孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア・アサド政権への懲罰攻撃に強まる慎重論

2013-08-31 23:10:07 | 中東情勢

(シリアの首都ダマスカスの市場でパンを買うために列に並ぶ市民。一部地域では食料価格の高騰や買いだめも起きている【8月28日 ロイター】)

国会が政府の軍事計画を実際に止めたことは過去150年以上なかった
報道されているように、イギリスは議会の反対でシリア攻撃を断念することになりましたが、このことはイギリス国内における軍事行動に関する権限を変えることにもなったようです。

****英国:「国会へ権限、改憲並み」 シリア攻撃拒否で****
英政府が計画したシリアへの軍事攻撃を国会(下院)が29日拒否したのは英国史上、極めて異例だ。「憲法判断を変えるほどの出来事」との指摘もある。

英外交の歴史的特徴の一つは、軍事力の活用だ。19世紀に始まった植民地主義時代から、国際社会で主権尊重や民主主義、人権などが重視されるようになった第二次世界大戦以降も英国は各地に軍を展開。同大戦以降、英軍が戦闘で人を殺さなかった年は1968年だけとされる。

これまで参戦判断は絶対的に首相にあり、法的には国会承認なしで軍事行動できた。ただイラク戦争を含む多くの事例で政権は参戦承認を受けてきた。

1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)では野党が政府の参戦計画を拒否したが、首相が辞任し最終的には軍を派遣。ノッティンガム大学のカウリー教授(政治学)によると、国会が政府の軍事計画を実際に止めたことは過去150年以上なかったという。

英国には憲法がなく積み重ねられた先例が慣習法として憲法の役割を果たす。ダラム大学のフィリップソン教授(法学)は「今回、国会が政府の軍事計画を止めたことで、議会承認なしの軍事行動は不可能になった。政府から議会へ、憲法改正にも匹敵するほどの権力移譲(パワーシフト)が起こった」と分析している。
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日本にはリーダーシップがなく、欧米に比べ政治決断ができない、あるいは遅いという批判は常々ありますが、裏を返せば、議会などの判断によらず首相や大統領の判断だけで重要事項が決定されていいのか?という話にもなります。

日本的な感覚からすれば、首相の軍事行動開始の決断に議会がまったをかけるというのは、ごく当然のようにも思えますが、イギリス的にはかなり異例のことのようです。

そもそも“英国には憲法がなく積み重ねられた先例が慣習法として憲法の役割を果たす”というのも、日本的には不思議な制度にも思えます。

慣習というのは、一度先例が出来てしまうと全く顧みられなくなり、それまでとは180度流れが変わってしまうこともあります。

日本でも、衆参の議決が異なる場合の衆院の3分の2以上による再議決は、約50年間封印されており(衆参がねじれることがなかった、あるいは、やりたくても衆院で3分の2以上を確保できなかったといった側面もありますが)、07年に約50年ぶりに実施したときは“憲政の常道”云々で大騒ぎしました。しかし、一度手をつけると、その後は当たり前のごとく行われる・・・という雰囲気もあります。

広まる慎重論
話をシリアに戻すと、イギリスだけでなく欧州各国での慎重姿勢が目立ちます。

****政府も世論も慎重姿勢****・・・
ドイツでは、テレビ局ZDFの世論調査で、回答者の58%が軍事介入に反対。欧米諸国はシリアを攻撃すべきだと答えたのは33%だった。

米英仏3か国の政府はこれまで先頭に立って軍事行動を呼び掛けてきたが、フランスでは世論が二分している。2つの世論調査の結果では、「国連決議があれば」という条件を付けても、賛成する回答は55%、45%にとどまった

イタリアは、2011年のリビア攻撃の際には基地も提供したが、今回は国連安全保障理事会の決議がない限り、あらゆる軍事介入への参加の可能性はないとしている。

オーストリアとスペインでは、政治家やメディアが慎重な対応を訴えており、国連調査団が証拠を提示するまでいかなる行動も起こすべきではないと強く主張している。

また米国の忠実な同盟国であり、イラクやアフガニスタンにも大規模な軍を派遣してきたポーランドさえ、強硬な軍事介入には反対している。

一方、米国の主要な同盟国であるカナダは29日、欧米諸国による軍事介入を支持する意向を表明した。ただし、自国は参加しない方針だという。【8月30日 AFP】
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選挙を控えたドイツ・メルケル首相としては“2002年総選挙で、当初劣勢だった当時のシュレーダー首相が米国のイラク攻撃に反対して支持を集め、逆転した歴史がある”【8月31日 朝日】ということから、動けないでしょう。

こうした情勢に、ロシアは“安保理での国連調査団の報告や、追加調査などを求めて、結論を引き延ばした上で、来月5、6日に関係国首脳が勢ぞろいしてロシアで開かれる主要20カ国(G20)首脳会議でプーチン大統領が武力行使阻止に指導力を発揮する形に持ち込みたい考えとみられる”【8月31日 朝日】と、アメリカを孤立させる方向で外交攻勢をかけています。

国際協調を旗印にしてきたアメリカ・オバマ政権としては苦しい状況ですが、アメリカ国内・議会にも慎重姿勢がみられます。

****シリア軍事介入 米 議会は慎重 大統領と乖離****
オバマ米政権はシリアへの軍事介入も辞さない構えだが、米議会では慎重な対応を求める声も出ている。

大統領は29日、ベイナー下院議長と電話会談し、ケリー国務長官やヘーゲル国防長官らは同日、上下両院の26議員との電話会議で対応策を説明した。

AP通信によると、オバマ政権側は化学兵器攻撃で1300人が死亡したと説明した。情報機関が傍受したシリア政府中枢部での議論の内容や、化学兵器での攻撃に必要な物資が搬送された証拠などを示した。

アサド政権の化学兵器使用は疑いがなく、米国を含む国際社会への脅威だとして軍事行動を含む対応策に理解を求めた形だ。しかし、電話会議後には議員団から「新しい証拠が示されたわけではない」といった不満が出た。

インホフ上院議員(共和党)は「明確な時間軸や戦略、資金の捻出方法の説明がなかった」と批判した。スミス下院議員(民主党)は「何かをやらねばならない、という名目で軍事行動に資金を費やすことは国益を守ることにならない」とし、懲罰目的の対応に疑問を呈した。

28日にはオバマ大統領に対し、アサド政権への対応の前に議会の承認を得るよう求める文書が100人を超える議員の署名を添えて提出された。
軍事介入をめぐって英国だけでなく議会からの支持も得られていない状況で、オバマ大統領は難しい立場に立たされている。【8月31日 産経】
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【「強い確信」とは言うものの・・・
アサド政権側が化学兵器を使用したという証拠が問題となりますが、オバマ政権は「強い確信」を持っているとのことです。

****シリア化学兵器 米、政権側が使用と断定 報告書大統領「最終判断まだ****
米政府は30日、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したことに「強い確信」があるとする報告書を発表した。報告書は化学兵器攻撃で子供426人を含む1429人が死亡したとしている。

これを受け、オバマ大統領は記者団に、米軍などに「幅広い選択肢を検討させている」と述べ、限定的な軍事行動も辞さない考えに変化がないことを明らかにした。ただ、軍事行動のタイミングについては「最終判断は下していない」と述べた。

報告書は、21日に首都ダマスカス郊外で行われたとされる化学兵器攻撃について、少なくとも12カ所にロケット攻撃があり、1429人が死亡、犠牲者の症状や映像、証言などから、神経ガスが使われたとしている。攻撃の狙いは、ダマスカス近郊の反体制派一掃のためだったと説明した。

発射地点はアサド政権支配地域で、3日前から政権の要員がガスマスクを使うなどして準備を進めていたという。また、政権高官が化学兵器攻撃を確認し、国連調査団に証拠を収集されることを懸念する会話も傍受したとしている。

報告書は反体制派が大規模で統制された攻撃を展開した様子はないとして、「強い確信」をもってアサド政権が化学兵器攻撃をしたと断定している。

一方、オバマ氏はアサド政権の化学兵器使用が「国際規範に違反することで米国の安全保障上の利益を脅かしている」と主張。国連安全保障理事会がロシアの反対でシリアへの制裁を打ち出せないことを踏まえ、「国際規範への違反に制裁がないと思われれば、人々は制裁を真剣に受け止めない」として、対応の重要性を訴えた。

報告書の発表を受け、ケリー国務長官は声明を読み上げ、米国の対応をイランや北朝鮮、テロ組織が「注視している」と述べた。軍事行動については、今後も議会と調整を続けることや、米国民が戦争に疲れていることを強調しながらも、「独裁者が大量破壊兵器を使ったことに目をつぶれば、歴史がわれわれに非常に厳しい評価を下すだろう」として支持を訴えた。

また、国連の調査は誰が化学兵器を使用したかを対象にしていないことから、「米国がすでに把握している以上のことは報告できない」と断言した。

ケリー氏は、報告書について、米国の情報機関が繰り返し精査した上でまとめられた内容であることを強調。大量破壊兵器が見つからない中でイラク攻撃に踏み切ったイラク戦争を教訓とし、今回の報告書の信頼性の高さをアピールした。【8月31日 産経】
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政権高官(アサド大統領の弟とも言われています)が化学兵器砲撃を確認したという会話の傍受については、その内容が明らかにされていませんし、国家間の軍事行動の理由として“盗み聞き”というのはいかがなものか?という感もあります。
「強い確信」というのであれば、もっとオープンにして国際社会に訴えてもよさそうですが、できない事情でもあるのでしょうか。

アサド政権側は、アメリカの主張を「テロリスト(反体制派)やインターネット上の情報に基づいており、虚偽と粉飾に満ちている」と批判しています。
これまでも、シリア内戦に関する政府軍側の犯行として流布されてきた写真・情報に、反政府側のねつ造があったというのは広く言われているところですから、今回のアサド政権側の批判も一定に考慮する必要があります。

アサド政権の後に来るものは?】
イギリスなどの方針変更・慎重姿勢のなかで、フランス・オランド大統領は攻撃参加の方針を変えていません。
リビア空爆を主導し、またマリ軍事介入を即断して現地で歓迎された成功体験でしょうか。

****シリア軍事介入 仏 影響力確保・国際支持狙う****
フランスのオランド大統領はシリアへの軍事介入に加わる用意があることを確認し、米国を後押しする姿勢を鮮明にした。イラク戦争には反対したが化学兵器の使用は人道上、許されない行為として見逃さない態度を貫く構えとみられる。

フランスは過去、シリアを委任統治下に置いた経験があり関係が近い。昨年、結成されたシリア反体制派組織に対しては「唯一、正統なシリア人の代表」と欧州で最初に認めるなど支援に積極的な姿勢を見せ、将来の影響力確保を狙っているとも指摘された。

ただ、軍事介入の目的についてはアサド政権打倒ではなく、限定的な攻撃による制裁と主張。オランド氏はその理由を「化学兵器の使用が拡大し、他国も危険にさらす」からだとし、「仏は制裁のために適当な能力を持つ数少ない国の一つだ」と語った。

オランド氏は1月にマリへの軍事介入を即断し、国際社会や国内で支持を集めた。シリア介入に関して世論は否定的だったが、ロイター通信は、英国が不参加に転じたことが軍事介入への義務感を高めた可能性があるとの外交筋の見方を伝えた。【8月31日 産経】
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フランス世論については、“英国が不参加に転じたことが軍事介入への義務感を高めた可能性”はよくわかりませんが、基本的には慎重姿勢が強いようです。

****シリア攻撃:フランス世論は軍事介入反対****
米仏両国によるシリアのアサド政権に対する攻撃が迫る中、フランス国内の世論は軍事介入反対に大きく傾いている。西アフリカのマリへの1月の軍事介入では支持が多数を占めたのとは対照的だ。シリアの不安定化がイスラム過激派勢力伸長につながるとの懸念などが背景にある。

仏世論調査会社BVAが29、30日に実施した最新の調査結果では、64%がフランスの軍事介入に反対と回答し、賛成の34%を大幅に上回った。別の世論調査会社が今週前半行った調査より反対の割合が増えている。

反対理由として最も多かったのが「シリアの不安定化がイスラム(過激)主義政権(樹立)につながるリスク」(37%)で、「近隣地域全体を不安定化させるリスク」「国際社会全体の決定が必要」を上回った。シリア反体制派の中にイスラム過激派が含まれ、攻撃が過激派を利するとの懸念が表れた形だ。

マリへの軍事介入時には世論調査で65%が支持した。当時はマリ北部を制圧したイスラム過激派勢力の伸長によるマリ全体のテロ温床化が指摘され、地理的に近い欧州全体の危険につながるとの懸念があったためだ。

一方、最大野党、国民運動連合のフィヨン前首相は30日、仏南部の遊説先でオランド政権の軍事介入姿勢について「冷静な判断が求められる。同盟国であっても軽率に他国に追従すべきではない」と批判し、「ロシアと十分に協議すべきだ」と述べた。【8月31日 毎日】
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注目されるのは、世論の反対理由で多いのが「シリアの不安定化がイスラム(過激)主義政権(樹立)につながるリスク」ということでる点です。

反体制派内でアルカイダ関連のイスラム過激派が強い力を持っていることを受けての判断ですが、この問題は今回の攻撃の是非だけでなく、欧米各国による反体制派支援の妥当性にもかかわる問題です。

シリアの反体制運動は、アサド強権支配に対する「アラブの春」受けた民主化運動として開始され、その時点では欧米諸国がこれを支援するのは自然な流れでした。
しかし、宗派間の戦いに変質しているとも、イスラム過激派が大きな力を持っているとも言われる現在、従来のように反体制派支援ということでいいのか?という話になります。
その意味で、今回のシリア攻撃をめぐる慎重論は単に“イラク戦争の亡霊”という話だけではありません。

少なくとも反体制派にはイスラム過激派との明確な決別を示してもらわないと、国際的な支援も困難です。
政府高官会話傍受などで心証的には「やはり政権側が・・・」という思いもあり、化学兵器使用が繰り返されないための方策も必要だとは思いますが、そこらあたりが整理されないとストレートに軍事支援には踏み出せないものがあります。
また、今回攻撃でシリア内戦の政治解決がますます遠のくという点も考える必要があります。
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ロシア・モスクワ市長選挙  反プーチンのブロガー候補、従来にない選挙運動で善戦中

