(シリア北東部イドリブ県南部で、同県北部に向け移動する途中、車を修理する避難民の一家(2017年12月29日撮影)【12月30日 AFP】)
【2017年のシリアでの民間人死者は1万人超】
戦火が収まった訳ではありませんが、イスラム国(IS)支配はなんとか終わったイラク・シリアでは、長年の戦乱による犠牲者は膨大な数にのぼっています。
アメリカ主導の爆撃でも“当然ながら”多くの民間人犠牲者が出ています。
****民間人死者817人に=シリア・イラクで確認―有志連合****
過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦を展開する米軍主導の有志連合は28日、シリアとイラクで新たに民間人11人が戦闘に巻き込まれて死亡したことを確認した。これにより、2014年に始まった作戦に伴う民間人死者は少なくとも817人に上った。
声明によれば、有志連合は11月の1カ月間で民間人死者に関する報告書101件を精査し、うち9件で信ぴょう性が高いと判断した。【12月29日 時事】
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2014年からで817人・・・本当でしょうか?日々の報道を見ていると、桁が違うようにも思われます。
****シリア内戦 この1年で死者3万人余 3分の1が民間人****
内戦が続くシリアでは、過激派組織IS=イスラミックステートが急速に力を失う一方で、アサド政権が勢力を回復した1年となりましたが、この1年で3万3000人余りが死亡し、このうち3分の1近くが民間人だったとする集計を人権団体がまとめました。
シリアの内戦の情報を集めている「シリア人権監視団」は28日、ことし1年の内戦による死者について独自の集計結果を公表しました。
それによりますと、死者の数は確認できただけで3万3000人以上に上り、このうち3分の1に近いおよそ1万500人が子どもを含む民間人だったということです。
その内訳として、過激派組織ISに殺害されたのがおよそ1800人だったのに対し、アサド政権やロシアなどによる攻撃でおよそ5500人、アメリカ主導の有志連合の空爆では、およそ2400人が死亡したとしています。
人権団体によりますと、シリアで混乱が始まった2011年からこれまでに犠牲になった人は、確認できただけで34万人以上に上るということです。(後略)【12月29日 NHK】
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この1年間、シリアだけで民間人犠牲者1万500人、有志連合による爆撃で2400人。
爆撃開始からでは・・・、イラクも合わせると・・・・やっぱり817人は一桁少ないようにも。どちらが正確かは知り由もありませんが・・・。
【IS崩壊後も治まらない戦火】
ISは支配地域の大半を失ったものの、その活動は続いています。
****IS支配地域98%を奪還 なお3千人が活動 米政府****
イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討作戦を展開する有志連合の調整を担当するマクガーク米大統領特使は21日、国務省で記者会見し、シリア、イラク両国でISが支配していた地域の98%が奪還されたと発表した。ただ、シリアを中心に約3千人のIS戦闘員が活動しているとし、「戦いは終わっていない」と強調した。(後略)【12月22日 産経】
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急速に軍事的優位性を強め、支配地域も拡大しているシリア政府軍は、残された反体制派支配地域への攻勢を強めています。
****シリア北東部で戦闘激化、68人死亡****
内戦下のシリアで、政府が完全掌握していない最後の県である北東部イドリブとハマ県の境界地域で28日から29日にかけて激しい戦闘が発生し、68人が死亡した。
イドリブ県は、かつて国際テロ組織アルカイダ傘下にあったイスラム過激派組織「シリア征服戦線」を中心とする反体制派が掌握しており、今回の戦闘はシリア政府による大規模な同県奪回作戦の布石である可能性がある。
ロシア軍の空爆支援を受けた政府軍側の部隊は、イドリブ、ハマス両県の境界地域で、主にイスラム過激派勢力を標的とした作戦を開始。戦闘は28日に激化し、在英のNGO「シリア人権監視団」によると、タマナ地域周辺でこれまでに少なくとも68人が死亡した。
