(停止期限が延長される見通しのドイツ南部イザール2原発【9月28日 ロイター】)
【ウクライナ外相「ベルリンには兵器の壁のようなものがあるようだ」】
ウクライナへのロシア軍侵攻は世界の政治・経済・社会に大きな影響を与えていますが、やはり遠く離れた日本と隣接する欧州ではその影響の程度も比較にならないほどに異なります。
なかでもドイツはその影響で大きく揺れています。
武器支援に関してはドイツは第2次大戦の経緯から、日本とも似たような慎重さがありましたが、ロシア軍侵攻という状況で従来の方針を転換し、武器供与を実施しています。
それでも、ウクライナ側は欧米の武器支援に不満があり、ドイツはその矢面に立っているようにも。
****ウクライナ、戦車供与しないドイツを批判「ベルリンに兵器の壁」****
ウクライナのドミトロ・クレバ外相は16日に公開されたインタビューで、戦車を供与しないドイツを改めて批判し、ドイツには「兵器の壁」のようなものがあるとの見方を示した。
ドイツは15日、ウクライナに多連装ロケットシステム「マース2」2基とロケット弾200発、装甲車「ディンゴ」50台を追加供与するが、ウクライナが求めている戦車は供与しないと明らかにした。
クレバ氏は独日刊紙フランクフルター・アルゲマイネのインタビューで、「われわれは『レオパルト』戦車と『マルダー(歩兵戦闘車)』を求めているが、ドイツが供与するのはディンゴ装甲車だ」と述べた。
「感謝はしているが、われわれが戦闘で最も必要としているものではない。何が問題なのか。なぜ、われわれが必要としていてドイツが所有しているものが手に入らないのか」として、「ベルリンには兵器の壁のようなものがあるようだ。独首相がこの壁を崩すべき時が来ていると思う」と訴えた。
ロシアが2月にウクライナに侵攻して以降、ドイツはウクライナにさまざまな兵器を供与してきたが、ウクライナ側からの再三の要請にもかかわらず、レオパルト戦車とマルダー歩兵戦闘車の供与は拒んでいる。 【9月17日 AFP】
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侵攻直前の時期、ドイツが武器支援にかえてヘルメットを送り、ウクライナで批判・失望が高まったことも話題になりました。
しかし、ロシア軍が首都キエフへの攻勢を強める中、方針を転換。ショルツ独首相は「ウクライナを全力で支援することが我々の義務だ」と強調し、武器供与に踏み切ることにしましたが、ウクライナの戦局に大きく影響すると思われるレオパルト戦車などは拒否しています。
こうした対応はドイツだけでなく、アメリカ・フランス・イギリスも同様です。
もし高性能の「攻撃用兵器」である戦車や戦闘機・爆撃機を供与した場合、ロシアとの関係で「交戦国」とみなされる可能性があることを危惧してのことです。
なお、ウクライナへの武器支援・資金援助に関しては欧米側には“本来の目的に使用されるのか”やや疑念もあるのも事実です。汚職・無駄使いに消えたり、テロリストや敵対国に横流しされる・・・・危険も。
“「汚職大国」ウクライナに供与された支援金と武器、無駄遣いで「消失」する危険”【9月29日 Newsweek】
そのあたりの話は今回はパスします。
【ドイツ法相「プーチンのやり方を嫌い、自由民主主義を愛する人たちはドイツで歓迎する」】
ここ数日大きな話題になっているロシアからの徴兵を忌避して脱出するロシア人への対応では、先日も取り上げたように、受入れに否定的なバルト三国やフィンランド、ポーランドなどに対し、ドイツは受入れを表明しています。
****ドイツ、「良心的兵役拒否」求めるロシア人受け入れに前向き****
ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻のために出した部分的動員令から逃れようとするロシア人の続出を受け、ドイツが「良心的兵役拒否」を求めるロシア人を一定の条件下で受け入れることに前向きな姿勢を示している。
欧州連合(EU)で協調して対応する考えだが、欧州には反対意見も根強く、実現するかは見通せない。
西ドイツと統一後のドイツは第二次大戦後、長年徴兵制を敷いてきた(現在は停止)が、ナチズムの克服が戦後の課題となったことから基本法(憲法)で良心に基づく兵役拒否を人権として認めてきた。
へベシュトライト政府報道官は23日、多くのロシア人男性がウクライナでの兵役を逃れようとしている事実を「良い兆候」と評価した上で、良心的兵役拒否を求める人々に対し、EUレベルで「実行可能な解決策」を見つけることが重要との見解を表し、受け入れを示唆した。
これに先立つ22日、フェーザー内務・国家相(社会民主党)はツイッターで「原則として、厳しい弾圧を受ける恐れのある脱走兵はドイツで国際的な保護を受ける」と投稿し、政治的迫害を理由にドイツで亡命申請が可能だとの認識を示した。
