け加え、踏み込んだ中国批判は避けている。

「モディ氏は外交的に解決できると考えているのだろう」と、中印関係に詳しい印ジンダル・グローバル大のスリパルナ・パサク准教授は分析する。
 
インドは中印国境紛争(1962年)の敗北以降、中国との軍事面での対立を強く警戒する意向が働く。事実上の国境である実効支配線(LAC)付近では道路などのインフラ整備に差があり、軍の展開の速度や規模は中国に劣るという分析もある。
 
ただ、45年ぶりに中国との衝突で死者が出たことで、国内では中国への反発が広がる。(中略)モディ氏の姿勢は弱腰とも取られており、野党側は批判を強めている。
 
内政面に目を向けると、国内の新型コロナの感染者は増加の一途で49万人を超え、米国、ブラジル、ロシアに次いで世界で4番目に多い。3月下旬にロックダウン(都市封鎖)を宣言した際の感染者は約600人で、爆発的な増加といえる。

深刻なのが雇用への打撃で、民間調査によると5月のインド全体の失業率は23%に達している。モディ政権は経済活動の段階的な再開に乗り出しているが、衛生対策との両立に苦慮している。
 
また、5月からは中東やアフリカで発生したサバクトビバッタが「過去26年で最悪の規模」(地元専門家)で襲来。農業が盛んな西部ラジャスタン州では広大な農地で作物に被害が出た。今後、雨期の作物の植え付けが本格化する時期で、影響が懸念されている。

パサク氏は「コロナ以前からの経済低迷もあり、国内で不満は蓄積されている。中国に対しては『新型コロナを発生させた国』としての反発も強く、弱い姿勢を見せることは政権の強い逆風となって跳ね返ってくるだろう」と指摘している。【6月26日 産経】
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シリア  イドリブ・シリア北部で存在感を強めるトルコ 長期駐留の意図とも

2020-06-27 22:31:14 | 中東情勢

(シリア北西部イドリブ市で(トルコ・リラへの)両替する人々(6月20日)【6月25日 WSJ】)

【多数の関係国・勢力が絡み合うシリア・イドリブ情勢】
シリアの状況は、反体制派はイドリブを最後の拠点とし、これをトルコが支援、一方シリア政府軍とロシアが攻撃するという構図の中で、3月にトルコとロシアの間で停戦が合意され、その後は一応小康状態が続いているといったところです。

また、トルコはシリア北部のトルコとの国境地帯からクルド人勢力を駆逐し、自国支配下においています。

大まかに言えば、上記のようなことになりますが、イドリブの状況は停戦を巡ってアルカイダ系イスラム過激派同士が争い、トルコとシリア政府軍がこれに絡み、更には米主導の有志連合も・・・と、非常に複雑なようです。

****シリアでアル=カーイダどうしの戦闘が激化する中、トルコ軍は政府軍を砲撃、有志連合もドローン爆撃を実施*****
アル=カーイダ系組織どうしの軋轢
シリア北西部のイドリブ県では、ロシアとトルコが3月5日の首脳会談で緊張緩和地帯(第1ゾーン)の停戦に合意してから100日以上が経過したが、ここに来て、アル=カーイダの系譜を汲む組織どうしの対立が激化している。 

対立の争点は、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線の安全確保の是非をめぐるもの。 
停戦合意では、ロシアとシリア政府側の要求を反映させるかたちで、M4高速道路の南北にそれぞれ幅6キロの「安全回廊」を設置すると定められており、これを履行するため、トルコは沿線に部隊を展開させるとともに、ロシア軍と合同パトロールを実施してきた。 

アル=カーイダの系譜を汲む組織は、この動きにこぞって異議を唱えた。だが、トルコの支援を受ける国民解放戦線(国民軍)と共闘するシリアのアル=カーイダことシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が最近になって態度を軟化させ、M4高速道路沿線から撤退したことで、軋轢が生じるようになった。 

新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構、アンサール・イスラーム集団、アンサール・ディーン戦線といった組織は、ジハード調整、アンサール戦士旅団とともに6月14日に「堅固に持せよ」作戦司令室を結成し糾合、ロシア、イラン、そしてシリア政府への徹底抗戦を呼びかけた。

シャーム解放機構による粛清
両者の対立は6月22日に表面化した。 
シャーム解放機構の治安部隊は、イドリブ市郊外にある元幹部司令官のアブー・マーリク・タッリー(本名ジャマール・アイニーヤ)の自宅を包囲、アブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者の命令の下に同氏を逮捕したのである。 

タッリーは、2014年3月のダマスカス郊外県マアルーラー市襲撃と聖タクラー教会修道女拉致の首謀者。4月7日にシャーム解放機構を離反し、新たな武装グループを結成、最近になって「堅固に持せよ」作戦司令室に参加していた。 

逮捕に関して、シャーム解放機構の中央フォローアップ委員会は声明のなかで、組織を離反し、新たな組織の結成を再三にわたって試みることで、混乱を助長し、隊列を分断し、破壊行為を奨励したために逮捕に至ったと説明した。 

粛清は続いた。 
シャーム解放機構は6月23日、トルコ国境に近いイドリブ県のアティマ村で、支援活動家のアブー・フサーム・ビリーターニー(英国人)を逮捕した。 

シリア北西部で学校や慈善協会を設立・指導するなど、積極的な支援活動を行ってきたビリーターニー氏の逮捕は、「堅固に持せよ」作戦司令室に参加する組織の一つジハード調整を率いるアブー・アブド・アシュダーを支援し、「堅固に持せよ」作戦司令室に参加したのが理由とされた。 

「堅固に持せよ」作戦司令室がイドリブ市に迫る
タッリーの即時釈放が受け入れられない場合、報復も辞さないとの姿勢を示していた「堅固に持せよ」作戦司令室は行動に出た。 

「堅固に持せよ」作戦司令室を主導する新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構は6月23日、イドリブ市西にあるシャーム解放機構の検問所(クーンサルーワ検問所)を襲撃し、これを制圧したのだ。 

これに対して、シャーム解放機構もイドリブ市近郊にある「堅固に持せよ」作戦司令室の検問所を襲撃、激しい戦闘となった。 

6月24日に入ると、シャーム解放機構は、イドリブ市の北西に位置するアラブ・サイード村および同村一帯に展開する「堅固に持せよ」作戦司令室に砲撃を加え、同地で激しい戦闘が発生した。 

これにより、女性1人を含む4人が砲撃戦に巻き込まれて負傷した。また、アラブ・サイード村の住民数十人が避難を余儀なくされた。 

戦闘激化を受け、シャーム解放機構は増援部隊を集結させ、イドリブ市西部からアラブ・サイード村いたる地域の街道を封鎖した。また、ルージュ平原の街道分岐路に展開し、アルマナーズ市やアラブ・サイード村に至る街道を封鎖した。 

対するフッラース・ディーン機構は、M4高速道路沿線の拠点都市であるジスル・シュグール市北のヤアクービーヤ村に設置されているシャーム解放機構の検問所を襲撃した。 

これを受け、シャーム解放機構はその北東に位置するダルクーシュ町に至る街道を封鎖した。 

交戦しているのはアル=カーイダだけではない
アル=カーイダの系譜を汲む組織どうしの戦闘が激しさを増すなか、シリア軍とトルコ軍の緊張も増した。 

トルコ軍は6月22日、シリア軍が「決戦」作戦司令室支配下のザーウィヤ山地方のフライフィル村、バーラ村、バイニーン村、ハルーバ村、カフル・ウワイド村、スフーフン村、ファッティーラ村を砲撃したとして、シリア政府支配下のサラーキブ市一帯を砲撃した。 

これに対して、シリア軍は6月23日深夜から24日早朝にかけて、ザーウィヤ山地方のバイニーン村近郊の灌木地帯に進攻し、「決戦」作戦司令室と激しく交戦した。 数時間にわたる戦闘で、国民解放戦線の戦闘員4人とシリア軍兵士3人が死亡した。 

シリア軍はまた、サーウィヤ山地方のカフル・ウワイド村、スフーフン村を砲撃したが、これに対して、トルコ軍も反撃、サラーキブ市南に展開するシリア軍の拠点複数カ所を砲撃した。 

さらに有志連合も爆撃か?!
それだけではなかった。 
6月24日夕刻、米主導の有志連合所属と思われる無人航空機(ドローン)が、イドリブ市東のビンニシュ市上空に飛来、同市の街道を走行中の軍用車輌をミサイル攻撃し、運転手1人が死亡した。 

死亡した運転手の身元は不明だが、有志連合は、2019年10月にイスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者が潜伏していたとされるイドリブ県北部を爆撃、これを殺害するなど、しばしば介入しており、今回の爆撃もそうした軍事行動の一環をなしているものと推察される。(後略)【6月25日 青山弘之氏 YAHOO!ニュース】
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米主導の有志連合と協調するイスラエル軍の攻撃も。狙われたのは親イラン武装勢力のようです。

*****イスラエル、シリア国内の複数の軍事基地を攻撃=シリア軍****
シリア軍は23日、同国南部、中部、東部にある複数の軍事基地がイスラエルの攻撃を受け、兵士2人が死亡したとし、反撃を行ったと明らかにした。

シリア軍によると、イスラエル機はシリア中部ハマの複数の軍事基地を攻撃。その数時間前にはイラクとの国境に近い東部デリゾールやヨルダンとの国境に近い南部の軍事基地がミサイル攻撃を受けたという。

情報筋などはイスラエルの攻撃について、親イラン武装勢力の拠点を標的にしたものとの見方を示している。【6月24日 ロイター】 
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【トルコ・リラ導入を進めるトルコ 長期駐留の意図とも】
いつもながら“プレイヤーが多すぎる”というか、何やらこみいった状況にあることはわかりましたが、そうした中で存在感を強めている、あるいは、強めようとしているのがトルコ。

****シリア・ポンド急落、反体制派イドリブ県がトルコ・リラ導入****
シリア反体制派の最後の拠点となっている北西部イドリブ県の行政当局は経済崩壊を回避するために、闇市場で急落しているシリア・ポンドに代えてトルコ・リラの導入を開始している。当局者が15日、明らかにした。
 
イドリブ一帯を支配下に置いているイスラム過激派組織「タハリール・アルシャーム機構」と関係がある同県の行政機関「救済政府」は、すでに先月からトルコ・リラによる賃金や給与の支払いを開始しており、商取引や両替所にもトルコ・リラの流通を指示しているという。
 
現地のAFP特派員は14日、イドリブ県内の送金施設でトルコ・リラの紙幣が入った箱と同じく硬貨が入った袋が床に置かれていたのを見たと報告している。これに先立ち国連は12日、大量のトルコ通貨が前日イドリブ県に到着したとの報告があると発表した。
 
シリア経済は9年に及ぶ内戦で疲弊し尽くしているところにきて、バッシャール・アサド政権の支配地域に対する米ドル供給路として機能していた隣国レバノンの財政危機により一層壊滅的な状態に陥っている。

闇市場ではここ数日間でシリア・ポンドが暴落し、物価は急騰、店舗は休業に追い込まれ、政権の支配下にある南部でもまれな反体制デモが起きている。 【6月16日 AFP】AFPBB News
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トルコ・リラの導入はイドリブだけでなく、トルコが実質的に支配するシリア北部地域にも及んでいるようで、「長期にわたって駐留するつもり」というトルコの意図が指摘されています。

****シリア北部でトルコリラ流通、強まる経済支配 ****
トルコは自国ルールの延長線上として捉え、長期駐留するつもりだと指摘する声も

シリア北部のシリア人たちは、パンを買ったり車にガソリンを入れたりするために、シリアポンドをトルコリラに慌てて両替している。長年の戦争で荒れ果てた経済から自らを守るため、ビジネスオーナーが使用通貨を切り替えているのだ。(中略) 
 
トルコは支配下に収めたシリアの一部で、自国通貨を流通させている。複数の国・勢力が関与する紛争で荒廃したシリア北部で、その経済崩壊に乗じて一段と深く入り込もうとする試みだ。 

欧州外交評議会(ECFR)の上級研究員、アスリ・アイディンタスバス氏は「トルコリラの使用でますます明らかなように、トルコは現状を自国ルールの延長線上として捉え、長期にわたって駐留するつもりだ」と指摘する。 
 
シリアの現地通貨が急落した先月以降、トルコ政府はイドリブ県などシリア北部の協力者にトルコリラを届けている。トルコのエルドアン政権寄りとされるシンクタンク、政治経済社会研究財団(SETA)のアナリスト、オメル・オズキジルチク氏が明らかにした。 
 
オズキジルチク氏によると、トルコリラの流通拠点は両替所や郵便局だ。住民はシリアポンドや、時には米ドルをリラに両替しているという。住民の話では、シリア北部の両替所には人だかりができている。 
 
トルコ財務省関係者は、同国政府がシリア国内でリラへの転換をどう促進しているのかについて、情報はないと述べた。トルコ中銀は、そうした計画に関与していないと述べている。 
 
ここ4年に幾度か軍事介入したトルコは、自国南部の国境沿いの地域を支配下に置いている。これはシリア領土の約5%に相当する。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、トルコ支配下の領土には推計400万人のシリア人がいる。 
 
トルコリラは以前から、戦闘員やトルコ政府が支援する行政機関の官僚への報酬支払いに使われてきた。トルコは支配地域で学校や病院、郵便局も建設し、一部を自国の送電網に接続している。 
 