2013-08-30 22:12:59 | ロシア

(7月18日 モスクワ ナバリヌイ氏への横領罪実刑判決へ抗議して集まった市民 “flickr”より By Yuri Timofeyev http://www.flickr.com/photos/90006571@N00/9320652702/in/photolist-fcCMjE-fcCMjq-fcotzr-fcotBp-fcxa5s-fcx9Bm-fcx9dE-fchSSX-fchQV8-fcx8RJ-fcCMdE-fcCMeC-fcotEg-fcCMgL-fcCMfm-fbZiWt-fc2KhT-fch3NA-fch4ah-fch3iL-fch51h-fc2MER-fc2Kxt-fchSzk-fcx9pE)

決選投票に持ち込める可能性も
ロシアでは9月8日に首都モスクワの市長選挙が行われますが、反プーチンの先鋒に立つブロガーのナバリヌイ氏(37)が大統領側近の現職相手に善戦していると報じられています。

****ロシア:反プーチンのブロガーが存在感 モスクワ市長選****
ロシアの首都モスクワで9月8日に行われる市長選に立候補している反プーチン政権ブロガーのナバリヌイ氏(37)が存在感を示している。現職のソビャーニン氏(55)=6月に辞任し市長代行=が優勢を保つが、市民に直接支持を訴える手法で一定の浸透を見せている。

「モスクワからロシアを変えよう」をスローガンに掲げるナバリヌイ氏は連日、市民との対話集会を開催。汚職問題以外に、医療、年金、不法移民など身近な政策課題を取り上げている。選挙活動は一般からの募金やボランティアが支え、募金の使途をネットで公開するなど、従来のロシアの選挙で見られなかったスタイルを貫く。候補者6人のうち2位につけている。

ナバリヌイ氏は7月に横領罪で禁錮5年の実刑判決を受けて収監され、立候補見送りも取りざたされたが、国内に抗議行動が広がり釈放された。

全ロシア世論調査センターによると、7月上旬〜8月下旬にソビャーニン氏の支持率が54%から52%に下がる一方、ナバリヌイ氏は8%から11%と増加。ナバリヌイ陣営は「決選投票に持ち込めば逆転勝利の可能性はある」と指摘する。

モスクワは政治的自由を求める中間層が多く、昨年3月の大統領選で当選したプーチン氏の市内での得票率は47%と全国平均の64%を大きく下回った。

ナバリヌイ氏は18年の次期大統領選に出馬意向を示しており、今回の市長選は結果にかかわらず、プーチン大統領に対抗できる政治家としてのステップにつながるとの見方が出ている。【8月30日 毎日】
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反プーチン政権ブロガーのナバリヌイ氏の概略については、昨年1月の記事で「バーチャルな世界から政界に出て、将来は大統領になる可能性がある」とも紹介されています。

****ロシア:35歳ブロガー脚光 政権汚職追及運動を展開****
ロシアで(2012年)3月4日の大統領選を前に盛り上がっている反政府運動のシンボルとして、モスクワ在住のブロガー、アレクセイ・ナバリヌイ氏(35)が注目されている。英紙タイムズがこのほど発表した「今年注目される世界の100人」にロシアから唯一選ばれ、「バーチャルな世界から政界に出て、将来は大統領になる可能性がある」と指摘されている。

弁護士のナバリヌイ氏は2年前から自分のブログで政権の汚職を追及するキャンペーンを展開。昨年12月の下院選では、大統領復帰を狙うプーチン首相(59)が率いる与党「統一ロシア」を「ペテン師と泥棒の党」と名付け、他党への投票を訴えた。これがネットを通じて全国に広がり、与党の大幅議席減につながったといわれる。

ナバリヌイ氏は下院選の不正疑惑でも抗議行動の先頭に立って治安当局に拘束され、釈放時には大勢の市民に出迎えられて一躍「時の人」となった。昨年末の英BBCとのインタビューでは「プーチン体制を変えなければならない。それは我々次第だ」と強調。ロシアで自由かつ公平な選挙が実施されるのであれば大統領選に出馬する用意があると語った。

一方でタイムズ紙は、反プーチン色を強めるナバリヌイ氏が「でっち上げの罪で刑務所行きになる恐れがある」と指摘。03年に当時のプーチン政権と対立して逮捕され、今も服役中の元石油王、ホドルコフスキー氏(48)と同じ運命をたどる可能性に言及している。

タイムズ紙の「今年の100人」には、オバマ米大統領や北朝鮮の新指導者となった金正恩氏らが選ばれたが、ロシアのプーチン首相やメドベージェフ大統領は含まれていない。【12年1月22日 毎日】
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もともと、モスクワ市長選挙はもっと先の予定でしたが、プーチン批判層も多い首都モスクワの事情を考慮して、野党側の態勢が整わないうちに・・・というプーチン政権側の思惑で、前倒しで行われています。

****ロシア:早期の選挙狙いモスクワ市長辞任、再出馬へ****
ロシアのソビャニン・モスクワ市長は4日、2015年の任期を待たずに近く辞任したうえで、出直し市長選(任期5年)に再出馬する意向を表明した。モスクワで政権批判の動きが続く中、プーチン大統領側近の市長は野党勢力の準備が整う前に早期の選挙に踏み切る狙いとみられる。

市長選の実施は、プーチン露大統領の承認を経て決められる。ロシアでは昨年、州レベルの地方自治体(モスクワ市も相当)の直接選挙の復活を決めており、実施されれば、03年以来10年ぶりのモスクワ市長選となる。9月8日に予定されている統一地方選と同時期に行う見通し。

ソビャニン市長はプーチン大統領の「側近」で、10年に解任されたルシコフ前市長の後釜として市議会に承認された。今回の選挙で選ばれれば、任期は18年秋までとなる。政権側は次期の下院選(16年12月)と大統領選(18年3月)をにらみ、批判勢力が多い首都を掌握する狙いだ。

政権を批判する著名ブロガーのナバリヌイ氏も4日、出馬の意欲を示した。ナバリヌイ氏が横領罪で起訴されているが、プーチン政権と野党勢力が対決する可能性も出てきそうだ。【6月5日 毎日】
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政権側:正統性アピールのため保釈
ナバリヌイ氏は前出タイムズ紙が懸念していたように、横領罪で起訴され禁錮5年の1審判決を言い渡されましたが、政敵を排除する政治的な判決との批判の高まりを受けて、政権側が同氏を保釈して市長選立候補を可能した経緯があります。

政権側としては、市長選に立候補させたうえで選挙で退け、自らの正統性をアピールしたい・・・との思惑でしたが、想定外の展開もありうる状況となっています。

****露反政権ブロガーに実刑判決→抗議デモで保釈 「政敵排除」の批判回避****
ロシア西部キーロフの地方裁判所は19日、横領罪で禁錮5年の1審判決を言い渡された反プーチン政権の有力ブロガー、ナワリヌイ弁護士(37)を判決確定まで保釈する異例の決定を下した。

ナワリヌイ弁護士の実刑判決に抗議する無許可デモが18日夜、首都モスクワなどで行われ、約260人が一時拘束される事態となったのを受けた措置。当局側は「政敵排除」との批判をかわし、反政権派の動向を注視する構えとみられる。

 ◆G20会場付近も緊迫
18日のデモはインターネットのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて呼びかけられ、モスクワ中心部では、最大約1万人が街頭に集結。20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の19日開幕を控えていた会場の周辺でも状況が緊迫した。

特定の裁判をめぐってこの規模の抗議行動が起きた前例はないとされ、モスクワで約200人、第2の都市サンクトペテルブルクで約60人が治安当局に拘束された。

モスクワでは2011年末~12年春、ナワリヌイ弁護士らの主導する大規模な反政権デモが断続的に行われたが、その後は下火になっていた。今回の裁判に対する抗議は、プーチン政権の超長期化や強権統治に対する不満が、大都市部でくすぶり続けていることを改めて示したといえる。

検察当局は19日までに、上級審による判決確定まではナワリヌイ弁護士を拘束する必要がないと申し立て、同弁護士はモスクワ滞在を条件に保釈された。

 ◆指導部内で意見対立
ナワリヌイ弁護士は9月8日のモスクワ市長選に立候補しているため、同弁護士の保釈によって出馬を可能にし、当選の予想される政権派候補の正統性を強調しようとの政権側の思惑が指摘されている。

また、同弁護士の処遇をめぐり、露指導部内で意見が対立しているとの見方も出ている。

通算3期目のプーチン政権は反政権派や非政府組織(NGO)を標的とした抑圧路線を推し進めており、今回の裁判もその延長線上に位置づけられている。実刑判決によって反政権派が勢いを得る可能性もあるが、地方部ではプーチン政権への支持がなお厚い。【7月20日 産経】
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ナバリヌイ氏は、“選挙活動は一般からの募金やボランティアが支え、募金の使途をネットで公開する”という、これまでのロシアではみられなかった選挙戦術をとっていますが、こうした手法への政権側の牽制もあるようです。

****反プーチンのブロガー、外国から寄付…露検察庁****
タス通信によると、ロシア検察庁は12日、プーチン政権を批判するブロガーで、モスクワ市長選(9月8日投票)の候補者アレクセイ・ナワリヌイ氏(37)が、外国から選挙資金の寄付を受けていたと発表した。
外国から選挙資金を受け取ることは禁じられており、同氏が新たな刑事事件の捜査対象となる可能性がある。

検察庁が調査した結果、ナワリヌイ氏の陣営がネットを通じ集めた資金に外国の個人や法人からの寄付が300件以上含まれていることが判明したという。
同氏の陣営は検察庁の発表内容を否定している。

ナワリヌイ氏は7月、ロシア中部キーロフ州の知事顧問を務めていた時期に公的資産を横領した罪で禁錮5年の実刑判決を受けた。同氏は無罪を主張した。【8月12日 読売】
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資金面だけでなく、選挙運動もユニークで、人々が多く集まる駅などの街頭に立ち、有権者と直接対話する、日本の辻説法のようなミニ集会を数多く行っているそうです。

注目される選挙後
今のところはまだ支持率は11%とのことですが、反プーチン本命として注目が高まれば、更に上積みして20%を超える可能性もあります。

万が一当選した場合はもちろんですが、仮に敗れたとしても相当の得票を集めた場合、当局側による保釈中の同氏への対応が非常に注目されます。
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イラク  社会不満を解消できないマリキ政権 激化する宗派対立

2013-08-29 22:15:40 | 中東情勢

(8月28日 バグダッド “flickr”より By Madhu babu pandi http://www.flickr.com/photos/93397882@N07/9611628067/in/photolist-fDm7ai)

【「中東の戦争に深入りするつもりはない」】
昨日ブログで取り上げたシリア情勢は依然緊迫した状況が続いていますが、米英仏などによる攻撃は遅れるかも・・・との観測が出ています。

****英議会、シリア軍事介入容認へ=野党に譲歩、攻撃には時間も****
英議会上下両院は29日緊急招集され、「シリアのアサド政権による化学兵器使用」を非難し、軍事介入を容認する政府提出の動議を審議、採択する。

動議は、実際に軍事行動を起こすには、シリアで活動中の国連化学兵器調査団の結果を国連安保理が検討した後で、再度下院での採決が必要としている。このため、週内にも攻撃が始まる可能性は小さくなった。

報道によれば、野党労働党が調査団の結果が出るまで軍事行動は行わないとの修正が認められなければ反対すると警告。政府側が修正に応じた。【8月29日 時事】 
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“国連化学兵器調査団の結果を国連安保理が検討した後で、再度下院での採決”・・・・調査が終わるのにまだ数日かかりそうですし、報告書がまとまるのにも時間を要します。安保理審議にロシア・中国がスムーズに応じるのかも不透明です。このとおりの手順を踏めば、相当に時間がかかりそうですが・・・。

米英仏は、化学兵器使用はアサド政権によるものと断定して、懲罰のための限定的攻撃を予定していますが(オバマ大統領は「まだ決定を下していない」とは発言しています)、本格的な軍事介入にはついては、「シリアでの終わりなき戦争に関わるつもりはない」(オバマ大統領)「中東の戦争に深入りするつもりはない」(キャメロン首相)と否定しています。

国内のシリア介入への支持が低いことや軍事的困難さなどもありますが、仮に軍事介入によって政権を覆しても、その後の安定した政権を確立することができないと、混乱の泥沼に引き込まれる・・・というイラク・アフガニスタンでの経験学習からでしょう。
しかも、政権崩壊後に力を持つ勢力には、各国がこれまで敵視しているイスラム過激派も含まれています。

イラクでは連日のテロ 宗派対立再燃が懸念
イラクでは、03年のイラク戦争後にイスラム教シーア派を主体とする政権とアルカイダ系のスンニ派過激派の宗派対立が激化し、06~07年には毎月1000人以上が命を落とす混乱となりました。
そうした混乱も一時ある程度おさまったかのように見え、10年8月から11年末には米軍もようやく泥沼から抜け出すことができました。

しかし、最近のイラクでは再び宗派間のテロの応酬で、宗派対立再燃が懸念されていることはこれまでも取り上げてきました。
(8月2日ブログ「イラク  更に悪化する治安状況 相次ぐテロ 刑務所襲撃も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130802

その後も状況は変わりません。
今月に入ってからでも
6日“首都バグダッドでは車や道路脇に仕掛けられた爆弾がさく裂する事件が8カ所以上で発生し、少なくとも31人が死亡。この他、首都北方のバクバ近郊などで銃撃や爆弾攻撃があり、16人が命を落とした。”【8月7日 時事】

10日“バグダッドでは9カ所で爆弾がさく裂し、50人が犠牲になった。また、バグダッド北方のトゥズフルマトでは自動車を使った爆弾で10人が犠牲になった。”【11日 時事】

15日にもバグダッドで9件の爆発があり、24人が死亡。

25日“イラクの首都バグダッドなど各地で、爆弾テロや武装集団による襲撃事件が相次いで発生し、同国内務省筋によると少なくとも49人が死亡、100人以上が負傷した。”【26日 読売】

といった状況です。しかも、それぞれが9か所、10か所といった同時多発テロです。
更に、28日も。

****暴力相次ぐイラク、28日の死者68人に 宗派対立再燃の懸念****
イラクの首都バグダッド市内とその近郊で28日にイスラム教シーア派教徒が多い地区を中心に10か所以上で爆弾が爆発した事件で死亡が確認された人は、これまでに64人に上った。

さらに北部のキルクークとモスルの2都市でも4人が死亡し、この日にイラク全土で起きた暴力事件による死者は68人、負傷者は200人以上になった。最も多くの死者を出したのはバグダッドとその周辺地域で起きた事件で、朝のラッシュアワーに同時多発攻撃とみられる自動車爆弾攻撃や自爆攻撃が相次いで発生した。

