孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

カタール  「争い」を産む選挙を止めて、議員全員を首長が指名するように憲法改正

2024-11-07 23:25:09 | 民主主義・社会問題

(カタールの首都ドーハで、初の国政選挙となる諮問評議会選に投票する女性=2021年10月(ロイター=共同)【11月7日 共同】)

【憲法改正 選挙は廃止され、今後は首長が全議員を指名する 改正賛成が90.6%】
トランプ圧勝関連ニュースで溢れる(それは当然で、後日、このブログでも取り上げるかもしれませんが)なかで、「おや?」っと思ったのが下記のニュース。

****カタール、議会選挙廃止 憲法改正、首長が全員指名*****
中東カタールで5日に実施された諮問評議会(議会)議員の選出制度を変更する憲法改正の是非を問う国民投票で、国営通信は6日、改正賛成が90.6%だったと伝えた。タミム首長は同日、憲法改正を承認した。

定数45議席のうち30人を直接選挙で選び、残り15人を首長が指名していたが、選挙は廃止され、今後は首長が全議員を指名する。

首長が全権を握るカタールで、2021年に初めて諮問評議会選が実施されたが、一部市民の立候補などが制限され、批判が出ていた。

タミム氏は、選挙により家族や部族間で「争い」が起きているとし、憲法改正が必要だと説明していた。【11月7日 共同】
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2021年に初めての選挙が実施されたばかりなのに、なぜ民主主義の逆行みたいなことが起きるのか?

【カタール人は人口の10% 天然ガスの産む富をもとに、労働力のほとんどを外国人労働者が支える】
そももそカタールでどんな国? 首長制国家(一種の君主制)で、以前、アラブ湾岸諸国と対立して制裁を受けていたとか、ガザの紛争で仲裁国として登場したり・・・ということはありますが。

****中東初のサッカーワールドカップ開催国 カタールってどんな国?****
(2022年)11月20日に開幕する、サッカーのワールドカップ。日本を含む32チームが世界一をかけて競い合います。今回の開催国はカタールです。カタールと言えば、日本サッカー界で今も語り継がれる「ドーハの悲劇」の舞台となった地です。(中略)

そもそもカタールってどんな国?
そんな因縁の地カタールは、産油国が集中する中東ペルシャ湾に面した国です。(中略)そのカタールの国土は、秋田県とほぼ同じ広さで、1930年に始まったワールドカップの開催国としては、もっとも小さい国となります。

外国人労働者が支える社会
カタールの最大の特徴は、人口に占める国民の割合の少なさです。正確なデータは明らかにされていませんが、人口およそ290万人のうち、国民は1割程度と言われています。

高級ブティックやショッピングモールが建ち並ぶ市内中心部では、白い民族衣装を身にまとったカタール人の男性グループがカフェで会話を楽しむ姿を見かけます。

一方、店で働いているのは全員が外国人で、インドやパキスタン、フィリピン、ネパールなどアジア出身の出稼ぎ労働者の姿が目立ちます。

ドーハ郊外には、労働者が集団生活するためのアパートが建ち並び、ベランダには作業服がたくさん干され、歯ブラシや古着などの路上販売がにぎわっています。カタールでは、労働力のほとんどを外国人労働者が支える構図となっているのです。

豊富な天然ガスが莫大な富を
こうした社会構造を支えるのは、豊富な天然ガスです。

カタールの沖合には、世界最大級のノースフィールドガス田があり、ここから産出される天然ガスをLNG=液化天然ガスに加工し、日本など世界中に輸出。人口のわずか1割を占める国民に、ばく大な富をもたらしています。
(後略)【2022年11月18日 NHK】
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当然ながら選挙権は“カフェで会話を楽しむ”カタール人だけで、労働力のほとんどを支える外国人労働者は含まれません。

(“カフェで会話を楽しむ”白い服の男性たち・・・以前、ドバイで見た同様の光景を思い出します。「昼間から優雅だね・・・この人たちは働かないのだろうか?」と思った記憶が)

ただ、“カタール国籍”と言っても、部族絡みで難しい問題があって論争を惹起したようです。

****カタールの選挙の排除条件について論争勃発、逮捕者も=BBC****
BBCの報道によると、カタールの諮問評議会選挙の被選挙権が、カタールのソーシャルメディアで広範な論争を巻き起こしているとのこと。 

シェイク・タミーム・ビン・ハマド・アール・サーニ・カタール首長は、10月実施予定となっている国内初の議会選挙の選挙法を承認した。

新法の下では、「原国籍がカタールで、18歳以上であるすべての人は、諮問評議会の議員を選出する権利を有するものとする。ただし、祖父がカタールで生まれたカタール人であるという条件でカタール国籍を取得した者は、原国籍という条件から除外される」。

この法律はまた、立候補者の「原国籍がカタールでなければならない」と規定しており、年齢は30歳以上でなければならない。

選挙権と被選挙権が、国内のソーシャルメディアにおいて論争を引き起こし、立候補者の「原国籍がカタール」でなければならないという要件が、幅広い人々の怒りを招く事態になっている。

要件を満たしていないアール・ムラ部族の一部が、「自分たちが諮問評議会選挙に立候補できないようにするための恣意的な法律」であると評し、抗議の動画を複数投稿した。

活動家はハッシュタグ#Al_Murrah_Qatari_People_Before_the_Governmentで投稿を開始し、政府が形成される以前からアール・ムラ部族はカタールに居住していたと強調した。

内務省はその後、7人の人物「虚偽のニュースを広め、人種や部族の争いを引き起こす手段としてソーシャルメディアを使用した」として、検察庁に照会したと、発表した。(中略)

議会選挙
諮問評議会の議員の3分の2、つまり45議席中30議席を選出するために、選挙が実施される。残りの議員は首長が任命する。 30の選挙区に分割され、各区を代表する候補者が1名選出される。

2003年の国民投票では、現在首長によって全議員が任命されている諮問評議会の部分的選挙を規定する新憲法が、人口のわずか10%のカタール人によって承認された。【2021年8月10日 ARAB NEWS】
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カタールにおける部族と国家の関係はよく知りません。とにかく“カタール人”といっても難しい問題が付随するものの、人口の10%にとどまるこの“カタール人”だけによって選挙は行われようです。。

【ハマスを含め、アメリカ・イスラエルなどとも関係を持つ全包囲外交 仲介で存在感】
あとカタールはハマスと関係が深いことも特徴のひとつです。
ハマスだけでなく、アメリカ・イスラエルとも関係を持つ全方位外交を行っています。

****イスラエル人質交渉 なぜカタールが仲介?ハマスとの関係は?****
イスラエル軍が地上での軍事行動を拡大させる中、ガザ地区に230人以上いるとされる人質はどうなるのか。人質解放に向けた交渉を仲介していると言われるのが中東のカタールです。

なぜイスラエルとハマスの仲介役になれるのか?そもそもカタールってどんな国?(中略)

カタールの大学で客員研究員を務めた経験もある日本エネルギー経済研究所中東研究センターの堀拔功二主任研究員に話を聞きました。

なぜカタールが仲介役に?
カタールが人質の解放に向けた仲介を担うことは、実はわりと自然なことだったと思います。というのも、カタールはハマスとイスラエル、その両方にコネクションを持つ国だからです。

両方にコネクション、パイプを持つ国というのは、おそらく中東地域ではカタールとエジプト、あとはトルコぐらいだと考えられます。

とりわけハマスに関して、カタールは意思疎通をとれる窓口を持っています。
2012年ごろに、ハマスがドーハに政治事務所を持ったことで、双方の関係はより深まったと考えられます。現在、ハマスの政治局局長のハニーヤ氏もカタールを拠点に活動しています。

イスラエルや各国の意見をハマス側に伝達する一方、ハマス側もカタールを通して自分たちに有利な交渉条件や妥協点を探ろうとしているのだと思います。

人質をとられている国からも、カタールに解放交渉に向けて協力してほしいという依頼が来ています。

例えば、普段はカタールと政治的・外交的にコミュニケーションを目立ってとるような国ではないタイやネパールとも対話が交わされています。そのほか、アメリカ、イギリス、フランス、カナダなどとも密に連絡をとっています。(中略)

仲介はどうやって行われるの?
(中略)
また、カタールは過去に、パレスチナ問題に限らず、さまざまな紛争や対立、人道的な問題に関して、仲介を行ってきました。そうした実績も評価され、今回のイスラエルの人質解放に関しても仲介役としての期待が高まったということが言えると思います。

たとえば、対立するアメリカとイランの間の仲介です。
カタールはアメリカと関係が良く、ドーハ郊外にはアメリカ軍の空軍基地があります。(中略)その一方で、アメリカと敵対するイランとも非常に緊密な関係にあります。

ことし9月にはアメリカとイランの間で囚人交換が行われたのですが、この時、仲介をしたのもカタールでした。

どうしてハマスと関係があるの?
ハマスはもともと「ムスリム同胞団」のパレスチナ支部を母体とする組織です。
そのムスリム同胞団とカタールは良好な関係にあり、カタールは1960年代から同胞団を支援したり、彼らの亡命先となったりしてきました。ハマスとは、2006年にパレスチナで議会選挙が行われた時ぐらいから関係を持ってきたと言われています。

また、カタールがハマスをサポートしている側面もあります。首都ドーハにあるハマスの政治事務所がカタール政府と緊密な連携、コミュニケーションをとっていると考えられています。
現在のハマスの政治局局長のハニーヤ氏のほか、その前の局長のマシャル氏など歴代の幹部もドーハに滞在していました。

カタールはガザ地区へこれまでも人道支援を継続して行ってきました。(中略)

カタールの前の首長が2012年にガザを訪問したり、ハマスの幹部が定期的にカタール政府の幹部と会談したりと、協力・連携は常に行われています。人道支援などの結果、ハマスもカタールを信頼しているわけです。

イスラエルとの関係は?
イスラエルとカタールは公式な外交関係はありません。ただ、1996年頃から2009年にかけてドーハにイスラエルの貿易事務所、通商代表部というものがありました。

その後もパレスチナ情勢への対応やガザ地区への人道支援をめぐって、イスラエルと水面下でのやりとりが続けられました。イスラエル側からしても、ある程度カタールに対する信頼はあったのだと思います。

カタールはパレスチナ問題に関しては基本的にパレスチナ側に寄っていますし、今回の件に関しては、長年ガザを封鎖してきたイスラエル側に完全に非があるという立場の声明を発表しています。

とはいえ現実的に、中東の安定化、色々な経済的な関係を含め、イスラエルとの関係を持つことは決して悪いことではないという認識もあったかと思います。

それが歴史的に、20年ぐらい前にドーハとイスラエルが非公式な経済・外交関係を有していた理由だと思います。

そもそもなぜ仲介に積極的なの?
仲介外交は、小国のカタールが生き延びていくための生存戦略に他なりません。
カタールは色々な国や組織と関係を維持することで、国家としての安全保障や安定的な環境を作ろうとしています。また、その外交戦略はカタールの国際社会におけるプレゼンスや影響力を高めるといった結果があります。

その結果、カタール自身が諸外国から評価され、大事にされることにつながるのです。諸外国と強力な関係を築くことは、内政面でも君主体制の安定化に資すると言えます。(後略)【2023年10月31日 NHK】
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【2021年の選挙では女性28人が立候補するも当選者なし 長が指名枠を使って男女比の不均衡を正す】
話を諮問評議会選挙に戻すと、2021年の選挙では女性28人が立候補して注目されました。

****カタールの国政選挙に女性が立候補「大きな前進」****
カタール初の国政選挙に女性も立候補したが、男性と比較すると女性の候補者数は非常に少ない。
30の議席に対し284人が立候補して選挙戦を争う。そのうち、女性の候補者は28人だ。残る15議席は首長により指名される。

「女性の立候補は非常に大きな、意義のあるステップです」と国際危機グループの湾岸諸国分野のシニアアナリスト、イルハン・ファクロ氏は評価する。

「とはいえ、その影響について過大な期待をすべきではないと考えています。女性の候補者はたった28人ですから。実際、それは特に驚くべきことではないのです」(中略)

ファクロ氏は、女性が選出されないか非常に少数である場合には、「男女比を改善するために」首長が女性を直接指名する可能性もあると示唆した。バーレーンの議会選挙でも同様のことが起きている。

女性の保健相や外務省報道官のいるカタールは、他の湾岸諸国よりも女性の政治参画が進んでいる国だ。
さらに、カタールW杯組織委員会をはじめ、社会貢献事業、芸術、医療、法、ビジネスなど多くの分野で女性が重要な役割を担っている。

カタール憲法には「すべての市民の機会均等」が規定されている。
最新の公式データによれば、カタールは男性が女性より2.6倍多い。主な理由として、カタールに来ている男性の出稼ぎ労働者の存在が挙げられる。

カタール当局はかつて「男女平等と女性の地位向上」は湾岸諸国にとって「成功と将来展望」の鍵だと訴えた。

アナリストのファクロ氏は、湾岸諸国の選挙に女性が立候補することは「これらの諸国で女性の政治参画への態勢が整い、政界への進出が望まれてきている」ことの重要なシグナルだと指摘する。

「湾岸諸国で女性の権利向上、家族法や離婚、そしてあらゆる分野での法の平等が確保される可能性はあります」と述べる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは以前、男性よりも女性の大卒者の数が多く、1人当たりの医師と弁護士の数も女性が上回っていることなどを挙げて、カタールの女性が「さまざまな障壁を打ち破り、大きな進歩を遂げた」と認めた。【2021年10月2日 ARAB NEWS】
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実際のところ、女性の当選者はありませんでした。

****カタール初の国政選挙、女性当選者ゼロ****
カタールで(2021年10月)2日、諮問評議会選が行われた。初の国政選挙だが、首長が全権を掌握する状況は変わらないとみられる。女性候補は一人も当選しなかった。 45議席のうち30人を投票で選び、残る15人を首長が指名する。これまでは首長が全員を指名していた。

内務省の選挙管理委員会によると、当初は女性28人が立候補を認められたが、30議席すべてを男性が占めた。首長が指名枠を使って男女比の不均衡を正すとみられる。

当局によると、最終的な投票率は63.5%で、10%未満だった2019年地方選挙を大きく上回った。

各地の投票所では終日、民族衣装を着た有権者が整然と並んでいた。
ある投票所前では、女性有権者が運転手付きのメルセデス・ベンツ(Mercedes Benz)車やロールスロイス(Rolls-Royce)の白のSUV(スポーツ用多目的車)で乗り付けていた。昼食時も有権者の列は絶えず、投票した人の過半数を女性が占めていた。

これまで何度も先送りされてきた選挙が実施された理由として、来年のサッカーW杯カタール大会(2022 World Cup)を前に、国際社会から厳しい目を向けられていることなどが挙げられている。【2021年10月3日 AFP】
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女性の当選者がなく、首長が指名枠を使って男女比の不均衡を正す・・・初めての国政選挙はそのような実体だったようです。

そして、今回、「選挙により家族や部族間で「争い」が起きている」ということで、選挙をやめ全員を首長が選ぶ・・・という変更。

確かに、アメリカなど選挙によって分断が深まるという面が露呈しています。それでも選挙を行うべき。国民の代理人たる議員を選定するような権限は誰にもなく、国民自身が選ぶ・・・というのが民主主義です。

カタールでは未だ、欧米的な選挙を行うだけの基盤が国民の間にできていなかった・・・というふうにも見られます。

もちろん、首長制(一種の君主制)であるという基本的違いもあります。
ただ、現在のタミル首長が“いい人”なので全部任せてもいいかもしれませんが、“悪い人”が首長になったときは・・・という根本的問題があります。

かつて王制のブータンで議員選挙を導入しようとしたとき、一部の国民から「王様がいればそれでいい。選挙なんか必要ない」という声がありましたが、国王だか前国王だかが「今はいいけど、悪い国王になったらどうすのか?」と説得したという話も。
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格差社会の現況 G20は富裕層課税の取り組み推進で合意したものの、その実現は疑問

2024-07-26 23:35:46 | 民主主義・社会問題

(【2022年11月7日 日経“超富裕層に増税検討 財務省「1億円の壁」是正目指す”】)

【現代の大富豪が君臨するインドは、英植民地時代のインドよりも格差が拡大】
どんな国、どんな社会でも格差・貧富の差はあるものですが、インドなどは「一握りの桁外れの大金持ちと、毎日の食事にも事欠く絶対的貧困に喘ぐ多くの貧困層」という格差イメージがあり、同時に、多くのインド国民が「世の中はそんなものだ」と諦観しているようなイメージも。

****インド上位1%への富の集中が過去60年で最高、ブラジルや米国上回る****
インドでは2023年末時点で、最上位1%の超富裕層が保有する資産が同国全体の富に占める比率が40.1%と1961年以降で最も高くなり、富の集中度はブラジルや米国を上回っていることが、世界不平等研究所の調査報告書で分かった。

最上位1%が所得全体に占める比率も22.6%と1922年以降最高に達した。

インドは1992年に外資へ市場を開放した後、大富豪が急増。フォーブスの世界長者番付を見ると、資産10億ドル超えのインド人は1991年に1人だったが、22年は162人となった。アジアの大富豪トップ2はいずれもインド人実業家だ。

今回の調査報告書には、こうした現代の大富豪が君臨するインドは、英植民地時代のインドよりも格差が広がっている、と記されている。

世界不平等研究所は、教育の機会が提供されていないことなどの要因により、一定の人々は低賃金労働から抜け出せず、所得階層の下位50%や中間層40%の資産増加が抑え込まれているとの見方を示した。

14年に経済発展と改革を掲げて誕生したモディ政権に対しても、過去2期の間に格差が一段と拡大したとの批判が出ている。【3月21日 ロイター】
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もっとも、冒頭記述のなかの諦観云々の後半部分に関しては、必ずしもそうとは言い難いこともあるようで、金持ちの「やり過ぎ」は一般国民の批判を呼ぶようです。

****インドの大富豪の息子 結婚式に900億円…市民から怒りの声も****
まるでアカデミー賞の授賞式のようにポーズを決めるセレブたち。実は、これはインドの財閥リライアンスを率いる会長ムケシュ・アンバニ氏の息子、アナント氏(29)の結婚式です。

結婚式はインドのムンバイで12日から4日間開かれ、スポーツ選手や映画スター、実業家など多くの世界的な著名人が出席しました。

数カ月前から行っているイベントも含めた全体の費用は、英ガーディアン紙によると、なんと900億円を超えると報じられています。

豪華な結婚式の一方で、こんな声もあります。
女性 「彼らがやっていることはあまりにもばかげている。そんなに誇示する必要はない」
男性 「貧しい人々の状況についても考える必要があります。彼らが何百万ドルも費やしている一方で、貧しい人々は食べるのに苦労しています」

会場付近の道路が4日間にわたって閉鎖されるため、多くの市民から怒りの声が上がっているということです。(「グッド!モーニング」2024年7月15日放送分より)【7月15日 テレ朝news】
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【「世界の不平等はおぞましいレベルに達している」】
格差が問題視されるのはその「程度」に加え、富める者はますます豊かになり、貧しい持たざる者はそこから抜け出せないという「格差の進行」、そして貧しい層は教育・就労機会にも恵まれず「貧困の再生産」が行われるという問題です。

「富める者はますます豊かになり、・・・」という一般的なイメージは、あながち間違っていないようです。

****世界の上位1%の超富裕層、10年で資産6480兆円増 オックスファム****
世界の上位1%の超富裕層は、過去10年間で資産を42兆ドル(約6480兆円)増やした。国際NGOオックスファムが25日、発表した。

オックスファムによると、この42兆ドルという数字は、世界の下位50%が保有する資産の約36倍に相当する。

その一方で同NGOは、こうした超富裕層は「資産の0.5%未満に相当する税金しか支払っていない」と指摘している。

超富裕層への課税については、ブラジル・リオデジャネイロで25日から始まる主要20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議での主要議題となる見通し。

参加するフランス、スペイン、南アフリカ、コロンビア、アフリカ連合は課税に賛成しているが、米国ははっきりと反対を表明している。

会議での議論についてオックスファムは「G20にとって真の試金石」と表現しており、超富裕層の「極端な富」に最低8%の課税を実施するよう求めている。 【7月25日 AFP】
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オックスファムはブラジルで開催中のG20財務相・中央銀行総裁会議に先立ってこの分析を発表し、「不平等はおぞましいレベルに達している」としています。

