(中国が命運をか賭ける「一帯一路」構想【9月27日号 Newsweek日本版】)
【一定の成果も出始めた4年目の「一帯一路」】
中国・習近平主席が2013年9月7日、カザフスタンの首都アスタナにあるナザルバエフ大学で「協力して『シルクロード経済ベルト』を構築しよう」と呼び掛けてから3年が経過しました。
****新シルクロード、4年目の現実****
・・・・先月に北京で聞かれたシンポジウムで習は、100を超える国と国際機関が一帯一路構想への参加を表明したと報告。中国との政府間協力に正式合意した国も34あるという。
これらの合意には中国の莫大な資金が投じられている。中国メディアによると、中国企業は昨年、陸と海のシルクロード上にある49力国に150億ドル近くを投資。今年1~4月にも49億1000万ドルを追加投資した。
中国商務省の発表では主要な投資先はシンガポール、カザフスタン、ラオス、インドネシア、ロシア、タイだ(順不同)。
プロジェクトヘの参加希望は多い。「昨年にはルート上の60力国が中国企業と合計3987件の請負契約を締結。契約額は926億4000万ドルで、中国の外国での契約の44.1%を占める」と、商務省の広報官は今年1月の記者会見で語った。
ただし、この数字は一帯一路上の国々への投資額を合算したもの。必ずしも中国政府が一帯一路構想で公式に掲げたプロジェクトとは限らない。
ちなみに、そうしたプロジェクトの多くは鉄道や幹線道路の建設、ガスや石油パイプラインの敷設といったインフラ整備事業や、中国企業に特権を与える「経済特区」の開発だ。
以下、中国からヨーロッパに至る「シルクロード経済ベルト」のルートをたどり、習の発表から3年たった今、どのように前進したか、どのような障害にぶっかっているかを検証してみたい。
(カザフスタン、パキスタン、イラン・カフカス・トルコ、ヨーロッパ、ロシアの各地域ごとに、具体的プロジェクトに関する分析がありますが、引用は省略します)
総合すると、習主席の誇る一帯構想の成績表には○も付けば×も付く。もちろん、個々のプロジェクトに困難が伴うからといって、一帯構想のすべてを失敗と断ずるのは間違いだ。
確かに、これまでいくつかの挫折はあった。60力国以上に広がる何兆ドルもの巨大プロジェクトなのだから、予想外の障害は付き物だ。
だが規模が大きいだけに、中国はすべてのプロジェクトを成功させなくてもいい。計画した事業のごく一部(アナリストたちは10%程度とみている)でも完成させれば、中国政府が「成功」と呼ぶには十分だろう。
構想の発表からわずか3年だが、一定の成果は挙げている。いくつかのパイプラインや鉄道、道路は完成したし、これから完成するものもある。
そもそも、一帯一路は10年(あるいは数十年)がかりの壮大なプロジェクトだ。習近平が最高指導者の座を降りる22年までに21世紀版シルクロードの形が見え始めていれば、それで合格とすべきだろう。【9月27日号 Newsweek日本版】
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省略しましたが、比較的順調に推移しているプロジェクト事例として、中国とトルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンを結ぶ天然ガスパイプライン、中国・浙江省とイラン・テヘランを結ぶ「シルクロード鉄道」などがあげられています。
一方、今後の困難さを示す事例として、イギリス・ヒンクリーポイントの原子炉建設計画をメイ首相が保留した件があげられていますが、この件はすでにゴーサインが出ています。
****中国出資の英原発、ひそかに調印式 ヒンクリーポイント、英仏閣僚らが参加****
英南西部ヒンクリーポイントでフランス電力(EDF)が主導で、中国企業が出資する原発建設の調印式が29日、ロンドンで行われ、英仏政府、中国企業の代表が合意文書に署名した。
ロイター通信によると、非公開で行われた調印式にはクラーク英エネルギー相やフランスのエロー外相、約180億ポンド(約2兆4000億円)の建設費の3分の1を出資する中国国有原発大手「中国広核集団」(CGN)の代表が出席した。
「中国広核集団」が出資することから安全保障上の懸念が高まり、7月に就任したメイ首相が承認を延期したが、中国との経済関係を維持する「現実的判断」を下して15日に外資を規制する条件付きで最終承認した。2025年に発電開始予定で、英国での原発の新設は約20年ぶりとなる。
計画はキャメロン前政権が13年に発表。フランス原子力大手アレバの次世代型原発欧州加圧水型原子炉(EPR)2基を建設、英国の電力需要の7%を供給する。前政権は、東部ブラッドウウェルとサイズウェルでも中国製の原子炉導入で合意しており、安全保障上の懸念が指摘される。【9月30日 産経】