ある地域では、怒った住民たちが犯人と疑われる人物を殺害し、遺体を焼いた。イラクではこのところ暴力事件が急増し、今年に入ってから3700人以上が死亡していることから、2006~07年に多数の死者を出した全面的な宗教対立が再燃しつつあるのではないかと懸念されている。【8月29日 AFP】
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まひ状態のマリキ政権
テロ活動の中核には、アルカイダ系のスンニ派組織「イラク・レバント(地中海東部沿岸地方)・イスラム国(ISIL)」が挙げられています。
内戦が続くシリアの反体制派からの同組織への武器流入も指摘されています。

****イラク:テロ頻発…過激派、反政府機運に乗じ****
イラクでイスラム教シーア派とスンニ派との宗派抗争が激化している。テロなどによる7月の市民の死者は1000人に迫り、過去5年で最悪となった。
国際テロ組織アルカイダ系のスンニ派組織「イラク・レバント(地中海東部沿岸地方)・イスラム国(ISIL)」の活動が活発化しており、治安情勢は悪化の一途だ。

非政府組織「イラク・ボディー・カウント」によると、テロや抗争による7月の市民の死者は968人に上り、月間の死者としては過去5年間で最多。7月21日には首都バグダッド郊外のアブグレイブ刑務所が武装勢力に襲撃され、アルカイダ幹部ら500人超が脱獄した。8月も連日、レストランや商店など一般市民が集まる場所を狙った爆弾テロが続いている。

刑務所の襲撃や一部の爆弾テロはISILが犯行声明を出した。ISILはイスラム教に基づく新国家建設を目指している。シーア派国家のイランを敵視し、シーア派が多い地域などで無差別テロを繰り返しているとみられる。

イラクでは2003年のフセイン前政権崩壊後、治安が不安定な状態が続いている。マリキ首相は軍や治安機関の中枢を自らの宗派シーア派で固め、スンニ派の反発を生んだ。
物価高や失業問題も改善できず、スンニ派住民は昨年12月から反政府デモを活発化。ISILは両派の対立に乗じて攻勢を強めている格好だ。

さらに隣国シリアでは、シーア派に近いアラウィ派主体の政権と、スンニ派主体の反体制派の宗派抗争がイラクに飛び火し、武器や過激派の流入が治安悪化に拍車をかける構図だ。

ISILはシリアでも活動し、イラク国境から反体制派に武器や戦闘員を送り込んでいるとみられる。スンニ派国家であるサウジアラビアやカタールがシリア反体制派に供与した武器や資金が、ISILに流れている可能性も指摘される。【8月20日 毎日】
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機能まひ状態のマリキ政権の無策が混乱の背景にあるとも言われています。

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各国の外交筋や専門家らはイラク政府に対し、武装勢力に戦闘員を勧誘し攻撃させる余地を与えているのはスンニ派の不満だとして、そうした不満に広範に対処するよう呼び掛けているが、ヌーリ・マリキ首相は治安部隊による対武装勢力作戦を断固進めると宣言している。

最近では、治安部隊が武装勢力の訓練キャンプと爆弾製造所を壊滅し、数十人を殺害、戦闘員数百人を逮捕したと発表している。しかし、イラク政府は治安問題への対処だけでなく、電気や清潔な飲料水の供給といったインフラの提供もできていない。汚職もまん延している上、さらに政争によって政権はまひ状態で、この数年間、重要法案が可決した例はほぼ皆無だ。【8月28日 AFP】
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“(爆弾テロのあった)シャアブ地区に住む18歳のマルワさんは「私たちは貧しいのに持っていたものもすべて無くなり、家は崩れてしまった。政治家は地位を争ってばかりで、私たちの面倒などみてくれない。爆発のせいで皆がホームレスになるのに。誰が補償してくれるの」と怒りをぶつけた”【同上】
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シリア  「早ければ29日」 政権の崩壊は意図しない、化学兵器使用を罰する限定的な攻撃

2013-08-28 22:58:18 | 中東情勢

(アメリカ海軍のミサイル駆逐艦「スタレット」から発射されるトマホーク “flickr”より By U.S. Department of Defense... http://www.flickr.com/photos/39955793@N07/4733736414/in/photolist-8diCV5-8dnpUq-eCjjEm-8dnpZj-dnYbiP-9kuPtA-bm8A9V-aFacaT-a4WKYg-9QPqW2-dbXkUf-d3JD2b-92u2ts-aFe1ny-aFacix-afzMdK-a8XCiS-e461vS-e3ZhGM-8RCJXs-duTUWs-86DdVG-duNkp2-duTVFW-aFacdV-8MaBgn-eMj2me-eRhDaA-eRhCWC-e6h88u-9rD1Y1-eykK2Q-eQD8PG-eMj2Gv-ez9nbZ-ez9mJn-eQoAxV-eykJZy-eMLoSB-eQtcPV-eQBGxm-eQr4xk-eQqgep-eQtiQ2-eQF3uA-eQtVwe-eQBCz1-eQBj7J-eQqTB8-eQu7Ei-eQufHF)

化学兵器による大量殺害は「倫理への冒涜」】
シリアの化学兵器使用疑惑によるアメリカ・イギリス・フランスなどの懲罰攻撃が、早ければ明日29日にも実施される情勢となっています。

ただ、イギリスが国連安全保障理事会に「アサド政権による化学兵器使用」を非難する決議案を提出するとしていますので、その絡みで実施が遅れることもありそうです。

****シリア空爆、不可避の情勢=求められる説明責任****
シリアの化学兵器使用疑惑をめぐり、米英仏3国は28日までに、アサド政権側による行為とほぼ断定した。

化学兵器による大量殺害は「倫理への冒涜(ぼうとく)」(ケリー米国務長官)と見なす立場から、空爆を含む強い対応策を取るのは不可避となりつつある。

空爆開始のタイミングをめぐっては、米メディアが「早ければ29日」と報道。英国では同日、シリア情勢を討議するため議会が緊急招集されており、この日が大きなヤマ場となりそうだ。

シリアへの対応策をめぐっては米英仏に加え、反体制派に活動拠点を提供するトルコや、湾岸のサウジアラビア、カタールなどが軍事介入を含む厳しい措置を取るべきだと訴えている。

ただ、アサド政権は疑惑を一貫して否定。AFP通信によると、アサド政権のジャファリ国連大使は28日、「軍事介入を招くため、反体制派が化学兵器を使用した」との主張を展開した。同政権を支援してきたロシアやイランなども反体制派の責任を主張し、欧米側の姿勢を繰り返し批判している。

米国は疑惑をめぐり、情報機関がまとめた「新たな情報」を週内に公表する方針で、ここでどれだけ説得力のある証拠を示せるかが焦点となる。2003年のイラク戦争で大量破壊兵器保有疑惑を主張しながら、結局証明できなかったという「前科」があるだけに、なおさら慎重な説明が求められる。【8月28日 時事】
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“倫理への冒涜”ということに関して言えば、1980年代のイラン・イラク戦争中、イラクが化学兵器で報復する可能性をアメリカは認識していながら、アメリカ政府は“見て見ぬふりをした”という過去もあります。

****イ・イ戦争での化学兵器、米国「見て見ぬふり」 機密解除文書****
・・・1988年4月、バスラのあるファウ半島でイラク軍は化学兵器の使用を含めた攻撃をイラン軍に仕掛けた。CIAによると、化学兵器は4回にわたって使用され、毎回数百から数千のイラン軍兵士が殺害された。


当時、在イラク米大使館付武官としてバグダッドに駐在していたリック・フランコーナ元空軍大佐は、「神経ガスを使用する意図をイラクがわれわれに告げることはなかった。(しかし、)われわれはすでに知っていたから、その必要もなかった」と当時を振り返った。

88年3月、フセイン政権は自国北部のクルド人自治区ハラブジャに対しても化学兵器を使用し、住民5000人を殺害している。【8月27日 AFP】
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この類の“豹変ぶり”はよくある話なので、ここではこれ以上深入りはやめましょう。
今回の攻撃は巡航ミサイル「トマホーク」などを使用した、2~3日程度の限定艇的な作戦となることが想定されています。

アメリカなどは、「問題は化学兵器だ。化学兵器使用は間違っており、何もせずに見過ごすべきでない」(イギリス・キャメロン首相)と、あくまでも非人道的化学兵器使用に対する懲罰ということで、「アサド政権の崩壊を意図しているものではない」(アメリカ・カーニー米大統領報道官)、「中東の戦争に深入りするつもりはない」(イギリス・キャメロン首相)など、政権転覆を目指すシリア内戦への本格的軍事介入(地上軍派遣など)へ引きずり込まれることは避けたい意向です。

****シリア:米英艦船が近海に集結 限定爆撃へ態勢増強****
米軍はオバマ大統領が攻撃の指令を出せば、英軍とともに地中海に配備しているミサイル駆逐艦などから巡航ミサイルでシリアの軍や政府の拠点を限定的に爆撃するとみられている。米メディアは早ければ29日にも攻撃を開始すると報じており、シリア近海には米英両海軍の艦船が集結している模様だ。

米海軍第6艦隊はイタリアのガエータ基地を拠点とし、地中海ににらみをきかせている。今回のシリア情勢の緊迫化に合わせ、米海軍は巡航ミサイル「トマホーク」を発射できる駆逐艦を3隻態勢から4隻態勢に増強。駆逐艦は地中海の東端にあたるシリアの方向に近づいているという。一方、シリアの地中海側の都市タルトスには、アサド政権を支援するロシアの海軍基地があり、地中海でにらみ合う形になる。

米海軍によると、トマホークは最大射程が約2500キロで、標的に命中する精度が高いことで知られる。駆逐艦のほか、米英両海軍の潜水艦からも発射される可能性がある。

複数の米メディアは、標的とする施設の周辺や路上でシリア市民が巻き添えとならないように攻撃は夜間に行われる可能性が高いとの見通しを伝えている。また、米NBCテレビは、巡航ミサイルによる攻撃は3日間行われ、国防総省はその3日間で攻撃の有効性や攻撃に失敗した標的などの見極めができるとの政府高官の話を報じた。【8月28日 毎日】
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人道重視路線のフランス・オランド大統領も積極的で、原子力空母「シャルルドゴール」のシリア近海派遣の可能性も報じられています。また、フランス軍はアラブ首長国連邦やアフリカ東部ジブチにも戦闘機を展開しており、巡航ミサイルを積載できる潜水艦も保持しているとのことです。【8月28日 毎日より】
もちろん、人道主義だけでなく、この地域の自国権益も関係した話でしょうが。

指揮官が独自の判断で攻撃を実施した可能性も
米英仏各国は「アサド政権側の犯行に間違いない」と断定しています。
シリア・ムアッレム外相は27日の記者会見で、「自国民に対して大量破壊兵器を使う国は、世界中どこにもない」と述べ、使用疑惑を改めて否定したとのことですが、「アサド政権ならやるかも・・・」というのが外部の見方です。

ただ、軍事的優勢に立っているアサド政権側が、国連の調査団が入っている時期に化学兵器を使用することへの素朴な疑念については、8月23日「どうしてこの時期に? シリアの化学兵器使用問題とエジプトのムバラク氏保釈」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130823)で取り上げました。

シリア・アサド政権側は、「証拠を見せろと彼らに言いたい」この成り行きを強く批判しています。

****軍事介入あれば自己防衛」、シリア外相が欧米けん制****
内戦状態にあるシリアのワリード・ムアレム外相は27日、首都ダマスカスで記者会見を行い、欧米諸国による軍事介入が実行された場合、シリアは自らを防衛すると語った。またそうした軍事介入は、イスラエルと国際テロ組織アルカイダを利することになるだろうとの見解を示した。(中略)

一方、ダマスカス周辺でアサド政権が化学兵器を使用した疑いが持たれている問題については、「戦争をあおる太鼓の音が周囲で聞こえる。(欧米諸国が)シリアに対する攻撃を仕掛けたいのならば、化学兵器の使用という口実はまったく真実ではない。証拠を見せろと彼らに言いたい」と強く反論した。(後略)【8月27日 AFP】
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現在報じられている範囲で、アサド政権による犯行を裏付けるのは以下のような報道です。

****化学兵器の使用ただす電話=シリア当局者が現場部隊に―米誌****
米誌フォーリン・ポリシー(電子版)は27日、シリアで大規模な化学兵器攻撃が起きたとされる21日にシリア国防省当局者と政府軍の化学戦部隊の指揮官の間で交わされた電話の通話を米当局が傍受していたと報じた。米当局は通話について、シリア政府軍が化学兵器を使用した主な証拠と見なしているという。

同誌は「攻撃の数時間後、当局者がうろたえた様子で指揮官と電話でやりとりし、神経ガスを使った襲撃について問いただした」と伝えている。

ただ、神経ガスの痕跡を含んだ土壌や被害者の血液といった証拠を米情報当局は得ていないと同誌は指摘。また、傍受した通話内容から、指揮官が独自の判断で攻撃を実施した可能性もあるとする米情報当局者の見方を紹介し、アサド政権の責任の程度に関し疑問が生じていると伝えた。【8月28日 時事】 
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アサド政権中枢が知らない間に、現場の指揮官が独断で化学兵器を使用した・・・ということでしょうか。
もしそうなら、アサド政権としては当該指揮官を軍法会議にかけるなりで、政権中枢の関与を否定することも可能ですが、メンツや軍との関係など内部事情でそういう訳にもいかないのでしょうか。

いずれにしても、アメリカは情報機関がまとめた新たな情報を週内に公表する方針とのことですので、その発表が待たれます。
なお、国連の調査団の報告には時間がかかる(事務総長によれば調査完了までに4日必要)と見られており、完全に無視された形となっています。

【「米国の大統領の言葉が真剣に受け止められなくなる」】
今回、アメリカ・オバマ政権がシリア攻撃に踏み切ろうとしているのは、ここで決断しないとアメリカの威信にかかわるとの判断があるとされています。

****シリアの化学兵器使用、断定 「米国軽視」に強い懸念****
 ■「決議なし」 軍事介入具体策も
オバマ米政権が化学兵器使用疑惑をめぐり、シリアのアサド政権への批判を強めた背景には、米国の外交上の影響力が低下することへの懸念がある。

オバマ政権が「レッドライン(越えられない一線)」としてきた化学兵器使用を見過ごせば、今後、米国の主張が軽視される風潮を生みかねないからだ。

一方では、ロシアの反対や米国がシリア内戦に一層巻き込まれるとの懸念など軍事介入への障害も残っている。

 ◆戦況変えられず
米国がアサド政権による化学兵器使用を検討するのは、今回が2度目だ。米政府は6月の段階でアサド政権が3~5月にかけて化学兵器を使ったと断定し、反体制派への武器供与を決めた。しかし米国の支援は現在もアサド政権が優位な戦況を覆せていない。

