孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ウイグル族「強制労働」で強まる中国ウイグル・サプライチェーン産品の排除 正当な雇用が失われる危険も

2021-07-31 22:28:30 | 中国
(新疆ウイグル自治区カシュガルの中心部の繁華街。人通りが多い場所では3人一組で巡回する警官の姿が目立つ=6月22日(三塚聖平撮影)【7月5日 時事】)

【「力」で封じ込まれた「平静」】
中国・新疆ウイグル自治区で2009年7月に起きたウルムチ暴動から12年が経過しましたが、ここ数年は目だった衝突・事件は報じられていません。

それはウイグル族など少数民族の不満が和らいだからではなく、中国政府が「強制収容」や監視体制強化など「力」で不満を封じ込めたからにすぎないことは周知のところです。

*****沈黙のウイグル族 ウルムチ暴動12年、コロナで厳戒****
中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区ウルムチで2009年に発生した少数民族ウイグル族の大規模暴動から5日で12年となった。暴動は当局が「テロ対策」の名目でウイグル族への抑圧を強化した一つの契機。自治区では当局が新型コロナウイルス対策として厳戒態勢を強める状況もうかがえる一方、ウイグル族は沈黙を迫られていた。

「新疆は良い所。各民族が幸せに暮らしている」
暴動で激しい衝突があったウルムチ中心部の国際大バザール(市場)ではウイグルの軽快な民族音楽が流れていた。歌詞は標準中国語(漢語)だった。

街は地下鉄駅ができるなど観光地として整備が進み、暴動の痕跡を示すものはみられない。ただ、多くの監視カメラが異様な雰囲気を漂わせていた。

自治区では共産党政権下で漢族の大量流入が続いてきた。200人近い死者が出た暴動の背景には、そうした中で強まったウイグル族への差別的な扱いや両民族の経済格差が背景にあったと指摘される。だが、中国政府はウイグル族の抜本的な不満の解消よりも、治安対策を優先させた。

19年の発表によると、14年以降、自治区で1万2995人を「テロリスト」として拘束。「脱過激化」のためとして「職業技能教育訓練センター」にウイグル族らを収容した。国連人種差別撤廃委員会は収容人数を100万人以上と報告。国際社会では「強制収容」との批判が高まっている。

ウルムチ出身という漢族の男性タクシー運転手は「治安は良くなった。ウイグル族に教育を施して働けるようにしているのに、海外(諸国)が大げさに言っている」と批判を一蹴。ウイグル族については「警戒感は残っている。経済的にも漢族より支援を受けている」と語り、両民族の亀裂の深さをうかがわせた。

特に監視態勢が厳しいのは、ウイグル族が人口の約9割を占めるカシュガル。至る所で3人一組の警官が警棒や盾を持ち巡回していた。「カシュガルは好きか?」。ウイグル族のタクシー運転手に質問すると言葉を濁した。運転席と後部座席には防犯カメラが設置されていた。監視や密告を恐れているとみられる。

厳戒態勢はコロナ対策としても強まっている。
「住民か、事前に団体旅行の予約がないと町には入れない」。小説「西遊記」の舞台となった火焔山(かえんざん)で有名なトルファンの高速鉄道駅で、防護服姿の女性が冷たく言った。上海から子供を連れて旅行に来た男性は「中国各地でこんな所はない」と憤った。

ウルムチやカシュガルのホテルでは、チェックイン時に館内に設けられたPCR検査場で検査を受けることを求める。コロナ対策が厳しい中国でも他にない態勢で、ワクチンを打っていても例外は許されない。

トルファンで教師をしている漢族男性は「各地では検問所が多く設けられ、以前は対象外だった漢族の車も一律に調べられる」と説明。過去にテロ事件が起きた場所で特に警戒が厳しくなっているとささやいた。
ウルムチ暴動 2009年7月5日、新疆ウイグル自治区ウルムチで起きた大規模暴動。広東省の工場でウイグル族が漢族に襲われて死亡した事件への抗議デモがきっかけとなり、一部が暴徒化し漢族や治安部隊と衝突。当局発表で197人が死亡、1700人以上が負傷した。【7月5日 産経】
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【ウイグル族弾圧を中国批判の最前線に位置づけるアメリカ】
アメリカは激しい米中対立にあって、このウイグル族弾圧を人権問題という視点から、中国批判の「有効なカード」と位置づけ前面に押し出す展開となっています。

****中国の「民族大量虐殺」初明記 米国務省、議会報告書****
米国務省は12日、大量虐殺や残虐行為の防止に関する年次議会報告書を発表し、中国による新疆ウイグル自治区での人権侵害を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」だと米政府として認定したことを明記した。ブリンケン国務長官は記者会見で「今年初めて報告書で特定の国の残虐行為を直接、詳細に記した」と説明した。
 
報告書は、この1年間の米政府の取り組みを振り返る内容。ポンペオ前国務長官が1月に初めて認定した中国によるウイグルでのジェノサイドと人道に対する罪を、ブリンケン氏も追認した。
 
具体例として「投獄、拷問、強制不妊手術、迫害」などを挙げた。【7月13日 共同】
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ウイグル族弾圧問題での対中国圧力を強めるアメリカが制裁措置に加えて標的としているのが、新疆ウイグル自治区に関わるサプライチェーン(供給網)を持つ企業です。

ウイグル産品はウイグル族強制労働による可能性があるため、これを排除するように企業に迫っています。

****中国ウイグル・サプライチェーン産品の排除迫る 米政府「法律違反リスク」****
バイデン米政権は13日、中国新疆ウイグル自治区に関わるサプライチェーン(供給網)を持つ企業に対し、「米国法に違反する高いリスク」があると警告する文書を発表した。

ウイグル族らへの強制労働や、人権抑圧の監視活動に関与する恐れがあるとして、供給網から同自治区の産品を排除するよう迫る内容だ。

国務省が財務省や商務省など5省庁と連名で文書を出した。ブリンケン国務長官は声明で、自治区でジェノサイド(民族大量虐殺)や人道に対する罪、強制労働が続いており、企業や同盟国と連携して「中国政府に対する説明責任の追及を強めていく」と強調した。

文書は綿花やトマトなどの農産品、ポリシリコンなど再生可能エネルギーの関連部材、携帯電話や電子部品、衣類や靴、玩具など幅広い製品を例示。企業が抱える供給網が「直接、間接的に」強制労働に関与していないか慎重に点検するよう求めた。

供給網だけでなく、中国企業への投資や、合弁設立といった多様な企業活動での注意を促している。

トランプ前政権下の今年1月には、米税関当局がファーストリテイリングが運営する「ユニクロ」のシャツの輸入を差し止めた。バイデン政権もウイグル自治区の強制労働に厳しく対応しており、中国企業への禁輸措置を相次いで発動してきた。今回、トランプ前政権が昨年7月に発出した企業向けの文書を更新し、警告を強めた。【7月14日 産経】
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【欧米の規制標的となるユニクロなどウイグル産品使用企業】
上記記事にもあるように、トランプ前政権の頃からユニクロはウイグル・サプライチェーン産品として圧力がかかっていますが、アメリカと歩調を合わせる欧州・フランスでは「人道に対する罪」の隠蔽容疑で告発を受けています。

****仏当局、ユニクロなどを捜査 ウイグルでの強制労働巡り****
中国・新疆ウイグル自治区での強制労働問題をめぐり、ユニクロのフランス法人などフランスで衣料品や靴を販売する4社に対して、人道に対する罪に加担した疑いで仏検察が捜査を始めたことがわかった。仏調査報道機関のメディアパルトが1日、報じた。
 
報道によると、捜査対象となったのはユニクロのほか、ZARAを展開するスペインのインディテックス、米靴大手スケッチャーズ、仏SMCP。
 
人権問題を扱うNGOなどが4月、ウイグル族らが労働を強制されている工場で作られた製品を扱っているとして4社を告発していた。捜査は6月末に始まったという。
 
ウイグル自治区は、良質な「新疆綿」の産地として知られ、世界のアパレル企業が供給元とする一方、中国当局による強制労働があるとして欧米当局が問題視している。

ユニクロを展開するファーストリテイリングは5月、「生産過程で強制労働などの問題がないことが確認されたコットンのみを使用している」とのコメントを出している。【7月2日 朝日】
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ただ、“問題がないことが確認されたコットンのみを使用”とは言っても、どうやってそれが確認・担保できるのか・・・という疑問も。

****ウイグル人権問題で翻弄されるユニクロ 米中対立が激化する中「この混乱は始まりにすぎない」****
ユニクロを展開するファーストリテイリングの岡崎健取締役は15日、中国・新疆ウイグル自治区の人権侵害問題について、「衣料品を作る縫製工場は第三者の監査機関に入ってもらい、人権に問題がないことを確認している」「生産を委託している中国の工場で自治区に立地する施設はなく、綿も生産過程で労働環境が適正に守られたものだけを使っているとしている」と説明した。
 
今年に入って、人権問題を重視するバイデン政権の誕生で中国との人権を巡る対立が激化しているが、ユニクロはその影響でフランスでの刑事告発(現地の人権NGOが人道の罪に触れる疑いで告発)や米国でのTシャツ輸入差し止めに直面している。フランス検察当局は既に捜査を開始しているという。
 
今回のファーストリテイリング側の発表では、いくつか疑問点が残る。
 
まず、“第三者の監査機関”とは具体的にどこなのだろうか。これが中国系であれば間違いなく信憑性に欠ける。現在、新疆ウイグル自治区で何が起こっているかを把握することは極めて難しいのだ。米当局や世界的なメディアでさえ、何が起こっているかを把握できていない。

たとえ自治区内に入れたにしても、問題の核心は絶対的にベールに隠されており、正に“中国の北朝鮮”がそこにあるというレベルだろう。ファーストリテイリング側には、政治的な動きを睨んだ行動を取ってほしいところだ。
 
また、“綿も生産過程で労働環境が適正に守られたものだけを使っている”と発言しているが、たとえ、栽培場所や縫製工場で労働時間や賃金払いが適正に守られていたとしても、それは問題をクリアーしたことにはならないのだ。

要は、強制的に栽培場所や縫製工場に連れて来られたり、移動させられたりしている可能性が十分にあり、それも欧米が強調する強制労働、人権侵害に該当するのだ。ファーストリテイリング側には、もっと広い視野でこの問題を考える必要がある。
 
しかし、これはユニクロだけに該当するものではなく、他のアパレル・衣料品メーカーにとっても対岸の火事ではない。新疆ウイグル産の綿花は世界の5分の1を占め、値段が安くて質もいいので、“脱”新疆綿は決して簡単な決断ではない。
 
米中対立が激化し、今後さらにエスカレートする恐れがある中では、ウイグル人権問題の政治化がいっそう進み、ウイグルとの関連が少しでも疑われるだけで企業の活動が制限される可能性がある。そして、それによって日本と欧米との経済・貿易関係で摩擦が拡大する恐れがあることを忘れてはならない。
 
一方、ウイグル人権問題で日本企業が欧米に足並みを揃え続けると、逆に中国の反外国制裁法に明記される「第3国」に日本が該当することになり、中国が日本企業に制裁を発動してくる恐れがある。
 
おそらく、今回のユニクロの問題は、“米中対立の中で混乱する日本企業の動き”の始まりにすぎないだろう。グローバル経済の中で、日本企業も選択肢はいっそう困難さを増している。【7月31日 治安太郎氏 まいどなニュース】
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【規制は諸刃の剣の側面も 「強制労働」排除のための規制でウイグル族正規労働も失われる可能性】
ただ、通常の制裁措置で、対象国の市民生活が苦境を強いられることにもなるのと同様、ウイグル族「強制労働」への批判・規制措置は、現地におけるウイグル族雇用を困難にし、ウイグル族失業者を増やす側面もあります。

****ウイグル族の解雇じわり、中国の工場で方針転換*****
強制労働疑惑を追及する米国の輸入禁止リスクに直面

アップルのサプライヤーを含め、米国に製品を輸出する中国の工場で、新疆ウイグル自治区出身の労働者を避ける動きが出てきた。イスラム系少数民族に対する「ジェノサイド(民族大量虐殺)」だと糾弾する西側諸国が、強制労働への監視の目を強めていることが背景にある。
 
アップルの主要供給元で、タッチスクリーンメーカーの藍思科技(レンズ・テクノロジー)は、国家主導の労働移動施策を通じて確保したウイグル族の労働者の雇用を段階的に廃止した。元従業員や工場周辺の店主らの話で分かった。現従業員によると、同社はウイグル族の新規採用を停止した。
 
マスクメーカーの湖北海興衛生用品集団も、現在は新疆出身の労働者を雇用していない。匿名の従業員が電話取材で明らかにした。同社の個人用保護具(PPE)は米国の電子商取引(eコマース)サイトで販売されている。

その従業員によると、同社は昨年9月、強制労働疑惑を巡る追及の目が厳しくなったことを受けて、新疆出身者については雇用契約を更新しないことを決めた。
 
スポーツ用品大手ナイキ向けにスニーカーを製造する韓国テクワン・インダストリアルの中国子会社は、昨年4-6月期に新疆出身者を地元に送り返した。ナイキが2020年6月に同社ウェブサイトに掲載した声明で明らかにした。(中略)

これまで合計で数千人の新疆労働者を雇ってきた中国サプライヤーが一転して距離を置き始めている状況は、強制労働疑惑を巡り、企業が多大な圧力に直面していることを浮き彫りにする。中国に展開するサプライチェーン(供給網)から強制労働を排除するよう、欧米諸国の政府が多国籍企業へ要求を強めているためだ。

米ワシントンでは、中国当局の新疆政策を問題視する議員らがここ1年、新疆産の綿花やトマト、ポリシリコンなどの輸入禁止を通じて強制労働にメスを入れようとしている。

その結果、多国籍企業の間では、中国当局の逆鱗(げきりん)に触れないよう慎重を期しつつ、サプライチェーンの監査に取り組む動きが広がった。中には、新疆の原料や労働力が使われていないか突き止めるため、調査会社を起用したところさえある。
 
先週には、米上院が全会一致で「ウイグル強制労働防止法案」を可決。下院でも可決される公算が大きい。この超党派の法案では、国家主導のプログラムを通じて新疆労働者が生産した製品の輸入を禁止する内容で、輸入業者が該当しないことを証明できない限り適用される。

中国政府はいかなる人権侵害疑惑も否定。国家主導で行っているウイグル族などイスラム系少数民族向けの労働移動プログラムは、貧困撲滅の一環だと主張している。

だが、人権擁護団体は、労働環境について外部に情報をもらした労働者は処罰を受ける恐れがあると指摘している。また監査を担当する会社によると、労働者は当局からの報復を非常に恐れており、プログラムへの参加がどこまでが自発的なのか見極めるのが難しいとしている。
 
藍思科技は昨年に新疆の労働者を戻すまで、地元政府の労働移動施策を積極的に活用していた。
同社は2017年以降、国家主導の貧困撲滅プログラムを通じて新疆南西部のカシュガルから、少なくとも2200人の労働者を受け入れてきた。中国民政部管轄の政府部署が掲載した資料から分かった。
 
だが昨夏、新疆に関する追及が厳しくなると、同社は主要施設から400人余りを解雇した。
解雇された従業員は、労働契約が定める期間より前に解雇されたため、1万~1万9000元(約17万~32万円)の手当てを受け取ったという。解雇された元従業員の一人が明らかにした。同社はコメントの要請に応じていない。
 
中国の工場は通常、漢民族の雇用を望むことが多く、求人広告ではチベット族やウイグル族をあからさまに差別している。これら少数民族は標準中国語があまり話せないと雇用主は考えており、追加の管理が必要であるほか、安全面でのリスクもあるためだという。労働者の権利擁護を唱える団体への取材で分かった。
 
国家主導の労働移動施策は、安定的な労働力だけではなく(離職率が高い工場には魅力)、雇用した人数に合わせて補助金を提供することで、工場の関心をひきつけてきた。ネットの求人広告や労働移動施策の指針によると、新疆の地元政府は当局幹部や治安当局者を同伴させ、集団で少数民族を工場へと送ることが多い。

労働者に対しては通常、政治関連の記録を含め、配置される前に身元調査が行われる。2018年に新疆から藍思科技に送られた労働者は、事前に「統合ジョイント・オペレーション・プラットフォーム」(一体化統合作戦プラットフォーム、IJOP)による審査を受ける必要があった。

IJOPとは、新疆の少数民族を監視するため、潜在的な脅威になるとみられる人物を予測し、取り締まるためのプラットフォームだ。新疆東部トルファン市の人材担当部署が投稿した書類(現在は削除)から分かった。
 
だが、強制労働疑惑への追及が強まる中で、中国の工場では国家主導の労働プログラムへの参加を段階的に廃止するところが出ている。米国への輸出制限に直面する事態を避けるためだ。

しかし、人権擁護団体は、労働移動施策への参加を取りやめるのは前向きな動きとしながらも、新疆出身の労働者との関係を全面的に断つのは差別的であり、強制労働のリスクをはらんだ国家主導のプログラムに関する問題を解決することにはならないと指摘している。

そのため、国家主導の労働移動施策からは脱退しても、自発的な求職者については引き続き雇用すべきだと主張している。
 
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の中国担当シニア研究員、マヤ・ワン氏は「これらの工場は公正な採用慣行よりも、スキャンダルを回避することに関心があるようだ」と話す。多数派の漢民族でさえ、独立した労組を結成しようとすれば弾圧に直面する中で、ウイグル族の労働者が当局に立ち向かい、自らの権利を守ることは不可能だという。【7月21日 WSJ】
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「強制労働」と無関係なことを証明することが困難な状況で、人権擁護団体の「国家主導の労働移動施策からは脱退しても、自発的な求職者については引き続き雇用すべき」という主張は無理な注文でしょう。

欧米諸国がウイグル族「強制労働」に焦点を合わせた対応を行えば、中国国内での「まっとうな」ウイグル族雇用も失われ、失業者が増え、生活は困窮する・・・そうした副作用は不可避でしょう。

強制労働の疑いがあるのでウイグル産品を排除せよ・・・というのは、そう単純な話でもありません。
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東京オリンピック・柔道試合に見る「変わらぬ中東」と「変わる中東」 新たな関係に動く中東情勢

2021-07-30 22:47:24 | 中東情勢

(柔道女子78キロ超級1回戦でイスラエル選手と対戦するサウジアラビアのタハニ・カハタニ=日本武道館【7月30日 共同】)

【東京五輪・柔道 「変わらぬ中東」と「変わる中東」】
東京オリンピックでは熱戦が続き、特に柔道では本家・日本選手の活躍が目だっていますが、そうした中で注目されたのは、柔道男子81キロ級で銀メダルを獲得したモンゴル代表、サイード・モラエイ選手(29)でした。

モラエイ選手は、もともとはイラン出身ですが亡命し、モンゴルに国籍を変えて出場。

亡命のきっかけは、今回と同じく日本武道館で開催された2019年の世界選手権でイスラエル選手との対戦が予想される状況で、イスラエルを認めないイラン本国から試合を辞退するように圧力を受けたことでした。モルラエイ選手によれば「辞退しなければ家族を殺す」と脅されたとも。

今回東京大会では勝ち進み、決勝では永瀬貴規選手に敗れましたが、宿命の舞台で手にしたメダルに笑顔を見せました。

ただ、こうしたイスラエルと対立国をめぐる政治的問題が影響することはモラエイ選手の件だけではありません。

****なぜ東京五輪で柔道選手が相次いで棄権したのか? 背景にある複雑な事情とは****
東京オリンピックの柔道男子73キロ級で、アルジェリアの選手とスーダンの選手が、相次いで出場を棄権した。(中略)そして、柔道81キロ級でイラン出身のサイード・モラエイ選手がモンゴル代表として出場し、銀メダルを獲得した。

なぜ五輪出場という夢を果たしながら闘わずして棄権したり、国籍を変えたりするのか。その背景には、イスラエルと周辺各国が鋭い対立を続ける、中東の複雑な状況がある。

イスラエルと対戦する選手が相次いで棄権
柔道で最初に棄権を明らかにしたのは、アルジェリアのフェティ・ヌーリン選手だ。
五輪に出場して勝ち上がった場合、2回戦でイスラエルのトハー・ブトブル選手と対戦することになるため、「イスラエルの占領下にあるパレスチナの兄弟達に対して沈黙することは出来ない」と棄権の理由を地元紙などに説明した。 

そして、次に棄権を表明したのは、73キロ級1回戦でアルジェリアのヌーリン選手と対戦する予定だった、スーダンのモハメド・アブダルラスール選手だった。 ヌーリン選手の棄権で自分が不戦勝となり、2回戦でイスラエルのブトブル選手と対戦することになるのを避けたとみられる。 

