孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア  ロシアが黙認するイスラエルの対イラン攻撃 クルド人勢力によって進む対IS掃討

2019-01-31 23:15:46 | 中東情勢

【IS・イラク・シリア・クルド情勢 坂本 on Twitter】

【イスラエル軍の攻撃を黙認するロシア】
アメリカのシリア撤退表明で「力の空白」が生じ、イスラエルがシリア領内のイラン・ヒズボラ施設への攻撃をあからさまに行うようになっており、両者の間での報復の応酬も懸念される状況にあるということは1月21日ブログ“シリア 米軍撤退による「力の空白」 IS自爆テロ、トルコ対クルド人勢力 イスラエル対イラン”で取り上げたところです。

このイスラエルの攻撃については、シリアに地対空ミサイル網を構築しているロシアは何をしているのか?という疑問も。

ネタニヤフ首相とプーチン大統領は頻繁に会談していますので、そこらはロシア・イスラエルの間で“話がついている”のでは・・・とも思われます。

ただそうなると、従来はアサド政権支持でロシアと協調関係にもあったイランにすれば、ロシアの対イスラエル宥和策は裏切り行為という話にもなります。もっとも、シリアにおけるロシア・イラン関係が疎遠になっているのでは・・・という話は、以前から指摘されているところでもあります。

****イラン関係者のロシアに対する非難の表明****
かなり前からシリアに対するロシアとイランの対応に齟齬があることは指摘されてきて、最近ロシアはむしろトルコやイスラエルと調整することが多いようですが、先日のIDFダマス周辺の、特にアルコドス部隊拠点への攻撃も、どうやら両者が調整し、ロシアから昨年供与された地対空ミサイルS300も稼働しなかった模様です。

このような場合でも、これまでイランは(少なくともアラビア語メディアを読んでいる限りでは)非難等の反応を示してきませんでしたが、今回は流石に怒りを表明した模様です。

これはal sharq al awsat net が報じるところで、イランお怒りの表明という題で、イラン議会の外交・安全保障委員長が、先日のIDFの空爆に際してS300地対空ミサイル網が、動かなかったことを非難したと報じています。

イラン通信irnaは、同委員長が先日のIDFの空爆の際に、S300地対空ミサイルシステムは動こうともしなかったと非難し、先日の攻撃の際には、攻撃側(IDF)とロシア防空陣との間に協調があったようだと語ったとのことです。

アサド政権軍がほぼ軍事的に勝利した現在、アサド支援という共通の目標を失い、ロシアとイランのシリアにおける利害は更に異なってくる可能性がありそうですが、したたかと言うか、外交の巧みなイランだけあって、上記のロシア非難も政府高官ではなく、議会の有力者の発言という形をとったものと思われ(ロシアが反発する場合には、「あれは政府の立場ではなく、一議員の発言にすぎない」とのたちあをとることができよう)、流石と思わせますが今後両者の関係は注目されるところです。【1月25日 「中東の窓」】
*****************

一方、あまり話題になることはありませんが、シリア政府軍には中国もレーダーシステムなどを提供しているようで、イスラエルの攻撃でこの中国製レーダーが破壊されたことについて、中国は「ロシア製防衛システムが機能しなかったせいで、自国兵器の問題ではない」と怒っているようです。

****中国製ステルスレーダーがF35に破壊、「責任はわが方に無い」と中国メディア****
2019年1月29日、新浪軍事は、シリアで中国の対ステルスレーダーがイスラエルのF35I戦闘機に破壊されたことについて、「ロシア製の防御システムの問題だ」と主張した。

記事は「近頃、シリアが配備している中国製の対ステルスレーダーJY27が、イスラエルのF35Iに破壊されたことについて、国外メディアからJY27は『質の悪いパクリ品』との指摘が出ているが、本当にそうなのか」と疑問を提起。

その上で、JY27レーダーについて「シリア政府が2008年に中国から5基購入したもの。翌年には納品され、その後ロシアの介入によってシリアの防御体系の中に組み込まれ、ロシアのS400対空ミサイルシステムと共にシリアの防空網づくりに貢献した」と紹介し、その役割は主に遠距離探査であり、火器管制能力は持っていない上、セットとなる防空ミサイルも持っていないと指摘している。

そして、「イスラエルが発表した動画を見ると、JY27を守るべきロシアのパーンツィリS1近距離対空防御システムが先に破壊されているのが確認できる」とし、「JY27の探査能力がどんなに優れていても、これでは自らを守りようがなかった」と主張。JY27破壊の原因はパーンツィリS1の脆弱(ぜいじゃく)さにあるとした。

また、「国外メディアは見て見ぬふりをしているが、シリアはロシアの支援で大きな成果をあげたものの、防空圏については依然としてザル状態だ。しかも、F35Iの能力をもってすればパーンツィリS1は無力であることが動画からは見て取れる」と説明した。

記事は最後に「『中国が貿易した兵器はごみ、パクリ品』などといった国外メディアの報道はみな単なる脚色に過ぎないのである」と結論付けている。【1月31日 レコードチャイナ】
****************

中国が“ザル状態”と非難するシリアの防空システムについては、その運営責任がシリア政府軍にあるのか、ロシアにあるのかは知りませんが、イスラエル軍がパーンツィリS1を攻撃破壊したということは、パーンツィリS1はシリア政府軍が運用しているということなのでしょう。

そういうことであれば、「ロシア製の防御システムの問題」と言うより、シリア政府軍の能力の問題と思われます。

シリア政府軍が運用しているのであれば、以前、シリア政府軍は友軍・ロシア軍機をイスラエル軍機と誤って撃墜したことがあるように、敵味方の判別もつかない状態のようですので、イスラエル軍F35Iの敵ではないでしょう。

【甚大な犠牲をだしながらISを追い詰めるクルド人勢力 その思惑と今後は?】
シリアを舞台に繰り広げられている戦いの一つが上記のイスラエル対イランですが、もうひとつはトルコ対クルド人勢力の争い。こちらは、これまでクルド人勢力をIS掃討作戦に使ってきた一方で、今後の対IS掃討をトルコに任せるとしたアメリカ・トランプ政権がどのように調整するのかは判然としません。

****トルコ国境地帯の安全地帯に対するクルドの反対****
米軍のシリアからの撤退、に関連し、トルコは国境から30㎞の安全地帯の設置を米国等に打診していると伝えられますが、al arabiya net は、米国を訪問中のシリア民主軍の執行評議会議長は、29日トランプ大統領とも会談したとのことですが、トルコが提案している国境地帯の安全地帯と言うのは、トルコの植民地に他ならないとして、クルド勢力の拒否を表明したと報じています。

彼女は、トルコの言う30㎞の安全地帯は、クルド人を危険にさらすもので、妥協案があるとすれば、国連による国際的監視が必要になろうとした由。

彼女は更に、トルコが支配したafrin地域はそもそもクルド人居住地域であったが、トルコの保護を受ける反政府派がクルド人を追放したことを例に挙げ、トルコの言う安全地域とは、新たなトルコ植民地の創設に他ならないと主張した由。

更に、トルコとクルドの双方の同盟者である米国は双方が衝突することを恐れていて、仲介役を果たそうとしているが、それが成功するか否かは不明であるとした由(中略)

以上、特に米国の立場に関する見方は中々冷静と思われるも、トルコが国連の監視員を受け入れるとは思われませんが、取りあえず【1月30日 「中東の窓」】
**********************

そのクルド人勢力は対IS掃討を今も継続しており、ISを最終段階にまで追い詰めたと表明しています。

*****IS支配地域は「残り4平方キロ」、クルド部隊司令官****
米国主導の有志連合の支援を受けてイスラム過激派組織「イスラム国」と戦うクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」の上級司令官は28日、ISの支配地域はシリア東部の4平方キロメートルにまで縮小していると述べた。
 
SDFは4か月余り前からIS最後の拠点に攻勢を掛けており、作戦は最終段階に入っている。

シリアのバグズでAFPの取材に応じたこの地域のSDF司令官ヘバル・ロニ氏は、ISは戦闘員が減少する中、イラク人を中心とする指揮官らの下でユーフラテス渓谷の集落数か所の支配を維持しようとしていると説明。「地理的に言えば、ISの支配地域はバグズからイラク国境までのわずか4平方キロしか残っていない」と述べた。
 
一方、同司令官は、ISの最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者の情報はないとした。同容疑者は生存しているとみられ、世界で最も行方が注目される指名手配犯となっている。
 
SDFの最高司令官は先週、AFPとのインタビューで、ISとの戦いは終了に近づいているものの、一帯を制圧して勝利宣言するには1か月ほどかかると述べていた。
 
在英NGO「シリア人権監視団」によると、この作戦が始まった昨年9月10日以降、IS側に1200人以上、SDF側にそのおよそ半数の犠牲者が出た。民間人の犠牲者は400人を超えており、その多くは米国主導の有志連合の空爆で死亡したという。【1月29日 AFP】AFPBB News
******************

ISはともかく、クルド人勢力主体のSDFも甚大な犠牲を出しながら対IS掃討作戦を行っている訳ですが、これは別にアメリカのためにやっている訳でもなく、クルド人勢力自身の勢力圏を拡大するためにやっていることでしょう。

冒頭の図でもわかるように、北東部の広範な地域を勢力圏として押さえています。

ただ、トルコとの関係が悪化し、戦闘状態ともなれば、そのクルド人側の目論見を齟齬をきたすことにもなります。
また、アメリカに代わってシリア政府軍を頼るということになれば、今度はアサド政権に対して、それなりの譲歩を示す必要も生じます。

どっちにしても、クルド人勢力が高度な自治権を獲得するのは難しそうです。

なお、対IS掃討に関しては、シャナハン米国防長官代行は29日、SDFがISの支配地域を「2週間以内」に完全制圧できるとの見通しを明らかにしています。

しかし、ISが面的支配を失ったとしても、その脅威がなくなるものでもありません。

****シリア民主軍等クルド人に対するテロの横行****
al arabiya net は、このところシリア民主軍の支配地域で、テロが横行しているが、犯人はISの休眠細胞と思われると報じています。

記事の要点次の通りですが、それにしても(その期間は不明ですが)、183名の戦闘員及び文民の暗殺というのは、すごく多く、まだ治安が安定していないことをうかがわせます。

・シリア人権監視網によると、最近ハサカの南部とデリゾルで、ISの残党によると思われるテロが横行しているところ、30日にもまたテロがあった

・一つはオートバイに乗った2人組の何者かが、デリゾルの道路障害物のところで、シリア民主軍兵士に銃撃をし、複数の負傷者がでた。犯人はISの休眠細胞と思われる由

もう一つはハサカの南部で、何者かが民主軍の制服を着て銃撃し、このため民主軍治安部隊兵士2名が死亡した由。

・このため、アレッポ、ハサカ、デリゾル、ラッカの4県とmanbijでの、テロの被害者は183名に上った由。
文民の死者は石油関連施設職員、行政関連職員、その他の住民である

・その他数十名が負傷し、また有志連合メンバー4名も死亡した由【1月31日 「中東の窓」】
****************

デリゾルは石油資源の豊富な一帯ですが、こうしたシリア奥深くまでトルコが入ってIS掃討を行うことは、能力的にも無理でしょうし、シリア政府が許すものでもないでしょう。

シリア政府軍も対IS掃討を行う能力・意思があるかは疑問です。となると、今後ともクルド人勢力に対ISは期待せざるを得ないということにもなります。しかし、対トルコ関係が悪化すると、クルド人勢力もISどころではなくなる・・・ということにも。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イギリス  迷走するブレグジット 問題点と今後を簡単に整理

2019-01-30 23:01:47 | 欧州情勢

(【1月30日 日テレNEWS】 個人的には、そこまでの混乱はないのでは・・・とは思いますが。ただ、「ブレグジット」のイギリス経済・政治への長期的な影響は深刻でしょう)

【再交渉を、「合意なき離脱」はダメ・・・とは言うものの】
イギリスがEU離脱「ブレグジット」の期限である3月29日を目前にして、相変わらず方向も定まらず、国内世論も分断した状況で、もがいていることは周知のところです。

英下院では29日夜、法的拘束力はないものの、メイ首相が(苦し紛れに)提案する「バックストップ」(北アイルランド国境に関し、移行期間中の合意が得られなかった場合の安全策)について再交渉を行うとする修正案が支持され、同時に、何の合意もないままEUを離脱することがないように求める動議も可決されました。

とは言っても、交渉は相手があっての話ですから、いくらイギリスが再交渉を望んでもそのように進む訳でもなく、交渉が進まなければ、いくら英議会が認めないといっても時間切れで「合意なき離脱」にもなります。

日本と韓国の例を持ち出すまでもなく、いったん合意した内容について国内事情で一方的に「再交渉」と言われても、EU側もおいそれとは乗ってきません。

現在のところ、EU側は再交渉を否定しています。(期限延期には考慮の余地があるようです)

****英国の離脱協定、EU大統領「再交渉せず」 議会採決受け****
欧州連合(EU)のトゥスク大統領は、英国の離脱協定について再交渉しない考えを示した。(中略)

トゥスク氏は報道官を通じて「離脱協定は秩序ある英EU離脱を確実にする最善、唯一の方法」と指摘。「バックストップは離脱協定に含まれ、離脱協定に再交渉の余地はない」と述べた。

英議会が「合意なき離脱の拒否」を盛り込んだ修正案を可決したことを受け、トゥスク氏は歓迎する意向を示した。

「仮に将来の連携関係を巡る英国の考えが進化すれば、EUは提案を再検討し、内容や政治宣言の熱意の水準を調整する用意を整える。英側が根拠のある延期要請を行えば、加盟27カ国は検討の上、全会一致で決める意向だ」と説明した。 【1月30日 ロイター】
********************

【「ザ・トラブルズ」(北アイルランド紛争)を再燃させかねない北アイルランド国境管理問題】
いささか“漂流”“迷走”状態で、今後イギリスがどこに行き着くのかは誰もわからないところですが、こうした状況をわかりやすくまとめた記事が2本あったので、現状の“おさらい”ということで紹介しておきます。

最初に、「バックストップ」などで問題となっている北アイルランド国境に関する状況を整理した記事。

****EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド****
<ブレグジット問題が危機的にこじれる原因の北アイルランド問題の核心がよくわかる>

(中略)議会の支持を取り付けるために大きな障害となったのが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との間に物理的な国境(「ハード・ボーダー」)を置かないための「安全策」(通称「バックストップ」)の取決めだ。

北アイルランドでは、1960年代から英国からの分離独立とアイルランドへの帰属を求めるカトリック系住民と英国への帰属継続を求めるプロテスタント系住民との対立が激化し、互いの民兵組織によるテロや武力抗争が始まった。これは「ザ・トラブルズ」(北アイルランド紛争)と呼ばれ、3000人以上が命を落とした。

1998年、北アイルランドの帰属を住民の意思に委ねる包括和平合意「ベルファスト合意(聖金曜日協定)」が調印され、かつては敵同士だったプロテスタント、カトリックの有権者を代表する政治家がともに自治政府を構成するまでに至った。

民兵組織による攻撃の対象になりがちだった国境検問所は1990年代に次第に機能停止状態となり、現在、北アイルランドとアイルランドの間で国境検査は行われていない。

苦肉の「バックストップ(安全策)」
ブレグジット後もハード・ボーダーを置かないことを確実なものにするため、EU側と英政府が離脱協定案に入れたのが、先の安全策であった。

離脱協定案によれば、2020年12月までEUと英国は「移行期間」を置く。この間に両者は包括的な通商協定を結ぶ予定で、その際には北アイルランドとアイルランドの間にハードボーダーを置かないようにする。

しかし、もし期間内に合意がなかった場合、移行期間をさらに1年延ばすことができるが、それでも合意ができなかった場合、何としても国境検査をしないようにするために安全策が編み出された。

そのためには、まず英国全体をEUとの一種の関税同盟に入れる。同時に、アイルランドと地続きになる北アイルランドは本来はヒト・モノ・資本・サービスの自由な行き来を可能にする「EUの単一市場」にも一部参加する。北アイルランドは英国のほかの地域より、よりEUとのきずなが強くなる。
 
英国とEU、北アイルランドとアイルランド、全ての境界の関税を撤廃し、物の移動を自由にすることで、将来どのような通商関係を英国とEUが結ぼうとも、ハード・ボーダーができないようにする対策だ。

この安全策の設定から抜け出るには、EUと英国の両方の合意が必要と規定され、適用期限は特定されない。英国のブレグジット支持者や政治家は、「半永久的にEUの関税同盟や単一市場に入り続けることになる」といって、安全策に猛烈に反対した。

北アイルランドが英国本土と同様に扱われることを望むプロテスタント系地方政党「北アイルランド統一党(DUP)」も、「絶対に受け入れられない」と突っぱねた。

かくして、政府の離脱協定案は1月15日、下院で賛成202、反対423票という大差で否決された。
 
検問所は格好の攻撃対象
アイルランド島は過去何世紀にもわたり英国の支配下にあったが、カトリック教徒が大部分の南部が1922年に自治領となり、37年に英連邦内の自治領として独立し、49年にアイルランド共和国となっている。プロテスタント系が多い北部6州は英国の一部として残ることを選択した。

約500キロにわたるアイルランドとの国境で検問所の機能が復活すると、北アイルランド紛争の再来にもつながるような暴力事件が起きる可能性がある、と言われている。

なぜそうなるのかというと、ベルファスト合意から21年になるが、いまだに北アイルランドは一触即発状態にあるからだ。(中略)

プロテスタント系住民とカトリック系住民の居住地を分ける高い壁(皮肉を込めて「平和の壁=ピース・ウオール」と呼ばれる)が建設されており、通り過ぎる人を圧倒する。

旗が連なる光景もよく目につく。プロテスタント系住民は、英国とのつながりを強調するため、イングランドの旗をいくつもつなぎ、自宅やその近隣を囲む。カトリック系住民のほうは統一を望むアイルランドの旗を同様に飾る。自分たちの陣地をそれぞれ主張している。

小学校から中等教育まで、それぞれの宗派によって進学する学校が異なり、カトリックの家庭で育った子供がプロテスタントの子供と初めて言葉をまともに交わしたのは、大学に入ったときか、就職したときというケースは珍しくない。

カトリックの子供もプロテスタントの子供も一緒に学ぶ「インテグレーテッド・スクール」と呼ばれる学校は、全体の数パーセントにとどまっている。

国境検査を再来させるかもしれないブレグジットは、カトリック系民兵組織からすれば、北アイルランドとアイルランドを分断させる動きだ。抗議や怒りの表明として、誰かが検査所を攻撃することを期待する機運が生まれてしまう。(中略)
 
自治政府も空中分解
2012年以来、北アイルランド自治政府が崩壊したままであることも暴力の発生を防ぎきれない要素だ。

ベルファスト合意後の北アイルランド自治政府は、プロテスタント、カトリックの有権者を代表する政治家が首相、副首相を担う形で続いてきたが、互いへの不信感が根強く、これまでも数回政権崩壊の危機を経験してきた。

2012年、プロテスタント系政党DUPが主導していた再生エネルギー導入計画が巨額の損失を出し、カトリック系のシン・フェイン党がDUPの党首で自治政府首相のアイリーン・フォスター氏の辞任を求めたが、同氏がこれに応じなかったため副首相だったマーティン・マッギネス氏が辞職。自治政府は空中分解した。

