(シリアの首都ダマスカスの市場でパンを買うために列に並ぶ市民。一部地域では食料価格の高騰や買いだめも起きている【8月28日 ロイター】)
【国会が政府の軍事計画を実際に止めたことは過去150年以上なかった】
報道されているように、イギリスは議会の反対でシリア攻撃を断念することになりましたが、このことはイギリス国内における軍事行動に関する権限を変えることにもなったようです。
****英国:「国会へ権限、改憲並み」 シリア攻撃拒否で****
英政府が計画したシリアへの軍事攻撃を国会(下院)が29日拒否したのは英国史上、極めて異例だ。「憲法判断を変えるほどの出来事」との指摘もある。
英外交の歴史的特徴の一つは、軍事力の活用だ。19世紀に始まった植民地主義時代から、国際社会で主権尊重や民主主義、人権などが重視されるようになった第二次世界大戦以降も英国は各地に軍を展開。同大戦以降、英軍が戦闘で人を殺さなかった年は1968年だけとされる。
これまで参戦判断は絶対的に首相にあり、法的には国会承認なしで軍事行動できた。ただイラク戦争を含む多くの事例で政権は参戦承認を受けてきた。
1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)では野党が政府の参戦計画を拒否したが、首相が辞任し最終的には軍を派遣。ノッティンガム大学のカウリー教授(政治学)によると、国会が政府の軍事計画を実際に止めたことは過去150年以上なかったという。
英国には憲法がなく積み重ねられた先例が慣習法として憲法の役割を果たす。ダラム大学のフィリップソン教授(法学)は「今回、国会が政府の軍事計画を止めたことで、議会承認なしの軍事行動は不可能になった。政府から議会へ、憲法改正にも匹敵するほどの権力移譲(パワーシフト)が起こった」と分析している。
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日本にはリーダーシップがなく、欧米に比べ政治決断ができない、あるいは遅いという批判は常々ありますが、裏を返せば、議会などの判断によらず首相や大統領の判断だけで重要事項が決定されていいのか?という話にもなります。
日本的な感覚からすれば、首相の軍事行動開始の決断に議会がまったをかけるというのは、ごく当然のようにも思えますが、イギリス的にはかなり異例のことのようです。
そもそも“英国には憲法がなく積み重ねられた先例が慣習法として憲法の役割を果たす”というのも、日本的には不思議な制度にも思えます。
慣習というのは、一度先例が出来てしまうと全く顧みられなくなり、それまでとは180度流れが変わってしまうこともあります。
日本でも、衆参の議決が異なる場合の衆院の3分の2以上による再議決は、約50年間封印されており(衆参がねじれることがなかった、あるいは、やりたくても衆院で3分の2以上を確保できなかったといった側面もありますが)、07年に約50年ぶりに実施したときは“憲政の常道”云々で大騒ぎしました。しかし、一度手をつけると、その後は当たり前のごとく行われる・・・という雰囲気もあります。
【広まる慎重論】
話をシリアに戻すと、イギリスだけでなく欧州各国での慎重姿勢が目立ちます。
****政府も世論も慎重姿勢****・・・
ドイツでは、テレビ局ZDFの世論調査で、回答者の58%が軍事介入に反対。欧米諸国はシリアを攻撃すべきだと答えたのは33%だった。
米英仏3か国の政府はこれまで先頭に立って軍事行動を呼び掛けてきたが、フランスでは世論が二分している。2つの世論調査の結果では、「国連決議があれば」という条件を付けても、賛成する回答は55%、45%にとどまった
イタリアは、2011年のリビア攻撃の際には基地も提供したが、今回は国連安全保障理事会の決議がない限り、あらゆる軍事介入への参加の可能性はないとしている。
オーストリアとスペインでは、政治家やメディアが慎重な対応を訴えており、国連調査団が証拠を提示するまでいかなる行動も起こすべきではないと強く主張している。
また米国の忠実な同盟国であり、イラクやアフガニスタンにも大規模な軍を派遣してきたポーランドさえ、強硬な軍事介入には反対している。
一方、米国の主要な同盟国であるカナダは29日、欧米諸国による軍事介入を支持する意向を表明した。ただし、自国は参加しない方針だという。【8月30日 AFP】
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選挙を控えたドイツ・メルケル首相としては“2002年総選挙で、当初劣勢だった当時のシュレーダー首相が米国のイラク攻撃に反対して支持を集め、逆転した歴史がある”【8月31日 朝日】ということから、動けないでしょう。
こうした情勢に、ロシアは“安保理での国連調査団の報告や、追加調査などを求めて、結論を引き延ばした上で、来月5、6日に関係国首脳が勢ぞろいしてロシアで開かれる主要20カ国(G20)首脳会議でプーチン大統領が武力行使阻止に指導力を発揮する形に持ち込みたい考えとみられる”【8月31日 朝日】と、アメリカを孤立させる方向で外交攻勢をかけています。
