孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ケニア  一夫多妻合法化にみるアフリカ的価値観の主張 「それが、アフリカだ」

2014-03-31 22:40:46 | アフリカ

(ケニア・ナイロビで結婚式を挙げるカップル(2013年9月3日撮影) 【3月29日 AFP】)

【「連れて帰った女性はみんな妻だ」「それが、アフリカだ」】
日本は、細部においては云々とか、その本質においては云々といった議論は別にして、大体において欧米的価値観を受け入れていますので、一夫一婦制についても殆ど議論はありません。

ただ、世界的に見ると、必ずしも全ての地域で受け入れられている訳でなく、アフリカやイスラム教地域などでは一夫多妻制も存在しています。
有名なところでは、南アフリカ・ズマ大統領は2年前に4人目の奥さんを迎えています。(現在何人お持ちなのかは知りません)

アフリカにおいてバランスのとれた経済発展と民主化の“優等生”とも評されていたケニアでは、一夫多妻制を合法化する議論が進んでいるそうです。

****ケニアで一夫多妻制法案を可決、男性議員が妻の拒否権削除****
ケニア議会は前週20日、女性議員らが憤怒し議場を後にする中、男性が希望するだけ多くの女性と結婚することを認める法案を可決した。

21日の報道によると、現行の結婚に関する法律を改定し、複婚に関する慣習法を正式に法制化した。最初に提出された改定案は、妻に夫の選択を拒否できる権利を付与していたが、男性議員らが超党派でこの条項の削除を推進した。

首都ナイロビのラジオ局、キャピタルFMによれば、ジュネット・モハメド議員は議会で「アフリカ女性と結婚するとき、その女性は第2の妻、第3の妻がやって来るつもりでいなければならない。それが、アフリカだ」と述べた。

アフリカの多くの地域と同様、ケニアでも伝統的な地域社会やイスラム教徒の社会では、一夫多妻制は一般的で、一夫多妻婚の比率は人口の5分の1を占めている。

現地紙デーリー・ネーションによると、ケニアの公正法務委員会のサミュエル・チェプコンガ委員長は「男性が女性を連れて家に帰れば、第2、第3の妻とみなされる。慣習法の下では自分の妻に、第2、第3の妻を連れて帰ることを知らせる必要はない。連れて帰った女性はみんな妻だ」と語った。

議会多数派の指導者でイスラム教徒のアデン・デュアレ議員は、一夫多妻制はイスラム教の信仰の一部だが「キリスト教徒の兄弟たちにも旧約聖書を見てほしい。ダビデ王やソロモン王は、第2の妻と結婚するのに誰にも相談などしていない」と聖書の逸話を引用し、キリスト教徒であっても妻に断らずに第2の妻を迎えられることを正当化した。

深夜の審議で激論が交わされた後、女性議員らは憤激し、議場を後にした。
キャピタルFMによると、女性議員のソイパン・チュヤ氏は議会で「男性たちが、言葉による女性の反撃を何よりも恐れていることを、私たちは分かっている」と述べた上で「けれど結局は、あなたがたが家長であれば、他の相手──それが2人でも3人でも──を連れてくる。であれば、せめて妻や子どもたちにそれを知らせることに同意するのは、男性としての義務だ」と主張した。

ケニアでは女性の複婚は認められていない。今後、法案の成立には大統領の署名が必要とされる。【3月24日 AFP】
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ケニアは宗教的には“プロテスタントが38%、ローマ・カトリックが28%、イスラム教が6%、伝統宗教が22%、その他が6%”【ウィキペディア】とキリスト教徒が多い国ですが、伝統的慣習として、特に複数の妻を養える富裕層の間で一夫多妻制が存在しているそうです。

一夫多妻制は、社会の生産力が低く、特に社会進出が制約されている女性が自立して生活していくことが困難であった時代を背景としたもので、やがては一夫一婦制へ、更に言えば、将来的には婚姻制度の意義も薄れ“個人”を中心とした社会に変化していくのでは・・・・と、私個人としては思っています。

それはともかく、署名を迫られている大統領もキリスト教的価値観とアフリカ的価値観のはざまで難しい立場にあるようです。

****ジレンマもたらす一夫多妻制法案、ケニア****
ケニアでは今月、議会が一夫多妻制を合法化する法案を可決したことを受けて、現代的な価値観やキリスト教の信仰と慣習がぶつかり、激しい論争が巻き起こっている。

法案の反対派は、キリスト教徒が大多数を占める同国の家族観を脅かすと訴え、また女性議員らは女性の権利を脅かしているとして、ウフル・ケニヤッタ大統領に対し法案に署名しないよう働き掛けている。

先週の決議の際、抗議のため議場を後にした多くの女性議員らの一人は、男性議員らのあからさまな性差別を非難し、「大統領には、署名して法案を成立させてしまうのではなく、議会に差し戻すよう促したい」と語った。

これに対し賛成派は、法案はケニアの多くの地域で今も多くみられる一夫多妻の慣習を単に成文化するにすぎないと主張している。同国の日刊紙スタンダードによると、特に複数の妻を養える富裕層の間で一夫多妻制が普及しており、180万人の女性と70万人の男性が一夫多妻関係にあると推定されるという。

ある一般の27歳の大卒女性は、法律がどうであれ、大半のケニアの女性は夫が他(の女性)にも目を向けることを受け入れている、「そんなに気にしてはいない。(一夫多妻制が)合法化されようとされまいと、ケニアの男性はどうせ2人以上の女性と法的であろうとなかろうと結婚するのだから」と語った。

ケニヤッタ大統領はこれまでのところ、この問題について自身の立場を表明することは拒否している。同大統領は自らもキリスト教徒で、その信仰とアフリカ的価値を支持する気持ちの板挟みで難しい選択を迫られることになる。【3月29日 AFP】
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ICCはアフリカを標的にしている
ケニヤッタ大統領は現在、欧米的「民主主義」を代弁する国際刑事裁判所(ICC)によって訴追を受ける身です。
キリスト教的価値観はともかく、欧米的スタンダードというところには反発もあるのかも。

欧米諸国から“優等生”と見られていたケニアですが、やや評価を落としたのは、2007年の大統領選直後の暴動でした。

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07年12月の大統領選では一騎打ちとなったキバキ大統領とオディンガ首相の両陣営が対立。「不正選挙」を主張したオディンガ氏支持派がキバキ大統領の出身民族を襲撃するなどして暴動が起き、1200人以上が死亡、50万人以上が国内避難民となった。

両派は、国連の仲介で08年4月にオディンガ氏を新設の首相ポストにすえた連立政権を発足させた。ケニア政府はその後、「真実正義和解委員会」を設置して調査を行い、暴動に関与した疑いがある約20人の人物リストを作成。調査結果は国際刑事裁判所(ICC)に渡され、判断が委ねられていた。【2010年12月16日 毎日】
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当初はオディンガ氏の大差リードが伝えられていましたが、最終的にキバキ大統領の逆転勝利が発表された経緯もあって、選挙後の一連の暴動では、オディンガ氏支持のルオ人やカレンジン人が、キバキ大統領の出身部族キクユ人の住民を襲うことが多かったのですが、ナイバシャ、ナクル両都市の暴動では、ナタなどで武装したキクユ人がルオ人を襲撃。これに怒った別の都市キスムのルオ人が暴徒化するなど、報復の連鎖が全土に広がりました。

キクユ人で初代大統領ジョモ・ケニヤッタ氏の息子でもあるケニヤッタ氏はこの選挙ではキバキ大統領を支持し、08年の大連立内閣では副首相に就任、その後2013年3月の大統領選では、第一回投票でオディンガ氏を僅差で下して当選しています。

しかし、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)検察局は2010年12月、07年末のケニア大統領選後に発生した暴動を首謀し「人道に対する罪」を犯したとして、ケニヤッタ副首相兼財務相(当時)ら同国現職閣僚を含む6人の召喚状発行をICC裁判部に請求しました。

このため、現職大統領がICCから訴追される事態になっています。
2013年9月には、ケニヤッタ氏と同様に訴追されたルト現副大統領の公判が開始しています。

当然にケニヤッタ氏などは無罪を主張していますが、アフリカ諸国においても“アフリカだけを標的にしている”とのICCの対応への不満もあります。

****安保理:ケニア正副大統領の決議案、ICC審理延期廃案に****
国連安全保障理事会は(2013年11月)15日、ケニアの正副大統領に対する国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)の審理延期を求める決議案の採決を行ったが、賛成7、棄権8で採択に必要な賛成9に達せず、廃案となった。

アフリカ諸国はICCがアフリカを標的にしていると批判しており、廃案を受けて改めて反発を強めている。

ICCに関するローマ条約により、安保理は訴追手続きの1年間延期を決定できる。2007年の大統領選直後の暴動を巡り、ICCはケニアのケニヤッタ大統領とルト副大統領を「人道に対する罪」で訴追しており、今回の決議案は非常任理事国のルワンダが主導した。

ルワンダのガサナ国連大使は採決後、「安保理がケニアとアフリカを見捨てた日と歴史上に書きとどめよう」と発言した。常任理事国の対応も分かれ、中露が賛成、米英仏は棄権にまわった。

03年の開設以来、ICCによる訴追20件はすべてアフリカが対象となっている。【2013年11月16日 毎日】
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ケニヤッタ大統領はICCに最大限協力するとは言っていましたが、実際のところは・・・・。
ケニヤッタ大統領の公判は実施が難しい状況になっています。

****ケニア大統領:公判延期へ 脅迫で証人が証言取りやめ****
国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)が現職大統領を裁く初のケースとして注目されていたケニヤッタ・ケニア大統領(52)の2月の公判が無期限に延長される公算が大きくなっている。

刑事裁は近く、主任検察官の要請で延長を認める見通しだが、事実上の訴追中断になると危惧されている。脅迫などで証人が証言を取りやめたのが原因で、物証集めも難航。外部で一国の首脳を裁こうという国際刑事裁の限界が表れたとも言えそうだ。

捜査にあたるベンスダ主任検察官は先月19日に公判延期を刑事裁に要請した。重要な証人の一人が昨年、証言拒否の意向を伝えていた。また、昨年12月には別の証人が偽証したことを告白。主任検察官は「公判を維持する証拠が不十分で時間が必要だ」と述べた。

大統領支持派による証人への脅迫は常態化していると言われ、証言拒否につながった可能性がある。刑事裁は昨年8月、証人に賄賂を渡し証言をやめさせようとしたケニアの男に逮捕状を出した。

大統領の公判は元々、昨年11月だったが、9月に発生したテロ事件などに配慮して今年2月に延期。今回は無期限延期になる。報道によると、公判が可能だとしても今年5月以降になる見通し。

刑事裁は、ケニヤッタ大統領とともに起訴され、昨年9月から公判が始まったルト副大統領のケースは予定通り13日から公判を再開する。

主任検察官は「ケニアのケースを訴追する意思は強固だ」としている。主任検察官は延期期間中、再出廷するよう証人を説得するほか、新たな証拠獲得に向け捜査する。

しかし、検察官が求めているケニヤッタ大統領らの資産情報の提供をケニアが拒否するなど物証集めも難航しているのが実情だ。

ケニヤッタ大統領の支持派は、公判延期要請を歓迎し公判中止を求めている。
これに対して、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは「深い困惑」を表明。被害者団体はケニア政府が国際刑事裁に非協力的な態度を取っていると非難し、証人に頼り過ぎず、携帯電話の通話記録など、物証を重視するよう主任検察官に求めた。

ケニアでは2007年の大統領選後の暴動で1000人以上が死亡。当時、政党幹部だったケニヤッタ大統領とルト副大統領が暴動を指揮したとして主任検察官は人道に対する罪などで、12年1月に両者を起訴した。【1月9日 毎日】
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ケニヤッタ大統領本人がICCに反発するのは当然として、アフリカ諸国には欧米的価値観を反映したICCが、その価値観を上から目線でアフリカに押し付けている・・・という不満・反発もあるように思えます。

冒頭の一夫多妻制をめぐる議論も、背景に欧米的価値観への反発といったものがあるのでは・・・とも思われます。

クジラの話
ついでに、日本的価値観と世界標準のとかい離を示す話題。

****日本の調査捕鯨は条約違反 国際司法裁判所****
反捕鯨国のオーストラリアが、日本による南極海での調査捕鯨は国際捕鯨取締条約に違反するとして中止を求めた訴訟で、国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)のトムカ裁判長は31日、日本の調査捕鯨は「研究目的ではない」と述べ、条約違反と認定、今後実施しないよう命じた。

国際司法裁判所は一審制で控訴は認められておらず、日本は判決に従う考え。1987年から続けてきた南極海での調査捕鯨は中止に追い込まれる見込みだ。【3月31日 産経】
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何を食べて、何を食べないかは、その国の文化であると思いますし、牛・豚を殺すのは問題ないが、クジラはかわいそう・・・という議論もいかがなものかとは思います。
それを“野蛮”だなんだと言われると・・・アフリカの気持ちの少し似ているかも。

ただ、現在ほとんどの日本人はクジラを食べていませんので、あまりこの問題で意固地になる必要もないのでは・・・多くの国が止めてほしいと言うのであれば止めてもいいのでは・・・とも思っています。
給食のクジラは美味しくなかったし・・・。
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アフガニスタン  4月5日、「カルザイ後」を決める大統領選挙 連日のタリバンの妨害攻撃

2014-03-30 21:54:44 | アフガン・パキスタン

(アフガニスタン乱世を象徴する人物でもあるドスタム将軍 http://mltr.ganriki.net/faq06c.html )

【「持ち得る全ての力を使って活動家らや治安部隊を攻撃する」】
アフガニスタンでは4月5日に大統領選投票が行われます。
カルザイ大統領が三選禁止で出馬できないため、新人同士の争いになりますが、2014年末の米軍等外国部隊撤退を控えて、反政府勢力タリバンとどういう距離感で向き合うかなど、今後のアフガニスタンの行方を決める重要な選挙になります。

タリバンは、すでに“選挙妨害”に全力をあげることを表明しています。

****タリバン、大統領選妨害を宣言=アフガン****
アフガニスタンの反政府勢力タリバンは10日、来月5日に予定される大統領選挙に関し、「持ち得る全ての力を使って活動家らや治安部隊を攻撃するようイスラム戦士に命じた」との声明を発表した。
今回の大統領選で、タリバンが明確な警告を発したのは初めて。【3月10日 時事】
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実際、このところタリバンによる政府関係者や治安部隊、外国民間人やメディアへの攻撃が相次いでいます。

****アフガニスタン:首都中心部で スウェーデン記者射殺****
アフガニスタンの首都カブール中心部で11日、スウェーデン公共ラジオのニルス・ホーナー記者(51)が路上で取材中に何者かに銃で頭を撃たれ、搬送先の病院で死亡した。(後略)【3月12日 毎日】
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現場は各国大使館が集まる首都でも最も警備体制が厳しい地区ですが、アフガニスタンで外国人記者が狙われるのは近年では異例です。
タリバンは関与を否定しましたが、その後タリバンの分派グループが犯行を認め、記者が英国の情報機関で働くスパイだったとしています。
タリバン内部にも、アフガニスタン政権への姿勢で異論があるようです。

****アフガン:武装勢力が警察署を攻撃 25人が死傷****
アフガニスタン東部ナンガルハル州の州都ジャララバードで20日、武装勢力が警察署を自爆攻撃し、約4時間にわたって警察と銃撃戦になった。
州政府によると、この攻撃で警察官10人と学生1人が死亡、警察官ら14人が負傷した。

旧支配勢力タリバンが犯行声明を出した。4月5日投票予定のアフガン大統領選挙を前にタリバンは攻撃を激化している。【3月20日 毎日】
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同日20日には、警備が厳しく、首都カブールでも最も安全とされるホテルが襲撃されています。

****アフガニスタン:ホテルにタリバン襲撃 外国人ら9人死亡****
 ◇AFP通信の現地記者と家族も
アフガニスタンの首都カブール中心部にある高級ホテル「セレナ・ホテル」内で20日夜、男4人が銃を発砲し、駆け付けた警察部隊と約3時間にわたる銃撃戦の末、全員射殺された。

このテロ攻撃で、外国通信社の現地記者などアフガン人5人と外国人4人の計9人が死亡した。旧支配勢力で反政府武装勢力のタリバンが「ペルシャ暦の正月を祝う催しに訪れた外国人や要人らを狙った」との犯行声明を出した。(後略)【3月21日 毎日】
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“(殺害されたAFP現地記者)アフマド氏のおいはAFPに、カルザイ大統領がタリバンを「兄弟」と呼んで和解を呼びかけていることに「大統領は4つの棺と子供たちの亡きがらをみるがいい」と反発した。”【3月23日 産経】