シリアポンドをトルコリラに置き換えれば、シリア北部の一部地域がトルコ経済にさらに密接に取り込まれることになる。 
 
トルコはシリア北部での駐留について、テロの脅威とみなす集団から国境を守り、バッシャール・アサド大統領の反対勢力を支援するために必要だとしている。 
 
だが、そうした戦略はトルコをロシアとの衝突に向かわせている。ロシアはアサド政権に軍事支援する主要国の1つだ。(中略)

シリア政府からコメントは得られていない。同国政府はトルコリラの流通についてこれまでコメントしていないものの、全領土を奪還する決意を表明している。 
 
トルコ支配下の領土で暮らすシリア人にとって、トルコリラはシリアポンドが急落する中で購買力を維持するための手段となっている。

シリアポンドは対ドルで年初来およそ70%下落している。トルコリラも先月、過去最安値に沈んだが、今年に入ってからは対ドルで約16%の下落にとどまっている。 
 
イドリブ市の活動家オウスマン・カーニ氏は、「家が破壊されて逃げなければならなかった時と同じように、他に選択肢はない」と語った。【6月25日 WSJ】
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トルコ系メディアによれば、以下のような取り組みも。

****【トルコからの支援の手】 トルコ赤新月社がシリア北部に「愛情の店」****
トルコ赤新月社がシリア北部に展開する「愛情の店」の8店舗目がラス・アルアイン地区にオープンした。
 
 「愛情の店」は、シリアで支援を必要とする人々に無償で衣服を提供する目的でトルコ赤新月社が運営している「店」で、これまでにイドリブ、アフリン、アゼズ、バーブ、ジェラブルス、テル・アブヤドの7つの地区にオープンさせた。
 
ラス・アルアイン地区に新たにオープンした「愛情の店」は、1日当たり150人から200人が利用することが見込まれている。
 
 ラス・アルアイン地区の中心部は、2019年10月12日、平和の泉作戦により、分離主義テロ組織PKK(ペーカーカー)のシリアにおける派生組織YPG(イェーペーゲー)から救出された。【6月23日 TRT】
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****エルドアン大統領がシリア・イドリブ地域に住宅50戸を約束****
トルコ災害緊急事態管理庁で開催された「民間団体イドリブ協議会」の最中に、トルコ共和国内務省のスレイマン・ソイル大臣がエルドアン大統領に電話をし、協議会についての説明をした。(中略)
  
トルコの国民はこれまで、シリアのみならず、世界のさまざまな場所で、身寄りのない人々、貧しい人々、虐げられた人々のそばにいたと表明したエルドアン大統領は、「この国民はこれからも同じようにそばにい続けるだろう。現在、我々が隣国の国境沿いで行っている取り組みは非常に大きな重要性を持っている。住宅に関する目標を早急に夏のうちに達成させ、その後、シリアの人々を居住させることができたら、遅くとも冬までには入居する機会を得るだろう」と述べた。
 
ソイル大臣が個人としてイドリブ地域に住宅20戸を建設すると約束したことに触れたエルドアン大統領は、「我々も、差し当たり最初の目標として50戸を約束しよう。シリアの人々が受けている苦しみから今すぐにでも救い出せるように、神が我々にチャンスを授けてほしい」と述べた。
 
ソイル大臣は、イドリブ地域への支援キャンペーンが開始された1月13日からこれまでに7億1706万3102リラ(日本の通貨で約112億円)の寄付が集まったと発表した。【6月26日 TRT】
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神の御心をトルコが現実のものにするのだ・・・というのはエルドアン大統領の言い分ですが、現実的には、トルコが支配するシリア北部地域にトルコ国内のシリア難民を送り込む計画とも言われています。

シリアだけでなくリビアでも活発な活動を続けるトルコ・エルドアン大統領については、6月21日ブログ“トルコ  シリア・イラク・リビアで活発な軍事・外交を展開 深刻なコロナ禍のもと「マスク外交」も”でも取り上げましたが、トルコ自体の財政・経済も厳しいなかで精力的な対外戦略を展開するトルコです。

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オーストラリア  相次ぐ問題で豪中関係は悪化の一途 親中派議員の家宅捜索も

2020-06-26 23:28:30 | オセアニア

(豪キャンベラで中国とオーストラリアの国旗を掲げる人々(2008年4月24日撮影)【6月26日 AFP】)

【オーストラリアへの「圧力」を次々にかける中国】
オーストラリアが政治的にはアメリカと同盟関係にあるものの、経済的には大きく中国に依存し、米中対立のはざまで微妙な立ち位置にあることは、これまでも時折取り上げてきました。

最近では、5月23日ブログ“中国・オーストラリア関係 米中対立が飛び火した形で中国による報復的な輸入制限措置へ”など。

5月23日ブログでも取り上げたように、今年4月にオーストラリアが中国の新型コロナウイルス対応を巡り、国際的な調査を要求したことで、両国の関係が急速に悪化しています。

特に、中国の強圧的な対応が目立ちますが、強国アメリカにぶつけられない不満を“手ごろな”オーストラリアにぶつけているようにも見えます。

****中国、豪州への「圧力」次々 旅行にブレーキ・牛肉輸入停止・大麦関税 コロナ対応の調査要求に反発?****
中国がオーストラリアとの人や物の行き来にブレーキをかけている。豪州では「新型コロナウイルスなどを巡る豪州の厳しい対中姿勢を封じ込めようとしている」との見方が広がる。最大のビジネス相手からの「圧力」に悩みは深いが、中国依存から脱却すべきだとの声も高まっている。

中国政府は5日、自国民に豪州へ旅行しないよう促す注意喚起をした。新型コロナウイルスの影響で「中国人らへの差別や暴力行為がエスカレートしている」との理由からだ。
 
アジア系に対する差別問題は2月以降、豪州でも表面化した。だが、豪州が感染抑止に成功したことが顕著になった5月以降は沈静化。

豪州のバーミンガム貿易・観光・投資相は6日、中国政府の主張には「根拠がない」と反発した。中国人は、年間の観光客(約140万人)と留学生(約20万人)の数がともに国別で最多で、豪州の観光・教育産業を支える存在だ。
 
中国は5月、貿易を巡って次々と豪州に厳しい手を打っていた。「検疫に違反する状況があった」として12日、豪州の食肉大手4社からの輸入を停止。19日には豪州産大麦に反ダンピング(不当廉売)関税と反補助金関税を発動した。
 
大麦のダンピング調査が始まったのは2018年10月。豪政府が、次世代通信網5Gの事業に中国の華為技術(ファーウェイ)が参入するのを禁止した2カ月後だ。牛肉の措置は、豪政府が4月に中国の新型コロナ対応について国際的な調査を要求した直後だった。
 
バーミンガム氏は牛肉に関し、「技術的なミス」と反論。大麦については、ダンピングの根拠として豪政府による灌漑(かんがい)施設整備の支援策を挙げたことに「完全にばかげている」と応じた。大麦の大半は灌漑施設なしに生産されている。
 
パース米国アジアセンターのジェフリー・ウィルソン研究部長は「政治的な動機がある貿易上の制裁だ」とみる。

 ■豪に依存脱却論も
豪州にとって中国は貿易額の4分の1を占める最大の「顧客」で、農産物や鉱物の主要輸出先だ。大麦は輸出の7割が中国向けだった。

全国農業者連盟は「両国による早期の問題解決を望む」と難しい立場をのぞかせるが、ウィルソン氏は「豪州は代わりの輸出先を拡大すべきだ。選択肢はたくさんある」と指摘する。
 
対中関係をめぐって豪州では近年、政治献金を通じた豪政界への親中政策の働きかけや、周辺の島国へのインフラ支援攻勢を通じた影響力の強化についても危惧する声が出ていた。
 
中国外務省の華春瑩報道局長は8日の会見で、「健全で安定した中豪関係は両国の利益にかなう。豪州側が中国と歩み寄り、互いを尊重し、平等・ウィンウィンの原則で協力するよう希望している」と述べた。
 
ニューサウスウェールズ大のティム・ハーコート研究員は、中国が経済力を背景に豪州の主張を封じ込めようとしていると批判する。「通商政策を使って外交ゲームを続ければ、結局は自国の利益を害するだろう」【6月9日 朝日】
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アジア系に対する差別に関しては
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豪最多の人口を抱えるニューサウスウェールズ州の反差別委員会は先週、アジアをバックグラウンドに持つ人々への差別に関する問い合わせが増加していると報告した。
 
委員会によると、通勤中や運動中やスーパーマーケットでの買い物中にマスクを着用していていじめられたり、つばを吐かれたり、嫌がらせを受けたりするなどの被害が報告されており、また車の窓を割られたり、車や私有地の建物に人種差別的な言葉が落書きされたりするなどの行為を受けたとの報告もあったという。【6月9日 AFP】
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【6月9日 朝日】では“感染抑止に成功したことが顕著になった5月以降は沈静化”とありますが、オーストラリアにそうした“下地”があるのは事実でしょう。

ただ、そうした差別問題をもって“豪州へ旅行しないよう促す注意喚起”というのは、極めて政治的な判断です。異種の“いやがらせ”とも。

****中国との対立が飛び火、「留学生減」が豪経済直撃も****
(中略)中国教育省は9日、オーストラリアへの留学を検討している学生に慎重に判断するよう促した。新型コロナウイルスの発生を受けて中国人を含むアジア人を差別する動きが見られると説明した。

中国は、オーストラリアにとって最大の貿易相手であると同時に、同国に最も多くの留学生の送り出している国でもある。豪政府のデータによると、2019年の海外留学生(中高等教育機関部門)の37.3%を中国人が占めた。

中豪関係は数年前から悪化していたが、豪が新型コロナウイルスの発生源について国際的な調査を呼び掛けたことでさらに悪化した。

中国は、豪製品ボイコット論や、豪農産品の輸入制限に動き、先週は新型コロナ流行に絡む中国人への人種差別と暴力を理由に、国民に豪への渡航回避を勧告した。

オーストラリアは、新型コロナの封じ込めに成功した国の一つだが、経済的な打撃は大きく、第1・四半期は9年ぶりのマイナス成長となり、30年ぶりの景気後退入りが予想されている。

中国政府が豪留学に「待った」をかけたことを受け、バーミンガム貿易・観光・投資相は10日、メディアに、中国人留学生が減少すれば、国内の大学に影響が出るだろうと述べた。その上で、それは中国人学生にとってもマイナスであり、長期的に「両国の相互理解の深化に寄与しない」との認識も示した。

(中略)国内では大学が1国の留学生の授業料に過度に依存しているとの批判も出ている。ニュー・サウス・ウェールズ州政府の監査当局によると、州内の大学の2019年の収入の3分の1は留学生の授業料だった。

ムーディーズ・インベスターズ・サービスのバイスプレジデント、ジョン・マニング氏は、新型コロナに関連した渡航規制で、中国の警告が豪大学の今年の収入に与える影響は抑えられるとみる。「より長い目でみれば、国際的に評価が高い豪大学は多く、今後も魅力的な留学先であり続けるだろう」と述べた。【6月11日 ロイター】
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【モリソン首相「脅迫には決してひるまない」】
こうした中国の圧力に対し、中道右派の自由党・モリソン首相は「ひるまない」という強気姿勢を崩していません。

****中国の経済的威圧には「ひるまない」 豪首相が明言****
オーストラリアのスコット・モリソン首相は11日、中国人観光客や留学生らが豪にもたらす巨額の利益を中国側が抑え込もうとする動きを見せていることを受けて、経済的な「威圧」の試みにひるむことはないと明言した。
 
中国政府は先に、新型コロナウイルスが世界的に大流行する中、オーストラリア国内でアジア系の人々を標的にした人種差別事案が増えているして、オーストラリアへの渡航を控えるよう勧告していた。
 
モリソン首相は11日、中国人が人種差別的な扱いを受けたとする訴えは「ばかげている」と一蹴。ラジオ局の取材に対し「くだらない主張であり、受け入れられない」と話した。

「われわれは中国と重要な貿易関係を築いており、それが続くことを望んでいる」と首相。
 
一方で、豪政府は「脅迫には決してひるまない」「威圧に対しては、それがどこから来るものであれ、わが国の価値観を売り渡したりはしない」と述べた。
 
(中略)中国外務省の華春瑩報道官は記者会見で「豪首相が言う『威圧』がどこから来るものなのか、私には分からない」と話した。
 
その上で、「オーストラリアには、問題を直視し、自省し、豪州における中国人の安全と権利を守るための具体的措置を取るよう促したい」と述べた。
 
豪政府は近年、中国が豪州や太平洋地域で影響力を強めようとする動きに反発しており、両国間の緊張が徐々に高まっている。 【6月11日 AFP】AFPBB News
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【相次ぐ火種で豪中関係は更に悪化】
軋轢の種は次から次に。

****中国裁判所、豪国籍の男に死刑判決 両国関係さらに緊迫か****
中国の裁判所が、麻薬取引の罪に問われていたオーストラリア国籍の被告に対し、死刑判決を言い渡していたことが分かった。問題を抱える両国関係が、この判決により緊迫の度をさらに増す可能性もある。
 
広州市中級人民法院のウェブサイト上に投稿された告知によると、豪メディアによってキャム・ガレスピーという名前の人物と特定された被告が10日、死刑判決を受けたという。同サイト上では、豪国籍との情報以外は公表されていない。
 
