孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  習近平主席らによる毛沢東時代への回帰 「雷鋒に学べ」「自力更生」

2023-09-30 23:26:46 | 中国

(遼寧省撫順市・雷鋒紀念館の雷鋒像【9月30日 平野聡氏 WEDGE】)

【景気刺激策や福祉政策を嫌う習近平主席 「欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ」「緊縮から繁栄が生まれる」】
若者の失業問題、不動産不況、地方政府の過重債務、金融危機の不安、更に長期的には少子高齢化の進行等々、中国経済の低迷については多くの指摘・議論がなされています。

“「本当の失業率は約50%」という恐るべき中国不景気の実態 「寝そべり族」まで現れる末期症状”【9月27日 デイリー新潮】
“中国空前の不動産不況 国内の空き家、14億人の人口でも全て埋めるのは不可能”【9月25日 Newsweek】
“中国で大パニック必至。不動産バブル崩壊で破綻する「影の銀行」とは”【9月25日 MAG2NEWS】

ただ、いつも言うように中国共産党指導部も馬鹿ではないので、危機に対してはそれなりに対応していくのでしょう。一気に中国経済が崩壊するというのは中国嫌いの人々が抱く一種の“期待”論でしょう。

中国政府は経済不振に関する指摘に対し、そうした見方を真っ向否定しています。

****中国崩壊論を真っ向否定 外務省報道官「活力満ちている」****
不動産危機などで中国経済の先行き不安が広がっていることについて、中国外務省の毛寧副報道局長は12日の記者会見で「さまざまな形で中国崩壊論が出てきているが、中国経済は崩壊していないというのが事実だ。中国崩壊論の方が次々と崩壊している」と述べ、欧米を中心に広がる悲観論を真っ向から否定した。

毛氏は「中国経済は依然として世界の経済成長の原動力だ。強靱で潜在力が大きく、活力に満ちている」と主張。「私たちは持続的で健全な経済発展ができると確信している」と強調した。

海外で中国経済への不安が高まっていることは中国メディアでも報じられている。【9月13日 共同】
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ただ、崩壊はしないものの、経済不振や社会不安への対応の過程で、欧米・日本とはますます異なる体制への道を進むこともあるかも。

経済不振に対しては強力な刺激策や個人消費の促進といった対処法が欧米・日本では一般的ですが、習近平国家主席はこうした方策にあまり興味を持っていない様子。

“そもそも中国の習近平国家主席は、国民の消費増を望んでいない。消費行動への補助金を嫌っていることで知られる習は、先日も若者に「苦労は買ってでもしろ」と促した。”【9月28日 Newsweek「日本は不況の前例ではなく「経済成長の手本」。中国が「日本と違う」これだけの理由」】

このあたりの「欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ」「緊縮から繁栄が生まれる」といった習近平主席の考えは、9月2日ブログ“中国経済の不振 求められる経済刺激策 しかし、習近平氏が求める理念にはそぐわない面も”でもとりあげました。

****中国経済再生を阻むイデオロギー欧米流の消費喚起に習氏が抵抗する理由****
中国の経済政策を動かすのは今やイデオロギーとなった。約50年前に西側に門戸を開いて以降、その傾向は最も強まっており、指導部は混迷する経済に活を入れるための有効な手を打てずにいる。

エコノミストや投資家らは、国内総生産(GDP)を押し上げるもっと大胆な取り組みを中国政府に求めている。(中略) だが最高指導者である習近平国家主席は、欧米流の消費主導による経済成長に対し、哲学的で根深い反対論を抱いている。政府の意思決定をよく知る複数の関係者はそう話す。

習氏はそのような成長は浪費が多く、中国を世界有数の産業・技術大国に育てるという自身の目標とは相いれないと考えているという。

習氏は中国の財政規律を守るべきだとの信念を持つ。同国が抱える重い債務を考えればなおさらだ。そのため米国や欧州のような景気刺激策や福祉政策を導入することは考えにくい、と先の関係者は言う。

市場志向を強め、数年かけて中央集権化を進めた経済を逆回転させることも、同様に考えにくい。中国は消費者向けインターネット企業などの民間企業への締め付け――この締め付けが民間投資の弱体化につながった――を最近緩和しているが、これらの企業を無秩序に拡大させることには依然として懐疑的だ。(中略)

党の目標に合致する政策
政府は最終的には、より積極的な刺激策を支持するかもしれない。特に5%前後という今年の成長率目標を大幅に下回るリスクが出てくれば、その可能性はある。エコノミストの一部が指摘するのは、政府が「ゼロコロナ対策」の解除を当初は拒否したものの、代償があまりに大きいと分かると突然、方針転換したことだ。(中略)

「福祉主義」への根強い懸念
個人消費に対する消極的な姿勢は何年も前から続いている。人々が貯蓄を減らし消費を増やすことを促す政策変更(例えば医療給付や失業手当ての拡大など)には当局が抵抗する。社会福祉への支出不足は、中国共産党が公言する目標とは矛盾する。共産党は国民に継続的な繁栄をもたらすことが党に正当性を与えるとしている。(中略)

習氏は演説や著作の中で、中国は外国への依存を減らすことに注力すべきだと説き、消費促進のために政府が家計を過剰に支えることはリスクが高いと警告してきた。22年に「求是」に掲載された記事では、地方政府が「行き過ぎた保証」をすれば、中国は「福祉主義」に陥りかねないと警告した。(中略)

香港大学の陳志武教授(金融学)によると、中国の政策立案者たちは長年、国有企業に資源を振り向ける方が、国民への現金配布よりも迅速かつ確実に成長を生み出せると考えてきた。消費者は国有企業よりも気まぐれで制御が難しく、たとえ現金を受け取っても支出を増やすかどうか定かでない、というのが彼らの見方だという。

また中国当局者は国際機関の担当者に対し、文化大革命の時代に習氏自身が乗り越えた数々の苦難――当時は洞窟で暮らしていた――が、緊縮から繁栄が生まれるという思想の形成に役立ったと話していた。

「中国からのメッセージは、欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ、ということだ」。国際機関の会合でのやり取りを知る関係者はこう語った。【8月31日 WSJ】
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【「革命」「社会主義」の精神の徹底で社会をコントロール 毛沢東時代の「雷鋒同志に学べ」「自力更生」も】
「欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ」「緊縮から繁栄が生まれる」という発想で経済を動かすためには、併せて「白紙運動」のような体制への抵抗を防止するためには、国民の思想・精神への強力な働きかけ、もっと有り体に言えば“思想統制・コントロール”が必要になります。

****「社会主義のために死ぬ」人材を望む習近平****
習近平政権は「共同富裕」を掲げて、社会主義的・愛国主義的な道徳心を植え付け直そうとしている。もっとも、当面は荒療治続きのようで、さまざまな動揺が伝えられる。

2021年夏、中国では営利目的の学習塾や外国語教室の設立・運営が全面的に禁止され、高度成長の終焉により就職活動に苦しむ大学生の塾講師としての活路が狭められた。このとき、国家は小中学生の宿題の時間にも制約をつけ、より多くの時間を運動や家事手伝いに振り向けるよう要求した。

一方、中国には、技能・技術習得的機能を帯びた専科大学が多数あるが、中国共産党(以下、中共)は最近、これらを職業技能学校と統合のうえ高等専門学校に転換しようとしている。しかしその結果、本科大学と同等の学位を得られなくなることを知った学生の間に衝撃が走り、21年6月には南京師範大学で大規模デモが発生して鎮圧された。

また中共は、就職状況の悪化と「寝そべり族」に象徴される若年層の積極性の危機に焦りを抱き、辺境地域・農村地域での就職を大いに斡旋している。

それはある意味、文革時代の「上山下郷」、すなわち学生や知識人は困難な環境で働く農民に学んで精神を鍛え直すよう求められた運動に似ているが、別の角度から見れば、大卒者が少ない地域での経済発展を促進するための人材確保目的もあろう。問題は、これまでの高度成長のもとで育った一人っ子学生の就職観と必ずしもマッチングしないという点にある。

愛国主義教育の実態
そして中共は学校教育全体にも照準を定め、昨年からは全学生必修の思想・政治課目の場を、「外部勢力」の影響と闘い、習近平新時代の道徳・労働・奮闘精神を錬成するための一大主戦場と見立てている。

例えば中華人民共和国教育部は「青春を第20回党大会に捧げよう!強国に我ありと自負を抱こう!」「小さな我を大きな我(=国家・中華民族全体)に融け入らせ、青春を祖国に捧げよう!」といったスローガンを掲げた。その裏の狙いの一つは、党大会の前後において「誤った思想」が学内で流布するのを厳しく防ぐためであった (中華人民共和国教育部HP「教育部思想政治工作司2022年工作要点」)。

しかしこの程度では、「白紙運動」に至るような若者の苦境には有効に作用しなかったといえる。しかも習近平政権自身、これまでのスローガンと型通りの政治教育が、教師にとっても学生にとっても中途半端で表面的なものに過ぎなかったのではないかと強く疑っている。

そこで習近平政権が強く求めているのが、「大きな教室・教師・プラットフォーム」に依拠した「大思政課(大きな思想・政治課目)」の構築である。

これはすなわち学校の授業と、各種の愛国・革命・記念館・展覧館・老幹部・科学者・労働模範といった存在を強く結びつけ、より生き生きとした、実践的で印象に残る講義・授業を通じて、青少年を真に社会主義建設の後継者にふさわしい存在として養成する、というものである(中華人民共和国教育部HP「全面推進“大思政課”建設」)。

これはある意味、人民公社が工業・農業・商業・学校・軍事の一体化による「社会主義の大きな学校」と顕彰されたことの再来かも知れないが、職業体験やさまざまな見学を通じて社会性を磨くという発想はもちろん日本にもあるため、問題はその中身である。(中略)

習近平氏は(昨年10月の)党大会が終わると、新たな党中央メンバーを伴って黄土高原の革命聖地・陝西省延安を訪れ、次いで河南省の用水路「紅旗渠」を訪れた。紅旗渠は1960年代、河南省北西部の慢性的な水不足解消のため、人々が「自力更生・艱苦奮闘」の精神による人海戦術に打って出て、多数の犠牲者を出しながら険しい山岳地帯に約70キロメートルの水路を掘ったものであり、中国革命史・社会主義建設史にとって記念すべき遺産とされる。(中略)

そして習近平氏は、「新時代の紅旗渠精神」として次のように喝破した。 「社会主義とは、頑張り抜き、やり抜き、命と引き換えに実現するものだ! 過去においてそうであったのみならず、(習近平)新時代においてもそうである」(中略)

〝英雄〟雷鋒に学ぶボランティア精神
このような「最高指示」を踏まえて、中国教育部は昨年11月、小中学校 (日本の高校を含む)向けの「大思政課」建設方針を発表した。これは、(中略)「英雄をたたえて率先して先鋒を務めること」「中華の伝統的な美徳を大いに弘めること」を強調する。

では、その「英雄」「先鋒」とは何者か。中国人であれば真っ先に思いつくのは雷鋒という人物である。実際、教育部は今年3月になると「新時代の《雷鋒》に学ぶ活動方針」を発表した。

雷鋒は湖南省の貧しい農民出身の解放軍人であり、軍人として優良であったのみならず、わずかな給与や余暇を人助けのために使い、遼寧省撫順市の人民代表大会代表にもなった「労働模範」であったが、1962年、運転中の軍用車が倒木の直撃を受けて死去した。毛沢東は、雷鋒の享年わずか23歳の生涯を「無私の奉仕の精神を代表するもの」と位置付けて、「雷鋒同志に学べ」と顕彰した。

以来中共は、不正の気風を改め「社会主義精神文明建設」を盛り上げるキャンペーンを展開する際には、事あるごとに雷鋒の名を持ち出すほか、雷鋒は今日の中国でも一般的に非の打ちどころのない「良い人」の代表と思われている。

そこで習近平氏は、改めて雷鋒を習近平新時代におけるボランティア精神の象徴として顕彰し、「誰もが平凡な生活の中で雷鋒の崇高な理念・道徳・信念を体現せよ」と強調したことで、雷鋒は「大思政課」の基軸となった。(後略)【9月30日 平野聡氏 WEDGE】
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「雷鋒同志に学べ」・・・・毛沢東時代にはことあるごとに叫ばれた“耳たこ”フレーズですが、習近平主席のもとで再び中心理念に祭りあげられているようです。

こうした愛国教育に加え、社会体制の引き締めも進行しています。

****中国、全国民に密告奨励 反スパイ法施行3カ月****
中国でスパイ行為の定義を拡大した改正反スパイ法が施行されて10月1日で3カ月。スパイ摘発を担う情報機関の国家安全省は、全国民にスパイ行為に関する情報を通報するよう呼びかけている。習近平指導部が重視する「国家安全」を守る方針に沿った対応だが、改正法で何が違法行為とされるか不透明なままで、恣意的な運用への懸念は強まっている。

「防諜には全社会の動員が必要だ」。国家安全省は8月1日、通信アプリ、微信(ウィーチャット)の公式アカウントへの初投稿で、全国民にスパイに関する情報の密告を奨励した。

密告奨励は、一般市民にスパイ行為の通報を義務付ける改正法に基づく措置。創立から40年を迎えた国家安全省が自ら情報発信を行うのは「異例」(中国政府筋)だという。電話やインターネットで通報を受け付けるとし「貢献した個人や組織を表彰する」と強調した。

改正法はスパイ行為の定義を拡大し、「国家機密」に加え「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料、物品」の提供や窃取なども違法行為とした。【9月30日 共同】
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****浴衣で写真撮影したら連行の中国、「中華民族の精神を損なう服装」は違法と法改正審議****
中国で、「中華民族の精神を損なう」服装を着用した場合、違法とみなす法改正の審議が進み、法律専門家らの間で物議を醸している。

刑事罰が適用されない軽微な違法行為を対象とする「治安管理処罰法」の適用範囲を拡大する法改正で、8月下旬に審議が、今月からパブリックコメント(意見公募)が始まっている。改正案では、問題の服装を公の場で着用したら、最大で15日以下の行政拘留と5000元(約10万円)以下の罰金を科すとしている。

香港メディアによると、中国政法大学の趙宏教授は、江蘇省で昨夏、浴衣姿で写真撮影していた中国人女性が警察当局に連行された事案を「連想せざるを得ない」と指摘した。和服の着用など日本文化が標的になりかねず、別の教授も「極端な民族主義を刺激し国家間の対立も加速させる」とSNSに反対意見を投稿した。【9月13日 読売】
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【心の奥底に毛沢東信仰が深く刻まれた指導部 国民との乖離も】
毛沢東時代への回帰を連想させるような流れですが、共産主義によって中国の近代化を図り、封建的な文化には否定的だった毛沢東ら過去の指導者と習近平主席が異なるのは「中国伝統文化」の強調。

「中華民族の偉大な精神をマルクス主義に注ぎ込み、マルクス主義思想の神髄と中華の優れた伝統文化の精華を結びつける」(習氏)とか。 「強国」「大国」としての自信がなせる、自己のアイデンティティ強調でしょう。

そうした差異はあるものの、毛沢東思想復活の感も。

****断固として受け継ぐ毛沢東の遺志****
2月1日、中国国家発展改革委員会は修正「国家以工代賑管理弁法」(8章52条)を公布した。その28条では「人力を基本とし可能な限り機械の使用を避け、民衆を労働者として組織し、可能な限り専門家集団に頼らない」ことを求めている。(中略)

条文の行間から「自力更生」「為人民服務」「専(専門知識)より紅(政治的自覚)」といった文革華やかなりし頃に盛んに喧伝された毛沢東思想の神髄が透けて見えてくる。つまり「人力を基本とし可能な限り機械の使用を避け」(=自力更生)、「民衆を労働者として組織し」(=為人民服務)、「可能な限り専門家集団に頼らない」(=専より紅)となるわけだ。(後略)【4月17日樋泉克夫氏 WEDGE】
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「雷鋒同志に学べ」に続いて「自力更生」「為人民服務」「専より紅」・・・毛沢東時代を彷彿とさせます。

****政権中枢の多くは「毛沢東世代」****
ここで改めて習家班について考えてみたい。
それは、(中略)いわば習国家主席(総書記)を戴く側近集団の別名である。

彼らは共に幼少期から10代半ばの多感な時期を文革(1966~76年)の渦中に過ごし、毛沢東思想という培養器のなかで思想的に純粋培養されたていたわけだから、心の奥底に毛沢東信仰が深く刻まれていたとしても不思議ではない。ならば後に「大後退の10年」と否定された文革であったとしても、やはり彼らにとっては「わが青春に悔いなし」であるはずだ。

おそらくこの世代は、成人以後に文革を体験した一時代前の江沢民や胡錦濤の世代とも、物心つく頃には対外開放が動き出していた「七〇後」と呼ばれる1970年代生まれ以降の世代とも違い、以下のような中国像を描いていることは十分に予想できる。

―――「(建国から)20数年来、わが国各民族人民は毛主席を首(かしら)とする党中央の周囲に堅く団結し」、「『断固として中国を改造する』という高邁な気概を胸に天と戦い地と競い、自然改造闘争においても輝ける戦果を獲得した」 

「われわれは既に偉大なる勝利を得た。だが今後の任務は艱難極まりなく更に偉大である。わが国人民は偉大なる領袖である毛主席の偉大なる領導を持ち、中国共産党という領導の核心を持ち、さらにマルクス・レーニン主義路線を持つがゆえに、断固として敗れることはなく、向かうところ敵なしである。われらの目標は必ず達成されなければならない」(『祖国的好山河』(上海人民出版社 1973年)――(後略)【同上】
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しかし、中国国民の多くが共産党支配を受容しているのは「生活を豊かにしてくれる」というのが最大理由でしょう。そのためであれば多少の「自由」は制約されてもやむを得ない・・・。

食べていくのに精一杯の時代であれば、そうした考えは受入れやすかったかも。しかし、ひとは経済的に余裕がでてくればやはり束縛・統制を嫌い、「自由」を求めるものでしょう。そうした流れの先に出てきたのが「白紙運動」

毛沢東思想に回帰するような習近平主席とその側近、消費生活の豊かさと自由を求める国民・・・そこには大きな乖離があるようにも見えます。

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アメリカ  分断による議会審議麻痺 政府機関閉鎖や軍幹部承認人事の遅れ 進む民主主義の劣化

2023-09-29 23:24:27 | アメリカ

(記者団に囲まれるケビン・マッカーシー米下院議長。2023年9月22日。【9月27日 BUSINESS INSIDER】)

【分断で議会麻痺 高まる政府機関が閉庁する可能性】
多くの問題を抱える自国・日本のことをさて置いてこういうことを言うのは不見識でしょうが、アメリカ社会は相当に病んでいるようです。

薬物乱用、銃乱射事件、略奪・暴動・・・そうした問題の根底にある格差・差別の問題・・・。

****アメリカで相次ぐ“集団略奪” 被害額は14兆円にも フィラデルフィアで100人の若者がアップルストアなどに押し入る****
アメリカ東部フィラデルフィアで100人もの若者がアップルストアなどの小売店に押し入り、商品を略奪しました。アメリカでは、こうした略奪行為が大都市に広がっています。

店から次々と飛び出してくる若者と、止めようとする警察官。
ペンシルベニア州、フィラデルフィアで26日夜、およそ100人の若者が中心部のショッピングセンターなど数十の店舗に押し入り、次々と商品を略奪しました。

多くの酒店も襲撃されました。瓶を抱えて出てくる若者を止める人の姿は、もはやありません。地元警察は、これまでに52人を逮捕したと発表。

襲撃の直前には、警察官が黒人男性を射殺したことに抗議するデモが行われていましたが・・・
地元警察 担当者「抗議デモとは何の関係もない、犯罪者集団がデモに便乗しただけだ」
ソーシャルメディアの呼びかけに応じた組織的な犯行だとみて捜査しています。