なお、カルザイ大統領が委員長を務める同国の国家安全保障委員会(NSC)は、上記セレナホテル襲撃事件は「アフガニスタン国外で」計画されたものだと述べ、パキスタンの関与を示唆しています。

25日にはカブールの独立選挙委員会(中央選管)の地区事務所が襲撃を受けています。

****アフガン:大統領選候補宅近くで銃撃戦 タリバン犯行声明****
アフガニスタンの首都カブール西部にある独立選挙委員会(中央選管)の地区事務所で25日、武装勢力の男2人が相次いで自爆し、ほかのメンバーと治安部隊との間で銃撃戦となった。警察によると住民2人が負傷した。旧支配勢力タリバンが「選管事務所を狙った」との犯行声明を出した。

攻撃された事務所は、大統領選挙(4月5日投票)の有力候補、アシュラフ・ガニ元財務相の自宅に隣接する建物。ガニ氏は遊説で首都南部に出かけており無事だった。(中略)

今回の大統領選は、2001年のアフガン戦争開戦以降、初めて選挙によって政権が交代する重要な節目だ。9人が立候補し、ガニ元財務相とアブドラ元外相の間で決選投票にもつれ込むとの観測が強い。

「反タリバン派」として知られるアブドラ元外相も先月、自身が乗った遊説車列がタリバンの銃撃を受けた。アブドラ氏は無事だった。

今月10日には西部ヘラート州のアブドラ陣営事務所が何者かの自爆攻撃を受け、警備員2人が死亡、職員4人が負傷した。【3月25日 毎日】
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この日は他に、北部のクンドゥズ州で起きた自爆攻撃、東部クナル州での銀行を狙った攻撃で、それぞれ5人が死亡しています。

28日には、アメリカNGOが使用するゲストハウスが襲撃されました。

****タリバンがアフガンの米ゲストハウスを襲撃、少女含む2人死亡 ****
大統領選挙を1週間後に控えたアフガニスタンの首都カブールで28日、旧支配勢力タリバンの戦闘員らが米国の地雷廃絶に取り組む慈善団体が使用していたゲストハウスを襲撃、少女1人を含む2人が死亡した。

アフガニスタン特殊部隊とタリバン戦闘員との戦闘は3時間以上に及び、その間、幼い子ども数人を含む外国人のグループは路上の発電機の後ろに一時的に避難した。

カブール警察のモハマド・ザヘル署長はAFPの取材に対し「通りがかりのアフガニスタン人の少女1人が死亡した。建物内からは、無事に31人の外国人を避難させることができた」と述べた。 また、アフガニスタン内務省によると運転手1人が死亡したという。(後略)【3月29日 AFP】
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襲撃された宿泊施設内には、キリスト教の教会もあり、タリバンは犯行声明で、「イスラム教徒を改宗する施設だから攻撃した」と述べています。

まだ続きます。
29日には、25日の地区事務所に続き、独立選挙委員会(中央選管)本部が襲撃されました。

****アフガン:カブールの選管、タリバンが襲撃 大統領選妨害****
アフガニスタンの首都カブール東部で29日、旧支配勢力タリバンの武装集団が独立選挙委員会(中央選管)本部を、銃やロケット弾などで襲撃した。治安部隊は約4時間後、武装集団の5人全員を殺害した。選管関係者に死傷者は出なかったという。(後略)【3月30日 毎日】
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文字通り“連日”の攻撃が行われる状況で、日本政府は選挙監視団派遣の中止を決定しています。

****アフガン選挙監視団、派遣見送り=政府****
政府が4月5日投票のアフガニスタン大統領選挙への選挙監視団の派遣を見送ることが27日分かった。
反政府勢力タリバンによる外国人を狙ったテロが続発するなど現地の治安が悪化し、政府は「派遣職員の安全が確保できない」と判断した。【3月27日 時事】 
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安全確保を考えるとやむを得ない決定でしょうが、タリバン側の思うつぼ・・・という感もあります。

群雄割拠の時代に向けて生気を取り戻すドスタム将軍
選挙戦の方は、テロをおそれて屋外で選挙運動を行う候補者の姿はほとんど見られない状況ですが、「反タリバン派」として知られるアブドラ元外相、かつて世界銀行などで働き国際社会にも顔が広いガニ元財務相、カルザイ大統領が支持するラスール前外相などが有力候補と見られています。

****カルザイ氏、水面下で工作か=前外相支持で候補辞退―アフガン大統領選****
4月5日投票のアフガニスタン大統領選で、元国王の孫ナイーム候補が26日、出馬を辞退し、有力候補のラスール前外相を支持すると表明した。カルザイ大統領が自らの影響力を保持するため、後継者にしたい前外相の当選へ水面下で工作を行っているとの見方も出ている。

カルザイ氏の兄も6日に立候補を取り下げ、ラスール氏支持に回ると表明している。ナイーム氏の辞退で、大統領選の候補者は8人となった。【3月27日 時事】 
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そんななかで、懐かしい名前を目にしました。
かつての内戦やタリバン政権崩壊時の混乱時に勇名を馳せたドスタム将軍です。

****ドスタム副大統領候補 復権なるか、アフガンの「不倒翁****
暴力と陰謀に彩られたアフガニスタンの現代史。その中で異彩を放ち続ける一人の実力者がいる。
ウズベク人の軍閥指導者、ドスタム将軍だ。

残虐とも評される勇猛ぶりと、変幻自在の合従連衡術でこの国の激動を生き延びてきた。その不倒翁は今、来月の大統領選で副大統領候補として再び政治の表舞台を目指す。

 ◆握手と寝返り重ね
(中略)この国では多様な勢力間の離合集散が珍しくないが、ドスタム氏ほど握手と寝返りを繰り返してきた人物は見当たらない。

1980年代の内戦で民兵団の指導者として頭角を現し、ソ連が支援するナジブラ政権から将軍に任じられた。
駐留ソ連軍の撤退でナジブラ政権の先はないと見ると反政府勢力の側に寝返った。

政権崩壊後、各勢力間の抗争が激化するが、ここでもドスタム氏は立場をめまぐるしく変える。当初は勇将マスード氏率いるタジク人主体の勢力と手を組んだが、その後、敵対するパシュトゥン人強硬派、ヘクマチアル氏と連携した。

しかし、その後、台頭するイスラム原理主義勢力タリバンに対抗するため再びマスード氏との共闘に転じ、タリバン政権打倒に貢献した。

カルザイ大統領との関係も接近と離反を繰り返した。2004年の大統領選ではカルザイ氏に対抗して出馬したが、09年の大統領選ではカルザイ氏の再選を支持した。現在は名誉職に近い軍参謀長の座にあり、カルザイ氏とは距離を置いている。

この間、部下の裏切りやカルザイ氏との対立などからトルコに3度亡命した。このほか暗殺未遂にも遭うなど何度も危機を乗り越えてきた。

 ◆徹底した世俗主義
堂々とした体躯(たいく)に太い眉、よく通る大きな声。その風貌と勇猛さから「現代のチンギスハン」とも評される。冷血というイメージも定着している。

犯罪者を戦車で踏みつぶして処刑した、タリバンの捕虜多数をコンテナに閉じ込めて運び窒息死させた、などという話が流布しているが、本人は否定している。

一方で、徹底した世俗主義者という顔も持つ。1990年代、首都などの戦乱をよそに北部で事実上の自治国家を運営、地元の大学には女子も通った。他地域からもタリバンの圧政を逃れ、自由を求めて多くの住民が流入した。もっとも、ドスタム氏の世俗主義は酒と女が好きだからと揶揄(やゆ)する声もある。

今年60歳のドスタム氏だが、権力への野望は健在のようだ。パシュトゥン人のガニ元財務相の副大統領候補として4月5日投票の大統領選に出馬している。少数派であるウズベク系の氏にとって、最大民族パシュトゥン人候補の片腕として立候補することは復権への現実的な選択である。

ガニ氏といえば元は学者の経済専門家だ。まるで不釣り合いなドスタム氏を副大統領候補に選んだのはウズベク人の固定票狙いらしい。

ドスタム氏は出馬に際し、過去の非を国民に謝罪するという前代未聞の挙に出て、話題を集めた。機を見るに敏なこの人らしい処し方であり、復権への強い思いの表れともいえる。

大統領選ではガニ陣営とアブドラ元外相の陣営が最有力と目されている。
仮に敗北してもドスタム氏はその先を見ているはずだ。今年末には外国軍の駐留が期限切れを迎える。支えを失った中央政府は弱体化し、群雄割拠の時代が再来すると予想する向きが多い。

それは北部に再び自らのミニ国家をつくるのに好都合と氏は見越しているに違いない。【3月29日 産経】
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カルザイ政権で“名誉職”的な軍参謀長の地位についたことは聞いていましたが、“部下の裏切りやカルザイ氏との対立などからトルコに3度亡命した”というのはドスタム将軍らしいとも言えます。

まさに“群雄割拠の時代”を象徴する人物ですが、この人が活気づくようだとアフガニスタンの将来も暗い・・・再び乱世に・・・という感もあります。

ドスタム将軍が静かに“名誉職”に収まっていることを願いますが、まずはタリバンの妨害が続く中で4月5日の大統領選挙が無事に行えるかどうかです。
おそらく、5日には決着せず、決選投票にもつれこむと見られています。
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中国  訪問先ドイツで“2つの偉大な民族”をアピール

2014-03-29 21:27:07 | 中国

(ドイツを公式訪問した中国の習近平国家主席(左)と、メルケル独首相=AP 【3月29日 毎日】

【「中国とドイツは東西二大文明の傑出した代表格である」】
自分の優れたところを臆面もなく語るようなデリカシーを欠いた人との付き合いは厄介です。
できれば敬遠したいところですが、その押しの強さで一定に実績をあげており、付き合いを無視できないとなると更に厄介です。

今朝、出勤前の慌ただしい時間に聞いたTVニュースで、違和感を感じるものがありました。
ドイツを訪問している中国の習近平国家主席が“偉大なる民族”をアピールしたそうです。

****習近平主席、ドイツの新聞で署名入りの文章を発表****
中国の習近平国家主席はドイツ訪問にあたって、28日にドイツの新聞「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」(FAZ)で「中国とドイツが協力し、中国と欧州、世界に幸せを」と題する署名入りの文章を発表しました。文章は次のように述べています。

万物が蘇る早春にもう一度ドイツを訪問し、嬉しく思っている。(中略)

中国とドイツの協力は深くて固い基礎がある。その理由は次の三つの点にまとめることができる。

中国とドイツの協力は二大文明の交流と対話である。中国とドイツはそれぞれアジア大陸と欧州大陸に位置し、東西二大文明の傑出した代表格である。
両国の数多くの先人、奥深い思想、豊かな文学芸術は、双方が学びあい、交流し、協力する上で無尽蔵の知恵の源となっている。

中国とドイツの協力は2つの偉大な民族が互いに学び合うことである。中国とドイツの歴史伝統と発展の過程は異なるが、この2つの民族は多くの優れた品格を持っている。
例えば勤勉さと謙虚さ、そして真面目さと革新精神が強いことなどがそれである。これは、両国国民が理解し合い、尊敬し合い、互いに長所を学ぶためにこの上ない素晴らしい条件を提供した。

中国とドイツの協力は経済の奇跡をつくった国同士の協力である。世界の二大貿易国と経済体として、中国とドイツはしっかりと結ばれ、互いに離れられない間柄となっている。
産業の発展レベルや市場規模、また需要の構造などをみても、中国とドイツの経済は補完性が強く、協力の可能性が極めて大きい。(後略)【3月29日 CRI online】
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****習主席、ドイツで講演****
現地時間の28日午後、中国の習近平国家主席はベルリンで講演を行いました。(中略)

習主席は講演で「中国が平和発展の道を断固として歩むことは、国際社会が注目している発展方向への答えであり、中国人民が発展目標を実現する自信と自覚でもある。中華民族は平和を愛する民族である。平和、調和への追求は中華民族の精神である。中国の今後の発展目標は中華民族の偉大な復興である。そのため発展に力を集中する。そのためには2つの基本条件が必要である。1つは安定した国内環境であり、1つは平和な国際環境である。その一方で主権、安全、発展利益を断固として守る。いかなる国であっても中国の主権、安全、発展利益を損なうことは一切許さない」と述べました。

また習主席は「中華民族とドイツ民族は偉大な民族であり、人類文明の進歩に多大な貢献をしてきた。両国人民には深い友情がある。(後略)【3月29日 CRI online】
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【“韜光養晦”から“中華民族の偉大な復興”へ
“謙虚”なひとは、自分のことを“偉大”とは言わないだろうに・・・ということはさておき、昨今の中国・習近平主席の“偉大なる民族”“中華民族の偉大な復興”という仰々しいもの言いには辟易するものがあります。

小平氏は“冷静観察、站稳脚跟、沈着応付、韬光養晦、善於守拙、絶不当頭”を中国外交の基本方針にしていました。
平たく言えば、「冷静に観察し、足元を固め、落ちついて対処し、能力を隠し、ボロを出さず、決して先頭に立ってはならない」といったところでしょうか。

韜光養晦(とうこうようかい)とは、日本で言うところの「能ある鷹は爪を隠す」というような意味だそうです。
才能や野心を隠して、周囲を油断させて、力を蓄えていくという処世の姿勢・・・・と言えば、やや剣呑な感もありますが。

未だ国力が十分ではない中国の処世術であった訳ですが、世界第2位の経済力を獲得し、アメリカとの新しい大国関係を築こうとする現在、習近平主席は「私は中華民族の偉大な復興の実現が、近代以降の中華民族の最も偉大な夢だと思う。」と、その偉大さを国内外にアピールする姿勢に転じています。

別に中国が劣っているとか言うつもりは毛頭ありませんが、偉大なのは各国・各民族も同じであり、あまりに自らの“偉大さ”をアピールされると、「それは周辺国・民族より優れているという意味か?」「世界の中心に中国を置き、周辺国には朝貢を強要し、従わないものは力で・・・という“中華思想”ではないのか?」と訝しく思ったりもします。

いまどき、自らの“偉大な民族”を臆面もなくアピールするのは中国の他は、ロシアぐらいでしょうか?
過去に遡れば、“偉大なるアーリア民族”を吹聴したナチスドイツのヒトラーもいました。

現在のドイツにとてっは、ナチス・ヒトラーの“偉大なるアーリア民族”云々は、忌まわしい記憶でしょうが、メルケル首相は、習近平主席の“2つの偉大な民族”云々をどのような思いで聞くのでしょうか?