7年後の現在、自治政府はまだ再開しておらず、国境問題の安全策についての決定は中央政府の手にゆだねる状態となっている。(中略)

2年前の国民投票で離脱が決まった時点で、アイルランドと北アイルランドとの間の人や物の行き来をどうするかが大きな課題となったわけだが、何も対処されないままに時が過ぎた。離脱交渉が進展する中で、決定を先送りにし、いつかは解決するだろうと思いながら今日まで来てしまったというわけだ。

北アイルランドの住民以外の英国人の無関心もその要因だろう。カーティス教授によれば、北アイルランドはロンドンの政界やほかの地域に住む人からすれば、遠い存在で「離脱派の明らかな過半数は、北アイルランドの和平が崩れてもブレグジットできるならいいと考えている」という。

メイ首相は29日に代替案を下院に提出する予定だが、この問題を打開できる目処はついていない。【1月29日 小林恭子氏 Newsweek】
*********************

実際、すでにアイルランド紛争再燃をも危惧させる不穏な動きも起きています。

****北アイルランドで車爆発 「新IRA」の犯行か****
英国・北アイルランド地方のロンドンデリーで19日夜、自動車爆弾によるとみられる爆発が発生した。警察は翌20日、共和派の反体制組織「新IRA」による犯行との見方を示した。
 
爆発は19日午後8時10分(日本時間20日午前5時10分)、市庁舎前に装置が仕掛けられたとの情報を受けた警察が周辺地域から人々を避難させる中で発生。けが人は出なかった。
 
当局は翌20日、市内で20代の男2人を逮捕。現場では同日、警察と軍の爆発物処理班が作業に当たった。(後略)【翻訳編集】AFPBB News
*****************

議会の動き、想定される今後の状況については、以下のようにも。

****ブレグジットでいま何がどうなった、次はどうなる 下院は再交渉に賛成****
そしてまた、ブレグジットは重要な節目を迎えた。
イギリスの欧州連合(EU)離脱=ブレグジットについて英下院は29日夜、政府がEUとまとめた離脱協定がどうあってほしいかについて投票した。(中略)

イギリスは3月29日にEUを離脱するが、イギリスの下院議員はいまだに、どうやって離脱するのが良いか合意できていない。(中略)

(イギリスとEUは)昨年11月に双方はついに合意に達し、テリーザ・メイ首相は英国民は「もうこれ以上ブレグジットについて言い争いたくないと思っている」と発言した。

英政府とEUが交わした離脱協定を施行するには、英議会の承認が必要だ。しかし、首相が率いる与党・保守党の議員の全面的な支持を取り付けるのは困難で(以下参照)、多くの保守党議員が首相に造反した。

その結果、下院は2週間前の15日、政府がまとめた協定を432対202の票差で否決した。現職内閣にとって歴史的な大敗だった。

29日に何が起きたのか
(中略)7つの修正案が採決の対象になり、そのうち5つは否決された。しかし、可決されたものが2つあった。

(1) アイルランド国境の再交渉
メイ首相が昨年11月にEUと交わした協定では、北アイルランドとアイルランドの間に「厳格な国境」は設けないという内容が含まれた。このための措置を「バックストップ」と呼ぶ。(中略 「バックストップ」については上記【Newsweek】参照)

何より、EU側が合意しなければ、イギリスはバックストップから抜け出せない。
EUときっぱり手を切りたい与党・保守党のブレグジット派議員たちはそのため、このバックストップ条項に猛反発している。

また、政権と閣外協力している北アイルランドの民主統一党(DUP)も、バックストップによって北アイルランドとグレートブリテン島で差異がでれば、それはイギリスの連合を脅かし、1998年のベルファスト合意(イギリスとアイルランドの和平合意)に抵触するものだと反発している。

こうした状況で29日夜、大多数の下院議員は、バックストップ条項を変更する新しい協定が必要だと表明した。
しかしそれは言うほど簡単なことではない。

(2) 「合意なし」を回避
大多数の下院議員はこのほか、何の合意もないままEUを離脱することがないように求める動議を可決した(なぜ大勢が「合意なし離脱」を心配しているかは後述)。

少なくとも、ほとんどの議員が「合意なし」についてどう思っているかは、これで分かった。しかし、実態は何も変わっていない。議員たちは、「どうやって」合意なしを回避すべきか、方策を提案したわけではないので。

そして、動議は可決されたが、法的拘束力はない。そのため、合意なしブレグジットはまだ現実のものとなり得る。

次はどうなる・・・さあ。
理屈の上では、メイ首相はこれでEUに対して、バックストップの再交渉を求めることができる。議会の後ろ盾を得たので。

しかし、EU側は再交渉するつもりはないし、そもそも再交渉の必要性すらないという姿勢だ。バックストップ問題はもう解決済みだと。EU加盟国のアイルランドも、バックストップ条項の修正を求めていない。

EUが再交渉に応じず、英下院が妥協案を見出せないなら、次はどうなるのか。
それが「ハード・ブレグジット」だ。何の取り決めもないまま、イギリスは3月29日に自動的にEU加盟国でなくなる。

何の移行期間もなく、ぷっつりいきなり離脱することになる。
合意なし離脱による悪影響については、食品や原材料など多くの品目のイギリス輸入が遅滞し、物価が急騰するのではないかなど、様々な懸念が各方面から指摘されている。(中略)

合意なしブレグジットだとどうなる
この場合、イギリスは即座に、移行期間なしに、EU規則に従う必要がなくなる。
メイ政権をはじめ大勢は、これはイギリスに深刻な打撃を与えることになると考え、段階的な離脱を求めている。

しかし、離脱方法について下院が合意できないままだと、イギリスは自動的に3月29日に離脱する。
その場合、貿易についてはEU規則ではなく世界貿易機関(WTO)の決まりに従うことになる。多くの企業にとって、輸出入やサービスが新しく課税対象となり、事業費がふくれ上がる見通しで、この影響で商品によっては英国内の小売価格が上昇するだろう。

イギリスがEU加盟国として参加していた他国との貿易協定は適用されなくなり、イギリスはEUをはじめ諸外国と個別に貿易協定を再交渉することになる。

イギリス国内の製造業者は、部品の輸入に遅れが出ると予測している。

イギリスは独自の出入国規制を自由に導入できるようになる。しかし、EU域内で働いたり暮らしたりしている英国人は、法的立場があいまいになるかもしれない。欧州委員会は、たとえ合意なしブレグジットになったとしても、最長90日間の短期滞在ならば英国民はEU域内でビザを必要としないという姿勢だ。

北アイルランドとアイルランドの間の国境が、EUとイギリスの間の税関や出入国管理の前線となる。しかし、この国境をどのように、どこまで管理するのかは、不透明なままだ。

一部の離脱派は、準備さえしっかりすれば合意なしブレグジットは良いことだと考えている。合意なしブレグジットの危険性を強調する批判派は単に国民の恐怖をあおっているだけで、離脱直後の短期的マイナスは長期的なメリットの代償に過ぎないと、一部の離脱派は言う。

しかし、残留派か離脱派かを問わず、合意なしブレグジットはイギリスにとって悲惨なことになると批判する声は多い。食費は上がり、物不足に陥り、国境検査が増えることで南東部の道路が大渋滞に陥ると、こうした人たちは懸念している。【1月30日 BBC】
*******************

“ゴールドマン・サックスは30日、英議会による欧州連合(EU)離脱に関する修正案の採決を受け、「合意なき」離脱の想定確率を10%から15%に引き上げた。”【1月30日 ロイター】 ブックメーカーのオッズのようです。

こんなものも出回っているとか。

****英“合意なき離脱”か ある商品が人気に…****
(中略)一方、「合意なき離脱」で、市民の間にモノ不足の懸念が広がる中、意外な商品が注目されている。

倉庫で出荷準備が進んでいたのは「EU離脱箱」と名付けられた段ボール箱。箱の中には、例えば何種類ものフリーズドライの食べ物や、水道が止まった時に備えて水をろ過できる装置、さらにガスが止まった時に備えて、着火剤も入っている。

保存食は、水やお湯を加えて10分ほどで食べられるようになる。値段は1箱で4万5000円。スーパーからモノが消えても30日間生存できるという、この「EU離脱サバイバルキット」への注文が、相次いでいるという。

英・食品会社担当者「予想以上の反響で、毎日25件の注文が入っています。これまでに600個以上販売しました」(後略)【1月30日 日テレNEWS】
*******************

メイ首相は“瀬戸際戦術”でEUとの再交渉に臨みたい構えですが、議員の多くが「合意なき離脱」を避けたいと考えていることが明らかになったことは、むしろEU側の立場を更に優位にしたようにも見えます。

何より、(個人的な憶測ですが)EUにしてみれば、EUの今後の結束を維持するためには“ハッピーなブレグジット”などあってはならず、イギリスには“悲惨なブレグジット”に陥ってもらわないと困るのではないでしょうか。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

米中ロの軍拡競争「ミサイル・ルネサンス」 米中の宇宙を舞台にしたルールなき競争

2019-01-29 23:42:20 | 国際情勢

(昨年11月、中国・珠海で開かれた「中国国際航空宇宙博覧会」で展示された衛星測位システム「北斗」のイメージ模型【1月28日 朝日】 北斗の衛星は33基と、アメリカのGPSを上回るとか)

【加速する新兵器開発・軍拡競争 「ミサイル・ルネサンス」】
アメリカとロシア・中国の対立が鮮明化するなかで、このところロシア・中国による新兵器開発のニュースをよく目にします。

****ロシアの極超音速新兵器「アバンガルド」、速度はマッハ27 従来発表上回る****
軍備管理をめぐる米ロの緊張が高まる中、ロシアらは27日、前日26日に最終試射の成功が発表された極超音速兵器「アバンガルド」の飛行速度がマッハ27(音速の27倍、時速約3万3000キロ)に達したと明らかにした。

(中略)ロシアの独立ニュースサイト、ベルによれば、プーチン氏は26日、最終試射の後で同国の実業家らに対し、極めて先進的な兵器であるアバンガルドを手にしたロシアはもう誰からも脅かされることはなくなったと興奮気味に語ったという。 【12月28日 AFP】
*******************

“マッハ27”・・・・マッハ5レベルの極超音速ミサイルの開発・防御が話題になっているなかで、突き抜けた数字です。これが実用化されたのなら、プーチン大統領が「誰からも脅かされることはなくなった」と興奮するのも無理からぬところです。

ロシアは、マッハ10の速度で飛ぶ高精度ミサイル「キンジャル」も保有しており、2017年にロシア南西部の南部軍管区に配備されたと言われています。他にも、様々な兵器が開発されています。

****ロシア新型ICBM「10発で米国全滅」 軍事専門家試算、1発で3千万人超犠牲****
ロシア国防省系の軍事ニュース専門メディア「週刊ズベズダ」は28日、ロシア軍が開発中の最新兵器に関する特集記事を掲載。

この中で軍事専門誌「祖国の兵器庫」編集者で軍事専門家のアレクセイ・レオンコフ氏はロシアの新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「RS―28サルマト」について「10発で米国の全国民を殺害する威力がある」との試算結果を明らかにした。
 
サルマトについては、プーチン大統領が昨年3月に行われた連邦議会に対する年次報告演説で、米国が世界で進めるミサイル防衛(MD)網構築に対抗するため開発中であることを明言。

「どのようなMDシステムでも阻止できない」と豪語。大型スクリーンで、米フロリダ州とみられる地点に降下する多数のミサイルを映したCGも公開し物議を醸した。国防省はその後、サルマトの発射実験の様子を写した映像を公開していた。(中略)
 
地形や人口密度、気象条件、投下地点などの諸条件を無視した、あくまでおおざっぱな概算にすぎないものの、すさまじい破壊力であることに間違いはない。
 
サルマトは北大西洋条約機構(NATO)では「サタン2」の通称で呼ばれ、現存の「ボエボダ」の後継ミサイル。10〜16の核弾頭を搭載可能で射程距離は1万1000キロ以上、MDの迎撃を受けないようにマッハ20という極超音速で飛行し途中で分裂、弾道を雨あられのように降らせる。

米国を攻撃する場合、従来の北極経由ルートのほか、南極を経由しMDの手薄な南方からも攻撃することが可能とされる。2020年の配備を目標としていたが計画の遅れからずれ込むとの報道もある。【1月29日 47NEWS】
*******************

こうしたお互い破滅を覚悟でないと使えない“最終兵器”とは逆に、“使える”小型核爆弾という方向もあります。

****低出力核弾頭の製造開始=米、ロシア抑止狙う****
米公共ラジオ(電子版)は28日、エネルギー省国家核安全保障局が爆発力の小さい低出力核弾頭の製造を開始したと報じた。10月までに少数の弾頭が海軍に引き渡される見通し。

トランプ政権は昨年2月公表の「核態勢の見直し」(NPR)で、地域紛争時に限定的な核兵器の使用も辞さない姿勢を示すロシアを抑止するため、低出力核弾頭を開発すると宣言していた。
 
新たな低出力核弾頭W76―2は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に搭載される。核問題専門家によれば、現行の核弾頭W76―1の爆発規模は約100キロトン(TNT火薬換算)だが、W76―2は5〜7キロトン程度。広島に投下された原爆は約15キロトンとされる。【1月29日 時事】
*****************

新兵器開発では中国も負けていません。

****中国、レーザー兵器開発=移動式防衛システム****
28日付の中国英字紙チャイナ・デーリーは中国の国有企業、中国航天科工集団が移動式のレーザー防衛システム「LW30」を開発したと伝えた。レーザーを照射し、ドローンや誘導爆弾、迫撃砲を破壊する。同社は「命中率が高い」と説明しているが、具体的な性能は不明。
 
LW30は、レーザー兵器やレーダーなどをそれぞれ搭載した複数の車両で構成。攻撃目標の急所となる部分を狙い、レーザーを照射するという。レーザーによる防衛システムは、ミサイルに比べ運用コストが安く、米国なども開発を進めている。【12月28日 時事】
********************

****中国が極超音速機をも撃ち落とす現代版「万里の長城」を地下に建設****
中国が、地下に広大な防衛施設を築いており、それはもはや迎撃不可能とされてきた最新鋭ミサイルも撃ち落とせる施設だと、ある専門家が明かした。

中国の国防への貢献が認められ、1月8日に国家最高科学技術賞を受賞した銭七虎は共産党機関紙人民日報系のタブロイド紙環球時報に対して、中国は地下深くにもう1つの「万里の長城」を構築した、と語った。銭はここにある一連のミサイル関連施設を「最終防衛ライン」と呼ぶ。

同施設は山岳地帯の地下にあり、その厳しい地形だけでも、大部分の通常兵器から地下基地を守るのに十分だとされている。だが銭は露出部分を攻撃から守り、またバンカーバスター(地中貫通爆弾)から施設を守るために、施設の防衛機能をさらに強化したと言われている。

銭は、少なくともマッハ5、つまり音速の5倍の速度(時速約6110キロ)で飛ぶ極超音速ミサイルが飛来した場合に、ほかのミサイル迎撃システムが対応できなくても、同施設なら可能だとも語った。

「盾(防御)」の進歩は、「槍(武器)」の進歩に追いついていかなければならない。最新の攻撃用兵器が新たな挑戦をもたらすなか、「我が国の防衛技術はタイムリーな進化を遂げている」と銭は同紙に語った。

極超音速分野での開発競争が激化
(中略)1月11日付の環球時報に掲載されたインタビューの中で銭は自らの研究について、アメリカやロシアなどが超音速兵器の開発を進め、地政学的な不確実性が増したことも「万里の長城」建設の動機の一つだった、と語った。(中略)

中国も極超音速ミサイルの開発には中国も乗り出しており、2018年8月、中国航天空気動力技術研究院は極超音速航空機「星空2号」の実験を行ったと発表。政府系英字紙チャイナ・デイリーによれば、「星空2号」は機体の衝撃波から揚力を得ることができる。最高速度はマッハ6を記録し、高度は約29キロに達した。

アメリカも極超音速技術を開発中で、2018年8月に戦闘機メーカーのロッキード・マーチンが、米国防総省から2種類の極超音速兵器の開発で数百万ドルの契約を受注した。

またアメリカは2010年以降、ボーイングの極超音速航空機X51ウェーブライダー(最高速度マッハ6)の実験を行っており、NASAの無人超音速機X43はマッハ9.6を記録し航空機の最高速度記録を達成した(有人機の最高速度記録はロシアのミグ25のマッハ約2.8)。

米会計検査院は2018年12月に発表した報告書の中で「中国とロシアは極超音速兵器の開発を進めている。これらの兵器の速度や高度、操縦性をもってすれば、大部分のミサイル防衛システムを回避できるかもしれないからだ。通常および核搭載の長距離攻撃能力の強化に有効だ」と指摘。「現在これに対抗する手段はない」と結論づけた。【1月15日 Newsweek】
******************

レーザー兵器や“現代版「万里の長城」”以上に、現実的な軍事行動で米軍にとって脅威となっているのが中国の「空母キラー」と呼ばれる対艦ミサイルですが、中国は更に“磨きをかけている”ようです。

****空母攻撃能力強調=グアム狙う中距離ミサイル―中国メディア****
28日付の中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報英語版は、昨年実戦配備された中距離弾道ミサイル「東風26」について、最近公開された映像を基に「移動中の空母を攻撃できる」という軍事専門家の見解を報じた。

習近平指導部には、台湾海峡に軍艦を航行させるなど中国に圧力を強めるトランプ政権をけん制する狙いがあるとみられる。(後略)【1月28日 時事】
***********************

これらの記事を見た印象としては、中国の“極超音速機をも撃ち落とす現代版「万里の長城」”の話はあるにしても、全体的には攻撃兵器の方が、防御兵器よりは開発が容易である、そうした新たな攻撃兵器を有効に防ぐ防御システムの構築はなかなか困難そうだ・・・といった感じです。

【中ロを走らせるアメリカの「ミサイル防衛見直し(MDR)」】
ロシア・中国が新たな攻撃兵器開発に走るのは、アメリカのミサイル防衛(MD)態勢の強化があると言われています。

****「ミサイル防衛見直し」公表へ 米政権、中露新兵器に対処****
トランプ米大統領は17日、国防総省で「ミサイル防衛見直し(MDR)」を発表する。ロシアと中国が音速の5倍のマッハ5以上で飛行する「極超音速」(ハイパーソニック)兵器の開発を急ぐなどミサイル開発競争が激化する中、圧倒的な軍事的優位を保とうとミサイル防衛(MD)態勢の強化を目指す。
 
MDRは今後5~10年間のMDシステムの指針。MDに慎重な姿勢を示したオバマ前政権時代の2010年以来9年ぶりとなる。

この間に、北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実験に成功した。米国は、ロシアが中距離核戦力(INF)全廃条約に違反する中距離ミサイルを実戦配備したとも主張。さらに、中国も「空母キラー」と呼ばれるミサイルを配備するなど専門家が「ミサイル・ルネサンス」と呼ぶほど状況は激変している。
 