(中略)そして、ヌーリン選手の棄権は、これが初めてではなかった。 2019年8月に東京で開かれた世界選手権でも、3回戦で同じブトブル選手と対戦することになり、棄権している。

パレスチナ問題で続くイスラエルへのボイコット
イスラエルはパレスチナ問題を巡り、周辺国との対立が続く。周辺アラブ各国の多くやイランは、外交面だけでなく経済面やスポーツなど、さまざまな面でイスラエルとの関係を絶ち続けてきた。 

このため、例えばイスラエル・サッカー協会は、地理的にはアジアサッカー連盟(AFC)の管轄だが、周辺国協会のボイコットを避けるため欧州サッカー連盟(UEFA)に所属。代表チームは主に、欧州のチームと対戦している。


親イスラエル路線を採った米トランプ政権(当時)の強い働きかけもあり、アラブ首長国連邦など複数のペルシャ湾岸諸国やモロッコが2020年にイスラエルとの国交を正常化するなど、近年は一部で関係改善の動きが進んでいる。しかし、アルジェリアなどは同調していない。 2021年5月には、イスラエルとパレスチナの衝突が激化。双方に多数の死者が出て、対立は更に深まった。

棄権を強要された選手が亡命してメダル獲得
とはいえ、個々のスポーツ選手に対して政治の動きとの同調を求めることには、反発もある。 柔道男子81キロ級にモンゴル代表として出場し銀メダルを獲得したサイード・モラエイ選手は、イラン出身だ。 イランでも有数の強豪選手だったが、亡命してモンゴル国籍を取得してモンゴルの代表選手となった。

 亡命の原因も、五輪と同じ東京・日本武道館で行われた2019年世界選手権での、イスラエル選手との対戦と棄権を巡る騒動だった。

ラン代表として出場したモラエイ選手は、2019年の柔道世界選手権で順調に勝ち進んだ。 しかし国際柔道連盟によると、4回戦でロシアの選手と対戦する直前、イランのスポーツ担当副大臣からモラエイ選手のコーチに電話が入った。 このまま勝ち進めばイスラエルのサギ・ムキ選手と対戦することになるため、イスラエルの存在を認めないイラン政府に、棄権を求められたのだ。イランの家族にも圧力がかけられたという。 

それを聞いたモラエイ選手はその場に倒れ、号泣した。(中略)

精神的に追い詰められたモラエイ選手は、すぐに棄権することはしなかった。しかし、ムキ選手と対戦する前に敗退。最終的に81キロ級で優勝したのは、ムキ選手だった。 

なお、ムキ選手は準々決勝でエジプトの選手と対戦し、破っている。エジプトは中東でも数少ない、イスラエルと国交のある国だ。1979年にイスラエルと国交を正常化しているため、エジプトの代表選手はイスラエルの選手との対戦を必ずしも棄権する必要がないのだ。 

一方、イランはかつての王政時代、イスラエルと良好な関係を保っていた。しかし、1979年のイスラム革命で政権が変わり、エジプトと入れ替わるようにイスラエルと断交。今では世界で最も激しくイスラエルと対立する国となっている。

政府の指示に逆らったモラエイ選手は、そのままドイツに逃れ、棄権を迫られたことを公表した。イラン側は関与を否定したが、国際柔道連盟は政府の圧力があったと認定。イラン柔道連盟に対し、国際柔道連盟と傘下の各連盟が主催する国際大会への出場停止処分とした。 

モラエイ選手は難民選手として国際試合に復帰。2019年末にモンゴル国籍を取得することで、東京五輪出場を果たしたのだ。 (中略)

パレスチナ問題の改善、及びイスラエルと周辺各国の関係改善が進まない限り、こうした棄権を巡る問題は今後も続きそうだ。 そして、今回棄権したヌーリン選手らが、どこまで自らの意思で棄権を決めたのか、周囲からの圧力があったのかどうかは、不透明なままだ。【7月29日 BUZZ FEED JAPAN】
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上記事例は、従来からの「変わらぬ中東情勢」を反映するものですが、一方で、イスラエルとの関係を含めて、中東情勢は変化しつつあります。

ひとつには、上記記事にもあるようにトランプ前政権の親イスラエル政策に沿った、UAE、バーレーンなど一部のアラブ諸国とイスラエルの国交正常化がありますが、バイデン政権に変わった後も、アメリカの中東への関与が薄れる状況下で、中東諸国の関係見直しが進んでいます。

同じ東京オリンピックの柔道にあっても、下記事例などは「変わる中東情勢」を反映するものでしょう。

****柔道、サウジ女性がイスラエル戦 社会変化を印象付ける****
柔道女子78キロ超級1回戦で30日、サウジアラビアのタハニ・カハタニ(21)がイスラエルのラズ・ヘルシュコ(23)と対戦した。

アラブ諸国ではパレスチナ問題で対立するイスラエルの選手との試合を避けて棄権することが多いが、母国の女性の手本になろうと堂々とした試合を見せた。背負い落としで一本負けしたが、保守的なサウジ社会の変化を印象付けた。
 
カハタニはイスラム教徒の女性が頭に巻くスカーフ「ヒジャブ」を巻かずに組み合った。試合後は記者の質問には答えず、すがすがしい表情で会場を後にした。ヘルシュコは「試合と政治は無関係。良い試合だった」と振り返った。【7月30日 共同】
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イスラエルとの関係云々以前に、サウジアラビアから女性の柔道選手が出場すること自体が「変わったな・・・」という印象も。(これまでの大会でサウジアラビアの女性柔道選手がいたかどうかは知りませんが)

サウジアラビアは中東世界にあっても保守的な国として知られ、宗教的理由からの女性の権利・社会進出への制約が最も厳しい国でしたが、女性の自動車運転解禁に象徴されるように、実力者ムハンマド皇太子の主導する「改革」で、一定に変化が生まれているようです。(ただ、「」付きの改革の面はありますが、それは今回はパスします)

【サウジアラビア イスラエル、イラン、カタールとの関係修復に動く】
イスラエルとの関係については、国内保守勢力への配慮などもあって、いまだ国交正常化には至っていませんが、昨年11月末にネタニヤフ首相(当時)がサウジアラビアを極秘に訪れ、ムハンマド皇太子と会談したと一斉に報じたように、水面下のコンタクトは行われていると思われます。

****サウジ外相:イスラエルとの国交正常化は中東に「多大な利益」をもたらすと発言****
サウジアラビアとイスラエルの国交の正常化に向けた合意は、中東に利益をもたらすが、イスラエル人とパレスチナ人の間の和平プロセスの進展が前提であると、サウジアラビア王国の外務大臣は木曜日に述べた。

ファイサル・ビン・ファルハン王子は、CNNとのインタビューで、「イスラエルと中東の関係が正常化すれば、地域全体に多大な利益をもたらします」と述べた。また「経済的にも社会的にも、そして安全保障の観点からも、非常に有益なことです」と述べた。

しかし外務大臣は、どのような合意であれ、イスラエルとパレスチナの和平が進展し、パレスチナが1967年の国境に基づき主権国家としての地位を与えられることが前提であると付け加えた。(中略)

UAEとバーレーンは、ドナルド・トランプ米大統領(当時)の仲介により、ワシントンで署名された「アブラハム合意」の一環として、昨年9月にイスラエルとの国交正常化協定を締結した。
これらの国は、1979年のエジプト、1994年のヨルダン以来、イスラエルとの国交を正常化した最初のアラブ諸国となった。その後、スーダンとモロッコも同様に国交を正常化している。(後略)【4月3日 ARAB NEWS】
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サウジラビアは実質的には「対イラン」という面でイスラエルと利害が一致することが多くなっていますので、その関係改善はそうした実態を追認するものでしょう。

更に、宿敵「イラン」との関係改善も動き始めています。

****サウジ、イランと関係改善にかじ  イエメン泥沼、米方針にらみ****
サウジアラビアがイランとの関係改善に動いている。

イランの核開発を警戒するサウジはイエメンの内戦に軍事介入して親イラン民兵組織と戦ってきたが、内戦の泥沼化で膨らむ戦費が経済を圧迫しているとされる。

一方、バイデン米政権は4月上旬、イランの核開発や周辺国への影響力行使を制限するため同国との間接協議を開始しており、サウジは米イラン関係の変化を受けて歩み寄りにかじを切ったとみられる。
 
イスラム教の聖地を抱えるスンニ派のサウジとシーア派のイランは、地下資源が豊富な地域の大国。2016年、サウジがシーア派指導者を処刑したことなどで断交したが、両国とも「地域の緊張を緩和するため」として10日までに接触の事実を認めた。英紙フィナンシャル・タイムズによると双方は4月9日、イラクの首都バグダッドで最初の協議を行った。
 
次期サウジ国王候補のムハンマド・ビン・サルマン皇太子は4月下旬放映のインタビューでイランの「否定的な振る舞い」を批判しつつ、同国との「困難な事態」は望んでいないと発言。対イラン強硬派である皇太子の態度の変化を受け、イラン政府高官は「対話と協力の新たな段階に入れる」と歓迎していた。
 
サウジの対応が変わったのは、軍事介入して7年目に入ったイエメン内戦に難渋しているからだとの見方が強い。数百億ドルともされる戦費を注ぎ込んでも、イランと連携するイスラム教シーア派系民兵組織フーシ派を制圧できずにいる。
 
米国の政権交代もサウジの方針転換の背景にある。トランプ前政権はイエメン内戦でサウジを一貫して支援したが、内戦終結を目指すバイデン政権はサウジ軍事支援の停止を表明。4月下旬には停戦を促すため特使を中東に派遣した。
 
サウジは米国に協力する姿勢を示しているが、フーシ派によるサウジ本土への越境攻撃が続いており、内戦が収束するかは不透明だ。米イラン協議が停滞したり破綻したりすれば、イランがフーシ派への影響力を行使して、サウジへの攻撃を強化する可能性もある。
 
イランによる核開発とフーシ派支援を合わせて封じるのが米政権の狙いとみられるが、「イランはフーシ派をサウジと米国との交渉のカードとして使っている」(エジプトの評論家アレ・サイード氏)との見方があり、一筋縄ではない。【5月12日 産経】
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サウジアラビアに続いてUAEもイランとの関係修復に動いています。
“UAE副首相とイラン側が異例の会談 緊張緩和の動きか”【7月8日 朝日】

“イランへの圧力を強めたトランプ前政権から打って変わり、中東からの撤退を進めるバイデン政権は、イランとの核合意を成立させ、地域の緊張緩和を図っている。”【同上】という環境変化を受けての中東各国の対応と思われます。

なお、サウジアラビアはアラブ諸国の内輪揉めであったカタールとの関係も修復しています。

****サウジ、カタールとの国境閉鎖を解除****
米が仲介、イラン包囲網強化の狙い

サウジアラビアは同じアラブの隣国カタールと、2017年6月の断交とともに導入した陸、海、空路の閉鎖を解除した。クウェートのアハマド外相が4日、国営テレビで明らかにした。米トランプ政権による仲介の成果とみられ、イランに対する包囲網を強化する狙いがあるとみられる。(中略)

カタールを拠点とするアラビア語テレビ局アルジャズィーラによる報道の内容や、カタールのイスラム主義勢力への支援をめぐり対立してきたが、雪解けに向かう可能性がある。

アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーン、エジプトなど、サウジとともにカタールに断交を通告した他のアラブ諸国の対応が今後の焦点となる。(後略)【1月5日 日経】
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【地地中海ではガス田発見による「ありえない」関係も】
一方、イスラエルも中東諸国へのアプローチを続けています。

****イスラエル・ヨルダン首脳会談=3年ぶり、関係修復へ****
イスラエルのメディアは8日、ベネット首相が先週、ヨルダンの首都アンマンを秘密裏に訪れ、アブドラ国王と会談したと伝えた。イスラエルとヨルダンの首脳会談は3年ぶり。

両国はパレスチナ問題などをめぐり近年は関係が冷え込んでおり、イスラエル新政権発足を機に修復を進める考えとみられる。
 
一方、両国の外相が8日に国境地帯で会談。渇水に悩むヨルダンへイスラエルが水支援を増やすことや、ヨルダンからイスラエルの占領地ヨルダン川西岸への年間輸出額を4倍超に拡大する方針などで一致した。イスラエルのラピド外相は「ヨルダンは重要な隣国かつパートナーだ」と強調した。【7月9日 時事】 
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また、東地中海での天然ガス田の発見は、イスラエルとエジプト、ヨルダン、パレスチナ自治政府を含む、これまでにはなかった国際関係を生んでいます。

****中東の「あり得ない」協力体制が現実に──新秩序の鍵は天然ガスにあり****
<「仇敵」だったはずの国々で構成される東地中海ガスフォーラムは、中東における欧州石炭鉄鋼共同体になれるか>

中東の各地で、同盟関係に予想外のシフトが起きている。新たに出現中の構図は、この地域にどんな意味を持つのか。

変化の主な引き金はイランの影響力拡大だ。湾岸諸国はアメリカの消極姿勢を懸念し、イランに接近。同時に、イスラエルとの安全保障関係の深化に舵を切っている。

だが、要因はイランだけではない。地中海東部に位置するイスラエルやキプロス、エジプトの沖合ではこの約10年間、新たな天然ガス田の発見が続き、それがかつての敵同士を接近させている。

今や、東地中海では資源で結ばれたコミュニティーが誕生しつつある。2019年初頭にエジプトの首都カイロで設立の議論が始まった東地中海ガス・フォーラム(EMGF)は昨年末、キプロス、エジプト、ギリシャ、イスラエル、イタリア、フランス、ヨルダン、パレスチナ自治政府と、極めて異質のメンバーが構成する正式な政府間組織になった。(中略)

新たな動きの中で目立つトルコの不在
イスラエルの場合、東地中海でのパートナー関係の深化路線には、それなりの理由もある。既にギリシャがイスラエルの天然ガスや防衛テクノロジー、軍事情報と引き換えに、イスラエル空軍に訓練目的での領空利用を許可している。

中東の陸地で手にすることのなかった規模の戦略的縦深性(戦略的に利用可能な領土の広がり)を、イスラエルは東地中海で達成できるかもしれない。

こうした動きのなかで目立つのが、トルコの不在だ。海洋領有権問題で対立してきたギリシャとトルコは今、係争領域にあるガス田という火種を抱えている。

ギリシャは昨年1月にキプロス、イスラエルと、欧州に天然ガスを送る東地中海パイプラインの建設で合意した(これはEUが対ロシア依存を減らすことにつながる)。長年、東地中海と欧州を結ぶエネルギー回廊の中枢に自国を位置付けようとしてきたトルコにとっては非常に悪い知らせだ。(後略)【7月27日 Newsweek】
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中東で起きている様々な動きは、それぞれの事情を反映したものではありますが、従来のイスラエル対アラブ諸国という軸はもちろん、トランプ政権時代のイラン対イスラエル・サウジアラビアという新たな対立軸も、大きく変化しようとしているように見えます。
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北朝鮮  以前からの農業生産性の低さに加えて、制裁とコロナ禍の混乱、干ばつで極度の食糧難に

2021-07-29 22:49:29 | 東アジア

(北朝鮮朔州郡で牛を使って農作業をする住民=22日、中国・丹東から撮影(共同)【7月26日 共同】)

【制裁とコロナ禍、更に干ばつ被害 極度の食糧難で軍糧米放出の指示】
北朝鮮の食糧事情が、コロナ禍もあって再び悪化しています。

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1990年代後半の北朝鮮を襲い、数十万人が餓死に至らしめたとも言われる大飢饉「苦難の行軍」.。その後、市場経済化の進展などで食糧事情は徐々に改善し、食うや食わずの状態は完全に脱していたが、国際社会の制裁や、昨年1月からのコロナ鎖国で事態は再び悪化。【7月29日 デイリーNKジャパン】
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干ばつ被害も深刻です。

****北朝鮮、猛暑で干ばつ被害 食糧不足さらに深刻化も****
北朝鮮の朝鮮中央通信は26日、全国で猛暑が続き、農作物に干ばつ被害が出始めたと伝えた。金正恩朝鮮労働党総書記は6月、食糧不足に直面していることを認め、緊急対策を指示した。状況はさらに深刻化する可能性がある。
 
同通信によると、7月中旬までの降水量は全国平均21.2ミリで例年の約4分の1。1981年以降2番目に少なかった。最近は各地で35度以上の高温を記録している。
 
穀倉地帯の南西部黄海南道では数千ヘクタールの水田やトウモロコシ畑が干ばつに見舞われ、中国と国境を接する北部咸鏡北道でもトウモロコシや大豆畑の被害が拡大している。【7月26日 共同】
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国民の4割が栄養不足との国連報告も。

****北朝鮮住民の4割が栄養不足 食糧不足国に再指定=国連機関****
国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(ユニセフ)、国連世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)が13日、共同で発行した世界の食料安全保障と栄養の現状に関する2021年版報告書によると、18〜20年における北朝鮮の栄養不足人口は1090万人で、総人口の42.4%を占めた。栄養不足人口の比率は04〜06年の33.8%(810万人)に比べ、9ポイント近く上昇した。

また、5歳未満の乳幼児のうち、慢性的な栄養失調による発育阻害の子どもは20年時点で30万人で、全体の18.2%を占めた。12年(26.1%)に比べると改善したものの、他国に比べるとなお高い。

一方、FAOは別の報告書で、北朝鮮を外部からの食糧支援が必要な国(食糧不足国)に再指定した。20〜21営農年度(20年11月〜21年10月)の食糧不足分は85万8000トンに達し、北朝鮮が今年8月から10月にかけて厳しい時期を経験する可能性があると警鐘を鳴らしている。【7月13日 聯合ニュース】
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金正恩総書も公式の場で食糧難を認め、戦時予備物資の放出も指示していますが、事態は好転していないようです。

****「もうダメだ。打つ手がない」食糧難の北朝鮮、幹部会で絶望の声****
昨年1月から続くコロナ鎖国の影響で、食糧不足の深刻化が伝えられている北朝鮮。

金正恩総書記は、先月開かれた朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会の場で、「人民の食糧状況が緊張している」と述べ、食糧難を公式に認めた。

また、慈江道(チャガンド)江界(カンゲ)市の幹部は、金正恩氏が、戦時予備物資が備蓄されている2号倉庫を開き、全国の住民に食糧を供給せよとの特別命令書を下したと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材に答えている。

食糧不足は、東海岸の咸鏡北道(ハムギョンブクト)でも同様だが、その解決に乗り出した朝鮮労働党咸鏡北道委員会の幹部は、「打つ手がなく、ハナから頭を抱えている」と、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えている。

党委員会は先月28日、トップの責任書記が主管し、コメ価格の上昇で住民が食糧難に苦しんでいることに対する対策を討議するため、非常拡大会議を開いた。

平壌からやって来た党中央委員会や内閣の幹部4人、地方の党幹部、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の第9軍団の団長、政治委員、道人民委員会(道庁)、道保衛局(秘密警察)、安全部(県警本部)、検察所など、主要幹部が一同に会して行われたこの会議では、直面した食糧危機の克服が優先課題として強調され、絶糧世帯(食糧が底をついた世帯)の解消、人民生活の安定をいかにして図るかが議論された。

情報筋によると、打開策として示されたのは、「住民への食糧供給過程で毎日出庫する食糧の量と、残りの量を随時報告する取り組みを体系化すること、すべての機関がひとつになって動き、住民に対する食糧配給を絶対的、無条件的事業として行うこと」というものだった。

また、市場でのコメ価格を掌握し、価格安定のためにコメを持っている商人を説得し、従わない場合には無慈悲に処罰せよという内容も含まれていた。

当局は穀物価格の安定化のため、市場での穀物販売を禁じ、国家食糧販売所での販売に一本化する方針を示し、実際にオープンにこぎつけた。しかし今回、コメ商人に対して処罰をちらつかせながらコメ価格を引き下げるという強硬策が示されたことは、当局の政策がうまく行っていないことを窺わせる。

さらに、道民に一人残らず食糧を配給するまで、責任書記はすべての責任を負い、住民への食糧供給事業を掌握、執行し、さらには党中央委員会も責任を追うことも言及された。

机上の空論と商人への脅迫に終止した今回の会議。参加した幹部のほとんどは「国の米びつはもちろん、(軍向けの)軍糧米すらも底をついたのに、一体どのような手を使って、住民に食糧を与えるのか。もはや打つ手がない」とため息を付いていたとのことだ。

咸鏡北道を含めた全国で「軍糧米を配給に回す」との話が出ているが、実際に配給されたという話は出ていないと伝えられている。【7月16日 デイリーNKジャパン】
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これまでは地方に比べると格段に優遇されていた首都・平壌の食糧事情も悪化しています。

