
【7月31日 AFP】
【「地中海を渡った(不法移民の)大群が、よりよい生活を求めて英国を目指している。フランスと協力して国境を守る必要がある」】
欧州が直面する難題のひとつが、安全と豊かさを求めてアフリカ、中東、アジアから押し寄せる難民・不法移民への対応です。
ひところ、地中海を渡ってイタリアなどに押し寄せる難民船とその海難事故が話題となっていましたが、このところ連日、英仏海峡トンネルを使ってイギリスへ渡ろうとする不法移民の話題が報じられています。
地中海を渡ってきた難民の“その後”とも言うべき問題です。
****<英仏海峡トンネル>不法移民3500人超が殺到****
英仏海峡トンネルの入り口がある仏カレーに英国への入国を目指す不法移民が押し寄せている。英BBCによると、トラックに隠れるなどして入国を図った不法移民は今週だけで3500人を超えた。
事態を重く見た英政府は29日、緊急の閣僚会議を開き、カレー近郊の保安強化に700万ポンド(約13億6000万円)を支援することを決めた。
トンネルは国際列車ユーロスターや車両を運送する貨物列車が通行する。カレー周辺にはアフリカや中東からの移民が集結し、トラックの荷台に乗り込んだり、フェンスを破って線路内に侵入したりして越境を試みている。
トラックにはねられるなどして6月以降に9人の死者も出ている。
外遊中のキャメロン首相は30日、「地中海を渡った(不法移民の)大群が、よりよい生活を求めて英国を目指している。フランスと協力して国境を守る必要がある」と強調した。【7月31日 毎日】
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“移民たちの多くは、エチオピアやエリトリア、スーダン、アフガニスタンなどから戦乱を逃れてきた人たちで、豊かさを求めて英国を目指す。人身売買を行う英国の犯罪集団が手引きしている場合があるという。”【7月29日 産経】
フランスは、不法移民がカレー近郊の空き地でテントを設置して暮らすことを事実上容認する一方で、イギリスの強い要請もあって、イギリスへ渡ることは阻止する・・・という対応です。
****仏から英へ 越境狙う移民を警戒****
フランスから海底トンネルを通ってイギリス側に渡ろうと試みる不法移民が相次いでいる問題で、フランス側の港町の近郊にはおよそ3000人の移民が簡易テントを設置し、暮らしながら越境の機会をうかがっていて、フランス政府はこれを阻止しようと警備を強化しています。
フランスから英仏海峡トンネルを通ってイギリス側に渡ろうと試みた不法移民は、ことしに入って3万7000人に上り、特に、ここ数週間で急増しています。
フランス側の港町カレーの近郊では、30日の時点で、およそ3000人の移民が簡易テントを設置し暮らしながら、イギリスへ越境する機会をうかがっています。
移民たちは地元のNGOから水や食料を支給されたり簡易トイレを設営してもらったりと支援を受けています。多くは、エチオピアやスーダンなど、アフリカからで、このうちエリトリア人の男性は「イギリスに行けば職を見つけられるので、毎晩のように越境を試みている」と話していました。
フランス政府は人道上の配慮から、不法移民といってもやみくもに摘発せず、カレー近郊の空き地でテントを設置して暮らすことは、事実上、容認していますが、海底トンネルを通ってイギリスに渡る試みは、阻止する構えで警察官を増員し警備を強化しています。【7月31日 NHK】
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“やみくもに摘発しない”のは、人道上の配慮もあるでしょうが、摘発すると“そのあとどうするのか?紛争国へ強制送還するのか?”という厄介な問題が発生するから・・・とも想像されます。
以前は海峡を渡るフェリーに潜り込む例が目立っていましたが、監視の強化にともない英仏海峡トンネルが使われるようになったようです。
密入国する為の手段としては、フェリーでイギリスへ向かう貨物トラックの中にまぎれこむことになりますが、走っているトラックに飛び乗るとか、トラックの車輪と車輪の間にひそむという方法がとられるため、当然に事故が発生します。
