(仏海外県マヨットのスラム(2023年5月23日撮影)【2023年8月15日 AFP】 スラムには多くの移民がくらしています。)
【極右政党の意向を忖度せざるを得ない新内閣 内相に移民問題で強硬派のルタイヨー氏】
フランスでは、左派・大統領与党の中道・ルペン氏率いる極右政党の三すくみの中で、マクロン与党と中道右派・共和党の連携でようやく発足した新内閣バルニエ政権は、極右政党・国民連合(RN)のバルデラ党首が「バルニエ氏はRNの監視下にある。(マクロン政権は)われわれなしでは何もできない」と言い放つように、極右勢力の意向を考慮せざるを得ない政権運営を強いられています。
もし不信任案に左派と極右が同調すれば政権は崩壊します。
**************
議会の過半数を握っていないバルニエ政権は難しい議会運営を迫られる。与党が提出する法案の多くに、左派連合や極右勢力が反対票を投じることが予想され、通常の立法手続きで法案を成立させるのは困難を極める。
2022年の国民議会選挙で議会の過半数を失った大統領支持会派と同様に、議会採決を迂回する特別な立法手続き(憲法49条3項)を使って法案を通そうとするだろう。
議会が法案成立を阻止するには、24時間以内に内閣不信任案を提出し、過半数がそれを支持する必要がある。内閣不信任案が否決された場合、法案は成立する。
つまり、今後の法案審議のたびに、新政権は内閣不信任投票にさらされることになる。【9月25日 田中理氏 第一生命経済研究所】
********************
こうした政治状況で発足した新政権は内相に移民問題で強硬派の共和党ブリュノ・ルタイヨー氏が就任しています。
****フランス新内閣発足 移民強硬派を内相に マクロン大統領、少数内閣で不安な再出発****
フランスで21日、バルニエ首相(73)が率いる新内閣が発足した。マクロン大統領を支える中道与党連合に、これまで野党だった中道右派「共和党」が加わる「相乗り内閣」になった。内相には、移民受け入れ削減を求める共和党強硬派が起用され、右派色の強い陣容となった。
フランスは6〜7月の下院選で与党連合が第2勢力に転落し、政治空白が続いていた。マクロン氏は、共和党のバルニエ元外相を今月5日に首相に任命。21日に閣僚名簿を発表した。(中略)
内相となったブリュノ・ルタイヨー氏(63)は共和党の上院議員団長。欧州連合(EU)のルールに縛られず、フランスが独自に移民対策を強化するよう主張してきた。(中略)
新内閣は来年の予算編成が喫緊の課題。バルニエ氏は10月1日、下院で施政方針演説を行う。下院第一勢力の左派連合は、不信任案提出の構えを見せる。新内閣は極右野党「国民連合」の動向に配慮せざるを得ず、マクロン氏は政策実行の手足を大きく縛られた。(後略)【9月22日 産経】
************************
【移民問題で厳しい対応をとるルタイヨー内相】
移民に対し厳しい対応を求める極右・国民連合への配慮に加え、移民強硬派の内相自身の姿勢もあって、フランスは移民問題で強硬姿勢に舵を切っています。
****フランス首相、国境管理強化の必要性強調 移民対策を優先****
フランスのバルニエ首相は1日の議会演説で国境管理を強化すべきと述べ、移民問題を優先事項の一つに据えた。
移民問題は欧州全域で主要な課題となっており、極右政党の台頭が加速している。
バルニエ氏は「われわれはもはや満足な形で移民政策を管理できていない。移民問題が一部の人々により思想上の行き詰まりに追い込まれた状態から早急に脱却しなければならない」と述べた。
その上で、フランスは欧州連合(EU)の規則を引き続き順守しつつ、域内における国境管理に関してドイツと同様の対応を模索すると説明した。
ドイツは不法移民や国境を越えた犯罪への対策の一環として、9月30日にフランス、ベルギー、オランダとの国境などで検問を再開した。【10月2日 ロイター】
移民問題は欧州全域で主要な課題となっており、極右政党の台頭が加速している。
バルニエ氏は「われわれはもはや満足な形で移民政策を管理できていない。移民問題が一部の人々により思想上の行き詰まりに追い込まれた状態から早急に脱却しなければならない」と述べた。
その上で、フランスは欧州連合(EU)の規則を引き続き順守しつつ、域内における国境管理に関してドイツと同様の対応を模索すると説明した。
