(1980(昭和55)年から放映された日中共同取材のドキュメンタリー『NHK特集 シルクロード -絲綢(しちゅう)之路-』 ラクダのキャラバンは高速道路・高速鉄道・飛行機に変わりましたが、人とモノが往来するという点では昔と同じです)
【中国を世界の覇権国家に押し上げる習主席の野望】
中国・習近平国家主席が推し進める現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に関する国際会議が今月14日から北京で開催されました。
****一帯一路、3年で1兆円援助へ 初の国際会議で中国表明****
中国が主導してアジア、中東、欧州に及ぶ経済圏の構築を目指す「シルクロード経済圏構想(一帯一路)」の初の国際会議が14日、北京で始まった。
130カ国以上から参加し、うち29カ国は首脳が出席。中国の習近平(シーチンピン)国家主席は開幕式で演説し、構想に参加する途上国と国際組織に今後3年間で600億元(約1兆円)の援助を提供することを明らかにした。
この構想は、習氏が2013年秋に自ら提唱。この日の開幕式で習氏は「一帯一路を繁栄の道にしなければならない。発展は一切の問題を解決するすべてのカギだ」と強調した。
同時に、「開放型の世界経済を守り、透明なルールの構築を推進するべきだ。共に利益を得られる経済のグローバル化に力を入れる必要がある」とも述べた。欧米で広がる保護主義を牽制(けんせい)したものとみられる。
習氏は一帯一路の実現に向けた具体策も表明。インフラ整備などを支援するシルクロード基金に1千億元(約1兆6400億円)を増資し、構想に参加する途上国への20億元(約328億円)の食糧援助や途上国同士の「南南協力」の援助基金に10億ドル(約1130億円)を増資するという。また会期中に30カ国以上と経済・貿易の協定に署名すると述べた。
この日は出席者が経済政策やインフラ、貿易など6分野の協力について議論。新華社通信によると、貿易分野の協議で中国は今後5年間で一帯一路の沿線に投資する額が1500億ドル(約17兆円)に達する見通しを示した。
夜には、人民大会堂で晩餐(ばんさん)会が開かれた。15日に首脳による会議を開く。【5月14日 朝日】
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習近平国家主席の「チャイニーズードリーム」は、中国建国から100年目に当たる2049年までに中国を世界の覇権国家に押し上げることにあるとされ、「一帯一路」はその中心的戦略を担っています。
更に言えば、習主席の“野望”は、現代中国における最も「改革的な指導者」になることだとも。毛沢東が中国を統一して独立させ、郵小平が「改革と開放」に着手したように、中国をグローバル経済と国際秩序の覇者にしたいと願っている・・・・とのことです。【6月6日号 Newsweek日本語版“野望に影を落とす「中国帝国」の慢心”より】
【「中国的平和」への警戒感】
もちろん、そうした中国の野望が見え隠れする構想、中国が主導する「中国的平和」には各地で警戒感も強いのが実情です。また、現状を変えようとすれば抵抗する勢力もありますし、紛争地に関係すれば、対立の渦中に巻き込まれます。
“中国の習近平国家主席は14日の国際首脳会議で、冷戦期の同盟ではない新たな国際関係への「平和の道」にしなければならないと訴えた。だが、道路や鉄道など巨大インフラ建設を政府間協力で推進する「中国的平和」には、影響を受ける周辺国や地域住民からも懸念が示されている。”【5月14日 毎日】
****「大成功」演出の裏で・・・中国「一帯一路」会議、亀裂も****
世界130カ国以上の代表団を集めて開かれた中国主導の「シルクロード経済圏構想」(一帯一路)の国際会議で、中国が示した貿易に関する文書について、欧州連合(EU)の複数の国が支持しなかったことが16日までに分かった。
中国は会議を「大成功」とアピールしているが、インドが参加を拒否するなど、中国主導の貿易や経済協力への警戒感もあらわになった。
会議は15日まで2日間開かれ、最終日には共同声明を採択。習近平(シーチンピン)国家主席は閉幕式で「友好的な雰囲気のなか率直に意見交換し、多くの素晴らしい意見が出た」と語っていた。
しかし、AFP通信などによると、貿易に関する分科会に参加したドイツ、エストニア、ハンガリーなどのEU加盟国が文書への署名を拒否。
物資調達の透明性や環境基準への懸念について、中国側から十分な説明がなかったためという。中国側は数日前に文書を示し、「修正はできない」と説明していたという。