不法移民を乗せていたことがイギリス側で発覚した場合、乗り込まれたトラックにも3万円以上の罰金が課されるようです。【2014年11月30日 「おかねの学校」 “命をかけて渡るドーバー海峡” http://money-academy.jp/straits-dover/ より】
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彼らがそこまでして、なぜイギリスを目指すかには幾つかの理由があり、
身分証明書のシステムがない為、路上で職務質問を受けても不法滞在者である確認がつきいにくい。
英語が通じる。
元々、世界各国からの移民が多い国であるため、イギリス人でなくても仕事が見つけやすい。
社会福祉が行き届いている。
などが挙げられています。【前出“命をかけて渡るドーバー海峡”】
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イギリスの寛大な社会福祉制度や、難民受け入れ制度が、不法移民にイギリスが“黄金郷”であるかのようなイメージを与えている側面があるようですが、当然ながらイギリスがそれほど不法移民に寛大な訳でもありません。
(不法移民のイギリスへのこだわりは、現在の苦しい状況から救い出してくれる“救世主”をイギリスにイメージしている・・・ようにも思えます。)
特に、キャメロン首相は不法移民の厳罰化を推し進めています。
下記は5月頃のキャメロン政権の対応です。
****イギリス、なぜ不法移民の厳罰化? 賃金没収や強制退去強化…EU離脱議論とも関係か****
イギリスのキャメロン首相が、移民の不法滞在を厳罰化する方針を表明した。
来週開幕する国会に、不法就労で得た賃金を没収する事や、弁解の機会を与える前に強制退去させることを可能にする法案を提出する。
首相は、21日のロンドン中心部での演説で、「強い国とは、跳ね橋を上げる(門戸を開く)国ではない。移民をコントロールする国だ」などと述べ、移民を制限して自国民の労働の機会を拡大する決意を示した。
◆「賃金の没収」と“有無を言わせない国外退去”
イギリスでは、増え続ける移民により、自国民の労働の機会が妨げられたり、不法就労が犯罪の温床になったりしている事が長年の課題とされている。
キャメロン政権は、2010年の1期目の選挙で、移民の純増数を合計10万人未満に減らす公約を掲げていたが、最新の昨年9月の統計では逆に過去最高の29万8000人という数字が出ている。
今月行われた総選挙では、この“公約違反”への批判に対し、より厳しい「ラジカルな」移民対策を行うことを公約の一つに掲げていた。(中略)
中でも注目されているのは、以下の2つの法案だ。
「賃金の没収」=不法滞在者に支払われた賃金を、犯罪の産物として没収する権限を警察に与える
「強制的な国外退去」=“先に国外退去、弁解は後”の原則を全ての不法滞在者に適用する。弁解の機会を与えずに国外退去させ、異論がある場合はその後母国で訴える。これまでこの原則は一部の外国人犯罪者にのみ適用されていた。
◆「イギリスを不法滞在者にとってより魅力的でない場所に」
他にも、以下のような法案が準備されている。
・各銀行に全ての不法滞在者の銀行口座をチェックすることを命じる
・国外退去を待つ外国人犯罪者に発信機をつけ、衛星で居場所を追跡できるようにする
(中略)
キャメロン首相は、こうした対策を打ち出した背景を次のように語る。「コントロールされていない移民は、我が国の労働市場にダメージを与え、賃金を下げる結果を招く。これはつまり、合法的にイギリスに入ったものの、不法に滞在している者が多すぎるということだ。イギリスの人々は、そうした事をしかるべく整える事を望んでいる」。そして、「それはイギリスを不法滞在者たちにとって魅力的でない場所にする事から始まる」としている(テレグラフ紙、フィナンシャル・タイムズ紙=FT)(後略)【5月23日 NewSphere】
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キャメロン首相は、アフリカ・中東などからの不法移民だけでなく、ギリシャや東欧などEU域内の経済低迷国からの移民に対しても条件を厳しくすることをEUに求めています。