****平壌・外国人商店でも肉類は品薄…深刻化する北朝鮮の食糧難****
深刻化する一方の北朝鮮の食糧難。米政府系ラジオ・フリー・アジア(RFA)の平壌の情報筋が伝えたこの情報に、その深刻さが如実に現れている。

「最近、食糧をはじめとする物資の不足事態がひどくなり、(平壌市内の)大同江(テドンガン)区域の外国人商店でも豚肉などの肉類を買うのが難しくなっているようだ」

外国人商店とは、この地域に集中する各国の大使館の職員が利用するスーパーで、国内の食糧事情とは関係なく、様々な物資が豊富に供給されていたところだ。そこですら品薄になりつつあるのなら、一般国民の利用する商店、市場の惨状は想像するに余りある。

そんな中で当局は、市内の女盟(朝鮮社会主義女性同盟)のメンバーに対して、豚肉を供出せよとの指示を下し、怒りを買っている。

これは今年6月の女盟第7回大会で、金正恩総書記が参加者に送った書簡「女性同盟は朝鮮式社会主義の前進・発展を促進する強力な部隊になろう」を実践する一環として、モノ不足に対する支援事業を女盟が先頭に立って行おうというものだ。

女盟に加入させられているのは、国が定めた職場に配属されていない街頭女性(専業主婦)。ただ、言葉は専業主婦でも家事労働だけを行っているわけではなく、市場で商売をして現金収入を得て、一家の生計を支えている。つまり、カネを持っているということだ。

しかし、コロナ鎖国による経済難で市場の景気は最悪。北朝鮮で最も豊かな平壌の市民も、配給の欠配などにより経済的に追い込まれている。そんな中での、豚肉供出の指示。さらに、支援すると言っても、具体的な支援先が示されておらず、女性たちの怒りに油を注いでいる。

「支援対象を明らかにしたとしても、家族に食べさせる肉もないというのに、国に捧げる豚肉がどこにあるのか」(情報筋)(後略)【7月16日 デイリーNKジャパン】
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軍糧米の配給とは言っても、無料ではなく、市場価格より安価な有償配給であり、コロナ禍で疲弊した国民のなかには購入できない貧困層も多いようです。

****「配給にカネ払えとはどういうことだ」金正恩命令に国民から批判*****
北朝鮮の金正恩総書記は、6月の朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会で、食糧難に喘ぐ国民に軍糧米を配給せよ、との特別命令書を発したとされている。

それに基づき各地で配給が始まっているが、人々から不満の声が上がっている。その代表例が「手に入れられない」というものだ。一体どういうことなのだろうか。

デイリーNKの内部情報筋によると、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)、会寧(フェリョン)など道内各地で今月9日から配給が始まった。しかし、配給とは言え無料でもらえるのではなく、市場価格よりは安い価格で購入できるという有償配給だ。市場でコメ1キロは7000北朝鮮ウォン(約140円)で売られているが、配給では地域によって異なるが、半額かそれ以下の価格で5日から7日分を購入できる。

ところが、それすら手に入れられない、つまり買えないほど困窮している家庭が多いというのだ。会寧市の南門洞(ナムムンドン)、城川洞(ソンチョンドン)、江岸洞(カンアンドン)、遊仙洞(ユソンドン)の場合、10世帯に2から4世帯が、穀物購入を諦めたという。

中国との国境に面し、ロシア国境からも近い会寧は、合法、非合法の貿易、輸入商品の販売などで生計を立てている人が多かった。ところが、昨年1月からのコロナ鎖国で貿易が一切できなくなり、密輸への取り締まりも強化。また、市場や他地域への移動への統制も強化され、食い詰めた人が少なくないのだ。

「国境封鎖でカネが回らないのに、その日暮らしをしている人々に食料を買うカネがどこにあるのか。配給にカネを払えとはどういうことだ」(情報筋)

市場価格の半分での販売は、経済的困窮で買えない人への配慮という側面もあるだろうが、それでも買えないという人が少なくないのが実情だ。そんな最困窮層に対する当局の対策はなく、「やってる感の見せつけに過ぎない」との指摘も出ている。

「お上は、カネがなくコメが買えない世帯は助け合って、党の配慮が受けられるようにせよと言っているだけだ。市場より安く売っても買えないのなら、われわれ(当局)としてもどうしようもないということだろう」(情報筋)

購入にあたってはチケットが必要になるが、これを売り渡して現金化する人も現れている。チケットを買っているのは、コメを安値で買い集め、市場価格で転売し、差額を儲けようとする商人たちだ。

庶民からは「もっと安くすれば、こんな笑えない冗談のようなことは起きなかったはず」と批判する声が上がっている。また、「国が貧しいから人民を食わせられない」と嘆く声も聞かれたという。【7月26日 デイリーNKジャパン】
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【泥炭入りパンといった代用食糧も話題に】
食糧不足は、稲の根飯、泥炭パンといった「代用食糧」が話題になる状況にもなっているようです。

*****「泥炭入りパンを作れ」食糧難の北朝鮮が断末魔の呼びかけ****
(中略)
食糧難の根底にあるのは、国内の穀物需要すら満たせないほど生産性の低い農業の実態があるが、上記に挙げた制裁とコロナ鎖国に加え、様々な要因により、例年にも増して凶作となると見られている。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、7月中旬から下旬にかけては田んぼの2度目の草取りが終わるころなのに、未だに手を付けられていないところが多いと伝えた。外から見えるところだけ形ばかりの草取りを行っただけで、後は雑草だらけで、稲の生育に問題があるだろうと見ている。(中略)

草取り遅延の理由として情報筋が挙げたのは、農薬と労働力不足だ。いずれも今年に限ったことではないが、今年は例年にも増して深刻で、除草剤や肥料などは去年の8割しか確保できていない。また、「農村支援」の動員を逃れようとする都市住民が多いことも影響しているとのことだ。

当局は、日照りと台風の被害を未然に防ぐために備えよとの指示を下しているが、こちらも人手不足で手がつけられていないと、情報筋は述べている。

今年の作況が低調となることが予想される中、幹部学習会や住民講演会では「代用食糧の調達にも力を入れるべき」との話が出るほどだという。代用食糧とは、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のときに食べられた、稲の根飯、泥炭パンなどのことを指す。いずれもその名の通り、稲の根を混ぜて炊いたご飯、泥炭と小麦粉を混ぜて焼いたパンだ。

「国が今から代用食糧の話をしているのは、予想より穀物の作況が悪いという意味ではないか。農民も昨年より悪くなるだろうと予想している」(情報筋)

一方、首都・平壌の南にある黄海北道(ファンヘブクト)では、日照りが深刻化している。

現地のデイリーNK情報筋は、段々畑に植えられたトウモロコシなどの作物が異常高温で枯れつつあり、道の農村経営委員会は23日、非常会議を開き、全道挙げて「水やり戦闘」に立ち上がろうと呼びかける事態となっている。

これを受けて道内の各組織、機関、学校は、割り当てられた農場に、従業員や生徒を午前4時から7時と、午後6時から8時の時間帯に分けて派遣し、水やりをさせている。それも、タンク車を動員できる機関を除けば、いずれも人力とタライやバケツに頼っている。

道人民委員会(道庁)と農村経営委員会は、道の朝鮮労働党委員会の指示に基づき、「密」を避けるために、動員する時間帯をずらすなどの作業も行っている。

日照りはよほど深刻なようで、情報筋は、今回動員されている人の数は、田植えや草取りのときの2倍に達すると見ている。ただ、広大な畑に人の手だけで水やりをするには限界があり、トウモロコシは次々に枯れつつあるとのことだ。その様子を見た住民からは「焼け石に水」だとの声が上がっている。

灌漑用水路さえあれば解決することだが、昨年この地域は台風による甚大な被害を受け、その復旧に人手が取られ、水路の工事にまで手が回らなかったという。【7月29日 デイリーNKジャパン】
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市場メカニズムを通じた営農インセンティブが多くの要因で阻害されていること、インフラの未整備、農薬・肥料の不足、農業技術の低さ、低価格の有償配給も買えない貧困層の存在・・・・そうした多くの問題をなおざりにして軍備増強にのめり込んできた国民不在の政治、そうした脆弱な食糧供給体制が制裁、コロナ禍の混乱で一層の苦境に陥っているというのが現状のようです。

それにしても「泥炭入りパン」とはどういうものでしょうか?

【食糧難で悪化する治安】
食べるものがない食糧難になれば、当然ながら治安は悪化します。

****北朝鮮で「覆面の武装集団」が富裕層を次々襲撃…食糧難で混乱****
昨年1月からのコロナ鎖国で、極度の食糧難に陥っている北朝鮮。
金正恩総書記の特別命令で、軍糧米を民間人に有償配給する事態となっているが、糧が少なく「焼け石に水」といった状況だ。

そんな中で治安が極度に悪化、覆面の武装集団が金持ちの家を襲撃していると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、コロナ鎖国の経済的困窮で強盗事件が多発し、少しでもカネがあるとの噂が広がった家に、棍棒などを武器を手に、覆面をかぶった強盗が押し入る事件が多発している。
北朝鮮では1990年代の大飢饉「苦難の行軍」に際しても、治安が極度に悪化したとされる。

先月中旬、清津(チョンジン)市の浦港(ポハン)区域では、金持ちとの噂があるトンジュ(金主、進行富裕層)の家に覆面強盗が押し入り、カネと貴重品を盗んで逃げる事件が起きた。水南(スナム)区域では、金持ちと言われていた司法機関の幹部の家にも、覆面強盗が押し入る事件が起きた。

先月末から今月13日の時点まで、両区域内だけでも30件の強盗事件が発生し、トンジュや幹部は、体格がよく力の強い若い男性に賃金を支払い、住み込みの用心棒として雇っている。水南区域に住む情報筋の知人も、強盗の襲来を恐れ、若い男性を雇って住み込ませ、家の警備に当たらせているとのことだ。

司法当局は強盗、窃盗に対して理由を問わず労働教化刑(懲役刑)に処すと警告しているが、事件が減る気配は見えないと情報筋は伝えた。

治安悪化は、平安北道(ピョンアンブクト)新義州(シニジュ)からも伝えられている。現地の情報筋は強盗事件が多発、覆面をかぶった集団が凶器を突きつけ、金品を手当り次第奪っていくという。

「最近、わが国(北朝鮮)では、カネがある、いい暮らしをしていると噂されると、すぐに強盗のターゲットになってしまう」(情報筋)

犯人の中には、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士と思しき者も多いと情報筋は証言している。補給システムに問題があることから、兵士たちは常に飢えとの闘いを強いられており、空腹に耐えかねて基地周辺の民家や協同農場を襲撃する事件が以前から起きていたが、コロナ鎖国の食糧難の下、ついには都市部でも強盗を働くようになったようだ。

そんな状況に対して、司法機関は手をこまねいて見ているだけだ。
「コロナ前には、力のある幹部や金持ちのトンジュの家に強盗が入れば、司法機関が徹底的に捜査して犯人を追い詰めていたので、事件が多くなかったが、今では腹をすかせた人が増え、自暴自棄になって金持ちの家に押し入る人が増え、司法当局が警告を下しても意味がない」(情報筋)

極度の食糧難で、犯罪の手口が、単独犯が空き家を狙う形から、集団が金持ちの家を襲う形に変わったということだ。それも、抵抗すれば「棍棒で家の主人を殴り倒して略奪する」(情報筋)ほど凶暴化している。【7月27日 デイリーNKジャパン】
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こうした困難な状況で同時に行われているのが「反動的思想・文化排撃法」による国民生活の引き締め策ですが、そのあたりは長くなるのでまた別機会に。
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中国  自国の恥を外国にさらすことに反発する偏狭なナショナリズム・愛国主義

2021-07-28 22:50:31 | 中国
(黄色い壁で囲まれ、献花の様子が見えなくなった河南省鄭州市の地下鉄駅出口付近=中国のSNSから【7月27日 朝日】)

【豪雨被害を隠蔽しようとする当局への市民の批判】
周知のように7月20日の中国河南省の豪雨は死者63人という大きな被害を出しました。

****中国河南省の記録的豪雨、死者63人・被災者約1145万人に****
中国・河南省を襲った記録的豪雨で死者は63人となり、およそ1145万人にが被災しています。

河南省当局によりますと、25日の正午までに河南省全体で63人が死亡、5人が行方不明だということです。また、8876棟の建物が倒壊し、被災者はおよそ1145万人に上るということです。

中国メディアによりますと、鄭州市にある冠水した長さおよそ4キロのトンネルでは24日だけで4人の遺体が見つかり、200台以上の車が撤去されたということです。【7月26日 TBS NEWS】
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この災害で衝撃的だったのは、濁流が流れ込んだ省都鄭州市の地下鉄での惨状でした。
その現場を隠そうとするかのような市当局の対応に中国国内でも批判が出ています。

****中国豪雨、14人犠牲の地下鉄出口に壁 ネット上で非難****
中国河南省の豪雨による浸水被害で乗客が亡くなった省都鄭州市の地下鉄の駅出口で、犠牲者を悼んで供えられたメッセージや花束が壁に囲われた様子が報じられ、ネット上で批判の声が出ている。

誰が壁を設置したか不明だが、怒りの矛先は市政府や地下鉄の運営会社に向かっている。
 
市は27日、死者数が2人増えて14人になったと発表した。年齢は20〜51歳で女性が11人だった。名簿も公開したが、名前の一部を伏せた。
 
中国メディアによると、犠牲者の初七日にあたる26日、沙口駅の出口には多くの市民が追悼に訪れ、「天国に洪水はありません。安らかに眠ってください」などと書かれたメッセージカード付きの花束で埋め尽くされた。

だが夕方ごろまでに何者かが人の背丈より高い壁を設置し、中が見られなくなったという。市当局関係者が、追悼の動きが当局への責任追及に転じるを恐れて設置した可能性がある。
 
ネット上では、「花を囲ってまで一体何を恐れているのか?」「事故を繰り返さないために、風化させてはならない」などと非難するコメントが多く投稿され、一部が削除された。その後献花は壁の外にも広がり、26日夜には壁の一部が取り払われたとみられる。【7月27日 朝日】
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この「壁」は市民によって撤去されたとも報じられています。

****献花隠すフェンス、市民が撤去 河南省豪雨****
中国・河南省の豪雨で多くの市民が亡くなった地下鉄では26日、献花を隠すようにフェンスが設置され、市民がそれを撤去しました。当局の対応に不満を訴える投稿も相次いでいます。

河南省の豪雨ではこれまでに71人の死亡が確認され、うち14人は濁流が流れ込んだ鄭州市内の地下鉄で亡くなりました。26日、インターネットに投稿された映像では、地下鉄の出入り口に手向けられた花を隠すように設置された黄色いフェンスを市民が撤去する様子が映っています。フェンスは当局が設置したとみられます。

市民の一部からは初動対応などに批判の声が上がっていて、当局としては、追悼の動きが不満の高まりにつながるのを防ぎたい狙いがあったとみられます。

また、ネット上では、行方不明の親族らの情報提供を求める投稿が相次いでいます。当局の発表よりもさらに多くの人が亡くなっているのではとの指摘も出ていて、情報公開の姿勢にも不信感が高まっています。【7月27日 日テレNEWS24】
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事故の際の隠蔽は、10年前の2011年7月に温州市で起きた高速鉄道衝突脱線事故でも見られた中国当局の体質的なものに思われますが、あのときも中国国内で批判が出たように、市民の反応は日本的感覚からも理解できるところです。

【当局責任を報道する外国メディアへの反発】
しかし、ここに「外国」が絡んでくると、話はまた違う方向にも。

****中国豪雨災害で市民が外国メディアを「攻撃」 問題提起受け入れず****
7月20日に中国河南省を襲った豪雨災害は中国国内に衝撃を与えた。中国メディアは被災地の状況を連日、大きく報じ、企業や市民による支援の動きも高まっている。ただ報道が美談に偏りがちなため、愛国心を強く刺激された市民が、災害の要因について問題提起した外国メディアを攻撃する動きも出ている。(中略)

災害の発生以降、中国メディアは被災者支援のボランティア活動などについて相次いで報道。洪水で孤立した被災者を大型フォークリフトで救出した運転手は有名になり、中国外務省の趙立堅副報道局長もフォロワー数約98万人のツイッターアカウントで紹介。「英雄とは敵に立ち向かう普通の人々のことだ」と称賛した。

一方、地下鉄の被災について英BBCの記者がニュースで「建設から約10年の地下鉄で、なぜこんなことが起きたのか」と疑問を呈したところ、中国のネット上で「中国をおとしめている」と批判が噴出。

河南省の中国共産党青年団のSNSアカウントがこの記者の顔写真をアップして「BBC、どこにいる? 皆さん、見かけたら知らせて!」と書き込むと、実際にBBC記者を捜す動きも起きた。この書き込みは後に削除された。

この結果、別の欧州メディアの記者が市民に取材を妨害されたほか、このBBC記者を含む複数の欧米メディア記者のSNSアカウントなどに脅迫メッセージが殺到する事態になった。在中国の外国メディア記者で作る中国外国人記者クラブ(FCCC)は27日の声明で「中国内における外国メディアに対する敵意が、時によって中国の公的機関から直接、あおられていることに失望している」と指摘。中国政府に状況の改善を求めた。【7月28日 朝日】
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****中国豪雨で記者に嫌がらせ 外国人クラブが懸念表明****
中国外国人記者クラブ(FCCC)は28日までに、河南省を襲った豪雨を取材した複数の記者らが現場などで住民に嫌がらせを受けたとして「非常に懸念している」とする声明を発表した。米紙ロサンゼルス・タイムズと独公共放送ドイチェ・ウェレの記者らが取材中に群衆に包囲され、カメラと服をつかまれたこともあった。

中国外務省の報道官は海外メディアの報道をたびたび「偽ニュース」「中国を中傷し攻撃している」と批判。ナショナリズムの高まりが外国人記者への敵意につながっている可能性もあるとされる。

当局が一般市民を装っているとみる報道関係者もいる。【7月28日 共同】
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【「中国の恥」を外国にさらすことを「売国的」とする偏狭なナショナリズム】
こうした外国勢力が中国を貶めようとしているとして、あるいは「中国の恥」を外国にさらすことを「売国的」として攻撃するような愛国主義・偏狭なナショナリズムは新型コロナが最初に拡散した武漢の状況を伝えた方方氏に対する誹謗中傷でも見られました。

****共感を呼び称賛された『武漢日記』が一転、海外版の翻訳出版で批判と中傷に晒されたわけ****
(中略)
共鳴と称賛が批判と中傷に反転
日々、日記が公開されていくにつれて、武漢の出来事のありのままを暴露し、中央政府の政府や当局の意向を顧慮せず歯に衣着せず思いのままを吐露するルポルタージュとして、よくぞここまで書いてくれたという多くの読者の共鳴と賛同が膨れ上がっていった。

なかにはあまりに暗澹とした叙述ばかりで希望が描かれていない、家に閉じこもっているだけで何ら社会的活動の貢献をしていない、などの批判もありはしたが、「勇気」「良知」「良心」といった用語がネットに溢れた。だが日記への称賛は、突然のように反転し、ネットは批判と中傷の怒号で炎上した。

海外版の翻訳出版が炎上のきっかけに
ネットでの応酬を見る限り、そのきっかけはこの日記の海外版が翻訳出版されたことにあった。(中略)

「文化漢奸」「階級敵人」と罵倒
海外版の翻訳出版に関しては、海外に武漢の当事者の声が広がることを歓迎する反応もあったが、ネット上では圧倒的に反発する論調が強い。批判には概ね2つのパターンがあるようだ。

1つは家の恥を海外に向けて言い募っているというもの。とりわけアメリカは貿易摩擦で対立を深めており、(中略)アメリカに格好の中国批判の口実を与えるなという非難である。

もう1つは日記の内容が不正確で、誤った情報を海外に伝播するデマだというもの。日記の情報源には友人の医者や記者からの伝聞情報が非常に多く、事実誤認も多く見受けられるというような指摘である。
 
ネットでの批判のボルテージは高まり、彼女を現代の魯迅になぞらえる張抗抗・国家作家協会副主席の称賛を逆手に取って、英語版の出版を「武漢人の60日間の人血饅頭を食べて栄光を手にした」と貶めるブログや、「文化漢奸」「階級敵人」「水に落ちた犬を打て」といった文革時代を彷彿させるような罵詈が浴びせられた。(後略)【2020撚4月27日 HON .jp News Blog】
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ノーベル賞作家の莫言氏も、中国社会を醜く描き国外で評価を得たとして“売国奴”と中傷する声も強いとか。

