孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー  泥沼化する混乱 ミン・アウン・フライン国軍総司令官の誤算

2021-06-30 22:43:52 | ミャンマー

(【6月24日 TBS NEWS】ロシア訪問時に、クーデターの正当性を主張するミン・アウン・フライン国軍総司令官)

 

【市民弾圧にのめり込む国軍】

ミャンマーにおける軍事政権の市民弾圧の苛烈さが報じられています。

 

****ミャンマーで拘束の米国籍ジャーナリスト 目隠しされ殴打と証言****

ミャンマーの治安部隊に3か月以上拘束された同国生まれの米国籍ジャーナリストが25日、米バージニア州からロイターの電話インタビューに応じ、「何度も殴られ、平手打ちされた。何を言っても殴られるだけだった」と拷問を受けた様子を語った。

オンラインメディア「カマユート・メディア」の編集長のネーサン・マウン氏(44)は3月9日にオフィスに踏み込まれて拘束され、ニュースの内容や同氏の役割、同メディアーの運営について尋問を受けた。

最初の3、4日の拷問が最もひどかったという。両手で鼓膜の辺りを何度もたたき、あるいは両頬をはたき、両肩を殴るなどの暴行を受けた。立つことが許されず、両足が腫れ上がった。また、後ろ手に手錠をかけられ、1週間以上も布で二重に目隠しされた。3、4日間は眠ることが許されず、絶え間なく尋問されたという。

マウン氏が米国市民だと分かると、4日目になってようやく殴られる回数が減った。8日目に部隊幹部がやって来て目隠しを外した。6月15日に解放されて米国に送還されたという。同氏は1990年代に難民として米国に脱出していた。

マウン氏によると、自分よりも同僚の拷問の方がきつく、その同僚は今も拘束されたまま。2日間同室になった人は手錠された手を机の上で置いて殴られ、皮膚は裂けていた。他の建物からは叫び声や嘆願する声、悲鳴が聞こえてきたという。

人権団体によると、ミャンマー国軍が2月1日にクーデターを起こして以来、5200人近くが収監され、治安部隊に殺害されたのは少なくとも881人という。

国軍側は、収容者は法にのとっって扱われていると主張している。【6月28日 ロイター】

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****ミャンマー軍事法廷、無罪主張の未成年に「見せしめ」死刑判決*****

クーデター以後、軍政が立法、行政、司法を掌握し、反軍政を唱える国民への弾圧を続けているミャンマーで、また大きな悲劇が起きた。中心都市ヤンゴンなどで起きた反軍政の市民運動に参加したとして逮捕された64人の「被告」に対し、軍事法廷が6月24日までに死刑判決を下したことが明らかになったのだ。

 

64人の中には17歳と15歳の少年という未成年2人がふくまれているとされ、人権団体などが激しく抗議している。

 

冤罪の可能性ある死刑判決が続々

これは6月25日に米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」がミャンマー発で伝えたもので、死刑判決を受けた64人はクーデター支持者の殺害や軍兵士殺害に関与したなど個別の反軍政活動が問題とされ、軍事法廷で死刑判決を受けたという。RFAが情報源から得た話では、64人は死刑判決を受けたものの、これまでのところ刑を執行されてはいない、という。

 

ミャンマーでは1998年以降、裁判で死刑判決が下されても、その後に終身刑に減刑されるなどして実質的に死刑執行は長い間行われてこなかったとされる。しかし今回の軍事法廷による死刑判決で実際に刑が執行されれば、新たな社会問題、人権問題となる可能性が高い。

 

そもそも、RFAが伝えた複数の「被告」や「被告家族」の声によれば、ほぼ全ての「被告」が問われた容疑との関わりを否定しているだけでなく、軍事法廷で十分な弁護活動が行われたのかについても大きな疑問が呈されている。となると、冤罪による立件や不公正な裁判が行われた可能性さえある。

 

軍支持派を殺害の容疑で17歳学生逮捕

死刑判決が伝えられた64人は、クーデター発生の2月1日以降に、大半がヤンゴン、あるいはヤンゴン周辺地区で軍や警察に逮捕、訴追された人々だという。

 

死刑判決を受けた17歳のニン・キャウ・テイン君は、タンリン訓練学校の生徒で、4月17日に逮捕された。

 

ヤンゴン南部タゴン郡区で軍によるクーデターに支持を表明していたゾウ・ミン氏という男性が、反軍政の市民に殺害、遺体が焼かれるという事件が発生しているが、治安当局はテイン君の逮捕はこの事件に関連したものだと証言しているという。

 

しかしテイン君と連絡をとった母親によると「当局は私を殺人者と呼ぶが、真実ではない。私は誰も殺してなどいない」と無罪を主張しているという。母親は、ゾウ・ミン氏殺害事件の2週間後の4月17日、突然兵士が自宅に来てテイン君を逮捕、連行して行ったとRFAに語っている。

 

ゾウ・ミン氏が殺害された当時はヤンゴンやその周辺では反軍政を訴える市民による集会やデモが盛んに起きている時期で、これに対して軍が実弾発砲を含めた強圧的な鎮圧を各地で展開していた。

 

母親によるとゾウ・ミン氏が殺害された当日、テイン君は銃撃戦を逃れるため避難しており殺害事件や銃撃戦とは無関係だったとして、無罪を訴えている。

 

15歳学生も同容疑で逮捕、死刑判決

(中略)このゾウ・ミン氏殺害事件では18人が逮捕されているが、テイン君やミン君という未成年を含む全員が訴追され、死刑判決を受けた。このうち実際に逮捕されて刑務所に収容されているのは11人だけで、残る7人はいまだに捜査の手を逃れて逮捕に至っていないという。それでも法廷では「欠席裁判」で審理され、そこで死刑が言い渡されている。

 

「死刑判決は見せしめ」と人権団体が批判

2013年からミャンマーでも活動していた東南アジア諸国連合(ASEAN)を主要活動地域とする人権団体「フォーティファイ・ライツ」は(中略)「今回のような死刑判決は反軍政の活動を続ける国民への見せしめや警告の意味もある」と指摘する。

 

ミャンマーの司法関係者などによると、軍事法廷とはいえ、被告側は判決公判から15日以内に控訴が可能という。

 

もっとも刑務所などに拘留中の被告は控訴の手続きを進めるに際し、刑務官の署名による同意が必要不可欠とされ、収監中に暴力を受けるなどしていると訴えている「被告」の「控訴」という希望が叶うかどうかは刑務官の胸三寸次第という状況で、人権上も問題があると指摘されている。【6月30日 大塚 智彦氏 JBpress】

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市民監視も強化。

 

****ミャンマー国軍、監視強化 政変5カ月、民主派も抗戦****

ミャンマーのクーデターから1日で5カ月。大規模な抗議デモは鳴りを潜めたが、民主派は各地で「防衛隊」を結成し、国軍の弾圧に手製の武器で抗戦する。一方、国軍は退役軍人らによる「自警団」を結成。一般市民に紛れ込んで民主派を逮捕させたり、スパイ活動をさせたりし、監視を強めている。

 

人権団体「政治犯支援協会」によると、クーデター以降、国軍の弾圧による死者は883人に上る。

 

国軍がつくった「ピューソーティー」と呼ばれる自警団は、退役軍人らで構成する。地元メディアによると、主な任務は国軍に協力する市民の警護や民主派の情報収集という。【6月30日 共同】

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また、軍政に批判的な外国メディアに対する統制も強化されています。

 

****「軍政」と書いたら法的措置=偽ニュースに警告―ミャンマー国軍****

ミャンマー情報省は30日、クーデターで権力を握った国軍が設置した最高意思決定機関「国家統治評議会(SAC)」を外国メディアが「軍事政権」と表記した場合、「法的措置を取る」と警告する声明を発表した。

 

声明は「SACは憲法に従って国務に当たっている」と説明し、「クーデター政権ではない」と強調。「国連や世界の国々もSACをミャンマーの合法政府と認めている」と主張した。

 

その上で、ミャンマーに拠点を置く外国記者の一部が軍政という表記を使い、根拠のない情報源の話を引用していると指摘。「偽ニュースの引用や誇張、偽情報の流布」をしないよう求めた。【6月30日 時事】

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【激しさを増す武装市民・少数民族武装勢力の抵抗】

こうした「力による支配」によって、一般市民の大規模なデモはできなくなり、不服従運動を続けていた市民も生活がありますので、一定に職場に戻りつつはありますが、その一方で、抵抗運動に身を投じた者は武装化を進め、国軍支配に対する暴力的な抵抗は増加するように見えます。

 

****それでも絶えない市民の反軍政抵抗運動****

軍政は今回の死刑判決を、反軍政活動を強める国民に対する「警告」と考えているのだとしたら、それは逆効果となる可能性が高い。というのも武装市民組織である「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装組織などによる軍の拠点や兵士を狙った「攻撃」が、ますます激しくなっているからだ。

 

軍政に対抗して身柄を拘束されているアウン・サン・スー・チーさんやウィン・ミン大統領、与党「国民民主連盟(NLD)」幹部、少数民族代表などで構成される民主派政府組織「国民統一政府(NUG)」が軍による人権侵害、虐殺などの残虐行為に対抗するため結成した市民による武装組織がPDFで国内各地において軍や警察への武装闘争を繰り返しているのだ。

 

PDFは6月24日、北部のカチン州で活動する「カチン人民防衛軍(KPDF)」が少数民族武装組織である「カチン独立軍(KIA)」の支援を受けてカタ軍区モタ・トラクトにあるシェ・カヤン・コネ村の軍拠点を攻撃したことを明らかにした。この戦闘で軍兵士30人を殺害したとしている。

 

また6月27日には中部の都市マンダレーのミリチャン地方で軍政府組織の代表を務める男性がユワンニ村近くのガソリンスタンドで殺害された。(中略)

 

6月27日には中部サガイン管区のカレイ郡区で軍の輸送トラックを地元のPDF組織が待ち伏せして攻撃、兵士少なくとも9人が死亡、PDF側に死傷者などの被害はなかったという。

 

ほぼ同じ場所では前日の26日に、やはり軍の兵員輸送トラックを道路に埋設した地雷で攻撃したという。この時の死傷者などは分かっていない。

 

このように各地で武装市民組織PDFや少数民族武装組織による活動は激化している。そうした戦闘から逃れようとする人々も増えている。

 

国連人道問題調整事務所(UNOCHA)によると、2月1日のクーデター以降、軍による攻撃を逃れるため国外に脱出した難民はミャンマー南東部地域で約18万人に達し、このうちカヤ州だけで10万人以上という。難民の多くは国境を越えて隣国タイのメーホンソン県などで難民生活を送っているという。

 

各地で軍への攻撃、兵士の犠牲が増えていることに対して、軍のほうも軍事的行動を含めた対応を強化している。それが市民の犠牲や拘束をさらに増やすという悪循環に陥っている。

 

最近では日本でミャンマー情勢が報じられることが減っているようだが、事態が鎮静化したわけでは全くない。軍政と民主化を求める市民、さらには少数民族武装勢力の衝突は激化の一途を辿っている。【同上】

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こうした市民抵抗への懐柔策でしょうか・・・

 

****ミャンマー 政治犯まもなく約700人釈放****

ミャンマーで、政治犯がまもなく一斉釈放される。

 

2021年2月のクーデターに抗議し、逮捕された市民などおよそ700人が、まもなくヤンゴンの刑務所から釈放されることになり、収監者の家族など数百人が門の前に集まっている。

当局は、ほかの刑務所もあわせ2,000人以上を釈放する見通しで、ジャーナリストなども含まれている可能性がある。

 

釈放の理由は明らかにされていないが、依然として連日クーデターに抗議する市民が逮捕されていて、国軍側が弾圧を弱める姿勢は見られない。【6月30日 FNNプライムオンライン】

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【以前にも増して高まる「スー・チー人気」】

こうした混乱状況で、国軍による軟禁下にあるスー・チー氏への市民の支持は、反軍政の象徴として、むしろ強固なものになっているようにも。

 

****軟禁下にあるスー・チーさんの誕生日に国中が花で溢れた理由****

ミャンマーの民主政権で実質的な国家指導者に立場にあったアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相が、6月19日に76歳の誕生日を迎えた。スー・チーさんは2月1日の軍によるクーデターでその地位を奪われ、現在も身柄を拘束された状態にある。

 

首都ネピドーの自宅で拘束された後に自宅軟禁されているスー・チーさんは、複数の容疑で起訴され、現在は週に1度の割合で公判に出廷する被告の身だ。担当弁護士との面会はこれまでにオンラインだけだったが、6月7日の公判前にミン・ミン・ソー弁護士が30分間だけ初めて直接面会することができたという。

 

その際にスー・チーさんは、「全ての国民は健康に留意して過ごすように」と国民へのメッセージをミン・ミン・ソー弁護士に託したという。また法廷でも堂々と軍政と闘う決意を固めているという。

 

スー・チーさんは1989年のソウ・マウン軍事政権時代に自宅軟禁され、1995年には一度解放されるも、2000年に再度自宅軟禁を強いられた。その後、2010年にようやく解放されたが、その半生のほとんどは軍事政権との対峙しながらのものだった。今回、三度目の自宅軟禁という境遇にありながら、改めて法廷で国軍と「闘う姿勢」を示したことで、国民の間では、以前にも増して「スー・チー人気」が高まっている。(後略)

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****ミャンマー治安部隊、スー・チー氏の誕生日祝う市民ら拘束****

国軍がクーデターを強行したミャンマーの地元メディア「ミジマ」によると、国軍に拘束されているアウン・サン・スー・チー氏(76)の19日の誕生日を祝った市民らが、治安部隊に相次いで拘束された。国軍側には、国民の間で人気が高いスー・チー氏の影響力を排除する狙いがあったとみられる。

 

19日には、誕生日を祝う集会や国軍への抗議デモが、国内外で行われた。第2の都市マンダレーでは、カフェの客に花を配った店主や従業員計12人が治安部隊に連行された。最大都市ヤンゴンでは、花の髪飾りを使うスー・チー氏にちなんで花を髪に挿していた女性2人が拘束された。【6月22日 読売】

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下記の報道からは、スー・チー氏が、自分が今も正統な国家指導者であることをアピールしているようにも思えます。

 

****スー・チー氏、国民にコロナ感染への警戒強化呼び掛け****

ミャンマーの2月1日の国軍クーデター直後から軟禁されているアウン・サン・スー・チー氏が28日、新型コロナウイルスの感染に警戒を高めるよう国民に呼び掛けた。弁護士のミン・ミン・ソー氏が明らかにした。

ミン・ミン・ソー氏によると、スー・チー氏はこの日も違法行為の訴追に関して出廷。裁判所で弁護団に対しコロナ感染に注意を払うよう呼び掛け、「われわれに手洗いやマスク着用の注意喚起をした」(ミン・ミン・ソー氏)。スー・チー氏はさらに、同様のメッセージを国民に伝えてほしいと述べたという。同氏に問われている違法行為にはコロナ感染対策の規定違反も含まれている。

ミャンマー保健省が発表した28日の新規感染者数は1225人と、1日当たりではスー・チー氏の政権が直近の感染拡大局面を抑え込んだ昨年12月半ば以降で最も高水準になった。昨年10月の同国のピーク時の新規感染者数に近づいている。

ミャンマーの医療システムや、ウイルス検査などの感染対策は、クーデター以降機能不全に陥っている。多くの医療従事者が軍の政権掌握に抗議して職場を離脱していることもある。【6月29日 ロイター】

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【ミン・アウン・フライン国軍総司令官の誤算】

こんな混乱を引き起こし、国軍トップのミン・アウン・フライン国軍総司令官は一体何をしようとしているのか?

かつての軍事政権のように従順な市民を支配して、スー・チー政権より自分たちの方がうまく国家運営できることを示したかったのでしょうが、民主化のもとで自由を経験した市民による激しい抵抗は全くの想定外、誤算だったのでしょう。

 

「従順な」とは書きましたが、以前の軍事政権でも1988年に民主化を求める抵抗はありました。しかし、軍は何千人をも虐殺する圧倒的暴力で押さえました。

 

今の国軍にはそこまでやる考えもないでしょうし、時代的にそういう暴力が許されるような国際環境にもありません。そのあたりの時代変化も「誤算」の要因でしょう。

 

****「誤算」クーデターのこれまでとこれから****

軍の蜂起の背景にある思想とは?

