孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ブラジル・ルラ大統領  「グローバルサウス」の盟主として存在感を高めたい思惑 根底に反米傾向も

2023-05-31 22:40:11 | ラテンアメリカ

(記者会見で抱き合うベネズエラのマドゥロ大統領(左)とブラジルのルラ大統領=ブラジリアで2023年5月29日、AP【5月30日 毎日】)

【「ブラジルには中国との関係に偏見がないことを世界に示した」】
ブラジルのルラ大統領が、欧米先進国よりも中国などに接近する外交姿勢を鮮明にしています。

その背景には、左派政権としての基本的な立ち位置のほかに、「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国の盟主として存在感を高めたいとの思惑があると推測されますが、ウクライナ情勢を巡り、ロシア寄り・アメリカ批判ともとれる発言をするなど、アメリカとの軋轢を生んでいます。

****中国訪問のブラジル大統領に習近平が豪華な土産、再接近するBRICSの大国****
ブラジルのルーラ大統領が中国を訪問した。習近平国家主席と会談したほか、米国が安全保障上の問題を指摘するファーウェイの研究開発センターを視察するなど、両国の密接な関係を演出。両首脳はブラジルの課題に即した経済協力など15もの覚書にも署名した。

一方、米国との関係でブラジルは、ウクライナ問題への姿勢などでギクシャクしたところを見せている。欧米寄りだった前政権との違いを明確に打ち出すルーラ大統領は、どこまで中国重視を強めていくのか。日本との関係はどうなっていくのか。

「ドルで貿易を行う必要があるのか」とも
「ブラジルには中国との関係に偏見がないことを世界に示した」
4月12〜15日にかけて中国を公式訪問していたブラジルのルーラ・ダ・シルバ大統領が会見で表明した。人権や台湾問題などを巡り、中国に対する米国やEU(欧州連合)をはじめとする西側諸国の強硬姿勢が強まる中、ブラジルは中国との関係を強化していくという意思を明らかにした。

それだけではない。ルーラ氏は上海で、BRICS諸国のインフラ整備への融資を担う「新開発銀行」本部を訪問し、「先進国が参加せず、世界規模で展開する初めての開発銀行」と言及した。同銀行は、自身の後継者としてブラジル大統領を務めたジルマ・ルセフ氏が総裁に就いている(ルーラ氏は現在2度目の大統領職にある)。

これくらいなら中国に対するリップサービスとも言えるが、さらにこう付け加えた。
「世界のあらゆる国がドルで貿易を行う必要があるのか疑問だ」

貿易相手、直接投資ともに中国が最大
事実、ブラジルと中国は今年3月に両国間の貿易取引でそれぞれの自国通貨を用いることで合意した。貿易・投資促進を目的しているが、ほとんどの企業が決済に用いているドルへの依存度を減らすことにつながる。

「新興国グループのリーダー的存在」を目指すルーラ氏が、欧米諸国を中心に構築されてきたグローバル体制に一石を投じるような発言を繰り返したことについて、欧米諸国を刺激する可能性があると米国の各紙は報じている。

中国・ブラジルの2国間関係は、ジャイール・ボルソナーロ前大統領(2019〜2022年)が欧米諸国と足並みを揃えるかたちで中国を敬遠していたこともあり、しばらく大きな進展は見られなかった。

しかし経済面での関係は着々と深まっている。かつてブラジルにとって最大の貿易相手国は米国だったが、2009年以降、中国が取って代わった。同時に、中国企業の対ブラジル投資案件も年々増加、2021年には中国による直接投資額はブラジル向けがトップとなった。

ルーラ氏は前回の大統領時代(2003〜2010年)にも中国をはじめBRICS諸国との関係強化に積極的であったが、2022年の大統領選中にも中国との関係を再構築する意向を頻繁に示していた。

欧米諸国から多くの制裁や輸入制限措置などを受けている中国は、中南米やアフリカ諸国といった新興国と関係を強化する姿勢を鮮明にしている。(中略)

ウクライナ問題などで米国とは摩擦も
今回のルーラ氏の中国訪問は、ブラジルが国際社会の表舞台に返り咲くための大きな一歩となった点、中国からブラジルのインフラやハイテク技術、貧困撲滅など数多くの分野での協力を引き出した点などで、大きな成果があったと評価されている。

では、中国と激しく対立している米国とブラジルとの関係はどうなっているのか。

今年2月にルーラ氏はワシントンでバイデン大統領と会談している。両首脳は民主主義制度の強化や気候変動・アマゾンの森林破壊阻止のための協力などで意見交換した。

しかし、アマゾンの森林破壊問題での米側の協力がはっきりしないことや、ウクライナ情勢に対するブラジルの姿勢に米国が懐疑的な見方をしていることなどから、相互に不信感が残っているとされる。

実際、ルーラ氏は中国の後にアラブ首長国連邦を訪問したが、現地の会見でロシアのウクライナ侵攻について「双方が悪い」「米国や欧州は戦争をけしかけるのを止めるべき」と発言した。

こうした発言に対して、米国家安全保障会議のカービー戦略広報担当調整官が「ロシアと中国のプロパガンダのオウム返し(理解せずに他人の言葉を繰り返す意)」と批判したうえで、「(ルーラ氏の発言は)『欧米は平和に関心がなく、戦争に責任を負っている』という誤解を招く」と反論している。

比較してみると「大成功」を収めたとされる中国訪問とは明らかに温度差が感じられる。

ではブラジルはこのまま欧米諸国と距離を置き、中国をはじめ新興国と手を取り合いグローバルの新秩序の構築を目指すのか。

ブラジルで低下する日本のプレゼンス
確かに、ルーラ氏の数々の発言からアンチ欧米先進国の印象を受ける。しかし、このまま欧米から離れていくかと問われればそうともいえないだろう。

ブラジルの外交は伝統的に不介入主義を採り、アンバランスな付き合い方を避けてきた。欧米寄りに振れたボルソナーロ前政権のように多少の差はあるが、基本的にはどの国ともうまく付き合うのがブラジルである。メリットがあると判断すれば、中国も欧米も関係ない。

ルーラ氏にしてみれば、2月のワシントンへの訪問は、対米関係の再構築や民主主義・環境など共通課題に関する協議であり、一方の中国への訪問は「ビジネス」を主な目的としている。いずれもブラジルにとって外交政策上重要な訪問である。

欧米を中心に築かれてきた今のグローバル体制が生み出すメリットを新興国にも広げていくというルーラ氏の考え方は今に始まったことではない。その動きにブラジルがリーダーとして参画していくという目的も然りだ。この文脈でいえば、ルーラ氏の数々の発言は、報じられているほど過激なものではないのかもしれない。(後略)【4月24日 水野亮氏 JBpress】
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【「アメリカは戦争を奨励するのをやめるべきだ」】
ウクライナ情勢については、ルラ氏は訪問先のUAEで4月16日、欧米がウクライナに武器を与えていることが、戦争の長期化に一役買う結果になっていると述べ、アメリカの反発を招きました。

****ブラジル大統領が「米国は戦争を奨励」と発言 ロシア寄り立場鮮明に アメリカは「プロパガンダを鵜呑み」と強く反発****
ウクライナ情勢をめぐり、ロシア寄りの立場を鮮明にするブラジルに対し、アメリカが強く反発しています。

ロイター通信によりますと、ブラジルのルラ大統領は15日、ウクライナ情勢をめぐり「アメリカは戦争を奨励するのをやめるべきだ」と主張したほか、「欧米には和平こそがあるべき道だと説得しなくてはならない」と訴えたということです。

こうした中、ブラジルを訪れ外相会談に臨んだロシアのラブロフ外相は。
ロシア ラブロフ外相 「ブラジルの友人たちがウクライナをめぐる状況の原因を理解してくれたことに感謝する」

また、ブラジルのビエイラ外相はロシアへの経済制裁を批判しました。こうしたブラジルのロシア寄りの姿勢について、アメリカ政府のカービー戦略広報調整官は「ブラジルは全く事実を見ずにロシアや中国のプロパガンダを鵜呑みにしている」と指摘しました。

そして、ルラ大統領が「ウクライナは和平への譲歩のためにクリミアの正式譲渡を検討すべき」と発言したことを「見当違いだ」と強調しました。【4月18日 TBS NEWS DIG】
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アメリカなど欧米側の反発もあって、その後、改めてロシアの侵攻を批判するなど若干の「釈明」も見せています。

****ルラ氏、ウクライナ侵攻でロシア批判 和平交渉強化も呼びかけ****
ブラジルのルラ大統領は25日、ロシアのウクライナ侵攻を批判する一方、この「狂気の戦争」において誰も平和を論じていないと指摘した。

ルラ氏は訪問先のスペインで財界人らに講演し、紛争解決に向けた和平の形を見いだすことに尽力すると言明。「この戦争に対する欧州の見方は理解している。一国が他国を侵略することは容認できない。しかし、この戦争で平和を語る人が見当たらない」と述べた。

ルラ氏は今月、欧米が戦争を長引かせているとしてウクライナへの武器供与停止を求め、西側から反発を招いた。これを受けて発言を軟化させ、スペイン・ポルトガル訪問ではロシアによるウクライナの領土主権侵害を非難している。

スペインでは、ウクライナの領土保全のため和平努力の強化を求め、ウクライナが戦争終結のため譲歩すべきとの発言は控えた。【4月26日 ロイター】
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前出【水野亮氏 JBpress】によれば、“基本的にはどの国ともうまく付き合うのがブラジルである”と、全方位外交とのことですが、現在の国際情勢の中にあっては、アメリカ批判の色合いが目立ちます。

ロシアと関係が深いインドもロシア制裁に参加しないなど独自の路線をとっていますが、ルラ大統領のようなアメリカ批判は行っていません。

G7広島サミットの際も、バイデン大統領はロシアへの攻撃をけしかけているとの持論を繰り返しています。
ロシア・ウクライナ間の仲介に意欲を見せるルラ大統領ですが、ウクライナ・ゼレンスキー大統領との会談は実現せず、苛立ちを見せる場面も。

****ブラジル大統領、米国を批判 平和へ「意味ない」****
G7広島サミットの拡大会合に参加したブラジルのルラ大統領は22日、広島市で記者会見し、ロシアの侵攻を受けるウクライナを支援する米国のバイデン大統領はロシアへの攻撃をけしかけていると批判した。平和の実現のためには「意味がない」と述べた。

「和平は頭を冷やして交渉することで達成できる」とし、ブラジルがウクライナとロシアの停戦へ仲介役を担うことに意欲を示した。

ルラ氏は、ウクライナのゼレンスキー大統領と広島市で会談する予定だったが、定刻になってもゼレンスキー氏が姿を見せず、実現しなかったと語った。【5月22日 共同】
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実際のところはわかりませんが、表立ってはゼレンスキー大統領側のスケジュールが遅れたことで、ルラ氏との会談が流れた形。

ルラ大統領は「がっかりしていない。私はいら立った。直接会って話し合いたいと思っていた」と語り、ゼレンスキー大統領もプーチン大統領も和平を望んでいないように見えるとし、現段階でゼレンスキー氏と会談する意味はないとの認識を示しています。【5月22日 AFPより】

【マドゥロ政権に対する米国の経済制裁を批判 参加国からの批判も】
30日、ブラジルの首都ブラジリアでは南米首脳会談が開催され、ルラ大統領はこの地域の統合を主導していく姿勢をアピールしています。

この場でも、アメリカのベネズエラ制裁を批判していますが、この件には参加国からの批判も。

****ブラジルで南米首脳会議 ルラ大統領、域内統合枠組み復活目指す****
南米ブラジルの首都ブラジリアで30日、域内12カ国が首脳会議を開いた。主催したルラ大統領は南米各国との関係を重視している。

中南米は米国の「裏庭」と呼ばれるが、左派のルラ氏は南米の統合に向けた議論をリードし、国際社会で発言力を高めたい狙いとみられる。

新型コロナウイルスの流行による経済の低迷などを背景に南米では現在、多くの国で「富の再分配」を重視する左派が政権を握っている。

ルラ氏は演説で「南米には統合に向けた道がある」と強調。協力分野として、米ドルを念頭に貿易面で「域外通貨」への依存度を減らすことや、経済・社会開発に向けた各国営銀行の連携、気候変動対策など10項目を各国に提案した。

南米では、左派政権が主流だった2008年にも米国の影響力を排除して域内の統合を目指す動きがあった。当時、反米左派のベネズエラのチャベス前大統領や、ルラ氏らが主導して「南米諸国連合(UNASUR)」が発足した。しかし、10年代後半からブラジルなどで右派系が政権を取ると内部分裂し、脱退する国が相次いだ。

ルラ氏が目指すのは、UNASURのような域内統合に向けた枠組みの復活だ。ルラ氏は「イデオロギーは我々を分断させ、統合の妨げになるだけだ」と指摘。格差是正など「我々は共通のニーズや希望を持っている」として、右派、左派に関係なく統合への議論を進める必要性を訴えた。

一方、会議では、出席者の一人で、独裁色を強めるベネズエラのマドゥロ大統領を巡り、各国の温度差も浮き彫りとなった。

中露が後ろ盾のマドゥロ政権に対しては、野党政治家を弾圧しているなどの指摘が国際人権団体から出ている。しかし、ルラ氏は29日にマドゥロ氏と臨んだ共同記者会見で、ベネズエラに関して「反民主主義、独裁主義という物語が作られている」と訴え、米国による経済制裁を批判した。

ブラジルの地元メディアによると、ルラ氏の発言に対し、ウルグアイの中道右派ラカジェポー大統領は「ベネズエラで民主主義や人権が保障されるようにするため、世界の多くが仲介を試みている」と反論。チリの左派ボリッチ大統領も「ルラ氏の発言には同意しない」と反発した。【5月31日 毎日】
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“ウルグアイの中道右派ラカジェポー大統領は演説で、ベネズエラに重大な人権侵害がないように装うのは「最悪の行為」と批判。チリの左派ボリッチ大統領も記者団に、ベネズエラの人権侵害は「深刻な現実」と訴えた。”【5月31日 産経】

29日に行われたルラ大統領とベネズエラの反米左派マドゥロ大統領の会談についてもう少し詳しく見ると、ルラ大統領はマドゥロ政権支持で相当に踏み込んでいます。

****ブラジルのルラ氏、米の対ベネズエラ制裁を批判 南米で進む関係改善****
南米ブラジルの左派ルラ大統領は29日、首都ブラジリアで、隣国ベネズエラの反米左派マドゥロ大統領と会談した。

マドゥロ政権との関係は「暫定大統領」を名乗ったグアイド前国会議長を支持した右派ボルソナロ前大統領時代に断絶したが、ルラ氏は関係改善に乗り出していた。

ルラ氏はマドゥロ政権に対する米国の経済制裁を批判。ブラジルが加盟する新興5カ国(BRICS)へのベネズエラ加盟を後押しする考えも示した。

南米では近年、左派政権が増えており、コロンビアなどもマドゥロ政権との関係を改善させている。

ルラ氏は記者会見で「(経済の)封鎖は、イデオロギーの対立と関係のない子どもや女性の命を奪う」と主張。選挙で主要野党候補を排除したことなどを理由に、米国がマドゥロ政権の正当性を認めていないことも「不条理だ」と批判した。マドゥロ氏も「南米各国が米国に対し、対ベネズエラ制裁を全て停止するよう要求することを求める」と述べた。

両首脳は、加盟国の拡大が議論されているBRICSにも言及。ルラ氏はベネズエラの加盟の可能性について報道陣から問われると「私は賛成だ」と述べた。マドゥロ氏は「BRICSは別世界を求める人々を引きつける巨大な磁石のようだ」と評価した。

ベネズエラは原油埋蔵量が世界最大とされる。マドゥロ氏は、反米左派の代表格だったチャベス前大統領の死去後の2013年に後継者として就任した。しかし、外貨獲得手段である石油価格の下落や米国からの制裁などが重なり、経済が悪化。独裁色も強まり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などによると、国外に逃れた人は1月時点で人口の2割強に当たる713万人を超えた。【5月30日 毎日】
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マドゥロ大統領の驚くべき経済失政(国民が3度の食事をとることもままならぬ状況となり、2割超の難民を生み出しています)、反政府運動への強権的弾圧を考えると、ルラ大統領のマドゥロ大統領への肩入れは理解に苦しみます。 

基本的にルラ氏の言動の根底には根深いアメリカへの反発があるように思えます。
アメリカへの反発自体は中南米で一般的に見られることではありますが、左派政権としてのルラ大統領はその反発をかなりストレートに出しながら、独自の存在感を南米そして国際世論にアピールしたい姿勢のようです。

****“ドルに対抗” 南米サミット 地域共通通貨を議論****
ブラジルで南米各国の首脳が集まるサミットが始まり、アメリカドル支配に対抗するため、地域共通通貨の創設が議論されます。

議長国ブラジルのルラ大統領は30日、「貿易に利用する南米の共通通貨を創設に向けて議論を進めたい」と提案しました。

共通通貨を導入したい背景には慢性的なドル不足があり、ブラジル政府はアルゼンチンとは既に議論を深めているほか、今年から中国とはドルへ両替することなく、レアルと人民元での直接取引を始めています。(後略)【ABEMA TIMES】
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コソボ  根深いセルビア系住民とコソボ政府の対立 NATO指揮下のコソボ治安維持部隊との衝突も

2023-05-30 21:52:50 | 欧州情勢

(29日、コソボ北部の町で、コソボ平和維持部隊(コソボ治安維持部隊KFOR)と衝突する住民ら=ロイター【5月30日 読売】)

【コソボ国内少数派セルビア系住民を支援するセルビアそしてロシア、コソボ政府を支援する欧米】
旧ユーゴスラビアのコソボは2008年に独立を宣言したものの、国民の90%を占めるアルバニア系に対し5%のセルビア系住民が、独立を認めず対立が続いています。

セルビア系住民を支援しているのが隣国セルビアで、コソボ独立をめぐって激しい戦争を繰り広げ、「悪者」イメージが欧米世界に拡散もしました。

そのセルビアを支援するのが、民族的・文化的・宗教的にも近いロシアです。
昨年末、コソボ内における対立が激化した際も、セルビア系住民及びセルビア支持を明らかにしています。

****ロシア、セルビア支持表明 コソボ緊張激化受け****
ロシア大統領府(クレムリン)は28日、セルビアとコソボの緊張激化を受け、友好国セルビアへの「支持」を表明した。

ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は会見で、「ロシアは、事態の進展とセルビア人の権利が確保されているのかを注視している」として、「わが国は、セルビア政府のすべての行動を支持する」と述べた。

さらに「セルビアは、近隣で困難な状況にあるセルビア系住民の権利を守ろうとしている。こうした権利が侵害された場合、厳しい対応をするのは当然だ」と述べた。一方で「セルビアは主権国家であり、ロシアの影響力を受けていると考えるのは完全に間違っている」と付け加えた。

コソボは2008年にセルビアからの独立を宣言した。しかし、セルビアは認めておらず、コソボのセルビア系住民約12万人にコソボ政府への抵抗を促してきた。

今月10日には、コソボ北部でセルビア系の元警察官がアルバニア系の警察官に暴行したとして逮捕されたことをきっかけにセルビア系住民がバリケードを築いて抗議した。

セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領は26日、軍に「最高レベル」の警戒態勢を取らせるとともに、特殊部隊の強化を命じた。 【2022年12月29日 AFP】
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一方、コソボ政府を支援するのが欧米諸国で、独立をめぐる紛争中の1999年にはNATOはセルビアに激しい空爆を行っています。