今回、米国が弱い態度しか示せなければ「米国の大統領の言葉が真剣に受け止められなくなる」(共和党のマケイン上院議員)恐れがある。ケリー国務長官が化学兵器の使用の「責任を取らせる」と強調したのは、こうした不安を払拭する狙いがある。

しかし、内戦の戦況を好転させるほどの軍事介入には障害も多い。アサド政権の後ろ盾であるロシアはアサド政権による化学兵器使用自体を否定しており、安保理で軍事介入を容認する決議に協力する可能性は低い。

またオバマ大統領自身も性急な判断の結果、「非常に費用がかさむ、難しい介入になってしまう」ことに懸念を示してきた。(後略)【8月28日 産経】
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国民の支持はたったの9%
アメリカ国内におけては、シリアへの軍事介入への国民的合意は得られていません。
オバマ政権としては、アメリカの有言実行を示しつつ、深入りは避けるという対応が求められています。

****米軍史上、最も不人気な戦争が始まる****
シリア政権による化学兵器の使用で軍事介入を検討するアメリカだが、国民の支持はたったの9%

ジョン・ケリー国務長官は混乱が続くシリア情勢について、化学兵器の使用が行われたと断定する声明を26日に読み上げた。さらにはアサド政権による攻撃の可能性が高いとの見方を強め、軍事介入についても検討を進めているという。

だが、アメリカ国民の反応は冷ややかだ。ロイターと世論調査会社Ipsosが行った調査によれば、シリア介入に賛成する国民は9%で、反対は60%にも上った。
世論の反対は強く、この数字が劇的に変わりでもしなければ米軍は、かつてないほど国民の支持が得られない戦争に突入することになる。

2011年のリビアへの米軍介入にはアメリカ人の47%が賛成していたが、著名な政治ブログ「トーキング・ポインツ・メモ」は当時、「過去30年間で最も支持が得られないアメリカの軍事行動」と指摘した。イラク戦争(03年)の開戦当時の支持率は76%、アフガニスタン紛争(01年)の支持率は90%だった。

過去をさかのぼって見てみると、NATO(北大西洋条約機構)が軍事介入したコソボ紛争(99年)直前の世論調査では国民の支持は46%だったが、当時は「生ぬるい」と評された。

さらに父ジョージ・ブッシュ大統領によるソマリア派兵「希望の回復」作戦(92年)では、81%が大統領は「正しい行動をしている」と答え、グレナダ侵攻(83年)は開戦当時、53%の国民が支持していた。イラク戦争やベトナム戦争への反対が最も高まったときでさえ、支持率は30%前後にとどまっていた。

もちろん、いざとなればアメリカ人の気持にも変化が訪れるだろう。実際に米軍による攻撃が始まり、国民は愛国心から軍事行動を支持すべきだとの考えが広がれば、シリア介入を後押しする声も高まると思われる。

イラク戦争当時も戦争を支持する意見は、介入までの数カ月にわたって外交関係が壊れるにつれ、52〜59%だったものが70%ほどに上昇している。だが、それでもシリア介入が現実的になった時点でのこの数字は、あまりに低いと言わざるを得ない。

シリアの場合、たとえ介入への支持が5倍になったとしても、その数字は45%にしかならない。決して支持が高かったとは言えないリビア介入と同程度だ。ドナルド・ラムズフェルド元国防長官はかつて、「君たちは国民とともに戦争に行くんだ」と語った。だが、今回はその言葉が当てはまらないかもしれない。【8月27日 Newsweek】
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タイ・インラック政権  バラマキ・大衆迎合政策で難しい舵取り

2013-08-27 22:30:19 | 東南アジア

(5月30日 スリランカを訪れた際のインラック首相 “flickr”より By The Gateway to South Asian... http://www.flickr.com/photos/21709881@N02/8907821004/in/photolist-ez9UQL-aAfPUv-dEx3oS-dErFxe-efqnH9-9YVoDr-asMxPT-c8Kmmo-bwG3Fg-bwG7Lx-bwFXAZ-bwFZfg-bwGe4t-bwG9or-bwGaiP-bwG62g-bwGeNp-bwG3dv-bwGbpH-bwG1pR-bwG4Mv-bwFWSz-bwG2EB-bwGcM8-dpoQL1-bGbN7z-czh2RY-bNfEUv-bPjBuR-bPisz8-bApoV7-9XNoP7-efqnMG-dpoFnx-dpoDQR-eFgtdG-eFgt8A-eFgtcC-eFgtfq-eFgth1-fdHwBa-fdXNzm-9YFBkg-9YJuUS-9YJvvb-9YJtQf-9YJuf9-9YFAWZ-9YJvdL-9YJv7A-9YJvCy)

出口の見えない「コメ買い取り策」】
タイ・インラック政権が行っている大衆迎合的バラマキ政策との批判も強い、事実上のコメ買い上げ制度でもあるコメ農家への所得補償制度については、7月15日ブログ「タイ タクシン元首相の「密談テープ」発覚で揺れるインラック政権  バラマキ・大衆迎合批判も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130715)でも取り上げました。

この政策は、タクシン支持派の政治基盤でもある農村票を固めるためにインラック首相(海外逃亡しているタクシン元首相の妹)が2011年の総選挙の公約としたものです。

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農家が生産したコメを担保に政府系機関の農業銀行から金を借りるという、融資のかたちの所得補償制度。

借金を返さなければ担保のコメは戻らないが、それは政府が売るため、買い上げと変わらない。コメ1トン当たりの融資単価が市場価格よりも3~5割も高いうえに、量に制限がないという破格のものだった。

昨年末の世界銀行報告書によると、タイのコメ農家の3分の1にあたる130万世帯が制度を利用し、政府は約2千万トン近くの売れないコメを抱え込むことになった。世銀推計では昨年の赤字は1150億バーツ。この額は国内総生産(GDP)の1%、12年度のタイの国家予算の5・8%にあたるとしている。

相場より高いコメのため、市場に出すと損失となり赤字が膨らむ。このため政府は輸出を控え、昨年の輸出量は前年より3割余り減り、世界1位のコメ輸出国の座から転落した。”【6月13日 朝日】
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タイ政府が高く買い取ってくれるなら・・・という訳で、周辺のカンボジアやミャンマーからも密輸米が流入し、財政赤字が更に膨らむという事態にもなっています。

****タイ、混迷するコメ買い取り策 財政負担が急増…密輸米も流入****
タイのインラック政権が「農家保護政策」の一環として導入した「コメの買い取り策」が、間もなく開始から2年を迎える。
市場価格を超えてコメを「買い取る」ため、取引業者らが殺到。国の財政負担が急増しているほか、タイ米の国際市場価格が高止まりとなり、2012年には31年ぶりにコメ輸出世界一から転落する憂き目にも遭った。

このため、政府は6月末からの買い取り価格引き下げなどを閣議決定したが、生産・流通関係者の強い反発に遭い、わずか2週間で軌道修正。引き下げ時期を今年9月以降に先送りするなど対応を二転三転させている。政府関係機関からも批判の多い「買い取り策」の現況をまとめた。

生産国を偽装
カンボジア国境に接するサケオ県アランヤプラテート郡。バンコクの東300キロに位置する国境の街を東西に横断する国道33号はカンボジア国内に通じ、最終的にはプノンペンへとたどり着く。その国境警備所で6月下旬、タイへの入国を試みようとした不審な大型トラックが摘発される事件があった。

トラックを運転していたのは、コメの運搬業者を名乗るタイ人の男性。税関職員が荷台を確かめると籾(もみ)米約90トンが発見された。男は、コメはタイ産米だと主張、知人から頼まれただけと訴えたが、最終的に税関の追及にカンボジアからの密輸米であることを認めた。(中略)

男も「カンボジア産をタイ産と偽り、タイ政府に高値で買い取ってもらうために密輸を計画した」と供述した。また、ミャンマー国境でも同様の事件があったことから、政府関係者も動揺を隠せないでいる。(中略)

 1兆8520億円支出
また、買い取り代金の中から高額の手数料などを天引きしていた中間ブローカー集団が北部や東北部地方を中心に暗躍していることも判明。一部に政府関係者が加担しているとの指摘も取り沙汰され、政府が対応に追われている。

「コメの買い取り策」は、名目上はコメを担保とした融資制度だが、貸付枠がコメの市場価格の4~5割増に設定されているため、事実上の「買い取り制度」とされ、これまでに約5900億バーツ(約1兆8520億円)に上る国費が投じられた。

一方、政府が売却に成功したのはわずか約800億バーツ。この差額が収穫期ごとの赤字となって、政府債務を膨らましてきた。タイ中央銀行の試算では、このまま19年まで施策が継続された場合、国内総生産(GDP)に対する比率は60%を超えるとされている。

6月には、施策を理由に米格付け会社から国の信用格付けの引き下げ可能性も指摘されたタイ政府。出口の見えない「買い取り策」が待ったなしのところに来ている。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀晋一)【7月30日 SankeiBiz】
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全国一律最低賃金を引き上げ:追い込まれる地方・中小零細企業
インラック政権が導入したもうひとつの2011年総選挙公約が、最低賃金の全国一律引上げです。
労働者の所得が向上し、労働力集約型からの脱皮が図れれば言うことはないのですが、こちらも、実体経済にダメージを与えつつあるようです。

****タイ、あえぐ中小企業 最低賃金引き上げ、85%アップの県も 推計7万工場閉鎖****
タイ政府が導入した、最低賃金を全国一律で日給300バーツ(約930円)に引き上げる政策が、中小企業をじわじわと苦しめている。

地方では操業を断念する工場が増え、恩恵を受けたはずの労働者にも影響が及び始めた。閉鎖に追い込まれる工場は数万カ所に上るとの推計もある。(中略)

 ■地方の競争力低下
(中略)
タイでは従来、地域ごとに最低賃金が定められ、地方に行くほど安かった。これが、地方産業の競争力の源になっていた。しかし、インラック政権が導入した新制度は地方の経済発展段階や物価水準に関係なく全国一律に引き上げるという異例のもので、ランパン県は昨年4月から今年1月の間に165バーツから81%、ターク県は162バーツから85%増になった。

第1段階の賃金引き上げが実施された昨年4月を前に全国685人の中小企業経営者を対象にした定点観測を始めたトラキッドバンディッド大学研究センターの調査によると、規模の小さい企業ほど賃金上昇分を吸収する余力がなく、調査対象の12・5%が工場を閉鎖したと回答。約30万社あるとされるタイの中小零細工場の5万~7万カ所が操業停止に追い込まれる可能性があるとしている。

 ■「地下潜伏」で対抗
賃金引き上げを受けて、製造ラインの効率化や機械化などで労働力集約型からの脱皮をはかろうとしている経営者がいる一方で、早くも「脱法行為」が散見されるという。

例えば、「地下潜伏型」。もともとの工場は人員を大幅に削減したうえで操業を続け、これとは別に会社登録をしていない製造施設をつくってそこに労働者を移し、1日300バーツ未満の賃金で働かせるというやり方だ。失業するぐらいなら最低賃金以下でも働くという労働者がいるため、人は集まるという。

「外注型」というのもある。これは、衣料品の縫製などで労働者にミシンを自宅に持って行かせたうえで、雇用契約は解除して仕事の外注契約を結ぶ。最低賃金の適用対象外にするという手法だ。

サプライチェーン全般に賃金上昇が影響し、物価も上がり始めている。商務省統計によると、今年6月時点の野菜や果物、肉などの生活に欠かせない食料品の値段が前年比6~10%と目立った上がり方を示し、低所得者ほど打撃が深刻だ。

同センターのキアットアナン所長は「タイ経済を支えている中小企業を弱らせる政策だ。短期間に全国一律で最低賃金を引き上げるのには無理がある。ポピュリズム政策で集票効果はあるかも知れないが、一過性のものだ。賃金は当面上がらないが、インフレは進む。貧しい労働者が、この政策の被害者になる恐れがある」と指摘する。【8月26日 朝日】
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景気刺激効果も息切れ
無理な経済政策は、結果的にインフレ高進により貧困労働者を苦しめることにもなります。
タイ経済は、インラック政権の“大胆な”施策により“11年後半の洪水危機からのV字回復”を見せたのですが、その経済効果にも“息切れ”が出ています。

****タイ、輸出・消費息切れ 4~6月GDP0.3%減 ****
タイの景気減速が鮮明になってきた。
同国国家経済社会開発委員会(NESDB)が19日発表した4~6月期の実質国内総生産(GDP、季節調整済み)は前期に比べ0.3%減少。1~3月期(1.7%減)に続き、約3年ぶりに2四半期連続のマイナス成長に陥った。

景気けん引の両輪だった輸出と個人消費が不振で、2013年通年の成長予測も従来の4.2~5.2%から3.8~4.3%へ下方修正した。

四半期ベースで2期連続の前期比マイナスに陥るのは、リーマン・ショック後の金融不安に直撃された08年10~12月期、09年1~3月期以来。(中略)

11年8月に発足したインラック政権は、外需や為替の変動に左右されがちな過度の輸出依存の経済構造を改め、内需主導での持続成長を目指す方針を表明。法定最低賃金の引き上げや農家からのコメの高値買い上げ、初めて車を買う消費者向けの大型減税などの政権公約を次々と実行し、11年後半の洪水危機からのV字回復につなげた。


ただバラマキ的な景気対策は反動も大きい。
例えば昨年末で受け付けを終了した車向け減税は、最大10万バーツ(約31万円)と中・低所得層の年収に匹敵する金額を還付。昨年の新車販売台数を前年比8割増の144万台に増やしたが、納車が一段落した5~6月は前年比マイナスに転落。輸出も思うようには伸びないなか、自動車各社は工場稼働率維持のため「値引き合戦を余儀なくされている」(日本車メーカー)。

そうした「上げ底消費」は、車以外の分野に負の波及効果をもたらす。タイの消費財最大手サハ・パタナピブン・グループのブンヤシット会長は「車の購入支援策に購買力を奪われた分、消費者は他の分野で節約するようになった」と嘆く。消費減退に対応し、今年予定していた靴や衣料品の工場投資などを延期・縮小する意向を示す。(中略)