こうしたキャメロン首相の厳しい対応は、国内世論の移民に対する反発、移民問題の根本的解決とされるEU離脱要求を抑えるためのものと思われます。
【EU 「割当制」で合意できず】
難民・移民に苦慮するのはイギリスだけではありません。
EUでは難民受け入れを各国に割り当てる方策を検討しましたが、反対も多く、合意を得られませんでした。
****難民4万人受け入れ、各国分担合意できず・・・・EU****
政情不安の北アフリカから欧州を目指して地中海を密航船で渡る難民が急増している問題で、欧州連合(EU)は20日の法相・内相理事会で、イタリアとギリシャに集中する難民のうち、今後2年間で最大4万人をEU各国が分担して受け入れる計画を協議したが、受け入れ数を巡って合意できず、結論を先送りした。
年末までに改めて合意を目指す。
船で欧州に到着した難民は今年だけで15万人に上り、海難事故も多発している。EUは6月の首脳会議で、負担を分担するためイタリアとギリシャにたどり着いた難民をEU内で再配置することで合意。各国が受け入れ数を7月末までに決める方針だった。
しかし、難民の受け入れは自国の雇用などに影響を及ぼすため、反対する国も多く、人口や経済規模などに応じて強制的に再配置する当初の計画を断念。
この日の理事会では、各国が自主的に受け入れ数を申し出たが、合計は約3万2000人で、計画の4万人には届かなかった。【7月21日 読売】
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年末までに再調整が図られるようですが、当面は難民受け入れは「割当制」ではなく、任意ということになっています。
【ドイツ 難民希望者の保護施設に対する襲撃】
ドイツでは、国全体で受け入れた難民を各地方に割り振る制度になっているようですが、割り当てられた地方で軋轢が生じています。
****難民急増に悩むドイツ、襲撃事件が続発****
亡命希望者の割り当て政策、受け入れ側の小さな村が抱える不安
シャーロッテ・ツァインドルマイヤーさんは外国人に何の反感も持っていない。経営している衣料品店では、湾岸諸国から来る大勢の裕福な客にサービスを提供してきた。
だが、ドイツ・バイエルン州の村ヴィンデン・アム・アイグンの住民たちを不安にさせたのは、村に訪れることになっている亡命希望者の数だった。
人口800人のこの豊かな村のゲストハウスに、100人以上の亡命希望者が住むことになったのだ。
人口800人の村に難民100人
(中略)村の住民からオンライン上で嘆願が集まった後、村に来る亡命希望者の数は67人に減らされた。それでも今月、放火事件が起き、ゲストハウスの離れが焼け落ちた。
難民を全国に割り振るドイツの政策は、今年の亡命申請の急増と相まって、ごく小さな集落にも見慣れない人たちをもたらした。
ドイツは昨年、欧州連合(EU)で最大数の亡命申請者を受け入れたが、他の欧州諸国と異なり、極右政党が選挙で成功を収めることはなかった。むしろ、難民数の増加への不安は、難民希望者の保護施設に対する襲撃という形で表出した。
今年上半期には、ナチスのシンボルの落書きから建物の放火まで、難民収容施設に対する200件近い襲撃事件がドイツ当局に記録されており、昨年の175件から増加している。
襲撃事件は主に、難民に割り当てられたが、まだ人が住んでいない宿泊施設に対するものだった。一部のケースでは、襲撃者がその意図を明確にしている。昨年12月、バイエルン州の町フォルラで65万ユーロ相当の被害をもたらした放火事件の現場には、ナチスのかぎ十字が殴り書きされていた。(中略)
難民に対する襲撃は、ドイツ人の多様性の受容に関する議論を呼んだ。
地方自治体を代表するドイツ自治体連合は、一連の襲撃事件は――忌むべき行為ではあるが――関連性のない事件だと言う。また、大勢の民間人が難民希望者を自宅に受け入れることを申し出ているという。
ドイツ当局は、難民希望者の保護施設の警備体制を見直している。内務省の関係者らは、亡命申請について決断を下すのにかかる時間も削減されたと言う。