北京にあるEU代表部の担当者も朝日新聞の取材に「EUは最終的に文書を支持しなかった。回ってくるのが遅く、交渉の時間がなかった」と説明した。
中国外務省の華春瑩副報道局長は16日の会見で「貿易協力の提案文書は宣誓のようなもので、意欲のある国が参加する。十分な協議を経て、多くの国の支持を得た」とだけ説明した。
一方、インド政府は「国家主権と領土保全への懸念を無視した計画を受け入れる国は一つもない」と反発し、明確に会議への参加を拒絶した。パキスタンと領有権を争うカシミール地方が、一帯一路の事業「中パ経済回廊」の対象に含まれたためだ。中国によるパキスタンやネパールなど周辺国への投資攻勢に危機感を抱いているとみられる。【5月16日 朝日】
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【慎重姿勢の日本政府】
現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に対する日本における評価はほとんどがネガティブなもので、中国の経済事情を反映した、中国の野心を実現するためのもの・・・・といった評価です。
****【一帯一路】狙いは中国主導の新たな国際秩序の形成 “脱シルクロード”へ ****
・・・・中国としては、経済成長率が減速する中、(1)企業の海外進出を後押しする(2)鉄鋼など過剰生産分の新たな供給先を生み出す(3)海上輸送に頼る原油・天然ガスの陸上輸送網を整備する(4)発展の遅れた中国内陸部の開発を促す−などを狙う。
沿線諸国への支援を通じて経済的・政治的影響力を広げていき、“中国モデル”が支配する国際秩序を形成しようという思惑も秘めているとの見方が強い。
最近は“脱シルクロード化”が進み、沿線国以外のオセアニアや南米地域などからも参加国を募っている状況にある。【5月14日 産経】
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中国の拡張に対し中国包囲網でこれに対抗しようという考えが強い日本にあっては当然の反応であり、日本政府も基本的には同様の立場ですが、ただ、現実問題として中国の影響力が強まり、中国を軸として世界が動くような側面も出てきつつあるなかで無視もできません。
****中国主導の国際秩序に警戒感も、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」、各国の出方見守る日本政府****
2017年5月19日、中国の習近平国家主席が提唱する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」。14,15日に北京で開かれた国際フォーラムに日本政府は自民党の二階俊博幹事長を派遣した。しかし、中国主導の国際秩序づくりへの警戒感は強く、当面は各国の動向を慎重に見極める構えだ。(中略)
二階幹事長は16日に習主席と会談し、安倍晋三首相の親書を手渡した。日本メディアによると、この中で安倍首相は日中両国首脳が定期的に往来する「シャトル外交」を呼び掛けるとともに、戦略的互恵関係の考えに沿って、あらゆる分野での安定的な友好関係の構築を目指す意向を表明したという。
その一方で菅義偉官房長官は15日の記者会見で「一帯一路」について「地域の持続的な発展に資するものになるかどうかを含めて、政府として注視していきたい。具体化していくときにどうなっていくかを見極めたい」と述べるにとどめた。日本政府が慎重なのは関係各国間の足並みが必ずしも一致していないためだ。(中略)
国際フォームで習主席は他国への内政干渉や発展モデルの押し付けを否定。「一帯一路で地政学的な駆け引きをする意図はない。協調的に共存する大家族をつくりたい」と、中国の拡張主義に対する各国の警戒感を念頭に融和的な姿勢を強調したが、日本を含めた各国の懸念解消には至っていないようだ。【5月20日 China Record】
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特に、アメリカ・トランプ政権の対中国政策が不透明ななかで、アメリカが中国が主導するAIIBに参加するのでは・・・、そのとき日本は孤立してしまう・・・という警戒感もぬぐえないないのが実情です。
“関係各国間の足並みが必ずしも一致していない”ということについては、前出【5月16日 朝日】のとおり。
【ロシアの失望と警戒感】
