孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

現代の奴隷労働 「私たちが飲む紅茶の陰では、多くの涙が流されている」

2016-05-31 23:22:49 | 南アジア(インド)

(パキスタン・カラチから北東へ約220キロに位置するマットリで、地元当局によって助け出され、我が子を抱きしめる奴隷状態にあった女性たち 【2014年11月18日 AFP】)

4500万人超が「現代の奴隷」状態に置かれている
現代社会にあっても「奴隷労働」が広く存在しています。

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何者かの所有物として支配され、人間としての権利や自主性を認められずに搾取される奴隷は決して歴史上の用語ではなく、現代にも存在している社会問題と言えます。(中略)

奴隷的労働の実態は多岐にわたり、加工用の魚を捕る漁師(タイ)や、ダイヤモンドを掘る炭鉱作業員(コンゴ)、綿花摘み(ウズベキスタン)、サッカーボールを手縫いする仕事(インド)といったケースが見られるほか、戦闘行為にかり出される少年や売春行為の強要などが行われています。

国際労働機関(International Labour Organization:ILO)の推計によると、このような強制労働から生まれる利益は、年間1500億ドル(約17兆6000億円)にも上ると試算されています。(後略)【2014年11月20日 Gigazine “現代にも残る奴隷労働の実態をまとめた「Global Slavery Index 2014」”】
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上記調査の2016年版が発表されました。

****現代の奴隷」人口、世界で4500万人超****
世界各地で「現代の奴隷」状態に置かれている人の数は、成人と子どもを合わせて4500万人を上回っていることが、31日に発表されたNGOの年次報告書で明らかになった。当初の予測よりはるかに多く、3分の2がアジア太平洋地域を占めている。
 
奴隷状態の撲滅を目指す団体「ウオーク・フリー・ファウンデーション(WFF)」が発表した報告書「グローバル・スレイバリー・インデックス2016(Global Slavery Index)」は167か国、4万2000人を対象に53言語で面談を行った情報に基づき、奴隷状態にある人々の割合と各国政府の対応を割り出している。データ収集と調査の方法を見直した結果、「奴隷」の数は2年前の推計よりもさらに28%増えているという。
 
国・地域別で「奴隷」の数が最も多かったのはインドだった(推計1835万人)。また全人口に占める奴隷状態の人の割合が最も多かったのは北朝鮮で、人口の4.37%が奴隷状態にあり、政府の対応も最も鈍かった。

「現代の奴隷」は、脅迫や暴力、強制、権力乱用、詐欺などによって立ち去る自由を奪われ、搾取されている状態を指す。場合によっては、借金の形に漁船で労働させられたり、強制的に家事や売春をさせられたりする例もある。【5月31日 AFP】
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2014年版調査によれば、奴隷人口を全人口比で表した場合、全人口のうち実に4%もの人が奴隷的労働を強要されているというモーリタニアがトップ。次いで3.98%のウズベキスタン、2.30%のハイチ、1.36%のカタールなどが続きます。

カタールでは外国からの出稼ぎ労働者を雇用主が支配する「カファラ」という制度などが問題視されており、2022年に予定されるサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会の妥当性に疑問の声も出ています。

****カタール、W杯スタジアム改修で外国人労働者を酷使・・・・人権団体がFIFAに報告書を提出****
2022年のW杯開催が決まったカタールだが、スタジアム建設における労働者酷使が問題となっているようだ。英紙『テレグラフ』が報じた。
 
カタールは世界最大のスポーツイベントであるW杯開催に向け、準決勝開催が予定されているハリーファ国際スタジアムの改修工事を行っているが、労働者は過度な重労働に加えて賃金未払いが発生しているという。
 
この状況に国際人権NGO団体『アムネスティ・インターナショナル』が調査を開始し、50ページにも上る報告書をFIFAに提出した。
 
同団体のサリル・シェッティ代表は、「移住労働者の乱用は、サッカーの良心における汚点である。選手やファンにとってW杯のスタジアムは夢見る場所だが、労働者の中には悪夢を感じている人もいる」と、FIFAを非難した。
 
スタジアム建設、インフラ整備のために以前より外国人労働者の死亡事故も相次いでおり、犠牲者は今後も増え続けるとも指摘されている。【3月31日 フットボールチャンネル】
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最も多いのがインド 茶園での奴隷労働
2014年版調査において、奴隷人口そのものでみると、1位がインドで1400万人、これに320万人の中国、210万人のパキスタン、120万人のウズベキスタンが続いています。

奴隷労働には、先祖代々続く奴隷身分と、経済的利益に基づく流動的な奴隷労働がありますが、インドなど南アジアでは前者が多いとされています。

インドで“先祖代々続く奴隷身分”と言えば、カースト制などの社会制度が先ず思い浮かびますが、奴隷労働を固定化させているのはそれだけではないようです。

****インド茶園の「奴隷」たち****
世界中で飲まれている有名産地の茶葉生産は、植民地時代そのままの劣悪な環境で働く労働者に支えられている

正午、午前の作業の終わりを告げるサイレンが茶畑に鳴り渡ると、ミナ・シヤルマ(45)は道具を片付け、粗末な服装をした汗だくの女性たちの長い列に並ぶ。収穫した茶葉の目方を量ってもらうためにだ。
 
それが済むと大急ぎで家に戻り、野菜だけの昼食を作る。安い賃金では、肉には手が出ない。90分後には、おんぼろの家を出て茶畑に戻る。1日の収穫のノルマは25キロ。午後の仕事がまだ残っている。
 
インド東部の西ベンガル州のドアーズ地方にあるモグルカタ茶園で働くシヤルマは、子供1人を育てるシングルマザー。地元の村の出身で、30歳のとき母親の後を継いでこの茶園の茶摘みの仕事を始めた。ほかの労働者もほとんどが女性だ。
 
賃金は、1日当たり米ドルにして2ドル足らず。50年以上前に茶葉生産会社から与えられた家に、両親と一緒に住んでいる。「一度も修理してもらっていない」と言い、シヤルマはさびたトタンの屋根に目をやる。「雨が降ると、家の中で傘を差さなくてはならない」
 
トイレはなく、近所で唯一の水道の蛇口は500人以上が共用している。熱病や下痢は珍しくなく、仕事を休んだ日は半額しか賃金が出ない。
 
インドは、中国に次ぐ世界第2位の茶葉生産国だ。世界の輸出に占めるシェアは14%。1500を超す茶園で350万人が働く。茶葉産業はインド屈指の重要産業だが、インドが独立して70年近くたった今も、茶園労働者たちは、イギリス統治時代と大して変わらない奴隷同然の待遇で働かされ続けている。
 
賃金があまりに低いだけではない。食料の配給、飲み水、医療施設、学校、電気を会社に頼っており、家も会社の所有なので、代々仕事を継いでいかなければ追い出されかねない。それに、会社が破産して茶園が閉鎖されれば、賃金も水も食料も一夜で失う。

トイレも飲み水もない
現地のNGOによれば、過去15年間で栄養不良により死亡した茶園労働者は2000人を超す。「私たちが飲む紅茶の陰では、多くの涙が流されている」と、インド屈指の茶葉生産地である西ベンガル州の茶園労働者支援団体「ドアーズ・ジャグロン」のリーダー、ビクトル・バスは非難する。
 
テライ、ドアーズ、ダージリンの3地区に276の茶園がある西ベンガル州は、茶園労働者の労働環境のひどさで有名だ。13年のインド政府の報告書によると、適切な飲用水施設がある茶園は61力所だけ。107ヵ所は病院がなく、44力所はトイレがない。会社が整備を義務付けられている施設であるにもかかわらず、だ。26万2000人の
労働者のうち9万6000人近くは、家も与えられていない。
 
「西ベンガルの茶園労働者は、最低中の最低レベルの施設も与えられていない」と、テライ地区で茶園労働者の労働組合を率いるアビジット・マズムダルは言う。「会社側は意図的に労働者をそういう状態に置いている。労働コストを抑えるためだ」(中略)

冒頭で紹介したシヤルマのような人たちにしてみれば、愛するわが子にはもっといい人生を送らせたいが、子供が自分を継いで茶園の仕事に就かなければ、家を失うことになる。家は、粗末とはいえ、彼女たちに保証されている数少ないものだ。
 
「若い世代はここに残りたがらない」と、不満げな声色でシヤルマは言う。「みんな出て行ってしまう」。シヤルマはおそらく、両親と同じようにここで老いていくのだろう。自分の後は、25歳の既婚の娘に茶摘みの仕事を継いでほしいと思っている。
 
何十年も過酷な生活に耐え茶園に人生をささげてきたシヤルマに与えられるたった1つの褒美は、子供時代からのすべての思い出が詰まった家で生き続けられることなのだ。ただし、その家を「私の家」と呼べる日は決して来ない。【4月26日号 Newsweek日本版】
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上記の「茶園」労働が前出調査の対象となる「奴隷労働」に該当するのかどうかは知りませんが、極めて劣悪な労働環境にあることは間違いでしょう。

先進国消費者も奴隷労働の受益者
個人的には、この記事は少なからずショックでした。
これまでスリランカやインドネシア・ジャワ島などで、何も考えることなく茶園を“観光”してきたこともありますが、何より毎朝“激安紅茶”を飲んでおり、おそらくその“激安”を可能しているのは、上記のような「奴隷労働」ではないか・・・と思うからです。

前出の「Global Slavery Index 2014」では、日本でも23万人が奴隷労働に従事しているとされています。

****日本でも23万人が奴隷労働に従事****
この主な対象は、米国国務省が毎年発表する「人身売買報告書」でも指摘されている性風俗産業に関するものです。

また、今や農業や製造業現場では多くの「技能実習生」が事実上の外国人労働者として働き、日本の産業を下支えしていますが、この実習制度の現場でも、人権侵害が生じていると指摘されています。【3月1日 Business Journal 大谷 俊氏】
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もちろんこうした日本国内における「奴隷労働」も問題ですが、前出“激安紅茶”のように、知らず知らずのうちに消費者として、グローバル経済における奴隷労働の受益者となっているということも認識する必要があります。

ただ、消費者はどうしても安い商品に手が伸びてしまいます。私も前出“激安紅茶”を飲み続けています。
(もちろん、商品に「奴隷労働産品」といった表示でもあれば買いませんが・・・・)

2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカ北西約20kmにあるシャバールで、8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊した事故は、死者1,127人、負傷者2,500人以上の大惨事になりました。
このビルには縫製工場が入っており、犠牲者の多くが、崩壊の危険のある建物にあっても労働を強制される劣悪な環境で働いていた女性労働者でした。

この事故を機に、労働条件・環境改善を求める声が大きくなりましたが、劣悪環境の縫製工場に発注していた先進国企業の責任も問われることになりました。そうした企業は母国で「激安商品」を供給し、最終的には消費者もその利益を享受する形となっていました。

企業取引を規制する現代奴隷法の必要性
上記のような事例を考えると、奴隷労働への関与を法的に企業レベルで食い止める対策が必要に思えますが、イギリスではそうした取り組みが始まっているようです。

****奴隷大国・日本の暗部、23万人も発覚・・・・日本企業、今後の海外展開の障害に****
英国で現代奴隷法(Modern Slavery Act)という法律が昨年、制定されたことをご存じでしょうか。

同法では人身売買、(家庭内含む)強制労働、借金のかたによる労働、性的搾取、強制結婚などの「現代の奴隷」に英国企業が加担することを抑止することを目的とするもので、英国で事業または事業の一部を行い、商品やサービスを提供している全世界での年間売上高が3600万ポンド以上の企業約1万2000社が対象とされています。英国に法人を置き、同規定に該当していれば日本企業も当然対象となります。

「奴隷」は昔の話ではないのかと思う方も多いと思いますが、現代でも奴隷に相当する労働に従事することを余儀なくされている人は少なくありません。

豪州のNGOであるウォークフリー財団が発表している「Global Slavery Index調査」では、世界で約3850万人もの人々がそうした労働環境下に置かれているとされています。(中略)
 
同法では、自社事業の関わるすべてのサプライチェーン、すなわち英国内外、直接・間接問わず、世界中すべての企業との取引において、現代の奴隷に加担していないことを確認するために企業が取っている方策を毎年公表する義務が課せられることになります。(中略)
 
同法が制定された背景には、グローバルに広がる企業取引において、そのサプライチェーンの下流にある企業の調達行動を制限することで、上流企業が引き起こす社会・環境・人権等の問題を予防する「CSR(企業の社会的責任)調達」「サステナブル調達」がグローバル企業を中心として、一般化していることが挙げられます。多くのグローバル企業が取引先に対し、調達基準を示し、それを遵守することが取引条件となっています。(後略)【3月1日 Business Journal 大谷 俊氏】
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もちろん、規制があれば直ちに「奴隷労働」がなくなる訳ではないでしょう。
現在でも多くの先進国大手企業は、途上国などの発注先について、不当労働などが行われていないか、一定に視察・監視しているところが多いと思われます。

しかし、実際にはまともな「視察用工場」が存在して、生産の多くは劣悪な「裏工場」で行われていたり、視察する側もそうした事情を薄々知りながらも敢えて問題にせず、形式的に「視察用工場」だけを見てよしとする・・・そうしたことも行われているように聞きます。

抜け道はいくらでもあるのでしょう。そうであるにしても、イギリスの現代奴隷法(Modern Slavery Act)のような規制がかけられることで、企業に対する一定の圧力にはなるでしょう。もし何かトラブルが発覚すれば、「知らなかった」では済まされない企業責任が問われることにもなりますので。

フェアトレード
なお、現在でも「フェア・トレード」の仕組みがあります。

****フェアトレードとは****
コーヒーや紅茶、バナナやチョコレート。日常を彩るたくさんの食べ物が世界の国々から私たちの手に届けられています。それらを生産している国、人々のことを考えてみたことはありますか?

日本では途上国で生産された日用品や食料品が、驚くほど安い価格で販売されていることがあります。一方生産国ではその安さを生み出すため、正当な対価が生産者に支払われなかったり、生産性を上げるために必要以上の農薬が使用され環境が破壊されたりする事態が起こっています。

生産者が美味しくて品質の良いものを作り続けていくためには、生産者の労働環境や生活水準が保証され、また自然環境にもやさしい配慮がなされる持続可能な取引のサイクルを作っていくことが重要です。

フェアトレードとは直訳すると「公平な貿易」。つまり、開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す「貿易のしくみ」をいいます。

フェアトレード・ラベル運動とは
フェアトレードの明確な基準を設定し、それを守った製品にラベルを貼付して分かりやすく伝え、フェアトレードを広めていこう、というのがフェアトレード・ラベル運動です。

国際フェアトレード認証ラベルは、その原料が生産されてから、輸出入、加工、製造工程を経て「フェアトレード認証製品」として完成品となるまでの全過程で、国際フェアトレードラベル機構(FLO)が定めた国際フェアトレード基準が守られている事を証明しています。【FAIRTRADE JAPAN】
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フランス  労働法改正で政治・社会が混乱 若者らの一部は暴徒化

2016-05-30 22:55:00 | 欧州情勢

(パリ市内でデモ参加者と警察の暴徒鎮圧部隊の衝突  Francois Mori/AP Photo  【http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12164706270.html】)

パリ 世界で最も労働時間が短い都市
都市別にみて、「週間平均労働時間が最も短い都市」はフランス・パリで30.84時間、第2位も同じくフランスのリヨンだった・・・・との調査結果が報じられています。

****世界で最も労働時間が長い都市は?1位はアジアから****
世界のどの都市の会社員が最もハードに働いているのだろう?世界最大級の金融グループ・スイスUBSの調査によると、香港の週間平均労働時間は50時間を上回り、世界トップに立った。台北も41.17時間で第8位だった。中国台湾網が報じた。

UBSは、世界71都市で15業種の仕事に就く会社員を対象に、労働時間に関する調査を実施した。調査の結果、「週間平均労働時間が最も長い都市」トップ10のうち7都市はアジアの都市だった。ヨーロッパの会社員はアジアよりはるかに恵まれており、「週間平均労働時間が最も短い都市」トップ10は全てヨーロッパの都市で占められていた。

調査によると、世界71都市の週間平均労働時間は36.23時間、香港は50時間を上回り、世界で労働時間が最も長い都市となった。2位から5位は順に、ボンベイ(インド)、メキシコシティ(メキシコ)、ニューデリー(インド)、バンコク(タイ)。

世界で労働時間が最も短い都市ランキングでは、フランスのパリが週間平均労働時間30.84時間で首位。2位は同じくフランスの都市リヨン(31.36時間)だった。3位から5位は順に、ロシアの首都モスクワ(31.67時間)、フィンランドの首都ヘルシンキ(31.90時間)、オーストリアの首都ウィーン(32.26時間)となっている。

パリの会社員は、毎週5日出勤、1日あたり労働時間はわずか6.17時間と、地球の全会社員の憧れの的となるような結果となった。【5月29日 Record China】
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労働時間に関しては多くの調査があり、その調査方法等によって結果も異なります。

経済協力開発機構(OECD)加盟国など世界35の国と地域を対象とした平均年間労働時間についてのランキングでみると、最も少ないオランダが1384時間、その次がドイツで、フランスは5番目に少なく1479時間となっています。
なお、日本は真ん中あたりで1745時間ですが、最も多いのはメキシコ2226時間、韓国2163時間、ギリシャ2034時間となっています。【http://top10.sakura.ne.jp/OECD-HOURSWKD-T1.html

西欧諸国が少ないのはわかりますが、「働かない」とドイツなど批判されているギリシャは、少なくとも労働時間で見る限りはドイツなどより遥かに長い労働時間となっています。

日本では、「働きすぎ」が問題視されていた昭和50~60年代は年間で2100時間前後でしたが、1800時間を国際公約とする1987年の新前川レポート、その後の労働基準法改正で「時短」が進んできました。

ただ、不況による時短、パトタイマー比率増加による全体平均低下、サービス残業の存在などもありますので、「労働時間」の実態把握・評価には注意が必要です。

いろいろと注意すべき点はありますが、フランスなど西欧諸国では一般に労働時間が他の地域に比べると短い・・・というのは間違いないところでしょう。働く側からすれば、少ない労働時間で暮らしていけるのは、喜ばしいことです。

【仏政府は労働法改正で下院「強制通過」 不信任動議は否決するも与党内に亀裂】
そのフランスで、硬直的な労働市場が高い失業率の原因ともなっているとして、社会党オランド政権による労働法改正の動きがあり、それに抵抗する労働者の激しい抗議行動が起きているという話は、4月1日ブログ「フランス  労働法改正問題で続く抗議デモ」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160401で取り上げました。

“労働法の改正案を巡っては、失業率が10%台で高止まりし、若者の失業率にいたっては25%を超えるなか、大統領選挙を来年に控えて、オランド政権が、最重要課題とする雇用対策の切り札にしたい考えですが、最新の世論調査では58%が改正案に反対しています。”【4月1日 NHK】

“日本でも正規の従業員を解雇するのは難しいが、フランスの場合、「1人を解雇するのに、労働法の専門家3人が弁護士とともに3年がかりでやっと成功する」といわれるくらい難行だ。その結果、正規の従業員の雇用には慎重にならざるをえず、従って失業率が改善されないというわけだ。