*****NATOのセルビア空爆*****
NATOによるセルビア空爆は、1999年の3月24日から6月11日まで続き、最大で1千機の航空機が、主にイタリアの基地から作戦に参加し、アドリア海などに展開された。

巡航ミサイル・トマホークもまた大規模に用いられ、航空機や戦艦、潜水艦などから発射された。NATOの全ての加盟国が作戦に一定の関与をした。

10週間にわたる衝突の中で、NATOの航空機による出撃は38,000回を超えた。ドイツ空軍は、第二次世界大戦後で初めて戦闘に参加した。【ウィキペディア】
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【コソボ国内で治安維持にあたるNATO指揮下のコソボ治安維持部隊(KFOR)】
こうしたNATO支援もあって戦闘はコソボ独立派が勝利し、NATOが指揮するコソボ治安維持部隊(KFOR)が今もコソボにおいて治安維持にあたっています。

****コソボ治安維持部隊(KFOR)****
KFOR、コソボ治安維持部隊は、1999年6月10日に採択された国連安保理決議1244に基づき、北大西洋条約機構(NATO)指揮の下、当時ユーゴスラビア連邦共和国のセルビア共和国(2008年にセルビア共和国として独立)統治下にあったコソボ・メトヒヤ自治州(2008年2月17日にコソボ共和国として独立を宣言)において治安維持を担う国際安全保障部隊である。

同決議に基づき暫定行政を行う民生部門は国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)という。(中略)

治安の現状
KFOR駐留以前はセルビア治安部隊やユーゴスラビア軍とコソボ解放軍の対立は激しく、セルビア人、アルバニア人双方に迫害の被害者を出した。

KFOR駐留以後は和平案は概ね履行され、また、スロボダン・ミロシェヴィッチ大統領も逮捕されたことから、アルバニア系住民への迫害は改善したと言われている。

しかし、その一方で非アルバニア系、特にセルビア系住民の拉致と見られる行方不明、虐待、虐殺などの迫害が続いている。そのため、現在に至るもコソボのセルビア人帰還は進んでいない。

また、KFOR及びUNMIKの支配下でこのような行方不明や殺人が起きていることから、セルビア系の元住民らにはKFORやUNMIK、NATOに対する根強い不信感があるという指摘もある。(後略)
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世界約110カ国がコソボの独立を認めているものの、セルビアのほか、ロシアや中国、EU加盟国ではスペイン、ギリシャ、ルーマニア、スロバキア、キプロスが独立を認めていません。また、コソボは国連にも加盟していません。(スペイン等がコソボ独立を認めないのは、国内に同様の分離独立運動を抱えているため)

【EU加盟を求めるコソボ、セルビア 加盟のためには両国関係正常化が条件】
コソボ、セルビア両国ともにEU加盟を求めていますが、加盟のためには両国関係正常化が条件とされています。
そのため、関係改善も模索はされていますが、対立の根は深いのが現実です。

****係正常化へEU計画履行に合意 対立続くセルビアとコソボ****
欧州連合(EU)の外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は18日、対立が続くセルビアとコソボの関係正常化に向けたEUの計画をどのように履行するかについて、両国が暫定合意したと発表した。AP通信が伝えた。

北マケドニア(旧マケドニア)のオフリドで、セルビアのブチッチ大統領、コソボのクルティ首相と協議したボレル氏が、記者会見して明らかにした。セルビアの自治州だったコソボは、紛争を経て2008年に独立を宣言。セルビアは認めておらず、両国の対立は続いている。

ロイター通信によると、ブチッチ氏は「いくつかの点で合意したが、全てではない。最終合意ではない」と述べた。【3月19日 共同】
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【根深い対立 セルビア系住民とコソボ治安維持部隊(KFOR)の衝突も】
昨年末、コソボ北部でセルビア系の元警察官がアルバニア系の警察官に暴行したとして逮捕されたことをきっかけにセルビア系住民がバリケードを築いて抗議していた件は、年末に一応の収束がはかられましたが、対立の根本が改善した訳でもありませんので、いつでも新たな形で噴出します。

前出のように、セルビア系住民にはNATO指揮下の平和維持部隊であるコソボ治安維持部隊(KFOR)への不満が強くあります。

****コソボでNATO軍兵士負傷、セルビア系デモ隊と衝突****
コソボでセルビア系住民らのデモ隊と警察の衝突が起き、鎮圧に乗り出した北大西洋条約機構(NATO)平和維持部隊の兵士約25人が負傷した。

デモ隊と衝突したNATO軍兵士らはコソボ北部の3市庁舎周辺に非常線を張り、警戒に当たっていた。

NATOのコソボ治安維持部隊(KFOR)は暴力を非難。声明の中で、「群衆の最も活発な一角に対抗していたイタリアとハンガリーのKFOR兵士数人がいわれのない攻撃を受け、発火装置の爆発により負傷した」とした。

ハンガリーのクリストフ・サライ・ボブロブニツキー国防相は、同国兵士7人が重傷を負い、治療のためにハンガリーに搬送されると述べた。また兵士20人が負傷したという。

コソボ全体ではアルバニア系住民が人口の90%以上を占めるが、北部のセルビア系が多数派の地域でセルビア系住民が市長選をボイコットし、アルバニア系の市長が誕生したことから、緊迫した状況が続いている。

隣国セルビアのブチッチ大統領は同国軍に最高度の警戒態勢を取るよう指示している。

ブチッチ氏はセルビア系の52人が負傷し、このうち3人が重傷を負ったと述べた。

コソボのオスマニ大統領は、ブチッチ氏がコソボを不安定化させていると非難。「セルビア系の非合法組織が犯罪組織となり、コソボの警察、KFOR、ジャーナリストを攻撃している。コソボ北部を不安定化させるというブチッチの命令を実行する者は正義に直面しなければならない」とツイッターに投稿した。

ブチッチ氏は、コソボのクルティ首相が緊張を作り出していると非難。コソボのセルビア系住民に対し、NATO軍兵士との衝突を避けるよう呼びかけた。【5月30日 ロイター】
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群衆が治安部隊に激しく殴りかかり、辺りでは催涙弾や閃光弾が飛び交っている状況とか。
単にコソボ国内の問題でなく、コソボとセルビア、更にはロシアと欧米という対立を背景にした構図です。

この対立が解消してコソボ・セルビア関係が改善し、両国がEU加盟を実現する日が来る・・・・のでしょうか?
あまり楽観的には考えられません。

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ベラルーシ・ルカシェンコ大統領に再び重病説 ウクライナ情勢への影響

2023-05-29 22:25:16 | 欧州情勢

(【5月28日 日テレNEWS】にこやかな表情のベラルーシ・ルカシェンコ大統領(左)とプーチン大統領ですが、実際のところはルカシェンコ氏はプーチン氏にとっては“目障りな存在”)

【ルカシェンコ大統領 「ロシア核兵器の配備がすでに始まった」】
ウクライナ情勢がロシア・プーチン大統領の思惑と異なる展開となっており、今後、ウクライナ側の大規模な反転攻勢も予想されているなか、追い詰められたプーチン大統領が核兵器使用に至るのではないか・・・という懸念があります。

そうした情勢で、ロシアと隣国ベラルーシは、ロシアの戦術核兵器をベラルーシに配備する協定に調印し、ルカシェンコ大統領は配備がすでに始まったと語っています。

ベラルーシ国防省は、ロシアの核弾頭搭載可能な超長距離地対空ミサイルシステム「S-400」が到着した映像も公開しています。

****ロシアの戦術核兵器 ベラルーシに配備する協定に調印****
ロシアと隣国ベラルーシは、ロシアの戦術核兵器をベラルーシに配備する協定に調印しました。ルカシェンコ大統領は配備がすでに始まったとしています。

協定では、核弾頭を搭載できる「S-400」と「イスカンデルM」ミサイルシステムを、ベラルーシに配備するとしています。さらに、攻撃機「スホイ25」を、核兵器搭載型に改造し、ロシアによるパイロットの訓練を認めることも盛り込まれています。

調印式に出席したロシアのショイグ国防相は、「NATOの動きが、両国に行動を強いている」と説明していて、ウクライナへの武器支援を続ける西側への対抗措置とみられます。

ベラルーシへの戦術核兵器の配備をめぐっては、3月にプーチン大統領が表明し、ルカシェンコ大統領が追認しました。

ルカシェンコ大統領は25日、ロシアからの核弾頭の移動がすでに始まったと述べています。【5月26日 日テレNEWS】
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****ベラルーシに露の核弾頭搭載可能ミサイルシステム「S-400」到着****
ベラルーシ国防省は28日、ロシアの核弾頭搭載可能な超長距離地対空ミサイルシステム「S-400」が到着したと発表し、映像を公開しました。

ベラルーシ国防省はSNSに貨物列車で運びこまれる、核弾頭が搭載可能なロシアの超長距離地対空ミサイルシステム「S-400」の映像を公開しました。ベラルーシ空軍のルキアノビッチ司令官は、「S-400はわが国の安全のために重要だ」とのコメントを発表しました。(後略)【5月29日 日テレNEWS】
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こうした動きをアメリカは批判していますが、ロシアは「米国は何十年もの間、欧州に大規模な核兵器庫を維持してきた」と、アメリカに批判する資格はないと一蹴しています。

ウクライナをめぐる危険な状況が強まるという現実的不安はあるものの、確かに、理屈の上ではロシアの言うとおりかも。

アメリカには、自国の核は正しく、イラン・北朝鮮などの核は悪であるという、理屈の上ではいささか理解に苦しむ対応を当たり前のこととして行う独善的傾向があります。

****ベラルーシへの戦術核配備、米は批判する資格ないとロシア一蹴****
戦術核兵器をベラルーシに配備するロシアの計画をバイデン米大統領が批判したことについて、ロシアは27日、米国は長年にわたって欧州にそうした核兵器を展開してきたと指摘し、バイデン氏の批判を退けた。

ロシアとベラルーシは25日、ロシアの戦術核ミサイルをベラルーシ領内に配備することを正式決定する協定に調印した。

バイデン氏は26日、ロシアがベラルーシに戦術核兵器を配備する計画を進めていることを「極めて否定的」にとらえていると述べた。米国務省もロシアの核配備計画を非難している。

米国の反応に対して在米ロシア大使館は「米国がわれわれに仕掛けた大規模なハイブリッド戦争の中、必要と考える手段で安全を確保することはロシアとベラルーシの主権的な権利」と強調。「われわれが取った措置は、国際的な法的義務に完全に合致するするものだ」とした。

さらに「米国は何十年もの間、欧州に大規模な核兵器庫を維持してきた。他国を非難する前に、米国は内省する必要があるのではないか」とし、ロシアの配備計画に対する米国の批判を偽善的だと一蹴した。【5月29日 ロイター】
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【ロシアとベラルーシの「連合国家」】
ロシアとベラルーシは「連合国家」を形成しています。
しかし、ロシアに呑み込まれることを嫌うルカシェンコ大統領は、これまでこの「連合国家」が実体化するのを巧妙に避けてきました。

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経済的、民族的に結びつきの強いロシアとベラルーシは1999年に「連合国家」の創設条約に調印し、それぞれの国家主権を維持しながら両国間の関係を緊密にするため、最高国家評議会を開催してきた。

ロシアの完全な影響下に置かれることを懸念するルカシェンコ氏は政治、経済統合の具体化を巧妙に避けてきたが、2020年の大統領選での不正疑惑による抗議運動やウクライナ侵攻でのロシア支援に対する欧米諸国からの経済制裁などを受け、ロシアに再び接近せざるを得ない状況になっている。【4月7日 日経】
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ここにきて、ルカシェンコ大統領は旧ソ連カザフスタンに対して「連合国家」参加を呼びかけています。「そうすれば核兵器が用意される」とも。(後述するルカシェンコ大統領の体調悪化との前後関係ははっきりしませんが、おそらく体調悪化以前に収録されたものだと思いますが・・・)

カザフスタンは「冗談だろう」とまともにとりあっていませんが、この時期のルカシェンコ大統領の発言の真意は・・・わかりません。

****カザフに連合国家加盟を促す ルカシェンコ氏、核配備で****
ロシア戦術核の配備を正式に受け入れたベラルーシのルカシェンコ大統領はロシア国営テレビが28日夜に放映した番組で、旧ソ連カザフスタンに対し、将来ロシアとベラルーシの連合国家に入るべきだと促した。

タス通信によると、カザフのトカエフ大統領は29日、ルカシェンコ氏の発言について「冗談だと思う」と述べ、「カザフに核兵器は必要ない」と明言した。

ルカシェンコ氏は、政府間合意文書が署名され、ベラルーシ国内への戦術核配備の手続きが始まったことを念頭に「生き残りたいなら連合国家に入るべきだ。そうすれば核兵器がある」と述べ、トカエフ氏の名前を挙げて検討を求め、旧ソ連諸国にも加盟を呼びかけた。【5月29日 共同】
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【プーチン大統領にとっては意のままにできない“目障りな存在”】
これまでのルカシェンコ大統領の言動からして、ルカシェンコ大統領が本気でロシアとの「連合国家」の実体化に乗り出すつもりだとも思えません。

ロシア・プーチン大統領からすれば、のらりくらりと「連合国家」の話を避けてきた張本人がルカシェンコ大統領であり、また、ウクライナに関してもロシア寄りの“リップサービス”はして“協力”を装いながらも、実質的にロシアとともに参戦することを拒んできたのもルカシェンコ大統領です。

ルカシェンコ大統領としては、“プーチンの泥船”に乗せられるのは御免被るといったところでしょう。

その意味で、プーチン大統領にとってルカシェンコ大統領は、自分の思いどおりにならない非常に“目障りな存在”です。

ベラルーシ国内で反政府運動が燃え上がった契機となった先の大統領選挙でも、プーチン大統領としてはルカシェンコ氏の対立候補を推して、ルカシェンコ大統領の“首のすげ替え”を図る動きもありました。

【プーチン大統領との会談直後に救急搬送? ウクライナ情勢への影響】
そのルカシェンコ大統領については健康不安が以前からありましたが、また、プーチン大統領との会談直後に病院に救急搬送される事態になったとか。

****ベラルーシ大統領に再び重病説 ウクライナ情勢に影響の可能性も****
旧ソ連ベラルーシのルカシェンコ大統領(68)を巡り、27日に再び重病説が流れるなど、健康を不安視する見方が消えていない。

ルカシェンコ氏はロシアがウクライナで続ける「特別軍事作戦」に協力してきたことから、国政に携われないような体調の場合、ウクライナ情勢に影響する可能性も出てきそうだ。

ベラルーシの元外交官が27日、ツイッターに、ロシアでプーチン大統領と会談したルカシェンコ氏の体調が悪化し、モスクワの病院に搬送されたと投稿した。

一方、ベラルーシ国営のベルタ通信は28日、ルカシェンコ氏がトルコ大統領選でのエルドアン氏の再選を歓迎する声明を出したなどと報道したが、体調には触れなかった。

ルカシェンコ氏の健康状態が疑われ始めたのは、今月9日にモスクワで開かれた第二次大戦の勝利を記念する式典の時だった。具合が悪そうな様子を見せ、一部の行事を欠席。帰国後も一定期間、公の場に姿を現さず、病院で治療を受けているとの情報も流れた。

それでも今月半ばに国内の空軍施設を視察する姿が公開され、下旬には再度モスクワを訪れたこともあり、健在ぶりが確認されたと見られていた。だが再び重病説が浮上し、新たな情報が待たれている。

ルカシェンコ氏は1994年に大統領に初当選して以来、30年近くにわたり、ベラルーシで独裁を敷いてきた。2020年の大統領選の際には不正疑惑が持ち上がったが、ロシアに支援を仰いで反対運動を弾圧した。

ロシアが22年2月にウクライナへの攻撃を始めると、ルカシェンコ氏はロシア軍がベラルーシ領からウクライナ北部に攻め込むことを認めた。一方で、ロシアからの圧力にもかかわらず、攻撃への参加は避けている。【5月29日 毎日】
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「救急搬送」の信ぴょう性も定かではありません。

ルカシェンコ大統領の立ち位置は、“ロシアがウクライナで続ける「特別軍事作戦」に協力してきた”と言うよりは、前述のように、“ロシア寄りの“リップサービス”はして“協力”を装いながらも、実質的にロシアとともに参戦することを拒んできた”と言うべきで、上記記事最後にもあるように“ロシアからの圧力にもかかわらず、攻撃への参加は避けている”というところが重要なポイントでしょう。

そうしたプーチン大統領にとって“目障りな存在”であることから、ロシアによる「毒殺説」もあるぐらいです。

****ロシアによる「毒殺説」浮上 ベラルーシの大統領・ルカシェンコ氏危篤か プーチン氏と〝密談〟後…モスクワで救急搬送****
(中略)
ベラルーシは、昨年2月に始まったウクライナ侵略で、ロシア軍の進撃拠点の一つとなったものの、ルカシェンコ氏は「挑発」を受けない限り参戦しないと主張した。ロシアとの関係についても「ベラルーシの主権は維持する」としており、プーチン氏にとってルカシェンコ氏は決して、都合のいいリーダーではなかった。

英紙デイリー・メール(電子版)は28日、「より従順な指導者を求めているロシアの特務機関によって毒殺されたとの憶測がある」と伝えた。【5月29日 夕刊フジ】
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ただ、いくら“目障り”でも、会談直後に救急搬送されるといった、世界に「私が殺しました」と宣言するような形で「毒殺」はしないでしょう。 世界に冠たるロシア特務機関にすれば、やるなら他にいくらでも方法はあるでしょうから。・・・と考えるのが常識的。

いずれにしても、「欧州最後の独裁者」と評されるルカシェンコ大統領が反政府運動を弾圧する強権支配者であることは間違いないですが、いわゆる「煮ても焼いても食えない」人物で、プーチン大統領も苛立っていたのも間違いないところ。

そして、プーチン大統領相手に独自路線を維持できる数少ない指導者でもありました。
「毒殺」はともかく、持病悪化で代わりの者がベラルーシを率いるとなった場合、これまでのように“のらりくらり”とプーチン大統領の要請・圧力をかわすことは困難かも。

ロシアの意向に沿って本格的にベラルーシがロシアに協調して参戦するという可能性も・・・そういう意味で、非常に気がかりなルカシェンコ大統領の体調です。

【追伸】
ルカシェンコ大統領は健在との情報が。

****ベラルーシ大統領、健在確認 ロシア要人と首都で会談****
ベラルーシのルカシェンコ大統領は29日、首都ミンスクでロシア中央銀行のナビウリナ総裁と会談し、通貨問題を協議した。国営ベルタ通信が伝えた。

ベラルーシ大統領府に近いメディアも同日、ナビウリナ氏と笑顔で会談するルカシェンコ氏の動画を通信アプリに投稿。健在が確認された。

ベラルーシ反政権派は今月27日、ルカシェンコ氏がロシアのプーチン大統領との会談後にモスクワの病院に救急搬送されたと投稿し、健康悪化の可能性を指摘していた。【2023/05/29 22:17 共同】
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カンボジア  総選挙での権力世襲に向けて、野党を選挙から排除 更に強固となる中国との関係

