(31日、パキスタン南部カラチで、最高裁判決をめぐり路上で物を燃やし、抗議するイスラム過激派【10月31日 時事】 “イスラム過激派”と言うとテロリスト集団のようですが、“イスラム保守派”と言った方がいいようにも。問題はこうした人々が社会でどの程度を占め、その影響力がどの程度か・・・というところです)
【最高裁「でっち上げの可能性が否定できない」】
10月8日ブログ“パキスタン トランスジェンダーの権利保護に向けた取り組み 進展しない日本の取り組み”では、ちょっとパキスタンのイメージとは違うようなトランスジェンダーの権利保護の話題を取り上げましたが、今日は、「いかにもパキスタンらしいな・・・」とも思えるようなイスラム教冒涜罪による少数派キリスト教徒迫害の話題です。
****イスラム教預言者冒とくで死刑判決の女性 逆転無罪 パキスタン****
パキスタンの最高裁判所は、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくした罪で死刑判決を受けていた少数派のキリスト教徒の女性に逆転で無罪を言い渡し、今後、判決に反発する保守派の抗議活動が過激化するのではないかと懸念されています。
パキスタンの最高裁判所は31日、2009年に知人と言い争いになった際、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくしたとして1審と2審で死刑判決を受けた中部パンジャブ州のキリスト教徒の女性に対し、逆転で無罪を言い渡しました。
パキスタンでは、この女性の裁判をきっかけに「冒とく罪」の是非が、保守派と人権擁護派との間で論争となり、2011年には、法律の見直しを強く訴えた地元の州知事や、少数民族問題を担当する閣僚が相次いで殺害されるなど、社会を揺るがす問題になっていました。
このため、今回の無罪判決に反発する保守派の抗議活動が、各地で過激化するのではないかと懸念されていて、首都イスラマバードでは、主要な道路に多数の警察官が配置され、デモ隊が中心部へ侵入するのを防ぐため道路を塞ぐコンテナも準備されるなど、厳重な警戒態勢が敷かれています。【10月31日 NHK】
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上記【NHK】では、“2009年に知人と言い争いになった際、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくした”という事件の概要がよくわかりませんので、「パキスタン イスラム冒涜罪」のキーワードでネット検索すると、類似の事件等がいろいろ出てきて、どれが今回逆転無罪判決になった事件だかよくわからないぐらい。
事件概要等については、以下のようにも。
****パキスタン最高裁、「イスラム冒涜」めぐり無罪=死刑判決覆す****
(中略)女性は2009年、東部パンジャブ州で多数派のイスラム教徒女性らから、井戸水を飲んだことで「井戸が汚れた」ととがめられ、「罪」を償うためイスラム教に改宗するよう強要され口論になった。
その際に、ムハンマドを冒涜したとして起訴され、10年の一審の死刑判決に続き、14年の高裁判決も死刑を支持していた。
最高裁は判決で、「検察は、合理的な疑いの余地のない立証に失敗した」と指摘。目撃証言にも食い違いがあり、でっち上げの可能性が否定できないと判断した。
判決後、イスラム過激派が全国で抗議行動を展開。一部は、判決を下した3人の最高裁判事について「死をもって罰せられるべきだ」と主張した。女性の家族はAFP通信に「パキスタンに住み続けるのは困難だ」と命の危険を訴えた。【10月31日 時事】
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被告女性アーシア・ビビさんはキリスト教徒ですが、イスラム教を国教とするパキスタンでは、国民の98%がイスラム教徒で、キリスト教徒は2%以下です。
口論となったイスラム教徒女性たちは後に、地元の聖職者に、ビビさんが「キリストは私のために死んだのです。ムハンマドはあなたのために何をしたのですか」と言ってイスラム教を侮辱したと訴えたことで「イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくした罪」となったようです。
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英デイリー・メール紙は先週、ビビさんの2人の若い娘であるイシャム・マシーさんとイシャ・マシーさんが、ビビさんの告発を指導したのと同じ宗教の狂信者たちによって虐待を受けた、と伝えた。
2人が同紙に語ったところによると、ビビさんに対する最初の申し立てがなされたとき、怒った村人たちが彼女たちの家に現れて、ビビさん一家を殴り、ビビさんの服を引きちぎることさえしたという。
現在14歳のイシャムさんは、同紙にこう語った。「私は今でも母が拷問を受けて逮捕された日の夢を見ることがあります。よく眠ることができませんでした。怒った男の人たちが戻ってきて私たち2人を拷問し始め、母の衣服をまた引き裂いたのです」
「彼らは母を村の中心部まで引きずっていきました。私たちは2人とも泣いていましたが、私たちに耳を傾けてくれる人は誰もいませんでした」と彼女は付け加えた。
「1時間半ぐらい後に、警察がやって来て、母が叔父の家で隠れていた父を見つけに行くようにと私に頼みました。でも父はあまりにも恐ろしくて離れることができませんでした。私が走り戻ったら、その時までに警察は私の母を連れ去っていたのでした」【2014年10月28日 CHRISTIAN TODAY】
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逆転無罪だったので国際ニュースとなりましたが、これが1審・2審どおりの死刑判決だったら、「パキスタンのよくある話」としてニュースにもならなかった・・・のでしょうか?