中国の地元メディアによると、男は香港の北西に位置する広州白雲国際空港で2013年12月、預けた手荷物にメタンフェタミン7.5キロ超が入っていたとして逮捕された。
 
豪外務省はこの判決に「深く悲しんでいる」とのコメントを発表。死刑制度に反対する同国の姿勢を強調した。(後略)【6月13日 AFP】
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一方、モリソン首相は、名指しこそ避けたものの明らかに中国を念頭に置いていると思われる国家的「サイバー攻撃」を批判。

****オーストラリアに大規模サイバー攻撃、攻撃主体は「国家ベース」****
オーストラリアのスコット・モリソン首相は19日、同国が政府や公共サービスなどを標的とした大規模サイバー攻撃を受けており、攻撃主体は「国家ベース」だと明らかにした。
 
モリソン氏は緊急記者会見を開き、サイバー攻撃について「あらゆるレベルの政府、産業界、政治団体、教育事業者、保健事業者、必要不可欠なサービスを提供する事業者、その他の重要なインフラの運営事業者など、幅広い分野にわたるオーストラリアの組織を標的としている」と語った。
 
さらに、「オーストラリアの組織は現在、国家ベースの洗練されたサイバー攻撃主体に標的とされている」と述べたが、詳細は明らかにしなかった。
 
中国、イラン、イスラエル、北朝鮮、ロシア、米国、多くの欧州諸国が高度なサイバー戦闘部隊を持つことで知られているが、対立が激化する中で最近オーストラリア製品に貿易制裁を科していたことから、中国に疑いが掛けられる可能性が高い。
 
オーストラリアは、新型コロナウイルスの発生源についての調査を求めたことで中国の怒りを買っていた。 【6月19日 AFP】
********************

“政府機関や企業のシステムに侵入し、内部情報や関係者の個人情報にアクセスすることなどが目的とみられている。豪州では2015年に気象局、昨年2月には連邦議会がサイバー攻撃を受け、中国が関与しているとの観測が出ていた。
 
豪政府は18年に安全保障上の理由で、次世代通信規格5Gの通信網事業から中国の華為技術(ファーウェイ)の参入を禁止。その後、対中関係が悪化している。”【6月19日 朝日】

【中国への信頼感は急速に低下】
こうした状況で、オーストラリアにおける中国への信頼度は急速に低下しています。

****豪調査、中国への信頼が過去最低に 対立激化を反映****
オーストラリアのシンクタンク、ローウィー研究所が24日に発表した調査結果によると、中国を信頼していると答えたオーストラリア国民の割合は23%で、2018年の52%から急落した。過去最低の割合となり、2国間の対立の激しさを反映する形となった。
 
調査では、中国政府が国際舞台で責任ある行動を取っていると思うか尋ねた。中国はここ数か月、オーストラリア産大麦に80.5%の追加関税を課すなど豪州の輸出品に対し貿易制裁を課したほか、麻薬取引の罪に問われていた豪国籍の被告に死刑判決を言い渡すなどしていた。
 
一方、これまでに豪州は中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の排除に乗り出したほか、中国の諜報(ちょうほう)活動や地位乱用に国民が不満を訴え、また新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)の発生源と対応について独立した調査を要求しており、中国側は不満を募らせていた。
 
ローウィー研究所幹部のマイケル・フュリラブ氏は調査結果について、「わが国最大の貿易相手国、中国に対する信頼は急激に下がった」と指摘。また「中国の習近平国家主席への信頼はさらにもっと落ちている」という。
 
調査によると、回答者の94%が中国への経済依存を減らすべきと答え、82%が人権侵害に関与した中国当局者への制裁を支持した。
 
この調査は2005年から実施されており、今年は豪州に住む成人2448人に対し調査が行われた。【6月24日 AFP】
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なお、“米国については同盟関係は重要だが、「米国に対する信頼感は低迷しており、トランプ大統領はほとんど信頼されていない」”【6月24日 ロイター】“対米関係は対中関係よりも重要との回答は55%、対中関係が重要としたのは40%だった”【6月25日 レコードチャイナ】とも。

これだけ問題があり、信頼度が急落しても、対米関係より対中関係が重要という考えが40%もあるというのが、中国はオーストラリアの貿易総額の4分の1を占めている「現実」を反映しているように思えます。

【親中派議員に家宅捜索 モリソン首相「内政干渉を阻止」 予想される中国の反発】
一連の応酬は、両者リング中央で足を止めての打ち合い・・・って感じですが、更にモリソン首相のパンチが・・・

****親中派議員に家宅捜索=モリソン首相「内政干渉を阻止」―オーストラリア****
オーストラリアの連邦警察は26日、ニューサウスウェールズ州議会の野党・労働党に所属しているモスルマン上院議員の自宅と議会内の事務所を捜索した。

モスルマン議員は新型コロナウイルスをめぐる習近平中国国家主席の対応を「決断力がある」と称賛してきた「親中派議員」として知られる。全国紙オーストラリアン(電子版)などが伝えた。
 
豪政府は4月、新型コロナウイルスの発生源を調査するよう国際社会に訴えた。これをきっかけに中国との対立が激化し、最近も中国が仕掛けているとされる大規模なサイバー攻撃への警戒を呼び掛け、中国との対決姿勢を強めている。モスルマン議員に対する捜索で豪中関係は一層緊迫化する可能性がある。
 
モスルマン議員は、中国が「新たな世界秩序をつくりだす」必要があると公言していた。労働党は、モスルマン氏の党員資格停止の手続きに入っている。
 
モリソン首相は26日の記者会見で、家宅捜索に関する質問に対し「この領域での脅威は本物だ」と指摘した。豪州では、内政干渉を阻止するための新法が2018年に施行されており、モリソン氏は「誰も豪州の活動に干渉しないよう確実にする決意を固めている」と述べた。【6月26日 時事】 
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オーストラリアでは、今回の一連の軋轢以前から、裕福な中国人や中国系オーストラリア人のビジネスマンたちが主要政党の最大の資金提供者となっていたことが判明するなど、オーストラリアの連邦政府、企業、主要政党、大学、メディアなどへの中国の影響・浸透が問題となっていました。

モリソン首相の「この領域での脅威は本物だ」と言う発言は、こうした事情を踏まえての、中国が組織的にオーストラリアの政治をコントロールしようとしている・・・との疑念を示すものです。

【日本への関心は?】
これだけ豪中関係が悪化すれば、オーストラリアの日本への関心が相対的に高まるのでは・・・とも思われるのですが、そうとも言えないようで・・・

****豪州国立図書館、日本語資料の収集大幅減へ 中国を優先****
オーストラリア国立図書館(キャンベラ)が、日本語など複数のアジア言語の図書の収集を、大幅に縮小する方針であることがわかった。同図書館の日本語の所蔵資料は日本国外では世界でも有数の内容で、研究者らに懸念が広がっている。
 
同図書館は1950年代から収集してきた「アジアコレクション」と呼ぶ、東・東南アジアの各言語の図書の充実で知られ、豪州のアジア理解に大きな役割を果たしてきた。

図書館によると、電子版を除く1千万点の収蔵資料の13%を占める。ただ、7月からの新しい収集について、中国とインドネシア、太平洋の島国を優先する方針を打ち出した。(後略)【6月26日 朝日】
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イスラエル  ヨルダン川西岸の一部併合を宣言? 注目される首相の判断 イスラエル側の言い分

2020-06-25 22:53:30 | パレスチナ

(【6月22日 東京】)

【7月1日にヨルダン川西岸の一部併合を宣言?注目されるネタニヤフ首相の判断】
イスラエル・ネタニヤフ首相はヨルダン川西岸地区について、トランプ米大統領が1月に発表したヨルダン川西岸のユダヤ人入植地でのイスラエルの主権を認める中東和平案が事実上の併合に根拠を与えているとして、7月1日にも一部併合を明らかにするのではないか・・・とも予測されています。

ヨルダン川西岸の一部併合はネタニヤフ首相の選挙公約でもあり、また、5月に発足したガンツ氏との連立政権の最優先課題の1つだとの見方を示していました。

ネタニヤフ首相はヨルダン川西岸の30%に相当するユダヤ人入植地とヨルダン渓谷を主権下に置く方針とされています。

パレスチナ自治政府は占領地の違法な併合だとして反発しており、抗議の意を示すため、イスラエルとアメリカとの安全保障協力の停止を宣言しています。

ただ、こうしたネタニヤフ首相の考えには国際社会からの反発だけでなく、国内右派からの批判もあるようで、状況は不透明です。

****ヨルダン川西岸併合、ネタニヤフ首相の判断は 7月1日の宣言に注目 ****
イスラエルのネタニヤフ首相が選挙公約に掲げたパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の一部併合方針を巡り、七月一日から併合に向けた法制化の手続きが可能になる。

ただ、アラブ諸国や国際社会の反発が強まる上、連立政権内や国内右派の一部も懸念を示す。「一日に一部併合を宣言するのでは」との声もあり、ネタニヤフ氏の判断に注目が集まる。 
 
米政権が一月に公表した中東和平案に基づき、西岸地区30%に相当するユダヤ人入植地とヨルダン渓谷をイスラエル領に併合する内容。米国との合同委員会で境界の画定作業を進める。 
 
イスラエルは、一九六七年の第三次中東戦争で支配下に置いた東エルサレム、八一年にシリア領だったゴラン高原を併合。いずれも占領地を自国領とする国際法違反とされ、ヨルダン川西岸の一部併合を宣言すれば三十九年ぶりとなる。 
 
ただ、懸念の声も強い。アラブ首長国連邦(UAE)のオタイバ駐米大使は十二日のイスラエル紙に寄稿し、一方的な併合を強行すれば、アラブ諸国との関係正常化は不可能と警告。

国連が任命する人権問題専門家約五十人も十六日、共同声明で「パレスチナがイスラエルに完全に囲まれ分断された土地になる。二十一世紀のアパルトヘイト(人種隔離)だ」と批判した。 
 
こうした反応を受け、連立政権を組む中道政党「青と白」を率いるガンツ国防相が態度を硬化。国際社会や周辺国が併合を支持するか、少なくとも黙認姿勢を示すことが必要との立場とされる。大手紙ハーレツは「併合のチャンスは消えつつある」と評した。 
 
一方、ネタニヤフ氏が支持基盤とする右派勢力からも逆風が吹く。米政権の和平案に沿えば、残る70%の西岸地区にパレスチナ国家樹立を認めざるを得ず、右派には受け入れられない。 
 
ネタニヤフ氏のジレンマを意識し、パレスチナ自治政府のシュタイエ首相は九日、併合に踏み切った場合に「独立国家を宣言し、国際社会に承認を求める」とけん制した。

政治評論家ハビブ・ゴール氏は「選挙公約を果たす実績と国内外の圧力などの損得を見極め、七月一日に何らかの宣言は行うだろう」と指摘する。【6月22日 東京】 
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【併合に反対するアメリカ以外の国際世論】
上記の“ラブ首長国連邦(UAE)のオタイバ駐米大使は十二日のイスラエル紙に寄稿”については、イスラエルと国交のないアラブ諸国の高官が、イスラエルのメディアに寄稿するのは異例のこととか。
“西岸併合ならアラブ和平なし=UAE駐米大使が寄稿―イスラエル”【6月12日 時事】

欧州、特にドイツは懸念を明らかにしており、ドイツのハイコ・マース外相は6月10日にエルサレムを訪問し、ヨルダン川西岸の一部併合によって生じ得る結果について「率直かつ深刻な懸念」を表明しています。
“イスラエルによる併合計画に「深刻な懸念」、独外相”【6月11日 AFP】

グテレス国連事務総長も。

****西岸併合計画の放棄要求=イスラエルに国連総長****
グテレス国連事務総長は24日、中東情勢をめぐる国連安保理のテレビ会合で、イスラエルに対し、占領下に置いているヨルダン川西岸の一部を併合する計画を放棄するよう求めた。

グテレス氏は「実施されれば併合は最も深刻な国際法違反に当たり、(イスラエルとパレスチナの)2国家共存の見通しを著しく害し、(和平)交渉再開の可能性を損なう」と警告した。【6月25日 時事】 
******************

こうした批判がある一方で、アメリカはイスラエルを支持しています。

****西岸併合計画でイスラエルに警告、米は支持 安保理会合****
イスラエルがパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の一部の併合を計画していることについて、国連安全保障理事会は24日、オンラインで会合を開いた。

国連と欧州およびアラブ各国は計画を実施すれば中東和平が大打撃を受けると警告した一方、米国はイスラエルの計画への支持を表明した。
 
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が進める併合計画の開始が1週間後に迫る中で開かれた今回の会合は、

国連のアントニオ・グテレス事務総長は「イスラエル政府に対し、併合計画の放棄を求める」と呼び掛けた。
 
ベルギー、英国、エストニア、フランス、ドイツ、アイルランド、そしてノルウェーの欧州7か国は、併合は中東和平協議再開の可能性を大きく損なうとする共同声明を発表。「国際法の下、併合は、われわれのイスラエルとの親密な関係に影響を及ぼすことになる。また併合をわれわれが承認することはない」と警告した。
 
アラブ連盟のアハメド・アブルゲイト事務局長は併合について、「将来のいかなる和平の見通しをも破壊」し、同地域の安定を脅かすことになると警告した。
 
一方、ネタニヤフ首相と密接な関係にある米国のドナルド・トランプ政権は併合について批判せず、マイク・ポンペオ国務長官は米首都ワシントンで記者団に対し、「イスラエル人がこれらの地域に主権を拡大するという決断は、イスラエル人がなすべき決断だ」と述べた。 【6月25日 AFP】AFPBB News
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【具体的協議に入ったトランプ政権】
こうした状況で、アメリカ・トランプ政権は具体的対応について協議を開始しています。