ドイツは不法移民や国境を越えた犯罪への対策の一環として、9月30日にフランス、ベルギー、オランダとの国境などで検問を再開した。【10月2日 ロイター】
**********************
【海外県マヨットで不法移民の強制送還を命令】
こうしたなか、ルタイヨー内相はフランスの海外県でマヨットについて、不法移民の強制送還を命じています。
マヨットというのは、私を含めて多くの方が初耳だと思いますが、アフリカ本土モザンビークとマダガスカルの中間に位置する島(面積375km2、人口約35万人)で、ロコモ連合に近接します。
****フランス、不法移民を強制送還 海外県マヨットからアフリカへ****
不法移民の取り締まりを進めるフランスのブルーノ・ルタイヨー内相は2日、海外県マヨット(マホレ)の当局に対し、アフリカ出身の不法移民を制送還するための航空機を手配するよう命じたと明らかにした。
インド洋に浮かぶマヨットは、フランスで最も貧しい県。アフリカ本土の貧困や腐敗を逃れて何千人もの移民が流入し、社会不安や深刻な移民危機に長年苦しんでいる。
「秩序の回復」を優先課題に掲げるルタイヨー氏は議会で、「10月から、マヨット県知事は不法移民をコンゴ(旧ザイール)に送還する航空機を手配する」と述べた。
ルタイヨー氏のチームの一人はAFPに対し、マヨットの移民収容施設の空きを確保するため、同様の航空機は2月以降4回手配されており、10月には少なくとも3便が予定されていると語った。
この問題に関して、コンゴ当局とは「素晴らしい」協力関係が築けているという。
マヨットには、近くの島国コモロ連合やアフリカ本土から「クワッサクワッサ」と呼ばれる小舟などに乗って毎年数千人が上陸を試みている。現在ではマヨットの人口約32万人の半数近くを移民が占めていると推定される。
移民の流入を受けて大きな対立が生じ、抗議デモも発生。多くの住民は犯罪や貧困について不満を訴えている。
ルタイヨー氏はまた、移民の「流入を阻止する」ため、ブルンジやルワンダなどの大湖地域の国々と二国間安全保障協定を締結するとも発表した。
保守強硬派であるルタイヨー氏の内相任命は、フランス政界の右傾化を反映している。同氏は、移民はフランスに「チャンス」をもたらさないと強調。移民の流入をコントロールするために「あらゆる手段」を講じると明言している。
ルタイヨー氏は2日付の日刊紙フィガロに掲載されたインタビューで、「私の頭にあるのはフランスの役に立つということだけだ」「私にとって重要なのはそれだけだ」と語った。 【10月3日 AFP】
**********************
【政治的には“訳あり”のマヨット 移民問題の本質は欧州・アメリカの問題と同じ】
“マヨットはフランスで最も貧しい県”とは言っても、フランス海外県ですので、ある程度の福祉や教育が保障されているとも言え、極度の貧困や人権侵害が深刻なロコモ連合やアフリカ本土からの移民流入が絶えません。
不法移民をコンゴ(旧ザイール)に送還・・・・コンゴは多くの反政府武装勢力が跋扈し、住民殺害・人権侵害で世界でも最悪の国であり、強制送還先としては疑問が多いところです。
そもそも、移民の多くが隣接するロコモ連合から来るのであれば、ロコモ連合に送還すればよさそうですが、そうはいかない“訳あり”の政治的事情があります。
ロコモ連合が独立する際に、マヨットも含めた形でしたが、マヨットは住民投票でフランスに残ることを選択し、フランスもこれを認めたという経緯があります。
ロコモ連合からすれば、マヨットは本来自国の一部であり、中国からする台湾みたいな存在。
“本来自国の一部”という立場からすれば、ロコモ連合とマヨットの間の移動は国内移動であり、強制送還云々は受け入れられないということで、過去にもフランスによる強制送還を拒否したこともあります。
なお、マヨットにおける移民の問題は以前からのものであり、フランスはこれまでも移民のスラム解体や送還を行ってきていますので、今回のルタイヨー内相による対応は突出したものではありません。
****海外県マヨット島でスラム解体と移民排除作戦が始まる*****
マダガスカルの北にある仏海外県マヨットで(2023年)4月24日、警察によるスラムの解体と不法移民を強制送還するための「ウアンブッシュ」作戦が正式に始まった。
