(8月16日 グルジア・ゴリでのロシア軍による道路封鎖 “flickr”より By onewmphoto
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【独立承認でルビコン川を渡る】
明日、9月1日よりEU首脳会議が開かれますが、グルジア・南オセチア問題に端を発して、今や“新冷戦”も危惧される状態に悪化したロシアとの関係について、どのような議論がなされるか注目されています。
ロシアは、“6項目の和平合意文書”の第5項「ロシア軍は戦闘勃発前の地点まで撤退しなければならない。国際的なメカニズムが導入されるまで、ロシアは追加的な安全保障の措置を取る」を根拠に、「追加的安保措置」として南オセチアの周辺のグルジア支配地域に“緩衝地帯”を設け、その中に平和維持部隊を未だ残しています。
サルコジ仏大統領は23日、メドベージェフ・ロシア大統領との電話協議で、緩衝地帯の全欧安保協力機構(OSCE)への権限委譲を求めましたが、合意に至りませんでした。
ロシア上下両院は25日全員の賛成で、大統領に南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の独立の承認を求める決議を採択、これを受けてメドベージェフ大統領は26日、グルジアからの独立を宣言していた南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の独立を承認する大統領令に署名しました。
従来ロシアは、両地域の一方的な独立承認は国際社会での孤立を一層深め、ロシア系住民を抱えるウクライナやモルドバなど周辺国との対立を深め、また、コソボの独立承認に反対してきた外交姿勢との矛盾も問われるため、独立承認の可能性をちらつかせながらも敢えて承認はせず、グルジアやコゾボ、それを支援する欧米諸国との駆け引きを続けていました。
今回決定は、欧米諸国からの孤立化も厭わないというロシアの強い決意を示すもので、“ルビコン川を渡った”決定と思われます。
グルジアは29日、ロシア平和維持軍の「非合法化」を狙い、ロシア平和維持軍駐留の根拠となっている90年代に締結された協定を一方的に破棄しました。ロシアがこれに応じないのは確実です。
更に、領事館業務は維持するものの、ロシアとの外交関係を断絶すると発表。
【非難・対抗策の応酬】
この間の、ロシアとグルジアを支援する欧米諸国の、互いにエスカレートする対応は、“そっちがその気なら、こっちだって・・・”と言わんばかりの“子供のけんか”のような様相です。
アメリカの東欧ミサイル防衛(MD)計画で、ライス米国務長官が20日、迎撃ミサイル基地を受け入れるポーランド側と協定に調印。
一方、ロシア外務省は同日、「外交手段を超えて対抗する」と声明を公表し、軍事手段も辞さない構えを示しました。
そして、ロシア軍は28日、MDを突破する能力を備えたとされる大陸間弾道弾(ICBM)「トーポリ」の発射試験に成功したことを明らかにしました。
ロシア海軍当局者は27日、アブハジア分離派政府の要請に基づき、ロシア黒海艦隊のミサイル巡洋艦「モスクワ」がアブハジアの首都スフミの港に同日入ったことを明らかにしました。
一方、スフミから150キロ南方のグルジア西部バトゥーミ港にはアメリカが人道支援目的で派遣した最新鋭ミサイル駆逐艦「マクファウル」などの艦船が停泊し、黒海東部で米ロの海軍力がにらみ合う情勢となっています。
メドベージェフ大統領は「米艦船は武器をグルジアに運んでいる」と非難しています。
NATOはロシアのグルジア軍事介入への制裁として19日の外相会議でロシアとの対話・協力の一時凍結を決定。
これに対抗してロシアは、NATOとの軍事協力を当面中止する旨を通告。
21日、アメリカが「我々もグルジアの問題が解決するまでロシアとの軍事演習などの協力を考えることはできない」と、アメリカも軍事協力を凍結する方針を明確に示しました。
ロシアのメドベージェフ大統領は25日、「NATOとの全面的な関係停止を含むあらゆる決定を下す用意がある」と述べ、NATOとの関係断絶も辞さない強硬姿勢を示しました。
大統領は「NATOがロシアとの協力を凍結しても、恐れることはない」と表明。「協力が必要なのは、ロシアよりもNATOだ」とし、これ以上の関係悪化を避けるようNATO側に呼び掛けています。
ロシアは今年4月、アフガニスタンに関し、鉄道輸送によるNATOの物資のロシア領通過を認めています。これが停止される事態になれば、NATO側にとって打撃と思われます。
【進むロシア孤立化】
一方、プーチン首相は25日の内閣幹部会で、ロシアにとって世界貿易機関(WTO)に加盟する利点はないとした上で、WTO加盟交渉における合意の一部を凍結する考えを表明。ロシアはこれまでWTO早期加盟を掲げてきました。
米通商当局者は、ロシア政府がWTO加盟交渉での合意事項をほごにすれば、同国のWTO加盟が延期される恐れもあると明らかにしています。