****米大統領側近、イスラエルの入植地併合計画巡る協議開始=関係筋****
トランプ米大統領の側近らは23日、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地を併合するというイスラエルのネタニヤフ首相の計画を承認するかどうかを巡る協議を開始した。米政府当局者と協議に詳しい関係筋が明らかにした。

ネタニヤフ首相は7月1日の併合を目指しており、トランプ大統領から承認を得たい意向だ。

米当局者によると、23日の協議には、トランプ大統領の娘婿であるクシュナー大統領上級顧問、オブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)、バーコウィッツ中東担当特使、フリードマン駐イスラエル大使が参加した。トランプ大統領は参加しなかったが、週内に行われる今後の協議に加わる可能性があるという。

トランプ大統領が1月に発表した中東和平案は、一定の条件付きでパレスチナに独立国家の建設を認めたものの、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地でのイスラエルの主権を認める内容となった。

ほとんどの国はイスラエルの入植活動を違法と見なしており、パレスチナ指導部は併合計画に強い反発の声を上げている。

関係筋によると、米国が検討している主な選択肢には、ネタニヤフ氏の当初案で想定されているヨルダン川西岸の30%ではなく、エルサレムに近い複数の入植地について、イスラエルが初めに主権を宣言するという段階的なプロセスが含まれている。

トランプ氏はより大規模な併合への道を閉ざしてはいないが、イスラエルの急激な動きを容認すれば、自身の計画を巡る交渉にパレスチナ側を参加させることができなくなるとの懸念があるという。

23日の協議は「非公式な内部協議」で、決定事項はなかった。【6月24日 ロイター】
**********************

米議会の動向は“この問題は米国の議員を二分している。民主党の下院議員185人はイスラエルによる併合計画に反対する書簡に署名した。一方で共和党の上院議員7人は「併合」という言葉は使わずに理解を示した。”【6月25日 WSJ】とのこと。

【イスラエル側の言い分「パレスチナこそ平和共存を拒否している」】
下記は、あまり目にする機会のない、イスラエル側の言い分です。

*****イスラエル「西岸併合」は当然の権利か暴挙か****
対論 トランプが発表した新中東和平案を受けてイスラエル新政権はヨルダン川西岸の一部併合に乗り出すが・・・・賛成・反対の両論者が説くそれぞれの正統性

パレスチナこそ平和共存の拒絶者だ
キャロライン・グリツク(イスラエルハヨム紙コラムニスト)

イスラエルは今後数力月以内に、ジュデア・サマリア(ヨルダン川西岸地区)の30%に自国の民法と行政権を適用するとみられている。

ドナルド・トランプ米大統領が発表した中東和平案では、この地域はパレスチナとの中東和平交渉の最終合意後もイスラエルに残るとされている。
 
しかし、いわゆる「専門家」の多くは事実を歪曲し、イスラエルを非難している。彼らが懸念しているのは、「イスラエルによる併合」だ。
 
実際には、イスラエルはジュデア・サマリアのいかなる部分も「併合」することはできない。併合とは、国家が他国の領土に主権を押し付ける行為だ。イスラエルは1948年5月14日の独立宣言により、既にジュデア・サマリアの主権を有している。

この宣言とイギリスの委任統治終了により、イスラエルは国際連盟が定めた委任統治下の全領土の主権を持つ唯一無二の国家となった。
 
この地域にイスラエルの法律を適用しようとする計画をめぐる言説の第2の問題は、それがイスラエルにとって重要な理由と、トランプがイスラエルの主権を和平案に盛り込んだ理由を無視していることだ。

イスラエルの視点から見れば、この計画は法の支配と地域住民の市民権を大幅に向上させるものだ。

イスラエルは94年(パレスチナ自治開始)以来、「ヨルダン川西岸」の統治をパレスチナ自治政府と分け合い、一部を軍政下に置いてきた。

イスラエル国防軍(IDF)が統治するジュデア・サマリアの市町村には、50万人近くのイスラエル人と10万人以上のパレスチナ人が暮らしている。
 
イスラエルの民法は、現在この地域に適用されている軍法よりもはるかに自由だ。これによりIDFは交通規制や建築許可などの問題に責任を負わずに済むようになる。

トランプと前任者の違い
トランプの中東和平案については、何十年も失敗続きの和平プロセスの根底にあった思い違いの存在を指摘したい。

イスラエルはパレスチナ側が仕掛けた戦争の責任を負っており、和平のためにはパレスチナ側に土地を譲渡する必要があるというものだ。
 
真実は逆だ。イスラエルは1937年(イギリス調査団によるパレスチナ分割提案)以来、一貫してパレスチナ人と土地を共有することに同意してきたが、パレスチナ側は拒否し続けた。2000年以降も、ジュデア・サマリアのほぼ全域の譲渡と聖地エルサレムの再分割を含む3度の和平提案を行ったが、パレスチナ側は全て拒否した。
 
パレスチナ側は00年、和平提案への応答としてテロ戦争を開始し、2000大のイスラエル大を殺害した。08年の和平提案に対しては、政治的戦争をエスカレートさせた。
 
トランプ以前の仲介者たちは、パレスチナにイスラエルとの平和共存を受け入れさせようとしなかった。代わりに国際社会の非難や支持撤回を心配せずに、イスラエルへの攻撃を継続・強化できると思い込ませた。
 
パレスチナ側はユダヤ人国家との平和共存に合意する前提として、全ユダヤ人のジュデア・サマリアと東エルサレムからの追放を要求した。

オバマ前米政権を含む欧米諸国の政府がそれを支持したことが、和平の実現を不可能にしてきたのだ。
 
トランプの和平案は、成功の可能性がある初のアメリカによる提案だ。それ以前の案の中核にあった病的な(そして反ユダヤ主義的な)思い違いを拒否しているからだ。

トランプ案は、民族の故郷におけるユダヤ人の自決と独立の権利をパレスチナ人が拒否し続けてきたのはイスラエルのせいだという考えを否定している。

そしてイスラエルにはジュデア・サマリアを含む全ての民族の故郷において主権を持つ法的・民族的権利があるという事実を受け入れている。

イスラエルの法律をジュデア・サマリアに適用すれば、急拡大しているスンニ派アラブ諸国との関係に支障が出ると、自称専門家は主張する。

だが心配は要らない。パレスチナの指導者は連日、アラブ諸国の指導者にトランプ案への支持と良好な対イスラエル関係への興味を捨てさせることができないと嘆いている。
 
サウジアラビアのジャーナリスト、アブドゥル・ハミド・アル・ガビンはBBCにこう語った。「わが国の世論はイスラエルとの関係正常化を支持しているだけでなく、その多くがパレスチナに背を向けた」(後略)【6月30日号 Newsweek日本語版】
*************************

独立宣言ですでに西岸地区の主権を有しているから「併合」ではない、あるいは、イスラエル軍による軍法が適用されている現在より、併合後のイスラエル民法が適用される状況の方が「自由」になる・・・といった論旨は、やや詭弁のように思えます。

これまでの3度の和平提案をパレスチナ側は全て拒否したというのは、その案の中にパレスチナ側が絶対に承認できないものが含まれていたからでしょう。

そのことをもって、和平を拒否しているのはパレスチナ側だというのは・・・パレスチナ側からすれば、イスラエルは自分に都合のいい「和平」を押し付けようとしているという話でしょう。

【イスラエル国内の併合反対の現実論】
なお、上記記事の後半は、マイケル・J・コプロウ氏(イスラエル政策フォーラム政策担当責任者)による、イスラエル国内のネタニヤフ案への反対論です。

長くなるので、要点だけ整理すると

リスク対効果でみる併合の危険な結末
・併合は国際世論を敵にまわし、イスラエルの外交的安定を損なう
・パレスチナとの最終的な解決を遠ざける
・イスラエルと自治政府支配地域の境界線が飛躍的に増加し、多大なイスラエル軍兵士をそこに投入する必要が生じる
・一部併合で自治政府が崩壊するか、過去のイスラエルとの合意を全面破棄する可能性も。そうなるとイスラエル軍は西岸全域において治安維持にあたらなければならず、イスラエルはそこにすむパレスチナ人の市民生活に対する責任が生じる
・イスラエルはすでにヨルダン渓谷を掌握しており、西岸一帯にユダヤ人コミュニティーが成立している。つまり、併合で得られるとされる利益の多くをすでに手中にしており、併合はこうした現実を危険にさらすことになる
・併合してもアメリカ以外からは認められず、主権と独立を求めるパレスチナ人の要求が消えてなくなることはない(ユダヤ人が数千年にわたって国家建設の夢をあきらめなかったように)

要約すれば、すでに多くの利益は手にしているのだから、それを危険にさらしたり、敢えて厄介ごとを背負いこむような愚を犯すことはない・・・といった現実論です。

連立相手のガンツ氏が難色をしめしているという状況で、ネタニヤフ首相がどのような判断をするのか注目されます。

 

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ウクライナ  欧州への出稼ぎ労働者、代理母出産など新型コロナで表面化する経済低迷という基本課題 

2020-06-24 22:48:39 | 欧州情勢

(2019年5月20日、ウクライナの首都キエフの最高会議で大統領に就任したゼレンスキー氏【5月19日 共同】)

【コメディアンから大統領へ ゼレンスキー氏の大統領就任1年の評価は?】
ウクライナのゼレンスキー大統領(42)は、コメディー俳優出身で主演したドラマを地で行く形で大統領選挙に勝利したことで話題にもなりました。

しかし、全くの政治素人ということで、東部で続く親ロシア派武装勢力との戦いをコントロールし、その後ろ盾となっているロシア・プーチン大統領に伍していくことができるのだろうか?とも懸念されていました。

先月で就任1年が経過。
全体的な印象としては、改革が目立って進展した・・・ということもありませんが、プーチン大統領に手玉にとられて・・・ということもなかったようにも。

国内世論調査では比較的良い数字が出ているようです。

****ウクライナ、汚職対策で前進 ゼレンスキー大統領就任1年****
ウクライナでコメディー俳優出身のウォロディミル・ゼレンスキー氏(42)が大統領に就任して20日で1年。
二つの重要公約であるウクライナ東部紛争の終結と、汚職撲滅では一定の前進を果たした。

ゼレンスキー氏は昨年4月の大統領選決選投票で73%の得票率で当選を決めたが、今月18日発表の世論調査によると「新大統領の1年」を68%が肯定的に評価している。
 
最大の懸案は2014年春から東部で続く、ロシアの支援を受ける親ロ派武装勢力との紛争だ。
ポロシェンコ前政権下で滞っていたロシアや親ロ派との捕虜・拘束者の交換、兵力引き離しを実現した。【5月19日 共同】
********************

しかし、東部ウクライナ状況にしても、汚職対策にしても、あまり前進していないのでは・・・という評価も。

****紛争、汚職、コロナ…正念場のウクライナ大統領 就任から1年****
ウクライナで喜劇俳優出身のゼレンスキー大統領が就任してから1年が過ぎた。東部での親ロシア派武装勢力との紛争終結や汚職撲滅、経済再生を公約に掲げ、国民の熱烈な支持を受けて一躍、国のトップに就いたゼレンスキー氏。

しかし、紛争終結に向けたロシアとの和平交渉は停滞し、汚職対策の実績も見えづらい。新型コロナウイルスの感染者も1万8千人を超え、正念場を迎えている。
 
ゼレンスキー氏は20日、就任1年の記者会見で「仕事は大変だ。誰も感謝してくれない」と吐露。その上で「国民が支持すれば2期目も考える」と語り、プーチン露大統領との会談を通して東部紛争の解決を目指す方針を改めて示した。
 
同国の独立系調査機関「ラズムコフセンター」によると、就任時に80%あった支持率は1年間で57%まで低下した。当初は既存エリート層への失望や厭戦(えんせん)気分がゼレンスキー氏への期待を高めたが、熱気が冷めるのは早かった。
 
2014年からの東部紛争では、ロシアの軍事支援を受ける親露派とウクライナ軍の戦闘で1万3千人以上が死亡した。ゼレンスキー氏は昨年12月、プーチン氏とパリで会談し、年内の完全停戦で合意したが、戦闘はその後も続く。
 
両国は東部に「特別な地位」を与えることで合意しているが、具体策で対立。東部での施政権回復を目指すウクライナに対し、ロシアは事実上の連邦制を導入させ、ウクライナの欧米接近を阻止する思惑だ。双方に歩み寄りの気配はなく、ゼレンスキー氏の「対話方針」は行き詰まっている。
 
ウクライナの積弊である公職者の腐敗にも国民の目が厳しい。ゼレンスキー政権は国会議員の不逮捕特権を撤廃。国家汚職対策局の独立性と権限を強化し、腐敗の温床と指摘されてきた検察当局やエネルギー業界の構造改革にも着手した。
 
だが、3月末には大統領府長官の弟に賄賂要求疑惑が出るなど火種は足元にもくすぶる。ゼレンスキー氏は今月、ジョージア(グルジア)のサーカシビリ元大統領を国内改革に関する諮問機関の幹部に招(しょう)聘(へい)する策にも打って出た。
 
低迷が続く経済は当面、国際通貨基金(IMF)頼みだ。ゼレンスキー氏は4月末、IMFが支援の条件としていた農地売買解禁法に署名。大資本による土地占有を懸念する国内の反発を押し切って決断した。IMFが求める金融改革法案も近く成立する見通しだ。