フェーザー氏は亡命が許可されるかは個々の事情に即して対応するとし、手続きの際にはセキュリティーチェックも行われると付け加えた。ブッシュマン法相(自由民主党)も21日、「プーチンのやり方を嫌い、自由民主主義を愛する人たちはドイツで歓迎する」とツイートした。
ただ、EU内にはウクライナ侵攻を支持してきたロシア人が動員逃れを理由に国境をまたぐことへの不信感も根強い。ロシアに強い警戒感を抱くバルト3国やチェコは22日までに、動員を逃れるロシア人を難民として受け入れない方針を表明した。
欧州議会議員のリホ・テラス元エストニア軍司令官は22日付のバルティック・タイムズ紙(電子版)で「欧州諸国は、何万人ものロシア人男性が欧州連合に無秩序に押し寄せるような状況を作り出してはならない。メルケル前独首相がすべての難民をドイツに招待した2015年の難民危機の何倍もひどいことになるだろう」と警告した。【9月24日 毎日】
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【かつてメルケル氏が率いた「キリスト教民主同盟」党首がウクライナ難民受入れを批判】
またドイツは、ウクライナからの難民に関してもこれを受け入れる姿勢を示してきており、これまでに約100万人のウクライナ難民を受け入れてきたとされています。
以前、中東・アフリカからの大量難民受入れに批判が高まったこともありますが、ウクライナ難民については同じ欧州人ということで抵抗は比較的小さいながらも、やはり国内には難民受入れに対する批判もあるようです。
****ウクライナ難民は「社会保障目的の移民」 独野党党首の発言に非難殺到****
ドイツ野党の中道右派、キリスト教民主同盟」のフリードリヒ・メルツ党首は27日、ウクライナ難民が「ウエルフェア・ツーリズム(社会保障目的の移民)」を行っていると非難したことを謝罪した。
メルツ氏は今年、アンゲラ・メルケル前首相からCDU党首を引き継いだ。
メルツ氏は独紙ビルト系列のテレビ局のインタビューで26日夜、ウクライナ難民に対する特別待遇が「無視できないゆがみ」を生んでいると指摘。「ウクライナ難民の間で、ドイツに行ってはウクライナに戻る、ドイツに行ってはウクライナに戻るという、ウエルフェア・ツーリズムが行われている」「大勢が制度を悪用している」と主張した。
この発言に非難が殺到したことを受け、メルツ氏は27日、ツイッターで謝罪文を発表。「厳しい運命に直面しているウクライナ難民を非難するつもりは毛頭ない。私が選んだ言葉で気分を害されたなら、心から謝罪する」として、「ウエルフェア・ツーリズム」という言葉を使ったことを後悔しているとした。
メルツ氏の発言をめぐっては、ナンシー・フェーザー内務・国家相が「(ロシアのウラジーミル・)プーチン大統領の爆弾や戦車から逃れてきたウクライナの女性や子どもを政治的主張に利用するとは恥ずべきことだ」とツイッターで非難した。(中略)
ロシアが2月にウクライナに対する軍事侵攻を開始して以来、ドイツは約100万人のウクライナ難民を受け入れてきた。ドイツで難民として登録されると、社会保障や医療、住居提供、定住支援などを受けることができる。 【9月28日 AFP】AFPBB News
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最近台頭している極右勢力の発言ではなく、難民受け入れに寛容だったメルケル前首相が率いていた「キリスト教民主同盟」党首の発言というところが注目される点です。
【かつてないエネルギー苦境 緑の党も「脱原発延期」を容認】
政治・社会への影響も大きいですが、何と言っても経済への影響でしょう。特に天然ガスのエネルギー問題。
“ドイツを襲うロシアの天然ガス供給中止 広がる企業倒産の波”【9月26日 Newsweek】
1973年10月6日に第四次中東戦争が勃発したことを契機に世界・日本を襲ったオイルショック・石油価格上昇はエネルギー源を中東の石油に依存してきた先進工業国の経済を脅かしました。
日本では「狂乱物価」と呼ばれる社会的パニックも起きましたが、当時に匹敵するような深刻な経済・エネルギー事情が今の欧州・ドイツではないでしょうか。
****ドイツ、エネルギー高騰対策に28兆円投入****
ドイツのショルツ政権は29日、ロシア産天然ガスの不足によるエネルギー価格の高騰対策として最大2000億ユーロ(約28兆円)を投じる方針を明らかにした。ガス料金に上限を設ける仕組みを導入し、10月から施行予定だった消費者が負担する賦課金制度は取りやめる。
ショルツ首相らが29日の記者会見で明らかにした。政府が経済安定化基金に2000億ユーロを拠出する。詳細な制度設計は明らかになっていないが、高騰するガス料金に上限を設けることで家庭や企業の負担を軽減するという。