フィラデルフィアの住民「あまりにも頻繁に起きていて、本当にひどい」
こうした略奪行為は全米の大都市に広がっていて、盗難や万引きなどによる小売店の被害額は、去年、14兆円に上りました。

背景には急激なインフレによる生活苦や、コロナ禍を経てインターネットでの転売が容易になったことなどもあるとみられます。

全米で大型スーパーを展開する「ターゲット」は、「組織的な犯罪により、スタッフと客の安全が脅かされている」などとして、4つの州の9店舗を閉鎖すると発表、人々の生活にも深刻な影響が出ています。【9月28日 TBS NEWS DIG】
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社会だけでなく政治も病んでいるというか、少なくとも機能麻痺状態に陥っています。
トランプ前大統領を支持する共和党保守強硬派の大幅な歳出削減やウクライナ支援の切り離しを求める抵抗で与野党の妥協・合意が得られず、予算が決まららず、政府機関が閉庁する可能性が高まっています。

本予算案のみならず、政府機関の一部閉鎖を回避するための「つなぎ予算」についても、上院共和党指導部の賛同にもかかわらず、保守強硬派の強い下院共和党の合意が得られません。

予算成立のタイムリミットは9月30日深夜で、間に合わなければ10月1日から一部の政府機関が閉鎖される見通しです。

****米政府閉鎖迫る、議会足並みそろわず 上下院が異なる予算案推進****
米議会で民主党が主導する上院は28日、過去10年間で4回目となる政府機関の一部閉鎖を回避するため、超党派のつなぎ予算案を前進させた。一方、野党共和党が多数派の下院は、党派的な歳出法案の採決を実施する構えだ。

上下両院の足並みがそろわず、新会計年度が始まる10月1日に政府資金が不足して数十万人の連邦政府職員が一時帰休となり、経済指標発表や食糧給付などあらゆるサービスが停止する可能性が高まった。

上院は連邦政府支出を11月17日まで延長するつなぎ予算案の審議開始を76対22で可決した。国内の災害対応とウクライナ支援向けにそれぞれ約60億ドルを充てる内容。

共和党はすでに上院案を拒否している。

下院は夜に4本の党派的歳出法案を採決する計画だが、民主党の強い反対を押し切って成立させたとしても、それだけでは政府機関の閉鎖を回避することはできない。

マッカーシー下院議長は28日、上院民主党がつなぎ予算案で国境問題に対処することに同意すれば、閉鎖は回避できるとの考えを示した。

一方、上院民主党トップのシューマー院内総務は「議会が閉鎖を回避するには超党派という選択肢しかない」と述べた。【9月29日 ロイター】
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****アメリカ政府機関、一部閉鎖の恐れ 予算めぐる議会の審議が難航****
米議会で新会計年度(2023年10月〜24年9月)予算の審議が難航し、米政府機関が閉鎖される恐れが強まっている。11月中旬までの政府予算を賄う「つなぎ予算」の成立すら危うくなっているためだ。

野党・共和党のマッカーシー下院議長は27日、上院が超党派で合意したつなぎ予算の採決を行わない意向を示した。(中略) 

新年度予算を巡っては今年5月、バイデン大統領とマッカーシー下院議長が、国防費を除いた歳出規模を前年度並みに抑制することで合意。財政拡張を志向する民主党と、緊縮財政を求める共和党の双方が歩み寄り、歳出抑制方針を盛り込んだ法案を超党派で可決した。

だが共和党の一部の保守強硬派は、新年度予算でこの合意内容を上回る大幅な歳出削減を要求した。トップ合意に反する主張だが、党内基盤の弱いマッカーシー氏は保守強硬派の声に配慮せざるを得ず、新年度予算の協議は行き詰まった。(

上院は26日、11月17日までの支出を賄うつなぎ予算を超党派で合意した。ただ、この予算には保守強硬派が反対する60億ドル(約8900億円)規模のウクライナ追加支援が含まれている。マッカーシー氏は27日、記者団に「下院で支持は見られない」と述べ、採決しない考えを示した。

保守強硬派は大幅な歳出削減やウクライナ支援の切り離しなどを求めているが、これらを反映した予算を共和党が下院で通過させても民主党が多数派を握る上院で反対される。マッカーシー氏が保守強硬派に翻弄される形で、つなぎ予算成立の道筋が見えない状態に陥っている。

政府機関が一部閉鎖されれば、トランプ前政権時代の18年12月〜19年1月以来の事態で、国立公園の閉鎖などで観光業への悪影響が懸念される。米連邦準備制度理事会(FRB)の追加利上げに注目が集まる中で、金融政策に影響を与える消費者物価指数や雇用統計などの経済指標の発表が止まり、市場が混乱する不安も浮上している。

一方、格付け大手のムーディーズ・インベスターズ・サービスは「米国債の信用にとってネガティブ」と警告。政府閉鎖になっても米政府は債務の元利支払いを続けられるが、財政の混乱で世界最高位の米国債の信認に傷をつける恐れがある。【9月28日 毎日】
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共和党のマッカーシー下院議長が民主党側に妥協すれば、共和党強硬派はマッカーシー氏の議長解任に動くとも

大統領選挙のさなかにあるので、与野党ともに一歩も譲れない・・・・という状況ですが、アメリカの政府機関閉鎖騒動はある意味“毎度のこと”で、議会・政府にも危機感が薄れているのかも。

過去の政府機関閉鎖については・・・
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米有力シンクタンク「ブルッキングス研究所」によると、過去に「政府閉鎖」が複数日にわたったケースは4例ある。

クリントン政権(民主)時代の1995〜96年には、歳出水準を巡り政権・与党と共和党の対立が強まり、2度にわたり計26日間の閉鎖に追い込まれた。

オバマ政権(民主)下の2013年には、医療保険制度改革法(オバマケア)の予算を巡る党派対立から政府閉鎖が16日間続いた。

また18年末から19年1月には、トランプ政権(共和党)によるメキシコ国境での「壁」建設予算などを巡り、政府閉鎖が35日間続いた。ただしこの際は、歳出の主要部分は先行して承認されたため、閉鎖は部分的なものにとどまった。【9月23日 産経】
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【軍幹部の承認人事も麻痺状態】
議会の機能麻痺は予算案審議だけでなく、安全保障に直結する軍幹部の承認人事にも及んでいます。

背景にあるのは人工中絶問題。 国防総省は、中絶が認められない州から認められた州に行く必要がある軍人に休暇と旅費を支給することとしていますが、中絶反対派議員1名が「国防総省が軍人の中絶を保証している」として人事案全体をストップさせています。

****たった1人の中絶反対議員のために…米軍幹部300人超の昇進人事がストップ 「中国を利するだけ」同盟国日本への影響も****
国の安全保障を賭けた政治的チキンゲーム
秋の爽やかな風を受け、芝生が緑輝く9月中旬。連邦議会の敷地内の広場には、300人を超える現役の軍人の写真や名前が掲げられ、まるで墓地のような光景だった。全員が昇進の承認を理不尽に止められている軍人たちだった。

中には、米軍制服組トップの統合参謀本部議長に加え、陸軍参謀総長、海兵隊総司令官に指名され、各軍のトップ就任するはずの指揮官も含まれていた。

このうち米軍海兵隊トップとなる司令官の不在は、当時の司令官が死去した1859年以来164年ぶりで、歴史上、異例の事態が続いていた。

“墓地”の前でFNNの取材に応じたポール・イートン元米陸軍少将は、「承認人事が見送られていることは、国家安全保障上の危機だ。その影響は5,6年先まで及ぼすだろう」と訴えた。さらに弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮や中国、ロシアの動向も踏まえ「影響は、同盟国の日本へも及んでいく」と危機感をあらわにした。(中略)

軍幹部の承認人事を止める、たった一人の上院議員
米軍幹部の人事は、大統領の指名と上院の承認が必要となる。上院では、伝統的に投票は経ずに全会一致で承認しているが、一人でも反対者がいれば投票となる。

この権力を利用したのがアラバマ州選出の上院議員トミー・タバビル氏(共和党)だ。タバビル氏は、連邦最高裁が中絶の合憲性を認めない判決を出したにも関わらず、国防総省が軍人の中絶を保証しているとして、承認人事を次々と保留している。

国防総省は、中絶が認められない州から認められた州に行く必要がある軍人に休暇と旅費を支給しているが、タバビル氏は、その政策を廃止しない限り譲らないとしているのだ。

これについてタバビル氏は、FNNの取材に対し、「人事の保留は米軍の即応能力に影響はしない。国防総省やバイデン大統領が、中絶を促進するために違法に税金を費やしている。それが続く限り、保留を続ける」と述べ、従来の主張を曲げない考えを示した。

「中国への贈り物」年末までに全体の8割に影響が及ぶ恐れ
国防総省によると、今月21日の時点で、同様の理由で316人(空軍、陸軍、海軍、海兵隊、宇宙軍)の人事の承認が滞っているほか、年末までに軍幹部850人超のうち4分の3にあたる650人が、タバビル氏の人事保留の影響を受けると見積もる。

一方、昇格人事の保留の影響は、軍人本人だけではなく、その家族にも多くのストレスを与えているという。21日、“墓地“を訪れた女性はFNNの取材に対し「知人の家族は、いつ引っ越すかわからず、子どもを学校に入学させることができない。煉獄の中にいるようだ」と語った。実際に何千人もの軍人の家族が、いつ引っ越さなければならないのか、当分の間どこに住めばいいのかわからず、宙ぶらりんの状態に置かれるという。

こうした状況を受けて、上院民主党トップのチャック・シューマー院内総務は、20日から21日にかけて上院の投票による採決に踏み切り、米軍制服組トップの統合参謀本部議長と陸軍参謀総長、海兵隊総司令官の指名を承認した。

上院は、長時間の審議を避けるため、軍人の人事をひとまとめにして承認しているが、タバビル氏の影響で、現時点ではそれは不可能だ。チャック・シューマー氏によると、理論的には候補者を個別に承認することができるが、そうすれば上院の議場で700時間近くを費やすことになると話している。

現地メディアからも保留者全てを承認するには、数カ月、または来年の大統領選挙まで長引く可能性があるとの見方も出ている。これについて国家安全保障の専門家からは、「タバビル氏が、国家安全保障を危険にさらしていることに同意していることと同様だ。これは中国に毎日与え続ける贈り物だ」との声も聞こえてくる。民主義陣営の守護神となる米軍が社会の分断によって翻弄されている。【9月27日 FNNプライムオンライン】
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中国などの権威主義国家、強権支配国家ではあり得ないことで、民主主義の“非効率性”を示しているようにも見えます。こうした状況を民主主義の危機と考えるか、民主主義にとって必要なコストと考えるかは立場によって違いも。

【すでに本選挙に照準を合わせるトランプ前大統領】
共和党保守強硬派の“教祖”的な存在になっているトランプ前大統領は、もはや予備選挙は眼中になく、本選挙に照準を合わせた動き。

****トランプ氏、すでに「対バイデン」に照準 色あせる共和党候補指名レース****
来年の米大統領選に向けた共和党候補の指名獲得レースは、「大本命」のトランプ前大統領が2度連続で討論会を欠席し、主役不在で色あせたものとなった。

トランプ氏は第2回候補者討論会が行われた27日、本選の激戦地と目される中西部ミシガン州で演説し、民主党のバイデン大統領との対決に照準を合わせた活動を展開した。

「逃げずに出てこい」。 27日、反トランプを鮮明にするクリスティー前ニュージャージー州知事が討論会出席を避けるトランプ氏を挑発すると、会場からは歓声やブーイングが混じった反応が上がった。

しかし他の候補たちは、ためらいがちな批判に終始した。インド系投資家のラマスワミー氏が、トランプ氏のスローガン「米国を再び偉大に」を継承・発展させると訴えたのに対し、ヘイリー元国連大使は「あなたは信用できない」と言い放ったが、4度の刑事訴追を受けているトランプ氏に対して厳しい態度を示すことはなかった。

討論会を観覧した共和党員らからは「(各候補が)トランプ氏とどう違うかもっと聞きたいのに」との声も上がる。

米政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」による各種世論調査の集計では、共和党支持層のトランプ氏への支持率(27日現在)は56・6%で、2位につける南部フロリダ州のデサンティス知事(14・4%)の約4倍。討論会の参加者全員を合算してもトランプ氏に届かない計算だ。多くの候補は党支持層の反発を恐れ、トランプ氏「一強」に挑む道筋を見つけられずにいる。

その中でトランプ氏は27日、自動車産業の中心地であるミシガン州デトロイトの工場を訪れ、労働者層との近さをアピールした。バイデン氏が前日に同州で、自動車労組のスト現場を応援訪問したのに対抗した。

バイデン氏のスト訪問は、現職大統領としては極めて異例の行動だった。本選の行方を左右する東・中西部の「ラストベルト(さびた工業地帯)」の争奪戦が、すでに本格化していることを印象付けた。(後略)【9月28日 産経】
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自動車産業の中心地であるミシガン州を訪れたトランプ前大統領はバイデン大統領のEV奨励策が雇用奪うと批判。

****トランプ氏、政権のEV奨励が雇用奪うと批判****
トランプ前米大統領は27日、電気自動車(EV)へのシフトによって自動車労働者は時代にそぐわなくなるため、大手自動車メーカーとの交渉で労働組合が有利な条件を勝ち取るかどうかは重要ではないと述べた。

この日行われた共和党の2024年大統領選候補者による2回目の討論会を欠席し、ミシガン州デトロイト近郊にある非組合系の部品工場で労働者を前に演説。「2年後には誰もが失業しているのだから、(交渉で)何を得ようが同じことだ」などと主張した。

トランプ氏はバイデン大統領のEV奨励策が業界全体で雇用喪失を招くと批判してきた。

バイデン氏は26日、ミシガン州で行われているストライキのピケ現場を視察し、40%の賃上げを求める全米自動車労働組合(UAW)側の要求に対する支持を表明していた。

トランプ氏は20年大統領選で、約15万4000票差でミシガン州を落とした。同州はペンシルベニア、ウィスコンシン両州とともに、トランプ氏が16年選挙で勝利したが20年には敗れたラストベルト(さびた工業地帯)と呼ばれる3州の一つで、来年の大統領選でもこの3州が民主、共和両党にとって重要な州になるとみられる。【9月28日 ロイター】
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産業の裾野が狭いEVが雇用減少をもたらす・・・というのは事実でしょうが、だからと言って「EV反対」で事がすむのか? それで、10年後、20年後のアメリカ自動車産業は、アメリカ経済はどうなるのか?

そうした問題の本質、長期的視野を無視して目先の利害で有権者の歓心をひこうとするのがポピュリズムであり、民主主義のガンとも言えるものです。

ましてや、選挙結果を認めず、不正な手段で覆そうとしたり、議会襲撃を煽ったり・・・というのは論外です。

****米大統領「沈黙で民主主義死ぬ」 トランプ氏批判、超党派協力訴え****
2024年米大統領選で再選を目指す民主党のバイデン大統領は28日、激戦州西部アリゾナでの集会で演説し「人々が沈黙すれば民主主義は死ぬ」と訴えた。共和党の候補指名争いで独走するトランプ前大統領が法の支配を軽視する言動を続けていると批判し、穏健な共和党支持者に超党派協力の重要性を訴えた。

演説で、アリゾナ州選出の上院議員を務め、08年大統領選の共和党候補だった穏健派の故ジョン・マケイン氏に繰り返し言及。自身の正義を貫き、米国のためにトランプ氏との対立もいとわなかったマケイン氏を「勇気と先見の明」があったとたたえた。

バイデン氏は、トランプ氏が起訴された21年の議会襲撃事件の余波で、選挙結果を否定する声が勢いを保っている現状に「米国で危険なことが起きている」と危機感をあらわにした。トランプ氏や同氏に共鳴する共和党議員が予算審議を難航させて「政府を閉鎖し、議会を焼き払おうとしている」と批判した。

「民主主義は私たち全員を必要とする。あなたが大事だ」と語り、国民に連帯を促した。【9月29日 共同】
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アメリカ  急増する移民対応で苦慮 メキシコが移民対応で中南米外相会議呼びかけ

2023-09-28 23:38:46 | アメリカ

(5月に「亡命希望者到着センター」として生まれ変わった創業100年のルーズベルトホテルの前【9月7日 Mashup Reporter】)

【南部州は移民をNYなどにバス移送 移民急増で財政負担に苦しむNY】
バイデン政権は前政権に比べ比較的寛容な移民対応をとっていますが、そうした姿勢に加え前トランプ政権が新型コロナ対策の一環で導入した不法移民の即時送還措置「タイトル42」が5月11日に失効すると、アメリカを目指す移民はさらに急増する状況になっています。

国境線を抱えるテキサス州アボット知事や大統領選挙に立候補しているフロリダ州デサンティス知事など共和党系南部州知事は国境を超えた不法移民を、移民に比較的寛容な民主党系のニューヨーク・ワシントンなどにバスで送り付ける施策を行っています。

人間を政治の道具として、あるいは、家畜みたいに使うような施策ではありますが、ある意味、この施策は奏功し、ニューヨークなどは、移民受入れに要する負担で苦境に陥っています。

“アボット知事は近年大量の移民が国境を越えているとし、その原因はバイデン政権の移民政策にあると主張している。「ニューヨークが経験していることは、テキサスが毎日直面している問題の一部にすぎない」「国境問題はバイデン大統領に責任を取ってもらう。大統領が国境の警備を強化するまでニューヨークなどに移民の移送を続ける」という趣旨の発言をしている。”【下記 YAHOO!ニュース】

*****10万人の移民が殺到「NYを崩壊させる」と市長は戦々恐々。受け入れ超過に市が悲鳴****
以前、中南米を旅した筆者が、ペルーやメキシコのスラム街で見たキャンディー売りの子や母子たち。この1、2年で同じような光景が、ここニューヨークでも見られるようになった。路上や地下鉄、ハイウェイの入り口で水やチョコレートを売ったり、昼間に数人でたむろしたりする人の姿が確実に増えた。(中略)

筆者が今夏訪れたユタ州など移民の受け入れがうまく機能している州もあるが、メキシコとの国境沿いの南部の州やニューヨークなど都市部ではうまく機能せず、まさにオーバーフロー=危機的状況に瀕している。

アメリカに亡命を希望する人の多くは、メキシコとの国境を越えてやって来ている。人々は安全と自由とより良い暮らしを求めて中南米から大挙して押し寄せ、その数は現政権下になって右肩上がりだ。

多くは合法的なビザを持っておらず、泳いでリオグランデ川を渡ったり壁やフェンスを乗り越えたり、斡旋業者に金を払ったりして違法に入国している。そのような人々を一時収容・保護するテキサス州やフロリダ州の施設は長らくパンク状態だ。

両国の収容所は衛生面が良くなく、まるで刑務所のようだと伝えられる。親子が引き裂かれるケースも少なくない。

米南部の州の知事は昨年4月以降、移民の受け入れがうまくいっていない現政権を批判する狙いで、亡命希望者をバスに乗せ、ニューヨーク、ワシントンD.C.、シカゴ、フィラデルフィアなど全米各地に送り込んでいる。
このように一向に増え続ける移民が一部の都市を圧迫し、避難所や援助資源に負担をかけ、社会問題になっている。

昨春以降10万人の亡命希望者がNYに
ニューヨーク市の発表では、昨春以降に市が保護した亡命希望者数は10万1200人を超える。また8月13日の時点で、5万8500人以上が今も市の保護下にある。

市は到着したばかりで仕事も住居もない人々のために仮の住居として収容施設を提供しているが、市が運営するホームレスシェルターだけでは足りず、仮設テントを建てたり、新型コロナで経営が成り立たなくなったホテルと提携したりして人々を収容している。しかし報道によると、200箇所以上の6万床のベッドがすでに満杯で収容施設はパンク寸前だ。収容施設の衛生面の悪さも指摘されている。

