(29日、アフガニスタン北部クンドゥズでバイクにまたがるタリバンの戦闘員(AP)【9月29日 産経ニュース】)
【治安回復の兆しが見えず、撤退計画も調整】
アフガニスタン駐留米軍はピーク時は10万人を超えていましたが、昨年末までに戦闘部隊が撤退。今年中には訓練などのアフガニスタン治安部隊への支援を中心とする5500人まで削減、16年末には完全撤退することになっていました。
米軍撤退にともない今年からアフガニスタン軍が治安の全権を担っていますが、タリバンの活動によって治安回復の兆しが見えないため、今年3月に訪米したアフガニスタンのガニ大統領とオバマ米大統領の会談によって、今年については1万人近い約9800人規模を維持することで合意しています。
この際、オバマ大統領は16年末の米軍の完全撤退は「変更しない」と強調しています。
米軍の撤退スケジュールのスローダウンは、脆弱なアフガニスタン軍の補強にはなりますが、駐留外国軍の完全撤収を和平交渉の条件とするタリバンとの交渉を更に難しくすることにもなります。
その後も、5月13日には、外国人客に人気の宿泊施設が武装集団に襲撃され6人の外国人を含む14人が死亡する(タリバンが犯行声明)など、テロの犠牲になる民間人は過去最悪のペースで増加。
タリバンは治安部隊や省庁、外国人を狙った攻撃を連日のように繰り返し、6月22日には、首都カブールでタリバンが開会中の議会を襲撃、治安部隊との間で約2時間にわたり銃撃戦となり、市民ら少なくとも2人が死亡、40人が負傷しました。
首都の国家中枢が攻撃を受ける事態に、アフガニスタン治安部隊の能力への不安が表面化しました。
7月7日には、隣国パキスタンの首都イスラマバード近郊で、タリバンとアフガニスタン政府の和平に向けた直接協議が行われ、双方は今後もアフガンの平和と安定に向けて交渉を継続することで合意しました。
しかし、長らく生存が疑問視されていたタリバンの最高指導者オマル師の死亡が公表されたことで、タリバン組織内が混乱、和平協議は立ち消えとなっています。
後継者をめぐってタリバン組織の分裂、イスラム国(IS)の影響拡大なども予測されましたが、新指導者とされるマンスール師と当初反目していた故オマル師の弟と息子がマンスール師への支持を表明するなど、今のところは一応、序列2位にいたマンスール師が新指導者として組織を把握しているようです。
ただ、アフガニスタン政府との和平協議を主導してきたマンスール師は、その融和的な姿勢に組織内部で反発を受けており、逆に強硬策を示すことで支持をつなぎ止めようとしているようで、指導者交代後はタリバンの攻勢が一層強まっています。
新指導者マンスール師は和平交渉については、アメリカなどとの安保協定破棄を新たな条件としています。
****タリバン、和平に新条件=安保協定破棄を要求―アフガン****
アフガニスタンの反政府勢力タリバンの最高指導者マンスール師は22日、「この国に平和をもたらしたければ、政府は外国による占領を終結させ、侵略者との安全保障協定を破棄すべきだ」とする声明を出した。タリバンが和平の条件として米国などとの安保協定破棄を掲げたのは初めて。
マンスール師は「占領から解放されれば、アフガンの問題はアフガン人同士の話し合いで解決できる」と強調。米軍を主力とする駐アフガン国際部隊に敵意をあらわにする一方、非営利団体による支援活動は「称賛すべき行動だ」と述べ、協力姿勢を示した。
国際部隊は昨年末、アフガンにおける戦闘任務を完了し、規模を1万2000人程度に縮小。
一方、アフガン政府は昨年9月、米国との安保協定に調印し、2016年末までの米軍の駐留継続を可能にした。
アフガンではタリバンがテロ活動を継続する一方、過激派組織「イスラム国」も勢力を伸ばしつつある。政府は国際部隊の駐留延長を求めており、マンスール師はこうした動きをけん制した。【9月22日 時事】
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【2001年に新生アフガニスタン政府が発足して以来の大きな軍事的敗北】
こうした流れの中で、アフガニスタン北部にある州都でもあるアフガニスタン第5の都市クンドゥズで28日未明、タリバンが市街地に侵入し、同日午後までに地元州知事公舎や警察本部を含む大半の重要施設を占拠する事態となっています。
****アフガン北部の都市、タリバーンがほぼ掌握 500人脱獄****
アフガニスタン北部クンドゥズ州の州都クンドゥズが28日、反政府勢力タリバーンに襲われ、同日夜までにほぼ掌握された。
アフガン内務省の報道官は28日深夜、クンドゥズがほぼ「敵の手」に落ちたと述べた。
同報道官がこれに先立ち発表したところによると、タリバーンは同市の刑務所を包囲したほか、州警察トップの官舎などを攻撃。アフガン治安部隊が軍の航空支援を受けて応戦していた。(中略)