しかし好調だったロシア経済について、軍事介入の直後に約70億ドルの資金が海外に流出したほか、主要株価指数や通貨ルーブルも下落傾向が続いていることも報じられています。
国際的孤立化はロシアにとって“利点はない”どころか、その根幹を揺るがす恐れがあります。
世界の紛争回避策を各国政府や国際機関に提言しているシンクタンク「国際危機グループ」(ICG、本部・ブリュッセル)は22日、グルジア紛争の解決へ向け、ロシア軍に紛争開始前の地点までの完全撤退を求める提言書を発表。
ロシアが非協力的な場合は、ロシアの世界貿易機関(WTO)加盟交渉の停止や主要8カ国(G8)からの追放などを西側諸国に要請。
さらにロシア南部ソチで開催される14年冬季五輪の再検討を国際オリンピック委員会(IOC)に求めています。
メドベージェフ大統領は26日、内外のテレビとのインタビューで、ロシアがグルジア・南オセチア自治州と同アブハジア自治共和国の独立を承認したことで対米関係などが急速に冷え込んでいることについて、「我々には、新冷戦の到来を含め何も恐れるものはない。むろん、新冷戦は望まないが、これは西欧のパートナー次第だ」と述べ、露側が譲歩する考えがないことを強調しました。
EU議長国を務めるフランスのクシュネル外相は28日、グルジア情勢をめぐってEU各国が対ロシア制裁の検討に入ったことを明らかにしました。
EUが制裁を決めれば、ロシアが対抗措置を取るのは必至で“新冷戦”の様相が強まることが危惧されます。
これについてはその後、9月1日に開かれるグルジア問題についてのEU緊急首脳会議で、ロシア制裁は採択しないとの方針が示されました。
これまでロシアの軍事介入を支持した国は、キューバ、ベラルーシ、シリア、ベネズエラ、モンゴルだけで、ロシア孤立化の様相が強まっています。
この状況から、「大国ロシアが『はみ出し者』になった」(コメルサント・ブラスチ誌)などの危機感がロシアでも強まっているとも。
この事態を打開すべく、ロシアは28日の上海協力機構(SCO)において、その支持を求めました。
中国、旧ソ連中央アジア諸国が参加するSCOはグルジア情勢について「平和構築でロシアが果たす積極的な役割を支持する」とするドゥシャンベ宣言を採択しましたが、宣言では「国家統一と領土保全の原則」を確認したほか、ロシアが南オセチア自治州、アブハジア自治共和国の独立を承認したことへの言及もなく、ロシアにとっては明確な支持を得るのに失敗したと判断されています。
チベット、ウイグル問題を抱える中国は、南オセチア等の独立は到底承認できない立場でしょう。
また、SCOに参加する旧ソ連構成国も中国との経済関係が強まり、ロシアの影響力は低下していると見られています。
プーチン首相は28日、米テレビ局CNNとのインタビューで、「米国の誰か」がある米大統領候補に「有利な状況を作り出す」ことを目的に、「グルジア紛争を起こした」と語っています。
強まるロシア批判へのあせりでしょうか、あるいは真実の一端でしょうか。
【新冷戦にむかうのか】
ペリノ米大統領報道官は28日、米ロが今年5月に署名した原子力協力協定の破棄を「検討中だ」と明言。
ロシア連邦農産物衛生監督局は29日、保健衛生上の理由をあげて、米国の鶏肉生産19業者を来月1日以降、ロシアへの輸出許可業者リストから除外すると発表。
29日には、ロシア政府が、国内石油会社の少なくとも1社に対し、グルジア問題で制裁を検討している欧州向けの供給を削減することを想定した態勢をとるよう通告したと英紙が報じていますが・・・。
天然ガス・石油輸出はEU諸国との関係の根幹にかかわりますので、さすがにロシアも“当面”は不用意な措置はとらないのでは。噂を流して圧力をかけるものでしょう。
米ロの対立に国連は全く機能していません。
国連安全保障理事会では、欧米のロシア批判に対し、ロシアは“イラク、アフガニスタンへのアメリカの侵攻”“欧米のコソボ独立支持”を持ち出して、米ロが冷戦期さながらの激しい非難合戦を繰り広げたそうです。
ロシアが拒否権を持っている現状では何らかの採択がなされる可能性はありませんが、欧米などは安保理協議を通じ、ロシアの孤立を狙っているとみられています。
ロシア軍がグルジア紛争の勃発後、グルジア・南オセチア自治州にグルジア人の強制収容所を設置、ロシア軍支配地域で拉致した民間人に暴力を振るい、強制労働を課していた疑いがあることが、多数の避難民や元収容者の証言で明らかになったと今日報じられています。【8月31日 産経】
ホロコーストの過去から、“強制収容所”という言葉に敏感な欧米世論に影響しそうです。
冷戦後、EUやNATOが東欧諸国を加盟させ東方に拡大してきました。
今回の対立は、経済的自信を深め、民族主義の高揚するロシアのこの流れに対する反発のように思われます。
しかし、NATOやEU、WTOなどに背を向けての孤立化はロシアの基盤を危うくするようにも思えます。
当然、“新冷戦”ともなれば日本もその渦中に飲み込まれます。
9月1日のEU臨時首脳会議での議論が注目されます。
こじれると、年末に予定されているNATOへのウクライナ・グルジア加盟問題討議で更に深刻化する恐れがあります。