(タクシン元首相支持派の反政府デモが軍治安部隊に強制排除され、多数が死傷してから3年を迎えた5月19日、現場となった首都バンコク中心部で開かれたタクシン支持派による追悼集会 【5月19日 MSN産経フォト】)
【海外逃亡中の“陰の最高実力者”タクシン元首相】
タイの政治対立・混乱の中心人物であり、インラック政権の影の最高実力者であり、また、海外逃亡中でもあるタクシン元首相が来日した(もう出国したのか、まだ国内にいるのかどうかは知りませんが)ようです。
****安倍首相、タクシン氏と会談*****
安倍晋三首相は26日、タイのタクシン元首相と都内のホテルで昼食を共にしながら会談した。タクシン氏は安倍政権の経済政策「アベノミクス」を評価しており、両国の経済状況などについて意見交換したとみられる。
タクシン氏はインラック首相の実兄。2006年のクーデターで失脚後、汚職事件で実刑判決を受けて海外逃亡中だが、タイ政界に依然影響力を持つとされる。【10月26日 時事】
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タイのタクシン元首相は2006年の軍によるクーデターで失脚後、国有地の取得をめぐり国家汚職防止法違反罪で起訴され、公判中の08年8月に国外に逃亡。同年10月に禁錮2年の実刑判決を受けています。帰国すると収監されるため、海外での逃亡生活を続けていますが、妹インラック氏を首相の座につけるなど、隠然たる力を維持しています。
フェイスブックによると、タクシン元首相は9月22日にシンガポールでF1を観戦し、シンガポールのリー・シェンロン首相、ブルネイのボルキア国王らと会見。その後、北京でしばらく過ごし、中国政府の要人らと会い、韓国、シンガポールを経て、来日したとのことです。
安倍首相の「アベノミクス」については、フェイスブック上で“タクシン氏自身が首相に就任した際も矢継ぎ早に政策を打ち出して景気を好転させたとして、自分の過去の業績と重ね合わせた”【10月31日 newsclip】とか。
国内を二分するタクシン派(農民・都市貧困層などからの支持)と反タクシン派(軍・枢密院・既得権益層・都市中間層などからの支持)の抗争が続き、タイの政治が停滞していることはこれまでも何度も取り上げてきたところです。
【政治的なゲーム】
タイ政治の目下の最大事案は恩赦法の取り扱いです。
タクシン元首相の帰国を可能にするための“帰国法案”だとして、反タクシン派・野党は批判を強めています。
****タイ:タクシン元首相「帰国法案」巡り 政情緊迫****
タイのタクシン元首相派の与党・タイ貢献党が、汚職罪で有罪判決を受け国外逃亡中のタクシン氏の帰国に向けた動きを活発化させ、政情が緊迫している。
貢献党は国会に提出中の恩赦法案をタクシン氏を対象に含むとみられる内容に修正。反タクシン派は猛反発し、野党・民主党は法案の本格審議が始まる31日に全国規模の抗議デモを行う予定だ。
恩赦法案はタクシン氏が失脚したクーデターが起きた2006年9月以降に反政府デモに参加するなどして罪に問われたタクシン派、反タクシン派双方のメンバーを免罪する内容。
8月に法案の原則を受理するかを審議する「第1読会」を通過した時点では、反政府デモや治安部隊の指導者は対象から除外されていた。
ところが、貢献党は10月中旬、法案を修正し対象を指導者にも拡大。反タクシン派から「狙いはタクシン氏の帰国・復権だ」と反発を招いた。
修正法案では民主党のアピシット党首らも恩赦対象になるとみられ、アピシット政権下で10年に起きた反政府デモ強制排除で多数の死傷者を出したタクシン派集団「赤シャツ」からも不満が出る。
しかし、タクシン氏は地元紙のインタビューで「法案は私の恩赦が目的ではないが、国内対立をリセットするためのものだ」と修正法案を後押し。
貢献党のソムサック下院議長は条文を詳細に審議、精査する「第2読会」を10月31日から行うことを決めた。党関係者によると、貢献党は最終の「第3読会」についても年内の可決を目指している。
民主党は31日夕方から首都バンコクで大規模デモを開く予定で、各地方でもデモを呼びかけている。反タクシン派グループも「法案が第3読会を通過すれば大規模デモを行う」と宣言している。【10月30日 毎日】
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一方、野党・民主党のアピシット党首(前首相)は、2010年に起きた反政府デモ強制排除に関して、殺人罪で起訴されています。