一方、ホテル周辺の住民からは治安悪化など不安の声が上がっている。(中略)

亡命希望者は難民と同様に、この国に到着後しばらくは住居、食料、健康、教育など新生活に必要なあらゆる支援を受ける。ただし亡命希望者は保護を求める特別申請を提出後、6ヵ月間は就労許可を申請する資格がない。つまりこの間は合法的に働くことができない=仮設施設から出て住居を借りることができないというのも、収容施設を圧迫している一つの要因になっている。(中略)

南部から人々を乗せた移民バスは、今も続々と到着している。日々増え続ける移民の数に、市は悲鳴をあげている状態だ。昨年10月以降、市は緊急事態を宣言しているが解決策は見つかっていない。

「移民はニューヨークのストーリー(歴史の一部)で、アメリカの一部でもある。しかし移民政策は崩壊している。国家的危機だ」「もう限界だ。市単独の予算には限りがあり、思いやりだけではどうにもならないところまできている」。エリック・アダムス市長は移民の受け入れの危機的状況を踏まえ、たびたびこのように訴えてきた。

バイデン大統領とホークル州知事に対して市への援助が足りないと批判し、今月7日の対話集会でも、「今のままでは問題を解決する方法は見当たらない。この移民危機はニューヨークを崩壊させるだろう」と強い言葉を使い、州や連邦政府の追加支援や予算増額を訴えた。

移民対策にかかった費用は7月末までにすでに17億3000万ドル(約2500億円)を超えている。そして状況が変わらなければ、市は2023年から25年までの3会計年度に、移民への対応だけで120億ドル(約1兆7000億円規模)が必要になると見積もっている。「(援助が足りなければ)この補填のために、ニューヨーク市のあらゆるサービスがカットされることになる」と、市長は強い口調で述べた。

公的機関では営業時間が短縮したり、監視員を減らすために市民プールの使用面積が狭められたりするなど、当地ではあらゆる市民サービスがカットされつつある状態だ。

移民施策の受け止めにも「分断」が
(中略)今年6月には、送り先として新たにロサンゼルスも加わった。ロサンゼルスのカレン・バス市長は、移民のバス移送計画について「安っぽい政治的駆け引きに人間を駒として利用し、忌まわしい」と南部州の方針を批判した。

ホワイトハウスは移民危機への対応として、ニューヨークのホークル州知事との建設的な対話をもとに、今年だけでニューヨーク市と州に1億4000万ドル(約200億円)の連邦資金が投入されたと主張。さらに「崩壊した移民制度を改革し、全米に援助を提供できるのは議会だけだ」とも述べた。(後略)【9月9日 安部かずみ(ニューヨーク在住ジャーナリスト) YAHOO!ニュース】
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【NYの場合、バスで送り付けられる移民の数はほんの一部に過ぎないとの指摘も】
ただ、ニューヨークに流入する移民のなかで南部州がバスで送り付ける移民の数はほんの一部に過ぎないとの指摘もありますので、慎重に議論する必要がありそうです。

*****移民はどこから?****
ニューヨークタイムズによると、昨年ニューヨーク市にやってきた移民には、ベネズエラから亡命を求めてやってきた人々が多く含まれている。

国際移住機関と国連難民高等弁務官事務所の共同で実施する「レスポンス・フォー・ベネズエラ人」によると、人口2,900万人のベネズエラでは、今年2月時点で700万人を超える難民と移民が国外に流出した。大多数はラテンアメリカに滞在しているが、米国までの長く危険な道のりを選ぶものも多い。

2015年から2018年までに南部国境で拘束されたベネズエラ人は100人程度だったが、2021年10月から翌年8月の間の拘束者は15万人を超えた。最近ではアフリカ諸国からも亡命を求める多数の人々が到着しているという。

なおアボット知事がバスを送り始めたのは昨年8月からだが、これらは市に到着する移民のほんの一部にすぎないという。民主党優勢のエル・パソも、本人の希望に応じてニューヨークに送っているほか、自力で辿り着く者もいるという。【9月7日 Mashup Reporter】
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上記のような移民・亡命希望者と難民とは別扱いで(現実的にはその違い・差は曖昧ですが)、(アフガニスタン、ウクライナ、コンゴ、シリア、スーダンなどからの)難民に関しては、バイデン政権は来年の難民受け入れ人数について(実現が危ぶまれている)12万5000人という高い目標を立てています。

【ベネズエラ移民47万人を就労可能に】
上記にもあるように、移民は申請を提出後、6ヵ月間は就労できないという問題があって、受入れ自治体の財政負担を増やすことにもなっています。

そこらへの対応もあって・・・

****バイデン政権、ベネズエラ移民47万人を就労可能に 越境者急増で****
米国土安全保障省は20日、ベネズエラから入国して米国に滞在している移民約47万人に対し、一時的に就労できる資格を与える措置を発表した。

ベネズエラをはじめとする中南米からの移民は近年、ニューヨーク市などで急増している。市長らは、移民が社会的なセーフティーネットに頼らず生活するために速やかな就労を認めるようバイデン政権に求めていた。

同省によると、7月末までに入国したベネズエラ人に対し、18カ月の一時保護資格を与える。この資格は、自国の状況が安全な帰還を妨げている場合、米国に滞在している個人を強制退去から保護するためのもので、就労も認められる。ベネズエラの不安定性が増しているため適用すると説明している。これにより、新たに資格を得られるのは約47万2000人の見通しという。

バイデン政権下では、「移民に寛容」というイメージから、南部国境を越えて来る移民希望者が殺到。国内政治や経済が混乱しているベネズエラ出身者が急増している。

越境者は、南部の州はもちろん、ニューヨークやシカゴなど民主党が地盤とする大都市にも押し寄せている。受け入れにかかる予算や宿泊場所の確保などを迫られる自治体は対応に苦慮しており、バイデン政権に措置を求めていた。

同省は、8月以降に入国した移民は対象外だとしている。ただし、既に越境した移民に法的な保護を与えることで、新たな移民の越境を促すだけではないかという懸念も残っている。【9月22日 毎日】
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【テキサス州の連邦地裁は「DACA(若年移民に対する国外強制退去の延期措置)プログラム」を違法とする判決】
テキサス州の連邦地裁は9月13日、幼少時に親に連れられてアメリカに不法入国した若者らの強制送還を猶予する措置「DACA」は違法だと判断し、新規申請の承認を停止するよう命じました。既に措置の適用を受けている若者らの滞在資格には直ちに影響しませんが、寛容な移民政策を掲げるバイデン民主党政権には打撃となります。

****移民の若者を救う「ドリーマー」措置は違法、テキサス州で判決****
テキサス州の連邦地裁は9月13日、幼少期に親に連れられて米国に不法入国した若者の強制送還を猶予する措置の「DACA(若年移民に対する国外強制退去の延期措置)プログラム」を違法とする判決を下した。

2012年にオバマ政権下で導入されたDACAは、全米で50万人を超える「ドリーマー」と呼ばれる移民の子どもたちを苦境から救うことを目的としている。しかし、共和党が多数派を占めるテキサス州の地裁は、2021年にこの制度を違法と判断し、新規申請の受け付けを停止するよう命じていた。

米国では他にも複数の州が、この制度が連邦規制法に違反し、州に教育や医療などの費用負担を強いると主張していた。

バイデン政権は、このプログラムを連邦法に成文化しようとしているが、テキサス州のアンドリュー・ハネン連邦地裁判事は、この試みが行政手続法に違反していると断じた。

しかし、DACAがただちに廃止される恐れはなく、現在の対象者は判決の影響を受けない見通しだ。バイデン政権はこの判決を不服として上告し、保守派が多数を占める最高裁判所に持ち込むと見られている。

テキサス州のハネン判事は、DACAの対象者に同情的であるとしながらも「以前からこのプログラムの合法性について懸念を表明してきた」と述べた。バイデン政権は昨年、DACAの法的地位を強化する新たな規制を打ち出したが、地裁はそれでも法的な欠陥は是正されていないとの見解を示した。

DACAは、子どもの頃に米国に連れて来られた移民が、米国で生活し、働き、教育を受けられるようにするために創設され、今年3月には、約58万人の移民がこのプログラムに登録されていた。

連邦控訴裁判所は昨年10月、テキサス州連邦地裁による2021年の判決を支持したが、バイデン政権がこの制度を連邦法に成文化しようとしたことを受け、地裁に見直しを命じていた。(後略)【9月15日 Forbes】
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【トランプ前大統領、再選ならメキシコ国境に軍派遣と強硬姿勢をアピール】
移民問題は大統領選挙でも争点のひとつとなります。トランプ前米大統領は20日、大統領選で勝利した場合、海外に駐留する数千の軍隊をメキシコとの国境に移動させると表明して強硬姿勢をアピールしています。

****トランプ氏、再選ならメキシコ国境に軍派遣方針 不法移民対策で****
トランプ前米大統領は20日、2024年の大統領選で勝利した場合、海外に駐留する数千の軍隊をメキシコとの国境に移動させると表明した。中西部アイオワ州で支持者らを前に演説した。同州は共和党候補指名争いの初戦の舞台となる。

トランプ氏は、任期中に導入していた複数のイスラム圏からの入国規制措置を拡大する方針も表明した。

バイデン政権下でメキシコとの国境を越える不法移民が記録的水準となっている状況を「侵略」と表現し、現政権に問題の責任があると非難した。 「私の就任と同時にバイデン政権のあらゆる国境開放政策を直ちに廃止する」と表明。

「現在海外に駐留している数千の軍隊の移動を含め、侵略を阻止するために必要なあらゆる資源を活用しなければならないことを明確にする」と述べた。詳細には言及しなかった。【9月21日 ロイター】
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国防総省によると、国境地帯には以前から2500人の州兵が配置されていましたが、バイデン政権も5月2日、新型コロナウイルス対策を理由にした陸路の移民制限措置「タイトル42」が5月11日に失効し、移民希望者が国境に押し寄せる可能性があるため、メキシコとの国境地帯に米兵1500人を追加派遣すると発表しています。

“派遣期間は90日間。監視やデータ入力など税関・国境警備局の支援が中心で、取り締まりなどには当たらない。”【5月3日 東京】とされていましたが、90日が経過した今どうなっているのかは知りません。

【移民急増でメキシコ大統領が中南米外相会議呼びかけ】
一方、もうひとつの当事国でもあるはずのメキシコは、これまで「通過国」的な立場で、アメリカを目指す移民には目立った対応はとっていませんでしたが、同国を経由してアメリカに渡る移民が急増する中、対応を迫られています。

****メキシコ、南部国境に移民集中 北部にも流入****
メキシコ政府は26日、同国を経由して米国に渡る移民が急増する中、南部の国境付近で数千人の移民を分散させる対応を取った。しかし北部では新たな強制措置導入にもかかわらず、貨物列車で国境沿いの都市に移民が流入し続けている。

メキシコ国立移民研究所(INM)は、中米グアテマラとの国境に近い南部のチアパス州タパチュラ市から州内の別の都市や付近のベラクルス州、タバスコ州に8000人以上の移民を移動させるため、189台のバスと73台のバンを手配したと発表した。

INMは声明で、メキシコ難民局(COMAR)の事務所で移民の異常な集中が見られるとし、安全のために移動させたと説明した。

一方、北部のコアウイラ州では26日朝に数百人の移民がピエドラスネグラスに向かう高速道路に広がり、国境を挟んで向かい側に位置する米テキサス州の都市イーグルパスを目指した。

北部に向かう貨物列車に乗り込む移民が非常に多く、メキシコ当局は週末に米当局と協議。課題に対処する一連の措置で合意したと発表した。【9月27日 ロイター】
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メキシコのロペスオブラドール大統領は、南米と中米をつなぐ山がちな地域に位置する危険なダリエン地峡を越えた移民の数が過去最多を更新している事態を受け、中南米10カ国による外相会議の開催を呼びかけています。

****メキシコ大統領が中南米外相会議呼びかけ、移民増で対策要請****
メキシコのロペスオブラドール大統領は27日、南米と中米をつなぐ山がちな地域に位置する危険なダリエン地峡を越えた移民の数が過去最多を更新している事態を受け、中南米10カ国による外相会議の開催を呼びかけた。

定例記者会見で「メキシコだけが関係する問題ではなく、構造的な問題だ。向き合う必要がある」と述べたうえで、会議は10日以内に行われる見通しとした。

また、ベネズエラ、キューバ、中米諸国から多くの人々が出国を余儀なくされる原因に対策を講じることに加え、移民の保護にも言及。「共同計画を立案する必要がある」と述べた。【9月28日 ロイター】
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メキシコがこういう形で当事者意識を持った対応をとることは移民対策としては明るい材料でしょう。
一番の問題は移民を出しているベネズエラ、キューバ、中米諸国の対応ですが、こちらはあまり変化は期待できないようにも。
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コソボ  セルビア系住民の武装集団が警察官を襲撃 繰り返す衝突

2023-09-27 22:33:54 | 欧州情勢

(【9月26日 FNNプライムオンライン】 記事に画像説明がないので定かではありませんが、今回のセルビア系武装集団による警官襲撃事件で押収された武器でしょうか。 もし、そうだとしたら警官襲撃といったレベルではないですね・・・画像左端は指向性対人地雷)

【コソボ北部セルビア人居住地域で繰り返される衝突】
欧州にあって対立・衝突を繰り返しているのが、一昨日ブログでも取り上げた南カフカス地方のアルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフをめぐる争い、もうひとつがバルカン半島のセルビアとコソボの問題。

後者では、コソボ領内北部にセルビア人居住地域があって、コソボ政府との衝突を繰り返しています。
ユーゴスラビア解体、コソボのセルビアからの分離独立をめぐる戦争に起因する対立です。

セルビアの自治州だったコソボでは90年代、多数派のアルバニア系住民がセルビアによる自治権の縮小に反発。独立を目指すコソボ側の武装組織と、セルビア側の治安部隊との紛争が激化しました。

ユーゴスラビア解体の過程で、アルバニア系住民を主体とするコソボは2008年にセルビアからの分離独立を宣言。
激しい戦闘となりましたが、NATOがコソボを軍事支援したこともあって、コソボは実質的に独立。しかし、(欧米から“悪者”扱いされ、NATOによって激しい空爆までされて敗戦に追い込まれた)セルビアはこれを承認していません。

世界約110カ国がコソボの独立を認めているものの、セルビアのほか、ロシアや中国、EU加盟国ではスペイン、ギリシャ、ルーマニア、スロバキア、キプロスが独立を認めておらず、コソボは国連にも加盟していません。
(国内に分離独立運動を抱えている国は、コソボの独立を容認できないという問題があります)

仇敵の関係にあるセルビアとコソボですが、ともにEU加盟を目指しており、加盟実現のためには関係正常化が条件となるということで、国家間の対立については一応は矛を収めた形にはなっています。

****関係正常化へEU計画履行に合意 対立続くセルビアとコソボ****
欧州連合(EU)の外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は18日、対立が続くセルビアとコソボの関係正常化に向けたEUの計画をどのように履行するかについて、両国が暫定合意したと発表した。AP通信が伝えた。

北マケドニア(旧マケドニア)のオフリドで、セルビアのブチッチ大統領、コソボのクルティ首相と協議したボレル氏が、記者会見して明らかにした。セルビアの自治州だったコソボは、紛争を経て2008年に独立を宣言。セルビアは認めておらず、両国の対立は続いている。
 
ロイター通信によると、ブチッチ氏は「いくつかの点で合意したが、全てではない。最終合意ではない」と述べた。【3月19日 共同】
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しかし、実際には冒頭にも書いたように、コソボ(国民の90%を占めるアルバニア系に対し5%がセルビア系住民)領内北部のセルビア人居住地域で衝突が絶えず、このセルビア人の抵抗をセルビアが支援(とコソボ側が主張)、これにコソボが反発するという形で、両国の関係も改善しません。

2022年8月には、自動車のナンバープレートの扱いから騒動に。
“コソボは今年(2022年)、北部のセルビア系住民に対し、コソボがセルビアの一部だった1999年以前の古いナンバープレートを付け替えるよう要求。これに反発した住民が暴力的な行動を取るなどしていた。また、判事や検察官、警官などの公職に就く人が抗議のため今月一斉に辞職する事態に発展していた。”【2022年11月24日 ロイター】

この問題はEU仲介で“セルビアはコソボの都市名を冠したナンバープレートの発行をやめ、コソボは車両の再登録に関するさらなる措置を停止する。”【同上】という形で一応合意。

しかし、合意直後の2022年12月、セルビア系の元警官が他の警官に暴行したとして逮捕されたことがセルビア系住民の抗議行動を惹起。

釈放を求めるセルビア系住民が警察と銃撃戦を繰り広げ、逮捕された元警官の首都移送を防ぐために道路に10カ所以上のバリケードを築く事態に。

緊張緩和を求めるアメリカとEUの仲介で、“元警官が検察当局の要請により拘束を解かれ、自宅軟禁状態に置かれた”【2022年12月29日 ロイター】とのことで22年年末に道路封鎖は解除されました。

このあたりの経緯は2022年12月29日ブログ“繰り返す対立  コソボとセルビア アルメニアとアゼルバイジャン”で取り上げました。

しかし、上記ブログ記事で“今回の緊張状態はいったん収まったとしても、今後何らかの問題で再び緊張が高まる事態になりうることは容易に想像できます。”と書いたように、基本的な対立が緩和された訳ではなく、火種が残ったままですから何度でも同じような衝突が起きます。

今年5月には、北部のセルビア系が多数派の地域でセルビア系住民が市長選をボイコットし、アルバニア系の市長が誕生したことから、緊迫した状況になりました。

****コソボで治安部隊とデモ隊が衝突 アルバニア系市長の誕生で民族対立が激化****
旧ユーゴスラビアのコソボで、少数派のセルビア系住民のデモ隊と治安維持部隊が激しく衝突し、少なくとも25人が負傷した。

群衆が治安部隊に激しく殴りかかり、辺りでは催涙弾や閃光弾が飛び交っている。

ロイター通信によるとコソボ北部の街で29日、セルビア系住民と治安維持部隊が衝突し、治安部隊側だけで少なくとも25人が負傷、うち3人が重傷した。

コソボは2008年に独立を宣言したものの、国民の90%を占めるアルバニア系に対し5%のセルビア系住民が、独立を認めず対立が続いている。

こうしたなか、4月、北部の市長選挙で、アルバニア系市長が誕生したことをきっかけに両民族の対立が激化し、NATO=北大西洋条約機構の治安維持部隊が鎮圧に乗り出す事態となっている。【5月30日 FNNプライムオンライン】
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****NATO、コソボに700人追加派遣=衝突で隊員30人負傷****
北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は30日、ノルウェーの首都オスロで記者会見し、コソボ平和履行部隊(KFOR)に新たに700人を派遣すると明らかにした。コソボ北部でセルビア系住民のデモ隊と警察が衝突するなど緊張が高まり、KFORの隊員30人が負傷していた。【5月31日 時事】
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“フランスのマクロン大統領とドイツのショルツ首相は今月1日、欧州政治共同体(EPC)の首脳会合に参加するため訪問したモルドバで、コソボとセルビアの両大統領との4者会談を行い、セルビア系住民も参加して選挙をやり直すよう求めた。”【6月4日 毎日】

6月22日には、EUの外相にあたるボレル外交安全保障上級代表がEU本部のあるブリュッセルで、コソボのクルティ首相、セルビアのブチッチ大統領とそれぞれ数時間にわたる緊急協議(両氏が対面協議を拒んだため、ボレル氏が別々に会談)を行いました。