現行の労働法では、解雇するためにはまず文書にてどういう理由で解雇するかなどを事前に通告し、それから種々のやり取りが始まる。しかも仮に解雇が決まっても、従業員が解雇を不服として労働裁判所(prud'homme)に訴えれば、まず100%、従業員が勝訴し、企業は多額の賠償金を支払うことになる。”【3月17日 France News Digest】

当然ながら、労働者側には権利が奪われるとの認識があり、しかも左派・社会党政権による改正に対し、“裏切り”といった思いもあります。

与党・社会党内でも左派は改正に反対しているため、オランド大統領は憲法規定にのっとり、下院において議会の議決なしに「採択」するという「強制通過」による強硬突破を行っています。

この措置に対する不信任決議は否決され、法案は上院にまわされていますが、与党内の亀裂が深刻化しています。

****労働法改正案が下院を通過****
議場採決なしの強行突破で与党に分裂危機か
3日、フランス各地で激しい反対運動を引き起こしていた労働法改正案が国民議会(下院)本会議で審議入りし、12日、憲法49条3項の適用により、議決なしで「採択」された。

与党内左派が法案に反対の態度を崩さず、多数派の賛成を得られる見通しがなかったために、政府が強行突破をはかった形だ。

フランス憲法は、政府の決定により、議決なしで法案を「採択されたもの」とみなすことを認めており、これを覆すためには、24時間以内の内閣不信任決議の提出が必要となる。

「反抗者(Frondeurs)」と呼ばれる与党内左派は同法案に反対しており、独自の不信任決議案の提出を模索していたが、提出に必要な人数の署名を集められず失敗。
野党提出の不信任決議案も否決され、法案は「採択」された。

憲法に認められた手続きを取ったとはいえ、与党内の分裂は誰の目にも明らかになった。不信任決議に加担しようとした与党議員には、何らかの処分が検討されているほか、与党内の保守派が、反抗議員に離党を促すなど緊張が高まっている。(後略)【5月19日 France News Digest】
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中道右派の野党・共和党が提出した内閣不信任動議は、賛成246票を得たものの、内閣を退陣させるのに必要となる288票には届かなかったとのことですが、この不信任動議を主導したのがサルコジ氏で、TVで久しぶりにその姿を見ました。次期大統領への復権を目指して頑張っているようですが・・・。(法案内容より、議会無視の「強制通過」を問題視していたようです)

抗議行動が拡大 市民生活への影響拡大
労働者の抗議行動は拡大しており、一部は暴徒化して混乱を引き起こしています。

****フランス労働法改正で抗議デモ激化、暴徒には「厳罰」と首相****
フランスで、政府が議会での採決を経ずに強行成立させた労働法改正法案に抗議する大規模デモやストライキが激化し、3日連続で公共交通機関に支障が出ている。19日には首都パリで1万4000人がデモ行進し、一部が治安部隊と衝突した。
 
抗議行動が2か月に及ぶ中、強硬姿勢を強めるエマニュエル・バルス(Manuel Valls)首相は、港や製油所、空港などでのデモの強制排除に乗り出す可能性に言及。18日に暴徒化したデモ隊が警察車両を襲撃し放火した一件について、「厳しく処罰する」と言明した。
 
労働法改正についてフランソワ・オランド政権は、硬直したフランスの労働市場の柔軟性を高め雇用を創出すると説明しているが、反対派は雇用の安定を脅かすだけだとして反発を強めている。【5月20日 AFP】
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拡大するストライキによってガソリン不足も生じており、政府は戦略備蓄の放出を余儀なくされています。

****仏で労働法改革スト拡大 市民生活に影響、各地で衝突も****
フランスで、労働法改革に反対するストライキが広がり、全土に影響を及ぼしている。首都パリでは26日、覆面姿の若者らが警察と衝突。各地の製油所や原子力発電所でもストが行われ、運転の停止や遅延が生じている。
 
AFP記者によると、パリで行われた労働法改革法案に反対するデモでは、行進の列を離れた約100人の参加者らが、店舗や駐車中の車の窓を割るなどの行為におよび、警察が催涙ガスを使用し対応した。
 
サッカー欧州選手権2016(UEFA Euro 2016)の開幕が2週間後に迫る中、労働組合の活動家らは道路や橋を封鎖し、電車運転士や航空管制官らもストに加わっている。組合は、大会が始まる来月10日から、パリの地下鉄で断続的なストを開始するよう呼び掛けている。
 
この日、国内各地の街頭で抗議行動に出た人の数について、当局は15万3000人、組合側は30万人と発表した。仏当局によると、身柄を拘束されたデモ参加者の数はパリの32人を含め62人に上り、また各地での衝突で警官15人が負傷。パリではデモ参加者1人が重傷を負い入院した。
 
同国北部にある油槽所や製油所でのストは一部中止されたものの、各地のガソリンスタンドではこの日も給油を待つドライバーが長い列を作っていた。
 
労働組合の活動家らによって製油所が数日間封鎖されたことにより、ガソリンスタンドの3分の1で、給油が全くあるいはごくわずかしかできない状態になっている。スト終了で1か所の製油所は運転を再開したものの、国内に8か所ある製油所のうち5か所で引き続き運転が中止されたり生産量が減らされたりしている。
 
南部トリカスタン原子力発電所では、職員らが積み上げたタイヤに火をつけ、黒煙が上がった。同国最大の労働組合連合「フランス労働総同盟(CGT)」によると、国内の電力の4分の3を供給している原発19か所のうち、3か所を除く全てがスト実施を決めた。
 
労働組合は、支持率が極めて低い社会党(PS)が議会を強行通過させた労働法改革法案に激しく反発している。この法案には、企業による人材の解雇・採用を現在よりも容易にすることによって、流動性の低いことで知られる同国の労働市場を改革しようという狙いがある。【5月27日 AFP】
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大型トラック組合の一部が、改定法案に盛り込まれている「時間外手当の大幅カット」に反対してストに突入したため、パリでも他の大都市でも、食料品をはじめとする物資の不足が目立っているようです。

【「反警官デモ」で荒れる若者ら 破壊専門の暴力グループも
労働者の抗議行動だけでなく、極左グループや学生らと警官隊の衝突が生じており、破壊専門の暴力グループが暴れることで混乱を大きくしています。

****デモ隊襲撃でパトカー炎上、パリはもはや戦争状態だ 「労働改定法案」を巡る対立がますます過激に****
炎上するパトカーから危機一髪で脱

デモ隊はパトカーも襲撃し、炎上したパトカーから男女の警官が危機一髪で脱出。そのシーンを現場から中継したテレビ記者は「これは戦争です!」と思わず口走った。

5月18日、パリの共和国広場で極左グループや学生らが警官隊の「過剰」なデモ警備に抗議して「反警官デモ」を繰り広げた。

そのスローガンがすさまじい。「みんなが警官を憎悪している」「フリック野郎(警官の俗称)、ブタ、殺人者」「ペタン(ナチ占領下の対独政府の首相、フィリップ・ペタン)の再来」など。

警官隊が催涙弾で応酬すると、周辺の通りに四散したデモ隊の十数人が、ちょうど通りがかったパトカーを襲撃。ガラス窓を金属棒でたたき割ると同時に、車の下や車内に火炎瓶を投げ込んだ。車内にいた男女の警官2人のうち男性警官が出てきて、金属棒で殴りかかるデモ隊の1人と対峙。警官は素手で応戦し、その間に女性警官は炎上し始めたパトカーから脱出した。

男は駆けつけた警官らに取り押さえられたが、パトカーは全焼した。もし、警官2人が車内に閉じ込められていたら、焼死していたか重度の火傷を負ったのは間違いない。パトカーを襲撃した18歳から32歳までの極左グループ4人は「意図的殺人行為」で逮捕された。

「労働改定法」への反対デモには、毎回100人前後の「カシャー(破壊屋)」と呼ばれる破壊専門の暴力グループが参加し、店舗のショーウインドーやレジの破壊などを繰り返し、市民からも顰蹙を買っている。

デモ隊に負傷者が出る一方、警官隊にも100人を超える負傷者が出ている。仏中西部ナントでは部隊から離れて1人でいたところを襲撃されて重体に陥った警官もいる。警官を襲ったのは18歳の高校生だ。倒れた警官の頭部を狙って執拗に殴る蹴るの暴力を加えたという。(後略)【5月30日 JB Press山口 昌子氏】
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単に労働法改正の是非にとどまらず、若者らの既成政治への不満が一部暴力を伴う形で噴出している状況のようです。

もちろん「パリはもはや戦争状態だ」とは言っても、別にパリ全体が炎上している訳でなく、混乱しているのは一部だけなのでしょうが。

上記の山口 昌子氏リポートによれば、政府は7月下旬には上下両院合同の最終採決によって法案を成立させることを目指しているそうです。

****撤回したらヴァルス首相の辞任は必至****
上院での審議(6月13~24日)を経て、政府は7月下旬には上下両院合同の最終採決によって法案を成立させることを目指している。だが、7大労組のうち共産党系の労働総同盟(CGT)ら4労組は「断固、法案撤回」を叫んで、デモやストを強化中だ。

与党・社会党内にも「法案は撤回すべきだ」との意見がある。だが、撤回したらヴァルス首相の辞任は避けられない。その場合、1年後に迫った2017年春の大統領選への悪影響は必至である。首相辞任を何としても避けるために、法案成立を目指す以外ないというのが政府の立場だ。

フランスでは2006年にも、「初回雇用契約」を盛り込んだ「機会均等法案」が学生らの猛反発に会った(法案を提出したのはシラク右派政権)。若年層の失業率を低下させるのが目的だったが、かえって「若年層を恒久的な仮契約者にする」として学生や労組などが100万人規模のデモを繰り広げた。

法律は公布されたもののデモやストがやまず、結局、撤回に追い込まれたという過去がある(ただし、1年後の大統領選では与党のサルコジ氏が新法案を約束するなどして勝利した)。

今回は、弱者の見方を標榜する社会党が法案を通そうとしていることに、左派支持者は「裏切られた」との思いが強い。

社会党左派は公然と法案に反対しており、オランド大統領の支持率は最新の各種世論調査では13~16%と低下。ヴァルス首相も25%前後と急激に支持率を下げている。

ヴァルス首相は「撤回はありえない」と強硬姿勢を崩していないが、政府と法案反対派の“戦闘状態”はまったく収束する気配を見せない。【同上】
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世界的に見れば、恵まれた国の恵まれた条件をめぐる争いにも見えますが、当分の間パリは荒れ模様が続きそうです。
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シリア  クルド人勢力を中核とするラッカ奪還作戦で懸念される新たな混乱も 

2016-05-29 22:12:22 | 中東情勢

(28日、トルコ南東部ディヤルバクルで演説し、米軍がシリアでクルド人民兵を支援していると批判するトルコ・エルドアン大統領【5月29日 時事】)

アメリカのシリア・クルド人勢力支援にトルコは激怒
シリアの少数民族クルド人を中核とする部隊が24日、過激派組織「イスラム国」(IS)が首都と称する北部ラッカの制圧を目指し、地上作戦を始めたこと、イラクでもイラク政府軍及びシーア派民兵によって23日、ISが支配する中部ファルージャの奪還作戦が始まったことは、5月25日ブログ「イラク・シリアで対ISの軍事作戦が開始されるも、両国ともに問題も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160525で取り上げました。

このうち、シリアに関しては、クルド人勢力の拡大・ラッカ支配についてのアラブ系反政府勢力からの反発、国内にクルド人反政府勢力PKKを抱えるトルコが、今回作戦の中核となるクルド人勢力もPKKと同じテロ組織とみなしており、国境付近でのクルド人勢力の拡大に神経をとがらせていることなども触れたところです。

後者のトルコとの関係においては、アメリカは(反政府勢力が戦力として期待できない状況で)クルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」を地上作戦の中核として期待していますが、一方で、この地域でのカギを握るトルコを刺激することも困るし・・・という板挟み状態にあります。

そんな中で、さっそくトルコ・エルドアン大統領を激怒させる「事件」が明らかになっています。

****米兵がクルド人民兵部隊の記章着用、トルコが激怒****
シリアに展開する米軍特殊部隊が、クルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」の記章を着用して任務に当たっていたことがフランス通信(AFP)の報道写真から明らかになり、米政府は27日、YPGを「テロ組織」とみなすトルコ政府への釈明に追われた。
 
約200人の米軍特殊部隊がシリア北部で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が首都と位置づけるラッカをISから奪回すべく戦闘を続ける地元民兵らの支援や、有志連合軍に空爆目標情報を伝える任務を行っていることは以前から公然の秘密だった。
 
その際に米兵らがYPGの記章を着用して任務に当たっていたことが、AFPカメラマンが撮影した写真から明らかになった。
 
だがトルコ政府は、YPGを非合法組織クルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」の一派とみなしており、記章着用を行き過ぎた行為と受け止めた。
 
メブリュト・チャブシオール外相はこうした行為は「偽善」と「ダブルスタンダード(二重基準)」にほかならないと米国を非難。YPGの記章着用は国際テロ組織「アルカイダ」やIS、ナイジェリアのイスラム過激派組織ボコ・ハラムなどのロゴマークを着用したに等しいと批判した。
 
これに対し米国防総省は、対ISで共同戦線を張るクルド人とアラブ系の合同部隊「シリア民主軍」の主体を成すYPGとの協力関係は今後も維持していくとしたうえで、記章は取り外すと発表した。
 
イラク駐留米軍のスティーブ・ウォーレン報道官は記者会見で「YPGの記章を身に着けることは許可しておらず不適切だ」と述べ、是正措置を取ったことを明らかにした。
 
米軍の特殊作戦部隊が同盟軍の記章を着用することは少なくない。だがウォーレン報道官はYPGをめぐる「政治的にデリケートな状況」を鑑みれば今回に関しては不適切との認識を示した。【5月28日 AFP】
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アメリカはトルコ国内でテロ活動を行うクルド人武装勢力PKKは「テロ組織」と認めていますが、北部シリアのクルド人民防衛部隊(YPG)についてはテロ組織とは認定しません。

先述のようにシリア国内の反IS勢力としては、アメリカが頼れる唯一と言っていいほどの存在ですから、トルコの怒りをかわしながら、今後もYPGとの共闘は続けると表明しています。

一方、トルコ・エルドアン大統領は、アメリカが「テロ組織」YPGと共闘していることに怒っています。

****あってはならない」=クルド支援の米軍批判-トルコ大統領****
トルコのエルドアン大統領は28日、南東部ディヤルバクルで演説し、米軍がシリアでクルド人民兵を支援していると批判した。「米国は(クルド人民兵組織)人民防衛部隊(YPG)を支援している」と指摘。トルコと米国は共に北大西洋条約機構(NATO)加盟国だが「NATO内の友人同士、あってはならない」と警告した。
 
大統領はYPGについて「(トルコの反政府武装組織)クルド労働者党(PKK)や(YPG政治部門)クルド民主連合党(PYD)、過激派組織『イスラム国』(IS)と違いはない。全員、テロリストだ」と非難した。(後略)【5月29日 時事】
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拡大・強化されるクルド人勢力 ロシアを巻き込む新たな火種にも
クルド人勢力はトルコと国境を接するシリア北部に実効支配地域を確保しており、YPGの上部組織・政治部門である「民主統一党」(PYD)は3月段階に「自治区」を宣言しています。

****クルド系、シリアに「自治区」設立宣言***
シリア内戦で同国北部に勢力圏を確立した少数民族クルド系の組織「民主統一党」(PYD)は17日、事実上の「自治区」の設立を宣言した。トルコ国境沿いのシリア北部の複数の勢力圏に「連邦制」を導入するとしている。AP通信やロイター通信などが伝えた。
 
PYDは傘下に軍事部門「人民防衛隊」(YPG)を持ち、シリア内戦の勃発以降、イラク、トルコ国境沿いの数百キロ以上に及ぶ地域と、シリア第2の都市アレッポの北方のトルコ国境沿いに、それぞれ勢力圏を確立した。これらの勢力圏を「連邦制」の「自治区」にするとしている。
 
シリアの国営メディアによると、アサド政権は「宣言に正当性はない」と反発するコメントを出した。また、シリアと同様にクルド系の分離・独立問題を抱える北隣トルコも容認できない事態だ。【3月18日 朝日】
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今回のラッカ奪還作戦でクルド人勢力が更に勢力を拡大し、上記「自治区」がより鮮明・確固たるものになると、トルコ・エルドアン大統領が軍事介入してこの動きを阻止することもあり得ます。

今後、トルコとクルド人民防衛部隊(YPG)の間で戦闘行為が発生するような事態となると、板挟みのアメリカは苦しい対応を迫られることにもなります。

トルコ南部ガジアンテプの空港付近で28日、隣国シリアからのロケット弾2発が着弾したとトルコ・メディアは報じています。詳細はわかりませんが、位置的にIS支配地域からのロケット弾でしょうか。

上記ロケット弾はともかく、今後のISとの小競り合いでも、対IS作戦を名目にクルド人勢力がおさえるシリア北部にトルコが介入するということもあり得るでしょう。

万一、今後トルコ対クルド人勢力の戦闘という状況になれば、トルコと関係が悪化しているロシア・プーチン大統領がクルド人を支援するような構図も考えられます。

プーチン大統領は、ロシア軍機をトルコに撃墜されたこともあって、トルコを叩きたくてうずうずしているのでは。アメリカとしては悪夢です。

****トルコ対クルド紛争泥沼化 裏にあるロシアの狙い****
2月24日付の米ニューヨーク・タイムズ紙は、社説で、トルコはシリアのクルド人武装組織(YPG)をクルド労働者党(PKK)と同一視するのをやめ、YPG攻撃を控えるべきであると論じています。同社説の論旨は、次の通りです。

クルド問題が“露土戦争”の引き金になる恐れ
トルコ政府の対クルド敵対政策は、米・トルコ関係を緊張させ、シリアの戦場を複雑にしている。トルコのクルドとの紛争は、ロシアとトルコの直接対決になる危険も持っている。
 
トルコは、クルドの独立国家への願望を長い間恐れてきた。クルドはシリア、イラク、イラン、トルコに3500万人いて、内1500万人がトルコにいる。
 
エルドアン大統領は昨秋、選挙の前の政治的に計算された動きとして、分離主義者のクルド労働者党(PKK)との戦闘を再開し、最近、シリア領内のクルド武装勢力(YPG)を攻撃し始めた。

エルドアンはこの二つのクルド人グループを区別していない。米国もトルコもPKKをテロ団体とみなしている。しかし米国は、YPGをテロリストとは考えず、「イスラム国(IS)」に対抗している有能なグループと考え、YPGに情報その他の支援をしている。
 
先週、トルコは28人が死亡したアンカラ爆弾事件をシリアのクルドの犯行とした。シリアのクルド勢力は責任を否定している。米国はPKK分派が犯人ではないか、としている。エルドアンは米国に、シリアのクルドか自分か、いずれかを選べとさえ言っている。
 
米国はエルドアンに、シリアのクルドへの攻撃をやめるように求めている。クルドはシリア・トルコ国境565マイルを支配しており、残された部分も支配するかもしれない。米ロが呼びかけた停戦にトルコも同意したと言う。
 