同監視団のラミ・アブドル・ラフマン代表によれば、死者のうち少なくとも21人が民間人で、ロシア軍の空爆やシリア政府軍が投下したたる爆弾の犠牲となった。(後略)【12月30日 AFP】
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ロシアはプーチン大統領がISに勝利したとして12月11日にロシア軍の撤退命令を出していますが、一度に全体がという訳ではなく、相変わらずロシア空軍の爆撃は行われているようです。
ロシア軍にしても、シリア政府軍にしても、その“容赦ない”爆撃の民間人犠牲者は、国際世論に配慮した有志連合爆撃の比ではないでしょう。
イドリブ同様に反体制派が支配するダマスカス近郊の東ダーク地区では、2013年から政府軍の封鎖下にあり、住民およそ40万人の食料や医薬品の不足が深刻な問題となっています。
****包囲下のシリア反体制派地区、救急患者の避難始まる 赤十字****
赤十字国際委員会(ICRC)は27日、シリアの首都ダマスカス近郊の反体制派支配地区で政府軍の包囲下にある東グータから、医療スタッフらが救急患者らの避難を開始したと明らかにした。
国連(UN)によると東グータからの避難を待つ間に少なくとも患者16人が死亡したという。(後略)【12月27日 AFP】
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上記のようにシリアにおける戦火はいまだ収まらず・・・といったところですが、IS崩壊を受けて“IS後”に向けた取り組みも動き出しています。
【ロシア主導の和平協議 先行きは不透明】
その取り組みでは、アサド政権を支援して、その“成果”を得つつあるロシアが主導権を発揮しています。が、先行きは不透明です。
****こじれる和平、復興は遠く ロシアが主導権、国連手詰まり****
シリア内戦は、過激派組織「イスラム国」(IS)が支配地域をほぼ失ってもなお、アサド政権、反体制派、クルド人勢力が争っている。
政権と反体制派の和平協議は、アサド大統領の退陣の是非を巡る対立で交渉が進まず、内戦終結への道筋は見えない。戦乱で破壊された国土の復興特需に注目は集まるが、国内外の1千万人を超す避難民が戻れる状況にはほど遠い。
「シリア政府には対話の道を探る意思がなかった」
国連のデミストゥラ・シリア担当特使は14日、記者会見で無念さをにじませた。国連主導のジュネーブでのシリア和平協議は11月末に再開したが、政権側と反体制派による直接交渉は実現しないまま終わった。
反体制派は協議に先立ち、「移行政府を発足させる過程にアサド(大統領)の居場所はない」との声明を出した。これに対し、政権代表団を率いるジャファリ国連大使は「(アサド氏の)退陣を前提条件とする声明を撤回しない限り、直接交渉には応じない」と取り付く島もなかった。デミストゥラ氏は政権側を説得したが、政権側は一貫してかたくなだった。
和平協議は、アサド氏の退陣を求める反体制派の主張に政権側が反発し、議論に入れない状況が続く。政権側は内戦で軍事的優位を確実にしており、反体制派との交渉は必要ないと考えているようだ。
ジュネーブ協議の停滞を尻目に、アサド政権を支えてきたロシアとイラン、反体制派を支援してきたトルコが独自の協議の枠組みに動き出した。停戦の実施のため、今年1月からカザフスタンの首都アスタナで断続的に協議を開いている。
ロシアは10月のアスタナ協議で、新たに「シリア国民対話会議」をロシア南部のソチで開くと提案。当初の招待者リストは政党や政治団体など33団体に上る。会議では新憲法制定に向けた協議が予定されているといい、アサド政権も会議に歓迎の意を表明した。
ロシアには、シリアの幅広い層の代表を集めて議論し、アサド政権存続の正当性を得る狙いがあるとみられる。プーチン大統領は、ジュネーブ協議でソチ会議の結果にお墨付きを得たい考えをにじませる。
反体制派は「ロシアは中立でない」と警戒し、ソチ会議の参加に難色を示す。開かれれば1千人超の会議になるとみられ反体制派は埋没する可能性がある。【12月20日 朝日】
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アサド政権を支えてきたロシアとイランはともかく、反体制派を支援してきたトルコの立場は微妙です。