個人的なところに引き寄せて言えば、私は日本が大好きですし、日本文化は誇るべき素晴らしいものがあると思います。現在日本社会が到達した地点は評価に値する点が多々あるとも思っています。
ほんの数日の海外旅行から戻っただけで、日本がいかに住みやすい国であるかを実感します。

ただ、そうした思いは私が多分に日本に生まれ、日本で育ったことによるものであろうことも認識しています。
他国には、その国の素晴らしさ、良さがることは当然のことです。
ことさらに“偉大なる日本”を振りかざすような言動は、デリカシーを欠いた恥ずかしい行為に思えます。

フランスの“そろばん外交” ドイツは人権問題にも言及
習近平主席はドイツに先立ちフランスも訪問していますが、フランスは例によって極めて実利的な対応をしています。

****欧州そろばん外交 仏、中国の民族問題触れず旅客機70機受注****
・・・・フランスのオランド大統領と中国の習近平(シーチンピン)国家主席は26日、パリで会談した。オランド氏は会談後の共同記者会見で「(習氏の)初の欧州歴訪はフランスから始まった」と切り出し、友好関係を強調した。

習氏の訪仏にあわせ、エアバスの旅客機70機の発注など約50件の成果があったという。オランド氏は経済効果を180億ユーロ(約2兆5千億円)と説明。「雇用にもつながる」と話した。

10%超で高止まりする失業率は、30日に決選投票を控える統一地方選で与党・社会党が苦戦する主因の一つ。中国の巨大な市場とマネーは、「独英仏で競う状態」(英紙)とされる。

一方、AFP通信によると、仏連立与党内から中国のチベットなどの少数民族問題について「抗議の焼身自殺が相次いでいる」とオランド氏に訴える声が出た。

人権や民主主義は欧州諸国が大事にしてきた理念だが、習氏と並んだオランド氏はこの問題に触れず、記者の質問も受けなかった。(後略)【3月28日 朝日】
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その点“真面目”なドイツは、中国との経済関係は重視しながらも、人権問題にも一定にコメントしています。

****独首相:中国の人権問題に言及 経済関係強化では一致****
中国の習近平国家主席は28日、昨年の就任後初めてドイツを公式訪問し、メルケル首相と会談した。

両首脳は、独自動車大手ダイムラーと中国自動車メーカー「北京汽車」による10億ユーロ(約1400億円)規模の投資協定について合意するなど、経済関係の強化で一致した。

だが会談後の会見ではメルケル首相が「言論の自由は、研究分野や市民社会において創造性を促進する重要な要素だ」と述べるなど、中国に人権問題の改善を求める場面もあった。

両首脳はウクライナ問題についても協議し、習主席は「関係各国は政治的・外交的解決を目指し、協力すべきだ」との認識を示した。

独メディアによると、同日午前に習主席と会談したドイツのガウク大統領も人権問題に言及し、自由な意見表明が刑事罰の対象となる状況への懸念を伝えたという。

牧師出身のガウク大統領は旧東独で民主化運動を進めた人権活動家でもあり、予定時間を超えて会談を続行。「友好的だが距離を維持」(南ドイツ新聞)との雰囲気だったという。

ドイツでは近年、人権問題を棚上げして中国との「商談」を優先することへの批判が高まっており、ドイツ側は今回、改めて人権重視の姿勢を内外に示した格好だ。

安倍晋三首相の歴史認識を巡る対応への批判を続けている中国は習主席の訪独に際し、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)関連施設の視察を打診。戦後、近隣国との和解を進めたドイツの姿勢を引き合いに出し、日本を批判する狙いもあったとみられるが、ドイツ側はこの申し出を拒否し、日中の対立に巻き込まれる事態を避けた。

習主席は28日付の独紙フランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、中独両国の経済協力の重要性を強調したが、ここでは日本への言及はなかった。【3月29日 日本】
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上記のようにドイツは、中国の日本批判に巻き込まれたくないというドイツの姿勢です。
ただ、日本の姿勢への懸念もあるようです。

****日独反省の比較は不適切=靖国参拝で謝罪に疑念―ドイツ専門家****
中国の習近平国家主席が28日、ドイツ訪問を開始した。中国はこの機会を利用し、ドイツがナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の過去を反省しているのに対し日本は過ちを省みないと強調し、国際的な対日批判を強めたい考えだ。

ドイツでは日独の比較は建設的ではないとの意見が強いが、安倍晋三首相の靖国神社参拝で、過去に対する日本の反省は本心ではないと受け止められているという指摘もある。

メルカトル中国問題研究所のゼバスティアン・ハイルマン所長は、中国が1970年にワルシャワのゲットー(ユダヤ人隔離居住区)蜂起記念碑前でひざまずいた当時のブラント西独首相や、ベルリンに設けられたホロコースト記念碑を日独の過去への対応の違いの象徴として取り上げ、対日圧力を強めようとしていると分析。
ホロコーストは他の出来事と比較できず、「中国は和解に必要な寛容の精神を欠いている」と批判する。

一方で所長は、ドイツの政治家がホロコーストに共通の信念で向き合っているのに対し、日本は中国だけでなく欧米からも政治家が過去に対して足並みをそろえていないとみられていると強調。
「日本が謝罪しても、靖国神社参拝などのために国際社会では信用されていない」と話す。【3月28日 時事】 
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ミャンマー  進展しないロヒンギャ問題 消えない憎しみ 依然続く緊張

2014-03-28 22:39:00 | ミャンマー

(国境なき医師団に抗議するラカイン州仏教徒 【2月28日 アルジャジーラ】http://america.aljazeera.com/articles/2014/2/28/doctors-without-borderskickedoutofwesternmyanmar.html

【「根拠のない情報を広めることで意図的に地域社会の緊張をあおっている」】
ミャンマー西部のラカイン州では、かねてよりバングラデシュからの不法侵入者と見なされミャンマー市民権が付与されていないイスラム教徒ロヒンギャと多数派仏教徒の対立が続いています。

国際的には支援の必要性が求められているロヒンギャですが、支援活動に当たる国際支援団体に対する現地仏教徒側および政府の反感が強く存在します。

主要な国際支援団体である国境なき医師団(MSF)は、ミャンマー政府が否定するロヒンギャ殺害事件の負傷者とみられる22人を手当てしたと主張したことでミャンマー政府の不興を買い、ミャンマー国内での活動停止を命じられました。

(3月1日ブログ「ミャンマー  ロヒンギャ・イスラム教徒を巡る“民主化の壁” 困難なスー・チー大統領への道」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140301

****国境なき医師団が活動停止に、他団体にも波及か ミャンマー****
・・・・同州(ラカイン州)では昨年後半から国際支援団体への反感が強まっていた。これを受けて一時撤退を決めた団体もある。MSF(国境なき医師団)は、複数の負傷者が出た現場でロヒンギャ族だけを病院へ運んだなどと批判されていた。

また、今年1月に治安部隊員らがロヒンギャ族40人以上を殺害したとされる事件で、負傷者22人を手当てしたと発表。大統領報道官から「根拠のない情報を広めることで意図的に地域社会の緊張をあおっている」と非難された。【3月5日 CNN】
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その後、MSFとミャンマー政府との協議の結果、カチン、シャン両州とヤンゴン地域で医療活動を再開することになりましたが、問題のラカイン州での活動は停止されたままです。

“MSFは「人道・医療危機に直面しているラカイン州の数万人の弱者の行く末を引き続き大変懸念している」と表明した。”【3月2日 時事】

人権状況を調べるためミャンマーを訪問していた国連のキンタナ特別報告者は2月19日、西部ラカイン州で少数派イスラム教徒のロヒンギャ族40人以上が殺害されたとの疑惑について、国連人権理事会がミャンマー政府の協力を得て「信頼できる調査」を行うよう求める考えを表明していました。【2月20日 時事より】

この国連要請との関連はよくわかりませんが、ミャンマー政府はロヒンギャ殺害事件などはなかった・・・との調査結果を発表しています。

****ロヒンギャ族殺害を否定=ミャンマー調査委****
ミャンマー西部ラカイン州の村で1月に少数派イスラム教徒ロヒンギャ族40人以上が殺害されたとの疑惑を調べていた政府の調査委員会は11日、殺害を否定する調査結果を発表した。

12日付の国営紙「ミャンマーの新しい灯」などが伝えた。調査委は村民175人から聞き取り調査などを実施したが、ロヒンギャ族の殺害を裏付ける証拠は見つからなかったと結論付けた。【3月12日 時事】 
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国際援助団体襲撃に威嚇射撃、流れ弾で少女死亡
その真偽については何とも言い様がありませんが、ラカイン州の現状は好転していないようです。

****ミャンマー、ロヒンギャ族の地域が封鎖 ****
ミャンマーのイスラム教徒ロヒンギャ族数千人は、屋根のない刑務所で暮らしていると言われています。

プレスTVによりますと、ミャンマー西部ラカイン州のロヒンギャ族およそ4000人が、警察の検問所と仏教徒の居住地によって閉じ込められています。

この地域に住むイスラム教徒は、「警察の検問所は、もともと仏教徒の襲撃を阻止するために設置されたものだ」と述べていますが、一部の報道によれば、過激派仏教徒は簡単にこの町に侵入していることが明らかになっています。

この地域に住むイスラム教徒のロヒンギャ族は、医療・衛生サービスを受けることができません。

過激派仏教徒はさらに、ミャンマー政府に、ラカイン州のイスラム教徒およそ80万人を支援する国境なき医師団の活動を停止させようとしています。

ミャンマー政府は、1982年の市民法の承認から現在まで、ロヒンギャ族に市民権を与えておらず、彼らを「違法な移民」と呼んでいます。

ミャンマー西部の緊張は、ここ数ヶ月、過激派仏教徒のグループの指導者らがロヒンギャ族すべてのこの地域からの追放を支持した後に拡大しました。ロヒンギャ族はラカイン州の人口の9割を占めています。

過激派仏教徒の攻撃により、現在まで数百人が死亡、14万人が難民となっています。【3月8日 Iran Japanese Radio】
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なお、“ロヒンギャ族はラカイン州の人口の9割を占めています”とありますが、おそらく総人口の3分の1から4分の1ぐらいではないでしょうか。

****ミャンマー国連施設に暴徒、治安部隊の発砲で11歳少女死亡****
国際援助団体に対する仏教徒住民の風当たりが強まっているミャンマー西部ラカイン州シットウェで27日、国連世界食糧計画(WFP)の倉庫を襲撃した暴徒に治安部隊が威嚇射撃を行い、近隣に住む少女(11)が流れ弾に当たって死亡した。ミャンマー警察軍が28日、明らかにした。

AFPの電話取材に応じたミン・アウン中佐によると、少女は州都シットウェのWFP倉庫近くにある自宅にいたところ、流れ弾に当たった。当時、倉庫は暴徒の襲撃を受けており、殺到した群衆を解散させるため、治安部隊が威嚇射撃を行ったという。

シットウェには夜間外出禁止令が出され、事態は沈静化したと同中佐は述べた。他に負傷者は出ていないという。

シットウェでは26日夜、ドイツを拠点とする医療支援NGO(非政府組織)「マルティーザ・インターナショナル」の米国人活動家が仏教旗を冒とく的に取り扱ったと非難する数百人の仏教徒が、同NGOの事務所を包囲。これがきっかけで暴動が起きていた。

■少数派ロヒンギャ人を「NGOがえこひいき」
今回の暴動発生後、外国人30人を含む人道支援活動家70人以上が警察に保護された。ミャンマー国営メディアによると、国連(UN)の人道支援事務所も襲撃を受けたという。

ラカイン州では多数派の仏教徒と少数派のイスラム教徒ロヒンギャ人との深刻な対立が続き、2012年には衝突の激化で数十人が死亡、約14万人が自宅を追われた。

こうした事態を受け、同州ではさまざまな国際NGOが人道支援活動を行っているが、ミャンマーの仏教ナショナリストらは、活動家らがロヒンギャ人に同情的で偏向していると非難してNGOへの圧力を高めている。

ミャンマーは3月末に1983年以来となる国勢調査の実施を控えており、シットウェではイスラム教徒に抗議する目的で仏教旗が市内各地に掲げられている。【3月28日 AFP】
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国勢調査ではロヒンギャはどのような扱いになるのでしょうか?

イスラム国では、外国人がコーランなどの扱いでイスラム教を侮辱したとして暴動がしばしば起きていますが、そうしたことはイスラムの専売特許ではなく、仏教でも同様のようです。

ロヒンギャの問題では、「彼ら(イスラム教徒)は人口を増やして経済力をつけ、国家を乗っ取るつもりだ」といった仏教徒のイスラムに対する反発・不信感に加え、「そもそもロヒンギャはミャンマー人ではない」という差別意識が根底にありますので、解決が難しい状況にあります。

民主化への取り組みが国際的に評価されているミャンマー政府やスー・チー氏など野党勢力も、こうした一般国民の感情に抗することは難しいようです。

【「停戦合意なしに(軍の機能低下につながる)改正はできない」】
一方、民主化問題については、憲法を改正してスー・チー氏の大統領への道を開くことを軍部が許容するかどうかが焦点となっています。

****ミャンマー:国軍記念日 式典で民主化後押しの姿勢示す*****
ミャンマーの首都ネピドーで27日、国軍記念日の式典があった。ミンアウンフライン国軍司令官は演説で「国軍は民主国家の建設に国民や政府とともに参加すべきだ」と述べ、民主化を後押しする姿勢を改めて示した。

今回は故アウンサン将軍の抗日蜂起から69年に当たる。昨年初めて招待された野党指導者で将軍の娘アウンサンスーチー氏は今年も、他の政党幹部らとともに出席した。

ミャンマーでは独立(1948年)以来、国軍と少数民族の各武装組織との内戦が続き、政府は今も「全国的な停戦合意」に向け交渉を続けている。

司令官は「国家の安定のためには停戦が最優先する」と指摘。「真の民主国家」に向け、軍優位を規定した憲法の改正論議が国会で進んでいることを念頭に「状況に応じ憲法は改正されるべきだが、現状では(本格的な)内戦が再発する可能性がある。停戦合意なしに(軍の機能低下につながる)改正はできない」とも述べ、国家の「安全装置」としての軍の責務を強調して改正論議をけん制した。【3月27日 毎日】
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で、どうするんだ・・・という結論はわかりません。

テイン・セイン大統領の任期は16年3月までです。
大統領は議会で選出されますが、2015年には総選挙が予定されていますので、その総選挙後に新大統領を選出することになります。

それまでに、大統領資格に関する規定や、議会における軍人枠などの憲法改正が行われるのかどうかですが、厳しい情勢ではあります。
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ウクライナ  情勢を大きく左右する“ガス・水・電気”などの問題

2014-03-27 22:58:03 | 欧州情勢

(26日、ブリュッセルでEUのバローゾ欧州委員長(左)、ファンロンパイ大統領(右)と会談したオバマ米大統領 「欧米が何世代にもわたり作り上げた国際秩序が試練のときを迎えている」(オバマ大統領) “flickr”より By RC Isidro http://www.flickr.com/photos/47403588@N07/13426702975/in/photolist-mstn1T-mu6wws-mu4Dre-mtkX53-mqZTzP-mr2d1f-mqZkwc-mqZRqZ-mr2aAL-mr1aSP-mr29xy-mr25yb-mr1bdD-mqZS3R-mqZN7z-mqZh4a-mr25gN-mr19RR-mqZNkv-mqZSst-mqZzuH-mqZQ76-mqZRL8-mr2rBJ-mqZg3H-mqZW8V-mqZnX4-mqZAAF-mr27E5-mr2qqW-mqZPqM-mkwRR3-mpjT4c-msJfYF-mmbp98-mkvA5K-msGVg8-mmYCeV-moyabc-mn2Uga-mn3D7t-mn2SJT-mn4LfW-moeVvc-mtfwa3-mnsAo4-mmD1KZ-mu7oL6-mnz6Js-mmgjVa-mp2v8y)

世界の経済・政治力のバランスを変えうるシェール革命
アメリカで進むシェールガス・オイルの生産増加が世界の資源需給、ひいては国際関係に大きな影響をもたらすことは、これまでも再三取り上げてきました。

****米シェール革命の世界的影響****
エネルギー・アナリストであり、ピューリッツァー賞受賞者のダニエル・ヤーギンが、1月8日付Project Syndicateで、非在来型資源によるエネルギー革命が、米国に新たな回復力の源を提供しており、技術革新が如何に世界の経済・政治力のバランスを変えうるか論じています。

すなわち、エネルギーにおける、今世紀これまでで最大の技術革新は、シェールガスとタイトオイル(シェール層や砂岩層などの高密度な岩盤層から採取される中・軽質油の総称)の開発である。

豊富な供給量により、米国のガス価格は欧州の3分の1、アジアの5分の1ほどに下がった。タイトオイルは米国の石油生産を増やし、その増加量は12あるOPEC諸国の内8カ国それぞれの生産量よりも多い。

実際、国際エネルギー機関(IEA)は、今後数年間で米国はサウジアラビアとロシアを追い越し、世界最大の石油生産国になるだろうと予測している。

アメリカのシェールガスやタイトオイルは、世界のエネルギー市場を変えつつあり、米国に対する欧州の競争力及び、全般的な中国の製造競争力を低減し、世界政治にも変化をもたらしている。

世界で新たに開発されたLNG生産の多くは米国市場を念頭に置いていた。今、そうしたLNGは欧州市場に向かい、伝統的な供給国のロシアとノルウェーには、予期せぬ競争をもたらしつつある。

厳格な経済制裁がイランの石油輸出に課された時、多くの人は、世界の石油価格が急上昇し、制裁が最終的に失敗することを恐れた。しかし、米国の石油生産増加は、イラン産石油の不足を補うに余りあり、僅か2年前には気乗りしなかったような真剣な交渉の舞台に、イランを駆り立てている。

アラブの国々では、米国におけるタイトオイル生産の急速な増加が、中東での関与低下を加速させるのではという不安が募りつつある。

しかし、実際には、しばらく前から中東からの石油供給は、米国にとって大きな位置を占めていない。タイトオイルの増産以前ですら、ペルシャ湾は米国の総供給の約10パーセントを提供していたにすぎない。

米国の戦略的利益を定義するのに与っていたのは、中東からの直接的な輸入ではなく、むしろ世界経済と世界政治への石油の重要性であった。これは、この地域が、米国の中心的な戦略的関心であり続けるであろうということを意味する。

