(18日に警察署襲撃事件が起きたホータンの市場 旅心がそそられますが、情勢は不安定なようです。 “flickr”より By preston.rhea http://www.flickr.com/photos/prestonrhea/5016411033/ )
【建国以来、最大規模の暴動】
チベットや内モンゴルと並ぶ中国の民族紛争の火種のひとつが、新疆ウイグル自治区のウイグル族です。
ウイグル族については、“トルコ系の民族で多くがイスラム教を信仰する。人口は約840万人で、中国の少数民族の中では5番目に多い。大半は新疆ウイグル自治区に住むが、カザフスタンなどの周辺国にも居住する。18世紀に清朝の支配下に入り、1930~40年代に独立の動きが相次いだ。49年の新中国建国とともに統合され、55年に新疆ウイグル自治区が置かれた。同自治区は中国全土の6分の1に相当し、天然資源や希少金属が豊富とされる。”【09年7月6日 毎日】とのことです。
09年6月下旬に中国広東省韶関市の玩具工場で、新疆から出稼ぎ中のウイグル族労働者が漢族に襲われて2人が死亡、漢族を含む118人が負傷する事件が発生。
この事件に対する当局への不満が爆発する形で、同年7月に新疆ウイグル自治区のウルムチなどでウイグル族住民の大規模な暴動、漢族との衝突が起きてから2年が経過しました。
このときの暴動では、当局発表でも200人近く(その4分の3ほどは漢族)が死亡、約1700人が負傷。暴動後、2000人以上のウイグル族が連行され、30人以上に死刑判決が言い渡されており、中国当局が発生を認めた少数民族の暴動としては、1949年の建国以来、最大規模のものとなりました。
死者数については、世界の亡命ウイグル族を組織する「世界ウイグル会議」は「最大3000人」としています。
中国当局側は「国外から指揮と扇動を受け、国内の組織が実行した計画的、組織的な暴力犯罪」と、「世界ウイグル会議」の関与を指摘しています。「世界ウイグル会議」は強く関与を否定しています。
いずれにしても、現地におけるウイグル族と漢族の経済格差、ウイグル族への差別、一方、漢族からすれば、行き過ぎたウイグル族優遇策・・・そうした不満が暴動の背景にあります。
【監視カメラ、密告】
中国当局は、集中的な経済支援策をとると同時に、厳しい住民監視も続けています。
****死傷者2千人 ウルムチ暴動から2年 緩まぬウイグル族監視****
中国新疆ウイグル自治区で死傷者約2千人を出した2009年夏のウルムチ暴動から、5日で2年がたった。表面上は平穏を取り戻しているものの、当局は依然としてウイグル族監視の手を緩めていない。(中略)
自治区の観光業は昨年7月以降、回復傾向にある。自治区幹部によると、昨年、自治区を訪れた中国人観光客は3千万人。外国人観光客も100万人を超え、外貨収入は3億ドル(約240億円)に達したという。
しかし、自治区幹部は昨年の新疆経済工作会議の席上、「不安全、不穏定、不確定な要素は依然として存在する」と認めている。
当局は、中東・北アフリカで広がる政変を“警告”と受けとめている。19省市が自治区内の個別の都市を支援するプロジェクトに約43億元(約540億円)を投じ、少数民族の就業、教育、医療、居住環境の改善などを進めている。一方で、6万台まで増やすともいわれた市内各所の監視カメラが、ウイグル族の動向に目を光らせている。
中国外務省の洪磊報道官は5日の定例記者会見で「新疆では現在、各民族がかつてない権利、人権を享受している。依然として貧困が主要矛盾であり、分裂勢力も活動を続けている。これが(自治区政府の)新疆での仕事を決める。発展と安定の促進を中心に進めていかなければならない」などと述べ、アメとムチを使い分ける当局の施策を正当化した。【7月6日 産経】
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住民監視体制については、いたるところに設置された監視カメラのほか、密告も奨励されています。
****ウイグル自治区、密告ピリピリ「暴動の話するな」****
中国新疆ウイグル自治区のウルムチで2009年7月に発生し、多数の死傷者を出した「ウイグル暴動」から2年余り。
暴動発生当時は数万人の武装警察に加え、軍まで投入された市内中心部は平静と活気を取り戻していた。しかし、市内のいたるところに設置された監視カメラは次々にフラッシュを光らせ、2年前にはいなかった監視員の姿があちこちで目につく。住民同士の“密告”も奨励されているといい、笑顔の陰には、ピリピリした緊張感が漂っていた。
「誰が聞いているか分からない。ここでそんな話はしないでくれ」。ウルムチ市内のバザールで値引き交渉のついでに2年前の暴動についてたずねると、カーペットを売っていたウイグル族住民の商店主(40)はピシャリと話をさえぎって表情を硬くした。
周囲にはウイグル族以外は見あたらなかったが、別の男性は「ウイグル族同士の密告がごく普通になったからだ」と説明した。(中略)
市内には警察の派出所が増え、住民の言動を記録する監視カメラもおよそ4万台設置された。(中略)
ウルムチ市の北部に漢民族、南部にウイグル族という居住エリアの分断もますます進んだ。石油など豊富な地下資源のある新疆ウイグル自治区だが、経済的な恩恵のほとんどは当局と漢民族が享受。ウイグル族には回ってこない。