ゼレンスキー氏はIMFから80億ドル(約8500億円)の融資を受け、経済再建に弾みをつけたい考えだ。だが、コロナに伴う外出制限の影響もあり、今年の国内総生産(GDP)は4〜7%の減少が見込まれている。【5月21日 産経】
*********************

支持率については、就任時の80%というのが異常値で、1年経過で57%なら、そう悪くもないでしょう。

ただ、上記記事にもあるように、東部親ロシア武装勢力の問題は、昨年末の停戦合意・捕虜交換以来、今年に入ると全く進展に関する報道を見ていません。まあ、3月以降は新型コロナでそれどころではなくなっていることもあるでしょう。

ゼレンスキー大統領みたいな全くの素人がいきなりトップに立ったときの問題は、既存の政治家・官僚などがその意に沿って動くのか、それとも、馬鹿にしてサボタージュするのか・・・という点。

ウクライナでも、首相が大統領を揶揄したことが発覚して辞任。

****ウクライナ首相交代=大統領やゆの音声流出で更迭****
ウクライナ最高会議(議会)は4日、ホンチャルク首相の辞任を認め、後任にデニス・シュミハリ副首相(44)を充てる人事を承認した。

ホンチャルク氏をめぐってはゼレンスキー大統領の能力不足をやゆしたとされる音声が流出する騒動が起きており、事実上の更迭とみられる。【3月5日 時事】 
******************

“大統領の能力不足を揶揄”云々は容易に想像できる状況ではありますが、これではゼレンスキー大統領としても公約実現はなかなか難しいでしょう。
逆に言えば、素人トップが成果を出すためには、そうした状況を乗り切るだけの指導力が必要ということでしょう。

【感染拡大再燃の懸念も 大統領夫人感染で大統領はオンラインで職務に】
新型コロナに関しては、都市封鎖措置の緩和に伴い感染が急増している状況も。
専門家の間では、検査数の増加によるものだとの見方もありますが、政権内部に感染が広がる事態も。

****ウクライナ大統領夫人が新型コロナに感染 首都キエフは危機的状況に****
ウクライナ大統領夫人のエレーナ・ゼレンスカヤさんが新型コロナウイルスに感染していることが分かった。ウクライナの首都キエフでは感染が拡大しており、一度は緩和していた規制を再度強化するかどうかの瀬戸際にある。

ゼレンスカヤ大統領夫人は感染確認後、外来で措置を受けていたが、肺炎が両方の肺に広がったことから緊急入院となった。ゼレンスキー大統領は夫人の感染確認後、自主隔離に入りオンラインで職務にあたっている。(中略)

保健省の最新データによれば、ウクライナではこれまで3万5825人が新型コロナウイルスに感染し、そのうち994人の死亡が確認された。現時点で1万6406人が回復している。【6月21日 SPUTNIK】
********************

【欧州への移民・出稼ぎに頼るウクライナ経済 欧州の新型コロナで打撃】
新型コロナの問題は、ウクライナにとって国内感染状況だけではなく、欧州全域の状況が大きな問題となります。
そこには、ウクライナ経済が低迷しており、多くの国民が欧州に働きに出ているという、ウクライナが抱える根本的な課題が関係しています。またそこに、ウクライナが頼るEUとの歪な関係も垣間見えます。

(IMF資料によれば、2018年の一人当たりGDPは、日本の26位、39304ドルに対し、ウクライナは132位の3112ドル、フィリピンと同レベル。 日本の26位という低落ぶりも大問題ですが・・・)

****底辺で喘ぐ旧ソ連の出稼ぎ労働者 安住の地はロシアか?EUか?****
(中略)
ロシアからEUにシフトするウクライナ人労働者
さて、ロシアと欧州連合(EU)の狭間に位置するウクライナも、近年は国内の産業が壊滅し、ますます国外での出稼ぎ労働に依存するようになっています。

ただし、もともと最大の出稼ぎ先だったロシアとの関係が悪化し、またEUとのビザなし協定も成立したため、EU圏に働きに出る者が増えている点が、中央アジア諸国との違いです。(中略)

一体どのくらいの数のウクライナ国民が、外国で働いているのでしょうか? 正確なところは分かりませんが、2018年にウクライナ社会政策省が発表したところによると、常時外国で働いている者が320万人ほどで、季節労働・一時的労働のために外国に出向く者も加えれば900万人に達するということです。

ウクライナの労働人口は1,800万人程度なので、実にその半数が頻度・程度の差はあれ国外出稼ぎに従事している計算になります。

2014年の政変後、EU圏、とりわけポーランドが最大の出稼ぎ先となりました。ウクライナ人は見知らぬ土地で、農作業、建設労働、介護など、現地の人々が嫌う重労働に従事しています。

今やウクライナの労働移民は、欧州労働市場を底辺から支える存在。たとえば、ポーランドでは2014〜2018年に外国人労働者の貢献によって経済成長が11%上積みされたと言われており、それを主に担っているのがウクライナ国民に他なりません。

逆に、ウクライナ本国ではそれだけの成長ポテンシャルが失われていることになります。

新型コロナウイルスのパンデミックを受け、3月頃に、ウクライナ人労働者の一部が本国に帰国する動きが生じました。これについても、正確な数の把握は困難であり、65万人が帰国したという情報もあれば、4月には首相が「200万人が帰国した」と発言したこともありました。

ただし、コロナ問題にもかかわらず、ポーランドなどでは、本国に帰国したウクライナ人労働者は、多数派ではなかったようです。ウクライナのシンクタンクがポーランドの研究者らと共同で実施した調査によれば、ウクライナ人出稼ぎ労働者のうち、この春にポーランドを離れたのは、わずか12%だったということです(ただし、季節労働者を計算に入れると、その比率はより高くなる)。

専門家などによると、コロナ危機を経ても、ウクライナ国民の国外出稼ぎ志向は、引き続き高いということです。今後、EU圏の経済が回復し、その一方でウクライナの構造的不況が長引けば、外国に仕事を求めるウクライナ国民がパンデミック前よりもさらに増える可能性があると指摘されます。

今や、ウクライナの賃金水準は、お隣のモルドバと並んで、欧州で最低レベル。本来であれば、その安い労働力を当て込んで、外国企業がウクライナの労働集約型産業に投資し、ウクライナが「欧州の工場」になってもおかしくないはずです。

ところが、今日の欧州の現実では、生産拠点ではなく、むしろ安い労働力が働き口を求め国境を超えて移動していくのです。

ウクライナは、2014年にEUと連合協定を締結し、欧州統合への合流という方針を明確にしました。しかし、現実には、EUとの貿易は伸び悩み、EUからの投資は来ません。EUとの関係が目に見えて深まっているのは、出稼ぎの分野だけ。果たして、これが本当に、ウクライナ国民の願った欧州統合なのでしょうか。【6月23日 GLOBE+】
*********************

【国境封鎖で問題化した代理出産もウクライナ経済低迷の側面】
新型コロナに伴う移動制限で表面化したものに、代理出産の問題があります。
これも代理出産がビジネス化しているというウクライナ経済の低迷を示すひとつのトピックでしょう。

****国境封鎖で引き取れない…代理出産の赤ちゃん足止め ウクライナ****
ウクライナの首都キエフのホテルで、プラスチック製のベビーベッドに赤ちゃんがずらりと並んでいる。マスクと手袋を着用したスタッフがミルクをあげたり、おむつを交換したりしている。
 
生後5日〜数週間の50人余りの新生児は、ウクライナで代理出産によって生まれてきた。だが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)によって政府が国境を封鎖したため、中国、ドイツ、スペイン、フランス、イタリアなど外国人の親らは引き取りに来られない状況に陥っている。
 
現在新生児らがいるのは、生殖医療を手掛けるバイオテックスコムが、普段は親らの滞在用に提供しているキエフの端に位置するホテル「ベニス」だ。ウクライナの代理出産市場の約半分を占めると自称する同社は、顧客に4万〜6万5000ユーロ(約490万〜790万円)を請求している。
 
ウクライナ議会の人権委員を務めるリュドミラ・デニソバ氏は、暫定的な情報によると「多くの医療機関で100人以上の新生児が親を待っている」と述べた。

■人気の地
欧州連合およびロシアと国境を接し、世界で最も貧しい国の一つであるウクライナは、その法的枠組みと価格の安さから、代理出産で子どもを授かろうとする親にとって人気の地となっている。
 
他の欧州諸国と異なりウクライナでは、異性同士の夫婦は代理母の利用が法的に認められている。
 
だが、ウクライナは、新型ウイルスの感染拡大を阻止するため3月半ばに国境を封鎖し、航空便も停止した。外国にいる親が入国するには、自国の大使館経由でウクライナ政府から特別な許可を得る必要がある。
 
デニソバ氏は、責めるべきは両親への支援を「拒否する」各国の大使館だと指摘する。ウクライナ政府筋は、支援を拒否しているのは商業的代理出産を禁止するフランス、スペイン、イタリアなどの大使館だと述べている。
 
バイオテックスコムは4月下旬、赤ちゃんの様子を収めた動画を公開。関係各国に対し、自国の国民が自分の子どもたちと会えるよう支援を訴えた。
 
動画はメディアとデニソバ氏の関心を引いた。同氏は自国の大使館から支援を拒否されている親について、入国許可を取り付けると約束した。 【6月6日 AFP】
************************

ゼレンスキー大統領が取り組むべき課題は、東部での親ロシア派武装勢力との紛争終結や汚職撲滅もありますが、最終的には、外国への出稼ぎや代理出産に頼らなくてすむような経済の再生でしょう。

なかなかゴールは遠い道のりです。

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韓国・北朝鮮  IT全盛・SNS時代のビラ合戦 その内容は?

2020-06-23 23:12:02 | 東アジア

(韓国の脱北民団体「自由北朝鮮運動連合」メンバーが先月31日、京畿道金浦市から「新たな戦略核兵器を発射させるという金正恩」という題名のビラ50万枚を散布した。[写真 自由北朝鮮運動連合]【6月11日 中央日報日本語版】)

【北朝鮮 強硬策が裏目? 国民のビラへの関心を煽る】
北朝鮮・開城の南北共同連絡事務所の爆破というド派手なパフォーマンスにまで至った今回の北朝鮮の対応については、連日山のような報道がなされています。

主なポイントは、北朝鮮がそこまでやる背景は何か?新型コロナ流入防止のため中国との密貿易も遮断した結果、経済的に相当に追い込まれているのか?といった問題、前面に出てきた金与正氏の立場が北政権内でどうなっているのか?後継者となったのか?といった問題・・・などでしょうが、報道は多々あるものの、基本的に北朝鮮内部のことはよくわかりません。すべて憶測の域をでません。

そのあたりのメインの話は閥にして、憶測ついでに、今日は騒動のきっかけとなった脱北者が北に向かって放った「ビラ」の話。

北朝鮮指導部が「ビラ」について大騒ぎすればするほど、北朝鮮の一般国民も「ビラ」への関心が高まる・・・という非常に当然の帰結。

****北朝鮮国民「脱北者ビラ」に興味津々…金与正氏の強硬策が裏目****
韓国の脱北者団体が金正恩体制を非難するビラを北へ向けて飛ばし、韓国政府がこれを容認してきたことに対し、北朝鮮当局は南北共同連絡事務所を爆破するなど強硬な姿勢を示している。

しかしそのせいで、韓国からの「対北ビラ」について何も知らなかった北朝鮮国民までもが「いったい何が書いてあるんだ!?」と興味津々になっていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

きっかけは今月、朝鮮労働党機関紙の労働新聞にデカデカと掲載された、金正恩党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長の談話だった。韓国政府がビラ散布を規制する措置を取らなければ、「その代償を南朝鮮当局がどっさり払うしかない」とした談話に呼応する形で、北朝鮮は韓国政府や脱北者を非難する群衆集会を連日のように開いてきた。

北朝鮮の国境都市・新義州(シニジュ)に親戚がいるという中国・丹東の市民はRFAに対し、「新義州をはじめ、北朝鮮北部に住む人々の大部分は、そうしたビラを見たこともないし、韓国から飛ばされていることも知らなかった。しかし新聞で金与正氏の談話を読み、平壌で行われた集会の様子をテレビで見ながら『あれほどの大騒ぎをするとは、ビラにはいったいどんなことが書かれているのか』と気になって仕方がない様子だ」と話している。

こうした例は、実は過去にもあった。2016年1月、韓国軍が北朝鮮の核実験への対抗措置として、それまで中止していた対北拡声器放送を再開した際のことだ。(中略)

脱北者団体が飛ばしたビラには、北朝鮮の一般国民がとうてい知ることの許されない、金一族の「暗部」が書かれている。それを知り、口外すれば、間違いなく死刑にされるような危険な内容だ。ただ、当局はそうした事実にすら触れることもできない。

かくして、北朝鮮国民の胸中に漠然と芽生えた「ビラに書かれた秘密」への興味は、いつしか独裁者の権威を突き崩す爆弾に変身する可能性をはらむわけだ。そもそも、国民に知られてマズい秘密が多いほど、国家指導者は多くの弱点を抱えることになるモノなのだろう。【6月22日 デイリーNKジャパン】
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【ビラには何が書かれているのか?】
北朝鮮国民ならずとも、一体何が書かれているのか・・・と気になります。
あまり、ビラの内容についてはメディアでは取り上げられていませんが・・・