2023-05-28 22:22:12 | 東南アジア

(フン・セン首相と長男であるフン・マネ氏 【2021年12月2日 STAR CANBODIA】
フン・セン首相は「私は今日、息子が首相として継続することを支持することを宣言しますが、私たちは選挙を通過しなければなりません。」と語り、形式上「選挙」による民意でフン・マネ氏への権力移譲がなされたという形を整える構えです。 憲法上、議員内閣制であるカンボジアですが、上下院とも政権党が議席を独占し、政府提案は満場一致で通ることになっています。 その選挙からは有力野党は排除されます。)

【総選挙での権力世襲に向けて、野党を選挙から排除】
カンボジアのフン・セン首相の強権弾圧政治の動きが止まらないことは、首相の息子の越権行為を批判した独立系メディアの免許剥奪などについて、2月23日ブログ“タイとカンボジア 総選挙に向けた政治状況 タイは親軍勢力の「分裂選挙」 独裁色強めるカンボジア”でも取り上げました。

その独立系メディアの免許剥奪の際、フン・セン首相は「私と息子を攻撃しようとした。政府の尊厳は守らねばならない」と。(【2月13日 時事】より) 要するに、批判は一切許さないということです。

そうしてフン・セン首相が強引に推し進めるのは、息子の権力の世襲です。

****フン・セン氏長男が出馬へ カンボジア、世襲に前進****
カンボジアの政権与党、カンボジア人民党が7月に実施される下院選の候補者として、フン・セン首相の長男フン・マネット陸軍司令官の選出を決めたことが1日、党関係者への取材で分かった。

フン・マネット氏は既に後継首相候補に選ばれており、首相世襲に向け一歩前進したことになる。

党首であるフン・セン氏が決定書に署名したという。首相在任40年近くのフン・セン氏も引退はせず、別の選挙区から出馬する予定で、首相交代がいつになるのかは不透明だ。

カンボジアを実質支配する人民党の議員に選ばれれば、フン・マネット氏の政界での存在感がさらに高まる。国政を長年担ってきた指導層全体の世代交代も進みそうだ。【4月1日 共同】
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更に、フン・セン親子の権力世襲の邪魔になりそうなものを次々に排除しています。

カンボジアの裁判所は3月3日、旧最大野党・救国党の元党首で国家反逆罪に問われたケム・ソカ被告に対し、禁錮27年の判決を言い渡しました。政治活動も禁じられます。

****カンボジア元野党党首、反逆罪で禁錮27年*****
カンボジアの首都プノンペンの裁判所は3日、国家反逆罪に問われていた元野党党首ケム・ソカ氏(69)に禁錮27年を言い渡した。人権団体は、ケム・ソカ氏の裁判は政治的動機に基づいているとしている。

ケム・ソカ氏は解党された救国党の共同創設者。同氏は長年、アジアで在職期間が最長のフン・セン首相の政敵とされてきた。

裁判官は、ケム・ソカ氏が「国内外で外国人と共謀した」と述べた。
ケム・ソカ氏は判決後、すぐに自宅軟禁となった。家族以外との面会も禁じられる。選挙権と被選挙権も剥奪される。
ケム・ソカ氏は2017年、外国の組織と共謀し政府転覆を計画したとして逮捕された。同氏は繰り返し、これを否定している。
フン・セン首相は民主主義と自由を後退させるとともに、反対勢力を押さえつけるために司法制度を利用し、多数の反体制派活動家や人権活動家を投獄していると批判されている。
裁判を傍聴したパトリック・マーフィー駐カンボジア米国大使は、裁判と判決について「誤り」だと非難した。【翻訳編集AFPBBNews】
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政敵である旧最大野党・救国党を潰したのと同様に、総選挙に向けて、最近国民支持を広げてきた(解党に追い込まれた救国党の流れをくむ)野党・キャンドルライト党への弾圧を強め、ついに今年7月予定の総選挙から排除しています。

****再開した野党弾圧、6月選挙で健闘したキャンドルライト党にも****
<長男への権力世襲を狙うカンボジアのフン・セン首相。総選挙はまだ1年も先なのだが>

来年7月に総選挙を控え、カンボジアのフン・セン政権は再び野党勢力の大規模訴追に乗り出した。
2017年に解党を命じられた野党カンボジア救国党(CNRP)の党員ら34人が国家転覆罪などで起訴されたと、8月22日に地元メディアが報じた。亡命中のサム・レンシー元党首ら幹部が含まれるが、彼らは既に繰り返し起訴されている。

野党関係者の大規模弾圧は2020年以降、3度目。2013年総選挙でCNRPが大躍進したことに与党カンボジア人民党(CPP)が危機感を募らせて以降、100人以上が反逆や扇動の罪で起訴されている。

フン・セン首相は長男マネットへの権力移行を進めており、総選挙を前に基盤強化を狙う。

今年6月の地方選挙ではCNRP系の新党キャンドルライト党が健闘したが、政権は同党の弾圧も強めている。
野党勢力にとって残る手段は欧米各国に制裁を求めることくらいだが、今回の起訴でそれすら「外国勢力との共謀」と見なされる恐れもある。【2022年8月29日 Newsweek】
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****カンボジア 政権に抵抗する野党の総選挙への参加 選管が認めず****
ことし7月に総選挙が行われるカンボジアの選挙管理委員会は15日、現政権に抵抗する野党の選挙への参加を認めない決定を行いました。

カンボジアではこの政党への弾圧が続いていて、欧米諸国などから民主主義後退への懸念の声が出ています。

カンボジアでは、ことし7月に5年に1度の総選挙が行われますが、現地の選挙管理委員会は15日、フン・セン政権に抵抗する野党・キャンドルライト党の参加を認めない決定を行いました。

理由については、政党と候補者の登録手続きに必要な書類が提出されなかったためだとしています。

キャンドルライト党は、前回の総選挙前に解党に追い込まれた当時の最大野党・救国党の流れをくみ、今回の総選挙の前哨戦として注目された去年の地方選挙で与党に次ぐ議席数を獲得していました。

このため、前回の総選挙と同様、政権側が主要な野党を排除したという見方が広がっています。

長く続いた内戦後に始まったカンボジアの総選挙が民主的に実施されるよう日本も長年支援を行っていますが、40年近く続くフン・セン政権による抵抗勢力への弾圧が続いていて、欧米諸国などから民主主義後退への懸念の声が出ています。【5月16日 NHK】
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****「総選挙参加資格の剥奪は不当」カンボジア有力野党の訴えを憲法評議会が棄却****
今年7月に行われるカンボジアの総選挙をめぐり、憲法評議会は、選挙資格の剥奪は不当だとする有力野党の訴えを棄却しました。(後略)【5月26日 日テレNEWS】
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批判するメディアは免許を剥奪し、野党は解党に追い込み、また、総選挙から排除する。そして息子への権力世襲を進める・・・“民主主義後退”というより、もはや民主主義でも何でもない単なる強権支配です。

【中国との関係 更に強固に】
こういう暴挙をASEANは問題にしないのか?とも思うのですが、「内政不干渉」云々以前に、ASEANはそもそもベトナム・ラオスのような社会主義国も加盟国ですから、いわゆる欧米的「民主主義価値観」を前提にしていません。

こういう強権支配体制は政治的にも中国の共産党支配と親和性が強いところですが、経済的にも強固な関係があり、カンボジアはラオス・ミャンマーとともに、ASEAN内にあっては中国の代弁者的な立場にあります。

****カンボジア「全ては中国の内政問題」ラオス「二つの中国への意図に反対」…批判しない姿勢で一貫****
カンボジアの首都プノンペンで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の一連の外相会議では、米中など大国間の対立が先鋭化する中、ASEAN各国が国際情勢にどう向き合うかが改めて焦点となった。対立から距離を置こうとする国がある一方、中国寄りの立場を明確にする国も目立った。

対面3年ぶり
一連の会議が対面で開かれるのは3年ぶりだ。カンボジアは議長国として、国軍による市民弾圧が続くミャンマー情勢などに対し、足並みをそろえて対応して域内の結束を確かめることを目指した。

(2022年8月)5日に開かれたASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議の冒頭、プラク・ソコン副首相兼外相は「一触即発の事態を回避するため、この会議は貢献できると信じている」と語った。

会期中にナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問し、中国が大規模演習を展開するなど地域の不安定さが増す中、ASEANが主催する一連の会議が地域の安定に向けた協議の場となるとの見方を示したものだ。

割れる対応
台湾問題を巡り、ASEAN各国の対応はわかれた。
シンガポール外務省は3日の声明で、「地域の平和と繁栄には、安定した米中関係が不可欠だ」と表明。マレーシアのサイフディン・アブドゥッラー外相も「我々は米中両国を重要視しており、双方の友人でいたいと考えている」と述べ、中立的な姿勢で米中双方に自制を求めた。

カンボジアの外交アナリスト、リム・ソクビー氏は、「これらの国々は米中双方と貿易など経済的な結びつきが深く、どちらかに肩入れはしたくない。米中のどちらかを選択するような事態を恐れている」と指摘する。

一方、カンボジアのクン・ポアク外務次官は4日、議長国として行った会見で、「カンボジアの立場としては、台湾や新疆ウイグル自治区、香港などは全て中国の内政問題だ」と述べた。

ラオスも外務省報道官の声明で、「『二つの中国』の状況を作り出そうとするあらゆる意図に反対する」と表明した。カンボジアとラオスは中国に経済で大きく依存しており、中国を批判しない姿勢で一貫している。(後略)【2022年8月6日 読売】
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今年2月にはフン・セン首相が訪中し、その関係強化を確認したことをCGTN(中国国営テレビ・中国中央電視台の英語による国際ニュース放送チャンネル)が伝えています。

****CGTN:65年を経て、中国とカンボジアの共同体が未来を共有する新時代を開く****
中国国民の古い友人であり良い友人でもあるカンボジア王国のフン・セン首相が旧正月明けの3日間、中国を公式訪問した。

2月9日から11日にかけて、フン・セン氏は中国指導層との会談のほか、「中国・カンボジア友好年」(China-Cambodia Friendship Year)の開始式や中国・カンボジアのビジネス・投資・観光フォーラムの開会式に出席し、外交、経済・貿易、開発協力、農産物、インフラ、メディアなどの分野に及ぶ一連の協力文書への調印を行った。

中国のSun Weidong外務副大臣は10日、China Media Group(CMG、中央広播電視総台)に、中国とカンボジアは国交樹立65周年を迎え、「1つの立場、6つの協力、2つの回廊」を通じて二国間協力をさらに進める用意があると述べた。

▽1つの立場
中国とカンボジアは11日、新時代における未来を共有する中国・カンボジア共同体の構築に関する共同声明を発表し、双方はフン・セン氏の訪問中に重要な合意に達した。

声明には、「国際情勢がどのように変化しようとも、中国とカンボジアは揺るぐことのない鉄壁の友情を深め、互恵的で双方に利益をもたらす実務協力を行い、未来を共有する共同体の構築を推進する」と記されている。(中略)

フン・セン氏は3年前と今回の訪問を通じて、カンボジア国民は常に中国国民と固く結ばれていることを明確なメッセージとして伝えたいと述べた。同氏は、カンボジアと中国の包括的戦略協力パートナーシップの成果をさらに推し進め、未来を共有するカンボジアと中国の共同体を協力して構築することを誓った。

▽6つの協力
フン・セン氏の訪問中、双方は中国・カンボジアの「ダイヤモンド・ヘキサゴン」協力枠組みについても合意に達した。

習国家主席が指摘したように、双方は政治、生産能力、農業、エネルギー、安全保障、人的・文化交流の分野で協力枠組みを構築できる可能性がある。フン・セン氏は中国の協力枠組みの提案に全面的に同意した。

この協力枠組みは、共同声明に主要6分野の詳細な協力計画が記述されている。

このように、両国はすでにいくつかの分野で実務的な行動を起こしている。フン・セン氏が出席した中国・カンボジアのビジネス・投資・観光フォーラムには、両国の政府・企業代表者約300人が参加した。(中略)

中国商務省によると、中国は11年連続でカンボジアの最大の貿易パートナーであり、2022年も二国間貿易額は過去最高を記録し、前年比17.5%増の160億2000万ドルに拡大した。

また、中国人観光客が徐々に東南アジア諸国に戻ってきたことで、カンボジアは観光業の回復に大きな期待を寄せている。パンデミック以前、中国はカンボジアを訪れる外国人観光客の最大の供給源だった。

カンボジアのタオン・コン(Thong Khon)観光大臣によると、1月に2万5000人の中国人観光客が同国を訪問し、2023年には80万人から100万人の中国人観光客を誘致しようとしている。

▽2つの回廊
共同声明で強調されたように、両国はシアヌークビル州を中心とした産業開発回廊およびトンレサップ湖地域の魚・米回廊の2回廊の構築に注力することでも合意した。

産業開発回廊を構築するために、中国はより多くの中国企業のカンボジアへの投資を奨励し、シアヌークビル経済特区(SSEZ)を促進することを習氏はフン・セン氏に語った。

11平方キロメートルにおよぶ同SSEZは現在、世界各国の約170の工場を擁し、総投資額は13億ドル以上で約3万人の雇用を創出している。

習氏が湖の近くで農業協力の取り組みを促したことから、両国は多次元的、複合的、効率的な近代的農業システムを備えた魚・米の回廊を共同で構築することに合意した。

カンボジア農林水産省が発表した報告書によると、中国は2022年、カンボジアの農産物の主要輸入国の1つだった。2022年の1月から11月の間に、約68万9702トンのカンボジアの農産物が中国に出荷された。【2月14日 PRwire】
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7月の“形式的”総選挙で与党が圧勝し、長男への権力世襲のレールを確かなものとし、カンボジア・中国関係はいよいよ強固に・・・ということのようです。
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深刻な問題を抱える経済状況  欧州・アメリカ・中国、そして日本

2023-05-27 21:01:05 | 経済・通貨

(アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、日本の過去40年間の消費者物価上昇率の推移 【4月27日 三菱UFJ】欧米各国では2022年にインフレが進行しましたが、この流れが今も続いています。)

【イギリスなど欧州 特に食料品価格上昇が止まらない】
世界各国の経済状況、まずイギリスなど欧州経済を見ると、物価上昇による生活苦が進行しています。

****英国で支払い不能者が急増、生計費・物価高騰で=FCA調査****
英金融行動監視機構(FCA)が16日公表した調査報告によると、今年1月までの半年間に国内で料金支払いや債務返済を履行できなかった成人は560万人と、昨年5月の前回調査の420万人から急増した。生計費と物価の高騰が国民の懐を直撃したためだ。

英国の家庭は昨年9月以降、2桁の物価上昇率に見舞われ続けている。また政府当局は、来年3月までの2年間の生活水準が記録的な落ち込みになると予想している。

FCAはロシアがウクライナに侵攻して食料とエネルギーの価格が跳ね上がったことを受け、昨年5月にこうした調査を開始した。

今回の調査結果では支払いを続けるのに苦戦している成人が大幅に増えたことも分かった。FCAの消費者・競争担当エグゼクティブディレクター、シェルドン・ミルズ氏は、生計費増大の「リアルな影響」が浮き彫りになったと説明した。

一方、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の急激な利上げに伴って、昨年5月時点で住宅ローンを抱えていたという人の29%は1月までの半年で利払い負担が増えたと回答。賃貸住宅居住者の34%は家賃が上がったと答えた。

クイルターの住宅ローン専門家カレン・ノイエ氏は「生計費増大と金利上昇が重なり、家計はぎりぎりまで追い込まれ、場合によっては破綻している」と指摘した。

債務問題に取り組んでいる非営利団体のリチャード・レーン氏は、多くの人が数十年に1度という物価高に対処しきれなくなっており、無料相談サービスに対する引き合いは過去3年で最も強くなっていると述べた。【5月17日 ロイター】
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その物価上昇は、4月の消費者物価指数は一桁に収まったものの、食品など生活に身近な品目では高止まりが続いています。

****4月の英国消費者物価指数、8.7%上昇 8か月ぶりに10%を下回るも生活に身近な品目は高止まり続く****
イギリスの4月の消費者物価指数が、去年の同じ月と比べて8.7%上昇しました。インフレ率は8か月ぶりに10%を下回りましたが、食品など生活に身近な品目では高止まりが続いています。

イギリスの統計局が24日に発表した4月の消費者物価指数は、前年同月比で8.7%上昇と、前の月の10.1%を下回りました。

上昇率が10%を下回るのは去年8月以来、8か月ぶりですが、食品や飲料の価格は4月までの1年間で19.1%上昇しました。これは45年ぶりの高水準で、生活に身近なものの高止まりが続いています。
インフレを受けて、イギリスでは今週も若手の医師などが賃上げを求めるストライキを行っていて、市民生活に影響が出ています。【5月24日 日テレNEWS】
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状況は、他の欧州諸国も同様です。

****エネ危機過ぎた欧州、次は食品高騰ショック****
中銀は不意打ちを食らい、債務を抱えた政府には救済を求める圧力がかかる

エネルギー危機から抜け出したばかりの欧州各国が、今度は食料品価格の高騰に直面している。地域全体で食生活が変わり、消費者は生活を切り詰めることを余儀なくさせている。

こうした状況は、エネルギー価格の下落を背景にインフレ率が全般的に低下しているにもかかわらず生じている。過去数十年で最悪のエネルギー危機を乗り切るために、昨年、企業や家計に対して何十億ドルもの支援を行った各国政府にとって、食品価格の急上昇は新たな政策課題となっている。

24日に発表された最新データによると、英国の4月のインフレ率は、エネルギー価格の下落に伴い、欧州全体や米国と同様に大幅に低下した。しかし、食品価格は前年同月比19.3%上昇した。

食品価格の継続的な高騰に中央銀行当局者は不意を突かれた。昨年実施した緊急支援のコストに依然あえいでいる政府には、新たな救済に乗り出すよう圧力がかかっている。借り入れコストの上昇に悩まされている家計にも重荷だ。

フランスでは、ロシアによるウクライナ侵攻以降、家計部門の食料購入が10%以上減少し、エネルギー支出は4.8%減少した。

ドイツの3月の食品売上高は前月比1.1%減少した。前年同月比では10.3%減と、1994年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。連邦農業情報センターによると、2022年の同国の食肉消費量は1989年の統計開始以来最も少なかった。ただ、これは植物由来の食事への移行が続いていることも一因となった可能性があるという。

食料品小売店は供給業者による値上げ分をすべて消費者に転嫁できるわけではないため、利益率が低下している。スーパーマーケットチェーン、エデカのマルクス・モザ最高経営責任者(CEO)はドイツメディアに対し、価格が急上昇していることを理由に、何社かの大手供給業者への商品の発注を止めたことを明らかにした。

英統計局が今月に入って実施した調査によると、下位20%の貧困層の世帯の6割近くが食料品の購入を減らしていることが分かった。

「これはアクセスの問題だ」。保険大手アリアンツのチーフエコノミストで、かつて国連世界食糧計画(WFP)に勤めていたルドビク・スブラン氏はこう述べる。「全体の食料生産量は落ち込んでいない」

食料が消費支出に占める割合はエネルギーよりはるかに高いため、価格の上昇幅が比較的小さくても、家計により大きな影響が及ぶ。英シンクタンクのレゾリューション財団は、2020年以降の食費負担の拡大分の累計が今夏までに280億ポンド(約4兆8300億円)に達し、エネルギー費負担の拡大幅(推計250億ポンド)を上回ると予想している。