この作戦は何週間か続く見込みだが、コモロが送還移民受け入れを拒否するなど、作戦遂行は難航する様相を見せている。
一方で、29日には作戦を支持するマヨット住民のデモがあり、ダルマナン内相は5月2日、同島の犯罪集団の中心人物60人のうち22人を逮捕したと成果を自賛。しかし、5月13日現在も若者の暴動は続いている。
マヨット島(面積375km2、人口約35万人)は1974年、76年の住民投票でコモロ諸島のなかで唯一フランス残留を選び、2011年に海外領土から海外県になった。
出産増と主にコモロ連合からの移民(移民の95%)増加により、1985年から2017年に人口は4倍になり、住民の48%は外国人だ。
それとともに貧民や移民の住むスラムが増え、若者ギャングの抗争や犯罪が増加。21年時点で島の失業率は30%で、貧困線以下の人は住民の77%。
こうした状況から、16年にも本土並みの社会インフラを求めるゼネストやデモが続いた経緯があり、ギャング抗争が続いた一時期は「内戦状態」と形容された。
ダルマナン内相は、同県の知事(国の代表者)や県議会からの要請を受けて、「違法住宅1000軒の解体および、武器の不法取引、犯罪組織を撲滅する」ために、警官や憲兵を派遣し、作戦開始時で1800人を動員。
過去に住民が民兵組織を作ってスラムからの外国人追い出しを図ったこともあるように、作戦に賛同する住民と、作戦によってスラムの家を失うことを恐れて反対する住民に分裂する。
マヨットの裁判所は25日、島北東部のクング市のスラムの強制退去を違法として差し止めた。人権連盟(LDH)は、不安定な境遇にある多くの未成年を危険にさらす、と作戦に反対。仏人権諮問委員会(CNCDH)も「マヨットの社会の緊迫した状態と分裂を促し」、外国人の基本的人権を侵すものと作戦停止を内相に求めた。
マヨット島はコモロ諸島のなかでフランスが最初に植民地にした(1841年)島だ。1974年の住民投票でマヨット以外の3島では独立賛成が多数を占め、75年、コモロは4島全部の独立を宣言。
これを不満とするマヨット島は76年に再度住民投票を実施して99%で仏残留を求め、仏政府もインド洋での影響力を維持したいために認めた。
だが、コモロ諸島4島は同じ民族・言語で、同じ親族が複数の島に散らばっているケースも多いという。コモロは独立時からマヨットを自国領と主張し、国連に提訴。国連は76年、94年と、コモロの主張を認める決議をしたが、仏はコモロとの交渉を拒否している。こうした経緯もあって、コモロは自国民がマヨットに行くことは国内移住とみなし、移民送還船の着岸を拒否した。
マヨットはフランスの県とはいえ、移民政策や福祉政策などが本土とは異なる。滞在許可証はマヨット島内のみで有効でほかの仏国内に行くにはビザが必要。島生まれの子は本土同様に18歳で仏国籍を申請できるが、出生の3ヵ月以上前から親のうち一人が滞在許可証を保持しているという条件が加わる(内相はこの期間を1年にしたい意向。移民妊婦が島で産む子の仏国籍取得を妨げる)。
強制送還の決定が下ると本来は行政裁判所への提訴中は送還されないが、マヨットではすぐに送還できる。そのほか警察による身分証明書チェックの常態化など、移民を取り締まる例外措置が多い。法定最低賃金や生活保護額、年金額も本土より低く、マヨットはフランスで最も貧しい県とされる。
クーデター続きで貧しく不安定なコモロから、仏海外県であるためにある程度の福祉や教育が保障されているマヨットに移民が流れるのは自然な成り行きだ。果たしてスラム解体や送還に意味があるだろうか? 送還してもまたボートに乗ってくるだろうし、解体してもスラムはまたできるだろう。
抑圧と取り締まりで移民流入を阻止できないのはヨーロッパへの移民が減らないのと同じだ。コモロ、マダガスカルなど周辺地域との共同開発推進を仏メディアが提言しているように、地域全体が豊かにならなければ根本的解決策にはならないだろう。【2023年5月13日 Ovni navi】
*********************
記事後段にあるように、マヨットの移民問題は、単にインド洋の小島のローカルな問題ではなく、欧州を揺るがし、アメリカの分断を深める移民問題と本質的に同じ問題でもあります。