しかし、シェール・エネルギー革命は、全体として、米国に新たな回復力の源を提供し、アメリカの世界における地位を向上させている。米国におけるシェールガスやタイトオイルの出現は、技術革新がいかに世界の経済力、政治力のバランスを変えることができるか、今一度示している、と述べています。(後略)【3月24日 WEDGE】
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欧州が求めるアメリカのガス輸出緩和
このアメリカのシェールガス・タイトオイルは、現在国際問題の焦点となっているウクライナ・ロシア問題にも大きく影響します。

強硬な姿勢をとるロシアへ欧州各国が統一的対応をとることに苦慮しているのは、ロシアに天然ガスを依存してことが大きな原因となっており、欧州側の足元を見る形でロシアが強気に出ているとも言えます。

もしロシアに変わる天然ガス供給先が増加すれば、その分欧州側の選択の幅もひろがります。

また、ロシアが対欧州関係で切り札にしている天然ガスは、逆に言えばロシアにとって致命的な弱点ともなります。
天然ガス・石油といった資源輸出に依存した経済構造から脱却できないロシア経済にとって、天然ガス供給先が増加して長期的に自国の資源の輸出競争力が低下することは、経済の根幹を揺さぶることになります。

****資源でも脱ロシア模索 欧州、米のガス輸出期待****
欧州連合(EU)が資源でも「脱ロシア」へ動き始めた。
ロシアの天然ガスに頼っていることが、ウクライナ情勢を巡るロシアへの経済制裁に思い切って踏み切れない「弱み」にもなっているためだ。

欧州では、米国に天然ガス輸出を求める声が強まる。EU首脳は26日、ブリュッセルでオバマ米大統領に直談判した。
「米国が天然ガスを国際市場に供給してくれれば、世界にとってありがたい」。首脳会談後の共同会見で、EUのバローゾ欧州委員長はこう述べた。

オバマ氏は「(EUと交渉中の)自由貿易協定(FTA)を結べば、欧州向けの天然ガス輸出の許可がより出しやすくなる」と前向きな姿勢を見せた。会談後の共同声明でも「将来の米国のガス輸出の見通しを歓迎する」との文言が盛り込まれた。

ロシアに資源を大きく依存する欧州にとって、資源調達元の多様化は切実だ。それだけに欧州側は最近、「米国に天然ガス輸出のための制度を整えて欲しい」(ドイツのメルケル首相)と、天然ガスの輸出を要望する姿勢を強めてきた。

EU諸国はロシアから複数のパイプラインを通して天然ガスを輸入。EU全体で使う天然ガスの約3割はロシア産。ドイツでも4割近くを占める。2006年や09年にウクライナとロシアが対立し、ウクライナ経由のガスが滞った際にも「調達元」の多様化が議論されたが、進まなかった。

今回、クリミア併合を巡る対ロシア制裁でも、EUは資源禁輸には踏み切れていない。ロシア産ガスをEU側が買わなければロシアに大打撃を与えられるが、依存度が高い今の状況では、EU側が受ける被害も大きいからだ。米国が欧州へのガス輸出に乗り出してくれれば、ロシアへの「攻め手」が増える。

欧州からの呼びかけに、米議会でも、欧州を支援すべきだという意見が強まっている。共和党のバラッソ上院議員(ワイオミング州)は「プーチン(ロシア大統領)が行動を起こしている今、ロシア経済を弱めるために、米国産ガスを利用すべきだ」と議会公聴会で訴えた。

米国では近年、地下にある硬い頁岩(けつがん)(シェール)の岩盤に含まれる天然ガスを取り出す技術が進み、天然ガス生産が拡大している。米エネルギー情報局(EIA)によると、米国の原油と天然ガスの生産量は昨年、ロシアを抜いて世界一となった見通しだ。

米国はこれまで、輸出は生産量の一部にとどまり、低価格の天然ガスは国内にとどまっていた。そのおかげで、米国の天然ガス価格は、日本の5分の1、欧州の3分の1といわれ、米国内の企業にとっては大きな強みになっている。

米国では、FTAを結んでいない相手国へLNG(液化天然ガス)を輸出する場合、エネルギー省の許可を必要としている。

日本の商社などが参加する3件を含め7件が承認されたが、20件以上は承認待ちになっている。共和党議員らは、この手続きの迅速化を求めている。産業競争力に加え、ロシアへの対抗上、安全保障の観点から、欧州に天然ガスを輸出すべきだ――という論だ。

ただ、オバマ氏は26日の会見で、資源調達元の多様化は「一晩でできるものではない」とも指摘。米国に期待するのと同時に「欧州でも独自に調達元を探すことが有益だ」とクギを刺した。【3月27日 朝日】
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対ロシア経済制裁という“新冷戦”にもつながりかねない危険な手段を使わなくても、アメリカが自国産業保護政策を緩めて資源輸出を拡大するだけで、市場原理に沿って需給バランスが変化し、結果、ロシアは苦しい状況に追い込まれていきます。

アメリカ政府の判断ひとつで可能な対応ですが、国内事情で簡単ではなさそうです。それは、“内向き”が言われるアメリカの国際対応の本気度を測るひとつの目安にもなるでしょう。

アメリカが資源輸出を拡大すれば、原発停止で大量の天然ガス輸入を強いられ、割高な天然ガス輸入代金支払いに困っている日本にとっても朗報となります。
アメリカからの直接的な輸入の道が開けるだけでなく、競争的に他のルートの供給価格も低下します。おそらく、真っ先にロシアが日本向け輸出を現在以上にアプローチしてくるでしょう。

ウクライナ本土に依存するクリミア経済・社会
国際関係には、派手な軍事的にらみ合い以外に、資源・エネルギーの問題を含めた人・物の流れなどが大きく作用します。
ロシアが編入したクリミア情勢についても同様です。

****クリミア:観光ピンチ ロシアはキャンペーンも****
ウクライナ南部クリミア半島の観光産業が窮地に立たされている。

クリミアがロシア連邦に一方的に編入されたことで、65%を占めるウクライナ人観光客の減少が見込まれるためだ。ロシア側は国民にクリミア旅行を呼びかけるなど対策に乗り出している。

クリミア南部セバストポリ市の黒海沿いにあるヘルソネス遺跡は、古代ギリシャの植民地だった紀元前6世紀の都市遺跡で、昨年に日本の富士山とともにクリミア初の世界遺産に登録された。年間36万人が訪れ、遺跡管理責任者のラリーサ・セジコワさんは「観光客は3割増えた。遺跡の保存と修復にも力を入れている」と話す。

クリミアはほかにもヤルタなど風光明媚(めいび)な保養地があり、年間の観光客は約600万人、観光収入は5800億円にのぼる。

しかし、春の観光シーズン入り直前に起きた“政変”で暗雲が垂れこめている。ウクライナ新政権はクリミアに関し、「不法に占拠された領土」として国民の訪問制限を打ち出しており、セジコワさんも「影響は避けられない」と指摘する。

一方、ロシアは政府を挙げて「クリミアに行こう」キャンペーンを開始。
クリミアの観光客のうちロシア人は25%だが、クリミア自治共和国のユルチェンコ・リゾート観光相は「60〜70%に高めたい」と意気込む。

ホテル宿泊料の10〜20%割引や、空路や航路の新設・増便などが検討されている。またロシアのコザク副首相は、露企業に対し従業員の保養先を従来のトルコやエジプトからクリミアに変更するよう求める考えを示した。【3月26日 毎日】
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短期手には、ロシア政府あげてのキャンペーンである程度カバーはできるでしょうが、長期的にはどうでしょうか?
クリミアにとってもウクライナとの関係正常化は不可欠になってくるように思われます。

観光よりもっと直接的問題は、水・電気・ガスなどの供給です。

“クリミア半島がウクライナから切り離される影響は、観光客に限らない。クリミア半島は水道の約8割、電気の約8割、ガスの約6割5分を、ウクライナ本土からの供給に頼っている。ロシアとの間には陸地がつながっておらず、ウクライナは、地理的に半島を兵糧攻めにできる立場にある。”【3月25日 国末憲人氏 フォーサイト】

****ロシアがウクライナ側に初の譲歩 キーワードは「水****
クリミア半島をめぐり、緊張状態にあるロシアとウクライナ。そんな中、ロシア側が初めて譲歩する姿勢をみせた。その背景にあるものとは。

「司令官を解放せよ」ロシアが、ウクライナからのクリミア半島併合を決めた直後の3月20日、ショイグ・ロシア国防相はクリミア自治共和国政府に、こんな緊急要請をした。 

19日にロシア側の武装勢力が、半島に艦隊基地があるウクライナ海軍のハイドゥク司令官を拘束、連行していた。「市民に向けた武器の使用を伝えた」疑いだった。
要請後、まもなく司令官は解放された。これは、武力を背景にクリミア半島を取り返す強硬策を続けてきたロシアが、初めてウクライナ側にした譲歩である。

なぜ、これほどあっさり譲歩したのか。
それを説明するキーワードは「水」だ。

司令官の連行を受けてウクライナのトゥルチノフ大統領代行は、「司令官を解放しなければ、しかるべき技術的な措置を取る」と警告した。「技術的な措置」とは、ウクライナ本土から半島に供給している水、電気、天然ガス、通信などインフラの一切を指す。

半島はウクライナ本土とペレコープ地峡で結ばれている。その幅はせいぜい数キロしかない。そこに用水路、ガスのパイプライン、送電線、鉄道、道路が集中している。電気の9割、水の7割は本土に依存しているといわれる。

ウクライナが豊かな水量を誇るドニエプル水系からの送水を打ち切ると、たちまち半島は干上がってしまう。
このためロシアは、半島が東部でロシア本土と向き合うケルチ海峡に、橋と合わせて送水管などのインフラ施設も整備する予定だ。

だが、電気やガスはともかく、半島の200万住民をドニエプル水系から切り離して送水管だけでまかなえるかどうかは、はなはだ疑わしい。
つまり、水などのインフラを使ってゆさぶられる可能性を完全に消すには、半島の先のウクライナ本土も押さえる必要がある。

半島の併合後も、ロシアがウクライナ東南部への軍動員を認める上院の許可を取り消さない背景には、表向きのロシア系住民保護の題目のほか、こうしたことも指摘されている。※AERA 2014年3月31日号より抜粋【3月25日 dot】
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これまでも、ウクライナ側が送電を半減させ、クリミアで停電が起きている・・・との報道もあります。

*****クリミアへ送電半減=ロシア編入に対抗か―ウクライナ****
ロシアに編入されたウクライナ南部クリミア自治共和国のテミルガリエフ第1副首相は23日、ウクライナ国営電力会社ウクルエネルゴがクリミアへの電力供給を半分に減らしたことを明らかにした。地元通信社が伝えた。

クリミア半島のロシア編入への対抗策として、ウクライナ新政権が送電を削減した可能性がある。新政権はクリミアで16日に実施された住民投票の結果を「一切認めない」との立場を表明していた。

第1副首相によると、クリミアの一部で停電が起きているという。【3月24日 時事】 
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【“切り札”は慎重に
ただ、この“水・電気・ガス”といったカードは慎重に切る必要があることは素人でも想像できます。
住民の生活、生命に直結する問題であるだけに、ロシア側の“半島の先のウクライナ本土も押さえる必要がある”という強烈な反応を惹起する危険もあります。

切り札は切らずに、伝家の宝刀は抜かずに、相手を牽制するために使うものです。
現状では、ロシアがクリミアを手放すことは考えられません。
それを強いるような施策は、ロシア側との軍事衝突を覚悟する必要が出てきます。

現実的対応としてはクリミアを取り戻すということではなく、ウクライナ本土へのロシアの侵攻拡大を抑止するという戦略の一環として“水・電気・ガス”といったカードも使用すべきでしょう。

ロシアの政治・統治システムには、人権・自由に十分に配慮していないという根本的な問題があります。
“本当にロシア編入がよかったのか?”クリミア住民自身が考える日がくるでしょう。
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エジプト  初公判から2日後の「即決裁判」で同胞団支持者529人に死刑判決

2014-03-26 22:56:38 | 北アフリカ

(3月21日、カイロ東部で行われたムスリム同胞団の支持者らによるデモ(ロイター/Al Youm Al Saabi Newspaper)【3月24日 Newsweek】)

国連:裁判の基本的な条件さえも満たしていない国際法違反と批判
****モルシ前大統領派529人に死刑判決、エジプト****
エジプトの司法筋によると、同国中部ミニヤの裁判所は24日、ムハンマド・モルシ前大統領派529人に死刑判決を下した。

モルシ前大統領が昨年7月に追放されて以来、前大統領を支持するイスラム勢力は、軍主導で発足した暫定政権が開始した激しい弾圧に直面しており、数百人が死亡、数千人が逮捕されている。

24日の判決は22日に始まった裁判の2回目の公判で言い渡された。判決を受けた529人のうち、153人は身柄を拘束されているが、残りは逃走している。被告側は控訴できる。また、他に17人は無罪となったという。

ミニヤでは1200人以上のモルシ前大統領派が裁判を受けており、今回判決が下されたのはその一部。約700人の被告からなる第2のグループの公判は25日に予定されている。

モルシ前大統領派の被告たちには、昨年8月14日に首都カイロで同派の抗議運動の拠点を治安部隊が排除した後に、南部で民間人や公共施設を襲撃した容疑がかけられている。またミニヤで警官2人が死亡した事態を招いた暴力についても罪を問われている。

被告の中には、モルシ前大統領の支持基盤であるムスリム同胞団の最高指導者ムハンマド・バディア氏など同組織の幹部数人が含まれている。【3月24日 AFP】
**********************

モルシ前大統領解任後、ムスリム同胞団による座り込みの抗議集会を昨年8月14日に治安部隊が強制排除した際に、各地で前大統領支持者ら600人以上が死亡したと言われています。

今回裁判になった被告らは、こうした治安部隊へ反発から各地で警察署などを襲撃したとされています。

なお、その襲撃で死亡した警官については、上記記事では“ミニヤで警官2人が死亡した事態を招いた暴力についても罪を問われている”とありますが、“弁護人によると、被告らは13年8月14日、ミニヤの警察署や行政庁舎を襲撃して武器などを略奪、警察幹部1人を殺害し、市民にも発砲したとされる。”【3月24日 毎日】と、1名とする記事もあります。

死亡警官が1名でも2名でも大差ありませんが、その殺害に対し、22日に始まった裁判の24日の2回目公判で、529人に死刑判決・・・・というのは、やはり異常としか言えません。

529人全員が直接の犯行にかかわった訳でなく、その関与の程度は様々と思われますが、そうしたことは一切考慮されていないようです。
多くの被告は裁判にも出席しておらず、一人一人の被告の具体的な罪状は明らかにされていません。【下記NHK記事より】

当然ながら、国際的には強い批判を招いています。

****エジプト500人超死刑 国連が厳しく批判****
エジプトの裁判所が軍による事実上のクーデターで大統領職を解任されたモルシ氏の支持者500人以上に対して死刑判決を言い渡したことについて、国連は、多くの被告が欠席のまま短期間の裁判で死刑判決を言い渡され国際法に違反するとして厳しく批判しました。

エジプトの裁判所は、24日、軍による事実上のクーデターで去年、大統領職を解任されたモルシ氏の支持者529人が去年8月に起きた警察署の襲撃に関わったなどとして死刑を言い渡しました。
これについてスイスのジュネーブにある国連人権高等弁務官事務所の報道官が25日、声明を発表し、「大量の死刑判決は手続きに多数の誤りがあり人権に関わる国際法に違反する」として、厳しく批判しました。

具体的には、500人を超える被告の裁判が僅か2日しか開かれず、多くの被告が出席していなかったことや、一人一人の被告の具体的な罪状が明らかにされなかったことなどを指摘しています。
そして、「死刑判決は最も公正で適切な裁判を経て言い渡すべきであるのに今回は裁判の基本的な条件さえも満たしていない」として批判しています。

声明では今回判決を受けた被告以外にも去年7月の事実上のクーデター以降、モルシ氏の支持者が数千人身柄を拘束されているとして、今後に懸念を示しています。【3月26日 NHK】
********************

米国務省のハーフ副報道官も「非道で、衝撃的で、不道徳な行為」と、また、EUのアシュトン対外代表は「死刑判決は絶対に正当化できない」と非難しています。

“弁護側は「裁判官の構成が偏向している」として交代を要求したが、裁判所は拒否。実質的な審理を行わないまま、判決が言い渡された”【3月24日 毎日】
“al qods al arabi net は、この判事はこれまでにも、セクハラ事件(しかも最初の犯行の由)で被告を10年の刑、エジプト伝統の長い衣装の窃盗で30年(窃盗の罪で15年、強盗に刃物を使った罪で15年、計30年)の判決を下した前歴があると報じています”【3月25日 「中東の窓」】
ということで、今回判決が暫定政府の意向を受けてのものなのか、担当判事の“個性”によるものなのかは定かではありません。

“エジプト法務省は、司法と行政府との分離は民主主義の大原則であり、ムフティーの意見を聴くというのは判決を求めてのことではなく、参考意見を聴き、それを参考にするものであり、被告は上告ができるとの法律顧問の声明を発表した。”【3月26日 「中東の窓」】

上記“ムフティー”については、
“シャリーア(イスラム法)の解釈と適用に関して意見を述べる資格を認められたイスラム教の宗教指導者であり、一般的にファトワーを発行する資格を有する”
“シャリーア法廷のカーディー(裁判官)は判断が難しい問題に判決を下す場合にムフティーの意見を求め、ムフティーは必ず文書で意見を提出する。この文書をファトワーといい,カーディーはファトワーに基づいて判決を下す。このため、ムフティーが示した公式見解であるファトワーはシャリーアにおいては判例のような役目を持つ。”【ウィキペディア】
とされています。

エジプト法務省は“ムフティーの意見は参考意見”としていますが、“判決確定にはイスラム法官の承認が必要で、恩赦・減刑などの措置がとられる可能性がある”【3月24日 読売】といった報道もあり、このあたりのエジプト司法手続きについてはよくわかりません。

いずれにせよ、上告した段階、あるいは“ムフティーの参考意見”で減刑される、更に言えば、4月中にも行われる予定の大統領選挙に当選するであろうシシ“新大統領”(現国防相)が“減刑”して、寛容と慈悲を国民に示す・・・ということはありそうです。そのための準備として死刑判決が出された訳でもないでしょうが。

冒頭AFP記事では“約700人の被告からなる第2のグループの公判は25日に予定されている”とありますが、その関連ニュースはまだ見ていません。
さすがに反響の大きさから、対応を検討しているのでしょうか?