政府は当初、経営難に陥ったエネルギー企業の救済策として、消費者が賦課金を負担する制度を導入する方針を決めた。代わりに低所得者層の救済策を中心とする650億ユーロ規模のインフレ対策を9月上旬に打ち出していた。
その後、エネルギー大手ユニパーを公的資金の投入によって国有化することが決まったため、賦課金制導入には正当性が認められないなどと批判が出ていた。【9月30日 毎日】
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ドイツ政府は休止中だった石炭火力発電所の稼働を再開したり、年内に稼働をやめるはずだった南部の原発の稼働延長を検討したりといった施策を講じていいます。
ロシア以外からのガスの調達を確保するため、北部の海上では液化天然ガス(LNG)の受け入れ基地を建設中。洋上風力発電の拡充も急いでいます。
中でも原発の問題は、現在のショルツ連立政権に原発停止を求めてきた緑の党が参加しているだけに苦渋の決断となっています。
****エネルギー危機:ドイツ「脱原発延期」に滲む「緑の党」の苦悩****
最後の原発3基廃止を延期した。9月5日に3基中の2基を発電停止状態で「リザーブ電源」化する方針を発表したことに続き、同27日には来年4月半ばまで運転し続ける第2のオプションも提示。電力・ガス会社ユニパーの国有化が決まるなどエネルギー危機が深まる中、緑の党は「全原子炉の廃止」という悲願達成を目前にして歴史的な妥協を余儀なくされた。
特に電力不足が懸念される南部
ドイツ政府は脱原子力政策の変更について、2つのオプションを提示した。
1つ目のオプションは、9月5日に連邦経済・気候保護省のロベルト・ハーベック大臣(緑の党)が発表した。彼は苦虫を嚙み潰したような表情で、今年12月31日に廃止が予定されていた3基の原子炉のうち、同国南部のイザール2号機とネッカーヴェストハイム2号機の廃止を3カ月半延期することを発表した。
このオプションによると、政府は12月31日に、これらの2基の原子炉の発電を停止させる。しかし真冬の電力不足に備えて、来年4月半ばまでは「リザーブ電源」として温存する。電力会社は運転員を待機させ、政府が必要と判断した場合には、発電を再開させなくてはならない。ただし、新しい核燃料は装荷しない。もう1基のエムスランド原子炉は、予定通り12月31日に廃止される。(中略)
しかしこのオプションについては、イザール2号機を運転する電力会社プロイセン・エレクトラが「原子炉のリザーブ電源化は例がない。いちど運転を止めた原子炉を、政府の指示で短期間に再稼働することは、技術的に難しい」と難色を示した。機動性の高い天然ガス火力発電所と異なり、原子炉は一度発電を止めた後、すぐに発電を再開するのが困難なのだ。
さらにドイツ政府の諮問機関である「経済専門家評議会」も、「2基の原子炉の発電をやめてリザーブ電源化しても、ガスの節約や電力料金の安定化には貢献しない。原子炉をスタンバイ・モードにすることで、不必要なコストも生じる」として反対した。同会に属する経済学者たちは、「現在のエネルギー危機は2024年の夏まで続く。少なくともそれまでは、原子炉の運転を続けるべきだ」と主張している。
このためハーベック大臣は、9月27日に第2のオプションを提示した。大臣は、「フランスでは機器の不具合のために、56基の原子炉の内32基が運転を止めている。したがって、冬期にドイツで電力需給が逼迫しても、フランスから電力の融通を受けられない可能性がある」と指摘。
大臣は、「フランスの状況が改善しない場合には、イザール2号機とネッカーヴェストハイム2号機を、2023年1月1日から4月15日まで運転し続ける可能性もある」と述べた。
これまで運転継続を拒否してきたハーベック大臣が、2基の原子炉の運転継続の可能性を打ち出したのは、初めてである。
第1のオプションと第2のオプションの内のどちらを採用するかは、今年12月上旬に政府が決定する。だがハーベック大臣は9月27日の記者会見で、「フランスの原子炉をめぐる状況が厳しいので、12月31日に運転をやめずに、来年4月15日まで運転し続ける可能性が高い」という見方を示した。
これらの決定は緑の党にとって、苦渋の決断だ。全原子炉の廃止は、1980年の結党以来の悲願だったからだ。緑の党は、悲願の達成を目前にして、2基の原子炉の廃止延期を受け入れた。正に歴史的な妥協である。ハーベックが厳しい表情を見せたのは、そのためだ。
半年前の方針を180度転換