****中国、ノーベル賞作家黙殺 暗部描き「売国奴」扱い****
中国共産党の指導下にある中国作家協会幹部が公表した過去100年の中国文学に、ノーベル文学賞作家、莫言氏(66)が選ばれず、「黙殺された」と話題になっている。

国内では、莫言氏が中国社会を醜く描き国外で評価を得たとして"売国奴"と中傷する声も強まる。党への礼賛しか認めないゆがんだ愛国主義が文学界にも影を落としている。

作家協会幹部は6月、今年の党創建100年に合わせて中国を代表する文学者や作品を振り返る文章を中国紙、光明日報に掲載。文豪、魯迅や党員作家が取り上げられる一方、2012年に中国国籍の作家として初めてノーベル文学賞を受賞した莫言氏には全く言及しなかった。

莫言氏は映画「紅いコーリャン」の原作者としても知られる。一人っ子政策を巡る葛藤を詳述するなど中国でタブー視される問題も扱ってきた。作家協会副主席を務め当局にも容認されてきたが、最近、インターネット上では「中国の陰ばかりに注目し、国の成果や革命の英雄を描かない」「祖国や民族、党を攻撃する売国奴だ」などと批判的な投稿が増えている。

中国政府は最近、芸術分野で党の指導を強化すると通知し、党への忠誠心に基づく創作を促した。莫言氏の作風は指導部の意向にそぐわなくなりつつあるようだ。

中国当局の新型コロナウイルス対応の暗部を描いた日記を公開し、国際的な注目を集めた作家、方方氏(66)は愛国主義者らの猛攻撃を受け、全作品が事実上の発禁扱いとなった。北京の文学研究者は「文学の役割は政治の礼賛ではない。これでは中国で魯迅のような文豪は二度と生まれないだろう」と嘆いた。【7月19日 共同】
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【言論統制は普通の人には影響ない・・・という中国国民の一般的考え方】
「中国の夢」を掲げる習近平国家主席の既存の世界秩序に挑むような姿勢、戦狼外交と称される攻撃的な外交姿勢は、こうした国民レベルの偏狭なナショナリズム・愛国主義と一体となったものでしょう。

その背景にあるのは、経済成長を実現し、新型コロナもコントロールし、もはや中国はアメリカにも劣らない社会体制を実現しているとの強烈な自負でしょう。

****「中国式統治」を支持 若者たちのリアル ~中国共産党創立100年~ ****
中国共産党創立から100年。1989年の天安門事件以降に生まれた若者たちが今、自信を深めている。

彼らは目覚ましい経済発展を肌で感じながら育った世代で、最近、トランプ政権下で民主主義などを巡って混乱したアメリカに対して、強い管理のもとでコロナ対策を実施した中国政府を歓迎。「言論が多少制限されても中国式統治の方が優れている」と党への支持を高めているのだ。

一方で直面するのが、一党支配の下で推し進められた政策がもたらした格差や一人っ子政策による“男余り”といった現実だ。超大国への道を歩もうとする中国で、知られざる“若者たちのリアル”に迫る。(中略)

かつてない自信と愛国心…なぜ? 中国共産党 創立100年 若者の"リアル"
アメリカに留学した張軼棟さん、21歳。今は新型コロナの影響で、中国に一時帰国しています。張さんは、今の中国をどう見ているのか。

張軼棟さん
「中国はどんどん発展してきました。国の政治制度が悪かったら、発展することはできないでしょう。単純なことです」

張さんの留学のきっかけは、アメリカのアニメや映画です。豊かなアイデアや技術を学びたいと考え、18歳でアメリカに渡りました。張さんは、表現や言論の自由が社会に根づくアメリカに憧れを抱いていました。

張軼棟さん
「学ぶところがたくさんあると思っていました。アメリカの自由と民主主義を、羨ましく感じていました」
しかし、その見方は去年、大きく変わることになりました。

新型コロナの感染が拡大する中でも当時のトランプ大統領は、個人や経済活動の自由を優先する姿勢を示していました。感染は拡大の一途をたどり、対策が不十分だと批判されていました。これに対して、中国は人々の行動を徹底して管理。都市封鎖などの厳しい措置を講じ、いち早く感染拡大を抑え込んだと宣言しました。(中略)

張軼棟さん
「コロナ対策を見て、中国政府の指導力が唯一無二で最強だと思いました。(アメリカは)想像していたほど、よくはありませんでした」

ただ、感染を封じ込めたとする中国式の統治は、同時に人々の言動への締めつけをさらに強めることになりました。

ネット上の発言も取り締まりの対象となり、違反すれば逮捕や拘束される可能性もあります。アメリカで学んだ張さんは、こうした言論統制をどう見ているのか尋ねました。

張軼棟さん
「この質問、答えなきゃだめですか?普通の人には大きな影響はないと思います。中国では制限が多く、民主的でない生活を強いられていると言われますが、そんなことはありません。今の生活に満足しています。法が許す範囲であれば、何だってできます」(後略)【7月1日 NHK】
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日本や欧米で問題視される言論統制に対しても、「普通の人には大きな影響はないと思います。今の生活に満足しています。法が許す範囲であれば、何だってできます」というのが多くの中国国民の感じ方でしょう。

そういう「許された範囲での自由」に満足していていいのか? 政府のやり方を批判できないところに民主主義は存在しない・・・というのが日本的感覚ですが、そこらの溝は深いようです。

もっとも、日本でも、オリンピックに反対するのは「反日的」とか、政府批判するのは「サヨク」といった思考回路の人は少なくないようですから、あまり中国のことをとやかく言える立場にもありませんが。そういう人達は(彼らが嫌う)習近平氏や愛国を唱える中国人民と同じ範疇に属します。
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フランス  医療従事者に対するワクチン接種義務化 飲食店・娯楽施設などでワクチンパスポート必要に

2021-07-27 22:37:15 | 疾病・保健衛生

(仏西部レゼペスの歴史テーマパーク「ピュイ・デュ・フー」で、来場者の「衛生パス」を確認する従業員(2021年7月21日撮影)【7月22日 AFP】 今のところ「衛生パス」って「紙」のようですね・・・)

【義務化に抗議も 仏保健相「自由というのは、脱税や高速道路の逆走をすることでも、飲食店内で喫煙することでも、自分と他者を同時に守るワクチン接種を拒否することでもない」】
フランスでは5月、6月には新型コロナ感染者が減少し屋外でのマスク着用義務や夜間外出禁止令を解除するに至りましたが、7月に入ると再び急増する第4波の状況となっています。

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フランスでは1日当たりの新規感染者が7月初めの4000人前後から徐々に増加し、先週には2万2000人を上回った。入院者数も増加している。

他の多くの欧州諸国と同様、インドで最初に確認された感染力の強いデルタ株への対応を迫られている。

25日時点でワクチン接種を完了した人は人口6700万人の49.3%で、一部の専門家が「集団免疫」獲得と考える水準にはなお遠い。

仏パスツール研究所は今年、成人の90%以上がワクチンを接種すれば、感染再拡大を引き起こすことなく制限を撤廃できる可能性があるとの見解を示している。【7月26日 ロイター】
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こうしたなか、マクロン大統領は12日、医療従事者に対する新型コロナウイルスワクチン接種の義務化と、レストランや映画館入館時などにワクチン接種または新型コロナ陰性の証明書の提示が必要となる新規則を発表。

一部には、ワクチン接種を望まない人の選択の自由を侵害するものだと抗議も起きています。

****仏、映画館や美術館で「衛生パス」提示義務付け始まる****
フランスで21日から、映画館や美術館、スポーツ施設などへの入場に際し、新型コロナウイルスのワクチン接種を完了しているか検査で陰性だったことを証明する「衛生パス」の提示が義務化された。流行の第4波の真っただ中にあるフランスだが、いわゆるワクチンパスポートの導入は論争を呼んでいる。
 
衛生パスの提示は、50人以上が集まる場所やイベントで義務付けられた。エッフェル塔も対象だ。8月からは飲食店やショッピングセンターにも適用が拡大される。
 
フランスの21日の新規感染者数は2万1000人で、5月上旬以来の多さとなった。ジャン・カステックス首相は、新規感染者のほとんどがワクチン未接種者だと指摘し、衛生パスの導入を擁護。

仏TF1テレビで「わが国は第4波の中にいる」と述べ、衛生パスの目的は4回目のロックダウン(都市封鎖)を回避することだと説明した。
 
オリビエ・ベラン保健相は、ワクチン接種の選択の自由を政府が侵害しているとして接種を拒否する人々を非難。「自由というのは、脱税や高速道路の逆走をすることでも、飲食店内で喫煙することでも、自分と他者を同時に守るワクチン接種を拒否することでもない」と議会で訴えた。
 
パリ郊外ロニースーボワで映画館に入ろうとした女性は、ワクチンを2回接種済みだったのに入館を拒否されたことに驚いたと述べ、2回目の接種から1週間以上が経過していなければならないという条件について「ばかげている!」と主張した。
 
新型コロナワクチンに懐疑的な人々は、エマニュエル・マクロン大統領の政策を「ワクチン独裁」だと批判し、抗議デモを展開している。
 
特に、飲食店経営者らは、客にサービスを提供する前にワクチン接種の有無を確認するよう求められていることに憤慨している。カステックス氏は22日、規則導入から1週間は違反した飲食店を罰さない方針を示した。だが、その後は経営者に最高1500ユーロ(約20万円)の罰金が科され、2回目以降は罰金額が上がる。 【7月22日 AFP】******************

****仏政府のコロナワクチン義務化・推進規則に全土で抗議デモ、自由訴え****
フランスで17日、医療従事者に対する新型コロナウイルスワクチン接種の義務化と、レストランや映画館入館時などにワクチン接種または新型コロナ陰性の証明書の提示が必要となる新規則に反発し、10万人以上が抗議デモを行った。

マクロン大統領は12日、感染者急増への対策としてこの規則を発表したが、デモ参加者らはワクチン接種を望まない人の選択の自由を侵害するものだと抗議している。

内務省によると、全土で行われたデモは137件、参加者は約11万4000人に達した。このうち1万8000人がパリでデモを行ったという。

これより先、規則発表を受けてより小規模なデモが行われ、警察が催涙ガスで解散させる事態が起きていた。

クリステルと名乗るパリのデモ参加者の一人は、「すべての人は自分の体に対する主権がある。フランスの大統領に私の健康について決定する権利は絶対にない」と語った。【7月19日 ロイター】
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「冒涜する自由」があるなら「ワクチン接種しない自由」も・・・。

議会は26日、大統領発表に沿った法案を可決。8月からはレストランやバーの入店、長距離の鉄道・航空便の利用にもいわゆるワクチンパスポートが必要となります。

****フランス、飲食店・娯楽施設などで接種証明必要に 法案可決****
フランス議会は26日、人が集まるさまざまな場所で新型コロナウイルスのワクチン接種や検査での陰性を証明する「健康パス」の提示を義務付ける法案を可決した。医療従事者のワクチン接種も義務化する。

フランスはコロナ感染第4波に見舞われており、美術館や映画館、プールを利用する人は既に、健康パスを提示しなければ入場を拒否される。大規模なフェスティバルやクラブでもパスの提示が求められている。

8月からはこれに加え、レストランやバーの入店、長距離の鉄道・航空便の利用にもパスが必要になる。

法案に盛り込まれた措置は、11月15日まで適用される。発効には憲法裁判所の最終承認が必要になる。(後略)【7月26日 ロイター】
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****未接種の医療従事者は給与停止に フランスで「ワクチンパス」法案可決****
(中略)医療従事者には接種が義務化され、未接種の場合、当初、解雇処分が検討されていたが、給与停止に変更された。

「ワクチンパス」への抗議が拡大する中で、大規模な商業施設での義務化は県ごとの判断とするなど世論にも配慮した形となった。【7月27日 ABEMA TIMES】
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【アメリカ 地方レベルでワクチン接種義務化 連邦レベルでは抵抗も】
フランス同様に、7月に入って再び感染拡大の様相を呈しているアメリカでも、地方レベルでワクチン接種義務化の動きが出ています。

****米NY市 全職員にワクチン接種義務づけへ****
新型コロナウイルスのデルタ株の感染拡大を受け、アメリカ・ニューヨーク市は、市の職員全員に原則、ワクチンの接種を義務づける方針を明らかにしました。

ニューヨーク市のデブラシオ市長は26日、警察官や教員などを含む市の職員全員にワクチン接種か週に1度の感染検査を義務づける方針を明らかにしました。市内の学校で新年度がはじまる9月から実施する予定です。

また、ワクチンを接種していない職員には、来月2日から屋内でのマスク着用を義務付けるということです。

一方、ニューヨークのクオモ州知事は、州内の1日あたりの新たな感染者数が先月から6倍近く増加しているとした上で、接種率が低い地域での接種を促進させるための活動に1500万ドル、日本円で16億5000万円あまりを投入する考えを明らかにしました。

一方、カリフォルニア州でも、来月から州の職員や医療従事者に接種の証明が求められ、接種していない人は、検査が義務づけられると発表されています。【7月27日 日テレNEWS24】
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ただ、連邦レベルでは、バイデン大統領はワクチン義務化はこれまでのところ否定しています。
ワクチン接種が分断を深める政治問題化するのを避ける意図のようにも思われます。

ただ、ワクチン接種の進捗が壁にぶつかっているバイデン政権としては、なんとか接種を進めたいところ。
連邦レベルで言えば、まずは軍への対応が考えられますが、軍内部にも義務化には反対論があるようです。

****米軍へのワクチン接種義務化に内部から反対の声、その理由は****
米国のバイデン大統領は、7月4日の独立記念日までに新型コロナウイルスのワクチン接種によって集団免疫を獲得し、ウイルス感染からの「独立」を達成することを政策目標に掲げていた。

実際、3月頃までの接種人数は急速に増加していった。しかし、4月半ばを過ぎた頃には、感染力が強い変異株に対抗するには総人口の80~85%の人々へのワクチン接種を完了させなければ集団免疫を獲得することはならないとの予測がなされ、集団免疫の獲得は極めて厳しい状況になった。

そのためバイデン政権は、集団免疫の達成は困難だとしても、重症化や死者を抑えるため、独立記念日までに総人口の70%がワクチン接種を完了することを新たな目標に設定した。

ところが、アメリカ中にワクチンがふんだんに行き渡り、IDさえ持参すれば誰でもいつでも接種できるような状態になったにもかかわらず、ワクチン接種のスピードは低下しはじめた。

ワクチン接種率が予想をかなり下回って頭打ちになってしまったため、バイデン大統領は独立記念日までに人口の70%の人々が少なくとも1回目のワクチン接種を終えていることを新たな目標として掲げ直した。

様々な州などでは、1年分のレストランでの飲食券、航空券、州立大学の学費免除、散弾銃やライフル、そして1億円などが当たるクジ付きの接種勧誘キャンペーンが開始された。

しかしながら、いくら景品でワクチン接種を加速させようとしても政府の思惑どおりにワクチン接種者は増えず、頭打ちの状態が続いている。結局今年の独立記念日までに少なくとも1回の接種を済ませたのは総人口のおよそ55%にとどまり、バイデン大統領の目標は達成されなかった。

とはいっても、迅速なワクチン接種によってウイルスの脅威から脱却し、経済活動を可及的速やかに再開させることを公約しているバイデン政権としては、ワクチン接種の努力を諦めるわけにはいかない。そうした中で白羽の矢が立てられたのが、米軍関係機関である。

バイデン政権の意向を受けた国防総省首脳や各軍首脳陣は、新型コロナのワクチン接種の義務化に関する検討や準備を開始した。

7月に入ると、米陸軍当局は9月1日から原則として全ての陸軍関係者たちにワクチン接種を義務化する方針を打ち出し、陸軍内の各司令部に対して、接種義務化に向けての準備を始めるように命令を発した。陸軍に引き続いて、空軍や海軍などにおいてもワクチン接種義務化へ向けた検討が始められている。

この義務化は、現役の軍人のみならず軍属や軍関係の取引業者それに退役軍人までをも対象にすることが検討されている。

こうした軍当局の動きに対して、一部の軍関係者たちからは、かなり強硬な反対意見が聞こえてきている。
筆者が耳にしている反対意見は主として、大佐レベル以上の現役・退役高級将校や、感染症やウイルスに知見の深い科学者を含む軍関係機関の研究者、それに軍事研究に関与している高等教育機関の学者などからだ。(中略)

中には陰謀論に近いような反対意見もないわけではない。(中略)しかし、より軍人的ともいえる政治哲学的な反対意見として、以下のようなものもある。

現在アメリカ国内で使用されているワクチン(米ファイザーと独ビオンテック、米モデルナ、米ジョンソン・エンド・ジョンソンがそれぞれ開発した3種類)はいずれもFDA(食品医薬品局)による正式承認を得ていない。

それらは全て「緊急時使用」が許可になっている状態であり、いまだに治験中の医薬品である。すなわちアメリカにおいて12歳以上の希望者に実施されているワクチン接種は、大規模集団治験という実験的医療行為にすぎない。

そのような実験的医療行為を軍隊に対して「強制」しようとしているバイデン政権は、新疆ウイグル自治区やチベット自治区で人権弾圧をしている中国共産党政府と、何ら変わりがないと考えざるを得ない、という批判だ。

彼らは、「そもそもアメリカの軍隊は『アメリカの敵』と戦って、アメリカを守るために存在している。アメリカの敵とは、アメリカの政治システムである民主主義、アメリカの経済システムである資本主義、それぞれの根本に横たわっている自由主義をないがしろにする勢力である」と考える。

そして、「軍関係の個々人の自由意思を無視して、ワクチンを強制的に接種させるという行為は、自由主義の原則を踏みにじることにほかならない。もちろん公共の福祉のために私権の制限を容認せざるを得ない場合もあるが、今はまだ集団治験に過ぎないワクチン接種に強制参加させることは、自由主義そして民主主義国家における公共の福祉とは相いれない」と批判する。

「アメリカの敵」と戦い勝利する義務を負っているアメリカ軍人ならば、自由主義を守り抜くというアメリカ軍存立の根幹を揺るがすような政治的命令に対しては敢然として反対の立場を貫かなければならない――。そんな声が渦巻いているのだ。こうした反対の声がある中で、米軍内でのクチン接種の義務化はどう進んでいくのか、今後の動きを注視している。【7月19日 GLOBE+】
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「自由というのは、脱税や高速道路の逆走をすることでも、飲食店内で喫煙することでも、自分と他者を同時に守るワクチン接種を拒否することでもない」(フランス・オリビエ・ベラン保健相)

ワクチンへの抵抗感がない私個人的には同意しますが、「自由」とらえ方はというのは立場によって様々。
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中国  教育産業規制、宿題なども規制 生徒と家計の負担軽減で出生数増加を IT大手の影響力排除も

2021-07-26 23:00:38 | 中国
(【7月25日 日テレNEWS24】)

【競争社会のストレスを忌避する「タンピン族」】
14億人による熾烈な競争社会・中国では、少しでも競争を優位に・・・ということで、子供の教育熱が過剰なまでに高く、そのことが子供にはストレスとなり、一部には競争を忌避する若者層の出現を促しています

また、親の教育費負担を増加させることで二人目・三人目の子供を敬遠する風潮が強まり、従来の「一人っ子政策」から脱却し、出生数増加政策に転じた中国政府の足を引っ張ることにもなっています。

競争を忌避する若者の増加は、結婚・出産意欲の低下となって、出生数増加政策のブレーキにもなります。

****急速に「日本化」する中国の若者 「タンピン(だらっと寝そべる)」が流行語になる背景****
中国政府は今年5月31日、1組の夫婦に3人目の出産を認める方針を示した。
中国政府は30年以上続けてきた「一人っ子政策」を2016年に廃止したが、出生数はその後、2016年の約1800万人から2020年には約1200万人に減少した。
 
今回の政策転換が、いつ、どのように施行されるのzかは明らかではないが、3人の子どもを認める政策が有効に機能するのは(1)補助金を受けている貧しい家庭か(2)多くの子どもに必要な教育を与えられることができる富裕層に限られることから、出生数を増加させる効果は期待できないだろう。
 
多くの夫婦は3人目どころか、2人目も望んでいないのが現状である。
2016年に失敗した政策(出生数の制限措置の緩和)を懲りずに実施しようとしている政府の姿勢は、国民の間に「政府は出生数の低下の真の理由がわかっていない」との不信感を広げるだけだと言っても過言ではない。
 
出生数低下の要因は、教育をはじめとする生活関連コストの高騰に尽きる。
中国メディアの試算によれば、1人の子どもが大学卒業までにかかるコストは北京市や上海市では4000万円以上になるという。
 