軍主導暫定政権の強権的側面
暫定政権下の治安当局・司法の厳しい姿勢は、今回判決だけではありません。

****エジプト デモに参加の女性に禁錮刑****
事実上のクーデターで誕生した暫定政府への抗議デモが続くエジプトで、裁判所がデモに参加していた女性14人に対して11年を超える長期の禁錮刑を言い渡し、デモの自由の制限につながる不当判決だという批判が相次いでいます。

エジプトではことし7月、軍による事実上のクーデターでモルシ氏が大統領職を解任されて以降、モルシ氏の出身母体のイスラム組織、ムスリム同胞団が軍と暫定政府に対して抗議デモを続けています。エジプトの裁判所は先月、北部アレクサンドリアで抗議デモに参加していた女性14人に対し、禁錮11年1か月の判決を言い渡しました。

14人は、ムスリム同胞団を支持する10代から20代の若者で、法廷では鉄格子の中に収容され、エジプトの国営通信によりますと、武装してデモに参加し治安部隊に暴力をふるった罪などが認定されたということです。

ムスリム同胞団は、モルシ政権当時から裁判所と対立しており、判決について「デモは平和的なもので裁判所は暫定政府と結託してデモの自由を奪っている」として強く反発しています。

エジプトでは、今月24日に治安当局にデモを禁止する権限を与える法律が成立したばかりで、今回の判決には人権団体のほか暫定政府を支持するリベラル勢力の一部からも、量刑が不当に重くデモの自由の制限につながりかねないという批判が相次いでいます。【2013年11月29日 NHK】
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“武装してデモに参加し治安部隊に暴力をふるった”とされる14名女性の中には、現場をとおりがかっただけの者も含まれているそうです。

****惑うアラブ:クーデター後のエジプト/3 まかり通る強引な捜査****
地中海に面するエジプト北部アレクサンドリア。10月31日朝、海岸通りを主婦のサルク・ムハンマドさん(40)は長女ラウダさん(15)と歩いていた。心臓病持ちで、主治医から毎日1時間の散歩を勧められていた。

「みんな、逃げて」。女性の悲鳴が聞こえたのは、食事の約束をしていた夫ラマダンさん(44)の職場近くまで行った時だった。脇道からモルシ前大統領の出身母体・イスラム組織ムスリム同胞団などのデモ隊が出てきて、治安部隊が追いかけ始めた。サルクさんたちは混乱を逃れるため、道路を横断し、タクシーを呼び止めた。そこで治安部隊に捕まった。「関係ない」と訴えたが、警察署に連行された。

母親と登校途中だった中学2年のスハンダ・アブドルラフマンさん(13)は混乱劇を携帯電話のカメラで撮影していた。治安部隊に携帯電話を取り上げられ、抗議した母親と一緒に拘束された。

「極秘捜査の結果、同胞団員と断定した」。弁護士によると、事件で拘束された24人について、警察の捜査報告書には結論だけが書かれていた。容疑は暴力の扇動や公共交通の妨害などだ。だが少なくとも5人はデモと無関係だった。

強引とも言える捜査がまかり通るのは、8月14日から非常事態令下にあったからだ。治安当局は、司法手続きを経ずに市民を拘束できる状態をフル活用して、同胞団を抑え込んだ。11月14日に非常事態令が解かれた後も、公共施設前などに軍や治安部隊の装甲車が常駐し厳戒態勢は続く。

情報統制も強まっている。複数のエジプト人記者によると、7月以降、政府系メディア以外の新聞でも、軍の批判記事は掲載しない暗黙のルールができているという。アレクサンドリアの事件でも、大半のメディアは当局側の見立てのまま「同胞団支持者の女性が逮捕された」と報じた。

11月27日、裁判所は24人のうち18歳以上の14人に禁錮11年、15〜17歳の7人に少年院送致を言い渡した。スハンダさんら14歳以下の逮捕者3人は年齢を考慮して逮捕当日に釈放されたが、無実を訴えるサルクさん母子やスハンダさんの母親も有罪となった。

審理はわずか2回。弁護側は「デモをしただけで罪になるのはおかしい」と訴えたが、裁判所は起訴内容を追認した。

弁護側はすぐに控訴を決めた。「妻子を誘拐されたも同然だ。もうこんな国にはいたくない」。サルクさんの夫ラマダンさんがやり場のない怒りを漏らした。【2013年12月3日 毎日】
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反政府活動を厳しく封じ込めようとする暫定政権ですが、シシ国防相は対テロ特殊部隊の創設を発表し、更に“治安維持”に務める意向を示しています。

社会の安定はムバラク政権崩壊後の政治混乱に嫌気した国民の望むところでもあり、昨今のエジプト社会の在り様は、そうした国民世論と強権的な軍主導暫定政府の性格がリンクして生まれたもののように思えます。
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ハンガリー  ホロコーストの責任に関する歴史認識

2014-03-25 23:08:25 | 欧州情勢

(極右政党ヨッビクの集会に参加するスキンヘッドの若者たち “flickr”より By Michael Colello Images http://www.flickr.com/photos/87634520@N08/13253112495/in/photolist-mc8EBz-mc8w9x-mc8Jf6)

【「悪のドイツ」が「無垢なハンガリー」を襲う・・・
自身の生命や外交官としてのキャリアを犠牲にしながらもナチス軍のホロコーストからユダヤ人を救済したユダヤ民族の“救済者”(The Rescures)と呼ばれる外交官たちが、スウェ-デン、米国、スペイン、スイス、イタリア、バチカン小国、ドイツ、日本、英国、トルコ、中国、ポルトガルと多数の国々に存在し、その外交官たちが救済したユダヤ人の総数は20万人にもなったそうです。

その中の一人が、「日本のシンドラー」と呼ばれた駐リトアニア領事代理の杉原千畝氏です。
杉原氏はポーランドなど欧州各地から逃げてきたユダヤ人たちに日本外務省の指令を無視して通過ビザを発行し、約6000人のユダヤ人を救ったと言われています。

“救済者”(The Rescures)の中でも最も良く知られている人物が、スウェーデン人外交官ラウル・ワレンバークです。
駐在先のハンガリーで約10万人のユダヤ人たちにスウェ-デンの保護証書を発行して救ったが、ナチス軍の敗北後、ハンガリーに侵入してきたソ連軍によって拉致され、行方不明となっています。ソ連の刑務所で射殺されたといわれています。【2013年1月28日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』より】http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52019081.html

ワレンバークの活動に見られるように、ナチス・ドイツに協力し、その後ナチスの占領を受けることになったハンガリーでは、他の欧州諸国同様に多数のユダヤ人がホロコーストの犠牲になっています。

****ハンガリーとユダヤ人弾圧****
ハンガリーはオーストリア・ハンガリー二重帝国下で第1次世界大戦に敗れ、国土の3分の2を失った。
1920年に指導者となったホルティ・ミクローシュ海軍提督は30年代、ナチス・ドイツと協力し、領土回復を進めた。

ホルティ氏は国内のファシスト政党とは距離を保ったが、ユダヤ系住民を弾圧。米ホロコースト博物館によると41年に約82万人いたユダヤ系住民のうち生き残ったのは約25万人だった。【3月25日 朝日】
******************

ハンガリー自身がそうした自己の歴史をどのように認識するのか・・・日本を含めて、長期にわたり自己の歴史に向き合うことは非常に難しいことです。

ややもすれば、時間とともに“加害者”としての意識は薄れ、“被害者”としての立場を主張するようにもなります。
また、いつまでも“加害者”としての責任を追及されることに嫌気し、反動的に自らの正当性を主張する人々が、過去との時間的つながりが薄い若者層を中心に増えてきます。

****ハンガリーは被害者」に反発 「ナチスに占領された」記念碑計画****
第2次世界大戦のホロコースト(ユダヤ人大虐殺)から5月で70年を迎える東欧ハンガリーで、ユダヤ系団体が国の記念事業をボイコットする構えだ。

発端は、大戦末期のナチス・ドイツによる占領をめぐる記念碑の建立計画。旧枢軸国だったハンガリーを被害者として描く案に、強い反発が広がった。

 ■ユダヤ系「弾圧に関与」
首都ブダペストの国会議事堂に近い自由広場は、歴史が交錯する場所だ。正面に社会主義時代に建てられた、ソ連軍兵士をたたえる巨大な石碑。その向こうに冷戦終結時のレーガン米大統領の笑顔の銅像が立つ。

庭師のセープ・ジョルジョさん(56)は「記念碑が建つたび誰かが喜び、誰かが怒る。そんなものなら、ない方がいい」と言った。

騒ぎは、政府が1月に突然、広場にナチス・ドイツによる占領から70年を記念する碑を建てると発表したときから始まった。

ドイツが同じ枢軸国のハンガリーを占領したのは、戦況が悪化した1944年3月19日。同年5~7月、43万7千人のユダヤ系ハンガリー人がアウシュビッツ強制収容所に移送され、ほとんどが犠牲になった。

記念碑はハンガリーを象徴する天使にドイツのタカが飛びかかるデザインで高さ7メートル。「悪のドイツ」が「無垢(むく)なハンガリー」を襲う図案に、ユダヤ系団体は猛然と反発した。

ハンガリーでは、ドイツによる占領前から激しいユダヤ人弾圧が続いていた。1920年に最初の反ユダヤ人法が成立。ヒトラー政権と協力した30年代はユダヤ人の結婚や就職が制限され、強制労働で多くが命を失った。41年には2万人がドイツ占領下のウクライナに送られ殺害された。

ドイツがハンガリーを占領したのは、同国がひそかに連合国との休戦を模索したからだ。
ただ、歴史家のウングバーリ・クリスティアン氏(44)は「占領後もほとんどの閣僚がそのまま残り、ドイツの要請を上回る規模でユダヤ人を死のキャンプに送った」とする。

クーミン官房副長官は「政府がホロコーストの責任を否定したことは一度もない。記念碑はユダヤ系住民を含め占領のすべての犠牲者を悼むためだ」と説明する。

しかし、若手のユダヤ教指導者ケベシュ・シュロモー氏は「記念碑から伝わるのは『ハンガリーも悪かったが、もっと悪い国があった』というメッセージだ」と憤る。

ユダヤ系の最大団体は2月の総会で、記念碑が建立されれば、政府がホロコースト70年に向けて進めるすべての事業への関与をやめることを決めた。

 ■極右躍進、与党も愛国政策
突然持ち上がった占領記念碑の計画の背景に、4月に迫った総選挙の影を見る声が強い。

オルバン首相の中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」は経済危機を背景に、2010年の総選挙で3分の2の議席を握った。11年4月には野党の反対を押し切って新憲法(基本法)を可決。「強いハンガリー」を前面に出し、欧州連合(EU)との関係をぎくしゃくさせたが、今も支持率は高い。

その「フィデス」の不安の一つが、前回17%得票して第3勢力に躍進した極右政党ヨッビクの存在だ。同党議員らは「政界、経済界のユダヤ人をリストアップすべきだ」と発言し物議を醸すが、若者への浸透が著しい。「フィデス」は対抗上、さらに愛国的な政策を出す必要に迫られていた。

一方、オルバン氏は昨年5月にブダペストでの世界ユダヤ人会議で、反ユダヤ主義を強く批判した。ホロコースト70年で新たな記念センターの計画も表明。ユダヤ人差別への取り組みは左派より熱心、とみるユダヤ系団体幹部もいる。

ハンガリー・ユダヤ系住民連盟のヘイズレル・アンドラーシュ議長は「正直、悩ましい」と漏らす。オルバン氏が、国際的に約束した「反ユダヤ主義との戦い」と「強いハンガリー」の間で背反する立場をとっている、とみるからだ。

12年施行の新憲法は前文で、ドイツによる占領の日から社会主義崩壊後に初の総選挙が行われた1990年5月まで「ハンガリーは主権を失っていた」と規定する。一部の歴史家らは、今もこの前文を「『世界大戦で負けたのも、社会主義で自由が制限されたのも、みな外国のせいだ』と言うに等しい」と批判する。

ドイツの占領とソ連の影響下にあった戦後の社会主義時代を「二つの占領」とする史観は、オルバン氏の持論だ。最初に政権についた2000年代初め、オルバン氏は二つの時代を展示する「恐怖の館」博物館を建設した。シュミット・マリア館長は「ハンガリーにホロコーストの責任はあるが、それを負うべきは占領に協力した者たちだけ」と話す。

セゲド大学のカルシャイ教授(歴史学)は「若者たちは、ハンガリーを悪者に描く歴史はもう聞きたくないと思っている。経済危機でEUや国際通貨基金(IMF)から干渉を受けているという思いが、こうした史観を広げている」と話す。【同上】
*********************

「政府がホロコーストの責任を否定したことは一度もない」との建前を維持しつつも、自らの関与・責任についてはなるべく薄めていこうとする・・・。

「若者たちは、ハンガリーを悪者に描く歴史はもう聞きたくないと思っている。経済危機でEUや国際通貨基金(IMF)から干渉を受けているという思いが、こうした史観を広げている」

“自虐的”な歴史観にうんざりした人々の増加に、政府も愛国的な政策を出してすり寄っていく・・・・

なんだか、よその国の出来事とは思えない感があります。

総選挙で注目される極右政党と国外ハンガリー人
4月6日投票の総選挙に関しては、その民族主義的傾向が欧州において問題視されている与党フィデスは、前回ほどの勢いはないものの、高い支持率を維持しているようです。

****ハンガリーで総選挙:4月6日投票****
ハンガリーで総選挙:静かな街頭、賑やかな報道
2010年の総選挙後、4年の任期をまっとうしたフィデスが国民の審判を受ける。

1990年の民主化後、二期連続で政権を維持したのは2002−2010年の社会党政権しかない。(北海道大学スラブ研究センターのホームページに東欧各国の選挙結果データベースがあるので、詳細はそちらで参照可能 http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/election_europe/hu/result.html

今回の選挙における最大の見どころは現オルバーン内閣が政権を維持できるかどうかであろう。
事前の世論調査ではフィデスが最も高い支持を受けているが、30−40%の支持率に留まっている。2010年総選挙のような3分の2の議席をとる勢いはない。(中略)

残り20%あまりの有権者のうち、過激な民族派と言われるヨッビクが15%ほどの支持を集めている。党員も4年前の1万人から1万6千人に増えたと言われ、前回の17%を上回るほど支持をのばすのか、それとも前回のようなヨッビク旋風はもう吹かないのか、これが今回の選挙のもう一つの争点である。

ヨッビクはハンガリー語でJobbikと表記し、「右派」とも訳せるし、「より良い」という意味にもとれる。反ユダヤ主義を平然と口にし、EU脱退を公約に掲げている。(中略)