ミャンマーでクーデターが起きてから5ヵ月。混迷が深まるばかりだが、なぜこんな事態に陥つたのか。

 

2月1日未明に決行したクーデターで、ミャンマー国軍はアウンサンスーチー国家顧問やウィンミン大統領ら政府高官を大きな衝突もなく次々に拘束していった。その手際の良さに、首謀者で国軍トップのミンアウンフライン国軍司令官はさぞ満足したことだろう。

 

しかしその後は誤算続きで、今では「こんなはずではなかった」との思いに駆られているのではないだろうか。 

 

当初国軍は無血クーデターであることを印象付け、国民の支持を得ようと考えていたとみられる。国軍には伝統的に「国軍こそが政府を指導するべきだ」との思想がある。

 

スーチー率いる国民民主連盟(NLD)は経済政策などで失策を重ねており、自分たちのほうが国をうまく運営できると考えていた節もある。

 

そして、国軍系政党が壊滅的な敗北を喫した昨年の総選挙に不正があったとして、クーデターを決行したのだ。

 

しかし、2011年の民政移管後に自由な空気を吸ってきた市民は、国軍の支配に激しく抵抗した。全土で数百万人ともいわれる市民が街頭で声を上げ、公務員らは市民不服従運動(CDM)と呼ばれるゼネストを決行。国の政治・経済の中枢はマヒした。(後略)【7月6日号 Newsweek日本語版】

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あとは弾圧と抵抗の応酬による泥沼。意図した政策なども何も出来ずにいます。

 

ここまで失敗した以上、身を引くのが筋ですが、それが出来ないのが権力争い。

強引に権力に居座り、国民の犠牲は据えるばかり。

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フィリピン  ドゥテルテ大統領「ワクチンを打たなければ刑務所」 中国には沈黙 次期大統領に娘を?

2021-06-29 22:19:41 | 東南アジア

(河野太郎外務大臣(当時)とサラ・ドゥテルテ・ダバオ市長(フィリピン・ダバオにおいて 2019年2月10日)【5月29日 Japan In-depth】 サラ氏はドゥテルテ大統領の娘で、次期大統領レースの先頭にいますが、父親以上に強気の性格とか)

 

【ドゥテルテ大統領 「ワクチンを打たなければ刑務所に入れる」と警告】

新型コロナワクチンについては、各国とも一定の段階まで接種が進むと、接種を希望しない者が存在することで接種率の伸びが鈍化すし、集団免疫獲得が困難になります。そこで、接種者へのプレゼントの特典を着けるなど、あの手この手の対策に追われています。

 

しかし、そんな悠長な対応はとっていられない・・・という国も。

インドで確認された新型コロナウイルスの変異株(デルタ株)が猛威を振るっているロシアでは、国産ワクチンへの不信感から接種が思うように進まず、2回の接種を終えた人は6月23日時点で人口の約11・4%にとどまっています。

 

そこで“ワクチン拒めば無給? コロナ猛威のロシア、接種強制も”【6月27日 朝日】といった対応も。

“大統領府のペスコフ報道官は24日、「ワクチン接種は任意だ」とする一方で、「義務に反してワクチンを接種しない人は仕事を辞めなければならない。転職は自由だ」と述べ、モスクワ市の方針を支持。国民に接種を強く求めた。”

 

しかし、もっと厳しい対応を示唆するのがフィリピンのドゥテルテ大統領。

 

****ドゥテルテ大統領“接種しなければ刑務所”****

フィリピンのドゥテルテ大統領は21日、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒む国民に対し、「ワクチンを打たなければ刑務所に入れる」と警告しました。

フィリピンは、新型コロナウイルスの感染者が130万人を超え、深刻な感染拡大が続いていますが、ワクチンの接種の遅れが問題となっています。ドゥテルテ大統領は首都マニラの複数のワクチンの接種会場で接種を受ける人が少なかったとの報告を受け、21日の国民向けのテレビ演説で「ワクチンを打たなければ刑務所に入れる」と警告しました。

ロイター通信によりますと、「この国には危機がある。政府の言うことを聞かない国民に憤っている」とも述べましたが、保健当局はワクチン接種は任意だとしています。【6月22日 日テレNEWS24】

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「麻薬戦争」の名のもとに1万人以上を超法規的に殺害しているドゥテルテ大統領の発言ですから、単に誇張した表現と済ますこともできない側面も。

 

フィリピンでは、新規感染者は4月前半の1日1万人を超えるようなピークは過ぎたものの、1日6千人超のレベルがまだ続いています。

 

一方、ワクチン接種率は人口比でまだ一桁。

ただ、フィリピン国民がワクチン接種に消極的なのには、デング熱ワクチンの「苦い経験」もあってのことのようです。

 

****「ワクチン接種しなければ投獄」でも拒否するフィリピン国民が忘れない「苦い経験」****

<ワクチン接種による新型コロナ抑え込みのため過激な言動を繰り返すドゥテルテ大統領だが、国民が従わない訳とは>

 

「新型コロナウイルスのワクチン接種を拒む者は投獄する」。フィリピンのドゥテルテ大統領は、首都マニラの複数の接種会場で接種人数が少ないという報告を受けて、6月21日にテレビ演説で国民に警告した。「私は政府の言うことを聞かない人々に怒っている」

 

常軌を逸した発言で知られる大統領だから、いつもの捨てゼリフだと思いたくなる。ただし、ドゥテルテの場合、とっぴな発言の裏に、断固として実行するという決意が潜んでいることも少なくない。

 

2016年の大統領就任直後に勃発した「麻薬戦争」では超法規的な強硬手段も辞さず、1万人以上の死者を出した。その後、人道に対する罪に当たるとして、国際刑事裁判所(ICC)が予備調査に乗り出した。

 

新型コロナに関しても、ロックダウン(都市封鎖)や感染者の隔離を確実に行うために、時として容赦はしない。今年4月には外出禁止令を破った男性が、警察官からスクワットのような運動を300回強要された後に死亡した。

 

しかし、こうした懲罰的措置も、新型コロナの蔓延を食い止めることはほとんどできずにいる。フィリピンの累計感染者数は130万人以上、死者は2万4000人を超えている。いずれも東南アジアで2番目に多い。

 

安全性への不安と効果への疑問

ワクチン接種も進んでいない。6月22日現在、少なくとも1回接種したのは893万人で、人口のわずか6.1%。年内に全国民1億1000万人のうち7000万人に接種を済ませるという政府の目標は、実現が遠のくばかりだ。

 

ドゥテルテは21日の演説で、村の指導者は接種を拒否した人の名前を記録するべきだとも言及した。さらに、学校の対面授業の再開延期と、フェイスシールド着用の義務付けの継続も発表した。

 

接種率が低い理由の1つは、国民が躊躇していることだ。調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーションズが5月に発表した世論調査では、政府のワクチン接種プログラムを信頼すると答えた人は成人のわずか51%。フィリピンの食品医薬品局が承認したワクチンを無料で接種できるなら受けたいと答えた人は32%だった。

 

接種を迷う理由として、39%の人が副反応への不安を挙げ、21%はワクチンの安全性と効果に疑問を呈した。さらに、11%の人が「ワクチンが怖い」「信用できない」と答えている。調査機関パルスアジアによる最近の調査では61%が接種しないと答えている。

 

国民の不信の理由として考えられるのは、デング熱ワクチンの経験だ。フィリピンでは16年からフランスの製薬大手が開発したデング熱ワクチンの大規模な集団接種を行ったが、接種により深刻な症状が出ることが17年に発表され、政府はこのワクチンの使用を禁止した。

 

新型コロナのワクチンでは、アストラゼネカ社製を接種したごく少数の人に血栓が見つかり、シノバック社製に対する不信感も広がるなど、国民は不安を募らせている。

 

こうした状況を受けて、フィリピン政府は5月中旬に、接種の直前までワクチンの製造元を明かさないと通達した(自分の番が来て希望するワクチンでなければ、別の列に並び直すことになる)。

 

ドゥテルテの「脅迫」は、感染拡大を食い止めるために必要な規模の接種を実現できないかもしれないという懸念の裏返しでもある。ワクチンは十分に確保しているフィリピンだが、前途は多難だ。【6月29日 Newsweek】

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こうした状況で、コロナ規制も延長されました。

 

****フィリピン、コロナ規制を7月半ばまで延長****

フィリピンのある高官は29日、ドゥテルテ大統領が首都とその近郊州で移動や営業の制限を7月中旬まで延長したと明らかにした。

 

 新型コロナウイルスの感染は、首都地域では4月のピーク以降減少しているものの、一部の州では拡大が続いている。 

 

首都と近郊州では娯楽施設やアミューズメントパークの利用、コンタクトスポーツは禁止。レストランやジム、屋内の観光施設は40%の収容人数での営業が認められる。

 

 一方、首都圏以外の21の市や州では、依然厳しい規制が続けられる。 オマーン、アラブ首長国連邦、その他南アジアのほとんど国からの旅行者受け入れ停止も延長される。【6月29日 ロイター】

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【中国の南シナ海進出に沈黙する大統領 国内には批判も】

超法規的殺人も厭わないコワモテのドゥテルテ大統領ですが、なぜか中国にはいたって従順。

 

南シナ海の問題では仲裁裁判所での勝利判決もほとんど活用することなく、最近でも、閣僚から噴き出した中国批判に、「これは私から内閣への命令だ、西フィリピン海(南シナ海の比国内での呼称)問題の議論は、相手が誰であろうと控えるように」とくぎを刺す一幕も。

 

****比、南シナ海で対中監視強化も効果限定的****

中国が一方的に自国の海洋権益が及ぶとしている南シナ海南沙諸島周辺海域に多数の漁船を繰り出して領有権争いをしているフィリピンなどに高圧的姿勢を示していることに対してフィリピン政府は、同海域での中国の動きへの監視態勢を強化する方針を明らかにした。

 

ただ、ドゥテルテ大統領は中国から提供されている多数のコロナウイルス対策のワクチンなど巨額の経済支援への思惑もあり、あくまで「監視態勢」の強化であるとし、どこまで「やりたい放題」の中国に実効性のある対応となるかについては疑問視する見方が支配的だ。

 

フィリピンのシリリト・ソベハナ国軍参謀長は地元ラジオ局の番組で5月4日にフィリピンが実効支配する南沙諸島の「パグアサ島(英名ティトゥ島)」に新たに補給基地を建設する計画があることを明らかにした。

 

さらにフィリピン沿岸警備隊のアルマンド・バリロ報道官は5月25日、パグアサ島に軍が設置する補給基地に加えて、周辺海域への警戒監視能力を一段とグレードアップした監視態勢を構築するとともに南沙諸島に近い南部パラワン島のエルニドに地域の「作戦用の運用司令部」を新たに設置する構想を明らかにし、必要となる予算をドゥテルテ大統領に求めるとした。

 

パグアサ島に構築予定の監視機能に関しては高性能の監視カメラや夜間監視カメラなどを装備して「周辺海域での海難事故などの救難捜索機能」に加えて「操業するフィリピン漁民の保護」、そしてなにより最近活動を活発化している中国の動きに対する警戒監視強化が念頭にあることを示している。

 

■中国の漁船展開、海上民兵が乗り組みか

南沙諸島周辺海域では3月以降、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内のウィトサン礁や周辺のティザード礁周辺に多数の中国漁船が集結する事態となっていた。一時その中国漁船の数は多い時で240隻となったためフィリピン政府は抗議した。

 

しかし、中国側は「天候悪化で避難している漁船に過ぎない」と弁明したが、天候が回復した後も現在まで停泊し続けている。5月18日現在でも約120隻が残っているとの情報がある。

 

特にティザード礁は中国以外に台湾、フィリピン、ベトナムも領有権を主張しており、中国の一方的な行動に各国から批判の声が上がっている。

沿岸警備隊は今後も海軍、海洋漁業省などの関係機関と協力して「必要な処置を講じる」との姿勢を示している。

 

■ドゥテルテ大統領の優柔な対応

こうした中国の一方的に「既成事実」を作ろうとするかのような強気の行動に対してドゥテルテ大統領は外交ルートを通じて再三抗議はしているものの、国内では「あくまでポーズに過ぎない」との批判が出ている。

 

というのも南シナ海での中国の行動に対してあらゆる発言、主に中国批判の発言が各方面からでることにドゥテルテ大統領は業を煮やし、5月18日には「外相と報道官以外はフィリピンと中国の間の南シナ海問題に関する公の発言を控えるようにせよ」との指示まで出す事態となっている。

 

こうしたドゥテルテ大統領の姿勢に対してフィリピンのメディアなどからは「収束が見えないコロナ禍で中国から大量のワクチン提供を受けていることが背景にあるのは間違いない」と指摘している。

 

ドゥテルテ大統領は2016年の大統領就任以来、対中国では「是々非々」を唱えながらも中国による経済支援やインフラ整備協力、投資などへの「政治的配慮」から南シナ海問題でも断固として強い姿勢を打ち出せないでいる。

 

こうしたフィリピン側の「優柔」な対応に付けこむかのように中国は5月1日から8月16日まで「南シナ海の北緯12度以北での全ての船舶による漁業活動の一時停止(漁業モラトリアム)」を一方的に宣言した。

 

北緯12度以北には南沙諸島は対象外だが、中国とベトナムが領有権を主張している西沙諸島や中国とフィリピンが領有権を争っているスカボロ礁が含まれていることからフィリピン外務省は中国に対して強く抗議している。

 

抗議は「中国の措置は国連海洋法条約にある周辺国の海洋権益を脅かすものであり、国際法上の根拠がない」というもので、フィリピンとしての立場を主張した。

 

■関心は中国より次期大統領選へ

中国は1999年以降、この海域に独自の同じような漁業モラトリアムを出しており、フィリピン政府の抗議もいってみれば「毎年の恒例行事」となっており、実質的効果のない応酬と国内からも批判を浴びている。

 

こうした中、2022年に予定される次期大統領選挙ではドゥテルテ大統領の長女で南部ミンダナオ島ダバオ市のサラ・ドゥテルテ市長が現時点で最有力候補と目され、再選禁止で大統領選に出馬できないドゥテルテ大統領自身も副大統領選への出馬も取りざたされている。もし実現すれば、親子の正副大統領(娘が大統領で父親が副大統領)誕生という異例の政権が発足することになる。

 

地元報道ではドゥテルテ大統領は副大統領選への出馬に関して「立候補は神の意思次第」とまんざらでもない姿勢を示すなど、もはや最大の関心は中国問題でも、遅れているコロナ感染対策でもなく「自身の将来」になっていると厳しい批判も起きている。

 

こうしたフィリピン・ドゥテルテ大統領の姿勢や対応は、ますます中国を増長させて南シナ海で一方的に権益を確保と領土拡張に邁進させる一因ともなっているのが現状だ。【5月29日 大塚智彦氏 Japan In-depth】

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中国批判を避けるドゥテルテ大統領ですが、フィリピン国内には強い反中感情もあるようです。

 

****フィリピン独立記念日に燃え上がる反中感情****

<「フィリピン海」の領有を主張し、海上民兵を送り込み、サンゴ礁で石油の掘削まで始めた中国と弱腰のドゥテルテに対し、激しい抗議デモが行われた>

 

フィリピンがスペインの植民地支配から独立して123年目の独立記念日を迎えた6月12日、一部の人々は祝典に参加する代わりに、首都マニラにある在フィリピン中国大使館前に集結し、南シナ海における中国の活動に抗議した。(中略)

 

(海上民兵の存在や軍事的意図を否定する)中国大使館の言い分は激しい反発を引き起こし、ここ数カ月間、中国とフィリピンの間で緊張が高まっている。フィリピンの経済団体は中国の撤退を求め、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領はこの件について沈黙を守っていることで、かなり批判されている。(後略)【6月14日 Newsweek】

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【大統領の関心は次期大統領選挙 娘のサラ・ドゥテルテ氏擁立?】

“もはや(ドゥテルテ大統領の)最大の関心は中国問題でも、遅れているコロナ感染対策でもなく「自身の将来」になっている”という次期大統領選挙の方は、与党側候補に関して、“「ドゥテルテ一族」と「マルコス一族」という大統領経験者の親族を中軸に進み、そこにパッキャオ氏がどう関わっていくのるかが今後の焦点となる。”とのこと。

 

****次期フィリピン大統領は2世候補の一騎打ち? 来年の選挙へ早くも候補者選定****

<アジアの激動の現代史の舞台となってきたこの地で、また新たな歴史が動き出そうとしている>

 

2022年5月に次期大統領選を迎えるフィリピンでは、与野党それぞれの陣営で有力な立候補者をめぐる情報が早くも飛び交っており、乱戦となりそうな気配だ。

 

現職のドゥテルテ大統領は「大統領の任期は1期6年で再選禁止」との法規定があるため次期大統領選に出馬することは法律を改正しない限り不可能となっている。

 

このためドゥテルテ大統領としては正式には表明していないが、自身も市長を務めた南部ミンダナオ島ダバオの現職市長である娘のサラ・ドゥテルテ氏を意中の後継者として考えている、といわれている。また、最大与党「ラバン」も大勢はサラ市長の大統領選擁立で動いているとされる。

 

こうしたなか、"打倒ドゥテルテ"を掲げる野党「自由党」などはサラ市長の対抗馬となる大統領選候補者の選定を進めているとされ、最近、候補者6人を発表するなど、世論へのアピールを強めている。

 

野党の最有力候補は現職副大統領

(中略)

 