出生数を増加させるためには、子どもを1人以下しか持たない夫婦に対する巨額の財政支援が不可欠となるが、中国政府にはその覚悟があるとは思えない。
 
都市部を中心に物価が高騰したことで「稼ぎ」の大半が日常の支出と住宅ローン返済でなくなってしまう夫婦にとって、子どもをつくることは贅沢以外の何ものでもない。
 
国民の生活の隅々まで管理しようとする中国政府でも、統制だけで子どもを増やすことはできない。むしろ統制が過ぎれば、経済自体が窒息してしまう。

政府の失政を尻目に、国民は次第に白けつつある。
これを象徴するのが「タンピン」という最近の流行語である。「タンピン」とは「だらっと寝そべる」という意味である。仕事をしないで寝そべって何も求めない、マンションや車も買わず、結婚もせず、消費もしないというライフスタイルのことである。
 
発端は今年4月、あるネットユーザーが中国のSNSに投稿した「タンピンは正義だ」と題する文章だった。「2年もの間仕事をしなかったが、何の問題もなかった」とする書き手は、最低限の生存レベルを維持し、他人の金儲けの道具や搾取される奴隷になることを拒絶すべきと主張した。その後「寝そべり族」が都市部を中心に多数誕生したという。

「改革開放」以来、経済の右肩上がりが続いてきた中国では、猛烈に働き地位や財産を得て裕福な家庭を築くことが国民の目標となってきたが、不平等感の高まりと生活コストの上昇でこの目標ははるか遠く手の届かないものになってしまった。

就職難や物価の高騰、当局による情報統制などにより閉塞感が漂っており、「90後(90年代生まれ)」「00後(2000年代生まれ)」と呼ばれる世代を中心にアグレッシブな親たちが望む出世や結婚などに関心を持たない人々が急増している。「タンピン」はそうした若者たちの心を見事に捉えたのだと言えよう。
 
中国政府は「今年第1四半期に人手不足が深刻な業種が100を超え、そのうち7割近くが製造業であり、技能労働者の不足が顕著になっている」ことを明らかにした。若者の「3K労働」離れが進んでいる。(中略)
 
中国の若者の急激な変貌ぶりを見て、筆者は「既視感(デジャブ−)」を感じずにはいられない。現在の中国の若者が30年前の日本の若者とそっくりだからである。

『若者・アパシーの時代―急増する無気力とその背景』(稲村博著/NHKブックス)という本がバブル経済真っ盛りの1989年に出版されている。アパシーとはドイツ語で「外界からの刺激に無感覚になること」を意味する概念であり、1960年代の米国で生まれた。

著者である稲村博氏は「近年極端に無気力な状態を続ける若者が急増している。病気でもないのに仕事にも就かず長期間何もしない若者が目立つようになった」とした上で、「その原因は進学一辺倒の競争社会や若者から夢を奪う管理社会などだ」と指摘している。
 
若者のこのような「堕落」に危機感を抱いた中国政府系メディアは「奮闘すること自体が一つの幸福であり、奮闘する人生こそが幸福な人生だ」とするキャンペーンを展開し始めている。「奮闘」という言葉は、習近平国家主席が発言の際にたびたび使ってきたキーワードである。習近平政権は2012年に誕生以来、「正能量(ポジティブなエネルギー)」を前面に掲げ、市民の社会的責任を極度に要求している。
 
しかしポジティブ性の押し売りを中国の若者はもはや受け止めることができない。「タンピン」というキャッチフレーズのもとで、若者は過剰なポジティブ性と生産性を求める風潮に対して静かな抵抗を示しているのである。
 
若者が仕事もせずお金を持たず消費しない社会になれば、高度な経済発展は望めない。中国も日本と同様に「失われた30年」を経験することになるのではないだろうか。【6月22日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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【教育費の負担増、子供への過重な宿題を改善すべく規制強化】
家庭の教育費の高騰については、年間の塾代に平均年収の2倍近い費用をかける家庭も。

****中国が教育費高騰で塾規制 受講料、平均年収の2倍も****
(中略)
少子化対策へ習氏「学校が責任もて」
「児童生徒の勉強は基本的に学校内で教師が責任を負うべきだ」。習近平(シー・ジンピン)国家主席は6月、唐突に教育問題を取り上げた。

背景には少子化対策がある。中国政府は夫婦1組に3人目の出産を認める法改正に着手した。長年の産児制限で1人っ子が圧倒的に多い中国では、親が子どもの教育に巨額のお金を投じる。

一人娘が6月に全国統一大学入試「高考」を受けた北京市の呉さんは「同級生で高校3年生の塾代に年30万元(約510万円)かけた家もある」と明かす。北京市の会社員の平均年収は260万円程度とされ、2倍近い計算だ。

教育費は若い夫婦が出産をためらう大きな原因だ。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は2020年に1.3まで下がった。

政府は教育費の軽減が出生率の反転に欠かせないとみて、教育行政で「双減(2つの軽減)」を掲げた。高騰する家庭の教育費と宿題など児童の負担の2つを軽くする意味だ。矛先は塾業界に向かった。

中国教育省は6月、「校外教育機関監督局」を新設した。塾への規制をつくり、監督する。週末や長期休暇中の授業時間を制限したり、学費の標準モデルを策定したりするのが検討課題という。

全国に先立って動き出した地域もある。受験競争が激しいことで有名な山東省は6月、省内の学校に夏休み中の対応に関する通知を出した。児童生徒に塾通いを勧めたりしないよう要求した。

シンクタンクの前瞻産業研究院によると、中国の教育産業の市場規模は20年までの5年で4割増えた。新型コロナウイルス禍でもオンライン授業が広がり、需要は底堅かった。

講師の経歴詐称や「秘密特訓」で高額徴収
親の教育熱を逆手に取った塾の不法行為も社会問題になった。独占禁止法などを管轄する国家市場監督管理総局は6月、15社の学習塾に総額3650万元の罰金を支払うよう命じた。講師の経歴詐称や、わざと高い学費を設定して値引きで割安感を演出する行為があった。

教育省も6月、親への注意喚起という形で学習塾をけん制した。「秘密の特訓コース」などと銘打って高額の授業料を追加徴収する例などを挙げた。

もっとも、新型コロナの爪痕で若者の職探しは厳しさを増す。「高考の数点の差が人生を左右する」との考えも根強く、我が子を少しでも良い大学に進学させようと必死になる親は多い。(後略)【7月11日 日経】
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中国政府もこうした事態を憂慮し、「奮闘すること自体が一つの幸福であり、奮闘する人生こそが幸福な人生だ」みたいな精神訓話だけでなく、上記【日経】にもあるように、今年3月ぐらいから教育産業への規制強化で教育熱にブレーキをかける姿勢を打ち出してきました。

****中国、教育産業への規制強化 生徒と家計の負担軽減=関係筋****
中国政府は急成長している個別学習指導産業への規制を強化するための新たな枠組みを検討していることが関係筋の話で明らかになった。生徒・児童の負担を減らすほか、教育費を引き下げ出生率を向上させる狙いがある。

3人の関係筋によると、教育省など関連当局は「K─12」と呼ばれる幼稚園児から高校生を対象とした個別指導を規制する。週末の授業を禁止することなどが柱という。関係筋の一人は早ければ6月末までに公表される可能性があると明らかにした。

中国教育学会の直近の調査によれば、2016年にK─12の75%以上が放課後に学習塾に通っていた。現在はこの割合が上昇しているとみられる。

関係筋は睡眠が足りない児童・生徒を守ることに加えて、出生率が急速に低下する中で夫婦が2人目の子どもを持てる経済的余裕を生み出す狙いがあると説明した。

ある関係者は「生徒の負担を減らすことと、子どもを増やすことに消極的な親の経済的負担を減らすことが急務だ」と語った。

中国当局は既に教育産業への締め付けを強めており、3月に実施した規制では午後9時以降の未成年向けのライブ配信授業を禁止したほか、未就学児向けの学習サービスを禁止した。

関係筋によると、ネットサービス大手、騰訊控股(テンセント・ホールディングス)などが支援するオンライン教育の新興企業、猿補導は10億ドル規模の資金調達を予定していたが、規制強化の動きを受けて計画を保留にした。【5月13日 ロイター】
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こうした流れを受けて、塾などでの個別指導を規制し、更に、学校の宿題など子供の負担を減らす政策に乗り出しています。

****中国、塾や多すぎる宿題を規制 重荷減らして少子化対策****
中国で過酷な受験戦争が子どもや保護者の大きな負担になっている現状を受け、中国共産党と国務院(政府)は学習塾の新規開設や小中学校の過重な宿題の規制に乗り出す。子供の学習をめぐる重圧が少子化の要因になるなか、対策を急ぐ狙いもある。
 
党と国務院が24日に発表した方針は、「子供が宿題と学習塾で背負う過重な負担、家庭の教育費や保護者の負担を1年以内に軽減し、3年以内に成果を明確なものにする」とした。
 
小中学生対象の学習塾(スポーツ・芸術は除く)の新規開設は認めず、既存の塾は非営利団体として登記しなおす。料金なども政府が監督するとした。小中学校が出す宿題も「小学2年生以下はなし、6年生以下は1時間以内、中学生は90分以内で終わる」範囲に収めるよう求めた。
 
「努力しても宿題が終わらない子供はしかるべき時間に寝かせる」「(オンライン学習塾は)午後9時までには授業を終える」などとする方針の内容からは、勉強に追われる子や保護者の厳しい現実も浮かぶ。
 
中国では学歴偏重の流れが止まらず、受験戦争は厳しさを増す一方だ。都市部では小学校の時から学習塾に子を通わせ、学校と塾の勉強について行けるよう自宅で面倒を見る親も多い。
 
教育をめぐる重圧は、高騰する住宅価格と並んで若い世代の負担になっている。北京のコンサルタント会社で働く30代の男性は「職場の先輩から苦労話をいやというほど聞くので、若い世代は子を持つことに後ろ向きになる」と話す。今回の規制には政府の想定を超える勢いで進む少子高齢化をくいとめる狙いも透ける。【7月26日 朝日】
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【IT大手企業の過度の影響力排除の一環の側面も】
今回規制を別の側面からみると、経済全体で進む、中国当局によるIT大手企業の過度の影響力排除の一環ともとれます。

****中国、「資本に乗っ取られた」教育産業見直し-モデル転換不可避****
(中略)
今回の規制は滴滴グローバルやアリババグループなど中国インターネット企業の強まる影響力を抑え込む政府の取り組みの広がりを反映している。

学外の過剰な学習は子供にとっては苦痛で、高額な授業料で親の負担も重く、社会の格差を助長するとして同業界への風当たりは増していた。

教育省はウェブサイトに掲載された別の声明で、学外の教育産業は「資本にひどく乗っ取られて」きたとし、「それが福祉としての教育の本質を破壊した」と主張した。

学習塾は意欲的な子供の成功につながる確かな方法としてかつて考えられていたが、今では習近平国家主席の最優先課題の1つである少子化対策にとって障害と見なされるようになっている。

ここ数年、中国の教育産業は同国内で最も魅力的な投資銘柄の1つとして挙がっていた。アリババやテンセント・ホールディングス(騰訊)、北京字節跳動科技(バイトダンス)など本土企業のほか、タイガー・グローバル・マネジメントやテマセク・ホールディングス、ソフトバンクグループなど海外勢も同セクターに投資していた。

中国政府による今回の締め付けが最終的にどのような展開をたどるかは不明だが、将来の労働力となる子供の教育で必須の役割をなお担っている同産業を壊滅に追い込むことを目指すことはないと見る向きは多い。
国務院は国有のオンライン教育サービスの質を向上させ、無料化する方針を示した。【7月26日 Bloomberg】
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【学習塾だけでない「習い事」 進学に有利なため】
ちなみに、中国の幼児教育・習い事の過熱は学習塾に限らないようです。

****学校の勉強だけじゃない! 中国の子どもたちを“囲む”習いごと事情****
とにかく成績重視、テストの点数重視の中国。子どもたちが勉強する場は学校だけではありません。学校のあとには「習い事」という別のお勉強も待っているのです。(中略)

スタートダッシュのためにの乳幼児教育
実は中国の「習い事」。学齢以前から始まっています。もっとも特徴的なものは「早期教育中心」、略して「早教中心」と呼ばれるもの。簡単にいえば乳幼児向けの塾です。

早期教育中心にはいろいろなタイプがあります。例えば、子どもの運動能力の成長を助ける授業や音楽などで五感の発達を促進するもの、英語や算数などの将来的な小学校教育に備えたものなど、学校ごとに多様なカリキュラムが備わっています。

もともと中国では「不能輸在起跑線(スタートラインで負けてはいけない)」というスローガンのような言葉があり、子どもにとってのスタートラインである乳幼児期に、秀でた学習能力などを身に付けさせようとするのです。

ちなみに大都市部ではこうした早期教育中心は、住宅エリアに近い大きなショッピングモールの中にあり、そこでは子どもの授業の終わりを待つ親や祖父母の姿が多くみられます。

中国では年々出生率は減少し、子どもが少なくなっているといわれますが、早期教育市場は右肩上がりが続いています。中国の調査会社・iiMedia Researchは、2015年には約1,173億元(約1兆9,886億円)だった早期教育市場の規模は、2021年には約3,276億元(約5兆5,540億円)に達すると予想しています。

いずれにせよ、中国ではまさに生まれて間もないころから習い事が始まっているのです。

まずはピアノ!そこでも始まる「競争」教育
さて、早期教育によってわが子のスタートダッシュを図る中国の親たち。次に考えるのが音楽や絵画などによって文化的教養を身に付けることです。

上海や北京などの大都市には、早期教育の一環として子どもに楽器や絵画教室を開く会社も少なくありません。そのなかで親たちが子どもに勧めるのが「ピアノ」です。

その傾向が始まった時期や背景に関しては、はっきりしたことは不明です。しかし中国の特に大都市の親たちは必ずといってよいほど子どもにピアノを習わせ、多くの家庭でピアノを購入します。(中略)
ただ、そこでも繰り広げられるのは競争です。中国では「ピアノ検定」のようなものがあり、よく「うちの子はようやくピアノ〇級を合格して~」といった言葉が聞かれます。(中略)

親が熱狂する背景にあるのは、ピアノ検定などを持っていると進学(中学、高校)において加点されることがあるともいわれており、音楽によって子どもの心を育てることが主目的ではないことが垣間みえます。

ただ、子どもに過度のプレッシャーがかかることを懸念し、政府は「もう少し穏やかに成長を見守りましょう」という公益CMを流したこともあります。(中略)

大都市での子どもの習い事は多く、ピアノやバイオリン、バレエやスイミングなど複数行うことも少なくありません。(後略)【5月20日 CITIC PRESS Japan】
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なかなか中国の子供も大変です。寝そべり族が出現するのもわかるようにも。
中国政府の対応もわかりますが、14億人による競争社会という基本構図が変わらない以上、子供たちのストレス・親の経済負担が大きく軽減することもないようにも思えます。
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イラン  困窮する市民生活 ライシ新政権を待ち受ける難しい経済・内政対応 

2021-07-25 23:17:19 | イラン
(ソーシャルメディア上で拡散された映像で、テヘラン・メトロで停電発生後に様々な駅で待っていた数千人の人々が「くたばれイラン政府」と叫んでいる様子が見て取れた。【7月20日 TRT】)

【ペルシャの誇り】
一昨日のオリンピック開会式でのイランに関する話題。

****NHK五輪開会式でイラン入場時に「アラブ諸国」と言い間違え豊原アナ謝罪****
NHKが、東京オリンピック開会式の生中継の中で、イランの選手の入場行進を紹介した際「アラブ諸国」と言い間違うミスをした。 

イランが入場し、女性の選手が多数、笑みを浮かべて歩く姿を映し出した中、豊原謙二郎アナウンサー(48)が「アラブ諸国もね、徐々に女性の活躍というのが、目立つようになってきましたね」と口にした。そして和久田麻由子アナウンサー(32)も「増えてきましたね」と続け、そのまま生中継を続けた。 

約50分後、中国が入場した後に、豊原アナが「先ほど、イランの行進の場面でアラブ諸国についてのコメントをしましたが、イランはアラブ諸国ではありません。大変失礼しました」と訂正し、和久田アナも「失礼しました」と訂正した。【7月24日 日刊スポーツ】
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NHKアナの間違いはともかく、イランがアラブではないということは、イランという国のあり方、イランをめぐる中東情勢に大きな影響を与えている側面です。

イランはペルシャ系の民族で、アラブとは異なるペルシャ文化に強いアイデンティティ・誇りを持っています。

****強烈なペルシャの誇り今も 暦も独自****
(中略)
西暦気にせず、イラン暦で生きる
 ――中東といえばアラブという言葉を思い浮かべますが、イランもその仲間なんでしょうか。
 
◆中東イスラム諸国の言葉と民族をふまえ、あえて大きく分けると、アラビア語を話すアラブ諸国、ペルシャ語のイラン、トルコ語のトルコに大別されます。日本から見れば、人々の見かけも言葉も同じように感じますが、実際はかなり違います。欧米の人たちにとって日本、韓国、中国の人々が区別しにくいのと同じ構図でしょうか。
 
イランは古い起源を持つペルシャ語を公用語とし、3月下旬を新年とするイラン暦(太陽暦)を今も使っています。(中略)

イスラム教の国のため、教典コーランが書かれているアラビア語も学び、アラブの文化も取り入れますが、同時に大事にしているのは古代から続くペルシャ文化です。
 
日本の4・5倍ほどの広さの国土に約8000万人が住んでおり、民族的には約半数がペルシャ系で、他にアゼリ系、クルド系、アラブ系など多くの民族が混在します。(中略)

2500年前からの誇り、今も
 ――イラン人は誇り高い民族と言われますが、その背景は何でしょうか。

 ◆イランの原点は、紀元前550年にできた世界初のペルシャ帝国(アケメネス朝)にあります。当時の宗教は、世界最古の一神教とされるゾロアスター教です。アケメネス朝はマケドニアのアレキサンダー大王に滅ぼされますが、その後も領土を復活、縮小を繰り返しながら、ペルシャの歴史は続きます。

近世のサファビー朝でも経済的、文化的に繁栄し、当時の首都イスファハンはその豊かさから「世界の半分」と言われました。イランがイスラム教シーア派を国教としたのもこの時代です。
 
しかし、近現代に入り、イランの領土は縮小傾向で、英国やロシアに半ば植民地化された時期もありました。パーレビ朝では米国と蜜月関係になり、都市部を中心に潤う一方、貧富の差も広がります。イスラム革命(1979年)以降は、石油生産や製造業などで独自の発展を目指しますが、欧米諸国との対立が続き、不振にあえぎます。
 
一方で、近年はサウジアラビアやアラブ首長国連邦など湾岸アラブ諸国が、欧米と良好な関係を築きながら豊富な石油資源や金融などで経済発展をとげます。

長い間、イランとライバル関係にあるトルコも一定の欧米化、世俗化を図りながら発展します。長い歴史を持ち、誇り高いイラン人は、湾岸アラブ諸国やトルコに対して強烈な対抗心を持っています。(後略)【2020年1月15日 毎日】
********************

日本でも、世界でも、イランはイスラム原理主義国家とかイスラム神権政治というイメージで見られていますが、数年前、イランを観光した際、現地のガイド氏は「イランはイスラムではない」とまで言っていました。

言わんとするところは、イスラムは後世にアラブ世界から入ってきた一つの文化に過ぎず、イランのアイデンティティは遠くペルシャ帝国に遡るペルシャ人としての文化にあるという強い誇りでしょう。

【新政権が直面する経済・内政問題】
そのイランでは、周知のように穏健派(そういう呼称は正しくない、イランに穏健派など存在しない・・・という批判はありますが)ロウハニ大統領から、厳しい市民弾圧の暗い過去もある保守強硬派のライシ師に政権が変わります。

核合意で制裁解除を期待したものの、トランプ前大統領のイラン敵視政策によって制裁は解除されず、市民生活は苦しくなるばかり・・・という国民の不満が穏健派ロウハニ政権に向けられたことを背景に、ハメネイ師を頂点とする現体制による穏健派・改革派候補者を選挙から締め出すという干渉もあっての結果でした。

****「ハメネイ推し」ライシ大統領の誕生で新生イランはこう変わる****
(中略)
三権のすべてを強硬派が抑えたイランの今後
(中略)次期大統領として職務に専念したいとするライシ師の申し出を受け、ハメネイ最高指導者は7月1日、早々に後任人事を発表し、司法府の次長であったエジェイ師(強硬派。アフマディネジャド政権時の情報相)をスライド人事で新たな司法府長に任命した。これにより三権は全て強硬派によって占められる「一枚岩」が完成した。
 
また、あまり注目されていないが、大統領選挙と同時に実施された3つの選挙、すなわち市評議会選挙(注2)、国会補欠選挙及び専門家会議補欠選挙でも、強硬派が総なめにしている。(中略)