【無罪判決に反発する保守派 あながち脅しでもない「(最高裁判事は)死をもって罰せられるべきだ」】
“判決を下した3人の最高裁判事について「死をもって罰せられるべきだ」”というのは単なる脅しではありません。
冒頭【NHK】にもあるように、2011年には、法律の見直しを強く訴えた地元の州知事や、少数民族問題を担当する閣僚が相次いで殺害されています。
“法律の見直しを強く訴えた地元の州知事”というのは、パンジャブ州のサルマン・タシール知事で、自分の警護官に撃たれて死亡しました。
タシール氏はタリバンやイスラム武装勢力を公然と非難し、上記「イスラム冒涜」事件に際しては、「冒涜罪は悪法だ」と強く批判していました。
“少数民族問題を担当する閣僚”(パキスタン初のキリスト教徒大臣だったようです)の殺害事件については、以下のように。
****イスラム冒涜罪に反対のパキスタンの少数民族相、銃撃受け死亡****
パキスタンの首都イスラマバードで2日、シャバズ・バッティ少数民族相を乗せた車が白昼の住宅地で数人の男に銃撃された。バッティ少数民族相は搬送先の病院で死亡が確認された。(中略)
■「イスラム教に対する冒涜罪」に反対していた
バッティ氏はパキスタンでは少数派のカトリック教徒で、1月4日に警護官から銃撃されて死亡したパンジャブ州のリベラル派の知事サルマン・タシール氏と共に、「イスラム教に対する冒涜(ぼうとく)罪」に反対する姿勢を鮮明に打ち出していた。
タシール氏を殺害した警護官はイスラム強硬派から英雄視されている。
タシール氏暗殺後、バッティ氏はAFPのインタビューで「現時点で最高のターゲットは私だ」と語り、殺害予告を受けていることを明かしていた。
イスラマバード警察のワジド・ドゥラニ署長はバッティ氏の警護は適切だったと話しているが、狙撃された時に警護部隊はバッティ氏についていなかったという。
ドゥラニ署長は「警護部隊の隊長は少数民族相から執務室で待機しているよう指示を受けたと話している。色々な角度から調査を進めている」と語った。
パキスタンの「イスラム教に対する冒涜罪」の最高刑は死刑だが、実際にこの罪で死刑が執行されたことはない。
しかし人権活動家らは、個人的な怨恨や商取引上の紛争に絡んでこの罪状が悪用されていると指摘している。【2011年3月2日 AFP】
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今回最高裁判決にあたっては、判事は文字どおり「命がけ」です。
【キリスト教徒を迫害したり、個人的な争いを解決したり、財産を没収するために冒涜罪が“利用”されることも】
タイの「不敬罪」とか、上記の「イスラム教に対する冒涜罪」というのは、対象が広く、相手を陥れようとする者や勢力に都合よく利用される法律でもあります。
****イスラムへの冒涜罪があるパキスタン、キリスト教徒への恨みを晴らすため悪用するケースも!****
宗教による差別をなくすために活動するパキスタンのキリスト教系NGO「グローバル・ヒーリング・イニシアティブ・パキスタン」のズバイダ・シャミム・デワン代表は10月18日、大阪市内で講演し、パキスタンでキリスト教徒が迫害されている根深い事実を訴えた。
キリスト教徒に対する差別の“象徴”となっているのが、イスラム教に対する冒涜罪だ。キリスト教徒がイスラム教や預言者を汚したり、コーランを破損したりした場合、適用される。最高刑は死刑または終身刑だ。
「問題なのは、冒涜行為を働いていなくても、個人的な恨みを晴らすために利用されるケースもあることだ」とズバイダさんは説明する。
パキスタン東部の街ラホールの郊外で暮らすキリスト教徒の夫婦が2014年、コーランを冒涜した疑いにかけられた。人権委員会によると、事実無根で、恨みを晴らすために冒涜罪が利用された疑いがあるという。この夫婦とイスラム教徒との間には金銭トラブルがあった、と同委員会は見ている。
冒涜罪で有罪とならなくても、疑いにかけられるだけで、イスラム教がキリスト教徒の家族や彼らが暮らす村をターゲットに、“報復攻撃”をするケースも少なくない。こうした行為は違法だが、まん延している。
ズバイダさんが活動するラホールでも2013年に、3000人のイスラム教徒が暴徒化し、100軒の民家を焼き払った。キリスト教徒の清掃作業員がイスラム教を冒涜する発言をしたことがきっかけとされる。
「教会への放火、キリスト教徒への暴力、殺害が横行している。トラクターに足を結ばれ、引きずり殺された人もいる」とズバイダさんは話す。