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【参加国でADBを上回るAIIB 人民元は国際通貨に】
一方、「一帯一路」を資金面で後押しするのが中国主導の国際的な金融機関のAIIB=アジアインフラ投資銀行ですが、8月末にカナダが新たに参加申請することを決めたため、G'7で参加しないのは日本とアメリカだけになっています。
また、新たな参加申請国は20か国以上とのことで、参加国数で日本・アメリカが主導するADB=アジア開発銀行を上回る見通しです。
また、中国の通貨、人民元がアメリカのドルやユーロなどとともに世界の主要な通貨として来月1日からIMF=国際通貨基金の特別な資産(SDR)に組み入れられることになり、人民元が世界の主要な通貨に位置づけられることになります。さらに、組み合わせの配分で、人民元は円などを抜き、ドル、ユーロに次いで3番目となります。
****AIIB 20か国以上参加申請か 日米主導のADB上回る見通し****
中国が主導する国際的な金融機関のAIIB=アジアインフラ投資銀行は、30日、新たに参加を希望する国の申請の期限を迎え、これまでに20か国以上が参加を申請したものと見られ、最終的なメンバーの数は、日本などが主導するADB=アジア開発銀行を上回る見通しです。
AIIBは、アジアのインフラ建設を支援するため中国が主導して去年設立され、アジアの途上国のほかイギリスなどの先進国を含む57か国が加盟していますが、日本やアメリカは運営の透明性など、国際的な金融機関にふさわしい基準を満たしているのか注視するとして参加していません。
こうした中、AIIBは30日、新たに参加を希望する国の申請の期限を迎え、今のところ公式の発表はありませんが、これまでにG7=主要7か国のカナダなど20か国以上が参加を申請したものと見られます。
AIIBでは来年初めまでにこれらの国々を正式に承認する方針で、最終的なメンバーの数は、日本やアメリカが主導し、67の国と地域が加盟するADB=アジア開発銀行を上回る見通しです。
北京に本部を置くAIIBは、初代総裁を中国の金立群元財政次官が務め、最大の出資国の中国が増資などの重要な案件を1国だけで否決できる事実上の拒否権を持つなど、中国が大きな影響力を持っていてメンバーの増加で国際社会での中国の存在感が一段と高まることも予想されます。
専門家「人民元使った融資や投資増やす」
AIIB=アジアインフラ投資銀行と中国の通貨・人民元との関係について、専門家は、人民元が世界の主要な通貨に位置づけられたことで、中国が主導するAIIBが今後、人民元を使った融資や投資を増やす、という見通しを示しました。(中略)
篠原氏 日本は波に乗り遅れないほうがいい
AIIB=アジアインフラ投資銀行への日本の対応について、財務省の財務官やIMF=国際通貨基金の副専務理事などを歴任した篠原尚之氏は、「AIIBは従来からあったIMFとか世界銀行などに代表される戦後の国際金融システムへの1つのチャレンジであるわけで、日本は古いほうのシステムにこれまで乗ってきた訳だが、新しいほうの仕組み、メカニズムがだんだん大きくなってくる。その波に乗り遅れないほうがいいと思う」と述べました。
そのうえで篠原氏は「現状を考えると、中国が入ってくれと言ってきても入りますとはなかなかならないだろう。しかしAIIBの参加国がこれだけ増えて、これから融資量も増えていく中で、日本がこれを無視し続け、敵対していくというのは必ずしも得策ではない」と述べ、日本がAIIBに入る、入らないは別にしてアジアでのインフラ整備でどう協調していくか考えていく必要があるという認識を示しました。
また、篠原氏は「東南アジアの国などから話を聞くと、日本と中国が、それぞれ競い合う状況が望ましいと感じている。中国だけが優位に立たれては困ると多くの国が思っており、日本は、もう少し努力して、プレゼンスを高める方法を考えていかなければならない」と述べました。
そして、アジアで中国に対抗していく観点からも、日本の民間企業がアジアでの投資やビジネス展開をさらに活発化させるよう、政府は、民間の海外投資を後押しする支援策などを考えるべきだと指摘しました。
一方、中国の通貨・人民元が1日からアメリカのドルや日本の円などとともに世界の主要な通貨として、IMFのSDRと呼ばれる特別な資産に組み入れられます。
これについて篠原氏は「人民元がSDRに入るということは象徴的な意味しかなく中国が世界第2の経済大国になり人民元の取り引きが増えてきていることを追認したにすぎない。われわれが期待しているのはSDR入りを1つのきっかけに中国自身が金融のさらなる自由化を進めることだ」と述べ、中国に改革の加速を促しました。