これまでの歴代政権は「弾道ミサイル防衛見直し(BMDR)」という名称を使い、北朝鮮とイランの弾道ミサイルを脅威の対象に据えていたが、今回は、弾道ミサイルだけでなく巡航ミサイルや、中露が開発を手がけるハイパーソニック兵器など幅広い脅威に対象を拡大、名称も「MDR」へと改める。
 
米政府高官は「宇宙は次世代のMDのカギとなる」と説明、米本土や日本などの同盟国などを守るため、ミサイル追跡用のセンサーを宇宙に多数配備する方針を示している。また、ミサイルを打ち上げ(ブースト)段階で撃墜する強力なレーザー兵器の開発なども見据えている。
 
ロシアや中国は、米国が進めるMDは両国が保有する「ICBMなどを無力化するのが狙い」と強く警戒、ハイパーソニック兵器など新型兵器の開発に取り組み、MDを突破する能力を高めようとしている。
 
トランプ政権は17年12月に発表した国家安全保障戦略で中露両国を「戦略的競合国」と位置づける方針転換を図った。MDRでは、その認識をもとに両国の脅威に備える方針も示す。【1月17日 毎日】
*****************

先述のように、「ミサイル防衛を構築するより、破壊する方がはるかに簡単で安上がりだ」という技術的側面を考えると、トランプ政権の打ち出した「ミサイル防衛の見直し」(MDR)の現実性に疑問を呈する声もあります。

また、膨大なコストがかかることは、レーガン政権時代のSDI同様で、その点でも実現を疑問視する向きもあります。

また、MDRで「ロシアの脅威」に関する言及が大幅に増え、ロシアがMDRの標的となっていることにロシアは反発を示しており、先述の極超音速兵器「アバンガルド」をはじめ、米MDを突破できるとされる兵器の開発に更に傾斜するという“いたちごっこ”に陥ることも懸念されます。

【共通ルール・暗黙の了解がない状況で進む米中の宇宙での対立】
一方で、上記記事にも「宇宙は次世代のMDのカギとなる」という米政府高官発言があるように、今後の攻防は宇宙を舞台に展開される模様です。

****(米中争覇)宇宙 「制天権奪う」中国、米を刺激 軍内部文書、衛星破壊実験も****
米トランプ政権は17日、新たなミサイル防衛戦略「ミサイル防衛見直し(MDR)」を発表した。宇宙にミサイル迎撃システムを配備する計画は、1980年代にレーガン大統領が打ち出した「スターウォーズ計画」の再来と言われる。
 「
宇宙は新たな戦闘領域だ」と言い切るトランプ大統領。言葉の裏にあるのは、宇宙進出を急ぐ中国への不信だ。
 
2013年5月13日。四川省の西昌衛星発射センターから1基のロケットが打ち上げられ、米軍の軍事衛星や通信衛星が集中する静止衛星軌道(高度約3万6千キロ)に迫った。
 
中国は「観測ロケット」と説明したが、米国の早期警戒衛星はロケットが通常よりはるかに高い軌道に達したことなどを確認。米国防総省は、打ち上げが静止衛星の破壊実験だったと判断した。
 
2カ月後には、山西省の太原衛星発射センターから3基の衛星を乗せたロケット「長征4号」が打ち上げられた。監視レーダーが捉えた3基の衛星の動きに米軍は注目した。そのうち1基が一緒に打ち上げられた別の衛星に近づき、2本のロボットアームを延ばして捕捉。その後、軌道を変え、別の衛星に急接近したのだ。
 
米国防総省からの報告を踏まえ、米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は15年、一連の動きを他国の衛星を攻撃する攻撃衛星(キラー衛星)の実験と結論づけた。
 
衛星は通信や気象観測、船舶などのナビゲーションやミサイル誘導まで担う現代の軍事戦略の要だが、防御対策は遅れている。

米国家情報長官室は昨年の報告書で、中国の衛星破壊部隊が数年内に実戦能力を得る可能性があると分析し、米国の強い警戒を示した。
 
政権のおもうままに資金を注ぎ込む体制の優位を発揮する中国。開発予算を明らかにしていないが、欧州宇宙政策研究所は、その規模は80億ドル(約8800億円)と推計する。長期計画に沿って無人月探査機「嫦娥(じょうが)4号」で世界初の月面の裏側への着陸を成功させたり、宇宙ステーションの建設を進めたり、技術力も着実に伸ばしている。
 
中国政府は「宇宙の軍拡競争に加わるつもりはない」(外務省)との立場を取るが、米シンクタンク関係者が入手した中国軍の内部文書「空軍軍事理論創新研究」(10年、中国空軍指揮学院)はこう記す。
「宇宙は未来の戦場だ。『制天権』を奪取しなければならない」
 
米ソ冷戦終結後、国際協調の舞台ともなった宇宙で、米中を軸とする新たな覇権争いが始まろうとしている。【1月27日 朝日】
******************

ロシア(ソ連)との間には、これまでの核軍縮や宇宙開発協力などの実績も一定にあり、第3次世界大戦回避へ向けた共通認識も一定にあります。

“(レーガン政権の)SDIは結果的に、軍拡がもたらす財政負担とその先に待つ戦争への懸念を米ソ双方に抱かせた。83年にソ連が衛星破壊実験の自粛を決めると、85年に米国も続き、宇宙を舞台にした衝突の危機は遠のいた。米ヘリテージ財団のディーン・チェン上級研究員は「米ソは、互いの衛星を破壊することが第3次世界大戦につながりかねないことを承知していた」と話す。”【1月27日 朝日】

そうしたこれまでの経験・実績の枠外で急速に進むのが中国の宇宙開発です。

****急成長する中国、世界に協力呼びかけ****
米中のルールなき競争は、国際社会を巻き込みながら進む。体制やイデオロギーが陣営を分けた米ソ冷戦時代と違い、その構図は複雑だ。
 
「ニー好(ニーハオ)! 我是欧洲航天員(こんにちは!私は欧州の宇宙飛行士です)」
 
昨年7月、中国国営新華社通信は、欧州宇宙機関(ESA)のドイツ人宇宙飛行士、マティアス・マウラー氏が中国語で自己紹介する動画を配信した。
 
同氏が目指すのは、2022年の完成を見込む中国の宇宙ステーションへの搭乗だ。船内では中国語が共通語になるため、中国語を学び、中国の飛行士とともに訓練を受けている。
 
米ロや日欧などの15カ国が協力して00年に運用が始まった国際宇宙ステーション(ISS)は、宇宙が国際協調の時代に入った象徴だ。

しかし、巨額の維持費が参加国の負担になっており、24年以降の運用は決まっていない。その先、中国が宇宙ステーションを展開する唯一の国になる可能性がある。
 
米国などの反対でISS参加を阻まれた中国は自力開発の道を選び、03年の有人宇宙船「神舟5号」の打ち上げ以降、着々と成果を積み上げてきた。
 
「中国の宇宙ステーションを全人類の共同の家にしたい」。昨年5月、ウィーンで国連との協力を発表した式典で、中国政府の代表はこう呼びかけた。
 
世界はどう応えるのか。
「宇宙大国」の地位を守ろうとするロシアは、中国の資金力に期待を寄せる。宇宙開発機関「ロスコスモス」は中国国家宇宙局と5カ年の協力プログラムに調印し、月や火星の探査などで協力を進める。
 
英独仏など欧州22カ国でつくるESAは新型宇宙船開発などで米国との協力を続ける一方、中国との技術協力を進め、月面基地の共同建設もにらむ。予算を中国と分担する狙いで、「リスクヘッジだ」(日本政府関係者)との声も漏れる。
 
米国でもオバマ政権時代、中国を国際協力の輪に巻き込むことで独断的な開発を防ぐべきだとの声が政権内にあった。
 
今月、世界で初めて月の裏側に着陸した中国の無人月探査機「嫦娥(じょうが)4号」の様子をNASAの無人月探査機が捉え、データを共有しようという動きにも、技術者らが受け継ぐそうした考えがにじむ。
 
しかし、予算を握る議会は今や中国への警戒感一色で、協調の機運は広がらない。宇宙政策でも「米国第一」を貫くトランプ政権は、自国の安全や宇宙産業の競争力を守ることを重んじ、同盟国が役割を担うよう求める。【1月27日 朝日】
*****************

新兵器開発・軍拡競争でも、宇宙政策でも、米中対立が先鋭化していくと、その行き着く先が懸念されます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レニングラード解放から75年、アウシュビッツ解放から74年 歴史の記憶への様々な思い

2019-01-28 23:15:31 | 欧州情勢

(1月27日にオープンしたレニングラード包囲戦を再現した3D博物館を視察するプーチン大統領【1月28日 RUSSIA BEYOND】)

【プーチン大統領:レニングラード住民を「すさまじい苦痛」にさらしたナチスは、決して許されない】
安倍政権が進展を期待する北方領土問題については、周知のようにロシア側の要求するハードルは、日本にとっては受け入れづらいものになっています。

“ロシア側は、北方領土は、第二次大戦の結果、ロシア(当時のソ連)が獲得したものであり、不法な占拠ではないと主張している。ラブロフ外相は、「北方領土」という呼称も批判しているし、16日の記者会見では、国連憲章107条(旧敵国条項)に言及し、「日本は第二次世界大戦の結果を認めない唯一の国」と批判した。そして、日露関係は「国際関係でパートナーと呼ぶにはほど遠い」と厳しい見方をした。”【1月19日 舛添要一氏 JB Press】

ロシアが頑なに第二次大戦の結果にこだわる背景には、いろんな政治事情のほかに、大戦の勝利はロシア(ソ連)が甚大な(死者数で言えば日本をはるかに上回る)犠牲者を出して勝ち得たもの・・・という認識があると推察されます。

戦争の犠牲者数というのは正確な数字は把握しがたいものですが、【ウィキペディア】ではソ連については“21,800,000〜 28,000,000人”という数字があげられています。日本は“2,620,000 〜 3,120,000人”ということで、一桁違います。(もちろん数字の多寡で犠牲の大きさが決まる話ではありませんが)

大戦の勝利は、文字どおりロシアの大地を国民の血で赤く染めて勝ち取った結果・・・という訳です。
このソ連の苦しい戦いを象徴するのが、ドイツによる約900日に及ぶ「レニングラード包囲戦」です。

****レニングラード包囲戦****
・・・・ドイツ軍はソビエト連邦第2の大都市レニングラード(現・サンクトペテルブルク)を900日近くにわたって包囲したが、レニングラードは包囲に耐え抜き、後にスターリンによって英雄都市の称号が与えられた。

飢餓や砲爆撃によって、ソ連政府の発表によれば67万人、一説によれば100万人以上の市民が死亡した。これは日本本土における民間人の戦災死者数の合計(東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎を含む全て)を上回る。(中略)

飢餓の発生
(中略)冬が近づく頃、飢餓による死が襲ってきた。植物学者のニコライ・ヴァヴィロフの研究スタッフの1人は、食用にすることもできた20万種の植物種子コレクションを守ろうとして餓死した。

ターニャ・サヴィチェワという当時12歳の少女は、12月から翌年5月にかけてレニングラードにいた肉親全員が次々と死んでいったことを書き残している(ターニャの日記)。

レニングラードの街角は死体で溢れた。やがて食料が切れた市内には飢餓地獄が訪れ、死体から人肉を食らう凄惨な状況が常態化し、人肉を含む食品を売る店まで現れた。【ウィキペディア】
****************

1月27日はレニングラードの解放を祝う記念日でした。

****レニングラード解放75周年、プーチン氏「不屈の精神」たたえる****
ロシアのサンクトペテルブルクは27日、第2次世界大戦中に80万人以上が犠牲となったドイツ軍による872日間に及ぶ包囲戦からの解放75周年を迎えた。ウラジーミル・プーチン大統領は、同市の「不屈の精神」をたたえた。
 
ロシア第2の同市は、旧ソ連時代にはレニングラードと呼ばれ、1941〜44年に872日間にわたってナチス・ドイツ軍に包囲された。当時の人口は約300万人。

市内への物資の供給が絶たれ、パンの配給は肉体労働者で1日250グラム、一般市民では同125グラムにまで減らされた。飢えや病気、砲撃などで80万人以上が命を落としたとされるが、実際の犠牲者数はもっと多いと歴史家は指摘している。
 
サンクトペテルブルク中心部の宮殿広場では27日、戦車や防空ミサイルシステムによる軍事パレードが行われた。最新鋭兵器のほか第2次世界大戦中に名をはせたT34戦車も登場し、氷点下11度と冷え込む降雪の中、大勢の人々がパレードを見守った。
 
プーチン大統領はパレードには姿を見せず、市郊外にあるレニングラード包囲の記念施設と犠牲者が眠るピスカリョフ記念墓地を訪問。

その後出席した追悼コンサートで、「難攻不落の街」を餓死させようと試みレニングラード住民を「すさまじい苦痛」にさらしたナチスは、決して許されないと述べた。
 
同地出身のプーチン大統領は戦後生まれだが、レニングラード包囲の際にまだ幼かった兄を亡くし、母親も餓死寸前まで追い込まれた。兄はピスカリョフ墓地に埋葬されている。 【1月28日 AFP】
*******************

【ロシア政府:生存者全員に、ドイツ政府が個別に賠償をしなければならない】
これだけの犠牲者を出した戦闘ですので、いまもロシア・ドイツ両国の心情に大きな傷跡を残しており、生存者への賠償といった政治的な課題も残存しているようです。

****ドイツ政府、レニングラード包囲戦の生存者支援に約15億円拠出****
ドイツとロシアは27日、第2次世界大戦に従軍した旧ソ連軍の退役兵と、戦時中にナチス・ドイツ軍による872日間に及ぶレニングラード包囲戦の生存者らを支援するため、ドイツ政府が1200万ユーロ(約15億円)を拠出すると発表した。
 
この日、ロシアはレニングラードの解放から75年を迎えた。包囲戦では80万人以上が死亡したとされる。現在サンクトペテルブルクと改名した同市には、今も約8万6000人の生存者が暮らす。
 
今回のドイツ政府の資金拠出は「包囲戦の生存者に対する自発的な人道的行動」とされている。

ドイツのハイコ・マース外相とロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、「この自発的な行動が包囲戦生存者たちの生活の質を向上させ、今後の両国関係の発展の基盤となる両国民の歴史的和解に寄与すると信じている」と述べた。
 
一方、ロシア政府はこれとは別に声明を発表。包囲戦の生存者支援の取り組みは「重要」だが不十分だとした上で、1941年から44年まで続いた包囲戦の生存者全員に、ドイツ政府が個別に賠償をしなければならないと主張した。 【1月28日 AFP】
****************

ロシア・ドイツの関係は、天然ガス輸出などで比較的強固なものがありますが、そうであってもやはり過去の清算となる話は簡単ではありません。

【ポーランド首相:ホロコーストの責任は、ナチス・ドイツにあるのではなく、ヒトラー支配下のドイツという国家そのものに】
プーチン大統領は、“レニングラード住民を「すさまじい苦痛」にさらしたナチスは、決して許されない”と、「ドイツ」ではなく「ナチス」を非難の対象としています。

日中関係でも、以前は“悪いのは当時の日本軍国主義・軍部であり、日本国民を責めるものではない”という類の発言がよく聞かれました。(最近はどうでしょうか?)

ドイツ国内外にあっても、極悪非道な行為をなしたのは「ナチス」であり、ドイツ国民全体ではない・・・という認識もあるようです。

しかし、そういう責任の“使い分け”を認めない国もあります。

1月27日は、レニングラード解放の記念日であると同時に、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所が解放された日であります。

****ホロコーストの責任、ナチスではなく「ヒトラーのドイツに」 ポーランド首相****
ポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相は27日、第2次世界大戦中のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の責任は、ナチス・ドイツにあるのではなく、アドルフ・ヒトラー支配下のドイツという国家そのものにあったと発言した。
 
ポーランドは同日、戦時中にユダヤ人が大量に虐殺されたアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の解放から74年を迎えた。
 
南部オシフィエンチムで行われたホロコースト記念日の式典で、モラウィエツキ首相は「ヒトラーのドイツは、ファシズムの思想に支えられた」と指摘した上で、「だが、あらゆる悪はこの国(ドイツ)からやってきた。われわれは、それを忘れることはできない。でなければ悪を相対化することになってしまうからだ」と述べた。
 
首相はさらに、「ポーランドは真実の守護者として行動する国だ。真実は、どんな形であっても相対化されてはならない」と主張。「私はここで、あの時代に関する完全な真実を(保存すると)約束する」と付け加えた。
 
ポーランドでは昨年、ナチスの犯罪にポーランド国民や国家が加担したと主張した者に刑事罰を科す法律が成立。イスラエルや米国の反発を受け、罰金や禁錮刑を科すとの条項を削除する改正を行っている。
 
ナチスが占領下のポーランドに作ったアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所では、1940〜45年に100万人ものユダヤ人のほか、10万人に上る非ユダヤ系ポーランド人、ロマ人、旧ソ連の戦争捕虜、反ナチスのレジスタンス闘士たちが虐殺された。【1月28日 AFP】
********************

上記記事にもあるように、ポーランドの右派政権はホロコーストはドイツ・ナチスの犯罪である、ポーランドは一切加担していない、犠牲者であるとの立場をとっています。

歴史家からは批判も多い考えですが、第二次大戦で“5,620,000〜 5,820,000人”(国民の16.1 〜 16.7% 日本は4%前後)【ウィキペディア】という犠牲を強いられた過去が、こうした認識の背景にあると推察されます。

【ゆがめられる記憶 「あらゆる階層の人が、また悪意を持ち始めている」】
そのホロコーストも、時間の経過とともに人々の記憶から薄れていくのはいたしかたない面もありますが、その事実そのもを否定しようという考えが頭をもたげているようにも見えます。

****ナチスのホロコースト、イギリスの5%が「信じていない」=調査****
第2次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人などの大虐殺(ホロコースト)について、イギリスの成人の20人に1人が「起きなかった」と考え、12人に1人が「誇張されている」と考えていることが明らかになった。

イギリスのホロコースト・メモリアル・デー・トラスト(HMDT)が2000人以上を対象に行った調査に調査した結果。

27日は国連が定める「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」に当たる。イギリスではロンドンでの追悼式典に加え、国内で1万1000件以上の関連イベントが行われた。

HMDTの調査では、回答者の45%がホロコーストの犠牲者数を知らないと述べたほか、ホロコーストで殺されたユダヤ人は200万人以下と答えた人が19%いた。実際の推計は600万人とされる。

「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」では、1994年にルワンダで起きた虐殺や、1970年代のカンボジアのポル・ポト政権による虐殺の犠牲者も追悼する。

テリーザ・メイ英首相はツイッターで手書きのメッセージを公表し、「ホロコーストで無残に殺された600万の魂を正しく表せる言葉などない。しかし我々は、今日の行いを通じてふさわしい追悼を捧げることができる」と、ホロコーストに思いを馳せてほしいと訴えた。

ロンドン・ウェストミンスターのエリザベス2世センターで開かれた追悼式典に参加した最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は、「ホロコーストで犠牲となった数百万のユダヤ人や、その他の人々を追悼する。反ユダヤ主義やあらゆる人種差別が我々の社会を歪めることを許してはならない」と書いた。