【G20 富裕層課税の取り組み推進で合意・・・ではあるが・・・・】
アメリカのイエレン財務長官は富裕層への世界的な課税に反対する意向を表明しています。ただ、累進課税には賛成しています。

****米財務長官、富裕層への世界的な課税案に反対表明****
米国のジャネット・イエレン財務長官は23日、富裕層への世界的な課税に反対する意向を表明した。富裕層への世界的な課税は、今年の20か国・地域議長国のブラジルが提唱し、フランスも支持している。

イタリア・ストレーザで開催中の主要7か国財務相・中央銀行総裁会議に出席しているイエレン氏は記者団に対し、「すべての国に同意を求めて、気候変動とその影響に基づき各国に利益を再配分するような国際交渉には賛成できない」と述べた。

また、自身もジョー・バイデン米大統領もこのような世界的な富裕税には賛成できないが、累進課税には賛成していると述べた。

バイデン政権は2025年予算で、保有資産1億ドル(約157億円)以上の「0.01%の超富裕層」について、所得に最低25%の課税を行うことを提案している。

イエレン氏はこれを引き合いに出し、「よって米国内の超高所得者に最低限の課税はもちろん、合理的な水準の課税を行うことに異論があるわけではない」と説明。米政府は「低所得国や新興市場国が財政支援を必要としていること」を認識していると述べた。

ブラジル政府が提案している世界の富裕層への課税は、フランスの経済学者ガブリエル・ズックマン氏の研究に触発されたもの。

ズックマン氏は、世界のビリオネア(保有資産10億ドル以上)3000人にその財産の少なくとも2%に相当する課税を行えば、年間2500億ドル(約39兆円)を確保できると主張している。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は23日放映された米CNBCテレビのインタビューで、世界的な富裕税は「国際的に有意義な議論」だとし、ブラジルと共にこの構想を「推進する」と述べた。

ブリュノ・ルメール仏経済・財務相も、世界の富裕層に対する最低限の課税案は、G7財務相・中央銀行総裁会議の優先事項の一つだと述べた。 【5月24日 AFP】
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オックスファムは「世界の億万長者らに課せられる税率は資産の0.5%未満だ」と指摘しています。

7月25日、ブラジル・リオデジャネイロで開幕したG20財務相・中央銀行総裁会議で、世界の超富裕層に効果的に課税するため協力して取り組むことで合意したものの、富裕層課税を実現する難しさを指摘する声もあるようです。

****G20、富裕層課税の取り組み推進で合意 実現に懐疑的見方も****
20カ国・地域(G20)は25日、ブラジル・リオデジャネイロで開幕した財務相・中央銀行総裁会議で、世界の超富裕層に効果的に課税するため協力して取り組むことで合意した。26日に共同宣言を出す見通し。

議長国ブラジルが富裕層課税を提案し、共同宣言を優先事項として推進していた。

ロイターが確認した共同宣言は各国の「課税主権を十分に尊重した上で、超富裕層の効果的な課税を協力して推進することを目指す」とした。

ベストプラクティスの交換や租税原則を巡る議論の促進、税逃れ対策のメカニズム検討といった協力が考えられるとした。

ブラジルは資産が10億ドルを超える個人に年間2%の税率で課税し、世界中の3000人から最大2500億ドルの税収を得るという案を土台に議論を呼びかけてきた。

同国のアダジ財務相は記者団に、学者や経済協力開発機構(OECD)、国連といった国際機関が参加するより広範な検討プロセスがこの日始まったと指摘した。

ただ、G20参加国からは富裕層課税を実現する難しさを指摘する声も聞かれた。(後略)【7月26日 ロイター】
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富裕層課税は世界各国が協調して取り組まないと、該当者が資産をより税率の低い国に映してしますといったこともあるように思われます。

現実に富裕層課税が多くの国で導入されるのかどうか・・・はなはだ懐疑的にもなります。

【日本の格差の現況は?】
ところで、日本の格差問題。
日本はかつて「一億総中流」と評される「平等な社会」だったが、格差社会になってしまった・・・というのが一般的イメージでしょう。

格差の分析にはジニ係数が頻用されますが、そのジニ係数の長期的推移を見ると、格差が拡大している流れが見られます。また、先進国の中でも比較的ジニ係数が大きいとされています。

****先進国のなかでも、深刻なほど「所得格差」の大きい日本…なぜ日本でこんなにも格差が拡大しているのか?****
90年代に上昇したジニ係数
(中略)

1970~1980年代は安定成長期だったので、所得分配に大きな変動はなく、ジニ係数は0.31~0.34であった。それが1990年の数値を見ると、0.36に急上昇し、大幅に所得格差が拡大したことがわかる。

原因の一つとしては、1980年代後半のバブル期では株価と地価の高騰があったので、資産家の金融所得が高くなり、所得格差の拡大の余韻が残っていたことが挙げられるだろう。

1990年代には「失われた30年」とされる不景気が始まり、低所得者の数が増加して所得格差は拡大に向かっていった。21世紀に入る頃、それがますます深刻となり、ジニ係数は0.38を超えた。

表1-1では1950~1960年代の高度成長期の数字は示されていないが、この時代は平等主義の時代、あるいは格差の小さい時代であったことは皆の知る事実なので報告していない。

結論として、戦後から20世紀末にかけて日本は一気に所得格差において相当程度の拡大が進行して、今もそれが進行中と解釈できる。(中略)

再分配所得の国際比較 2019年

先進国として評価すると、アメリカほど高くはないが、他の多くの国よりもジニ係数が高く、所得格差は大きい国である、と判定してよい。これはとても重要な事実で、日本は先進国のなかでもかなり所得格差の大きい国になっている。【5月17日 橘木俊詔氏 現代ビジネス】
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もっとも2010年以降で見るとあまり大きな変化は見られません。

****2010年代に日本の所得格差は拡大したか。また、税制でどれだけ格差が縮小できたか****
(中略)
結論から言うと、所得税・住民税や社会保険料を課される前で、年金や児童手当や失業手当などの給付を受ける前の所得(これを当初所得という)でみると、2010年代を通じて、所得格差は、わずかな変動はあるが、拡大してもいないし縮小してもいないといえる。冒頭の表の列(1)の(等価世帯)当初所得のジニ係数をみると、2010年に0.4827だが、2020年には0.4889と、ほぼ変わらない。

ただし、重要な留意がある。それは、JHPS(日本家計パネル調査)には、(税務統計などで把握される)所得上位のトップ1%という超高額所得者は含まれていない。そのため、ここでは、超高額所得者を除いたところでの所得格差を意味する。(中略)

では、(等価世帯)可処分所得のジニ係数はどうなっているか。それは、冒頭の表の列(5)にある。これをみると、所得格差はわずかに縮小しているといえる。2010年前後の(等価世帯)可処分所得のジニ係数は0.34前後だが、2020年に近づくにつれ、0.34には戻らなくなり、2020年には0.3160と分析期間で最低となっている。(後略)【3月27日 YAHOO!ニュース】
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もっとも、ジニ係数といった統計数字の意味するところを正確に理解するのは私のような素人には難しいところも。
「統計でウソをつく」のは容易なことです。

日本で格差社会が進行しているというのは誤った常識だという指摘もあります。

****「日本は格差社会」は大間違い…多くの日本人が「格差が広がっている」と錯覚している納得の理由****
格差社会は本当か
「日本は格差社会なのか」——。まずはこの極めて基本的な問いかけから考えてみたい。

格差がまったく存在しない社会というのは存在しないので、一般的に「格差社会」という言葉に込められた意味としては、多くの人が許容できる範囲を超えて貧富の差が激しくなってしまった社会、あるいは不平等の水準よりもこの「なってしまった」の部分に着目し、過去と比較して著しく格差が拡大した社会を指すといっていいだろう。(中略)

日本はかつての「一億総中流」だった平等な社会から、厳然たる格差社会になってしまい、しかもその格差は広がり続けているというのが、恐らく多くの人の受け止めだろう。メディアでも多くの政治家の言説でも、日本が格差社会であること、また、その格差がさらに拡大していることは、ほぼ自明の事実として扱われている。

格差拡大の原因としては、中曽根康弘政権(1982〜1987)の国鉄や電電公社の民営化や、小泉純一郎政権(2001〜2006)の派遣労働対象業種拡大といった新自由主義的経済政策で、意図的に弱肉強食化が進められたとの見方もあれば、誰かが意図をもってもたらしたというよりは、経済全体がグローバル化する中で、日本の労働者も中国をはじめとする低賃金国と競争せざるを得なくなり、必然的に賃金が下のほうに引っ張られていって起きたという見方もある。

ジニ係数は絶対か
格差に関するデータをおさらいしておくと、最も一般的に用いられるのは所得に関する「ジニ係数」である。

ゼロから1までの間で、ゼロは完全な平等(全員が同じ所得)、1は完全な不平等(一人がすべての所得を独占し、ほかの全員は所得がゼロ)を意味する。経済協力開発機構(OECD)によると、ジニ係数(所得再分配後)で見た日本の不平等度は、OECD38ヵ国中、11番目に高く、格差は大きい部類に入る。

ただし、ジニ係数が格差に関する唯一絶対の指標なのかというと、そんなことはない。

ジニ係数の問題点として指摘されるのが、人口の大半を占める「普通の人」に関する所得のばらつきを測るには有効だが、上位1パーセントや0.1パーセントといった「かなりのお金持ち」がどの程度その他の人々と比較して所得を得ているかといった格差を見るには適していないというものがある。

また、不平等度を見るには、所得よりも資産の偏在度合いを見たほうがいいとの考え方も当然あり得る。

日本は「格差社会ではない」
こうした観点から、日本は(少なくとも国際比較においては)格差社会とは言えないと主張する専門家が一定数いるのも事実だ。

たとえば一橋大の森口千晶教授は、上位0.1パーセントの超富裕層、1パーセントの富裕層の所得が国全体の所得に占めるシェアの日米比較や、日米大企業の役員報酬の差などから、「世界的なトレンドとは異なり、『富裕層の富裕化』は観察され」ず、「現在の相対的貧困率が国際的にみても歴史的にみても高い水準にあるという理解」も「正しくない」と分析する。

その上で、日本は「アメリカ型の『格差を容認する社会』になったのではなく」、男性正社員が一家を養うという古いモデルを前提とした社会保障システムが、非正規雇用の増加や非婚率の上昇といった社会変化に追い付かず、「なし崩し的に『格差の広がった社会』になったといえる」と結論付けている(内閣府「選択する未来2.0」2020年4月15日・第6回会議提出資料「比較経済史にみる日本の格差 日本は『格差社会』になったのか」)。

森口氏に改めて見解を尋ねてみた。森口は「『格差社会』という言葉が先行して、多くの人が日本も格差社会になったと思っている」と語りはじめた。その上で、世の中の大半の人が格差を良いことだと思っていないという点で「日本は格差社会なんかじゃないんですよ」と断言した。「貧困層が拡大し、固定化されているのは事実だ」と認めつつ、「多くは高齢化で説明できる」として、世の中の格差論がイメージ先行であることに不満を漏らした。

また、『21世紀の資本』で一世を風靡したフランスの経済学者トマ・ピケティらによる「世界不平等研究所(World Inequality Lab)」がまとめた「世界不平等報告書」も、日本は所得格差に関しては1980年代以降、増大傾向にあるとするものの、資産格差については「とても不平等だが、西ヨーロッパ諸国より不平等というわけではない」と指摘。「1995年以降、資産のシェアはほぼ安定している」として、富の偏在が広がっているとの見方を否定する。【4月21日 井出壮平氏 現代ビジネス】
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ジニ係数といった統計数字だけでは見誤るものがある・・・ただ、「生活実感」というのも得体のしれないもの・・・日本の格差の現状を把握するのは難しいものがあります。

「ワーキングプア」がNHKで放映されたのが2006年。
以来、高齢者世帯、ひとり親世帯など、日本社会における「貧困」が大きな問題になっているのは間違いないでしょう。
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台頭する極右勢力 民主主義と自国制度への信頼の揺らぎ 既存政治への幻滅

2024-04-13 22:17:24 | 民主主義・社会問題

(「これはスウェーデンの研究機関が、今年(2022年)発表した世界地図です。民主的な度合いが高い国や地域ほど濃い青で、低いほど濃い赤で示されています。

民主的だとされる基準は、“公正な選挙”や“基本的人権の尊重”、“言論の自由”などが実現しているか、さらに、政治権力の暴走を食い止めるための“法の支配”が徹底されているかです。

現在、自由で民主的とされているのは、60の国や地域。一方、こうした基準を満たさず、非民主的だとされているのは119の国と地域です」【2022年11月14日 NHK「混迷の世紀 第3回 岐路に立つ“民主主義”〜権威主義拡大はなぜ〜」】)

【世論が右傾化する背景 移民の増加と経済的苦境、格差の拡大以外に地政学上の不安もあるとの指摘も】
これまでも再三取り上げてきたように欧州では「極右」政党が勢いを増しています。6月の欧州議会選挙では、その傾向が明確に示されるとも予想されています。

一般に、世論が右傾化する背景には移民の増加と経済的苦境、格差の拡大があるとされていますが、現在はそうした環境がそんなに悪化しているわけでもなく、極右政党・排外的な愛国主義が拡大する原因は他にもあるのではないかとの指摘も。

下記記事は、ロシアのウクライナ侵攻以降の国際情勢の変化に対し、これまでの政治では対応できないのではないかという人々の意識変化・不安を極右拡大の背景にあげています。

****6月の欧州議会選挙へ、ヨーロッパで「排外的な愛国主義」が流行する移民と経済以外の理由****
<排外的な主張が支持されるのはなぜか。注意すべきは、ロシアによるウクライナ侵攻の開始以来、極右政党の支持率が目立って上昇していることだ>

欧州議会の選挙が6月に迫っている。気になるのは、移民排斥を声高に叫ぶ極右勢力が議席を増やしそうなことだ。
排外的な愛国主義の波は南のポルトガルから北のスカンディナビア諸国にまで広がっているが、とりわけ憂慮すべきは、70年以上も前に率先してヨーロッパ統合への道を切り開いた6カ国(フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)の右傾化だ。

イタリアでは、往年のファシズムの流れをくむジョルジャ・メローニが2年前に首相となり、今も高い支持率を誇る。オランダでは過激な移民排斥主義者ヘールト・ウィルダースの率いる自由党が昨年の総選挙で第1党に躍進した。

フランスでも各種の世論調査によれば、極右のマリーヌ・ルペン率いる国民連合が30%近い支持率でトップに立つ。
ベルギーでは極右民族主義政党フラームス・ベラングが強く、ドイツでも右派のドイツのための選択肢(AfD)が堂々の第2党。1952年に欧州石炭鉄鋼共同体を結成した6カ国のうち、今も中道路線を堅持しているのはルクセンブルクだけだ。

中には穏健な保守派のベールをかぶった政治家もいる。いい例がイタリアのメローニで、彼女は表向き西側陣営の結束を重視しており、内政の舵取りも巧みだ。

一般論として、世論が右傾化する背景には移民の増加と経済的苦境、格差の拡大があるとされる。しかし今は、こうした問題もおおむね改善に向かっている。

インフレで購買力が低下したのは事実だが、2008年に起きた世界金融危機の直後ほどひどくはない。失業率も、ここ数十年では最も低い。格差も少しは縮まり、例えばフランスでは所得格差を示すジニ係数が10年から下降し続けている。

それでも排外的な主張が支持されるのはなぜか。まず注意すべきは、ロシアによるウクライナ侵攻の開始以来、こうした極右政党の支持率が目立って上昇している点だ。

陸続きの欧州諸国の人々は、あれを見て「冷戦終結以後」の国際秩序が崩壊へと向かう不気味な予感を抱いた。

冷戦の時代には、ソ連の影響力を最小限に抑えるため、西欧諸国の経済統合を進める機運が生まれた。89年のベルリンの壁崩壊で冷戦が終わると、東欧圏も巻き込んで政治的・経済的な統合を進めることが新たなミッションとなった。

そうして加盟国の増えたEUは自信をつけ、経済政策でも気候変動対策でも、自分たちが率先して模範を示せばいいと考え始めた。

しかし、そこにロシアによるウクライナ侵攻が起きた。中東でも戦争が始まり、アメリカではドナルド・トランプが大統領に復帰しかねない気配だ。流れが変わった。人々はその変化を察知し、この30年間とは異なる道を指し示す指導者を求め始めた。

ロシアがウクライナに攻め込むのを見て、自分たちの主権が完全なものではないと気付いた。気候変動対策を主導しようにも、今の欧州には必要な技術力がない。

今のところ、メローニは穏健なふりをしている。だが実際は、ひそかに既存の体制を崩そうとしているのではないか。現に政府の要職に続々と自分の支持者を送り込んでいる。
大統領と議会の権限を弱め、首相に権力を集中する憲法改正案も用意した。まずは国内を掌握し、次にEUを内部から変えていくつもりだろう。

だが欧州で広がる右傾化の核心に地政学上の不安がある以上、それに対抗するために必要なのは政治統合のさらなる深化だ。現状維持のままでは安全と主権を守れない。排外主義ではなく、統合推進こそが正しい道だ。【4月2日 Newsweek】
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単に極右政党が議席を増やすだけでなく、そうした流れに対抗するために、従来の中道勢力が極右勢力の主張を一部取り込む形で右傾化して支持を守ろうとすることにもなります。

****欧州議会、移民・難民受け入れ巡るEUの枠組み改正案承認****
欧州連合(EU)欧州議会は10日、EUの移民・難民受け入れの枠組みの改正案を承認した。

加盟国国境における難民認定手続きの迅速化や、難民申請が認められない人々の送還を拡大することなどが盛り込まれ、イタリアなど移民・難民希望者が最初に到着する国と、比較的財政が豊かなドイツなどの国の負担をより公平にする。

欧州委員会のヨハンソン委員(内政担当)は改正案によって「国境の守りが強化されると同時に、弱者や難民の保護が進み、滞在資格のない人々は速やかに送還され、加盟国は果たす義務の面で団結する」と説明した。

6月の欧州議会選で極右勢力の躍進が予想され、こうした勢力が移民抑制を求めている中で、現在多数派の中道側が対応を迫られて今回の改正案を打ち出した形だ。

ただ極右勢力は移民を阻止するには不十分だと批判。左派からも、重大な人権侵害だと反対の声が出ている。【4月11日 ロイター】
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【極右政党AfDが台頭するドイツ】
「排外的な愛国主義」が流行・・・・これも再三指摘されるように、ドイツでは極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の支持率が第2位となる状況が続いています。

****ドイツの右傾化が止まらない…移民受け入れ・グローバル経済を推し進めてきた「リベラル政治家」が真に向き合うべき相手とは****
不動産危機は「あと2年続く」との予想
欧州最大のドイツ経済の雲行きがあやしくなっている。 ウクライナ戦争に起因するインフレを抑止するため、欧州中央銀行(ECB)が大幅な利上げを余儀なくされ、そのせいでドイツの不動産市場が大打撃を被っている。(中略)

ドイツの不動産危機について、業界関係者から「あと2年は続く」との予測が出ている(3月14日付ロイター)。しかし、バブル崩壊後の日本の例にかんがみれば、危機は10年以上続くのではないかとの不安も頭をよぎる。

経済成長率は2年連続でマイナス成長か
企業の業績も大きく悪化している。ドイツ政府によれば、昨年の企業倒産は前年比22.1%増の1万7814件だった。「産業の空洞化」も顕在化しており、昨年の海外企業によるドイツへの投資は過去10年で最低水準だった。一方、国内の事業コストの増加を嫌気して、海外投資を検討する企業も増加している(3月12日・14日付ロイター)。

ドイツ経済を牽引してきた自動車産業も苦境に陥っている。成長が期待される電気自動車(EV)市場で中国メーカーとの競争に敗れつつあり、「ドイツの自動車産業は生存の危機にある」との嘆き節が聞こえてくる。