「生活費の危機は終わっていない。新たな段階に入っただけだ」。同財団のトーステン・ベルCEOは最近の報告書でこう述べた。

インフレ率を押し上げているのは食料品だけではない。英国では、食品とエネルギーを除いたコアインフレ率が、3月の6.2%から4月には6.8%に上昇し、1992年以来の高水準に達した。4月のコアインフレ率は、ユーロ圏でも史上最高水準近くまで上昇した。

それでも、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁は23日に英議会で、食品価格の高騰はインフレの「第4のショック」になったと語った。第1~第3のショックは、新型コロナウイルス流行下のサプライチェーン(供給網)の障害による供給ひっ迫、ロシアによるウクライナ侵攻を受けたエネルギー価格の上昇、労働市場の予想外のひっ迫だったという。

欧州各国政府はエネルギー価格高騰の際に家計支援のため巨額の財政支出を行ったが、現在は借金をする余地が以前より狭まっている。2020年にコロナ禍が始まってから債務が急速に積み上がっているためだ。

イタリア、スペイン、ポルトガルなど一部諸国の政府は、消費者の負担軽減のため、食品の付加価値税(消費税に相当)の税率を引き下げた。一方、食品小売店に価格を抑制するよう圧力をかけている国もある。仏政府は3月、主要小売り各社との間で、可能な限り値上げを避けるとの合意をまとめ上げた。

小売業者は、アイルランドなど他の多くの欧州諸国でも監視対象になっている。英国では国会議員らが、「農場から食卓まで」網羅する食品サプライチェーン全体に対する調査を開始した。

ジェレミー・ハント英財務相はロンドンで開かれたウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)主催のCEOカウンシルサミットで、「昨日は食料生産者を首相官邸に呼んだ。また、スーパーマーケットや農家の人々と話をし、サプライチェーンのあらゆる要素に目を向け、コスト削減の一部をできるだけ早く消費者に還元するためにできることを検討している」と述べた。

英国で競争政策を担当する競争・市場庁(CMA)は先週、小売業者への監視を強める方針を明らかにした。

一部のエコノミストは、こうした監視の強化が具体的な結果につながると予想している。小売業者は自社のイメージを悪くしたくないため、サプライヤーに価格を下げるよう圧力をかけるのではないかとの見方からだ。(中略)

食品価格がこれほど長く、これほど急激に上昇している理由が完全に明らかになっているわけではない。国際商品市場(ここで農家に支払われる価格が決まる)において、食料価格は2022年4月以降下落が続いている。

だが、一次産品のコストは最終価格のほんの一部を占めるにすぎない。消費者は加工・包装・輸送・流通のコストも支払っており、生産者と消費者の間の価格差は異例なほど広がっている。

BOEのベイリー総裁の見立てでは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった頃、食料生産者は先行きが不透明な時期に供給を確保しようと躍起になり、肥料やエネルギーなどの供給業者と割高な長期契約を結んだことが、BOEが食品価格に関する見通しを誤った理由の一つだという。

だが、小売業者への目が厳しくなっていることからもうかがえるように、利益率の拡大も一因ではないかとの見方も政策立案者の中にはある。ベイリー総裁は議会での発言で、食品供給業者の責任を問うことには慎重な姿勢を示した。「(彼らは)昨年初めに圧迫された利益率の回復を図っている」とベイリー氏は述べている。【5月25日 WSJ】
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【アメリカ 給料ギリギリの生活をしているZ世代の成人】
アメリカでも、一部富裕層をのぞけば「大部分の米国人が『現在の暮らしは50年前よりも悪くなっている』と感じている」といった生活苦が進行しています。

****米国は「格差社会」どころか「総貧困社会」に? 多くの国民は既に景気後退の痛みを感じている****
高級品を扱うビジネスは相変わらず好調だが

米国経済のハードランディング(景気の急激な失速)懸念が強まっている。
今年第1四半期のS&P500種株価指標構成企業の利益は前年比3.7%減少し、2四半期連続で業績が悪化した。第2四半期以降も業況が改善する見込みが立ってない。

全米自営業者連盟が5月9日に発表した4月の中小企業楽観度指数(1986年=100)も89.0となり、2013年1月以来、10年ぶりの低水準となっている。

企業活動だけをみると、米国経済は既に「リセッション(景気後退)」入りしたと言っても過言ではない状況だ(5月15日付ブルームバーグ)。

企業活動が低迷しているものの、今年第1四半期の米国の実質国内総生産(GDP)は前月比1.1%の増加となった。GDPの7割を占める個人消費が堅調だったからだ。

米国の堅調な消費を支えているのは富裕層だ。景気が減速気味になっている中、富裕層の購買力は衰えることなく、高級品を扱うビジネスは相変わらず好調だ。(中略)

だが、多くの米国人の消費行動はまったく違う。

「給料ギリギリの生活をしているZ世代の成人」は65.5%
今回も景気が減速し始めると、過去と同様、いやそれ以上に、少しでも安い商品を購入するようになっており、低価格を売りにした店舗は活況を呈している。その代表格は徹底した低価格戦略で知られる米小売り大手ウォルマートだ。今年2〜4月期決算は前年比8%の増収となっている。

多くの米国人が「生活防衛」に走る傾向が鮮明になっているが、必死の努力にもかかわらず、彼らを取り巻く状況は悪化するばかりだ。
 
ルームバーグが4月26日から5月8日にかけて調査した結果によれば、日々の生活費の捻出が困難となった米国の成人の数は8910万人に達した。その比率も38.5%と記録的な水準となっている。

特に深刻なのは若年層だ。
フィンテック企業レンデイングクラブが米フィンテック情報企業PYMNTSと提携して毎月実施している調査では、今年3月時点で「給料ギリギリの生活をしているZ世代の成人(26歳以下)」が65.5%に上ることが分かった。これを伝えたブルームバーグ(5月1日付)は、「Z世代はキャリアをスタートさせたばかりで賃金が相対的に低く、負債の割合が大きい傾向にある」と解説している。

新型コロナのパンデミックのピーク時に2.1兆ドルに達していた家計の貯蓄超過はその大半が消失してしまった。「足元の超過分(約5000億ドル)も年末までになくなってしまう」と予測されている(5月9日付ロイター)が、債務上限問題で与野党が対立していることから、家計に対するさらなる財政支援は期待できない。

前述のブルームバーグの調査では、2500万人以上の米国人がクレジットカード・ローンに依存していることも明らかになっている。

生活費の不足を補填するために不可欠となったクレジットカード・ローンだが、長引くインフレや金利上昇のせいで延滞率が急上昇している。(中略)

米地銀の相次ぐ破綻で金融機関は消費者融資に対しても慎重な姿勢を取り始めており、生活費を捻出できない米国人がさらに増加することは確実な情勢だ。

米国は「格差社会」どころか「国民総貧困社会」に?
「大部分の米国人が『現在の暮らしは50年前よりも悪くなっている』と感じている」との指摘がある(5月15日付ZeroHedge)ように、米国は「格差社会」どころか「国民総貧困社会」になってしまった感が強い。

そのせいだろうか、リセッション入りしていないのにもかかわらず、生活困窮者や福祉施設に食料を提供するフードバンクの需要が高まっており、その水準はパンデミック時と同様の水準となっている。ジョージア州アトランタ地域では、食料配給に頼っている人の4割がこれまで配給を受けた経験がなかったという(4月30日付ロイター)。

家賃が払えず、ホームレスになる米国人も日に日に増えている。
多くのテック企業を輩出したカリフォルニア州サンフランシスコ市の海岸沿いでは、全長2マイル(約3.2キロメートル)にわたってホームレスが寝泊まりするキャンピングカーの行列ができる有様だ(5月8日付ZeroHedge)。

同市内では「家賃の高騰などで都心部に人が減ったことで犯罪が増える」という悪循環が起きている。万引きが組織犯罪化していることに悲鳴を上げたショッピングモールの閉店も相次いでいる。このため、一部の地域はゴーストタウンになっており、ホームレスたちの生活環境は悪化の一途を辿っている。

5月14日付ニューヨーク・タイムズは「米国の大都市で路上生活に追い込まれた多くの人々が命を落としている。カリフォルニア州サンディエゴ市のある病院では、昨年だけで10500人のホームレス患者が搬送された。現場からはホームレスへの支援に積極的でない政府に対する不満が爆発している」と報じている。

このように、多くの米国人はリセッションの痛みを既に感じている。彼らが政府のウクライナへの軍事支援に「ノー」を突きつける日は近いのではないだろうか。【5月26日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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欧米からの軍事支援に頼るウクライナにとって、もっとも手ごわい敵はロシアではなく、欧米経済の悪化に伴う世論の変化かも。ウクライナ支援に限らず、国内経済が悪化すれば、世論は生活防衛的、内向きになります。

債務上限問題で与野党が対立、政府機能が麻痺するような状況には本来ないのですが・・・。

【中国 若者の失業率20.4%】
上記記事でアメリカZ世代の苦境が取り上げられていますが、経済体制が異なる中国でも若者の失業率が深刻です。
中国国家統計局は16日、4月の都市部の16〜24歳の失業率が20.4%だったと発表しました。記録が確認できる2018年以降で最悪となっています。

****中国の大卒者は就職難 雇用ミスマッチ****
景気回復にもかかわらず若年層の失業率が上昇

中国では若年層の失業率の急上昇に歯止めがかからず、政府にとって大きな頭痛の種となっている。この問題には雇用のミスマッチが関係しており、政府が打ち出す解決策が何年も効果を発揮しない可能性もある、と多くのエコノミストが話している。

16~24歳の若者の失業率は4月に20.4%と過去最高を更新。数カ月前から大幅に上昇し、新型コロナウイルス流行前の水準をはるかに上回っている。2019年の失業率は概して13%以下にとどまっていた。

中国では4月の都市部全般の失業率が5.2%と前年同月の6.1%を下回っており、これが若者の失業率の高さを一層際立たせている。

今夏には過去最高となる1160万人の大学生が卒業する見込みであることから、若者の雇用市場は一段と悪化すると一部のエコノミストはみている。

エコノミストによると、主な問題点は中国が高賃金・高技能職を十分創出できていないことにある。同国では高学歴の若者が増えており、その多くは前世代の人たちよりも仕事に高い期待を抱いている。

多くの若者は、妥協して賃金が低めの仕事に就くことよりも、さらなるチャンスが訪れる可能性に賭け、就職を先延ばしにすることを選んでいる。

クレディ・スイス・グループの中国担当チーフエコノミスト、デービッド・ワン氏は「中国の若者の失業率の高さは一過性のものではなく、構造的なものだ」と指摘。「若者が訓練を受けているスキルと既存の雇用が必要とするスキルがマッチしていない」と述べた。(後略)【5月25日 WSJ】
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【日本 給料が上がらず、国際比較ではどんどん下位に沈み込んでいる状況】
では、日本は・・・と言えば、給与がまったく上がらないことは周知のところ。国際比較ではどんどん下位に沈み込んでいる状況です。


韓国、台湾、シンガポール、香港、スロベニア、リトアニア、イスラエルといった国々に抜かれ、今の日本の給料に近い国々のグループを見てみると、ポーランド、エストニア、トルコ、ラトビア、チェコなどといった国々が並んでいる・・・・といった以前では考えられないような悲しい状況。【5月27日 東洋経済ONLINEより】

原因は、日本では十分なイノベーションを起こせず、労働生産性が上昇していないことにありますが、スペースもないのでまた別機会に。
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韓国  ベトナム戦争での韓国軍による民間人虐殺の賠償責任を初めて認定する判決 政権は「調査せず」

2023-05-26 22:48:58 | 東アジア

(ベトナム戦争中、韓国軍による作戦で母を殺されたグエン・ティ・タンさん(2015年、写真/村山康文)【2022年8月27日 NEWSポストセブン】)

【タブー視されてきたベトナム戦争参戦時の戦争犯罪】
韓国でいわゆる「反日」、日本政府の謝罪要求が問題になるとき、韓国内・日本で「じゃ、こっちはどうよ?」と問題になるのが、ベトナム戦争に参戦した韓国兵士によるベトナム人虐殺等の戦争犯罪の問題です。

韓国は1964年の第一次派兵から1966年の第四次派兵に渡る朴正煕軍事政権下でベトナムへの派兵を行い、韓国軍からは4968人の戦死者、負傷者8004人を出しています。

経済的には、「ベトナム特需」と言うべきものも生まれ、韓国の高度成長の基礎ともなりました。

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韓国大統領の朴正熙は、1961年11月の訪米時にアメリカの歓心と自身の政権の正当性を確保するため、当時の大統領ジョン・F・ケネディに対し、韓国軍のベトナム戦争への派兵を申し出た。

南ベトナムに派兵された韓国軍は、2個師団プラス1個旅団の延べ3.1万名。最盛期には5万名を数えた。また、「ベトナム特需」を当てこんだ産業資本や出稼ぎの民間人も進出し、これも最盛期には2万人近くがベトナムに赴いた。

韓国軍兵士や出稼ぎの民間人による本国への送金は、年に1億2千万ドルを数え、1969年の韓国の外貨収入の2割に達した。1965年から1972年までのベトナム特需の総額は10億2200万ドルにのぼる。

これはアメリカによる軍事・経済援助、日韓基本条約による莫大な援助と合わせて、漢江の奇跡の基礎となった。【ウィキペディア】
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その一方で、戦闘地域では大規模な戦争犯罪も起きたとされています。

*****大韓民国国軍のベトナム参戦*****
ベトナムメディアの『Vnエクスプレス(英語版)』によると、30万人以上の韓国軍兵士がベトナム戦争に派遣され、9000人のベトナム民間人が殺害された。

生存者の韓国軍の行為に関する証言で共通な点は、無差別機銃掃射や大量殺戮、ベトナム人女性に対する強姦、殺害、家屋への放火などである。

1966年2月、ビンディン省タイヴィン村では韓国軍猛虎部隊が住民68名を集めて婦女子を含む65名を虐殺した。現場であったタイヴィン村で2015年2月26日に開かれた犠牲者49周年慰霊祭には村の全ての人々が集まった。

『ハンギョレ』によると、虐殺事件のあったビンホア村では、今も村の入り口までしか韓国人の出入りを許さず、アメリカ軍の被害にあった隣のミライ村では、アメリカによる被害者に対する支援が行われているが、ビンホア村では韓国の支援がないことからか、「韓国軍にやられるのなら、アメリカ軍にやられた方がましだった」との声がある。

ベトナムの人びとは韓国軍兵士に抹殺された村ごとに碑を建て、「『ダイハン』の残虐行為を忘れまい」と誓いあっている。【ウィキペディア】
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韓国軍兵士による戦争犯罪については国内左派からの批判がある一方で、歴代韓国政権にとっては、保守派の反発に配慮し、一種のタブー的なものともなっています。 保守派政権にとっては「当然」とも言えますが、左派・文在寅大統領にあっても、この姿勢に大きな変化はありませんでした。

なお、2001年に韓国の金大中大統領はベトナム国家主席に対し、韓国軍のベトナム戦争参戦に遺憾の意を表していますが、後に大統領となる朴槿恵氏は「参戦勇士の名誉を傷つけるものだ」と激しく批判しています。 まあ、父親の「偉業」ですから、そういうことにもなるのでしょう。

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朴槿恵は大統領就任以来、日本に対し「過去を直視せよ」と迫り、2013年8月15日の光復節では「過去を直視する勇気と相手の痛みに対する配慮がなければ未来を開く信頼を重ねていくことは厳しい」と演説したが、2013年9月のベトナム訪問では、ベトナム戦争時の韓国軍兵士に性的暴行されたベトナム人女性や虐殺されたベトナム人遺族に対する謝罪は一切なく、「過去を直視する勇気と相手の痛みに対する配慮」を示すことはなかった。

2013年9月の朴槿恵大統領のベトナム訪問では、ホー・チ・ミン廟の参拝や献花の時を含めてベトナム戦争についてまったく触れず、ベトナム戦争時に韓国軍兵士に性的暴行されたベトナム人女性や虐殺されたベトナム人遺族に対して謝罪をしなかったが、『ハンギョレ』は、韓国が日本に対してしきりに「歴史直視」を要求していることと矛盾していると批判している。(中略)

2017年6月6日に韓国の文在寅大統領は、顕忠日の追悼式で「ベトナム戦争参戦勇士の献身と犠牲を土台に祖国の経済が復活した」「今日の韓国経済があるのはベトナムで戦った元軍人たちの献身と犠牲があってのことです」と述べた。

この韓国軍兵士によるベトナム民間人虐殺への賛辞とも受け取れる発言に対して、ベトナム外務省(英語版)は在ベトナム韓国大使館(朝鮮語版)を通じて韓国政府に抗議した。

また、ベトナム外務省はホームページで「韓国政府がベトナム国民の感情を傷つけ、両国の友好と協力関係に否定的な影響を与えかねない言動をしないよう要請する」と表明した。

さらに『朝鮮日報』によると、ベトナムメディアは韓国軍が9000人余りのベトナム民間人を虐殺したにも関わらず、韓国政府はこれを認めていないと批判している。【ウィキペディア】
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あの文在寅大統領にしても“触れられない”事案のようです。

【今も続く「ライダイハン」の苦しみ】
韓国軍の戦争犯罪は、当時の犯罪行為にとどまらず、「ライダイハン」と呼ばれる子供達の形で今も続いています。

****ライダイハン ベトナム戦争時の韓国軍の所業を英BBCが報道****
英国の公共放送である英国放送協会(BBC)が3月にベトナム戦争当時の韓国兵による女性への性的暴行を特集で伝えたことが、日韓外交の関係者らの間で反響を呼んでいる。

韓国政府は国連の場でも、旧日本軍のいわゆる慰安婦問題を再三取り上げてきたが、ベトナムでの自国兵の行為について謝罪はしていない。BBCは、韓国の二重規範についても指摘している。 

BBCは3月27日、ウェブサイトに、「1968-何百人もの女性を苦しめた年」と題した記事を掲載し、韓国軍兵士から被害を受けた2人のベトナム人の境遇を詳しく伝えた。そのうち1人は性的暴行を受け、3人の子供を身ごもった女性だった。

ベトナム戦争時に韓国軍兵が現地の女性を性的に暴行するなどして生まれた混血児は、「ライダイハン」の蔑称で呼ばれ、ベトナムで差別を受けてきた。その数は定かでないが、5000~3万人に上るとの説がある。

記事は、ライダイハンとその母親や家族らが差別などで苦しんできたことに触れ、「韓国人に何が起きたのかを認めてもらう必要がある」との被害女性の訴えを紹介。ストロー元英外相が「国際大使」として関わる民間団体「ライダイハンのための正義」が、国連人権理事会による調査や韓国側の謝罪を求めていることも伝えた。

さらに「韓国は、第二次世界大戦中に、何十万人もの韓国人女性が性奴隷として働かされたことをめぐり、謝罪をするよう何十年も日本に働きかけてきた」と指摘。「何十万」という数字や「性奴隷」といった表現には問題があるものの、日本に謝罪を求めながら、自らの問題には頬かむりする韓国の姿勢を浮かび上がらせた。【2020年4月4日 産経】
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【韓国軍による民間人虐殺の賠償責任を初めて認定する判決】
上記のような韓国社会・政治に刺さった骨のようなベトナム参戦問題ですが、今年2月にはソウル中央地裁で、韓国軍による民間人虐殺の賠償責任を初めて認定する判決がありました。