同時に米国はシリアのクルドに、混乱を利用して領土を獲るなと要請している。そんなことをすれば、エルドアンは挑発されて武力攻撃をすることになる。エルドアンが攻撃すれば、ロシアはクルドの側に立って、トルコに報復するだろう。プーチンはトルコによるロシア戦闘機撃墜への報復の口実を探している。
 
エルドアンは、昨年の戦闘再開まで、トルコのクルドとの和平協議を進めていた。これを再開すべきである。YPGへの攻撃をやめ、米国と共にシリア内にクルド自治区を作るように努力すべきである。

エルドアンはイラクのクルド人とは共存する道を見つけた。シリアのクルドと戦い、米国との緊張を煽ることは意味をなさない。【3月31日 WEDGE】
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中東各国に分散するクルド人も一枚岩ではなく、イラクに自治政府を構えるクルド人は上記のように、原油密売などでトルコとの関係が強く、PKKとは一線を画しています。

ただ、シリアのクルド人民防衛部隊(YPG)はPKKと兄弟組織であり、PKK叩きに傾斜するエルドアン大統領が「米国と共にシリア内にクルド自治区を作るように努力」することは、いまのところ非現実的です。

戦後の統治体制が決まらない状況で、各勢力対立の懸念も
なお、ラッカをクルド人が支配することに関しては、アラブ系の反政府勢力も懸念しています。
「IS後」を睨んでの陣地争奪戦的な動きも各勢力に見られています。

*****イスラム国首都」奪還作戦 クルド人部隊などラッカに攻勢 *****
・・・・もっとも、米主導の有志連合にとって理想的な展開とはいえない。欧米などは当初、シリアの停戦や和平協議を進展させ、戦後の統治体制をある程度示したうえでISへの本格攻撃に移りたい考えだった。
 
戦後体制が見通せないままISの支配都市を奪還しても、統治をめぐる対立が生じる可能性が大きい。フセイン政権崩壊後のイラクのような激しい宗派・部族対立が起きる恐れがある。
 
ISの弱体化を機に各民兵組織が主要都市の奪還で成果を競っているとの見方もある。アハラム政治戦略研究センター(カイロ)のムスタファ・アッラバード氏は「ラッカにいたアラブ住民の多くはISを恐れて逃げ出しており、クルド部隊は内戦終結後のラッカを支配下に置きたいのではないか」とみる。(後略)【5月26日 日経】
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今のところは、クルド人がラッカ支配することによる混乱を避けるべく、“米当局者はAFP通信に「(今回の作戦で)ラッカ自体は攻撃しない」と説明。有志国連合側は、ラッカを孤立化させながら地元部族との信頼関係を強化し、攻略に臨む構えだ。”【5月25日 毎日】とのことです。

ただ、戦闘が始まってしまうと、“流れ”というか“勢い”というものもあります。IS側の抵抗が思いのほか弱ければ、一気にそのままラッカに・・・ということもあり得ますし、逆に戦闘が長引きクルド人側の被害が大きくなれば、「流したこれだけの血にふさわしい見返りを・・・」という話にもなるかも。

イラクでは、クルド人勢力がISから奪還した地域で、クルド人勢力による「民族浄化」「アラブ人追い出し」的な動きも指摘されています。(1月23日ブログ「イラク モスル奪還へ・・・・スンニ派住民とシーア派政府の対立、独自性を強めるクルド人勢力の問題も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160123

IS退崩壊後のシリア統治体制が定まっていない以上、IS退潮・崩壊も必ずしもシリア安定には直結しません。

その「シリア統治体制」を話し合う和平協議は・・・・と言えば、相変わらずです。

****和平協議、5月中の再開断念=シリア担当特使****
シリア内戦の和平仲介役、デミストゥラ国連特使は26日、国連安保理会合で最新情勢を説明し、アサド政権と反体制派の和平協議を今後2〜3週間は行えないと見通しを示した。特使は当初5月中の協議再開を目指していたが、断念した。【5月27日 時事】
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政治が停滞するなかで、犠牲者だけが増えていきます。

****死者28万人超える=シリア内戦****
在英のシリア人権監視団は26日の声明で、2011年の民主化要求運動をきっかけに始まったシリア内戦による死者が、監視団の集計で28万人を超えたことを明らかにした。
 
このうち8万1000人以上は民間人で、この中には18歳未満の子供が約1万4000人、女性が約9000人含まれているという。【5月26日 時事】 
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サウジアラビア 原油価格低迷で財政難 脱石油依存の計画も 米オバマ政権との「冷たい関係」

2016-05-28 22:48:35 | 中東情勢

(アメリカ国内にはサウジアラビアの「9.11」への関与を疑う声が強く存在します。また、理念を重視するオバマ大統領とサウジアラビア王制はそりが合いません。さりとて、王制が動揺すれば、過激派が台頭するとの指摘も。写真は【4月11日 Iran Japanese Radio】)

財政逼迫するサウジアラビア
原油価格の動向は、WTI原油先物で見ると、2月あたりの1バレル=30ドルを割るような低価格を底として、3~5月は上昇傾向にあり、現在は50ドル付近にまで回復してきています。

この最近の価格上昇は、原油価格低迷でアメリカのシェールオイル供給が採算割れから収縮していることに加え、カナダでは5月初めに発生した大規模な山火事によって、また、ナイジェリアでは武装勢力が5月に入って相次いで主要パイプラインを爆破したため、原油生産量が減少していることや、政情が不安定化しているベネズエラの供給が不安視されていることなどが背景にあると言われています。

ただ、長期的にみると、4月17日に開かれた石油輸出国機構(OPEC)の会合で、価格押し上げのための生産調整の合意が得られなかったことや、イランの増産が見込まれることなどで、産油国が望むような80ドルとか100ドルといった水準に上昇することは当面ないだろうと見込まれています。

米ゴールドマン・サックスは、5月23日、アメリカ原油先物価格は、2020年まで平均1バレル50~60ドルで推移するとの見通しを示しています。

こうした低い価格水準がしばらく続くという情勢は、ロシアやベネズエラなどの財政悪化のように産油国へ大きな影響を与え、国際情勢を動かす大きな要因のひとつなります。

最大の産油国で、お金が有り余っているような金満国イメージがあるサウジアラビアも、原油価格低迷とイエメン介入による負担などによって財政危機に陥っているという話は、これまでも取り上げてきました。
(2015年8月10日ブログ「内戦が続くイエメン情勢 軍事介入でサウジアラビアの財政事情悪化 原油価格動向とロシアの対応」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150810など)

****あのリッチなサウジアラビアがギリシャ化している****
IOU発行を検討、サウジアラビアに流動性の危機?
原油価格の長期的な低迷は世界の産油国に深刻なダメージを与えている。筆者が最も心配しているのはやはりサウジアラビアである。

5月19日付ブルームバーグは、サウジアラビア政府は請負業者への未払い金の一部を清算するために借用証書(I owe you、以下「IOU」)の発行を検討していると報じた。

サウジアラビア政府は歳入の9割を占める原油価格が急落したため、外貨準備の取り崩しや国内外の金融機関からの借り入れで資金のやりくりをしてきたが、請負業者への支払いも2015年後半から停止していた。請負業者は最近一部の支払いを現金で受け取ったが、残額はIOUで支払われることになるという(総額は400億ドルか)。

請負業者が受け取るIOUは、債券のような形をとり、償還まで保有することも、銀行に売却することも可能であるとされている。しかし、貨幣の発行権限がない政府が政府紙幣まがいのもので支払いを行うというのは、緊急避難的な措置以外のなにものでもない。

筆者がIOUと聞いて最初にピンと来たのは、俳優のシュワルツネッガーが知事を務めていた米カリフォルニア州のことである。(中略)その後、IOUが話題になったのはギリシャだった。(中略)

この2つのケースから分かるように、政府がIOUの発行を検討するという事態は、まさに「流動性の危機」という状況である。

5月14日、米格付け会社ムーディーズは、サウジアラビアの長期発行体格付けを1段階引き下げた。世界で最もリッチな国の1つであるサウジアラビアが流動性の危機に陥っているのだろうか。にわかに信じがたい話である。

20年前にもIOUを発行、状況は異なる
実はサウジアラビアは1990年代半ばにIOUを発行した経験がある。当時のサウジアラビア政府も原油価格の低迷による資金難から農業従事者への支払いが5年間滞っていた。この事態を打開する手段として政府はIOUの発行に踏み切った。このときは銀行がIOUの引き受けに協力的だったために円滑に資金調達することができたという。


今回のIOU発行に向けた動きは、「二匹目のドジョウ」を狙ったものに過ぎないのかもしれないが、はたしてうまくいくだろうか。


今回IOUを受け取る請負業者の大半は建設業者であると言われている。中東地域最大の建設会社サウジ・ビンラディン・グループは4月末に「従業員の4分の1に当たる5万人のリストラを行う」と発表した。サウジアラビアの建設業界は未曾有の苦境に陥っている。


サウジアラビア政府は2015年後半以降、インフラ事業を相次ぎ中止している。だが、30歳以下の人口が7割を占めるサウジアラビアにとって若者の雇用確保は最優先課題である。若者の不満が爆発しないようにするためには、財政支出を抑制しながらインフラ事業を維持していくしかない。このため政府は痛みの一部を建設業者に負わせようとしているのだろう。


だが、20年前よりはるか深刻な経済状況下では、引き受ける側の銀行が慎重な態度を示しているという。
原油価格の持続的な上昇は、流動性の危機に陥るサウジアラビアにとって不可欠である(サウジアラビア財政が均衡する原油価格は1バレル=約100ドルと言われている)。(後略)【5月28日 JB Press 藤 和彦氏】
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【「原油立国」から「投資立国」へ 実現は不透明
しかし、サウジアラビアが期待するような価格水準まで原油価格が持続的に上昇するような情勢にはありません。
さすがのサウジアラビアも、こうした石油依存状態の危険性を痛感し、ムハンマド副皇太子を中心とした経済改革に乗り出そうとしています。

****サウジアラビア 原油依存脱却へ経済改革****
原油安で厳しい財政状況が続く中東の産油国サウジアラビアは2030年までの経済改革の計画を発表し、世界最大の国営石油会社の新規株式公開を実施して資金を調達し、政府系ファンドを通じて投資を拡大することで原油生産に依存する財政からの脱却を進めるとしています。

サウジアラビアのサルマン国王は25日に開いた閣議で、2030年までに目指す経済改革の目標をまとめた計画、「ビジョン2030」を承認したと発表しました。

国営通信を通じて発表された内容によりますと、サウジアラビアは世界最大の国営石油会社サウジアラムコのIPO=新規株式公開を実施して資金を調達するとしています。そして、政府系ファンドを7兆リヤル(日本円で200兆円)を上回る規模にして国内外への投資を拡大し、その利益を歳入に充てていくとしています。

新規株式公開の時期は明らかにされていませんが、計画をまとめたムハンマド副皇太子はメディアに対し、公開する株式は5%未満で、国内外の証券取引所で公開する方針を示しました。

計画では、このほか中小企業への支援などを進めて雇用を増やし、失業率を現在の11.6%から7%に減らすことを目指すとしています。

ムハンマド副皇太子は、「サウジアラビアは原油生産ではなく、投資によって支えられた経済に変わる。2020年には、石油が無くても生活できるようになる」と述べ、原油生産への依存から脱却すると強調しました。【4月26日 NHK】
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国営石油会社「サウジアラムコ」の株式公開などによって数兆ドルもの原資をあつめ、これをもとに「原油立国」から「投資立国」への大転換をはかろうとする計画のようですが、“しかし、過去最大の株式公開案件だった中国アリババの4倍の規模の株式公開という前代未聞の「ディール」を成功させるためには、「原油価格の持続的な上昇という地合いが不可欠である」とする市場関係者は多い。”【前出 藤 和彦氏】ということで、先行きは不透明です。

ドバイやカタールでの「石油依存経済からの脱却」をイメージした改革でしょうか。ただ、石油にしても投資にしても、安易に稼げる“あぶく銭”を狙ったイメージで、もう少し地道な産業育成に努めた方が・・・という感も個人的にはあります。

経済改革に失敗すると若者の雇用不安が顕在化し、その不満は過激化して現在のサウジアラビア王制を揺るがすことも懸念されます。

また、ムハンマド副皇太子への権力集中は王制内部での混乱の火種ともなっているという話もありますが、その件は今回はパスします。

サウジアラビアとオバマ大統領の冷たい関係
サウジアラビア関連で国際的に注目されているのは、同盟国アメリカとの関係が“冷えている”ということです。

オバマ米大統領は4月20日、サウジアラビアの首都リヤドを訪問し、サルマン国王と会談しましたが、サルマン国王は空港で湾岸協力会議(GCC)加盟国首脳らを出迎えたにもかかわらず、オバマ大統領を出迎えなかったという“異例の対応”が注目を集めました。

サウジアラビアの再三の警告を無視して、アメリカ・オバマ大統領が宿敵イランとの核開発問題での合意を進めてきたことや、シリアにおいてもサウジアラビアが支援する反政府勢力に対し、アメリカが有効な支援策を実行せず、結果的にアサド政権を延命させてきたことなどへの不満で、両国関係には溝ができていることはかねてより言われてきたことです。

そうした事情に加え、アメリカ議会において「9・11」に関して、サウジアラビア当局者らの責任を問うことを可能にする法案を成立させる動きがあることにサウジアラビア側は強く反発しており、もし法案を成立させるなら、サウジアラビアがアメリカ国内に保有する財務省証券など7500億ドルに上る巨額の資産を安く売り払うと“恫喝”しているとも言われています。

「9.11」の19人のハイジャッカーのうち15人がサウジアラビア人ですが、実行犯で唯一アメリカで有罪判決を受けたザカリアス・ムサウイ受刑者が、“1990年代に国際テロ組織アルカイダがサウジアラビアの王族から多額の寄付金を得ていた”という旨を発言していたとも言われています。

アメリカ政府は、「9.11」のサウジアラビアの関与を明らかにする「28ページ文書」(800ページ以上の報告書のなかで、サウジ関与に関する28ページはこれまで非公開とされてきました)を公表することについて検討しているとも報じられています。

法案自体は“オバマ大統領は、こうした法案が通れば、外国も報復措置として同じ法律を作り、結果として米市民のリスクを高めてしまうとして、法案には拒否権を発動して発効を阻止する考え”【4月21日 WEDGE】とのことですが、サウジ側には、こうした法案が議会で審議され、サウジアラビアの関与が取りざたされること自体への強い不満があります。

一方、民主的理念を重視するオバマ大統領にはサウジアラビアへの不信感があり、そのことを隠してもいません。

****サウジ批判展開のオバマ  関係改善は時期大統領にかかる****
脆弱化する米×サウジ関係
オバマは長年、サウジその他のスンニ派アラブ国家を、イスラム教の厳格な解釈が過激主義を助長している抑圧的な社会とみなしてきた。アトランティック誌のゴールドバーグ氏とのインタビューで、オバマはサウジを、米国の力を自分たちの偏狭で宗派的な目標に用いる「ただ乗り」の同盟国とした。
 
オバマは、サウジその他のスンニ派アラブ国家が反米闘争を煽っていると批判し、サウジはイランと「ある種の冷たい平和」を達成することで、地域で共生するようもっと努力すべきである、とも述べた。(中略)

単なる“同盟国”に格下げされたサウジ
アトランティック誌とのインタビューで、オバマがサウジを公に批判したのは、米国の大統領として異例のことです。

批判の内容は、サウジは、1)米国を自分たちの偏狭で宗教的な目標のため利用し、「ただ乗り」している反面、反米闘争を煽っている、2)国内の反対者を抑圧し、汚職と不平等に寛容である、3)ワッハーブの厳格なイスラム原理主義を教える外国の神学校に多額の援助を与えているというもので、そのほか社説は指摘していませんが、インタビューでは、サウジは女性を蔑視している、と批判しています。
 
そして、サウジをかつてのような米国の重要な同盟国ではなく、「いわゆる同盟国」に格下げしています。インタビューでは、豪州のターンブル首相が、オバマに対し「サウジは米国の友邦ではないのか」と尋ねたのに対し、オバマは「それは複雑である」と答えたことが明らかになっています。

サウジとの関係悪化もたらしたオバマの理念外交
オバマがサウジ国内の反対者の抑圧や、女性蔑視を批判し、その結果サウジをもはや同盟国視していないことは、オバマが外交における理念を重視していることを示しています。(中略)

サウジの米国にとっての重要性は、シェールオイルの増産で米国のサウジ依存が減ったこと、イランとの核合意でイランとの関係が進展していることから以前より減少したと言われていますが、オバマがサウジとの関係を「いわゆる」同盟国と言ったのは、これらの事象に先立つ2002年のことです。(中略)
 
オバマは、サウジがイランとの間に「ある種の冷たい平和」を達成し、両国は中東で共生すべきである、と言っていますが、サウジとイランの対立の根は深く、このような状態が実現するためには米国が積極的に関与する必要があるでしょう。オバマにそのような関与をする気があるとは思われず、これも後任大統領に委ねられることとなるでしょう。【4月26日 WEDGE】
***********************

重視すべきは理念か、安定か?】
4月に行われたオバマ大統領のサウジアラビア訪問は、こうした冷たくなった両国関係を改善させる意図でおこなわれましたが、両者の溝は埋まっていないようです。

米ワシントン・ポスト紙は、オバマ大統領が理念を重視してサウジアラビアを追い詰めてもサウジアラビアを不安定化させ、イスラム過激主義を台頭させる結果にもなると警告しています。

****蒸し返される9.11関与疑惑 米・サウジ関係窮地に****
4月21日付のワシントン・ポスト紙で、同紙コラムニストのファリード・ザカリアが、米・サウジ関係はいろいろと問題があるが、米国はサウジとの同盟関係を維持した方がいい、と述べています。その論説の要旨は以下の通りです。

9.11関与疑惑で訴えられるかもしれないサウジ
米議会は近々、9.11の死亡者の親族がサウジ政府を訴えることを可能にする法案を成立させるかもしれない。また、これら親族は、オバマ政権が、「9.11」へのサウジの関与についての議会報告の骨子を公表することを要求している。

「9.11」委員会の事務局長は、報告には厳しく吟味されていない資料が含まれ、十分調査が行われないまま関係者に罪をきせる恐れがあると述べている。
 
イスラムの残酷、不寛容で過激な解釈が広まったことには、サウジ政府にも、少なからず責任があると思うが、Gregory Gaugeが述べているように、事情はそう簡単ではない。彼によれば、「サウジは1980年代に世界の過激派の運動を抑止できなくなり……1990年代以降、サウジ政府自体が過激派運動の標的となった」。つまり米国がアルカイダの第1の標的で、第2の標的はサウジであった。
 
サウジのワッハーブ主義のイスラムは、1950年代にはイスラム世界の1~2%でしか信奉されなかった。それが石油ブームの到来で、サウジがワッハーブ主義をイスラム世界全体に広めた。

それに伴い、イスラムの自由で多元的な解釈が消滅し、不毛で不寛容な解釈にとって代わられた。1980年代にアフガニスタンにおけるソ連との戦いが宗教色を帯びるにつれ、聖戦の原理が広まった。多くの場合、イスラム原理主義はイスラムテロとなった。