二大政党による誹謗中傷合戦が激しさを増すと、当然の結果として、有権者の大政党に対する不信感が募っていく。それが第三勢力への支持拡大に結びつく可能性は高い。とりわけヨッビクに票が流れるのではないかと考えられている。

まさにこの点が、社会党系とフィデス系の二派に分かれた白熱のテレビ討論で、司会者に指摘された瞬間、両派が急に和んだ態度に豹変したことがあった。

4月6日が投票日である。この投票に参加できるのは、18歳以上のハンガリー国民だが、今回からは事情が少し変わる。ここに今回の総選挙のもう一つの見どころがある。

つまり、外国籍でも二重市民権でハンガリー市民権を持つ者は、総選挙に参加できるようになったのである。
ハンガリーの近隣諸国に合計で200万人を越えるハンガリー系住民が少数民族として存在する。この人々をハンガリーの国政選挙に参加させようという考えである。
ハンガリーの人口が1000万人なので、その20%に相当する規模である。

オルバーン首相は前政権時代(1998年−2002年)からこの「国外ハンガリー人」を「ハンガリー国民」として統合する政策を打ち出し、様々な権利を「国外ハンガリー人」に与えてきた。その代表例が「地位法」と呼ばれる特別立法措置であり、隣国でのハンガリー語教育支援などを実践してきた。

2010年からの第二次オルバーン政権では、二重市民権を国外ハンガリー人に積極的に供与する施策を行ない、今回の総選挙から二重市民権を取得した国外ハンガリー人が、比例区に限られるが、国政選挙に参加できるようになった。

もっとも実際に投票するのは数十万人程度ではないかと予想されている。フィデスはその大半が自党に流れると期待しているが、果たして国外ハンガリー人はどう判断するのか、これも今回の選挙の争点である。【2014年3月15日 北海道大学スラブ研究センター家田研究室 「一緒に考えましょう講座」】http://lets-think.com/election2014/
**********************

後半の「国外ハンガリー人」への市民権付与などの政策は、ハンガリー系住民が多く居住するスロバキアなど周辺国からは、政治的介入を招く恐れがあるとの強い反発を受けています。
クリミアに侵攻したロシアや、かつてのナチス・ドイツなど、「自国民の保護」は対外侵略の常套手段です。

そのあたりの話は、2010年5月28日ブログ「ハンガリー 在外ハンガリー系住民への国籍付与」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100528で取り上げたことがあります。

前回ブログ当時は「選挙権は与えられないなど実質的な権利は限られている」とのことでしたが、今回選挙からは投票権を有するようです。

3月23日にフランスで行われた統一地方選挙の第1回投票では、欧州統合反対を掲げる極右勢力の「国民戦線(FN)」(マリーヌ・ルペン党首)が躍進しています。
極右勢力の台頭が言われている欧州にあって、ハンガリー極右政党ヨッビクの動向、民族主義的施策を強める与党フィデスの動向など、注目されるところです。
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中国  “中国民主化の一里塚”烏坎村の挫折 民主化に不可欠な「民」の自覚

2014-03-24 22:57:15 | 中国

(広東省・烏坎(ウーカン)村 村民委員会の主任(村長)選(2012年3月3日)に向け、それを監視する独立選挙委員会の委員を選出する村民投票の様子  “flickr”より By pengjo  http://www.flickr.com/photos/pengjo/6930708391/

現代版「百姓一揆」は、政府側の「完敗」で決着
2年以上前の話になりますが広東省・烏坎(ウーカン)村での出来事が、中国共産党の意向ですべてが決まる感がある中国において異例の展開を見せ、中国民主化にとっての一歩となるかも・・・と注目を集めたことがあります。

烏坎村での“画期的”な出来事は概略は以下のとおりです。

******************
「暴動」以前の烏坎村一帯では、長らく不動産開発を狙う企業と地元の村政府が組んで農民から農地の使用権(耕作権および居住権)を安く買い取り、それを転売して巨額の利益を上げるという手法が横行してきた。

怒った農民らは一昨年の2011年9月、数千人で村政府の建物や警察の派出所を包囲、一部は破壊行為に及んだ。
同年12月、再び大規模な衝突が発生、この時、警察に拘束されたリーダーの1人が署内で死亡したことから村民は激昂、村の周囲にバリケードを作って立て籠もり、当局側は逆に村を封鎖して「兵糧攻め」にするという事態にエスカレートした。一触即発、全面衝突の危惧が高まったところで、突如として広東省政府高官が地元テレビに出演、同村の民衆の訴えに理解を示し、破壊行為に対しても逮捕や処罰しないことを約束した。

前後して市の幹部が村を訪れ、政府の手法に不当なところがあったことを認めて謝罪する一方、過去の土地収容を見直し、交渉に応じる考えを伝えた。2012年2月には村の幹部を選ぶ選挙(中国では村レベルでは以前から条件付きながら選挙が行われている)が実施され、抗議活動のリーダーが村政のトップに就任、12月の「暴動」で警察に捕まった5人の村民のうちの1人が村の選挙管理委員会の委員に選出された。

さらに警察署内で不審死した男性の娘が高得票で村民代表(村議会議員のようなもの)に選出されるという結果になった。

かくしてこの現代版「百姓一揆」は、政府側の「完敗」で決着、農民との間で土地返還交渉に乗り出すことになった。【2013年03月04日 田中 信彦氏 WISDOM】
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烏坎村での“画期的”な出来事は、このブログでも
2012年1月18日ブログ「中国 烏坎(ウーカン)村争議リーダーが党支部書記に 中国共産党は変わるのか?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120118)で取り上げました。

しかし、現段階では烏坎村の事例は“異例”であり、中国の政治改革が全体的に進むうえではまだまだ大きな課題、強い抵抗があることも、烏坎村の事例とも関連しながら
2012年2月6日ブログ「中国 温家宝首相、改めて改革開放の必要性強調 安定維持重視の保守派との路線対立か」
2012年3月1日ブログ「中国 党大会・権力移譲を控えて、改めて表面化する政治体制改革論議」
などで取り上げたところです。

進まない土地返還 噴出す村民の不満
その後、烏坎村についての記事は目にすることもなくなりましたが、“やはり・・・”というか、厳しい現実に直面しているようです。

****直接選挙実現の中国の村、有力2候補を当局拘束****
共産党支部書記らの長年の専横に住民が抗議し、「公正な直接選挙」が2012年に実現した中国広東省陸豊市烏坎村で、抗議運動の中心人物で先の選挙で村民委員会副主任(副村長)に選ばれた2人が今月中旬、相次いで当局に拘束された。

2人は同委主任(村長)・副主任を決める31日の次期選挙への参戦を予定しており、村民の間では、出馬阻止のため当局が圧力をかけたとの見方が広がっている。

陸豊市検察当局の発表などによると、拘束されたのは楊色茂、洪鋭潮の両副主任。ともに村の民生工事に絡んで賄賂を受け取ったとして連行された。楊副主任はその後、保釈された。

また、香港紙・明報は24日、やはり抗議運動の中心人物で任期途中で村民委員を辞任した荘烈宏氏が滞在先の米国で、「当局による迫害への懸念」から政治亡命を準備していると伝えた。【3月24日 読売】
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村政府に抵抗して村民の民意を反映した選挙を行い、住民の利益を代表する代表を選ぶという“民主化、政治改革への一歩”を踏み出したかのようにも見えた烏坎村で一体何が起きたのか?

烏坎村の改革が壁にぶつかっていることは、すでに1年前には明らかになっていたようです。
そのあたりの事情を、1年前に書かれた前出田中信彦氏のリポートで紹介します。

****深層中国 ~巨大市場の底流を読む 第48回あれから1年、烏坎村はどうなったか ~「民主」への遠い道のり****
・・・・それから1年の時間が経って、この村はどうなったか。
結論から言えば、残念ながら事態は全く前に進んでいない。というよりむしろ中国社会で「民主化」というものがいかに困難であるか、その実現には恐ろしく長い、難しいプロセスを踏まなければならないことを実感させるものになりつつある。(中略)

曖昧な農地の財産権。「土地の奪還」は不発に
ここまではよかった。大変なのはここからである。新たな村指導部は農民が「奪われた」土地の返還もしくは相応の金銭的な補償を求めて交渉を始めたのだが、これがまったく埒があかない。

土地を買い取ったデベロッパーにしてみれば、腐敗した指導部とはいえ、当時の正式な村政府の許可を得て「合法的に」買い取った土地を返さなければならない理由はない。

もし村政府が「土地を返せ」と要求すれば、デベロッパーは投資した資金と損害賠償を請求するだろう。そんなカネが村政府にあるはずもなく、旧指導部の責任を問うたところでカネが出てくるわけでもない。

結局、村の新指導部が農民に土地を返そうにも、その土地の大半はすでに「合法的に」人手に渡ってしまっており、手が出せない。その背景にあるのが、中国の農村の土地制度の曖昧さである。
都市部の不動産であれば、土地の所有権は国にあるが、都市部住民や企業は50~70年といった期限付きではあるが、その土地の使用権が法的に財産権として確立しており、それが侵害されれば法律に基づいて抗議し、裁判に訴えることもできる。

しかし農村部では、土地は法には「集団所有」といって村の農民全体に集合的な所有権がある建前になっている。
「全体の所有権」とは事実上、誰にも所有権がないのと同じで、現実の管理者である国や地方政府に大きな裁量権が生まれる。正当な手続もないまま農民の土地がタダ同然で収用され、転売されてしまう事態が発生する根本的な原因はここにある。このあたりの制度改革なしに土地を取り返すことは難しいのが現状だ。

民主化のせい」で開発がストップ
一方で古い指導部からこれらの土地を獲得したデベロッパーが大儲けしたのかといえば、そうでもない。
これらの土地はすでに開発されてマンションや高級戸建て住宅などになっているが、この村の「暴動」は全国的に有名になってしまい、いつ農民に取り戻されるかわからない。

こんな物件を買う人も借りて住む人もいるはずがなく、開発された物件は塩漬けのまま放置されているという。デベロッパーとしては商売のアテが外れて大きな損害を受けた格好になっている。このことがさらに次の問題を生んでいる。仮に農民から正当な手続を経ずに収用された土地であったとしても、そこにマンションが立ち、リゾート開発がなされたりして新たな投資が入れば村の経済はそれなりに成長する。
新たな住民や観光客が入り込むなどして経済が活性化することで地価がさらに上昇するなど経済的なメリットを得ることもできる。

ところが今回の抗議活動のおかげで同村の新たな開発は事実上ストップし、新たな資本の流入は期待できなくなり、村の成長戦略が描けなくなってしまった。こうした事態に対して、村の中で意見の対立が表面化し始めた。不当な手続で土地を奪われた農民が抗議するのは当然としても、村民の間にも温度差はある。

直接に大きな損害を受けていない村民にしてみれば、村外の資本による開発で新たに入るはずだった資金や地価上昇の期待、経済成長のチャンスが騒ぎのせいで水泡に帰したと映る。
「余計なことをしてくれた」という感覚である。

こうした村民たちは新しい指導部に対して「自分の土地を守るために村全体の利益を犠牲にしている」と攻撃を始めた。これには新しい村の指導部はかなり精神的にショックを受けたようだ。
今回の村民たちの抗議活動の中心人物で、選挙後に村の党書記(村政のトップ)に選出された、村の長老格である林祖恋氏は最近のテレビインタビューで「自分が指導者になったのは村の人々のためであって、自分の利益など一切考えていない。そうでなければ誰がこんな損な役回りを引き受けるものか。今ではリーダーになったことをひどく後悔している」と語っている(東方衛星テレビ局13年2月14日放送 「烏坎前維権骨幹争奪権力村主任後悔維権 (*日本の漢字に置き換えています。)」)。

国内の政治的事件も影響か
中央の政治的雰囲気もこの事件の「その後」に影響を与えた可能性がある。
抗議活動が起きた11年9~11月、事件の民主的な解決を主導したとされているのが、当時の広東省トップの汪洋氏である。改革派で豪胆な人物との評価が高い。
「暴動」の初期段階で広東省の高官を村に派遣し、いち早く謝罪をさせて村民の怒りを鎮めたのは同氏の指示というのが定説だ。

ところが翌12年に入ると、秋の党大会で中央政治局常務委員会入りを狙う同氏は突出した動きを控えたとみられている。
最大の後ろ楯の姿勢の変化を反映してか、広東省政府は以後、烏坎村の問題に積極的な関与を少なくしていく。

また12年2月には中国の政界を震撼させた薄熙来事件が発覚、クーデター説も飛び交う異常な状況に政府は民主化どころではない状況に陥ったこともこの問題解決の足を引っ張った。

かくして村の期待を集めつつ民主的な選挙で選ばれた新指導部は村民からは「何の成果もない」「自己利益を図っている」と批判され、上級政府からは「面倒なことをしてくれるな」と疎んじられ、デベロッパーには損害賠償を求められかねないという孤立無援の状態に陥ってしまった。

運動の熱が冷めてみれば、村の民主化のためにあえて立ち上がったはずの新指導部を支援する人は次々と消えてしまったのである。【2013年03月04日 田中 信彦氏 WISDOM】
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また、高口康太氏は「選挙だけでは民主主義は育たない、「烏坎村の苦境」を評す―中国(1)」【2013年5月22日 KINBRICKS NOW】で、烏坎村の出来事を「中国民主化の重要な一里塚」ともてはやす見方を厳しく批判する李昌金氏(中国の農民問題専門家)の下記のような指摘を取り上げています。

****なぜ今、烏坎事件的な騒ぎが起きるのか****
烏坎事件的なもめ事、すなわち村役人が不当に安く村の共有地を企業に売り渡し、村民たちが正当な権利を求めて抗議するといった事件は中国ではごくごく一般的だ。

だがそれを「横暴な村役人と騙されていた村民たち」という図式で理解するのは間違いだと李氏は指摘する。

烏坎的なもめ事が生み出されるメカニズムは以下のとおりだという。

・改革開放後、農村にどうにかして企業を誘致しようという動きが広がる。
・企業誘致のリソースとなったのは土地。農村の土地などもともと安いもので、当時は農民たちすらたいして重視していなかった。そこで激安、あるいは無料で企業に提供することで誘致するという戦略が広まった。
・こうして企業を誘致した村役人は、上級自治体からは「見事な思想開放っぷりよ」と褒めたたえられた。また村民には「投資家が工場を建てれば、地元に税金を払い、地元の人間を雇う。土地提供の優遇政策は損ではない」と説明され、村民たちも納得していた。
・だが奇跡的な成長を遂げた中国では土地の値段が暴騰。10~20年前に企業が取得した土地の値段、あるいは年々払われる土地貸借料は安すぎるのではなかろうか、と不満を招く。
・土地を提供した当時、村民たちは納得していた。だが調べてみると、村の重大な決定をする場合には開くべきである村民大会が開催されていなかったなどの手続き上の瑕疵が見つかる。
・“騙された農民たち”の決起。

なお李氏は烏坎において村トップが収賄や横領などの汚職をしていたかについては分からず、中国全土に通じる一般的な状況だと説明している。【2013年5月22日 高口康太氏 KINBRICKS NOW】
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【「民」の自覚の変化なしに指導層を取り替えても、政治の仕組みを多少変えてもどうにもならない
一言で言えば“カネをめぐる争い”に過ぎないということでしょうか。
烏坎村の出来事を絶賛する人を激しく批判する李昌金氏も、中国農村の現状には改革が必要なことを指摘しています。そして「選挙をやっただけじゃ民主主義は根付かない」ということで諸々の制度改革の必要性を訴えています。

その点において、前出田中信彦氏のリポートも同様です。

****仕組みが変わらない限り、何も変わらない****
どうしてそうなってしまったのだろうか。まず言えるのは「仕組み」が変わらない限りどうにもならないということだ。

確かに今回の農民たちの抗議活動で村の指導部は民主的な手続で交代した。これは画期的なことには違いないが、新指導部を取り囲む制度や仕組みは何も変わっていない。
農地の所有権の問題も、デベロッパーと地方政府の利害関係も、開発業者と発注する官庁の構造的癒着も、村の長年の姻戚関係も、何も変わっていない。

そういう中で指導部の顔ぶれが変わっても、結局のところ何もできなかったということだ。確かに以前の村の指導部は腐敗しており、デベロッパーや建設業者などから不正な利得を得ていたとされる。