一方、短期的政策がもたらした消費拡大で、直近の家計債務残高は8兆8000億バーツに膨らみ、対GDPの家計負債比率は78%と最近3年間で15%も上昇した。タイ中央銀行のプラサーン総裁は「家計債務の急拡大は最大の懸念材料」とみている。【8月20日 日経】
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進まない国民的和解
経済面で難しい舵取りを迫られているインラック政権ですが、政治面での課題は何といってもタクシン派・反タクシン派の国民的和解(あるいは、一部タクシン支持派にとっては、タクシン元首相の帰国)です。

今月初旬には、与党タイ貢献党議員が国会に提出した恩赦法案が国外逃亡中のタクシン元首相の帰国実現を目指すものとして、反タクシン派が反発を強めてデモを行い、政府側も首都バンコクなどに治安維持法を適用して警備態勢を強化するなど、緊迫した状況もありました。

結局、大きな混乱には至らず、9日には治安維持法解除が政府決定されています。
しかし、国民的和解の方はあまり進展がないようです。

****反タクシン派は不参加 「政治改革会議」初会合 タイ****
タクシン元首相支持派と反タクシン派の政治対立が続いているタイで、インラック首相は25日、対立解消に向けて政党や政治運動組織、有識者らが意見を交換する「政治改革会議」の初会合を首相府で開いた。

野党・民主党首のアピシット前首相や、反タクシン派の民主主義市民連合(PAD)幹部は「恩赦法成立に向けて利用されるだけだ」として欠席。反タクシン派の不参加で、首相の狙いは不発に終わりそうだ。(バンコク)【8月26日 朝日】
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大衆迎合的な選挙目当ての施策と言われるような経済問題も深刻な政治対立に根差しており、国民和解が進展しない限り経済を含めたタイ社会の再出発は困難です。
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アメリカ  難航する移民制度改革

2013-08-26 21:34:08 | アメリカ

(映画『闇の列車、光の旅』より)

闇の列車、光の旅
2009年のアメリカ・メキシコ映画で、日系アメリカ人キャリー・ジョージ・フクナガの長編監督デビュー作『闇の列車、光の旅』という作品があります。
以前、予告編を観て気になっていたのですが、観そびれています。

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ホンジュラスで暮らす少女サイラは、未来のないこの地を捨て、父と叔父と共にアメリカにいる家族と一緒に暮らすことを決める。だがそれは、グアテマラとメキシコを経由する長く危険な旅だった。

なんとかメキシコ・チアパス州まで辿り着いたサイラたちは、アメリカ行きの列車の屋根に乗り込む。そこには、同じようにアメリカを目指す移民たちがひしめきあっていた。

ほっとしたのも束の間、リルマゴ、カスペル、スマイリーのギャング一団が屋根に上がってきて、移民たちのなけなしの金品を強奪。

さらにリルマゴは泣き叫ぶサイラに銃をつきつけて暴行しようとするが、以前同じような経緯で恋人を亡くしたカスペルは、手にした鉈をリルマゴに向けて振り下ろし、リルマゴは列車から転落する。

組織を裏切ったカスペルには、列車にとどまって旅を続けるしか選択の余地はなかった。(後略)【Movie Walker】
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この映画『闇の列車、光の旅』の舞台となっている、メキシコからアメリカへの不法移民を運ぶ貨物列車の事故が報じられています。

****米国に向かう移民が乗った貨物列車が脱線、6人死亡 メキシコ****
メキシコ南東部タバスコ州の沼沢地方の川の近くで25日午前3時(日本時間同日午後5時)ごろ、米国に入国しようとしていた250~300人が乗っていた貨物列車の貨車12両のうち8両が脱線転覆し、少なくとも6人が死亡した。

当局者が明らかにした。メキシコ政府のルイス・フェリペ市民保護調整官は当初この事故で22人が負傷したと話していたが、その後マイクロブログのツイッター(Twitter)でこの事故で病院に運ばれたのは18人だと訂正した。

18人は19~54歳で、17人はホンジュラスから、1人がグアテマラから来ていたという。タバスコ州政府の報道官がAFPに語ったところによると、死者のうち4人はホンジュラスから来た人だったという。

脱線した列車は「ザ・ビースト(The Beast、野獣の意味)」と呼ばれているもので、越境請負人から貨車の屋根の上に座る権利を買った人たちが乗っていた。

事故が起きた場所は道路から遠く離れており、空からかボートでしか近づくことができない。救助隊は油圧機械を使い、金属車体を切り開いて生存者を捜している。

■豪雨の中スピードを出し過ぎ?
タバスコ州の市民保護当局者はMilenioテレビに、負傷者は事故現場からボートで25分のところにある隣接するベラクルス州ラス・チョアパスの病院に運ばれたと語るとともに、金属スクラップも積んでいたこの列車が事故を起こした原因はまだ分かっていないと述べた。

また、転覆した車両を動かすにはクレーンが必要だが、車両の下からさらに犠牲者が見つかる可能性もあると述べた。

メキシコのメディアは列車は豪雨の中でスピードを出し過ぎていた可能性があると報じている。

貨物列車「ザ・ビースト」は、越境請負人に100ドル(約1万円)を超える金を払ってグアテマラに近い駅からメキシコ北部の駅まで貨物列車に乗る権利を手に入れたメキシコなど中米から来た人たちを運んでいる。

メキシコの国家人権委員会によると毎年約14万人がメキシコに不法入国して米国に向かっている。
こうした人たちは数多くのリスクにさらされる。越境請負人は高額の金を要求し、メキシコ国内に入るとギャングがさらに高額の金をゆする。犯罪組織による強盗や強姦、殺人の被害に遭うことも多い。

メキシコのエンリケ・ペニャニエト大統領は7月、同国ではほとんど残っていない旅客鉄道サービスの再生を含む、3090億ドル(約30兆円)規模のインフラ近代化計画を発表した。【8月26日 AFP】
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12年度 国境のアメリカ側周辺での死亡者は463人
映画のなかで、主人公サイラの父親は、「アメリカも厳しいだろうが、ここ(ホンジュラス)にいるよりはましだ」と語っています。

アメリカは不法移民の流入を防ぐため、米メキシコ国境に沿いフェンス建設、国境警備隊を増強し、監視体制を強化しています。

****不法移民流入最前線:米加州 鉄製の壁延々 光る監視の目****
・・・・「こうやって砂地の脇の茂みに水を置くんだ。(不法に)国境を越えてきた人たちは夜に動いて、茂みに身を潜めるだろう」

不法移民のために無人の水分補給地点を設ける活動などをしている非営利組織「ボーダー・エンゼルズ」のエンリケ・モロネス代表(56)は、水が入った大きなポリタンク二つをそっと置いた。

米西部カリフォルニア州南端、太平洋岸から約6キロ東の山間部を走るメキシコとの国境地帯。モロネスさんの約500メートル後方の丘には、巨大な鉄製フェンスが見渡す限り東西に一直線に走っている。

乾いた砂に足を取られながら周囲を歩くと、空のペットボトルやお菓子の空き袋が埋もれていた。スペイン語の表示がある。別の場所には、ジャンパーやトレッキングシューズも落ちていた。メキシコからの入国者が残したものだろうか。

モロネスさんは「砂の下にもセンサーがあるだろうから、我々が足を踏み入れた瞬間から国境警備隊は監視しているだろう」とつぶやいた。ひときわ高い尾根にパトロール車が止まり、隊員がこちらを見ている。

地下センサーと聞いてぴんときた。約2時間前、内陸側に東に数キロ離れた国境沿いで、車を止めて国境に近づこうとした瞬間、土煙を上げながら猛スピードで近づいてきた国境警備隊のパトロール車から警告を受けた。「何をしようとしているんだ。撮影は連邦法で禁止されている。車に戻れ」。車を降りる前から監視されていたのは明らかだった。

米国はクリントン政権時の1994年、不法入国を防ぐため、米メキシコ国境に沿いフェンス建設を始めた。ブッシュ政権も「テロとの戦い」を進める中、国境警備隊を増強し、監視体制を強化した。

しかし、メキシコ側から不法に国境を越えようとする人は後を絶たない。民間研究機関「ピュー・ヒスパニック・センター」によると、2010年の不法移民約1100万人のうち約650万人がメキシコ人だという。

米税関・国境警備局が12会計年度(11年10月から12年9月)に米メキシコ国境で逮捕した不法入国者は約36万人。00年度の約164万人をピークに減少傾向だが、過去40年間で30万人を割ったことはない。

だが、越境には大きな危険が伴う。12会計年度に不法入国しようとして国境の米国側周辺で死亡した人は463人。1998会計年度からの累計では5570人に達している。

入国できても、不法移民としての生活は過酷だ。カリフォルニア州に住む30代前半の臨時教員、マリソルさんに話を聞いた。米国市民権を持つが、結婚を考えているダニエルさんはメキシコからの不法移民だという。

ダニエルさんは、身分証明ができないため車の免許も取れず、定職にも就けない。病気になっても病院にいけず、「国境警備隊がいたるところにネットワークを張っているため、びくびくしながら暮らしている」という。マリソルさんは、ダニエルさんにも米国の市民権獲得への道を開く移民制度改革法案に「すべての始まりになる」と期待を寄せる。

一方、カリフォルニア州サンディエゴとメキシコ・ティフアナとの間の国境検問所を夕方に訪れると、正規の手続きを踏んで国境を越える人たちでにぎわっていた。「友人5人とメキシコで遊んできた」と話す同州ロサンゼルスの教師、ダッシュ・ダースさん(38)もその一人だ。

サウジアラビア出身で米市民権を持つというダースさんは「不法移民は貧しい暮らしをしており、今回の法案は良い。ただ、メキシコの経済状況が良くなるよう米国が助けることが、問題解決の糸口ではないか」と語った。【8月26日 毎日】
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【「米国は常に移民の国であり続けてきた。それが米国経済を世界最強にしてきた」】
不法移民の流入を許容することはできませんが、現実問題としてアメリカ経済はこうした不法移民の労働力によって支えられている面があります。

また、すでに1100万人存在し、アメリカの生活に溶け込んでいる不法移民の人々の生活をどうするのか、その子供たちの権利をどうするのか・・・という問題もあります。

政治的には、大統領選挙のキャスティングボードを握りつつあるヒスパニック系住民への配慮という側面もあります。一方で、保守派の不法移民への強い反発もあります。

オバマ政権が、歴代政権が取り組みながら実現できなかった難題、移民制度改革を重要課題として取り組んでいることはこれまでも何回か取り上げました。

“法案は、罰金支払いなど一定条件を満たした不法移民に暫定的な法的地位を与え、13年かけ市民権を獲得できる道を開く。一方で、国境警備は強化する”というものですが、下院・共和党の強い反対で難航しています。

****米移民法案:下院で未審議2カ月 見通したたず「漂流****
オバマ米大統領が2期目の重要課題に掲げる移民制度改革に関する法案が、上院を通過したものの下院で審議入りできず2カ月近く「漂流」している。
下院多数派の共和党は反対論が強く、上院案をそのままでは扱わない方針を表明。夏季休会明けの9月以降の予定も立たない状態だ。

大統領は繰り返し法案の早期成立を要請。上院通過後の週末恒例ラジオ演説でも、「米国は常に移民の国であり続けてきた。それが米国経済を世界最強にしてきた」と訴え、移民制度改革で経済を活性化させる必要性を強調。「下院は今こそ行動すべきだ」と早期可決を呼びかけた。

米国には1100万人の不法移民がいるとされる。法案は、罰金支払いなど一定条件を満たした不法移民に暫定的な法的地位を与え、13年かけ市民権を獲得できる道を開く▽新規不法移民の流入を防ぐためメキシコとの国境警備を強化▽高技能労働者などへのビザ発給枠の拡大−−が柱。国境警備の強化は、共和党の支持を増やすため上院で法案を修正して大幅に拡充した。

上院本会議採決では共和党(46人)から14人が賛成に回ったが、下院は強硬姿勢を維持。特に不法移民は「法を犯した」と見る保守派の間では市民権付与に拒否感が強い。

各議員とも来年の中間選挙が徐々に視野に入る中、保守層の支持をつなぎ留めるため上院案に簡単に賛成できないという事情がある。

これらを背景に、ベイナー下院議長(共和党)は「我々は多数の意思、米国人の意思を反映した独自の法案を前に進める」と表明している。

下院では5月に国境警備強化法案が委員会を通過、ビザ改革を巡る動きなどはあるが、上院案はたなざらしのままだ。共和党内では取り扱いは早くて10月との声がある程度で、見通しはまったく立っていない。【8月22日 毎日】
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アメリカの中間選挙では、上院議員の3分の1、下院議員の全員が改選されます。
そのあたりで、来年に選挙を控えた下院・共和党の抵抗が強い・・・という政治情勢のようです。
一方、支持率低迷が続くオバマ大統領は、長年の懸案である移民問題を前進させ、支持率回復を狙っているとされています。

ただ、上院・共和党からもかなりの賛成者が出ているように、選挙対策抜きに考えれば、それなりに評価できる部分の大きい改革案でもあります。

強硬な保守派に引きずられる傾向が強い共和党は、全国民レベルではますます多数を獲得することが難しくなりつつあります。ただ、その強い抵抗で、ねじれ状態のアメリカ議会・政治は“決められない”状況が続いています。

【「私たちはまだやれるし、やらなければならない」】
ワシントン大行進50周年記念の今年、黒人差別だけでなく、移民問題を含めた幅広い差別の現状が取り上げられています。

****人種間不公平の解消を 米の大行進50年、キング牧師長男が演説****
米公民権運動を大きく前進させるきっかけとなったワシントン大行進から50周年を記念する24日のイベントで、同運動の黒人指導者だったキング牧師の長男、マーチン・ルーサー・キング(3世)氏が演説した。

「今は(同運動の成果という)郷愁に浸るときではない」と話し、なお残る人種間の不公平や同性愛者に対する差別の解消、移民制度改革などへの一段の取り組みを促した。

1963年8月28日に行われた大行進と「私には夢がある」の言葉で知られる牧師の演説は黒人差別を禁じた公民権法の成立などの大きな推進力となった。
キング氏は「仕事はまだ終わっていない。私たちはまだやれるし、やらなければならない」と強調した。