昨年は0.3%減だった経済成長率が、今年もマイナス成長となることが現実味を帯びてきているのだ。

経済が不調になれば政治に悪影響が及ぶのが世の常だ。「反移民」などを訴える政党・AfD(ドイツのための選択肢)の支持率が第2位となる状況が続いており、ドイツ政府関係者の頭痛の種となっている。

極右支持が若者のトレンドに
ドイツ連邦銀行(中央銀行)のナーゲル総裁は3月23日、「右翼過激派が同国の繁栄を脅かしている」と警告を発した。ナーゲル氏の懸念とは、反移民の風潮が海外の熟練労働者をドイツから遠ざけてしまうことだ。

ドイツ政府の推計によれば、2035年までにドイツ全体で700万人の熟練労働者が不足する。だが、反移民ムードの高まりから、ドイツ経済にとって不可欠な存在となった外国人熟練労働者の離職が増加し始めている(3月27日付ロイター)。

これに対し、AfDは「国内経済の悪化から目をそらすために我が党をスケープゴートにしているだけだ」と、政財界からの批判に耳を傾けようとしていない。

ドイツに限らず欧州では「極右」と呼ばれる政党が支持を伸ばしており、特に若者の間で浸透している感が強い。3月10日に総選挙が実施されたポルトガルでは、極右政党のシェーガが議席数をこれまでの約4倍に伸ばした。この成功の秘訣は、カリスマ的な若いインフルエンサーを利用したことだと言われている。

ドイツでもAfDは若者をターゲットにした戦略を積極に進めている。既存政党は若者の言葉を話していないが、急進的な極右政党は若者に響く言葉を話しており、「極右を支持することが若者の間でクールなことだ」との風潮が生まれているという(3月19日付クーリエ・ジャポン)。

危機に瀕しているのはリベラリズム
「西側諸国の民主主義の危機」が叫ばれているが、筆者は「危機に瀕しているのは民主主義ではなく、これまで政治を主導してきたリベラリズムなのではないか」と考えている。

リベラリズムを信奉する政治家(リベラル政治家)は、移民などの積極的な受け入れや経済のグローバル化などを重視するが、生活費の高騰で不満が高まる中間層のことにはあまり関心を示さない印象が強い。

これに対し、「極右」の政治家たちは中間層の怒りを代弁し、リベラル政治家への不満を糧に支持を伸ばしてきた。

70年以上前に欧州統合の先鞭を付けた6ヵ国のうち5ヵ国(フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー)で極右化が進んでいる(4月2日付ニューズウィーク日本版)。

これまでのところ、大きな混乱は発生していないが、極右の政治手腕には不確実さがつきまとう。社会的な対立が先鋭化している状況下で、いつ想定外の事態が起きても不思議ではないだろう。

リベラル政治家が中間層の怒りに正面から向き合わない限り、ドイツをはじめ欧州で政治の危機が発生する可能性は排除できないのではないだろうか。【4月10日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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リベラル政治家が中間層の怒りに正面から向きった結果が、先述の中道の右傾化でしょうか。
ただ、守るべき価値観はあるでしょう。

ドイツにおける若者らの既存政治への不満がもたらすものは極右勢力拡大だけではないようです。
下記のような過激思想へ傾斜する若者がどれだけいるかはわかりませんが・・・いつの時代でも、こういうものは存在するかも。あるいは、問題とすべきはISのプロパガンダ活動なのかも。

****テロ計画容疑で少女ら拘束 ドイツ、IS賛美か****
ドイツ検察は12日、テロを計画した疑いで、西部ノルトライン・ウェストファーレン州の15歳と16歳の少女2人と15歳の少年を拘束したと発表した。大衆紙ビルトによると、3人は過激派組織「イスラム国」(IS)を賛美し、キリスト教会や警察署の襲撃を企てていた。

地元メディアによると、別の州に住む16歳の少年も3人との関連で同様の疑いで拘束された。

パレスチナ自治区ガザ情勢や、ISが犯行声明を出したモスクワ郊外での銃乱射事件を受け、欧州ではテロへの懸念が高まり、ドイツをはじめ各国が警戒を強めている。【4月12日 共同】
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【自国の民主主義と制度への信頼の揺らぎ、既存政治への幻滅あるとの】
極右台頭にしても、過激主義にしても、自国の民主主義と制度への信頼が揺らぎ、既存政治への幻滅が広がっていることと表裏の関係にあるのでしょう。期せずして似たような調査結果がふたつ。

****多くの国の有権者が民主主義に懐疑的=政府間組織IDEA****
多くの国の有権者が自国の民主主義と制度への信頼に危機感を抱いている――。スウェーデンに本拠を置く政府間組織「民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)」は11日公表した報告書でこう指摘した。

世界人口の半分以上を占める米国、インド、英国、欧州連合(EU)が今年選挙を控えている中、多くの民主主義国家の健全性について暗い認識が持たれていることが浮き彫りになった。

調査対象19カ国のうち米国とインドを含む11カ国の有権者の間で、直近の選挙が自由で公正だったと考える人の割合は半数以下だった。

デンマークの有権者だけが、裁判所が司法制度へのアクセスを「常に」ないし「しばしば」提供していると回答。19カ国中8カ国で「議会や選挙に煩わされない強力な指導者」について好意的な見方をする人が、そうでない人よりも多かった。

IDEAのケビン・カサス・ザモラ事務総長は声明で「民主主義国家は、ガバナンスを改善するとともに、信頼できる選挙に対する虚偽の告発を助長している偽情報文化に対抗することによって、国民の懐疑心に対応しなくてはならない」と述べた。

今年の米大統領選では、現職の民主党候補に指名される見通しのバイデン大統領と、2020年の大統領選で敗北した際に不正投票がまん延していると虚偽の主張を行ったトランプ前大統領が再び対決することになりそうだ。

こうした中で米国の回答者のうち、自国の選挙プロセスを信頼できると答えた人は47%にとどまった。

6月に行なわれる欧州議会選挙では、極右勢力が大きく躍進する可能性があり、ロシアと戦うウクライナへの支持から気候変動対策まで、政策に影響を与える可能性がある。

調査は2023年7月から24年1月にかけて、19カ国のそれぞれ約1500人を対象に実施。19カ国にはブラジル、チリ、コロンビア、ガンビア、イラク、イタリア、レバノン、リトアニア、パキスタン、ルーマニア、セネガル、シエラレオネ、韓国、タンザニアなどが含まれる。【4月11日 ロイター】
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****政治への幻滅が急拡大、米若年層の保守化が顕著=国際調査****
既存の政治に対する幻滅と絶望が世界的に急拡大していることが12日公表された調査で明らかになった。この傾向は特に米国の若い男性で顕著だった。

調査は国際調査機関グロカリティーズが行った。「希望」と「絶望」、「統制(保守)」と「自由(リベラル)」の間のそれぞれどこに位置するか回答者に尋ねた。

平均すると世界は2014年から23年の間に、より悲観的になる一方でよりリベラルになった。

調査責任者のマルティン・ランパート氏は世界中の若者が特に社会に失望していると述べ、米国の若年層の絶望の急増はEU諸国の若年層をはるかに上回っていると指摘した。

米国と欧州連合(EU)加盟国7カ国で、14年からより保守的になったのは米国の若年層だけだった。

ランパート氏は「(世界中で)絶望感、社会への幻滅、コスモポリタンな価値観への反抗が反体制極右政党の台頭の一因となっている」と分析した。

ソーシャルメディアのアルゴリズムは、穏健的保守の若い男性をより過激で急進的な保守派の男性像や世界観に引き寄せることで、この傾向を拡大させていたという。

<若い女性は史上最もリベラル>
18─24歳の男性が55─70歳の男性を抜いて最も社会的に保守的なグループとなった一方で、18─24歳の女性はよりリベラルで反父長制的な傾向が強まった。

18─24歳の女性のリベラル度(1が最も保守的、5が最もリベラル)は14年が3.55、23年は3.78と、いずれもどの年齢層よりも高かった。

同年齢の男性は14年が3.29、23年は3.36だった。米国の18─34歳の男性はリベラル度が3.48から3.46に低下した。

報告書は「世界的に見て若い女性は人類史上最もリベラルなグループだろう」と結論付けた。

調査はオーストラリア、ブラジル、中国、ドイツ、インド、日本、ロシア、南アフリカ、米国など20カ国で実施された。【4月12日 ロイター】
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アメリカが“より保守的になった”のは世論動向とも一致しますが、欧州が“悲観的になる一方でよりリベラルになった”というのはよくわからないところも。詳しい調査結果を見ないと何を意味するのかはよくわかりません。
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民主主義  インド国民の“謎の自信” 「ナショナルな保守主義」の台頭 グローバルサウスには困難?

2024-03-26 23:12:19 | 民主主義・社会問題

(民主主義指数 【ウィキペディア】)

【「民主主義指数」ランキング 日本はまずまずの16位 アメリカは29位「欠陥民主主義」】
3月21日ブログ“世界幸福度ランキング 日本は143か国中、51位 1位フィンランドはどんな国?”では、「幸福」という極めて主観的・抽象的なものを国別に比較したランキングを取り上げましたが、「幸福」よりはまだ客観的な比較がしやすい(かも)と思われる「民主主義」に関するランキングも存在します。

****世界の「民主主義指数」日本は何位? 上位は北欧諸国、2024年は「選挙の年」になる****
イギリスの経済誌「エコノミスト」の調査部門が、世界の国々の「民主主義」の状況を10点満点で採点する「民主主義指数」の2023年版を発表した。

調査部門EIU(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)の「民主主義指数」は、60に上る指標のスコアを五つのカテゴリーに分類して集計。その平均値を総合スコアとしている。対象は167の国と地域。2023年版は24年2月15日に発表された。

ランキング1位はノルウェーで、総合スコアは9.81だった。最下位はアフガニスタンで0.26。日本の総合スコアは8.40で、世界16位にランクされた。

なお、アジア最上位は台湾で、世界の中では10位。韓国は22位、アメリカは29位、ロシアは144位、中国は148位、北朝鮮は165位だった。

上位5カ国のうち4カ国を北欧諸国(ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、フィンランド)が占めた。反対に、最下位からの3カ国(アフガニスタン、ミャンマー、北朝鮮)はいずれもアジアの国々となった。

日本は上位だが「政治参加度」が低い
評価で用いたカテゴリーは、次の五つだ。
・選挙プロセスと多元主義 ・政府の機能度 ・政治参加 ・政治文化 ・市民の自由

日本の数字をみると、「選挙プロセス」や「市民の自由」は9点台だったが、「政治参加」は6.67で比較的低かった。
これに対し、台湾は「選挙プロセス」が10点満点、「政治参加」も7.78で日本より高くなっている。

EIUは総合スコアに基づき、167の国・地域を、完全民主主義(総合スコア10〜8)、欠陥民主主義(8〜6)、混合体制(6〜4)、独裁体制(4〜0)に4分類した。

「完全民主主義」に入ったのは24の国・地域で、世界人口に占める割合は7.8%にとどまっている。東アジアの台湾、日本、韓国は総合スコアが8点を超えて「完全民主主義」に入った。

EIUは日本について、「アジアの中で最も安定性の高い民主主義国」だと評価。直近の政治情勢については、「長期政権を維持してきた自民党が下野の危機に直面する可能性もある。しかし同国の民主主義の根幹が揺らぐことはないだろう」とコメントしている。

2024年は選挙の年 アメリカはどうなる
EIUのリポートは、世界全体をみると「2023年は民主主義にとって幸運な年ではなかった」と位置づけている。総合スコアの平均は5.29から5.23に低下。指数の発表を始めた2006年以来最低の記録となったという。

世界⼈⼝のほぼ半数、45.4%は「何らかの⺠主主義」のもとで暮らしているが、「完全⺠主主義」に住む⼈は7.8%で、2015年の8.9%から減少した。世界⼈⼝の3分の1以上は権威主義的統治下で⽣活しており、その割合は徐々に増えているとしている。

24年には世界人口81億人の半分以上を占める国々で選挙があり、「普通選挙導入以来、最大の選挙の年になる」という。リポートでは「選挙は民主主義の条件だが、それだけでは十分とは言えない」と指摘。

アメリカの大統領選については、予想通りバイデン大統領とトランプ前大統領の対決となった場合、「かつて⺠主主義の灯台であった国は、さらに分裂と幻滅に陥る可能性が⾼い」と予測している。【2月17日 吉沢龍彦氏 HUFFPOST】
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ちなみに29位のアメリカは総合スコアが7.85で「欠陥民主主義(8〜6)」に分類されています。

「選挙は民主主義の条件だが、それだけでは十分とは言えない」のは、先日のロシア大統領選挙のプーチン圧勝を始め、形式的選挙、欠陥選挙が世界中に溢れていることから明白です。結果、“「完全民主主義」に入ったのは24の国・地域で、世界人口に占める割合は7.8%にとどまっている”という状況にもなっています。

【インド 「デモクラシーは上手く動いている」と“謎の自信”】
今回、この「民主主義指数」を持ち出したのは、インドの民主主義に関する非常に面白い調査記事を目にしたからです。

インドでは、3月22日ブログ“インド 4月~6月に総選挙 与党BJP勝利でモディ首相は3期目に・・・との予測 野党有力者逮捕”で取り上げたように、4月から総選挙が行われ、モディ首相の与党BJPが勝利すると予想されていますが、その内実を見ると「なんだかな・・・」と思われることが少なくありません。

*****インドでは「民主主義の根幹である選挙」が正しくできていないのではないか? 専門家が指摘****
インド、総選挙を目前に野党の指導者が汚職で逮捕
4月に総選挙を控えたインドで3月21日、野党の指導者が汚職に関与したとして逮捕された。野党側は「総選挙を前にした弾圧だ」と激しく非難。モディ首相が3選を目指すインド総選挙は4月19日から各州で順次投票が始まり、6月4日に一斉開票となる。

(中略)
中川(戦略科学者の中川コージ氏))総選挙のない時期であれば、実際に汚職が起きた可能性もあるのでしょうが、総選挙の直前ですからね。(逮捕されたのは)野党の中核になるような人ですし。

なおかつ、総選挙は全国の選挙管理委員会が取り仕切るのですが、委員長1人と委員2人という重要なポストです。そもそもその1人が欠員だったことも問題ですが、直前の3月10日に突然、そのうちの1人が理由なく辞めてしまったのです。モディ政権から何か言われ、「支えきれなくなって辞めたのではないか」という噂が立っているくらいです。(中略)

インドでは、民主主義の根幹である選挙が正しくできているのか?
中川)日本でも政治とカネの問題が出ていますが、インドには「選挙債」というシステムがあり、誰に献金したかわからないようになっていました。それが野党側や最高裁判所の追及によって、ようやく選挙前に出てきたのですが、インド人民党(BJP)にたくさん裏金が流れていたという話がありました。正当性の面からも「きちんと選挙ができているのか」が問題になっています。(中略)

なぜ我々がインドを信用できるかと言うと、最終的には「民主主義だから」というところがあります。しかし、そもそも民主主義の根幹である「選挙ができているのか?」というところに、いろいろな意味で疑義が生じています。(中略)

インドでは約67%が専制政治を認めている
中川)ピュー・リサーチ・センターというアメリカのシンクタンクが、2024年2月に出した新しいデータがあります。「インド人は民主主義に対してどのような感覚を持っているのか?」という内容です。

専制政治に関して、「首相が議会の承認を得ずに何でもやってしまうことをどう思いますか?」と聞くと、アメリカではそれをOKとするのは約26%です。ほとんどの人が「専制政治はよくない」と答えている。また、日本では約33%の人がOKとしており、低い数字ですよね。(中略)

ところがインドでは、約67%の人が賛同しているのです。調べたなかではダントツに高い。過半数を超える人が「専制政治がいい」と言ってしまっている状態で、それはどうなのでしょうか。(中略)

官僚が仕切るテクノクラシーも認めるインド国民
中川)また官僚制についても、「公選を経ない官僚が仕切るテクノクラシーをどう思いますか?」と質問すると、アメリカでは約48%がOKだったのに対し、インドでは約82%がOKという結果が出ています。おそらく植民地時代の感覚があるのだと思います。官僚に対してリスペクトがありつつ、信奉してしまっているような。(中略)

軍が仕切ることもインド国民はOK
中川)「軍が仕切るのはどうですか?」という質問に対しては、アメリカでは賛成が約15%で、ほとんどダメですよね。日本でも賛成は約17%なので、ほとんどダメです。インドではどれくらいだと思いますか?(中略)

約72%がOKなのです。「軍でも官僚によってでもいい。また、専制政治もいい」と言っている。これは「完全に民主主義を望んでいないのではないか?」と思いますよね。

しかし、「デモクラシーは上手く動いている」と思うインドの国民
中川)しかし、「デモクラシーは上手く動いていると思いますか?」という最終的な質問に対しては、アメリカだと約33%が動いていると思っており、日本でも約35%が動いていると思っている。つまり、「デモクラシーが動いている」と思っているのは3分の1の人しかいないのですが、インドでは約72%が「動いている」と言っているのです。

謎の自信がある。専制主義がいい、軍による仕切りもいい、テクノクラートによる政治もいい、公選を経なくてもいいと思っているにも関わらず、デモクラシーについては72%が「上手く動いている」と思っている。(中略)

我々が持つ民主主義に対する考え方とは違う
中川)まさにインド人のマインドをピュー・リサーチ・センターのデータは表していると思うのですが、このマインドの違いが「民主主義に対する感覚とは違う」と思います。我々からすると矛盾ですよね。(後略)【3月26日 ニッポン放送 NEWS ONLINE)】
***********

首相専制、官僚制、軍に対するインドの寛容な調査結果の背景には、議会に対する不信感があるのかも。
それしても、「デモクラシーは上手く動いている」と思うインドの国民の“謎の自信”は、「我々が持つ民主主義に対する考え方とは違う」ことを示しているようにも。

一口に「民主主義」と言っても、なかなかその意味するものは曖昧で多様みたいです。
ちなみに、冒頭の「民主主義指数」では、インドは41位の「欠陥民主主義」ですが、フィリピン・インドネシア・タイ・シンガポールといった東南アジア諸国、スリランカ・ネパール・パキスタンといった南アジア諸国よりは上位にランキングされています。

【従来の「民主主義」の退潮傾向 台頭する「ナショナルな保守主義」 “恨みの政治”】
冒頭「民主主義指数」でみると、“総合スコアの平均は5.29から5.23に低下。指数の発表を始めた2006年以来最低の記録となった”ということにもあらわされているように、近年、従来の民主主義的価値を否定するような移民受入れやグローバリズムに批判的な「ポピュリズム」「極右」の台頭がアメリカを始めとして台頭が世界各地で見られます。

****移民や自由貿易が社会を悪くしているのか?「ナショナルな保守主義」の新たな台頭、「恨みの政治」を止めるためには****
Economist誌2月17日号が、移民を敵視し、社会的多元主義を否定し、国家の組織を支配しようとする「ナショナルな保守主義」が各国で広がりつつあることの危険を指摘する巻頭社説‘The growing peril of national conservatism’を掲載している。概要は次の通り。

1980年代に米国のレーガン大統領と英国のサッチャー首相が市場と自由を旗印に新たな保守主義を構築した。今日、ドナルド・トランプ前大統領とハンガリーのビクトル・オルバーン首相らは、そうした正統主義を破壊し、その代わりに、国家の主権を個人よりも優先し、国家主義的で「社会正義」を否定する(anti-woke)保守主義を作り出しつつある。こうした「ナショナルな保守主義」はグローバルな運動となりつつある。

「ナショナルな保守主義」は、個人が非情なグローバルな力に包囲されており、国家が個人の守り手であると見る。多国間機関への主権の共有を嫌い、自由市場はエリートに操られていると疑い、移民を敵視する。

社会的多元主義、特に、多文化主義を軽侮し、「社会正義」やグローバリズムに毒されていると見なす機関を解体することに執念を燃やしている。

「ナショナルな保守主義」はこれ以上広まらないだろうとの見方もある。脅威を与えるには一貫性に欠けているともみられている。しかし、そうした見方は許しがたいほど甘すぎる。