イスラム過激派との対立恐れるサウジ
「9.11」以降、サウジは方針を変え、イスラム過激運動に対するサウジ政府の援助をやめた。(中略)しかしパキスタン、インドネシアなどのイスラム過激派に対するサウジの支援は終わっていない。
 
サウジ政府は反動を恐れてイスラム過激派と対決したがらない。現在サウジのソーシャルメディアで最も人気があるのはワッハーブの説教者や過激派の理論家で、彼らはイランとの闘争の一部として、反シーア派の教義を広めている。
 
基本的なジレンマは、もしサウジ王室が倒れれば、とって代わるのはリベラルや民主主義者ではなく、イスラム主義者、反動主義者である可能性が高いことである。イラク、エジプト、リビア、シリアを見てきた経験から、防衛、石油、金融で安定した同盟国サウジを不安定化させるわけにはいかない。
 
サウジ王政は自らとイデオロギーの輸出を見直し、改革しなければならない。米国は、サウジを孤立させ苦しめるより、サウジに関与した方がサウジは改革をしやすい。米国はサウジに対し道義上の勝利を得ようとするのではなく、サウジの抱える諸困難を受け入れるべきである。【5月26日 WEDGE】
********************

世界を揺るがしているイスラム過激思想の拡散については、サウジアラビアは相当の責任を有していますし、いまなおその影響は消えていません。
そうしたサウジラビア王制であっても、不安定化させないためには支援すべきか・・・判断に迷うところです。

なお、サウジアラビア側の財務省証券など売却の“恫喝”については、“実際にサウジが巨額の財務省証券を売り払うことは技術的にも難しい上、世界の株式市場や為替市場を大混乱に陥れ、米ドルに連動しているサウジ・リアル相場も不安定化、「自分で自分の首を締めてしまう」(米専門家)恐れが強い”【4月21日 WEDGE】という指摘はありますが、冒頭に取り上げたように資金繰りに窮しているサウジアラビアは法案の行方にかかわらず、売りたがっているのでは・・・との見方もあるようです。

アメリカ側も、米財務省がサウジアラビアの米国債保有額を明らかにする形で、「仮にサウジアラビアが売却しても、インパクトはそれほど大きくない」との市場に対する予防線を張っているとも。

“仮にサウジアラビア政府が米国債を大量売却したとしても、米国経済に与える影響は軽微かもしれない。だが、悪化しつつある両国関係に決定的な亀裂が入る可能性がある。”【前出 藤 和彦氏】

また、“サウジアラビア政府の現状と今後にとって原油価格の持続的な上昇が不可欠だ。しかし皮肉なことに原油価格上昇がサウジアラビアを巡る大混乱により達成されるというシナリオが現実味を帯び始めている。”【同上】とも。
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オバマ大統領の広島訪問を受けて、今後の日本外交は? 歴史に名を残す意欲が安倍首相にあるか?

2016-05-27 23:43:46 | 東アジア

(所感を述べた後、被爆者の森重昭さん(中央)を抱きしめるオバマ米大統領。【5月27日 毎日】)

【「あるべき世界」と「あるがままの世界」のはざまで
伊勢志摩サミット、そして注目されたオバマ大統領の広島訪問も無事に終了したようで安堵しています。

****オバマ大統領が所感 核なき世界への決意を表明****
25日に来日したオバマ大統領は27日、伊勢志摩サミットを終えたあと、現職のアメリカ大統領として初めて被爆地・広島を訪れました。

オバマ大統領は、平和公園で安倍総理大臣や岸田外務大臣の出迎えを受け、はじめに被爆者の遺品や写真などが展示されている原爆資料館を訪れました。
そして、広島と長崎の両市長や被爆者たちが見守るなか、原爆慰霊碑に献花し、所感を述べました。

この中でオバマ大統領は「われわれは、広島に来て、決して遠くはない過去に、恐るべき爆発があったことを思い起こし、10万人を超える日本の男性、女性、そして子ども達、数千人の朝鮮半島出身者、数十人のアメリカ人などの犠牲者の死を悼む。1945年8月6日の記憶を風化させてはならない」と述べました。

そして、「空に上がったキノコ雲のイメージの中に、私たちは人類の矛盾を感じる」としたうえで、「広島、長崎で、第2次世界大戦は極めて残忍な形で終わった。広島、そして長崎を、人類の道義的な目覚めとすべきだ」と述べて、原爆の惨禍を繰り返してはならないという考えを示しました。

また、「われわれは命を奪われた、罪のない人々がいたことを忘れてはならない。その苦しみはことばで表現できないほどだ。そして、歴史をきちんと直視する責任を共有しなければならない」と述べました。

そしてオバマ大統領は「広島で亡くなった人たちは私たちと同じ普通の市民だ。彼らはもう戦争は望まない」と述べて、原爆で犠牲になった人たちの多くが一般市民であったことを強調しました。

さらに、「科学で人間の命を奪うのではなく、人生をよりよくするために利用するべきだ。国家や、指導者達によってそうした選択がなされた場合、広島の教訓が生かされたことになる」と述べて、核兵器のない世界を目指すべきだと訴えました。

このあと、オバマ大統領は日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の代表委員の坪井直さんなど、立ち会っていた被爆者の人たちに歩み寄り、握手を交わしながら話をしました。

最後にオバマ大統領は、安倍総理大臣と岸田外務大臣とともに原爆ドームを視察し、説明を受け、車に乗り込んで平和公園をあとにしました。

オバマ大統領は午後6時40分ごろ、ヘリコプターで広島を出発し、山口県のアメリカ軍岩国基地を経て帰国の途につきました。【5月27日 NHK】
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オバマ大統領の広島訪問については、「謝罪」のないこと、大統領の「核兵器なき世界」の訴えが現実世界における核軍縮を直ちに進展させることにはつながらないことなどから、多くの意見はあるところでしょう。

ただ、戦火を交えた国の指導者が、戦争の悲劇を象徴する場所で、平和に向けた固い決意を表明するということにおいては、やはり歴史的な瞬間であるような感慨を覚えました。

アメリカ駐日大使が原爆投下の日に広島・長崎の平和記念式典に参列するようになったのは最近の話ですが、それも“普通の光景”となり、今年、国務長官に続いて、ついに大統領が・・・、一昔前ではなかなか想像できなかったことです。

オバマ大統領の所感については、TV番組のなかで感想を求められた被団協関係者が、「どうとらえたらいいかわからないような・・・ケリー長官の言葉ははっきりしていたけど・・・」と正直な感想を述べておられたのが印象的でした。

やはり国務長官と大統領では立場の違いがありますので、個人的感情を比較的ストレートに出したケリー長官に比べ、オバマ大統領の所感には政治的配慮がにじみ出た結果、“とらえどころのない”ものにもなったのでしょう。

たしかに言葉はよく選ばれてはいますが、広島の惨劇をどのように感じたのかについての個人的な感情はよく見えない淡々とした所感だったかも。雄弁なオバマ大統領であれば、事情が許すならもっと感動的なスピーチもあり得たでしょう。

周知のようにアメリカ世論は、未だ「原爆投下が戦争終結を早め、多数の米兵の命を救った」という考えが主流ですから、大統領としてはそうした世論に配慮する必要がありますし、現実政治の問題としては次期大統領選挙にも影響してきます。

****原爆投下、なお日本と認識差=「正当化される」過半数―米世論****
オバマ米大統領の広島訪問は、核兵器を実戦で使用した唯一の国の指導者が被爆地に足を踏み入れるという意味で、歴史的機会だ。だが、米国民の多数派は依然として「原爆投下が戦争終結を早め、多数の米兵の命を救った」と考えている。多くの人命を一瞬にして消し去ったキノコ雲の意味をめぐり、両国民の認識の違いはなお大きい。
 
米調査機関ピュー・リサーチ・センターが戦後70年に当たる昨年実施した世論調査結果によると、広島・長崎への原爆投下は「正当化される」と考える米国人は56%に上り、「正当化されない」の34%を大きく上回った。同じ質問に日本人の79%が否定的見解を示したのとは対照的だ。
 
オバマ氏の広島訪問発表後も、米当局者が「日本は謝罪を求めていない。われわれも(謝罪を)しない」(ライス大統領補佐官)と繰り返してきた背景には、こうした国民世論がある。
 
米国民の意識は年代によって差があり、原爆投下が「正当化される」と回答したのは65歳以上で70%に上ったが、18〜29歳の若年層では47%と半数を割った。男女別でみると、肯定的な意見は男性の62%に対し、女性は50%にとどまった。
 
米国民の見方は時代によっても変化している。米調査機関ギャラップが原爆投下直後の1945年8月に実施した世論調査では、85%が投下に支持を表明。しかし、この数字は戦後60年の2005年には57%にまで低下した。
 
もっとも、同じ調査では05年時点でも、米国人の80%が「原爆投下によって(戦争終結で)米国人の命が救われた」と回答。核兵器が戦争を早期に終わらせたという認識自体は根強いことを示した。一方、「日本人の命が救われた」と答えた米国人は41%で、「そう思わない」の47%を下回った。【5月27日 時事】 
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「加害者」と「被害者」の思いに差が生じるのは止むをえないところでしょう。また、現実政治家としてできることと、できないことの認識もあります。
むしろ、そうした事情があるなかで敢えて広島を訪問したことに、オバマ大統領の強い思い入れを感じます。

****オバマ大統領の思い 世界に方向を示す****
オバマ外交は、一見大胆なようでいて、現実には極めて慎重な外交政策を展開してきた。オバマ外交の理想主義は、「あるべき世界(the world as it should be)」を視野におさめながらも、世界はその実現を容易には受け入れない「あるがままの世界(the world as it is)」に拘束されているという認識を踏まえたものだった。

シリア内戦の惨状を前にしても、オバマ大統領は、米国にできることは限られていると割り切り、情緒的な介入論を退けた。
 
その結果、長期的には大胆な目的を掲げつつも、短期的には慎重な、ともすると消極的と批判される外交政策を展開してきた。

そうした中、「核なき世界」というビジョンは、「あるべき世界」と「あるがままの世界」の緊張関係がはっきりと現れる典型的にオバマ的なアジェンダでもある。
 
大統領の心の内を垣間見ることはできないが、オバマ大統領自身が訪問を希望していることはまず間違いないだろう。

学生の頃から核軍縮に関心を持つ大統領自身が、自ら筆をとって演説を起案し、世界に対して再度、進むべき方向性を自らの言葉で提示する。すぐには到達できないが、究極の頂に至る道筋を自らの言葉で敷き詰めていく。そして、それは自身の退任後の活動とも連動していく。

こう考えると、大統領が訪問を自分の政権を締めくくる重要なピースの一つとして位置づけていることは間違いないだろう。
 
しかし、大統領選挙というもう一つの「あるがままの世界」の侵入に、政権は頭を悩ましているに違いない。(後略)【5月27日 WEDGE 中山俊宏氏“「あるべき世界」の再確認 オバマ大統領の真意”】
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かつての敵と味方が「共に犠牲者の追悼を行う」という思想 パール・ハーバー訪問は?】
オバマ大統領の心の中での位置づけはともかく、日本にとっては今回のオバマ大統領訪問をどう位置付け、今後の外交にどのように生かしていくのか・・・という問題があります。

日米関係について言えば、今回の広島訪問への返礼として安倍首相のパールハーバー訪問という「献花外交」を勧める声もあります。

****重要なのはポスト広島 新たな日本外交****
・・・・オバマ大統領が広島を訪れる時、安倍晋三首相が同行するのは良いことだ。そして、安倍首相は広島での鎮魂の儀式に対する返礼として、パール・ハーバーを訪問する計画を早急に明らかにして欲しい。
 
オバマ大統領の広島訪問について韓国メディアが「日本が被害者であることは許さない」という趣旨の報道を行うなど、日本の戦争による被害者である韓国や中国からすれば、面白く思わない人も少なくないのは理解できる。

だからこそ、中国、韓国の日本に対するわだかまりを解消するべく動く必要がある。その第一歩がパール・ハーバーの訪問だ。

これを奇貨として「ニュー・ジャパン・ドクトリン」、新たな日本外交をスタートさせて欲しい。【5月27日 WEDGE 松尾文夫氏“安倍首相は返礼を 次は日本がケジメをつけるとき”】
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上記の松尾文夫氏が主張する「献花外交」の下敷きとなっているのは、ドイツが実現した「ドレスデンの和解」です。

第二次世界大戦で連合国の大規模無差別爆撃を受け、万単位の犠牲者を出し、市街を破壊されたドイツのドレスデンで1995年に開かれた「空爆50周年追悼式典」にはドイツの要人だけでなく、爆撃を行った旧連合国からエリザベス英女王の代理であるイギリス陸軍元帥、アメリカの統合参謀本部議長らが参列しました。

“米英の出席者は決して敗戦国に謝罪をしたわけではなく、ドイツもそれを求めたわけでなく、ただ一緒に個々の犠牲者を追悼したのである。将来に向けて双方の感情のトゲを抜こうとしたのである。”【2014年8月7日 nippon.com】

そこにあるのは、「自分たちの方がもっと大きな被害を受けた、もっと大勢の死者を出した」といった「苦痛を苦痛で、死者を死者で相殺する」という考えではなく、かつての敵と味方が「共に犠牲者の追悼を行う」という思想です。【2015年02月17日 Newsweek 冷泉彰彦氏“戦後70年に日米「和解」の提案”より】

日本外交にとってより重要なのは、その次の中国・韓国との関係改善でしょうが、それに比べればパール・ハーバーの訪問のハードルは随分低いものでしょう。

もっとも、安倍首相は伊勢志摩サミットの前に行なった共同記者会見で、2400人が犠牲となったハワイのパール・ハーバーを訪問する計画はないと語っています。

より重要で困難な 中韓との国民レベルの和解
すでにある程度の相互理解が進んでいる日米関係に比べ、近年関係が悪化している中国・韓国への対応はより重要で、かつ、はるかに困難を伴います。

すでに、今回のオバマ大統領の広島訪問で、中韓からは日本が被害者の立場を薄め、被害者となろうとしているとの反発が出ています。

****<米大統領広島訪問>中国外相、歴史問題と関連付け****
中国の王毅外相は27日、オバマ米大統領の広島訪問について「広島は注目に値するが、(旧日本軍による虐殺事件のあった)南京はさらに忘れるべきではない。被害者には同情すべきだが、加害者は永遠に責任を逃れられない」と述べ、歴史問題と関連付けた。
 
国営中国中央テレビも「安倍晋三首相が侵略者イメージを薄めようとしている」と否定的に伝えた。近年、中国政府は各国要人の被爆地訪問について「歴史をゆがめる」などとして反対する立場を取っている。
 
一方、1983年11月には胡耀邦・中国共産党総書記(当時)が長崎市を訪ねて献花した例があり、日中関係が良好だった時期には中国指導者が被爆地を訪問していた。【5月27日 毎日】
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胡耀邦・中国共産党総書記(当時)が長崎市を訪ねて献花した1983年頃は、日本世論の中国への好感度は75%ほどもありました。

その後、天安門事件で50%程度へ減少し、大規模反日デモや尖閣諸島問題などで急落し、現在は15%程度にまで落ち込んでいます。

関係は最悪の状況ではありますが、ここ20~30年の変化であり、決して固定的にとらえるべきものでもないでしょう。大きく変化したということは、双方の努力次第では再び改善することも可能であることを示しています。

日本側には“謝罪疲れ”とか、法的には十分なことをやってきたという感情はありますが、被害国側が納得していない現実もあります。

日本が中韓との間で国家間のやり取りを行った時代に比べ、現在は両国の国民がかなり自由にものが言える状況にも変わっています。

日中国交回復当時、中国の人々は日本による戦争被害について、異口同音に「あれは戦前軍国主義のもたらしたものであり、現在の日本国民を恨んではいない」と語って、熱烈歓迎の拍手をしていましたが、「本当の気持ちだろうか?」という疑念は当時からありました。韓国も独裁的・強権的な政権から民主化しました。中韓の国民は、今ようやく本音で日本との関係を語れるようになっているとも言えるのではないでしょうか。

その意味で、国家間の清算はともかく、国民感情としての清算がまだ終わっていないと言えます。

国民感情としての清算を進める手段のひとつが南京訪問です。
現在ほどには悪化していなかった2010年(鳩山首相・胡錦濤国家主席の時代)には、中国から南京と広島の相互訪問の打診もあったようです。

****首相が南京へ・胡主席は広島へ…中国が打診****
中国が、日中間の国民感情の改善に向けて、今年6月ごろ、鳩山首相の中国江蘇省南京への訪問を招請する代わりに、11月ごろに胡錦濤国家主席の広島訪問を検討し、日本政府筋に非公式に打診していたことがわかった。

複数の日中関係筋が6日、明らかにした。中国は「南京事件」が起きた南京への訪問を戦後の現役首相として初めて実現させることで、東シナ海のガス田の共同開発や中国製冷凍ギョーザ中毒事件などの懸案を先送りしたまま、中国主導で対日関係を進める狙いだ。(後略)【2010年1月6日 読売】
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南京事件の被害程度に関しては、日本と中国の間で大きな差があり、また、日本国内においても意見が大きく分かれるのは周知のとおりです。

ただ、占領軍としての日本による悲惨な事例が多々あったであろうことは想像に難くありません。「30万人」と言われると日本側も引いてしまいますが、そうした数字を棚上げする形での謝罪の意であれば、日本のなかでも受け入れられる余地があるのではないでしょうか。

韓国の慰安婦問題も同様です。

日本と東アジアの戦後を終わらせて、歴史に名を残すのは?】
すでに中国側の性急な動きも報じられています。

“中国の共産党関係者によると、9月に中国の浙江省杭州で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議の際、オバマ大統領や安倍晋三首相ら参加する首脳を、隣接する江蘇省南京市にある南京大虐殺記念館に案内する案を共産党内部で検討し始めているという。今回の米大統領の広島献花に対抗する狙いがあるとみられる。”【5月27日 産経】

これはあまりにも性急ですし、まるで“報復外交”のようで、両国間の和解につなげようというようなものには思えません。

和解に向けてどうすれば双方の国内が納得できる形を実現できるか・・・そこを時間をかけながら、腹を割って話し、道を探るのが政治家の仕事です。

お互いに妥協が必要になりますし、やる以上は思い切って、踏み込んだ形でやることが重要です。

当然に国内的には反撥がでます。日本で言えば、保守派からの強い反対が出るでしょうが、保守派の反対を抑えられるのは保守派の代表である安倍首相しかいません。リベラル派政権では保守派からの批判には耐えられません。(米中国交回復を電撃的に実行したのが、対中国強硬派のニクソンだったようなものです)

個人的には、改憲に強い意欲を燃やす安倍首相の政治スタンスには共感できませんが、議会における圧倒的多数をそういう思い切った外交転換のために使ってくれるのなら・・・という思いもあります。

「戦後レジームからの脱却」とは言いますが、中韓国民との間で戦後はまだ終わっていません。
国民レベルの和解を実現できたとき、日本と東アジアの戦後を終わらせた政治家として歴史に名をのこすことになるのでしょうが・・・安倍首相にその意欲はあるでしょうか?
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際限のない兵器開発競争の行き着く先は?