だがこうした腐敗行為が深く経済活動に組み込まれていると、腐敗を前提にシステムが出来上がっているため、役人が腐敗しないと政府の仕事全体が動かなくなってしまう。

住宅を建てるのも、学校や病院を建設するのも、結局のところ政府の投資である。役所の仕事が回らなくなれば人々の生活に差し支えるから村民は不満を持つ。その状態が長期化すれば、逆にそのことが攻撃の対象になってくる。

つまり「民主化」への移行期にかかるコストを人々は本当に負担する意志があるのかという問題である。現時点では村民の意識はあくまで自らの損害の補償にあり、政治の民主化を望んでいたわけではないというのが現実だ。

前述したリーダーの林祖恋氏は同じインタビューで「一部の村民たちは理性を失い、新しい指導部にいいがかりや無理難題をつきつけて責めたてている。新しい指導部を転覆させようとしている者もいる」などと語っている。

本来、やっとのことで自分たちの力で新しい代表を選んだのだから、多少のことは我慢しても指導部を支持し盛り立てていくのが筋だろう。ところが現状はその逆になっているようだ。

一時の熱気に駆り立てられて古い指導部を追い払うことはできるが、新たな政治の仕組みづくりに関与しようとはしない。それどころか自ら選んだはずの新指導者に無理難題を突きつけ、要求が実現しないと罵倒する。

献身的に努力してきた指導者たちは村民たちの姿勢に嫌気が差し、新指導部の数人はすでに村政の場から去り、リーダー格の林氏も「後悔している」と公開の場で発言するまでになっている。新たな村政は崩壊寸前である。 

「民主化」か「経済的利益」か
(中略)それに対して村民の側は、運動が高揚している間は「カネより民主」だったが、事が落ち着いて冷静になってくると「民主よりカネ」と言い出す人々が増えてきた――ということだろう。

「民主」となればカネは自分で稼がねばならない。専制的な権力の下では、言うことを聞いていれば政府がなんとかしてくれる。もちろんそのプロセスで権力に連なる人々はさらに潤う仕組みになっているのだが、そこは見ないふりをしていればいい。

権力者の言うことが多少気に入らなくても、腰を低くしてさえいれば後のことはすべてお上が考えてくださる。権利がないのだから自分では何も政治的な判断をする必要はないし、投票したわけでもないから責任を取る必要もない。貰えるものだけ貰って、充分に貰えなければ文句を言う。

「民」としてはある意味で楽な仕組みである。こういう感覚が数十年にわたって持続してきた社会で、「自ら道を決め、自ら責任を取る」という「民主」の発想が根付くには想像を絶する変化を経なければならないだろう。

そういう「民」の自覚の変化なしに指導層を取り替えても、政治の仕組みを多少変えてもどうにもならない。そのことは今回の烏坎村の問題の推移を見れば容易に想像がつく。

怖いのは、中国という国全体が「烏坎村化」する事態である。「民」の意識も社会の構造も変わっていないのに、充満したガスが何らかのきっかけで爆発し、既存の仕組みが崩れる。

もしかしたらそのきっかけは外国との武力衝突かもしれない。広東省の一農村で起きた小さな問題ではあるが、事の顛末は中国社会の改革の難しさを明瞭に示している。【2013年03月04日 田中 信彦氏 WISDOM】
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中国の農村問題だけでなく、“アラブの春”後のエジプトなど、“民主化”に踏み出したとされる国々での混乱ぶりにもつながる問題に思われます。
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中国  拡大する日本企業に対する“強制連行訴訟”

2014-03-23 23:31:55 | 中国

(日本に強制連行された労働者の遺族と一緒に中国・北京の日本大使館前に立つ存命の元労働者の男性(2013年5月13日撮影) 【3月19日 AFP】)

【「歴史が残した問題を正確に認識し、適切に処理するよう要求する」】
日中戦争時に日本に強制連行され、北海道や福岡県の炭鉱などで過酷な労働をさせられたとして、中国人被害者や遺族の計37人が2月26日、日本コークス工業(旧三井鉱山)と三菱マテリアルを相手取り、1人100万元(約1650万円)の損害賠償と謝罪を求める訴訟を北京市第1中級人民法院(地裁)に起こした件については、この種の問題に関する司法判断に対する実質的決定権を有する中国共産党指導部がどのような判断を行うか注目されていました。

強制連行訴訟については、生存者や遺族が日本企業を提訴する訴訟が日本の裁判所で1990年代以降相次ぎ、地裁段階では原告勝訴の判決も出ましたが、日本の最高裁は2007年4月、「中国が戦争賠償の請求を放棄した1972年の日中共同声明で、個人の請求権も放棄された」との原告敗訴の判断を示しています。
その一方で、最高裁は「関係者が被害の救済に向けた努力をすることが期待される」とも付け加えています。

日本政府は「中国が戦争賠償請求権を放棄した日中共同声明後、請求権の問題は存在しない」という立場を取っています。
ただ、中国側は「共同声明で放棄したのは国家間の賠償であり、個人の賠償請求は含まれていない」との立場で、中国外務省報道官は当時、「強烈な反対」を表明したうえで、強制連行を「日本軍国主義の中国人民に対する重大な犯罪」と非難しています。

同様の訴訟は、中国でも2003年と10年に提起されましたが、対日関係を重視した共産党の判断があったと推測され、裁判所は受理しませんでした。

しかし、昨今の日中関係の悪化、中国側が日本の歴史認識を問題視し、そのことを国際的にもアピールする形で国際的な対日圧力を強めようとしているなかにあって、中国指導部は今回訴訟を受理する姿勢に転じ、3月18日、司法当局によって受理されました。

中国政府は、「これは中国の裁判所が法に基づき出した決定だ」と、裁判所の判断を支持した上で、日本側に対して「歴史が残した問題を正確に認識し、適切に処理するよう要求する」と促しています。

****中国:強制連行訴訟 指導部の「歴史問題で妥協せず」反映****
日中戦争時に強制連行され過酷な労働を強いられたとして、中国人被害者や遺族らが日本コークス工業(旧三井鉱山)と三菱マテリアルを相手取り損害賠償や謝罪を求めた訴訟を北京市第1中級人民法院(地裁)が18日に受理したのは、中国側が歴史問題で妥協しない姿勢を堅持している事情が背景にある。

「訴えは中国の法律にも符合するものであり、重大な意義がある」。法院から受理の通知を受け北京市内で記者会見した原告側の康健(こうけん)弁護士はこう話し、裁判への自信を見せた。提訴時は原告が37人だったが、現在は40人に増えたという。

原告側は「2社による被害者は9415人」としており、強制連行に関わった企業は35社、被害者は3万8953人としている。原告団には北京市や河北省、山西省、上海市の弁護士もおり、同様の訴訟が中国各地で続く可能性もある。(中略)

裁判が開かれれば、企業に賠償を命じる判決が出る可能性があり、中国で事業を展開する日系企業にとって新たなリスクになりそうだ。

歴史問題を巡っては、全国人民代表大会(全人代=国会)で李克強(りこくきょう)首相が政府活動報告で「第二次世界大戦の勝利の成果と戦後の国際秩序を守り抜き、歴史の流れを逆行させることは決して許さない」と強調。

中国メディアによると、この直後に最長の12秒の拍手が起きており、国内で歴史問題は高い関心を集めている。22日から訪欧する習近平(しゅうきんぺい)国家主席はドイツなどで歴史問題で日本をけん制するとの見方も出ている。法院の提訴受理は、こうした指導部の言動を反映した動きとみられる。【3月18日 毎日】
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中国側のこうした対応に、日本側は懸念を表明しています。

****官房長官:強制連行訴訟の受理影響を懸念****
菅義偉官房長官は19日午前の記者会見で、日中戦争時の中国人強制連行被害者らが日本企業に損害賠償を求める訴訟を中国の裁判所が受理したことについて「中国国内で類似の事案を誘発することになりかねず、日中間の戦後処理の枠組みや日中経済関係への影響を深刻に懸念せざるを得ない」と表明した。菅氏は「日中間の請求権問題については個人の請求権の問題も含めて、日中共同声明の発出後、存在しない」と政府の立場を改めて強調した。【3月19日 毎日】
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なお、戦後補償を巡っては、韓国でも日本側が決着済みと位置づける元徴用工の損害賠償訴訟が続いています。
“中国国内の動きに「歴史問題で日本への圧力を強めるため、韓国との連携を強化する思惑もあるのではないか」(日中関係筋)との指摘も出ている”【2月26日 毎日】

【「原告は最終的に3千人前後に膨らむ可能性もある」】
訴訟の方は予想されたように急速に拡大しており、すでに原告が1000人規模となっており、“最終的に3千人前後に膨らむ可能性もある”とも指摘されています。

****強制連行」訴訟、原告1000人規模に 中国、さらに拡大も****
戦時中に日本に連行され過酷な労働を強いられたとして中国人元労働者ら40人が日本企業2社を相手取り中国の裁判所に起こした損害賠償請求訴訟で、原告に加わる意向を示した被害者と遺族が千人近くに達していることが22日分かった。今後さらに増える可能性があり、被告企業の対応が焦点となりそうだ。(中略)

起訴状に記載した原告は40人だが、原告側代理人の康健弁護士によると、訴訟に加わる意向を示している元労働者と遺族は千人近くに及ぶ。康弁護士は「原告は最終的に3千人前後に膨らむ可能性もある」との見通しを示した。

裁判所が原告の追加を認めた上で2社による強制連行の被害者と認定すれば、被告企業は膨大な賠償金の支払いを迫られる可能性がある。日中関係の大きな火種になるのは必至だ。

原告側は日本外務省がまとめた報告書をもとに強制連行された中国人が約3万9千人、関わった日本企業が35社に上ると主張。2005年の調査ではうち24社が現存していたといい、2社以外の提訴も「排除しない」との構えだ。【3月23日 朝日】
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現在の日中関係の状況からして、訴訟は原告側に有利に展開するものと思われます。
原告側は「訴訟が唯一の解決法ではない」と強調し、和解による実質的補償を求める動きもあるようです。

****被告企業の譲歩を期待 原告、個別交渉実らず 中国、強制連行訴訟****
戦時中の強制連行をめぐり中国で起こされた損害賠償請求訴訟に、千人近い元労働者や遺族が参加の意思を示していることが明らかになった。裁判所が原告の追加を認めれば日本にとって大きな政治的圧力になるのは避けられない。鍵を握るのは被告企業の対応だ。

北京の裁判所が膨大な数に上る元労働者らを被害者と認定し、原告に加えるかが焦点となる。
ただ中国の裁判所は共産党の指導下にあり、政治の影響を強く受ける。対日感情が悪化する中、裁判所が訴えを受理した以上、「被害者に不利となる判断をするとは考えにくい」というのが外交筋などの一致した見方だ。

中国外務省幹部は「日本の政府と企業が政策的、行政的にも誠意を示してこなかったことが今回の提訴につながっている」と指摘。
元労働者の訴えについて、「(1972年の日中)共同声明で放棄したのは、戦争行為による直接の被害。強制連行と慰安婦、遺棄兵器の問題は、戦争賠償とは別問題というのが中国政府の立場だ」と強調する。

原告側代理人の康健弁護士は「ある企業と和解交渉を続けたが、誠意のない事務的な対応に終始した。和解の希望はないと判断したのが提訴の直接の引き金だ」と話している。

日本の最高裁は2007年、西松建設を相手取った元労働者らの訴えについて「(中国は日中共同声明で)個人の請求権も放棄した」と退けた一方、「関係者が被害の救済に向けた努力をすることが期待される」と付け加えた。

こうした判断を踏まえ、原告側は企業側と個別の和解交渉を継続。西松建設は2億5千万円を拠出して被害者の基金を設立して和解したが、他企業には動きが広がっていない。

原告側は「訴訟が唯一の解決法ではない」と強調し、今回訴えた三菱マテリアルと日本コークス工業(旧三井鉱山)から歩み寄りを引き出し、他の企業にも波及させたい考えだ。

一方、和解が成立しなければ中国の裁判所が原告敗訴の判決を出す可能性は低いとみられており、「他の日本企業が萎縮し、中国から撤退する動きが出てきかねない」(日中外交筋)との懸念も高まる。

強制連行問題に関する知識と経験を持つ中国の弁護士は少なく、大半が北京の弁護団に名を連ねている。今後は北京の原告団に加わることを望む被害者が増えるとみられ、当面は北京の裁判所に訴えられた2社の対応が焦点となりそうだ。

■原告団が強制連行に関わったと主張する主な企業
古河機械金属(旧古河鉱業)、日鉄鉱業、三菱マテリアル、日本コークス工業(旧三井鉱山)、三井造船、住友金属鉱山、宇部興産、熊谷組、飛島建設、大成建設、鉄建、IHI(旧播磨造船所)※2005年段階の調査による
【3月23日 朝日】
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強制連行に関しては、上記のような報道にあるような情報しか持ち合わせていませんので、特にコメントすべきものはありません。

自らの過去から逃げない対応を
ただ、日中・日韓の間に横たわる戦争時の諸問題にかんする一般論で言えば、日本は法律的な形式論、あるいは細部にこだわった議論を超えて、相手国民の心に届くような対応をすべきと考えています。

近年の中国の力を背景にしたような強圧的な対応、韓国の執拗な日本批判など、感情的には苛立たしいことも多々あります。
戦争時の問題についても、法的な解釈の問題もあるでしょう。
具体的事例については、細部において「日本はそんなことはしていない」というような部分もあるでしょう。

しかしながら、日本が朝鮮半島を統治し、中国を戦場としたという事実は厳然としてあります。

当時の日本のやむを得ない諸事情はあるでしょう。
日本だけが侵略行為を行っていた訳でなく、当時としては常識的な対応だったと言えば、そうでしょう。

しかしそれでも、日本統治下で、日本との戦争において、多くの人々が苦しみ、生命・財産を失った事実は変わりません。

仮に、強制連行や慰安婦問題で日本側に言われるような非道な行為はなかったとしても、日本による統治下での貧困などの社会問題、あるいは日本との戦争によって引き起こされた社会的混乱から惹起された諸問題であったことは間違いないでしょう。

当時の価値基準では普通のことであったとしても、現在の価値基準からすれば許されないようなことも多々あったでしょう。被害者側の感情として“当時は当たり前だった”で済まされるでしょうか?

現在の日本でも、“ヘイトスピーチ”やネット上の見るに堪えない差別的暴言、先日の“Japanese only”の件などに見るように、強い民族差別意識が残存しています。

ましてや、当時の一般的日本人が中国や韓国の人々にどのような意識を持っており、その結果どのような行動をとったかは想像に難くないところです。

加害者側は時間とともにそうした記憶は薄れていき、いつまでも蒸し返されることに苛立ちますが、被害者側は全く別です。

そのことは、日本と中国・韓国の立場を入れ替えて想像してみれば明らかなことです。
もし、日本が支配され、戦場とされていたなら、その当時に起きた悲惨な多くの出来事について“もう法律的に済んだこと”“別に暴力的に強要した訳でない”“仕方ない事情があったし、他の国だって同様の事をしている。”云々で納得するでしょうか?

日本がとるべき対応は、形式的な問題や些末な問題にこだわらず、日本の責任を認めることではないでしょうか。
見苦しい言い訳・責任逃れを行わないことが、日本人としての最低限の誇りであり矜持であると考えます。

日本がアジアで、世界で尊敬される立場を得ることができるとしたら、それは経済力や軍事力ではなく、自分の過去から逃げない責任ある対応によってではないでしょうか。
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ロシアがウクライナ本土への国際監視団派遣を容認 本土への侵攻はない・・・?