一方、民族融和を掲げる自治区政府は就職支援などウイグル族への優遇策を打ち出している。
なかでも「反体制的な言動を当局に報告したウイグル族住民には優先的に職が与えられている」(漢族のタクシー運転手)という。市内の監視員の中にはウイグル族の姿も目立っており、ウイグル族同士の相互不信を映す光景となっていた。【7月16日 産経】
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【「美しい顔を見せ、美しい髪をなびかせよう」】
こうした緊張が続くなかで、7月18日には新疆ウイグル自治区ホータンで群衆が警察署を襲撃する事件が起きています。下記AFP記事は、ウイグル族20人が死亡したとの情報も報じていますが、真相はよくわかりません。
****新疆ウイグル自治区で衝突、20人死亡か****
中国北西部、新疆ウイグル自治区の亡命者団体は19日、同自治区で18日に警官隊とデモ隊の衝突があり、ウイグル人20人が犠牲になったと発表した。
中国国営通信は、この衝突を「テロリスト」の攻撃と呼び、群衆がホータンの警察署を襲撃し、警官1人を含む4人が死亡したと報じた。また報道によると、襲撃者らはさらに、にぎわった市場のそばにある警察署に放火したという。
一方、ウイグルの活動家は、一般のウイグル人による怒りの爆発だったと主張し、中国当局が情報を遮断しようとしていると非難。ドイツを拠点とする「世界ウイグル会議(WUC)」は、同自治区の情報筋の話として、治安部隊が14人を撲殺し、6人を射殺したと発表した。(後略)【7月20日 AFP】
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このホータンの事件は、イスラム教徒の女性が黒いベールなどを着用することを地元政府が禁じたことが、引き金の一つだったとの報道もあります。
****新疆の警察襲撃「女性の黒いベール禁止引き金」****
中国の新疆ウイグル自治区ホータンの警察署が襲撃された事件で、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポストは22日、イスラム教徒の女性が黒いベールなどを着用することを地元政府が禁じたことが、引き金の一つだったと報じた。
目撃者は同紙に対し、警察を襲撃したのは20~35歳くらいのウイグル族の男たちだったと証言。女性が頭にまとう黒いベールや、頭から足元までを覆う黒い服の着用を禁じられたことに抗議していたという。
これに対し、地元政府当局者は同紙に、数カ月前からこうした衣装の着用を控えるよう求めていることを認めた。「宗教過激派に影響されやすく、武器も隠しやすいうえ、治安に悪影響を及ぼす」と説明。「美しい顔を見せ、美しい髪をなびかせよう」という標語を使っていたという。治安当局は事件を「平和的なデモではなく組織的なテロ」とする立場を崩していない。
新疆では、学校や公的機関などでは女性のベール着用が認められておらず、断食中のイスラム教徒にも食事や水をとるよう求めるなどしており、宗教を無視した当局の行為にウイグル族など少数民族の不満が高まっていた。【7月22日 朝日】
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更に、昨日30日には、カシュガルで2人組がトラックを奪って人ごみに突進した後、車を降りて刃物で路上にいた7人を殺害する事件が起きています。
****運転手殺害し突っ込む、通行人に刃物…ウイグル****
新華社電によると、中国新疆ウイグル自治区カシュガルで7月30日深夜、2人組がトラックを乗っ取り、運転手を刃物で殺害後、運転して通行人に突っ込んだ。
さらに刃物を振り回して通行人に切りつけ、運転手を含めて7人が死亡、28人が負傷した。2人組のうち1人は取り押さえられたが、もう1人は死亡した。
また、31日夕には同市内で爆発があり、警官を含む3人が死亡、10人以上が負傷した。刃物で襲われた死傷者がいるとの目撃証言もある。容疑者4人が射殺され、4人が拘束、4人が逃走中という。公安当局が背景を調べている。
同自治区では7月18日、ホータンの警察派出所が襲撃され、人質ら計4人が死亡、容疑者14人が射殺される事件が起きた。中国当局は「組織的なテロ」と批判していた。
香港の人権団体・中国人権民主化運動ニュースセンターは、乗っ取りの2人組はウイグル族で、ホータン事件の報復の可能性があるとしている。【7月31日 読売】
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この事件については、民族対立絡みなのかなどの詳細はまだ不明です。
中国の歴史は、漢族と北方騎馬民族や西域部族との対立・抗争の歴史であり、現在のウイグル族などの民族対立もその一環と言えます。
中国にとっては“分離独立”という選択肢はありませんので、なんとか懐柔して緊張を和らげるしかありません。
そのためには、経済的格差是正の施策だけでなく、自治権の見直し、ホータンの“ベール”に見られるように、各民族の文化的価値観の尊重という側面も必要に思われます。
しかし、文化的価値観尊重、差別解消は単に政府施策だけでなく、国民ひとりひとりの心の内にある問題でもありますので、その是正は非常に困難です。