この式典には200人のホロコースト生存者も参加した。生存者により、600万人のユダヤ人犠牲者を模した6本のろうそくがともされた。

10代にアウシュヴィッツ強制収容所から生還し、その後イギリスに移り住んだレイチェル・リーヴァイさん(87)は、今のイギリスに見られる反ユダヤ主義を怖れていると話した。「あらゆる階層の人が、また悪意を持ち始めている。どうしてなのか理解できない」

ナチス・ドイツの主な標的はユダヤ教の人々だったが、他にも同性愛者や少数民族、共産主義や労働組合推進者といった政敵、キリスト教の一派であるエホヴァの証人などもホロコーストの犠牲となった。
心の病を抱える人や身体障害者は計25万人、ロマは50万人が殺害された。(後略)【1月28日 BBC】
*********************

記事はイギリスを取り上げていますが、話はその他の国でも同じようなものでしょう。
「過去を無視すれば、歴史は繰り返されてしまう」・・・ということです。

【“知らなかった”ではすまないことも】
“無視する”というより、単に“知らない”という若者も増えていきます。

****ナチスTシャツを着用、タイのAKB姉妹グループメンバーが謝罪****
タイで人気のポップグループの1つで、日本のAKB48の姉妹グループ、BNK48メンバーのナムサイ(本名、ピチャヤーパー・ナーター)さん(19)が25日、テレビリハーサルでナチス・ドイツのかぎ十字がデザインされたTシャツを着用し、非難の声が上がっている。

ナムサイさんとBNK48の劇場支配人は26日、在バンコク・イスラエル大使館のメイヤー・シュロモ大使と面会し、騒動について謝罪した。

ナムサイさんが問題のTシャツを着ている写真は瞬く間に拡散された。
27日は、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人大量虐殺)犠牲者を悼む「国際ホロコースト記念日」で、その直前に起きたこの騒動について、イスラエル大使館は「衝撃と失望」を表明していた。

一方、多くのタイ国民の間では、ナムサイさんらは第2次世界大戦でのナチス・ドイツの歴史について無知だったのではとの意見が上がっている。 

(中略)インターネット上でもBNK48を非難する声がある一方、一部のファンは、BNK48はナチスのかぎ十字の意味を知らなかったのではないかと擁護した。

BNK48は声明で「不適切なデザインの衣装」が「世界中の人道に反する過去の悪行から影響を受けた人々に動揺と苦痛を与えた」と謝罪した。  

今後については「同様のことが2度と起きないことを保証するため、あらゆる努力を払う」と表明した。

一方、ナムサイさんは26日に開かれたコンサートでファンに謝罪した。BNK48の声明の中でも、より正しい知識を深めるよう努力をしていくとしている。 

ナムサイさんはインスタグラムにも謝罪コメントを投稿し、「この状況について、本当に謝りたい。私がしたことは全て、私自身のミスですと。この世の中には、私が知っているべきことがたくさんあります。私がもっと良い人になれるよう、良いアドバイスをお願いします。今後同じ間違いはしないと約束します」と書いた。

(イスラエル大使館の)シャピラ副大使はツイッターで、「BNK48の劇場支配人は、ホロコーストという重要テーマに真面目に取り組むため、メンバーがホロコーストについて教育ワークショップに参加することを提案した」と明らかにした。

アジアでのナチスをめぐる騒動
ナチス・ドイツ関連のシンボルなどがタイで大きな騒ぎになるのは、今回が初めてではない。

2013年には、バンコクのチュラーロンコーン大学の学生が、ナチスを率いたアドルフ・ヒトラーを、バットマンなどのスーパーヒーローと一緒に壁画に描いた。2016年には、同じくバンコクにあるシラパコーン大学の複数の学生がナチス式の敬礼をしたほか、学生1人がコスプレイベントでヒトラーに扮した。

同様の論争はアジアの他の地域でも起きている。
台湾の高校では、生徒たちが学校の開校記念祭でナチス・ドイツの集会を真似たほか、インドでは国会議員がヒトラーに扮して議会に出席し、騒動に発展した。

一部の若者がヒトラーを称賛し、ヒトラーの自伝的マニフェスト「我が闘争」が人気のインドでは、ナチスをイメージする画像は珍しいものではない。【1月28日 BBC】
********************

“ホロコーストについて教育ワークショップ”というほど、目くじらをたてることもないかと思いますが、ただ、かぎ十字が何を意味するのか知らないというのも困ります。

個人レベルのささいな出来事で言えば、嫌なこと、苦しかったこと、失敗は「忘れてしまう」「記憶から消してしまう」というのが、現実的な対処法であることはしばしばあります。

ただ国家間の不幸については、「忘れてしまう」「なかったことにしてしまう」では、「過去を無視すれば、歴史は繰り返されてしまう」ということにもなりますし、被害を受けた側からは許されない話にもなります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インドネシア  世界最大の華人社会 大統領選挙に絡んで高まるイスラム重視の宗教的不寛容 

2019-01-27 22:40:01 | 東南アジア

(ジャカルタで開かれたイスラム強硬派による集会で「大統領交代を!」と声を上げる市民たち=2018年12月2日【2018年12月2日 朝日】 上記の画像だけなら、よくある政治集会にも見えますが、首都を埋め尽くす人々の下記画像でその規模がわかります。80万~100万人が一堂に会し、インドネシア史上最大の集会だったようです。)


【過去の政権・イスラム社会と緊張関係をはらんだ世界最大の華人社会】
2.64億人の人口大国インドネシアが世界最多のイスラム教徒を抱える国家であることは周知のところですが、インドネシアは中国圏以外では世界で最大数の華人を抱える世界有数の“華人国家”でもあります。

他のASEAN諸国同様に、華人は強い経済力を有していますが、親米・反共のスハルト独裁政権下の華人社会に対する厳しい抑圧政策の歴史が示すように、常に圧倒的多数派マレー系との緊張関係をはらんでいます。

****インドネシア、ついに世界最大の華人国家に****
「恭喜発財(コンシー・ファッ・ツァイ)!」
2月5日の春節が迫り、インドネシアの首都・ジャカルタにあるチャイナタウン、パサールグロッドックでは、「お金持ちになりますように!」と新年のかけ声が日に日に大きく響き渡っている。(中略)

インドネシア語で春節は「イムレック」。インドネシアに居住する華人にとっては、1年で最大の行事の一つだ。
 
世界最大のイスラム国家、インドネシアは、国民の9割がイスラム教徒。しかし、2月5日の春節は、国民の祝祭日で、華人の新年をともに祝う。
 
スハルト政権下の20年前までは、中国文化の表現が禁止されていた。
しかし、民主化に伴い自由化され、「寛容なイスラム国家」のイスラム教徒の従業員が真っ赤なチャイナドレスで、「恭喜発財!」と春節商戦最前線で活気を呼ぶ光景が普通に見られるようになった。(中略)

日本では知られていないが、イスラム圏のインドネシアは、中国圏以外では世界で最大数の華人を抱える世界有数の“華人国家”だ。
 
昨年、中国の人気ポータルサイト「今日頭条」が華人系(現地国籍取得)が多い国家のトップ10を発表。
これによると、(中略)トップ3は、1位がインドネシア(767万人)、2位がタイ(706万人)、3位がマレーシア(639万人)。
 
しかし、1位のインドネシアの華人系は、IMF(国際通貨基金)が昨年末発表した人口統計によると、人口約2億6200万人のうち、約3.3%の約860万人に上るとされる。
 
華人のインドネシア移住は、中国唐王朝の晩期、紀元879年に始まったと伝えられる。
今では、インドネシア国内に広東会館があるが、その祖先は1000年の月日を超え、東南アジアのイスラム諸国に移民として海を渡り、定着したというわけだ。(中略)

しかし、こうした伝統的な春節の原風景も、20年前の民主化前は到底、考えられなかった。

「インドネシア華人」の歴史は複雑だ。
1966年、カジュアル誕生後、華人系インドネシア人に対する同化政策が導入され、中国語教育機関、中国語メディア、華人系組織団体等が、禁止となった。(中略)スハルト大統領は翌年、「華人文化禁止令」も発布。中国名からインドネシア名への改名が決められ、プリブミ(土着のインドネシア人)社会での華人系への差別化を進めた。

今でこそ華人はどこにでも住めるが、当時は例えば首都ジャカルタの場合、北西地区以外は居住が禁止されていた。(中略)

さらに、1997年に起きたアジア通貨危機に伴いインドネシア経済が破滅的な影響を受け、政治腐敗への国民の怒りがスハルトの独裁政権に向けられると、今度はジャカルタで経済的に裕福な華人を標的にした暴動が起きる。
 
結局、アジア通貨危機を契機に、30年以上続いたスハルト政権は崩壊。殺人、放火、略奪や華人女性へのレイプも勃発し、インドネシア華人の30万人以上が海外へ脱出。
 
「華人資本の多くが国外流失した」とされ、インドネシア経済にも重く暗い影を落とした結果となった。
 
一方、スハルト政権末期に副大統領を務めたハビビ氏が、スハルト辞任後インドネシアの第3代大統領に就任。(中略)ハビビ大統領は、「リフォマシ」(「改革」=インドネシア語)の潮流に押され、華人系社会を徐々に受け入れる民主化政策を図った。
 
インドネシア華人に対する差別用語「ノン・プリブミ」も廃止された。
 
暫定的なハビビ大統領の就任後、1999年10月、民主的選挙で大統領となったワヒド氏は、低迷する経済復活にはインドネシア華人、華人系実業家の協力なしでは困難と判断し、中国を初の公式訪問先に選んだ。
 
ワヒド大統領の祖先は、中国福建省からの移民で、客家人だった。こうした自らのルーツも踏まえ、中国語や中国伝統の文化、宗教、そして慣習が解禁された。
 
2002年には、メガワティ大統領(当時)が中国の春節(旧暦の正月)を祝祭日とし、以来、(中国圏を除く)世界最大の華人国家の「復権」が図られたというわけだ。
 
さらに2014年には、ユドヨノ前大統領がスハルト時代から半世紀近く使用されてきた「Tjina(チナ)」を廃止した上、新たに「Tionghoa(中華)」を採用し、中国と華人系インドネシア人を指す公用語を変更した。
 
背景には、台頭する中国経済への対中政策や民主党党首を務めたユドヨノ大統領(当時)の総選挙前の華人系支持獲得があった。
 
ジャカルタ特別州知事に華人系キリスト信者のバスキ・プルナマ(通称アホック)氏が就任する(2017年宗教冒涜罪で、禁固2年の有罪判決)など、(宗教的不寛容が高まる一方)インドネシア華人の社会経済復権はスハルト以降、少なからず進められてきた。
 
一例を挙げれば、インドネシアなどASEAN(東南アジア諸国連合)域内での日系企業の合弁・提携先のパートナーも、現地の有力企業である華人系企業が極めて多い。(中略)
 日系大手コンビニ業界の華人系企業グループとの合弁・提携事例だけでも次に挙げるほどだ。

ASEANの華人系は人口比で少数派でも、インドネシアに代表されるように華人の経済力が、各国経済を牛耳っている。
 
「中国回避 東南アジア回帰」の今、日本にとって東南アジアといっても、そこは伝統的に「華人力」が押さえる経済圏だということを肝に銘じておくべきだ。【1月21日 末永 恵氏 JB Press】
**********************

【イスラム重視・宗教的不寛容の高まり 転換点ともなった「アホック事件」】
上記記事では、スハルト政権崩壊後のインドネシア華人の社会経済復権を紹介していますが、記事にもあるように、インドネシア社会ではイスラム重視・宗教的不寛容が高まっていることは、これまでも再三取り上げてきたところです。

ジョコ大統領とそのライバルの争いに巻き込まれる形で、ジョコ大統領の盟友でジャカルタ特別州知事、次期副大統領候補あるいはジョコ氏の後任候補とも言われていた、華人系キリスト信者のバスキ・プルナマ(通称アホック)氏が宗教冒涜罪で禁固2年の有罪判決を受けた件は、そうした宗教的不寛容の高まりを示すものです。

隣国マレーシアも華人が25%ほどを占める多民族国家ですが、多数派マレー系を優遇する「ブミプトラ政策」がとられていることは、これも再三取り上げてきたところです。

ブミプトラ政策は、経済的に劣後するマレー系住民の不満を和らげるための制度的安全弁でもありますが、インドネシアではそうした明確なシステムがないだけに、華人への不満が宗教の名を借りて爆発する危険性があるようにも見えます。

****インドネシア、揺らぐ多宗教 イスラム以外に不寛容、少数派へテロや襲撃****
東南アジアの主要国でも特にイスラム教徒の割合が大きいインドネシアで、ほかの宗教への不寛容が広がっている。

キリスト教やヒンドゥー教、仏教の信者らが被害に遭う事件が続発。背景には来年の大統領選を前にイスラム勢力が政治的影響力を強めている事情があり、少数派の声が置き去りにされることへの懸念が深まっている。
 
イスラム教徒が9割近くを占めるインドネシアでも、クリスマスは祝日で首都ジャカルタなどではショッピングモールやホテルが飾り付けられる。

しかし、政府は今年、総勢7万2千人の警官を全国のキリスト教会に配置。首都中心部のジャカルタ大聖堂は25日、警官が特殊車両から目を光らせるなど物々しい雰囲気に包まれた。
 
背景には、国内でイスラム教とほかの宗教の摩擦が高まっていることがある。
 
5月、第2の都市スラバヤでイスラム過激派の一家が三つのキリスト教会で自爆テロを起こした。スマトラ島では8月、イスラムの礼拝を呼びかけるスピーカーの音が大きいと苦情を言った仏教徒の女性に地裁が宗教冒涜(ぼうとく)罪で禁錮1年6カ月の判決を下し、仏教寺院が襲撃される事件も起きた。ジャワ島などのヒンドゥー教寺院も今年、何者かに相次いで破壊された。
 
過激派が先鋭化させる対立の高まりが、市民の心にも影響を及ぼしつつある。
 
今月中旬、ジョクジャカルタ特別州プルバヤンで、運転手アルベルトゥス・スギハルディさんの埋葬が公共墓地で行われた。スギハルディさんはカトリック教徒で、家族は故人の名前などを記した木製の十字架を持ち込んだ。
 
だが、イスラム教徒の住民らが「キリスト教のシンボルを持ち込んではならない」と十字架をT字形に切断。写真がSNSで拡散し、大きな議論を呼んだ。
 
地元のカトリック大司教区は声明で、異なる宗教を尊重して多様で寛容な社会を目指すというインドネシアの国是「パンチャシラ」(建国五原則)や憲法に反するとし、少数派の人権を守るよう政府に求めた。

 ■強硬派伸長が背景
パンチャシラは初代スカルノ大統領が1945年の独立時、国是として憲法で定めた理念。多民族国家で様々な宗教を持つ国民が共存するため、特定の宗教を国教とせず、異なる宗教も尊重し合うよう求めた。
 
少数派宗教への不寛容が広がった伏線は、2016年の出来事だ。イスラム強硬派がジョコ大統領の盟友だったジャカルタ州知事を「イスラムを冒涜した」と攻撃し、知事は翌年の選挙で敗北に追い込まれた。

イスラム勢力は98年に退陣したスハルト政権下で抑え込まれてきたが、この事件を機に政治を左右する存在として存在感を高めた。
 
来年4月の大統領選で再選を狙うジョコ氏は世俗派イスラムで、パンチャシラを推進し少数派に配慮する政治を進めてきた。しかし、今年6月の統一地方選でイスラム勢力に支持基盤を崩され、副大統領候補に国内最大のイスラム組織の前総裁を指名した。
 
ジョコ氏と一騎打ちするプラボウォ氏もイスラム強硬派が頼みの綱。どちらが当選してもイスラム勢力に配慮した政権運営をせざるを得ない状況で、専門家は「少数派の声が置き去りにされている」と指摘する。【2018年12月26日 朝日】
*********************

アホック氏逮捕はイスラム重視勢力拡大の転換点とも目される事件ですが、服役していたアホック氏が刑期を終えて出所して注目されています。

****「イスラム侮辱」の罪 今も人気の前知事、注目の出所****
インドネシアで国民の9割弱が信奉するイスラム教を「侮辱」したとして宗教冒瀆(ぼうとく)罪に問われたバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)前ジャカルタ特別州知事(52)が24日、刑期を終えて出所した。

事件はイスラム強硬派が勢いづくインドネシア現代政治史の転換点とされ、政界復帰を求める声が強いなか、動向に注目が集まっている。
 
「拘置所で手続きを終えて、自由です!」。アホック氏はこの日朝、自身のSNSに笑顔の写真とともにこんな投稿をした。

1週間前には直筆の手紙を公開。反省を述べる一方で、4月の大統領選と国会議員選挙を指して、異なる宗教や多様性を尊重する国是「パンチャシラ」(建国5原則)の大事さを説き、それを重んじる政党に投票するよう支持者らに呼びかけた。
 
人気は今も根強い。出所姿を一目見ようと、ジャカルタ郊外の拘置所前には早朝から大勢の支持者が詰めかけた。(中略)

ジャカルタでは歓迎の集会が開かれる一方、アホック氏は家族らと過ごし、人目を避けた。今後は、テレビへの出演がうわさされたり、国会与党が復帰に向け秋波を送ったりしている。(中略)
 
一連の「アホック事件」は、イスラム強硬派が政治への影響力を持つとの認識を社会に広めた。かつてアホック氏の盟友で、パンチャシラを推進してきたジョコ大統領が、再選を目指す4月の大統領選で、イスラム指導者を副大統領候補に選ぶなど、影響は尾を引いている。【1月25日 朝日】
******************

【大統領選挙に向けて拡大するイスラム重視勢力を利用する対立候補】
イスラム重視勢力(それを利用する反ジョコ大統領派)からすれば、「アホック事件」は輝かしい勝利でもあり、今年の大統領選挙に向けて更に活動を活発化させています。

****【ジャカルタレター】ジョコ大統領の対抗勢力が支持層拡大****
日本ではほぼ報道されなかったが、昨年12月2日に「212再結集」と呼ばれる大規模集会がジャカルタで行われた。独立記念塔を中心に周辺道路が参加者で埋め尽くされ、80万~100万人が一堂に会し、インドネシア史上最大の集会だったといわれている。
 
現政権批判の場
2年前、当時のジャカルタ特別州知事バスキ・プルナマ氏(通称アホック)に対する大規模抗議集会が12月2日に行われたことを受け、同じ日の12月2日を意味する212をスローガンに再結集が呼びかけられた。

現政権によるイスラム団体に対する数々の不公正に対抗し、宗教的なモラルを取り戻そうという趣旨で集まったのがこの決起集会であるという。
 
しかし、212再結集の主催者は今年の大統領選候補者プラボウォ氏の選挙対策組織の幹部であり、集会参加者を動員したのは、プラボウォ氏率いるグリンドラ党や、プラボウォ陣営を応援する福祉正義党のほか、さまざまなイスラム団体であることから、大統領選挙に向けたプラボウォ陣営の選挙運動の一つであることは明らかである。
 
今年3月まで大規模な選挙運動は禁止されているため、名目上はモラル運動ということになっているが、プラボウォ陣営の動員力を見せつけ、現政権を批判する格好の場となった。(中略)

接戦の予想
また、プラボウォ陣営は、副大統領候補であるサンティアガ氏が精力的に活動し、若者を中心に支持を広げているようだ。

同氏は若い起業家を集めたネットワークの中心人物であったこともあり、若者層へのアピールもある。また若くてフレッシュな顔つきに多くの「ママ」つまり女性の支援グループもできている。
 