与党は大統領一家を軸に

これに対しドゥテルテ大統領を支える与党側はサラ市長に次いで知名度が高いマルコス元大統領の息子、フェルナンド・マルコス(愛称ボンボン)前上院議員、国民的英雄のボクサーであり現職上院議員でもあるパッキャオ氏などを有力候補者としている。

 

このほかにも元警察長官のパンフィロ・ラクソン氏が6月8日に地元メディアから「立候補を検討している」と伝えられ、その去就が注目されている。

 

サラ市長はミンダナオ島での支持率は高いものの全国レベルではパッキャオ氏やバンバン氏には及ばないと言われている。

 

パッキャオ氏はフィリピン国民の間では絶大な人気を誇り、かつて俳優のジョセフ・エストラーダ氏が1998年に大統領に選出された土壌もあるだけに、大統領選で台風の目になりそうだ。

 

そうした人気を背景にパッキャオ氏は地元テレビ局に対して「他の者にもチャンスを与えるべきだ」と発言。与党内がサラ市長支持一色になることへの警戒感を明らかにし、サラ市長を牽制する動きに出ている。

一部報道ではパッキャオ氏は「ラバン」を離党して新党を立ち上げるのではないか、との観測も出ているという。

 

ボンボン氏はマルコス元大統領の息子として全国的な知名度があり、とりわけ父親の出身地であるルソン島北部での支持率は高い。ただマルコス元大統領が在任中に戒厳令を発令し、反政府を訴えた活動家や学生、市民を弾圧した「フィリピンの暗黒時代」を生んだことは今も多くの国民が記憶している。

 

ドゥテルテ大統領は就任後の2016年11月、実家敷地内に保存されていたマルコス大統領の遺体をマニラ首都圏の「英雄墓地」に埋葬を断行した。歴代の大統領が国民の反マルコス感情への配慮から躊躇してきた懸念を強行突破したことで、マルコス一族とドゥテルテ大統領は急速に接近したと言われている。

 

こうした経緯から与党陣営の大統領選候補は「ドゥテルテ一族」と「マルコス一族」という大統領経験者の親族を中軸に進み、そこにパッキャオ氏がどう関わっていくのるかが今後の焦点となる。

 

いずれにしろ、選挙までまだ1年という現段階から与野党から多くの大統領選立候補者の名前が取り沙汰されており、2022年の大統領選は白熱した乱戦になりそうだ。【6月16日 大塚智彦氏 Newsweek】

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オーストラリア  中国との関係悪化が続く ニュージーランドも対立の板挟みに

2021-06-25 22:55:21 | オセアニア

****豪NZ首脳、1年3カ月ぶり直接会談 中国人権問題で足並み****

オーストラリアのモリソン首相(写真中央左男性)とニュージーランド(NZ)のアーダーン首相(中央右女性)は31日、対面で首脳会談を行った。香港と新疆ウイグル自治区の状況に懸念を表明し、中国の人権問題で足並みをそろえた。(中略)

 

ニュージーランドのマフタ外相は先月、安全保障上の機密情報を共有する5カ国「ファイブアイズ」の役割拡大について「違和感」を表明した。ファイブアイズの中国に対する批判的な姿勢をニュージーランドは共有していないとの見方が出ている。【5月31日 ロイター】

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【豪中対立エスカレート WTO提訴合戦も】

オーストラリアと中国の関係が極めて悪化していることは、これまでも取り上げてきました。

(2020年11月30日ブログ“オーストラリア 対中国 「どん底」を抜けて更に悪化 フェイク画像問題に怒るモリソン首相”など)

 

対立が激しさを増した直接のきっかけは、2020年4月に、コロナウイルスの爆発的感染が中国から世界へ広がった経緯について「独立した調査が必要だ」とモリソン豪首相が述べたことへの中国の反発でしたが、そんな“きっかけ”から離れて、両国の対立と言うか、中国のオーストラリア叩きは執拗に続いています。

 

その背景には、中国とアメリカの厳しい対立、オーストリアが「クアッド構想」と称されるアメリカ主導の中国包囲網の一翼を担っていることがあります。

 

ただ、同じクアッドメンバーである日本に対しては、どちらかと言えば、関係改善を進めることでアメリカとの関係にくさびを打ち込むような戦略なのに対し、オーストラリアに対しては徹底的に叩くという差異があります。

 

やはり日中間には政治的・経済的にも多岐にわたる深い関係がありますので、そうそう簡単にはバッシングする訳にもいかないが、オーストラリアならそこまでの関係はなく、安心して叩けるといったこともあるのでしょうか。

(もちろん、強気なモリソン首相の発言が中国の神経を逆撫でしていることもあるのでしょうが)

 

なお、オーストラリアがクアッドに参加して(最大の貿易相手国でもある)中国を警戒しているのは、単に同盟国アメリカに追随して・・・という話でもなく、南シナ海での自由な航行はオーストラリアにとって死活的に重要という、オーストラリアの歴史的・地政学的事情もあってのことのようです。

 

****インドのコロナ感染拡大があぶり出した、「クアッド構想」に漂う暗雲****

(中略)

■オーストラリア

現在、中国と深刻な対立の中にあるオーストラリアは、中国による南シナ海の軍事的勢力拡大に極めて神経をとがらせている。中国が建設した3カ所の南沙諸島人工島(ファイアリー・クロス礁、ミスチーフ礁、スビ礁)の航空拠点から発進するミサイル爆撃機は、オーストラリア北西部を攻撃することが可能である。

 

それだけではない。南シナ海から太平洋やインド洋に中国潜水艦や海上戦闘艦が進出することにより、オーストラリアは海上封鎖されてしまう可能性すら生じてしまう。

 

かつて第2次世界大戦中には、強力な日本海軍によってイギリスとのインド洋補給航路帯とアメリカとの太平洋補給航路帯を寸断されそうになったオーストラリアは、恐怖のどん底に陥った記憶がある。

 

そのため、クアッドによって、アメリカとの軍事同盟を更に強化して太平洋方面における海上航路帯の安全を確保するのに加えて、インド洋や西太平洋における中国海軍の動きを牽制できるのではないかという期待が強い。(後略)【5月20日 GLOBE+】

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中国はオーストラリア産の大麦や綿、ワイン、ロブスターなどの輸入を制限していますが、最近の話題としては以下のようにも。

 

****豪州産ブドウの対中輸出に遅延、原因把握へ中国と協議=貿易相****

オーストラリアのテハン貿易相は、中国本土向けに輸出された食用ブドウの約20%が国境で足止めになっているとし、原因を調べていると明らかにした。(後略)【5月20日 ロイター】

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****大豊作の豪州産の綿花が行き場失う…豪中対立エスカレートで中国から「ボイコット」され―豪メディア****

2021年5月28日、中国紙・環球時報は、対中関係の悪化によってオーストラリア産綿花が中国に輸出できない状況となり、現地農家から憂慮の声が出ていると報じた。

記事は豪放送協会(ABC)の27日付の報道を引用。3月の降水量が多かったことでオーストラリア産綿花は史上最高レベルの大豊作になるとみられる中、綿花栽培農家は最大の輸出先である中国市場が失われることを憂慮していると説明した。

そして、多いときには年間8億豪ドル、同国の綿花総生産量の70%を輸出し、同国にとって最大の綿花輸出相手国である中国との関係が悪化したことにより、今年収穫した綿花が中国にほぼ輸出できない状況になっていると指摘。業界関係者の話として「すでに中国の紡績工場が、オーストラリア産綿花のボイコットを迫られている」と紹介した。(後略)【5月31日 レコードチャイナ】

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オーストラリアもWTO提訴で応戦しています。大麦に続いてワイン。

 

****ワインの輸出が激減、オーストラリアが中国をWTO提訴へ=「中豪関係がさらに悪化」―独メディア****

中国がオーストラリア産ワインに不当廉売関税(アンチダンピング関税)を課していることについて、オーストラリア政府は19日、世界貿易機関(WTO)に提訴することを明らかにした。独メディアのドイチェ・ヴェレ中国語版は「すでに緊張していた中豪関係がさらに悪化することになる」と報じている。

オーストラリア政府は同日の声明で、この決定は「オーストラリアの醸造業の利益を守るため」と強調した。6カ月前には、オーストラリアは中国の大麦製品に対する「懲罰的関税」をめぐりWTOに抗議していた。ただ、同声明では「紛争解決のために中国側と直接協議することについて、常にオープンな姿勢を持っている」とも言及した。

仏AFP通信は、「オーストラリアと最大の貿易相手国である中国との間の紛争が再びエスカレートしたもの」と指摘。オーストラリアのモリソン首相は「経済的脅迫をしようとする国には対応する」と繰り返し警告してきたと伝えた。

中国は昨年11月、ダンピングを理由にオーストラリア産ワインに最高で218%の関税を課すことを決定。最大の海外市場である中国のこの措置により、オーストラリアのワイン産業は大きな打撃を受けた。当局のデータによると、昨年12月から今年3月までのオーストラリアの対中ワイン輸出量は前年同期比で96%減少したという。

オーストラリアのテハン貿易相は、WTOの訴訟手続きは困難を伴い、2〜4年かかることが予想されるとし、「あらゆる可能なメカニズムを利用して、中国政府と貿易紛争およびその他の意見の相違を解決するよう努める」と表明した。【6月21日 レコードチャイナ】

 

一方、中国も。数年前のオーストラリアの対応を突然WTO提訴。“報復”と思われます。


****中国、オーストラリアをWTO提訴 鉄道車輪など3品目の関税巡り****

中国商務省は24日、鉄道車輪など3品目に対するオーストラリアの反ダンピング(不当廉売)・反補助金措置を巡り、世界貿易機関(WTO)に提訴したと発表した。

 

豪政府は今週、中国が豪産ワインに関税を課すと決定したことを巡り、WTOに提訴すると表明。中国側の今回の措置は報復と見られる。豪州はまた、中国が豪産大麦輸入に関税を課す決定を下したことを巡ってもWTOに提訴している。

 

中国商務省の高峰報道官は提訴について、豪州が鉄道車輪、ウィンドタワー、ステンレス鋼シンクの輸入に対して課している関税は不当だと説明した。(中略)

 

テハン豪貿易相は、2国間のチャンネルなどを通じた何らかの通知もなかったとして、中国による提訴は驚きだと指摘。3品目への関税は2014年、15年、19年に課したものだとした上で、記者団に対し「なぜ今頃になってこうした行動を取ったのか」と疑問を示した。【6月25日 Newsweek】

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【オーストラリア世論 対中国感情悪化】

当然ながら、こうした険悪な両国関係は国民感情に影響しますし、その結果、世論が更に厳しい対決姿勢を政治に求める、それに対して報復が・・・というスパイラルにもなります。

 

****豪意識調査、6割が「中国は安全保障上の脅威」 45%が「北京冬季五輪不参加」求める****

オーストラリアのシンクタンク、ローウィー研究所は24日までに、豪州国民を対象に行った中国などについての意識調査の結果を発表した。

 

中国を「安全保障上の脅威」と見る人は63%で、前年調査から22ポイント増。豪中対立が深まる中、国内での警戒感の高まりが浮き彫りとなった。

 

豪州は昨年4月、新型コロナウイルスの発生源をめぐって第三者調査を要求したことを発端に中国との関係が悪化。中国は豪州産大麦やワインに高関税を課す報復措置を取っている。

 

調査では中国を「安全保障上の脅威」とした割合が増加する一方、「中国は経済的なパートナー」と回答した人は34%にとどまった。18年調査では82%、前年調査では55%が「経済的なパートナー」と答えており、対中感情が急速に冷え込んでいることがうかがえる。同研究所は「中国への信頼は過去最低水準に落ち込んでいる」と分析している。

 

習近平国家主席について「国際情勢で正しい行動を取ると信じているか」と聞いた質問では、約8割が「まったく信じていない」「やや信じていない」と回答。

 

来年2月の北京冬季五輪については「参加すべきだ」が51%、「(新居ウイグル自治区などでの)中国の人権問題を考えると、参加するべきでない」が45%と意見が分かれた。

 

調査は同研究所が毎年行っており、今年は3月に成人約2200人を対象に実施した。【6月24日 産経】

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ただ、注意する必要があるのは、関係が悪化すると、メディアは(読者が期待するような)相手の悪い面しか見ようとしなくなりがちだということ。そうした報道の結果、世論はさらに硬直的なものになっていくというスパイラルが。

 

****在中オーストラリア人「私は中国の真実を話したいが、誰も相手にしない」―中国メディア****

2021年6月22日、中国メディアの海外網によると、中国在住のオーストラリア人フリーライターが「中国の実情を話したいのに、欧米メディアは聞いてくれない」とする文章を発表した。

記事によると、広東省在住のオーストラリア人、ジェリー・グレイ氏が20日にウェブ上で文章を発表し、「自分は多くの外国人専門家や記者よりも中国に関する多くの知識とリアルな経験を持っているにもかかわらず、真実を話そうとすると決まって西側メディアに無視される」と訴えた。

グレイ氏は文章の中で昨年1月30日、英紙ガーディアンにメールを送り、中国での新型コロナ対策の体験談を紹介したところ、先方から「文章を使わせてもらう時は連絡する」と返事があったものの、「それから1年半が過ぎ、何度も連絡してみたが先方から情報は得られていない」と明かしたという。

また、昨年7月には米ニューヨークのニュースメディアから「最近の新疆ウイグル自治区訪問について話がしたい」との連絡があったため受け入れ、現地の写真などを提供しながら記者と話をしたものの「記者は、中国に批判的な内容以外は明らかに何の興味も持っていなかった」とし、先日も広東省広州市のワクチン接種やPCR検査の状況を称賛する文章を発表したところ、豪ABCラジオから出演の依頼があり、興味を示すと同時に「私の考えとABCラジオの考えは一致しない。そちらの視点にはミスリード性があるばかりか、完全な捏造とさえ言えるものもある」と主張したところ、同局がさらなる意思疎通を拒否したと述べたという。

記事によると、グレイ氏は「私は中国問題の専門家ではないが、欧米メディアの大多数の記者や、多くの専門家よりも中国についての専門的知識を持っているし、彼らの中には中国に来たことさえない人もいる。一部の欧米メディアは中国での生活に対する公正な報道をしたがらず、偏見を持った上で世界に対して『自分たちが望む中国像』を見せているにすぎない。その内容は、決して事実ではない」と主張している。【6月25日 レコードチャイナ】

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上記記事の中国在住のオーストラリア人フリーライターの話がどれだけ客観的なものかは知りませんが、一般論で言えば、豪中関係に限らず、日本を含めたすべての国の関係について、自戒・留意すべき点ではあるでしょう。

 

一方、中国メディアには「戦争」に言及した剣呑なものも。

 

****オーストラリアには中国と戦争することの恐ろしさを理解している人はほとんどいない―中国メディア****

中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)は8日、「オーストラリアには中国と戦争することの恐ろしさを理解している人はほとんどいない」とする記事を掲載した。

記事は、オーストラリアのニュースサイト、インディペンデント・オーストラリアにこのほど掲載された、「米国との同盟はオーストラリアを中国との戦争へと導いている」と題した論評を要約して次のように伝えている。

第2次世界大戦での中国人の死者数は少なめの見積もりでも1500万人と驚くべきほどの多さで、中国は戦争の本当の代償を理解している国だ。

オーストラリアの死傷者と戦争の経験は、それに比べると取るに足りないものに思われる。中国と戦争した場合の結果について実際に考えているオーストラリア人はほとんどいない。

オーストラリアは敗者側になる可能性が高い。米シンクタンクのランド研究所など複数の団体によるシミュレーションは、中国がアヘン戦争中に課せられた屈辱的な条項と同じくらいのものをオーストラリアは受け入れざるを得なくなるという結果を導き出している。(後略)【6月10日 レコードチャイナ】

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なお、アメリカは“ブリンケン米国務長官は(5月)13日、中国から経済的圧迫を受けているオーストラリアを米国は決して孤立させないと断言した。”【5月14日 ロイター】と、オーストラリアを支える姿勢です。

 

モリソン豪首相は「(豪中の)関係は存続している。貿易だけを見ても、過去最大の数量になっている。これは一つの証しだ。さまざまなことを言ったりやったりしても、この関係には依然として大きな価値がある」【5月19日 ロイター】と、過熱を戒めるような発言も。

 

豪中貿易の最重要品目である鉄鉱石が中国側の制限品目から外されている限りは、多少の問題はあっても・・・といったところでしょう。

 

【米中・豪中の対立の板挟みとなるニュージーランド】

オーストラリアと中国の対立は米中対立という大きな枠組みのなかでの事象でもありますが、豪中の対立は更に隣国ニュージーランドをも巻き込む形にも。

 

****ニュージーランドが中国と敵対する準備、「反中」と「親中」のジレンマ―米華字メディア****

米華字メディア・多維新聞は5月31日、「ニュージーランドが中国と敵対する準備、反中と親中のジレンマ」と題する記事を掲載。ニュージーランドが米豪と中国との間で板挟みになっていると指摘した。