その後どうなったのか・・・情報を目にしていませんのでよくわかりませんが、少なくとも暴力的衝突の報道もないので、“それなりに”収まったのでしょうか。

【セルビア系住民の武装集団が警察官を襲撃】
そして今度は・・・

****コソボ北部でセルビア武装集団が警官殺害、反首相派の犯行か****
コソボとセルビア当局によると、コソボ北部で24日、セルビア系住民の武装集団が警察官1人を狙撃して殺害し、逃走した。武装集団側も3人が死亡した。

コソボ北部ではセルビア系住民が自治組織設立を要求し、コソボのクルティ首相がこれを拒否している。セルビアのブチッチ大統領は今回の犯行をクルティ氏に対する反乱だと評しつつ、コソボのセルビア系住民には冷静な対応を呼びかけた。

襲撃があったのはセルビア人が多数派を占める地域。バニスカという村の入り口にかかる橋上に十数人とみられるセルビア人武装集団がトラック数台で乗り付け、近づいてきた警察官を銃撃。1人を殺害した。その後、近くのセルビア正教会修道院に夜間まで立てこもった後、姿を消した。

セルビアとコソボは対立を続けており、欧州連合(EU)は双方との協議を行っていたが、前週に行き詰まった。

コソボ側は自治組織を認めれば国が民族ごとに分割されるとみる。セルビア側は公式にはコソボを領土の一部と見なすものの、争いを激化させるとの見方を否定。ただ、少数派セルビア系の人権が抑圧されているとコソボ側を批判している。【9月25日 ロイター】
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“襲撃には少なくとも30人が関与していて、手りゅう弾や対戦車兵器などが使われたという。警察が制圧に乗り出し、襲撃グループのメンバー6人を拘束したほか、3人が死亡した。”【9月26日 FNNプライムオンライン】


コソボのクルティ首相は襲撃者について「コソボに戦いに来た組織されたプロの一団」だと指摘しセルビアが支援したと主張しています。【9月25日 共同より】

一方、セルビアのブチッチ大統領は24日の会見で、「コソボ北部で起きることの全ての責任はクルティ(コソボ首相)にある。襲撃犯はコソボのセルビア人である。」として、セルビアの責任を否定しています。【9月26日 FNNプライムオンラインより】

部外者の私などは正直なところ、「どうしてそんなに憎しみあうのか・・・いいかげん別の道、和解の道を探ったらいいのに・・・」とも思いますが、おそらく今後も同じような衝突を繰り返すのでしょう。
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スーダン  続く内戦状態 増加する難民 悪化する食糧・医療事情 国内通信も寸断

2023-09-26 23:38:21 | アフリカ

(【国連UNHCR協会】 9月時点の難民・国内避難民状況)

【武力衝突に至った経緯と現況】
スーダンでは2019年4月の強権バシール政権の崩壊後、暫定民主政権が形成、軍のクーデター、軍と民主派の民政移管に向けた協議・・・という目まぐるしい政治プロセスが繰り広げられましたが、今年4月15日、国軍と準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)の統合問題を背景に、軍が主導する統治評議会議長のトップ、ブルハン国軍最高司令官と、同副議長でRSF司令官のダガロ氏の権力闘争としての武力衝突が発生し、5か月以上に及ぶ内戦状態が続いています。

****なぜ武力衝突は起こったのか?****
今回の武力衝突は、4月15日の朝、突如始まった。しかし、スーダン国内の政治文脈で見れば、起こるべくして起こった衝突であった。

スーダンでは2019年4月、民主革命により30年間続いたバシール政権が崩壊し、暫定民主政権が形成された。この暫定民主政権下で最高の意思決定機関であった主権評議会の議長ポストが、軍部から民主派グループに交代時期が迫った2021年10月、軍部によるクーデターが発生し、以降、軍部による実効支配が続いた。これに伴い、西側諸国の新たな支援が止まり、経済は混乱し、人々の生活は疲弊した。

その後、1年を経過した2022年12月、軍部と民主派間で改めて暫定民主政権を作る機運が生まれ、暫定民主政権再樹立のための「枠組合意」が形成された。

その後、「最終合意」実現に向け、「権力解体委員会の復活」、「ジュバ和平合意の履行」、「スーダン東部問題の解決」、「移行期正義」の諸課題が順次解消され、最後に「治安部門改革」を残すのみとなった。

具体的には国軍とRSFの統合、特にその時期をめぐっての合意である。国軍は両者の統合を「2年以内に行う」と発表したが、RSFは「10年は必要」とし、両者間の緊張が高まった。(後略)【8月8日 笹川平和財団 国際情報ネットワーク分析 IINA】
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武力衝突は首都ハルツームから、ダルフール等地方にも拡大しています。

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当初、国軍とRSFの戦闘は、ハルツームとスーダン西部のダルフールで行われていたが、徐々に戦闘地域が拡大し、スーダン西部だけでなく、ガダーレフやカッサラなど南東部地域でも行われている。またスーダン南西部のコルドファンおよび南部の青ナイルでは、別の武装グループSPLM-N Al-Hilu派が国軍と交戦を始めている。国としての治安維持機能が維持できなくなっている。【同上】
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8月9日ブログ“スーダン 長期化する武力衝突 これまでの民主化への流れが無に帰する懸念”及び7月14日ブログ“スーダン内戦 エジプトが和平仲介に 蘇るダルフールの悪夢”でも取り上げたように、「即応支援部隊」(RSF)の前身はかつてダルフールで残虐なジェノサイドを実行したアラブ系民兵組織ジャンジャウィードであり、ダルフールでの戦闘は当時の悪夢が再び蘇るものがあります。

犠牲者数については9月初めの報道で“国連の人権事務所は、少なくとも4,000人がこの戦闘によって死亡したと推定されるというが、現地の活動家や医師らは、犠牲者の数はこれよりはるかに多いだろうと述べている。”【9月1日 ARAB NEWS】とも報じられています。

現在戦闘状態はどうなっているのか・・・ウクライナに関しては日々報道がなされますが、アフリカ・スーダンに関しては国際的な関心も低いようで、最近の情勢についてはよくわかりません。

ただ、内戦が沈静化したとか、停戦協議が行われているといった報道もありませんので、そのことから推測すれば、今も戦闘が続いているようです。

【国軍トップ エジプト訪問】
わずかに報じられている情報によれば、ブルハン国軍最高司令官がエジプトを訪問し、シシ大統領と会談したとのこと。会談内容は明らかにされていませんが、その直前のポートスーダンでの演説では「反逆を終わらせるため、戦争に全力を費やしている」と主張しています。

****スーダン軍トップ、エジプト大統領と「危機の解決」協議=包囲解き衝突後初か***
アフリカ北東部スーダンで、準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」と戦闘を続けるスーダン軍トップのブルハン将軍は29日、エジプト北部アラメインでシシ大統領と会談した。

大統領府によると、スーダン情勢を巡り「主権と統一、団結を維持した形で危機を解決する努力」について協議した。4月に衝突が始まって以降、ブルハン氏が国外に出たのは初めてとみられる。

ブルハン氏は会談後に記者会見し、「多くの戦争犯罪を犯している」とRSFを非難した。また、「(軍は)この戦争と悲劇を終わらせようと努めている」と語った。

ブルハン氏は28日、北東部ポートスーダンを訪れ、部隊を前に演説。「反逆を終わらせるため、戦争に全力を費やしている」とRSFを敗北に追い込む決意を示していた。

過去4カ月、ブルハン氏はRSFに包囲されハルツーム近郊の基地で身動きが取れないと言われていたが、最近になって基地の外を出歩く様子の動画を公開した。

RSFと包囲を解く密約の成立がささやかれる中、28日の演説ではうわさを強く否定。「軍の作戦が成功した」と主張し、ポートスーダンに続き国外にも出てみせた。【8月29日 時事】 
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****この致命的紛争が解決しなければスーダンは崩壊すると、軍トップが警告****
(中略)「我々は戦争に直面しており、もし速やかに解決しなければ、スーダンは崩壊することになる」と、紅海に面する都市ポートスーダンにおける同国の警察隊に向けたスピーチの中で、ブルハン氏は述べた。

ブルハン氏の発言は、紛争勃発以来初の外国訪問で訪れたエジプトでの29日の同氏の発言と重なるものだ。
この訪問の間に、ブルハン氏はエジプトのアブドゥルファッターハ・エルシーシ大統領と会談し、戦闘を終結させる方法について話し合った。しかし、両者共に可能性のある取り組みや条件についての詳細は明かさなかった。

しかし、28日に行われた別のスピーチの際にブルハン氏は、RSFとの和解はあり得ないとして、自軍が準軍事組織RSFを打ち負かすことを誓った。

スーダンの問題と政治に特化したシンクタンク「Confluence Advisory」の創設者で理事のKholood Khair氏によると、将軍はさまざまな陣営に付け込もうとしているという。

「ブルハン将軍およびスーダン軍にはRSFを打ち負かす力があると聞きたい国内の人々とエジプト、そして、停戦が目前に迫っているかもしれないと聞きたい西側国際社会とサウジアラビア」がいると、Khair氏は語った。

5か月近く続く紛争により、首都ハルツームは都市型戦場と化しており、双方ともハルツームの支配権を手にするに至っていない。

2000年代初期に大量虐殺作戦の舞台となったダルフール地域では、紛争が民族間の暴力へと変質しており、国連の人権団体によると、RSFとその同盟相手であるアラブ系武装組織がアフリカ系民族集団を攻撃している。(後略)【9月1日 ARAB NEWS】
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ウクライナ・ゼレンスキー大統領との会談も報じられています。ロシアの民間軍事会社「ワグネル」と準軍事組織「RSF」の関係に関する話だったようです。

****ゼレンスキー大統領 スーダン軍トップと会談 「ワグネル」への対応めぐり協議か****
ウクライナのゼレンスキー大統領は、スーダン軍のトップと会談したと明らかにしました。ロシアの民間軍事会社「ワグネル」への対応をめぐり、話し合ったものとみられます。

ゼレンスキー大統領は23日、外遊先のカナダからの帰路にアイルランドに立ち寄り、国際空港でスーダン軍トップのブルハン統治評議会議長と会談しました。

ウクライナ大統領府によりますと、ゼレンスキー氏らは「ロシアが資金援助している非合法武装集団」について協議したということです。この集団は、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」を指しているとみられます。

スーダンでは4月から軍と準軍事組織「RSF」の戦闘が続いていますが、ワグネルはRSFに武器を提供している疑いがあり、会談ではワグネルへの対応をめぐり話し合ったものとみられます。【9月25日 TBS NEWS DIG】
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【増加する難民 悪化する食糧不足 感染症流行】
こうした状況で確実に悪化しているのが難民増加・食料不足・感染症流行の脅威です。

****スーダン難民100万人突破、食料不足と医療崩壊が深刻化=国連****
国連は15日、4カ月にわたって内戦が続いているアフリカ北東部スーダンから周辺国へ逃れた難民が100万人を超えたと指摘、国内では食料が不足している上、医療を受けられずに人々が死亡していると警告した。

スーダンでは軍と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の戦闘が4月15日に始まり、首都ハルツーム近郊や西部ダルフール地方では今なお激しい軍事衝突が続いている。

国連の複数機関は合同声明で「農家が自分や隣人の食糧を確保するために穀物を作付けするには時間切れとなりつつある。医療の供給は乏しい。状況は制御不能となりつつある」と訴えた。

国際移住機関(IOM)の週間統計によると、内戦によりスーダンから周辺国へ逃れた難民は101万7449人。スーダン国内で住居を失った人は343万3025人に上る。

ハルツームやダルフール地方、コルドファン地方にとどまっている何百人もの人々は横行する略奪、長期にわたる停電、通信の遮断、断水に見舞われている。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のエリザベス・スロッセル報道官はジュネーブでの記者会見で、殺害された人の多くの遺体が身元確認もされないまま放置されていると指摘。殺害された人は4000人を超えるとの推計を示した。【8月16日 ロイター】
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難民は更に増加し、年内には180万人を超えるとも予測されています。

****スーダンからの避難民、年内に180万人超 国連が上方修正****
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は4日、年内にスーダンから近隣5カ国に避難する難民の数が180万人を超えるとの予想を示した。また、病気や死亡の増加が報告されているとして100万ドルの支援を要請した。

今回の予想値は、スーダン国軍と民兵組織「即応支援部隊(RSF)の紛争ぼっ発直後の5月に示した暫定値のほぼ2倍で、60万人の上方修正となった。

既に、近隣のチャド、エジプト、エチオピア、南スーダン、中央アフリカ共和国に100万人以上が避難。当初スーダンに避難していた出国者が帰国しているケースが多いという。

南スーダンは避難者の3分の1を受け入れる予定。非政府組織(NGO)の国境なき医師団によると、白ナイルを渡って数千人がトランジットセンターに到着しており、多くは発病状態または極度に疲労している。ほかにも、約3日に及ぶ渡河の間に船上で死亡した人々もいるという。

UNHCRは、受け入れ先の国で、栄養失調や、コレラや麻疹などの発症増加が報告されているとして、新たな到着者の健康状態に懸念を強めている。

スーダン関連の難民調整担当者は「充分な資源があれば完全に予防できる疾患によって、子どもたちが死亡しているとの報告を受けることに深い悲しみを覚える。行動の遅れはもはや許されない」と述べた。【9月5日 ロイター】
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感染症については、コレラや麻疹に加えデング熱も。

****戦禍のスーダン、デング熱で数百人死亡****
スーダン医師連盟は25日、戦禍に見舞われている同国でデング熱や急性の水様性下痢の感染が拡大しており、「数百人が死亡した」とする報告書を公開した。「壊滅的な感染拡大」が発生し、大部分が破壊された医療システムをさらに圧迫する可能性があると警告している。

医師連盟は、エチオピア国境近くの南東部ガダーレフ州では、デング熱の患者が数千人に上り、衛生状態が「恐ろしい速さで悪化している」としている。

ガダーレフ州は、正規軍と準軍事組織「即応支援部隊」との戦闘の影響を直接的には受けていないが、多数の避難民が流入するなど人道危機に直面している。

国連によると、戦闘開始から5か月以上が過ぎ、国内の病院の8割が機能していない。

ガダーレフの病院の医療従事者は匿名を条件にAFPの取材に応じ、「病床は空きがないが、子どもを中心に患者が次々とくる」と述べた。入院患者よりも自宅療養している人がはるかに多いという。

医療従事者や国連は戦禍のスーダンで、雨期とインフラの破壊により感染症が流行する恐れがあると繰り返し警告していた。

このほか、北ダルフール州の州都エルファシェルの保健当局は、1週間で13人がマラリアに感染したとの報告を受けたとしている。

首都ハルツームでは、東部ハジユセフ地区でコレラ感染が疑われる急性の水様性下痢で3人が死亡した。地元の感染症関連委員会が25日、明らかにした。 【9月26日 AFP】
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【通信が途絶え、国内でも家族の安否が確認できない】
その他、通信が途絶えているせいで、国内にいても家族の安否確認が出来ない状況になっています。

****戦闘再燃のダルフール、頼みの綱は「手紙」 スーダン****
戦禍に見舞われているスーダン西部ダルフール地方では、携帯電話や電話のサービスが寸断される中、タクシー運転手によって運ばれる手紙が家族らの安否確認のための重要な通信手段になっている。  

アフメド・イッサさん(25)は、情勢が落ち着くダイーンにある道路沿いのカフェで、背中を丸めた姿勢で、南ダルフール州の州都であるニャラ)に残した親族への手紙をしたためていた。スーダン第2の都市であるニャラは、正規軍と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」との間で激しい戦闘が繰り広げられている。

イッサさんはAFPに対し、ニャラの親族と連絡を取り合うための唯一の手段が大抵の場合、手紙だと語った。 

戦闘が始まってから5か月近くが経過する中、「戦闘開始当初から、ニャラに住む人と連絡を取るのは難しかった」と振り返った。状況は悪化を続け、スーダンの人口4800万人の約4分の1が住むダルフールでは、恐ろしい暴力が記録されている。  

ダルフール地方は、2003年に始まった紛争で荒廃した。独裁体制を敷いていたオマル・バシル大統領(当時)に少数民族の反政府勢力が蜂起し、政府がアラブ系民兵組織「ジャンジャウィード」を利用して反撃。数十万人が死亡、200万人以上が自宅を追われた。  

イッサさんは手紙を丁寧に何度も折りたたみ、「手紙が届くのを一週間待つが、ちゃんと届くかどうか保証はない」「もし届いたとしても、返事が戻ってくるかどうかは分からない」と語った。  

西ダルフール州の州都ジェネイナでは3か月前、戦闘が激化し、ダルフールでの民族間の暴力再燃を象徴する地となった。西側諸国と国連(UN)は、RSFやその支持勢力が関与しているとの見方を示した。  

現在、ニャラが正規軍とRSFの衝突の中心地となっている。医療関係者らによると、ニャラではこのほど、砲弾が民家を直撃し、市民39人が死亡した。ほとんどが女性と子どもだった。国連によると、8月の10日間で、5万人以上が暴力から逃れるためニャラから避難を余儀なくされた。 

運転手がメッセンジャー  
目撃者がAFPに語ったところによると、ニャラでは9月3日、空軍戦闘機がRSFの基地や住宅地を空爆した。爆撃は主に首都ハルツームに限られてきたが、事態がエスカレートしていることを示している。  

人権活動家アフメド・ゴージャさんは、人々はなんとしてでも家族らの安否を確認しようとしていると話した。安全のためにニャラから避難したゴージャさん自身も、ニャラに残した家族の安否を16日間も確認することができず、なんとかダイーンにたどり着いた兄弟の1人と連絡を取り合うことができた。 

「愛する人たちの消息を知らされないまま、この一瞬一瞬も、私たちは死んでいっている」と、ゴージャさんはX(旧ツイッター)に投稿した。  

スレイマン・モファッダルさんは、ゴージャさんのようにニャラに残る家族の安否を気にかける人々がダイーンにある事務所にやってくるのを見てきた。机の上には、青いインクで名前が書かれた、きちんと折りたたまれた紙が積み上げられている。  

手紙の受取人がほんの一瞬でも携帯電話の通信が回復した場合に連絡が取れるよう電話番号が記されているものもある。  

これらの手紙はニャラに向かうタクシー運転手たちに手渡される。「ほとんどの場合、受取人はすぐに返事を書き、ドライバーに託す」とモファッダルさん。運転手は、爆弾や民兵が設置する検問所、雨期の豪雨によって道路が閉鎖されないよう願いつつ、帰路に就く。【9月25日 AFP】
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アルメニア・アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ紛争の経緯 今後アルメニア人住民12万人が脱出

2023-09-25 23:47:35 | 欧州情勢

(9月25日午前5時(日本時間午前10時)時点で、アルメニア政府によると、アゼルバイジャンとの係争地ナゴルノカラバフから脱出しアルメニアに到着した避難民が2900人超に達した。写真はステパナケルトから車で避難する人々。24日撮影【9月25日 ロイター】)

【ナゴルノ・カラバフとは?】
黒海とカスピ海に挟まれた南カフカス地方に位置する旧ソ連のアゼルバイジャン(トルコ人に近いテュルク系民族 イスラム教)とアルメニア(多くの民族の混血の結果としてのアルメニア人 キリスト教系のアルメニア使徒教会)は、アゼルバイジャン領内に存在するアルメニア人居住地域ナゴルノ・カラバフをめぐって長年争ってきましたが、周知のように先日アゼルバイジャン側の軍事的勝利で一応の区切りがつきました。

話に先だって、下記は「ナゴルノ・カラバフ」の概略について整理した記事。

****ナゴルノ・カラバフとは? 紛争の理由が分かる5つのポイント*****
国際的にはアゼルバイジャン領だが、1991年から30年近く「ナゴルノ・カラバフ共和国」を自称するアルメニア人勢力が実効支配している。(中略)

01.どこにあるの?
(中略)ナゴルノ・カラバフがあるのは、黒海とカスピ海に挟まれた「コーカサス」と呼ばれる地域だ。全体的に山がちな地域で、多種多様な民族が入り組んで暮らしている。