ロシア・イランとともに「シリア国民対話会議」を主導するということは、以前からチラチラ見えていたアサド存続容認で腹をくくったのか・・・とも思いましたが、宿敵クルド人勢力参加に反発して、ソチの会議は延期となっています。
****アサド大統領は「テロリスト」=シリア和平で退陣求める―トルコ大統領****
トルコのメディアによると、エルドアン大統領は27日、訪問先のチュニジアで、シリア内戦をめぐり「(シリアの)アサド(大統領)は国家テロを実行したテロリストだ」と述べ、アサド大統領が退陣しない限り和平は「不可能」と訴えた。チュニジアのカイドセブシ大統領との共同記者会見で語った。
トルコはかねてアサド政権打倒を目指し、反体制派を支援してきたが、最近は和平をめぐる動きで同政権を支えるロシア、イランとの協調を進めている。
エルドアン大統領は発言により、ロシアやイランと協力しながらも、アサド大統領の続投を容認しない立場に変化がないことを示した。【12月28日 時事】
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エルドアン大統領が求める“アサド退陣”が、和平協議前なのか、一定の移行期間後なのか・・・そのあたりはよく知りません。
【シリア・クルド人勢力を容認しないトルコ】
おそらくエルドアン大統領の最大の関心事はクルド人勢力の処遇にあって、アサド退陣の問題はその取引材料ではないでしょうか。
****先見えぬ両派 反体制派・クルド****
反体制派の戦闘組織は2011年にできた「自由シリア軍」だが、実態は様々な武装集団の集まりだ。指揮命令系統などを一つにする試みはあるが、統一的な軍事組織はできていない。
反体制派を支援してきたサウジアラビアとカタールの関係悪化も、それぞれの国から支援を受ける反体制派武装集団の足並みの乱れにつながっている。
反体制派が最大拠点としている北西部イドリブ県では、有力組織がイスラム過激派組織のシャーム解放委員会(旧ヌスラ戦線)に圧倒され、乗っ取られる可能性も出ている。
一方、対IS作戦で存在感を示した少数民族クルド人勢力の将来も不透明だ。連邦制による自治権の獲得を求めているが、アサド政権の幹部は「話し合う準備はあるが、シリアは一つだ。連邦制はおろか、クルド人勢力に自治を認めるのも論外だ」と話す。
クルド人勢力を主導する政治組織「民主統一党」(PYD)は、ジュネーブ、アスタナのいずれの和平協議にも参加を認められていない。
北隣のトルコはPYDを、自国の非合法組織「クルディスタン労働者党」(PKK)と同一組織として敵視。ロシアは当初、ソチの会議にPYDも招いたが、トルコの猛反発を受けて開催を延期した。
対IS作戦でクルド人勢力を支援してきた米国はトルコの反発に配慮し、クルド人勢力への武器供給の停止を認めた。米国の関与のあり方が今後のクルド人勢力の行方を左右しそうだ。【同上】
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アメリカの支援を受けたクルド人勢力はIS崩壊の最大の功労者ですが、トルコが容認しませんし、自信を回復したアサド政権も自治権付与には後ろ向きです。
アメリカがどこまで後押ししてくれるか・・・というところですが、民族自決といった理念には興味ないトランプ大統領にすればロシア・アサド政権やトルコの方が大事な“取引”相手ですから、あまり期待できないでしょう。
【イラク・クルド自治政府の苦境】
一方、イラクでは黒旗のISに代わって、「白旗の同士」と称する新たな武装勢力が出現したとか。
****イラクで不穏な動き、白旗を掲げる武装勢力が台頭中****
イスラム国は黒旗を彼らの象徴としていたが、今度のものは白旗である。
この白旗は何も降伏を意味しているわけではなく、武装闘争を繰り広げている。白地に獅子の文様をあしらった旗を掲げるこの武装勢力の正体はまだはっきりしておらず、様々な憶測を呼んでいる。
この白旗軍は「白旗の同士」と称し、イラク中央政府とクルド自治政府が競合してきた係争地キルクークやトゥーズフルマートおよびハムリーン山地を拠点とし、イラク軍や、またイラク軍と共に同地で治安維持にあたるシーア派民兵組織「人民動員機構」を攻撃対象とし、四輪駆動車やバイク、果ては馬をも駆り、武装闘争を展開しているのだ。
この白旗軍の正体については、見解を述べる者によって様々であり、またこの白旗軍に交じって様々な武装勢力が存在しているともされる。
まず、イスラム国の残党ではないかとの見解がある。(中略)
次にクルド系の勢力ではないかという見方が存在する。