「ナショナルな保守主義」は、恨みの政治である。政策が良い結果を生まなければ、政治指導者はグローバリズム擁護者と移民に非難の矛先を向けて世界が悪くなっていると主張する。「ナショナルな保守主義者」たちは互いに手を取り合って、共通の敵である移民(特にイスラム教徒)やグローバリズム擁護者に敵意を向けてきている。

「ナショナルな保守主義」を軽く見ることができないのは、彼らが政権に就けばすべてが変わってしまうからだ。ハンガリーでの例が示す通り、彼らは、裁判所、大学、報道機関など国家の組織を掌握して権力を固めようとする。

旧来の保守主義者や古典的なリベラル派はどのように「ナショナルな保守主義」に立ち向かうべきか。一つの答えは、人々が持つ正当な恨みを真剣に捉えることである。

彼らの不満には耳を傾けるべき点がある。それを鼻で笑うことは、エリートの現実感覚からの乖離を示すだけだ。リベラル派も旧来の保守主義者もこうした不満を持つ層を相手にしていかなければならない。

人々の生活が危機にさらされているという「ナショナルな保守主義」がかき立てる恐怖を減ずるために、不満層の考えを一部取り入れてみることも必要であろう。

リベラリズムの強みは、状況に適応できることである。奴隷制度廃止や男女平等を目指した運動は、ある者は他の者よりも重要であるとの観念を壊した。社会主義による公平や人間の尊厳についての議論が福祉国家を作ることとなった。

リバタリアンによる自由と効率性についての議論が市場の自由化と国家権力の抑制に繋がった。リベラリズムは「ナショナルな保守主義」にも順応していかなければならない。今、その点で遅れを取っている。
*   *   *
ウクライナ戦争で「極右」が躍進
この論説では、「ナショナルな保守主義」との文言を用いているが、近年、「ポピュリズム」、「非リベラルな民主主義」などと呼ばれているものと重なるものだ。(中略)

8年前の2016年には、「ポピュリズム」が注目を集めた。英国のブレグジット国民投票での離脱派の勝利。米国大統領選挙でのトランプの勝利。いずれも、事前の予想を覆す結果であり、ポピュリズムの勝利と言われた。

その後、21年のドイツ総選挙、22年のフランス大統領選挙などが注目されたが、いずれにおいても、この論説にいう「ナショナルな保守主義」が勝利することはなかった。そのため、ハンガリー、ポーランドの動向はあったものの、「ナショナルな保守主義」への警戒は一段落している感があった。

そこに来て現在の展開である。22年のイタリアの総選挙、23年のオランダの総選挙において「極右」とされる政党が勝利した。今後、予定されている各国での選挙において勝利や躍進が予想されている。

各国それぞれの事情があるが、なぜこうした潮流の変化が起こったのかを考えると、ロシアによるウクライナ侵攻が一つの引き金となったと思われる。それが招いた物価高騰、生活苦の状況がこの論説が「恨みの政治」と呼んでいるメカニズムに再び拍車をかけたと見ることができよう。

世界の構図を変える恐れ
西側先進国では製造業の時代が過去のものとなり、国民の広い層に経済的利益を行き渡らせることが困難となった。グローバルな競争が激化し、サービス産業が中心となり、先端的なIT技術を生かすことができるかどうかで経済的な立場に大きな差がつく時代となった。

このように低成長の中、二極分化が進む状況は、「ナショナルな保守主義」への支持を生みやすい土壌を作っている。外的な衝撃や内部の事情があれば更に増殖する素地がある。

現在、世界を①西側先進国、②権威主義国家、③グローバル・サウスの三つのカテゴリーに分けて捉える見方が一般的だが、「ナショナルな保守主義」が西側先進国を覆っていくと、世界の構図は大きく変質することになる。

「ナショナルな保守主義」からすれば、西側先進国がこれまで依拠してきた「ルールに基づく国際秩序」は、少なくとも国内で政権を取るまでは、疑問を呈し攻撃すべき対象であった。米国の大統領選挙が注目され、米国の動向は重要だが、「ナショナルな保守主義」が支配するリスクがあるのは米国だけではない。

この論説は、ナショナルな保守主義への処方箋として、政権党が「人々が持つ正当な恨みを真剣に捉えること」、「相手の考えを一部取り入れてみること」を挙げている。人々の求めているものに合わせて政策を適合させていくことは、いずれの立場にとっても重要なことであるが、「ナショナルな保守主義」の主張をどこまで現実の政策に取り入れるべきかは考えどころである。【3月12日 WEDGE】
******************

【「決していいシステムではないけれど、これよりいいものはない」と達観するまで時間が掛かる民主主義】
3月18日から3日間の日程で韓国・ソウルで開催した第3回「民主主義サミット」(ブリンケン米国務長官が出席、岸田総理はオンラインで出席)に関連して以下の記事。

****民度があり、豊かな国でなければ「民主主義」はできない 「民主主義サミット」が韓国で開幕****
(中略)
民度があり、豊かな国でなければ民主主義はできない
宮家(外交評論家で内閣官房参与の宮家邦彦氏))民主主義について議論するのは、もちろん我々にとっては当たり前ですが、なかなか世界に広がっていかないところが不思議です。

もっとも民主主義は、簡単にできるものではありません。まず、暴力を使わない。言論だけで、しかも自由に話させ、切磋琢磨して投票に勝ち、議席を獲り、数合わせをする……これは大変なエネルギーを使いますし、よほど国民の民度が高くないとできませんよ。

しかも国が豊かでなければいけない。「民主主義サミット」とは言いますが、参加国は意外と少ないですよね。
(中略)アジアからはインドネシア、モンゴル、フィリピン、インド、ニュージーランド、オーストラリア。アフリカも少ないですよね。

要するに民主主義は、限られた豊かで民度の高い国でないと維持できないのです。グローバルサウスの多くが、もしくはロシアや中国があのように非民主的になるのは、実は仕方ないことなのかも知れません。

我々が享受している自由、民主主義がいかに貴重なものか
宮家)逆に我々は民主主義サミットだけでなく、いま我々が享受している自由、民主主義がいかに貴重なものか、使い捨てなどできない大事な価値だということを、もう1回考えて欲しいのです。(中略)「なくなったときのことを考えてください」と思いますね。

「決していいシステムではないけれど、これよりいいものはない」と達観するまで時間が掛かる民主主義
飯田)ある意味、グローバルサウスの国々では「経済を取るか、民主主義を取るか」というような状況になりますよね。
宮家)豊かでなければできないので、(両方を選ぶ)余裕がないのでしょう。いつも言うことですが、民主主義とは決してベストな指導者を最善のタイミングで選ぶシステムではないのです。往々にして外れてしまう。

外したくないのであれば、優秀な独裁者が短期間だけ正しいことを適格に行えばいいのですが、独裁主義はだいたい腐敗して長くなるものです。

民主主義とは、結局10〜20年先になって振り返り、「当時は間違ったことをせずに済んでよかった。決していいシステムではないけれど、これよりいいものはない」と達観するまで時間が掛かると思います。グローバルサウスの多くの国には、そのような余裕がないのですよ。(後略)【3月21日 (ニッポン放送 NEWS ONLINE】
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欧米で強まる右派ポピュリズム “民主的な選挙”が生み出す右傾化・独裁・専制の脅威

2024-02-23 22:41:27 | 民主主義・社会問題

(【23年7月25日 西日本】)

【欧州の“オルバン疲れ”】
トルコ・ハンガリーの反対で難航していたスウェーデンのNATO加盟は、トルコに続いて、ようやくハンガリーが26日に承認する見込みと報じられています。(今後何を言い出すかは、まだわかりませんが)

****ハンガリー議会 26日にもスウェーデンのNATO加盟承認の見通し****
スウェーデンのNATO=北大西洋条約機構への加盟について、唯一認めていないハンガリーの議会が26日にも採決を行い、承認する見通しとなりました。

スウェーデンは、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、おととし5月、フィンランドとともにNATOへの加盟を申請しました。加盟には全ての加盟国の批准が必要ですが、先月トルコが承認に転じ、残すはハンガリーだけとなっています。

スウェーデンは、ハンガリーについて「『法の支配』の原則に違反し続けている」と強く批判する国の1つで、ハンガリーの政権与党「フィデス」がこれに反発し、NATO加盟についても後ろ向きな姿勢を示していました。

こうした中、フィデスの幹部は20日、26日にスウェーデンの加盟を認めるかどうかの採決を行うよう議長に提案したことを明らかにしました。

フィデスの幹部は承認を支持することを表明していて、26日にも議会で承認され、スウェーデンの加盟が実現する見通しとなりました。【2月21日 TBS NEWS DIG】
********************

ハンガリー・オルバン政権の“独自路線”はスウェーデンのNATO加盟問題だけでなく、ウクライナ支援でもロシア寄りの立場からEUのブレーキになっており、最近ではパレスチナ問題への対応でも。

EUは凍結補助金の解除という“アメ”でオルバン政権を懐柔しようとしていますが、“オルバン疲れ”とも表現されるように、欧州の結束を揺るがすオルバン首相への苛立ちは高まっており、ハンガリーの投票権停止という“ムチ”の議論も進んでいると言われています。

****ハンガリー首相がウクライナ支援に異議、スウェーデンのNATO加盟にブレーキ…EUで孤立****
欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)に加盟する東欧ハンガリーが、ロシアの侵略を受けるウクライナへの支援に異を唱え、スウェーデンのNATO加盟にもブレーキをかけている。欧州の安全保障を揺さぶるビクトル・オルバン首相の外交手法への批判が強まっている。

オルバン氏率いるハンガリーの右派与党フィデスは今月5日、野党の求めで開かれた臨時議会をボイコットし、スウェーデンのNATO加盟承認が見送られた。手続きを先送りしていたトルコが1月に承認に転じ、全加盟国で批准していないのはハンガリーのみ。傍聴に駆けつけた米国などの代表は肩すかしを食った。

オルバン氏は2022年、首相として連続で4期目入りし、権力基盤を強固にした。メディア統制や反難民など強権的な手法を強め、中露との連携に傾斜している。ウクライナ侵略に「ハンガリーは関わりたくない」と公言してウクライナへの軍事支援を拒否し、ロシアから天然ガスの輸入を継続する。

EUで孤立しつつも、対立局面を逆手に全会一致が必要な重要案件で拒否権を振りかざし、譲歩を引き出してきた。最近も、ウクライナのEU加盟交渉開始に反対し、「法の支配」の欠陥を理由に凍結された補助金の一部解除を約束させた。

欧州の結束を揺るがすオルバン氏への風当たりは強まっている。
「ウクライナ(への支援)疲れなどない。あるのは『オルバン疲れ』だ」。ポーランドのドナルド・トゥスク首相は今月1日のEU臨時首脳会議でウクライナへの財政支援に反対を貫くオルバン氏を非難し、翻意を迫った。ハンガリーの投票権停止も辞さないとの報道も流れ、オルバン氏は容認に転じた。

スウェーデンのNATO加盟批准に対しても、同盟国から「我々の忍耐は無限ではない」(米高官)と早期批准を求める声があがる。

ダニエル・ヘゲドゥス氏…米ジャーマン・マーシャル財団上級研究員
オルバン首相が奇妙な外交姿勢を取る狙いは、国内で権威主義的な体制を強化することにある。内政に口を挟ませまいと、中露との緊密な協力関係をテコに、EUやNATOの共同決定事案を阻止すると脅してハンガリーとの「対立コスト」を引き上げ、パートナーに対立か譲歩かの損得勘定を迫っている。

ウクライナ危機は、オルバン氏に対し、凍結補助金の解除に向けてEUを揺さぶる機会を提供している。

ウクライナが危機を乗り切れば、民主的な統治と親欧米路線が国家成功につながる証しになる。オルバン氏にとってウクライナの成功は、自らの正当性に根本的な疑問を投げかける脅威だ。ウクライナの敗北と欧米的な民主改革の挫折に関心があるのだろう。

ごね得が許されれば全体の利益が損なわれかねない。対抗手段はEUでの投票権の停止しかない。その姿勢を見せつければ、対決姿勢の緩和につながる可能性もある。【2月20日 読売】
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****ハンガリー除くEU26カ国、イスラエルのラファ攻撃阻止で共同声明****
欧州連合(EU)加盟国は19日、ブリュッセルで外相会議を開催し、ハンガリーを除く26カ国の外相名でイスラエルによるパレスチナ自治区ガザ最南部ラファへの攻撃停止を求める共同声明を発表した。

会議後EUは、1カ国を除く全加盟国による「永続的な停戦につながる人道的な即時停戦、人質全員の無条件解放、人道支援の提供」を求める共同声明を発表。外交筋によると、署名しなかったのはイスラエルの緊密な同盟国であるハンガリーだという。【2月20日 ロイター】
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そもそも、「法の支配」をないがしろにし、メディア統制や反難民など強権的な手法を強め、権威主義的な体制を強化し中国・ロシアとの連携に傾斜している・・・価値観がEUの目指すものとは大きく異なっていますので、EUから出て行ってもらう、あるいは追放するのがすっきりするのではと素人的には考えますが、そうもいかない事情があるのでしょう。

【更に強まることが予測される右派ポピュリズムの流れ】
しかし、“オルバン流”の自国優先・権威主主義・右傾化したポピュリズムがむしろ勢いを増しているのが欧州の現実です。その流れは6月に予定されている欧州議会選挙で更に強まると予想されています。

****欧州首脳に「オルバン疲れ」=自国最優先ハンガリーが翻弄****
欧州政界が「自国最優先」のハンガリーのオルバン首相に翻弄(ほんろう)される場面が頻発し、各国首脳の間に「オルバン疲れ」(ポーランド首相)が広がっている。強権姿勢の目立つオルバン政権を支える右派与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」が、各国で台頭する右派ポピュリスト政党と連携を図る兆しもあり、欧州諸国が共同歩調を取る上で不安材料となっている。(中略)

権威主義的なオルバン政権に、欧州政治が振り回されている構図が浮かぶ。

ハンガリーは「法の支配が損なわれている」としてEUからの補助金が一部凍結され、ウクライナ侵攻後もエネルギー調達で依存するロシアと良好な関係を維持するなど、欧州内で孤立してきた。

だが、6月に予定される欧州議会選では、反移民やEUの権限抑制といったオルバン氏に近い主張を掲げる右派ポピュリスト勢力が議席を伸ばすと見込まれている。

(米ジャーマン・マーシャル財団の)ベーグ氏は「欧州議会はより右傾化し、(自身が所属する集団の利益を追求する)アイデンティティー政治が欧州レベルで前面に出るだろう」と予想する。

7月からはハンガリーが持ち回りのEU議長国を務める。「オルバン流」が幅を利かせれば、欧州の意見集約が一段と難しくなりそうだ。【2月11日 時事】 
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ハンガリー・オルバン首相と並んで、欧州の結束に異を唱えてきたのが実力者カチンスキ氏率いるポーランドでしたが、“ポーランド下院は(23年12月)11日、10月の選挙で野党勢力を率いたトゥスク元首相を首相候補に選出した。13日にもトゥスク氏を首相とする新政権が発足する見通し。強権的な右派ポピュリズム政党「法と正義(PiS)」から2015年以来8年ぶりに政権交代を実現させる。”【23年12月12日 毎日】と、強権的な右派ポピュリズム伸長の流れに一定の歯止めをかけました。

しかし、中欧スロバキアでは“スロバキアで9月30日、国民議会(一院制、定数150)選挙が行われ、開票率99%超の段階で、ウクライナ侵攻を続けるロシア寄りの主張を掲げた左派「スメル(道標)」が22.9%を得票し、第1党の座を確実にした。スメルを率いるフィツォ元首相が復権すれば、スロバキアが加盟する欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)でのウクライナ支援の議論に混乱をもたらしそうだ。”【23年10月1日 時事】と、新たな火種も。

****ポピュリズムの「モグラたたき」中欧で進む非リベラル路線、スロバキアのフィツォ首相が乱す西側の結束****
フィナンシャルタイムズ紙コラムニストのトニー・バーバーが、1月24日付けの論説‘Populism rears its head once more in central Europe’で、昨年10月に首相に返り咲いたロベルト・フィツォの下でスロバキアが非リベラルの路線に転向した様子を描写し、「モグラたたき」の如く、中欧ではスロバキアでも民主主義の擁護の戦いを強いられていると論じている。要旨は次の通り。

中欧における政治的ポピュリズムを封じ込める奮闘は、時に「モグラたたき」のように見える。ある国で蓋をしたと思ったら別の国で飛び出す。最近の例はスロバキアであり、同国では首相のロベルト・フィツォが非リベラルな政策を実行しつつある。

フィツォは、ウクライナ政府は米国の傀儡だと冷笑してウクライナ叩きをやっている。彼の文化省はクレムリンのウクライナ侵攻の後停止されていたロシアとベラルーシとの関係を回復すると発表した。フィツォは、ハンガリーのオルバンとポーランドのカチンスキに倣って、スロバキアの司法をその管理下におく計画を推進しつつある。

フィツォは腐敗と組織犯罪に重点的に取り組む特別検察官室を解体し、内部告発者の保護を縮小することを意図している。目的はフィツォの政党Smer(2012年から18年まで政権党)が政権を失った後に始まった捜査からSmerの幹部を保護することである。欧州議会は賛成496、反対70、棄権64でこれらの提案を批判する決議を採択した。

スロバキアの非リベラリズムへの転向は9月に議会選挙でフィツォが勝利した時に始まる。フィツォは今や3党連立政権を率いるが、もし、彼の味方で議会議長を務めるペーター・ペレグリーニが3月23日に予定される大統領選挙に勝てば、彼の権力は強まるであろう。世論調査によれば、ペレグリーニが親欧州の元外相イヴァン・コルチョクをリードしている。【2月23日 WEDGE】
**********************

スロバキアの非リベラル政党「スメル(道標)」は親ロシアの左派とのことですが、非リベラルという点ではハンガリーのオルバン政権やポーランドのカチンスキ支配政治と似通っているようです。

近年の欧州における右派ポピュリズム政党の躍進ぶりを簡単にふりかえると・・・・

22年9月 スウェーデン総選挙で「スウェーデン民主党(SD」が第二党に躍進 10月に発足した右派新政権に閣外協力
22年10月 イタリア総選挙で「イタリアの同胞(FDI)」が第一党になり、メローニ党首が右派連立政権を樹立
23年4月 フィンランド総選挙で「フィン人党(PS)」が第二党に躍進 6月に発足した右派連立政権に参画
23年11月 オランダ総選挙でウィルダース党首率いる自由党が第一党に躍進 連立交渉は難航中
ドイツ 極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が世論調査の支持率で連立与党3党を抜き2位に。昨年12月の独東部の市長選ではAfDの候補者が初当選。今年の旧東ドイツ3州の州議会選ではいずれも第1党となる公算が大きい。

****EUで進む右傾化****
2-1. 右派ポピュリストの勢力伸張と中道右派の右傾化 
近年、EUにおいて、(1)EU懐疑主義、(2)自国第一主義、(3)反移民・難民、(4)反イスラム、(5)反気候変動政策、(6)親露、対ウクライナ支援に消極的、等の政策を掲げる右派ポピュリストの勢力伸張が顕著である。 

また、右派ポピュリストへのEU市民の支持拡大を睨み、EU各国の中道右派政党や、欧州議会の最大会派であるEPP(欧州人民党)が、移民・難民政策や気候変動政策等において右派ポピュリスト寄りの政策へシフトする等、政策の軸が「右傾化」していることにも注意が必要だ。

2-2. 右傾化の背景 
EUにおける右傾化の背景として、①難民急増による、社会保障費等の財政負担増や治安悪化等へのEU市民の警戒感の高まり、②ウクライナ危機等に起因するエネルギー、食料価格上昇によるインフレおよび景気低迷長期化を背景としたEU市民の生活困窮(Cost of Living Crisis)、③脱炭素化の旗印の下、矢継ぎ早に気候変動対策が強化され大幅な負担増を強いられていることに対する不満、等が指摘できる。

右派ポピュリストは、移民・難民受け入れの厳格化、減税や歳出拡大等拡張的財政政策、気候変動対策の大幅なスローダウン等を掲げ、EU市民の不満を巧みに利用することで勢力を拡張している。