国際協調を旗印にしてきたアメリカ・オバマ政権としては苦しい状況ですが、アメリカ国内・議会にも慎重姿勢がみられます。
****シリア軍事介入 米 議会は慎重 大統領と乖離****
オバマ米政権はシリアへの軍事介入も辞さない構えだが、米議会では慎重な対応を求める声も出ている。
大統領は29日、ベイナー下院議長と電話会談し、ケリー国務長官やヘーゲル国防長官らは同日、上下両院の26議員との電話会議で対応策を説明した。
AP通信によると、オバマ政権側は化学兵器攻撃で1300人が死亡したと説明した。情報機関が傍受したシリア政府中枢部での議論の内容や、化学兵器での攻撃に必要な物資が搬送された証拠などを示した。
アサド政権の化学兵器使用は疑いがなく、米国を含む国際社会への脅威だとして軍事行動を含む対応策に理解を求めた形だ。しかし、電話会議後には議員団から「新しい証拠が示されたわけではない」といった不満が出た。
インホフ上院議員(共和党)は「明確な時間軸や戦略、資金の捻出方法の説明がなかった」と批判した。スミス下院議員(民主党)は「何かをやらねばならない、という名目で軍事行動に資金を費やすことは国益を守ることにならない」とし、懲罰目的の対応に疑問を呈した。
28日にはオバマ大統領に対し、アサド政権への対応の前に議会の承認を得るよう求める文書が100人を超える議員の署名を添えて提出された。
軍事介入をめぐって英国だけでなく議会からの支持も得られていない状況で、オバマ大統領は難しい立場に立たされている。【8月31日 産経】
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【「強い確信」とは言うものの・・・】
アサド政権側が化学兵器を使用したという証拠が問題となりますが、オバマ政権は「強い確信」を持っているとのことです。
****シリア化学兵器 米、政権側が使用と断定 報告書大統領「最終判断まだ」****
米政府は30日、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したことに「強い確信」があるとする報告書を発表した。報告書は化学兵器攻撃で子供426人を含む1429人が死亡したとしている。
これを受け、オバマ大統領は記者団に、米軍などに「幅広い選択肢を検討させている」と述べ、限定的な軍事行動も辞さない考えに変化がないことを明らかにした。ただ、軍事行動のタイミングについては「最終判断は下していない」と述べた。
報告書は、21日に首都ダマスカス郊外で行われたとされる化学兵器攻撃について、少なくとも12カ所にロケット攻撃があり、1429人が死亡、犠牲者の症状や映像、証言などから、神経ガスが使われたとしている。攻撃の狙いは、ダマスカス近郊の反体制派一掃のためだったと説明した。
発射地点はアサド政権支配地域で、3日前から政権の要員がガスマスクを使うなどして準備を進めていたという。また、政権高官が化学兵器攻撃を確認し、国連調査団に証拠を収集されることを懸念する会話も傍受したとしている。
報告書は反体制派が大規模で統制された攻撃を展開した様子はないとして、「強い確信」をもってアサド政権が化学兵器攻撃をしたと断定している。
一方、オバマ氏はアサド政権の化学兵器使用が「国際規範に違反することで米国の安全保障上の利益を脅かしている」と主張。国連安全保障理事会がロシアの反対でシリアへの制裁を打ち出せないことを踏まえ、「国際規範への違反に制裁がないと思われれば、人々は制裁を真剣に受け止めない」として、対応の重要性を訴えた。
報告書の発表を受け、ケリー国務長官は声明を読み上げ、米国の対応をイランや北朝鮮、テロ組織が「注視している」と述べた。軍事行動については、今後も議会と調整を続けることや、米国民が戦争に疲れていることを強調しながらも、「独裁者が大量破壊兵器を使ったことに目をつぶれば、歴史がわれわれに非常に厳しい評価を下すだろう」として支持を訴えた。
また、国連の調査は誰が化学兵器を使用したかを対象にしていないことから、「米国がすでに把握している以上のことは報告できない」と断言した。
ケリー氏は、報告書について、米国の情報機関が繰り返し精査した上でまとめられた内容であることを強調。大量破壊兵器が見つからない中でイラク攻撃に踏み切ったイラク戦争を教訓とし、今回の報告書の信頼性の高さをアピールした。【8月31日 産経】
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政権高官(アサド大統領の弟とも言われています)が化学兵器砲撃を確認したという会話の傍受については、その内容が明らかにされていませんし、国家間の軍事行動の理由として“盗み聞き”というのはいかがなものか?という感もあります。
「強い確信」というのであれば、もっとオープンにして国際社会に訴えてもよさそうですが、できない事情でもあるのでしょうか。