****北朝鮮はいったい何を怒っているのか?―中国メディア****
2020年6月16日、観察者網は、北朝鮮が韓国に対する挑発を高めている理由について分析する記事を掲載した。 

記事は、16日に北朝鮮が開城にある南北共同連絡事務所を爆破したことについて、「北朝鮮は確かに怒っている」「もう我慢の限界だ」とし、その理由を分析した。 

記事は、「18年に南北間で交わされた板門店宣言や平壌共同宣言の内容を韓国側が履行していないことに問題がある」と指摘。「実際のところ、韓国側は履行したいと願ってはいるものの米国がそうさせないようにしている」とした。 

その上で、「北朝鮮としても韓国の置かれている状況は理解しているが、韓国は約束を守らないどころか5月31日には韓国の市民団体が大きな風船を利用して北朝鮮に向けて50万枚のビラや小冊子50冊、メモリーカード1000個などを飛ばした」と説明。

「これはあまりにやりすぎである。なぜならビラの内容が金正恩(キム・ジョンウン)氏の妻である李雪主(リ・ソルジュ)氏の写真を加工し、『見るに堪えないイメージ』にしているほか、差別的な言葉で辱めているからだ」とした。 

そして、「北朝鮮のファーストレディーを侮辱することは、確かに北朝鮮にとっては我慢ならないことである。このため北朝鮮は6月初旬に怒りの抗議を示したのだ」と分析。「(共同宣言から)2年も経過した。北朝鮮は共同宣言通りに行動してきたのに、韓国は履行しないどころか米国の顔色をうかがい、民間ではビラを飛ばすというのはやりすぎだ」としている。 

記事は、「民主主義国家ではこうしたビラ散布を行う民間団体を厳しく取り締まり抑え込むことはできない。韓国はこれまでに何度もビラを飛ばしていたため、北朝鮮は怒りを表明するために(南北共同連絡事務所を)爆破した」と論じた。 

一方で記事は、「南北関係について過度に心配をする必要はない」とも指摘。「北朝鮮側は四つの通信ルートを遮断し、連絡事務所も爆破したが、板門店の通信ルートは残っている。今回遮断された通信ルートは普段からあまり使用されていないもので、板門店の通信ルートさえ残っていれば問題はない」との見方を示した。 

さらに、南北関係について「2人は普段からむしゃくしゃしていて、ちゃぶ台をひっくり返してはいるものの、まだ離婚には至っていない」と表現。まだそれほど深刻な事態には陥っていないとの見方を示した。【6月17日 レコードチャイナ】
*********************

「今回遮断された通信ルートは普段からあまり使用されていないもので、板門店の通信ルートさえ残っていれば問題はない」****爆破は大向こう受けを狙ったパフォーマンス的なものだったのでしょうか。

それはともかく、“金正恩氏の妻である李雪主氏の写真を加工し、『見るに堪えないイメージ』にしている”・・・イマイチよくわかりませんね。

****マスメディアが伝えないビラの内容。金与正が激怒した本当の理由****
(中略)ナンバー2の地位に就いたと言われる金与正氏はなぜこれほど激怒しているのでしょうか?メルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』著者で北朝鮮研究の第一人者の宮塚利雄さんは、数種類あったビラの中に、過去にはなかった最高尊厳の衝撃的な姿が含まれていたと報告。マスメディアが報じないビラの内容にこそ理由があると指摘しています。

ナンバー2となった金与正が激怒したビラの内容とは? 
(中略)今回の爆破の契機となった韓国から飛ばされたビラについてであるが、評論家各氏はビラの内容についてはあまり詳しく触れていないようだ。朝鮮半島の上空を飛び交ったビラを収集している私でも、今回、北朝鮮に飛ばされた何種類かのビラのうちの1枚にはくぎ付けとなった。

金正恩のプライベートに関するビラも北朝鮮側には衝撃的だったろうが、あるビラには金正恩を後ろから銃殺しているものがあった。

このような北朝鮮の最高尊厳(金日成・金正日・金正恩)をパロディー化して非難、中傷する絵柄はたくさんあったが、相手を殺すような絵のビラはなかった。北朝鮮では最高尊厳を殺す絵など想像もできない。

しかし、それが北朝鮮の各地に飛んで行ってしまい、少なからずの人がそのビラを見ているはずだ。金与正氏ならずとも皆驚いただろう。(後略)【6月23日 宮塚利雄氏 MAG2NEWS】
*********************

私的には、“最高尊厳を殺す絵”よりも金正恩のプライベートに興味がありますが・・・・
もっとも、例えば日本に対し、安倍首相がどのように描かれようが笑い話ですみますが、天皇を揶揄するよな内容のビラが飛んでくれば、日本国内は大騒動になるでしょう。そんな感じでしょうか。

【迅速な対応 脱北者のビラ飛ばしを規制する韓国政府】
冒頭の【6月22日 デイリーNKジャパン】に“脱北者団体が金正恩体制を非難するビラを北へ向けて飛ばし、韓国政府がこれを容認してきたこと”とありますが、北朝鮮の抗議を受けて韓国政府は非常に素早い反応を示していました。

****金正恩氏の妹から批判受けすぐさま法案準備、韓国政府に大ブーイング「北朝鮮の子分?」****
2020年6月4日、韓国・朝鮮日報は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の妹の金与正(キム・ヨジョン)氏が脱北者による北朝鮮へのビラ散布を批判した約4時間後に、韓国統一部が対策法案を準備していることを明らかにしたと報じた。(中略)

(韓国統一部)呂報道官は「国境地域の環境汚染、廃棄物の回収負担など地域住民の生活環境を悪化させている。南北の防疫協力をはじめ、国境地域の国民の生命、財産に危険をもたらす行為は中断されなければならない」とした。ただ、具体的な時期については「はっきりとは言えない」と述べたという。 

このニュースは韓国のネット上で注目を浴びており、数多くのコメントが寄せられている。「韓国政府は北朝鮮の金委員長のお世話で忙しいね」「国民の意見は気にも留めないのに」「北朝鮮の子分かよ」「韓国の統治者は北朝鮮にいたんだ(笑)」「どの国の大統領なの?」など文政権に対する大ブーイングが起こっており、「情けない」「失望した」など嘆き節まで登場している。【6月5日 レコードチャイナ】
******************

*****正恩委員長批判のビラ飛ばし、韓国統一省が脱北者団体を告発へ****
韓国統一省は10日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長を批判するビラを風船で北朝鮮に飛ばすなどした韓国の二つの脱北者団体を南北交流協力法違反(物品搬出の承認)の疑いで警察に告発すると発表した。
 
(中略)統一省は「南北間の緊張を醸成し、(軍事境界線近くの)住民に対する危険を招いた」と告発の理由を説明した。北朝鮮の圧力に屈した文在寅政権の低姿勢ぶりに批判が強まりそうだ。
 
脱北者団体「自由北韓運動連合」は5月31日、ソウル近郊の金浦市でビラや紙幣などを入れた風船を北朝鮮に向けて飛ばした。【6月10日 読売】
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【脱北者団体 第2弾のビラ】
こうした韓国側の“北の意向に沿うような素早い対応”にもかかわらず爆破に至った訳ですが、ビラ飛ばしの脱北者からすれば、これほどの効果があるなら・・・と、当然第2弾を飛ばそうという話になります。

****韓国の脱北者団体、再びビラ散布=北朝鮮、対抗措置か****
韓国の脱北者団体「自由北韓運動連合」は23日、北朝鮮との軍事境界線に近い京畿道坡州市で22日夜、北朝鮮の体制を非難するビラ50万枚を大型風船で散布したと発表した。ビラ散布に対する北朝鮮の反発は必至で、対抗措置を取る可能性が強まっている。
 
団体によると、大型風船20個にビラや2000枚の1米ドル紙幣、SDカードなどをくくりつけて北朝鮮に向けて散布した。聯合ニュースは23日、このうちの一部とみられる風船が韓国東部・洪川の山中で発見されたと伝えた。
 
団体は5月末にも、金正恩朝鮮労働党委員長を批判するビラ散布を実施し、反発した北朝鮮は今月16日、南西部・開城の南北共同連絡事務所を爆破した。【6月23日 時事】
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韓国側の警戒・取り締まりの裏をかいてのビラ飛ばしだったようです。

****脱北者団体がビラ散布強行 文政権が“奇襲”許す、北の報復も****
(中略)韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、ビラ散布を徹底的に取り締まる方針を繰り返し示し、警察が軍事境界線に近い地域の警備を強化。団体の朴相学(パク・サンハク)代表をマークしてきたが、団体は別のメンバー数人が実行したとしており、不意を突かれた形だ。(後略)【6月23日 産経】
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もっとも、韓国統一省によると、このビラは北には届かなかったとのこと。

****韓国脱北者団体のビラ北朝鮮に届かず****
韓国の脱北者団体が北朝鮮に向けて再び批判ビラを飛ばした問題で、韓国政府は「ビラは北朝鮮に到達していない」と発表した。

脱北者団体は22日深夜、軍事境界線近くから風船20個に北朝鮮を批判するビラ50万枚をつけて北朝鮮に向けて飛ばしたと主張していた。

しかし、韓国統一省によると、軍事境界線から南におよそ65km離れた韓国国内に風船が1つ落下しているのが発見された。

また、風船に詰めるガスの購入履歴を調べた結果、実際には風船を1つしか飛ばしていないとみられ、「当時の風向きなどから判断して、ビラは北朝鮮に到達していない」としている。

統一省は、「虚偽の事実で南北間の緊張を高めさせた」として、脱北者団体へ厳重に対応する方針。【6月23日 FNNプライムオンライン】
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【北朝鮮も韓国向けビラ準備】
一方、北朝鮮も韓国向けの報復ビラを準備しているとか。

****北朝鮮「報復の時が迫っている」 韓国批判のビラ1200万枚準備 ****
朝鮮中央通信は二十二日、韓国を糾弾するビラを散布する準備が「終わりつつある」とし、「報復の時が迫っている」と報じた。また、韓国の聯合ニュースは二十二日、軍消息筋の話として、北朝鮮が韓国批判の放送を流すための拡声器を再設置していると伝えた。 
 
南北は二〇一八年四月の首脳会談で合意した「板門店宣言」に、軍事境界線付近での拡声器放送とビラ散布などすべての敵対行為を停止すると明記。それぞれ拡声器を撤去していた。 
 
同通信によると、北朝鮮によるビラの散布は「過去最大規模」で、千二百万枚を印刷。さらに数百万枚を追加する準備も進めている。散布のため三千個の風船などを用意し、「ビラやごみを回収することがどれほど頭の痛いことか、経験すれば分かるだろう」と主張した。 
 
二十日付の労働新聞は、文在寅(ムンジェイン)大統領の写真を印刷したビラとたばこの吸い殻が一緒に袋に詰められている写真を掲載した。 
 
韓国政府は、ビラ散布は「合意違反」として中止を要求。国防省報道官は二十二日、北朝鮮軍の動向を二十四時間監視しているとした上で、「ビラ散布のような活動も注視している」と述べた。散布には船舶や無人機、ドローンなどを使う可能性が指摘されている。 
 
北朝鮮は、韓国の脱北者団体による北朝鮮批判のビラ散布への報復としているが、脱北者団体は朝鮮戦争開戦から七十年となる二十五日前後にも、ビラ百万枚の散布を計画している。【6月23日 東京】 
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「ビラやごみを回収することがどれほど頭の痛いことか、経験すれば分かるだろう」というのはわかりますが、文在寅大統領の写真を印刷したビラにたばこの吸い殻をふりかけたところで何のインパクトがあるのか?