****「民間人殺傷は正当行為」との韓国政府の主張退ける ベトナム戦争時の軍による虐殺、地裁が賠償命令****
ベトナム戦争に派遣された韓国軍による民間人虐殺を巡り、韓国の裁判所が初めて韓国政府の責任を認めた。

虐殺で家族を奪われたベトナム人女性が韓国政府を相手取り2020年に起こした訴訟で、ソウル中央地裁は今月7日、政府に慰謝料約3000万ウォン(約310万円)の支払いを命じた。

韓国の弁護士らが国をまたいだ国家賠償訴訟を支援しており、日韓の懸案である元徴用工訴訟ともやや似た構図。一審判決は、国家の論理より被害者個人の救済を重視する結論を出した。(ソウル・木下大資)

◆参戦した韓国軍人が証言
原告は、1968年に韓国軍海兵隊の軍人らがベトナム中部の村で70人以上を虐殺したとされる事件の生存者グエン・ティ・タンさん(62)。きょうだいらを射殺され、自身も腹部に銃撃を受け重傷を負った。
地裁は、参戦した韓国の軍人の証言などから、タンさんの訴えの大部分を認めた。敵兵と住民を区別しにくいベトナム戦争の特性上、「民間人を殺傷したとしても正当行為だった」とする政府側の主張は退けられた。

韓国政府は65年にベトナム、米国との間でそれぞれ締結した約定書により、ベトナム人が韓国で裁判を提起することはできないとも主張。地裁は「軍当局間で締結した合意にすぎず、条約としての効力を持たない」として、被害者が韓国の裁判所に訴える権利は妨げないとした。

賠償請求権の消滅時効が過ぎたかどうかも争点だった。地裁は、近年になって韓国で虐殺の真相究明に取り組む民間団体が証拠資料を確保するまで、被害者が実質的に訴訟を起こせる状態ではなかったと指摘。「原告は訴訟を提起するまで、債権者の権利を行使できない障害事由があった」と判断した。

◆「被害者個人に焦点を合わせなければならない」
韓国軍のベトナム人民間人虐殺は、20年余り前に韓国の週刊誌報道をきっかけに浮上。進歩派の弁護士や市民らが被害者との連帯や真相究明を目指す活動を展開した。

一方で、虐殺の暴露は参戦した軍人への名誉毀損きそんだとの保守的な考えも残る。ベトナム政府も内戦の記憶に触れることに消極的だったこともあり、韓国政府は虐殺を明確には認めてこなかった。

韓国軍による虐殺の被害者は9000人以上との見方があり、韓国メディアでは「今後、類似の訴訟が相次ぐ可能性がある」と懸念する論調もある。李鐘燮イジョンソプ国防相は「国防省が確認したところでは虐殺は全くない。判決には同意できない」との立場を示した。

原告代理人で、元徴用工訴訟も担当する林宰成イムジェソン弁護士は「こうした問題を、国家を中心とする外交問題として語ることは20世紀的な発想だ。被害者個人に焦点を合わせなければならない」と語る。【2月22日 産経】
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韓国メディアによると、判決は当時の村民や参戦した元兵士の証言を基に、韓国軍による虐殺などの事実を認定。韓国軍兵士らが「村民らを一カ所に集め銃殺した」などと指摘しています。

【政権はこの問題への関与に消極的】
ただ、保守派・尹錫悦政権は、この問題を深掘りすることは避ける姿勢です。

****ベトナム民間人虐殺「調査せず」 韓国政府機関が決定****
韓国政府の人権侵害調査機関「真実・和解のための過去事整理委員会」は24日の会合で、ベトナム戦争に派遣された韓国軍兵士による民間人虐殺に関する調査を行わないと決定した。真相究明に消極的な韓国政府の姿勢が改めて示された。

韓国は米国が支援した南ベトナムに派兵した。韓国の研究者などは、韓国軍兵士に虐殺されたベトナムの民間人は約9千人に上る疑いがあると指摘しているが、政府機関が調査に着手しないと決めたことで全容解明は遠のいた。
 
4日の会合で野党推薦の委員3人は調査開始を求めたが、尹錫悦政権側が推薦した委員ら4人が反対し、却下された。【5月24日 共同】
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【台頭する極右勢力 済州島「4・3事件」正当化】
政権自体の性格もありますし、韓国では今、極右勢力が台頭するような社会風潮もありますので、この問題に立ち入ることは強い軋轢を生むことが予想されます。

****数万人が虐殺された韓国・済州島「4・3事件」、なぜ事件を正当化する勢力が台頭しているのか 人気ドラマ「私たちのブルース」の舞台は今****
日本でも人気となった昨年の韓国ドラマ「私たちのブルース」の舞台、韓国・済州島では、今から75年前に、軍などが数万人の民間人を虐殺する事件があった。島民の約1割が犠牲になったといわれ、海を渡り、日本に逃れた人も多い。

最近、韓国国内では虐殺を正当化するような極右団体の動きが目立ち、遺族を不安にさせている。その一方、地元自治体や遺族は「悲劇が繰り返されないように」と、虐殺に関する記録などを国連教育科学文化機関(ユネスコ)や国の遺産として登録させる努力を進めている。(共同通信=富樫顕大)

▽隠された3万人犠牲
済州島は、韓国本土から南に約100キロ、青い海に囲まれた火山島だ。自然が豊かな観光地で、近年は、韓国本土の人が数週間〜数年移住する「チェジュサリ(済州暮らし)」もブームになっている。(中略)

米国が軍政を敷いていた1948年4月3日、済州島で、共産主義に共鳴する左派の武装勢力は、朝鮮半島の南北分断に反対し、蜂起した。

韓国軍、警察、極右団体が、多くの住民を同調者と見なして殺し、武装勢力の側も一部の住民を殺害した。2003年にまとめられた政府機関の調査報告書では、鎮圧作戦が完了するまでの7年ほどの間に、推計2万5千〜3万人が犠牲になったとされる。
討伐側による犠牲が8割程度を占めるが、1980年代の軍事政権時代まで真相は隠されていた。軍などに殺された人の遺族は監視され、就職で差別も受けた。一連の虐殺は、蜂起の日付から「4・3事件」と言われる。

▽歴史歪曲による苦しみ
「歴史的真実の歪曲、中傷のせいで、遺族の傷はまだ癒えていないのに、再び皮膚を引き裂かれる深い痛みに苦しんでいる」。4月3日、強い風が吹き付ける済州島の公園で開かれた追悼式典で、遺族代表は訴えた。
保守系与党の指導部メンバーで、脱北者の太永浩・国会議員が2月以降、具体的根拠なく「事件は(北朝鮮を建国した)金日成(主席)が起こした」との持論を繰り返し、3月には複数の極右系の少数政党が「事件は共産主義の暴動だ」と、住民虐殺を正当化するような横断幕を島内の各地に設置していたのだ。

横断幕は3月末に、自治体が強制撤去した。しかし、事件当時に住民を殺害した極右団体「西北青年団」を名乗る団体が追悼式典の会場近くに押しかける騒動もあった。この団体は虐殺について「自由民主主義を守るために不可避だった」などと主張している。

▽済州島出身者へのいじめ
今年2月、尹錫悦大統領が韓国の警察組織ナンバー2である国家捜査本部長に任命した元検察幹部の息子による校内いじめが発覚した。この息子が数年前に、韓国の北東部にある全寮制の有名進学高校の寮で、済州島出身の同級生を「アカ(共産主義者)」などといじめ、自殺未遂に追い込んでいたというものだ。(中略)

尹政権は事態収拾を急ぎ、この元検察幹部の任命を取り消したが、済州島では、いじめで済州島出身者が「アカ」と呼ばれたことに多くの人が憤った。(後略)【5月26日 47NEWS】
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【保守派主導で改善する日韓関係 もう一段の働きかけも】
一方で、保守派・尹錫悦政権の誕生で両国首脳のシャトル外交復活など日韓関係が大きく好転していることは周知のところです。

****韓国国防省が容認「国際慣例に従う」 海自艦「旭日旗」掲げ入港へ****
韓国国防省は25日、今月末に南部済州(チェジュ)島沖の公海上で実施される多国間訓練に際し、海上自衛隊の護衛艦が自衛艦旗である旭日旗を掲げ韓国国内に入港することについて「国際慣例に従う」として容認する姿勢を示した。

訓練は日米韓豪の艦船などが参加し、31日に実施。北朝鮮への大量破壊兵器の密輸入を想定し、違法運送が疑われる船舶の探索や乗船検査のシミュレーションを行う。海自の護衛艦は、訓練に際し南部釜山(プサン)港に入港するとみられる。

韓国国防省の報道官は25日の会見で、外国に入港する艦艇が国旗や軍旗を掲揚するのは「世界中で共通」だと指摘。すべての訓練参加国に「国際慣例と相互主義」が適用されると述べ、旭日旗の掲揚に問題はないとの認識を示した。

韓国国内では、旭日旗の掲揚に対し「軍国主義の象徴」だとの反発が上がる。文在寅(ムン・ジェイン)前政権下の2018年、韓国で開催された国際観艦式では、日本側に旭日旗の掲揚自粛を求め、日本は参加を取りやめた。同年12月には韓国海軍駆逐艦による海自哨戒機への火器管制レーダー照射問題も発生し、防衛当局間の関係は悪化の一途をたどった。

一方、昨年5月に発足した尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は北朝鮮の核・ミサイル開発に対抗し、日本との安全保障協力の強化を重視。昨年11月には、日本で開催された国際観艦式に、韓国軍が15年以来約7年ぶりに出席していた。【5月25日 産経】
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日本にとっては、こうした日韓関係改善の流れは歓迎すべきものですが、韓国内の保守vs.左派の対立の構図の中で、保守派の主張にのっかるだけでは、将来韓国内の政治バランスが再び左派に揺り戻した際に、「ゴールポストがまた動いた」というような事態にもなりますので、左派層を含めた韓国全国民を念頭に置いた、韓国国民の琴線に触れるような対応・働きかけが今後も必要と思われます。
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中東情勢  大きく変容しているものの、イラン・サウジ関係は一筋縄ではいかないところも

2023-05-25 21:31:47 | 中東情勢

(【5月9日 日経】)

【イラン・サウジの関係正常化】
中東で、これまでのイラン・サウジアラビアの対立を主軸とする緊張関係が大きく転換し始めていることは、これまでも取り上げてきました。

最大の変化は、中国が仲介する形で3月に成立したイラン・サウジ両国の関係正常化でした。
イスラム教のシーア派が国教のイランと、スンニ派が主体のサウジは2016年、テヘランで起こったサウジ大使館への襲撃を機に断交、中東での影響力を競う両国は、その後もイエメンでの「代理戦争」を繰り広げてきました。

****中東における覇権交代 三菱総研 中川浩一・主席研究員****
(中略)
サウジとしてはイランとの緊張緩和を図ることで隣国イエメン内戦の鎮静化など地域情勢の安定化と自国の安保態勢強化につなげる思惑があった。サウジにとって今回の決定は域内に「敵」を作らないことを最優先した結果だ。

イランは、イラン核合意の再建と制裁解除の実現が遠のく中、米国との関係改善より中国との関係強化による自国経済の回復を選択した。ウクライナに侵略したロシアへの支援を巡って米欧の非難を受ける中、孤立を回避する狙いもある。(後略)【3月11日 産経】
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また、この変化が中国の仲介で実現したことは、中東におけるアメリカの存在感低下を示すことにもなりました。

****米、中東でかすむ存在感 サウジ・イラン外交正常化 多極化顕著に****
サウジアラビアとイランが(3月)10日、中国の仲介で外交関係の正常化に合意したことは、中東における米国の存在感低下を印象付けた。

中東では近年、域内の利害を調整する「ブローカー」としての米国がロシアから挑戦を受ける構図が続いたが、ウクライナ戦争などの影響で米露の役割が低下しているのが現状。そこに中国が割って入ったことで、域内の影響力争いは多極化が顕著となっている。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は10日、今回の合意は、イエメンで、イランを後ろ盾とする武装勢力とサウジが支援する暫定政権との戦闘終結に寄与するものだとし、「歓迎する」と述べた。

一方、同盟国であるサウジから情報を共有されていたと明かしたが、協議に「(米国は)直接関与していない」と認めた。

バイデン政権は2021年1月の発足時から、「世界最悪の人道危機」と呼ばれるイエメン情勢の安定化を中東での優先目標に掲げてきた。背景には、イスラム教スンニ派の盟主を自任するサウジと、シーア派大国イランの対立激化が域内外を不安定化させるとの危機感がある。

バイデン政権が、トランプ前政権時に米国が一方的に離脱したイラン核合意の修復を目指してきたのは、同国の核保有阻止はもちろん、サウジなど周辺国での核武装論の高まりを抑えるためでもある。

しかし、昨年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、核合意修復に向けたイランとの間接協議は頓挫。同国がロシアへの武器支援を開始したことで、対イラン外交の進展は当面、絶望的となった。

対サウジでもバイデン政権は、18年に起きたサウジ人記者殺害事件を巡って冷え込んだ関係を修復しきれていない。バイデン大統領は昨年7月、ウクライナ侵略を受けた原油高に対応するためサウジを訪問し、事件に関与したとされるムハンマド・ビン・サルマン皇太子と和解を演出。それでもサウジは自国の利益を優先し、石油の増産要請に応じなかった。

カービー氏は10日、米国が中東で退潮しているとの指摘に「断固として反論する」と述べたが、イランとサウジの外交正常化が〝米国抜き〟で進んだのは、米国の外交的レバレッジ(てこ)が弱まっているからに他ならない。

他方、主要な兵器体系を米国に依存するサウジにとり、米国が最重要同盟国であることは変わらない。バイデン政権は今後、サウジの手綱を握りつつ、中国の伸長にも目を光らせる必要に迫られる。

中東では冷戦後、米国が地域秩序ににらみを利かせる時期が続いた。だが、03年のイラク侵攻とその後の混乱や、11年から各地で政権崩壊で相次いだ「アラブの春」を経て域内情勢が流動化し、疲弊した米国が関与を後退させる中、ロシアがシリア内戦介入などを通じて影響力を伸ばした。ロシアも、ウクライナ侵略で甚大な損害を受けていることで威信が低下。中国はこうした状況に乗じ、中東への浸透を図っている。(ワシントン 大内清)
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【シリアのアラブ連盟復帰】
こうしたイラン・サウジ関係正常化、およびシリア内戦が事実上アサド政権勝利に終わったことを背景として、これまでイランの支援を受けてきたシリア・アサド政権と反体制派を支援したアラブ諸国との関係改善も進展しました。

****アサド政権がアラブ諸国と急速に関係改善へ サウジアラビアのファイサル外相がシリアのアサド大統領と会談****
中東シリアの内戦をめぐって反体制派を支援していたサウジアラビアの外相がシリアを訪問し、アサド大統領と会談しました。内戦により冷え込んでいたアラブ諸国とアサド政権との関係が改善に向かう動きが急速に広がっています。

サウジアラビアのファイサル外相は18日、断交状態にあるシリアの首都ダマスカスを訪問し、シリアのアサド大統領と会談しました。

これに先立ち、シリアのメクダド外相もサウジアラビアを訪問し、ファイサル外相と会談。ロイター通信によりますと、二国間を結ぶ航空便や大使館業務の再開に向けた調整を始めるとみられるということです。

サウジアラビアとシリアの関係をめぐっては、シリア内戦でアサド政権をロシアやイランが支援し、イランと敵対するサウジアラビアやUAEなどのアラブ諸国が当初、反体制派を支援。

アサド政権は外交面でアラブ諸国との関係が断絶し、孤立していましたが、ことし2月に発生した地震以降、被災地支援などを通じて関係改善を探る動きが活発化していました。

一方、アメリカは、シリア反体制派への厳しい弾圧で国際的な非難を受けているアサド政権に対し強硬な態度を崩しておらず、ブリンケン国務長官はシリアについて、地震の被災地への支援は行うものの、その資金はアサド政権に向かうものではないと明確に表明しています。

中東諸国をめぐっては、サウジアラビアが先月、中国の仲介でイランと国交正常化で合意して以降、地域で対立していた国同士の関係が改善する兆しが出てきています。【4月19日 TBS NEWS DIG】
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そして、シリアの12年ぶりのアラブ連盟復帰も決定し、今月19日に開催された首脳会議にはアサド大統領が出席しました。

****シリア アラブ連盟復帰の背景****
Q1: アラブ連盟がシリアの復帰を認めた背景は何でしょうか。

A1: アラブの21か国とパレスチナ解放機構でつくるアラブ連盟は、シリアの内戦が始まった2011年、その参加資格を停止しました。アサド政権の弾圧で、大勢の市民が犠牲になったという理由です。

今なお、反政府勢力への攻撃が続く中、復帰が認められた背景には、アサド政権の軍事的優位がもはや動かなくなったこと。および、アラブの大国であるサウジアラビアなどの意向が働いています。(中略)

サウジアラビアは、脱石油の経済改革を進めていますが、外国からの投資や技術を呼び込むためには、この地域を安定させることが不可欠です。

そこで、国交を断絶してきたイランとの関係正常化に踏み切り、続いて、イランやロシアの支援を受けるアサド政権との関係も正常化したのです。

同盟国のアメリカが中東への関与を減らす中、近隣の国と敵対するのは得策ではないとの判断でしょう。ただし、アラブ連盟は、決して一枚岩ではありません。

Q3: と言いますと、シリアの復帰に反対する国もあるのですか。

A3: 正面からの反対ではありませんが、カタールは、シリアの復帰を決めた外相会議を欠席し、アサド政権との二国間関係の正常化には否定的です。さらに、欧米各国は、いぜんとして、アサド政権の正当性を認めず、退陣を求めて、制裁を続けています。

Q4: シリア情勢、今後、どこに注目しますか。

A4: (中略)シリアと国境を接し、反政府勢力側を支援してきたトルコも、関係改善に向けて動き始めています。しかしながら、内戦は終結する見通しが立たないうえ、アラブ諸国やトルコに逃れた700万人近くのシリア難民が祖国に戻れる日は、むしろ遠のくのではないかという指摘も出ています。人道危機の解決が何よりも優先されるべきだと思います。【5月17日 NHK】
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【今後も続くイランとサウジの確執 まずは舞台はシリア復興か】
こうして大きく変容する中東情勢ではありますが、イランとサウジアラビアの関係正常化は当面のお互いの利益を考えた結果であり、両国が相手を受け入れた・・・というものではなく、依然としてその確執は続くことが予想されます。

その舞台はシリア復興支援になりそうです。

****復興控えるシリアを巡るイランとサウジの確執****
5月3日、イランのライシ大統領は、イランの大統領として13年ぶりにシリアを訪問した。英フィナンシャル・タイムズ紙の5月3日付の解説記事‘Iran’s president visits Syria as he seeks to bolster Tehran’s sway over ally’は、イランの戦略的意図と経済的期待について分析している。要旨は次の通り。

5月3日、ライシ・イラン大統領が、シリアの復興に対してイランの影響力を及ぼすために、2011年にシリア内戦が始まって以来イラン大統領として初めてシリアを訪問した。