現職大統領のジョコ陣営に近い「LSI Denny JA」による調べでは、212再結集の後、ジョコ陣営が54.2%、プラボウォ陣営は30.6%の支持を獲得し両陣営の差が広がっているという。

一方で、サンティアガ氏の内部調査ではプラボウォ陣営の支持が40%に達したと発表するなど、調査結果もさまざまである。
 
いずれにせよ、ジョコ陣営が優勢であることは間違いないものの、今年の大統領選も接戦が予想されている。(後略)
【1月16日 SankeiBiz】
****************

こうした状況では、出所したアホック氏はしばらく露出を控えた方がよさそうです。

大統領選挙の方は、すでに過熱気味のようです。

****大統領選、インドネシア分断 現職と野党候補、汚職めぐり中傷合戦 初の討論会****
インドネシアで4月に投開票される大統領選で、再選を目指すジョコ大統領と、一騎打ちに臨む最大野党党首のプラボウォ氏が17日、初の討論会を行った。テレビ中継されるなか中傷しあう場面も目立ち、インドネシア社会で深まる分断を象徴する格好となった。

(中略)全国中継されるなか、開始前にはジョコ氏がプラボウォ氏に歩み寄って抱き合い、融和ムードを演出してみせた。ただ、開始40分すぎ、議題が「法と人権」に移ると2人は中傷を始めた。

仕掛けたのはプラボウォ氏だ。現政権下では野党議員が汚職容疑で次々に逮捕されており、「これは人権侵害だ」と訴えた。

ジョコ氏は「(ここは)法治国家。証拠があるなら出せばいい」と応戦。大統領選とともに行われる国会議員選に立候補したプラボウォ氏の野党候補者について、「汚職の前歴がある候補者が多い」と指摘。

プラボウォ氏が、強権的だったと評価されるスハルト元大統領の娘の元夫で、その政権下で軍幹部として人権侵害に関与したとされる過去を示唆して、「我々は過去に汚職も人権問題も抱えていない。独裁者にもみえない」と締めくくった。(中略)

インドネシア情勢に詳しいアジア経済研究所の川村晃一研究員は、多民族社会のインドネシアは、大統領選を通じて社会の統合を保ってきたと指摘。「近年は選挙戦が進むほど分断が深まっている。政治家の自制に期待したいが、当選のためなりふり構っていられない現状だ」とみている。【1月19日 朝日】
******************

分断を深める政治状況はインドネシアだけではなく、アメリカを筆頭に各地で見られる現象です。
ジョコ大統領の個人的人気が、欧米の右派ポピュリズムにも相当するイスラム重視勢力を押しとどめることができるか・・・注目される選挙です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベネズエラ  若手政治家グアイド氏の暫定大統領就任で反政府運動拡大 政局は流動化

2019-01-26 22:36:23 | ラテンアメリカ

(【1月24日 BBC】 中央でこぶしを突き上げているのが35歳、フアン・グアイド暫定大統領 国民を引き付けるカリスマ性はありそうにも見えます。)

【「二人の大統領」で政局は流動化】
経済崩壊を招きながらも強権的に権力を維持する南米・ベネズエラの反米・左派マドゥロ大統領の動向については、1月14日ブログ“ベネズエラ  批判を受けつつも2期目に入ったマドゥロ大統領 野党・国会議長の一時拘束も”でも取り上げました。

国民が満足に食事がとれずにやせ細り、300万人近いともいわれる大量の難民が発生している状況で、マドゥロ政権への強い国民批判はあります。しかし、これまでも再三論じてきたように、それだけでは強権的に権力を維持する政権は容易には倒れません。

14日ブログでも、これだけの失政を続けながらもマドゥロ政権が倒れないことについて、“野党勢力のまとまりのなさ、核となるリーダーの不在が、前述のようにマドゥロ政権の延命を助けていると言えます。”とも。

しかし、ここ10日あまりで状況は大きく変化する様相も見せています。
その原因は、14日ブログでも取り上げた、暫定大統領を宣言した若手政治家フアン・グアイド氏が、“核となるリーダー”として機能し始めているからです。

****ベネズエラの反乱と民主主義の再生****
国民議会議長のグアイド氏、暫定大統領に就任

ベネズエラはついに民主主義を取り戻す瞬間を迎えたのだろうか。
23日、何百万人もの市民が首都カラカスなどの市街に繰り出し、独裁者のニコラス・マドゥロ大統領の辞任と、国民議会議長のフアン・グアイド氏(35)がマドゥロ氏に取って代わることを求めた。
 
グアイド氏は、昼間に屋外で行われた式典で支持者らに囲まれ、暫定大統領への就任を宣言した。同氏は新たな選挙が行われるまでの間、暫定的な国家元首として行動する権限を得ることになった。航空写真は、権力の移行を祝ってカラカスの幅広い大通りを埋め尽くした民衆の姿を写し出している。
 
貧富を問わずベネズエラ全土の人々は、軍出身の独裁者マルコスペレス・ヒメネス氏が1958年に失脚した記念日のこの日を、民主主義復活を求めるタイミングとして活用した。

1986年にフィリピンで起きた「ピープルパワー」革命や中・東欧諸国の「カラー」革命と同様に、この反乱にはマドゥロ氏の政権よりも民主的正当性がある。マドゥロ氏は昨年の選挙で、キューバの情報機関の支援を得て勝利をかすめ取った。
 
グアイド氏を現在の地位に引き上げた国民議会の議員は、2015年の選挙で選ばれた。しかし、マドゥロ氏は2017年に別の不正な選挙を行い、自らの意に沿う「憲政議会」を立ち上げ、国民議会の機能を失わせた。

マドゥロ氏はその後、2018年に大統領選挙を行い、国内の大半の勢力が選挙をボイコットする中で、68%の票を獲得して当選した。
 
マドゥロ氏が新たな6年間の任期に向け大統領就任の宣誓を行う前の週の1月4日、西半球の米州14カ国で構成する「リマ・グループ(米国はメンバーではない)」は、彼を正当な大統領と認めないとの声明を出した。

同グループは、マドゥロ氏に対し「国民議会の権限を尊重し、新しい大統領選と民主的選挙が行われるまでの間、暫定的に国政の権限を国民議会に委譲すべきだ」と要求した。(メキシコの左派系新大統領アンドレス・ロペスオブラドール氏はこの声明への調印を拒否した)
 
マドゥロ氏は23日、「私がベネズエラ唯一の大統領だ」と述べた。同氏が戦わずして職を離れる可能性は低い。

同氏の前任者であるウゴ・チャベス氏は2002年、独裁的な政治手法を理由に一時的に職を追われた。しかし、その後17年にわたる司法への介入、反対派の拘束、報道の自由抑制と社会主義的経済政策の失敗を経て、ベネズエラ国民は現在、絶望的な状況にある。

やせこけた子どもたちの写真は栄養失調のまん延を物語る。治療できる病気も治療されないまま放置されている。
 
疑問なのは、軍がマドゥロ氏を支持し続けるかだ。最近の小規模な民衆蜂起は即座に鎮圧された。しかし、グアイド氏は国民の味方になるよう軍に要請し、味方についた者は罪に問わないと約束している。若い軍人らの部隊が権力を持つ将軍のもとを離れる可能性もある。
 
しかしまた一方で、マドゥロ氏はグアイド氏の逮捕を命じたと報じられており、軍に対して民間人への攻撃を指示する用意があることを示唆したとされる。それは反政府デモでさらに血が流れる引き金になる可能性があるほか、テロやゲリラ戦につながる恐れもある。

このほかに、権力の維持をキューバに依存しているマドゥロ氏が、どれほどの独立性を維持しているのかという疑問もある。キューバ政府は石油を産出する事実上の「属国」を手放したくないだろう。
 
米州にあるその他の国はほぼ全て、グアイド氏の側に付いている。近くの国も遠くの国も、ベネズエラの犯罪と食糧不足から逃れてきた300万人近くの難民を受け入れてきた。
 
トランプ大統領もいち早くツイッターでグアイド氏を「ベネズエラの暫定大統領」として認めると表明し、「ベネズエラ市民は非合法なマドゥロ体制の支配下であまりにも長期間苦しんできた」と指摘した。

またコロンビア、ブラジル、ペルー、カナダ、アルゼンチン、パラグアイ、グアテマラ、エクアドル、チリも23日、米州機構(OAS)のルイス・アルマグロ事務総長とともにグアイド氏を承認した。

マドゥロ氏は直ちに米国と断交し、米外交官に対し72時間以内に国外退去するよう命じた。マドゥロ氏が従来のパターンを繰り返すとすれば、ベネズエラでの抗議行動の責任が米国にあると非難する一方、グアイド氏の忠誠心に対する疑惑を拡散しようとしてキューバの影響力を利用するだろう。
 
しかし、実際にはこの反乱は、20年間にわたる社会主義者の失敗と腐敗を経て、ベネズエラの中から生まれたものだ。(中略)

「国富論」の著者アダム・スミスが指摘したように、国家には多くの腐敗が存在するが、ベネズエラは現在、腐敗の中に横たわっている。

ベネズエラでの反マドゥロ派を支援するため、1989年の米軍によるパナマ侵攻と同様のやり方で米国は駐留部隊を派遣すべきだと考えたくなるかもしれない。

しかし、ベネズエラ国民は自分たちの自由を自ら勝ち取らなければならない。もしそれができれば、勝ち得た自由をより一層大切にすることだろう。【1月24日 WSJ】
*******************

【“協調体制の構築力は評価されている” グアイド氏 政権側は「グアイド氏を入れる独房は、すでに確保してある」とも】
野党弾圧が横行するベネズエラのような国で反政府行動を率いることは“命がけ”になります。そのため、これまで多くの野党政治家が国外に亡命しています。も、14日ブログでも取り上げたように、一時拘束される形で“警告”を受けています。

そういう中で、反政府勢力の中核に自ら名乗りをあげ、にわかに注目を集めるようになったフアン・グアイド氏(35歳)については、以下のようにも。

単なる“目立ったがり屋”ではないようです。“演説はあまり得意ではない。だが、協調体制の構築力は評価されている。”というあたりは、今後に期待できる脂質です。

****ベネズエラの「生き残り」 暫定大統領宣言のグアイド氏とは?****
ベネズエラ暫定大統領への就任を宣言したフアン・グアイド氏は、誇りを込めて自らのことを「サバイバー(生き残り)」と呼ぶ。
 
グアイド氏はこれからも生き残っていかなければならない。勇気ある若手政治家で、野党が多数派を占める国会の議長を務めるグアイド氏は、追い詰められたニコラス・マドゥロ大統領に対抗して自ら、暫定大統領として名乗りを上げたことで、マドゥロ政権にとって不倶戴天の敵となった。
 
グアイド氏は、政治的、経済的危機の連鎖に陥っているベネズエラを支配する社会主義者のマドゥロ氏から大統領の座を奪い取ろうとしたわけではない。

年長の野党指導者たちが、身柄拘束や政治活動の禁止、亡命などにより政治の舞台から追われたため、後ろに控えていたグアイド氏が前面に押し出されたのだ。
 
(中略)ドナルド・トランプ米大統領は直後にグアイド氏を暫定大統領として認める声明を発表し、南米各国もこれに続いた。

■野党連合まとめ役として実力発揮
扇動的な左派指導者だった故ウゴ・チャベス元大統領が自ら指名した後継者であるマドゥロ氏は、グアイド氏のことを「政治で遊ぶ子ども」と呼んでいる。
 
だが、グアイド氏は恐れることなく、マドゥロ氏の2期目就任を阻もうとしている。(中略)

グアイド氏は今月5日、史上最年少で国会議長に就任したが、演説はあまり得意ではない。だが、協調体制の構築力は評価されている。これは、分断しがちでまとまりがないベネズエラの野党勢力に非常に求められている能力だ。
 
グアイド氏は議長就任後、短期間で野党連合をまとめ上げ、マドゥロ氏は政権の「強奪者」であり、同氏の再選は不当だと正式に宣言させた。

一方で、マドゥロ氏に反対したために拘束されたすべての軍および政府関係者に恩赦を与えることも約束した。その過程でグアイド氏は徐々に自信を深め、集会では笑顔を見せ、演説もうまくなっていった。
 
軍最高司令部と最高裁の支持を堅持しているマドゥロ政権に対して、無力であることの解決策はまだ見いだせていない。

だがグアイド氏は、政権を掌握するために最終的に必須となる軍の支持を取り付けるために、臆することなく呼び掛けている。

■「犠牲者ではなく生き残り」
ベネズエラ最悪とされた自然災害を生き延びた経験を持つグアイド氏は、「私は犠牲者ではなく、生き残りだ」と言う。
 
1999年12月に数万人が亡くなった集中豪雨と土砂災害。当時10代だったグアイド氏は、母親と5人のきょうだいと共に被災地のバルガス州に住んでいた。この被災について 「飢えとは何か、私は知っている」と語っている。
 
(中略)グアイド氏は13日、政治集会に車で向かう途中で諜報(ちょうほう)機関に一時拘束されたが、1時間もたたないうちに釈放された。政府は後に一部の諜報要員の勝手な行動だとして非難し、12人を逮捕した。
 
だが、グアイド氏は警戒を緩めることはできない。イリス・バレラ刑務所相はこう言っている。「グアイド氏を入れる独房は、すでに確保してある」【1月24日 AFP】
********************

【「見せかけの協議」を拒否、「大規模なデモ」の実施を呼び掛ける】
アメリカや多くの南米諸国がグアイド氏を支持するなかで、左派政権のメキシコやボリビアはマドゥロ氏を支持すると表明しています。

そのメキシコが仲介を申し出ていますが、グアイド氏はこれを拒否してマドゥロ政権との対決姿勢を明らかにしています。

****ベネズエラ野党指導者、マドゥロ氏との協議拒否 大規模デモ呼び掛け****
ベネズエラの「暫定大統領」就任を宣言した野党指導者のフアン・グアイド国会議長は25日、ニコラス・マドゥロ大統領の退陣を求める運動を強化し、「大規模なデモ」の実施を呼び掛ける一方で、メキシコが仲介役を申し出たマドゥロ氏との協議には応じない意向を示した。
 
ベネズエラでは今週、マドゥロ政権に抗議するデモ隊と治安部隊との衝突で26人が死亡する事態となっているが、米国と一部の中南米諸国から支持を得ているグアイド氏はこの日、そうした危機的状態についての「見せ掛けの協議」には出席しないと明言。

首都カラカスで支持者らを前に、「(マドゥロ氏の政権)強奪を止め、政権移行と自由選挙を実現するまで」市民の抗議運動は続くと訴えた。
 
一方のマドゥロ氏は、メキシコが仲介役を申し出ているグアイド氏との協議について、「必要ならどこへでも」出向く用意があると述べていた。
 
欧州連合と米国はマドゥロ氏に対し、再選挙の実施に同意するよう圧力を強めている。EUの外交官はAFPに、EUとしては「近い将来に選挙を実施するよう即時要請」を行いたいとの認識を示した。
 
米国務省は、マイク・ポンペオ国務長官が26日に開催される国連安全保障理事会の会合でベネズエラ国民への支援を示すとともに、グアイド氏を暫定大統領として承認するよう理事国に求める考えを明らかにした。 【翻訳編集】AFPBB News
*******************

【ロシア 民間軍事会社の傭兵派遣でマドゥロ政権延命を画策との報道も】
こうした状況で注目されるのは、これまで経済的に困窮するマドゥロ政権を支えてきた中国・ロシアの動向です。

“エネルギー分野でベネズエラとの協力を強化している中国とロシアもマドゥロ氏を支持する。中国外務省の華春瑩(かしゅんえい)副報道局長は24日、「外部の制裁や干渉は往々にして事態を更に複雑にし、解決の助けにならない」と述べ、米国をけん制した。”【1月24日 毎日】

今のところ、べネズエラに資金援助している中国に関しては目立った動きはありませんが、ロシアはあくまでもマドゥロ政権を支持する方向のようです。

****ロ、ベネズエラに雇い兵派遣か マドゥロ氏保護と報道****
ロイター通信は25日、南米ベネズエラの反米左翼マドゥロ大統領の安全を確保するため、ロシアが民間会社を使って過去数日間に、ひそかに雇い兵部隊を送り込んだと報じた。

ロシアはベネズエラで暫定大統領就任を宣言したグアイド国会議長の背後に米国がいるとみて批判を強めている。報道が事実なら、ロシアに友好的なマドゥロ政権を守るため軍事支援に乗り出した可能性がある。

ペスコフ・ロシア大統領報道官はロイターに対し、「そうした情報は知らない」と回答した。プーチン大統領は24日、マドゥロ氏と電話会談し支持を表明していた。【1月26日 共同】
*******************

報道の真偽はわかりませんが、ロシアが対外的に説明責任がない民間軍事会社を使うのは、シリアなどでもみられる最近の傾向です。ロシアとしてはベネズエラに巨額投資していますので、マドゥロ大統領には踏ん張ってもらう必要があります。

****ロシアの巨額投資が危機 ベネズエラ情勢混迷で****
ベネズエラに多額の投資を行っているロシアは、トランプ米政権がベネズエラの野党党首を暫定大統領として正式に認めたことを巡り、政治危機をあおっているとして非難した。
 
ロシア政府の報道官、ディミトリ・ペスコフ氏は記者団に対し「そのような介入は許容できず、一層の悪影響をもたらす」と述べた。(中略)
 
ベネズエラはロシアの主要パートナー国だ。ロシアは同国に巨額の投資を行い、マドゥロ政権を支えてきた。マドゥロ氏が昨年12月にロシアを訪問した際も、ウラジーミル・プーチン大統領は全面的に支援する旨をマドゥロ氏に伝えている。
 
1857年から国交があるロシアとベネズエラだが、近年では石油・ガス田を中心に、貿易・経済の投資案件を共同で手掛けている。

ロシア国営石油大手のロスネフチとベネズエラ国営石油会社PDVSAは、ベネズエラで5件の石油プロジェクトを進めており、ロシアのタス通信が連邦税関サービスのデータを基に報じたところによると、総生産量は年間900万トンと、ベネズエラの産油量全体の7%に相当する規模だ。

税関サービスの統計によると、2018年1-9月における両国の貿易は7940万ドルと、前年同期比でおよそ2倍に増えている。

ロシアの対ベネズエラへ投資額は合計で41億ドル(約4500億円)以上に上る。だがベネズエラ情勢が混迷を深めていることで、ロシアは巨額の投資が報われないリスクに直面している。
 
マドゥロ政権が失脚し、グアイド政権が正式に発足した場合、ロシアがベネズエラとの関係を絶つかは不明。ペスコフ報道官は、ロシアは「ベネズエラとの良好な関係を維持し、改善していくことに関心がある」とコメントしている。【1月25日 WSJ】
********************

ただ、マドゥロ政権が危険な“ドロ船”状態だったのは周知のところでしたので、ロシアもこういう事態は十分想定はしていたはずですが・・・。

【今後のカギを握る軍部の動向】
二人の大統領が並び立つ状況で、今後の動きは全く不透明ですが、どの国も政治混乱でもそうであるように、軍の動向がひとつの大きなカギとなります。チャベス氏以来、軍幹部と政権は密接な関係にありますが、若手には政権への不満もあるとの指摘もあるあところで、どうでしょうか・・・?