歴史的にロシア、トルコ、イランなどの大国に囲まれており、国境線が絶えず入れ替わってきた。ナゴルノ・カラバフは、アルメニア共和国があるアルメニア高原の東端に位置し、標高1000~2000メートルの高地となっている。

02.どの国の領土なの?
国際的にはアゼルバイジャンの領土として認められている。しかし、1991年から30年近くに渡ってアゼルバイジャンの支配権は及んでおらず、「ナゴルノ・カラバフ共和国」を称するアルメニア人勢力が実効支配している。今のところ、「ナゴルノ・カラバフ共和国」を承認している国家は存在しない。

03.広さと人口は?
旧ナゴルノ・カラバフ自治州の面積は4400平方キロで、日本の山梨県と同規模だ。山がちな地域のため、面積の割には人口は少なく推定15万人程度となる。東京都東村山市と同じくらいだ。現在の住民のほとんどはアルメニア人と見られている。(中略)

05.なぜアゼルバイジャンとアルメニアで紛争になっているの?
アゼルバイジャンが旧ソ連の構成国だった1923年から1991年まで、「ナゴルノ・カラバフ自治州」が設置されていた。この地は、隣国の「アルメニア」と同じくアルメニア人が多く、旧ソ連末期の時点で人口の約8割を占めていたが、旧ソ連の意向でアゼルバイジャン領とされていた。

そこでアルメニア人は「ナゴルノ・カラバフ自治州」のアルメニアへの帰属替えを求める運動を開始し、それが独立を求める紛争へと発展した。

アルメニア人勢力は1991年9月2日に「ナゴルノ・カラバフ共和国」として独立を宣言。アルメニア人勢力を支援するアルメニアと、独立を認めないアゼルバイジャンの間で激しい戦争になったが、1994年にロシアの仲介で停戦した。1万7000人の死者を出し、100万人以上が難民になったとされる。

アルメニア側が優勢な状態で停戦したため「ナゴルノ・カラバフ共和国」は、旧ナゴルノ・カラバフ自治州だけでなく、その周辺も実効支配している。元々の「領土」を超えてアルメニアと陸続きになった。その面積はアゼルバイジャン全土の約16%を占めると言われる。

アルメニアは「ナゴルノ・カラバフ共和国」を国家承認しないものの、支援を続けている。一方、アゼルバイジャンは「ナゴルノ・カラバフ共和国」は存在せず、「アルメニアによって占領されている」として失地回復を目指している。【2020年10月06日 安藤健二氏 HUFFPOST】
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【アルメニアが勝利した1990年代のナゴルノ・カラバフ戦争】
“1万7000人の死者を出し、100万人以上が難民になった”と記されているソ連崩壊に伴う形で1988年から1994年にかけて戦われた「ナゴルノ・カラバフ戦争」については、“およそ30万人が犠牲となり、100万人以上が住む場所を失った”【9月25日 ロイター】とも。

【ウィキペディア】では、アルメニア側死者は4592~6000人、アゼルバイジャン側は2万~3万人とも。

いずれにしても、アルメニア側の勝利によって、アルメニア側が旧ナゴルノ・カラバフ自治州に加えて広い地域を支配下に置くことになりました。

****ナゴルノ・カラバフ戦争 「結果」****
「アルツァフ共和国」(「ナゴルノ・カラバフ共和国」の別名)は国際社会からの承認を得られないまま事実上独立し、アルメニア側はナゴルノ・カラバフとアルメニア本国を連結する形でアゼルバイジャン領の約14パーセント(ナゴルノ・カラバフ自体を除外すると9パーセント)を占領下に置いた。

アゼルバイジャン側では72万4千人、アルメニア側では30万人から50万人が難民として住処を追われた。停戦後にアルメニア人の多くはナゴルノ・カラバフへ帰還することができたが、アゼルバイジャン人の難民はアゼルバイジャン国内で難民キャンプ暮らしを余儀なくされており、深刻な社会問題となっている。(中略)

「アゼルバイジャンは情報戦でアルメニアに負けた」との意識が共有されているアゼルバイジャンでは、戦争後も日常的にテレビでナゴルノ・カラバフに関する特別番組が組まれており、これは国内で和平への妥協を許さない空気を醸成している。

一方のアルメニアではナゴルノ・カラバフに関する報道はほとんど行われず、ナゴルノ・カラバフをアルメニアの一部とする既成事実化が図られているという。【ウィキペディア】
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【領土奪還を目指すアゼルバイジャン 2020年の紛争で勝利 ナゴルノ・カラバフの帰属は先送り】
こうした領土奪還の心情に動かされたアゼルバイジャン側の攻勢とアルメニア「ナゴルノ・カラバフ共和国」の防衛が、記憶に新しい2020年9月~11月の「第2次ナゴルノ・カラバフ戦争」とも称された紛争であり、そして今回の衝突です。

2020年の紛争についてはブログでも再三取り上げましたので、説明は省略します。トルコの支援を受けるアゼルバイジャンが戦術的にはドローンを駆使してアルメニア側を圧倒し、「ナゴルノ・カラバフ共和国」が旧ナゴルノ・カラバフ自治州に加えて支配していた地域の3分の2を奪還する形で、ロシア仲介で停戦しました。

ロシアはアルメニアと同盟関係にありますが、2020年のときも積極的な介入はしませんでした。

「両国(ロシアとアルメニア)は集団安全保障条約(CSTO)を結んでいるので、今回の紛争でロシアが参戦してもいいくらいでしたが、ロシアはかたくなに『アルメニア領で戦闘にならない限りは関与しない』と明言していました。ロシアは(アルメニアの)パシニャン首相を『いつかジョージアみたいに親欧米になるんじゃないか?』と疑いの目で見ていたからです。パシニャン首相になってから、逆にアゼルバイジャンとロシアの関係が深まっていました」【2020年11月21日 廣瀬陽子氏 HUFFPOST】

ロシアは、アルメニア・パシニャン首相への不信感に加え、国内政治情勢などでベラルーシやナゴルノ・カラバフなどの旧ソ連の混乱に深入りしたくない、アゼルバイジャンを支援するトルコとも衝突したくない・・・という事情もあったのでしょう。そこらを見越してのアゼルバイジャン側の攻勢だったと思われます。

アルメニア側からすれば、ロシアは助けてくれなかった、裏切られた、頼りにならない・・・という怨念も強まり、その後の両国首脳の確執が更に深まりました。

ただ、ナゴルノ・カラバフ自体の帰属は2020年紛争では“先送り”されました。

****ナゴルノの帰属、確定を先送り 紛争仲介のロシア大統領****
ロシアのプーチン大統領は17日、係争地ナゴルノカラバフを巡るアゼルバイジャンとアルメニアの停戦合意に絡み、ナゴルノカラバフの帰属を巡る最終的な地位を確定するのは将来の指導者だとし、現時点では「現状維持」で合意したと語った。国営ニュース専門テレビ「ロシア24」のインタビューで述べた。

プーチン氏は9日にロシアを交えた3カ国合意を仲介した。合意では停戦のほか、一部アルメニア占領地のアゼルバイジャンへの引き渡しや、ロシア軍の平和維持部隊派遣が盛り込まれたが、ナゴルノカラバフの帰属には触れていなかった。【2020年11月18日 共同】
*******************

ナゴルノ・カラバフを自国領とするアゼルバイジャンとしては、2020年紛争で勝利し、多くの地域を取り戻したとは言え、「領土奪還」は終わっていないことになります。

そもそも、2020年紛争においては、アゼルバイジャンが軍事的には圧倒的に有利な戦局でしたので、その気になればナゴルノ・カラバフ全域をも攻略できる状況にもありました。

なぜアゼルバイジャンがそうしなかったのか・・・よくわかりませんが、そこまでやると話が更に大ごとになって、ロシアの介入を招いたり、アルメニアとの全面戦争になりかねない・・・という判断でしょうか。
あるいは、“道半ば”の緊張状態を持続した方が、アゼルバイジャン国内での求心力を維持できるという政治的思惑でしょうか。

【問題の最終解決を目指すアゼルバイジャン ラチン回廊封鎖から、更に軍事行動へ】
いずれにしても、アゼルバイジャンに包囲されたナゴルノ・カラバフはわずかにラチン回廊でアルメニアとつながる孤島状態となり、アゼルバイジャンとしては、いつでも潰せる状況にもなっていました。

そして、昨年末からはナゴルノ・カラバフの生命線であるラチン回廊も封鎖され、ナゴルノ・カラバフではスーパーから商品が消え、医薬品も不足し、市民生活も困難な状態に追い込まれる事態に。

****ナゴルノ係争地、緊張再燃 アゼルバイジャン活動家が道路封鎖****
(中略)
アルメニア系住民が多数を占めるナゴルノは、ラチン回廊でアルメニアと結ばれている。しかし、アゼルバイジャンの活動家が今月12日、回廊を封鎖。ナゴルノの鉱山で「違法採掘」が行われており、環境が汚染されているというのがその理由だった。

「家族は皆、ステパナケルトにいるのに」と、ホバニシャンさんはナゴルノの主要都市名を挙げた。今月、仕事でアルメニアの首都エレバンに出張したが、道路封鎖のため帰宅できなくなったという。

同じくステパナケルトに住むアショット・グリゴリャンさん(62)は、「店の棚はほぼ空だ。パンがあるのが救い」だと話した。ナゴルノの住人は約12万人。食料、医薬品、燃料不足に直面している。

アゼルバイジャンの活動家は「違法採掘」への抗議行動を続けている。同国政府は、抗議は住民が自発的に行っていると主張しているが、アルメニア政府は、アルメニア系住民に土地を放棄させることを狙ったものだと反発している。

同国のニコル・パシニャン首相は、ラチン回廊に配備されているロシアの平和維持軍が「違法な封鎖」を阻止しなかったと抗議している。

26日、現場に集まっていたアゼルバイジャンの活動家グループは、封鎖を否定した。取材に応じた一人は「われわれの要求は天然資源の違法利用をやめさせることだけだ」と強調。人道支援物資の輸送を阻止しているわけではないと語った。ただ、抗議開始以降、アルメニアとの間の物流が途絶えていることを認めた。

AFP記者は、ロシア軍車両が回廊を自由に移動しているのを目撃した。一方で、ステパナケルトから約15キロの地点にあるロシアが設けた検問所付近の道路は封鎖されていた。

道路封鎖を受け、ナゴルノには人道支援団体が物資を届けている。アルメニアの赤十字(Red Cross)の広報担当者は同日、これまでに同国政府から支給された物資10トン分を送り届けたと話した。

アルメニア、アゼルバイジャン両国の間では、ナゴルノをめぐり1990年代と2020年に2度にわたって紛争が起きた。今年9月にも衝突があり、双方合わせて280人以上が死亡した【2022年12月27日 AFP】
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****安保理会合の開催要請 「回廊封鎖で人道危機」―アルメニア****
アルメニア政府は12日、国連安保理に書簡を送り、アゼルバイジャンとの係争地ナゴルノカラバフでの「人道状況の悪化」について話し合う会合を開くよう要請した。

アルメニア本土と、ナゴルノカラバフのアルメニア人居住地区を結ぶラチン回廊をアゼルバイジャンが封鎖しているため、現地では食料、医薬品、燃料の「深刻な不足」が起きていると訴えた。【8月13日 時事】
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こうした事態のなかで19日、アゼルバイシャン軍が軍事行動を開始、軍事的にナゴルノカラバフのアルメニア側を圧倒し、20日は停戦・・・・という早い展開になりました。同地域に駐留するアルメニア軍が撤退し、アルメニア系住民組織も独自の武装部隊を解散するなど、事実上の「降伏」となりました。

このあたりの話は多く報道されているところですから省略します。

【今後アルメニア系住民12万人がナゴルノカラバフからアルメニア本土へ】
この結果を受けてナゴルノカラバフから、アルメニア系住民12万人が退去する見通しとなっています。総人口わずか280万人のアルメニアにとっては難題です。(日本の人口規模に換算すると、日本に500万人が流入するといった事態)

****アゼルが掌握したカラバフ、アルメニア系住民が大挙脱出する理由****
アゼルバイジャンとアルメニアの係争地ナゴルノカラバフから、アルメニア系住民12万人が退去する見通しとなっている。

アゼルバイジャンに統合される流れになったナゴルノカラバフで暮らしたくないと思っている上に、そのまま住んでいれば迫害されると懸念しているためだ。ナゴルノカラバフのアルメニア系住民の行政府、アルツァフ共和国の指導部が24日ロイターに明かした。

ナゴルノカラバフを巡る現状は以下の通り。

◎アルメニア系住民が逃げ出す理由
ナゴルノカラバフは国際的にはアゼルバイジャンの一部とみなされてきたが、これまでは人口の大半を占めるアルメニア系住民が実効支配してきた。ただ今月19−20日にかけて、圧倒的に優勢なアゼルバイジャンが軍事行動に出ると、アルツァフ共和国側は停戦と武装解除を受け入れざるを得なくなった。

アルツァフ共和国のシャフラマニャン大統領の顧問を務めるデービッド・ババヤン氏は「わが国民はアゼルバイジャン国民として生活したくない。99.9%がナゴルノカラバフを去ることを望んでいる」と語った。(中略)

アゼルバイジャンは、アルメニア系住民にも権利を保障しつつ、ナゴルノカラバフを統合すると表明。しかしアルメニア系住民は迫害や民族浄化を恐れている。

ソ連崩壊に伴って起きた「第1次ナゴルノカラバフ紛争」では。およそ30万人が犠牲となり、100万人以上が住む場所を失った。

アルツァフ共和国指導部は、今回のアゼルバイジャンの軍事行動で家をなくし、ナゴルノカラバフからの避難を希望する全てのアルメニア系住民はロシアの平和維持部隊の護衛でアルメニアに向かうことになると述べた。

◎受け入れ側が抱える問題
いわゆる「ラチン回廊」経由で12万人がアルメニアに移動するとなれば、アルメニアは人道上の危機に直面してもおかしくない。

アルメニアのパシニャン首相は22日、少なくとも4万人に割り当てる生活スペースは確保していると発言した。

パシニャン氏は「ナゴルノカラバフでアルメニア系住民が自宅で生活していくための適切な環境が整えられず、民族浄化を防止する実効的な措置が講じられないとすれば、彼らが自分たちの命とアイデンティティーを守る唯一の方法は脱出だとみなす可能性が高まり続ける」と強調した。

現時点では避難してくる12万人が、冬を控えているにもかかわらず、総人口わずか280万人のアルメニアのどこに住むのかは明確になっていない。

赤十字国際委員会は、はぐれた子供を探していたり、配偶者や恋人と連絡がつかなくなったりした人に登録してもらう作業を始めたとしている。

◎アゼルバイジャンの主張
アゼルバイジャンにとって、ナゴルノカラバフからのアルメニア系住民退去は、この場所を巡る長年の紛争を大きな勝利で終わらせる事態に近づくことを意味するのは間違いない。

アリエフ大統領は、自らの「鉄拳」でアルメニア系住民による独立的なナゴルノカラバフという考えは葬り去られ、ナゴルノカラバフはアゼルバイジャンの一部として「楽園」に変わると言い切った。

◎地域全体への影響
アルメニア系住民の「大移動」は、石油や天然ガスのパイプラインが張り巡らされ、さまざまな民族が混在するカフカス山脈の南側に当たるこの地域の勢力図に変化をもたらしてもおかしくない。

アルメニアのパシニャン首相は、今度の危機で同国が国益を守る際にもはやロシアを頼りにできないと分かったと語った。ただロシアは、アルメニアはロシア以外に友好国がほとんどないと反論している。

多くのアルメニア国民の間では、2020年のナゴルノカラバフを巡る軍事衝突でアゼルバイジャンに敗れた上に、今回も有効な対応ができなかったパシニャン氏の責任を追及する動きが広がり、首都エレバンで辞任要求デモが発生した。

パシニャン氏は、正体不明の勢力がクーデターを企んでおり、ロシアのメディアは情報戦争を仕掛けていると訴えている。ロシアはアルメニアに軍事基地がある。

一方アルメニアは今月、米軍を招いて合同軍事演習を実施。米国はアゼルバイジャンの軍事行動を批判している。これに対してトルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるものの、アゼルバイジャンを支持する立場だ。【9月25日 ロイター】
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結果的に「領土問題を戦争で解決する」という事例がまたひとつ積み重ねられたことにもなりました。

話は、アルメニアとロシアの確執、アメリカの動き、トルコの影響力拡大などに繋がっていきますが、長くなるのでそこらは別機会に。
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フィリピン  中国の南シナ海進出へ強まる反発 アメリカとの協力関係強化

2023-09-24 23:27:48 | 東南アジア

(【9月8日 ロイター】フィリピンがアユンギン礁付近に座礁させて軍事拠点として使用している軍艦「シエラマドレ号」 この画像は2014年3月撮影ですので、現在は更に老朽化が進んでいると思われます。嵐でも来たら、いつ崩壊しても不思議ではないようにも見えます。)

【アユンギン礁で軍事拠点として機能している軍艦に関して、圧力を強める中国】
南シナ海における中国とフィリピンの対立・衝突が激しくなっていることは、8月8日ブログ“フィリピン 南シナ海で相次ぐ中国とのトラブル 今回は“違法”放水”でも取り上げましたが、その後も中国側は手を緩めることもなく、フィリピンとの軋轢が激しさを増しています。

8月6日に起きた放水事件の背景になっている、アユンギン礁(英語名セカンド・トーマス礁)にフィリピン側が意図的に座礁させ軍事拠点としている古い軍艦については、中国側は「撤去するとの約束があった」と主張、フィリピン側は否定しています。

****フィリピン、南シナ海の軍事拠点撤去を中国に約束せず=大統領****
フィリピンのマルコス大統領は9日、南シナ海のアユンギン礁(英語名セカンド・トーマス礁)で軍事拠点として機能している軍艦について、撤去を中国に約束していないとし、そのような約束があったとしても取り消すべきだと述べた。

フィリピンは南沙(英語名スプラトリー)諸島の一部であるセカンド・トーマス礁の領有権を主張するため、1999年に意図的に軍艦を座礁させた。中国は7日、フィリピンがこの軍艦を撤去するという約束を「明確に」反故にしたと非難している。

これについてマルコス大統領は「フィリピンが自国の水域からこの軍艦を撤去するという取り決めや合意は承知していない」とし、「そうした合意が存在する場合は直ちに破棄する」と述べた。

フィリピン国家安全保障会議の高官、ジョナサン・マラヤ氏はこれに先立ち、軍艦の撤去をフィリピンが約束したとする中国の主張は「どう考えても中国の想像の産物だ」と述べ、約束の証拠を示すよう中国に求めた。

在マニラの中国大使館はこの件に関してコメントしていない。

フィリピン大学の海洋専門家、ジェイ・バトンバカル氏は、セカンド・トーマス礁は中国にとって軍事基地を建設するための理想的な場所になる可能性があるとの見方を示している。【8月10日 ロイター】
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「約束」・・・中国側がまったくの“妄想”で主張するとも思えませんので、ドゥテルテ前大統領時代に何らかの発言があったのかも・・・。当時はドゥテルテ前大統領がアメリカを嫌い、中国に接近していましたので。

なお、中国側は「比側は何度も撤去を約束したが、24年過ぎても撤去せず、大規模な補修をし、仁愛礁(アユンギン礁)を恒久的に占領しようとしている」という言い方をしていますので、ドゥテルテ前大統領だけではないのかも。

中国側は行動で圧力をかけます。

****南シナ海に中国船300隻超集結、準軍事組織「海上民兵」が乗船か****
フィリピン軍は10日、中国と領有権を争う南シナ海で前日に300隻を超える中国船を確認したと明らかにした。中国側が支配を強めるため、展開する船舶の数を増やしている可能性がある。