白旗軍の一味かどうかは定かではないが、「ギャオバフシャ(クルド語で義勇兵)」と呼ばれる武装組織の存在が確認されている。
彼らは10月16日に中央政府に奪われた係争地キルクークを再び取り戻すこと、もしくはキルクークの損失をトーズフルマートゥを支配することにより補填することを目的していると言われる。
クルドの主要な政治勢力がこの組織の背後に存在しているとも指摘されている。
キルクークはクルド側が軍を撤退させたことにより、大きな衝突が生じることなくイラク中央政府の手に渡ったが、それ以降、その南に位置するトーズフルマートゥではたびたびクルド側と中央政府の間で衝突が生じている。
クルド政府側が「人民動員機構により同地域に住むクルド系住民に対する弾圧が行われている」と訴える一方、人民動員機構側は「武装勢力側からの攻撃に曝されているため、それらを鎮圧しているに過ぎず、クルド系住民に対する弾圧ではない」と非難し合っているのである。
それ以外にも、「スフヤーンの一族」と称する謎の武装勢力の存在も指摘されている。(後略)【12月28日 加藤 丈典氏 JB Press】
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「白旗の同士」がクルド系なのか・・・その正体はともかく、独立運動で挫折したクルド自治政府は非常に困難な状況にあるようです。
****クルド独立住民投票のその後*****
・・・・今回のクルドの独立運動の挫折により、これまでクルドが2003年以降拡大してきた領域はほぼイラク中央政府の支配下に置かれた。
またイラク中央政府の公式文書においては「クルディスタン」という呼称は用いられなくなり、「イラク北部県」の呼称が用いられるようになった。
食料配給券からもクルド語の記載が削除された。加えて、これまで人口比に応じてイラク予算の17%が割り当てられていた予算は来年度の予算案では12.6%に減額される見込みだ。
これまでイスラム国問題や独立の機運で覆い隠されてきたクルド自治区の潜在的な問題がイスラム国の終焉、そしてクルド独立の失敗により一層表面化し始めている。(中略)
こうした結果、12月18日ついに市民の怒りの矛先はクルド政府に向けられ始め、クルド自治区のスレイマーニーヤ県をはじめ、各地で暴動が発生し、死傷者が出る事態にまで及んでいる。
クルド民主党やクルド愛国同盟党といった主要政党の政治事務所がデモ隊によって焼かれた。(後略)【同上】
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****<イラク>クルドでデモ相次ぐ「独立投票」制裁で生活苦しく*****
イラク北部のクルド自治区で、自治政府に対する住民の抗議デモが相次いでいる。9月に独立の是非を問う住民投票を強行した結果、反発するイラク中央政府やトルコなど周辺国から制裁を受けて経済が悪化し、公務員給与の未払いなどが生じているためだ。状況改善の見通しは立っておらず、住民の不満は強まる一方だ。
デモは今月に入り拡大。住民らは「給料を支払え」「自治政府は退陣せよ」などと訴えている。ロイター通信によると、自治区東部スレイマニヤ県では19日、教員や学生、地方公務員ら1000人以上が抗議行動に参加。一部は暴徒化し、治安部隊との衝突で少なくとも5人が死亡した。
9月の住民投票では「独立賛成票」が9割を占めた。しかし、独立を認めないイラク中央政府は報復措置として、自治区内の空港への国際線乗り入れを禁止。従来はクルド側が実効支配していた北部の油田地帯キルクークもイラク軍が奪還し、自治区の主要収入源である原油の産出量は激減した。
また、国内に多くのクルド系住民を抱えるトルコやイランも独立機運が自国に波及する事態を恐れ、自治区との境界を封鎖するなどの対抗策に出た。
こうした経済制裁は解除されておらず、自治政府の財政は悪化。公務員の給与未払いが続いているほか、停電も頻発している。
独立住民投票を主導した自治政府トップ、バルザニ前議長は、混乱を招いた責任を取る形で11月1日付で辞任した。以後はトップが不在で、おいのネチルバン・バルザニ首相が政治のかじ取りにあたっているが、制裁解除や関係改善に向けたイラク中央政府との対話は進んでいないのが現状だ。【12月28日 毎日】
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シリアのクルド人勢力も、イラクのクルド自治政府も、2018年は試練の年になりそうです。