それだけではなく、文大統領を「白痴」呼ばわりもしているとかで、“文大統領の熱狂的支持層は「これ以上容認することはできない」と反発している”とも。

****北朝鮮の対南ビラの脅しに韓国与党「やめて」と訴え****
文大統領の側近、尹健永(ユン・ゴンヨン)国会議員もフェイスブックに「北朝鮮の対南ビラは事実上当局が直接行っているに等しい。民間団体が行うものとは明らかな違いがある。論理的にも適切な対応ではないばかりか、明らかに行き過ぎだ」と書き込んだ。

尹議員は韓国国内の脱北者団体に対しても、「ビラ飛ばし計画を自主的に中止すべきだ。万一中止しないならば、政府は厳正に対処すべきだ」とも主張した。
 
韓国統一部も北朝鮮に対し、「非常に遺憾であり、即刻ビラ飛ばしを中断することを要求する」と呼び掛けた。

統一部は「韓国政府は一部民間団体が北朝鮮にビラや物を飛ばす行為に強硬に対処する立場を表明し、政府と警察、境界地域の地方自治体が協力し、一切のビラ飛ばし行為が行えないように徹底して取り締まりを行っている」と述べた。

しかし、青瓦台は立場を表明していない。与党関係者は「青瓦台が乗り出せば、事が大きくなるという判断だ。状況を注視しながら、必要な際に対応する」と語った。
 
こうした中、文大統領訪朝時の食事の様子を皮肉ったり、文大統領を「白痴」呼ばわりしたりした北朝鮮のビラについて、文大統領の熱狂的支持層は「これ以上容認することはできない」と反発している。(後略)【6月22日 朝鮮日報日本語版】
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でも、そうした文大統領への批判は与野党支持者間の普段の議論でも一定に見られるものであり、一般国民は自由にそうした情報に接触していますので、北のビラが今更どんなインパクトがあるのか理解できません。

最高指導者を絶対視する北の指導部はそうした南北間の政治風土の違いが理解できていないということでしょうか。

IT全盛・SNSの時代のビラ合戦、何だか滑稽でもあります。
(同じローテクでも、中国・インド国境で双方兵士がくぎや有刺鉄線がついたこん棒で殴りあうという衝突は、現代的IT兵器よりもずっと怖いものがありますが)

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ナイル川の巨大ダム 建設国エチオピアと下流国エジプトの国運を賭けた対立 

2020-06-22 22:30:56 | 水資源

(【2019年8月19日 水源連HP】)

【下流国「ナイルの賜物」エジプトと、巨大ダム建設に国家発展の将来を託す上流国エチオピア】
エチオピアが自国の将来を担うものとして総力を挙げてナイル川に建設する巨大ダム「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム(GERD)」、これに激しく反発する下流の「ナイルの賜物」エジプト・・・と言う話は、2018年1月21日ブログ“水資源をめぐる対立  インダス川のインド・パキスタン ナイル川のエジプト・エチオピア 生命線が断層線に”でも取り上げました。

下記は、そこからの再掲です。

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【アフリカ・ナイル川をめぐる対立 下流国「ナイルの賜物」エジプトと、巨大ダム建設に国家発展の将来を託す上流国エチオピア】
インダス川のような国際河川は水資源をめぐる対立の舞台となります。アジアではメコン川をめぐる中国、ラオス、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムなどの対立がよく話題にもなります。

アフリカではナイル川をめぐり、これまでその水資源の大きな割合を利用してきた下流国「ナイルの賜物」エジプトと、ナイル川水資源に国家発展の将来を託す上流国エチオピアの対立が生じています。(2013年9月30日ブログ「エジプト ナイル川水資源をめぐる対立 エチオピアのダム建設に“歴史的権利”を振りかざす錯誤」)

****【水と共生(とも)に】エジプトとエチオピア“水戦争”再燃**** 
エジプトとエチオピアによる“水戦争”が再燃している。

エチオピアはナイル川上流にアフリカ最大のダムを建設しており、今年中に完成の予定だ。貯水を始めると川の水位が大きく下がり、経済に大きな影響を与えると流域諸国から不安と怒りの声が上がっている。

ひときわ怒りをあらわにしているのがエジプトである。「水なくして、国家なし」はいまや世界の常識。特にエジプトは「ナイルのたまもの」とも言われている。今回は、国際河川をめぐる国家間の水争いを紹介する。(中略)
 
 ◆英主導で割当協定
1929年、英国主導で、同国が統治していたエジプトとスーダンの割当水量に関する協定が結ばれた。ナイル川の総水量のうち、65%がエジプト、22%がスーダン、残り13%は他の流域国から要求があれば分割取水されるという内容である。
 
さらに59年には、エジプトとスーダンの間で(中略)再配分協定を結んでいる。(中略)
 
国際河川をめぐる争いの大部分は、上流国と下流国の利害の対立である。ナイル川紛争の特徴は、水需要が下流国(エジプト、スーダン)に集中し、上流の水源地域の水需要が極端に少ないことだ。

特に最下流のエジプトは、国内水需要の97%をナイル川に依存している。従来の農業用水利用に加えて、近年は国内総生産(GDP)成長率が4%を超えて、カイロ大首都圏の人口が2200万人とこの10年間で倍増し、水需要も急増している。同国の経済発展を支えるナイル川の水資源確保は国家の最重要課題なのだ。
 
当初は、上流国スーダンと下流国エジプトの水利権争いだった。エジプトは、歴史上の優位性や、協定締結の事実、さらに「上流国の水資源開発には下流国の同意が必要」とする“下流の論理”を主張し、水利権を確保してきた。
 
99年2月、国際機関と欧米諸国の支援により「ナイル川流域イニシアチブ(NBI)」が設立され、各流域国の水資源計画を出し合い、他国に影響がある場合は協議することが義務付けられた。しかし上流国は「上流国の水資源開発は下流国から制約を全く受けない」とする“上流の論理”を主張し、対立が続いている。
 
隣国間の取り決めも、常に疑ってかからなければいけない。エチオピアが巨大ダムの建設構想を発表した際、エジプトはスーダンと組んで反対を唱えたが、そのスーダンが突然反旗を翻し、エチオピア側についた。

スーダンはダムが完成したら、その発電量の一部をもらい受ける密約が成立したとの観測がささやかれているが、真偽のほどは不明である。

国連機関の調べによると、国際河川に頼らず、自国に水源を有する国は世界に21カ国あるとされ、日本も含まれている。わが国は、恵まれた水環境に感謝しつつ、さらなる水資源の持続可能性を追求していくべきである。【2017年11月20日 SankeiBiz】
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****対立の大河ナイル、生命線から断層線に****
ダム建設をめぐりエジプトとエチオピアの対立続く

世界最長の川であるナイル川は、数億人にとっての生命線であると同時に、急速に人々を分断する断層線にもなりつつある。
 
エチオピアが進めている水力発電ダム建設事業は、ナイル川の主な支流(青ナイル川)に総工費42億ドル(約4660億円)で巨大な「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム(GERD)」を建設するというものだ。(中略)

係争の主要点は、この巨大ダムの完成予定の2019年から3年以内に、エチオピアがダムを水で満杯(貯水量740億立方メートル)にするという計画だ。下流に位置するエジプトは、そのような貯水ペースだと自国の氾濫原の水位が危険なほど低くなると主張している。
 
エジプトのモハメド・アブドゥルアティ水資源・かんがい相は先月、「エジプトはナイルなしに生きられない」と述べた。そして「わが国はエチオピアに発展する権利があることは理解しているが、このダムがわが国に害を与えないことをエチオピアは実証する必要がある」と話した。
 
エチオピアは同ダムによって水力発電所を稼働し、その電力によって同国の著しい経済成長を支えたいとしている。そして、このダム建設事業は、極貧の時代を経てかつてのエチオピア帝国のような栄光の時代に戻るための手段になると主張している。国際通貨基金(IMF)によると、昨年のエチオピアの経済成長率は9%で、世界で最も急速に伸びた国のひとつとなっている。(中略)

このダムは完成すればアフリカ最大となり、エチオピアでは人々の誇りとなっている。ダム近隣の町アソサ在住の会計士、イスカンダー・バイエさん(29)は、「これはわれわれの未来を変える。エチオピアの時代が到来したのだ」と話す。
 
エチオピア国民は、ほぼ全員がわずかな所得収入からダム建設のための寄付を行った。ダム建設反対派は寄付の全てが自発的だったわけではなかったと主張するが、政府はそれを否定している。(中略)

このダムの建設は2011年4月に始まった。エジプトが「アラブの春」の渦中にあった時だ。現在、労働者約8500人が3交替制で1日24時間、週7日間作業している。(中略)

一方、エジプトのアブデル・ファタハ・サイード・シシ大統領は15日、エチオピアとスーダンに言及して、「エジプトは兄弟たちと戦争するつもりはない」と述べた。その上でエジプトは軍に投資しているとも付け加えた。
 
同大統領は「(エジプトが)軍事力を持つのは、自国を保護するためであり、私が話しているこの平和を保護するためだ」とし、「このメッセージは、エジプト国民向けであるのと同様に、スーダンとエチオピアにいる兄弟たちにも向けられている。この争点が彼らにも明確になるようにするためだ」と語った。【1月18日 WSJ】
*******************

エチオピアの新ダムにかける“思い”は、並々ならぬものがあります。(多くの人類の遺産を水没させてでも建設したアスワン・ハイ・ダムへのエジプトの思いも似たようなものがあります)

エジプトにとってもナイルは生命線です。そのことはエジプトに旅行すればよくわかります。人間が住めるエリアはナイル流域の狭い範囲だけです。あとは砂漠です。

ただ、エチオピア・スーダンを恫喝しても問題は解決しません。これまでのように資源を独占することもできません。新たな枠組みづくりに関係国が知恵を出すべき時期です。
**************************(以上、再掲終了)

【国家の「生命線」をめぐる交渉だけに妥協が困難な関係国】
水資源の貴重さを考えると、両者が一歩も引く考えのないこと、引くに引けないことはよく理解できます。
このエチオピア・エジプトの対立は今も続いており、ダムの貯水開始はずれこんでいるようです。

エチオピアはエジプトとの合意が得られなくても貯水開始を強行することを明らかにしています。

****エジプト、ナイル川の巨大ダム協議で安保理に介入要請****
エジプトは19日、ナイル川の巨大ダムをめぐりエチオピアと対立が深まっていることを受け、国連安全保障理事会に協議への介入を求めた。

エジプト政府は、このダムによって同国に不可欠な水資源が減ることを懸念している。
 
エジプト、エチオピア、スーダンは数年にわたり、大エチオピア・ルネサンスダムへの貯水量や運用をめぐって何度も協議を重ねてきた。しかし合意には至らず、3国の緊張関係は高まっていた。
 
エチオピア政府は、合意の有無にかかわらず来月から貯水を始める方針を発表。エジプトは、水供給量が大幅に減る恐れがあるとして、このダムを国の存亡がかかる脅威とみなしている。ナイル川はエジプトの水需要の約97%をまかなっているだけでなく、流域10か国とって水と電力を供給する生命線にもなっている。
 
このダムはエチオピアが2011年に着工。完成すればアフリカ最大の水力発電用ダムとなる。 【6月20日 AFP】
************************

下流国エジプトと上流国エチオピアに挟まれたスーダンは微妙。
2018年1月21日ブログにもあるように、従来からの建設反対からエチオピア支持に翻意した経緯もあります。

*****ナイル川の巨大ダム問題、スーダンが対立激化に警鐘****
ナイル川の巨大ダムをめぐりエチオピアとエジプトの対立が深まっている問題で、スーダンは21日、対立の激化に警鐘を鳴らし、両国にさらなる交渉を促した。

エジプト、エチオピア、スーダンは数年にわたり、大エチオピア・ルネサンスダムの貯水量や運用をめぐって何度も協議を重ねてきた。しかし合意には至らず、3国の緊張関係は高まっていた。
 
スーダンのヤセル・アッバス・ムハンマド・アリかんがい・水資源相は21日、「わが国は対立の激化を望んでいない。交渉こそが唯一の解決策だ」「わが国にとって、合意文書への署名はダムへの注水の前提条件だ。スーダンはそれを要求する権利がある」と記者団に語った。
 
エジプトは19日、国連安全保障理事会に協議への介入を求めた。同国は、水供給量が大幅に減る恐れがあるとして、このダムを国の存亡がかかる脅威とみなしている。

ナイル川はエジプトの水需要の約97%をまかなっているだけでなく、流域10か国にとって水と電力を供給する生命線にもなっている。エジプトは、ダムはナイル川の流量を脅かし、同国の食料供給と経済に悪影響を及ぼすと主張している。
 
一方エチオピアは、合意の有無にかかわらず、来月から注水を始める方針を発表。ダムは同国の発展に不可欠で、エジプトの水資源に影響を及ぼすことはないと主張している。 【6月22日 AFP】
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【武力衝突の可能性も無きにしも非ず・・・】
もし、エチオピアが貯水を強行すれば、エジプトは軍事的手段でダム破壊などに及ぶ可能性もあります。

****ナイル川の水問題****
エチオピアがナイル川上流に建設中のダムを巡り、エジプトとエチオピアが激しく対立していることは先に報告しましたが、この問題で両国の武力衝突の可能性も無きにしも非ずのようで、事態の鎮静化の可能性が見えないところ、al qods al arabi netがこの問題について最近の動きを手際よく報じているように思われるので、記事の要点のみ次の通り。

・エチオピア首相は21日軍首脳とダム問題等について協議した
首相は意味のある協議であったとしているが、内容は不明

・エジプトとエチオピアとスーダンの3国は、米、南アフリカ、EU代表をオブザーバーとして、TV方式でダムの貯水問題について7日間にわたり協議したが、合意を見なかった。

取りあえずの問題は7月にもエチオピアが始める予定の貯水の問題であるが、より中長期的には、水の取り分の問題(注:特に渇水の年に、それぞれの国がどれだけの水をとり得るのかの問題は、この3国にとり死活的に重要な問題となる。

現行の3国間の合意は英植民地時代のもので、スーダンとエジプトに有利になって居るとしてエチオピアは、現行合意を基礎とすることには反対している)がある。

貯水問題でも、エジプト、スーダンは下流への影響を考え、徐々に行うべしとしているがエチオピアは電力のためにもできるだけ急ぎたい考えのようである。

・エジプトは19日この問題を安保理に提訴し、国際正義と後世に基づき平和的に解決することを訴え、当面何処の国も一方的な措置をとらないように訴えた。

・これに対してエチオピア外相はal jazeera net とのインタビューで、貯水の問題は、エチオピアとしてその責任で行えることで、誰の合意も必要としていないと語っている【6月22日 中東の窓】
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英国主導で1929年に合意された、同国が統治していたエジプトとスーダンの割当水量に関する協定(ナイル川の総水量のうち、65%がエジプト、22%がスーダン、残り13%は他の流域国から要求があれば分割取水されるという内容)に今も縛られることはないでしょうが、新たな合意が必要です。

ただ、石油以上に住民の生活・経済に直結する水資源ですから、なかなか合意が得られないというのが実態です。

エジプト・シシ大統領も、一定に妥協・協調の必要性は認識しています。

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ダムを巡っては、ムルシ前政権下では、与党議員がダム建設阻止のために軍事行動を示唆するなど強硬姿勢も目立った。しかし、14年に誕生したシーシ政権は、ダム建設を容認する姿勢を示す。現実に建設阻止は不可能と判断したとされる。ただ、ナイル川の流量を変化させるなどの悪影響を排除することが絶対条件としてきた。【2019年8月19日 水源連HP】
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しかし、エチオピアの対応如何では・・・というところも。