2016-05-26 22:19:29 | 国際情勢

(「IBMシリーズ/1」と8インチフロッピーディスク【IBM archives】 IBMにとっては過去の記録ですが、米軍の核兵器運用部門では現役のようです)

時代遅れとなった技術による核兵器運用
今日一番笑えたニュースが、アメリカの核兵器運用の実態に関する下記の記事でした。

****米軍、核兵器運用に今も8インチフロッピー使用****
米軍の核兵器運用部門が、いまだに1970年代に開発された8インチのフロッピーディスクを使用していることが、米政府監査院(GAO)が25日に発表した報告書で明らかになった。
 
報告書は、米政府機関の多くで既に時代遅れとなった「レガシーシステム」が使用されており、早急な新システムの導入が必要だと指摘している。
 
米国防総省では、大陸間弾道ミサイル、戦略爆撃機、空中給油・支援機などの核戦力の運用機能を調整する指揮統制系統で、1976年発売のコンピューター「IBMシリーズ/1(IBM Series/1)」や8インチフロッピーディスクが用いられているという。
 
国防総省報道官のバレリー・ヘンダーソン(Valerie Henderson)中佐はAFPの取材に対し、旧式システムを使っている理由を「簡単に言えば現在も機能しているため」と説明したうえで、「老朽化が懸念されていることから、2017年末までにフロッピードライブをSDメモリーリーダーに置き換える予定だ」と付け加えた。
 
GAOの報告書では、国防総省は2020年末までにシステム交換を完了させる計画だとしている。報告書はまた、連邦政府がコンピューターシステムの「開発、最新化、機能強化」よりも「運用と整備」に多大な経費を投入していると指摘。

例として、昨年には612億ドル(約6兆7000億円)が運用・整備に投じられたのに対し、その他の分野には192億ドル(約2兆1000億円)しか投じられなかったことを挙げている。【5月26日 AFP】
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8インチフロッピーディスク・・・・35年ほど昔、大型のコンピュータシステムにプログラムを読ませるために、プログラムを1行ずつパンチした紙カードをカードリーダーに流していた時代、職場にようやくパソコンも配備されるようになり、8インチフロッピーなんてものも目にするようになった記憶があります。(若い方でも記憶にある、一昔前のパソコンで使用されていたフロッピーディスクは3.5インチですから、その数倍ある大きなものです)

「簡単に言えば現在も機能しているため」・・・・確かに、「きちんと機能しているんだから、それを使ってどこが悪い」というのは間違っていませんが、全人類の生存にもかかわる核兵器運用システムにおいて時代遅れとなった「レガシーシステム」が未だに使われている実態は、その重大さに見合った関心をもってきちんとメンテナンスされているのだろうか?という不安も抱かせます。

ある意味では、「核」に関する軍事技術(現行の核兵器)にしても、平和利用(原発)にしても、最先端ハイテクではなく、次第に「ローテク」化している状況を示しているようにも思えます。

日本のミサイル防衛
現在の日本の防衛システムに関しては、以下のようにも。

****ノドンより中国のミサイル「東風21」が日本にとって脅威 「3本の矢」で迎撃強化可能****
オバマ米大統領が広島を訪問することになり、核軍縮や軍備管理に向けた機運が再び高まりつつある。しかし東アジアでは、北朝鮮が今年1月に4回目の核実験を強行したのに続き、弾道ミサイルを立て続けに発射するなど軍事的挑発を繰り返している。中国も核弾頭が搭載可能な中距離弾道ミサイル「東風(DF)21」を配備。日本がミサイル防衛を早期に強化することは、これまで以上に重要となっている。

 ■進化する中朝ミサイル
北朝鮮が開発中の弾道ミサイルの中で、日本にとって直接の脅威となっているのがノドンだ。射程は約1300キロで、東京や各地の在日米軍基地、原子力発電所など、日本のほぼ全域を標的におさめる。

北朝鮮は1980年代初頭にノドンの開発に着手。当初は北朝鮮南東部の発射場から日本海に向けて発射されていたが、2014年3月と今年3月の発射は移動式発射台(TEL)を使い、北朝鮮の西岸から行ったとされ、実用性能の向上をうかがわせる。
 
実は日本にとり、北朝鮮のミサイルよりも現実的な脅威となっているのが中国の東風21だ。複数の専門家は、中国が「仮想敵」と見なすインドと日本に照準を合わせて東風21を配備済みとみられると指摘する。
 
英国際戦略研究所(IISS)が世界の軍事情勢を分析した報告書「ミリタリー・バランス2015」によると、中国は東風21を116基保有。その中には1基に複数の核弾頭を搭載し、それぞれの核弾頭が別の攻撃目標に向かう多弾頭個別誘導式(MIRV)化されているものもある。

 ■2段構えで迎撃
これらのミサイルに対抗するのが、弾道ミサイル防衛(BMD)システムだ。
 
日本のBMDは、「2段構え」で迎撃するのが特徴だ。日本を狙ってノドンが発射された場合、発射の兆候を捉えた米国の衛星から早期警戒情報(SEW)がもたらされ、海上自衛隊のイージス艦や、地上配備レーダーがミサイルを追尾。

日本への着弾が予測されれば、イージス艦に搭載された海上配備型迎撃ミサイル(SM3)が大気圏外でミサイルを撃破する。仮に撃破し損ねた場合は、航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が落下してくる弾頭を高度数十キロ上空で地上から迎撃し、着弾を阻止する。
 
PAC3は現在、東京・市谷の防衛省など全国15カ所に配備。正確な保有数は非公開だが、発射機は数十基、ミサイルは数百発を保有しているとみられる。

 ■3本目の矢
ただ、PAC3の射程は20キロ程度で、迎撃できるのは90度ほど扇形に広げた範囲に限定される。
軍事ジャーナリストの恵谷治氏は「配備中のPAC3では日本全土を守りきれない。守ろうと思ったら全国数百カ所への配備が必要だ」と指摘し、「真に日本の国土防衛に資するのは高高度防衛ミサイル(THAAD)だ」と強調する。
 
THAADとは、最高高度150キロで敵の弾道ミサイルを迎撃するもので、現在の「2段構え」のシステムに追加すれば迎撃態勢は一層強化される。中谷元・防衛相も昨年11月、THAADの自衛隊への導入を検討すると表明した。
 
ただ、THAADの導入には膨大な費用が必要で、限られた防衛予算の中で調達費用をどう捻出するのかといった課題も残る。
 
また、日本のBMDは敵のミサイル発射の兆候を確実に把握することが大前提だ。軍事アナリストの小都元氏によれば、「北朝鮮の弾道ミサイルは発射後、約7〜10分で日本本土に着弾する」とされ、イージス艦ならば兆候を捉えてから約5分以内に迎撃態勢に入らないと撃破できない。所在を知らなかったTELから突然発射された場合、迎撃は一層厳しくなる。

 ■敵基地に先制攻撃
そのため、敵にミサイルを撃たれる前にその発射基地を無力化させる「敵基地攻撃」もかねて議論されてきた。敵基地攻撃は、自衛の範囲内として憲法解釈上も認められている。航空自衛隊のF15戦闘機と空中給油機、空中警戒管制機(AWACS)を使えば、日本が独力で攻撃するのも理論上は可能だ。
 
ただ、小都氏は「日本では北朝鮮の防空能力が過小評価されている。北朝鮮が保有するSA2やSA5といったロシアの地対空ミサイルは侮れない。また北朝鮮には地下にミサイル基地が多数あるとされる。日本には地下基地をたたく能力はない。米軍の特殊貫通弾バンカーバスターや戦術核でしか破壊できないだろう」としている。【5月26日 産経】
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内向き「トランプ大統領」で高まる安全保障論議
パトリオット(PAC3)とSM3による現行防衛システムにしても、将来的な高高度防衛ミサイル(THAAD)あるいは「敵基地攻撃」にしても、アメリカの協力を前提としたものです。

一方、アメリカでは次期大統領の可能性が次第に大きくなりつつあるトランプ氏が、例によって「日本は駐留経費を全額負担しろ」と繰り返しています。

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一方、トランプ氏は、日本に駐留するアメリカ軍について「日本の防衛を続けたいが、そのためには公平な支払いが必要だ。アメリカは軍を撤退させ、日本が自分たちで防衛しなければならなくなるだろう」と述べました。

そして「『トランプ氏は間違っている、日本は駐留経費を支払っている』という人がいるが、なぜ日本が100%経費を負担しないのか」と述べ、アメリカ軍の駐留経費の全額を日本が負担すべきだと改めて主張しました。【5月26日 NHK】
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3月12日ブログ“アメリカ 「世界の警察官」に関心がない「トランプ大統領」になれば・・・対中国政策は? 日本は?”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160312でも取り上げたように、トランプ氏は基本的に「世界の警察官」には興味はなく、それはアメリカに根強く存在する内向き・孤立主義的流れを反映したものでもあります。

「カネを払えば守ってやる」というのは、「警察官」ではなく「用心棒」です。
「用心棒」は「警察官」とは異なり使命感もありませんから、敵からより多額のカネをもらえば容易に寝返りますし、自分の身に危険が及ぶようなリスクがあれば、さっさと手を引きます。

トランプ氏からは日本核武装容認など、自分で自分の身を守ったら・・・という発言がでますし、カネ次第の「用心棒」に安全保障を頼るのもいかがなものか・・・ということで、「トランプ大統領」ともなれば、日本の安全保障をどうするのかという議論が国内で高まりそうです。

日本独自の安全保障システムを強化するとは言っても、「トランプ大統領」のもとで内向き傾向を強めるアメリカにどこまで期待できるかは疑問でもあります。

【「極超音速兵器」とハイテク近未来戦
そのときはおそらく核武装論みたいな話も出てくるのでしょうが、その現実性とは別に、冒頭エピソードにも見られるように、現在の「核」は最先端技術ではなく、世界は次世代の兵器を求めて走っている現実もあります。

****米露中がしのぎ削る新たな核開発****
4月16日付のニューヨーク・タイムズ紙で、同紙ワシントン支局長のデイヴィット・サンガーとウィリアム・ブロード同紙記者が、米露中の3カ国は、新世代の、より小型でより破壊的な核兵器を追求しており、冷戦時代の軍拡競争が再現され、半世紀以上続いた核の平和が脅かされる恐れがある、と述べています。解説記事の要旨は以下の通りです。

新兵器開発に力注ぐ米露中
ロシアは、小型核弾頭を搭載した大型ミサイルを配備し、またロシアの報道によれば、水中で爆発させ、放射能の汚染をまき散らかし、目標の都市に人が住めなくなるような水中ドローンを開発している。
 
中国は「超音速滑空飛行体(hypersonic glide vehicle)」と称する新しい弾頭の実験をした。それは従来の長距離ミサイルで宇宙に打ち上げられた後、大気圏で秒速1マイル以上で曲がり疾走する。ミサイル防衛が役に立たなくなり得る。
 
他方米国も超音速兵器を開発していて、2014年の実験は失敗したが、来年試験飛行が再開される。米政府は核兵器近代化の一環として、5種類の核兵器と運搬手段の改善を計画し、米国の兵力は小型、ステルス、精密の方向にある。
 
新兵器登場の一つの懸念は、冷戦時代の「相互確証破壊」による抑止理論が有効でなくなるかもしれないということである。精密で、破壊力の少ない新兵器は、使う誘惑にかられるのではないかとの懸念である。
 
ペリー元米国防長官は、ロシアが包括的核実験禁止条約から脱退するのではないかと心配している。ペリーはロシアが新しい爆弾を開発しているのは間違いなく、実験をするのはプーチン次第だと述べた。

偶発核戦争の危険性
米国は最新の巡航ミサイルを開発している。この巡航ミサイルは爆撃機から発射され、地上に沿って長距離飛行し、敵の防空網をかい潜って目標物を破壊する。

米国はまた、中国に先行して超音速弾頭を開発している。米国の超音速弾頭は非核で、その速さと正確さ、物理的衝撃でミサイル基地などを破壊するものである。非核なので核兵器依存を減らすというオバマの約束を満たすが、その技術にかなわない相手は、核兵器で対抗しようとするかもしれない。
 
ペリー元国防長官は、米国の小型核兵器の開発の結果、「考えられないこと」が起こり得る、すなわち核兵器がより使用可能と見られるようになると述べた。
 
米国の新兵器開発で最も脅威を感じているのは中国である。中国は太平洋の米艦隊の対ミサイル迎撃機を懸念し、新しい誘導爆弾、最新の巡航ミサイル、新しい運搬手段を含む米国の核の近代化に恐れおののいている。

中国はすでに長距離ミサイルの多弾頭化など、対応策を講じていて、今後10年間対応し続けるだろう。

中国軍部は昨年、核戦力のための戦略早期警戒を改善すると述べた。早期警戒は偶発核戦争の危険を増すとの批判が強い。
 
核兵器専門家のノースカロライナ大学Mark Gugrudは、超音速の兵器の開発が続けば、操作可能な弾頭は今後10年で世界中で現実のものになるだろう、「世界は核の精霊を瓶に戻すことに失敗した。今や新しい精霊が広まっている」と述べた。【5月26日 WEDGE】
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極超音速(マッハ5=時速6150キロメートル以上)で飛行して既存の弾道ミサイル防衛システムや防空ミサイルシステムなどを突破し、精密にピンポイント攻撃が可能な「極超音速兵器」が中心的役割を担うようです。

なお、日本もマッハ3以上の速度とステルス性がある空対艦ミサイル「XASM-3」を開発中で、予定では今年度中にも完成するとされています。

世界では、「極超音速兵器」以外にドローンやロボット兵器開発も進められています。

****米国のハイテクすぎる近未来戦の全容****
ワシントンポスト紙コラムニストのイグネイシャスが、国防副長官と統合参謀本部議長を取材し、米国のハイテクにおける優位を最大限に活かす「第三の相殺戦略」についてのペンタゴンの見解を報告しています。要旨は次の通り。

先進的“超強力兵士”製作に奔走する米国
ほとんど注目されていないが、米国防総省は、ロシアや中国を抑止し得る、新奇な武器を追求している。国防総省の当局者は、ロボット兵器、ヒューマン・マシン・チーム、先進的「超強力兵士」を作るための、人工知能や機械学習の最新ツールの利用を公然と語り始めている。当局者たちは、こうしたハイテクシステムがロシア軍や中国軍の急速な発展に対抗する最善策であると言う。(中略)
 
ワークは「ハイテクは我々の戦闘ネットワークを強化する。ロシアと中国に十分な不確実性を与え、両国が米軍と戦うことになった場合に、核を使わずに打ち負かすことができるだろう」と言っている。

超ハイテク技術が対中露抑止力回復に資する
国防総省内では、このアプローチは、「第三の相殺戦略」として知られている。それは冷戦中にソ連の軍事的進歩に対抗した二つの相殺戦略(第一は戦術核、第二は精密誘導通常兵器)に倣うものである。

同省は、第三の相殺戦略は、高性能のロボット兵器が、ロシアと中国の技術発展により損なわれている抑止の回復に資する、としている。

国防総省の2017年度予算には、米海軍への中国の長距離攻撃に対抗する先進的兵器に30億ドル、潜水システムの向上に30億ドル、ヒューマン・マシン・チーム及びドローンの「群れ」による作戦に30億ドル、人工知能を用いるサイバー及び電子システムに17億ドル、ウォーゲームその他の新たなコンセプトに基づく実験に5000万ドルなどが含まれている。オバマ政権は、米国の最善の戦略は技術という最大の長所を用いることだと結論付けたようである。
 
ロシアと中国にメッセージを送る意味もある。ワークはロシアを「甦る大国」中国を「長い戦略的チャレンジとなり得る潜在的な技術力を持った台頭国」と表現している。(中略)
 
ウクライナとシリアの戦場で、ロシアの能力が明らかになっている。今回のインタビューやその他の公開の発言で、ワークは、自動化された戦闘ネットワーク、先進的センサー、ドローン、対人兵器、電波妨害機器を含む、ロシアの軍事的前進ぶりを挙げている。

ワークは「我々の敵は高度なヒューマン・オペレーションを追求しており、それは我々を大いに震いあがらせる」と警告している。【3月30日 WEDGE】
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際限のない兵器開発競争
何やらもうSF映画の世界のようですが、現実世界の話です。
新世代兵器の話を聞くと、PAC3やSM3も“爆撃機に対する竹槍”のようにも見えてきます。

アメリカがロシアに核削減を求められるのも、核以外での優位性に自信があるからでしょう。オバマ大統領の「核なき世界」の訴えの背景にも、そうしたものがあるのかも。

ただ、「どんな盾でも突き破れる矛」と「どんな矛でも突き破れない盾」を求める、どこまで行ってもきりがない兵器開発競争です。おまけに膨大なカネを必要とします。

どこかで際限のない兵器開発競争から抜け出す発想の転換が必要かと思いますが、残念ながら猜疑心にとらわれた人間はそこまで賢くないので、行けるところまで突き進むのでしょう。その先にあるものが何かは知りません。どうせ私はそのときは墓の下ですから。
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イラク・シリアで対ISの軍事作戦が開始されるも、両国ともに問題も

2016-05-25 22:48:29 | 中東情勢

(ファルージャ奪還作戦を開始したイラク政府軍【5月24日 NHK】)

イラク ファルージャ奪還作戦開始で懸念される残された住民
IS(イスラム国)支配地域が縮小しているなど、ISの劣勢を報じる情報がこのところ多くなっていますが(テロ活動の活発化とか、リビアへの拠点移動などの話は別途あります)、イラクとシリアでほぼ同時期にIS支配拠点の奪還作戦が始まっています。

イラクでは、昨年12月のラマディに続いてファルージャ奪還作戦が開始されています。
首都バグダッドの西方約50キロに位置するファルージャは、2014年1月以降、2年半近くにわたってISに掌握されています。

路上や住宅など至る所に地雷や爆弾が仕掛けられていることなどから作戦は難航も予想されますが、時間をかければ奪還は可能でしょう。

問題は人質として取り残されている住民をどう保護するのかということです。

****イラクのファルージャ奪還作戦、1万世帯が立ち往生か****
イラク軍が過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」からの奪還を目指す中部ファルージャで、約1万世帯の住民が脱出できずに立ち往生しているとして、国連が懸念を表明した。

ファルージャは首都バグダッドの西方約65キロに位置するイスラム教スンニ派住民の多い都市。ISISが2014年1月、イラク国内で最初に占拠し、現在まで支配を続けている。

イラク軍は23日、ファルージャ奪還作戦の開始を宣言。住民にはビラを散布し、軍が設置した安全な退避ルートを通って市外の避難キャンプへ向かうよう勧告した。

政府はまた、避難を希望する住民が電話または文字メッセージで連絡できる直通回線を設け、逃げられなかった場合は自宅に白旗を掲げるよう国営テレビで呼び掛けた。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はファルージャ市民のため、アミリヤと西郊のハバニヤに1000世帯を収容できる避難所を用意した。