本来、行政府を監視する役割を担う立法府も、ハメネイ師直轄の軍事機構も、ライシ新政権と一丸となって進む決意を示している。
 
それでは、ライシ新政権でイランの政策はどのように変わっていくのだろうか。(中略)
(1)外交・安全保障政策
(中略)

(2)経済
8月から船出するライシ新政権にとって、制裁とコロナ禍で疲弊した国内経済の救済が最重要課題であることは間違いない。しかし、ハメネイ師の「抵抗経済」路線をなぞる同師の主張からは、どのような処方箋が用意されているのか見通すことは難しい。
 
ハメネイ最高指導者は、かねてより、「外国に依存することなく、自国の能力を活性化させることで、あらゆる困難を乗り越えることができる!」と国内を鼓舞している。人口8400万のマーケットと一定水準の工業力を有するイラン経済は、ある種「制裁慣れ」しており、外国製品が途絶えた穴を自国で生産したそれなりのモノで埋めてしまう逞しさがある。制裁を回避し、すり抜ける術も身につけてきている。
 
国際通貨基金(IMF)は4月、イランの実質国内総生産(GDP)成長率を1.5%のプラス成長と発表し、2021年は2.5%、2022年は2.1%のプラス成長を予測している。これは、トランプ大統領(当時)による核合意の離脱と経済制裁の強化によって大幅に落ち込んだ反動(2018年:マイナス6.0%、2019年:マイナス6.9%)とも見られるが、イラン国内では「抵抗経済」路線の奏功だと自信を深めている向きもあるだろう。

必ずしも制裁解除を望んでいないイラン人
「ウィーンの核交渉がまとまったら大惨事だ」
これは、外国資産や外貨での収入があるイランの友人の偽らざる告白だ。過去1年半の間に現地通貨リアルの価値は半分以下(一時は3分の1にまで下落)になった。国内の物価高にあえぐ一般国民とは逆に、この友人にとっては、自らの外貨収入のイランにおける価値は倍増したことになる。しかし、核合意の再生を通じて制裁が解除されれば、市場はリアルの価値を戻す方向に動くため、それを危惧しているのである。
 
別の悪友は長年の経済制裁に耐える中で、「ボンヤード」と呼ばれる各種財団(注4)や経済マフィア化した革命防衛隊のコングロマリット「ハタモル・アンビア」など、この状況に適応しつつ、制裁ビジネスにより蜜を吸う「革命貯金箱」体制ができあがっていると指摘している。
 
つまり、イランは「米国による経済制裁は悪」と非難しつつも、必ずしもその全面解除を本当に望んでいる者だけとは限らないのである。(中略)

このように、諸外国、特に西側との交易を推進することを阻む要因は多い。しかし、それなくして国内経済の再生は困難であることも事実である。
 
国際金融協会(IIF)は、6月末、イラン経済の大きな飛躍には、やはり核合意再生を通じた制裁解除が不可欠との見方を示している。IIFの発表によると、2015年当初の条件に戻す合意に達すれば、2021年のイランの実質GDPは3.5%増、2022年は4.1%、2023年は3.8%成長となる可能性があるとした。
 
さらに、これはかなり野心的であるが、2015年合意以上の包括的な新核合意が成立した場合、今年のイランの実質GDPは4.3%増加し、2022年には5.9%、2023年には5.8%もそれぞれ増加すると試算している。(中略)

(3)内政
ライシ師は、その敬虔なイメージとは裏腹に、これまでも女性の社会進出や国民の音楽活動などに肯定的な発言も見られる。選挙キャンペーンでは、インターネット規制への反対を表明するなど、ソフトなイメージを打ち出している。
 
一方で、昨年2月の選挙で大勝し、強硬派が大多数を占める国会(※一院制。定数290議席のうち、200人以上の強硬派議員がライシ師支持を鮮明にしている)は、早くも幾つかの強硬な法案を準備しているようだ。
 
例えば、WhatsAppやInstagramなど外国製のアプリやネット規制を回避する仮想プライベートネットワーク(VPN)の利用を禁止する案や、対イラン制裁に荷担した諸外国をイランへの投資から除外する案などが当地の紙面を賑わせている。ライシ師自身の考えがどうあれ、このような国会から「相乗効果を」と迫られる可能性はあるだろう。
 
イラン国民の間では、かつてのアフマディネジャド政権(強硬派)期のような、国民の自由への締め付け、例えば女性のヘジャブに代表される規制が強化されるのではないかとの警戒感も根強い。

さらに、ネット空間はイラン国民にとり、経済苦や表現の自由に制約のある実生活から逃れ、当局の規制とのギリギリのラインで自己表現を行ったり、孤立したりしがちなマイノリティーらが居場所を得られる「最後の楽園」となっている。この最後の砦すら失うのではないかと危惧する若者は多い。
 
大統領は国民からの直接選挙により選出されることから、人々の期待と同時に、不満を受け止める「サンドバッグ」になるとも表される。大統領を含む三権の長の上に君臨する最高指導者にとっても、大統領は国民からの直接の非難を防ぐ「盾」となりうる。
 
果たして、ライシ新大統領は広く国民の声を受け入れる政策を採りうるのか、それとも2019年11月のガソリン値上げに端を発する国内の暴動への対応のように、ネット遮断も含め徹底して鎮圧する「矛」となるのか、注目していきたい。【7月18日 角 潤一氏 JBpress】
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制裁によって逆に利益を得る勢力・既得権益層は存在するものの、やはり経済全体としては“核合意再生を通じた制裁解除が不可欠”です。その核合意交渉は、すでに死に体となった現政権下では停止し、次期政権に委ねられています。

****イラン核協議、ライーシー次期大統領就任後に再開の見通し****
(中略)イラン代表団を率いるアッバース・アラーグチー外務次官は7月17日、「権力の民主的な移行が進行中だ。従って、ウィーンでの協議はわれわれの新しい政権を待たなくてはならない」と自身のツイッターに投稿したことで、交渉再開は8月5日に予定されるイブラーヒーム・ライーシー次期大統領の就任後になる見通しとなった。

(中略)これ先立つ14日には、ハサン・ローハニ大統領が閣議で「準備はできていたが、第12期(現)政権は(交渉を妥結する)機会を奪われた。しかし、第13期(次期)政権でこれが成し遂げられることを期待している」と述べ、交渉妥結を次期大統領に委ねることを示唆していた(7月14日大統領府ウェブサイト)。

(中略)イラン国内報道では、IRNAは「米国の経済制裁に起因する国民の問題を解決するために、新政権はJCPOA立て直しの交渉に取り組むべき」としている(7月19日付IRNA)。

一方、保守系のファールス通信(7月6日付)は「新政府の外交は、核合意の立て直しだけに焦点を当てたものではない」とし、「イランは核協議に関して、既に米国に譲歩をしているため、これ以上譲歩すべきではない」とする論説を掲載した。【7月21日 JETRO】
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【高まる国民不満 難しい経済・内政対応】
“最高指導者にとっても、大統領は国民からの直接の非難を防ぐ「盾」”ということは、大統領は国民批判にさらされる立場にあるということで、保守強硬派であろうがなかろうが、何とか国民不満を和らげたい思いは強いはずです。その国民の不満は限界に近い所まで高まっています。

****停電に水不足 イラン新政権を待ち受ける国民の怒り****
(2021年7月20日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版)

ここ1週間、イラン南西部の街頭では、反体制的なスローガンを唱えながら飲用や農業・畜産用の水をもっと使わせろと要求する抗議活動が続いている。

デモは南西部フゼスタン州のアフワズ、シャデガン、スサンゲルドで発生した。最近、首都テヘランやコルドクイなどでは、1980年代の対イラク戦争以来最悪の停電をめぐり、参加者が「独裁者を打倒せよ」と唱える抗議活動が起こったばかりだ。水不足をめぐるデモでは少なくとも1人が死亡したが、イラン政府は治安当局ではなく暴徒のせいだとしている。

貧弱な公共サービスに対する国民の強い怒りには、1979年に神権国家を誕生させたイラン革命に裏切られたという思いも込められている。革命の指導者ホメイニ師が喜びに沸く国民に「貧しい人々には水と電気を無料にする」と約束したことは有名だ。

多くのイラン人は、安価な公共サービスを生まれながらの権利ととらえている。「我が国は豊かな国であり、世界最大の富の上に成り立っている。しかし、その富は体制につながりがある人々にしか行き渡っていない」と36歳の主婦ザハラさんは言う。「誰もが平等に天然資源の恩恵を受けるべきだ」

そのため政治家は、余裕がないにもかかわらず世界でもとりわけ気前よく振る舞う補助金のカットを躊躇(ちゅうちょ)している。水と電力の消費量上昇に、過去半世紀で最悪の干ばつが追い打ちをかけ、当然ながら公共サービスが政治的緊張のはけ口になったとアナリストはみている。

あるアナリストは「電力などの非政治的な分野は、国民にとっては自分の政治的な要求を追求できる領域だ」と話す。「国民は(より貧しくなっており)当局を信用せず、補助金制度のいかなる変更も拒否しているため、補助金の削減は不可能だ」

需要を下回る電力生産
8月4日にライシ政権への交代を控えるロウハニ政権は、工場の労働時間の短縮やイラクへの電力輸出の削減、暗号資産(仮想通貨)ビットコインのマイニング(採掘)に対する取り締まりによって停電に対処した。少なくとも一時的には電力不足をめぐる国民の怒りを抑え込んだものの、米国の制裁によって苦しむ経済をさらに悪化させることにもなった。(中略)

(中略)国際エネルギー機関(IEA)の20年の報告書によれば、イランのエネルギー補助金総額は世界最高で、国内総生産(GDP)の4.7%に上る。

ロウハニ大統領が電力消費量を削減しようとしたにもかかわらず、公式統計によれば、イランの電力需要量は今年、猛烈な夏の暑さも手伝い約6万6000メガワットという記録的な水準に急上昇した。一方で電力生産量は5万5000メガワットしかない。

電力業界最大の非政府組織(NGO)であるイラン電気事業連合会の研究部門副代表アリレザ・アサディ氏は「ロウハニ大統領が前任者の政策である発電所建設にブレーキをかけ、代わりに電力消費量の上昇を抑えようとしたのは正しかった」と語る。「しかし、政府は電力消費量を減らすよう国民を説得するのに失敗した」

電力消費量は毎年平均5%上昇する一方で、生産量は年間3%しか伸びていないとアサディ氏は指摘する。同氏の試算によれば、莫大な補助金のおかげでイラン国内の消費者は実際の電力費用の15%、産業界は30%しか負担していない。

問われる補助金問題への対応
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が経済をさらに荒廃させているなか、イランは過去1年間、最も貧しい3割の国民に水道、電気、ガス料金を請求せず、革命の約束を果たしたと主張している。

このことは、さらなる経済的課題となって、補助金問題には取り組まないだろうとアナリストがみる次期大統領のライシ師にのしかかる。

アサディ氏は「恐らく(ライシ師の)次期政権は補助金削減に踏み込まずに、発電所を建設する政策に回帰するだろう」と予想する。「どの政権だろうと、電気料金を引き上げれば退陣するしかなくなる」(後略)【7月21日 日経】
*********************

経済を立て直し、不満を和らげるためには制裁解除がどうしても欲しい、しかし、保守強硬派としての立場、あるいは議会の政治圧力からすれば、これ以上の譲歩は難しい。

現ロウハニ政権が交渉を事実上停止したのも、「自分たちで責任取る形でやれよ!」という次期政権に対する思いかも。

更に、財政・経済立て直しには、本来は水道・電気・ガスなどへの補助金を削減し、コストを価格に反映させることで市場メカニズムを通じた需給バランスを回復することが必要ですが、国民に補助金削減を求めることもできない。

自由やSNS環境改善を求める女性や若者らの不満も、不用意に抑えつけると政府批判となって噴出します。

新大統領としても難しいかじ取りです。

なお、今回は触れませんでしたが、増加する新型コロナ感染、ワクチン接種の遅れという問題もあります。
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ドローンが変える戦争の歴史 AIによる完全自律型、更には互いに連携するドローンの“群れ”も

2021-07-24 23:27:27 | 軍事・兵器
(今後の戦場にあっては、AIで自己判断し、役割分担してチームプレーするような大量のドローンの群れが押し寄せる・・・ということにも。)

【戦争の歴史を変えるAIドローン】
昨日の東京オリンピックの開会式を見ていたところ、1824台のドローン群が空中に大会エンブレムや地球儀を描き出すパフォーマンスが。これは米インテルの技術のようですが、こうした「群れ」制御技術は戦場でも威力を発揮するのでは・・・なんて考えてしまいました。

無人飛行機ドローンの登場で戦争の様相は大きく変わりつつあることは多くの識者が指摘するところですが、その「実力」を見せつけたのがナゴルノ・カラバフ州を巡る紛争でのアゼルバイジャンの勝利でした。

この戦いで、ロシア製兵器を有するアルメニアを、アゼルバイジャンはトルコ製ドローンを駆使して叩き勝利しました。

****AIドローン兵器が勝敗を決したナゴルノ・カラバフ紛争の衝撃****
(中略)このアゼルバイジャンが、世界の軍事関係者を震撼させている。AIを搭載したドローンによって、30年来にわたる係争地として知られるナゴルノ・カラバフ州を巡るアルメニアの紛争をアゼルバイジャンが勝利に導き、同州の領土の一部を奪還することに成功したからだ。
 
AIドローンは、アルメニア側の兵士や戦車の存在を見つけ出し攻撃する。これまで洞穴の中などに隠れている兵士は上空から判別できなかったが、AIドローンは、兵士の持っている電子機器などの存在から兵士の存在を発見し、攻撃するのだ。不意の攻撃を受け続けたアルメニア側は修羅場と化したであろう。
 
なぜ、アゼルバイジャンという軍事大国とも科学技術大国とも言い難い国が、AIドローンという最新兵器を使って軍事的勝利を収めることができたのか。それは、同地域の大国トルコによるAIドローンの提供があったからだ。
 
トルコは、ナゴルノ・カラバフ紛争において、同じトルコ系でイスラム教徒が多いアゼルバイジャンを軍事的に支援してきたが、今回はAIドローンという隠し玉で勝敗の帰趨を決める役割を果たした。(中略)
 
火薬や核兵器など、兵器は世界史を大きく変えてきた。今回のAIドローンは、軍事史を変えるくらいのインパクトのあるものだ。(後略)【7月22日 山中 俊之氏 JBpress】
*******************

ただ、ナゴルノ・カラバフ紛争で使用されたトルコ製ドローンはAI技術を活用したものではありますが、地上管制所の人員によって監視・制御されており、AIを搭載し人間の判断を全く受けずに自らの判断で人命を奪う「完全自律型の致死性兵器(LAWS:Lethal Autonomous Weapon Systems)」ではありません。

【すでに「完全自律型の致死性兵器(LAWS)」投入の可能性も】
今、国際社会が懸念しているのは、アーノルド・シュワルツェネッガー演じるスーパーロボットが、人間の標的を追い回して殺そうとする映画「ターミネーター」を現実のものとする「完全自律型の致死性兵器(LAWS)」です。

そして、このLAWもすでにリビアにおいて実戦で使用された「可能性」が報告されており、それもまたトルコ製ドローン(Kargu-2)です。

****空飛ぶ殺人ロボット、戦場で使用か AI兵器、世界初?****
北アフリカ・リビアの内戦で軍用の無人小型機(ドローン)が、人間から制御されない状態で攻撃をした可能性があることが、国連の安全保障理事会の専門家パネルによる報告書で指摘されていたことが分かった。

人工知能(AI)を用いて、自動的に相手を攻撃する兵器が戦場で用いられたとしたら、世界初のケースになるとみられる。
 
専門家パネルの報告書は、今年3月にまとめられた。報告書は、リビア暫定政権が昨年3月に軍事組織を攻撃した際、トルコ企業が開発した「自律型致死兵器システム(LAWS)」と呼ばれる無人小型機によって追尾攻撃が行われたと指摘した。このLAWSについて「操縦者とつながっていなくても、標的を攻撃するようプログラミングされていた」としており、AIが攻撃を行った可能性を示唆している。情報源や、死傷者が出たかについては記されていない。
 
米国の専門誌「原子力科学者会報」は5月、この報告書について「空を飛ぶ殺人ロボットが使われたかもしれない」と報道。「死者が出ていた場合、AIを用いた自律型兵器が殺害に用いられた、歴史上最初の出来事になる可能性が高い」と位置づけた。
 
一方、拓殖大の佐藤丙午教授(安全保障論)は「LAWSとは、指揮管制システムから攻撃、その評価までの全体を指す。その中で顔認証などで標的を定め、追跡、攻撃するという機能を規制しようというのが国際社会の流れだ。報告書によると、ドローンのような無人兵器が戦場に現れ、脅威を与えたことは事実かもしれないが、具体的な行動は書かれておらず、LAWSではなかったのでは、という印象だ」という。
 
ただ、佐藤氏は「小型ドローンが勝手にターゲットを認識し、追いかけて殺害する、という可能性のある兵器が戦場に出てきたという点は、LAWSへの懸念そのものの構図に当てはまる」と指摘。「兵器開発を止めることは難しくても、拡散や使用をいかに防ぐかが重要で、軍備管理・軍縮の枠組みで取り組むしか道はない」と語る。
 
LAWSをめぐっては、地雷など非人道的な兵器を規制する特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みで国際的な規制が模索されてきた。「コロナ禍で2年近く止まっている議論を加速するべきだ」とした。
 
米ニューヨーク・タイムズも原子力科学者会報の記事の筆者の見方を紹介しながらも、「報告書では、ドローンがどれだけ独立して行動し、人間がどれだけ監視・制御していたか分からない」として、評価に慎重な別の専門家の見方も紹介した。ただ、この専門家も「自律型兵器システムについては議論をすべきか? 当然だ」としている。【6月24日 朝日】
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当該報告書はリビア北部で墜落した無人機の残骸の写真を掲載しており、安保理専門家パネルは回収した残骸を分析したもようです。

トルコは中東における地域大国ではありますが、米中露に比べて世界の軍事大国とは言えない国です。しかし、アゼルバイジャンを含めて、6カ国にAIドローンを提供しているとの報道もあります。また、テロリストやテロ支援国家が、AI兵器を活用することで一気に軍事大国化する懸念も消えません。【前出 山中俊之氏 JBpress記事より】

****ドローンが「知性」を持ち始めた。止めるなら今だ****
(中略)
国連安全保障理事会は3月に発表した報告書の中で、2020年3月のリビアでの戦闘でKargu-2が人間の標的を追跡して攻撃したと指摘した。報告書によれば、Kargu-2は撤退していく後方支援部隊や軍用車両を追跡し、「操縦者とのデータ接続を必要とせずに攻撃を行った」可能性があるという。

以前よりも入手しやすくなり、機能も急速に向上しているドローンは、人類全体に幾つもの差し迫った課題を突きつけている。

戦闘能力に新たな「非対称」をもたらす
国際社会がその開発や売買の中止に合意しなければ、ならず者国家から小規模な犯罪組織、さらにはサイコパス的な単独犯に至るまで、誰でもKargu-2のような自律型殺人ドローンを入手し、使えるようになる日も近いだろう。

殺人ドローンが大量に出回れば、技術的に進んでいる国々が開発した対テロ防衛技術が意味をなさなくなる。

それに戦争に新たな力の不均衡を生み出すことで、自律型殺人ドローンが、数多くの地域の平和を不必要に乱すことになりかねない。手頃な価格のドローンが広まりつつあることで、安定している地域を簡単に戦闘地域へと一変させることができるようになるのだ。

殺人ドローンの誕生と急速な広まりはしかし、何ら驚くことではない。何十年も前から、軍による最新技術の導入を上回るペースで消費者技術の開発が進められてきた。

ドローンは基本的に「回転翼のついたスマートフォン」であり、現在入手可能な消費者向けドローンは、スマートフォン技術の急速な発展の副産物だと言える。消費者向けドローンは3次元へのアクセスを可能にし、食料品や医薬品の配達など新たな商業機会を生み出している。

だがドローンに(たとえば急速に進歩している顔認識機能とAIを組み合わせることで)人間並みの認知能力を与えれば、さほどの大物ではない独裁者やテロリスト、凶暴な10代の若者などが、米軍が使用しているような高価なドローンの何分の一かの値段で、強力な兵器を手にすることができるようになる。

そのようなドローンの開発に対抗するための具体的な措置を今すぐ取らなければ、安価なドローンを自律型の殺人兵器にする方法が、近いうちにインターネット上で公開されることになるだろう。

