(与党AKPの牙城であるトルコ中部コンヤで開かれた国民民主主義党(HDP)の集会で笑顔を見せるデミルタシュ共同党首(中央)=27日(共同)【5月31日 47NEWS】)
【与党:初の過半数割れの予想も】
トルコのエルドアン大統領が、6月に行われる総選挙で与党が勝利して大統領権限を強化した政治体制への移行へ道を開くことを目指しているという話は、5月11日ブログ「トルコ 6月総選挙大勝で憲法改正・大統領権限強化を目指すエルドアン大統領」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150511)で取り上げました。
(なお、上記ブログをアップした際、“6月”を誤って“7月”としていました。失礼しました)
エルドアン大統領が目指している議席数は憲法改正を問う国民投票が可能となる330議席ですが、選挙を1週間後に控え、330議席どころか過半数割れの懸念も出てきているようです。
****大統領制移行狙う与党苦戦=総選挙まで1週間―トルコ****
6月7日のトルコ総選挙(国会定数550)まで1週間。2002年以来単独政権を維持する与党・公正発展党(AKP)は、エルドアン大統領が唱える「実権型大統領制」導入のための憲法改正に必要な330議席以上の獲得を狙う。しかし、初の過半数割れの予想も出るほどAKPは苦戦しており、巻き返しに必死だ。
「もしトルコに大統領制があったなら、今よりも発展していただろう」。今月25日、首都アンカラで行われたシンクタンクの会合でエルドアン氏は熱弁を振るった。
昨夏、同国で初めて国民の直接投票で大統領に選ばれ、首相から転身したエルドアン氏は、現行の議院内閣制から実権型大統領制への移行を訴える。【5月30日 時事】
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選挙の帰趨を決定するのは、少数民族クルド人中心の左派政党である国民民主主義党(HDP)の動向のようです。
支持を大幅に伸ばしているこのクルド系政党が得票率で10%を超えると60議席ほどを獲得することになり、一方10%を下回ると、足きり制度で議席ゼロになる・・・ということで、与党AKPの議席に大きく影響します。
【5月25日 ロイター】が報じた世論調査では、“(HDPの)得票率は、議席数確保に必要な水準を上回り、10.4%に達するとみられる”ということで、ふたを開けてみないとわからない微妙なところです。
なお同調査では、与党・公正発展党(AKP)は得票率は41%とのことです。AKPの得票率は、前回2011年が51%は、2007年は47%、2002年は34%でした。
****【トルコ総選挙まで1週間】クルド政党が台風の目 大統領与党過半数割れも****
6月7日に投開票されるトルコ総選挙まで31日で1週間。
少数民族クルド人中心の左派政党、国民民主主義党(HDP)が長期単独政権を維持する与党、公正発展党(AKP)を過半数割れに追い込む「台風の目」になるのではないかとの観測が飛び交っている。
結果は強権的なエルドアン大統領の政治的命運を左右しかねず、選挙戦は緊張感を増している。
「政権は毒されている。ブレーキをかけるときだ。国民はエルドアンを王様にするためにAKPに投票したのではない」
HDPのデミルタシュ共同党首(42)はAKPの牙城、中部コンヤの広場で開かれた党集会で声を張り上げた。保守的な土地柄でイスラム色が強いAKPの地盤だが、広場は約2万人のHDP支持者の熱気で包まれた。
HDPは今回、初めて単独政党として選挙戦に臨んだ。総選挙には「阻止条項」と呼ばれる規定があり、政党が議席を獲得するには全国平均の得票率が10%を超えることが第一条件だ。
クルド政党の得票率は従来6~7%といわれ、10%のハードルは高い。10%を超えれば約60議席への躍進が見込まれるが、超えなければ全員が落選、議席はほぼすべてAKPに流れる見通しだ。
「今回の選挙にはかつてない希望がある」。南東部ディヤルバクルでクルド人女性のディルフィキャル・ドーエルさん(42)は声を弾ませた。
クルド人はトルコ、シリア、イラク、イランにまたがる山岳地帯に暮らす少数民族。トルコでは南東部に多く、歴代政権から「存在を無視されてきた」(HDPの候補者)。開発から取り残され、分離独立を目指す激しい武装闘争を繰り広げた時代もある。