グローバル・ヒーリングはかねて、信仰する宗教が異なる者同士の対立をなくすため、キリスト教徒とイスラム教徒のリーダーが集う会議を開いたり、キリスト教徒の迫害に抗議したり、さまざまな宗教を理解するセミナーを開催したりしてきた。
こうした活動は、脅迫や冒涜に問われるリスクをはらむ。パキスタンでは2011年に、キリスト教徒として初めてシャウバズ・バッティ氏が大臣に就任したが、同氏は、冒涜罪の存在を批判したため、イスラム教徒に脅迫されたのち、暗殺された。
危険を冒してまでズバイダさんがNGOを立ち上げたのには、高校生の時の経験がある。隣の村が、イスラム教を冒涜したとしてイスラム教徒から報復攻撃を受け、焼き討ちにあった。「高校生の自分には何もできなかった。なぜ同じ人間に攻撃されるのか理解できなかった」
キリスト教徒への差別は暴力的なものだけにとどまらない。ズバイダさんは、NGOで活動するかたわら、病院で事務職として働く。ところが「毎年の昇給率は、キリスト教徒の場合、イスラム教徒の10分の1だけ」と打ち明ける。(後略)【2015年10月20日 ganas】
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この冒涜法により、パキスタン国内のキリスト教徒は危険な状況にさらされている。人権団体によると、これらの法律はキリスト教徒を迫害したり、個人的な争いを解決したり、彼らの財産を没収するために、誤って適用されることが多いという。
冒涜を理由にキリスト教徒が非難される場合、暴徒たちによる脅しのために、行方をくらまさなければならないことが多い。裁判所で無罪とされたキリスト教徒でさえも、命を脅かされるため、釈放直後に行方をくらまさなければならないという。【前出CHRISTIAN TODAY】
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【2014年のTTP学校襲撃事件以降は、宗教的過激派の取り締まり強化の流れも】
2014年には、文字の読めないキリスト教徒の夫婦が、イスラム教の聖典コーランの一部をゴミとして捨て、コーランを冒涜(ぼうとく)したとの濡れ衣を着せられた事件がありました。
夫婦は激怒したイスラム教徒の集団から暴行を受けた後、れんが工場の窯で焼かれて殺害されました。
“イスラム教が国教のパキスタンでは、コーランを冒涜した者は死刑に値し、冒涜の容疑が立証されていない場合でも、自警団などによって殺害されることがしばしば起こる。”【2016年1月25日 AFP】
さすがにパキスタンでも近年は、こうした宗教的過激派の取り締まりを強化する流れもあるようです。
****パキスタン、少数派を襲う冒涜リンチの恐怖*****
(中略)
■根拠のない疑惑
(中略)保守的なイスラム教国であるパキスタンの警察はこれまで、イスラム教徒を刺激することを恐れ、集団暴行に加わる人々の取り締まりに消極的だった。
だが、14年にイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動」が学校を襲撃し、生徒ら150人超を殺害した事件を機に、政府は本格的に宗教的過激派の取り締まりに乗り出したとみられ、今後、状況が徐々に変わっていく可能性もある。
パキスタンの裁判所は最近、宗教的冒涜に対し、これまでよりも穏健な立場を取るようになった。冤罪(えんざい)防止にも努めており、冒涜の罪で3年間収容されていた女性が釈放された例もある。
(上記2014年の)キリスト教徒夫婦殺害事件では、れんが工場の所有者を含む100人超が逮捕され、現在も身柄を拘束されている。
工場の所有者が、夫婦が借金を踏み倒そうとしていると疑ったために冒涜のうわさが広まった。それで、逃げようとした夫婦を所有者が監禁したとされている。
また、工場の幹部5人と、冒涜のうわさを広め、群衆に襲撃をけしかけたとされるイスラム聖職者2人も拘束されている。【前出AFP】
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今回の最高裁逆転無罪判決も“裁判所は最近、宗教的冒涜に対し、これまでよりも穏健な立場を取るようになった”という流れのひとつでしょうか?
そうした流れが加速・定着することを強く期待します。
なお、こうした話を見聞きした際に、「イスラム教というのは狂信的で、やはり怖い」といった印象を持つ人もあるかもしれませんが、日本などで外国人に対し嫌悪感を示すような人々も、異質な者への不寛容という点では同質・同根です。