タリバーンの最高指導者、マンスール師は声明でクンドゥズ掌握を祝う一方、戦闘員らに「作戦終了後は住民の生命や財産、尊厳を守ることに注意を払うべきだ」と呼び掛けた。
タリバーンはパキスタンなどから新たに戦闘員が加わって勢力を強め、今年春以降クンドゥズ州の各地で政府軍との衝突を繰り返してきた。(後略)【9月29日 CNN】
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2001年に新生アフガニスタン政府が発足して以来、州都が陥落したのは初めてで、大きな軍事的敗北となっています。
****タリバーン、アフガン北部の州都掌握 議会など次々占拠****
・・・・州当局者らによると、タリバーンは少なくとも数百人とみられ、3方向から市内に侵入。治安部隊を銃撃戦で圧倒し、州議会や裁判所、州知事公舎などを次々占拠し、刑務所に収監されていた仲間ら約600人を脱獄させた。
地元テレビは「路上に多数の遺体が放置されている」という住民の声を伝えた。中心部の交差点や国連事務所にタリバーン政権時代の旗が掲げられた映像も流した。(中略)
アフガン北部は比較的治安が良かったが、パキスタンを追われたウズベク人武装勢力が昨年ごろから地元のタリバーンと合流し、各地で治安部隊との衝突が広がっている。【9月29日 朝日】
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この衝撃的な軍事的敗北に、アフガニスタン軍は米軍の空爆支援を受けて、奪還に乗り出しています。
****アフガン軍、タリバンからの州都奪還作戦を開始 米も空爆で支援****
アフガニスタン政府軍は29日、前日に旧支配勢力タリバンによって大部分を制圧された北部の要衝クンドゥズの奪還作戦を開始し、米軍も空爆で作戦を支援した。
タリバンは28日、クンドゥズ州の州都クンドゥズの政府関連施設を掌握した後、刑務所からタリバン司令官らを含む受刑者数百人を脱走させた。タリバン側にとっては、2001年に政権の座を追われて以降最大の勝利となり、同市からは多数の住民が避難した。
同市陥落は、北大西洋条約機構(NATO)による訓練を受けたアフガニスタンの治安部隊に大きな精神的打撃を与えるとともに、タリバンが地方の拠点だけにとどまらず支配域を拡大し得る能力があることを見せ付けた。
NATOが出した声明によると、米軍もクンドゥズ州内で空爆を実施。ただ、標的については公表されていない。
この戦闘による犠牲者数は明らかになっていないが、アフガニスタン保健省は、クンドゥズにある病院にはこれまでに16人の遺体が搬送されており、負傷者は190人以上に上っているとしている。
奪還作戦の開始後も、同市の大部分は依然タリバンの支配下にあり、戦闘員らが盗んだ警察車両や赤十字のバンに群がる様子が目撃された。
またタリバンが公開したある動画では、戦闘員らが治安当局から奪った戦車や装甲車を披露し、「アッラー・アクバル」(アラビア語で「神は偉大なり」の意)と叫んだり、シャリア(イスラム法)の徹底を誓ったりしている。
現場で取材に当たっているAFP記者によると、タリバン戦闘員らは29日夜、近郊にある空港に迫りつつあったが、新たな空爆で一部が押し戻された。
アフガニスタンの情報機関によると、この空港付近への空爆で、タリバンが同州の「影の知事」に任命していた人物やその補佐官、さらに戦闘員15人が死亡したと発表した。
アユーブ・サランギ内務次官は、治安部隊はクンドゥズ奪還の用意が整っていると述べるとともに、タリバンがいかにして過去14年間で初めて主要都市の中心部を掌握できたのかを調べていくと語った。【9月30日 AFP】
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一般市民が生活する市街地に対する米軍の空爆は制約があり、今後の奪還作戦ではアフガニスタン軍の能力が問われます。
****都市奪還へ米軍が空爆、戦闘で市民170人死傷 アフガン****
・・・アフガンのガニ大統領は大統領府で行った記者会見で、刑務所と警察本部は治安部隊が奪還したと強調。
陸軍大隊や特殊部隊もクンドゥズに到着し、「同市のテロリストは掃討されつつある」と語った。ただ、「敵は市民を盾として使っている」とも述べ、「市や民家を空爆することはできない」としている。
このためクンドゥズ全体の奪還にどれくらいかかるかの見通しは立っていない。【9月30日 CNN】
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【政治の機能不全を招いているガニ氏とアブドラ氏の確執】