3.2024年にEUが迎える「政治の季節」 
右傾化が進む中、2024年は5年に1度の欧州議会選挙が実施されることに加え(6月)、ポルトガル(3月)、ベルギー(6月)、オーストリア(9月)等の加盟国で総選挙が、ドイツで9月にザクセン州、テューリンゲン州、ブランデンブルク州で議会選挙が実施される等、EUは「政治の季節」を迎える。 【2月 “右派ポピュリズム台頭下でEUが迎える「政治の季節」” 三井物産戦略研究所 国際情報部 平石隆司氏】
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【現状への不満が“民主的な選挙”で生み出す右傾化・独裁・専制】
アメリカでは言うまでもなく、トランプ前大統領が復権の可能性を高めています。

軍部などのクーデターによる強権主義的支配・人権制約・弾圧というのは“わかりやすい”ですが、現実に進行しているのは選挙という民主主義制度のなかで有権者の支持を得る形で右派ポピュリズムが政治的実権を掌握し、非民主的な政策を実行しようとしている流れです。

****“草の根運動”が生み出す独裁政権 あなたも知らない間に“独裁”に加担する?【報道1930】****
2024年は選挙イヤーだ。
1月の台湾の総統選を皮切りに、2月インドネシア大統領選 3月ロシア大統領選 4月インド総選挙、韓国総選挙 6月EU欧州議会選挙 9月には岸田総理の任期満了 そして11月アメリカ大統領選と続く…。

中には未来の分岐点になるかも知れない選挙も少なくない。(中略)その中でも世界的な影響力という点ではアメリカ大統領選に勝る注目選挙はないだろう。(中略)

(トランプ氏が)立候補できるとなれば、優勢なトランプ氏の返り咲きはかなり現実味を増してくる。新トランプ政権は何をし、何をしないのか…。これまでの発言から推察した。

外交面…ウクライナ戦争を24時間以内に終わらせる
    中国からの輸入を段階的に停止する
    「トランプ氏はNATOから脱退」(ボルトン発言)
内政面…大統領権限を大幅に拡大
    人事は忠誠心重視
    「不法移民は国の血を汚している」 〜ヒトラーの『我が闘争』と類似しているとも指摘されている
つまり、国際的には“アメリカ・ファースト”、国内的には“独裁”ということか…。

笹川平和財団 渡部恒雄 上席研究員
「前回は初めてだったから、やれないことがいっぱいあったし、わからなかった。でも4年経験したので自分がやりたいこと、やれないことはどうしたらいいか理解してる。(中略)」

「不満の受け皿を政治的な力にする」
トランプ大統領誕生の可能性に世界が戦々恐々としているが、ヨーロッパでは既に不穏な動きが始まっている。“右傾化の波”だ。

この選挙イヤー。欧州だけでも15か国で大統領選や議会選挙が予定されている。中でも注目はEU市民約5億人の直接選挙で選ばれる『欧州議会』の選挙だ。

実は欧州議会における極右政党の議席数が10年前には36議席だったのに対し、今年2024年の選挙では91議席に伸ばすことが予想されている。EUの政治に詳しい筑波大学の東野教授は選挙のたびに右傾化は顕著になると語る。

筑波大学 東野篤子教授
「2019年の欧州議会選挙で極右政党が特に議席を増やし大騒ぎになりました。で今回の動きを見ていると極右政党はまた躍進するとみられ…。大変心配な状況です」

右傾化は国民の不満の表れだと渡部恒雄氏は言う。
笹川平和財団 渡部恒雄 上席研究員
「ヨーロッパでもアメリカでも現状に不満を持った人たちがいる。その不満の行き先が、例えば自分たちの経済が上手くいかないのは移民が来るからだとか、外から安い製品が入ってくるからだとか…。その不満の受け皿を政治的な力にするんです、政治家は。今に始まったことじゃなく、歴史的にそうしてきた。残念ながら、(不満が募れば右傾化)そういうことは起こりかねない…」

右傾化は独裁・専制につながり、それは民主主義とはかけ離れた場所に位置すると思われてきた。しかし、ヨーロッパの右傾化も、アメリカでトランプ政権が生まれるとしても、どちらも国民による民主的な選挙が選んだ結果だ。つまり…。

「ドイツは民主的な手続きを経てナチスを成立させユダヤ人を虐殺」
民主主義を続けている先に誕生する専制国家がある。
例えばフィリピンで独裁体制を築いたドゥテルテ政権は国民の熱狂的支持を集めていた。だがそれはSNSを使ったフェイクニュースで民衆の支持をコントロールしていたことが後に暴露された。これを暴露し偽情報の危険性を書いたことを評価されたジャーナリスト、マリア・レッサ氏はノーベル平和賞を受賞している。

こういったケースについて専修大学の武田徹教授は「SNSを駆使して下から自発的動員を実現する独裁国家は民主主義国家のひとつの未来形だ」と話す。

元駐米大使 杉山晋輔氏
「これは民主主義に対する非常に大事な警告だと思う。過去一番典型的な例は、ワイマール憲法下、ドイツは民主的な手続きを経てナチスを成立させユダヤ人を虐殺させた。決してやってはいけないことが民主的な手続きで行われた。それを学ぶべきだということ。これからはさらに加速する…。あの時代SNSがなくても民主的な手段で大衆を動員した」

草の根運動はこれまで民主化運動に用いられた言葉だが、これからは“草の根運動”が生む独裁国家、専制国家があるということ。ポピュリズムと熱狂、民主主義の最も危険な側面だ。(BS-TBS『報道1930』1月8日放送より)【1月12日 TBS NEWS DIG】
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パキスタンの「最も信用できない選挙」 ロシアでは反戦候補排除か

2024-02-06 21:35:47 | 民主主義・社会問題

(イムラン・カーン元首相=2023年5月18日【2月6日 毎日】)

【パキスタンの「最も信用できない選挙」 この国の真の支配者は軍部】
パキスタンでは今月8日に国民議会選挙が行われます。

国民的人気という点で言えば、最も人気があるのが現在収監中(2023年8月に汚職を巡る罪で禁錮3年の有罪判決)で出馬できないとはいえ、クリケットの元スター選手で、在任中に軍情報機関トップの人事などを巡って軍部と対立し、議会で不信任を決議されて22年4月に失職したカーン元首相です。

そのカーン元首相に対して、選挙直前に文字通り“連日のように”追加的有罪判決が言い渡されています。
同氏の人気をおそれる現政権、そしてその背後にいる軍部の意向を受けて、同氏の信用失墜、同氏が率いる野党の抑止が目的と見られています。

****カーン元首相に禁錮10年 パキスタン、守秘法違反****
パキスタンの特別法廷は30日、首相在任中に外交公電の内容を公表した公職守秘法違反の罪で、カーン元首相に禁錮10年を言い渡した。地元メディアが報じた。パキスタンは2月8日に総選挙を控え、政界復帰を目指すカーン氏にとって打撃となる。

側近のクレシ元外相も30日、同様の公職守秘法違反の罪で禁錮10年となった。2人は2022年3月、米国が政権転覆を企てていると主張し、その説明のために公電に書かれた内容を都合よく解釈して公表したとされる。【1月30日 共同】
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****パキスタン元首相に禁錮14年 カーン氏、政界復帰に打撃****
パキスタンの裁判所は31日、首相在任中に外国首脳らから受け取った高額な寄贈品を売却しながら政府に虚偽申告をした汚職を巡る罪で、カーン元首相に禁錮14年を言い渡した。国会議員などの公職に就くことも10年間禁じた。地元メディアが報じた。

パキスタンの特別法廷は30日、公職守秘法違反の罪でカーン氏に禁錮10年を言い渡した。同国では2月8日に下院選が予定され、今回の判決は政界復帰を目指すカーン氏にはさらなる打撃となった。

裁判所は31日の判決で、カーン氏に罰金7億8700万パキスタンルピー(約4億1500万円)も科した。【1月31日 共同】
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****カーン元首相、今度は「違法結婚」で実刑=禁錮7年、総選挙前に―パキスタン****
パキスタンの裁判所は3日、カーン元首相とブシュラ夫人に対し、イスラム教の教えに反し違法に結婚した罪で、禁錮7年と罰金を科す有罪判決を言い渡した。地元メディアが伝えた。

同国で8日に行われる下院選(総選挙)に向け、政権側は司法機関を通じ執拗(しつよう)にカーン氏の信用失墜を図っているもようだ。最大野党パキスタン正義運動(PTI)設立者の同氏は、国民的スポーツであるクリケットの元スター選手。収監中で総選挙に出馬できないものの、依然として高い人気を誇る。【2月3日 時事】 
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まさに“執拗に”という連日の判決です。

当然ながらカーン元首相個人に対してだけでなく、同氏が率いる野党・「パキスタン正義運動」(PTI)の選挙活動にも大きな圧力がかけられています。

****カーン元首相率いる野党に締め付け パキスタン、8日下院総選挙****
パキスタンで8日、下院(定数336)の総選挙が投開票される。野党「パキスタン正義運動」(PTI)を率いるイムラン・カーン元首相が汚職事件などで有罪判決を受けて出馬が絶望視される中、ナワズ・シャリフ元首相の与党「パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派」(PML―N)が優勢とみられている。

しかし、クリケットの元スター選手でもあるカーン氏の人気は若者を中心に根強く、野党の反発と混乱が予想される。

カーン氏は2023年8月に汚職を巡る罪で禁錮3年の有罪判決を言い渡された。判決が「政略的だ」と反発して政界復帰を目指してきたが、その後、追い打ちをかけるように公職守秘法違反の罪などでさらに3回の有罪判決を受けた。

選挙管理委員会が公表した下院選の候補者リストに名前はなく、政界に大きな影響力を持つ軍が圧力をかけたとの見方が出ている。

PTIは18年7月の前回選で政権交代を実現した。首相に就任したカーン氏は軍と良好な関係を築いていたが、軍情報機関トップの人事などを巡って対立。議会で不信任を決議されて22年4月に失職し、PTIは下野した。

23年5月にはカーン氏の汚職事件を巡る逮捕を受け、PTIの支持者が軍や政府の施設を襲撃する暴動が起きた。選挙管理委員会は政党の要件を満たしていないとして、PTIが使ってきた政党シンボルを剥奪している。

PTIで首都イスラマバードの選挙区を管轄する男性は毎日新聞の取材に野党への締め付けが激しくなっていると訴える。男性は「軍の一部勢力が、PTIの選挙への参加を妨害している」と強調し、「拘束される恐れがあり、友人の家を転々としながら選挙活動を続けている」と語った。

3度の首相経験があるシャリフ氏も、1999年の2度目の首相在任中に軍クーデターで失職するなど一時は軍と対立した。しかし、現在は良好な関係を保っている。

越境攻撃の応酬に発展したイランとの関係改善や、物価上昇への対策が急務だが、シャリフ氏は今月5日の集会で「私の政権が続いていれば、人々は今日のように不満を抱いていなかっただろう」と訴えた。【2月6日 毎日】
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もともと選挙は、議会が昨年8月に解散されたため憲法規定によって昨年11月の実施が予定されていましたが、新たな国勢調査に基づいて選挙区の区割りを見直すために延期されていました。

議会解散にともなって、現在は選挙管理内閣が組織されていますが、それまでの首相はシャバズ・シャリフ氏。
そのシャバズ・シャリフ前首相の兄が、首相を3期務めた政界の実力者ナワズ・シャリフ元首相。

ナワズ・シャリフ元首相は2017年、汚職罪で有罪判決を受けるとイギリスへ事実上亡命、その後、昨年10月に帰国して4度目の首相の座を狙います。

****「最も信用できない選挙」パキスタン、8日に下院選も政策論争なく 野党弾圧は軍の意向か****
(中略)経済低迷など課題が山積するにもかかわらず、政策論争は欠いた状況だ。

「私の時代の開発や政策が続いていれば、国の経済が今のような状態にはならなかっただろう」。政界復帰を目指すシャリフ氏は選挙期間中の演説でこう繰り返し、支持を呼びかけた。

シャリフ氏は3度首相を務めたが、2017年に資産隠し疑惑を巡り議員資格を剥奪されて辞任。汚職罪で有罪判決を受けると英国へ事実上亡命した。昨年10月に帰国し、今回、4度目の首相の座を狙う。

ただ、選挙は既に「建国以来、最も信用できない選挙」(米紙ニューヨーク・タイムズ)と評される。与党側がカーン氏やPTIへの圧力を強めたためだ。

パキスタンでは22年4月、当時首相のカーン氏が経済危機を巡る失政を理由に下院で不信任案を可決され失職。同氏は昨年以降、汚職罪などで複数回訴追され、3件の罪で実刑判決を受けた。立候補も阻止された。PTIでは出馬が認められない候補が続出し、支持者への襲撃も相次ぐ。PTIはシンボルマークであるクリケットのバットの使用も認められなかった。

弾圧の背景には、政治や司法に強い影響力を持つ軍の意向があるとされる。軍は前回18年選挙でPTIを支援したが、カーン氏が首相就任後、軍人事に介入したことなどを問題視し、関係に亀裂が入った。カーン氏の失職は軍がシナリオを書いたともささやかれた。

代わりに軍が注目したのがシャリフ氏。英国からのの帰国も軍がゴーサインを出したとされ、地元記者は「市民はシャリフ氏を〝軍に選ばれた首相候補〟とみている」と述べた。

一方、パキスタンは新型コロナウイルス禍に加え、22年に国土の3分の1が冠水する洪水に見舞われ、経済状況が深刻だ。昨年7月に国際通貨基金(IMF)は30億ドル(約4500億円)の融資を承認し、債務不履行の危機は脱したが、厳しい状況が続く。シャリフ氏はインフレ対策や雇用創出を訴えているが、具体的な妙手はなさそうだ。

PTI側はカーン氏への刑事訴追を「嫌がらせであり、国民は決して受け入れないだろう」と反発。「国家による抑圧に勇気をもって立ち向かう」と強調している。PML−Nが勝てばPTI支持者の反発は確実で、国内情勢は流動化していく可能性がある。【2月6日 産経】
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シャリフ元首相も軍部と対立して失職の経験がありますが、今回帰国は“軍がゴーサインを出した”ことによるもの。 カーン元首相も就任当時は軍部の支持を得ていましたが、対立すると失職。

シャリフ元首相の与党、パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML−N)が勝とうが、カーン元首相の野党、パキスタン正義運動(PTI)が勝とうが、この国の真の支配者は背後で糸を引く軍部・・・ということです。

【ロシア 反戦派ナデジディン氏排除の動き】
「最も信用できない選挙」ということですが、その類の“信用できない選挙”は残念ながらパキスタンに限らず、世界中の巷に溢れています。

ロシアでは3月に大統領選挙が行われ、プーチン大統領の勝利(通算5選)が確実視されていますが、問題は“勝ち方”。圧勝で世界に国民の支持を誇示する必要があります。

ウクライナでの戦争が長引く中で、政権は戦争批判が広がることに神経質になっています。

****動員兵の帰還求め妻らがデモ、記者一時拘束 ロシア****
ロシア・モスクワで3日、ウクライナ侵攻に動員された兵士の妻らが夫の帰還を求めて行ったデモを取材していた約20人の報道関係者が、警察に一時拘束された。AFP通信の記者も警察署に連行されたが、数時間後には解放された。

動員兵の妻らはここ数週間にわたり、毎週末、大統領府(クレムリン)の壁の前で抗議活動を行っている。当局は反政府的な抗議活動を厳しく取り締まっているが、兵士の妻らはこれまでのところ処罰されていない。妻らを拘束すれば反発が一段と拡大する恐れがあると懸念しているとみられる。

この日はモスクワ中心部の赤の広場の外で、抗議活動を取材していた内外の報道関係者(全員男性)が拘束された。拡散された動画には、報道関係者であることを示す黄色いベストを着た記者らが警察車両に乗せられる様子が捉えられている。

ウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナでの戦闘に従事する兵士は61万7000人で、うち24万4000人が動員兵だとしている。 【2月4日 AFP】AFPBB News
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なかなか表に出てきにくい戦争批判の受け皿になりそうだ・・・ということで注目されているのが、唯一の「反戦候補」であるナジェージュジン氏。立候補のための署名活動でその支持の広がりが顕著になっています。

当然のように、政権側は神経質にも。反戦候補が一定の得票を得る結果になれば、(選挙に勝ったとしても)プーチン大統領の面目が潰れます。今後の戦争遂行にも影響します。

****ロシア大統領選出馬に向け「反戦候補」が署名提出 「クレムリンは神経質になっている」支持広がりに****
ウクライナ侵攻反対を掲げ、3月のロシア大統領選で出馬を目指す元下院議員が、候補者登録に必要な署名を中央選挙管理委員会に提出しました。(中略)

改革派政党「市民イニシアチブ」から立候補を表明した元下院議員のナジェージュジン氏は31日、10万5000人分の署名を中央選管に提出しました。

ウクライナ侵攻を「プーチン大統領最大の過ち」と批判し、20万人以上の署名を集めたというナジェージュジン氏は、JNNの単独インタビューで自身の支持の広がりについてこう語っています。

元下院議員 ナジェージュジン氏
「クレムリン(大統領府)は神経質になっている。私の支持率は1か月前1%だったが、いまは10%に増えた。(プーチン氏に次いで)2番目だ」

中央選管が今後10日以内にナジェージュジン氏の出馬の可否を判断することになりますが、反戦ムードの高まりを警戒する政権の意向を受け、出馬が認められない可能性も指摘されています。

一方、通算5選が確実視されるプーチン大統領は、他の候補者との討論会には参加しないとしていて、仮にナジェージュジン氏の出馬が認められても侵攻の是非を問う討論などは行われない見通しです。【2月1日 TBS NEWS DIG】
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懸念されていた“出馬が認められない可能性”・・・次第に現実のものになりつつあります。

****ロシア大統領選、反戦派ナデジディン氏排除か 中央選管が署名に「不備」認定*****

(1月31日、モスクワのロシア中央選管で、大統領選出馬のための有権者署名を提出する際に話すナデジディン元下院議員(共同))

3月のロシア大統領選の出馬予定者の中で唯一、ウクライナ侵略に反対の立場を表明している元露下院議員、ボリス・ナデジディン氏(60)の陣営幹部は5日、陣営が露中央選管に提出した有権者10万人分超の署名に関し、15%超を中央選管が「不備」だと認定したと明らかにした。陣営幹部によると、署名の5%以上が不備だと認定された場合、ナデジディン氏は大統領選に出馬できない。

大統領選では通算5選を狙うプーチン大統領の「圧勝」が確実視されているものの、政権側はナデジディン氏が出馬して一定の票を集めた場合、政権への打撃となることを警戒し、ナデジディン氏の排除に動いた可能性がある。

露メディアによると、陣営幹部は「署名は真正に集められた」とし、不備認定が誤りであることを証明する用意があると説明。ナデジディン氏も「中央選管が私を候補者登録しなかった場合、最高裁に不服を申し立てる」と表明した。

ナデジディン氏陣営は1月31日、候補者登録に必要な有権者10万人分を超す署名を中央選管に提出。中央選管は署名を審査し、今月7日にも候補者登録の可否を発表するとしている。【2月5日 産経】
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選挙の形を整えるためにある程度の反プーチン候補も認める、あるいは政権側がお膳立てするものの、一定以上に支持を集めそうな反プーチン候補はいかなる手段を使っても選挙から排除する・・・ほとんど意味のない「最も信用できない選挙」です。

前述のように、世の中にはこの類が溢れています。

もっとも、中国のように日本的な感覚での選挙自体がない国もありますので、それよりはマシと考えるべきなのでしょうか。

ただ、民主主義の守護者たるアメリカの選挙も、どんなに罪を重ねようが、民主主義への冒涜行為があろうが、それらに一向にかまうことなく熱烈な支持を受ける候補が政権に近づきつつある・・・・という現実を見れば、“民主的な選挙”とは一体何なのか、ため息も出てきます。