同様に、シリアとの関係を絶って反政府勢力を支援してきた一部のアラブ諸国もアサド政権との関係を暫定的に回復している。

イランのアサド政権に対する軍事的、財政的支援は、同政権にとって反政府勢力との戦闘に必要不可欠であり、シリアとイランの絆をさらに強めたが、ロシアとイランの支援のお陰でアサド政権は、国内の大部分の支配を回復し、反政府勢力の残党はシリアの北西部に押し込められている。

イランの国営通信社によれば、ライシ大統領はアサド大統領に対して、イランは、シリアの復興を支援する用意があると伝えた由である。

内戦中、イランの大統領はシリアを訪問していないが、アサド大統領は、イランを2回訪問して、最高指導者のハメネイ師に会っている。ハメネイ師は、シリアとレバノンのヒズボラに対する断固とした支持を示したが、これはイランの主な敵であるイスラエルをイランから離れた場所で封じ込める同師の戦略の一環である。

専門家によれば、イランとシリアの二国間貿易の総額は、イラン側の計算では年間2億5千万ドルであり、シリアの高い関税が低減されるなどすれば10億ドルまで増えるだろう。しかし、海路、陸路で運ばれるイランからの貨物がイスラエルに攻撃されるリスクが、貿易を妨げる可能性がある。

イラン指導部は、域内貿易の振興によりイランの西側からの(経済的)自立を加速させることを期待している。トランプ前米大統領が2018年にイラン核合意から一方的に脱退して以来、同合意は瀕死の状態となり、イランに対して数々の経済制裁が科せられている。

*   *   *
上記の記事の内容から、これから復興フェーズに入るだろうシリアの復興需要の特需が米国の経済制裁で困難なイラン経済の救いの神になることをイラン側が期待していることがうかがわれる。

同時に、記事も指摘する通り、イランとシリアの物流はイスラエルの空爆により阻害されており、イランが復興特需にあずかるのは容易ではないことが示唆される。

ちなみにロシアがアサド政権を支援したのは、地中海にある唯一のロシア海軍の拠点であるラタキア港の確保が大きいと思われる。  

2011年に始まったシリア内戦は、少数宗派であるアラウィ派のアサド政権と人口の大多数を占めるスンニ派の反政府勢力との間で激しい戦闘が続いたが、イランとロシアが支援するアサド政権の勝利が見えて来ている。

内戦の勃発後、サウジアラビア他のスンニ派アラブ諸国は、スンニ派の反政府勢力を支援して来たが、5月1日にシリアとサウジの外相が会談を行うなど、サウジを筆頭にアサド政権勝利の現実を認識した動きが見られる。  

内戦中、物的、人的な支援を行ってきたイランとしては、これまでの苦労がやっと報われると思いきや、サウジなどに果実を横取りされる訳にはいかないと、ライシ大統領の訪問となったのであろう。

増加するイスラエルの介入
イランにとってシリアは、世界で唯一イラン型イスラム革命を支持するレバノンのヒズボラへの重要な補給ルートである。

そして、イランには、イスラエルの隣国シリアにイラン系民兵を展開させる事により、イスラエルを牽制するという思惑があり、シリアへの影響力維持は死活的に重要である。

当然、イスラエルはこれを容認出来ず、妨害することになる。

米国の経済制裁再開後、イラン側も資金不足に陥り、ヒズボラに対する財政支援も原油や油製品になったようであり、それゆえ、イスラエルによる燃料トラックやタンカーへの攻撃が増加している模様だ。  

中国の仲介によるサウジとイランの関係回復が大きく取り上げられているが、実はシリアを巡ってサウジとイランの勢力争いが起きつつある。中東は一筋縄ではいかない。【5月25日 WEDGE】
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もちろん、これまでアサド政権はイラン支援で持ちこたえてきたという経緯がありますので、復興にあたってイランを軽視するというのは難しいでしょうが、支援競争となれば、制裁で苦しみ、ヒズボラ支援もままならないイランに対し、石油大国サウジアラビアは優位な立場にたつこともあるのかも。

【取り残された感のあるイスラエル】
一方、サウジアラビア以上に核開発を続けるイランを警戒するイスラエルは、イランとの「影の戦争」を続けていますが、昨今の急速な中東情勢の変化から取り残されたような立場にもなっています。 ネタニヤフ首相と反ネタニヤフ勢力の対立が激化する国内事情も外交戦略立ち遅れに影響していると思われます。

サウジアラビアなどとの関係改善といった巻き返しが今後あるのか・・・といったところ。
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中国  自給率向上を訴える習近平主席の言葉がもたらした歪・矛盾も 毛沢東「大躍進政策」を想起

2023-05-24 22:44:38 | 中国

(【5月21日 Newsweek】)

【低下する食糧自給率】
中国の食糧自給率については、FAO(国連食糧農業機関)がまとめた食料需給バランス統計をもとに愛知大学名誉教授・高橋五郎氏がカロリーベースで計算した数字によれば、2000年頃には90%を維持していたものの、その後低下傾向にあり、特に2010年代に大きく減少し、2020年あたりになると80%を割り、主要な農畜産物では70%を下回る事態となっていると言われています。【高橋五郎氏「中国カロリーベース食糧自給率の現状と低下の背景」より】

要因は消費量の増加、生産コスト上昇(国際競争力低下)、土地生産性低下(土壌の疲弊)、農畜産業の担い手の動揺、食糧を原材料とする加工食品消費量の増加・・・などがあげられています。

習近平政権はこうした事態に危機感を抱き、20年8月には突如として食べ残し撲滅運動を始める一方で、自給率向上に向けた施策を急いでいます。

****もし輸入が止まったら…中国・習氏に焦り 14億人の食糧安全保障****
中国の習近平指導部にとって「食の安全保障」が大きな課題となっている。国土は広いものの、農村人口の減少や国内需要の増加などを背景に近年、輸入への依存が強まっているためだ。

さらにロシアによるウクライナ侵攻や米国との対立激化など、懸念材料が重なる。習指導部は自給体制の構築を急いでいるが、かじ取りを誤れば14億人の国民生活を脅かしかねない。

「日本の輸出停止でブロッコリー消滅」
(中略)
習氏は2020年9月に湖南省を訪問した際、地元幹部に対し「食糧安全保障の重責を担うべきだ」と指示した。

これを受けて同省農業農村庁トップの袁延文氏は「種子産業の革新を全力で促進したい」と表明。湖南湘研種業の親会社で中国最大の種子会社「隆平高科集団」と地元政府が22年6月、「種子のシリコンバレー」戦略に調印した。

穀物や野菜などさまざまな種子企業を集積させ、研究開発や生産体制を強化する戦略で、湖南湘研種業はその中核を担う。

習氏は22年4月、「中国が種子を自らの手にしっかりと握ってこそ、食糧安保を実現できる」とも強調している。中国が種子の開発に注力するのは、多くの野菜の種を海外産に頼っているためだ。

中国の農産物を巡っては、日本で育成された高級ブドウ「シャインマスカット」などが勝手に持ち出され、中国国内で栽培が急速に拡大していることが問題視されている。ただ、こうした無断栽培が通用するのは苗木が中心の果物に限られる。

多くの穀物や野菜の栽培では近年、人工交配された種子が主流となっている。だが人工交配の場合、同じ品質の種子は1代限りしか収穫できない。種子を毎年購入する必要があり、中国ではニンジンやホウレンソウ、タマネギなど多くの野菜の種子は海外産が9割を超えている。

特にブロッコリーの種の自給率は5%程度で、多くは日本からの輸入に依存する。中国メディアは「もし日本が輸出を停止したら、中国のブロッコリーは消滅(の危機)に直面するだろう」との懸念を報じている。

今年3月には改正種子法を施行し、種子の知的財産保護の規定強化や、これに違反した場合の罰金の引き上げも盛り込んだ。種子の国内開発が不十分だった背景には、シャインマスカット問題のように「農産物の知財保護に対する農家の認識の低さがあった」(日中外交筋)とみられるだけに、制度面でも改善に乗り出している。

主食分野、そして輸入元にも不安
中国が危機感を抱くのは野菜だけでなく、主食の分野にも及んでいる。米、小麦、トウモロコシ、大豆、イモ類の21年の合計輸入量は前年比18%増の1億6454万トンと過去最高を更新した。国内生産量も6億8285万トンと過去最高だったが、伸びは2%にとどまり、輸入依存が拡大した。中国の食料自給率は00年ごろは100%近いとされていたが、年々低下しており、大豆に至っては15%程度だ。

中国の食料輸入量の推移
中国メディアによると、中国経済の司令塔である国家発展改革委員会の元副主任、杜鷹氏は22年1月、食料自給率について「低下の速度は(自給率が3~4割前後の)日本や韓国、台湾より早い。中国のカロリーベースの自給率は35年に65%と、1960年代の日本並みの水準まで落ち込む可能性がある」と指摘した。

輸入元にも大きな不安を抱える。トウモロコシは激しい対立が長期化する米国に全体の7割近くを依存し、残りの多くはロシアの侵攻を受けるウクライナ産だ。小麦も、米国や、近年関係が悪化するオーストラリア産などに輸入の多くを頼っている。

中国政府内からは、輸入元の多様化を進めて問題解決を図るべきだとの考えが出ている。だが米欧などとの対立が深まり、ウクライナ危機も長期化する中で、習氏は自給体制の強化を重視しており「国際市場に依存した解決を追求してはならない」と強調。「中国人の茶わんは、主に中国産の穀物で満たされるべきだ」と発破をかけている。

農村人口が急激に減少
ただ、中国では都市部への人口流入に伴って農村人口が急激に減少している。中国政府の統計によると、農村人口は00年までは8億人を超えていたが、21年には5億人を割り込んだ。収穫量の大幅な増加には限界があり、品種改良などに頼るほかない。
例えば、中国のトウモロコシは現在「単位当たりの収穫量は米国産の6割程度」(中国農業農村省幹部)といい、海外勢との差は大きい。

中国の農業生産に詳しいある専門家は「(中国政府は)効率良く収穫量を上げるため、遺伝子組み換えやゲノム編集技術を積極的に活用するかもしれない」と指摘する。

習氏は20年8月、突如として食べ残し撲滅運動を始め、「食料の浪費を断固阻止せよ」と訴えた。食糧安保対策の一環だったが、今では既に下火となっており、政策の揺れには焦りもにじむ。

自給体制の強化に特効薬はない。食糧安保は、10月16日に始まる秋の共産党大会で異例の3期目を目指す習氏の視界を曇らせる要因の一つとなっている。【2022年9月7日 毎日】
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【「中国人民の茶わんは、いかなる時も自分たちの手でしっかりと握らねばならない」 習近平主席の主張がもたらす歪・矛盾も】
こうした状況で、習近平国家主席の「中国人の茶わんは、主に中国産の穀物で満たされるべきだ」という主張はまっとうなものではありますが、中国のトップダウン的な独特な政治システムのせいもあって、各地で歪・矛盾ももたらしているようです。

****公園などを「耕作地」に変える動き拡大 泣き叫ぶ農家も…習主席の政策めぐりトラブル 中国****
世界的な食料危機が表面化する中、いま中国全土で公園などをコメや小麦などを作る「耕作地」へ切り替える動きが進められています。突然、育てた作物を当局に強制的に廃棄されるなど、各地でトラブルも起きているようです。

背景にあるのは、習主席の“鶴の一声”でした。
   ◇
5月に中国の広西チワン族自治区で、バナナ農家の女性が泣き叫び、苦情を訴える様子が撮影され、SNSに投稿されました。育てていたバナナを突然、当局から強制的に廃棄されたといいます。

バナナ農家の女性
「今年の収穫まで待って! 私を死なせたいの? 大学生の子どもが3人もいるのよ!」
また、湖南省で当局とショウガ農家がもめている映像も。当局は先月、ショウガを稲に植え替えるよう指示。これに激怒した農民たちと小競り合いになったのです。
  ◇
いま、中国でいったい何が起きているのでしょうか。17日、私たちは中国内陸部の都市、四川省成都を訪ねました。

記者  「成都中心部にほど近いエリアで、大規模な緑地公園を耕作地に変えてしまう工事が進められています」
建設機械やトラックが急ピッチで稼働しているのは、実はつい最近まで「都心部の緑地公園」として再開発されていた場所です。しかし、完成間近で突然、「耕作地」を作る工事に部分的に切り替えられました。すでに耕作地に作り替えられた場所では、多くの人が農作業に取り組む光景が見られました。

労働者  「トウモロコシだよ。公園をつぶして食料を作るんだ。政府の方針さ。あんなにお金かけて(公園を)作ったのにすぐ壊してしまった」

実はいま、こうした緑地や森林を耕作地に変える「退林還耕」という動きが、中国全土に広がっているのです。その背景には、習近平政権が重視している「食料安全保障」があります。

習主席が描かれた看板には「中国人民の茶わんは、いかなる時も自分たちの手でしっかりと握らねばならない」の文字が大きく書かれていました。

世界的な食料危機が表面化する中、中国でも都市化や後継者不足の影響で耕作地が減少していて、これに危機感を抱いた習主席は近年、「耕作地の保護」を繰り返し強く求めているのです。

ただ、緑地を壊して作ったという小麦畑を訪ねてみると、即席で作ったためか丁寧に栽培している様子はありませんでした。(中略)

各地では無謀な森林破壊も横行。さらに、地方当局は農家により適した農作物を植え替えるよう指示し、SNSには“対象外”とされた作物が次々に廃棄される様子が投稿されています。

習主席の“鶴の一声”で始まった耕作地の拡大。しかし、目標達成への圧力が強まる中、各地でさまざまな矛盾を引き起こしています。【5月23日 日テレNEWS】
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【多数の餓死者を出す大失敗に終わった毛沢東の「大躍進政策」】
トップの“鶴の一声”で、現場の実情を無視した改革が強行される・・・・毛沢東の「大躍進政策」を想起しました。
2000万人前後の餓死者を出したとも言われる大失敗に終わったこの「大躍進政策」、当時のソ連との関係悪化という国際情勢のなかで実施されました。

****大躍進***
中国の毛沢東主導により、1958年からの第2次五カ年計画の中で掲げられた鉄鋼、農作物の大増産運動。ソ連に依存しない重工業化と人民公社建設をめざした。

しかし独自方式による鉄鋼生産の失敗、集団化が強行による生産力の低下などによって失敗し、毛沢東に対する批判も起こった。毛沢東は批判を社会主義路線に対する否定ととらえ、反撃を目指すこととなった。

(中略)ソ連型の社会主義建設ではなく、中国独自の方法として工業では西洋技術と「土法」(伝統技術)を併用することと、農業では集団化を進めた人民公社を建設することを掲げた。工業では鉄鋼業生産が特徴的であったが、品質は軽視され、もっぱら増産のみが強調された。

鉄鋼の生産を工場ではなく農村に粘土で釜を築いて鉄を溶かして鋼鉄を造るという「土法高炉」が用いられた。これは西洋技法と伝統技法を融合させたものだと言うが、実際には粗悪な鉄鋼しか造ることが出来ず実用にはならなかったばかりか、燃料の石炭を大量に使ったために本来の工場での燃料が不足して生産が停滞するという逆効果をもたらした。

人民公社は農村を集団化し、土地・農具・家畜を公有として、生産は労働に応じて分配するという、共産社会の理想を現実化するもので、上からの号令で急速に普及したが、次第に農民の生産意欲の減退が表面化して生産量が落ちこみ、途中から生産請負制を一部導入するなどの修正を余儀なくされていった。

国際関係の悪化、中ソ対立
「大躍進」運動の背景となった中国をめぐる国際関係も悪化していた。1958年の金門・馬祖砲撃(台湾海峡危機)でアメリカとの緊張関係がましたが、平和共存路線をとるソ連(フルシチョフ政権)は中国への核兵器と軍事援助を断り、相互の不信感が増大した。

また1959年のチベット反乱を契機に起こった中印国境紛争でもソ連はインド支持を表明した。ソ連は中ソ技術協定破棄に踏み切り、1960年には中ソ対立は決定的になった。

このようなソ連との関係悪化の中で中国共産党が独自の工業化、食糧増産を実現しようとしたことが「大躍進」運動の背景であった。

「大躍進」運動の失敗
毛沢東の提唱した大躍進は至上命題とされたため、地方幹部の中には、上から与えられた現実離れした生産目標を完成させるために、さまざまな不正を行うものも多くなった。大げさな目標を立て、実際とかけ離れた数値が艤装されて成果とされた。

また人民公社という理想の共産社会は実際には個々の農民の労働意欲を奪うものであったので、生産効率は悪化していった。

「大躍進」の失敗は次第に明らかになり、1958年11月には毛沢東自身もそれに気付き、「共産風の大げさな傾向は是正しなければならない」とまで発言した。

毛沢東と中国共産党幹部はその失敗の理由を政策そのものの誤りではなく、自然災害と重なったことと国際関係の悪化など専ら外的要因に求める傾向があった。

文化大革命後の中国共産党は、この大躍進運動を建国以来初めての深刻な誤りであり、客観的な規則と状況をかえりみない盲目的な指導の誤りが露呈したものとして総括している。

廬山会議
毛沢東は急速な人民公社化の行き過ぎを認め、1959年4月の第2期全人代第1回会議では国家主席を劉少奇と交代した。ただし、党主席には座り続け、次第に権力奪回の機会をうかがうことになる。(中略)

大飢饉の発生
1959年から61年にかけて、中国全土は異常な食糧難に陥った。1959年の食糧生産は1億7千万トン、60・61年には1億4千万トン台となり、1951年の水準まで下がったが、この間人口は51年より約1億人増加していた。

食糧不足とともに大躍進での過労や栄養不足のため、特に生産力の低い地域で多くの餓死者が出た。1982年の国勢調査をもとにした推定では、その死者数は1600万から2700万であろうという。(中略)

調整政策
1960年冬、中国共産党は大躍進運動の停止を決定、それ以降は国家主席劉少奇と、それに協力した鄧小平によって、「大躍進」による経済の混乱、生産力の低下を是正するための調整政策に転じ、重工業の発展テンポを押さえ、農業と軽工業生産の回復をはかることとなった。

1961年には農民の生産意欲を高めるため、農民の家内副業を認め生産物の自由市場での販売を認めた。

1962年1月~2月の中国共産党中央拡大工作会議(七千人大会といわれる)では、毛沢東は公式に大躍進の失敗を認め、劉少奇・鄧小平による調整政策が承認された。

それは人民公社ではなく自然村落規模を基礎とする生産隊に土地所有権、家畜と農具の所有権を帰属させて集団生産の基本単位とするなどの改正を行ったもので、これらの施策によって農村経済は回復に向かい、64年には国民経済全般が回復基調に転じた。

党内対立の激化
1962年1月~2月の中央拡大工作会議で行われた大躍進運動の総括において、劉少奇は党中央を代表して運動の失敗の原因として、一つは自然災害をあげたが「非常に大きな程度において」、党の政策の誤りと党中央の指導に責任があるという報告を行った。

鄧小平、周恩来などの幹部もそれを認めたが、毛沢東は責任は最高指導者である自分にあると自己批判しながら、この失敗を理由に農業の集団化をやめるのは社会主義建設という党の掲げる大目標に反すると考えた。

こうして大躍進の評価をめぐって、毛沢東と劉少奇、鄧小平らの間に大きな食い違いがあることが明確になっていった。(中略)