しかし現地の活動家らによれば、ISISは住民の移動を阻止し、多くの通信回線を切断している。政府軍とISISとの戦闘に数千人が巻き込まれる恐れがあるという。

国連は「約1万世帯が非常に危険な状況にある」との見方を示した。国連の声明によると、この数日間に退避ルートを使って逃れ、緊急支援を受けている住民は約80世帯にとどまっている。

ファルージャから南へ約30キロ離れた郊外のアミリヤ地区へ、幹線道路をたどったり農地を横切ったりして逃れた住民もいる。しかし避難する過程で死者が出る例もあり、この中には女性や子どもも含まれているという。

ファルージャでは奪還作戦が始まる前から戦闘が激化し、米軍主導の有志連合は直前の1週間だけで21回の空爆を実施していた。政府軍が近隣の都市ラマディを昨年12月に奪還した際に補給路を断って以来、市内では食料、医薬品不足が深刻化していた。

23日には政府軍とISIS系メディアの双方が、ファルージャでの地上戦の映像を公開した。イラクのオベイディ国防相は戦況について「予想を上回る順調さだ。敵は完全に崩壊しつつあり、兵士の意気も揚がっている。戦闘はまもなく完了するだろう」と述べた。【5月25日 CNN】
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残されている住民については、“国連のドゥジャリク報道官は「われわれの推定では、ファルージャ市内には依然5万人が残っている。人道状況は明らかに、極めて不安定だ。市民の安否を強く懸念している」と述べた。市内に残っている市民について、イラクは5万人を上回る数字を想定。米軍は6万─9万と推定している。”【5月25日 ロイター】との報道もあり、はっきりしませんが、いずれにしても万単位の数にのぼるようです。

なお、以前はファルージャ人口は30万人ほどと言われていましたので、相当部分は避難しているようではありますが、上記記事にもあるように、イラク軍は市民に退避するよう指示、国連も避難所を用意してきましたが、残った住民の退避は進んでいません。

IS側は狙撃手を配備して、“人間の盾”ともなる住民の退避を阻止しているとも報じられています。

***IS狙撃手、住民の脱出を阻止 イラク・ファルージャ****
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の支配下にあるイラクのファルージャで、住民らの救援のために政府軍が設置した「人道回廊」をISの狙撃手が標的としていると米国防総省の報道官が13日、明らかにした。
 
イラク駐留米軍のスティーブ・ウォーレン報道官はイラクからのビデオ通話による記者会見で、首都バグダッド
の西方約50キロのファルージャでISの狙撃手が住民たちの脱出を阻止し、同市は医薬品などの基本的な物資の大幅な不足に直面していると語った。
 
イラク政府は「人道回廊」を通じてファルージャの住民たちの脱出を促してきたが、「ISIL(ISの別称)」は回廊沿いに狙撃手を配置するなどして、同市から出ようとする住民らを殺害しようとしており、脱出しようとする人々はほとんど成功していないという。
 
ウォーレン報道官によれば、イラク軍はこれまでに3つの人道回廊の設置を試みたが、そのほとんどは狙撃手のために放置状態にあるとし、「ここ数週間、回廊はまったく使われていないことから、狙撃手のうわさは住民の間に広まったとみられる」と語った。
 
その一方でウォーレン報道官は、現在はイラクの治安部隊がファルージャを「おおむね」包囲しており、徐々にISの支配を崩しつつあると付け加えた。【5月14日 AFP】
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ファルージャは首都バグダッドの西方50キロほどにあって、日本的な感覚からすると首都のすぐ近くにISの拠点都市が存続してきたというのも奇妙に思えます。

ただ、ファルージャはイスラム教スンニ派住民の多い都市で、シーア派主導のイラク政府への不満も強い地域であることから、その奪還作戦も遅れていました。

フセイン政権崩壊後の2004年には激しい反米闘争が行われ、アルカイダが拠点として米軍との激しい戦闘が行われたイラク内戦を象徴する都市でもありました。

今回の奪還に向けては、イラク政府軍の他、イスラム教シーア派の民兵や、地元のスンニ派のグループなども参加しています。al jazeera netでは、シーア派民兵とともにイラン兵及びイランの軍事司令官の参加も報じられていますが真偽はよくわかりません。【「中東の窓」http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/5053715.html

シーア派民兵による「報復」の懸念も
ファルージャ残存住民の扱いで懸念されるのは、戦闘に巻き込まれるということ以外に、シーア派民兵がスンニ派住民に報復的な残虐行為を行わないか・・・ということもあります。

イラク政府もその点に関する国際的な監視の目があることは承知してはいますが、銃弾が飛び交う戦場にあってシーア派民兵のコントロールがどこまで可能か・・・不安視されているところです。
そうした戦闘意欲の高い民兵の協力がないと軍事作戦が進められないところが、イラク政府軍の限界でもあります。

住民としては、退避しようとすればISから狙撃され、残れば戦闘に巻き込まれ、生き残ってもISに協力としたとしてシーア派民兵の報復を受ける恐れがあるということで、非常に困難な状況に置かれています。

シーア派指導者サドル師の動きで、シリア政府内の混乱も
一方、5月1日ブログ“イラク政治をかく乱するポピュリスト・サドル師の「グリーンゾーン」突入”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160501でも取り上げた、シーア派指導者サドル師を中心とするイラク政府内部の混乱も収まっていません。

政府改革を求めるサドル師支持者は5月20にも「グリーンゾーン」に突入しており、この際は死傷者を出すに至っています。

****治安部隊の発砲でサドル師派のデモ参加者2人死亡、イラク****
イラクの首都バグダッドで20日に発生した旧米軍管轄区域「グリーンゾーン」にデモ隊がなだれ込んだ事件で、治安部隊の発砲によって少なくとも2人のデモ参加者が死亡したことが分かった。複数の当局者が21日明らかにした。
 
政治改革を求めているイスラム教シーア派)の若い指導者ムクタダ・サドル師によって約1か月前に始められた一連の抗議行動で死者が出たのは初めて。イラクの指導層は政治的混乱がさらにエスカレートする恐れがあると警告を発している。(中略)

治安部隊は、デモ隊が3週間前に初めてグリーンゾーンに突入し議会に乱入した時よりも厳しい対応を取り、デモ隊に激しく催涙ガスを浴びせた。
 
イラクの治安・医療当局者によると、20日の衝突で治安部隊は高圧砲水砲や音響爆弾なども使用し、少なくとも57人の負傷者が出たという。一方のデモ隊にも石やがれきなどを投げた者がいた。デモの最中に治安部隊側が実弾を発砲し、そのほとんどは空に向けたものだったが、デモ隊のうち2人が銃弾を受けて死亡した。

■「争い長引く」と専門家
今回の騒動を受けて同国のアバディ首相は、「政府施設に乱入する行為は受け入れられない」としたが、「平和的なデモを行う人々の意見は支持する」と述べた。
 
一方サドル師は20日、「平和的なデモ」は今後も続行されると述べ、抑圧を試みた場合は「革命が別の形を取る」と警告した。
 
2014年の首相就任以降、汚職と歳出の抑制を目指していくつかの改革を試みてきたアバディ首相は、最近は政党との結びつきが強い閣僚をテクノクラートに置き換えた新内閣の樹立を目指していた。しかし任命権を権力の源としている与党を含む主要各派がこの構想に抵抗している。
 
サドル師は表面上はアバディ首相の改革を支持しているが、デモ隊がグリーンゾーンに乱入するたびにアバディ首相が弱体化したという印象を与えており、シーア派の他の勢力を激怒させている。
 
デモ隊が議会に乱入した先月末以降、議会は開かれていない。今月26日に開かれる予定だが、20日に新たに騒ぎが起きたことで、どこで審議を行うかという問題が持ち上がっている。
 
イラクの軍事作戦と武装勢力の活動について調査している戦争学研究所のキンバリー・ケーガン代表は「争いは長引き、勝者と敗者が生まれるだろう」と述べ、イラクの政治危機は深刻になりすぎて、全ての勢力が体面を保てるような合意は不可能になってしまったとの見方を示した。【5月22日 AFP】
*****************

シーア派指導者サドル師の一連の動きの背景には、IS退潮を見越して、その後の影響力拡大を狙っているとも指摘されていますが、そうした動きが表面化すれば「挙国一致」体制は崩壊し、イラクには新たな混乱が生じます。

****イラク首都にサドル派民兵が展開 IS退潮を見すえ、シーア派が影響力拡大狙う****
イラクの首都バグダッドで17日、イスラム教シーア派地区などを狙った3件の連続爆弾テロがあり、ロイター通信によると死者数は少なくとも77人に達した。

これを受け、シーア派有力指導者サドル師は、政府の治安維持が十分でないとして、シーア派住民が多い地区に独自に民兵部隊を展開。サドル師は、同国の政治改革をめぐってもアバディ政権に圧力をかけており、影響力の拡大に向けた動きを強める可能性は高い。(中略)
 
サドル師が政府を軽視する形で民兵の配備を進めている背景には、今後のISの勢力減退を見越して、国内での発言力を高めておく狙いもあるとみられる。
 
政治面でもサドル師はこのところ、一部の党派が独占してきた閣僚ポストの配分を変更するといった政治改革の断行をアバディ首相に強く要求。4月には、改革に反対する議員らへの抗議デモのため、警備の厳しい旧米軍管理区域(グリーンゾーン)へ支持者数千人を送り込むなど、活動を活発化させている。
 
イラクではISが急速に台頭した2014年夏、スンニ派からの反発が強かったマリキ前首相が米国などからの圧力で退陣し、アバディ氏の下でISに対抗するための「挙国一致政府」が成立した。その後、米軍主導の有志連合の空爆支援などにより、ISの支配地域拡大には歯止めがかかっている。
 
イラク戦争後の同国では、スンニ派とシーア派の間だけでなく、多数派であるシーア派が内部で勢力争いを繰り広げてきた。このため、ISが弱体化すれば一時的な「挙国一致」体制は崩れ、再び政争が激化することも考えられる。【5月18日 産経】
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シリア クルド人勢力を主力として「IS首都」ラッカ周辺で軍事行動開始
シリアでは、ISが「首都」とするラッカ周辺での軍事作戦が開始されています。

****<シリア>クルド勢力、IS「首都」ラッカ周辺で攻勢開始****
内戦が続くシリアの少数民族クルド人主体の武装勢力「シリア民主軍」は24日、過激派組織「イスラム国」(IS)が「首都」と位置付ける北部ラッカ北方で、大規模な軍事作戦を開始した。ロイター通信が報じた。

米軍主導の有志国連合が空爆によってシリア民主軍を援護する。隣国イラクでも、政府軍と有志国連合がISの主要拠点ファルージャの攻略を進めており、ISは守勢に回っている。
 
報道によると、シリア民主軍は24日、ラッカの北約50キロに位置するアインイーサ周辺からラッカ方面へ進攻を始めた。有志国連合と連携して対IS戦で戦果を上げてきたクルド人民兵「人民防衛隊」(YPG)が主力を担い、反体制派武装勢力も参加している。
 
イラクのクルド系メディア「ルダウ」は「5万人が動員された」と報じており、6年目に入ったシリア内戦で、クルド人勢力による過去最大規模の作戦になるとみられる。
 
ただ、ラッカへの全面進攻がいつ行われるかは不明。シリア民主軍の報道官は軍事作戦開始は認めたが、ロイター通信に対し、現段階ではラッカ中心部ではなく、ラッカ北部周辺広域の制圧を目指していることを示唆したという。
 
米CNNテレビによると、米中央軍のボテル司令官は今月21日にシリア北部の数カ所を極秘訪問し、シリア民主軍幹部とも会談した。ラッカ攻略に向けた軍事作戦についても協議したとみられる。北部のクルド人支配地域では米軍の特殊部隊が対IS戦の支援に当たっている。
 
ただ、ISも敵対勢力によるラッカ攻撃を想定し、防御態勢を固めている模様だ。ルダウによると、ラッカ周辺には地雷や爆弾が多数仕掛けられている。ISは支配地域住民の脱出を厳しく制限しており、住民を「人間の盾」として使うことも予想される。
 
同様の懸念は、イラク軍とISがにらみ合うイラク中部ファルージャでも広がっている。国連や国際人権団体は、民間人の犠牲を避けるよう戦闘当事者に呼びかけている。【5月25日 毎日】
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今回の軍事作戦は、米軍の支援を受けるシリアの少数民族クルド系とアラブ系反政府勢力でつくる合同部隊「シリア民主軍」(SDF)によるものですが、中心となるのはクルド人民兵「人民防衛隊」(YPG)です。

アメリカだけでなく、ロシアのラブロフ外相も24日、SDFによるラッカでのIS掃討作戦に協力する用意があると表明しています。

クルド人勢力の台頭を警戒するトルコ
住民が「人間の盾」として使われることの問題はイラクと同じですが、シリアにあっては、こうした作戦でクルド人勢力がその存在を誇示することを好ましく思わない勢力・国があることが問題にもなります。

シリアの反政府勢力はクルド人がラッカを攻略して実効支配することを危惧しているでしょうし、何より、クルド人勢力の台頭を警戒しているのがトルコです。

トルコはクルド人支配地域と接しており、国内にクルド人反政府勢力PKKを抱えていますので、シリア北部でPKKと連携するクルド人勢力が支配を強固にすることを強く警戒しています。
トルコの関心はISよりは、もっぱらクルド人にあるとも言われています。

アメリカ・ロシアがクルド人勢力の軍事作戦を後押しするという状況で、トルコの反発が強まることが予想されます。

崩壊の危機にあるシリア停戦 ロシアに動きも
一方、シリア停戦は北部アレッポ周辺での戦闘を中心に崩壊の危機にあり、和平交渉も中断したままです。

****シリア和平協議、再開時期決まらず 援助物資の投下要請****
シリア内戦の和平協議を支援する米ロなどの閣僚会合が17日、ウィーンで開かれたが、和平協議の再開時期について合意できなかった。反体制派は、停戦崩壊の危機にあるシリアの状況が改善しない限り、交渉に戻らないとしている。

会合には、シリアのアサド政権と対立する米国、欧州や中東の主要国のほか、同政権を支援するロシアやイランが参加。会合後の共同声明では、ともに戦闘行為の完全停止と援助物資の輸送ルート確保を求めた。

また、敵対する勢力に包囲された地域で人道支援のアクセスが得られない場合、6月1日から食料や薬品、水などの援助物資を航空機から投下を始めるよう、世界食糧計画(WFP)に要請した。

シリア和平協議をめぐっては、反体制派が4月、政権側が停戦を順守していないとして協議を離脱。このところ、特に北部のアレッポ近郊で戦闘が激化している。【5月18日 ロイター】
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ロシアは20日、シリアで別々に空爆を行っているアメリカに対し、次週からの合同作戦を提案しましたが、米国防総省は即座にこれを拒否しています。

なお、、ロシア国防省が25日声明を発し、シリアのヌスラ戦線に対する空爆を一時停止すると発表したと報道があるようです。【「中東の窓」http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/5054139.html

こうしたロシアの動き、更にはラッカ周辺の軍事作戦進展を受けてシリア情勢がどうなるのか・・・・わかりません。
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欧州・オーストリア  既成政治への不満、難民らへの不安から、大統領にあと一歩にまで迫った極右候補

2016-05-24 23:32:26 | 欧州情勢

(反移民を掲げるオーストリアの自由党の集会で配られた風船を握るシリア人の移民(14日、ウィーン)【5月20日 WSJ】)

郵送票開票の結果、左派候補が逆転勝利
EU初の極右大統領の誕生となるのか注目されていた22日に決選投票が行われた欧州・オーストリア大統領選挙ですが、当日開票では極右・自由党候補がわずかにリードしたものの左派・緑の党の候補との得票率にほとんど差がなく、勝敗は郵送票(約75万票で有権者数の約12%相当)開票に持ち込まれる異例の大接戦となりました。

結局、緑の党の支持を得た左派ファン・デア・ベレン氏が郵送票で逆転勝利する結果となり、極右大統領はかろうじて阻止されるところとなっています。

自由党は2000年に連立に加わりましたが、当時のハイダー党首のナチス賛美発言でEUの制裁を招いた過去があります。その後「オーストリアが第一」のスローガンを掲げ、大衆路線に転じたとも。【5月15日 朝日】


****オーストリア大統領選、極右候補が僅差で敗北****
オーストリアで22日に行われた大統領選の決選投票は、翌23日に行われた郵送票開票の結果、環境保護を推進するアレキサンダー・ファン・デア・ベレン氏(72)が、極右候補のノルバート・ホーファー氏(45)に僅差で勝利した。

欧州連合(EU)初の極右大統領の誕生には至らなかった形だが、欧州の主流派政党に激しい警鐘を鳴らす結果となった。
 
無所属ながら緑の党の支持を得たファン・デア・ベレン氏の得票率は50.3%。一方、反移民のポピュリズム政党・自由党(FPOe)の親しみやすく穏健な代表者というイメージを掲げたホーファー氏の得票率は49.7%だった。
 
ホーファー氏は交流サイト(SNS)のフェイスブック(Facebook)上で敗北を認め、「もちろん悲しい」としながらも「どうかがっかりしないでほしい。この選挙戦での努力は無駄ではない、未来への投資だ」と述べた。
 
ホーファー氏は、22日夜に出された決選投票の中間集計では4ポイント優勢だったが、23日に70万票という記録的な数に上った郵送票が開票されると、その紙一重の差は覆され、最終的にファン・デア・ベレン氏がわずか3万1000票余りリードして劇的な逆転勝利を収めた。投票率は、欧州の選挙としては高い約73%だった。
 
識者らの多くは、先月24日に行われた第1回投票でホーファー氏に14ポイントの差をつけられたファン・デア・ベレン氏は、決選投票でも勝てないだろうと予想していた。
 
これに対しホーファー氏は、欧州の移民危機に不安を抱える有権者の感情に訴え、主に教育レベルの低い労働階級男性や地方部からの支持を集めたが、選挙戦が進むにつれ、1945年以降政権を握ってきた中道政党に嫌気がさした有権者の支持を集めるため、自由党のメッセージをトーンダウンさせていた。
 
ホーファー氏の戦略には、欧州各国における非主流派の政治家の成功や、米国の大統領選に立候補しているドナルド・トランプ(Donald Trump)氏の成功との共通点がみられる。【5月24日 AFP】
********************

今回の大統領選挙では、中東などからの難民・移民問題が主要な争点となりました。

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(極右)ホーファー氏は、難民が最初に到着したEU域内の国で保護申請することを義務づけた「ダブリン規則」の順守を主張。ウィーン市内で20日に開いた集会でも「移民がこれ以上流入すれば、社会システムが破壊される」と反難民・移民の姿勢を強調した。

(左派)ファン・デア・ベレン氏は難民らの受け入れ制限に反対し、保護を主張。20日の集会では「我々が誇れる、開かれたオーストリアにしよう」と呼びかけた。【5月21日 毎日】
********************

先月24日の大統領選第1回投票では極右ホーファー氏が得票率は35%で首位、左派ファン・デア・ベレン氏は21%でした。

連立政権を担っている中道左派の社会民主党、中道右派の国民党候補はそれぞれ11%で決選投票に進めず、左右の極端な候補が決選投票に残るということが示すように、既成政治への有権者の不満がアウトサイダーの躍進を支持するという形で、アメリカのトランプ・サンダース両候補の躍進と共通した傾向があります。