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トランプ大統領  アフガンからの「完全撤退」でタリバンと大筋合意 国際情勢・アフガンへの影響は?

2019-01-25 23:40:34 | アフガン・パキスタン

(アフガンでパトロールにあたる米軍。戦闘により米兵1人が死亡した【1月23日 CNN】)

【「何千億ドルも使い、戦うべきでない所で米軍は戦っている」】
トランプ大統領が、イラク撤退に引き続き、アフガニスタン駐留米軍14000人を7000人に半減させる方針であることが昨年12月20日に各メディアで報じられ大きな話題になりました。

****米、アフガン駐留軍半減へ マティス氏辞任で拍車も 米報道****
(中略)2001年に始まったアフガンへの軍事介入は「米国史上最長の戦争」と言われ、ピーク時には10万人の米兵が駐留した。オバマ前大統領は任期中の完全撤退を目指したが治安の大幅悪化から断念。トランプ氏は大統領就任前からアフガンでの米軍駐留を「カネの無駄」などと批判し、即時撤退を持論にしてきた。
 
だが、トランプ政権は昨年8月、マティス氏が主導してテロ対策を理由に3千人の追加派遣を決定。当時、トランプ氏はマティス氏と歩調を合わせ、「早急な撤退はテロリストがはびこる空白を生む」として、これまでの持論を棚上げして駐留継続の意向を示した。

ただ、「我々の忍耐は無制限ではない」とも語り、アフガン政府の自助努力も要求していた。
 
しかし、アフガンではこの2カ月間で6人の米兵が死亡するなど治安改善の兆しがない。損得と短期的な成果にこだわるトランプ氏がいら立ち、大幅削減に踏み込んだとみられる。
 
ただ、トランプ氏にすれば、海外駐留米軍は同盟国を守るために割の合わない軍事予算を出費している「無駄なコスト」との思いが強い。

米紙ワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者の政権内幕本によると、トランプ氏が大統領就任後も「朝鮮半島に大規模な軍隊を維持して我々は何を得られるんだ」と疑問を呈して、マティス氏が諭す場面が記されている。
 
これまでマティス氏は同盟関係の強化と米軍の海外駐留は米国自身の利益のためだと説いてきたが、マティス氏の辞任により、トランプ氏は米歴代政権が伝統的に重視してきた同盟関係を軽視する行動をとる可能性も否定できない。【2018年12月22日 朝日】
******************

更に、半減ではなく、完全撤退をカタールで行われていたタリバンとの協議で示したとのこと。

****アフガン米軍、完全撤退の方針 タリバーンと大筋合意****
政府と反政府勢力タリバーンの戦闘が続くアフガニスタンをめぐり、トランプ米政権は23日、約1万4千人にのぼる駐留米軍の完全撤退方針をタリバーン側に伝えた。トランプ政権との協議に参加しているタリバーン幹部が朝日新聞に明らかにした。

ただし、治安維持を米軍に頼るアフガン政府は協議に参加しておらず、実現するかは不透明だ。撤退が実現すれば、混乱が深まるおそれもある。
 
トランプ政権とタリバーンは戦闘停止をめざし、中東カタールで21日から通算4度目の協議を続けていた。タリバーン幹部によると、米側は23日、「アフガニスタンでテロ組織の活動を許さない」ことを条件に、「早ければ今年前半に駐留米軍の撤退を完了させたい」とする意向をタリバーン側に伝えたという。
 
タリバーンは米側の意向を歓迎し、条件をのむことで大筋合意。合意内容を記す声明を出すという。タリバーン幹部は「米軍の撤退が始まれば、我々は攻撃を止める」と述べ、停戦に応じる可能性も示唆した。
 
米国は2001年に起きた国際テロ組織アルカイダによる米同時多発テロを受けて、アルカイダ戦闘員をかくまっているとしてアフガニスタンへの空爆に踏み切り、米軍駐留も開始。猛反発するタリバーンとの間で戦闘が続いてきた。
 
だが、タリバーンは地上戦に強く、支配域を徐々に拡大。オバマ前政権は選挙公約だった米軍撤退の断念に追い込まれた。トランプ政権はアフガン駐留に伴う巨額の財政負担を減らすため、昨夏以降、タリバーンと直接協議を続け、戦闘の停止を模索してきた。
 
トランプ大統領は米軍の国外駐留について、「米国が不当に多額の駐留費用を負担し、他国に利用されている」と繰り返し、昨年12月中旬にはシリアの駐留米軍の早期撤退を表明。昨年末にはアフガン駐留を念頭に「何千億ドルも使い、戦うべきでない所で米軍は戦っている」と述べていた。【1月24日 朝日】
******************

もともと“トランプ氏は大統領就任前からアフガンでの米軍駐留を「カネの無駄」などと批判し、即時撤退を持論にしてきた。”【同上】ということですから、驚くことでもありませんが、治安維持のため他国との協調を重視するマティス国防長官の辞任などもあって、持論の実践に拍車がかかっているようです。

【アフガニスタンの不安定化は不可避 アメリカへの「信頼」の問題も】
もちろん、“「アフガニスタンでテロ組織の活動を許さない」ことを条件に・・・・”というのが、どれほどの現実性があるのか、米軍の支援なしにアフガニスタン政府はいつまで持ちこたえられるのか、ベトナムでの南ベトナム政府崩壊の再現になるのではないか・・・という疑問は誰しも思うところです。

****テロの温床、逆戻り懸念 アフガン米軍撤退、周辺地域不安定に****
アフガニスタンに軍を駐留させる米国のトランプ政権が、長年戦ってきた反政府勢力タリバーンに米軍を完全撤退させる意向を伝えた。

アフガニスタン政府にはタリバーンを封じ込める力はなく、治安維持は米軍に頼っている。米軍の完全撤退が実現すれば、同国が「テロの温床」に逆戻りし、周辺地域も不安定にさせる懸念がある。

「なぜ6千マイル(約9700キロ)も離れたところに米軍がいるのだ」。今年初めの閣議で、トランプ大統領が米軍のアフガン駐留について不満をぶちまけた。
 
一昨年8月、当時のマティス国防長官の主導で米兵3千人のアフガン増派を決定したが、タリバーン掃討は好転しなかった。昨年12月にマティス氏が辞任を表明すると、トランプ氏はアフガン撤退論を再燃させた。同氏はタリバーンの合意を取りつけた上での撤退を「勝利」としてアピールしたい思惑とみられる。
 
だが、撤退が実現すれば、アフガニスタンの不安定化は不可避だ。2001年のタリバーン政権崩壊後、アフガニスタンでは民族ごとに権力を分け合うことで内戦を回避してきた。
 
現政権は国家予算の約6割を治安対策にあてるが、物資が足りない国軍の士気は低く、統治が及ぶのは国土の6割弱にとどまる。
 
一方、タリバーンは麻薬栽培などで資金を蓄え、全34州のうち20州以上に戦線を拡大。米軍が撤退すれば、首都カブール制圧も可能になるとみられる。

タリバーン側が受け入れるとした「テロ組織の活動を許さない」という条件を守る保証はない。またアフガニスタンでは、アルカイダや「イスラム国」(IS)など20を超える過激派が根を張る。

米国は軍を撤退させたとしても、アフガニスタンでの過激派監視活動で財政負担を続けるとみられる。【1月25日 朝日】
******************

今回の「完全撤退」表明について、タリバンとの協議に参加していないアフガニスタン政府は同意しているのでしょうか?(常識的には、政府崩壊につながる可能性が高い米軍撤退を、アフガニスタン政府が喜んでいるとは思えませんが・・・)

アメリカが自国部隊について決定するのに、アフガニスタン政府の同意など必要ない・・・と言えば、そうなんでしょうが、シリアのクルド人勢力といい、アフガニスタン政府といい、アメリカを頼みとすると最後は見捨てられる・・・という「信頼」の問題にもかかわってきます。

【「中東から中露対応集中へ」とは言うものの・・・・】
アメリカの戦略全体から見れば、“何千マイルもはなれた、アメリカの利害に大きくかかわることもない”中東から資源を引き上げて、アメリカに対する直接的危険を有する中国・ロシアに対抗する方向に集中するという話になります。

****政局情勢から見たシリア・アフガニスタンからの米軍撤退の意味****
トランプ大統領が2018年末に公表したシリア・アフガニスタンからの米軍撤退開始、そしてそれに伴う形で発表されたマティス国防長官辞任は世界に驚きを持って迎えられた。しかし、2020年大統領選挙を見据えた場合、この決断には一定の合理性が存在している。
 
トランプ政権は中間選挙の下院敗北を受けて、政権運営の正統性にやや疑問が生じるようになってきている。トランプ大統領が自らへの支持を再度固めるために「選挙公約」に依拠した政権運営を行い始めることは理にかなった行為と言える。

国境の壁閉鎖をめぐる政府閉鎖(シャットダウン)問題の発生もその一環と看做すべきだ。
 
また、共和党内の支持基盤である対外政策への関心の推移という意味でも今回の判断は妥当なタイミングを捉えている。

トランプ政権が発足した直後はまだISがシリアでも一定の勢力を有しており、米国民の安全保障上の関心も中東地域に集中していた。しかし、政権発足後2年経過し、ISの勢力は著しく衰退している上に、中国との貿易戦争が激化したことで安全保障上の関心も中東地域から東アジアなどに逸れつつある。
 
トランプ政権を支えるキリスト教の「福音派」が主導する共和党保守派の中東地域に対する関心は非常に強い。

しかし、2017年末に公表されたNSS(国家安全戦略)が示したように、主要な敵を中国・ロシアに重点をシフトする準備が始まり、その世論醸成が進んだことから、共和党内からも今回の決断を支持する声が一定層存在する状況に変化している。トランプ大統領が撤退のための機が熟したと判断してもおかしくはない。
 
マティス国防長官のように中東への米軍の駐留の重要性を指摘する勢力は、同地域の秩序、そして対テロ対策を重視しているのだろう。トランプ大統領もイラクからの撤退は明言していないので、このことについては十分に認識しているものと思う。
 
しかし、中国・ロシアを相手に安全保障上の得点を稼いでいくためには、シリアやアフガニスタンに米軍がコストを割くことはやや疑問が残る。
 
仮に、これらの地域から米軍が撤退した場合、シリアではトルコ・ロシア・イランが影響力争いを行う状態に戻り、アフガニスタンでのイスラム勢力の台頭はロシアや中国の内陸方面への資源投入を要求する事態を引き起こす。

したがって、最重要戦略目標が中露であるなら、同地域でライバルにリソースを使わせて、他地域(東欧・東アジアなど)での政治闘争を有利に進める方が良いだろう。

また、ポンペオ国務長官がイラン・北朝鮮相手に外交政策を進めているが、トランプ政権における国務省の位置づけは低いので、いまや全ての狙いが中露に集約されつつあると思っても良いかもしれない。(後略)【1月1日 渡瀬 裕哉氏 View point】
******************

もっとも、トランプ大統領がどこまで“戦略的”に動いているかは疑問もありますが・・・。

発言がコロコロ変わるのはトランプ政治の特徴です。明確な戦略もなく、思いつきで動いているのでは・・・とも勘繰られるところもあります。“損得と短期的な成果にこだわる”【冒頭の朝日記事】といった評価もつきまといます。

シリアについても、撤退発表後に批判を浴びると、「すぐにとは言っていない」「調整しながら」と、意味不明なことを言っていますので、今回のアフガニスタン完全撤退も、またいろいろあるのかも。

【NATO、韓国、日本からの撤退も?】
ただ、いずれにしても、トランプ大統領が「カネばかりかかる」遠い地域の“厄介ごと”から手を引きたがっているのは間違いないでしょう。

****世界から米軍を撤退するトランプ****
・・・・トランプは就任後、米国の傭兵・戦争下請け会社であるブラックウォーターに、中東各地で米軍がやっている戦闘や治安維持の活動を下請けさせて、米軍が世界から撤退する「戦争の民営化」を検討してきた。

従来は、トランプ側近の軍産の「大人」たちが猛反対し、戦争の民営化が見送られてきた。だが、大人たちが全員いなくなった今後は、戦争の民営化がトランプ政権の正式な戦略として出てきそうだ。(中略)

軍産から解き放たれたトランプは、まず中東の軍事撤退・覇権放棄を進めている。だが来年には中東を一段落させ、欧州や東アジアの軍事撤退に着手するだろう。

欧州ではドイツが「米国がINF条約から抜けるなら、欧州への核ミサイルの配備をやめてほしい。欧州は、米露の核の対立に関与したくない」と言い出している。

この傾向が進むと、EU諸国がNATOから離脱もしくは距離を起き、EU統合軍を唯一の防衛力としてやっていく新体制に移行することになる。

東アジアでは、朝鮮半島の南北の和解、在韓米軍の撤退、そして在日米軍の撤退へと、すでに線路が敷かれている。

トランプは来年、米軍の世界支配をさらに壊していく。 (Germany To Trump: Don't Even Think About Stationing Nuclear Missiles In Europe After INF Withdrawal) (Elites United in Panic Over Syria Pullout, Afghanistan Drawdown) 【2018年12月28日 田中 宇氏】
*****************

このままトランプ政治が続けば、アメリカを軸とした協調体制は大きく変容することにも。
それが「アメリカ第一」というアメリカの利害にかなうことなのか?トランプ大統領は、そのあたりのことをどのように考えているのか?

【今後の混乱やタリバン復活で、“新しいアフガン”の芽生えは?】
話をアフガニスタンに戻すと、“タリバンがアフガン情報機関を攻撃、死者65人か”【1月22日 AFP】といったように、タリバンの攻勢が続いていますが、米軍に関しては、“アフガニスタンで米兵1人が戦死、今年2人目”【1月23日 CNN】とのこと。

個人的な印象で言えば、【AFP】のように毎日のように多くの犠牲者が出ているなかで、米軍の死者が今年2名というのは、非常に少ない数字に思えました。

すでに米軍は戦闘の最前線からは身を引いているということなのでしょう。そういう状況での撤退はどういう影響をもたらすのか?

アフガニスタン政府は不正・汚職が横行し、非効率な政権で、あまり擁護にも値しないものではあり、また、アフガニスタンの将来はアフガニスタンの人々が決めるべきものなのでしょうが、わずかながらも芽生えている市民生活上の自由とか、女性の権利とかいったものが、タリバン政権復活というような事態になったとき、あるいは、かつて軍閥が割拠したような内戦の混乱に陥ったとき、どうなるのか? それが一番気がかりです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ・中国の間で揺れるカナダ・オーストラリア

2019-01-24 23:49:56 | 国際情勢

((オーストラリアにとって中国はアメリカよりずっと近い国です。)

【米中の板挟みとなるカナダ
カナダ当局が昨年12月1日、アメリカの要請で通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長を逮捕後、中国側はカナダ人2人を拘束し、両国関係は悪化していることは周知のところです。

孟晩舟氏のアメリカへの引き渡し期限(今月30日)が近づき、力を振りかざす中国の対応も露骨になっています。

****中国の力、カナダより強い…「猛烈な報復」示唆****
・・・・中国側は、孟氏の身柄が米国に渡るのを阻止しようとけん制を強めている。

中国外務省の華春瑩副報道局長は23日の定例記者会見で、米政府による孟氏の身柄引き渡し要請に関連して「(米国側には)いかなる正当な合理性もない」と非難した。
 
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は23日の社説で、孟氏の身柄を米国に引き渡した場合には「中国の猛烈な報復に遭うことが予見できる」と報復措置を示唆し、「中国の国家の力はカナダよりはるかに強い」とも指摘した。【1月24日 読売】
********************

本来はアメリカの要請による逮捕ですが、中国は貿易問題等でアメリカとの関係が極めて敏感になっていることから、怒りの矛先をアメリカでなく“力の弱い”カナダに向けています。

カナダは長年の同盟国・アメリカと経済的関係が強まっている中国の間で板挟み状態になっています。(こうなることは、逮捕の時点で当然にわかっていたことではありますが)

****中国依存深まるカナダ、「報復」に難しい判断****
孟晩舟氏の身柄引き渡しについて、カナダ政府は米国との犯罪人引き渡し条約に基づくもので、政治的意図は介在しないとの立場だ。中国の圧力にさらされる中、安全保障上の懸念に基づくファーウェイ排除の動きにどう対応するかが試金石となる。
 
カナダのフリーランド外相は22日、米メディアのインタビューで「孟氏の拘束はもっぱら刑事司法の問題。政治問題化する考えには、強く反対する」と語った。カナダ政府は、昨年12月に中国当局に拘束されたカナダ人男性2人の釈放を求めているほか、中国の裁判所でのカナダ人男性への死刑判決を「恣意的だ」(トルドー首相)と非難している。
 
カナダは現在、次世代通信規格「5G」からファーウェイを排除するかどうかを検討中だ。排除を決めれば同盟国と歩調がそろう一方で、中国のさらなる報復を受ける可能性が高い。
 
カナダの大学に所属する外国人学生の33%は中国人が占め、家族を含む経済効果は年50億ドル(約5500億円)に上る。中国は米国に次ぐ貿易相手国でもある。中国依存が深まっているだけに、カナダは難しい判断を迫られている。【1月24日 読売】
********************

【カナダ同様に米中両大国の間で揺れるオーストラリア】
“長年の同盟国・アメリカと経済的関係が強まっている中国の間で・・・”というのは、オーストラリアも同様です。
カナダ・トルドー首相による昨年6月のG7首脳会談後発言にトランプ大統領は怒りに任せて“裏切り者”“弱虫”呼ばわりしましたが、オーストラリアのターンブル前首相との2017年1月の電話会談で、難民問題への対応に怒ったトランプ大統領が途中で打ち切った・・・というように、首脳間で確執があるのも似ています。

以前もちょっと触れましたが、ネットフリックス配信動画に、そうした米中の板挟みになるオーストラリアを舞台にしたドラマ「パイン・ギャップ」という作品があります。

パイン・ギャップはオーストラリアに実在する米豪共用の重要軍事共同防衛施設で、南シナ海・アジアをカバーする、アメリカにとっては情報網の核となる“耳”であり“目”でもあります。

どこまでが事実に沿うものなかは知りませんが、パイン・ギャップによる衛星からの画像監視や通信傍受による諜報活動は非常に興味深い(というか、“怖い”というべきか)ものがあります。

ドラマの方は、南シナ海での軍事行動を強める中国に対し、これをけん制するアメリカがこの海域に艦隊を差し向け、人的被害は出ないように配慮しつつ中国軍事施設にミサイルを撃ち込む、これに報復する中国が、南シナ海を飛行する米軍戦闘機を撃墜する・・・という、完全なフィクション(今のところは)です。前述電話会談を思わせるような米豪首脳間の確執も描かれています。

パイン・ギャップは、この米中衝突の情報監視面での最前線にあります。

面白いのは、この米中衝突において、当然のごとく同盟国としてアメリカ支持をオーストラリアに求めるアメリカに対し、オーストラリア側は中国との関係を重視して“中立”を画策していることにパイン・ギャップのアメリカ側スタッフが気づく・・・という話の流れです。