この日は、当時と同じく行進の場となった首都ワシントン中心部のリンカーン記念堂に早朝から大勢の人々が集まり、市民団体や労働組合、宗教界指導者らが演説。その後、少なくとも数万人規模に膨らんだ参加者らが約2キロ離れたワシントン記念塔まで、銃犯罪や環境問題なども含むさまざまな社会問題の解消を訴えるプラカードを掲げて行進した。【8月25日 中国新聞】
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脱原発の道に山積する難題  廃炉、代替エネルギーの確保、コスト問題など

2013-08-25 22:45:50 | 原発

(“米オレゴン州レーニアのコロンビア川沿いにあるトロージャン原発の冷却塔(高さ151メートル)が解体される瞬間。大規模な商業用原発としては米国で初めて廃炉となった。同原発はオレゴン州の電力会社ポートランド・ゼネラル・エレクトリックが建設した(2006年05月21日)”【AFP=時事】(http://www.jiji.com/jc/d4?p=gen300&d=d4_quake&rel=y&g=int) 冷却塔ならこんな大胆な方法でいいのでしょう。日本なら問題もおきそうですが。)

廃炉:初めて経験することが多く、手探りの作業
脱原発か原発再稼働か・・・難しい選択ですが、脱原発には「原発は危ないから・・・」という漠然とした雰囲気・気分ではなく、高度な技術、膨大な資金、そして何よりも多少のリスク・負担はいとわない固い覚悟・国民的合意が必要です。

先ず、現在存在する原発施設の廃炉が必要ですが、想像以上に難しい作業のようです。
イギリスの事例では、1基廃炉するのに90年を要するとか。建設するより難しそうです。

****英国:原発「解体先進国」 稼働26年、廃炉に90年****
世界で最も廃炉作業が進む原子力発電所の一つ、英ウェールズ地方のトロースフィニッド発電所(出力23.5万キロワット、炭酸ガス冷却炉、2基)の作業現場に入った。

1993年の作業開始から20年。責任者は「既に99%の放射性物質を除去した」と説明するが、施設を完全に解体し終えるまでになお70年の歳月を要する。
「想像以上に時間とコストのかかる作業」(作業責任者)を目の当たりにし、日本が今後、直面する道の険しさを思い知らされた。(中略)

65年に運転を開始し、91年に停止した。
原子炉の使用済み核燃料(燃料棒)は95年に取り出されたが、圧力容器周辺や中間貯蔵施設内の低レベル放射性物質の放射線量は依然高い。

このため2026年にいったん作業を中断し、放射線量が下がるのを待って73年に廃棄物の最終処分など廃炉作業の最終段階に着手する。
「初期に建設された原発は将来の廃炉を想定して設計されていない。初めて経験することが多く、手探りの作業だ」とベルショー計画部長は語る。

原子炉建屋に隣接する放射性汚染水浄化装置(長さ33メートル、幅5メートル、高さ6メートル)では除染作業が行われていた。燃料棒冷却や除染作業で発生した汚染水はすでに抜かれている。別室から遠隔操作する工作機(重量5トン)3機が装置内部の汚染された壁をゆっくりと削り取っていく。

被ばくの危険があるため作業員が内部で作業できるのは短時間で、多くは遠隔操作になる。回収された放射性物質は密封され、敷地内の中間貯蔵施設に運び込まれていった。

廃炉作業には稼働時を上回る約800人が携わる。第1段階だけでも30年以上にわたる作業のため、稼働停止後、敷地内に新たにレクリエーション施設なども設けられた。作業の中断、再開を経て全施設が撤去されるのは2083年。廃炉には稼働期間(26年間)よりもはるかに長い時間がかかるのが現実だ。

この発電所は小規模で、稼働中に大きな事故もなく停止後速やかに廃炉作業に移ることができた。それでも廃炉に90年を要し、総費用は約6億ポンド(約900億円)になる。

フィリップス安全担当部長は、事故の処理も終わっていない福島第1原発の廃炉作業について「ここに比べて作業員が動ける範囲が限定されるため、ロボットを多用することになるだろう。想像できないほど困難な作業になるのは間違いない」と話した。【8月19日 毎日】
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初期の原発は、解体を前提とした構造になっていない、古いものは設計図さえ残っていない(!)といった事情で、解体作業が非常に難しいようです。

ましてや、福島のような事故を起こした施設の処理は、いまだ方法も、要する時間・費用もわからないというところでしょう。

容易に廃炉できないというのは、解決策を模索している廃棄物処理の問題と同様に、原発技術が未完成のものであることの証でもあります。

ただ、廃棄物処理については“どの地域の住民がリスクを負担するのか”という、解決策を見いだせない難題があるのに比べれば、廃炉は今後の経験で技術が進歩することも見込めるところがあります。

世界的には、ドイツのような脱原発を進める国もありますが、流れとしては新興国を中心に今後ますます多くの原発が建設・計画されています。

そうした原発推進の国々においても、古い原発施設は一定の年月が経過すれば更新・廃炉が必要になるでしょうから、廃炉技術は早急に確立される必要があるのと同時に、膨大な需要が見込める技術とも言えます。

もし日本が脱原発を進め、本気で廃炉に取り組むのであれば、その過程で蓄積さる廃炉技術は、原発建設技術同様に、世界市場に提供しうる“成長戦略”のひとつにもなるのではないでしょうか。

【「世界がドイツを見ている」】
脱原発で減少するエネルギーをどういう形で補うか、安定的に供給できるのか、コスト的に負担が増えないのか・・・という問題も出てきます。

脱原発を進めるドイツは、“チェルノブイリ原発事故などの影響を受け、2000年に中道左派のシュレーダー政権が20年ごろまでの原発全廃を決めた。これに対し、09年の総選挙で勝利した中道右派のメルケル政権は運転延長を決定。しかし、福島第一原発事故後の11年6月、「脱原発」にかじを切った。”【8月25日 朝日】という経緯があります。

現在、強い脱原発の国民的合意で自然エネルギーを推進していますが、それでも電気代に跳ね返るコストの問題は議論を呼んでいます。

****独、ブレない脱原発 総選挙、与野党とも自然エネ推進 課題は膨らむ電気代****
東京電力福島第一原発の事故を受け、「原発ゼロ」を目指す方針を決めたドイツ。再稼働に向けて動き出した日本とは対照的に、9月の総選挙ではこの目標に争いはなく、与野党ともに自然エネルギーの推進を訴えている。ただ、自然エネの普及に伴って電気料金は値上がりが続いており、対策に苦労している。

ドイツは福島事故後に超党派で「脱原発」を決めた。事故前に17基あった原発のうち8基を閉鎖し、残る9基を2022年までに順次閉鎖。自然エネルギーによる電力の比率を20年までに35%、30年までに50%へ増やす目標を立てた。

自然エネは想定以上のペースで拡大し、事故前の10年に電力の22・4%をまかなっていた原子力の比率は12年に16・1%まで低下。一方、自然エネは16・4%から22・1%まで増えた。
懸念された電力不足も起きず、天気の良い時には自然エネの発電量が火力や原子力などの総発電量を上回る日も出てきた。

メルケル首相は7月、「エネルギー政策の目標を達成できると確信している」と、脱原発の方針を確認。9月22日にある選挙の公約でも、最大与党のキリスト教民主同盟(CDU)が「強い決意でエネルギー政策の大転換を前進させる」、最大野党の社会民主党(SPD)も「世界がドイツを見ている。エネルギー政策の大転換が成功すれば、中国のような新興国にとっても成長モデルとなる」と方向は一致している。(中略)

 ■買い取り制度、見直し策争点
ただ、課題は山積している。最大の問題は電気料金値上がりだ。平均家庭の電気料金は月69・10ユーロ(10年)から83・80ユーロ(13年)へと2千円近く増えた。自然エネの普及を促すための固定価格買い取り制度による、電気料金への上乗せ分が増え続けているためだ。

そのため、メルケル政権のアルトマイヤー環境相(CDU)が買い取り価格の大幅削減を訴えるなど、制度の見直しが議論に上っている。だが、自然エネの普及ペースを減速させる可能性があり、野党は反対している。

SPDは、電気にかかる税金の減税を主張。野党・緑の党は、メルケル政権が進めた固定価格買い取り制度の大企業への優遇拡大をやめ、一般家庭の値上げを抑えるべきだと主張している。現状では、年1ギガワット時以上使う企業の電気料金への上乗せ分は家庭の10%以下に優遇されている。【8月25日 朝日】
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断ち切れない石炭依存
ドイツの場合、原子力エネルギーにかえて自然エネルギーを推進してはいますが、一方で、石炭火力発電所稼働も増加し、2012年の総電力にしめるエネルギー源の内訳でみると、原子力:16.1%、再生可能エネルギー22.1%に対し、石炭:44.8%と、CO2排出で問題が多い石炭に依存する形にもなっています。

****ドイツ:脱原発 増えるCO2 メルケル政権ジレンマ****
・・・2011年3月の東京電力福島第1原発の事故後、22年までの段階的な「脱原発」を決めたドイツ。
発電量に占める原子力の割合は減り、逆に風力や太陽光など再生可能エネルギーの割合が増えている。

だが原発を減らす分の「穴埋め」として、地球温暖化の原因とされるCO2排出増加につながる石炭依存が進むのも事実だ。
欧州連合(EU)によると昨年、加盟27カ国(当時)中23カ国が前年比でCO2排出量を減らしたのに対し、ドイツは逆に約640万トンの増加だった。

国際会議などでアンゲラ・メルケル首相(59)は世界的な「CO2削減」を訴えるが、ドイツ自身が石炭依存を断ち切れない。
米国で新型天然ガス「シェールガス」の生産が拡大していることなどから石炭価格は世界的に下落傾向にあり、「安く買える」利便性も背景にある。

9月22日の連邦議会選(総選挙)では、脱原発に伴うこうした矛盾解消も争点の一つ。特に熱心に対策の必要性を訴えているのが環境政党・緑の党だ。

シュレーダー政権(1998〜2005年)で緑の党は社会民主党と連立与党を組み、02年の脱原発法制化を実現させた実績がある。
ドイツはその後メルケル政権が一度は原発延長に転じたが、福島事故後に再び脱原発に落ち着いた。

だが皮肉なことに、脱原発決定後は緑の党の「存在意義」が有権者に見えにくくなった側面もある。
福島事故直後の11年4月の世論調査で一時28%まで上昇した緑の党の支持率は現在、14%前後止まり。
そこで今、公約に掲げるのが30年までの電源における「脱・石炭」だ。

「野心的だが、再生エネルギーのダイナミックな増加率を見れば可能な案だ。(全発電量に占める)再生エネの割合は数年前はわずか10%台だったが、昨年は25%近くまで上昇している。やがては石炭に代わることができる」。緑の党で環境政策に携わるベルベル・ヘーン議員(61)は、再生エネ普及のペースを上げることで石炭の代替は実現可能と分析する。

一方、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟は、選挙公約で石炭削減には踏み込んでいない。「再生エネの不安定性を埋め合わせるため、近代的で効率の良い石炭・ガス発電所は必要」と指摘し、急激な再生エネへの移行を避け、今後も石炭を使う立場だ。

「エネルギー転換は長期戦だ」。ベルリン自由大学のルッツ・メッツ博士(エネルギー政策)は話す。「最近の議論は発電ばかりに目を奪われがちだが、ドイツでは暖房と給湯がエネルギー消費の大部分を占める。まずはこの消費をいかに抑えるか。長期的な省エネやエネルギー効率化が重要だ」

電気料金の高騰や送電網の未整備など多くの課題に直面するドイツ。11年の脱原発決定以降、初となる国政選挙には「長期戦」となるエネルギー政策の次の一手がかかっている。【8月24日 毎日】
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【「市民送電線」】
ドイツが目標通りに自然エネルギーを伸ばすには、風力に適した海岸地帯などから大都市や産業地帯へ送電網を強化する必要があります。
そこで、送電事業者が建設費の一部を予定路線の近くに住む市民からの投資でまかなおうとする試みも行われています。

しかし、電磁波の健康への影響や景観破壊を懸念する市民の反対運動も起きています。

****風力送電網の投資巡り賛否****
・・・・送電事業者テネットは、シュレスビヒホルシュタイン州西海岸を走る新たな送電線約150キロの建設費の一部を、予定路線の近くに住む市民からの投資でまかなおうとしている。

沿線の両側5キロ以内の住民が同社の社債に1万ユーロ(約130万円)まで投資できる。約束された利回りは年3~5%。通常の銀行預金に比べればかなりの高利だ。(中略)

だが、巨大な送電線や鉄塔には、電磁波の健康への影響や景観破壊を懸念する市民の反対運動が各地で起き、建設は遅れている。

「市民送電線」とテネット社が呼ぶ試みは、住民にとって迷惑施設の送電線から利益を提供することで反対を少しでも和らげる狙いだ。ドイツ政府もこの初めての取り組みを「試験的プロジェクト」として注目している。

しかし、狙い通りに行くかどうかは不透明だ。「テネットは住民の賛同を金で買おうとしているが、私たちは自分を売るつもりはない」。フーズム郊外の17世紀の建物でレストランを営むユルゲン・レックさん(56)は送電線の必要性は認めつつも、観光や渡り鳥への悪影響を懸念している。正式に建設が決まれば、裁判を起こすつもりだ。【8月25日 朝日】
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脱原発は容易ではありません。繰り返しになりますが、多少のリスク・負担はいとわない固い覚悟・国民的合意が必要です。
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人権重視の欧州で続くロマ差別  ロマ分断の「壁」

2013-08-24 22:41:20 | 欧州情勢

(スロバキアで暮らすロマ 2001年頃の写真のようです。もちろんロマの人々の暮らしぶりも様々でしょうが。 “flickr”より By Christophe VANDER EECKEN http://www.flickr.com/photos/73066088@N00/2580934097/in/photolist-4W4XMK-4W9cN7-4Y773Q-5gmgBX-5Cauk4-5CaumF-5CeMam-5Ei1yG-5Ei1Ah-5LcMj2-5Lh2MW-5Lh2Q9-5Lh2US-65Xa3Q-69TDZ9-6aYKKD-6aYLGc-6aZdiK-6aZdWF-6aZenk-6aZeLv-6aZfyt-6aZC54-6aZCdR-6aZCwv-6aZFUB-6aZHm6-6aZHAH-6aZJ7Z-6aZKF8-6aZLz8-6aZM14-6aZMST-6aZNeT-6b19SK-6b1cDc-6b3U9d-6b4N57-6b4NKA-6b4PVd-6b4Qkj-6b4Rdb-6b4RN7-6b4Sab-6b4UAG-6b4VpL-6b4Y7L-6b5gRj-6b5p9s-6be6Xx-6be6Zk)