 

記事は、オーストラリアのモリソン首相が30日にニュージーランドを訪問し、翌31日にアーダーン首相と首脳会談を行ったことを説明。モリソン首相の訪問を前にした29日には、ニュージーランドが「ルールに則った貿易システムを守るために努力しており、オーストラリアを支持する」との姿勢を示していたことを伝えた。

 

その上で、「アーダーン首相はニュージーランドが米国と中国のどちらかを選ぶということはないと繰り返し公言してきた。しかし、親密な隣国であるオーストラリアと中国との関係悪化が鮮明になると、ニュージーランドはその影響を考慮せざるを得なくなった」とし、「ニュージーランドが『チャイナマネー』のためにオーストラリアを見捨てたと批判する世論の声は少なくなく、アーダーン政権も一定の圧力に直面している」と評した。

 

また、「(ニュージーランドは)ファイブ・アイズの一員として、米英とは全く異なる姿勢で中国と交流した時に直面する状況のひどさは推して知るべしだ。親密な関係にある隣国同士(豪州とニュージーランド)が、米国との関係では歩調を合わせながら、中国との関係では足並みが乱れるとするなら、それは必然的に波紋を広げることになる」とした。

 

さらに、「中国の視点から見れば、中豪関係の悪化の原因はオーストラリアが米国の“反中”に味方したということになる。米豪の視点から見れば、ニュージーランドが米豪に続かないのであれば親中ということになる」とし、「オーストラリアとニュージーランドの境遇は、米中の中間スペースには限りがあり、反中にせよ、親中にせよ、困難に直面するということを表している」と論じた。

 

ニュージーランドのマフタ外相は5月24日、英紙ガーディアンとのインタビューで「私たちはオーストラリアと中国の間で起こっていることを無視することはできない。彼らが嵐に接近したり、嵐の中に入ったりするのであれば、私たちはその嵐が私たちに近づいてくるのは時間の問題かもしれないと考えなければならない」と発言。「私が輸出業者に送ったシグナルは、新型コロナウイルス流行を背景に、多様性を考える必要があるということ。私たちが属する地域でどのように関係を拡大させていくか。そして、中国との間に重大な事件が発生した場合の衝撃の緩和策。彼らは果たしてこの衝撃に耐えられるかということだ」と述べた。

 

記事は、このマフタ氏の発言から「ニュージーランドは米豪からの圧力を懸念しているだけでなく、もしニュージーランドが米豪からの要請に応じなければならない場合、中国による経済面での措置にどのように対処すべきかを考えている」と指摘し、「ニュージーランドが(米中間で)転々とするスペースは限られている。ベストな策は、米豪からの圧力を跳ね返す力を持ちながら、中国に過度に依存しないことだ」とした。

 

そして、「オーストラリアは中国の当局者に繰り返し連絡し、『事後』に互いの相違点の埋め合わせを図っているが、ニュージーランドは今、『転ばぬ先のつえ』として(中国と関係悪化した時の)衝撃に耐えられるかどうかを考えている。この問題の背後には、ニュージーランドの中国に対する恐れと懸念があり、中国に対する信頼度が極めて低いことを反映している。それと同時に、米豪がニュージーランドをやすやすと見逃すことはなく、今後さらに激しい争いが繰り広げられることを示している」と論じた。【6月2日 レコードチャイナ】

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いわゆる「小国」にとっては、「大国」の争いに中立的な対応を維持するというのは、ときに高度なバランス感覚・政治テクニックを必要とします。

 

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キューバ  続くアメリカの経済制裁にコロナ禍で経済低迷 改革も行われているが不十分

2021-06-24 23:24:03 | ラテンアメリカ

(店の前で行列を為すひとびと【6月1日 山岡加奈子氏 新潮社Foresight】)

 

【国内経済マイナス11% 増加するアメリカへの密航者】

カストロ(兄)時代からアメリカと対立を続けてきたキューバですが、オバマ元大統領は国交回復に向けて大きく舵を切りました。しかし、トランプ前大統領はこの流れを止めて、追加制裁も。

 

バイデン大統領は、今のところキューバ関連では大きな動きは見せておらず、キューバからすれば制裁解除という明るい話題は見えていません。

 

****米は対キューバ制裁解除を…国連総会で決議採択、日本賛成・米反対****

国連総会は23日、米国による対キューバ制裁の解除を求める決議を日本を含む184か国の賛成多数で採択した。米国とイスラエルが反対し、3か国が棄権した。同様の決議採択は29回目で、米国のバイデン政権発足後では初めて。

 

キューバのブルノ・ロドリゲス外相は総会で制裁について「(キューバ国民を)窒息死させる」と非難。米国の代表は「民主主義の推進や基本的人権の尊重などキューバに対する取り組みの一環だ」と反論した。

 

同様の決議採択は2019年までに28年連続しており、昨年は新型コロナウイルスの流行で見送られていた。米国はオバマ政権がキューバと国交を回復した16年に初めて反対から棄権に回った。トランプ前政権は経済制裁などで締め付けを再び強め、17〜19年の決議にはいずれも反対した。【6月24日 読売】

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こうしたアメリカの制裁が続く中で、他の国々同様にコロナ禍に見舞われ、基幹産業でもある観光業は壊滅的なダメージを受けています。

 

低迷する経済活動で、アメリカへの密入国を企てる者も増加しています。

 

****キューバの移民船転覆、行方不明者10人の捜索打ち切り 米フロリダ沖****

米フロリダ州キーウエスト沖で起きたボートの転覆事故で、米沿岸警備隊は行方不明になっていた10人の捜索を29日で打ち切ったと発表した。(中略)

 

ボートは米国への移民を目指す人たちを乗せて23日にキューバを出航し、26日夜に転覆した。沿岸警備隊は27日、定例パトロール中に海上で数人を発見して8人を救助、2人の遺体を回収していた。

 

沿岸警備隊によると、キューバの経済危機が悪化したことで、危険を冒して船で米国を目指す人が増えているという。

 

数千人が危険な横断を試みた1990年代に比べれば数は大幅に少ないものの、今回の増加傾向に対して沿岸警備隊は警戒を強め、「航海に耐えられない船で海に乗り出すことは勧めない。定員超過だったり、天候の予想がつかなかったり、人命が失われたりする危険はあまりに大きい」と強調した。

 

米国に入国したキューバ人は、見つかればほとんどが本国に送還される。それでも経済状況が悪化する中、必死の思いで米国を目指す人はさらに増える可能性がある。

 

キューバ政府の統計によると、2020年の同国経済は、新型コロナウイルスのために観光業がほぼ壊滅状態となり、11%縮小した。【5月31日 CNN】

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野球選手がアメリカ・メジャーでの活躍を目指して亡命するというのは、一般人の経済苦からの脱出とは若干意味合いが異なるものがありますが、根底にある自国キューバへの諦めという点では同じかも。

 

****五輪出場を逃したキューバ代表 弱体化の原因と“国外流出”した選手の錚々たる顔ぶれ****

米大陸予選で2連敗を喫して早々に敗退が決まったキューバ代表

 

5月31日(日本時間6月1日)から米フロリダ州で行われている東京五輪アメリカ大陸予選。過去5大会で3度の金メダルを獲得してきたキューバ代表がオープニングラウンドで敗退し、初めて五輪の出場権を逃すことになった。 (中略)

 

かつては“アマチュア最強チーム”として栄華を誇ったキューバ代表。1982年から1997年にかけて国際試合公式戦151連勝をマークし、野球が五輪の正式競技となったバルセロナ大会からアトランタ大会、アテネ大会と3大会で優勝。2006年の第1回ワールドベースボールクラシック(WBC)でも準優勝していた。  

 

だが、近年は代表チームの弱体化が顕著となっていた。WBCでは2009年の第2回大会から3大会連続で2次ラウンドで敗退。2019年に行われた「プレミア12」でもオープニングラウンドで姿を消していた。  

 

このキューバ代表の“弱体化”の大きな原因となっているのが、選手たちの“国外流出”だろう。現状、キューバ人選手がメジャーリーグに挑戦するためには亡命するしかない。近年ではソフトバンクに所属していたオスカー・コラス内野手が亡命。この五輪最終予選前にはセサル・プリエト内野手が米国内で突如、失踪している。(後略)【6月5日 full-Count】

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【指導部の世代交代 ただし、カストロ遺族の影響力は残存】

こうした困難な状況にあって、キューバ指導部はカストロ兄弟から次世代指導者への世代交代を行っていますが、カストロ支配が消えた訳でもないようです。

 

****カストロ一族のキューバ支配は終わらない****

キューバ共産党大会初日の4月16日に、ラウル・カストロが党第一書記辞任を表明し、党大会最終日にディアスカネル大統領が、後任に就任した。カストロと同年代の革命世代の有力指導者も政治局員から引退した。カストロ兄弟による共産党を通じたキューバ支配が終わったことは間違いない。

 

しかし、ディアスカネル第一書記兼大統領(2018年に見せかけの政権交代の一環としてカストロによって登用された経緯がある)を通じて、或いは、カストロの元義理の息子で孫の父親でもあるロペス・カジェハス将軍等を通じてラウルの影響力は残り、カストロ一族の支配は続くと見られる。

 

他方、ラウル・カストロは、兄の後を継いで以来、公務員の任期制度やキューバ人の渡航制限の緩和、通貨制度の改革などの制度の自由化に取り組み、オバマ米大統領(当時)の下で雪解け関係も進んだわけで、「社会主義か死か」と叫び続けたフィデル・カストロや革命世代のイデオロギーとは一線を画す漸進的かつ部分的開放路線を進めてきた。

 

そのラウルが後継者として育成し、将来を託したのがディアスカネルであるので、これによりキューバ共産党の革命世代から革命後の新世代への権力の移行が完成したとも云えるであろう。

 

ディアスカネル政権においては、国民の生活上の不満等に対処する上でも、これまでのような経済面での市場化を段階的に進めるであろうが、政権の安定性に影響を及ぼすような民主化措置は期待し難い。

 

軍内に多少の確執はあるようであるが、党大会でカジェハスが政治局員に登用されるなどカストロ一族側の新世代も支配力を強化しており、軍内の対立、民衆の蜂起、体制内改革といったことは、何れも現実性に乏しいように見える。

 

ディアスカネル自身は技術者で、共産党のヒエラルキーを上る過程でラウル・カストロに認められたプラグマッティックな人物であるとの評もあり、彼に期待する向きもある。

 

しかし、国民的なカリスマ性があるわけではなく、軍部や情報部門をどこまで掌握しているのか、どこまで本人自身の政策的自由度があるのかは未知数である。当面、他の国と同様コロナ対策やパンデミックによる経済困難にいかに対処するかが大きな課題であり、これに成果を上げることが国民の支持や政権の安定度の鍵となろう。

 

バイデン政権は、ラウル・カストロやその子供、更にカジェハスに対するものを含むトランプ政権による追加的なキューバ制裁措置を解除しておらず、同政権にとってキューバ問題の優先順位は高くないとされており、当面は、米国から何らかのイニシアティブが取られる可能性は低いだろう。【5月11日 WEDGE】

*******************

 

【経済改革に乗り出すも、その効果は限定的 コロナ禍を乗り切れば改革もスローダウンの可能性】

経済政策としては、二重通貨制度の廃止、自営業の職種拡大という改革も行っていますが、そこには限界も観られます。

 

****キューバの変革:二重通貨制度廃止のインフレ****

二重通貨制度の廃止に踏み切ったキューバを襲った急激なインフレ。自由市場からモノが消え、闇取引が行われている。

 

コロナ・パンデミックに襲われたキューバの2020年GDP(国内総生産)成長率は、マイナス11%を記録した。これはソ連が崩壊した1991年とほぼ同じ水準である。

 

キューバ政府は基本的に、経済危機が深刻になって国民の不満が高まり、追い詰められるまでは改革をしない。その意味では、今回のコロナによる経済危機はいい機会と言えるわけで、2021年1月から施行された改革はその表れであった。

 

ただし、その3カ月後に開催された今年4月の第8回党大会を見ると、勇み足で始めた1月からの改革が足踏みした印象である。

 

懸案だった二重通貨制度

キューバ政府が今年に入って実施した改革は2つある。

1つは「金融の秩序化」(Ordenamiento Monetario)と呼ばれる二重通貨制度の廃止である。これは10年前の第6回党大会から取り組むと発表されていたもので、今年1月1日に実施された。

 

キューバでは1994年から1ドル=1ペソの交換レートを持つ「兌換ペソ(CUC)」と、一般の労働者が受け取る賃金、公共料金や配給物資の支払いに使われる外貨交換できない「非兌換ペソ(CUP)」の2種類の通貨が流通し、1兌換ペソ=24非兌換ペソのレートで交換されていた。

 

2004年には、ブッシュ(子)米政権(当時)による対キューバ経済制裁強化に反発したフィデル・カストロが米ドルの流通を停止。国内の外貨店での支払いは兌換ペソのみとなるなど、兌換ペソは広く使われてきた。

 

この二重通貨制度は、赤字国営企業の保護に使われた面が強い。財務体質が悪化した国営企業に対して、1兌換ペソ=24非兌換ペソの一般レートではなく、1兌換ペソ=1非兌換ペソ、あるいは1兌換ペソ=5非兌換ペソなど、非兌換ペソを過大評価したレートを適用することができたからだ。

 

一方で輸入企業を優遇し、輸出企業の競争力をそぐ側面もあり、早い時期から二重通貨制度を廃止する必要性は指摘されてきた。

 

政府の経済統計を検討する際にも、この二重通貨制度は障害であった。(中略)

 

物価が4〜5倍に

中国やベトナムでも1990年代に兌換通貨と非兌換通貨の二重通貨制度の廃止が実施されたが、これにより自国通貨価値の過大評価が表面化した。両国とも廃止直後からハイパーインフレとなり、収束まで2〜3年を要している。

 

キューバ政府はこのコストを考えて、長年同制度の廃止を先送りしてきた。しかしコロナ危機により、抜本的な改革をする必要がある、とついに腹を決めたということになる。

 

ところが中国やベトナムの場合は、それまでに市場メカニズムの大幅な導入が行われ、民間部門の経済活動の自由度が拡大していた。両国の経済は二重通貨制度の廃止前に高成長を記録し、ハイパーインフレに耐えるだけの余力があった。

 

これに対してキューバの場合は、経済は低成長のまま、コロナ危機に押されて制度廃止を断行した格好だ。

 

対策として、物価上昇に備えて公的部門労働者の賃金を平均5.2倍引き上げること、「不当に価格を吊り上げる場合は」高額の罰金を科すことが発表された。また、「農牧産品自由市場」や「手工芸品自由市場」などの公営市場における価格に上限を設定し、価格統制を開始した。

 

しかし米メディアによれば、二重通貨制度の廃止が発表された2020年12月10日の翌日から自由市場の価格が4〜5倍に上昇したという。

 

政府は1月から価格統制を行い、インフレ抑制に乗り出したが、人々は価格統制された市場に物を売りに行かなくなり商品は闇市場に消えた。食料や衣類などは闇で購入せざるを得なくなっていると考えられるが、闇市場は当然政府の価格統制の外にあり、市場メカニズムが機能するため、高価格となる。

 

自営業の職種拡大も実施されたがーー

キューバ政府が実施したもう1つの改革が、2月に入って行った自営業者の職種の大幅拡大(127種から2000種以上へ)である。これによって医療・教育などの一部の職業を除き、ほぼすべての仕事に自営が認められたが、コロナ下では投入財の入手が難しい。

 

自動車の修理のための部品はすべて輸入に頼っているが、貿易は政府に独占されており、その政府は外貨不足のために十分な量を輸入できないでいる。観光客が来ないので、レストランは休業せざるを得ない。公共交通機関は止まり、買い出しのためには自分で運搬手段を調達しなければならないが、流通はすべて国家独占である。

 

自営業の拡大は歓迎すべきだが、現在はまだその効果が期待できる段階ではない。コロナが収束してから、自営業が発展するかどうかが問われることになるだろう。

 

長蛇の列ができる国営外貨店

この状況下で、国民生活は一層厳しい状況が続いている。

政府が国民に保障する生活必需品の配給は遅配・欠配が目立ち、鶏肉やせっけんなど生活必需品は、国営外貨店でしか購入できなくなった。

 

前述の通り国営外貨店の価格は1ドル=24非兌換ペソの公定レートで計算され、公務員が賃金として受け取る非兌換ペソでも買い物ができるが、商品の入荷量は限られており、外貨店の前では早朝から長蛇の列ができる。列の後ろの方の人は買えないことも多い。

 

またそもそも外貨店の価格は、非兌換ペソの収入しかない公的部門労働者には高価である。公的部門労働者の賃金は5倍に引き上げられたので、国営外貨店での買い物に限れば、購買力は5倍になった。需要は高まったが政府が外貨で輸入する商品の供給は増えず、外貨店でも品不足が続いている。

 

米マイアミのメディアは、外貨もなく多額の非兌換ペソの現金も持たない人々が物々交換をしていると報じている。子どもの食べ物を買うために、自分のよそ行きの服を自宅で売ったり、直接食べ物と服を交換したりしているのだ。

 

1米ドル=24ペソの公定レートについても、現在闇ドルレートは1ドル=50~60ペソと伝えられている。政策の上で市場メカニズムを否定しても、現実の生活の中では闇市場という形でそれが機能する。今のところ恐れていたほど闇ドルレートは上昇していないが、経済が回復すれば米ドルの需要が高まり、闇レートも上昇する恐れは残る。

 

コロナ禍の中で窮乏する国民の不満は久しぶりに高まっている。

1990年代からキューバに関するニュースを報道する米国マイアミのネットニュースのCubaNetは2021年1月5日、2020年のデモの回数は3倍に増えたと報じた(Se triplican protestas públicas en Cuba en últimos cuatro meses de 2020 (cubanet.org)。

 

政府は国民の不満を抑えるためにも、大胆な経済改革を実行する必要に迫られている。

 

中国やベトナムのような経済改革は行わない?