また、旧ソ連の5カ国が参加する「ユーラシア経済連合」を主導するロシアは、表向き中国の進める「一帯一路」との協調を演出していますが、実際にはロシアにとって「一帯一路」事業のメリットがあまりないことへの失望感、そして「一帯一路」によって中国が中央アジアでの存在感を強めることへの警戒感が強いと言われています。
****深まる中露関係、募るロシアの不満****
・・・・このように、中露関係のプロジェクトは、地域発展を目指すものやエネルギー関連の協力強化が主軸となっており、経済規模も大きい。
その一方で、両国のメガプロジェクトの連携に関し、ロシアの期待が裏切られているのもまた事実だ。
前述の通り、プーチンは度々中露のメガプロジェクトの連携が有益であると国内外に訴え続けて来たが、実際のところ、プーチンが本気でそう思っているとは考えづらい。
プーチンの連携を高く評価する発言の背景には、むしろ、連携からの恩恵が少ない現実への批判を避けるためだとも考えられる。実は、ロシア側が「一帯一路」との連携に期待していたものと実態はかけ離れており、プーチンをはじめとした当局やオリガルヒ(財閥)の懐疑心は強まっていると言われる。
(中略)中国と欧州を結ぶインフラの多くはロシアを全く通らず、中央アジアと南コーカサス地域を通過しており、ロシアは陸運の利益を得られないのだ。
さらに、そもそも陸路よりも海路での運輸の方が50%以上安価になるため、所要時間は陸路の方が早くなるとはいえ、経済合理性の観点から、中国・欧州間の貨物輸送で陸路経由が占める割合は1%以下となっている。
このことから、ロシアが陸の現代版「シルクロード」計画から得られる利益はほとんど想定できないのである。
ロシアよりも中国と関係を深める中央アジア諸国
(中略)さらにロシアの重要な「勢力圏」であり、中国が経済的に台頭してくるまではロシアが政治・経済の影響力を独占的に維持してきた中央アジア諸国が、ロシアよりむしろ中国との関係を深めていることもまたロシアにとっては許容しがたい問題だ。(中略)
単純ではない中露関係
このように中国とロシアの「一帯一路」と「ユーラシア経済連合」の連携への期待は高いとはいえ、実際にはあまり良い結果が出ておらず、また、地域覇権を維持したいロシアにとっては中国の勢力拡張は決して望ましくない状況だ。
米国への対抗軸という揺るがない共通利益を持っていることを背景に、中露関係が緊密であることは間違いないとはいえ、両国のメガプロジェクトにおける連携は、ロシアの期待とそれに応えていない中国という図式、ロシアの「勢力圏」に迫る中国の影響力など、両国関係の判断も単純ではない。
このような状況の中で、7月には習主席の訪露が予定されている。中露両国は世界大国のイメージをどのように守っていくのか、また現実にどのような成果を出せるのかは今後も注目される。【5月31日 WEDGE】
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【鳩山元首相:ユーラシア大陸を運命共同体にすることに寄与する】
「一帯一路」構想に対するネガティブな評価、慎重な見方が大勢を占める日本にあって、唯一ポジティブな評価を公言しているのが、AIIBの国際諮問委員会委員でもある、宇宙人とも揶揄される鳩山元首相です。
中国人民網のインタービューにおいて、以下のように語っています。
****鳩山元首相独占インタビュー!「一帯一路」について語る****
・・・・さらに「一帯一路」はユーラシア大陸の国々の貿易、交通、エネルギー、情報などをインフラ整備によって連携させ、とくに途上国の経済を発展させて、地域全体を運命共同体にする構想だと分析。中国の呼びかけでAIIBを設立させたこの構想は、経済を通じて地域を平和に導く考え方であり、その意義は非常に大きいとした。(中略)
鳩山氏は「一帯一路」は新しい海と陸のシルクロードと言われており、元々シルクロードの東の終点は日本だったと述べ、「私の立場で言えば、シルクロードと言う以上、韓国と日本は含まれていることが自然なことで、ユーラシアをインフラ整備で連携して経済発展に寄与することに中国と韓国、そして日本がそれぞれの特色を生かして協力することは、大変意義があるだけでなく、周辺諸国に安堵感を与えることになる。
『一帯一路』はインフラ整備を通じて、途上国を支援し、貧富の格差を縮小させ、紛争や戦争を防ぎ、ユーラシア大陸を運命共同体にすることに寄与すると確信している」とした。(中略)
最後に鳩山氏は「『一帯一路』はインフラ整備を通じて、ユーラシア大陸を運命共同体にして、二度と戦争のない地域にすることを最終的な目的とすべきだ。