比軍高官は10日の記者会見で、「9日に400隻以上の外国船が確認されており、そのうち85%が中国船だった」と述べた。340隻以上が中国船だった計算になる。中国の退役軍人や漁民らで構成する準軍事組織「海上民兵」が乗っているとみられる。(後略)【8月12日 読売】
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****また南シナ海で中国艦船がフィリピンに「危険な妨害行為」*****
フィリピン沿岸警備隊は8日、中国との間で領有権をめぐり対立している南シナ海で、中国海警局の艦船などから「危険な嫌がらせを受けた」と非難する声明を出しました。

これは、フィリピン沿岸警備隊が公開した南シナ海での映像です。中国海警局の船と、フィリピン軍が手配した輸送船などが至近距離まで接近しています。

フィリピン側は、中国との領有権争いが続く南シナ海のアユンギン礁付近で8日、中国側の艦船など8隻から「危険な嫌がらせを受けた」と非難しました。

フィリピン側の船は、海軍が実効支配の拠点にするため座礁させた古い軍艦に物資を補給する任務にあたっていたということです。

一方、中国海警局はフィリピン船が「中国政府の許可なく礁の隣接海域に侵入した」と主張したうえで、「厳重な警告を与え、全過程を追跡し、効果的に規制した」としています。

中国側は、この軍艦を撤去するよう求めていて、南シナ海では先月にも中国の艦船が補給に向かっていたフィリピンの巡視船や輸送船に放水するなど、対立がエスカレートしています。

こうした事態などを受け、6日に開かれたASEAN=東南アジア諸国連合と中国を交えた首脳会議では、紛争を回避するための「行動規範」の策定を加速させることで合意していました。【9月8日 TBS NEWSDIG】
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中国艦船によるフィリピン漁船への妨害も。

****「漁業者の操業を妨害」フィリピン沿岸警備隊が中国非難 南シナ海で中国海警局が「浮遊式の障害物」を海面に設置****
フィリピン沿岸警備隊などは24日、領有権をめぐり中国と対立している南シナ海で中国側の船が障害物を設置し、フィリピンの漁業活動を妨害したと非難する声明を発表しました。

フィリピン側の発表によりますと、南シナ海のスカボロー礁付近で中国海警局などの船舶4隻が300メートルに渡ってブイとみられる「浮遊式の障害物」を海面に設置したことが確認されました。

また、中国海警局は無線を使って「フィリピンの漁業者は国際法と中国の国内法に違反している」と主張し、何度も追い払おうとしてきたということです。

フィリピン沿岸警備隊などは24日、中国側が「フィリピンの漁業者の操業を妨害した」として非難する声明を出し、「漁業者の安全を確保するため、自国の領有権を守り続ける」と強調しました。【9月24日 TBS NEWS DIG】
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****中国海警局、スカボロー礁でフィリピン漁船を追跡****
フィリピンの漁師、アーネル・サタムさんは22日、係争海域である南シナ海のスカボロー礁に向けて小型ボートを走らせると、中国海警局の高速艇に激しく追跡された。

追跡は数分間続いた。サタムさんは豊かな漁場である同域に高速艇を振り切って進入しようとしたが、その試みは失敗に終わった。

フィリピン漁業水産資源局の船舶に乗船していたAFP取材班は、この時の追跡劇を目撃した。同局の船は、最大数週間にわたり係争海域を航行する漁師らに食料や水、燃料を補給している。

漁師らは、スカボロー礁における中国の行動について、収入源となる漁場と悪天候の緊急時に避難できる場所を奪っていると訴える。

サタムさんはAFPに「そこ(スカボロー礁)で漁をしたい」と話し、「このようなことは普段からやっている。今日は早い時間にすでに追い回された」と付け加えた。 高速艇はサタムさんのボートに体当たりしたこともあるという。

中国は南シナ海のほぼ全域で領有権を主張しており、2012年にスカボロー礁を実効支配した。以降、海警局や船舶を配備し、フィリピンが歴史的に利用してきた漁場への立ち入りを妨害・制限している。 【9月24日 AFP】*****************

【中国への反発を強めるフィリピン・マルコス政権】
こうした中国の対応に、フィリピン側の反発も高まっています。

3月に行われたフィリピン人の外国や地域連合に対する信頼度を調べた世論調査(何故か、公表は8月)によると、日本を「信頼する」と答えた人は92%でトップだったのに対し、79%が中国を「最大の脅威」に挙げており、南シナ海で海洋進出を強める中国への不信感が浮き彫りとなっています。

また、南シナ海問題で中国への強硬な姿勢を貫き、アメリカとの安全保障協力を強めているマルコス政権の姿勢に6割以上が賛成を示しています。

調査後の対立激化を考えると、現時点では更にフィリピン世論の中国警戒感は強まっていることが想像されます。

マルコス政権もこうした世論を背景に強気姿勢です。言い換えれば、中国に対し弱腰姿勢は見せられない・・・とも。

南シナ海の領有権をめぐっては、2016年に国際仲裁裁判所が中国側の主張を認めない判決を出していますが、フィリピンは更に「サンゴ礁が破壊され、海洋環境が悪化した」として、中国側に対し法的措置を検討していることを明らかにしています。

****「中国がサンゴ礁を破壊」フィリピン政府が国際仲裁裁判所への提訴を検討****
フィリピン政府は20日、中国との領有権争いが続いている南シナ海で「サンゴ礁が破壊され、海洋環境が悪化した」として、中国側に対し法的措置を検討していることを明らかにしました。

南シナ海のロズル礁付近などでは、11日までに実施されたフィリピン沿岸警備隊による調査で、サンゴ礁の破壊や海底の変色が確認されました。

フィリピン側は、周辺の海域で中国の海上民兵の船およそ50隻が確認されたとして、「意図的な活動が行われた可能性を強く示している」と主張。

フィリピン司法省は20日、「サンゴ礁が破壊され、海洋環境が悪化した」として、中国側を相手取り国際仲裁裁判所に提訴することを検討していると明らかにしました。

中国は南シナ海で軍事拠点化を進めていて、サンゴ礁を埋め立てることで人工島を造ろうとしているとの見方も出ています。(後略)【9月20日 TBS NEWS DIG】
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仮に国際仲裁裁判所でフィリピンに有利な判断がなされても、中国は前回と同じく「紙屑である」との対応を取ると思われますが、不適切な行動が常に国際社会によってチェックされることを中国に認識させる点では有意義でしょう。

ただ、スカボロー礁に座礁させた軍艦は老朽化が著しく進んでおり、沈没・崩壊しフィリピン軍の詰め所としての役割を果たせなくなれば、この海域における環境は一気に変化することが懸念されています。

【アメリカとの協力体制強化】
フィリピン・マルコス政権は、中国への対抗を強めるアメリカへの協力姿勢も強めています。そうした構図に日本もアメリカ側で関与を強めています。

****比、日米豪共同訓練に参加 大型艦派遣、世論は歓迎****
海上自衛隊は25日、最大の護衛艦「いずも」をフィリピンに派遣し、フィリピン軍、米軍、オーストラリア軍と24日に4カ国共同訓練を実施したと発表した。中国が南シナ海でフィリピン軍拠点への補給を妨害し続ける中、日米豪3カ国で計画していた訓練にフィリピンが加わった形。計画が大きく報じられ、歓迎する国内世論が高まっていた。

複数の関係筋によると、訓練は当初、フィリピンが参加を見送り、日米豪が南シナ海で23日に行う計画だった。だがフィリピン海軍の揚陸艦も参加する形で1日遅れてマニラ周辺で実施。米軍は予定していた強襲揚陸艦「アメリカ」ではなく沿海域戦闘艦が加わった。【8月25日 時事】
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アメリカとの間では、今年2月、米軍が使用可能な拠点の5カ所から9カ所への増設が決まったばかりですが、更に台湾から200kmほどしかないフィリピン最北端の離島・バタネス州バタン島で、米軍と地元自治体が商業港の開発を計画しています。中国を牽制するためのレーダーの設置も検討されています。

****南シナ海に打たれた「布石」...アメリカがフィリピンの離島で建設する「港」がもたらす効果とは****
領有権をめぐって中国と周辺諸国の対立が続く南シナ海に新たな火種が浮上した。フィリピン最北部のバタネス州バタン島で、アメリカ軍と地元政府が商業港の開発計画を進めていることが明らかになったのだ。

地元政府は荒天時に物資輸送できる代替港が必要だと説明するが、商用か軍用かにかかわらず戦略的な意味は極めて大きい。

バタン島と台湾南端との距離はわずか200キロ足らず。両者の間に位置するバシー海峡は多くの船舶が通過する海上交通の要衝で、中国が台湾に侵攻する際の主要ルートと目される。 

中国が南シナ海で軍事拠点の増設を進めるなか、アメリカはフィリピンなど周辺国との連携を強化しており、港湾建設も中国への牽制の一環とみられる。

また、港が完成すれば米軍は台湾へのアクセスに優れた位置に戦略的拠点を得られる。 それだけに中国側の反発は必至で、フィリピンに経済面で圧力をかけて対抗する可能性も指摘されている。【9月13日 Newsweek】
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****米 フィリピン空軍に新たな偵察機供与 南シナ海の監視活動強化****
中国が海洋進出を強める南シナ海での監視活動を強化するため、アメリカはフィリピン空軍に新たな偵察機を供与しました。

アメリカからフィリピン空軍に供与されたのは、セスナ社の小型偵察機、208B型機で、センサーや通信設備を搭載し、南シナ海の広い範囲で監視活動が行えます。

19日、ルソン島中部にあるクラーク空軍基地では機体の受け渡し式が行われ、フィリピンのテオドロ国防相は「フィリピンが強い国で強力な装備があれば、地域の安定と安全に貢献できる重要な国になれる」と述べ、供与に感謝しました。

これに対して、アメリカ国防総省の関係者は「フィリピンはインド太平洋地域でアメリカから最大の支援を受け取っている国だ。引き続きフィリピン軍の近代化の目標に向けて支援を継続する」と述べて、自由で開かれたインド太平洋の実現のため、今後も支援を強化する姿勢を示しました。

フィリピン空軍がアメリカから偵察機を供与されるのは、2017年の2機以来で、南シナ海への進出を活発化させる中国を念頭に、領海やEEZ=排他的経済水域での監視や、災害対応に活用するとしています。

南シナ海では9月もフィリピン軍の補給活動が中国公船に妨害されたほか、EEZ内で中国の複数の漁船が確認されたと報告されています。【9月19日 NHK】
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****進むアメリカとフィリピンの接近 対中国で結束****
南シナ海で覇権的な動きを加速させる中国に対抗するため、フィリピンが米国との関係強化を進めている。

現地情報によると、「防衛協力強化協定(EDCA)」に基づき、米軍が使用するフィリピン国内の軍事施設の追加を協議。南シナ海で日本やオーストラリアなど7カ国と共同パトロールをすることも検討する。

米比両国は2014年にEDCAを締結。米軍は指定された施設の利用が認められており、フィリピンは4月、米軍の使用を新たに認める軍事施設4カ所を公表した。これにより米軍が使用できる拠点は5カ所から9カ所に増えた。(後略)【9月23日 中日】
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イスラエルとサウジの関係正常化を仲介するアメリカ パレスチナ、イランの存在、核開発の問題も

2023-09-23 23:22:08 | 中東情勢

(20日、ネタニヤフ氏(左)と握手するバイデン氏(ニューヨーク)=AP 【9月20日 日経】)

【バイデン大統領 イスラエルとサウジアラビアの関係を正常化することで、中東地域でのアメリカの負担を減らそうとの思惑か】
20日、国連総会出席のため訪米したイスラエル・ネタニヤフ首相とバイデン大統領の会談が行われました。

アメリカはイスラエルを支える同盟国ですが、保守強硬派で、特に「史上もっとも右寄り」の政権を率いるネタニヤフ首相と、パレスチナ国家樹立による「二国家共存」で中東地域の安定を基本路線とするアメリカ民主党政権は、反りが合わないところもあります。

また、ネタニヤフ政権が進める司法改革が三権分立を損なうと国内での強い反発を招いていますが、バイデン政権としても疑念があるところ。

そうしたやや溝もある両国関係を反映して、昨年12月に首相に復権したネタニヤフ首相はこれまで訪米しておらず、今回が初の訪米会談。場所もホワイトハウスではなくニューヨーク・・・となったようです。

今回の会談の中心議題はイスラエルとサウジアラビアの関係正常化。

アメリカは中国との競争を念頭に安全保障の軸足をアジアに移しており、イスラエルとサウジアラビアの関係を正常化することで、中東地域でのアメリカの負担を減らそうとの思惑があると言われています。

****ネタニヤフ首相がバイデン米大統領と会談、サウジアラビアとの和平合意に向け協議****
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は9月20日、国連総会が開催されている米国ニューヨークでジョー・バイデン米大統領と会談した。

イスラエル首相府によると、40年以上の付き合いがあるネタニヤフ首相とバイデン大統領は予定より長い約1時間にわたり、良好かつ友好的な会談を行ったとしている。

バイデン大統領は会談の冒頭で、ネタニヤフ首相を2023年内にホワイトハウスでの追加会談に招待するとした。会談では主に、イスラエルとサウジアラビアの間で歴史的な和平合意を結ぶ方法について話し合われたとしている。

ネタニヤフ首相は、中東全体や米国を脅かすことになるイランの核兵器開発を阻止できるのは確かな軍事的脅威だけとし、イランの核兵器開発阻止に向けたバイデン大統領の確固とした姿勢に謝意を表明した。

また「ともに協力することで、歴史を作り、この地域とその先のより良い未来を作ることができると信じている。また、ともに協力することで、その未来を脅かす勢力、とりわけイランに立ち向かうことができる」と述べた。

ホワイトハウスによると、ヨルダン川西岸地区で続いている緊張と暴力について、バイデン大統領は、イスラエル人とパレスチナ人の間の公正で永続的な和平を促進するための緊急措置を取る必要性を強調した。

また、ネタニヤフ政権が進める司法改革について、バイデン大統領は、できるだけ広範なコンセンサスがない限り、イスラエルの民主主義体制を根本的に変更することへの懸念をあらためて表明した。(後略)【9月22日 JETRO】
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アラブ諸国との関係改善を進めるイスラエルとしても、アラブ諸国の盟主たるサウジアラビアとの関係改善は地域における孤立から脱出し、安全保障を強固にするうえで重要でしょう。サウジアラビアとしてもイスラエルの技術力は欲しいところ。

【サウジ皇太子「最大の歴史的合意に日々近づいている」、ネタニヤフ首相「劇的な突破口に近づいている」 しかし、高いハードルとなるパレスチナ問題】
ただ、イスラエル・サウジアラビアの関係正常化に関しては高いハードルもあります。 まずはパレスチナ問題。

アラブ諸国がイスラエルとの関係正常化に走るなど、パレスチナを支援する「アラブの大義」がいかに形骸化しているとは言え、アラブの盟主を自任するサウジアラビアとしてはパレスチナを見捨てる形のイスラエルとの関係正常化はできません。

パレスチナ・アッバス議長もそのあたりを牽制しています。

****イスラエル・サウジ接近をけん制=パレスチナ議長が国連演説****
パレスチナ自治政府のアッバス議長は21日、国連総会で演説し、「(パレスチナ人が)完全な権利を手にする前に中東和平を実現できると考えるのは妄想だ」と強調した。米国が仲介するイスラエルとサウジアラビアの関係正常化に向けた動きをけん制したとみられる。【9月22日 時事】 
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サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子も、「(合意は)日々近づいている」としつつも、イスラエルにパレスチナ問題での譲歩を求めています。

****イスラエルとの国交、正常化へ…サウジ皇太子「最大の歴史的合意に日々近づいている」****
サウジアラビアの実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子は20日放送の米FOXニュースのインタビューで、バイデン米政権が仲介するイスラエルとの国交正常化は「冷戦終結後、最大の歴史的合意になる」との考えを示し、「(合意は)日々近づいている」と述べた。

「我々にとってパレスチナ問題は非常に重要だ。(合意には)その部分を解決する必要がある」とも述べ、対パレスチナで強硬姿勢をとるイスラエルのネタニヤフ政権をけん制した。【9月22日 読売】
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一方のイスラエル・ネタニヤフ首相も「劇的な突破口に近づいている」としながらも、「パレスチナ人に拒否権を与えるべきでない」と、サウジアラビアとの関係正常化とパレスチナ問題を切り離す姿勢を示しています。

****イスラエル、サウジとの関係正常化は近い=ネタニヤフ首相****
イスラエルのネタニヤフ首相は22日にニューヨークでの国連総会で、サウジアラビアとの関係正常化が近づいていることを確信していると表明した。

一方、ネタニヤフ氏はパレスチナ人に拒否権を与えるべきでないと主張した。サウジや米国は、パレスチナ人を関係正常化のプロセスに参加させるよう求めている。

イスラエルがサウジとの関係を正常化する可能性があるとの期待は今週高まった。サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は関係正常化へ向けて日に日に合意に近づいていると言及。ネタニヤフ氏とバイデン米大統領は会談で、イスラエルとサウジの関係正常化を巡って協議した。

ネタニヤフ氏は「私たちはさらに劇的な突破口に近づいていると確信している。それはイスラエルとサウジの歴史的な和平だ」と訴え、「バイデン氏の指導力で私たちはサウジとの和平を実現できると信じている」とも語った。

ネタニヤフ氏は、パレスチナ人との何らかの融和を模索する意向を示しつつも「アラブ諸国との新たな和平条約を巡ってパレスチナ人に拒否権を与えてはならない」と主張した。【9月23日 ロイター】
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【問題を複雑にするイランの存在 サウジは米に相互防衛条約を求める】
イスラエルとサウジアラビアの関係正常化を複雑にさせるもうひとつの問題がイランの存在。また、そこに関連してサウジアラビアの核開発も絡んできます。

サウジアラビアは中国の仲介でイランとの関係を正常化させてはいますが、対立を続けてきたイランがサウジアラビアにとって極めて懸念すべき存在であるということは変わってはいません。

イランとイスラエルは、イスラエルが頻繁にイランの核施設やシリア領内拠点を攻撃する極めてホットな「戦争状態」にあります。サウジアラビアとしては、もしサウジアラビアがイスラエルと関係正常化すれば、イランはサウジアラビアがイスラエルによるイランの核施設攻撃を助けると考えてサウジアラビアに何らかの攻撃をしかけてくるとの不安があります。

そうした不安を払拭するためにサウジアラビアをアメリカに安全保障を求めています。

****米サウジ、相互防衛条約を協議 日米安保、米韓同盟モデルか****
米紙ニューヨーク・タイムズ電子版は19日、米国とサウジアラビア両政府が相互防衛条約の締結に向けた協議を進めていると報じた。米国が同盟国の日本と結ぶ日米安全保障条約や、韓国と締結した米韓相互防衛条約をモデルにしようとしている。複数の米政府当局者の話として伝えた。

米国はサウジとイスラエルの国交正常化を目指し、仲介を続けている。サウジの実権を握るムハンマド皇太子は米国との条約締結がイスラエルとの関係構築に向け重要な要素になるとみているという。

条約はサウジや中東地域の他国が攻撃された場合に、米サウジ両国がそれぞれ軍事支援をすることを想定している。【9月20日 共同】
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ただ、アメリカとサウジアラビアが相互防衛条約を結ぶとなると、もしサウジアラビアがイランに攻撃されたらアメリカはイランと戦争をするのか? という話にもなって、慎重になるべきとの指摘もあります。

****サウジとイスラエルの関係正常化とイランの複雑な関係****
2023年8月30日付のフォーリン・ポリシー誌で、サーブ中東研究所上級フェローらは、サウジアラビアがイスラエルと関係正常化すれば、イランはサウジアラビアがイスラエルによるイランの核施設攻撃を助けると考えてサウジアラビアを懲罰し、サウジ側は、米国との軍事同盟がイランの攻撃を抑止すると考えるかもしれないが、米国はサウジアラビアのためにイランと戦争する用意があるかよく考えるべきだと論じている。