しかしながら、このような状況である割には、第8回共産党大会の前後に発表された経済改革や方針は、今一つ熱意に欠けるのである。

 

実際に党大会での議論を見てみると、基本的には10年前の第6回党大会で決められた「党と革命の経済社会政策に関する指針」を引き続き実行に移していく、という決議が可決されたにとどまっている。

 

市場経済化や資本主義的な制度の導入を警戒していることは、今回の大会の決議の中に、「生産者や商業活動に参加する業者が、社会の利益や原則に反する悪習や投機、条件を押し付けることを防ぐ必要がある」と書かれていることにも表れている。確かに、不当な価格のつり上げを政府が防ぐことは必要だし、大多数の資本主義国の政府でもそのような政策をとれるようにしている。

 

ただ今のキューバの物価上昇は、1月に二重通貨制度を廃止したために起きたインフレを、価格統制で乗り切ろうとしている政府の政策の問題にある。政策の上で市場メカニズムを否定しても、現実の生活の中では公営自由市場から商品が消え、闇市場に流れるという形でそれが機能する。 

 

また、ミゲル・ディアスカネル新第一書記は演説で中国やベトナムの経験に触れたが、問題はその触れ方である。

 

中国もベトナムも社会主義計画経済の重要性を確信しており、それぞれ試行錯誤を繰り返して現在に至っているのだ、と述べたのだ。

 

つまり中国やベトナムの経済における民間部門の役割の重要性には触れず、これらの国々が言説としては、現在も社会主義経済の建設を標榜していることを強調しているように映る。キューバがこれから中国やベトナムのような経済改革を行うことはない、と示唆しているように思われる。

 

更なる経済改革には慎重姿勢

このように国内外の期待をよそに、キューバの指導部は、大規模な改革には慎重な姿勢を崩していない。

 

現在の指導部の希望の星は、キューバ国内で開発された5種のコロナワクチンである。このうちの3種については、国内の60歳以上の市民にボランティアを募り、今年3月には第3フェーズの治験を行った。(中略)

 

ワクチンの成果は現時点ではわからないが、政府はとりあえずワクチン効果を見極めるまでは、さらなる経済改革は見送る公算が高い。キューバ政府は追い詰められれば改革をするが、そうでなければ改革をやめるのが、過去30年間繰り返されてきた習慣だからだ。

 

ワクチンによって集団免疫を確立できれば、経済を全面的に再開し、1〜2月に行った改革だけでどこまで国民生活を改善できるか観察するだろう。他方、ワクチンで期待したほどの効果を得られなければ、もう少し改革を進めるに違いない。【6月1日 山岡加奈子氏 新潮社Foresight】

********************

 

国内開発中の新型コロナワクチンに関しては“キューバが開発中の新型コロナワクチン、有効性が92%以上”【6月23日 TBS NEWS】という朗報もありますが、経済改革の側面から見ると、ワクチン開発が順調に進んでコロナ禍が一段落すれば、改革への姿勢もスローダウンする・・・・ということにもなりかねないようです。

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“水素に賭ける”日本 エネルギー源の大きな部分を水素に移行する計画 世界で進むグリーン水素開発

2021-06-19 22:55:49 | 日本

(川崎重工が建造した世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」(神戸港)【6月16日 WSJ】

 

【水素に賭ける日本 2050年までに水素や関連燃料で発電電力の10%を供給】

「脱炭素」に向けた世界的流れが加速する中で、日本が石炭火力の全廃に踏み切れずにいることは、これまでもしばしば取り上げてきました。

 

また、再生可能エネルギーの安定性やコストなどの日本的問題もあって、今後も原子力に頼る構造になっていることは周知のところ。

 

一方、自動車産業に関しては、中国などがEVにひた走るなかで、トヨタは水素を利用した燃料電池車や水素エンジンにこだわりをもっているようです。

 

上記のような状況のなかで、日本が将来的なエネルギーの方向性をどのように考えているのか判然としない・・・と思っていたのですが、日本は「水素に賭けている」そうです。そうなの?

 

****水素に賭ける日本、エネルギー市場に革命も****

「2050年に排出ゼロ」達成には水素燃料が不可欠 高価で非現実的とみる向きも

 

日本は輸入した石油やガス、石炭をエネルギー源とする産業基盤を軸に世界第3位の経済を築いた。

だが今、そのエネルギー源の大きな部分を水素に移行する計画を進めている。水素エネルギーは長年、コストがかかりすぎて効率が悪く、現実的ではないと一蹴されてきたが、日本は世界で最も大きな賭けの一つに打って出ている。

 

日本は今後30年間で事業活動に伴う二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするという目標を掲げており、そうした移行はその達成に不可欠だ。この賭けが成功すれば、世界のサプライチェーンの基礎作りにもなり、ようやく水素がエネルギー源として台頭し、石油や石炭が一段と脇に追いやられる可能性があると専門家らは話す。

 

水素は過去にも大きな話題を呼んできたが、まだ経済的にも技術的にも克服すべき課題がある。日本のアプローチは何年もかけて化石燃料から徐々に脱却する段階的なプロセスになる可能性が高く、当初はCO2排出量を急激に減らすことにはならないだろう。また、輸入エネルギーへの依存もすぐには解消されない。当初は主に輸入化石燃料から生産する水素を使用する計画だからだ。

 

しかし、多くの国と同様、日本も太陽光や風力などの再生可能エネルギーだけでは2050年までに排出ゼロを達成するのは不可能なことに気づき始めている。水素は使用時に主要な温室効果ガスとされるCO2ではなく、水蒸気を排出する。再生可能エネルギーが十分に機能しない産業で化石燃料の代わりに使用できる可能性がある。

 

日本政府は2019年までの2年間で、水素関連の研究開発予算を2倍以上の約3億ドル(約330億円)に拡大したが、この数字には民間企業が投資した数百万ドルは含まれていない。

 

12月には、2050年までに水素や関連燃料で発電電力の10%を供給するほか、海運や鉄鋼生産など他の用途のエネルギーの大部分をまかなうことを求めた暫定的なロードマップを発表(水素と関連燃料による発電電力は現在ほぼ0%)。政府は今、最終的なエネルギー計画を詰めており、それには水素開発に関する公式目標や概算コストが含まれる可能性がある。

 

政府は最終的に、補助金制度やCO2を排出する技術の利用を抑制する策を設ける見通しだ。日本の工業大手は、水素を日常生活の一部にしようと船舶やガスターミナルなどのインフラの構築に取り組んでいる。

 

日本最大の発電会社であるJERAは、石炭火力発電所で水素化合物のアンモニアを石炭に混ぜて燃やすことでCO2排出量を削減することを計画しており、供給の開発に向けて5月に世界有数のアンモニア生産会社と覚書を交わした。

 

日本の商社は、アンモニアや水素の調達先を探している。また日本郵船などの海運会社は、そうした燃料で稼働する船を設計している。

 

神戸港には世界初の液化水素運搬船――青と黒で「LH2」と書かれた全長約113メートルの船舶――が、約9000キロメートル離れたオーストラリアに向けた試運転に備えて停泊している。

 

「事態は一変する可能性がある。日本で突破口が開かれ、日本市場に供給できるようなバリューチェーンを全体的に構築すれば、(世界的に水素が)急速に普及するだろう」。米電力大手NRGエナジーの元最高経営責任者(CEO)でJERAの取締役を務めるデビッド・クレイン氏はこう話す。

 

水素には大きなメリットがある。一つは、石炭やガス、石油を使用する既存の発電所や機械を改良して使用できることだ。そのため、将来、新エネルギーに移行する際、何十億ドルものレガシー資産を廃棄せずに済む。

 

また、水素が使用される燃料電池は蓄電池(バッテリー)と比べて同じスペースにより多くの電力を詰め込める。そのため、長距離を移動する飛行機や船舶には水素がうってつけだ。

 

さらにもう一つのメリットは、水素は日本が主導可能な技術であり、中国への依存を軽減できる可能性があることだ。中国は代替エネルギー大国として台頭し、太陽光パネルやバッテリーの供給量で世界一となっている。(中略)

 

米国では、一部の州や企業が燃料ステーションなどの水素プロジェクトに投資しているが、まだ散発的な取り組みにとどまっている。

 

欧州連合(EU)は昨年、独自の水素戦略を導入し、2050年までに水素産業への投資が数千億ドルに達する可能性があるとの試算を明らかにした。ロイヤル・ダッチ・シェルやBPをはじめとする欧州の一部石油会社は、新たな水素プロジェクトを支援している。欧州航空機大手エアバスは今年、水素燃料飛行機3種類の開発構想を明らかにした。

 

アジアでは、現代をはじめとする韓国のコングロマリットの連合が3月、2030年までに380億ドルの水素関連の投資を行うことを発表した。中国は2022年初頭の北京冬季五輪に向け、数百台の水素バスを準備する計画だ。

 

だが重要な問題の一つは、水素は自然界には存在しないため、水や化石燃料などの化合物から抽出する必要があることだ。その作業にはエネルギーが必要だ。純粋な水素を製造するために必要なエネルギーは、その水素を消費するときに得られるエネルギーよりも多い。

 

また、天然ガスや石炭から水素を抽出する最も一般的な製造方法では、大量のCO2が発生する。長期的には、再生可能エネルギー電力を利用した「グリーンな」方法で水素を製造することを目指しているが、現在のところ、その方法は高くつく。

 

さらに、水素を貯蔵して運ぶのも大変だ。水素はとても軽く、標準温度では非常に大きなスペースを取るため、効率的に輸送するには圧縮または液化する必要がある。水素を液化するには、セ氏マイナス253度まで冷やさなければならない。

 

だが日本のプランは世界で最も重要なものの一つになり得る。アンモニアを使用するという大胆なアイデアを採用しているためだ。窒素と水素の化合物であるアンモニアもCO2を排出しない。アンモニアは純粋な水素よりも製造にはコストがかかるが、輸送や貯蔵ははるかに容易なため、取引しやすい。また、主に肥料として、既に世界中で大量に生産されているため、水素の問題点の一部を解決できる。

 

水素やその関連燃料にはその労力に見合うだけの価値がないという批判もある。一部の試算によると、日本で純粋な水素を使用した発電は現在、天然ガスや太陽光を使用した場合の約8倍、石炭を使用した場合の約9倍のコストがかかる。

 

環境保護団体グリーンピースは、日本のアンモニアを使用した発電計画を酷評している。3月の分析リポートで、この構想は依然として温室効果ガスを排出し、再生可能エネルギーを使用した発電よりも高くつくため、「コストの高いグリーンウォッシュ」だと結論づけた。

 

フォルクスワーゲン(VW)は、水素を使用した電気自動車(EV)は、バッテリーを使用したものに比べて3倍ものエネルギーを使用すると推計している。米EV大手テスラのイーロン・マスクCEOは、自動車向けの水素燃料電池をばかげていると断じた。

 

しかし、日本の状況では選択肢が限られている。使用エネルギーのほぼ9割を輸入に頼っているほか、太陽光や風力発電設備の設置余地も限られている。また、2011年の東日本大震災による福島第1原発事故を受け、ほとんどの原発を停止しており、国民は依然として原発におおむね反対している。

 

経産省が12月に発表した排出ゼロに向けたロードマップでは、数百万トンのアンモニアの輸入を必要としている。

アンモニア戦略を主導する経産省資源エネルギー庁資源・燃料部の南亮部長は、「すごいチャレンジ」だとし、「まだ世界では行われていない取り組みを日本がスタートする」と述べた。

 

JERAの初期のテストでは、年間約50万トンのアンモニアを必要とする。これは、日本が現在、消費している量の約半分だ。経産省と燃料アンモニア導入官民協議会の予測によると、2050年には日本の年間消費量はアンモニアが3000万トン、水素が2000万トンになる可能性がある。現在、世界で取引されているアンモニアの量は約2000万トンだ。

 

それだけの供給を開発する手だてを見いだすのは、日本が現在使用している燃料や化学品の多くを輸入している三菱商事や三井物産のような企業の役目だ。

 

最大の課題は価格だ。政府当局者や業界幹部の推計によると、電力会社が20%のアンモニアを混ぜた場合、石炭を燃やすだけの場合よりも発電コストが24%ほど高くなる。この価格差は、政府の支援やインセンティブがあれば対処可能だと業界幹部は話す。

 

三井物産は、サウジアラビアが最も安価な調達先になると判断し、同国に大規模なアンモニア工場を新設する可能性を検討している。三菱商事は、北米、中東、アジアのサプライヤー候補と交渉中のほか、日本の複数の海運会社と大型アンモニア運搬船の建造について協議している。

 

日本郵船は、アンモニアを燃料とする巨大なアンモニア運搬タンカーの予備承認を求めており、2028年までに納入することを目指している。

 

一方、純粋な水素の使用を加速するための投資も行われている。トヨタ自動車をはじめとする日本の自動車やトラック、重機メーカーは、水素燃料車を推進している。現在のところ、価格の高さや燃料補給ステーションの少なさから、普及は限定されている。(後略)【6月16日 WSJ】

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水素に賭ける・・・非常に野心的な方向性です。その妥当性は素人にはわかりかねますが、敢えて日本が挑戦するというのであれば、失われた二十年だか三十年だか、日本社会・経済が内向き志向になっていることを考えると応援したくもなります。

 

【燃料電池の航空機利用】

なお、水素を酸素と結合させて電気を取り出す燃料電池は、自動車よりは航空機などの方が現実性があるとも指摘されています。

 

****しぼむ燃料電池車への期待、空で羽ばたくか****

かつて自動車の燃料として期待が高まっていた水素は、航空機への応用の方が未来があるのだろうか。答えはイエスだ。だが、航空業界が定めた排出ガス削減目標の達成には間に合わないだろう。

 

ここ1年の動きは、航空業界にとって水素がクリーンな将来へのカギとなるとの考えに一定のお墨付きを与えた。欧州航空機大手エアバスは昨秋、2035年までに水素を燃料とする旅客機の実用化を目指し、コンセプト機3種を発表。

 

最近では、英スタートアップ企業ゼロアビアが2400万ドル(約26億2400万円)の資金調達ラウンドの一環として、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)から出資を受けた。エアバスの元幹部、ポール・エレメンコ氏が率いるユニバーサル・ハイドロジェンも、米格安航空会社(LCC)ジェットブルー・エアウェイズやトヨタ自動車傘下のベンチャーキャピタル部門など大手から、2100万ドルを調達した。

 

水素は数十年にわたり、将来の有力な自動車の動力源になると考えられていた。だが、業界では環境対応車としてバッテリーが主流になりつつあり、水素は米ニコラなど新興勢が進めているトラックや鉄道など、別の分野への応用が模索されている。(中略)

 

航空業界は当初、電気自動車(EV)革命に強い関心を寄せていた。だが、重いバッテリーを乗せて飛行するのは極めて短距離でない限り、採算が合わないとの認識が幹部に広がり、期待が後退した。

 

再充電可能リチウムイオン電池の出力エネルギーは、重量1キロ当たり9メガジュール(MJ/Kg)どまりで、ジェット燃料の40 MJ/Kgに比べて大きく見劣りする。

 

一方、水素は140 MJ/Kgと、目を見張る水準だ。比較的成熟している技術である点も心強い。ユニバーサル・ハイドロジェンやゼロアビアが軽量・小型機に改造している燃料電池(FC)は、キロワット当たり40ドルと、2006年からコストが68%下がった(バーンスタイン調べ)。この水準は自動車にとっては高いが、飛行機ではそうではない。(後略)【5月17日 WSJ】

********************

 

もちろん航空機利用にしても技術歴問題は多々あり、実用化はこれからの話です。

 

【グリーン水素開発競争】

発電にしろ燃料電池にしろ、水素の基本的な問題のひとつは、“天然ガスや石炭から水素を抽出する最も一般的な製造方法では、大量のCO2が発生する。長期的には、再生可能エネルギー電力を利用した「グリーンな」方法で水素を製造することを目指しているが、現在のところ、その方法は高くつく。”ということ。

 

そうした問題をクリアすべく、化石燃料を使わずにつくられる「グリーン水素」開発も進んでいるようです。

この分野でも中国は意欲的なようで、場合によっては中国が支配する太陽光パネルやバッテリー同様の結果になる可能性も。

 

****過熱する「グリーン水素」開発競争 行きつく先は?****

温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」の達成を競うレースで、ミッシングリンク(失われた環)と見なされている「グリーン水素」。化石燃料を使わずにつくられる「グリーン水素」は、世界中の報道発表や投資計画で盛んに使われるキーワードとなっている。

 

とりわけ欧州は、この新しくてまだ高価な燃料を使いこなすことを切望している。中国が牛耳っている太陽光と蓄電の技術で後れを取ったためだ。

 

クリーンな水素(燃焼で生成されるのは水蒸気)は、汚染物質を排出している重工業をよみがえらせる可能性がある。(中略)

 

世界の最富裕国は「グリーン水素」の生産に太陽光発電や風力発電を利用するなど、さまざまな戦略を発表している。原子力発電の利用を計画している国もある。

 

■アジアの支配?