「もしトラ」の一番怖いところは、トランプ氏自身、あるいは彼の政策自体ではなく、(おかしな人間、うそつき、ペテン師、自己顕示欲の塊・・・そうした人間はどこの世界にも存在します)“民主的選挙”で、そういう彼を国民の過半が選んだという現実です。
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民主主義の現状  「民主主義サミット」、侵食される自由主義(リベラリズム) 中国の「民主集中制」

2023-04-23 23:03:34 | 民主主義・社会問題

(米ワシントンのホワイトハウスで3月29日、民主主義サミットでバイデン米大統領が演説する中、オンライン参加する各国首脳=AP 【3月31日 東京】)

【トークショーに終わった感もある米主導「民主主義サミット」】
あまり大きな話題にもなりませんでしたが、3月29日、30日の二日間にわたり、アメリカ・バイデン大統領が主導し、約120カ国・地域の首脳らが民主主義の強化について議論する「民主主義サミット」なる国際会議がオンライン形式で開催されました。

ロシア・中国といった「専制主義国家」に対抗して「民主主義国家」の団結・強化を図る狙いとされています。

****米主導の民主主義サミットが開幕 「時代の課題に対応のため結集」****
米国主導で約120カ国・地域の首脳らが民主主義の強化について議論する第2回民主主義サミットが29日、2日間の日程で開幕した。

バイデン米大統領は世界で民主主義再生の取り組みを支援するとして、最大6億9000万ドル(約903億円)を拠出する方針を表明。国際社会で存在感を増す中国や、ウクライナに侵攻するロシアといった専制主義国家に対する危機感も共有したい考えだ。

サミット開催は、米国が主催した2021年12月以来で2回目。今回は米国、オランダ、韓国、コスタリカ、ザンビアが共催し、オンラインを中心に各地で会合が開かれる。

初日の全体会合では、バイデン氏やオランダのルッテ首相、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領らが冒頭でサミットの意義を強調。交互に発言する形で「時代の課題に対応するために我々は結集した」「民主的国家が協力すれば達成できないことはない」と訴えた。

その後、共催国の首脳らが交代で司会役を務め、「経済成長と繁栄の共有」「多様性の受け入れと平等」などをテーマに各国が自国の取り組みを紹介。バイデン氏が担当の「地球規模の課題」では、ウクライナのゼレンスキー大統領がオンラインで演説する予定になっている。

米政府は世界各国の「報道の自由と独立」「汚職の撲滅」「自由で公正な選挙」などを支援するために資金を拠出する意向を表明。また、先端技術が民主主義促進のために使用されるようにする措置も公表した。

米韓首脳は29日、共同声明を出し、第3回の民主主義サミットは韓国が主催すると発表した。【3月29日 毎日】
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“米国が「専制主義」と批判する中国やロシアに対抗して民主主義を掲げる友好国との結束強化を狙ったものの、民主主義が後退しているケースもあり、共同宣言への賛同は73カ国・地域にとどまるなど手詰まり感が漂う。”【3月31日 東京】

こうした試みに対しては、“グローバル・サウスの取り込みが重要な時に、非民主的とされて呼ばれなかった国々をアメリカ主導の“民主主義陣営”から遠ざけてしまう” “参加の基準が不透明で、民主主義に逆行している参加国がある” “世界の分断を深めるものだ” といった批判もあります。

****「民主主義サミット」の評価は? 求められる柔軟性****
 英フィナンシャル・タイムズ紙の米国エディターのエドワード・ルースが、3月29日付の論説‘Biden’s awkward democracy summit’で、バイデンの民主主義サミットの目的は崇高であるが、成功させるためにはその手法に問題があると論じている。主要点は次の通りである。

・民主主義サミットには、インド、イスラエル、メキシコなど、疑問のある国々が数多く参加する。他方、ハンガリーもトルコも招待されていないことは注目される。

・バイデンの意図は崇高であるが、バイデンの手法には疑問の余地がある。

・民主主義を広めることが米国の国益だと考えることは合理的だが、問題は、米国はこのことにあまり得意ではないことだ。

・米国の民主化推進で文句なしの成功を収めたのは、戦後の欧州に対する「マーシャルプラン」だけである。民主主義の運命は、いわゆるグローバル・サウス(西側でも中露枢軸でもない世界の一部)で概ね決着することになる。彼らの考えを聞いてみるのが現実的であろう。

・国連での投票記録から判断するに、グローバル・サウスの多くはウクライナの運命にほとんど関心がない。彼らの言い分は、西側諸国は自分たちの紛争にあまり関心がないではないかというものだ。

・西側が耳を傾けると、グローバル・サウスは一貫して、クリーンエネルギーへの移行、より良いインフラ、近代的な医療のための資金支援を要望する。中国と米国、2つの大国のうち、どちらの助けが多いかで彼らの政治的将来や外交的な同盟関係が決まることになる。

・バイデン政権は、グローバル・サウスに米国の一貫したアプローチを打ち出そうとしているが、それがまだ作業中だ。中国はこれまで、西側諸国を全て合わせたよりも多くの資金を開発途上国に投入しており、良い結果も悪い結果も出ている。

・マリ、カンボジア、ボリビアといったグローバル・サウスの国々が民主国家になるか否かは彼らが決めることだ。その道を歩ませる最善の方法は、説教を減らし、傾聴を増やすことだ。

*   *   *
(中略)バイデンは、21世紀を民主主義と権威主義の対立の世紀と位置付けており、このサミットは、民主主義国の結束と中国の封じ込めを狙ったイニシアティブであるが、内外からは様々な批判がある。

中露の枢軸に対抗する地政学的観点からは、非民主主義国の協力を必要とする時、あるいは、グローバル・サウスの取り込みが重要な時に、これらの国々を米国から遠ざけてしまうという批判がある。

人権派の観点からは、民主主義に逆行している参加国があり、参加の基準が不透明で恣意的だとの批判がある。

また、融和主義者からは、このサミットは世界の分断を深めるものだとの批判がある。ただ、これは中国の主張でもある。

上記のルースの論説は、人権派の立場からバイデンの狙いは評価しつつも、参加国の選択に一貫性がないことに苦言を呈すると共に、その手法に問題があるとして、むしろグローバル・サウスの主張や要望に耳を傾け、そのニーズに沿った支援をすることが結局はこれらの国々が民主主義を選ぶことに繋がると言いたいようである。

そして、これらの批判派が一致するのは、このサミットはトークショーに過ぎず意味ある成果は生まないだろうという点であろう。

しかし、このバイデン・イニシアティブは、もう少し肯定的に評価しても良いように思われる。ルースの主張にも一理あるが、やはり民主主義国が結束を示すことは必要であり、このサミット・イニシアティブとルースの提唱する手法とは両立可能であろう。(後略)【4月20日 WEDGE】
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【劣化する民主主義 社会の多様性を前提にした自由主義(リベラリズム)の変質】
上記記事は、最初にあげた“批判”に対する反論や対応策も論じていますが、省略しました。

省略したのはスペースの都合だけでなく、国際政治のパワーゲームとしては「専制主義国家」に対抗して「民主主義国家」の団結・強化を図るというのは意味のあることですが、もっと重要なのは、欧米や日本が掲げる「民主主義」が劣化して“極端な岩盤勢力の対立”やポピュリズム的政治手法がまかり通り、偽情報の拡散などでそうした事態が更に深刻化しているのでは・・・という「民主主義の現状」の方のように思われるからです。

冷戦後の世界については、“自由で開放的な国際秩序が望ましい基本原理とされ、その下での具体的な方向性として、国際的にはグローバル化、国内的には民主化が追求されてきた。根底にあった理念は、自由主義(リベラリズム)であった。”と言えますが、その根底にあった自由主義(リベラリズム)が侵食され、変質しつつあるとの指摘が。

****現代における中庸の大切さと困難さを考える――フランシス・フクヤマ『リベラリズムへの不満』(新潮社)****
フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』が、冷戦を終えた世界に大ベストセラーとして迎えられ30年が過ぎた。そこで示された自由民主主義が恒久的な平和と安定を実現する「ポスト冷戦」の世界像は、しかし、いまやロシア・ウクライナ戦争やキャンセル・カルチャーなど混乱の中で完全に否定されたようにも見える。

かつてフクヤマが見たのは幻想なのか。それともこの混乱は、やはり歴史が“終わりつつある”過程の光景なのか。フクヤマの最新刊『リベラリズムへの不満』を待鳥聡史氏が読み解く。
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「ポスト冷戦」の後に
2016年のブレグジット(イギリスのEU脱退)決定、ドナルド・トランプのアメリカ大統領当選、2020年に始まる新型コロナウイルス感染症のパンデミック、米中対立のさらなる深刻化、そして2022年からのロシア・ウクライナ戦争――私たちは近年、明らかに世界の様相が変化し、何らかの意味で新しい時代に入りつつあることを実感しているのではないだろうか。

次の時代がどのような特徴を持つのか、それがいつ頃に明確な輪郭を示すようになるのかはまだ分からないが、一つの時代が終わったという印象は拭いがたい。

終わったと思われる時代は、(中略)それ以前の冷戦期に比べると明瞭な対立軸はなかったかもしれないが、特徴を欠いていたわけではない。

自由で開放的な国際秩序が望ましい基本原理とされ、その下での具体的な方向性として、国際的にはグローバル化、国内的には民主化が追求されてきた。根底にあった理念は、自由主義(リベラリズム)であった。(中略)

リベラリズムの内なる課題とは
ポスト冷戦期の世界において、間違いなく指導理念であったリベラリズムには、現在どのような課題があるのだろうか。

フクヤマは、17世紀半ばのヨーロッパにおける宗教戦争終結の時期に起源を持ち、フランス革命・アメリカ独立革命・産業革命の経験、共産主義・ファシズムなどとの対決を通じて形成された「古典的リベラリズム」に対して、今日大きく3つの方向からの侵食が生じていることを指摘する。

1つはネオリベラリズムによるものである。
古典的リベラリズムの主要な構成要素であった経済的自由や個人主義に基づく自己責任原則が過剰に重視され、政府による社会経済的介入を拒絶するようになると、リベラリズムに立脚した社会には不平等が広がり、連帯は失われてしまう。

フクヤマは、『リベラリズムへの不満』第1章でイギリスの政治哲学者ジョン・グレイを引用しつつ、古典的リベラリズムは個人主義的ではあるが、平等主義、普遍主義、改革主義の要素も持つこと、社会の多様性や複雑性を前提にしていることに注意を促す。

もう1つはアイデンティティ政治によるものである。
すべての人が平等な扱いを受け、尊重されるべきであるという考え方は、宗教戦争や革命などを契機に発展してきた古典的リベラリズムにとって、もともと中核的な要素だといえる。

ところが、平等や尊厳の単位が個人ではなく人種・宗教・ジェンダーなどの属性で括られる集団へと変わり、さらにはそれらの集団が持つアイデンティティを重視しない他の人々を排除(キャンセル)する傾向や、特定集団を不利に扱う構造がリベラリズムに基づく政治制度に存在すると主張されるようになると、古典的リベラリズムの基盤となる寛容は弱まり、多様性は損なわれる。

さらに、第3の侵食は情報技術の進展によって生じている。
インターネットを駆使した言論の自由への監視やフェイクニュースなどの情報操作は、主に権威主義国家をはじめとしたリベラリズムが対抗する勢力によって行われてきた。

しかし今日、リベラリズムの申し子ともいえる民間企業によって、人々は整序されない情報洪水に巻き込まれて、左右のポピュリズムに動員され、さらには自らのプライヴァシーも守られない状況に置かれている。

それが上に述べた2つの侵食と結びつくとき、古典的リベラリズムの原則からは守られるべき個々人の自由が商品化されたり、私的な失言によってキャンセルされてしまうといった事態につながる。

私たちにできることは何か
リベラリズムにとって、現状は極めて苦しいものといわねばならない。今日直面する課題は、従来の共産主義や権威主義との対抗とは性質が大きく異なるためである。

共産主義や権威主義、さらに遡れば宗教権力による支配などは、いずれもリベラリズムとは異なる要素からもっぱら成り立っており、リベラリズムの側は自らの優位性を主張することで対抗できた。

だが、ネオリベラリズム、アイデンティティ政治、そして情報技術の進展に伴う個々人の自由の侵害は、リベラリズムの主要な構成要素の一部が過剰に強まったことによって生じており、いずれもリベラリズムにとっては獅子身中の虫なのである。

この状況を打開する方策はないのだろうか。フクヤマが提唱するのは、古典的リベラリズムへの回帰、より具体的には、古典的リベラリズムを構成する諸要素のバランスをとることである。

彼は『リベラリズムへの不満』の末尾において、古代ギリシア哲学の用語を引きつつ「中庸」の必要性を説く。先にふれたグレイによる定義は、リベラリズムが個人主義、平等主義、普遍主義、改革主義という特徴を持つとしていたが、これらのバランスを巧みにとり、特定の要素が突出しないようにすることが、最も大切になるというわけである。中庸あるいは適切なバランスが確保されれば、確かにその効果は大きいであろう。(後略)【4月22日 フォーサイト】
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【中国における「民主集中制」 その帰結】
一方、話を「専制主義国家」vs.「民主主義国家」というところに引き戻すと、日本では「非民主的」で「専制主義」とみなされる中国においては、中国にこそ本当の「民主」が存在し、欧米の言うところの「民主」はまやかしであると考えられています。

中国共産党は、複数政党が選挙で政権を競い合う西側の民主主義を、一部の勝者しか代表できない「少数の民主」と批判し、幅広い国民の利益をすくい取る共産党が国家のかじを取ることが、中国の「民主」のあり方だとしています。

共産党は「人民の前衛」と位置づけられ、人々にさきがけ、導く存在だとされています。党は決定の過程で様々な意見をすくい取るものの、一度決めた党の決定には服従を求める・・・「民主集中制」という体制です。

党が「社会の安定のため」として決定したことには、異論のある少数者も従わなければならない・・・「西側が重視するのは個人の権利、中国が重視するのは大多数の権利だ。個人のために社会の利益が損なわれるべきではない」という考えで、社会の安定のためには少数の犠牲をいとわないということにもなります。

こうした政治システムはコロナ禍のような危機的状況にあって、初期段階の封じ込め成功のような成果を極めて効率的に生むことがありますが、感染拡大期にあったような無慈悲な隔離措置のような、西側から見ると甚だしい人権侵害をも惹起します。

中国共産党の掲げる思想や政策を支持する人たちが「人民」であり、それを支持しないで批判や反対する国民は人民ではなく「人民の敵」とみなされます。

こうした政治システムがもたらすものは・・・

****コロナ対応批判で実刑判決 武漢の市民記者、秘密裁判****
新型コロナウイルスの大規模感染が初めて確認された中国湖北省武漢で、流行初期の実態を発信した市民記者、方斌氏が秘密裁判により実刑判決を受けていたことが分かった。懲役3年程度とみられる。

当局に連行され、消息不明となっていた。近く刑期を終えて出所するという。罪名は不明。米政府系のラジオ自由アジア(RFA)が20日までに伝えた。

方氏は2020年2月、都市封鎖(ロックダウン)された武漢で医療現場の混乱や死者が急増する様子を取材し、動画で発信。政府の対応を「人災」と批判していた。

RFAによると家族が最近、今月30日に出所するとの通知を当局から受けた。【4月20日 共同】
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****中国、デモ参加者「集団リンチ」 コロナ白紙運動の拘束者が証言****
中国上海市で昨年11月、新型コロナウイルス対策に白い紙を掲げて抗議する「白紙運動」に参加し、一時拘束された男性が23日までに、留学先のドイツから共同通信のオンライン取材に実名で応じた。

警察がデモ参加者を無差別に連行し、集団リンチのような形で排除したと証言。拘束中の参加者全員の釈放へ向け中国に圧力をかけるよう、国際社会に訴えた。(後略)【4月23日 共同】
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「民主主義」か否かは「民主」という言葉の定義にもよりますが、中国の現状は日本的常識からすれば、受け入れがたい政治システムです。

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ブラジル  右派ボルソナロ前大統領の支持者が暴徒化 民主主義のポピュリズムへの劣化

2023-01-09 22:34:13 | 民主主義・社会問題
(ブラジルの首都ブラジリアで、連邦議会の敷地内に侵入したジャイル・ボルソナロ前大統領支持者(2023年1月8日撮影)【1月9日 AFP】)

【“模倣犯”のような陳腐さも】
南米ブラジルで、大統領選挙の結果を認めない右派ボルソナロ前大統領の支持者が暴徒化し、大統領府や議会、最高裁判所を襲撃して施設や備品を破壊した件は報道のとおり。ある程度予想された事態でもあります。

****ブラジル前大統領支持者が議会襲撃 約300人逮捕****
ブラジルの首都ブラジリアで8日、昨年10月の大統領選で敗れた右派ボルソナロ前大統領の支持者が暴徒化し、大統領府や議会、最高裁判所を襲撃して施設や備品を破壊した。

地元メディアによると約4千人が集結したが、警察が約4時間で制圧。約300人が逮捕された。地方を視察していた左派ルラ大統領は、選挙結果を受け入れず襲撃したボルソナロ氏の支持者を非難し、厳しく処罰する方針を示した。

米国では2021年1月にトランプ前大統領の支持者らが、大統領選で不正があったとして議会議事堂を襲撃した。ブラジルでも政治対立が深刻化する実情が鮮明になり、各国の首脳が「言語道断だ」(バイデン米大統領)などと暴徒化した群衆を批判している。

ルラ氏は今年1月1日に就任したばかり。南米の大国ブラジルの政治が不安定化する懸念も出ている。(中略)

ルラ氏は昨年10月の大統領選の決選投票で、ボルソナロ氏を破り当選。8日は大雨被害の視察でサンパウロ州を訪れており、ブラジリアを離れていた。

ルラ氏は視察先で記者会見し、襲撃を「狂信的なファシスト」によるものだと糾弾。当初、大統領選で不正があったとしていたボルソナロ氏の姿勢が、支持者らを襲撃に向かわせたとして批判した。

ただ、同氏自身は昨年12月30日、敗北を事実上認めて米フロリダ州に渡っていた。同氏も襲撃について、ツイッターで「法から外れている」と述べた。

ボルソナロ氏の支持者による襲撃について、バイデン米大統領が「民主制と平和な権力移行に対する襲撃を非難する」と表明。

メキシコのロペスオブラドール大統領も「(ルラ氏を)メキシコと米州大陸、世界が支持している」と述べた。欧州の主要国首脳からも事件を問題視する声が一斉に出ている。【1月9日 産経】
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ブラジルの状況については、昨年末の12月18日ブログ“ブラジル 敗北を認めない大統領 支持者は大量の攻撃的な銃を所有 進行するアマゾン消失”でも取り上げましたが、ボルソナロ氏は、従来から大統領選で使われる電子投票が「不正」だと主張し、大統領選以降、敗北したことを公式には認めていません。

ボルソナロ氏の熱狂的な支持者らはその訴えに共鳴し、大統領選後も各地の軍事基地などで抗議活動を続け、軍の介入などを要求していました。

ボルソナロ氏は、暴徒が起きてからしばらくは声明などは出さずにいましたが、ブラジル時間の午後9時すぎに自らのツイッターを更新。AP通信によると、平和な抗議活動は民主主義の枠内にあるが、公共施設への侵入や破壊行為は「この原則に対する例外的な事態だ」と主張したとのこと。

“例外的な事態”というのはわかりにくい表現ですが、「平和的なデモは民主主義の一部だ。しかし、今日起きた公共施設の略奪、侵入はその法則から外れている」【1月9日 読売】という表現からすれば、今回の公共施設への侵入や破壊を表向きは否定しているようです。

何から何まで、2021年1月にトランプ前大統領の支持者らが議会議事堂を襲撃した事件とダブります。
そうした“既視感”から、“模倣犯”のような陳腐さも。

****「行動起こすしかなかった」=参加者ら、記者を羽交い締め―ブラジル****
ブラジルのルラ大統領が「前代未聞の破壊行為」と呼んだ、ボルソナロ前大統領支持者による連邦議会、大統領府、最高裁への侵入事件。

これらすべての建物に侵入したというブラジリア在住の会社員カンポス氏(34)は「司法は(ボルソナロ氏が負けた)選挙結果の見直しを行おうとしない。議会も最高裁も憲法を守っていない」と主張。「破壊行為は賛成できないが、民主主義が機能しておらず、行動を起こすしかなかった」と動機を語った。

地元テレビは無残に荒らされ、破壊された執務室や会議場の姿を映し出した。

一部参加者は、トランプ前米大統領の支持者らによる約2年前の米連邦議会襲撃事件を意識したのか、高官のものとみられる豪華な椅子に腰掛けて笑顔でカメラにポーズを取っていた。(後略)【1月9日 時事】 
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【計画した人間の意図は?】
そもそも、トランプ支持者にしても、ボルソナロ支持者にしても、議会襲撃などで「政権転覆」を考えていた訳でもないでしょう。反政府デモ参加者の一部が暴徒化して略奪するような、鬱積した不満のうっぷん晴らしみたいなノリだったのかも。

そうした“うっぷん晴らしみたいなノリ”““模倣犯のような陳腐さ”から、“民主主義を破壊しようとする行為”というほど大袈裟なものでもないようにも思えますが、こういう行為の蔓延は確実に“民主主義の劣化”であり、“ポピュリズム的衆愚政治”を示すものでしょう。

参加者は“うっぷん晴らしみたいなノリ”だったかも知れませんが、突発的事態ではなく、事前に計画されたもののようです。

****ブラジル議会襲撃、2週間前から計画か 前大統領支持の数千人暴徒化****
(中略)ロイター通信によると、ボルソナロ氏の支持者による政府建物の占拠は、ツイッターなどのソーシャルメディア(SNS)で少なくとも2週間前から計画されていた。

SNS上には国内数カ所の都市で集合場所を決め、チャーターしたバスでブラジリアに向かう計画が記されていたという。

ディノ法相はボルソナロ氏の支持者を乗せた数百台のバスの資金源や、安全対策の準備をしなかった知事への調査を進める考えを明らかにした。(後略)【1月9日 毎日】
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また、アメリカのトランプ氏周辺と相談がなされた可能性も

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米紙ワシントン・ポストは22年11月、ボルソナーロ氏陣営が選挙後、トランプ氏の側近らと協議していたと報じた。

報道によると、ボルソナーロ氏の国会議員の息子は、22年10月末のブラジル大統領選後に、フロリダ州のトランプ氏の自宅を訪問している。ボルソナーロ氏支持派による抗議や選挙結果への異議申し立ての効力についてスティーブン・バノン元米大統領首席戦略官と電話で協議したり、トランプ氏の側近で広報担当だったジェイソン・ミラー氏とオンライン検閲や言論の自由について議論したりしたという。【日系メディア】
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軍を動かしてクーデターを起こす訳でもなく、このような“うっぷん晴らし”のような襲撃事件を計画・実行する意図は何なのか? 