2年ほど前の欧州の状況に関する下記記事ですが、現在も排外主義や大衆迎合主義が横行する危険が続いています。

****ヨーロッパに忍び寄るネオ排外主義****
ユダヤ人やイスラム教徒を標的にする極右政党の躍進が各国で相次ぐ不気味。

ヨーロッパに新たな分断が生まれている。かつての鉄のカーテンとは違って、今回の「壁」は異質なものに対する強い拒否反応。西ヨーロッパではイスラム教徒、東ヨーロッパではユダヤ人とロマ人、同性愛者が標的になっている。

・・・・世界的な不況のあおりを受けて有権者が失業や所得減に苦しむなか、スケープゴートを求める風潮がかつてと同じ有害な政治を生み出している。(後略)【2011年10年4月28日号 Newsweek日本版】
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上記記事で排斥・差別の対象として挙げられているジプシーとも呼ばれるロマの起源等については諸説あり、それだけで1冊の本にもなりますが、ごく簡単には以下のように理解されています。

“ロマ民族は、数百年前にインドを離れた人々を起源とする放浪の民。長きにわたり差別を受けてきた歴史を持ち、軽犯罪の取り締まり対象になることも多い。第2次世界大戦中には、ユダヤ人や同性愛者らと共に、数十万人がナチス・ドイツにより殺害された。”【7月24日 AFP】

なお、【ウィキペディア】では、北インドから移動を始めたのは西暦1000年頃とされています。

冒頭【Newsweek】記事では、東ヨーロッパでの差別対象として挙げられていますが、西ヨーロッパでも差別対象となっていることには変わりありません。

2010年10月22日ブログ「欧州委員会、フランスのロマ送還問題で法的措置回避  ルーマニアのロマの現況」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101022)では、当時のフランス・サルコジ政権が少数民族ロマを出身国ルーマニアなどに送還している問題、またイタリア・ベルルスコーニ首相(当時)も、サルコジ大統領の「ロマ追放策」を支持し、「ロマ問題は仏だけでなく欧州すべての問題だ」と発言していることなどを取り上げています。

このブログのなかで、イタリア・ナポリ近郊のジュリアーノ市が、ロマ居住区を高さ3mのコンクリート壁で遮断する計画であり、当局はこの壁は“町の装飾”と説明している・・・という話にも触れました。

こうした“壁”は実在するようで、スロバキアの「欧州文化首都」コシツェでも問題となっています。

****ロマ分断の「壁」出現=EU、撤去促す―スロバキア****
欧州連合(EU)の今年の「欧州文化首都」に指定されているスロバキア第2の都市コシツェに7月、少数民族ロマと多数派スロバキア人の居住区を分断する壁が建設された。EUは欧州文化首都の理念に反すると警告。即時撤去を促した。

壁は全長30メートル、高さ2メートル。ロマ居住区に隣接する駐車場で窃盗が多発しているとの住民の苦情を受け、地区当局が建設した。これにより、ロマ居住区からスロバキア人居住区への行き来ができなくなった。

EU欧州委員会のワシリウ欧州委員(教育・文化・多言語・青年担当)はコシツェのラシ市長に書簡を送り、「人種差別と闘うEUの価値観に背く」と不快感を表明。欧州文化首都は欧州文化の多様性を訴える狙いがあり、コシツェはロマ文化の紹介も求められていると強調した。

これに対し、ラシ市長は返信で、「市当局は壁を許可しておらず、違法に建設された」と釈明し、法的措置を取ると約束した。スロバキアのメディアによると、同国では2009年以降、同様の壁が14カ所で建設されたという。【8月24日 時事】
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コシツェの壁は当初、騒音問題やゴミの被害を理由に建設され、“2011年の国勢調査では、スロバキアの総人口550万人のうちロマ民族は約10万6,000人。ただ実際には30万人近いとの見方もある。ロマはスロバキアやチェコ、ハンガリー、ルーマニアを中心に中東欧の各地に散在する。”【8月22日 NNA.EU】とのことです。

また、フランスでも先月、ある国会議員のロマ差別発言が問題となっています。

****ヒトラーはロマを十分に殺さなかった」発言で仏議員の捜査開始****
フランスの捜査当局は23日、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーがロマ民族を「十分に殺さなかった」と発言したとされる国会議員について、「人道に対する罪の擁護」の疑いで捜査を開始したと発表した。

問題の発言をしたとされるのは、仏西部ショレの首長も務めるジル・ブルドゥレックス下院議員。マニュエル・バルス内相は捜査当局の発表に先立ち、発言に対する「重い処罰」が妥当との意見を述べていた。同議員が裁判で有罪になれば、最大で禁錮5年と罰金4万5000ユーロ(約590万円)が科される可能性がある。

地方紙「Courrier de l'Ouest」のウェブサイトで公開された録音によると、ブルドゥレックス議員は21日、違法に野営地を設営していたロマ民族の人々に対し、「ヒトラーは十分に殺さなかった」と発言したとされる。
発言の前、ロマの人々は同議員に対して「ナチス式の敬礼」をしたという。

(中略)ジャンマルク・エロー首相はブルドゥレックス議員の発言について「選挙で選ばれた議員としてふさわしくない」もので「法によって罰することもできる」と述べた。また、同議員が所属する中道派・民主独立連合(UDI)の党内からも批判の声が上がっており、同議員は離党を強いられる可能性がある。

一方、ブルドゥレックス議員は、発言は文脈から切り離されたもので、録音も改ざんされていると主張している。
同議員は2010年11月、ロマ民族の野営地にトラックで突っ込むと脅した他、2012年11月にもフランスはロマ民族により「新たな侵略」を受けていると発言するなど、ロマ民族に関する発言が問題になっていた。【7月24日 AFP】
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ロマが差別対象となる理由のひとつには、現実に犯罪など治安上の問題を惹起していることがありますが、職業・教育など多くの面で差別を受けている現状では、生活のため、あるいは社会に対する不満などからそうした犯罪に走りやすいという事情もあります。

独自の文化や慣習を固守する閉鎖性についても、そうした形の生活においやる社会的差別・偏見の結果でもあります。

ロマの多くが暮らすルーマニアにおけるロマへの偏見・差別については、2010年10月22日ブログでも取り上げています。

問題の解決には差別ではなく寛容の精神が必要ですが、現実的問題を声高に叫び差別を公言する人々は、そうした対応を間の抜けた理想論に過ぎないと嗤うことでしょう。

そのあたりは、理想を捨て去り、自己の利益に固執する“醜さ”を良しとするか・・・という美学・品格の問題でもあります。
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どうしてこの時期に?  シリアの化学兵器使用問題とエジプトのムバラク氏保釈

2013-08-23 22:12:48 | 中東情勢

(化学兵器攻撃の犠牲となったとされる子供たち “flickr”より By EDMD1 http://www.flickr.com/photos/44951574@N03/9567740142/in/photolist-fztaNW-fzqCgw-fzbACv-fzqSC9-fzqPzL-fzxRaW-fzszKb-fA1Dph)

政権側使用なら「政治上の自殺行為」】
内戦が続くシリアでは、アサド政権側によって兵器が使用され多数の死者が出たという問題が焦点になっています。

****シリア:政権側が神経ガス使用か 213人死亡も****
ロイター通信は21日、シリア反体制派からの情報として、首都ダマスカス近郊で同日、アサド政権側による神経ガス攻撃があったと伝えた。地元病院関係者は、ロイターに対し、住民213人が死亡したと答えている。

子供や女性も含まれ、多くは外傷を確認できず、口から泡をふくなど、化学兵器特有の症状がみられるという。シリア国営テレビは報道を否定した。

シリア内戦では今年に入って戦闘で化学兵器が使われた疑いが強まり、国連の調査団が18日から2週間の日程でシリア入りしている。
今回、200人以上の死者が出たとすれば、これまでの化学兵器による被害疑惑の中で最も大きい。アラブ連盟と英仏政府は21日、国連調査団を現地に向かわせるよう要請する声明を発表した。

反体制派は、21日に化学兵器による攻撃を受けたのはダマスカス近郊の反体制派支配地域3カ所としている。現場にいた男性は毎日新聞の取材に対し、午前2時半ごろ、航空機多数が上空を通過するような音を聞いたと証言。別の場所では午前3時ごろ爆撃があり、犠牲者の多くは自宅で就寝中に死亡したという。反体制派主要武装組織「自由シリア軍」の広報官は、窒息や中毒により1000人以上が死亡したと述べた。

アサド政権は21日の大規模攻撃そのものは認めたものの、化学兵器使用の報道は「事実無根」と否定。反体制派が国連調査団を混乱させる目的で、うその情報を流していると反論した。

ヘイグ英外相は声明で、今回の事案を国連安保理へ報告すると同時に、アサド政権に対して調査団の現地入りを許可するよう要請。調査団のセルストロム団長も調査の必要性に言及しつつ、国連の指示を待つ意向を示した。【8月21日 毎日】
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犠牲者数については、“英国に拠点を置く反体制派NGO「シリア人権監視団」は、この攻撃で約170人が死亡したとしている。一方、反体制派の統一組織「シリア国民連合(Syrian National Coalition)」は、1300人が死亡したと主張している。”【8月23日 AFP】というように、かなり幅があります。

本当に政権側による神経ガス攻撃があったということになれば、これまで介入をためらってきた欧米にとって、政権側が“レッドライン”を大きく超えたことになり、今後の展開を大きく左右することになります。

アメリカは「我々が化学兵器の使用を最も強い言葉で非難するのは疑いのないことだ」(アーネスト大統領副報道官)と「深い懸念」を表明しながらも、今のところは新たな対応には言及せず、まずは国連の現地調査が重要との立場を強調しています。【8月22日 毎日より】

しかし、フランスのファビウス外相は、シリアのアサド政権による化学兵器使用が確認されれば「国際社会は武力で対応しなければならない」と、初めて武力行使に言及しています。【8月22日 毎日より】


もっとも、素人的には「どうしてこの時期に?」という感があります。
これまでも取り上げてきたように、戦局はアサド政権側に優位に動いていると言われています。
追い込まれて、苦し紛れに・・・という状況ではありません。

また、戦局が有利になっている余裕もあってか、これまでの化学兵器使用疑惑をめぐる国連調査を受け入れ、ダマスカスに調査団が入っているまさにその時期です。

“シリア政府は、国連の査察団が国内にいる間に化学兵器を使用することは「政治上の自殺行為」だと述べ、疑惑を否定している。”【8月23日 AFP】

反体制派主要組織「シリア国民連合」前議長のモアズ・ハティブ氏は、“アサド政権は「国連調査団がシリアにいる間でも、どんなこともできると見せつけ、反体制派を絶望させようとした」との見解を示した。”【8月23日 毎日】とのことですが、あまり説得的ではないように思えます。

反体制側には、住民犠牲をいとわないアルカイダ系武装組織も含まれています。
軍事的に劣勢に立たされている反体制側が、政権を追い詰めるために・・・という話なら、十分に動機があるようにも思えますが、もちろんなんらそれを裏付けるものはありません。

仮に、反体制側が使用したとしても、もともとは政権側が保有していた兵器でしょうから、事後の調査でどちらの犯行かを特定することは困難でしょう。

なお、被害があった地域は反政府側が実効支配しているエリアで、政権側は事件後も空爆を続け、奪還をはかっています。

****シリア政権、毒ガス攻撃疑惑の地区に再三の空爆****
毒ガス兵器の使用が疑われているシリアのアサド政権は22日、毒ガスによるとみられる攻撃で多数の死者が出た首都ダマスカス近郊を空爆などで攻撃した。

ロンドンを拠点とする「シリア人権監視団」によると、シリア軍が攻撃しているのは、ダマスカス東方のザマルカ、ハーン・シェイフ両地区など。ザマルカ地区は、21日に毒ガス兵器によるとみられる死者が出た3地区の一つ。反体制派が実効支配している地域で、シリア軍による奪還作戦が続いている。

シリアのズエビ情報相は21日の記者会見で「複数のテレビ局が、シリア軍が住民に化学兵器を使用したとする映像を放映しているが、計画的なねつ造だ」とし、疑惑を全面的に否定した。【8月23日 時事】
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【「抗議の動き広がる」か「抗議は広がらず」か?】
もうひとつの「どうしてこの時期に?」という素朴な疑問は、エジプトでのムバラク元大統領の釈放です。

****ムバラク元大統領を保釈=国民反発、混乱拍車も―エジプト****
エジプトで30年にわたって独裁体制を敷いた末、2011年の民主化要求運動「アラブの春」で失脚したムバラク元大統領は22日、収監先のカイロの刑務所から保釈された。
エジプトの民衆の間では元大統領に対する反感が強く、国内の混乱に拍車が掛かる恐れがある。

軍が後押しする暫定政権は保釈に先立ち、元大統領を非常事態法に基づく自宅軟禁とする措置を決定。元大統領は警備や健康管理上の理由から、ヘリコプターでカイロの軍病院に移送され、そのまま軟禁下に置かれた。

元大統領をめぐっては、アラブの春の中、デモ隊の殺害を指示した疑いなどで裁判が続いており、次回公判は25日に予定されている。

ただ、弁護士が「全ての嫌疑について、判決が下される前に許容される勾留期間が過ぎている」として保釈を要請。裁判所はこれを受け入れ、検察も異議申し立てを行わなかった。

判決確定前の保釈をめぐり、暫定政権の弾圧にさらされているイスラム組織ムスリム同胞団などは「元大統領は腐敗、貧困、圧政といったエジプトのあらゆる悪の象徴だ」と批判し、国民に抵抗を呼び掛けている。【8月22日 時事】 
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2011年2月に大統領を辞任したムバラク氏は、デモ隊の殺害を指示した罪などで起訴され、昨年6月に終身刑判決を受けましたが、その後判決は取り消され、やり直し裁判が行われています。

“今回の保釈決定は、表向き「未決勾留期間が2年を超えた場合は保釈される」とする同国の刑事訴訟法に基づくものだが、イスラム主義のモルシ大統領を解任して暫定政府を樹立させた軍の意向が働いた可能性は高い。”【8月21日 読売】

刑事訴訟法にかかわらず拘留を続けることが法律的に可能なのか・・・そこらはよくわかりませんが、“軍の意向”は背後にあるのでしょう。

もっとも、モルシ前大統領を支持するムスリム同胞団との厳しい衝突が続き、アメリカ・EUから厳しい批判にさらされている今、国内的にも、国際的にも大きな火種となるムバラク氏保釈に踏み切った意図は理解しかねるものがあります。