膨大なエネルギー需要と輸入化石燃料への重度の依存のため、中国や日本、韓国といったアジアの工業大国は「グリーン水素」に大きな期待をかけている。(中略)

 

中国が取り組んでいる水素生産モデルは、増えつつある原子炉での発電を当て込んだものだ。だが、現在は石炭を燃料とした電力を使用し、大量の二酸化炭素を大気中に放出している。

 

エネルギー分野のデータ分析・調査会社ライスタッド・エナジーのジェロ・ファルッジョ氏によると、中国の経済の脱炭素化に対する意欲と低コスト化能力が意味するのは、電気で水を水素と酸素に分解する電解槽の製造を、中国が支配するようになる可能性があるということだ。

 

だが、欧州もまだ諦めたわけではない。(中略)

 

■水素開発がもたらす道

業界が熱を帯びる中、すでに具体化しつつある新たな提携や相互依存で、水素は世界のエネルギー地図を一変させる可能性がある。

 

仏名門ビジネススクールHEC経営大学院で教壇に立つミカ・メレド氏は、今後10年間の問いは、水素の開発の結果、分散化がもたらされるのか、それとも石油輸出国と消費国のような新たな依存関係がつくり出されるのかだと指摘している。 【5月17日 AFP】

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こうしたなかで、日本向けグリーン水素供給として動き出しているのがオーストラリア。

 

****日本向けグリーン水素供給、予想より早期実現も=豪電力会社****

オーストラリアのクィーンズランド州が所有する電力会社スタンウェルのスティーブン・キルター執行ゼネラルマネジャーは26日、生産に再生可能エネルギーを使う「グリーン水素」を日本に供給するプロジェクトが、現状予想しているよりも早く実現する可能性があると表明した。オーストラリア・エネルギー週間の会合で発言した。

スタンウェルは岩谷産業と組んで、2026年から液化グリーン水素を日本に輸出するプロジェクトを進めている。生産能力3ギガワット(GW)の電解槽を使用し、30年までに生産量を年間28万トンに増やす目標にしている。(中略)

オーストラリアでは今月、ノルウェーの肥料会社ヤラ・インターナショナルとフランス公益事業大手エンジーが、グリーン水素から「グリーン・アンモニア」を製造するプロジェクトで当局の承認を得た。ヤラは発電所へのグリーン・アンモニア供給計画で、東京電力ホールディングスと中部電力が出資する発電会社JERAとも協力している。

化石燃料に頼らないグリーン水素製造は、広大な土地やふんだんにある陽光や風力に恵まれるオーストラリアに向いているとして、企業からの注目が集まっている。ただ化石燃料に対する競争力を得るためには、電解槽や製造に用いる再生可能エネルギーの高コストや、輸送上の技術的障害を克服する必要があるとの指摘も多くの関係者から出ている。【5月28日 ロイター】

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アメリカも開発競争に意欲をみせているようです。

“バイデン米政権、クリーン水素の生産コスト引き下げで目標提示”【6月8日 ロイター】

 

こうした流れで各国がしのぎを削れば、コストも低下し、水素利用の現実性も増してくる・・・というのは何も知らない素人の楽観的期待です。

 

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北朝鮮  コロナ対策で食糧が底をついた「絶糧世帯」が増加 金正恩総書記「激やせ」は人民への配慮?

2021-06-18 23:27:42 | 東アジア

(韓国で「激やせ」が報じられている北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記に、ダイエット説が浮上した。写真は15日の金正恩総書記。【6月18日 レコードチャイナ】

確かに以前に比べたら別人のよう。)

 

【子どもの養育環境改善、ミャンマー人道支援もいいが・・・国内では「絶糧世帯」】

北朝鮮に関しては、「正気かね?」って目を疑うようなニュースは連日のことで、それをいちいち取り上げていたらきりがない・・・といったところですが、今日一日だけでもその歪んだ国内状況をうかがわせるニュースがいくつかありました。

 

****金正恩「子どもに乳製品を」 国家負担による供給表明****

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は17日、党中央委員会総会3日目の会議で、子どもの養育環境改善は国家の最重大政策だと強調し、国の負担で全国の子どもに乳製品など栄養食品を供給する方針を表明した。朝鮮中央通信が18日伝えた。

 

会議では、今年の主要政策遂行に向けた追加対策に関する決定書のほか、党、軍、国民が農業に全力を挙げて穀物の生産計画を達成するとの決定書を採択した。【6月18日 共同】

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もちろん「子どもに乳製品を」というのは、立派な施策です。

立派ではありますが、国民生活無視の新型コロナ対策などもあって、国内の経済状況は極度に悪化し、食べるものもない国民が少ないない状況では、「それより先にやることがあるだろうに・・・」と思わずにはいられません。

 

まあ、フランス革命当時のマリー・アントワネットの「パンがなければ・・・」の逸話(実際のところは諸説あるようですが)に比べたらましでしょうが。

 

下記のニュースなども立派な施策ですが、「そんな余裕がどこにあるのかね・・・」という類。

 

****経済難の北朝鮮 ミャンマーへの人道支援に30万ドル拠出****

国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、ミャンマーへの人道支援事業に北朝鮮が30万ドル(約3320万ドル)を拠出した。同事業はミャンマーの住民約9万人を対象に、新型コロナウイルスや自然災害への対応、食糧などの支援に取り組む。

これまで韓国や米国、日本、カナダ、スウェーデン、スイス、英国、デンマーク、ノルウェーなど14カ国と欧州連合(EU)機関が計5116万ドルを拠出している。

共産圏諸国では北朝鮮が唯一となっている。韓国は60万ドルを支援した。

OCHAの集計によると、北朝鮮が国連の人道事業に資金を支援したのは2010年が最後となっている。経済事情が厳しい北朝鮮が11年ぶりに他国に対する人道支援を行い、その対象がミャンマーとなった背景が注目される。

ミャンマーは新型コロナウイルスに加え、今年2月に軍が起こしたクーデターへの抗議デモが続いており、人道危機が深まっている。

ミャンマーは北朝鮮の伝統的な友好国で、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党総書記)は1月、ミャンマーの独立73年を迎え、同国大統領宛てに祝電を送り、「両国の伝統的な親善・協調関係が新しい時代の要求に合わせ、一層発展することを確認する」と述べた。【6月17日 聯合ニュース】

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ミャンマー国軍と北朝鮮の関係には注目すべき点はありますが、それは別にして、今の北朝鮮にはとても他国を支援している余裕はないはずです。

 

****「国家存亡に関わる」金正恩が招いた“絶糧状態”という本物の危機****

北朝鮮は新型コロナウイルスの国内流入を恐れるあまり、昨年1月末から国境を封鎖し、貿易を停止するという極端なコロナ対策だ。

 

市場で売られている商品の9割が中国製と言われている北朝鮮で、このような対策が取られるといかなる結果をもたらすかは火を見るよりも明らかだった。

 

金正恩総書記15日の朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会で、「人民の食糧状況が緊張している」と認めた。金正恩氏はその原因として台風被害を挙げたが、実際にはより構造的な問題がある。

 

災害などで深刻となった食糧不足が、禁輸による外貨・燃料・営農資材の不足による農業不振でさらに悪化するという悪循環に陥っているのだ。先月から品物の輸入が段階的に行われるようになるとの話もあったが、まだ本格的な再開には至っていないようだ。

 

そんな中で、「絶糧世帯」が増えていると、平安南道(ピョンナンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。「絶糧世帯」とは、食糧が底をついた家を指す北朝鮮の用語だが、いかなる状況なのだろうか。

 

先月から貿易が再開されるとの期待が裏切られ、今月に入ってから耐えきれなくなった人々が、家を売り払い、食べ物を求めて各地をさまよい歩く現象が表れ始めているとされる。1990年代の大飢饉「苦難の行軍」を彷彿させる状況だ。

 

元々この時期は、前年の収穫が底をつく春窮期(端境期)。毎年のように絶糧世帯が出ていたが、春窮期突入にコロナ鎖国が合わさってさらに増えたようだ。絶糧世帯は、道内の价川(ケチョン)、新陽(シニャン)、陽徳(ヤンドク)などの農村地域を中心に急増、情報筋の見立てでは、約3割に達した。

 

「最近になって都会でも農村でも耐えきれる限界を越えた人が増えている。このまま封鎖(コロナ鎖国)が続けば、国全体が苦しくなるとの話が耳に入ってくる」(情報筋)

 

ちなみに昨年3月、別の情報筋は、道内の安州(アンジュ)のある協同農場では通常より半月から1ヶ月ほど早く5%が絶糧世帯となり、4〜5月には2〜3割、最悪の場合は半数に達しかねないと伝えているが、今年はさらにひどい状況になる可能性がある。

 

絶糧世帯と家を捨てる人が増えている理由として情報筋が挙げたのが、商品の代金を巡るトラブルだ。多くの人が市場での商売で現金収入を得て暮らしている北朝鮮だが、昨年1月の国境封鎖で、商品の入荷がストップ。商品や代金を受け取れなかったり、渡せなかったりする商人が続出し、その催促に耐えかねて、家を売り払って出ていくというのだ。

 

道内で、輸入した食用油を売っていたある商人は、商品の代金が払えなくなり、トウモロコシ粥で糊口をしのいでいたが、次第にトウモロコシをツケで売ってもらえなくなり、借金もできないほど追い詰められた末、家を売り払ってしまったという。その行末は不明だが、おそらく町を出て、現金収入が得られる別の地域に去っていったのだろう。

 

今年1月には、商品の代金決済を巡るトラブルから、一家3人が射殺される惨事が起きている。(中略)

 

北朝鮮庶民をさらに苦しめているのは、食糧価格の高騰だ。首都・平壌では今月8日の時点で、1週間ほど前と比べてコメ1キロの価格が2割以上上昇、トウモロコシ1キロも、3000北朝鮮ウォン(約54円)を記録した。

 

朝鮮労働党機関紙・労働新聞は昨年1月29日、新型コロナウイルス対策は「国家存亡に関わる重大な政治的問題」であるとする記事を掲載したが、皮肉にも、過度な対策がコロナとはことなる「国家存亡の危機」を招いている状況だ。【6月18日 デイリーNKジャパン

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長期化するコロナ対策による困窮の不満は、統制強化で乗り切るつもりのようですが・・・

 

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正恩氏は厳しい防疫態勢が長期化すると指摘し、「経済全般の維持と衣食住の保障のための戦いも長期化する」と語り、経済への影響は今後も避けられないとの見通しを示した。

 

食糧を含む経済事情がさらに厳しくなることが予想されることから、北朝鮮は最近、思想統制などを強化している。正恩氏は総会で社会主義の優越性を強調し「反社会主義、非社会主義との戦いをさらに展開する」と述べたが、不満を抑えるためとみられる。【6月16日 朝日】

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【国民生活を無視した施策への不満噴出で施策転換の混乱も】

北朝鮮の隔離政策は、日本はもちろん、欧米やその他の国々などよりもはるかに厳しい、有無を言わせぬものです。

 

国境を封鎖し、貿易を停止するというのも国内経済の在り様を無視した施策ですが、ロックダウンも餓死者がでるような厳しさ。

 

****「このままでは全住民が死ぬ」北朝鮮都市 “コロナ対策””が崩壊****

北朝鮮最大の貿易都市、平安北道(ピョンアンブクト)の新義州(シニジュ)郊外にある朔州(サクチュ)に対して敷かれた新型コロナウイルス対策の封鎖令(ロックダウン)。

 

一切の外出が許されない状況で、適切な治療を受けられなかった赤ん坊が死亡し、それにショックを受けた父親が自ら命を絶つ事件が発生。地域の世論が悪化したことを受けて、外出禁止令については予定より10日早い今月14日に解除された。

 

それ以降も、郡の境を越えての移動は禁止されていたが、23日午後6時ですべての制限が解除されたと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 

情報筋によると、外出禁止令解除から封鎖令の完全解除までの10日間で、正確な人数は不明ながら10世帯で餓死者が出ていた。

 

郡内の人民班長(町内会長)は、1日1食の食事すらまともにできない絶糧世帯(食糧が底をついた世帯)が増え、餓死者が発生していると、事態の深刻さを洞事務所(末端の行政機関)や担当駐在員(地域担当の警察官)に訴えた。

 

洞(町内)の党書記を通じて動向報告を受けた郡党(朝鮮労働党朔州郡委員会)は、平壌の中央非常防疫委員会に「このままでは住民がすべて餓死しそうだ。老人や子どものいる家は特にひどい。配給を行うか、封鎖を解くかすべきだ」と問題を提起した。これを受けて、委員会はロックダウンの完全解除に踏み切ったとのことだが、実際は「解除」というより、「崩壊」に近い状態だったようだ。

 

1990年代の大飢饉「苦難の行軍」においても社会秩序が混乱したが、それに近い状況が生じる寸前だったと思われる。

 

国からの食糧配給が途絶えて久しいこの地域では、個人で畑を耕して作物を栽培して食糧を確保している人も少なくないが、畑は郡の境の外にある場合も多い。移動規制が続けば例年なら3月に行う大豆の種まきをできず、「このままでは生きていけない」と悲鳴が上がるなど、強い不満の声が湧き上がっていた。

 

中には郡党の責任書記(郡のトップ)、郡の人民委員長(行政機関のトップ)宛に「今すぐに種まきをしなければ食べていけない」と抗議の手紙を送る者もいれば、彼らの自宅に塀越しに石や汚物を投げ込む者もいるなど、不満は最高潮に達していた。(中略)

 

解除はされたものの、厳しいコロナ対策は続けられ、相変わらず住民への支援はないに等しい。(中略)

 

また中央は、隔離された世帯から絶糧世帯が出ないように、洞や人民班で少しずつ食糧を集めて、貧しい人々に分け与えよとの指示を下した。公助を行わず、共助、自助で乗り切れということだ。

 

同じロックダウン地域でも、成分(身分)のよい人々が住む、両江道(リャンガンド)の三池淵(サムジヨン)市に対して、食糧援助が行われたのとは対象的だ。【3月30日 高英起 | デイリーNKジャパン編集長 YAHOO!ニュース】

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国民の生活を無視した施策、激しい反発、政策撤回・・・というのは、市場対策でも同様です。

 

****北朝鮮、市場統制計画を撤回…世論の反発を意識****

北朝鮮当局は最近、市場で扱える商品を細かく分類し、それぞれの市場で販売できる製品を制限するとの指示を下した。これは、市場に対する統制を強め、その役割を、社会主義計画経済システムが曲がりなりにも機能していた時代に補助的な役割を果たしていた、農民市場と同等程度に縮小させるものだった。

 

それから間もなく、この指示は撤回に追い込まれてしまったと、平壌のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 

先月中旬、計画経済を司る国家計画委員会は、中央党(朝鮮労働党中央委員会)に対して、提議書を提出した。現在の総合市場を農畜産物、海産物、加工食品を取り扱う別々の専門市場に細かく分けて、商業活動に対する統制を強化するというのがその骨子だ。

 

そして、市場での衣類や家電などの販売を許さず、国営商店のみで販売するという方針も提議書に含まれていた。この計画を通じて、事実上の税金である市場使用料の徴収を増大させるというものだった。

 

しかし、中央党はノーを突きつけた。そもそも市場の細分化は困難であり、管理、統制に当たる人員が必要となるとの理由で、提議書を受け付けなかったというのだ。また、衣類、家電の国営商店のみでの販売も、現実的ではないと判断した模様だ。

 

さらに、下手に市場に介入して、商人が損害を受けることになれば、世論が悪化し、体制を脅かしかねないとの判断もあったようだ。会議の場では、実際に世論の悪化を恐れる意見が出されたとのことだ。

 

2009年の貨幣改革(デノミネーション)のときには、商業活動で蓄積された膨大な額の富が一瞬のうちに紙くずになってしまい、反発した商人が暴動を起こすなど、社会不安が広がった事例がある。(中略)

 

なお、今回の提議書を提出した国家計画委員会の幹部に対しては、政策に混乱をもたらしたとの理由で、平壌から黄海北道(ファンヘブクト)麟山(リンサン)郡の農村に追放する処分が下された。

 

市場に対する統制強化の話は既に市中に流れ、商人や住民の反発を呼んでいるが、幹部を処分することで、反発を抑える意図があるものと思われる。

 

国民の多くが市場の商売で得られる収入で生計を立てているのが北朝鮮の現実。それを無視した政策は、たとえ実行に移されたとしても混乱を招くか、うやむやにされるかのどちらかだろう。市場統制の強化の一環として進められた、穀物の国営商店のみでの販売も、うまく行っていないようだ。【6月14日 デイリーNKジャパン

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【「激やせ」は人民の食糧問題への配慮からのダイエット?】

ところで、最近金正恩総書記が「激ヤセ」しているとのこと。

国民に「絶糧世帯」が増えている状況で、ブクブク太っているのは・・・ということでダイエットしたという説もあるようですが、本当かね?