反EU・反難民の流れの強さを改めて見せつける結果にも
「反難民・移民」は欧州政治の大きな流れとなっており、極右大統領の誕生には至らなかったものの、今回選挙での極右候補の躍進は改めてその流れを見せつけるところともなっています。

****反難民」根強さ示す=オーストリア大統領選****
22日のオーストリア大統領選決選投票で「反難民」の極右・自由党候補のノルベルト・ホーファー国民議会(下院)第3議長(45)が勝利の目前まで迫ったことは、「開かれた欧州」に対する国民の懐疑と内向き傾向の強さを浮き彫りにした。
 
ホーファー氏は選挙戦で「オーストリアが第一」のスローガンを掲げ、「国民と国の伝統、治安を移民から守る」「欧州連合(EU)の指示を受けるのではなく、主体的な行動が必要だ」と強調。中東やアフリカからの難民らの流入を脅威と感じる労働者階級などの支持を集めた。
 
欧州最大の難民受け入れ国ドイツのメルケル首相は難民問題について「欧州全体での解決が重要」と訴えてきた。だが、負担を求められることへの不満はEU加盟国の中に少なくない。そもそもEUという機構が加盟国に利益をもたらしているのかという根本的な疑念もくすぶる。
 
フランスでは、移民規制や反EUを掲げる極右・国民戦線(FN)のルペン党首が2017年の大統領選に向け、オランド大統領ら有力ライバルをしのぐ人気を誇る。ドイツでも、難民入国阻止を訴える新興政党「ドイツのための選択肢」が17年の総選挙で議席を獲得する勢いだ。
 
欧州への難民流入数は15年と比べ大幅に減ってきた。「難民問題が落ち着けば、極右や右派への支持は弱まる」(欧州外交筋)との見方も当初あったが、実際にはそうはならず、逆に伝統的な主要政党の退潮が目立っているのが現状だ。【5月24日 時事】 
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敗れたとは言え、極右政党・自由党は世論調査では3割を超す支持率でトップの位置にあり、新大統領にしても、連立与党にしても、有権者のこの流れを引き戻す努力が求められています。

一方、自信を深めた自由党は、2018年の総選挙へ照準を合わせています。
フランスのマリーヌ・ルペン氏率いる国民戦線にしてもそうですが、ハードな極右イメージを控えるソフト化・大衆路線が大きな成果をあげており、既成政治に失望した国民に受け入れられつつあります。

“ウィーンで極右・自由党のボランティアをしていたダネセクさんは、過去のナチスの記憶はもはや、若者が右派政党に参加することの妨げにはならないという。「私たちはナチスについて歴史の教科書から知っただけ。それでも、ひどい出来事だったことは分かるし、もう二度と起こらないと思う」”【5月20日 WSJ】

****移民ショックで分断浮き彫りに 極右に辛勝のベレン氏が反対派にも対話呼びかけ****
オーストリア大統領選の決選投票でリベラル系「緑の党」の前党首、ファン・デア・ベレン氏が当選を決めた。23日には僅差で退けた極右、自由党のホーファー氏の支持者に対しても「信頼を得られるように取り組む」と述べ、難民や移民らの流入問題などで露呈した国民の分断の解消に努める考えを示した。
 
最終集計によると、決選投票の得票率はファン・デア・ベレン氏の50.3%に対し、ホーファー氏が49.7%。「反極右票」を結集したファン・デア・ベレン氏が競り勝ったが、第1回投票では2大政党で連立与党の社会民主党、国民党がともに惨敗し、移民流入や失業率増加への国民の強い不満が浮き彫りになった。
 
ファン・デア・ベレン氏は決選投票で真っ二つに割れた有権者について「同じコインの表裏だ。どちら側も等しく重要だ」とし、ホーファー氏の支持者の声にも耳を傾ける「対話の文化」が必要だと強調した。
 
今回はファン・デア・ベレン氏が当選して極右出身の大統領誕生を阻んだが、オーストリアは2年後に総選挙を控える。世論調査では社民党と国民党の支持率が合計でも5割に届かない一方、自由党は3割超でトップ。ロイター通信によると、その支持率は欧州の極右・右翼勢力で最も高い。
 
自由党主導の政権樹立を阻止するには、同党に流れた支持者を引き戻すことが不可欠で、政権側からは「有権者には敗北感を抱かせてはならない」(ケルン首相)と強調する声が出た。一方、自由党幹部は「われわれは総選挙に向けて相当よい位置にある」とした。
 
欧州では経済低迷や移民流入を受け、極右など大衆迎合的な政党が伸長し、既存政党に対する信頼が揺らぐ傾向が続いている。【5月24日 産経】
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連立与党と極右政党が「反難民」策を争う状況
伝統的に難民保護に手厚いオーストリアは昨年9月、受け入れを表明。人口の1%を超える約9万人の難民申請を受け付けました。

しかし、急増する難民らへの不安・不満が高まり、「反難民」を掲げる極右政党・自由党の支持率が上昇する状況に、昨年12月にはスロベニア国境でフェンス建設に着手、今年1月には突然申請の受付数に上限を設定、更に4月にはほとんどの難民入国を拒絶できるようにする法改正案を可決するというように、極右勢力と「反難民」策を争うような事態ともなっています。

****難民入国、拒否可能に オーストリア、下院で法案可決****
昨年中東などから多くの難民が入国したオーストリアの下院が27日、今後難民らが殺到した場合は、ほとんどの入国を拒絶できるようにする法改正案を可決した。周辺国を「安全な第三国」と見なし、難民らにこうした国で難民申請をするよう求める内容だ。人権団体は「難民保護の放棄だ」と批判を強めている。
 
改正案では、政府は難民らが殺到して安全が脅かされたと判断した場合、議会の承認を経て緊急事態を宣言。難民らを国境付近にとどめ個別に審査する。難民らは経由地の周辺国で難民申請をできない特別な事情があるか、オーストリアに家族がいる場合以外は入国が認められなくなる。
 
オーストリアは伝統的に手厚い難民保護制度を持ち、昨年は約9万人が難民申請した。人口1人あたりでEUで2番目に多い。
 
政権は当初は難民の受け入れを表明した。だが、多くの国が難民らを素通りさせ、オーストリアに向かわせるようになると方針を転換。難民抑制策に次々と着手し始めた。
 
背景に、難民受け入れ反対の右翼「自由党」の勢いが止まらない事情がある。同党は政府が抑制策を出すたび、より強い姿勢を強調している。【4月29日 朝日】
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難民らの受け入れ制限に反対し「開かれたオーストリア」を主張するファン・デア・ベレン氏の辛勝で、連立与党と極右政党が「反難民」策を争うような状況に歯止めがかかるのか、それとも勝利まであと一歩にまで迫った自由党の脅威から、“ホーファー氏の支持者の声にも耳を傾ける”ということで、これまで同様に「反難民」の流れが続くのか・・・。

厳しい経済情勢のなかで、欧州全体が国家も国民も余裕を失っている状況にありますので、「寛容」を維持するのもなかなか困難な情勢ではあります。ただ、理想の旗は困難な状況で掲げてこそ価値あるものも言えます。

なお、オーストリアの大統領は象徴的な地位ではありますが、首相の任命権や国民議会の解散権など、政府への一定の影響力はあるようです。

ファン・デア・ベレン氏は、オーストリアの右傾化については「(自由党に投票した)人々は政治に不満を持っているだけで、極右になったわけではない」と否定しています。

また同氏は、地元メディアに「オーストリアは経済面で欧州連合(EU)に頼る部分が大きい。関係強化に努めたい」とEU重視の姿勢を示しており、イギリスのEU離脱問題や各国における反EU・反難民の極右勢力の台頭で揺らぐEUにとっては、なんとか激震を避けられた形にもなっています。
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アフガニスタン  米軍のタリバン最高指導者殺害で予想されるタリバン側の対応硬化 パキスタンは?

2016-05-23 23:09:09 | アフガン・パキスタン

【5月23日 AFP】

米軍無人機、タリバン最高指導者を殺害 「アフガン政府との和平の妨げになっていた」】
アフガニスタン情勢については、5月5日ブログ「アフガニスタン 戦乱の中で子供たちは 報復殺害、少年兵、脅迫、自爆犯、難民生活・・・奪われる教育機会」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160505で、アフガニスタン政府やアメリカの和平交渉への呼びかけに対してタリバン側は交渉を拒否していること、タリバンの春季攻勢が始まったこと、そうした状況で、特に子供たちが厳しい現実を強いられていることなどを取り上げました。

状況が改善するかどうかは、タリバンとの和平交渉実現にかかっていると見られていましたが、そのタリバンの最高指導者マンスール師がアメリカの無人機攻撃で殺害されました。

****米軍、タリバーン指導者殺害か アフガン和平交渉、困難に****
米国防総省は21日、アフガニスタンの反政府勢力タリバーン最高指導者のマンスール幹部を標的に空爆をしたと発表した。米国防当局者によると、死亡したとみられる。死亡が確認されれば、タリバーン側の反発は必至で、アフガン政府とタリバーンの紛争の交渉による解決は遠のく。

米当局者によると、空爆はオバマ米大統領が承認し、複数の無人機で実施された。アフガン国境に近いパキスタン領内を車で移動しているところを攻撃した。一緒にいた戦闘員1人も死亡したとみられる。
 
アフガン政府のアブドラ行政長官と情報機関はそれぞれツイッターでマンスール幹部が「死亡した」と述べ、死亡情報が確認されたとの見方を示した。タリバーンは22日午後までに公式な声明を出していない。
 
タリバーンは昨年7月、組織の創始者だったオマール最高幹部が約2年前に死亡していたと発表。組織内の抗争の末、マンスール幹部が後継の座に就いたばかりだった。
 
米国防総省のクック報道官はマンスール幹部について「カブールやアフガン全土での攻撃計画に活発に関わっていた。市民や治安部隊に脅威だった」と指摘。「和平交渉に参加するのを阻み、アフガン政府との和平の妨げになっていた」と殺害の意図を強調した。
 
死亡が確認された場合、タリバーンには大きな打撃だが、報復テロを起こす恐れがある。タリバーン内部で後継をめぐる混乱が起き、和平交渉は当面、困難になるとみられる。【5月23日 朝日】
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マンスール師の死や後継者について、タリバンからの公式発表はまだありませんが、アフガニスタンの情報機関「国家保安局(NDS)」とアブドラ・アブドラ行政長官はともに、マンスール師の死亡を確認したと発表しています。

また、ベトナム訪問中のアメリカ・オバマ大統領も、「米国と同盟国の部隊に対する攻撃を繰り返し計画・実行し、アフガニスタンの人々に戦争を仕掛け、国際テロ組織アルカイダなどの過激派組織と協調していた組織の指導者を、われわれは排除した」とする声明を発表していますので、マンスール師殺害は間違いありません。(無人機攻撃ですから、その殺害の映像はホワイトハウスへ送られます。TVドラマでは大統領や軍トップがその瞬間を見守る・・・といった場面ですが、実際はどうでしょうか?)

しかし、単に最高指導者を殺害しただけでは事態は改善しません。別の人物がその地位を引き継ぐだけです。
むしろアメリカへの反発から、攻撃的姿勢が強まることが懸念されます。

マンスール師への「和平交渉に参加するのを阻み、アフガン政府との和平の妨げになっていた」という評価は、同師がオマル師死後の後継者になった昨年夏頃の評価・期待とは大きく異なります。

マンスール師は当時は穏健派とみなされ、実際にも和平交渉に携わってきた人物です。

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パキスタン情報筋によると、タリバン内部ではマンスール師が近年、オマル師に代わって実権を握っていたことに不満が高まっていた。

マンスール師は政府との和平路線を推進。オマル師の名を使って和平交渉の正当性を訴える声明を出していたとされ、一部の強硬派が反発していた。
 
マンスール師率いる新指導部は(2014年7月)30日、「イスラム教の教義に基づいた統治が行われるなどの条件が満たされれば、和平に応じる用意がある」との内容の声明を発表。引き続き和平プロセスに参加する姿勢を明らかにした。【2015年7月30日 時事】
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しかし、タリバン内部には強硬派による和平交渉への反発が強く、最高指導者承継にあたって内部対立が激化。
そうした対立を収めて最高指導者としての地位をタリバン内部に認知させるために、マンスール師は敢えて強硬な姿勢をアピールする形ともなりました。(韓国で親日批判を防ぐために、政権がことさらに対日強硬姿勢をアピールするようなものでしょう)

実際、彼が権力を引き継いでから、テロ活動はむしろ激化したように見えます。

和平交渉からの方針転換 予想されるタリバンの対応硬化
そうした流れで激化するタリバンの攻勢、進まない和平交渉に対し、アフガニスタン政府・アメリカもマンスール師への期待を捨てたようです。

****米、強硬策に転換 トップ殺害か、タリバーン硬化へ****
アフガニスタン政府との間で14年余り、泥沼の戦闘を続けるタリバーンのトップを米軍無人機が空爆し、殺害したとみられる。交渉による解決の試みが行き詰まる中での方針転換だが、力ずくの紛争終結に見通しが立つ状況ではない。(中略)
 
マンスール幹部は昨年7月に最高指導者オマール幹部の死亡が明らかになる数年前から、事実上、組織を取り仕切ってきた。中東カタールにある政治部門を通じて水面下で対米交渉に乗り出すなど、現実路線派と目されていた。
 
米政府も、タリバーン内では、強硬派で大規模テロを手がけるハッカーニ派をテロ組織と認定して無人機攻撃の対象としてきたが、マンスール幹部らタリバーン指導部への直接攻撃は、これまで控えてきた。
 
今年1月には、アフガン政府と、タリバーンに影響力を持つパキスタン、中国とともに和平を後押しする4カ国協議を立ち上げ、交渉の場に着くよう呼びかけた。だが、マンスール幹部の指導部はハッカーニ派の首領を副官に据え、3月には和平拒否を宣言。4月には「大攻勢を始める」と発表し、カブールで64人が死亡するテロを起こした。
 
アフガンのガニ大統領は「もはやタリバーンを交渉の席に連れてきてほしいとは思わない」と反発。収監中のタリバーン6人の処刑を命じた。米政府は最高指導者殺害作戦で、交渉よりも力による解決へ足並みをそろえたことになる。
 
トップ不在となれば、タリバーンの結束は乱れるとみられる。アフガン大統領府は22日の声明で「和平に加わる好機だ」とし、穏健派の離反を呼びかけた。

ただ、昨年のトップ交代では和平機運はむしろ遠のき、マンスール指導部に反対する一派が中東の過激派組織「イスラム国」(IS)に共鳴する動きさえ見せた。今後、組織内で強硬派が主導権を握る恐れもある。
 
2001年の米同時多発テロを機に始まったアフガン戦争は出口が見えない。
オバマ政権は14年5月、駐留米軍について14年末で戦闘任務を終了後、16年末までに完全撤退させると正式表明した。

だが、タリバーンが農村部を中心に攻勢を強め、15年10月に計画の撤回を余儀なくされた。米兵約5500人が、17年1月以降も駐留して訓練や対テロ作戦を継続。撤退は次期政権に持ち越された。
 
野党共和党を中心にアフガンへの関与を強めるように求める声もくすぶり、11月の大統領選でも争点になるとみられる。【5月23日 朝日】
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“16年末までに完全撤退させる・・・・” そんな話もあったね・・・と思えるほどに、アフガニスタンの現状は厳しくなっています。

タリバン内部では後継者選びの動きもあるようですが、更に強硬・攻撃的な指導部となりそうです。
アメリカとしても、それも承知のうえでのマンスール師殺害でしょうが。

****<タリバン指導者>後継者選び本格化か マンスール師死去で****
アフガニスタンの旧支配勢力タリバンは22日、米国が無人機攻撃での殺害を発表した最高指導者マンスール師の後継者選びを始めた。ロイター通信がタリバン幹部の話として伝えた。

候補にはタリバンを創設した故オマル師の息子や過激な武装組織を率いる幹部らがあがっている。武闘派が引き継げば、アフガン政府が目指す和平交渉入りはさらに難しくなりそうだ。
 
タリバンはマンスール師の死亡を公式には発表していないが、後継者の発表と同時に認める可能性がある。
 
パキスタン紙などによると、後継者の有力候補はマンスール師に次ぐ副指導者で、武装組織ハッカーニ・ネットワークを率いるシラジュディン・ハッカーニ師。この組織は2011年の在カブール米大使館襲撃事件や首都カブールで先月64人が死亡した大規模自爆テロに関与したとみられ、米国は「海外テロ組織」に指定している。
 
このほか、和平に反対する強硬派の支持が厚いオマル師の息子ヤクーブ師や、ハッカーニ師と並ぶもう一人の副指導者ハイバトゥラ師などの名前も挙がっているという。
 
米国やアフガンは和平による紛争終結を目指しているが、後継候補の多くは武装闘争を支持する強硬派だ。マンスール師殺害の報復として戦闘を激化させる可能性がある。【5月23日 毎日】
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パキスタンのアフガニスタン鎮静化への本気度は?】
外国勢力へのテロ活動を行ってきた武装組織ハッカーニ・ネットワークのシラジュディン・ハッカーニ師がタリバンを率いるということになれば、和平交渉などありえない話にもなります。

もっとも、パキスタン、特にパキスタン国軍中枢である3軍統合情報部(ISI)の対応によっては・・・という部分もありますが。

アフガニスタンのタリバンにしても、パキスタン・連邦直轄部族地域(FATA)北ワジリスタン地区を拠点とするハッカーニ・ネットワークにしても、その創設から、活動支援に至るまでパキスタンが関与していることは公然の秘密です。

****ムシャラフ元大統領「パキスタンは対ロシア戦のためにタリバンを養成****
パキスタンは、13以上のテログループを支援し、そのメンバーをインドに対抗させ、又タリバンを対ロシア戦に派遣した。2001年から2008年までパキスタン大統領を務めたムシャラフ氏は、このように証言した。

ムシャラフ元大統領は、次のように指摘した―
「我々は、イスラム運動体『タリバン』を養成し、そのメンバーをロシアとの戦いに向かわせた。タリバン、ハッカニ、ウサマビン・ラディン、ザワヒリは皆、当時の我々の英雄だった。彼らが、悪魔となったのは後の事である。

1979年パキスタンは「戦闘的宗教過激派」への支援に着手した。「宗教的好戦性」なる専門用語は、我がパキスタンで生まれたものだ。

1990年代、インドとの間で領有権を争っているカシミールの解放を目指す戦いが始まった。その当時『タシカル-エ-タイバ』など11から12のグループが現れた。

我々は、そのメンバーを支援し、養成した。なぜなら彼らは、自分の命を懸けてカシミール解放のために戦ったからだ。」

このように述べたムシャラフ元大統領は「現在戦闘員らは、パキスタン国内で、自国民に対する戦いをしており、これを止めさせなければならない」と認めた。

ムシャラフ氏は、1999年国家クーデターで政権の座につき、1999年から2002年まで、まず首相を務めた。【2015年10月28日 Sputnik】
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ソ連撤退後もタリバンなどの過激派をパキスタンが支援してきたのは、カシミールでの対インド活動に投入しようとしたことに加え、アフガニスタンにあっては、インドの影響力が強いアフガニスタン政府に対抗してパキスタンの影響力を保持するためとも言われています。