今回の事態では、わずか半日余りの戦闘で州都を奪われるという、イラク軍の対IS敗退を思わせるようなアフガニスタン軍の軍事能力も問題ですが、一番の問題は、こうした事態を招いた政治的機能不全にあるように思われます。(イラクの場合もマリキ前首相のシーア派偏重の政治に問題があったように)
****政権内対立、治安の連携崩壊****
不正にまみれた大統領選の混乱を経て、ガニ大統領が対立候補のアブドラ行政長官と挙国一致政権を発足してから29日で1周年。記念日は政権にとって屈辱に満ちたものになった。
国内では、駐留米軍の完全撤退を来年末に控え、わずか半日余りの戦闘で人口30万人の都市を明け渡してしまった政権への非難が沸騰している。
クンドゥズ州議会のアサドゥラ・サダト議員は「助けを求めて何度も陳情したのに、政権は縄張り争いに明け暮れて対応を怠った」と批判した。
昨年、隣国のパキスタンで始まった軍事作戦で押し出されたウイグル人武装勢力がアフガン北部の地元タリバーンと合流して以降、クンドゥズの治安は悪化していた。
同市がタリバーンの大規模攻撃にさらされたのは今年3回目。近郊の村々から約4万人の避難民が市内に流入するほど危機は切迫していた。
しかし、ガニ氏が任命した州知事とアブドラ派の旧軍閥が対立し、それぞれの支持者が幹部ポストを握る治安組織の内部で「連携が崩壊していた」(サダト氏)という。
政権内では、今も国防相が決まらない異常事態が続いている。ガニ氏が指名した候補者をアブドラ派が中心となって議会で否認し続けているためだ。
一方、タリバーンも今年7月末に最高指導者オマール幹部の死去が明らかになり、マンスール幹部の後継就任への不満が噴出。かつてない内紛を経験した。
クンドゥズのタリバーン司令官は、いち早くマンスール支持を表明した有力者の一人だ。陥落直後、マンスール幹部は成果を誇示する声明を出した。今回の作戦が、求心力を高めたい新指導部に強力な追い風になったことは間違いない。【9月30日 朝日】
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混乱した大統領選挙は、ガニ氏とアブドラ氏が権力を分担する形で一応収拾したものの、やはりその後遺症は大きいものがあるようです。
危機が迫るなかにあっても権力争いに終始するようでは、仮にクンドゥズを奪還できたとしても、今後の見通しは暗いものがあります。
16年末完全撤退を控えて、アメリカ・オバマ大統領の苛立ちも募っているかと思いますが、新生アフガニスタンのもとで芽生えた女性の権利拡大などの動きが、再度のタリバン支配によって摘まれてしまうのは非常に残念です。
早すぎる悲観論かもしれませんが、ついついそんな思いを抱いてしまうアフガニスタン政府の実態です。
【イラクの“裏切り”】
アメリカの苛立ち・落胆について言えば、アフガニスタン政府・軍の能力欠如の実態とともに、(アメリカの立場からすれば)アフガニスタン同様に米軍が多大な犠牲を払ったイラクもアメリカを“裏切る”事態となっています。
****虚仮にされたオバマ政権 ロシアの“第2の矢”に衝撃****
ロシアのシリアへの軍事介入に大慌てのオバマ米政権に再び衝撃が走った。
ロシアがイラン、イラク、そしてシリアの3カ国と過激派組織「イスラム国」(IS)の情報を共有する「統合情報センター」の設置で合意したからだ。
米国から巨額の軍事支援を受けるイラクの“裏切り”行為にオバマ政権は完全に虚仮にされた格好だ。
この「統合情報センター」の設置は27日、イラク軍から突然発表された。
米国にはまったく事前の通告がなく、オバマ政権は蚊帳の外に置かれた状態で、大慌てでアバディ首相らイラク側に確認を急いだ。(中略)
ロシアのプーチン大統領は米国の「有志連合」に対抗する「反IS連合」を提唱しており、4カ国はこの中核になる見通しだ。
オバマ政権にとって寝耳に水のこの決定は、アサド・シリア政権に対する軍事支援強化に続くプーチン大統領の中東への影響力拡大の“第2の矢”である。
「米国にとっては、“ロシアにまたしてもやられた”という感情よりも、イラク政府に裏切られたという方がショックだ」(ベイルートの消息筋)。(後略)【9月30日 佐々木伸氏 WEDGE】
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アサド政権軍事支援のためのロシア機のイラク上空通過についても、イラク政府が認めるのはアメリカへの配慮から難しいのでは・・・と言われていましたが、あっさりイラクは了承し、アメリカは失望しています。
アメリカからすれば、なんのためのアフガニスタン・イラクだったのか・・・という話にもなりますが、当然ながら両国には両国の事情もあります。(なにも頼んでアメリカに来てもらった訳でもありません)