そのためには、発展途上国の経済を成長させて、貧富の格差を減少させ、地域の人々の不満を解消することに利するインフラ整備を優先的に行うことを提案する。
さらに、地球を人間が生存するために持続可能な状態に保つため、グリーンインフラにはとくに気をつける必要がある」とその考えを述べた。【5月13日 Record China】
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鳩山氏の具体的な考え・発言をほとんど省略してしまいましたので、「なんのこっちゃ?」といったものになってしまいましたが、「一帯一路」の肯定的側面をとらえれば鳩山氏のような言い様になるでしょう。
まあ、そのことが“中国の野望のお先棒を担いでいる”と批判される訳ではありますが。
【多文化共存・自由貿易を象徴する“シルクロード”】
あまり大きな声では言えませんが、実を言うと私も個人的には現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に心惹かれるものがあります。
その根幹にあるのは“シルクロード”という言葉に感じるロマンでしょうか。
私にとっての“シルクロード”の原点は、1980(昭和55)年から放映された日中共同取材のドキュメンタリーである『NHK特集 シルクロード -絲綢(しちゅう)之路-』です。
“喜多郎作曲の悠久の時を感じさせるシンセサイザーのテーマ音楽とともに、砂漠の砂を踏みしめて歩むラクダ。その首につながれた鈴が揺れる。夕日を背景に果てしなく続く砂漠をキャラバンが進んでいく。そこにタイトル「シルクロード -絲綢之路-」「日中共同取材」の文字が現れる。そして、俳優・石坂浩二のナレーションで番組は幕を開ける。”【NHK】
今でも喜多郎の音楽や石坂浩二のナレーションを聞くと、胸が締め付けられるような感覚を覚え、抗いようのない旅心に誘われます。
その“シルクロード”に感じる思いにあえて屁理屈をつけるとすれば、シルクロードの魅了は様々な国々を行きかう人とモノです。人の往来は異なる国籍・民族・文化の人々の共存を、モノの往来は現代における自由な貿易にも通じます。
「自国第一」の偏狭な考えのもとで、異質な者を排斥しようとする傾向が強まるなかで、また、保護貿易主義的な主張が強まる中で、“シルクロード”が惹起する多文化共存・自由貿易のイメージは現代的な意味合いを有するとも思われます。
もちろん、現実のシルクロードは一面においては、覇権を狙う巨大国家の侵略、互いに競う都市・国家群の間の抗争の歴史でもあった訳ですが・・・
ものごとには必ず二つの側面があります。大切なのはネガティブな面をできるだけ小さくし、肯定的な面を大きくする努力です。
中国が主導する「一帯一路」が鳩山氏の言うような“途上国を支援し、貧富の格差を縮小させ、紛争や戦争を防ぎ、ユーラシア大陸を運命共同体にすることに寄与する”ものであるなら、その結果として中国の影響力(あるいは覇権、あるいは中国主導の国際秩序)が強まろうと、それは“些細な”問題であるように思います。
中国が狙っているのは中国の政治的・経済的利益だけで、そのような“建前”“きれいごと”は実現しないと批判するのであれば、外野席でヤジるのではなく、プレイヤーとして参加して、少しでも“建前”“きれいごと”が現実のものとなるように尽力すべきでしょう。
結果、中国の存在感が今以上に大きくなったとしても、それはそれで。別に、中国と競い合うだけが日中関係でもないでしょうし、「一帯一路」の有無にかかわらず、日本の10倍の人口を抱える中国はいずれ国際的立場をさらに高めることでしょう。
たとえ中国の政治的・経済的影響力が圧倒的になったとしても、日本文化の独自性が揺らぐ訳でもありませんし、中国が今の政治体制にとどまるかぎり、中国社会には日本をうらやむ後進性が残存します。
「一帯一路」の進展を示す事例に関する最近の記事については、中国系メディアの“自画自賛”的なものを含めて見出しのみ。
中央アジア、「陸のハブ」へ 中国、カザフと経済特区 ドバイ手本、一帯一路の拠点に【5月16日 朝日】
中国・欧州間の貨物列車、ことし1000本目が出発【5月19日 CNS(China News Service、中国新聞社)】
「一帯一路」鉄道の試運転実施 年内開通予定【5月19日 CNS】
西安にも一帯一路の風、「空のシルクロード」開通【5月29日 CNS】
また、“脱シルクロード”としての、アフリカでの中国の影響力拡大については
米国はアフリカでの地位を中国に奪われつつある【5月31日 Record China】