状況が混乱しており、ムスリム同胞団への市民の批判も強い今ならやれる・・・という判断でしょうか。
実際、これまで暫定政権を支持してきた勢力の反応は、それほど大きくないようです。

****ムバラク元大統領を保釈 抗議の動き広がる エジプト****
2011年の反政権デモで失脚、起訴されたエジプトのムバラク元大統領(85)が、22日に保釈された。抗議の動きは広がっており、23日にムスリム同胞団など複数のグループがデモを呼びかけている。一方で世俗・リベラル派は分裂しており、その動向が焦点となりそうだ。

ムバラク氏は22日、カイロ近郊の拘置所を出てカイロ南部の軍病院に入った。暫定政権は「軟禁状態に置く」としている。エジプトの刑法上、未決勾留の上限は2年。司法関係者は今回の保釈を「法に従った行為で、政治状況は関係がない」としている。

ムバラク氏は高齢で健康問題を抱える。デモ隊への発砲命令事件などの公判が続くうえ、ガマル元与党政策委員長ら2人の息子も拘束中だ。ムバラク氏が今後、政治的な権力を取り戻す可能性は低い。

一方、市民の間では「ムバラク政権を支えた軍が復権したから保釈された」との見方が広がっている。工事現場で働くアフマド・ムハンマドさん(25)は「あんなにデモ隊を殺して、こんなに早く保釈されるわけがない」と語る。

ムルシ前大統領の出身母体のイスラム組織・ムスリム同胞団は、23日に「殉教の金曜」と名付けた反軍部・暫定政権デモを呼びかけた。暫定政権は非常事態宣言と夜間外出禁止令を出し、各地に装甲車や兵士を配置しており、デモが行われれば再び大規模な衝突につながる恐れがある。

11年の反政権デモを主導した世俗・リベラル派は分裂している。青年組織「4月6日運動」の主流派グループは22日、左派団体とともに23日に保釈抗議デモを行うと発表したが、間もなく取りやめた。
広報担当者は「ムバラク釈放には賛成しないが、同胞団のデモ隊との衝突を避けるため」としている。4月6日運動はムルシ政権と対立した経緯があり、暫定政権を支持している。

暫定政権にも同胞団にも反発する分派「4月6日運動・民主戦線」は22日にカイロでデモを始めた。

長期化するデモを、冷ややかな目で見る市民も少なくない。主婦ムーラ・アフマドさん(46)は「元大統領は歓迎しないが、今はデモをしている状況じゃない。生活の安定が最優先」と話した。【8月23日 朝日】
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この記事が非常に面白いのは、同じ朝日新聞の鹿児島(10版)では、ほとんど同じ記事内容ながら、記事の表題は正反対の「抗議は広がらず」になっていることです。

内容的に上記(デジタル版)で追加されているのは“暫定政権にも同胞団にも反発する分派「4月6日運動・民主戦線」は22日にカイロでデモを始めた”という部分だけです。

一方、鹿児島・10版では、“世俗派や青年らはムバラク保釈よりも同胞団への反感が強い。保釈批判のデモをすれば同胞団も加わり、反暫定政権デモに転化する。だから簡単には動けない」という、ある地元ジャーナリストのコメントが載せられています。

朝日新聞記事の表題変更は、現状が「抗議の動き広がる」とも、「抗議は広がらず」ともとれる微妙な状況にあることの反映でしょう。
少なくとも、一気に抗議が広がるという状況ではないようです。

その意味では、素人的な「国内的にも、国際的にも大きな火種となるのに、どうしてこの時期に?」という疑問より、軍・暫定政権の「今ならやれる」という判断の方が当たっている・・・ということでしょうか。


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カンボジア  フン・セン首相・与党が辛勝するも、野党躍進  “内戦後”の終焉

2013-08-22 22:05:32 | 東南アジア

(16日、アメリカから帰国して支持者の歓迎を受けるサム・レンシー氏 【8月16日 CAM PhotoAgency】http://camphotoagency.blogspot.jp/2013/08/blog-post_16.html)

首都や人口の多い州では、野党が与党を上回る
フン・セン首相の長期政権が続くカンボジアでは、先月28日に総選挙が行われました。

フン・セン首相に対抗して野党の軸となるサム・レンシー氏の帰国と盛り上がる野党陣営、強権支配や不正・腐敗の横行を批判されながらも、クメール・ルージュ支配下の地獄を多くの国民とともに生き抜き、カンボジア内戦後の安定をもたらしたとして根強い支持を集めるフン・セン首相について、選挙前の7月19日ブログ「カンボジア 総選挙を前にリベラル派の亡命政治家帰国 批判もあるフン・セン首相が支持される背景」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130719)で取り上げました。

選挙結果については、フン・セン首相の与党が議席数を大きく減らしたものの、過半数は維持・・・という中央選挙管理委員会による暫定結果が出されていますが、野党側はこれを認めていません。

****与党勝利宣言も難しいかじ取り カンボジア総選挙、都市で野党大躍進****
7月28日に投開票されたカンボジア総選挙(定数123、5年ごとに比例代表制で改選)は、与野党双方が「勝利宣言」をして迷走が続いている。

8月12日までずれ込んだカンボジア中央選挙管理委員会による暫定結果の発表によると、与党・カンボジア人民党が辛勝したが、野党・カンボジア救国党は受け入れていない。

当初懸念された大規模デモや衝突は発生しておらず平穏だが、フン・セン首相の与党は厳しい世論を相手に、難しいかじ取りを迫られている。

 ◆ほぼ互角の数
カンボジア中央選挙管理委員会によると、得票数は与党・人民党が約324万票、野党・救国党が約295万票。確定得票と獲得議席数は9月上旬にも発表される見込みだ。与党は全国のほとんどの州で野党を上回ったが、首都プノンペン、コンポンチャム州、プレイベン州、カンダール州といった人口の多い州では、野党が与党を上回り、有権者の不満が都市部ほど強いことを示した。

カンボジアの総選挙をめぐっては投開票直後、与党・人民党が「与党68議席、野党55議席」との独自集計結果をもとに勝利宣言した。
改選前の議席は、与党90議席、野党29議席(旧サム・レンシー党と旧人権党の合計)、その他4議席で、与党が大幅に議席数を減らすことは確実だ。
一方の野党は「63議席以上を獲得している」として、与党発表を認めていない。

投開票日の1カ月前から始まった選挙運動は、7月19日に野党のサム・レンシー党首がシハモニ国王の恩赦を受けて事実上の亡命先であるフランスからカンボジアに帰国してから、一気に盛り上がった。

サム・レンシー氏は2009年、現政権のベトナムに対する姿勢を非難し、ベトナムとの国境を定める杭(くい)を抜いたため、器物損壊などの罪に問われた。10年、同氏は国会議員の不逮捕特権を剥奪されたためフランスに渡り、カンボジアではこの件について本人不在のまま懲役刑が言い渡された。

以後、身柄拘束を避けるため、カンボジア国外で政治活動を続けていた同氏だが、国王の恩赦を受けて帰国。党首を迎えようと、空港周辺の道路は支持者で埋め尽くされた。

 ◆巧みな現首相
野党優勢の情報は投票日当日、即日開票された会場からも流れた。だが、野党は勝利宣言までしたものの、フン・セン首相の硬軟使い分けての巧みな自己演出と、野党党首の渡米で勢いがそがれた。

各地で野党大躍進が伝えられた投開票日の夜から、フン・セン首相は3日間、公の場に姿を見せなかった。国外亡命説も出たほどの沈黙を貫き、ようやく国民の前に姿を見せた7月31日夕方には、野党に対し「与野党協議で解決を」と柔軟姿勢で呼びかけた。
そして強硬だった野党が話し合いに応じる意思を示したとたん、今度は首都郊外に装甲車などを配備し、大規模デモを示唆する野党に対し、力には力でこたえる強硬姿勢を見せた。

与野党の攻防が続く8月上旬、今度は野党のサム・レンシー党首が「家族の結婚式のため」として約1週間渡米。野党支持者の中には「なぜ、この時期に私用で渡米するのか分からない」と力を落とす人もおり、熱が冷めかけたようにも見える。

ただ、与党の独自集計でさえ政権を脅かしかねない得票数が弾き出された「野党の大躍進」は、与党内部に強い衝撃を与えたようだ。
安泰といわれたフン・セン政権の基盤が揺らぎ、与党内部にも「政治改革」の必要性を訴える声が強まる可能性もある。与党の報道官は独自集計を受けて「われわれにとって、目の覚めるような結果だ」と語った。

野党に託すには早い、だが与党とて最良の選択肢ではない、という国民の意思を、百戦錬磨のフン・セン首相がどのように受け止めるのか。カンボジアは政治の季節がまだ続いている。(カンボジア邦字月刊誌「プノン」編集長 木村文)【8月21日 産経】
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虐殺・戦乱へのトラウマも人民党への恐れも持たない世代
野党躍進の背景には、フン・セン首相への批判があるのはもちろんですが、あの“地獄”のようなカンボジア内戦を経験していない若者(ポスト内戦世代)の増加があるようにも思えます。

****カンボジア総選挙 ポスト内戦世代が動かす民意 大野良祐****
その町には、あっけなく着いた。カンボジア北部、アンコール遺跡群で知られる古都シエムレアプから北へ車で2時間。アンロンベンは、ポル・ポト派が最後まで抵抗し、そして消滅した地だ。総選挙があった7月28日に訪ねた。

かつて、簡単には近づけない密林だった。1998年、政府軍が最終攻勢をかけるなか、ポル・ポトがここで死んだ。制圧後、現地が報道陣に公開され、私も取材に行った。道はなく、軍の旧ソ連製ヘリに乗った。同派の最後のトップだったタ・モク参謀総長の家は、トイレが洋式だった。そのことへの違和感が、記憶に残っている。

それから15年、ここはタイ国境の町として開かれた。商店が立ち並び、カジノができ、ポル・ポトの火葬場所やタ・モク邸は観光スポットになった。キリングフィールドから安定、経済成長へ。アンロンベンには、この国の支配者フン・セン首相がもたらした変化が凝縮されていた。

98年は、国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)下の総選挙(93年)に続く、新生カンボジア2回目の総選挙の年だった。当時取材した有権者たちは、例外なくポト派時代と内戦を通じて凄惨(せいさん)な体験をしていた。「安定」が何にもまさる価値だった。

その手法の是非は別として、フン・セン体制のもとで政治は安定し、04~07年には10%を超える経済成長を実現した。この前後、2回の総選挙は人民党の圧勝だった。

そして今回、5回目の総選挙が実施された。「安定」と「成長」で国民の不満を抑え込む「フン・セン・モデル」は、いましばらく有効だろう、と誰もが思っていた。
だが、結果は違った。下院123議席のうち、人民党は68で、野党・救国党は55。野党が大躍進を果たした。

投票数日前、通訳・ガイド業を営むセイハーさん(34)は「私の世代でも、野党支持を口に出すのは怖かった。今の若者は違います。こちらに来ればわかります」と興奮ぎみのメールをくれた。

プノンペンに着くと、若者たちが野党の旗を振りながらバイクで街を走り、その数が日に日に増えていった。交流サイト上には「(金を払って人を集めている)人民党集会で2万リエル(約500円)もらってきた。この金でガソリンを買って、救国党のために走るぞ」。そんな書き込みが飛び交った。

カンボジアは若い国だ。ポト派支配期に200万人近くが犠牲になり、当時の子ども世代の30~35歳人口が極端に少ない。逆に、和平後数年間に生まれた15~20歳が団塊の世代だ。選挙権は18歳から。今回初めてポスト内戦世代が1票を手にし、その数は有権者の3割近くに達していた。

首相の座に28年。フン・セン氏がカンボジアを知り尽くしているのは間違いない。だが、5年に1度示される民意は、虐殺・戦乱へのトラウマも人民党への恐れも持たない世代の入場で、不連続の変貌(へんぼう)を遂げていた。外交官として60年代から同国を見つめてきた元駐カンボジア大使の篠原勝弘さんは「UNTAC選挙のときのような熱気を、久しぶりに感じた」と話す。

人民党は、長い支配のもとに巣くった腐敗や不公正を正し、救国党は、対決一色ではない建設的な野党という政治文化を育め――これが有権者の負託であろう。見事な民意が示されたと私は思う。【8月19日 朝日】
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ただ、前回ブログでも紹介した「フンセンは自分たちと一緒に、厳しいポルポト時代を生き抜いてきた。サムレンシーはその時、フランスでエアコンのきいた部屋にいた。ベトナムの力を借りたかもしれないが、実際にポルポト政権を倒したのは人民党だ」という国民の声には(ポルポトを倒したのがベトナムか人民党かという判断は別にして)重いものもあります。

ひとつの時代が終わろうとしている
サム・レンシー党首のフランスとカンボジアを行き来する人生については前回ブログで取り上げましたが、今回、選挙後の重大な時期の渡米ということで、「またか・・・」という感もありましたが、16日には帰国したようです。

****救国党サム・レンシー党首が滞在先のアメリカから帰国****
カンボジア最大野党救国党のサム・レンシー党首が滞在先のアメリカから今日午前カンボジアに帰国しました。この帰国に伴い、空港そしてロシア通りの沿道には多くの支援者が集まり同党首を出迎えました。

同党首はアメリカ滞在中、娘の結婚式に出席したほか国連やアメリカ政府関係者と話し合いの場を設け意見交換を行ったと見られており今後予定されている、与党人民党や選挙管理委員会との会合にどのような姿勢で臨むのか注目されています。【8月16日 CAM PhotoAgency】
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“野党に託すには早い、だが与党とて最良の選択肢ではない、という国民の意思を、百戦錬磨のフン・セン首相がどのように受け止めるのか”・・・・長く政権を維持した権力者が晩年に自己改革して新たな政治を行ったという事例はあまり耳にしません。
おそらく、フン・セン首相も“目の覚めるような結果”に正面から向き合うことは難しいのではないでしょうか。

どちらが勝利したかは定かではありませんが、野党側にも政権を圧倒する力がなかったのも事実でしょう。
ただ、今の流れでいけば、フン・セン首相の神通力もこれが最後ではないでしょうか。
“カンボジア内戦の戦後”というひとつの時代が終わろうとしているのでしょう。

野党側・サム・レンシー氏には、大規模デモや街頭での衝突という混乱、あるいはアメリカなどの支援をうけての活動ではなく、次期を念頭に置いて、議会を通じた地道な改革を目指してもらいたいものです。
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