よくわかりませんが、支持勢力の求心力を維持し、モチベーションを高める“イベント”としての効果はありそう。

衆愚政治において、指導者は「パンとサーカス」で民衆の心を繋ぎとめるとされますが、議会・大統領府襲撃はその“サーカス”みたいなイベントでしょうか。

【民主主義が内包するポピュリズムの危険性】
民主主義が内包するポピュリズムの危険性、その曖昧な区分について語るのは荷が重すぎますが、下記のような佐伯啓思氏の指摘も

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民主主義の理念が「討議による政治」であり、少数派への配慮が必要とされるのは、何が真理であるかは誰にもわからない、という前提があるからだ。真理は不明であり、絶対的に間違いのない判断などありえないのである。

ここに、判断は一人一人異なってもよいし、それを強制されてはならないという自由主義の原理が持ち込まれれば、民主主義は価値判断についての完全な相対主義に陥る。正邪、善悪の判断は人によって異なっている。こういう価値相対主義こそが民主主義の根本的な前提をなしている。

とすれば、いかなる政治家であろうとも何が正しいかなどわかるはずはない。いや、哲学ならいざ知らず、現世の利得・損失に関わる事項に真理などという概念は意味をなさないであろう。

それなら政治家は多数派の「民意」を恃(たの)むほかなくなる。つまりポピュリズムを弄(ろう)するほかないであろう。

絶対的な正義や正解が誰にも分からないとなれば、政治の言説もメディアの言説もすべてフェイクといえばフェイクということになろう。

かくてトランプ派は、「フェイクメディアの背後には隠れた力が働いている」という陰謀論を唱えるが、それも真偽は不明なのである。こうなれば、民主主義はむき出しの言論合戦となるほかない。メディアは世論を操作し、政治家は民意を動かそうとする。一種のデマゴーグである。【佐伯啓思氏 日系メディア】
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確かに、反対派とも論議をつくすという「討議民主主義」は民主主義の理念である。だが、利害が多様化して入り組み、にもかかわらず人々は政治指導者にわかりやすい即断即決を求めるという今日の矛盾した状況にあっては、由緒正しい民主主義では政治が機能しないことは明白である。

そしてこの現実こそが、民主政治へのいら立ちや不信感を生み出しているのであり、その政治への不満がトランプ現象を生んだのであった。(中略)

人々が政治に求めるのは、「幸福を追求する」ための条件ではなく、現実に「幸福を享受すること」なのである。(中略)

人々にとっては、おのれを頼みとして自分の幸福を自ら獲得するという「自己決定」などというものは重荷なのだ。だから人々は、政治に対して「安全と幸福」の提供を要求する。その結果、人々は、安全と幸福を与えてくれるような強力な「護民官」的な指導者を求める。【同上】
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そして“強力な「護民官」的な指導者”を装うポピュリスト政治家はデマゴーグで人々を扇動する・・・こうしたポピュリズムがアメリカのトランプ政治であり、ブラジルのボルソナロ政治のように見えます。

そこでは、前述のように議会襲撃も支持者を鼓舞し、カタルシスを経験させるイベントなのでしょう。
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物価上昇で相次ぐストライキ 英国では看護師が 米は政権が介入 韓国では労組対政権の全面対決

2022-12-08 22:40:42 | 民主主義・社会問題
(【12月2日 BBC】 イギリスにおける国民の職種別ストライキ支持率 労働争議を全般的に支持する人は60%、反対する人は33%でした。 看護師・教師が上位にランクされているあたり、日本とは全く異なります。)

【イギリス 70年以上の歴史を持つ国営医療制度史上で最大規模の看護師スト 国民の多くはストを支持】
物価上昇に賃金が追いつかず生活は苦しくなるばかり・・・というのは日本だけでなく程度の差はあれ世界共通の現象です。そうした状況で多発するのは労働者のストライキ。

****看護師、最大規模のストへ―高インフレで賃上げ要求****
記録的な物価高に見舞われている英国で、来月のクリスマス直前に看護師らが全国的なストライキを実施することが決まった。労組が25日発表した。高インフレを受けた賃上げを求めており、設立から70年以上の歴史を持つ国営医療制度「国民保健サービス(NHS)」史上で最大規模の看護師ストになるとされる。

ストは12月15日と20日に予定され、救急医療や生命に関わる治療以外はほぼ停止される見込み。新型コロナウイルス感染拡大による治療の遅れやインフルエンザの流行ですでに圧迫されている医療体制に、大きな影響が出る可能性がある。 

英国民は物価高や光熱費高騰への不満を募らせており、最近は鉄道やバスのほか、郵便局員や教員らによるストが頻発。ただ、国や企業側もインフレ対応の賃上げには応じづらく、解決が困難な中、英国は「ストの冬」(英メディア)に突入しようとしている。【11月27日 英国ニュースダイジェスト】
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日本では1975年(昭和50年)、ストライキ権を禁止されている公共企業体の労働者の労働組合「公労協」がスト権を求めて行ったいわゆる「スト権スト」が実施され、国鉄労働者「国労」が1週間ほど首都圏電車を止めるなどの大規模闘争を行ったものの、結果的には要求は認められず敗北。

その後国鉄は解体、労組の春闘も毎年「敗北」を続けるなど労働運動は下火となっていきます。組合の組織率も右肩下がり。(こうした労働組合の弱体化が現在の賃金が上がらない日本経済のひとつの要因ともなっています)

それまでの度重なる順法闘争に加え、スト権ストで利用客や物流・経済に大きな打撃を与えるストライキ行為そのものに対する国民の否定的なイメージが強まったこともあって、このスト権スト以降、労働組合の活動、特にストライキは社会的に実施が難しいような社会的雰囲気が生まれています。日本社会には良くも悪くも「他人に迷惑をかけない」ということを是とする文化が根強くありますので。

そうした現在の日本の雰囲気からすると、患者の生命にかかわる看護師の大規模ストライキはおそらく馴染めない国民が多いのではないでしょうか。

しかし、イギリスでは権利要求のためのストライキ、とりわけ看護師のストライキは広く国民から支持されているようです。

****イギリスでなぜストが増えているのか 交通や医療、学校・大学でも****
イギリスでは今年、さまざまな分野でストが相次ぎ、市民生活に影響が出ている。
物価高騰に伴う生活費上昇を乗り切るため、何万人もの労働者が給与での支援を求めている。公共交通機関や郵便局のストなどが相次ぎ、学校も教職員のストによる閉鎖が多発している。作業員のストのため、ごみの回収は遅れ、法廷弁護士のストのために裁判所の業務も滞っている。
来年になってもストは起きる見通しで、医療従事者や公務員による労使協議が続いている。

なぜストが続いているのか
さまざまな分野で労働条件、年金や賃金をめぐる労使紛争が起きている。
加えて物価は、年率11%増で上昇している。これは、過去40年で最速のペースだ。つまり、労働者にとっては賃金上昇分よりも物価が上昇しているため、家計が圧迫されていることになる。(中略)

働く者が労働条件の改善などを求めて仕事をしないのがストライキだが、そこまで極端な対応ではなくても、たとえば残業を拒否するなど、ほかの形で雇用主に圧力をかける方法もある。

最低限の基本業務は維持する職種もある。医師や看護師が完全に働くのをやめることはない。人命にかかわるからだ。

新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、労働争議は増え続けている。国家統計局(ONS)によると、イギリスで労働争議で失われる時間を日数換算した合計は、2019年の月間平均で1万9500日分だったのに対して、2022年7月は8万7600日分に増えていた。

ストをしているのは
特に注目を集めているストライキは次の通り――。
イングランド、ウェールズ、北アイルランドで12月15日と同20日に、看護師の大規模なストライキが予定されている。国民保健サービス(NHS)が誕生して以来、最大規模のストになる見通し。イギリス看護協会(RCN)は、政府との賃金交渉の難航をスト実施の理由に挙げている。救急救命担当の看護師は勤務を続けるという

イングランドの救急サービスの半数で、救急隊員や緊急電話の応答係などが、昇給を求めてストライキを決行することで合意した。多くの当事者を代表する労組の一つは、ストはクリスマス前に予定されていると話すが、組合員の多くがストに賛成しなかったことや、救急医療を保証する規則から、実際の影響は限定的なものになる可能性もある

イギリスでは今年6月以来、鉄道ストが相次いでいる。3つの主要鉄道労組は1日限定のストを繰り返しており、鉄道網の一部はほとんど休止状態になっている。クリスマスに向けてさらにスト予定日が発表されており、今後半年は、交通の混乱は続く見通し

郵便業務を担当するロイヤル・メールの労働者は8月から計8回にわたりストを刊行しており、クリスマス前には12月24日を含めて、数日にわたり抗議行動を予定している。

11月24日、25日、30日には、150の大学など高等教育機関の教職員7万人以上が賃上げを要求してストを決行した(中略)

国民はストを支持しているのか
相次ぐストライキを国民が支持しているのか、複数の世論調査が実施されている。
調査会社サヴァンタ・コムレズが10月末に行った調査では、労働争議を全般的に支持する人は60%、反対する人は33%だった。

賃金や労働条件をめぐるストライキについては、分野によって反応は異なった。最も支持されたのは、看護師や教師によるストだった。(冒頭グラフ参照)

夏に調査会社イプソスとオピニウムが鉄道ストライキについてそれぞれ行った世論調査では、賛成と反対がほぼ同数だった。(後略)【12月2日 BBC】)
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【アメリカ バイデン政権は鉄道労働者ストライキの阻止を議会に求める】
当然に労働者側の立場、雇用者・企業側の立場がそれぞれありますが、国民生活・経済に多大なダメージをもたらすストライキに関しては国家・政府としても介入せざるを得ないという立場もあります。

アメリカ・バイデン政権は、経済に壊滅的な打撃を与えかねない鉄道労働者のストライキを阻止する方向で動いています。

****米大統領、鉄道スト回避へ議会に介入要請、経済への打撃を警告****
バイデン米大統領は28日、鉄道輸送サービスが停止すれば経済に壊滅的な影響が及ぶとして、ストライキを回避するために議会に介入するよう要請した。

米鉄道労働者は12月9日にもスト入りする可能性がある。

バイデン氏は全国的な鉄道サービスの停止を避けるために、9月に発表された暫定労使協定案を修正・遅延なく採択するよう議会に求めた。ストに突入すれば最初の2週間だけで最大76万5000人が職を失う恐れがあると警告した。

ペロシ下院議長は「経済を停止させる壊滅的な全国的鉄道ストを防ぐために」今週中に法案を提出すると表明した。

鉄道輸送が止まれば重量ベースで国内の貨物輸送の約30%がストップし、1日当たり最大で20億ドルの損失が発生する可能性がある。

バイデン氏は「鉄道の停止は経済に壊滅的な打撃を与える。貨物鉄道がなければ米産業の多くが閉鎖される」と指摘。「(議会は)政治と党派の対立を脇に置いて国民のために責務を果たすべきだ。この法案を12月9日よりかなり前に可決し、混乱を避けられるようにすべきだ」と訴えた。【11月29日 ロイター】
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****米上院が鉄道スト阻止法案可決、バイデン大統領の署名で成立へ****
米議会上院は1日、経済に壊滅的な打撃を与えかねない鉄道労働者のストライキを阻止する法案を賛成80、反対15で可決した。下院では前日に同じくスト回避のための法案が承認されており、バイデン大統領が署名すれば成立する。

上院が可決したのは、11万5000人の労働者を代表する労組と経営側が9月に合意した暫定的な労働協約を強制的に適用させる法案。下院案に盛り込まれた7日の有給休暇を認める内容は含まれなかった。

議会は今回、輸送部門のストに関してのみ有している包括的な阻止権限を行使した。年末商戦期に鉄道が止まれば、経済に深刻な影響を及ぼすとみられたからだ。

12月9日から始まる予定だったストが実行されれば、重量ベースで米国全体のほぼ3割の貨物の輸送が滞る恐れがあった。【12月2日 ロイター】
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従来は民主党は労組が支持勢力のひとつでしたが、そのあたりの事情は変化しているのでしょうか。

【韓国 伊政権は韓国史上初めてスト労働者への職場復帰命令 全面対決の様相】
一方、バイデン政権同様にストライキ阻止を求めて労組と政権の全面対決状態にあるのがお隣韓国。尹錫悦政権はスト中の運輸労働者に職場復帰命令を出した韓国史上初めての政権となりました。

****韓国物流スト、政府がセメント業界トラック運転手に職場復帰命令****
トラック運転手による全国的なストライキが行われている韓国で29日、政府がセメント業界のトラック運転手に職場復帰を命じた。全国の建設現場で建築資材が不足する中、スト対抗法を発動する異例の措置に出た。

最低賃金を巡るトラック運転手のストは半年足らずで2回目となっており、1日当たり推計3000億ウォン(2億2400万ドル)の損失が生じている。

業界団体によると、セメント産業は28日時点で推計約640億ウォン(4781万ドル)の累積損失が出ている。また、同日の出荷量は約2万2000トンだったが、これは9月から12月初旬のピークシーズンに必要な通常の1日当たり出荷量の約10%という。

尹錫悦政権は、スト中の運輸労働者に職場復帰命令を出した韓国史上初めての政権となる。

労働者がこの命令に従わない場合、免許の取り消しや3年の刑期、3000万ウォン(2万2550ドル)以下の罰金といった処罰を受ける。

ストを主催する労組CTSUは業務開始命令について、「非民主的かつ反憲法的」と指摘し、政府が対話に応じようとしない証拠と訴えた。28日夜に出した声明文で、政府の弾圧に屈せず、29日に全国で16の集会を開催するとした。【11月29日 ロイター】
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****韓国大統領室 労組の相次ぐストに「妥協しない」****
韓国大統領秘書室の金恩慧(キム・ウンヘ)広報首席秘書官は30日の会見で、労働組合の全国組織、全国民主労働組合総連盟(民主労総)の公共運輸労組貨物連帯本部やソウルの地下鉄を運営するソウル交通公社の労組がストライキを行っていることについて、「労働者の正当な権利は保障するが、違法(行為)はあってはならない」として、「低賃金労働者の仕事を奪うストには断固として対応する」と強調した。

貨物連帯は期限付きで導入された「安全運賃制」の恒久化などを求め、24日からストを実施している。ストにより物流が停滞していることから、政府は29日、セメント業界の運送拒否者に対する業務開始命令を出した。金氏は「命令を拒否した運送従事者に命令書が発送されている」とし、「政府は(安全運賃制の廃止など)さまざまなオプションを検討している」と強硬な姿勢を示した。

ソウル交通公社労組のストに関しては、「12月2日には全国鉄道労組がストを行う予定」とし、「地下鉄と鉄道を利用する国民に大きな不便が生じることが予想され、心が重い」と言及。「政府は労使の法治主義を確立する過程にある」とし、法と原則に反する妥協はしないとの考えを改めて強調した。【11月30日 聯合ニュース】
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市民生活には大きな影響が出ています。

****トラック運転手らストで市民生活に影響 ガソリン「品切れ」給油所も 韓国****
(中略)韓国では先週からトラック運転手らの全国規模のストライキが始まり、7日目の30日になっても収拾の見通しは立っていません。中にはガソリンがなくなる給油所も出ています。(中略)

特に深刻なのはセメントの供給不足で、建設現場のおよそ50%で工事が中断しているということです。こうした事態を受けて、韓国政府は29日、セメントの輸送に関わる人員に対し、罰則付きの業務開始命令を出しました。この命令が運送業者に対して下されるのは初めての事態です。

一方、ソウルの地下鉄を運営する交通公社も労使交渉が決裂し、30日からストライキに入っています。運行は最大で7割程度まで落ち込む見通しで、運輸業界の労使対立で市民生活に影響が出ています。【11月30日 日テレNEWS】
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政権は軍の人員・装備も投入して影響を小さくしようとしています。

****韓国軍 スト現場に人員・装備投入=物流への影響最小限に****
韓国国防部のムン・ホンシク副報道官は1日の定例会見で、貨物・鉄道ストライキによる物流への影響を最小限に抑えるため、軍が災難(災害)対策本部を設けて人員と装備を投入していると発表した。(後略)【12月1日 聯合ニュース】
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尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は一歩も引かない姿勢。保守系伊大統領の面目躍如という感も。

****尹大統領「物流ストは北の核脅威と同じ」****
韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領がトラック運転手らによる全国規模のストライキについて、「北の核脅威と同じ」と発言したことが5日までに分かった。

複数の大統領室関係者によると、尹大統領は大統領室関係者らとの非公開会議で「核は許さないとの原則に基づき対北政策を推進したなら、今のように北の核脅威にさらされることはなかったはず」と指摘。スト参加者らによる違法行為と暴力に屈すれば悪循環が続くため、労働組合が組合員の業務復帰を妨害したり、威嚇したりする行為を厳しく処分すべきと重ねて強調したという。

北朝鮮の核脅威から国民の安全と財産を守るように、「違法スト」から国家経済と国民の生活を守るとの認識を示したものと受け止められる。

労働組合の全国組織、全国民主労働組合総連盟(民主労総)の公共運輸労組貨物連帯本部は期限付きで導入された「安全運賃制」の恒久化などを求め、先月24日午前0時から無期限のゼネストに突入した。政府は運送従事者に対し業務開始命令を出すなどして、現場への復帰を促しているが、貨物連帯はこれに応じておらず、産業界への影響が拡大している。【12月5日 聯合ニュース】
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こうした強気姿勢が保守・中道層国民に評価されたのか、低迷していた支持率はやや改善。

****尹大統領の支持率38.9%に上昇 保守・中道層が後押し****
韓国世論調査会社のリアルメーターが5日に発表した調査結果によると、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の支持率は38.9%で、前週から2.5ポイント上昇した。不支持率は1.9ポイント下落の58.9%だった。

尹大統領の支持率は2週連続で上がった。支持率は7月第1週に初めて40%を割り込んで以降、30%台前半に低迷していたが、今回の調査で約5カ月ぶりに30%台後半となった。不支持率は7月第1週以来、約5カ月ぶりに60%を下回った。(中略)

リアルメーターはトラック運転手らによる全国規模のストライキへの原則的な対応、尹大統領の出勤時のぶら下がり取材中断により不要な論争がなくなったことなどが支持率上昇につながったと分析。特に、尹大統領がストを実施しているトラック運転手らに「業務開始命令」を出すなど、原則に基づいて対応したことが支持率上昇の要因となったと分析した。(後略)【12月5日 聯合ニュース】
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政府は、2週間続いているトラック運転手らの全国規模のストライキによる主要産業分野の損失額を計3兆5000億ウォン(約3630億円)と試算しています。【12月7日 聯合ニュースより】

伊政権側は職場復帰命令を鉄鋼・石油化学業界にも拡大させています。

****韓国、トラック運転手の職場復帰命令拡大 鉄鋼・石油化学業界に****
韓国政府は8日、トラック運転手のストライキが長期化する中、職場復帰命令を鉄鋼・石油化学業界に拡大させた。韓悳洙首相が閣僚会議の冒頭で指示した。

政府は先週、セメント業界のドライバー2500人に対し、韓国史上初の「業務開始」命令を発動した。(後略)【12月8日 ロイター】
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韓国では革新系・文前政権と保守系・伊政権の激しい対立がありますので、今回の労組対政府の対決もそうした対立構造が背景にあります。

また、韓国労組に対しては、保守系からは「労働貴族」「過激労組」といった批判がかねてよりあります。政権側の強気姿勢もそうした組合批判を意識・反映したものでしょう。

“韓国経済を凋落させた「過激労組」驚きの傲慢ぶり、元駐韓大使が解説”【6月16日 武藤正敏:元・在韓国特命全権大使 DIAMONDonline】
上記は、革新勢力を支持基盤とする文前政権に批判的な武藤氏の個人的見解です。

今回の労組対伊政権のガチンコ勝負の行方は、今後の伊政権の求心力に大きく影響しそうです。勝敗を決めるのはストライキに対する国民の評価でしょう。 日本の「スト権スト」の経験からすると、長引くほどに政権側に有利になるようにも。よほどの国民支持がなければ勝負に出た国家権力には勝てません。
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対ロシア制裁を有効に遂行するために、道義的に問題のある国家との関係を改善することは許容されるのか?