 

****「激やせ」報道の金正恩総書記、食糧難を訴えるためにダイエットか=韓国ネット「持病では?」****

韓国で「激やせ」が報じられている北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記に、ダイエット説が浮上した。6月17日、韓国・韓国日報が報じた。

記事によると北朝鮮の朝鮮中央通信は16日、前日に行われた労働党中央委員会の第8期第3次総会開催のニュースを伝え、金総書記の写真を公開した。写真では、茶色い眼鏡とトレードマークの「覇気ヘア」に変わりはないものの、顔が大幅に痩せ、5月5日に軍人家族芸術小組の公演を観覧した時の姿と比較すると、この1カ月の間にかなり体重が落ちたと推定されるという。

金総書記については以前から、体形の肥大化により糖尿病や高血圧などの成人病疾患が疑われていた。20年11月には韓国の国家情報院が、2012年8月に90キログラムだった体重が140キログラムまで急増したと報告している。

韓国政府と専門家は、今回の金総書記の減量を厳しいダイエットによるものと推測しているとのこと。金総書記は軍人家族芸術小組の公演観覧以来、約1カ月間姿を見せていなかったが、6月に入ってからは4日の政治局会議、7日の中央委員会及び道党委員会責任秘書協議会、11日の中央軍事委員会拡大会議、15日の総会と連続して活発な動きを見せている。短期間に公式活動を4つも公開していることから、健康面に問題があるとは判断し難しいという。

15日の総会では「国内の食料事情が逼迫(ひっぱく)している」とする発言もあったことから、「人民の食糧問題を心配しつつ、本人が丸い体形を維持するのはナンセンス」「病気の可能性もなくはないが、自ら減量する理由も十分にある」と、「政治的打算」によるダイエットの可能性が有力視されているという。

この記事に対し韓国のネットユーザーからは、「食糧難を訴えるために、うまい食事を絶ってダイエットする人間とは思えない」「持病で自然と痩せただけかと」「体形管理しないと死の危険性があるから痩せたんでは?」「基礎疾患のある人たちがコロナワクチンを接種して死んでるのを見て痩せたんだと思う」など、痩せた理由を推測するコメントが多く寄せられている。(後略)【6月18日 レコードチャイナ】

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国民生活を無視してやっているのが軍備増強・・・というのは、常に指摘されること。

 

****北朝鮮の対GDP比軍事支出が世界トップ 平和度指数は最下位レベル****

国際シンクタンクの経済平和研究所(本部オーストラリア・シドニー)が18日に発表した2021年版の「世界平和度指数(GPI)」報告書によると、北朝鮮の国内総生産(GDP)に占める軍事費の割合は24.0%で、調査対象国・地域のうち最も高かった。北朝鮮に次ぐレバノン(13.5%)、オマーン(10.8%)、リビア(10.5%)などと比べても格段に高い。

また、社会の安全と治安、進行中の国内外の紛争、軍事化の程度などを総合的に評価して平和の度合いを数値化したGPIのランキングで、北朝鮮は調査対象の163カ国・地域のうち151位となり、「非常に低い」水準に分類された。順位は昨年と同じだった。(後略)【6月18日 聯合ニュース

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今や、優遇してきた軍の食糧すら確保できない状況のようですが。

 

いい加減にこういう国民生活無視の愚かしい政治はやめたら・・・と思うのですが、統制を緩めたら不満が一気に噴き出して体制が崩壊する・・・ということで、後戻りできないのでしょう。

 

また、軍事力増強でアメリカの制裁緩和を引き出せれば、国内経済も回復するとの考えでしょうか。

 

それにしても、「裸の王様」は国民の窮状をどこまで認識・把握されているのか・・・。

 

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ベネズエラ・マドゥロ政権  経済混乱継続も、政治危機をしのぎ、アメリカの制裁にも対応して存続

2021-06-16 23:11:00 | ラテンアメリカ

(ベネズエラ首都カラカスで開かれたメーデーの集会で、米国による経済制裁に抗議する政権支持者ら(2021年5月1日撮影)【5月2日 AFP】)

 

【一時は崩壊必至とも思われたマドゥロ政権であったが・・・】

南米ベネズエラのマドゥロ政権は2年前の2019年当時は、原油価格下落による国家財政破綻、年率百数十万%と一千万%といったハイパーインフレーション、街のスーパーから商品が消える供給不足、三度の食事もままならない市民生活、街頭に溢れる抗議の声、野党指導者グアイド国会議長の暫定大統領就任・・・等々、圧倒的混乱の渦中にありました。

 

****原油価格の下落で経済混乱、周辺各国に難民続々 ベネズエラ****
ベネズエラの野党指導者、グアイド国会議長が、独裁色を強めるマドゥロ大統領の退陣を狙い暫定大統領就任を宣言して、23日で1カ月となる。

米国や近隣国、欧州の主要国などがグアイド氏を承認し、中露などがマドゥロ政権を支援する構図が続くが、グアイド氏を支持する国が増えつつあり国際社会ではグアイド氏に追い風が吹いている。
 
グアイド氏の暫定大統領就任を承認、支持する国は、すぐ承認した米国を皮切りに現在は約60カ国に増えている。一方、内政干渉を禁ずる国連憲章を守るとして14日に会合を開いたマドゥロ政権寄りのグループは、参加した外交官は中露など16カ国にとどまり、国の数ではグアイド氏側を大きく下回る。
 
しかもロシアのリャブコフ外務次官は12日、「状況打開に向け努力する準備がある」と双方の対話を促す認識を示し、当初、グアイド氏側と接触する予定はないとしていた姿勢を微妙に変えた。

13日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、中国外交官が米ワシントンでグアイド氏側とベネズエラの債務問題に関し協議したと伝えた。中国外務省は直後に報道内容を否定したが、水面下で接触している可能性がある。
 
背景にはベネズエラの経済混乱の深刻さがある。世界一の石油埋蔵量を誇るベネズエラの国民生活はかつて安定していた。しかし反米左派の社会主義政策を進めたチャベス前大統領の死去後、2013年にマドゥロ氏が就任すると、原油価格が大幅に下落して経済危機が深まり、物資不足やハイパーインフレなどのため大勢が国外へ逃げた。
 
ベネズエラと国境を接するコロンビア北部ククタでは、送金業者にベネズエラからの難民たちが行列を作る。並んでいたベネズエラの主産業である石油の供給会社に勤めていたヒルマイン・ピニャさん(40)は「食糧があっても、ベネズエラではとても高くて買えない」と険しい表情で嘆いた。(中略)そばには、難民女性の髪を切り、カツラ用に買い取る業者もいる。(中略)
 
ベネズエラの3大学の共同調査では、食料や医薬品が慢性的に不足するようになったため、市民約6000人の平均体重が17年の1年間だけで11キロ減少した。感染症が広がり、栄養失調患者も増えている。
 
国際通貨基金(IMF)によると、18年のインフレ率は137万%で、19年は1000万%と見積もり、紙幣のボリバルはすぐに紙くずのように価値が下がる。13〜18年で経済規模は4割以上、縮んだとの試算もある。
 
こうした経済危機の結果、15年以降に300万人が国外に逃れたとされる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の昨年11月の調査では、難民らはコロンビアに100万人超、ペルーに50万人超、エクアドルに22万人超が滞在。19年中には500万人に達すると予測され、周辺国は対応に苦慮している。
 
一方で、マドゥロ政権側は経済危機の主因は米国の経済制裁で、仕掛けられた「経済戦争」だと主張している。【2019年2月21日 毎日】
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もっとも、こうしたメディア情報がどれほど全体像を伝えていたか・・・

「冒険作家」北澤豊雄氏が2019年のベネズエラに潜入したときの経験を表した『混迷の国ベネズエラ潜入記』によれば、以下のようにも記されているとか。

 

****ハイパーインフレで凶悪犯罪が多発しているというベネズエラは、若者が享楽にふける物価の安定した街!? ****

近年のベネズエラは「268万%」というハイパーインフレに見舞われ、電気も水道もストップし、国民は続々と隣国に逃げているとされる。凶悪犯罪も多発し、日本での報道を見ている限り、まるで映画『マッドマックス2』や『北斗の拳』の世界だ。  

 

ベネズエラの隣国で大量の難民が押し寄せているコロンビアでもこうした認識は同じで、北澤氏に同行することになった地元のジャーナリストは、「僕らもベネズエラに興味があるんだ。人々は食料がなくゴミ箱を漁り、インフラは度々ストップする。子どもは飢えてろくに教育も受けられない。最低賃金は月額7ドルや8ドルで生活は苦しくコロンビアを筆頭に国外に脱出している」と語っている。  

 

ところが、無事に国境を越えてベネズエラ西部の中都市メリダに到着した北澤氏らは、奇妙な光景に面食らうことになる。人口30万の街には乗客をたくさん乗せたローカルバスが走り、会社帰りのサラリーマンやOLがふつうに信号待ちをし、八百屋には野菜や果物もたくさんあったのだ。  

 

宿泊するホテルは1泊約650円で、停電は多いがふつうにWi-Fiが使えた。ショッピングセンター内のレストランに食事に行くと、1階の酒屋には4~5人の着飾った若者たちがたむろしていた。聞けば、ディスコテカ(クラブ)が開くのを飲みながら待っているのだという。

 

「そこら中に飢え死に寸前の人々が転がっていると思っていた」のに、最初に出会ったのが「享楽にふける若者」だったのだ。  

 

翌日、タクシーで街を回り、スーパーに立ち寄ると疑念はさらに膨らんだ。「自動ドアの近くには12個入りのトイレットペーパーが7段、その向こうには3キロ袋の米が30段ほど積まれ、飲み物の陳列の一画には1.5リットルのペプシコーラだけがこれみよがしに4段分、およそ200本がぎゅうぎゅうと詰まっていた」驚いたことに、メリダには食料も日用品も薬もたっぷりあったのだ。(中略) 

 

北澤氏が話を聞いた雑貨店のオーナーは、ヨーロッパに住む息子から「お父さん、食べるものは大丈夫なの?  送ろうか」といわれているが、「この国の本質はそのことじゃないんだ。国がやりたい放題でガバナンスが効いていない。腐っている」と語った。  

 

これはいったいどういうことだろう?【6月3日 橘玲氏 ザイ・オンライン】

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もちろん、上記はあくまでも北澤豊雄氏が最初に目にした光景にすぎません。

 

メディア報道にしろ、個人の経験を伝える情報にしろ、情報というのは一面的で、必ずしも全体像を伝えきれていないことは多々あります。

2019年当時のベネズエラに関するメディア情報がどうだったのか・・・そこらはわかりません。

 

いずれにしても、当時もはや風前の灯で、いつ崩壊してもおかしくないようにも思われた反米左派・経済無策・強権支配のマドゥロ大統領でしたが、今も健在で、その政治危機を伝える報道は子1,2年めっきりすくなくなりました。

 

【経済危機は続いているものの、アメリカの制裁に対応してきたマドゥロ政権】

経済混乱は今も続いているようです。

 

****経済危機のベネズエラ、最低賃金3倍増 それでも月給で肉買えず****

ベネズエラは1日、最低賃金を3倍近く引き上げた。ただし、ハイパーインフレにより最低月給で肉1キロさえ買うことができない。

 

エドゥアルド・ピニャテ労働相は首都カラカスで開かれたメーデーの集会で、政権支持者らに賃金引き上げを発表した。改定された最低賃金は月給700万ボリバル(約270円)だが、肉1キロは約410円で売られている。

 

かつて産油国として栄えたベネズエラでは、ハイパーインフレは4年目、景気後退は8年目に突入した。

近代史上最悪の経済危機に陥っており、日々の経済活動は主にドルで行われている。 【5月2日 AFP】

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経済危機が続く中でもマドゥロ政権が崩壊しなかった理由は、ひとつには「暴力」による政権批判への弾圧があります。警察・軍以外にも、「民兵」などの超法規的暴力もあります。

 

ベネズエラだけでなく、香港でも、ベラルーシでも、ミャンマーでも、激しい市民の抗議行動で政権が揺らぐように見えても、それ以上に激しい「暴力」を伴う国家権力による弾圧の前では、やがて抗議の声も小さくなっていく・・・それが現実でもあります。

 

政権を倒すためには、市民の抗議の声だけでなく、国内外の勢力による政権奪取の企てが必要にも思えますが、ベネズエラの場合、クーデター失敗ということで、マドゥロ政権延命に道をひらく結果にも。

 

また、経済・政治で危機的状況にある政権が延命できるためには「弾圧」だけでなく、延命を可能にするそれなりの政治・経済システム、更には政権を支援する外国勢力の存在が前提になります。

 

また、ベネズエラの場合、アメリカの対応が大きく影響します。

 

****アメリカの経済制裁がマドゥロを利した****

平気で国民を犠牲にする独裁政権にトランプ流の締め付けは効かなかった 今こそアメリカは政策転換を決断すべきだ

 

2017年の夏、ベネズエラは近年では最大規模の政治的混乱の渦中にあった。政府に抗議する国民の街頭行動は100日を超え、権力を握るニコラス・マドゥロ大統領は容赦ない弾圧で対応した。

 

あの年だけで100人以上の反体制派市民が治安部隊に殺されたが、それでも民主主義が回復されるまで闘いは続く。そう思えた。

 

そんな状況で、発足したてのトランプ米政権は対ベネズエラ政策を大きく転換し、マドゥロ政権に対する厳しい経済制裁を発動した。抗議の民衆を支援するためであり、経済的な締め付けを強めれば政権は崩壊し、民主主義が勝つと信じたからだ。

 

それから4年。期待は裏切られた。マドゥロ政権の基盤は今までよりも盤石に見えるし、長年にわたる経済的・政治的抑圧で市民社会は修復不能なほどに破壊されている。

 

国民の8割は極貧にあえぎ、およそ600万人が国外に脱出。国内では700万人以上が人道支援に頼っている。医薬品も家も、衛生設備も食料も足りない。

 

一連の経済制裁は、むしろマドゥロ政権を強化したように見える。なぜか。

 

変化した制裁の目的

ベネズエラに対するアメリカの経済制裁は06年に始まった。当時のウゴ・チャベス政権による人権侵害や不正な資金洗浄、犯罪組織やテロ支援国家との関係が理由とされた。

 

当時のアメリカは対テロ戦争を主導するブッシュ政権の時代。テロリストに甘いチャベス政権に対し、アメリカは武器の輸出を禁じた。

 

しかし露骨にベネズエラの体制転覆を目指すようになったのは、トランプ政権が「最大限の圧力」政策を打ち出してからだ。

 

ベネズエラでは既にチャベスが死去し、後継者のマドゥロが権力の座に就いていた。制裁を強化すれば権力基盤を切り崩せる、とトランプ政権は考えた。

 

制裁で資金や物資の供給を断てば、マドゥロ政権を支える主要な勢力(政財界の一部と軍の上層部、そしてロシアや中国など)も離れていく。そんな計算だった。

 

こういう考え方は昔からあるが、その実効性には多くの政治学者が疑問を投げ掛けている。それでもトランプ政権は、これでベネズエラに民主主義をもたらせると信じた。

 

マドゥロ失脚を目指す制裁には3種類あった。まずは17年8月に発動した広範な経済制裁。ベネズエラ政府がアメリカの金融システムを利用することを禁じた。(中略)

 

トランプ政権による制裁の2つ目は石油産業に照準を定め、PDVSA(国営ベネズエラ石油公社)を狙い撃ちするものだった。(中略)最終的には、国内外を問わず全ての企業にPDVSAとの取引を禁止。(中略)

 