米国と中東では、サウジアラビアがイスラエルと関係を正常化する可能性について議論されている。関係正常化の見返りの一つは、米国がサウジアラビアと正式な防衛条約を結ぶ事だが、これは、サウジアラビアが最近、イランと結んだ関係正常化の合意を危うくするだろう。

イランはイスラエルと敵対関係にあるだけでなく、長年「戦争」の状態にあるからである。17年にはイスラエル軍はシリア他の中東でイランとその代理勢力に400回以上の空爆を行っている。

仮にサウジアラビアがイスラエルを受け入れれば、イランはサウジアラビアに対してあらゆる事をするだろう。19年にサウジの石油施設を攻撃したように、直接的またはイエメンのホーシー派等の代理勢力を利用してサウジアラビアの安全を脅かすかもしれない。

イランはサウジアラビアが米国と友好関係にある事は受け入れているが、イランに対して武力行使を躊躇しないイスラエルと関係を結ぶのは別の話である。また、イランは、その核施設に対する攻撃をイスラエルが行うことを恐れ、関係正常化によってサウジアラビアがイスラエルに便宜を図ると考えている。

イスラエルとの関係正常化によりサウジアラビアが失うものは大きい。イスラエルとパレスチナが争っている「エルサレム問題」は、イスラム世界にとって重要な宗教的関心事である。もし、サウジアラビアがエルサレムを諦めるならば、イランは、サウド家に対して激しい政治的圧力を掛けるであろう。

いずれにせよ、サウジアラビアがイスラエルとイランの双方と関係正常化は出来ない。仮にイランが、サウジとイスラエルとの関係正常化を理由にサウジを懲罰するならば、米国は、サウジアラビアのためにイランと戦争するだろうか。さらに、イランが代理勢力を使う場合、米国はどうするのか。簡単な答えは無い。

サウジ側は、防衛条約を期待している。サウジアラビアと米国は、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化に対するイラン側の対応についてよくよく意見を聞いた方が良い。もちろん、イランの反応を恐れてこの条約を思い止まるべきでは無いが、米国もサウジアラビアも慎重に進めるべきである。(中略)

一つ気になるのは、上記の論説では、関係正常化の見返りとして、米国とサウジアラビアの防衛条約には触れているが、もう一つの見返りとして噂されている米国のサウジアラビアの原子力開発への協力について言及が無いことである。

ムハンマド皇太子が「仮にイランが核武装すれば」という条件付きとは言え、核兵器保有について公言しており、この話はどうなっているのだろうか。アジア同様、中東地域においても、核の傘(拡大抑止)、核シェアリング等が議論されることになるのだろう。【9月22日 WEDGE】
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【サウジ アメリカに民生用核開発計画への支援を求める 中東での核開発競争の危険も】
上記記事の最後で触れられている核開発の問題。
核開発を進めているとされるイランにサウジアラビアは強い警戒感を持っており、イランが持つならサウジも・・・という考えです。

****サウジ皇太子「イランが核を持てば我々も持つ」 米番組で警戒感示す****
サウジアラビアで実権を握るムハンマド皇太子は20日に放送された米FOXニュースのインタビューで、イランの核開発疑惑を巡り「もしイランが核を持てば、我々も持たなければならなくなる」と述べた。

サウジは今年3月に中国の仲介でイランと関係正常化に合意して以来、関係改善を進めているが、イランに対して引き続き警戒感を抱いていることを示した格好だ。

インタビューでムハンマド氏は核兵器について「核を保有する必要はない。使用できないからだ。もし使用すれば、世界との大きな戦争となる」と警告。そのうえで、イランが保有すればサウジも核武装する姿勢を示した。両国は長年、中東の覇権を争い、2016年には断交した経緯がある。

また、イスラエルとの国交正常化を巡っては「日々歩み寄っている」と指摘し、「いい交渉が続いている」と明らかにした。一方、「我々にとってはパレスチナ問題が非常に重要だ。解決しなければならない」と指摘し、解決の必要性を改めて強調した。

この問題を巡っては、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが8月、サウジはイスラエルを国家承認する条件について仲介役の米国と大筋合意したと報じていた。サウジは民生用核開発計画への支援やイスラエルのパレスチナ政策での譲歩などを求めているとされる。【9月21日 毎日】
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サウジアラビアが核兵器を保有するルートとしては、サウジアラビアが資金的に核開発を支援したパキスタンから有事の際に核兵器を譲り受けるという密約があるとされる件があります。

加えて、サウジアラビアはアメリカに「民生用」ということではありますが、核開発計画支援を求めているとされます。

****サウジでウラン濃縮計画か 米イスラエル交渉で浮上****
21日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルは、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化を目指す交渉の中で、仲介役の米国が正常化の見返りとしてサウジでウラン濃縮を行う計画が浮上していると報じた。

民生用と伝えているが、実現すれば中東でイラン以外にもウラン濃縮をする国ができ、核拡散リスクが高まる。

事実上の核保有国イスラエルはこれまで中東各国の核開発を警戒してきた。専門家は同紙に対し、イスラエルがサウジでのウラン濃縮を容認すれば「劇的な政策転換になる」としている。サウジには中東で覇権を争うイランに核開発で出遅れているとの焦りがある。【9月22日 共同】
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もし、サウジアラビアが核開発に踏み出せば、“イスラエルとサウジアラビアの関係を正常化することで、中東地域でのアメリカの負担を減らそう”というアメリカの思惑とは逆に、中東が極めて危険な核開発競争の場にもなりかねません。

パレスチナ問題でイスラエル側の譲歩があるのか、イランの存在を念頭にアメリカはサウジアラビアとの相互防衛条約を結ぶのか、サウジアラビアの核開発を認めるのか・・・非常に大きな問題、高いハードルが待ち受ける、アメリカが仲介するイスラエルとサウジアラビアの関係正常化です。
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シーク教徒指導者殺害で対立が深まるインドとカナダ アメリカなど欧米諸国からはインド批判なし

2023-09-22 23:39:36 | 南アジア(インド)

(印首都でのG20サミット前に握手を交わすモディ印首相(右)とカナダのトルドー首相【9月22日 CNN】)

【カナダでのシーク教指導者殺害にインド政府工作員関与? 高まる両国の緊張】
シーク教指導者のカナダ国籍の男性が6月18日にカナダ西部ブリティッシュコロンビア州で銃殺された事件に関して、カナダのトルドー首相は18日にインド政府の工作員が関与した可能性があると述べ、これを否定するインドとの間で外交官追放、ビザ発給停止などの緊張が高まっています。

****カナダとインド、対立激化 両国が外交官追放 シーク教指導者殺害で****
カナダのトルドー首相は18日、シーク教指導者のカナダ国籍の男性が6月に殺害された事件に、インド政府の工作員が関与した可能性があると述べた。インド外務省は「根拠のない主張だ」と全面的に否定。

カナダ政府がインド人外交官を追放すると発表したのに対し、インド政府も19日にカナダ人の上級外交官を追放すると表明し、両国関係の悪化が懸念されている。

ロイター通信によると、男性は6月18日にカナダ西部ブリティッシュコロンビア州で銃殺された。男性はインド北部パンジャブ州でシーク教徒の国家設立を目指す運動を支持。インド政府は2020年、テロリストに指定していた。

トルドー氏は今月18日の議会で、インド政府の工作員が男性の殺害に関与したとの「信用できる」情報をカナダ治安当局が入手し、捜査していると述べ、「許しがたい主権の侵害だ」と主張。9、10日の主要20カ国・地域(G20)首脳会議で訪印した際、モディ首相にも直接、懸念を伝えたという。

これに対してインド外務省は19日、「インド政府がカナダで暴力行為に関与したとする主張はばかげている」と反論する声明を発表。インドは民主国家であり、法の支配に基づいていると主張した。また、カナダ人外交官の追放については「反インド活動に関わっている」と指摘した。

カナダには多くのインド系カナダ人のシーク教徒が暮らしている。シーク教徒による独立国家を支持するデモが開催され、当局は神経をとがらせていた。

両国は貿易協定の締結に向けた交渉を進めていたが、カナダ側は今月に入って、交渉を一時停止したと発表。今回の問題で両国間の緊張がさらに高まる恐れがある。【ニューデリー川上珠実】
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インド政府は20日、インド人へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が増えているとして、カナダ渡航を控えるよう注意喚起し、21日にはカナダ国民向けのビザ申請手続きを「追って通知があるまで」停止しました。

今回事件の背景には“カナダに居住するシーク教徒は約77万人。インドを除けば国別で最も多く、政治に対し一定の影響力を持つ。インドはかねて国の分裂につながりかねない動きに神経をとがらせてきた。”【9月21日 時事】という事情があります。

カナダにおけるシーク教徒の影響力ということでは、トルドー政権と閣外協力関係にある新民主党(NDP)のシン党首もシーク教徒です。

この事件で緊張が高まっているさなか、カナダでインドにおけるシーク教徒独立運動に関わっていた別の男性が殺害されるという事件も報じられており、影響が懸念されています。

****別のシーク教徒男性殺害か カナダで、インド報道****
インドメディアは21日、カナダでインドにおけるシーク教徒独立運動に関わっていた男性が同日までに「ギャング間の抗争」で殺害されたと報じた。

カナダ政府は同国国籍の別のシーク教徒男性が6月に殺害された事件にインド政府が関与した可能性があると主張し、両国間で外交問題に発展した。今回の事件が事実なら、さらなる火種となる恐れもある。

殺害された男性はシーク教徒が多く暮らすインド北部パンジャブ州出身。同国の捜査当局から指名手配を受け、2017年に偽造旅券でカナダに逃亡したという。インド当局は今年6月に殺害された男性もテロ事件に関与した疑いで指名手配していた。【9月21日 共同】
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後述のように、これから国際社会で重きをなそうとするインド政府の直接的な関与は考えにくいところもありますが、インド政府の工作員が関与ということであれば・・・。

【アメリカなど西側諸国は沈黙 存在感を増すインドへの配慮】
事件そのもの以上に注目されるのは、事件に対する西側諸国の反応です。

同種の事件としては、2018年3月にロシアの元二重スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏とその娘がイギリス・ソールズベリーでロシア情報機関関係者と思われる人物に神経ガスによって襲われた事件、同じく2018年10月にトルコ・イスタンブールのサウジアラビア大使館内でサウジアラビア人ジャーナリスト・カショギ氏が殺害された事件が思い出されます。

いずれの事件も、犯行を疑われるロシア、サウジアラビアは国際的に激しい批判にさらされ、その影響は未だに完全に消えた訳でもありません。

今回のカナダの事件でも、カナダ側の主張どおりならインドは国際的に苦しい立場に立たされる・・・・と思いきや、今のところ人権問題に敏感な欧米も“静観”、あるいは“黙殺”の構えです。

G20でとりあげるように求めたカナダ・トルドー首相の要請はアメリカなどによって拒否されたとの報道も。ホワイトハウスは否定していますが。

“中国を抑える対抗勢力として熱視線を送られている”インドを敵に回したくないという極めて現実的な国際事情によるものです。

*****シーク教指導者殺害でインドと対立するカナダ 西側同盟国が沈黙する理由は?*****
カナダ政府は今週、同国籍のシーク教徒殺害にインド政府が関与した可能性があると公表した。通常、この種の情報が出ると、カナダと友好関係にある民主主義諸国は大騒ぎになる。ところが、今回は違う。

インドは今、米国をはじめとする西側諸国から、中国を抑える対抗勢力として熱視線を送られている。そうした中、ニューデリーで20カ国・地域(G20)首脳会議が開催された数日後にカナダのトルドー首相がインドを珍しく攻撃したことで、各国は気まずい立場に立たされた。

オタワのカールトン大学のステファニー・カービン教授(国際関係論)は「西側諸国の計算上、インドは中国とのバランスをとるために重要だが、カナダはそうではない」と説明。「カナダは西側諸国の中で唯一、あらぬ方向にそれてしまった」と語る。

トルドー氏は18日、6月に起きたシーク教徒殺害にインドの諜報員が関与した可能性があるという「信じるに足る疑惑を積極的に追求している」と発表した。

その時点でカナダはすでに、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドを含む機密情報共有同盟「ファイブ・アイズ」などと、この問題について話し合っていた。

しかし、これまでの反応は静かだ。英国は公にインド批判を控え、同国との貿易協議は予定通り継続すると表明した。この件に関するクレバリー外相の声明は、インドの国名にも言及していない。

英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のインド専門家、チエティジ・バジペー氏によると、英国はカナダを支持することと、貿易相手国であり中国に対抗するのに必要な国・インドを敵に回すことの狭間で難しい立場に立たされている。

「インドが関与しているという決定的な証拠がない限り、英国の反応は鈍いままだろう」とバジペー氏は予想。自由貿易協定を結べば、インドと英国の双方にとって「大きな政治的勝利」となるだろうと語った。

待ちの戦術
米国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官は、米国が「深く懸念している」と述べ、インド政府関係者に捜査への協力を促した。インドは殺人事件への関与を否定している。

米ワシントン・ポスト紙によると、トルドー首相は先週のG20首脳会議でインドを非難する共同声明を出すよう求めたが、米国やその他の国々から拒否されたという。

これに関してカービー氏は「われわれが、どのような形にせよカナダを拒絶したという報道は間違いだ。この件についてカナダとの協力と対話を続けていく」と述べた。

2018年にロシアの二重スパイとその娘が英国で神経ガスによって殺害された後の騒動と比較すると、トルドー氏の発表に対する反応の鈍さは際立っている。

当時、英米、カナダなどの国々は、懲罰として合計100人以上のロシア人外交官を追放した。ロシアは殺害への関与を否定している。

対中国にらみインドとの関係強める各国
オンタリオ州のシンクタンク、インターナショナル・ガバナンス・イノベーション・センターのウェスリー・ウォーク氏は「中国との緊張関係を踏まえてインドと関係を強化することに皆の関心が集中していることを考えれば、ファイブ・アイズ諸国がこの問題に本格的に踏み込むのに消極的なのは無理もない」と言う。

「ちょっとした待ちの戦術だ。殺害にインド国家が深く関与しているという非常に確かな証拠をカナダが提出すれば、同盟国からもっと支持の声が上がるだろう」とウォーク氏は予想した。

カナダの選択肢は限られている。
カナダ安全情報局の元局長リチャード・ファデン氏はテレビで「同盟国が公式にせよ非公式にせよ支持してくれなければ、カナダはインドを動かすような大きなことはできないだろう」と語った。

カナダ政府筋によると、トルドー氏は声明の発表を先延ばしにしたがっていたが、国内メディアが今にも報道しようとしていたため、発表せざるを得ないと判断した。

情報筋によると、カナダは現在、殺人捜査の最中であるため、事件に関する具体的な情報を公にしていない。【9月22日 Newsweek】
***********************

国際情勢に限らず、世の中こういうものだ・・・というのはわかりますが、“なんだかなぁ・・・”という感も。

“中国を抑える対抗勢力として熱視線を送られている”インドの国際社会における存在感は急速に大きくなっています。

*****G20からの中国追い出しと西側へ顔向けた議長国・インド****
(中略)
インドがしかけたグローバルサウス主導のG20
今回のG20で最も特徴的だったのは、インドがグローバルサウスの声を世界に届けることを掲げる中、中国の習近平国家主席と、ロシアのプーチン大統領が欠席したことだ。一応、中国からは李強首相、ロシアからはラブロフ外相が出席したから、一定の影響力は残したのだが、これはG20の性質を大きく変えるものとなった。

G20首脳会談は、もともと中国の世界的貢献を宣伝する場であった。08年、リーマン・ショックで打撃を受けた世界において、中国がばらまいた資金は一定の救済となった。その時、G20首脳会談を始めることになった。

目的は、主要7カ国(G7)の先進国と欧州連合(EU)が、中国を含む12の新興国と協力して、世界経済を安定させることであった。中国の貢献がきっかけだから、中国が存在感を存分に発揮する枠組みで、これまで、中国は常に国のトップ、習氏が参加してきたのである。

ところが、今回、中国とロシアのリーダーが欠席した。中露の存在感は落ち、G7と新興国が協力し合う場に変わってしまったのである。

中国とロシアは、今、グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国を合わせた国々、そこにおける影響力をめぐって、西側諸国と争っている。だから、本来であれば、G7だけが出席して、中露が出席しないということは、グローバルサウスでの影響力競争で、中露にとって不利に働くはずだ。なぜ欠席したのだろうか。

中国国内の情勢を見ると、中国の国防相の汚職疑惑が取り上げられていることから、国内情勢によって、中国の国家主席がでられなかった可能性がある。でも、8月に習氏は新興5カ国(BRICS)首脳会談に参加しているから、国防相の汚職問題が、どの時期に深刻だととらえられるようになったのか、G20首脳会談欠席に直結する話だったのか、現時点ではわからない。

プーチン大統領については、国際刑事裁判所から逮捕状が出ており、インドでは身の安全が保障されない。だから、出席するのはリスクが高いという判断があったのかもしれない。

モディ首相が見せた中国への態度
しかし、ここ数年のインドの外交を見れば、習氏の欠席は、自然なことだったともいえる。20年に死傷者100人以上を出して以来、印中国境では、両軍が大規模にハイテク兵器を並べて対峙し、緊張状態が続く。そのため、インドのモディ首相は、習氏とは、対面では会わない方針をとってきた。

当初は、中国が譲歩しない限り、多国間会議で、他の国々も含めた大きなテーブルでも、モディ首相は習氏に対面では会わない姿勢で、その後、若干中国の譲歩もあって、多国間では会うこともあるけれども、依然として、2国間では対面の会談をしない方針に変わっていった。  

それは、今年も続いた。今年、インドはG20だけでなく、上海協力機構の議長国でもあった。そこでは両国の亀裂が表面化した。上海協力機構の国家安全保障局長級の会談では、中国とパキスタンだけオンライン参加となった。上海協力機構の国防相会談では、パキスタンだけオンライン参加で、中国は対面で参加したが、その後の7月の上海協力機構の首脳会談は、首脳会談そのものがオンラインとなり、習氏は訪印しなかったのである。  

8月のBRICS首脳会談が南アフリカで行われた際、インドは少し方針を変えた。この時、モディ首相も、習氏も対面で参加し、印中2国間で会談したのである。  

そこでは印中国境情勢については、解決に努力することになった。しかし、中国はその直後に、自国の領土の主張を描いた地図を公表し、インドが自国領と考える地域が中国領となっており、両国の雪解けムードの兆候とみられた雰囲気は、一瞬で吹き飛んだのである。  

このような情勢を背景に、インドは、今回のG20でグローバルサウスの声を世界に届けることを掲げた。グローバルサウスの声を届ける先の「世界」とは、国際ルールを定める先進国、つまりG7のことである。つまり、インドは、グローバルサウスとG7のつなぎ役をかってでており、中国にとって面白いわけがなかった。  

このような状況を見れば、もし習氏がG20首脳会談のために訪印すれば、当然、心地よくない会議になる。印中国境については、インド側から激しい抗議がくるだろうし、インドが主導権をとって、G7とグローバルサウスを対中国対策で連携させようとするだろう。  

もはや習氏にとって、G20は、中国の威光を示す、心地よい場所ではなくなった。まさにモディ首相によって、今回、習氏はG20から追い出された、といえる。

グローバルサウスへの影響力拡大
習氏を追い出したインドは、実際に、グローバルサウスで影響力を高めている。いろいろ問題を抱えながらも、努力を続けてきた賜物だ。

例えば、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックでは、当初、ワクチンを各国に配って、貢献しようとした。その後、インド自身で感染者が増大し、提供できなくなったが、そういった貢献する意思と行動を示し始めたことが、インドの影響力の高まりを示している。  