だが、課題は大きくなっている。昨年は20万2000人以上の人がドイツに亡命を申請した。EU内で次に人気の亡命先であるスウェーデンは、8万1180人の申請を受け付けた。
今年に入ってからこれまでに17万9000人以上がドイツに亡命申請しており、当局によれば、中東諸国の危機に駆られた申請数が減る見込みはないという。
ドイツの連邦刑事局は、難民希望者の宿泊施設に対する「全国的にネットワーク化された運動、あるいは全国的な指示が出されている運動」の証拠はないと話している。
問われる多様性の受容
だが、「Kein Asylantenheim in meiner Nachbarschaft(うちの近所に亡命希望者の保護施設は要らないの意)」と題された、グーグルをベースとした地図は、情報がオンライン上で共有されていることを示唆している。
サービス規定違反でグーグルが取り下げたこの地図は、難民収容施設の場所と収容人数を掲載していた。
国の繁栄と東からの移住ルートとの近さは、ドイツが難民にとって人気の目的地であることを意味しているが、ドイツは民族の多様性にあまり馴染みがない。
特に激しい襲撃事件が起きたのは、最も多様性の低いドイツ東部だった。東部では、移民のバックグラウンドを持つ人口が全体の4%程度だが、西部では2割を超えている。(後略)【7月30日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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【ギリシャ 経済苦のなかで示される寛容性】
難民の玄関口としてはイタリアが注目されていますが、実際は最近はギリシャの方が多くなっています。
そのギリシャは、周知のように財政難で難民保護どころではない状態です。
****ギリシャを襲う新たな危機****
ある朝目が覚めたら、新しい村ができていた・・・・緊縮で国境管理が緩くなったギリシャに難民が殺到
・・・・IOM(国際移住機関)のアンブロージは、大量の難民流人と財政危機で社会の緊張が高まり、市民と移民の間で衝突が起きるのではないかと懸念している。さらにそれが「愛国主義、排外主義、人種差別に火を付けかねない」。
だが今のところ、島民が多数の難民に寛容な姿勢を示していることに、アンブロージは驚いている。「隣人のことを嫌いでも、その家が火事になったら、嫌いなことなんて忘れて助けなくてはと思うものだ」
援助職員たちも、島民の寛容性に感銘を受けている。資本規制で人々の暮らしは悪化する一方なのに、難民たちを助けるために知恵を絞っている。(中略)
ヒオスのマノリス・ブルヌス市長によると、同島の企業はテント張りを手伝い、マットレスを寄付した。一般市民は、難民たちに支給される最低限の食事を補うために、乳児用の離乳食やミルクをはじめ、多くの食料をキャンプに差し入れした。(後略)【8月4日号 Newsweek日本版】
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もちろんギリシャでも排外主義の極右勢力の台頭はありますが、経済的には欧州でも貧しいギリシャの島の住民が移民に寛容な姿勢を示している・・・・というのは、非常に興味深いところです。
【絶対的権利を区切る国境線】
難民・移民の問題は、国家という枠組みを大前提にしている現在の世界のもたらす帰結でもあります。
“先進国の思想的リーダーの多くは絶対的権利の精神性を信奉している。だがその範囲は一定の境界線で区切られる。自国内での権利の浸透が最も重要であり、市場が発展しつつある国や途上国に住む人々には関心を持たない。”【6月6日 「だから欧州は移民問題を解決できない 自国の利益だけ追う閉鎖的政策の限界」 東洋経済online】
また、人の移動が活発になり、情報が多くの人々に共有されるようになった現在社会が向かう“均質化”の大きな流れの一環とも見ることができます。
国境・民族を盾にして、現在手にしている利益を守ろうとするのは現実論として理解はできますが、ただ「ここはお前らの国ではない!出ていけ!」では、これまで大切にしてきた価値観を踏みにじり、異質な世界に踏み込んでいくような不安を感じます。