今回、タリバン最高指導者マンスール師が殺害されたのもパキスタン・バルチスタン州アフマドワルの南西を車で移動中のことであり、パキスタンの旅券と身分証を所持していたと発表されています。

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空爆の現場から回収された旅券が正規のものかどうかは定かではないが、同師がパキスタン国内に拠点を構え、他国との間を自由に行き来していた実態が明らかになった形だ。【5月23日 時事】
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そうしたパキスタンの関与が強いタリバンなどの過激派組織の中にあっても、ハッカーニ・ネットワークはより過激であると同時に、パキスタン・ISI直系とも言えるほどパキスタンとの繋がりが強い組織です。

2011年9月、米上院軍事委員会の公聴会で証言した米軍制服組トップのマイケル・マレン統合参謀本部議長(当時)は、パキスタン軍3軍統合情報部(ISI)が武装組織「ハッカーニ・ネットワーク」を積極的に支援しており、同ネットワークはISIの「正真正銘の片腕」として行動していると、また、パキスタン政府は暴力的な過激思想を「代理組織」を通じてアフガニスタンに輸出しているとも名指しで非難しています。
もちろん、パキスタン政府・ISIは公式には「ハッカーニ・ネットワーク」との繋がりを完全に否定しています。

パキスタン政府は、2014年12月にパキスタン北西部ペシャワルの学校がイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」に襲撃されて149人が殺害された事件以来、国内でテロ活動を行うTTPに対しては、それまでの宥和的対応を捨てて、国軍と協力して掃討作戦に転じたとされています。

しかし、国外アフガニスタンで活動する「ハッカーニ・ネットワーク」などは、掃討対象にはなっていないと思われます。

現在のパキスタン・ISIとタリバンや「ハッカーニ・ネットワーク」との関係はよく知りませんが、パキスタンが本気でそうした勢力への圧力をかければ、資金・武器、潜伏場所などの面から、過激派組織は今までのような戦闘継続はできないと思われます。(中国と北朝鮮のような関係でしょうか)

逆に言えば、戦闘が継続しているのはパキスタンが本気で圧力をかけていない証拠とも言えます。

パキスタン側も今年3月に、タリバン指導者がパキスタン国内にいることを認め、和平交渉参加に向けて圧力をかけていくとの姿勢を明らかにしていました。

****タリバン指導部、国内に居住=パキスタン高官初めて認める****
パキスタンのアジズ首相顧問(外交・安全保障担当)は3日までに、アフガニスタンの反政府勢力タリバンの指導者らがパキスタン国内にいると明らかにした。米ワシントンで行われた講演で語った。パキスタン高官がタリバン指導者の国内居住を認めたのは初めて。
 
アジズ氏の講演を主催した米ワシントンのシンクタンクによると、同氏は「タリバン指導者や幹部、その家族はパキスタン国内にいる」と発言。タリバンを保護しているわけではないと強調しつつも、「パキスタン政府は『和平交渉の席に着かなければ、国外に追放する』と圧力をかけることができる」と語った。【3月3日 時事】 
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しかし、現にタリバン最高指導者マンスール師はパキスタン国内で、パキスタンのパスポートを持って活動していました。
パキスタンがどこまで本気でタリバンや「ハッカーニ・ネットワーク」などに圧力をかける考えがあるのか・・・・わかりません。

今回のパキスタン領内におけるマンスール師殺害にあたり、アメリカからパキスタン側への連絡は事後通知だったようです。

シャリフ首相は「無人機攻撃は主権侵害だ」と批判しているそうですが、事前にパキスタン側へ通知すれば、情報は必ずタリバン側へ漏れる・・・というアメリカのパキスタンへの不信感によるものでしょう。

タリバンなどのパトロンでもあるパキスタン側の本音が信用できないなかで、アメリカはタリバン最高指導者殺害後の青写真をどのように描いているのでしょうか?

青写真など描きようもない・・・といったところでしょうが、相手はアフガニスタンのタリバンではなく、パキスタンの国軍、特にISIであるように思えます。タリバンだけを相手にしていてはきりがありません。
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アメリカ・オバマ大統領、「広島」を前にベトナムを訪問 今も残る枯葉剤問題

2016-05-22 22:13:18 | アメリカ

(枯葉剤の影響については、痛ましい写真ばかりです。“枯れ葉剤の影響で、脳や体に障害を負った子どもたちに寄り添うマイさん(左)=ダナン、佐々木学撮影”【5月22日 朝日】)

歴史を無視するのではなく、それを理解し、認識し、よりよい未来をともに目指す
オバマ大統領は広島訪問について次のように語っています。

*****オバマ大統領インタビュー*****
Q)広島訪問という大統領の歴史的な決断を歓迎します。なぜ今回、広島に行こうと決めたのですか?訪問の目的は何ですか?

A)(中略)私の目的は、単に過去を振り返るのではなく、罪のない人々が戦争の犠牲になったこと、世界中で平和と対話を進めるために、できるかぎりのことをすべきだということ、われわれは引き続き、『核兵器のない世界』を追い求めて努力すべきだということを訴えることです。

それは、私が大統領に就任して以来、ずっと取り組んできたことです。そしてこれは、かつての敵どうしが、いかにして世界で最も緊密な関係を築き、最も緊密な同盟国になったかを示す、すばらしい物語です。

そして、そのことは、われわれが互いの違いを乗り越え、われわれの子どもや孫たちのために、よりよい未来を作れることを教えてくれています。それは、歴史を無視するのではなく、それを理解し、認識し、よりよい未来をともに目指すことで実現できるのです。

Q)被爆者の方たちは大統領との面会を強く望んでいます。広島で被爆者の方たちと会いますか?

A)日程はまだ最終的に決まっていません。まだ、はっきり分かりません。しかし、私の目的は日本の人々に語りかけることであり、この地域の人々、アジアの人々、アメリカの人々、世界中の人々に語りかけることです。

こうしている間にも、多くの人が、今なお戦争で苦しんでいます。私の目的の1つは、戦争では罪のない人たちが巻き込まれ、とてつもない苦難に見舞われると認識することです。

それは単なる過去の話ではなく、今も世界の多くの場所で起きていることなのです。私たちは、それぞれ自分の国を守るために、できるかぎりのことをすると同時に、人類という観点から考えなくてはならないのです。(後略)【5月22日 NHK】
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“歴史を無視するのではなく、それを理解し、認識し、よりよい未来をともに目指す”・・・・もっともなことです。

日本に対しても中国や韓国を中心に、歴史の理解・認識の不十分さへの批判があり、それへの日本国内の反発も強く、“よりよい未来をともに目指す”関係の構築に至っていません。

歴史・過去と向き合うことは、さまざまな問題を伴う困難な作業です。
立場が異なると、どうしても認識の相違もでてきます。重要なのは、被害を受けた相手の気持ちに配慮して誠実に過去に向き合うことではなかと思うのですが。

ベトナムで大勢が苦しむ枯葉剤後遺症
アメリカも、第2次大戦後も世界各地で絶え間なく戦争を続けてきた国ですから、そのあたりの過去・歴史の清算が十分になされているとは言い難いところがあります。

オバマ大統領は日本訪問に先立って、かつてのベトナム戦争の敵対国ベトナムを訪れます。
激しく長い戦争を戦った両国ですが、ベトナム戦争終結から20年後の1995年にはクリントン大統領(当時)のもとで国交正常化がなされ、クリントン大統領は2000年には米大統領として、ベトナム戦後初めてベトナムを訪問しています。

近年では、中国の南シナ海における勢力拡大をけん制すべく、対中国で利害が一致するベトナムとアメリカの関係が強化されつつあります。

****米大統領、ベトナム訪問=関係発展へ武器禁輸解除焦点****
オバマ米大統領は23〜25日の日程でベトナムを初訪問する。チャン・ダイ・クアン国家主席ら政府首脳と会談し、ベトナムが求めている米国の武器禁輸全面解除の可能性や国防面での交流、経済関係の強化をめぐり意見交換する。中国が進出する南シナ海情勢への対応についても協議する。
 
ベトナムを訪問する米大統領は1995年7月の国交回復後、3人目。
 
オバマ大統領は過去20年以上にわたる国交正常化のプロセスを踏まえ、かつて戦火を交えた両国の包括的な関係進展の道筋を示す歴史的訪問にしたい考え。域内の新興国ベトナムとの関係発展は、アジア太平洋へのリバランス(再均衡)政策の重要な要素となる。【5月22日 時事】
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政府間では関係修復が進んでいる両国ですがベトナムにはいまだ戦争の残した苦しみを背負い続ける人々が多数存在します。

そのひとつが「枯葉剤」の問題です。日本に原爆症が存在するように、枯葉剤も戦争終結後も長く後遺症を残しています。

****枯れ葉剤の被害者「実情見て」 オバマ氏、あすベトナム訪問****
米国のオバマ大統領は日本訪問に先立ち、23日からベトナムを訪れる。ベトナム戦争終結から41年。両国は近年、南シナ海問題での対中国「共闘」や貿易で急接近している。だが、戦争中に米軍が散布した枯れ葉剤の影響は今も深刻だ。「実情を見て」と涙で訴える被害者がいる。
 
ベトナム中部ダナン。米軍が枯れ葉剤散布の拠点としたダナン空港から約10キロの山間部の村で、グエン・ティ・マイさん(50)はオバマ大統領の訪問を知り、「ほんの少しでいい。枯れ葉剤で苦しんでいる私たちの村に来て、この子らの現実を見て欲しい」と涙を流した。
 
ベトナム戦争中、米軍が密林に潜む敵を見つけやすくして掃討するため、大量の枯れ葉剤をまいていた1966年に生まれた。同郷の2歳上の夫と結婚、3人の子は全員、脳や手足に先天的な障害を負っていた。土地が枯れ葉剤に含まれる有毒のダイオキシンで汚染され、夫妻がそこで採れた野菜などを食べて育った影響とみられている。
 
子の1人は寝たきりで、食事も移動も排泄(はいせつ)も一人ではできない。体調が急変し、病院に運び込むことも多い。夫が日雇いで稼ぐ750円ほどの日給と、政府からの補助(月約2千円)で生計を立てている。
 
数キロ離れた地区のボー・ティ・ニャムさん(50)も、下肢と脳に障害がある26歳と16歳の息子の介護に明け暮れる。「私が老いたら誰がこの子の世話をしてくれるの。米国はなぜ、手を差し伸べてくれないの」
 
米政府は4年前から、ダナン空港脇の汚染土壌の除染を始め、今月3日に最初の区画の土(約4万5千立方メートル)の除染を終えた。ダナンで来年開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)に向け、空港を拡張するためというが、被害者の暮らしとは無縁の話だ。
 
米国は枯れ葉剤とベトナム人の健康被害との疫学的因果関係を認めておらず、ベトナム人への補償はしていない。オバマ氏は訪問中、枯れ葉剤被害者との面会は予定していない。
 
ダナンで被害者支援に取り組む団体「DAVA」のファン・タイン・ティエン副代表は「戦後41年がたち、反米感情はほぼなくなった。さらなる友好のため、米国は汚した土だけでなく、人の体にも目を向けて欲しい」と話している。【5月22日 朝日】
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アメリカ側は枯葉剤と奇形・疾病との因果関係を認めていませんが、枯れ葉剤の使用が増えた1960年代後半から現地で死産や先天異常が増加しています。

約300万人が枯れ葉剤の後遺症に苦しみ、うち約100万人は子供と言われています。
下半身がつながった結合双生児「ベトちゃんドクちゃん」の映像は衝撃的でした。

ベトナム政府の対応も充分なものとは言い難いのが実情です。

****奇形や病気の被害、現在も続く****
・・・・ベトナム戦争中の1961~71年の間、米軍はジャングルに逃げ込んでゲリラ戦を展開する北ベトナム軍の戦法に業を煮やし、猛毒ダイオキシンを含んだ枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」を4400万リットルを散布した。

最低でも480万人のベトナム人が直接的に被害を受け、多くが死んだ。さらに、生き残った被害者の何百万人もの子孫が奇形や病気に苦しみ、その被害は現在も続いている。

ダイオキシン汚染が激しいビエンホア飛行場のすぐ近くには住宅が密集し、新住民が増えている

ドンナイ省ダイオキシン被害者の会によると、同省の被害者は現在9114人。腕や足の欠損、脳障害、小児がんなど17種類の被害に苦しんでいる。同会のダオ・グエン会長は「政府は土壌浄化に何度も取り組もうとしているが、うまくいかない。新しい技術と費用を出してくれるスポンサーを探さないといけない」と話す。
 
グエンさんによると、ベトナム政府は枯れ葉剤の被害者に月180万ドン(約9900円)の支援金を支給している。ただ、被害者に認定されず、月20万ドン(約1100円)の身体障害者支援金などしかもらえない人も多い。

その判断は病状の重さでなく、父母がベトナム戦争に従軍したかどうかに大きく左右されるという。ベトナムでは入試や就職でも、元兵士の子息を優遇する傾向があり、それを妥当とみなす雰囲気が根付いている。

土壌汚染の浄化とともに、枯れ葉剤被害者を平等に支援する仕組み作りも欠かせない。【2015年11月13日 日経】
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土壌汚染の除去作業は一定に進展
2012年8月10日ブログ「ベトナム 米越合同の枯葉剤汚染除去作業始まる 深まるアメリカとの経済関係」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120810でも取り上げたように、枯葉剤による土壌汚染に関しては、アメリカもその除去作業をベトナムと共同で行っています。

****枯れ葉剤汚染 除染作業の一部が完了 ベトナム****
ベトナム戦争中にアメリカ軍が使用した枯れ葉剤による汚染が深刻なベトナム中部で、アメリカ政府による除染作業の一部が完了し、両国の関係者が出席して式典が開かれました。

ベトナム中部のダナン空港では、ベトナム戦争中、アメリカ軍が大量の枯れ葉剤を保管していたことから、戦後40年以上がたった今も、一部で枯れ葉剤の成分のダイオキシンが高濃度で検出されています。

このため、アメリカ政府は、4年前からおよそ8000万ドル(日本円で85億円余り)を出してダイオキシンを取り除く作業を始め、一部の区画で作業が完了しました。

3日は両国の関係者が出席して式典が開かれ、アメリカのオシウス大使は「われわれは互いに協力し、学び合うことで、歴史的な偉業をやり遂げた」と述べ、意義を強調しました。

除染作業は、汚染された土を鉄のコンテナに集め、300度以上の熱で二酸化炭素や塩化物などに分解するもので、作業が終わった土地は駐機場などとして利用されるということです。

ベトナムでは、高濃度のダイオキシンが検出される場所が30か所近くあるほか、枯れ葉剤の影響とみられる障害や病気に今も大勢の人々が苦しめられており、大きな課題となっています。【5月4日 NHK】
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土壌汚染の除去作業に関しては、日本企業の参画の話も報じられていました。(現在、そのように進展しているのかしりません。)

****枯れ葉剤処理に日本の技術、清水建設参画へ ベトナム****
ベトナム戦争中に米軍が大量に散布した枯れ葉剤。戦後40年たった今も処理は終わらず、高濃度の汚染地帯が残る。その処理に日本の技術を活用しようというプロジェクトが進んでいる。

ゼネコンの清水建設は10月下旬、ベトナムの汚染土壌を浄化実験のために日本に運んだ。福島原発事故関連の土壌浄化でも活躍した技術の高さに、ベトナム政府も注目している。ベトナム戦争の「最大の負の遺産」の一掃につながるかもしれない。(後略)【2015年11月13日 日経】
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枯葉剤の影響は沖縄にも
枯葉剤の問題はベトナムだけでなく、ベトナム戦争当時米軍が沖縄に秘密裏に持ち込み、貯蔵・使用・廃棄したとも指摘されています。

****フタされた米軍戦争犯罪 「沖縄の枯葉剤****
・・・・13年6月、沖縄市のサッカー場改修工事現場から、米軍が埋めたとみられるドラム缶が掘り出された。ドラム缶から漏れ出た液体からは除草剤エージェント・オレンジ(枯葉剤の一種)と同種の成分が検出された。それ以降、発見されたドラム缶は100本を超える。

この地は87年に米軍嘉手納空軍基地から返還された場所。ドラム缶の一部に枯葉剤を製造した大手メーカー「ダウ・ケミカル」の社名が記されていた。(中略)

ベトナム戦争中、米軍は出撃基地である沖縄に枯葉剤を秘密裏に持ち込み、貯蔵・使用・廃棄した。その方法はドラム缶に詰めて、地中に埋めるか海に投棄した。

(『追跡・沖縄の枯れ葉剤 埋もれた戦争犯罪を掘り起こす』(2014年11月・高文研)の著者である英国人ジャーナリスト)ミッチェルさんは10年9月、環境調査のため、水源地の役割を担うやんばるの森に囲まれた沖縄本島北部の東村高江を初めて訪問した。住民から「高江近くの米軍北部訓練場でベトナム戦争中に枯葉剤が使われたのではないか」と疑いの声を聞いた。

これを機に世界を取材して歩いた。米国に行き、退役米軍人のインタビューを敢行し、ベトナムでは毒物の有害性を告発した医師に面会した。その結果、退役米軍人と沖縄住民らが、ガンや白血病、先天性障害児の出生など、枯葉剤が原因と見られる病魔と後遺症に苦しんでいる事実をつかむ。

そして12年10月、ついに沖縄の枯葉剤を証明する米軍の内部資料を入手した。ある退役米軍人が「フォート・デトリック報告書」(71年9月)の一部をミッチェルさんに送り届けた。フォート・デトリックは、米国メリーランド州の米陸軍生物兵器研究施設を指す。

同報告書にはエージェント・オレンジの備蓄地域として「Okinawa」(沖縄)と明記されていた。裏付ける関連文書はこの他にも次々に発見された。

しかし、米国は証拠をいくら突きつけられても沖縄の枯葉剤の存在を認めようとしない。もし認めたら巨額の損害賠償が発生するだけでなく、安保の背後でフタされた米軍の「戦争犯罪」が姿を現すからだ。【2015年9月号 POLITICS】
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真偽のほどはわかりませんが、ネット検索すると、沖縄の枯葉剤問題についてもいろいろ出てきます。

過去の蓋を開くと、いろいろと見たくないもの、認めたくないものが出てきます。
先述のように、立場が異なるとどうしても認識の相違もでてきます。時間が経過して曖昧な部分も多々あります。

重要なのは、被害を受けた相手の気持ちに配慮して誠実に過去に向き合うことでしょう。
そのなかで、謝罪すべきものがあれば謝罪することは、いささかも国家の威信を傷つけるものではないでしょう。

なお蛇足ながら、沖縄の米軍基地に関しては、ここ数日軍属による女性殺害が大きく報じられています。ただ、個人の犯罪行為については、日本人でも米軍関係者でも一定に起こるものであり、米軍関係者という属性だけをとりあげて、その全体を批判することには違和感を感じます。もし、米軍関係者の犯罪率が際立って高いというなら別ですが。

もちろん、基地の存在の是非は、また別問題です。
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