これまで、AIを使ってモノや人の顔を正確に識別することは難しかった。画像に文字を追加してわずかに変更するだけで、アルゴリズムに混乱が生じやすいためだ。(中略)そのため現在の開発レベルならば、ドローンに対する防御として、比較的簡単な対策で認識システムを混乱させることができるかもしれない。

だが巻き添え被害や罪のない犠牲者を出すことをなんとも思っていない者たちにとって、システムの精度はさほど大きな問題ではない。彼らが飛ばすドローンは、どのみち標的(とおぼしき対象)を殺害するようにプログラムされている可能性がある。

911同時テロさえ色褪せるような被害
それに、個々の標的に狙いを定めるドローンに対してどんな防御策を取ったところで、ドローンが新たな大量破壊兵器として配備されるのを阻止できるわけではない。


爆発物を搭載したドローンの大群がスポーツイベントや都市部の人口密集地域に突っ込んで爆発すれば、多くの死者が出ることになるし、それを阻止するのは難しいだろう。

現在複数の企業が、危険な飛行物体やドローンに対抗するシステムを販売しており、進歩的な軍では既に、ドローンの制御システムを妨害する対抗措置を導入している。

だが今はまだ、ドローン1機を撃墜するのも難しい状況だ。
イスラエルが最近、ドローンを航空機から破壊できるレーザー兵器の実験に成功したが、ドローンの大群をまるごと撃墜するのは、まだ非常に難しい。

そして新世代の自律型ドローンに対抗するには、通信を遮断するだけでは不十分だ。無用の混乱や被害を回避するためには、これらのドローンを安全に着陸させるための方法を開発することが不可欠だ。

自律型ドローンは、大きな被害をもたらすことを重視している集団にまったく新しい可能性を開くものとなる。一日で100カ所に攻撃を行うことができれば、9・11同時テロさえ色褪せて見えるような被害がもたらされることになる。

殺人ドローンに攻撃されるリスクはどの国にもあるが、第一弾として最も被害に遭う可能性が高いのは、国境警備が甘く法執行機関が弱い、貧しい国々だ。殺人ドローンを使った戦いは、まずはアメリカよりもアフリカで展開される可能性が高く、犠牲者もより多くなる可能性が高い。

新たな自律型飛行兵器を製造している各企業は、自社製品を激しく売り込んでいる。アメリカと中国はこれまでのところ、完全自律型の兵器の開発および製造の禁止を支持していない。これらの兵器メーカーや新たな殺人ドローンを戦場に配備している各政府の正統性を、暗に認めているのと同じことだ。

このようなドローンが役に立つこともあるのも確かだ。自律型・半自律型ドローンは、戦闘地帯の情勢を変えるのに利用されてもいる。たとえばシリアでは、反政府勢力がドローンを使って(政府軍が使っている)ロシア製の装甲車両を攻撃。安価なドローンを使って、数百万ドルの戦車を破壊している。

しかし、ドローンを有利に使えることのメリットよりも、それが悪意ある者たちの手に落ちて、きわめて精度の低い大量破壊兵器として配備されることのリスクの方が、はるかに大きい。

私たちの行動が未来を変える
無人航空機をはじめ、あらゆる類の殺人ロボットの開発や販売を世界中で停止させるのに、遅すぎることはない。それを実現するためには、複数の超大国が戦略変更を求められることになる。

開発や販売の停止は攻撃システムのみを対象として、あらゆる類の対ドローン防衛システムの開発・販売は許可されるべきだ。そして禁止措置の一環として、裕福な国の政府は、より貧しい国による対ドローン防衛システム購入に資金援助を検討し、また彼らにドローンの大群を打ち負かす方法を教えていくべきだ。ドローン技術は、人類が一丸となって対処すべき、世界規模の問題なのだから。(後略)【7月6日 Newsweek】
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上記記事にあるイスラエルのドローンを航空機から破壊できるレーザー兵器については、以下のようにも。

****イスラエルが航空機搭載のレーザー兵器でブレイクスルー****
<防空システム「アイアンドーム」を補完し、戦いを劇的に変革する迎撃システムの実験に成功>

イスラエルは、航空機からドローンを撃墜できる画期的なレーザー兵器の試験に成功した。この新たな兵器は、2021年5月にパレスチナのガザ地区から飛んでくる数千のロケット弾を迎撃した防空システム「アイアンドーム」の穴を補完するものだ。

イスラエル国防省の軍事研究開発部門の責任者ヤニフ・ロテム准将は、民生用のセスナ機に搭載した試作品のレーザー兵器でこの数日間に、地中海上のさまざまな地点でドローンを撃墜したと述べた。(中略)

<「ディフェンス・アップデート」のこの動画によれば、イスラエルのレーザー兵器は気象条件が変化するなかでも的を絞りレーザーを安定化させることに成功した。レーザー兵器は弾薬がいらず、弾を込める時間もいらず、コストが従来兵器に比べるとケタ違いに安い一発当たり3.5ドルで済む。航空機に搭載すれば移動も速いという>

今回の試験では、セスナ機から800メートルほど離れて飛行するドローンを撃墜した。将来的には、射程距離を伸ばしてロケット弾や迫撃砲弾、遠くのドローンも迎撃できるシステムにする計画だ。

熱線で瞬時に発火
このレーザー兵器は、短距離ロケットを標的とする「アイアンドーム」や、弾道ミサイルや敵の航空機、中長距離ロケットを担う広域防空兵器「ダビデのスリング」などと並び、イスラエルの重層的な防空システムの一部になれるだろう。(後略)【6月23日 Newsweek】
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【“群れ”で押し寄せるAIドローン群】
一方で、イスラエルはこうしたドローン防御を不可能にするようなドローン攻撃システムも開発。まさに「盾」と「矛」の話です。

****原爆級の破壊力を持つドローンの「群れ」作戦 “新たな大量破壊兵器”をイスラエルが初めて使用か****
「新たな大量破壊兵器」と言われるAI(人工知能)で制御するドローン(無人機)の「群れ」作戦を、イスラエルが世界で初めて実戦で実施したと伝えられた。

英国の科学誌「ニュー・サイエンティスト」電子版6月30日の記事で、それによるとイスラエル軍は5月中旬のガザ地区での紛争で小型のドローンを群れのように使い、ハマスの武装勢力を発見して確認、攻撃したという。同誌によれば、ドローンの「群れ」が実戦で使われたのはこれが初めて。

蜂などの大群がブンブン飛び交うように
ここで「群れ」としたのは、原語では「swarm」とあり、直訳すれば「蜂などの大群がブンブン飛び交うこと」だ。さまざまな機能を備えた小型ドローンを、昆虫の群れのように多数飛ばして敵の状況を詳細に把握し、最も効果的な手段を備えたドローンから攻撃する。

例えば偵察用のドローンには、可視光、赤外線、放射線などの探知を担当するものがあり、攻撃用ドローンには機銃やミサイルを搭載したものの他、目標に自爆攻撃するものもある。さらに「群れ」には、敵方の電波を撹乱するジャミング担当のドローンも同行することがある。

これらのドローンは、人間の兵士が離陸させた後はAIの指示で互いに情報を交換しながら行動し、AIの判断で攻撃を行う。その規模はさまざまで、インド軍は2021年1月ニューデリーで行った軍事パレードの際、75機のドローンの「群れ」を飛行させたが、将来的には1000機の「群れ」を目標にしているという(「フォーブス」電子版2021年1月19日)。

低空で飛行する小型のドローンは、レーダーなどで補足しにくく、建物内や洞窟内などにも入り込むことができる。また「群れ」の一機が撃墜されても同機能の別のドローンが代わりを務める。

コストの安さも強みだ。「群れ」で使われるドローンの機体部分は民生機とほぼ共通だ。農薬散布用で搭載能力10キロの民生用ドローンなら数千ドル(数十万円)前後なので、それに軍事用の装備を加えても、せいぜい1機数万ドル(数百万円)ぐらいだろう。

「ドローン39000機で原爆1発に匹敵」する破壊力
今回イスラエルがどのようにドローンの「群れ」を使ったかまでは「ニュー・サイエンティスト」は明らかにしていないが、担当したのはイスラエル軍8200部隊で、人家に紛れ込んでいるハマスのロケット基地を発見し、AIが効果的と判断した方法で攻撃、打撃を加えたとされる。

こうしたドローンは、高度の技術や高額な開発費用を必要としないので軍事大国以外でも開発が進められており、中でもトルコとイスラエルは、各種の小型ドローンと制御システムなどを積極的に輸出を始めている。

核戦争などによる人類の絶滅までの残り時間を示す「終末時計」を公表している「原子力科学者会報」は2021年4月5日、「ドローンの群れは新たな大量破壊兵器だ」とする論文を掲載した。その破壊力は、ドローン39000機で原爆1発に匹敵するとしている。

中国は2020年11月に、3051機のLEDドローンを飛ばして空中にアニメーションを描き、ギネス記録を更新しており、原爆級の「群れ」を制御するのは時間の問題だろう。

このため、ドローンの「群れ」作戦を含めた「自立型致死兵器(LAWS)」を規制する国際的なルール作りが求められるようになってきている。そうした中で日本は、LAWSそのものについて「安全保障と人道のバランスを追求する立場から開発しない」と先月加藤官房長官が言明しているが、せめて防御手段の研究はすべきではないのか。【7月12日 木村太郎氏 FNNプライムオンライン】
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ドローンの特徴は「安価」なこと。そのため上記のような「群れ」も容易に可能になります。

AIで自己判断する完全自律型LAWの群れ・・・もはや核兵器とか弾道ミサイルとかは無用の長物になるのかも。
そうした兵器をテロリストやならず者国家が容易に入手できる日も。

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イスラエル製スパイウエアが示す「監視社会」の恐怖

2021-07-23 20:09:55 | 民主主義・社会問題
(マクロン仏大統領 7月20日、ブリュッセルで撮影【7月23日 ロイター】)

【カショギ氏婚約者、フランス大統領も】
現代社会はAI、インターネット、各種通信技術、あるいは監視カメラなどの発達によって非常に便利なった半面、個人のプライバシーが国家などによって監視される危険もある「監視社会」であることは、いまや常識です。

そういう「監視社会」にあって、イスラエル製のスパイウェア「ペガサス」への懸念が広がっています。

****イスラエル製スパイウエアの監視リスト流出、携帯番号5万件超 記者や国家元首も****
イスラエルの民間企業NSOグループが開発した携帯電話向けマルウエア(悪意のあるソフトウエア)が、世界中の人権活動家やジャーナリスト、企業経営陣、政治家らの監視に使われていたことが18日、流出した5万件超の携帯電話番号リストをめぐる国際的な調査報道で明らかになった。
 
NSOグループはかねて、各国政府にスパイウエアを提供していると非難されている。米ワシントン・ポスト、英ガーディアン、仏ルモンドなどが加わった調査報道では、NSOが開発したマルウエア「ペガサス」が世界中の顧客によって悪用されている恐れがこれまでの想定以上に大きいことが分かり、プライバシーや人権の侵害を懸念する声が広がっている。
 
調査報道によると流出したデータは、2016年以降にNSOの顧客が要注意人物として特定したとみられるスマートフォンの電話番号5万件以上のリスト。掲載された電話番号のうち、実際にハッキングや監視の標的となった電話の数は不明だという。
 
ワシントン・ポストは、掲載された電話番号37件について該当するスマートフォンを犯罪科学的分析にかけたところ、端末へのハッキングの「試みと成功」が確認されたと報じた。うち2件は、2018年に殺害されたサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏と親しかった女性2人の電話の番号だったという。
 
ガーディアンによれば、リストに電話番号が記載されていた記者の所属する報道機関は、フランス通信、ウォールストリート・ジャーナル、CNN、ニューヨーク・タイムズ、アルジャジーラ、フランス24、ラジオ・フリー・ヨーロッパ、メディアパルト、パイス、AP通信、ルモンド、ブルームバーグ、エコノミスト、ロイター通信、ボイス・オブ・アメリカなど。
 
ワシントン・ポストによると、調査報道ではリストに掲載された電話番号のうち50か国以上にまたがる1000件超を特定した。複数のアラブ王族、企業経営陣65人以上、人権活動家85人、ジャーナリスト189人、政治家・政府関係者600人以上が含まれ、国家元首や首相、閣僚の電話番号もあったとしている。
 
ペガサスは侵襲性の高いスパイウエアで、標的のスマートフォン内のデータへのアクセスはもちろん、カメラやマイクの機能を強制的にオンにでき、携帯電話をまるで小さなスパイのように利用することが可能になる。 【7月19日 AFP】AFPBB News
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“標的のスマートフォン内のデータへのアクセスはもちろん、カメラやマイクの機能を強制的にオンにでき、携帯電話をまるで小さなスパイのように利用することが可能”・・・個人情報は丸裸にされてしまいます。

国際情勢を震撼させたサウジアラビアによるジャーナリスト・カショギ氏殺害に、この「ペガサス」がどのように関与したのかはわかりませんが・・・・。

****イスラエル製ソフトで記者監視か カショギ氏婚約者の携帯も標的****
(中略)2018年にトルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺害されたサウジ人記者、ジャマル・カショギ氏の婚約者も標的になっていたという。
 
(中略)カショギ氏の事件では、発生数カ月前に婚約者の携帯が標的になったという。
 
NSOは18日、同紙などの調査報道について「裏付けがなく、誤った主張だ」と否定。イスラエル政府はこれまでペガサスの輸出を許可してきたが、イスラエル国防省は19日、ペガサスの使用方法に問題があった場合は「適切な措置を取る」との声明を出した。【7月20日 毎日】
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リストに掲載された電話番号には政治家・政府関係者600人以上が含まれていますが、その一人がフランスのマクロン大統領。

****マクロン仏大統領の電話、スパイウエアの標的に 流出リストで発覚****
世界各国の首脳などを狙った電話のハッキングソフトウエアの標的に、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が含まれていると、大手メディアなどが報じた。(中略)

NSOグループは疑惑を否定しており、ソフトウエアは犯罪者やテロリストの監視に使われるものだと説明。ペガサスは人権について評価の高い軍や法執行機関、情報機関にのみ提供していると述べた。

一連の報道に結び付いたのは、パリを拠点にする非政府組織(NGO)「フォービドゥン・ストーリーズ」と、人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルによる調査。これについてNSOグループは、「間違った推測と根拠のない論説にあふれている」と述べている。

仏紙ル・モンドは、モロッコの情報機関が、マクロン大統領が2017年から使用している電話端末を特定したと報道した。

これに対しモロッコは、NSOグループの顧客ではないと反論している。

問題のリストに載っているからといって、ソフトウエアが使われたとは限らないが、掲載された番号を利用する人物が標的候補であることを意味する。マクロン大統領の電話端末にこのソフトウエアがインストールされたことがあるかどうかは不明だ。

大統領や首相、国王の番号も
リストには、イラクのバラム・サリフ大統領や南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領に加え、パキスタン、エジプト、モロッコの各首相、さらにはモロッコのムハンマド6世の電話番号が含まれていると報じられている。
また、世界34カ国の政府高官や政治家、あわせて600人以上の番号も記載されていたという。

フランスの大統領府は、この報道が真実であれば、非常に深刻な事態だと述べている。

BBCのゴードン・コレラ・セキュリティー担当編集委員は、今回の発覚によって、各国首脳を監視できる環境が売りに出されている可能性があること、それをより広範囲の国々が入手可能なことが明らかになったと指摘。

リストに載っているうち、実際にどれだけの番号が標的にされたかは不明だが、その可能性があると示されただけでも、NSOグループや、他国の首脳にスパイ行為を行っていた国にとっては圧力になると分析している。【7月21日 BBC】
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【笑わせる提供企業の馬鹿げた言い訳】
真相はわかりませんが、「ソフトウエアは犯罪者やテロリストの監視に使われるものだ」「ペガサスは人権について評価の高い軍や法執行機関、情報機関にのみ提供している」というNSOグループの言いぐさは笑止です。

人権意識の高い軍や法執行機関、情報機関・・・そんなものが世界のどこにあるというのでしょうか?

ほぼすべてのその種の機関にとって、人権活動家、政府批判ジャーナリスト、あるいは外交的に問題がある相手国の国家元首は、犯罪者やテロリストと「同じようなもの」でしょう。

日本の公安もこの「ペガサス」利用を検討したそうです。【下記 JBpress記事】
予算や法的問題もあって、契約には至らなかったとのことですが、いったい誰の監視を依頼しようとしたのでしょうか?

【高価だが、民間のソフトウェアとしては最強の優れモノ】
こういう話を聞くと、「自分のスマホは大丈夫だろうか?」という心配も生じますが、大丈夫です。

「ペガサス」は私のような“ちんけ”な一般庶民を相手にするものではなく、国の軍・情報機関などが数千万円、数億円規模の資金(10人監視の場合で設置料金を含めると1億円以上)を投じて、その費用に見合う相手を監視するものです。

逆に言えば、監視する側にすればそれだけの資金を投じる「価値」がある“優れモノ”だということです。

****こっそりスマホの情報を強奪、暴かれた「スパイウェア」の脅威****
イスラエルの悪名高いスパイウェア(監視システム)が大きなニュースになっている。(中略)

5万台以上のスマホが監視下に
NSOグループが開発したのは「ペガサス」と名付けられたスパイウェア。同グループはこれを世界の国や法執行機関などに販売してきた。ペガサスは、その“性能”の高さから世界のサイバーセキュリティやインテリジェンス専門家の間では非常に有名なソフトウェアである。(中略)
 
筆者は、サイバー攻撃やスパイ工作をテーマに取材する過程で、このスパイウェアについても何年も前から動向を注視してきた。本記事では、日本ではあまり知られていないスパイウェアの実態をまとめてみたいと思う。

スパイウェアがあればスマホのマイクは盗聴器に、カメラは監視カメラに
筆者が取材してきた国際機関の関係者や情報機関関係者らが口を揃えるのは、ペガサスが非常に優れた監視ソフトだということだ。民間のソフトウェアとしては最強だと言ってもいいかもしれない。
 
このシステムは、スマホなどにたやすく潜入することができ、通話やメールだけでなく、位置情報や連絡先、カレンダーに至るまで、すべての個人データを収集し、監視することが可能になる。

さらには、スマホのマイクやカメラの機能を乗っ取って勝手に操作し、盗聴器や監視カメラのような監視ツールとして使うこともできるという。しかも驚くことに、そうした工作の形跡を一切残さないとも言われている。
 
それだけに価格も非常に高価である。まず、50万ドルという一律の設置料金に、監視ターゲット1人につき料金が加算される仕組みだ。例えばiPhoneユーザー10人の監視をするなら、追加で65万ドルが請求されることになる。アンドロイドのスマホを使うターゲットも10人で65万ドルほどと言われている。

さらに維持費として、年間に支払っている金額の17%を支払う必要があるという。ペガサスを導入していたメキシコ政府は、8000万ドルほどをNSOグループに支払っていたと明らかになっている。
 
NSOグループは、2010年にイスラエルで設立されている。イスラエル軍でサイバー作戦を担う「8200部隊」の関係者による資金援助などで立ち上がった同社は、イスラエルの大都市テルアビブに近いヘルツリーヤという地域に本社を構えている。(中略)

NSOグループのパンフレットによれば、「NSOはサイバー戦争の分野をリードする企業」とされ、サイバー防衛だけでなく攻撃的なサイバー攻撃で当局の技術的な側面を支える、と喧伝している。つまり、サイバー攻撃やハッキングなども行う、という意味だ。
 
サイバー攻撃というのは、その9割以上が、電子メールから始まると言われる。ペガサスの監視システムによるサイバー攻撃も例外ではなく、電子メールから始まることが多い。
 
明らかになっているその手口によれば、ターゲットになった人のスマホに、まずは知り合いを装って電子メールやSMS(ショートメッセージ)を送る。そしてメールやSMSに貼り付けられたリンクをクリックさせたり、添付ファイルを実行させたりする。それだけで、そのスマホを乗っ取ることができるのだという。
 
成功率も高いという。友人や知人、家族などを装ってメールやSMSを送ってくるから、サイバー攻撃の罠が仕掛けられたこの「偽メッセージ」が怪しいと思われることはまずない。受信者は添付写真やリンクを、疑うことなくクリックしてしまうのだ。

スパイウェアの販売先は厳格に選別されているというが・・・
もちろんこのサイバー攻撃が無差別に行われるようなことになれば、倫理的、人権的に大きな問題となる。
 
NSOは、スパイウェアを売却する相手を厳格に選別しているとし、売却先は基本的に政府または各国の捜査当局や情報機関などに限定している、と主張する。さらに、契約時には監視対象をテロ集団や犯罪組織に限るよう約束させているとしている。
 
だが、「実際には制限は行き届いていない」との批判も多い。なにしろ、ペガサスを導入した国が、真っ当なジャーナリストのことを「あいつはテロリストだ」と言ってしまえばそれまでである。事実、先に触れたメキシコもジャーナリストを監視対象にしていた。

サウジが暗殺したカショギ氏周辺もペガサスの標的に
(中略)
ちなみに世界には、NSO以外にもスパイウェアを販売している企業がある。イギリスには、ガンマ社という企業が「フィンフィッシャー」というスパイウェアを販売しているし、イタリアにはハッキングチーム社(現在は社名を変更して活動しているとみられている)が同様のスパイウェア「ガリレオ」を提供してきた。

このハッキングチーム社は、2015年に同社の電子メールがハッキングされて漏洩し、同社の顧客情報などが漏れてしまうという笑えない騒動を起こしている。
 
これにより同社の信用は失墜した。ちなみに当時の顧客には、ウガンダ、ウズベキスタン、エチオピア、オマーン、カザフスタン、サウジアラビア、スーダン、ナイジェリア、ハンガリー、ベネズエラ、マレーシア、ロシアといった国々の情報機関が含まれていた。特に独裁色の強い国家に重宝されていた。
 
しかし顧客はそればかりではなかった。CIA(米中央情報局)やDEA(米麻薬取締局)、スペインの情報機関であるCNI(国家情報センター)、シンガポールのIDA(情報通信開発庁)、そして韓国の国家情報院もシステムを購入していたのだ。ドイツの民間銀行や、イギリスの通信会社も導入していたと指摘されている。
 
実は日本の情報機関も、このサイバー攻撃による監視システムの導入を検討していたことが判明している。公安調査庁は2015年、庁内でこのスパイウェア商品のデモンストレーションをハッキングチーム社から受けていたことが明らかになっている。ただし予算や法律に問題があったようで、実際には導入に至らなかったそうだ。
 
それでもこのスパイウェアに興味を示し、実際にそれを目にしたというのは情報機関としては正しい動きだったと言えるだろう。どんなスパイウェアが世の中にあるのかを知るのは有益だからだ。

スパイウェアへの対策が不可欠な時代に
筆者の知人に、これらのスパイウェアのデモンストレーションを間近で見たことがあるという人物がいる。その人によれば、目の前であっという間に説明を受けている側のスタッフの電子メールの内容などが丸裸にされたという。とんでもないシステムだと、この人物は評していた。
 
とにかく、これらの監視システムは、強権国家の手に渡れば、人権を無視して悪用される可能性が高い。だからこそ、世界の人権団体や報道機関が調査を行なって動向をチェックしてきた。
 
今回の調査報道によって、スパイウェアの実態が広く世界に知られることになった。しかしデジタル化が進む世界では、われわれの個人情報や生活の実態は、スパイウェアと“悪意”とを併せ持つ何者かがいれば簡単に丸裸にされ、監視まで容易になる。
 
5G(第5世代移動通信システム)が普及すれば社会のデジタル化はいっそう進む。その前に、こうしたスパイウェアに関しては、個人レベルでも政府レベルでも、何らかの対策が必要になるだろう。【7月21日 山田 敏弘氏 JBpress】
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マクロン大統領は“とりあえずの対策”として、携帯電話を替えたそうです。

****仏大統領、携帯電話を変更 スパイウエア「ペガサス」巡る懸念で****
フランスのマクロン大統領の携帯電話がイスラエル企業が開発したスパイウエア「ペガサス」の標的になっていた可能性があるとの報道を巡り、フランス大統領府の関係者は22日、マクロン氏が携帯電話と電話番号を変更したと明かした。

ロイターに対し、「マクロン氏は複数の電話番号を保有した。これはマクロン氏がスパイウェアの標的になっていたことを意味しない。セキュリティーを強化しただけだ」と述べた。フランス政府のアタル報道官は今回の件を受け、大統領のセキュリティープロトコルを変更していると述べた。【6月23日 ロイター】
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悪意ある者の手にかかると、知識も何もない私みたいな人間はなすすべもない・・・そんな時代になったようです。便利でけどね・・・。
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ハンガリー・オルバン首相の反LGBT法 EUは「一線を超えた」と法的手続き開始

2021-07-22 22:29:14 | 欧州情勢

(ハンガリーの首都で開催された性的少数者(LGBT)によるプライドパレード(2019年7月6日撮影)【7月15日 AFP】)

【未成年に対する同性愛の「助長」行為を禁止する法改正案 EU激しく反発】
ハンガリーでは、オルバン首相が西欧的「自由主義的民主主義」を否定するような、強権支配で民族主義を重視する「非自由民主主義」を主張し、具体的にはロシアや中国的なモデルを念頭に置いているとも指摘されていることは、これまでも再三取り上げてきました。

同様の傾向はポーランドにも見られ、そうしたハンガリー・ポーランドなど東欧諸国と、EUを主導する独仏などの西欧諸国の間には溝があり、そうした東西の分断がEUの抱える大きな問題となっています。

ハンガリー・オルバン首相は政府に批判的なメディアを抑圧し、移民・難民に対しては排他的で、性的マイノリティーに対しても伝統的価値観に基づく締め付けが続いていますが、そのあたりのことは2020年12月16日ブログ“伝統的価値観を強要するハンガリー・ポーランド 皮肉な「ゲイの乱交パーティー」とショパン同性愛者説”でも取り上げました。

オルバン政権が「標的」としている性的マイノリティLGBTQに関しては、昨年5月に合法的に性別を変えることができなくなり、昨年12月ブログでも触れたように、12月には同性カップルが養子を取ることも事実上禁じる法案が成立しています。

そうした流れの一環で、今年6月には未成年に対する同性愛の「助長」行為を禁止する法改正案が可決されました。

****未成年への同性愛「助長」禁止 ハンガリーで法案可決****
ハンガリー議会は15日、未成年に対する同性愛の「助長」行為を禁止する法改正案を可決した。この法改正案に対しては、性的少数者を抑圧するものだとの批判が上がっている。
 
法改正は、右派オルバン・ビクトル首相が率いる政権が進める政策の一環で、実現すれば同性愛や性別移行に関する性教育や、LGBTQI団体の宣伝が事実上禁止されるほか、同性愛を助長するとみなされた映画に上映時間や視聴年齢の制限が科される可能性もある。
 
オルバン政権は法改正について、小児性愛対策や未成年保護が目的と主張。だが反対派からは、表現の自由や子どもの権利を「深刻に制限する」ものだとの声が上がっている。
 
議会前では14日、5000人以上が集まり、法改正案に抗議。LGBTQI団体は、ロシアで導入された類似の法律になぞらえ、法改正案を批判している。
 
米国のジョー・バイデン政権はLFBTQIの権利を優先事項の一つとして掲げている。米国務省のジャリナ・ポーター報道官はハンガリーの法改正案について、表現の自由に関する「懸念を生む」ものであり、「民主主義社会では受け入れられない」制限を含んでいると指摘した。 【6月16日 AFP】
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EUのフォンデアライエン欧州委員長は、性的少数者(LGBTQ)らの権利を規制するハンガリーの法改正をめぐり「法案は恥だ。性的指向に基づく明らかな差別でEUの基本的価値観に反する」と述べ、法的措置に着手する方針を示唆、EU加盟国のうち15か国は共同声明で、同法に対する「深刻な懸念」を表明。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は同法について、「間違っており、私の政治に対する理解と相反している」と批判しています。

ドイツでは、サッカー欧州選手権の対ハンガリー戦会場となるミュンヘンのスタジアムをLGBTQの象徴である虹色にライトアップする案が欧州サッカー連盟に拒否されたことを受け、国内各地の施設を虹色に染めて抗議の意を示したことも話題になりました。

EU内ではこの問題での協議が行われていますが、議論は平行線のようです。

****ハンガリーとEU「恥ずべき」と応酬 LGBT新法で****
子どもらへの性教育の場などで、同性愛や性転換にかかわる情報を伝えることを禁じるハンガリーの新法に対し、24日の欧州連合(EU)首脳会議で、性的少数者(LGBTなど)の権利制限や差別にあたるといった批判が相次いだ。ハンガリーは「子どもたちを守る法律だ」と繰り返し、対立が深まっている。
 
新法は、18歳未満を対象に同性愛などの描写を学校や映画、広告などを通して伝えることを禁じる。ハンガリー国会で15日、可決した。小児性愛者の取り締まりを厳しくする法律の一環で、子どもを守る趣旨だとしている。
 
これに対し、EUの行政を担う欧州委員会は、性的少数者のありようをポルノと同じように扱うのはEU基本法に反すると指摘し、EU司法裁への提訴も視野に対応を取りはじめた。(中略)
 
ブリュッセルで開かれた24日のEU首脳会議では、ベルギー首相が胸元に多様性を表す虹色のピンバッジを着けて出席し、いくつもの国がハンガリーのオルバン首相を前に新法の問題を指摘。

オルバン氏は記者団に「法律は同性愛の問題と関係がない」と語って会議にのぞんだ。従来通りの説明をして、議論は平行線をたどった模様だ。
 
首脳会議のミシェル常任議長は25日の記者会見で、EU基本法は加盟国の法律より上位にあるなどと指摘したことを明かし、「時に厳しい雰囲気になったが、必要な議論だった。オルバン氏にとっては、(人権や民主主義を守る)各国首脳の信念を聞く機会になった」と語った。(後略)【6月25日 朝日】
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6月24日のEU首脳会議では「ハンガリーは一線を越えた」と各国から非難や怒りの声が噴出、オランダのルッテ首相はEU追放にまで言及する事態になっています。

****反LGBT法「一線越えた」=EU各国首脳、ハンガリー猛批判****
教材などで性的少数者(LGBT)に関する描写を禁じるハンガリーの新法が、欧州連合(EU)で猛批判にさらされている。人間の尊厳や平等などEUの基本理念に反すると深刻視され、24日の首脳会議では「一線を越えた」と各国から非難や怒りの声が噴出した。
 
「ハンガリーはもうEUにいる資格はない」。オランダのルッテ首相はEU追放にまで言及。EU首脳会議でもオルバン首相に新法撤回かEU離脱を選択するよう迫った。
 
新法には未成年向けの教材や宣伝などで同性愛や性転換の描写や助長を禁じることが盛り込まれた。15日にハンガリー議会で可決されると反発が拡大。「言語道断の差別だ」と懸念を表明した共同声明にはEUの17カ国が署名した。
 
オルバン氏は首脳会議で「子供と親の権利を守る法律で反同性愛ではない」と正当性を主張。しかし「全く認識が違う」(メルケル独首相)、「理念拒否は受け入れられない」(ベルギーのデクロー首相)と各国から集中砲火を浴びた。
 
同性愛者であると公表しているルクセンブルクのベッテル首相は、同性愛を自覚した際の自らの苦悩を吐露し「ゲイになるのは選択ではないが、不寛容は選択だ」と訴えた。会議では、ハンガリーは一線を越えたと嘆き、多くの涙を誘ったという。【6月27日 時事】 
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【欧州委員会、法的手続き開始】
こうした流れを受けて、EUの政策執行機関である欧州委員会は7月15日、東欧の加盟国ハンガリーとポーランドがLGBTなど性的少数者を抑圧し、人権尊重などを定めるEU基本条約に反しているとして、両国に対する法的手続きに入ったと発表しました。

****欧州委員会、ハンガリーなどに法的手続き開始 反LGBT政策で****
欧州連合(EU)の欧州委員会は15日、東欧の加盟国ハンガリーとポーランドがLGBTなど性的少数者を抑圧し、人権尊重などを定めるEU基本条約に反しているとして、両国に対する法的手続きに入ったと発表した。

両国に通知書を送付し、2カ月以内に十分な対応がなければ、制裁を求め欧州司法裁判所に提訴する可能性がある。
 
ハンガリーは8日、18歳未満向けの教材や広告、映画などで同性愛の描写などを禁じる法律を施行した。欧州委は新法が「性的指向に基づく差別」であり、基本的権利の制限にあたると指摘している。

ポーランドでも近年、複数の自治体が「LGBTのいない地区」を宣言するなどLGBT排除の動きが目立つ。
欧州委はこれらがEUの法律に反する疑いがあるにもかかわらず、ポーランド政府が調査に協力していないと批判している。
 
欧州委は15日の声明で、「人権の尊重や平等はEUの核となる価値観。その価値を守るためにすべての手段を取る」と強調した。【7月16日 毎日】
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フォンデアライエン欧州委員長は、「誰を愛するかということや年齢、民族、政治的見解、信仰を理由に、われわれの社会の一部が汚名を着せられることを、欧州は決して許さない」と発表。

【鼎の軽重を問われるEU】
EUにとっても、人権の基本理念に関する問題であり、安易に妥協するようだと鼎の軽重を問われることにもなります。

****EUの資質が問われるハンガリー反LGBT+法案の行方****
(中略)6月29日付の英フィナンシャル・タイムズ紙が、オルバン首相は遂に一線を超えたかという社説を書いている。

EUおよび加盟国首脳は遂に我慢の限界に達したのかも知れないというのが、フィナンシャル・タイムズ紙の社説である。EU首脳会議の場を含め、ハンガリーに対しては非難の合唱の様子であり、唯一ハンガリーの弁護に回ったのはポーランド首相モラヴィエツキであった。(中略)
 
ハンガリー政府は、法律は子供の権利を守り、親の権利を保証するものであり、差別の要素は含んでいないと主張している。
 
オルバン首相は、かねてから移民、イスラム教徒、ユダヤ人、LGBTコミュニティを敵視し、彼の保守支持層に訴えることをやって来たが、今回の動きも来年の議会選挙を睨んだ文化戦争だというのが、フィナンシャル・タイムズの社説の見立てである。

また、それによって民主的・法的チェック・アンド・バランスが崩れたハンガリーの実情に対するEUの懸念から注意をそらそうともしていると観察している。(中略)
 
事態打開のために、フィナンシャル・タイムズ紙の社説は財政的な梃を使うことを推奨している。アイルランド首相のマーティンは「一線を超えた。それが資金援助に関する将来の決定との関連で意味を持つことは確かであろう」と述べたというが、この社説が示唆するように、復興基金のハンガリーへの資金供与に当たって、殊更に厳格な審査を行うことでハンガリーに圧力をかけることは有り得る選択肢であろう。(中略)
 
四面楚歌の圧力でオルバン首相が法律の撤回にどう動くか(未だ、法律は大統領の署名を得ていない)、分からない。しかし、ここでEUが引き下がるようでは鼎の軽重を問われるであろう。

EUがハンガリーに財政支援に関する制裁の圧力をかけたとしても、文化、宗教的価値観にもかかわる、国家主権の問題でもあり、解決は容易ではないかもしれない。【7月22日 WEDGE】
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【マイノリティーいじめで権力にしがみつく「悪あがき」】
ポピュリストたるオルバン首相にとっては、マイノリティーいじめによって、大衆の不満を社会的弱者に向けて、政権を維持しようとする、権力にしがみつく「悪あがき」みたいな様相もあるとの指摘も。

****少数派「いじめ」の強化で、権力にしがみつくハンガリーの「独裁者」****
<「マイノリティーいじめ」でしかない反LGBTQ法導入は、来年の総選挙を前に窮地に追い込まれたオルバン首相による必死の延命策>

ハンガリーのオルバン・ビクトル首相は民主主義の旗を掲げて政界入りした。冷戦後の1990年代、彼はハンガリー政界の希望の星であり、共産主義から民主主義への移行を目指すこの国に支援の手を差し伸べた欧米諸国の寵児でもあった。

だが政権の座に就くや、ポピュリズムの手法に頼るようになった。熟議を重ねる民主的な統治に背を向け、数にものいわせて安易な路線に転換。権力の暴走を防ぐ制度や法律を次々に廃止した。

今の雲行きでは、彼は「腐敗したいじめっ子」として政界を去ることになりそうだ。末期段階のオルバン政治は、ハンガリー式ナショナリズムでも「擬似民主主義」でもない。ただの茶番だ。

オルバンとその協力者らは6月に議会で反LGBTQ(同性愛者などの性的少数者)法を成立させ、7月8日に施行した。同性愛やジェンダーの多様性について未成年者に伝えることを禁じるなど、ロシアの「同性愛宣伝禁止法」と似たような内容だ。

当然ながらウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長とドゥニャ・ミヤトビッチ欧州委員(人権担当)はこの法律を批判。オランダのマルク・ルッテ首相は、ハンガリーはEUを去るべきだ、とまで指弾した。

オルバンはここ数年、イスラム教徒の難民や少数民族のロマに対する偏見や差別を政治的に利用してきた。憎悪をあおるポピュリズム的な手法を続けるために、新たな「大衆の敵」が必要になり、格好の標的としてLGBTQに目を付けたようだ。

ポピュリストは2つの理由でマイノリティーを標的にするが、この2つは連続する。つまり標的は同じでも、政治的な目的は進化するのだ。

公約を果たせないポピュリストの行方
まずは、大衆の支持をつかむため。ポピュリスト政治家はマイノリティーに対する恐怖心や嫌悪感をずけずけと口にして大衆の代弁者を気取る。ドナルド・トランプが2016年の米大統領選に出馬を表明したときにメキシコ移民を「強姦魔」や「犯罪者」呼ばわりしたのもそのためだ。

右であれ左であれ、大風呂敷を広げたポピュリストの指導者はいずれ公約を果たせなくなる。そのとき彼らは2つ目の理由でマイノリティーいじめに走る。大衆の不満を社会的弱者に向けて、姑息に政権を維持しようとするのだ。

つまり1つ目のマイノリティーいじめは権力基盤の強化のため、2つ目は危うくなった権力基盤にしがみつくため。

ポピュリストの指導者は大衆の支持を失えば裸の王様だ。
民主主義の下では、どんな指導者も支持率を気にするが、ポピュリストの指導者は異常なまでに気にする。政治的信念も指導者の資質も欠いた彼らにとっては、大衆の支持のみが頼みの綱なのだ。

EUとNATOの加盟国でありながら、民主主義が後退しつつある──ハンガリーの危うさはそれだけではないし、それが主な危険要因でもない。

腐敗疑惑、世界最悪クラスの新型コロナウイルスの死亡率、EUを軽視し中国とロシアに接近する外交への有権者の懸念──。それらが積み重なってオルバン政権は今や崖っぷちに追いやられている。彼らが土壇場で見せる悪あがきこそ、今のハンガリーが抱える最も危険な要因だ。

オルバンは2000年前後の数年間首相を務め、10年に首相の座に返り咲いた。ドイツのアンゲラ・メルケル首相がいい例だが、どんな指導者も10年以上たてば新鮮味は薄れる。

22年の総選挙でオルバンの対抗馬として浮上しているのが、首都ブダペストの市長で46歳のカラチョニ・ゲルゲイだ。そうなればオルバンは10年に権力を掌握して以来初めて、手ごわい挑戦を受けることになりそうだ。

カラチョニはオルバンとは驚くほど対照的だ。若く、楽天的で、EU加盟国としてハンガリーに活気ある未来が約束されるよう情熱を注いでいる。気候変動、教育、スキルアップや不平等といった自分と同世代の問題に精通してもいる。

欧米による制裁の動きも
総選挙を前に、オルバンは不屈のオーラを永遠のものにしようとし、カラチョニは与党フィデス・ハンガリー市民連盟が選挙で負けないというのは迷信だと暴こうとするだろう。

オルバンが勝てば、ハンガリーは中欧にあって政治的にはますます中央アジアの国に似てくる可能性が高い。一方、カラチョニが勝てば22年はハンガリーの転機──民主主義再生のチャンスになる。(中略)

アメリカで政府を非難する多くのレッドステート(共和党が優勢の州)の政治家と同様、オルバンもEU本部を激しい言葉で非難している。だが多くのレッドステートが連邦政府予算を受け取っているように、ハンガリーはEU予算の純受益国でもある。オルバンはEUの資金を必要としている──自国の農家助成のためだけでなく、自身が牛耳る汚職まみれの公共事業の費用を賄うためにもだ。

(中略)ハンガリーの民主主義後退は国民に痛手となるばかりか、EUの影響力を低下させ、NATOの基本理念を損なう。

何より、米欧の指導者は今後オルバンがさらに卑怯な行為に走る可能性にも備えておく必要がある。何が起きても不思議はない。いじめっ子は性的少数派を標的にする。この上なく残酷で、それ以上に弱い。それでも危険であることには変わりない。追い詰められたいじめっ子ほど危険なものはないのだ。【7月22日 Newsweek】
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「そんなにEUの理念が気に入らないなら、出ていけばいいのに」と思いますが、上記記事にもあるように、ハンガリーなど東欧諸国はことあるごとにEUの施策を批判しますが、EUから多額の資金を受け取る「受益者」でもあります。
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