特に、中国に対抗するための安全保障面での支援は、大規模なものになっている。(中略)インドは、非常に大規模な軍事支援を展開するようになっており、海軍も寄港できる港の建設計画や、ミサイルや軍艦などの武器の供給、武器を使う要員の訓練や武器の整備なども行っている。

中露の反西側に抵抗するモディ首相
こういったインドの、特にモディ首相の、中国対策を念頭に置いた、グローバルサウスにおける動きは、反西側諸国という側面が弱いことが特徴だ。

かつて、インドの初代首相ネルーが非同盟諸国会議を開いたとき、そこでは、植民地の宗主国である西側諸国に対する反発が、非常に色濃く反映されていた。

ところが、モディ首相になって、インドは、非同盟諸国会議へ代表を送らなくなったのである。  反西側的色彩が強い上海協力機構についても、モディ首相の姿勢は、一定の距離をとったものといえる。

今年、議長国として首脳会談を開いたモディ首相は、上海協力機構の首脳会談をオンラインにしてしまった。他の会議を対面で開いているのだから、上海協力機構を本当に重視しているのか、疑問が残る対応だ。  

今年のBRICS首脳会談においても、6カ国の新規加盟が認められたのであるが、モディ首相が、それに強く抵抗したようである。そもそも、BRICSは、中露はいるのにG7がおらず、加盟国の選定によっては、反西側の会議になり得る。モディ首相からすれば、そのような反西側連合に巻き込まれるのは嫌がったのである。

西側には入らないが、西側にとって必要なものを提供する
このように、インドは、対中国を念頭に置いたグローバルサウス対策を、かなり大規模に進めている。それは、中国とロシアが目指す、反西側連合の形成を阻止する効果を示している。  

24年1月のインド共和国記念日の軍事パレードに、モディ首相は日米豪の首脳を招待し、日米豪印4か国の枠組みQUADの軍事パレードにすることを決めつつある。西側諸国の植民地だったインドが、西側諸国になることはないとしても、モディ首相としては、中国を念頭に置いた、西側諸国と協力するメッセージを打ち出すようである。【9月19日 WEDGE】
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習近平国家主席のG20欠席の理由については様々な憶測がなされており、”よくわからない”というのが正直な印象ですが、上記のように“モディ首相によって、今回、習氏はG20から追い出された”といった見方が的を射たものかどうかは議論の余地があるでしょう。

そうであるにしても、反西側連合から距離をとり、西側諸国とも協調する姿勢を見せるインドに対し、アメリカなどが“熱視線”を送るというのは、無理からぬ国際事情ではあります。

ただ、“なんだかなぁ・・・”という感じは先述のとおり。モディ政権には、ヒンズー至上主義の問題、もっと言えば、モディ氏自身に関しても1000人以上が犠牲になったとも言われる2002年のイスラム教徒虐殺暴動への関与疑惑があり、首相になるまでアメリカは渡航ビザ発給を拒否していました。

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ウクライナ・ゼレンスキー大統領への逆風の兆しも

2023-09-21 23:27:54 | 欧州情勢

(国連総会で演説するウクライナのゼレンスキー大統領=米ニューヨークの国連本部で2023年9月19日【9月20日 毎日】 「侵略者を打ち負かすための団結した行動」が必要だと訴え、ウクライナへの支持と連帯を促しました)

【ウクライナの反転攻勢 「失敗はしていないが、今後には高いハードル」(米軍トップ)】
反転攻勢をかけるウクライナの戦局は、いつも言うようにウクライナ・ロシア双方が自国に都合のいい情報を流していますので、本当のところどうなのかはよくわかりません。

ウクライナ軍がロシア軍防衛線を一部突破し、南部などでジワジワと進軍はしているようですが、期待されていたような大きな成果が出ていないのも事実です。

ざっくり言って、南部方面でロシアのクリミアへの補給路を遮断する目立った成果を年内にあげられるのかどうかがひとつのポイントでしょう。

****ウクライナ 冬までにクリミア“陸上補給路”遮断か****
ウクライナ軍の情報機関のトップは、今年冬までにロシアとロシアが実効支配するクリミア半島を結ぶ陸上の補給路を遮断できる可能性があると明かしました。

ウクライナ国防省のブダノフ情報総局長はイギリスの「エコノミスト」誌のインタビューで、ロシアとクリミア半島をつなぐ陸上の補給路を遮断する作戦が冬の前に実現するかもしれないと語りました。(後略)【9月19日 テレ朝news】
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ウクライナ軍の情報機関のトップが“可能性がある”といった言い方をしているということは、裏を返せば、一般的には厳しい見方がなされているということでもあります。米軍サイドからも厳しい見方が。

****ウクライナ軍の領土奪還「高いハードル」 米軍制服組トップ****
米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長は17日、ウクライナ軍はロシア軍に対する反転攻勢で「失敗」はしていないものの、領土奪還という大きな目標については「非常に高いハードル」に直面しているとの見方を示した。

ミリー氏は、ウクライナ軍の反攻について「計画よりは遅いが着実に進展している」と指摘。「失敗しているとの批判は承知しているが、失敗はしていない」とするとともに、ウクライナ軍には「かなりの戦闘力が残っている。消耗していない」と述べた。

南部海岸までの進軍やマリウポリ奪還などより野心的な目標達成の公算については予測を避け、「被占領地から20万人以上のロシア兵を軍事的に排除するには相当な時間がかかる。非常に高いハードルだ」との認識を示した。

一方、武器供与のペースが遅いとウクライナ側からも批判が出ていることに関しては、兵たんにも左右される問題だとし、「魔法の粉をまけば物資が直ちに現れるというわけにはいかない」と強調した。 【9月18日 AFP】
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反転攻勢の戦略についても、ウクライナ側とアメリカなど支援国の間での意見の不一致もあったようです。

****NATOとウクライナ軍 戦局打開の「特別作戦」で衝突…秘密協議5時間の内幕とは【報道1930】****
先月15日、ウクライナとポーランドの国境のとある場所で、NATOとウクライナ軍の秘密協議が行われました。そこで決まったのは、反転攻勢の戦局を打開する特別な作戦。将軍達の議論は5時間に及びましたが、元NATOの高官は、互いに不満をぶつけあう激しい攻防があったと証言しています。NATOとウクライナ軍は、なぜ衝突したのでしょうか。秘密協議の内幕です。(中略)

NATO高官 ジェイミー・シェイ氏
「ウクライナ側は、『武器の供給が遅すぎる、控えめすぎる。もっと早く、もっと必要だ。武器には、より攻撃的な無人偵察機や、特に長距離砲、地上・空中の巡航ミサイルも含まれるが、これらを手に入れない限り、我々ができることは限られる』とNATO側に訴えたのです。

しかし、これを聞いたイギリスやアメリカの将軍たちやNATOの欧州連合軍最高司令官・カボリ将軍らは、『ウクライナは戦術に関して我々の忠告を聞いているのだろうか』という気持ちがあったでしょう。

何故なら、反転攻勢に際し、NATOからウクライナ側へのアドバイスは、『敵の最大の弱点である地点を選び、そこに攻撃を集中させる。そして防御に穴を開け、その穴を突く』というものでした。しかし、ウクライナはそれをやっていなかったからです」 

反転攻勢の開始後、ウクライナ軍はザポリージャやバフムトなど全長およそ1200キロにも及ぶ前線に広く展開。ロシア軍の弱点を見つけようと規模の小さなピンポイント攻撃を繰り返していたと言います。

これに対しNATO側は、ピンポイント攻撃は多くの労力と弾薬を無駄にしていて、時間もかかりすぎていると、批判的に見ていたと言うのです。

元NATO高官 ジェイミー・シェイ氏
「西側が常に言ってきたのは、『南部に兵力を集めて進軍する』という作戦でした。しかしウクライナはまだ明らかに東部のバフムトを取り戻そうとしていました。アメリカの助言は、『バフムトは重要ではない』というものでした。ウクライナ軍はそこであまりにも大きな損害を被っていました。

ウクライナにとってバフムトは象徴的な存在になっていますが、アメリカは『頼むから、そこから一線を引いてくれ』と言っていたのです。しかしウクライナ人は誇り高い。自分のやり方でやりたいのです」
誇り高いウクライナ人とNATOの議論は、5時間に及びました。そして…

NATO高官 ジェイミー・シェイ氏
「NATO側は、『このようなピンポイント攻撃をさらに続ければ、ロシア軍に反攻を開始する準備の機会を与えてしまう。そうなると、あらゆる場所でその反攻を防ぐために多くの戦力を費やすことになる。だから、どうか集中して、一点を選び、そこを突破するために大きな戦力で挑んでほしい』とウクライナを説得したのです」(中略)

元NATO高官 ジェイミー・シェイ氏
「ウクライナは、兵器が欲しければ、戦術に従わなければなりません。それは明らかで、ウクライナはそれを理解したようです」

ウクライナ側は、最終的にNATOのアドバイスを受け入れました。兵力を南部戦線に集中し、一点突破を狙った攻撃に戦略を転換したのです。(後略)【9月19日 TBS NEWS DIG】
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ウクライナ軍の情報機関のトップの“可能性がある”発言は、上記のような戦略転換の成果によるものでしょうか・・・・それにしても厳しい情勢は大きくは変わっていません。

【ゼレンスキー大統領の苦しい立場:支援国の「支援疲れ」 早期停戦を求めるグローバルサウス 一方で領土解放を求める国内世論】
戦局が膠着すると、ウクライナ国内にも厭戦的雰囲気が広がりますし、これまでウクライナを支援してきた国にも「支援疲れ」が表面化します。特に、最大支援国アメリカが問題です。 更に、グローバルサウスのような国際世論も食糧・エネルギーに影響する戦争に対し「いい加減してくれ」といった方向に向かいます。、

そうした事情があるからこそ、ゼレンスキー大統領も「成果」を求めているのでしょうが・・・。

一方で、ウクライナ国内には領土解放を求める声が強く、中途半端な妥協にによる停戦も難しいところで、ゼレンスキー大統領も苦しい立場です。

****G20首脳宣言でウクライナにとって最大の誤算は? ゼレンスキー大統領の引くに引けない苦しい事情****
G20首脳宣言について「誇るべきものは何もない」
(中略)インドのニューデリーで開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)は9月9日に首脳宣言を採択したが、ウクライナ戦争に関する記述は昨年よりも後退した内容だった。

ロシアの侵略を強く非難し、ロシア政府に軍の撤退を求めた昨年の首脳宣言とは異なり、ロシアへの非難には言及されず、領土獲得を目的とした武力による威嚇や行使を控えることを求める内容に留まった。

「ロシアの侵略から世界を守っている」と主張するウクライナ政府はG20宣言について「誇るべきものは何もない」と切り捨てた。日本を始め西側メデイアも同じ論調だが、筆者は「この宣言こそが国際社会の総意なのではないか」との思いを禁じ得ないでいる。

西側色が強いG7とは異なり、G20は「グローバルサウス」と呼ばれる発展途上国の国々が多く参加している。彼らが求めているのはロシア打倒ではなく、自国に多大な打撃を及ぼしているウクライナ戦争の一刻も早い停戦だからだ。

ゼレンスキー氏が停戦に踏み切れない事情
ウクライナにとってのさらなる誤算は、同国に対する最大の支援者である米国がこの宣言を容認したことだ。

ウクライナ問題でG20の議論を膠着させるよりも、中国を封じ込めるためにインド太平洋地域との結びつきを強化したい米国は、このサミットを外交的な成功としたいインドのナレンドラ・モディ首相に花をもたせたとの指摘がある(9月12日付クーリエ・ジャポン)。

「中国への対抗」という点で米国とインドの利害が一致したわけで、米国は戦略の軸足をロシアから中国に移行させようとしているのかもしれない。

ウクライナが望んでいる「戦場での勝利」が得られず、国際社会での支持が得られなくなれば、「そろそろ停戦の潮時だ」という声が高まるのは当然の流れだ。ゼレンスキー氏にとって望ましくない展開であるのは言うまでもない。

ゼレンスキー氏には停戦に踏み切れない事情がある。
独日曜紙「ビルド・アム・ゾンターク」(日刊紙「ビルド」の姉妹紙)は9月10日、ウクライナ世論調査機関「民主計画財団」に依頼した調査の結果を報じた。それによると、ウクライナ市民の90%が「ロシアが占領している地域をすべて奪還できる」と確信している。ロシアとの交渉についても63%が拒否し、賛成したのは30%に過ぎなかった。

ウクライナ政府は国民の期待に反するロシアとの停戦交渉を口にできないことから、この戦争は来年以降も続く可能性が高まっている。(中略)

ウクライナ支援国の間でも悲観的な見方が
ウクライナ政府は反転攻勢の成果を強調しているが、はたしてそうだろうか。 欧州で最もウクライナ支援を明確にしている英国でも、「反転攻勢は失敗しつつある」との見方が増えている。

英国立防衛安全保障研究所は9月4日に発表した報告書で、「ウクライナ軍は装備に大きな損失を被っている。欧米諸国が提供する訓練も彼らの戦闘に適していない。反転攻勢を急いだせいで持続不可能なレベルに達している」と悲観的な見方を示した。

英BBCも8月30日、ウクライナ東部前線の状況について「米当局は『ウクライナの戦死者が大幅に増加している』と推定している」と報じた。

兵役を逃れて多くのロシア人が国外に脱出する現象を西側メディアがたびたび報じているが、ウクライナでも同様の事態が発生している。

(中略)徴兵逃れに関する組織的な汚職も蔓延しており、ウクライナ検察は8月下旬、200以上の徴兵事務所を一斉捜索した。 軍で相次ぐ汚職事件の監督責任を問われ、戦時中にレズニコフ国防相が解任されるという異常事態も発生しており、ウクライナ軍の士気が下がっているのは間違いないだろう。

一方、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の政権基盤は揺らいでいないようだ。

戦時経済体制を確立しつつあるロシア
(中略)ロシアが西側諸国の制裁を回避する形で兵器の生産を拡大していることも明らかになっている。9月13日付の米紙「ニューヨークタイムズ」は、「ロシアの砲弾の年間生産能力は欧米の7倍に匹敵する200万発に上り、戦車の生産能力も侵攻前の2倍に達しており、冬に向けてウクライナへの攻撃が激化することが懸念される」と報じた。

西側の軍事支援頼みが続くウクライナに対し、戦時経済体制を確立しつつあるロシア。 戦争が長期化すればするほどウクライナは国力を毀損し、国の統一すら危うくなるのではないかとの不安が頭をよぎる。G20宣言が求める早期停戦は、ウクライナの将来にとっても必要なことなのだ。

西側諸国もこれまでの方針を転換し、ウクライナ政府にロシアとの停戦交渉の再開を強く求めるべきではないだろうか。【9月20日 藤和彦 デイリー新潮】
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ロシアが今後、なりふりかまわず「戦争」を本格化させれば、その体力差はいかんともし難いものがあります。

国際世論の微妙な変化は、19日に行われた国連総会でのゼレンスキー大統領演説への反応にも見られました。

****“熱気欠いた?”ウクライナの国連演説 バイデン大統領の“表と裏"…「支援疲れ」指摘されるなか****
(中略)
■バイデン大統領の本音は"ロシアとの和平交渉"?
有働由美子キャスター 「NNNがゼレンスキー大統領に国連出席初日の感想を聞いたところ、『Very good!』と言っていたんですが、今年の国連総会には、去年のような熱気はなかったということなんです」

「去年、ゼレンスキー大統領はリモートで参加し、演説が終わると各国の代表からはスタンディングオベーションが起こりました。それが今年は直接対面で訴えたにもかかわらず、演説終了後の拍手の時に立ち上がっていた人は見当たりませんでした。“支援疲れ”という問題も指摘されていますが…」

小栗泉・日本テレビ解説委員長 「鍵を握るのが、アメリカのバイデン大統領です。今回、どうやら"表向き"と、“裏テーマ”があるようなんです。まず表向きは『ウクライナとともにロシアの侵略に立ち向かおう!』と強い言葉で各国に支援を呼びかけていました」

「本音では、ゼレンスキー大統領に『早くロシアと和平交渉をしてほしい』と思っているというんです。そのため、今回の裏テーマは、ゼレンスキー大統領にアメリカ国内政治の現状をよく見て、戦争が長引いてしまうことについて考えてもらうことだと、アメリカ政治に詳しい明海大学・小谷哲男教授は話します」

■「追加支援」共和党下院の強硬派が反対
(中略)
小栗解説委員長
「ポイントは2つあります。まずは、アメリカ議会の動きを見ていきます。まさに今、バイデン大統領はウクライナへの240億ドル(約3.5兆円)もの追加支援を議会に要求しているんですが、共和党下院の強硬派は反対しています。議会で予算がまとまらず、政府機関の閉鎖にまで追い込まれる可能性がちらついているんです」(中略)

■来年秋に大統領選 トランプ氏が…?!
小栗解説委員長 「そしてもう1つが、来年秋のアメリカ大統領選挙です。共和党はトランプ前大統領が候補になる可能性が高く、(日本の)ある外務省幹部は『トランプ氏は選挙キャンペーンで、“ウクライナ支援にいくら使うんだ。大事なのはアメリカ国民の生活だ”などと必ずバイデン大統領を批判してくるだろう』と指摘しています」

「小谷教授は『もしトランプ氏が返り咲けばウクライナ支援の継続は基本的に考えないだろうし、ロシアに有利な交渉をするのは間違いない』とみています」

「それだけにバイデン政権としては、来年夏までに一定の戦果をウクライナがあげて、ロシアとの和平交渉が始まるのが望ましいというのが本音だというんです」(後略)(9月20日放送『news zero』より)【9月21日 日テレNEWS】
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アメリカ世論がウクライナ支援に厳しい見方をしていることは、これまでも取り上げてきました。

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CNNニュースの8月の世論調査では、「議会はウクライナ支援のための追加資金を承認すべきではない」と55%の人が回答した。 さらに、51%が「ウクライナに十分な支援をした」と答え、「もっと支援すべきだ」の48%を上回った。

野党・共和党の支持者では、「追加の資金援助を控えるべきだ」との回答が71%にのぼる。
世論を背景に、共和党の大統領候補の1人で過激な発言で支持を集めているラマスワミ氏は、ウクライナ支援の取りやめを公言している。

さらに、ゼレンスキー氏が自国の選挙を実施するためにアメリカに追加資金を要求したことを「選挙ゆすり野郎」とこき下ろし、「アメリカに対する新たなレベルの恐喝だ」と痛烈に批判した。【9月21日 FNNプライムオンライン】
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支援国内部でも不協和音が。ポーランドはこれまで対ロシア強硬論急先鋒の立場でウクライナへの支援を行ってきましたが、ウクライナ産穀物の陸上輸送をめぐり、ウクライナと揉めていることは一昨日ブログでも取り上げたとおり。

今回の国連総会でのゼレンスキー演説での「連帯を示しているように見えるが、実際にはロシアを間接的に手助けしている」といったポーランド批判に、ポーランド首相が「ウクライナへの武器供与は行わない」と反発する事態にもなっています。

戦局の停滞、国際世論の風向き・・・ウクライナ・ゼレンスキー大統領への“逆風”の兆しが強まっているように見えます。

【「戦場での勝利」以上に難しいロシアの“やり得”を許さない停戦協議】
ただ、ものごとは全て“退くとき”“事態を収拾するとき”が一番難しい。
仮に、停戦交渉にゼレンスキー大統領がしぶしぶ向かうような事態になった場合、ロシアの軍事進攻が“やり得”のような形にならないように収める必要があります。 ロシアの「成功体験」になってしまうと、次は中国が・・・という話にも。

停戦交渉でロシアにそういうポジションを取らせるのは、「戦場での勝利」以上に難しいかも。そのためにはやはり戦場での成果が必要。そのためには支援する国々も今が正念場ということにも。
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