2002年に政権の座に就いたAKPは融和政策を進めてクルド人からも支持を得ていたが、シリア内戦の対応をめぐってエルドアン氏が「シリアのクルド人を見捨てた」との失望感がクルド人社会で広がり、AKP離れが進む。
HDPは民族主義政党の流れをくむが、クルド色を薄め、女性の社会進出や少数派全般の権利拡大を訴える。デミルタシュ氏は昨年8月の大統領選でも健闘し、リベラル層に浸透してきた。
世論調査でHDPの得票率は9~11%台を推移。野党の共和人民党(CHP)、民族主義者行動党(MHP)には及ばない見通しだが、ネットメディアではAKPが過半数割れするとの予測も。今回の総選挙は「トルコの転換点」(クルド人ジャーナリスト)になるとの見方も出ている。【5月31日 47NEWS】
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クルド系政党の国民民主主義党(HDP)が「台風の目」になる選挙情勢を受けて、「事件」も起きています。
****クルド系政党事務所で爆発=2カ所同時、選挙妨害目的か―トルコ****
トルコ南部の2都市で18日、クルド系政党の国民民主主義党(HDP)の事務所を狙った爆発がほぼ同時に起き、少なくとも6人が負傷した。トルコでは6月7日に総選挙を控え、緊張が高まっている。
4月にも、首都アンカラにあるHDPの本部が襲撃される事件が起きた。今回の選挙では、HDPが議席獲得条件の得票率10%を超えるかどうかが焦点の一つ。HDPが議席を獲得すれば、エルドアン大統領が目指す改憲に必要な議席数を与党・公正発展党(AKP)が獲得するのは難しくなる可能性がある。
18日の事件は、南部アダナとメルシンのHDP事務所に届けられた小包と花束がそれぞれ爆発したもようだ。
ロイター通信によると、HDPは「エルドアン大統領、ダウトオール首相、AKPの党員らの政治責任だ」と主張、選挙活動の妨害を狙った攻撃だと批判した。一方、ダウトオール首相も「この攻撃を強く批判する」と表明している。【5月18日 時事】
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与党側が組織的にこうした事件を起こすメリットはあまりないように思えますので、選挙情勢に苛立った与党支持者の暴発でしょうか。
【コバニ争奪戦でエルドアン氏は「シリアのクルド人を見捨てた」】
トルコではクルド人の独立国家を目指す武装組織PKKと関連がある政治勢力の活動は厳しく制約されていますが、上記【5月31日 47NEWS】にもあるように、もともとはクルド人は与党AKPの支持基盤でもあり、エルドアン氏もそれを意識して、クルド語を公用語のひとつとし、クルド語・クルド文化の教育を認め、クルド語のTV局も認めるといったクルド人の権利拡大政策でクルド票の取り込みを行ってきました。
その流れが変わったのが、2014年後半に起きたシリアのトルコ国境近いアイン・アル=アラブ(クルド名:コバニ)の争奪戦でした。
当時コバニを実効支配していたのはクルド人の反政府武装勢力クルド人民防衛隊 (YPG)でしたが、イスラム過激派ISがコバニを包囲し、一時は陥落寸前まで追い込まれました。
このとき、トルコ領内のクルド人は同じクルド人勢力が死守するコバニ支援を求めましたが、トルコ・エルドアン氏は、YPGがPKKと関係が深く、コバニを支援することは国内でのPKKの活動を刺激する懸念があるため、コバニのクルド人勢力を見殺しにするような消極的対応を取りました。
結局、IS対応を優先するアメリカに押し切られる形で、トルコはコバニ支援に向かうイラクのクルド自治政府兵士のトルコ領内通過を認めることになり、そうしたクルド人社会の支援・アメリカの空爆もあって、2015年1月にコバニのクルド人勢力はIS撃退に成功しました。
このことはトルコ・シリア・イラク・イランにまたがる「独自の国家を持たない世界最大の民族集団」クルド人の一体感を高めると同時に、「エルドアン氏がシリアのクルド人を見捨てた」との失望感がクルド人社会で広がることにもなりました。
エルドアン大統領が強権的姿勢を強めていることも、コアなエルドアン支持勢力以外でのエルドアン批判を強めています。
そんなこんなで、今回選挙でクルド系国民民主主義党(HDP)の台頭がある訳ですが、クルド系政党が議会内で大きな影響力を獲得した場合、また、与党AKPが過半数を獲得できなかった場合、トルコ内外への影響も考えられますが、HDPの得票率が議席獲得に必要な10%前後と微妙な段階ですので、その後の話は選挙結果を見てからの方がいいでしょう。