そのうえで篠原氏は「中国は人口が日本の10倍以上で経済規模も日本を上回っていて、そういう国と経済的に対等に戦う、という概念をもつことに意味はない。大きなマーケットが横にあるのだからこれを利用しない手はなく、勝つ、負けるというのではなくどうやったら日本のためになるかを考えるべき」と述べました。【9月30日 NHK】
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なお、7時のNHKニュースでは、篠原尚之氏の発言の前半部分「その波に乗り遅れないほうがいいと思う」「無視し続け、敵対していくというのは必ずしも得策ではない」などは割愛され、「入らないは別にして・・・・」以降が流されていました。何か意図があってのことでしょうか。
なお、AIIBに関しては、モンゴルが融資を求めていることが報じられています。
モンゴルは厳しい経済危機に見舞われており、通貨ツグリクの下落が続き、パニックを起こしたモンゴル市民はブラックマーケットの米ドルや人民元に殺到、外貨不足が日に日に深刻化しているとも報じられています。
****モンゴル、中国主導のAIIBに融資求める、中国・欧州とつながる鉄道建設事業―英メディア****
2016年9月20日、環球網は、「中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に対し、モンゴルが融資を求めている」と報じた。
英BBCの報道として伝えたもので、モンゴルは長さ550キロメートルの新路線を含む複数の鉄道プロジェクトを推し進め、中国と欧州とつながる鉄道網を整備したい考え。これにより外資の呼び込みや貿易促進を目指す。融資の額についてモンゴルは明らかにしておらず、AIIBもコメントを控えている。
モンゴルは中国の国境と世界最大級の炭鉱タバントルゴイを結ぶ鉄道建設にこれまで2億ドル(約205億円)を投じてきたが、交通当局関係者によると「完成には8億ドル(約820億円)必要」。AIIB以外の機関などと融資計画について協議を行う考えも明らかにしている。
5年前は経済の2桁成長を実現したモンゴルだが、近年は苦境に陥っている。中国とは2014年に全面的戦略パートナーシップを確認し、AIIBにも創設メンバーとして加わっている。【9月22日 Record china】
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【日本で根強いAIIBに否定的な見方】
中国との対抗意識が強い日本では、AIIBや国際通貨としての人民元については否定的な見方が多くあります。
****悪あがき中国、さらなる暴走も AIIB、G20前にカナダ取り込みで先進国分断する狙いか****
新たにカナダが加盟申請を決めた中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)。9月4~5日に浙江省杭州で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会合を前に、経済面でのリーダーシップのアピールに必死の習近平政権だが、AIIBは今後さらに暴走する懸念も指摘されている。
中国中央テレビは、中国を訪問中のカナダのトルドー首相が8月31日、北京で習主席らと会談し、参加の意向を伝えたと報じた。
両国をめぐっては、6月に王毅外相がカナダを訪問した際、カナダ人記者に中国の人権問題を指摘され、激高するという失態を犯している。そのカナダに経済的メリットをちらつかせてAIIBに取り込んだ形だ。
カナダの加盟申請により、先進7カ国(G7)でAIIBへの加盟を見送っているのは日本と米国の2カ国となった。中国が先進国を分断する狙いもうかがえる。
中国としては、G20で中国の東シナ海や南シナ海での軍事的覇権が議題となって議長の習主席が矢面に立つことはなんとしても回避したいところだ。そのため関心を経済問題に集中させようと躍起になっている。【9月2日 産経ニュース】
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****世界中で存在感失う「人民元」 名ばかり「国際通貨」 習氏の野望に暗雲****
国際通貨とは名ばかりの人民元。習近平主席の思惑は外れている
中国当局が人民元を大幅に切り下げた「人民元ショック」から1年が過ぎたが、その後も人民元は下げ止まらない。ドル、ユーロに続く「第3の通貨」にのし上がるのが習近平国家主席の野望だったが、市場で人民元離れが加速し、決済シェアはカナダドルすら下回る6位に。「国際通貨」とは名ばかりの存在になっている。(後略)【8月19日 夕刊フジ】