2022-03-22 23:24:32 | 民主主義・社会問題
(ベネズエラの首都カラカスで開かれた集会で演説するニコラス・マドゥロ大統領【3月22日 WSJ】
対ロシア制裁を維持していくために、この強権支配への制裁を緩和することは妥当か?)

【ベネズエラ産原油の輸入禁止の緩和をめぐるマドゥロ政権との交渉】
ロシア軍のウクライナ侵攻の衝撃は思いがけない方向に変化をもたらしています。

そのひとつがアメリカとベネズエラの関係。
チャベス前政権時代からの対立がありますが、周知のようにベネズエラの強権支配を続ける反米左派のマドゥロ政権と、これを何とか引きずりおろしたいアメリカは厳しく反発しあい、アメリカはベネズエラにいろいろ画策し、厳しい制裁を課してきました。

ベネズエラ産原油は禁輸とされており、対ロシア制裁で注目されているSWIFT(国際銀行間通信協会)からもべネズエラは排除されています。

しかし、ウクライナ情勢に関する対ロシア制裁でロシア産原油の禁輸が実施されたことで、アメリカにとってベネズエラの石油がこれまでと異なる意味合いを持つようになっています。

****米、ベネズエラと数年ぶり高官級協議 ロシア巡る思惑も****
米国はベネズエラ産原油の輸入を禁止する制裁措置を緩和する可能性を巡りベネズエラと高官級協議を数年ぶりに開いたが、合意に向けた進展はほとんどなかった。5人の関係筋が明らかにした。米国はベネズエラに対し、同盟関係にあるロシアから距離を置くよう促したい考え。

関係筋によると、5日にベネズエラの首都カラカスで開かれた協議には米国から国家安全保障会議(NSC)の西半球担当シニアディレクター、フアン・ゴンサレス氏とジェームズ・ストーリー・ベネズエラ担当大使が出席し、ベネズエラ側はマドゥロ大統領とロドリゲス副大統領が参加した。

米政府側は今回の会談について、ウクライナ侵攻を命じたロシアのプーチン大統領から距離を置く用意がベネズエラ側にあるかどうかを見極める好機だと捉えていた。

また、米国はロシア産原油の禁輸措置を発動した場合の代替調達先を確保したい考え。ベネズエラは米国の制裁が緩和されれば、原油輸出を増やす可能性がある。

ホワイトハウス、米国務省、ベネズエラの通信情報省はコメントを控えた。

関係筋によると、会談で米代表団は、自由な大統領選の実施や外資系企業の生産・輸出を促進する形での石油業界改革についてベネズエラ政府の確約を求め、公式にロシアのウクライナ侵攻を非難するようにも促した。マドゥロ氏はウクライナ侵攻を擁護する立場を示してきた。

この見返りとして、ベネズエラに国際送金・決済システムのSWIFT(国際銀行間通信協会)の一時的な利用を認める方向での検討を提案したという。

マドゥロ大統領は、ベネズエラ産原油禁輸の全面解除や、自身を含む幹部に科された制裁の撤回のほか、国営ベネズエラ石油(PDVSA)の米子会社シトゴ・ペトロリアムを政府管理下に再び置くことを求めた。

米側はフォローアップ会議の開催に合意したが、日程は設定されていない。【3月7日 ロイター】
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経済崩壊しているベネズエラ・マドゥロ政権にとっては願ってもないチャンスでしょう。
ただ、“米国はベネズエラに対し、同盟関係にあるロシアから距離を置くよう促したい考え”“公式にロシアのウクライナ侵攻を非難するようにも促した”とのことですが、これまでマドゥロ政権を支えてきたロシアを“切る”ことは難しいでしょう。

****ベネズエラ大統領、対ロシア制裁を拒絶=「必要な物、何でも売る」****
南米ベネズエラのマドゥロ大統領は2日、テレビ演説で「われわれは(ウクライナに侵攻した)ロシアに対する制裁を拒絶する。ロシア国民の経済的自由の権利を擁護する」と表明した。独裁色を強める反米マドゥロ政権は西側諸国の厳しい制裁対象となっており、ロシアへの依存度を強めている。
 
マドゥロ氏は「ロシアとの通商関係を維持し、必要とする物を何でも売る用意がある」とも強調した。ただ、ベネズエラはマドゥロ政権の失政などが原因で経済が破綻し、極度の物資不足に陥っている。
 
さらにマドゥロ氏は、ロシア軍の侵攻がウクライナの核武装を阻止するための自衛措置だったと、ロシアのプーチン大統領と同様の主張を展開。制裁は西側諸国がロシアを破滅させるために仕掛けた経済戦争だと断じた。【3月4日 時事】 
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それはともかく、“米国人2人解放=原油制裁緩和へ交渉中―ベネズエラ”【3月9日 時事】といった歩み寄りも。
今後は交渉次第といったところでしょうが、人権抑圧を続けるマドゥロ政権への制裁を緩めることにはアメリカ国内の与野党にも反対が根強くあります。

****ロシア原油禁輸の代替 米国とベネズエラ取引の行方は****
(中略)トランプ政権時代には、経済制裁による最大限の圧力をかけマドゥロを退陣に追い込もうとしたが、結局ベネズエラ経済を破綻させただけで、民主化へ向けての何らの成果を上げないまま、バイデン政権に引き継がれた。

バイデン政権では、とりあえず制裁措置はそのまま継続していたが、事態は行き詰まり、打つ手なしの状態であった。(中略)
 
ベネズエラ経済も、昨年10月に現地通貨を100万分の1に切り下げ経済の破綻状態も底を打ち、社会主義的な経済規制を放棄した結果、2021年は経済がプラス成長に転じたと見られている。
 
バイデン政権は、3月8日、ロシア原油禁輸措置に踏み切ったが、もともとベネズエラ原油の禁輸措置による供給不足を同様の重質油であるロシア原油で補充した結果、ロシアからの原油の輸入が倍増した経緯があるので、ロシア原油禁輸により生ずる供給不足をベネズエラ原油で代替することは理にかなっている。
 
また、元海兵隊員や米国系石油企業Citgo社の幹部職員がベネズエラ側に拘束されており、その解放も米国にとっての課題であった。3月8日にベネズエラは、拘束していた2人の米国人(うち1人は5年前に逮捕されていた)を解放し、米国のベネズエラ原油の禁輸の解除を期待して米側のアプローチに応じた。

米国が支援する野党指導者のグアイドも、マドゥロ政権がメキシコでの交渉に復帰するための制裁の部分的緩和を要望し、米国議会内にもこれを支持する動きもあった。マドゥロ政権としてもとにかく経済制裁を緩和することが最優先の要求であった。
 
従って、バイデン政権が、民主化への歩み寄りや米国人の解放などを条件に、ベネズエラ原油の禁輸を解除することにより、ロシア原油禁輸による供給不足に対応することは一石二鳥の極めて効果的な政策であるばかりでなく、マドゥロからも野党側からも歓迎されるものであった。
 
他方、米国議会の共和党強硬派は、こうした措置は独裁政権を強化するものであるとしてマルコ・ルビオ上院議員らを始めとして強く反発しており、民主党の人権重視派のメネンデス上院外交委員長らからも民主化への進展が保証されず、フロリダ州でのヒスパニック票の支持を失うとして批判も出ている。

マドゥロ政権が吹き返しては逆効果
他方、例え禁輸措置が解除されたとしても、ベネズエラの原油生産能力は設備の老朽化やマネージメントの不備で著しく低下しており、増産傾向にはあるがすぐにはロシア原油の供給量をカバーできず、当面の効果は限定的とも見られる。

従って、今回の米側のイニシアティブは、当面石油については市場への心理的効果を狙うと共に、重点は行き詰ったベネズエラ政策を活性化し、民主化へ向けて関与することによりベネズエラ問題に新たな展開をもたらそうという狙いがあるとも思える。
 
マドゥロは、ウクライナ問題ではロシアを明確に支持しているが、とにかく制裁を緩和することが最優先であり交渉に前向きであるが、それは見せかけの手段であって、実質的な民主化に応ずるつもりはないのではないかと疑われる。

従ってこのようなイニシアティブが成功するかは、米国の制裁緩和の条件としてベネズエラ側が公正な選挙の実施、人権の尊重等でどのような具体的措置をとるかにかかっている。
 
制裁緩和で多少のベネズエラ原油が調達できるとしても、それでマドゥロ政権が経済的にも息を吹き返し、他方、人権侵害は改善されず民主化も進まないのであれば、バイデン政権は国内的にも厳しい評価を受けることになろう。【3月22日 WEDGE Infinity】
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上記は「正論」ではありますが、現実政治は・・・と言う話は後程。

【イラン核合意再建交渉 革命防衛隊のテロ組織指定解除が残された問題】
ウクライナ情勢に影響を受けて動き出したのがイランとの核合意再建交渉。こちらもロシア産原油の禁輸という事態を受けて、イラン産原油が穴埋めの切り札として世界から注目されていることが背景にあります。

交渉の方は、まとまりかけたように見えた時点でロシアからの“横槍”が入り、不透明な状況にもなっていましたが、それもクリアできそうな雲行きです。

****露のイラン核関連事業は制裁対象外 米、核合意妥結へ譲歩姿勢****
イラン核合意の再建に向けた多国間協議をめぐり、米国務省のプライス報道官は15日の記者会見で、ロシアが同合意に沿って参画するイランの核関連事業については、ウクライナ侵攻を受けて発動している対露制裁の対象とはしないと明らかにした。

同協議は妥結間近とされながらも、ロシアが今月に入って自国に科されている制裁の対象からイランとの取引を除外するよう要求したことで停滞。ロシアがこうした除外規定を制裁回避に利用するとの懸念も指摘されていた。

そんな中でバイデン政権は今回、一定の譲歩姿勢を示した格好だ。ラブロフ露外相は同日、米国から「文書での保証」を受け取ったと述べ、協議の進展に前向きな態度をみせた。(後略)【3月16日 産経】
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最後に残っている問題は、イラン革命防衛隊のテロ組織指定解除だとか。

****イラン核合意再建、革命防衛隊のテロ組織指定解除が最後の障害に****
イラン核合意の再建について、複数の外交関係者は、イラン革命防衛隊(IRGC)のテロ組織指定を米政府が解除するかが、交渉の行方を左右するとの見方を示した。

米政府内ではこの問題を受けて核合意再建に反対する声が上がっているほか、IRGCのテロ組織指定解除を公に批判していたイスラエルなどの中東同盟国も反発している。

1年近くにわたる交渉ではほぼすべての意見の対立が解消されてきたが、政府高官らは、この問題でイランとの妥協点を見いだせなければ話し合いが破綻する可能性もあると述べている。

米政府はIRGCが数百人の米国人を殺害したと指摘しているほか、エリート部隊のゴドス軍は中東地域の代理組織やシリアで戦った親イラン勢力向けに兵器などを提供している。IRGCは弾道ミサイル関連のプログラムや、人権侵害疑惑を理由に、長年にわたって米政府から制裁を受けていて、2017年には対テロ制裁リストに加えられた。

米政府高官らによれば、ジョー・バイデン大統領や側近の多くは判断を先延ばしにするのではなく、イランと合意を結んでその後に改善に努めていくことの方がいい選択だと考えている。

ホワイトハウスはまた、イランの核開発プログラムを制限する合意が、中東地域に安定をもたらすカギとなり、これによって政府も中国やロシアに専念することが可能になるとみている。【3月22日 WSJ】
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【レアルポリティーク 道徳やイデオロギーを考慮するよりも、現実的なニーズに基づいて国際関係に携わる政治手法】
ベネズエラにしても、イランにしても、民主主義・人権を踏みにじる“ならず者国家”として、これまでアメリカが厳しく批判してきた国。ウクライナ情勢をめぐる対ロシア戦略の一環とはいえ、そういう国家への批判・圧力を緩めていいのか?・・・という疑問・批判は当然にあります。

話は“道徳やイデオロギーを考慮するよりも、現実的なニーズに基づいて国際関係に携わる政治手法”の是非という問題になります。

****ウクライナ危機で復活、「現実政治」の時代****
米国はロシアの脅威に対抗するために、好ましくない政権と良好な関係を築くかどうかを判断する必要がある

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに軍事侵攻した結果、冷戦時代のフレーズが方々で聞かれるようになった。モスクワとの緊張の高まり、西側軍事同盟の新たな結束、国防費の増加、さらには核戦争の可能性を巡る一抹の不安などだ。

さらに最近耳にするのがこの言葉だ。米国は今や、レアルポリティーク(現実政治)の時代に戻るべきかどうかを判断する必要がある。すなわちロシア(ソ連)というより重大な危険に立ち向かうため、道義に反する政権と嫌々ながら良好な関係を築いていた頃のことだ。

米バイデン政権は、ベネズエラやサウジアラビア、イラン、独裁的な一部の欧州諸国との関係において、次第にそのような選択に直面しつつある。さらに現在、(冷戦時代と同様に)それにも増して米国に大きくのしかかる問題は、ロシアの脅威を相殺するために、政策に懸念のある中国との関係改善に乗り出すべきかどうかだ。

プーチン氏のウクライナでの容赦ない猛攻とさらに踏み込みかねない姿勢が、国際社会の関係に長期的シフトをもたらすことが明確となり、こうした疑問は次第に表面化していくだろう。世界はプーチン大統領を支持するのか反対するのかという選択の時期に直面し、一方でエネルギー・食糧・技術の既存生産パターンを再編する必要に迫られている。

この変わりゆく状況の中、米国には新旧を問わず友人が必要だ。その友好的な関係を確保し、維持するために進んで払う代償を見直さないといけない。

そこに作用するのがレアルポリティーク、つまり道徳やイデオロギーを考慮するよりも、現実的なニーズに基づいて国際関係に携わる政治手法だ。民主主義の価値観に忠実か、人権を尊重しているかについては見て見ぬふりをすることをいとわず、少なくともそうした懸念をあまり重視せずに、より大きな脅威に力点を置く一種の冷血さを伴う。

半世紀前には、共産主義の巨頭であるソ連の核武装がもたらすとされた人類の危機に立ち向かう必要性が、このような決断を正当化した。

その必要性に突き動かされた米国は、中南米の軍事独裁者や中東の非民主的な君主制国家、フィリピンの強権的指導者、パキスタンの軍部主導政権と次々に良好な関係を築いた。また米国は冷戦時代の早い段階で、ソ連の脅威に対抗する必要性から、日本とドイツの第2次世界大戦中の罪を見過ごした上で、世界のパワーバランスをより好ましい形に作り上げようとした。

とはいえ、それらの決断が容易だったわけでも、物議を醸さなかったわけでもない。米国が反ソ連合を重視するあまり、軽率もしくは不道徳な選択をしているのではないか、国内の議論や意見の相違を容赦なく抑え込む指導者に近づくことで、長期的な政情不安の種をまき、世界各地の市民の離反を招くのではないかという議論が沸騰した。

こうした議論は1970年代終盤に最高潮に達し、当時のジミー・カーター大統領率いる政権は、米国の外交政策において、人権を支持することが地政学的優位性を目指すことと同様に重要な位置づけになると判断した。

時を経て現在、同じような苦渋の選択がバイデン政権に新たな形で突きつけられている。米国はロシア産原油の禁輸が拡大した場合の経済ショックを緩和するため、国際市場でより多くの原油を必要としている。だがその目的が、ベネズエラの独裁者ニコラス・マドゥロ大統領の強権的性質や、サウジアラビアの統治者によるジャーナリスト暗殺についての疑念をのみ込むことを正当化するのだろうか。

世界市場に原油を供給し、他の国際的な混乱の要因を片付けておきたいために、反米・保守強硬派のイラン政権との間で、米国は核合意を急がなくてはならないのか。欧州が結束する必要性は、ハンガリーのオルバン・ビクトル首相の独裁的な傾向を見過ごすことを意味するのか。

ロシアの戦車がウクライナ国境を越えた途端に姿を現し始めた新たな世界秩序は、すでに米国の判断に変化をもたらしている兆候がある。米当局者は突然ベネズエラ政府を訪問した。同国の石油産業に対する制裁解除に向けた協議をするためだ。マドゥロ氏は拘束していた米国人2人を釈放し、自身の政権は野党側との対話を再開すると述べた。
 
バイデン政権はサウジアラビアのかねての要請に応じ、隣国イエメンの反政府勢力フーシ派との戦いを支援するため、相当な数の地対空誘導弾「パトリオット」を供与したとウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は報じている。

一方、米国はイランとの新たな核合意の一環として、イラン革命防衛隊(IRGC)をテロ組織指定リストから外すという物議を醸す譲歩について検討している。

最も重要な問題は、米国が新たな「ロシア-中国枢軸」の出現を防ぐために、中国の行動に対する米国の懸念の一部を留保する用意があるかどうかだ。

中国のイスラム教徒の少数民族ウイグル族に対する扱いや、中国の貿易慣行の一部に対する不満について、口をつぐむ覚悟はあるのか。そのような疑問は冷戦時代に難しい判断を迫ったが、今もそれは少しも容易ではなく、単純でもない。【3月22日 WSJ】
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人権・民主主義の看板をおろしてしまっては、圧政に苦しむ世界各地の人々の希望を打ち砕くことになり、何のための外交かという話にもなりますが、さりとて、ときに妥協・調整は必要というのも現実課題でしょう。

ケーズバイケース、程度問題で対処するしかない難しい選択です。

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