****前首相ら殺人罪で起訴=10年のバンコク騒乱―タイ****
タイ検察当局は28日、首都バンコクで2010年に起きた騒乱に絡み、最大野党民主党党首のアピシット前首相(49)と治安担当だったステープ元副首相(64)を殺人などの罪で起訴することを決めたと発表した。一連の騒乱で当時のアピシット政権当局者が刑事責任を問われるのは初めて。
タクシン元首相支持派は10年3~5月に、バンコク中心部の繁華街を占拠するなど大規模な反政府集会を開催。治安部隊との衝突などでロイター通信日本支局カメラマン村本博之さん=当時(43)=ら90人以上が死亡した。
検察当局は起訴の理由について、アピシット、ステープ両氏がタクシン派デモ隊の強制排除を治安部隊に指示し、銃と実弾の使用を認めた結果、デモ隊に死傷者が出ることにつながったと説明している。【10月28日 時事】
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野党党首を殺人罪で起訴し、一方でタクシン元首相と野党党首両方を対象にする形で恩赦法の対象者を拡大する・・・・“タクシン元首相の恩赦帰国を野党に認めさせるための一連の流れではないか”と、素人考えでも非常にわかりやすいシナリオです。
こんなにわかりやすい取引を行っていいのだろうか?と心配になるぐらいです。
****タイのアピシット前首相、殺人罪で起訴-恩赦法案通過の契機にも****
タイ検察当局は2010年の反政府デモ隊の弾圧に関連して、現在野党民主党の党首であるアピシット前首相とステープ元副首相を殺人罪で起訴した。この動きは与党タイ貢献党による恩赦法案の議会通過を後押しする可能性がある。恩赦法案は現在、同国で激しい論議を呼んでいる。
恩赦法案は、タイ貢献党の創立者であるタクシン元首相の帰国実現に向けた1年にわたる取り組みの一環。タクシン元首相は06年に軍のクーデターによって失脚した。同元首相はそれ以降事実上亡命し、08年に汚職で有罪となったものの、刑の執行を逃れている。
恩赦法案の提唱者たちは先週、法案を修正し、訴追免除の対象をアピシット前首相とステープ元副首相にまで拡大する条項を加えた。
チュラーロンコーン大学のSiripan Noksuan Sawasdee教授(政治学)は、「これは政治的なゲームだ。与党タイ貢献党はアピシット前首相とステープ元副首相に取引に応じるよう迫っている」と指摘する。
最高検察当局は起訴が政治的動機に基づくとの見方を否定した。同当局は、昨年の捜査を経て、特別捜査局(米国の連邦捜査局=FBIに相当)から起訴を要請する文書を今年6月に受け取った。(中略)
アピシット前首相とステープ元副首相のコメントは得られていない。
アピシット前首相はこれまでに、野党民主党は恩赦法案を支持せず、タクシン元首相の帰国実現も望まないと述べている。タクシン元首相はインラック現首相の兄。
民主党の広報担当者は、「恩赦法案の対象をわれわれにまで広げて欲しくない」と述べ、「われわれは裁判で争う意向だ。今後の成り行きは司法制度に任せたい」と付け加えた。【10月29日 WSJ】
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取引を迫られた形のアピシット前首相ですが、取引をのんでタクシン元首相の帰国を許すことになると、政治的影響力を失う危険があります。実刑判決を覚悟しても裁判闘争を行う方が・・・・という感はありますが、当人にとってはそう簡単な話ではないでしょう。議会での徹底抗戦の矛先が鈍ることもあり得ます。
恩赦法案の行方はわかりませんが、どう転んでも対立の構図に変化はなさそうです。
なお、タクシン元首相は妹インラック首相だけでなく、長男も後継者として政界に送り込むという話もあるようです。
****タクシン氏、後継者に長男?=次期総選挙に出馬も―タイ紙****
7日付のタイ英字紙バンコク・ポストは与党幹部筋の話として、タクシン元首相が長男で実業家のパントンテー氏(33)を政界の後継者とするもようだと伝えた。次期総選挙に出馬する可能性もあるという。
タクシン氏は汚職事件で実刑判決を受けて海外に逃亡中だが、「陰の最高実力者」として政界に強い影響力を保持している。【10月7日 時事】
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