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ただ、こうした論調は、自分たちに都合のいい面だけを強調し、全体的な流れを見失っているようにも見えます。
まるで、北朝鮮や中国がアメリカ・日本を批判するときの“意固地さ”と同類のようにも。
中国経済が今後パニック状態を起こすのかどうかは定かではありませんが(そうした話は10年以上昔から絶えず言われていますが・・・)、少なくとも現在までの流れを冷静に見ると、中国の経済的存在感の拡大、それを背景とした政治的存在感の拡大は否定できないところです。
日本としても中国との対抗一辺倒でいいのか・・・考えてみる必要があろうかと思います。
「中国は人口が日本の10倍以上で経済規模も日本を上回っていて、そういう国と経済的に対等に戦う、という概念をもつことに意味はない。」(前出 篠原氏)
【軍事・経済力などハードパワーではなく文化などソフトパワーを活用】
中国との関係に悩むのは日本だけではありません。
韓国はTHAAD配備で中国との関係が悪化しています。ベトナム・オーストラリアも経済的依存度と安全保障のバランスをどうするのかで揺れています。
南シナ海問題で中国と対峙してきたフィリピンのドゥテルテ大統領などは、何かと小うるさいアメリかとの関係よりは中国との関係に期待しているようです。
****人権で衝突もAIIBで協力する中国-ノルウェーのように…韓国も2トラック外交を(1)****
中国と外交的対立を経験した国は少なくない。日本や米国のほかノルウェーとも中国は人権問題で対立した。
2010年、ノルウェーノーベル平和賞委員会が反体制作家の劉暁波氏を受賞者に決定すると、中国は報復措置としてノルウェー産サケの輸入を禁止した。中国の報復性禁輸措置は今も進行中だ。
しかしノルウェーは2013年、中国に北極評議会のオブザーバー資格を与えた。中国も昨年、ノルウェーのアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設メンバー入りに協力した。両国は人権問題では衝突したが、経済分野では協力する2トラック外交を見せている。
南シナ海領有権問題をめぐる中国とベトナムの摩擦も現在進行形だ。2014年5月、ベトナムが領有権を主張する南シナ海パラセル諸島近隣に中国が石油ボーリング装備を設置すると、ベトナムの哨戒艦が出動し、中国の軍艦と衝突した。ベトナム警備隊員が負傷し、その後、ベトナムの反中デモ隊が中国人が所有する自国内の工場を襲撃して火をつけるなど両国国民の感情は激化した。これに対し中国は2カ月後、静かに石油ボーリング設備を撤収した。翌年の2015年、両国首脳は相互訪問し、経済協力の拡大を約束した。
高高度ミサイル防衛(THAAD)体系配備決定後の韓中関係にもこうした接近法が適用されるべきだと、専門家らは強調した。キム・フンギュ亜洲大中国政策研究所長は「必要なら敵の前でも笑わなければいけないのが外交」とし「THAAD問題とは別に、対話ができる多様なチャンネルを作り、新しい分野での協力を図る必要がある」と述べた。
専門家らは国家間の葛藤を解消するための根本的方法の一つとして、他国の国民との直接的な接触と関係を構築する「公共外交(public diplomacy)」を挙げた。公共外交とは軍事・経済力などハードパワーではなく文化などソフトパワーを活用し、自国に対してプラスのイメージを抱くよう相手国の国民の心を引くことを意味する。(後略)【9月1日 韓国・中央日報日本語版】
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日本が中国と対抗するのは、尖閣・東シナ海などの領土問題があること、絶えず歴史認識を批判され、反日運動が絶えないこと、人権・民主化などで価値観に相違があること・・・などがあるかと思いますが、「アジアNo1」の座を中国に奪われたくないという対抗意識も強くあるように見えます。
ただ、「アジアNo1」にこだわっても仕方がないところがあります。
日本にも公共外交(軍事・経済力などハードパワーではなく文化などソフトパワーを活用し、自国に対してプラスのイメージを抱くよう相手国の国民の心を引くこと)が求められているのではないでしょうか。
日本を訪れた中国人観光客の日本社会に対する称賛の記事が連日、数多く報じられています。
そうした見方が中国国内でどれだけの影響力をもっているのかは定かではありませんが、10年後、50年後も「日本に行ってみたら、きれいで、安全で、親切で驚いた。とても中国は追いつけない」と言わしめることが重要では。
そうした社会を維持していくうえで、現実外交・経済政策においては、「必要なら敵の前でも笑わなければいけないのが外交」ということで、いかに中国のパワー・勢いを利用できるかを考えた方がいいのでは。