当事国だけでは難しい話でしょうから、国際社会の仲介が求められますが、国際社会は新型コロナでそれどころではなく、自身の再選しか考えていないアメリカ・トランプ大統領はアフリカの水問題などに関心はないでしょうから、そうした国際社会の仲介にもあまり期待できません。

とは言え、軍事的手段で・・・といった最悪の結末にならないように、なんとか自制・協調・妥協する必要があります。

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トルコ  シリア・イラク・リビアで活発な軍事・外交を展開 深刻なコロナ禍のもと「マスク外交」も

2020-06-21 23:50:00 | 中東情勢

(トルコの首都アンカラの空港で4月28日、米国に送る医療物資を軍用輸送機に積み込むトルコ兵ら。トルコ国防省提供=AP【6月2日 朝日】)

【イラク、シリアにおける積極的な軍事戦略】
各国が新型コロナ対応に追われるなかで、トルコ・エルドアン大統領は(周辺国との軋轢も厭わず)これまで以上に活発な外交・軍事作戦を展開しています。

トルコはかねてより非合法武装組織「クルド労働者党」(PKK)を厳しく取り締まっており、その延長として、PKKと兄弟組織とするシリアの北部のクルド人勢力の拡大を警戒し、シリア北部に軍事展開し、シリア政府と緊張関係にあるのは周知のところ。

その対クルド対策の一環としてイラク北部での軍事作戦もこれまで行ってきましたが、最近もまた実施したようです。
当然ながら、イラク政府は主権侵害として非難しています。

****トルコがイラク北部で対クルド作戦、兵士1人 民間人5人死亡****
トルコ国防省は、イラク北部の軍事作戦地域で19日、非合法武装組織「クルド労働者党」との衝突によりトルコ軍兵士1人が死亡したと発表した。
 
トルコは17日、イラク北部のクルド人反政府勢力を空と陸から攻撃する「クロー・タイガー作戦」を開始した。国防省は、トルコ軍兵士が作戦中に負傷し、その後病院で死亡したと発表したが、衝突が起きた詳しい場所は明らかにしなかった。
 
トルコ軍は、同国南東部と国境を越えた後方にあるPKKの潜伏地に対する作戦を繰り返し行っている。
 
イラク北部の複数の市の市長によると、トルコの攻撃により19日までに合わせて5人の民間人が死亡している。イラク政府は今回のトルコの作戦に抗議し、イラク北部への攻撃を直ちに中止するよう求めた。 【6月20日 AFP】
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一方、シリアでは、トルコはイドリブを最後の拠点とする反体制派を支援してきましたが、新型コロナ休戦とも言うべき小康状態から戦闘再開の兆しも。

イドリブを巡る攻防が再開すれば、反体制派を支援するトルコは、シリア政府を支援するロシアと厳しく対立することになります。

****ロシア、シリア北西部で3か月ぶり空爆 監視団発表****
ロシアは2日夜から翌3日にかけ、シリア反体制派最後の主要拠点となっている同国北西部で、3月の停戦開始以来3か月ぶりとなる空爆を実施した。在英NGOのシリア人権監視団が3日、発表した。
 
同監視団によると、空爆が行われたのはイドリブ、ハマ、ラタキアの3県の県境周辺。この地域は国際テロ組織アルカイダの元傘下組織が率いる反体制派連合「タハリール・アルシャーム機構」や、HTSと同盟関係にある強硬派組織が大きな支配力を持っている。
 
イドリブ県とその周辺を含むイドリブ地域は、HTSとその関連組織を含む反体制派が掌握し、約300万人が暮らしている。昨年12月から今年3月にかけては、ロシアの支援を受けるシリア政府軍の攻勢により少なくとも民間人500人が死亡、100万人近くが避難を余儀なくされた。
 
新型コロナウイルス流行の最中で発効した停戦により、政府軍とロシア軍による激しい空爆は休止していた。監視団によると、今回の空爆によりイドリブ県では新たに住民が避難する事態が発生している。 【6月4日 AFP】*********************

“トルコ共和国国防省がツイッター(Twitter)で、シリアのイドリブ地域のM4幹線道で、トルコとロシアの陸軍と空軍による16回目の合同地上パトロール活動が行われたことを報告した。”【6月10日 TRT】とのことですので、いまのところはロシアとの共同対応は続いているようです。

【リビアでは暫定政権「国民統一政府」を支援して介入】
シリアにイラク、これだけでも大変ですが、トルコ・エルドアン大統領は西部の首都トリポリを拠点とするリビア暫定政権「国民統一政府」(GNA)と東部を根拠地とするハリファ・ハフタル司令官率いる有力軍事組織「リビア国民軍」(LNA)の内戦が続くリビアにあっては、イスラム主義的な暫定政権への軍事支援も行っています。

トルコの軍事支援が奏功したようで、ロシアの支援を受けてハフタル司令官側が行ってきた首都トリポリ攻略は頓挫し、暫定政権側が反転攻勢に出ています。

ここでも、暫定政権を支援するトルコと、ハフタル司令官側を支援するロシア・エジプト・フランスなどとは対立関係がありますが、軍事情勢が好転したことで、トルコも強気です。

****トルコ、リビア停戦にハフタル軍の要衝シルト撤退が必要と指摘****
トルコは20日、リビアの停戦合意が達成されるには、ハリファ・ハフタル司令官率いる有力軍事組織「リビア国民軍」が同国北部の要衝シルトから撤退する必要があるとの見解を示した。

また、ハフタル氏に対するフランスの支援が北大西洋条約機構の安全保障を「脅かしている」と非難した。
 
リビアでは長年独裁体制を敷いたムアマル・カダフィ大佐が2011年に反体制デモで失脚し殺害されて以来、内戦状態が続いている。

トルコ政府はこの内戦で、国連が承認した首都トリポリを拠点とするリビア暫定政権「国民統一政府」を支援している。

旧カダフィ政権の軍司令官で、エジプトとアラブ首長国連邦の支援を受けるハフタル氏は、昨年からトリポリ攻略を目指して攻勢をかけている。
 
トルコ大統領府のイブラヒム・カルン報道官は、2015年にモロッコで達した政治的合意に言及し、内戦の全当事者が15年当時の拠点に戻れば停戦が可能であるとの見方を示した。この場合、ハフタル氏率いるLNAはシルトとアルジャフラから撤退することになる。
 
トルコが支援するGNAの軍は今月リビア北西部全体を奪還したものの、東部の主要油田への玄関口である港湾都市シルトへの進軍は依然阻止されている。
 
またカルン報道官は、フランスがハフタル氏を支援することでNATOの安全保障を「脅かしている」と非難した。フランスはハフタル氏が最近劣勢になるまで長期にわたって肩入れしていたとみられており、トルコとの間で緊張が高まっている。 【6月21日 AFP】AFPBB News
*******************

なお、劣勢になったハフタル司令官側を支援する隣国エジプトは、支援のテコ入れを強める姿勢で、今後のリビア情勢は不透明です。

****エジプト大統領、軍事介入を警告 リビア内戦、反体制派支援****
エジプトのシシ大統領は20日のテレビ演説で、隣国リビアの内戦でシラージュ暫定政権側の部隊による攻撃が続いているとして、軍事介入も辞さないと警告した。

エジプトは暫定政権と敵対する有力軍事組織「リビア国民軍(LNA)」を支援する立場で、今月上旬には停戦期間入りを提案していた。
 
シシ氏は、暫定政権側が奪還作戦を展開している中部の要衝シルトなどを「レッドライン(越えてはならない一線)」と見なすと述べた。
 
暫定政権側はシシ氏の演説を受けて声明を発表し「市民と国際平和への脅しだ」と反発した。【6月21日 共同】
*******************

【同盟国アメリカともギクシャクした関係】
エルドアン大統領が敵視する国内勢力は冒頭のクルド人勢力PKKと、もひとつはクーデターを主導したとするギュレン師の勢力。

そのギュレン師が滞在する同盟国アメリカとも、(ギュレン師引き渡し要求以外にもロシアからの地対空ミサイルS400購入などの火種があって)緊張関係が続いています。

****テロ組織支援で米総領事館職員に禁錮8年9月、米国務長官が批判 トルコ****
トルコ・イスタンブール裁判所は11日、2016年のクーデター未遂事件に関連し「武装テロ組織を支援した」として、在トルコ米総領事館の現地職員に禁錮8年9月を言い渡した。判決に対しては、北大西洋条約機構の同盟国である米国から批判の声が上がっている。
 
半国営アナトリア通信によると、イスタンブールで米麻薬取締局の連絡員として勤務していたメティン・トプズ被告は、17年に逮捕された。
 
同被告は、在米イスラム指導者フェトフッラー・ギュレン師とつながりがあるとされる警官と検察官に連絡を取ったとされた。トルコ政府はギュレン師を16年のクーデター未遂の黒幕だとしているが、ギュレン師はこれを否定している。(中略)

マイク・ポンペオ米国務長官は「今回の有罪判決は、トルコの制度および米国との関係の基礎にある重要な信頼を損ねるもの」であり「直ちに覆される」ことを望むと述べた。(後略)【6月12日 AFP】
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【「マスク外交」で存在感アピール 特にアメリカへの働きかけ】
シリア、イラク、リビアなどで紛争に介入するトルコですが、一方で、中国に倣ったような「マスク外交」を展開しています。

****それでも世界へマスク送る 中東最多コロナ感染のトルコ****
新型コロナウイルスの感染が広がるなか、中東の地域大国トルコが「マスク外交」を活発化させている。

トルコ国内のコロナ感染者数は中東地域で最多になっているが、世界的な危機の打開に向けた貢献をPRすることで、存在感を示し、米国などとの外交関係の改善につなげる狙いがあるとみられる。
 
防疫物資の不足に悩む国々に手を差し伸べる「マスク外交」では中国が知られているが、アナトリア通信によると、現在までにトルコが医療関連物資を送った国は80カ国以上にのぼる。輸送先は感染者の多いスペインやイタリア、英国など欧州から近隣の中東各国、アフリカ、アジアに広がる。
 
なかでもトルコが特にアピールしたのが、世界最多の感染者が出ている米国への寄付だ。先月末には、トルコ軍の輸送機を使って、マスク50万枚、消毒剤2千リットル、ゴーグル1500個など大量の物資を空輸した。エルドアン大統領は支援物資搬送に合わせて公開したトランプ大統領への書簡で「米国の信頼できる強力なパートナーとして、今後もトルコは連帯を示していく」とした。
 
北大西洋条約機構(NATO)の同盟国である両国だが、トルコがロシアから地対空ミサイルS400を購入したことで関係は緊張している。

反発する米国は、最新鋭戦闘機F35の共同開発からのトルコ排除を決め、経済制裁をかける可能性もある。医療物資支援には、ぎくしゃくした両国の外交関係を修復したいトルコ側の思いも透ける。

新型コロナをめぐっては、トルコ国内の感染者数も16万人を超え、世界で11番目に多い。エルドアン政権は経済活動を停滞させないため、労働年齢層は外出の自粛要請にとどめ、製造業などは稼働を続けてきた。
 
世界貿易機関の報告書によると、2018年のトルコの繊維産業の輸出額は中国、欧州連合、インド、米国に次ぐ。マスクや防護衣の需要の急増により、多くの有名服飾メーカーも製造に参入している。【6月2日 朝日】
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【厳しい経済・財政事情で経済再開・観光再開を急ぐも、コロナ再燃の危険も】
その新型コロナについては、これを制御したとして制限の緩和を進めています。
“トルコ、国境閉鎖を解除 観光客も入国可能に”【6月12日 共同】

しかし、感染者数はなお憂慮すべき状況にもあります。

****トルコで新型コロナの感染増加 「第2波」に懸念****
トルコ保健省は14日、過去24時間に確認された新型コロナウイルスの感染者数が1562人に達したと発表した。新規感染者は3日連続で1000人を超え、13、14両日は感染者数が回復者数を上回った。経済活動の規制緩和に伴う「第2波」が懸念される。【6月15日 時事】 
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こうした状況で、移民や観光で関係が深いドイツとも軋轢が。

****ドイツがトルコを「危険な新型コロナ地域」に チャウショール外相が反発****
6月15日付で31か国への渡航警告を解除したドイツは、ドイツの国民が国外への休暇旅行で最も訪れるトルコについて、論争を生む決定をした。
 
ドイツはトルコを130か国と一緒に「危険な新型コロナ地域」リストに残したのである。
 
トルコ共和国外務省のメヴリュト・チャウショール大臣は、この決定を「政治的かつ不当な決定」だとし、落胆したと表明した。
 
チャウショール大臣は、ドイツ公共放送局(ARD)の番組で、この問題について、「我が国を訪れた観光客が保険を持っていなかったり、持っている保険では治療費が足りなかったりしたとしよう。それでもトルコはその人たちの治療をする」と発言した。
 
チャウショール大臣は、ドイツ外務省のハイコ・マース大臣に、ドイツの専門家の代表団をトルコに送り、状況をその場で調査するよう勧めたことも明らかにした。【6月19日 TRT】
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コロナ禍での経済後退、積極的な外交・軍事戦略でトルコ財政・経済は厳しい状況にありますので、基幹産業たる観光業の速やかな回復を強く望んでいるようです。

 

 

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