2014-03-22 23:22:17 | 欧州情勢

(ウクライナ東部ノボアゾフスクの国境検問所には、ロシア武装車両の侵入を食い止めるため、コンクリートブロックが路上に置かれていた=2014年3月21日、篠田航一撮影 【3月22日 毎日】)

欧米の対ロシア制裁 ロシアはウクライナ東部国境へ軍集結
クリミアを編入したロシアと、これに反発する欧米の対立は、ロシア制裁を巡ってヒートアップしています。
欧米側の制裁強化に対し、ロシア側はウクライナ東部国境に兵員を終結させて、ウクライナ東部への介入拡大をちらつかせる形で圧力をかけています。

****ロシア、EU制裁に猛反発=「報復の権利留保」―国境に兵士2万人超****
ロシアのプーチン政権は22日、欧州連合(EU)がウクライナ南部クリミア半島のロシア編入決定を受けて対ロ制裁を拡大したことなどに猛反発した。
オバマ米政権も既に追加制裁を決め、ロシアと欧米の対立は一段と深まっている。

米メディアによると、ロシア軍はウクライナ東部との国境付近に精鋭部隊を中心に2万人以上の兵士を集結させ、米政府はロシア軍の今後の動きに警戒を強めている。

ロシア外務省のルカシェビッチ情報局長は「異なった事実に基づくEUの(制裁拡大)決定は残念だ」と表明。その上で「ロシアはこれに適切に報復する権利を留保する」と警告した。

EUは21~22日の首脳会議に合わせ、ウクライナ新政権との間で「連合協定」の政治関連部分に署名した。ウクライナのティモシェンコ元首相は1カ月前に親EU派デモ隊がヤヌコビッチ前政権を崩壊させたのを念頭に、EU加盟に向けた協定署名は「第2の勝利だ」と歓迎している。

一方、ロシアのプーチン大統領は21日、米政府に追加制裁指定された資産規模国内17位の銀行「バンク・ロシア」を、自身の給与受取口座に指定したと明らかにした。銀行保護の姿勢とともに、オバマ政権への「徹底抗戦」の意志を示した形だ。

米NBCテレビによれば、ロシア軍はウクライナ東部との国境沿いに主に精鋭部隊の兵士を移動させ、攻撃ヘリコプターも配備した。ロシアのショイグ国防相は「演習が目的で、ウクライナ側に入る意図はない」と述べているが、同国に圧力をかけ続ける狙いがうかがえる。【3月22日 時事】 
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欧米とロシアの“力くらべ”のカギを握るのは欧州・EUの対応だと見られています。
アメリカは、“新冷戦”のようなロシアとの決定的対立は、シリアやイランなどロシアの協力を必要としている国際情勢にあって避けたいところですが、多少の経済関係の冷え込みぐらいであれば、もともとロシアとの経済関係がそんなに大きくないだけに、さほどの直接的影響はありません。

一方、欧州・EU側は天然ガス輸入や貿易関係でロシアとの関係に大きく依存しており、対ロシア制裁は欧州内各国でも温度差があり統一的対応がどこまでとれるかが注目されています。
ロシア・プーチン大統領の強気の対応の裏には、欧州側は本格的対ロシア経済制裁には踏み込めない・・・と、欧州側の足元を見たところがあります。

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今後のカギを握るのはEUの動向だ。
貿易額に占めるロシアの比率は米国が1%に満たないのに対し、EUは米国の約10倍の年約4500億ドルに達し、ロシア経済への影響ははるかに大きい。

みずほインターナショナル(ロンドン)は「全面的な貿易停止の場合、ユーロ圏は輸出全体の4・7%を失い、成長率を2%押し下げる」と推計。立ち直りかけた欧州経済が大きな痛手を被るリスクを指摘している。【3月22日 毎日】
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・・・・ソ連崩壊で混乱した経済も豊富な資源をてこに回復し、原油収入を積み立てた戦略的予備費の基金は計1740億ドルに上る。最大の貿易相手国である中国との経済連携も進んでおり、欧米との“制裁合戦”でエネルギー輸出に影響が出た場合でも「数年間は持ちこたえる」(ゴルツ氏)との見方もある。

 ◇欧州、相互依存で制裁限界
「欧州にはロシアに思い切った制裁などできない。自分たちの首を絞めるだけだ」。ロンドンの国際金融街・シティーの金融コンサルタントの男性(64)は冷ややかに語る。「プーチン氏もそれを見越している。冷戦期とは違う」

ロンドンは1991年のソ連崩壊で流出した資金の受け皿となり、新興財閥などの台頭後は資金調達の場としてロシアと結びついてきた。ロンドン証券取引所に上場・証券預託するロシア企業は約70社に上り、英国以外では最多。市場調査会社によると、2013年までの10年間でロシア企業が調達した資金は約4000億ドル(約40兆円)に達した。

ロシア経済と欧州の結びつきは金融だけではない。英BPなど資源大手が開発プロジェクトで露国営ロスネフチなどと提携しているほか、自動車業界も独フォルクスワーゲンや仏ルノーが大型投資を実施。仏食品大手ダノンはロシアに20以上の生産拠点を持ち、売り上げの11%を稼ぐ。

こうした事情を反映し、欧州連合(EU)は20日の首脳会議で対露追加制裁を決めたが、経済制裁には踏み込めなかった。スウェーデンのラインフェルト首相は「ロシアに投資する企業が400もある。影響を見極めないと実施できない」と経済制裁に異議を唱えた。

ロシアへのエネルギー依存度の高いブルガリア、ロシア人の高額預金者が多いキプロス、ルクセンブルクも経済制裁に反対し、ロシア側の思惑通りになっている。反ロシアの東欧の外交官は「欧州は弱みを見せた」といらだちを隠さない。

米国の金融市場でも先週、衝撃が走った。米連邦準備制度理事会(FRB)が外国中銀や国際機関から管理を任されている米国債の残高が、12日までの1週間で1045億ドル(4%)も急減したのだ。

これまでの過去最大は昨年6月の324億ドル減で、市場では「資産凍結を回避するため、ロシアが他国にドル資産を移したのでは」との観測が広がった。ロシアは政府・民間で世界12位の1318億ドル(1月時点)の米国債を保有しており、動向次第では米国金融市場にも動揺を与えかねない。

ソ連崩壊から20年あまり。相互依存を深めたロシアに対し、米欧は難しい対応を迫られている。【3月22日 毎日】
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話が横道にそれますが、アメリカ国債の市場動向などアメリカ金市場情勢は、アメリカ国債最大保有国であり、多額の国債に依存している日本経済・財政にも深刻な影響を及ぼします。

本格的な軍事衝突はウクライナ・ロシアも望まず
当面の焦点は、ウクライナ東部へのロシア軍事介入拡大があるかどうか・・・です。
ウクライナ東部の要衝ドネツクからロシアに通じる国境検問所では、ロシア軍車両の侵入を阻止するため、路上に幅約3メートルの護岸用コンクリートブロックが配置され「有事」の緊張が増しているとも報じられています。

冒頭記事にもあるような、ウクライナ東部国境へのロシア軍の終結といった“脅し”(現段階では・・・ということですが)の一方で、ロシア・ウクライナ双方とも本格的な軍事衝突は望んでいないところです。

ウクライナ側は、クリミアでの暴発を未然に防ぐためのクリミアからの“名誉の撤退”をしてでもロシアとの本格的衝突は回避したいのが本音です。

****窮余のクリミア非武装案 ウクライナ、「名誉の撤退」模索****
ロシアが併合を進めるクリミア半島から、ウクライナが軍の「名誉ある撤退」を模索し始めた。
クリミアを不可分の領土とする主張は譲れないが、これ以上の軍事的緊張を避けたいのが本心。ただ、政府が求めるロシア軍の同時撤退と半島の「非武装地帯」宣言の実現は難しい。

ウクライナ国家安全保障防衛会議のパルビー書記は19日、クリミア半島で親ロシア派の武装部隊とにらみ合っている軍の撤退計画を定めたと発表した。引き揚げる兵士とその家族らのため、すでに2万5千の住居を用意したという。

背景には、ロシアが併合を決めた18日から緊張が一気に高まったことがある。
19日にセバストポリ市内の海軍本部が親ロシア派の武装部隊に制圧され、ウクライナ政府は大きな衝撃を受けた。港では20日も内部に兵士が残ったままの艦船に手投げ弾を投げ込まれるなど「挑発」が続いているという。

ウクライナは偶発的な戦闘がロシア軍の侵攻拡大につながることを恐れるが、クリミアを不可分の領土とする立場上、一方的な撤退はできない。政府が国連にクリミアを「非武装地帯」と宣言するよう求める考えを示したのは、この立場を維持したまま現状打開を図るためだ。

ただ、併合の正当性を主張するロシア側が撤退に応じる可能性は低い。ウクライナは対話のチャンネルさえ閉ざされている。政府は19日、緊張緩和を直接協議するため、ヤレマ第1副首相とテニュフ国防相代行をクリミアに派遣したが、2人が乗った飛行機は親ロシア派のアクショノフ自治共和国首相が着陸を許可しなかった。

ウクライナ政府は19日、外務省が声明を出し、ロシアなど旧ソ連諸国のうち11カ国で作る独立国家共同体(CIS)の加盟国の多くが結成当初の目的である独立や領土の一体性を尊重していないと批判。脱退に向け手続きを開始することを明らかにした。

ウクライナは、ロシア、ベラルーシとともにCISの創設にかかわった3国の一つ。1991年12月、故エリツィン・ロシア大統領を含む3首脳が創設協定に調印したことで、ソ連消滅の引き金を引いた。【3月21日 朝日】
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ドイツでの治療からウクライナに戻ったティモシェンコ元首相は“21日、地元テレビとのインタビューで、ロシアのプーチン大統領を「独裁者」と非難、「彼は世界秩序を変え、再編することを決意した」と述べ、プーチン氏の狙いは南部クリミア半島だけでなく、ウクライナ全土の掌握にあると強調した。”【3月22日 産経】とのことですが、このあたりは彼女の政治復帰戦略に沿ったものでしょう。

クリミア併合を歓迎してロシア民族主義が高揚し、プーチン大統領支持率が76%と過去年5年で最高を示すロシア社会ですが、必ずしも軍事衝突に至ることを支持している訳でもないようです。

“レバダセンターの世論調査では、ウクライナへのロシア軍投入を支持するのは21%にとどまり、軍事衝突を懸念する意見が83%に上った。国民の多くはクリミア併合を支持しながら、ウクライナとの紛争を嫌っており、新たな冒険主義は国論分裂につながりかねない。”【3月20日 名越健郎氏 フォーサイト】

クリミアはロシアへ、本土へは侵攻しない・・・で手打ち?】
こうしたなかで、ロシアは「全欧安保協力機構」(OSCE)がウクライナへ国際監視団を派遣することに合意しました。

****ウクライナ:OSCE、国際監視団派遣で合意****
欧州の安全保障機関「全欧安保協力機構」(OSCE、加盟57カ国)は21日夜、ウィーンで緊急の常設理事会を開き、クリミア半島のロシア編入問題で揺れるウクライナへ国際監視団を派遣することで合意した。ロシアの同意が得られたことで、緊張緩和に一定の役割を果たすことが期待される。

しかし、活動地域を巡ってはクリミアを含めるべきだと主張する米国やウクライナなどと、これに否定的なロシアの間に見解の相違が残り、合意文書にクリミアでの活動は明記されなかった。

監視団の派遣はウクライナの要請に基づき、ロシアを含む57カ国の全会一致で決定された。監視団は当面、加盟国などの専門家や外交官ら文民100人で構成される。

ロシア系住民が多い東部のドネツクやハリコフ、親欧米勢力が強い西部リボフなど9都市で、親ロシア、親欧米両派の緊張緩和を目的に、治安状況や少数民族の人権状況などを監視、報告する。

活動期間は6カ月。24時間以内に先遣隊が現地で活動に入る。ウクライナの要請で活動期間の6カ月延長も可能。監視団員も最大で500人まで増員できる。

監視団には、少数派ロシア人が民族主義過激派と衝突、死者も出ているウクライナ東部を監視し、ロシアが「ロシア人保護」を理由に武力介入するのを防ぐ狙いもある。

OSCEは今月初めから国際監視団のウクライナ派遣を協議してきたが、クリミアを武力制圧したロシアが受け入れを拒否していた。今回、ロシアはウクライナのみへの監視団派遣に合意した模様だ。

米国のベア大使は「クリミアは今もウクライナの一部。監視団はクリミアでも活動すべきだ」と記者団に語った。合意文書は「配置転換は常設理事会の決定対象とする」との表現でクリミアへの将来的な派遣に含みを持たせている。

一方、同じく記者団に答えたロシアのケリン大使は「クリミアは(編入手続きが完了した)21日からロシア連邦の一部になった。もうウクライナではないのだから、(ウクライナでの活動が任務の)監視団にクリミア入りの権能はない」と米国側の主張を一蹴した。

外交筋の一人は「米国はクリミアがロシアの実効支配下にあるという現実的な判断によって、また、欧米に制裁を強化されているロシアはどこかで手を打ちたいという判断によって、どちらにとっても都合のよい解釈が可能な灰色決着を図った」と分析する。

また、別の外交筋は「ロシアはクリミア東部への長期間の監視団派遣を容認することで、クリミア以外のウクライナへ武力侵攻する意図がないことを明確にした」と分析している。

OSCEを軸にした仲介組織で事態を打開するよう主張していたドイツのシュタインマイヤー外相は21日、「緊張緩和に資する決定だ」と評価した。【3月22日 毎日】
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クリミアの独立・ロシア編入が完了した現段階で、ロシアがクリミアを除くウクライナ本土への国際監視団派遣を認めた・・・という今回決定は、“常識的に考えれば”、ロシア側も“クリミアは譲らないが、それ以上のウクライナ本土への拡大は考えていない”という意思表明であると解釈されます。

いかなプーチン大統領でも、国際監視団が展開しているウクライナ東部に軍事侵攻することはないだろう・・・という考えです。

対ロシア制裁、東部国境への軍集結といった表舞台での緊張高まりとは別に、本音のところでは、クリミアはロシアに与える代わりに、ウクライナ本土への侵攻は行わない・・・という“手打ち”がなされたと見るのは早計でしょうか。

まあ、19世紀的な力の信奉者と批判されるプーチン大統領のことですから、安易な推測はできませんが。
それと、今後の表舞台での制裁の行方次第では、お互いに引くに引けない状況に陥るということもあり得ます。

【“プーチンはやりたい放題”か?】
なお、ロシア・プーチン大統領がやりたい放題やっている、欧米側はなすすべなくこれを放置している・・・といった印象もあるウクライナ問題ですが、いくつかの留意も必要でしょう。

まず、過激派が主導する形でヤヌコビッチ政権が崩壊した過程は、ロシアからすれば受け入れがたいものがあります。欧米側のロシアへの配慮が不足した面があることも否めません。

特に、野党側要求を“丸呑み”した2月21日の“合意”が反故にされた流れ、これにブレーキをかけなかった欧米側の対応にロシア側は強い不信感を持っています。

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EUを代表した独仏ポーランド3カ国の外相とヤヌコビッチ大統領、野党指導者が同21日、大統領選前倒しなどで合意した文書に署名した。
しかし、市民に拒否され、過激派が大統領府を占拠、ヤヌコビッチ氏はロシアに逃走した。

「崩れかけた家の礎石が引き抜かれた」(EU加盟国高官)と形容される合意崩壊に、ロシアは「裏切られた」(エルスウェヒ教授)と思い強硬策を決断したとの見方が有力だ。ロシアのプーチン大統領は今月18日の演説で「欧米は一線を越えた」と批判した。

だが、欧米は勝利感に酔い、ロシアが警戒する極右勢力も加わった新政権の承認と支援を急いだ。在任中にロシアと蜜月関係を築いたシュレーダー前独首相は「ロシアを知らなすぎる」とEU外交を非難する。【3月21日 毎日】
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第2に、強気一辺倒にも見えるロシア・プーチン大統領ですが、今回のクリミア併合の代償は決して小さいものではないように思えます。

国際法やルールを無視した暴走がロシア外交の評価を落とし、ロシアの国際的孤立を招くということももちろんありますが、旧ソ連圏の反応も微妙です。
ロシア系住民を抱えるカザフスタンやベラルーシには、プーチン大統領のロシア拡張路線への警戒が強まっています。ロシア国内にもイスラム系住民の多い地域での分離独立運動があります。

“旧ソ連圏の国境変更という「パンドラの箱」を開けたことが、旧ソ連諸国の警戒感を高めており、今のところクリミア併合を公然と支持した国はない。・・・・クリミア併合は旧ソ連圏の地殻変動を招きかねない。”【3月20日 名越健郎氏 フォーサイト】

経済的に見ても、クリミア併合の財政負担、欧米側の制裁による脆弱なロシア経済の動揺・・・といったことがありますが、長期的に見れば、シェールガス革命で進んでいる欧州のロシア離れが今後更に早まることが予想されます。
資源輸出依存構造からの脱却ができないロシア経済にとっては、大きなマイナス要因になると思われます。 

最後に、プーチン大統領の“「力」の信仰”が批判されていますが、“「力」の信仰”はロシア・プーチン大統領に限った話ではなく、イラク・アフガニスタンに侵攻したアメリカにも同様のものが見て取れます。

“プーチン氏が国際政治における「力」の信仰を強めていく過程では、米国がロシアなどの反対にもかかわらず強行したイラク戦争(03年)が影響を与えたといわれる。軍事評論家のアレクサンドル・ゴルツ氏は「当時のブッシュ大統領は『力があれば何でもできる』と行動で示した。今のプーチン氏には十分な力がある」と指摘する。”【3月22日 毎日】
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