「(アメリカ側スタッフがこの疑惑を本国に報告すれば、)逆上した大統領はオーストラリアを昨日の下着のように脱ぎ捨てるわ。どうする?報告する?」「アメリカがオーストラリアを捨てたら、日本のアメリカを見る目が変わる。オーストラリアを捨てられるならどの国でも捨てられる。韓国、フィリピン・・・」「そして、どの国も核兵器を持とうとする」・・・という、オーストラリア側スタッフとアメリカ側スタッフのやり取りも面白いです。
(まだ途中までしか観ていませんので、米豪がどういう決断をすることになるのかは知りません) 

実際、2013年まで政権の座にあった労働党も、当初の自由党・ターンブル前首相も、中国との関係を重視する路線でしたので、このドラマの設定は現実とかけ離れたものではありません。

しかし、ターンブル前首相は途中から中国への警戒感を重視する路線に切り替えています。

****豪中関係、急速な悪化 ****
豪で規制法案、中国反発「貿易面の影響も」

オーストラリアと中国の関係悪化が深刻だ。豪州にとって中国は最大の貿易相手国だが、野党議員のスキャンダルなどをきっかけに反中感情が噴出。ターンブル政権は投資や政治献金を通じて影響力を広げる中国の動きを抑え込む対策を打ち出す。

中国側は反発しており、経済的な報復措置に訴える懸念が出ている。(2018年5月)21日の外相会談でも沈静化の兆しは見えなかった。

中国外務省によると王毅外相はアルゼンチンで開かれた20カ国・地域外相会合に合わせてビショップ豪外相と会談。「豪州側の原因によって両国関係は困難に直面している。関係改善したいなら色眼鏡を外して中国の発展を見てほしい」と指摘した。

豪メディアによるとビショップ氏は南シナ海で中国が進める軍事拠点化を批判した。(中略)

豪州は6月末までに中国の影響力排除を念頭にした「重要インフラ保安法」を施行する。港湾やガス、電力への海外からの投資について「安全保障上のリスクがある」とみなせば、担当相がリスク軽減措置命令を出せるとの内容だ。3月末の法案審議はわずか45分で、野党も目立った反対意見を出さなかった。

昨年末には外国団体からの政治献金を禁止する改正選挙法案や、公職経験者が海外の団体に雇用された場合に公表を義務づける「外国影響力透明化法案」を議会に提出した。いずれも豪州での中国の影響力拡大を抑える意図が色濃い。

当初は親中派と見られていたターンブル首相が態度を変えたのは2017年後半だ。野党議員が中国人から資金援助をうけ、南シナ海問題で中国寄りの発言をしていたことが判明した。「中国による内政干渉」と豪州世論が猛反発したのがきっかけとなった。

ターンブル氏は「中国人民は立ち上がった」という毛沢東の言葉をもじり「オーストラリア人民は立ち上がった」とまで発言。1年以内にある総選挙をにらみ国内世論への配慮もにじむ。

一方、中国の成競業・駐豪大使は4月、豪メディアの取材で「昨年後半から中国に無責任かつ否定的な発言が目立つようになった」とターンブル政権を批判。「(貿易で)望ましくない影響が出るかもしれない」と豪州産品への輸入規制を示唆した。

関連は不明だが豪ワイン最大手のトレジャリー・ワイン・エステーツは5月、中国向け輸出の一部に手続きの遅れが出ていると発表した。

オーストラリアの対中警戒は長年くすぶり続けている問題である。16年には米軍が巡回駐留する北部の要衝、ダーウィンの港を長期賃借する中国企業「嵐橋集団」の顧問に豪元閣僚が就いたことが発覚。中国からの投資マネーが豪州の近年の住宅価格高騰の一因ともされ、世論の硬化に拍車をかける。

ただ豪産業界からは緊張緩和を求める声が出ている。豪鉄鉱石大手、フォーテスキュー・メタルズ・グループのアンドリュー・フォレスト会長は「分断や狂信を招き、尊敬を失う行為」と政府を批判した。5月中旬には貿易関係への悪影響回避をめぐり、ターンブル氏が年内に中国を訪問するとの報道も出た。

豪州は米国との関係もギクシャクしたままだ。ターンブル氏は17年初め、最初の電話協議でトランプ米大統領と決裂。5月の首脳会談でトランプ氏は「(決裂は)偽ニュース」と良好な関係を演出したが、会談に大幅に遅刻し「豪州を冷遇」との報道も出た。中国との摩擦に加え、米国との間に吹くすきま風も懸念となっている。【2018年5月22日 日経】
*****************

昨年8月にターンブル前首相が内輪もめで失脚した後を継いだモリソン現首相も、(次世代通信規格の)5G網から中国企業を締め出すなど、中国警戒路線をとっています。

中国・オーストラリアは南太平洋でも影響力を競っています。

****中国とオーストラリアが戦略要衝パプアニューギニア巡り火花 南太平洋の勢力争い****
パプアニューギニアのオニール首相が6月、北部の沖合いに浮かぶマヌス島の港湾整備に中国が資金援助する可能性があると警鐘を鳴らすと、隣国オーストラリアは驚き、すぐさま反応した。

オーストラリアは8月に政権交代があったにもかかわらず、直ちに対抗案を策定したと、政府筋や外交筋はロイターに明らかにした。

この島は戦略的な要衝に位置しており、中国軍の艦艇が定期的に寄港する懸念が出ていた。

米国の忠実な同盟国であるオーストラリアは今月、港の整備に資金協力すると発表した。南太平洋で中国が勢力を拡大しようとする中、オーストラリアがこの地域における影響力を改めて主張する動きだと、専門家はみている。

「マヌス島の港はわれわれにとって大きな懸念だった」と、米国の外交筋はロイターに語った。「中国軍の艦艇が港を使用する可能性は大いにあった。オーストラリアが港の再開発に資金提供することになり、われわれも非常に喜んでいる」(後略)【2018年11月18日 Newsweek】
*********************

しかし、経済界や地方ではチャイナマネーへの期待が消えた訳でもなく、話はそう簡単でもなさそうです。

****豪州ダーウィン、米海兵隊拠点を中国に99年貸与 現地と中央に温度差****
米海兵隊が駐留するオーストラリア北部ダーウィンの港湾管理権が2015年10月、中国企業「嵐橋集団(ランドブリッジ)」に渡ってから3年が過ぎた。

港の99年間貸与契約には、アジア太平洋重視を打ち出したオバマ米大統領(当時)が不快感を表明し、豪州政府が中国の影響力排除へとかじを切る要因の一つとなった。

しかし、豪州首都から約3000キロ離れた現地では中国の投資を歓迎する空気が強く、中央との温度差を感じさせた。(中略)

外部の“懸念”に比べ、現地の受け止め方はおおらかだ。北部準州政府の担当者は「嵐橋集団の運営に満足している。港の拡張や設備投資も確実に実行している」と評価した。
 
北部準州商工会議所のグレッグ・ビックネル事務局長も「経済界は歓迎だ。お金に国籍は必要ない」と発言。嵐橋集団が軍民共用桟橋の脇に21年に開業する高級ホテルや、中国東海航空が18年5月に深センからの直行便を開通させたことを挙げ、中国の「高価格帯の観光客」に期待を示した。
 
他方、地元紙NTニューズ社のクレイグ・ダンロップ記者は、99年貸与は「事実上の売却だ」と批判する。財政赤字解消のためだという準州政府の説明にも「赤字は問題となる水準ではなかった」と反論する。
 
同紙は地方自由党のジャイルズ前準州政権が選挙向けの投資資金欲しさに港湾を売却したと批判。労働党の現ガナー政権は17年、運営権を20%買い戻す方針を発表している。【1月1日 産経】
********************

政権与党の自由党には勢いがなく、今年5月までに実施する総選挙では野党・労働党が有利との見方があって、政権交代となれば、中国への姿勢はまた変わります。

****「最大の勝者は野党党首」 政権交代なら対中接近も****
オーストラリアの与党、自由党内で、またも造反による党首交代が起きた。モリソン新首相は、ターンブル前首相の「右腕」とされ、大きな政策変更はなさそうだ。

だが、来年5月までに実施する総選挙に向けた支持率向上の具体策はない。野党、労働党は勢いを増しており、政権交代になれば、外交面では中国との融和路線にかじが切られる公算が大きい。
 
「最大の勝者となったのは、労働党のショーテン党首だ」。豪メディアは、モリソン氏勝利の党首選結果を受け、こう論評した。
 
自由党が中心の与党保守連合の支持率は、2016年9月以降、労働党を下回っている。また、今年7月の下院補選では、全5選挙区で野党が勝利し、勢いがある。(中略)

中国語が堪能なラッド元首相や、中国と外交・経済面の戦略対話を立ち上げたギラード元首相など、労働党は伝統的に対中融和路線とされる。

東南アジア研究所(シンガポール)のクック上級研究員は、政権交代となれば「批判を抑えた新たな対中接近政策がとられるだろう」と指摘する。【2018年8月24日 産経】
******************

【国民世論には、中国への厳しい視線も ただ、アジア人蔑視のような面も】
ただ、国民世論レベルでは中国への厳しい視線が目立ちます。

****中国人に友好的でない国と言えば日本? もっと「非友好的」な国があった=中国メディア****
経済発展でより多くの中国人が旅行や留学などで海外に出るようになっているが、海外における対中感情はどうなのだろうか。

中国人にとって、友好的でない国というとすぐに日本を思い浮かべるようだが、実際にはもっと「友好的でない国」があるという。中国メディアの快資訊は27日、「中国人以外を歓迎する国がある」とする記事を掲載した。

記事によると、その国とは「オーストラリア」だという。移民国家であるオーストラリアでは中国人の割合も比較的多く、52万人あまりの移住者がいるといわれている。これは人口の2%にあたる。

記事は、オーストラリアは自然が美しくて気候も良く、住みやすいことで知られているが、中国人は歓迎されていないようだと残念そうに伝えた。

その理由は、「不動産問題」にあるという。そのため、正確に言えば中国人に優しくないというより、不動産を買いあさる中国人富豪に拒否感を抱いているということになるだろう。日本でも中国人による不動産の「爆買い」現象は国民を不安視させているため、理解できるところだ。(後略)【2018年8月31日 レコードチャイナ】
*******************

最近のニュース見出しでも
“「中国に帰れ」=警官が中国系ドライバーを罵倒―豪州”【2018年12月28日 レコードチャイナ】
“粉ミルクを買おうとした中国系女性、店員に没収される、理由は…―豪州” 【2018年12月1日 レコードチャイナ】
“粉ミルク盗んで中国へ出荷、窃盗団を摘発 豪”【1月22日 CNN】など。

これらの中には、対中国云々だけでなく、アジア人蔑視的なオーストラリアの差別意識も垣間見えるものも。

【カナダ・オーストラリアとは異なる日本の中国とのしがらみ・関係 良くも悪くも、単純ではない関係】
“長年の同盟国・アメリカと経済的関係が強まっている中国の間で・・・”という面では日本も同じですが、日本と中国の間には2000年近い歴史・文化的つながりがあること、その過程で先の戦争のような出来事もあって、中国側に日本に対する警戒感・怨念も消えていないこと、領土問題も存在すること、一衣帯水の関係にあって、ひとたび事が起こると艦船を沈めたり、戦闘機を撃ち落としたりするだけでは済まなくなる恐れもあること・・・・等々、いろんな事情があって、関係が良くなるにしても、悪くなるにしても、単にそのときの経済や政治の話だけでは決まらないという面があります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「上位26人が下位38億人分の富を保有」 仏財務相、格差への警鐘 その仏では金持ち優遇批判

2019-01-23 23:33:24 | 民主主義・社会問題

(インド・ムンバイ 「空から見える格差」【2018年8月22日 BBC】)

【極度の貧困は減少、しかし拡大する貧富の格差】
現代はグローバリズムが拡大する一方で、経済的格差も拡大しているということは常々指摘されていることです。

****「世界中が怒りを感じている」上位26人が下位38億人分の富を保有。富裕層があと0.5%でも多く税金を払えば、貧困問題は解決するのに****
<国際慈善団体オックスファムが年次報告書で貧富の格差がまた拡大したと指摘。各国政府に富裕層や企業への増税を呼びかける>

新たに発表された報告によると、世界で最も裕福な26人が、世界で所得が最も低い半数38億人の総資産に匹敵する富を握っており、しかも貧富の格差は拡大し続けているという。

イギリスを拠点に貧困問題に取り組んでいる国際慈善団体オックスファム・インターナショナルが、このほど年次報告書を発表。

拡大する一方の貧富の格差を是正するため、富裕層への増税が必要だと各国政府に呼びかけた。2008年の世界金融危機以降、世界の超富裕層の資産総額が数十億ドル単位で増えた一方で、世界人口のうち所得が低いほうの半数にあたる38億人の資産総額は10%以上減少した。

中東の衛星テレビ局アルジャジーラによれば、オックスファムのウィニー・ビヤニマ事務局長は声明の中で、「世界中の人々が怒りや不満を感じている」と警告。「各国政府は、各企業や富裕層が応分の税を支払うようにすることで真の変革をもたらさなければならない」として、富裕層にほんの少し増税するだけでも、教育費や医療費を賄うための十分な資金調達が可能だと指摘した。

最富裕層にあと0.5%だけ増税すれば
報告書によれば、実際にブラジルやイギリスなど一部の西側諸国では、最も裕福な10%の方が最も貧しい10%よりも所得税率が低い。

「最も裕福な1%があと0.5%だけ多くの税金を支払えば、教育を受けられずにいるすべての子供2億6200万人に教育を授け、330万人に医療を提供して命を救ってもまだ余るだけの財源を確保できる」という。

報告書はまた、世界の超富裕層が約7.6兆ドルの租税回避をしているせいで、途上国は年間約1700億ドルの所得を失っている、ともいう。

前向きな報告もあった。過去数十年で極度の貧困状態にある人の数が大幅に減少したのだ。

英ガーディアン紙は、「極度の貧困状態にある人の数が大幅に減少したことは、過去25年における最大の成果のひとつだ。しかし貧富の格差が拡大していることで、さらなる貧困解消の可能性が脅かされている」というオックスファムのマシュー・スペンサー活動・政策担当ディレクターの言葉を報じている。

「私たちの経済の仕組みは、一部の特権層に富が集中するようになっており、その一方で何百万もの人々が生存ぎりぎりの生活を強いられている。女性たちは一人きりで子供を産んで命を落としており、子供たちは貧困から脱出する手段となる教育を受けられずにいる」と彼は指摘した。

同じく貧富の格差が拡大し続けているアメリカでは、バーニー・サンダース上院議員(バーモント州・無党派)や、昨年史上最年少で当選したアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員(29歳、ニューヨーク州・民主党)を筆頭に、進歩的な政治家が政府に対して格差問題への対処を強く求めている。

オカシオコルテスは年収1000万ドル超の富裕層向けの最高限界税率を70%に引き上げるよう提案。最近の世論調査ではアメリカ国民の59%がこの改革を支持すると回答した。

アナリストらはまた、アメリカの富裕層は何十年も前から個人所得税の優遇措置を受けていると指摘。米経済が急成長を遂げていた1960年代、年間所得40万ドル(現在の約300万ドルに相当)を上回る富裕層を対象とした税率は70%以上だった。その10年前は約90%。それに対して現在は、年間所得が15万7500ドルを超えても、税率はたった32%だ。

主に富裕層と企業に恩恵をもたらしているドナルド・トランプ米大統領による大型減税は、財政赤字の劇的な増加を招いている。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、アナリストたちは2019年に財政赤字は1兆ドルを超えると予想している。

サンダースは1月18日、「最も裕福な1%と高収益の大企業については、トランプ減税を撤廃すべきだ」とツイッターに投稿した。

「所得と貧富の不平等が広がっている今のような時代は、リッチな人々をさらにリッチにさせるのではなく、老朽化が進むインフラの再建と持続可能な経済の構築に取り組むべきだ」【1月22日 Newsweek】
******************

“資産額10億ドル(約1100億円)以上の富裕層の人々が世界各地に保有する資産の総額は2018年、毎日25億ドル(約2700億円)ずつ増加した。
 
世界一の富豪である米アマゾン・ドットコムの創業者ジェフ・ベゾス氏の資産は昨年、1120億ドル(約12兆2800億円)に増えた。オックスファムによればベゾス氏の総資産のわずか1%が、人口1億500万人のエチオピアの保健医療予算全額に匹敵するという。”【1月21日 AFP】とも。

“上位26人が下位38億人分の富を保有”といった種類の数字は、以前から指摘されているところで、今回問題提起しているオックスファム・インターナショナルも、1年前の昨年1月に“世界の最富裕層1%、富の82%独占 国際NGO”【2018年1月22日 AFP】との指摘を行っています。

ただ、さすがに“26人”ということになると、やはり印象も強まります。極度の貧困は減少したとは言いつつも、下位38億人の生活が依然として厳しいところが問題でしょう。

こうした富裕層のグローバルな革新的・先進的経済活動によって経済全体が活性化・拡大し、結果的にその“おこぼれ”は中間層・貧困層にもおよび、市民全体の経済的底上げに通じる・・・という話はわからないではないですが、現実問題として、そのような“底上げ”が実現していない、中間層は貧困増に転落し、貧困層の生活苦は続いているという現状があります。

【グローバリズムの拡大 成功者はよりコスモポリタンに 恩恵を受けない層は「ローカル」にしがみつき「閉じこもる」 その不満を煽る「ポピュリズム」】
オックスファムが“世界の最富裕層1%、富の82%独占”との指摘を行った昨年1月というのは、ダボス会議で、格差拡大への批判・不満が“トランプ現象”に象徴されるようなグローバリズム批判・内向きの保護貿易主義・ポピュリズムといった動きを世界各地で惹起しているという問題意識で議論がなされた時期でした。

****グローバル時代の格差拡大とダボス会議が抱える矛盾 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代****
<グローバリズムの発展と共に格差拡大への反発や排外主義が世界各国で発生しているなかで、ダボス会議がどこまでの危機感を持っているかには疑問が>

今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)には、トランプ米大統領が出席するということで話題となっています。

ダボス会議といえば、「グローバリズム」や「新技術の実用化」といったテーマを推進する立場で行われている会議ですから、これに対して「グローバリズムへの否定」という姿勢を取っているトランプの登壇は「見もの」だというわけです。

私はダボス会議のベースにある基本的な考え方は間違っているとは思いません。21世紀という時代は、ヒト、モノ、カネ、情報が国境を越えて飛び交う時代であり、国や地域にしても、企業や個人にしても、このグローバリズムに最適化をしてゆくことが経済として最も合理的だからです。

反対に国境や地域に閉じこもるのでは、大きなデメリットを背負うことになります。また、閉じた世界の中でメリットを享受しようとすれば、「外部との遮断措置」を物理的に行わなくてはなりません。

日本の諸規制にしても、アメリカが考えている国境の壁、そして中国のグレート・ウォールなどもそうです。物理的に成立しないか、コスト的に潰れていくか、あるいは規制の内部を衰退に追いやるなど副作用は計り知れないわけです。

では、このままグローバリズムを拡大して行くのがいいのかと言うと、変化のスピードが速過ぎれば問題が出ます。先進国の中で行われ、先進国の賃金水準が適用されていた仕事が、途上国に移転されれば、先進国では急速に大規模な失業が発生します。