アサド政権側は、アメリカの主張を「テロリスト(反体制派)やインターネット上の情報に基づいており、虚偽と粉飾に満ちている」と批判しています。
これまでも、シリア内戦に関する政府軍側の犯行として流布されてきた写真・情報に、反政府側のねつ造があったというのは広く言われているところですから、今回のアサド政権側の批判も一定に考慮する必要があります。
【アサド政権の後に来るものは?】
イギリスなどの方針変更・慎重姿勢のなかで、フランス・オランド大統領は攻撃参加の方針を変えていません。
リビア空爆を主導し、またマリ軍事介入を即断して現地で歓迎された成功体験でしょうか。
****シリア軍事介入 仏 影響力確保・国際支持狙う****
フランスのオランド大統領はシリアへの軍事介入に加わる用意があることを確認し、米国を後押しする姿勢を鮮明にした。イラク戦争には反対したが化学兵器の使用は人道上、許されない行為として見逃さない態度を貫く構えとみられる。
フランスは過去、シリアを委任統治下に置いた経験があり関係が近い。昨年、結成されたシリア反体制派組織に対しては「唯一、正統なシリア人の代表」と欧州で最初に認めるなど支援に積極的な姿勢を見せ、将来の影響力確保を狙っているとも指摘された。
ただ、軍事介入の目的についてはアサド政権打倒ではなく、限定的な攻撃による制裁と主張。オランド氏はその理由を「化学兵器の使用が拡大し、他国も危険にさらす」からだとし、「仏は制裁のために適当な能力を持つ数少ない国の一つだ」と語った。
オランド氏は1月にマリへの軍事介入を即断し、国際社会や国内で支持を集めた。シリア介入に関して世論は否定的だったが、ロイター通信は、英国が不参加に転じたことが軍事介入への義務感を高めた可能性があるとの外交筋の見方を伝えた。【8月31日 産経】
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フランス世論については、“英国が不参加に転じたことが軍事介入への義務感を高めた可能性”はよくわかりませんが、基本的には慎重姿勢が強いようです。
****シリア攻撃:フランス世論は軍事介入反対****
米仏両国によるシリアのアサド政権に対する攻撃が迫る中、フランス国内の世論は軍事介入反対に大きく傾いている。西アフリカのマリへの1月の軍事介入では支持が多数を占めたのとは対照的だ。シリアの不安定化がイスラム過激派勢力伸長につながるとの懸念などが背景にある。
仏世論調査会社BVAが29、30日に実施した最新の調査結果では、64%がフランスの軍事介入に反対と回答し、賛成の34%を大幅に上回った。別の世論調査会社が今週前半行った調査より反対の割合が増えている。
反対理由として最も多かったのが「シリアの不安定化がイスラム(過激)主義政権(樹立)につながるリスク」(37%)で、「近隣地域全体を不安定化させるリスク」「国際社会全体の決定が必要」を上回った。シリア反体制派の中にイスラム過激派が含まれ、攻撃が過激派を利するとの懸念が表れた形だ。
マリへの軍事介入時には世論調査で65%が支持した。当時はマリ北部を制圧したイスラム過激派勢力の伸長によるマリ全体のテロ温床化が指摘され、地理的に近い欧州全体の危険につながるとの懸念があったためだ。
一方、最大野党、国民運動連合のフィヨン前首相は30日、仏南部の遊説先でオランド政権の軍事介入姿勢について「冷静な判断が求められる。同盟国であっても軽率に他国に追従すべきではない」と批判し、「ロシアと十分に協議すべきだ」と述べた。【8月31日 毎日】
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注目されるのは、世論の反対理由で多いのが「シリアの不安定化がイスラム(過激)主義政権(樹立)につながるリスク」ということでる点です。
反体制派内でアルカイダ関連のイスラム過激派が強い力を持っていることを受けての判断ですが、この問題は今回の攻撃の是非だけでなく、欧米各国による反体制派支援の妥当性にもかかわる問題です。
シリアの反体制運動は、アサド強権支配に対する「アラブの春」受けた民主化運動として開始され、その時点では欧米諸国がこれを支援するのは自然な流れでした。
しかし、宗派間の戦いに変質しているとも、イスラム過激派が大きな力を持っているとも言われる現在、従来のように反体制派支援ということでいいのか?という話になります。
その意味で、今回のシリア攻撃をめぐる慎重論は単に“イラク戦争の亡霊”という話だけではありません。
少なくとも反体制派にはイスラム過激派との明確な決別を示してもらわないと、国際的な支援も困難です。
政府高官会話傍受などで心証的には「やはり政権側が・・・」という思いもあり、化学兵器使用が繰り返されないための方策も必要だとは思いますが、そこらあたりが整理されないとストレートに軍事支援には踏み出せないものがあります。
また、今回攻撃でシリア内戦の政治解決がますます遠のくという点も考える必要があります。