このように大躍進の失敗によって生じた経済をどう建て直すか、また国家の基本路線をどこにおくか、をめぐって1960年代は毛沢東路線と劉少奇路線が暗闘を続け、その後半から毛沢東が一気に攻勢に転じたのがプロレタリア文化大革命であった。【世界史の窓】
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上記最後にあるように、「大躍進政策」の失敗で実権を失いつつあった毛沢東が、起死回生の権力闘争として仕掛けたのがその後の「文化大革命」になります。

習近平国家主席の食糧自給率向上政策が成功するかどうかは知りませんが、トップの“鶴の一声”で、その主張に沿うべく、地方官僚を巻き込んで全体が実情無視で動き出すというあたりが、今も昔も中国共産党支配の体質は変わっていないように思えた次第です。

【日本の食糧自給率は38%】
なお、「食糧自給率」をどのように考えるかは、日本の話としても大きな問題です。
国際情勢によるサプライチェーンの寸断も意識されることが多くなっなかで、多くの議論があるところで簡単な話ではありませんが、日本の自給率は38%という事実だけ触れておきます。

****食料自給率38%のリスク【三石誠司】****
ウクライナ危機の影響で食品の値上げが続いている。食料の国際価格は軒並み高騰しており、食料争奪戦が激化するなか、食の安全保障への関心が高まっている。

穀物別生産・輸出入量の動向
過去半世紀、日本人1人当たりが必要とするカロリーは概ね変わらないが、中身は大きく変化した。例えばコメは1,090kcalから475kcalに。代わりに増えたのは、畜産物(肉)と油脂。いわゆる食の欧米化だ。

14億人市場の中国でも今、日本と同様に食の欧米化が進み、日本と比較すると既に食肉消費量は10倍以上、油糧種子の搾油量は30倍近くとなっている。大豆の輸入量トップが中国というのも、その結果だ。

日本では味噌や豆腐などさまざまな食品に加工される大豆だが、中国を含め世界的には主に油の原料と家畜の飼料として使用する。中国ではコメの輸入量も増加。これは中国産米の価格上昇に伴い、ビーフンなど加工品を中心に安価な外国産米の使用が増えているためだ。(中略)

日本と諸外国の食料自給率
日本の食料自給率はカロリーベースで38%、世界1位の農産物純輸入国だ。世界中から食料を調達しているが、生産国の状況により影響を受けやすい。加えて、中国や新興国の輸入量増加に伴い、買い手としての日本の存在感は低下している。

広がり過ぎたサプライチェーンはリスクが大きい。食料安全保障のためには、国内での農産物増産を含め調達網を見直し、不測時の代替手段を考えておくこと。さらに、長期的な視野で食料生産に携わる次世代を育てていく取組みなども必要だろう。【2022年12月21日 三石誠司氏 関西電力HP】
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ロシア  ポスト・プーチンを見据えた動き、反政府組織の攻撃 混乱するも大きくは揺るがない政権

2023-05-23 22:36:10 | ロシア

(12日、ロシア反政府組織「自由ロシア軍」が「テレグラム」に投稿した新兵らの写真【5月22日 産経】)

【ロシア軍4機撃墜は自軍によるもの? ワグネル創始者示唆】
ロシア国内で相次ぐ破壊工作、それに関与していると推測される反政府組織の存在については、5月2日ブログ“ロシア 頻発する破壊工作 反ロシア組織の関与か 「穴倉」に引きこもるプーチン大統領”でもとりあげました。

最近のロシア国内の「事件」としては、ロシア軍のヘリコプター2機と戦闘爆撃機、戦闘機各1機の計4機がほぼ同時に墜落するというものがありました。

****ロシア軍の4機、ほぼ同時に墜落…ウクライナ隣接州で1機はミサイル撃墜の可能性****
ロシアの有力紙コメルサントは13日、ウクライナと国境を接する露西部ブリャンスク州で同日、露軍のヘリコプター2機と戦闘爆撃機「Su(スホイ)34」、戦闘機「Su35」各1機の計4機がほぼ同時に墜落し、ヘリ1機はミサイルで撃墜されたとの見方を報じた。4機はウクライナの首都キーウ近郊チェルニヒウ州を攻撃するためチームを組んで出撃していたという。

ヘリは「Mi8」2機で、Su34とSu35とは約50キロ・メートル離れた場所で墜落した。コメルサントは乗員全員が死亡した可能性が高いとしている。地元州知事はヘリ1機の墜落だけを発表している。露国防省も墜落原因は明らかにしていない。

コメルサントはヘリ1機について、SNSで拡散している動画などに基づきミサイルで攻撃された可能性が高いと指摘した。ウクライナ軍機が発射したミサイルが命中した可能性や、ロシア軍の防空用の地対空ミサイルで誤って撃墜された可能性が指摘されている。

独立系メディア「マッシュ」は、捜査当局が破壊工作を受け墜落したとみて調べていると報じていた。

タス通信によると、ロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミアでも12日、露軍の攻撃ヘリ「Mi28」が訓練中に墜落し、乗員2人が死亡した。露国防省は機体の異常が原因との見方を示していた。【5月14日 読売】
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4機同時に・・・となると、常識的には破壊工作云々というより、ミサイルによる撃墜が想像されますが、ウクライナは関与を否定しており、ウクライナ軍のイグナット報道官はロシア軍の防空システムが撃墜したとの見方を示しています。

さらに、ロシア軍犯行説を主張する人物がもう一人。話題のロシア民間軍事会社ワグネルの創始者プリゴジン氏です。

****ワグネル創設者「ロシア軍機4機を撃墜したのはロシア軍」?****
<ロシアの戦闘機2機と輸送ヘリ2機がウクライナ国境近くで墜落。ウクライナ軍の反攻かと思いきや、ワグネル創設者のプリゴジンは同胞の仕業だと示唆した>

(中略)プリゴジンはもともとロシアのウラジーミル・プーチン大統領の側近だったが、ウクライナ侵攻が思うように進まない中で両者の緊張は高まっている。そして13日、プリゴジンはロシア軍機を撃墜したのはロシア軍だと匂わせる発言をした。

プリゴジンはメッセージアプリのテレグラムの自身のチャンネルへの投稿で、4機の撃墜地点から描いた半径20キロの円の中心にありそうなのは、ロシアとウクライナどちらの防空システムだろうか、と問いかけた。

ロシア側は「エンジントラブル」説も
「4機の墜落地点を囲む円を描くと、円の直径は40キロメートルになる。つまり円の半径は20キロメートルだ」とプリゴジンは書いた。「次にインターネットで、どんな種類の対空兵器がこの円の中心にあるかを調べてみるといい。自ずと答えは出る。私は知らないが」

本誌はロシア国防省に電子メールでコメントを求めたが回答は得られていない。(中略)【5月15日 Newsweek】
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ウクライナ軍によって撃墜されたとか、反政府組織の破壊工作で墜落したとかよりも、ある意味、自軍防空システムで撃墜される方が事態はより“深刻”かも。

しかも、それを権力内部の一人が自軍を嘲笑するかのように示唆するとなると、ロシアの混乱ぶりが深刻です。

記事では、プリゴジン氏とプーチン大統領の関係について、“両者の緊張は高まっている”としています。
プリゴジン氏がバフムト攻略戦で「弾薬持ってこいや!」と吠えまくっていたのは周知のところ。

その後弾薬が供給されることになって、いったんは騒動はおさまりましたが、要求の10%しか届かないということで、9日の戦勝記念日には再び「我々はぬけぬけとだまされた!」と怒っています。

“「我々はぬけぬけとだまされた!」プリゴジン氏、ロシア軍幹部にまたキレる 弾薬が要求の10%しか届かず…内輪もめ再燃か”【5月11日 FNNプライムオンライン】

【ポスト・プーチンを見据えて「私兵」としての軍事会社を保有する権力者】
ただ、プリゴジン氏はプーチン大統領本人を攻撃することは避けており、その罵倒の対象はショイグ国防相や国防省・ロシア軍幹部です。

プリゴジン氏はポスト・プーチンを狙っているとも言われていますが、ポスト・プーチンを狙うのは、そしてその混乱に備えて“私兵”としての民間軍事会社を保有するのはプリゴジン氏だけではないようです。

****プーチン体制崩壊の予兆か?ロシアで「民間軍事会社」乱立の3つの事情****
ロシアによるウクライナ侵攻で一躍脚光を浴びた民間軍事会社「ワグネル」。そのトップのプリゴジン氏が東部の激戦地バフムトで「ショイグ!ゲラシモフ!弾薬はどこにあるんだ!」とロシア国防相と軍参謀総長を呼び捨てにしながら、弾薬の供給がなければ撤退すると凄んで見せた映像が記憶に新しい。

ワグネルだけじゃない…ロシアに37の「民間軍事会社」
プリゴジン氏とワグネル本来、雇い兵組織は法律で認められていないのだが、実はロシアの民間軍事会社はワグネルだけではない。公開情報の収集分析を行う国際企業「モルファー」が4月下旬に公表したリストには37の民間軍事会社が名を連ね、このうち25社がウクライナで活動しているという。

例えば、ロシアが2014年に併合したクリミア半島の首長、アクショノフ氏が資金面等で支援する民間軍事会社「コンボイ」。約3000人いるという戦闘員にはワグネル出身者もいて、ロシアの主力戦車T80やT90、航空機を保有している。

ヤシク副司令官はBS-TBS『報道1930』とのインタビューで「ロシア国防省と契約を締結し命令に従って軍務を遂行している。訓練センターもあり、志願した人に対してスナイパー育成、爆発物の取り扱い、ドローンや戦車の操縦などを教育している」と証言している。

国営企業ガスプロムやショイグ国防相も民間軍事会社を設立
最近注目を集めているのは、ロシア最大の国営天然ガス企業のガスプロムが設立した民間軍事会社で、「ポトーク」「ファンケル」「プラーミャ」という複数の会社の存在が明らかになっている。

エネルギー企業が掘削施設やパイプラインなどを守るため警備部隊を設けるのは不思議ではないが、国防省の傘下に入ってウクライナ侵攻に参加している。米国の政策研究機関「戦争研究所」によると、バフムトではワグネルとの主導権争いが激化しているという。

プーチン大統領に近いオリガルヒ=新興財閥のデリパスカ氏とティムチェンコ氏がスポンサーになっている民間軍事会社「レドゥット(リダウト)」もウクライナ侵攻に戦闘員を派遣している。ウクライナの捕虜となったロシア人戦闘員が「前線ではレドゥットの指揮下にあった」と語っている映像がSNSで流れた。

また、興味深いのはショイグ国防相までが「パトリオット」という民間軍事会社を立ち上げていることだ。ウクライナ東部軍の広報担当官は去年12月、ドネツク州南東部のウフレダルでパトリオットの部隊がワグネルと競う形で活動していると指摘していた。

ワグネルを排除へ…ロシアで民間軍事会社が乱立する3つの事情
ロシアの民間軍事会社は、いずれも国防省や治安機関FSB=連邦保安局など政権側と何らかの関わりを持っている。本来は非合法のはずなのに、プーチン大統領のお墨付きのもと数多くの民間軍事会社が設立され活動している背景には大きく3つの事情がある。

まずはウクライナで戦うための兵力の補充だ。欧米の推計によると、今回の戦争によるロシア軍の死傷者は最大で20万人に上る。

不足する兵員を確保するために国家総動員令を出すのは可能だが、国民の動揺と反発を恐れる政権側はとても踏み切れない。

そこで民間軍事会社の戦闘員を代わりに戦地に送り込むのである。彼らはロシアの平均給与の数倍で雇われるが使い捨てにされ、仮に多数が死傷したとしても政府は責任を問われない。

2つ目は、クレムリン内の権力・利権争いとの関係だ。影響力を強めるワグネルのプリゴジン氏は、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長ら軍の主流派と対立。権力への野心を隠さなくなったことで大統領周辺からも疎まれている。

プーチン大統領のサンクト・ぺテルブルク時代からの盟友、ミレル氏が率いる国営企業のガスプロムが“官製”の民間軍事会社を相次いで設立したのも、ワグネル排除の動きの一環とみられる。 

プーチン体制崩壊でスムータ=大動乱の時代が来るか?
そして3つ目は、プーチン体制が崩壊する時に備えて、力ある政治家やオリガルヒたちが私兵部隊を整え、自らの身の安全を確保するとともに権力や利権を奪取しようと目論んでいるというものだ。

ロシアの腐敗を告発するサイト『グラグ・ネット』の運営者、オセチキン氏は「彼らは権力移譲の準備をしている。ロシアにおける権力の分配は権力者の間のみで行われることを完全に理解している」としたうえで「何かが起こった場合に彼らは民間軍事会社に頼ることができる」と指摘している。

ロシアの人たちはスムータ=大動乱を恐れる。スムータとはムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドノフ』でも描かれた17世紀初頭のロシアの大動乱を言うが、ロシア革命の時の大混乱やソ連崩壊直後の混迷の時代を指す言葉としても使われる。

プーチン体制が本当に崩壊するのかはわからないが、民間軍事会社の乱立はスムータを予感させる現象の1つと言えなくもない。緒方 誠(TBSテレビ報道局解説委員)【5月20日 TBS NEWS DIG】
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【ロシア領内での大規模な攻撃を仕掛ける反政府組織】
ロシア権力者が「私兵」を集める一方で、反政府組織はロシア領内での大規模な攻撃を始めたようです。

****ロシア西部州、反体制派が内務省や連邦保安局を攻撃か 知事「ウクライナの破壊工作集団」****
ロシア西部ベルゴロド州のグラトコフ知事は22日、ウクライナの「破壊工作集団」がロシア領内となる国境の地区グライボロンに侵入したが、ロシア軍がこれを退けているとした。

ソーシャルメディアでは主要な町が深夜0時を過ぎた時間に攻撃されたという情報が出ている。一部チャンネルによると、内務省やロシア連邦保安局(FSB)の現地本部が狙われた。

一方、ウクライナ国内メディアは軍情報機関の話として、ロシアの反体制派である「自由ロシア軍団」と「ロシア義勇軍団」による攻撃だったと報じた。

また、ウクライナのポドリャク大統領顧問はツイッターへの投稿で「ロシアのベルゴロド地方での出来事を注視し状況を検証しているが、ウクライナは無関係だ」とした。

自由ロシア軍団は反体制派イリヤ・ポノマレフ氏率いるウクライナ拠点のロシア民兵組織で、プーチン政権打倒のためにロシア国内で活動しているという。ツイッターで、国境の町コジンカを「完全解放」し、前方部隊はさらに東のグライボロン地区中心部に到達したとしており、「前進している。ロシアは自由になる!」と投稿した。

グラトコフ知事は「テロ対応体制」を敷き、当局が人々の移動・通信を取り締まる権限を強化。深夜のテレグラム投稿で、ボリソフカとグライボロンの2つの町では別々の攻撃で家屋や行政庁舎が被害を受けたと明らかにした。

ロシアの軍事活動を監視するテレグラム・チャンネルによると、主要な町ベルゴロドでは内務省やFSBが入る建物が攻撃を受けた。グラトコフ氏は、ベルゴロドへの攻撃情報に触れていない。ロイターは独自に状況を確認することができなかった。

これに先立ち、ロシア治安当局と関連するテレグラム・チャンネル「バザ」は、ウクライナの装甲車がグライボロン国境検問所に侵入する様子を映したとされる空撮映像を公開した。

ロシア大統領府(クレムリン)のペスコフ報道官は、プーチン大統領はこの件について報告を受けたとし、「妨害者」を追い出す作業が進められていると述べた。RIAノーボスチ通信が報じた。

今回の侵入について、ロシア軍が完全制圧したとするウクライナ東部の要衝バフムトから注意をそらすことが目的だと指摘。「バフムトの喪失がウクライナ側に与える政治的影響を最小化しようとするこのような陽動作戦の目的をわれわれは完全に理解している」と述べた。【5月23日 Newsweek】
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独立系メディア「バザ」によると、22日夜の時点で少なくとも39人の破壊工作員が死亡し、5人が拘束されたということでのこと。【5月23日 テレ朝newsより】

ウクライナは直接は関与していなくても、反政府組織の行動には何らかの関与があるでしょう。

自由ロシア軍団などのロシア反政府組織については、以下のようにも。

****祖国と戦うロシア人義勇兵 プーチン氏打倒へ4千人 西部の攻撃に関与か****
ウクライナと国境を接するロシア西部ベルゴロド州のグラトコフ知事は22日、ウクライナの「破壊工作グループ」が州内に侵入し、露軍や治安部隊による「反テロ作戦」が行われていると明らかにした。

ウクライナ側で露軍と交戦しているロシア人義勇兵の団体「自由ロシア軍」が、ベルゴロド州の一部地区を「解放した」と通信アプリで表明した。

ウクライナが大規模な反転攻勢を準備しているのと合わせ、ロシア人義勇兵の動向が注視されている。

(中略)「自由ロシア軍」はこれに先立つ22日朝、「自由を守るために武器を取った。クレムリンの独裁政治を終わらせるときが来た」と通信アプリに投稿していた。

「自由ロシア軍」などロシア人義勇兵の取りまとめ役とされているのが、キーウに住むロシアの元下院議員、イリヤ・ポノマリョフ氏(47)だ。産経新聞の取材に対し、ロシア人義勇兵は約4千人おり、前線で祖国ロシアと相まみえていると明らかにした。

ポノマリョフ氏によると、ロシア人義勇兵の部隊には約1千人を擁する「自由ロシア軍」のほか、「国民共和国軍」や「ロシア義勇軍」がある。

これら3団体は昨年8月末、キーウ近郊のイルピンで、ウクライナ軍と共闘するとの宣言に署名した。宣言では「ウクライナは勝たなければならない。プーチン政権を崩壊させる」とうたわれた。

ロシア人義勇兵らは、ウクライナ軍の外国人部隊の一部として各地の前線で戦ってきた。露軍による略奪や性犯罪といった戦争犯罪に嫌気がさした元露軍兵や、結婚などでもともとウクライナにいたロシア人が義憤にかられ、義勇兵になるケースが多いという。

ロシアのスパイでないと証明するため、ウクライナ軍への入隊時には厳格な身辺調査がある。入隊を支援するポノマリョフ氏は「ロシア人の信頼度は低いが、前線ではウクライナ国旗をつけて戦う。正規軍との連携に問題はない」と話す。

義勇兵らを結びつけているのは「プーチン政権の打倒」だ。「自由ロシア軍」の「シーザー」と名乗る義勇兵は交流サイト(SNS)などで、「真のロシア人はこんな侵略戦争はしない」「ウクライナ解放後も生きていたら露政権を倒すために戦い続ける」と胸の内を語っている。

ポノマリョフ氏は、ウクライナが計画する反転攻勢について、「主目標は南部クリミア半島の奪還だ。半島に進軍すれば露政権は揺らぐ」と指摘。「ウクライナの勝利とロシアの自由のため、ロシア人部隊は全力で戦う。できれば今年中に終戦させたい」と語った。

22日のベルゴロド州での交戦について、ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は「状況を注視しているが、ウクライナとは関係がない」と政府の関与を否定した。【5月23日 産経】
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【あまり期待できないプーチン体制崩壊】
権力内部でポスト・プーチンを見据えて「私兵」を集め、反政府組織が攻撃を開始する・・・これでウクライナ軍の反転攻勢で戦況がロシアにとって悪化すれば、プーチン政権が揺らぐ・・・・とも期待されますが、おそらくそうは簡単に政権は崩壊しないでしょう。