ハーベック大臣が浮かない表情を見せたもう一つの理由は、彼が今から半年前に全く逆の結論を公表していたからだ。2月24日にロシアがウクライナに対する侵略戦争を開始した直後に、ドイツではエネルギー源についての議論が高まり、保守政党、一部の州政府首相、学界から「3基の原子炉の運転期間を延ばすべきだ」という意見が出された。
このためハーベック大臣と連邦環境・消費者保護省のシュテフィ・レムケ大臣(緑の党)は、電力会社も交えて対策を協議した。その結果、両大臣は3月8日に、「3基の原子炉の運転を続けても、次の冬にエネルギー危機を大きく緩和することはできない」として、予定通り12月31日に3基の原子炉を廃止すると発表した。(中略)
ストレステストで電力不足の可能性が浮上
ではなぜハーベック大臣は、6カ月前に行った決定を部分的に覆さざるを得なかったのか。その理由は、ロシア・ウクライナ戦争によってエネルギー市場の状況が日に日に厳しさを増していることだ。
さらに気候変動の影響など今年3月には想定していなかった悪条件も加わり、今年冬に電力不足が生じる危険が浮上したからである。(中略)
世論調査の回答者の8割が運転継続を希望
さらに国民の間でも、原子炉の運転継続を求める声が強まっている。ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)が今年4月13日に公表した世論調査の結果によると、「3基の原子炉を来年1月1日以降も運転するべきだ」と答えた回答者の比率は、ロシア・ウクライナ戦争が始まる前の今年2月上旬には35%だったが、ロシア・ウクライナ戦争勃発後の今年3月には、57%に増えた。
またドイツ公共放送連盟(ARD)が8月4日に公表した世論調査結果によると、回答者の実に82%が3基の原子炉の運転継続を希望した。「3基の原子炉を予定通り今年末に廃止するべきだ」と答えた回答者の比率は、15%に留まった。
2011年の福島原発事故直後のドイツでの世論調査では、7割を超える回答者が脱原子力政策を支持していた。だがロシア・ウクライナ戦争がもたらしたエネルギー危機に対する不安感は、市民の原子力に対する意識を大きく変えたのだ。
製造業界も原子炉の運転継続を希望した。(中略) 連立与党内部でも、企業経営者を最重要の支持基盤とする自由民主党(FDP)のクリスティアン・リントナー財務大臣が、「原子炉の運転継続については、イデオロギーにとらわれずに議論してほしい」と述べて緑の党に対する牽制球を送り、ガスを節約するために原子炉を使い続けるべきだという態度を打ち出した。
このためハーベック大臣は、3月に公表した結論を修正し、冬に電力需給が逼迫すると予想される場合には、2023年1月1日以降3カ月半にわたり、2基の原子炉を運転する可能性を打ち出したのだ。
ドイツ企業や市民の間では、「秋以降ガスや電力料金がこれまでの2〜3倍になる」という懸念が強まっている。私の知り合いのドイツ人は、ガス会社から「今年10月1日からガス代を60%引き上げる」という通知を受け取った。市民の3分の1がガス代を払えなくなる可能性も指摘されている。
製造業界では、すでにエネルギー危機の「被害者」が現れている。9月6日には大手靴メーカー・ゲルツ社、9日にはトイレットペーパーで知られる製紙企業ハクレ社が、エネルギー費用の高騰などのために倒産した。(中略)
私はドイツに32年間住んでいるが、同国のエネルギー業界と製造業界が現在ほど深刻な危機にさらされているのを見たことは、一度もない。
この危機がさらにエスカレートした場合、ハーベック大臣が2基の原子炉を来年4月15日に廃止できるかどうかは、未知数だ。緑の党の苦悩は、まだ当分続きそうだ。【9月30日 Foresight】
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ドイツ経済・エネルギーがこれほどの苦境に追い込まれているのは、これまでエネルギーをロシアに大きく依存してきたからですが、では「なぜドイツはロシアに頼ってきたのか?」という話にもなります。
****「ロシア・ファースト」続けたドイツ 信じた「相互依存」の効果****
(中略)ドイツには、「確かに我々はロシアに依存している。しかしロシア国営ガス大手ガスプロムも我々に依存している」という「相互依存」の考え方があったからです。(中略)
ドイツはこうした事情も計算に入れて、相手(ロシア)も経済合理性に基づいて行動するだろうと見ていたのです。(中略)
ロシアにとっては結局、強大なロシア「帝国」の復活を目指す「帝国主義」のほうが、経済合理性より重要だったのです。
ドイツ政府はロシアの「帝国主義」志向を過小評価しました。その結果、ドイツにも今、安全保障上のリスクが生じました。「相互依存による安全保障」は失敗したと言えるでしょう。【9月30日 毎日】
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