また、先進国から途上国に作業が移転し、急速に経済成長が起これば物価や地価の急速な上昇を招いたり、混乱が生じます。

そうした「ローカルな世界」から「グローバルな世界」への移行に伴う痛みもありますが、より深刻な問題としては「ローカル」と「グローバル」の間に計り知れない格差が生まれているということです。

そんな中で、21世紀の地球社会というのは、20世紀の地球社会とは大きく様相が変わって来ています。

20世紀の世の中では、グローバルな発想は「庶民の味方」であり、利己的な権力者や富裕層は「ローカルに閉じた世界」を志向していたのでした。

例えば、多くの君主国や発展途上の資本主義国は、勤労者を国境の中に囲い込む中で、劣悪な労働環境と勤労者の低賃金状態を放置していましたが、それに対する社会主義の運動は「インターナショナルな労働者の団結」を目指していました。

また多くの途上国型の独裁者は、一部の財閥と結託して富と権力を独占する一方で、世界からの「自由の風」が国内に入ってくるのを警戒していました。

さらに、社会主義国家が官僚制独裁政治に陥って庶民からの信認を失った時代には、自由を求める個人は国境の手前で射殺されていました。その反動として、自由社会のグローバルな影響力が拡大してベルリンの壁は倒されたのです。

ですが、21世紀の現代というのは、金融・情報通信・新技術という高度に知的な職種だけが、成功者としてグローバルな世界で繁栄する時代です。

その中で、その成功者のサークルに入れない人々には、「サーカスとしてのナショナリズム」と「規制などで守られた雇用というパン」が「国家というローカル」によって与えられるという「20世紀とは正反対の状況」が発生しているわけです。

つまり、国境を越えていける人間だけが富める時代であり、その結果として富める者の側は、「多様性」であるとか「寛容性」という価値観を掲げながら、「国境」を「より低く」したり「国家」というものを「より軽く」したりしたいという志向性を持つことになります。

反対に、ローカルに縛られ、しがみついている人間には排外や、孤立、多様性への嫌悪といったカルチャーが色濃くなって行くという負のスパイラルが発生するわけです。

アメリカの場合、オバマやヒラリーは、「こうした時代の流れには逆らえない」のであって、だからこそ「万人に機会を与える」ための医療保険や大学無償化を進め、移民を歓迎する政治を行ったわけです。

格差は問題かもしれないが、機会の均等ということを徹底して進めれば、結果については自己責任として構わないという考え方と言っていいでしょう。2016年の大統領選の結果は、この発想法に対しての「ノー」でした。

問題は、このような格差が拡大して行けば、成功者のサークルではよりコスモポリタンなカルチャーが濃厚になる一方で、ローカルにしがみつく層はより「閉じこもる」方向になって行くということです。

その上でトランプのような「右派のポピュリズム」という政治手法を使えば、後者の持っている深い怨恨の感情を政治的求心力にする手法は、今後も出てくる可能性があると思います。

今回のダボス会議というのが、どこまでこうした危機感を持って運営されているのかどうかは分かりません。少なくとも、タイトルだけは「分断された世界の中で共通の未来を作り出す」というのですから、多少の危機意識はあるのでしょう。

ですが、少なくとも、このように「グローバル」と「ローカル」の間に経済的な格差だけでなく、世界観に関わる断裂が生じているというのは大変に危機的な状況だと思います。

そのような時代に、世界経済フォーラムの大きな会議を、スイスの豪華なスキーリゾートで行うという感覚は、私には違和感があります。【2018年1月25日 Newsweek】
***************

【「世界的な格差が今後も拡大すれば、資本主義は崩壊する可能性」仏財務相】
上記のダボス会議から1年が経過し、事態はまったく変わっていません。
格差は“26人”に代表されるような状況にあり、これに不満を抱く人々は、ポピュリズムに煽られる形で「ローカル」にしがみつき、「サーカスとしてのナショナリズム」にのめりこんでいます。

このような世界の現状に対し、フランスの経済・財務相が、フランスが今年議長国を務める主要7カ国(G7)会合に関する演説で強い警鐘を鳴らしています。

****仏財務相、世界的な格差が資本主義の崩壊招く可能性を警告****
ルメール仏経済・財務相は、フランスが今年議長国を務める主要7カ国(G7)会合に関する演説で、世界的な格差が今後も拡大すれば、資本主義は崩壊する可能性があると警告した。

ルメール氏は、G7は共通の最低法人税率を設定することを検討し、巨大な多国籍企業の影響力に対応策を講じるべきだと主張。

「資本主義を作り変える必要があり、さもなければ世界的な格差の拡大によって存続できなくなる」との見方を示した。

社会的な格差は先進国でポピュリスト(大衆迎合)政党が台頭している主な理由とされており、仏政権に抗議する「黄色いベスト運動」の引き金になったとも考えられている。

ルメール氏は「グローバル化の恩恵を受けていないと主張する人々が発している警鐘」に各国政府は注意を向けなくてはならないと語った。(中略)

さらに、最富裕層と最貧困層の所得差が拡大している問題についてもG7で検証する考えを示した。【1月23日 ロイター】
*************

ルメール仏経済・財務相の発言は、EU合意を待たずにフランスが乗り出したIT大手企業に対する「デジタル課税」なども念頭に置いてのことでしょう。

****仏、「デジタル課税」を1月導入 税収年640億円 ****
フランスのルメール経済・財務相は17日、記者会見でグーグルなどIT大手への「デジタル課税」を2019年1月から始めると発表した。年間の税収は5億ユーロ(約640億円)を見込んでいる。

仏各地のデモに対応して打ち出した生活支援策で財政赤字が拡大する見通しになっており、新たな財源確保を狙う。

ルメール氏によると、IT大手によるネット広告、個人情報の売買などに課税する。詳しい税率は明らかにしなかったが、課税対象は大手に限定するとみられる。スタートアップ企業の成長を阻まないためだ。

欧州連合(EU)は19年3月までのデジタル課税での合意を目指している。これまでフランスはEUでの合意ができるまで、独自の課税は始めない考えだった。

だが低税率を武器に企業を誘致してきたアイルランドなどが反対して合意が見通せなくなっており、しびれを切らした形だ。

蛍光の黄色いベストを着て集まる反政権運動「黄色いベスト」のデモを収めるために打ち出した生活支援策で約100億ユーロ(約1兆2800億円)の政府負担が発生するなか、税収を少しでも増やす狙いもある。(中略)

世界の法人税は、事務所や工場などの経済的拠点を基に企業に課税してきた。ただネットを通じてサービスを提供するIT大手には課税しにくく、税制が時代遅れになっているとの指摘がある。【2018年12月18日 日経】
*****************

【格差・金持ち優遇批判に揺れるフランス
もっとも、フランス・マクロン政権は、まさに格差を助長するような「富裕税の廃止」が国民の怒りを買う形で、なかなか収束しない反政権運動「黄色いベスト」に揺れており、そのフランスが“世界的な格差が資本主義の崩壊招く”云々というのも興味深いところです。

マクロン大統領は格差を助長し、“26人”に代表されるような現状を更に加速させる「金持ちの味方」との批判を浴びています。フランスとしては、決してそうではない・・・ということを国内的にもアピールしたいとの思いがルメール仏経済・財務相の発言の背景にはあるのでしょう。

19日土曜日も8万4000人がデモに参加したということで、事態の沈静化には至っていません。

“富裕税に代わる不動産富裕税の創設は,企業に対して不動産部門以外の分野に投資することを鼓舞しようとするもので,一般国民には資産課税を廃止する富裕者層への租税上の優遇措置であるとの疑念を抱かせることになった。”【1月14日 瀬藤澄彦氏 世界経済評論IMPACT】

もちろん、マクロン大統領は「金持ちの味方」としてではなく、経済活性化の狙いから富裕税廃止を提唱しているのでしょうが、庶民の暮らしを圧迫する燃料増税と相まって、国民心理・生活現状への配慮が足りなかった・・・との結果になっています。

おそらく苛立ちまぎれの発言でしょうが「(燃料を買う金がないなら)電気自動車を買えば」云々といったマリー・アントワネット的な失言もあって、国民の苦しみを理解できない傲慢なエリートとの批判を浴びることにもなっています。

労働市場改革などでは強気で押し通したマクロン大統領ですが、燃料増税中止・最低賃金引上げと、はじめて譲歩を示し、「国民大討論」で国民の声に耳を傾ける姿勢をアピールしています。

ただ、一度失った信頼を取り戻すのはなかなか・・・。富裕税廃止をおろさないところも、マクロン大統領らしい“強気”でもあります。まあ、ここで引いたら失政を認めることになるとの“崖っぷち状態”でもあるのでしょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フィリピン・ミンダナオ島  イスラム自治政府発足に向けた住民投票 重要な課題も

2019-01-22 23:24:33 | 東南アジア

(「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」の兵士【1月22日 FNN PRIME)】)

【ミンダナオ島出身のドゥテルテ大統領の下で実現に向け進展】
フィリピン南部ミンダナオ島では40年以上にわたり、フィリピン全体では圧倒的多数派のキリスト教徒とミンダナオ島に多く暮らす分離独立を目指すイスラム教徒による紛争が続いてきました。

イスラム教徒側の武装勢力は複数あり、また、変遷もありましたが、近年その中核となっているのが「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」です。

フィリピン政府とMILFは、分離独立ではなく、イスラム自治区を認める代わりにMILFは段階的に武装解除を行うことで、2014年に包括和平案に合意しました。

合意後も曲折がありましたが、ミンダナオ島出身で、その実情・必要性を熟知するドゥテルテ大統領の主導で実現に向けて前進。(このあたりは、これまでのルソン島出身大統領とは違います)
21日から、自治区に自治体が参加するか否かを決める住民投票が行われています。

****フィリピン・ミンダナオ島で住民投票 イスラム自治政府の設立に向け****
半世紀近くにわたり、分離・独立を求めるイスラム勢力と政府による武力闘争が続いてきたフィリピン南部ミンダナオ島で21日、イスラム自治政府の設立に向けた住民投票が行われた。

自治政府に参加するかを住民に問う投票で、過半数の賛成を得た自治体は自治政府に編入される。和平進展につながると期待がかかる。
 
投票は同島西部のイスラム教徒自治区(ARMM)に属するバシラン州など7自治体で行われた。結果は26日までに判明の見込み。

7自治体のうち多数の自治体で過半数の賛成を得た場合、他の自治体でも2月6日に投票が行われる。対象有権者は約280万人。
 
自治政府は、予算編成やイスラム法に基づく司法制度など高度な権限を持つことになる。住民投票後、ドゥテルテ大統領の承認を経て、暫定政府が発足する。
 
フィリピンは国民の9割がキリスト教徒だが、同島西部はイスラム教徒が多数を占め、1970年代以降に分離独立運動が活発化した。

政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)が2014年に包括和平に合意した後も武力衝突が発生し、和平プロセスは停滞。

同島ダバオ市の市長を長年務めたドゥテルテ氏が18年7月、自治政府樹立に向けた「バンサモロ基本法」に署名し、事態が進展した。【1月21日 毎日】
*******************

【今後の課題の一つはキリスト教徒との共存】
MILFのムラド・エブラヒム議長は20日、自治政府参加に「圧倒的な支持を得ている」と述べ、理解が広がっていると強調していますが、キリスト教徒側には不安もあります。暴力的に自治区参加への賛成を強要されているとの声もあるようです。

****イスラム自治政府、キリスト教系に反発も 比ミンダナオ****
フィリピン南部ミンダナオ島で21日、2022年にも樹立される「イスラム自治政府」に参加する自治体を決める住民投票が実施された。

長年対立してきた国内最大の武装勢力モロ・イスラム解放戦線(MILF)とフィリピン政府の和平合意の成果で、地域に安定をもたらすと期待されるが、一部都市では反対意見も根強くある。(中略)
 
自治政府は、ミンダナオで紛争を続けてきた武装勢力とフィリピン政府が、交渉でこぎ着けた答えだ。ドゥテルテ大統領も公約に掲げてきた。独自の議会や予算の権限が付与されるほか、域内のイスラム教徒にはコーランにもとづくイスラム法(シャリア)が適用される。
 
MILFのムラド議長は21日会見し、「投票は和平合意を実行に移す重要な節目。大変な支持を得てうれしい」と述べた。

一方、ムラド氏は、自治政府の首都になると期待されるコタバト市が自治政府に加わらない可能性があることに懸念を示した。人口約30万人の同市はキリスト教徒が人口の55%を占め、自治政府に反対する市民も多い。

市内の60代男性は「MILFの幹部たちが利を得るだけで暮らしがよくなるとは思えない」と話す。
 
コタバトでは、こうした反対意見を封じ込める動きもある。反対意見を主張してきたコタバト市長のシンシア・ギアニ・サヤディ氏(50)は、殺害をほのめかす脅迫を受けたといい、「脅しを使う人が支持する自治政府が市民を守れるとは思えない」と懸念する。(後略)【1月22日 朝日】
***************

イスラム自治政府が発足した場合、域内に暮らすキリスト教徒といかに共存できるかが重要な課題となります。

【あくまで分離独立を目指すイスラム武装勢力も】
イスラム教徒側にも、あくまでも分離独立を目指して戦うべきとする「イスラム国(IS)」の影響を受ける過激なグループもあって、必ずしもことが平穏に運んでいる訳でもありません。

****“ミンダナオ島で「イスラム国家樹立」を狙う”  夜間外出禁止令の町で見た過激派の脅威****
フィリピン南部ミンダナオ島では2017年5月以降、戒厳令が発令されている。イスラム過激派による爆弾テロや攻撃が止まらないためだ。

主要都市コタバトでフィリピン軍の活動に密着取材すると、見えない敵と戦う難しさが見えてきた。

夜10時以降は外出禁止
夜9時半過ぎ。フィリピン軍第6歩兵師団に属する兵士たちが、とある場所に次々と集まってきた。コタバト市では夜10時から外出禁止令が敷かれ、一般人は外出することが禁止されている。

この間にテロリストが町に入りこまないようフィリピン軍は警察と協力し、町の警備にあたっている。夜10時をすぎると、賑やかだった街の表情は一変し、車が1台も通らないゴーストタウンのような様相を見せる。

侵入を試みる「過激派」
町の入り口には軍の装甲車が配置され、特に厳しい警備が敷かれる。武装したテロリストや、爆弾を運び込もうとするテロリストが頻繁に町への侵入を試みるからである。(中略)

イスラム過激派の爆弾作戦
コタバト市はミンダナオ島の中では比較的安全とされる。しかしこの町でも、新年を迎える直前の12月31日、ショッピングモールの外に仕掛けられていた手製爆弾が爆発し2人死亡、30人以上が負傷するテロが起きた。(中略)

頻発する爆弾テロを繰り返しているのは「イスラム国」に忠誠を誓う地元武装勢力だ。ミンダナオ島では去年5月、中部の都市マラウィが「イスラム国」戦闘員らに占拠され、フィリピン軍は奪還するのに5ヶ月も要した。「イスラム国」戦闘員らは、「第二のマラウィ」実現を目指して、武装闘争を続けている。

「イスラム国」戦闘員が目指すものは?
我々は武装闘争を続ける「イスラム国」系武装勢力BIFF(バンサモロ・イスラム戦士)の元メンバーに話を聞くことができた。部隊の元副司令官だったという46歳の男は去年10月、フィリピン軍によって拘束された。

武装闘争の目的について男は「我々はコーランとハディース(ムハンマドの言行録)のみに従っている。ジハードに従うよう言われてきた」と述べ、フィリピン政府からの分離独立をこえた「イスラム国家樹立」が目的だと明言した。(中略)

「イスラム国」系の過激派はフィリピン政府との対話を拒み、あくまでイスラム国家の樹立を目指して武装闘争を続けている。過激派の多くはMILFから分派した組織で、彼にとってMILFはイスラム国家樹立を断念しフィリピン政府と妥協した敵として映っている。

外国人戦闘員流入が後を絶たず
さらにミンダナオの武装闘争は外国人戦闘員の流入により大きく変容してきている。「イスラム国家樹立」という理想に惹かれ、ミンダナオ島には外国人戦闘員の流入が後を絶たない。

去年7月にはミンダナオ西部のバシラン島で、「イスラム国」戦闘員のモロッコ人が自爆テロを起こし軍検問所で自爆し、軍人10人以上が死亡。このニュースはフィリピン国内に衝撃をもたらした。(中略)

フィリピンは日本にとって近い国であり、多くの外国人労働者を受け入れる日本にとってさらに近い国になるのは間違いない。この地でイスラム過激派を封じ込めることは、日本にとっても死活的に重要な課題であることは間違いない。【1月22日 FNN PRIME)】
***************

【MILFの武装解除・社会参加が進まないと、不満を抱えるメンバーの過激派への合流も】
過激派への流入は外国からだけではありません。
MILFの武装解除=社会参加がうまく進まないと、行き場を失ったMILFのメンバーが過激派に参加することも予想されます。

****日本から一番近い紛争地帯でイスラム過激派の脅威拡大 和平のカギは兵士4万人の「武装解除」****
1月14日朝、我々取材班はミンダナオ島・コタバト市にあるMILF=「モロ・イスラム解放戦線」の本拠地キャンプ・ダラパナンを訪れた。(中略)

フィリピン南部ミンダナオ島では40年以上にわたり、キリスト教徒とイスラム教徒による紛争が続いてきたが、フィリピン政府とMILFは2014年に包括和平案に合意、自治区を認める代わりにMILFは段階的に武装解除を行うことが決まった。

今後この「武装解除」がうまくいくかどうかが、和平実現の鍵を握っている。

MILFは常備軍4万人

MILFには現在、3〜4万人の常備軍がおり、民兵を含めると12万人いる。キャンプ内で出会った兵士はカラシニコフで武装し、一見すると国の軍隊と何ら変わりないがない。軍事訓練を受け、重火器や爆発物などの扱いにも長けている。

こうした兵士を「武装解除」させるためには、兵士以外の仕事で生活できるように道筋を付ける必要がある。

ミンダナオ島は気候がよく台風もほとんど通過しないため、農業や漁業に適した土地である。日本のJICAは、兵士らに対して農業技術研修などを行っており、武器を手放した後も、安定した生活をおくることができるようサポートを続けている。MILFのムラド議長も、こうした日本の支援を高く評価している。

虎視眈々と狙う過激派
一方で、こうした和平の動きに水を差す動きが現地では起きている。イスラム過激派の台頭である。ミンダナオ島では、MILFが分離独立を断念したことに反発し、MILF本体から分派した過激派組織が各地で爆弾などによるテロ攻撃を繰り返している(中略)

こうしたイスラム過激派が目指すのはイスラム国家の樹立であり、MILFが目指してきた分離独立とはそもそも根本的に異なる。

「武装解除」の過程でMILF元兵士らの生活が苦しくなった場合、元兵士らが資金力のある過激派に流入してもおかしくはない。

過激派側も虎視眈々と勢力拡大を狙っており、戦闘経験があるMILF兵士は魅力的にも映る。MILFの「武装解除」は、一歩間違えれば過激派伸長のリスクをはらんでいるともいえる。(後略)【1月22日 FNN PRIME)】
****************


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする