(年金制度改革に抗議するデモ参加者=28日、パリ【3月29日 共同】)
【マクロン大統領 強行採択 政権・労組双方譲らず混乱続く】
フランスでは、マクロン政権がことし1月、年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げることを柱とする年金改革案を発表したことに対し、労働組合・野党が強く反発、毎週末に大規模抗議デモが繰り返されてきました。
そのあおりで、ゴミ収集がストップし、「花の都」パリがゴミの山と化し、エッフェル塔やベルサイユ宮殿といった有名観光地も閉鎖に追い込まれていることは連日報じられているとおり。
1期目で断念したことへのリベンジにもなる経緯もあって、強気のマクロン大統領も一歩も引かない構えで、過半数を割っている下院での可決が見込めないため、憲法規定に従って採決を行わずに採択するという「強行突破」を実施。
****フランスの年金受給年齢引き上げ、法案を強行採択 混乱激化の恐れ****
フランスのマクロン政権は16日、受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げることを柱にした年金改革法案を下院で強行採択した。
上院は通過したが、下院での可決が見込めなかったため、憲法に規定された採決なしの特別措置を使った。法案を巡っては反対派による抗議デモが国内全土に広がっていた。強行採択で反発が強まり、混乱がさらに深まる恐れがある。
下院は2022年の選挙で与党が過半数割れした。ボルヌ首相は、法案を強制的に採択できると定めた憲法49条3項を適用すると表明。野党議員からブーイングが起き、議会は一時中断された。政権側は最終的に強行採択した。
仏メディアによると、強行採択を受け、中道左派・社会党のフォール党首は「過半数の支持を得られないのなら、大統領は(本来は)法案を撤回しなければいけない」と批判。極右・国民連合のルペン議員は、マクロン氏にとって「完全な失敗だ」と語った。
野党側は近く、内閣の不信任決議案を提出する方針で、20日にも採決が見込まれている。不信任案が可決されれば法案は廃案となるが、現時点では否決されるとの見方が強い。
政権は1月、公的支出の削減を図るため年金改革法案を発表した。国民の反発は大きく、労組のストライキやデモを招いた。国内各地でデモが起き、今月7日には計約128万人が参加した。
パリではゴミ収集作業員らがストを続けているため、約7600トンが未回収のまま路上に放置されている。積み上がったゴミの悪臭やネズミの繁殖が、深刻な衛生問題となっている。
マクロン氏は1期目でも年金制度改革を目指したが、19年に国鉄職員らのストが頻発し断念。22年の大統領選で改めて看板公約に掲げ再選された。【3月17日 毎日】
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当然、反発する抗議デモが一時的には激化することは想定しての強行採択です。
“仏全土で抗議デモ続く 年金改革案の強行採択受け”【3月19日 AFP】
内閣不信任案は僅差で否決されました。
“仏内閣、不信任決案を僅差で逃げ切り 可決に必要な過半数に届かず”【3月21日 ロイター】
採決では278議員が賛成したものの、不信任案可決に必要となる下院過半数の287議席には届かなかったとのことです。
これも想定内でしょうが、支持率は低下。
****仏マクロン氏、支持28%に低下 年金制度改革、19年以来の水準****
19日付のフランス紙ジュルナル・デュ・ディマンシュは、今月の世論調査でマクロン大統領の支持率が2月から4ポイント低下し、28%となったと報じた。
政府が法案を強制採択した年金制度改革が主な原因で、支持率低下は3カ月連続。「黄色いベスト運動」の反政権デモが続いていた2019年2月以来の低水準となった。
同紙の委託で調査している大手調査機関IFOPの幹部は、昨年4月の大統領選でマクロン氏の再選を第1回投票から支持した基盤でも支持率が下がったことを指摘した。マクロン氏は「聞く耳を持たない」との批判を招いているという。【3月19日 共同】
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「聞く耳を持たない」・・・マクロン大統領への“傲慢”“エリート主義”等の批判は以前からのものですが、これが“強いリーダーシップ”となるのかどうか・・・・
****仏大統領、年金改革譲らず 抗議継続も施行を明言****
フランスのマクロン大統領は22日、国内で強い抗議を招いている政府の年金制度改革の法案に関し「年内に施行する必要がある」として必要な自身の署名を違憲審査の完了後に行う考えを明言、改革実行へ譲らない姿勢を示した。地元テレビのインタビューで語った。
23日に改めて国内一斉の抗議行動を呼びかけた労組は「多くのデモ参加者らに対する侮辱だ」と強く反発した。情勢正常化の兆しは見えない。(後略)【3月23日 共同】
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これまた当然のように、抗議行動の中には一部暴徒化する者もいて、ボルドーでは市庁舎入口に放火、パリでもゴミの山に火がつけられる(903件)騒動にもなっています。
こうした暴徒化に対し、23日のデモでは、フランス政府はおよそ450人のデモ参加者の身柄が拘束されたと発表しました。
この混乱で、チャールズ英国王夫妻の訪仏も延期に。
****仏大統領「屈せず」、年金改革抗議デモ激化巡り 英国王は訪仏延期****
フランスのマクロン大統領は24日、年金制度改革に抗議する全国的なデモが一部で激化しているものの、改革を進めると改めて表明した。
パリや南西部ボルドーなどでは一部のデモ参加者が暴徒化するなど、状況は悪化しており、26日から3日間の日程で予定されていたチャールズ英国王夫妻の訪仏は延期されることになった。(中略)
マクロン大統領は将来の政策変更について労働組合と協議することに前向きという考えを改めて示しつつも、「われわれは前進し続ける。フランスは立ち止まることはできない」と述べた。同時に「われわれは暴力には屈しない。私は暴力を徹底的に非難する」とした。【3月25日 ロイター】
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28日の抗議デモは、前回に比べるとやや縮小したようです。
****仏の反年金改革、デモ縮小 74万人、政府は対話意向****
フランス各地で28日、政府の年金制度改革に反対する労組の一斉ストライキとデモが行われた。内務省によると、デモ参加者は全国で計約74万人。前回23日の約109万人から縮小した。
フランスのメディアによると、改革の撤回を求める労組は次の一斉抗議を来月6日に設定。政府は断行の構えを崩さないが、労組と対話する意向も示した。
前回デモの際、暴力行為が増加したため、内務省は全国で警官約1万3千人を治安維持に投入した。パリなど複数の都市でデモ隊と警官隊の衝突が再び起こった。(後略)【3月29日 共同】
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警察側の「暴力」への懸念も高まっています。
きっかけとなった、20日夜のデモで同部隊に逮捕された若者が隠れて録音した音声には、「足の骨を折ってやる」「次はパトカーでなく救急車で病院送りだ」といった隊員の言葉や平手打ちの音が。
この録音の公開を受けて、パリのヌニエズ警視総監やダルマナン内相も調査・処分の方針を明らかにしています。
5年前の「黄色いベスト運動」では警察の暴力的な対応への批判が高まったことがありますので、その二の舞を避けたい思いが当局側にあります。
公的機関の人権侵害を監視する国の権利擁護官や欧州評議会も警察当局の対応への懸念を表明しています。
【大統領を「くず」呼ばわりすると「侮辱罪」】
ここまでの動きは、マクロン大統領が押し切るのかどうかはわかりませんが、想定内のせめぎあいです。
個人的に“意外”だったのは、下記のニュース。
フランスにも日本にも「侮辱罪」がありますが、大統領を「くず」呼ばわりすると起訴されるようです。日本でもSNS上でその種の発言は日常化していますが、法的には起訴もありうるということでしょうか。
****マクロン大統領を「くず」呼ばわり 仏女性、侮辱罪で起訴****
エマニュエル・マクロン仏大統領をフェイスブックの投稿で「くず」と呼んだ50代の女性が、侮辱罪で起訴された。検察が29日、明らかにした。
マクロン氏は22日、全土で抗議が起きている年金改革問題について民放TF1テレビに出演して説明した。訴状によると、女性はその前日、「くず(マクロン氏)が(あす)午後1時から話すらしい。このくずを見るのはいつもテレビだ」と書き込んだ。
北部サントメールの検察によると、女性は24日、行政機関の告訴を受けて身柄を拘束された。侮辱罪に問われており、6月20日に裁判が開かれるという。有罪となった場合、1万2000ユーロ(約170万円)の罰金が科される可能性があるが、収監の恐れはない。
女性は、2018〜19年にマクロン政権を揺るがした抗議デモ「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動の支持者だった。女性は告訴を最初に報じた地方紙「ノールの声」に、「彼らは私を見せしめにしたいのだ」と語った。 【3月30日 AFP】
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“見せしめ”なのは間違いないでしょう。
日本の場合、“具体的な事実の摘示をしないで、不特定または多数の人が見られる中で口頭や文書を問わず、他者を侮辱することを内容とする犯罪。本罪は親告罪である。 名誉毀損罪とは「具体的な事実の摘示」の「有無」によって区別される。”【ウィキペディア】とのことで、1年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金または拘留もしくは科料だそうです。 昨年、規制が厳しくなったようです。
知らなかった。SNS・ブログなどで首相を「くず」呼ばわりすると日本でも・・・・
フランスを取り上げたついでに、今日目にしたフランス関連の話題をひとつだけ。
【10人に1人は移民】
フランスではアルジェリアなど北アフリカからを主として、移民が多く暮らしていますが、人口の1割(パリでは2割)にのぼるようです。やはり近年は増加しているようです。
****フランス、10人に1人は移民 2021年推計****
フランスの国立統計経済研究所は30日、総人口に占める移民の割合が1968年の6.5%から2021年には10.3%に増えたと明らかにした。人数にすると約700万人になる。
21年の調査によると、移民の3分の1以上は仏市民権を取得済み。移民とその子孫はおおむね社会に溶け込んでおり、多くはフランスで子どもをもうけている。
INSEEの担当者によると、移民の主な出身地は50年前は南欧だったが、21年にはアフリカ北部やサブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)、アジアに変わった。
21年の移民を出身国別に見ると、アルジェリアとモロッコが約12%、ポルトガルが8%超、チュニジアとイタリアが4%、トルコとスペインが約3%だった。性別で見ると、半数強が女性だった。
移民の大半は大都市に集まっており、パリでは最大で人口の5分の1を占めている。 【3月31日 AFP】
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外交面では、イギリスのEU離脱やドーバー海峡を渡る移民の問題でギクシャクしていたイギリスとの関係について、3月10日にパリで5年ぶりに開催された英仏首脳会談の話もありますが、そちらは少し長くなるので別機会に。
イギリスとの関係改善云々も、マクロン大統領としては年金改革問題の混乱を乗り切るのが大前提となります。