****ロシア、次々と刑罰を重く 国家反逆罪は終身刑 国内引き締めか****
ロシア政府は、国家反逆罪やテロ罪の最高刑を引き上げるなど、矢継ぎ早に刑法を改正した。ウクライナで「特別軍事作戦」を続ける中、刑事罰の厳格化で国内の引き締めを図る狙いとみられる。

国際刑事裁判所(ICC)が3月にプーチン大統領に逮捕状を出したことに対しても、新条項でICCへ協力する動きの封じ込めを図っている。(後略)【5月23日 毎日】
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国民の不満を力で封じ込めることを厭わない強権支配体制の「本領」はここからです。

国民不満が力で封じ込められていれば、あとは外からの攻撃か、内部対立が崩壊要因となりますが、さすがに核大国ロシアに攻め入る国はありませんし、内部対立も今のところは各有力者はプーチン氏を「神輿」として担ぐことのメリットを重視しているようです。

仮にクリミア奪還といった事態になっても、プーチン政権はそう簡単には崩壊しない・・・と考えていますが、どうでしょうか。
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G7サミット広島開催の意義 核軍縮に向けた理想と現実のはざまでの葛藤 米大統領も日本国民も

2023-05-22 23:22:17 | 国際情勢

(黒いかばんを持ち運ぶバイデン大統領の随行者。「核のフットボール」とみられる【5月19日 中国新聞社デジタル】)

【平和記念公園に持ち込まれた「核のボタン」】
今回のG7は被爆地広島での開催ということで、ロシアの核兵器使用に対する懸念や北朝鮮の核開発などがあるなかで「核兵器」の問題にも焦点があたりましたが、そのことは同時に、被爆地広島がアピールする核廃絶への思いと核によって維持されている現在の安全保障体制とのギャップを浮き彫りにするものともなりました。

そのギャップを象徴したのが、「核のボタン」を携えたバイデン大統領の広島の平和記念公園訪問でした。

****核攻撃命じる「核のフットボール」平和記念公園内に バイデン米大統領の随行者、黒いかばん持ち運ぶ****
19日に広島市で開幕した先進7カ国首脳会議(G7サミット)で米国のバイデン大統領の随行者が、黒い大きなかばんを持って平和記念公園(中区)に入った。

核攻撃を指令する通信機器などが入った、「核のフットボール」と呼ばれるかばんとみられる。原爆犠牲者の慰霊碑がある公園内に「核のボタン」が持ち込まれた形で、被爆者から批判の声が強まることは必至だ。

バイデン大統領が原爆資料館に入館した後、随行者が黒いかばんを持ち運ぶ様子が確認された。  

核のフットボールの中には、緊急時に核攻撃を命じる通信機器や認証システムなどが入っているとされる。  

米国とロシアは、敵国からの核ミサイル発射の情報が入れば、すぐ核兵器で反撃する警戒態勢をとる。大統領の随行者が核のフットボールを帯同することで、緊急時にも即時に反撃できることを示す狙いがあるもようだ。  

一方、被爆者からは「核ボタンを広島に持ち込むのは許せない」「犠牲者や遺族がどんな思いになるのか想像できないのか」などの声が上がっている。【5月19日 共同】
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【核軍縮を持論とするバイデン大統領の“葛藤”】
そのバイデン大統領の平和記念公園訪問は、オバマ元大統領のときとは異なり、“淡々と静かに”行われました。
バイデン大統領自身は核軍縮が持論ではありますが、現実主義者としての対応を優先させたようにも。

****「核のフットボール」とともに被爆地を訪問したバイデン米大統領、沈黙ににじむ葛藤とは****
米国のバイデン大統領は被爆地・広島を訪問した2人目の米国大統領となった。静かな訪問には、核問題を巡る「葛藤」がにじみ出ていた。(ワシントン支局 田島大志)」(中略)

バイデン氏、沈黙の意味は
バイデン氏の平和記念公園訪問は、実に淡々と進んだ。17分間の声明を読み上げ、被爆者と抱擁をしたオバマ大統領とは対照的に、広島市民に向けた発言も、カメラの前で被爆者と並ぶこともなかった。

ロシアのウクライナ侵略は続き、核戦争の脅威は去らない。米政府内には、ロシアに対しての核抑止の観点から、米国による過去の原爆投下が注目を集めることを避けるべきだとの意見があった。バイデン氏はこうした意見を受け入れ、静かな訪問を選んだのだ。

だが、これはバイデン氏にとっては、実は不本意な沈黙だったのではないだろうか。

理想家VS現実主義者
オバマ大統領は、「核なき世界」を世界に呼びかけた功績でノーベル平和賞を受賞した。その実現に向けた取り組みを副大統領として8年間にわたり支えたのが、バイデン氏だ。

2020年の大統領選中、広島への原爆投下75年に合わせて、「広島と長崎の恐怖を決して繰り返さないために、核兵器のない世界に近づくよう取り組む」とも表明しており、核軍縮は持論だ。大統領選の公約にも掲げた。

バイデン氏の思いがにじむのが、原爆資料館を訪れた際の記帳だ。
〈May the stories of this Museum remind us all of our obligations to build a future of peace. Together-let us continue to make progress toward the day when we can finally and forever rid the world of nuclear weapons. Keep the faith!〉
(世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!)

オバマ氏は、理想家肌として知られた。対照的に、バイデン氏をよく知る専門家らは「リアリスト(現実主義者)だ」と口をそろえる。リアリストのバイデン氏は、個人的な思いを押さえ込み、大統領としての職責を正面から受け止める道を選んだのだろう。

だが、静かすぎた平和記念公園の訪問が、人間ジョー・バイデンの心の葛藤を表していたように思えてならない。【5月21日 読売】
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アメリカには原爆投下に対する「謝罪」を求められることを危惧する向きがありますが、アメリカ政府高官は「バイデン大統領が考えていることは過去ではなく未来だ」とも説明しています。

****バイデン大統領が原爆資料館訪問 約40分滞在…岸田首相と“温度差”も 米政府高官「大統領が考えていることは過去ではなく未来だ」****
アメリカのバイデン大統領が原爆資料館を訪問しました。原爆を投下したアメリカの現職大統領が原爆資料館を訪問するのはオバマ元大統領に続き2人目です。アメリカ政府高官は、さきほど「バイデン大統領が考えていることは未来に向けて、どう行動するかだ」と語りました。

バイデン大統領は岸田総理大臣に迎えられ原爆資料館に入りました。視察は非公開でしたが、G7の首脳らと共に岸田総理から展示内容について説明を受けるとともに被爆者・小倉桂子さんと対話を行いました。

視察を終え資料館から出てくるとバイデン大統領は岸田総理の肩に手をまわし2人で歩きながら会話をかわしていました。その後、真剣な面持ちで原爆慰霊碑の献花に向かいました。

2016年のオバマ大統領は資料館の滞在時間がおよそ10分程度でしたが今回は、およそ40分滞在しました。資料館の視察後、バイデン大統領が発言する機会はなくこれまでのところ反応は入ってきていません。

アメリカ政府高官はさきほど「バイデン大統領が考えていることは過去ではなく未来だ。謝罪は焦点ではないし、未来をどうするかだ。いかにG7首脳が、皆の将来のために、結束して行動できるかということだ」語りました。

資料館の視察ではバイデン大統領と岸田総理は常に隣どうしで歩き親密さが感じられましたが、温度差もあります。

バイデン大統領は昨日の日米首脳会談ではアメリカが核兵器も含めた戦力で日本を防衛していく方針を伝え核の抑止力を強調しました。アメリカとしては核軍縮と核抑止の両立をはかるためあえて、強調した形です。

広島サミットではこの後、「核軍縮・不拡散」について協議し合意事項を「広島宣言」として採択することを目指しています。被爆地・広島から「核なき世界」に向けどれだけ実効性のあるメッセージを発信できるか注目されます。【5月19日 日テレNEWS】
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岸田首相とは“温度差がある”とのことですが、個人的には、バイデン大統領の「心の内の葛藤」もさることながら、広島から選出されている岸田首相が核の問題に対してどのような思いを抱いているのか、不勉強ながらよく知りません。そっちの方が問題かも。総理もあまりそのあたりを積極的に国民に語ることがないようにも思えますが・・・。

敢えて広島で開催したぐらいですから、核の問題については相当に熱い思いがあるのだろうとは推測しますが。

【非常に“敏感”な問題として調整も難航した原爆資料館訪問 非公開で実施】
バイデン大統領にとっては、原爆資料館訪問は核による抑止力を中核とした安全保障体制の頂点に立つ立場からしても、また、過去の原爆投下に関する問題についても、非常に“敏感”な問題です。

****「核なき世界」の理想と現実 バイデン大統領は広島で何を語ったのか****
(中略)
■難航した原爆資料館への訪問
原爆資料館での滞在時間はおよそ40分。岸田総理自らが案内役となって、G7首脳は原爆の実相を伝えるいくつかの展示品を視察し、被爆者の小倉桂子さんとの対話も実現した。しかし、日本政府は館内での取材を認めず、首脳がどこで何を見たのか、詳細については公表を避けている。外交上の“配慮”がその理由だ。

原爆資料館の訪問自体、調整は難航した。交渉担当者の一人はホワイトハウスから懸念が伝えられたことを認める。

アメリカでは戦争の早期終結につながったとして、原爆投下を正当化する声が依然として根強く、原爆資料館の訪問に注目が集まることで、来年に控えた大統領選挙に影響が出かねない。

さらには、核保有国の首脳が凄惨な展示品を見ること自体、核抑止力を損ないかねない、ロシアのプロパガンダに利用されるなど、様々な指摘が伝えられた。

サリバン大統領補佐官は今回の訪問は「日米2国間の行事ではなく、G7首脳の一人として歴史と広島出身の岸田総理に敬意を表するものだ」と強調。“謝罪”と受け取られかねない言動を避けるため、バイデン氏が訪問当日にメッセージを発信することはないと予防線を張った。

日本側もホワイトハウスの意向を踏まえ、「謝罪を求めるつもりは毛頭ないし、アメリカが嫌がるようなことはしない」(日米外交筋)と、展示内容や滞在時間などで配慮を見せた。

■バイデン大統領の持論は「核なき世界」だが…
バイデン氏は上院議員時代に外交委員会の委員長を務めるなど、アメリカの外交政策に長く関与し、核軍縮に強いこだわりを持つ政治家として知られている。核兵器が果たす役割を減らしていくことで核兵器への依存をなくし、「核なき世界」の理想に近づけるというのが持論だ。

2020年の大統領選では核軍縮を進めることを公約に盛り込み、“核兵器の目的は核攻撃の抑止と報復だけに限定する”と唱えた。これは「唯一の目的」と呼ばれる政策で、核兵器の使用基準を厳格化することを意味する。アメリカが率先して核兵器の役割低減を進めていけば、他国もそれに追随するはずだという信念があった。

しかし、バイデン政権として去年10月に公表した「核戦略の見直し」(NPR)には、「核抑止力の維持は国家の最優先任務である」と位置付け、核兵器の近代化を引き続き進めることを確認した。

核兵器の使い勝手を悪くしかねない「唯一の目的」は盛り込まれることはなく、トランプ前政権の方針をほぼ踏襲する形となった。背景にあるのは、核をめぐる国際情勢の急激な変化だ。

■2つの核大国、ロシアと中国に対峙する局面
ロシアのプーチン大統領は核兵器の使用も辞さないと脅しをかけるだけでなく、米ロの間で唯一残る核軍縮の枠組み「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行を一方的に停止した。

情報公開を拒み不透明なかたちで核戦力を増強させる中国は、2035年には現在の4倍近い1500発の核弾頭を保有すると見られている。北朝鮮は戦術核の大量生産を新たな目標に掲げ、先制使用の可能性さえ示唆している。

アメリカが核兵器の使用条件を厳しくすることは、日本や韓国、欧州の同盟国にとって核抑止の効果を下げ、安全保障を損ないかねないという懸念があった。

また、中国の台頭によって、アメリカは史上初めてロシアと中国という2つの核大国を同時に抑止しなければならないという未来が待っている。バイデン氏としては持論を封印し、現実的な対応をせざるを得なかった。

■核兵器への言及はわずか…会見の7割は債務上限問題に
米シンクタンク・軍備管理協会のダリル・キンボール会長は、こうしたバイデン氏の“変節”を「非常に失望した」とした上で、広島でのG7サミットでは「核軍拡競争から脱却するための具体的なステップを説明する機会にもなる。バイデン氏は広島で核なき世界に向けたビジョンを説明する特別な機会と責任を担っている」と私の取材に答えた。

広島で何を感じ、何を考えたのか。滞在最終日の21日夜、バイデン氏が記者会見に臨んだ。冒頭、債務上限問題に触れた後、今回のG7サミットの成果について語り始め、原爆資料館の訪問について、こう述べた。

「原爆資料館を訪れたことは、核戦争の破滅的な現実と、平和を構築する努力を決して止めないという共通の責任を強く思い起こさせるものであった。G7の首脳と共に核兵器のない世界を目指して努力し続ける決意を表明した。」

しかし、広島や核兵器についての言及はわずかこれだけ。質問の7割はアメリカメディアによる「債務上限問題」に集中したまま、記者会見は打ち切られてしまった。

■バイデン大統領が原爆資料館で記した言葉
今回のG7サミットでは、岸田総理が主導する形で、核軍縮に特化した首脳文書「広島ビジョン」が発表された。ロシアによる核の威嚇も使用も許されないと断じつつ、核兵器が持つ抑止力の重要性にも力点を置いた。また、「核兵器のない世界という究極の目標」を再確認する一方で、核軍縮はあくまで「全ての者にとっての安全が損なわれない」ことが条件だとした。

被爆地・広島でのサミット開催ではあったが、国際情勢の急速な悪化を受けて、核軍縮が後退した印象は否めない。だが、G7の首脳が一堂に会して原爆資料館を訪問した意義は、軽んじられるものではないだろう。(中略)

バイデン氏は先月、再選を目指し来年の大統領選挙への出馬を正式に表明した。「信念を貫く」という言葉が言葉だけで終わらないよう、現実と理想のはざまで核軍縮をいかに進めていくるのか。これは唯一の被爆国・日本で生きる、私たち一人一人に突きつけられた重い課題でもある。ANN ワシントン支局長 (テレビ朝日)梶川幸司【5月22日 テレ朝news】
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バイデン大統領などの原爆資料館訪問は非常に“敏感”な問題であるだけに、調整も難航したようです。結局、完全非公開で行われました。そのことへの批判もあります。

****G7史上初なのに完全非公開 原爆資料館での首脳たちを見せない「中途半端さ」の裏側***
先進7カ国(G7)首脳が19日、史上初めてそろって被爆地・広島を訪問し、原爆資料館を視察した。ただ、視察の様子は完全非公開で、日本政府はメディアの館内取材を認めず、首脳らが見た展示品の詳細を明らかにしない姿勢に徹した。核兵器保有国の米英仏に対する配慮が際立った。 (川田篤志、曽田晋太郎)

◆オバマ氏は10分間だった
「G7首脳に被爆の実相を見てもらう」。岸田文雄首相は昨年に広島でのサミット開催を決定して以降、何度も繰り返してきた。

脳裏には7年前の経験がある。当時のオバマ米大統領が現職大統領として広島を初訪問した際、外相として案内役を務めたのが首相。原爆を投下した側の大統領が被爆地で演説し「核兵器なき世界」の追求を訴え、被爆者と抱擁した歴史的な出来事だった。

だが、原爆資料館の滞在は入り口のある東館の玄関ロビーでの10分間にとどまり、館側が用意した折り鶴など数点の収蔵品を見ただけだった。

広島サミットでは、視察のテーマにずばり「被爆の実相」を掲げ、犠牲者の写真や遺品などが並び、それを最も感じられる本館での展示品を見てもらうことが必要だと考えていた。

◆「センシティブな問題」慎重だった米仏
だが、各国との調整は難航。外務省関係者によると、米国とフランスが特に慎重だったという。

フランスは1月、核兵器を「防衛の要」と位置付けた中期国防計画の骨格を発表。マクロン大統領は「抑止力がこれほど必要と思われたことは、かつてない」と核抑止への傾倒を強めている。

広島で核兵器がもたらす「負」の側面に焦点が当たりすぎると、抑止力を強める立場と矛盾するとの論理が働いていると日本政府関係者はみる。

米国の場合、「戦争終結のために原爆投下は必要だった」との国内世論が根強いことが影響しているという。バイデン大統領が資料館をじっくり視察すれば、国内で反省していると受け取られて批判を浴びる可能性があり、日本の外務省幹部は「米側は見学の様子は見せたくない。センシティブな問題だ」と漏らす。

ぎりぎりの調整で、日本政府としてG7首脳が館内をどう回り、本館に足を運んだのかも明らかにしない対応に行き着いた。

滞在はオバマ氏より長い40分間だったが、首相は19日夜も記者団に詳しい内容を説明せず「準備の過程で非公開にすることになった」と話した。館内でのG7首脳と被爆者の面会も非公開で、被爆の実相に触れてもらったとしても発信は抑制的になった。

上智大学の前嶋和弘教授(米国政治外交)は取材に「G7首脳が訪問したのはすごいことだと思うが、本館に行ったかどうかを含めて公開していいはず。核なき世界を訴える機会としては残念だった」と指摘。「核廃絶がG7の優先順位のトップに行かない難しさが、今回の中途半端さにつながった」と分析している。

◆世界中で高まる核の脅威
岸田文雄首相はG7広島サミットをきっかけに、「核兵器のない世界」への機運醸成を狙うが、核軍縮や核廃絶の動きは減速どころか逆行しているのが現実だ。
ストックホルム国際平和研究所によると、世界の核保有9カ国が持つ核弾頭数は2022年1月時点で、計1万2705発に上る。トップのロシアが5977発、米国が5428発と続き、両国で世界の9割弱を占める。

冷戦後の米ロ核軍縮交渉で12年に2万発を切ったが、近年は減り幅が鈍化している。米ロは核戦力を強化する近代化を進め、爆発力を抑えた「使える核」の開発を続ける。

ロシアは14年のクリミア半島併合を機に「G8」から排除され、ウクライナに侵攻した今、核使用の脅しを繰り返す。

東アジアでは中国が核戦力を増強させ、35年までに1500発まで増やすと指摘され、核軍縮のテーブルに着く気配すらない。北朝鮮も核・ミサイル開発を推進。中東ではイランが核開発を進めている。核の脅威は高まっている。

◆被爆者「核軍縮と全く真逆の方向に」
首相は核保有国が核軍縮を約束した核拡散防止条約(NPT)の信頼性を再構築すると訴える。しかし、一方的に脱退を表明した北朝鮮を含め、核を保有する9カ国のうち4カ国はNPTに入っておらず、同条約の枠組みだけでは問題は解決しない。

さらに、核軍縮の停滞に非保有国から批判が高まり、核兵器の全面違法化と廃絶を目指す核兵器禁止条約が発効したが、保有国は反発。米国の「核の傘」に頼る日本も参加していない。(後略)【5月20日 東京】
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現実問題としては“米国の「核の傘」に頼る日本”の国民としては、“葛藤”を抱えたバイデン大統領以上に、様々な思いがあるところであり、また、改めて考える必要があるところです。

バイデン大統領はG7広島サミットを終えて、原爆資料館訪問について「この街に来て原爆資料館を訪れ、核戦争の悲惨な現実を強く思い知らされました」と語っています。

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