制裁の3つ目は個人を対象とするもので、マドゥロ政権関係者の口座と資産を片っ端から凍結した。個人に対する制裁は以前からあったが、その範囲を大幅に拡大。トランプ退任の時期までには、ベネズエラ人とマドゥロ政権に関与する外国人合わせて160人以上が制裁の対象となった。

 

しかし、一連の制裁に政治的な効果はなかった。マドゥロは依然として権力の座を維持している。大規模な抗議行動に直面していた4年前に比べて、その権力基盤は強化されたように思える。度重なる制裁に、マドゥロが巧みに適応してきたからだ。

 

富裕層に利益を提供

ベネズエラの自称「社会主義」政権は当初から石油の輸出に依存し、その収入を貧困層向けの福祉政策に振り向ける一方、富裕層に対しては恣意的な補助金制度を設けるなどして、国内の主要な利益団体を抱き込んできた。(中略)

 

そうであれば、原油安や石油の輸出減はマドゥロ政権にとって存続の危機を意味するはずだ。しかしマドゥロは、富裕層を手なずけるために別の収入源を見つけてきた。

 

米司法省によると、マドゥロが取った方法の1つは、違法な採掘から麻薬密売までのさまざまな違法ビジネスに政府が手を出すことだった。

 

同時に追求したのが、いわゆる「ソビエト方式」の民営化だ。つまりサービス産業から石油部門までベネズエラ経済の一部を開放し、政権に協力的な富裕層に新たなビジネスチャンスを与え、彼らを「政商」化する作戦だ。(中略)

 

一方でマドゥロは、生産や流通に関する割当制度から恣意的な価格統制までの複雑怪奇な市場規制を緩めている。おかげで新興の「政商」たちは、マドゥロ政権が何年も前に収用した事業を無償で譲り受け、好きなように稼げることになった。(中略)

 

マドゥロ政権は新たな収入源を見つけることに加えて、アメリカの制裁を出し抜く方法で権力を強化した。その方

法とは、アメリカの金融システムの外で経済活動を行うこと。すなわち、アメリカの制裁回避にたけた専制国家との関係強化だった。

 

アメリカがPDVSAとの取引を世界中で禁止したことで、ベネズエラの石油輸出は断たれ、国内は慢性的な燃料不足に陥り、経済は一段と疲弊した。

 

そこでマドゥロ政権が助けを求めたのはイラン政府だ。イランは、PDVSAの原油生産量激減による燃料不足を救うため、ガソリンをベネズエラにひそかに送り込んだ。

 

船の信号自動送受信装置のスイッチを切り、アフリカ東部の「アフリカの角」経由で輸送すれば監視の目をかいくぐれる。その見返りにマドゥロ政権はイランにPDVSAの製油所の管理を委ね、イランがベネズエラ経済全体に深く関与する道を開いた。

 

中国の幽霊会社も関与

マドゥロは中国政府とも手を結んだ。中国は現在、ベネズエラの原油の大半を購入しているが、取引は実態も所有者も不明な幽霊会社を通じて行われている。こうした会社が船籍不明のタンカーを借り、やはり「アフリカの角」経由で原油を運ぶ。

 

中国の関与は昨年下半期に始まったばかりだが、PDVSAの内部資料によると、中国は既にPDVSAの全輸出量の4分の3を購入している。(中略)

 

マドゥロがうまく立ち回ってきたことを考えれば、彼の政権はこれからもアメリカの経済制裁の影響を日ごとに弱めていくと予想される。(中略)

 

そろそろショー・バイテン米大統領は決断すべきだ。もうすぐ政権発足から半年、アメリカは今後もトランプ時代の不毛な制裁を続けるのか(続けてもマドゥロ政権の転覆は見込めないし、むしろ反米プロパガンダを勢いづかせ、ベネズエラをますます全体主義国家に接近させる)。

 

それとも制裁の戦略的利用に舵を切るのか。つまり制裁発動で終わりにせず、制裁をマドゥロ政権との人権や経済活動の自由に関する交渉のてこにする方向だ。そうすればペネズエラ国民の権利回復に役立つかもしれない。

 

そうしてほしい。さもないとベネズエラの危機は深刻化する一方で、地域全体の不安定化につながりかねない。【6月22日号 Newsweek日本語版】

*******************

 

【関係改善を求める“シグナル”も】

マドゥロ政権側からのアメリカへのアピールもあるようです。バイデン政権の今後の対応が注目されます。

 

****反米ベネズエラがバイデン政権に秋波 国内窮状、制裁緩和を模索か****

米国の制裁下にある南米ベネズエラの反米左翼マドゥロ政権が、バイデン米政権に関係改善へ向けた秋波を送り始めている。バイデン政権は、対ベネズエラで強硬姿勢をとったトランプ前政権の中南米政策の見直しを進めており、経済難が深刻化するマドゥロ政権としてはこの機に制裁緩和への道筋を模索したい考えとみられる。

 

ベネズエラからの報道によると、同国国会は4日、中央選管にあたる全国選挙評議会(CNE、定数5)の委員に野党系の人物2人を任命した。残りの3委員は政権寄りとされる。野党系の新委員の一人は、ここ十数年で「もっともバランスの取れた委員構成になった」と語った。

 

CNEには、各種選挙の実施や結果発表に関する権限が集中。これまでは政権寄りの人物のみで構成され、米欧などからはマドゥロ政権の選挙不正や独裁体制強化を担う機関とみなされてきた。政権側には、CNEの実権を保持しつつ、野党系を任命して米欧などが求める「自由で公正な選挙システム」を演出する狙いがありそうだ。

 

またマドゥロ政権は4月末、横領容疑などで2017年に逮捕され、収監されていた石油関連企業の米国人幹部ら6人を釈放し、自宅軟禁とした。

 

こうした動きについてロイター通信は、関係改善の期待を込めたバイデン政権への「シグナル」だとする米国務省関係者の見方を伝えている。

 

ベネズエラでは19年、国会議長だったグアイド氏が、マドゥロ大統領の再選は不正だとして「暫定大統領」就任を宣言。当時のトランプ政権はこれを承認するとともに、グアイド氏率いる野党勢力などのクーデター計画にも関与したとされるなど、ベネズエラでの体制転換を目指した。

 

これに対してバイデン政権は、グアイド氏を暫定大統領として遇する立場は踏襲しつつも、具体的な対ベネズエラ政策は示していない。ブリンケン国務長官は「マドゥロ政権が平和的に民主主義に回帰するよう地域の友好国と圧力をかけ続ける」との原則論を述べるにとどめている。

 

ベネズエラでは経済失政や制裁などの影響で国民の約3分の1が栄養不良状態にあるとされる。マドゥロ政権が米国との関係改善を模索する背景には、経済的な窮状が反政権機運の高まりにつながることへの危機感もあるとみられる。【5月7日 産経】

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イラン  深刻化する水不足 淡水化技術など「水資源」対策の協調体制構築は緊張緩和に役立つ

2021-06-11 23:20:26 | イラン

(干上がり、「白い砂漠」と化しつつあるイラン最大の塩湖「ウルミア湖」 【1月10日 GLOBE+】)

 

【世界各地で深刻化する「水資源」をめぐる対立】

世界各地で多くの国々とって死活的に重要な資源である「水資源」をめぐって、独占的な水資源利用ともなるダム建設などで関係国の対立が激しくなっています。

 

アジアのメコン川流域での中国と東南アジア下流域国の対立、ブラマプトラ川での中国・インドの対立、アフリカ・ナイル川でのエチオピア・エジプトの対立等々。

 

中東地域のように基本的に水資源が不足している地域では、ダム建設による水量の変化は劇的な影響をもたらします。

 

****チグリス・ユーフラテス川が干上がる? 上流のダム建設で流量激減****

豊かな流れによって古代メソポタミア文明を育んだチグリス川とユーフラテス川が、上流で建設が進むダムの影響で干上がる恐れに直面している。

 

下流に位置するイラクは、新たなダムを稼働させつつある隣国トルコとイランとの間で緊迫した協議を続ける一方、水利インフラ整備を急いでいる。

 

イラクで最も深刻な影響を受けているのが、国内で唯一海に面した南部バスラ県だ。チグリス・ユーフラテス両河川が合流してからペルシャ湾にそそぐまでのシャット・アルアラブ川は、数百万人のイラク人に農業用水を供給する源だが、流量はすでに激減し、海水の逆流が起きている。

 

数千年前から川岸に栄えてきた人々の暮らしや野生動物の生息地は、じわじわと圧迫され失われつつある。

 

かつてイラクの特産品として知られたナツメヤシを育てて数十年になる農家の男性(70)は、「ここ数年で(土壌の)塩分濃度が上がり、畑は死にかけている」と語った。真水は今やほとんど得られず、農地は塩害でひび割れて、大昔からこの地に生い茂ってきたナツメヤシの木々が立ち枯れている。

 

「この川はすっかり死んでしまった」。男性は農地を放棄し、仲間の農家と共に水を求めて北部へ移住するという。

 

チグリス・ユーフラテス流域では砂漠化と人口増加が同時進行しており、トルコとイランは以前にも増して貴重な水源の確保に躍起になっている。イラクのメフディ・ハムダニ水資源相によると、トルコ・イラン両国が上流に新たなダムを建設し、支流を水源に利用し始めたことで、イラク国内のチグリス・ユーフラテス川の流量は半減した。

 

とはいえ、ハムダニ氏はまだ希望を捨ててはいない。イラク政府も、首都バグダッド北方のマコールに大規模な貯水池の建設を計画しており、完成すれば「より大量の水を確保して発電に利用したり、洪水からバグダッドを守ったりできるようになる」という。この貯水池計画は、2003年のサダム・フセイン政権崩壊以降で最大規模のインフラ事業となる。

 

だが、専門家らは、新たなインフラ事業だけでイラクを流れるチグリス・ユーフラテス川を守ることはできないと警告する。持続可能な川の利用には、水の共有についてトルコ・イラン両政府と合意することが不可欠だというのだ。

 

イラク南部にある農業の中心地ディワニヤの農協組合長は、イラク側には交渉材料があまりないのに「トルコはいつでも水戦争を仕掛けることが可能だ」と悲観的だ。2016~18年に起きたような干ばつに再び見舞われれば、5年以内にチグリス・ユーフラテス川は干上がって、野生動物は死に、飲料水にも困る日が来る恐れがあるという。

 

「唯一の解決策は、経済的圧力だ」とこの組合長は主張し、商品やサービスの輸入制限と引き換えに交渉できるかもしれないと語った。

 

原油と水の交換取引を提案する声もある。ただ、世界では原油の使用量が減少しつつあり、イラクは早急に行動する必要がある。

 

2035年にはトルコとイランのダムが完成する。そうしたら、命を育むチグリス・ユーフラテスの流れは、遠い記憶となってしまうかもしれない。(後略)【2020年9月21日 AFP】

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【温暖化により水不足が更に進むイランなど中東地域】

こうした「水資源」をめぐる争いの深刻化の背景に、温暖化の影響があります。

 

****温暖化の水資源への影響****

温暖化が進むと、現在の地球の気候が変化すると予測されています。たとえば、地中海沿岸、中近東、アフリカ南部、アメリカの中西部では、降水量が減り、年間の河川流量も減ると予測されています。

 

反対に、温暖化によって、年間の河川流量が増えると予測されている地域もあります。ロシアやカナダなどの高緯度地域がこれに相当します。

 

また、温暖化によって、雨の強度や頻度も変化すると予測されています。この結果、干ばつの影響を受ける地域が広がったり、大雨の頻度が増えて洪水リスクが増大したりすると予測されています。このとき、河川流量の時間的な変動も大きくなるので、水資源が不安定になる地域があると考えられています。

 

温暖化によって気温が高くなると、降雪量が減り、融雪の時期も早まります。こうなると、春や夏の水資源量が減ったり、融雪による水資源が得られる時期が変化したりすると考えられています。【地球環境研究センターHP】

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今でも水不足の中東地域は温暖化によって更に厳しい環境になることが予想されます。

すでにその兆候は現れています。

 

オルーミーイェ湖(別名ウルミア湖)はイランの北西にあるイラン最大の塩湖で、面積はおよそ5,960 km²(琵琶湖の約9倍)。2000年代以降、水位低下が著しく、面積も減少傾向にあります。

 

****イランの巨大塩湖「ウルミア湖」 半分以上干上がり、まるで「白い砂漠」****

イラン北西部にあるウルミア湖は、かつては世界有数の面積を誇る塩湖だった。それが今では水位が低下し、ひどいときは半分以上が干上がって、あちこちで湖底が露出している。

 

そんな情報を知ったドイツのドキュメンタリー写真家(フリーランス)のマキシミリアン・マン(28)は、地球温暖化の深刻さを問題提起したいと、ウルミア湖のルポ取材を決めた。

 

2018〜19年の間に季節を変えて計3度訪問したが、「塩湖はむしろ白い砂漠のようだった」。国立公園に指定された観光名所だが、今では訪問客も減り、周辺の農地には塩害が広がる。

 

「滞在中とても親切にしてくれた」という地元住民の健康にも影響が出ていた。欧米では一般的にあまり知られていない湖だが、その深刻な現状は世界中で起きている気候変動の映し鏡のようだった。(中略)

 

■湖底が露出するウルミア湖

イラン最大の湖で、オルーミーイェ湖やウルミエ湖とも呼ばれる。もともとの面積は5960平方キロメートルあり、中東ではカスピ海に続く大きさの巨大な塩湖だったが、2000年以降、水位低下が顕著となった。今では1970年時の12%まで面積が縮小したとされる。

 

原因の一つは地球温暖化だ。夏季に気温の異常上昇が起きるようになり、湖水が蒸発して広範囲で湖底が露出した。さらに、流入する河川でのダム建設などに加え、周辺農地で多くの井戸が違法に掘られたことがある。

 

フラミンゴやペリカンなどの野鳥はほぼ姿を消したという。【1月10日 GLOBE+】

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このオルーミーイェ湖(ウルミア湖)に象徴されるように、イランは水不足に直面しています。

(2017年7月にイランを旅行した際の、イスファハンの有名な「世界三名橋」のひとつとされる優美なアーチ橋「ハージュー橋」 「橋」とは言いつつ川は干上がっていました。上流にある工場の取水の関係で、しばしばこういう水枯れ状態になるとか。)

 

【中東で高まる安全保障面の緊張を緩和するひとつの方策が「水資源」をめぐる協調】

一方で、イランをめぐる厳しい国際状況は周知のとおり。

“米、硬軟両面でイラン揺さぶり 制裁と解除を同時実施”【6月11日 産経】

 

仮に何らかの合意が現段階で成立しても、イランに反米保守強硬派の新大統領が誕生することを考えると、将来的な交渉進展は極めて難しいようにも思えます。

 

そうなると、イランの核開発に拍車がかかります。

“イラン、数週間で核製造も 米国務長官が危機感”【6月8日 共同】

 

と言うか、そうした核製造が完成する前に、イスラエルが行動に出るでしょう。

かくして、イスラエルとイランの間で大規模な衝突の危険性が・・・・

 

中東イランでの戦火で、中東石油に頼る日本にも激震が。

 

上記のような緊張する国際情勢を緩和する一つの方策が、水不足に苦しむイランへの淡水化技術の供与、それに伴う国際的枠組みの構築です。

 

核開発などの問題に比べたら、環境問題や市民生活にも関わる「水資源」問題は協調をとりやすい分野でしょう。

 

****イラン人口の1/3が苦しむ水不足だが...中東の対立解消へのチャンスにできる****

<ペルシャ湾岸諸国の中でイランは海水淡水化で出遅れている。米バイデン政権が一役買えば全ての国に利益がもたらされる>

 

かつて偉大なペルシャ文明を生んだ地が、いま干上がろうとしている。今年のイランは50年来の深刻な干ばつに見舞われている。総人口約8500万人のうち、約2800万人には水が足りない。地域としては主に中部と南部。都市部の住民も農業地帯も悲鳴を上げている。

 

苦境に立たされているのはイランだけではない。世界で最も水資源の乏しい17カ国のうち、12カ国はペルシャ湾の沿岸諸国を含む中東・北アフリカにある。

 

水資源の問題は地域全体の問題だ。ペルシャ湾の北に位置する大国イランと、南西側を占めるアラブ諸国は水の安全保障で協力すべきだ。そうすれば得られるものは多い。できなければペルシャ湾の生態系も脅かされる。

 

水の問題なら、政治的・宗教的な思惑の違いを超えて協力しやすいだろう。アメリカも積極的に協力を後押しすべきだ。ジョー・バイデン大統領の政権は気候変動への取り組みを最優先課題としているのだから。

 

この10年間、イラン政府は深刻化する水不足の問題に対処するため、多くの政治的・財政的資源を投入してきた。海水の淡水化施設を増やすための新構想や、水不足の深刻な中部にペルシャ湾から水を運ぶ計画などだ。

 

この国家的なプロジェクトは既に進行中で、主要な給水路を4本造り、淡水化施設も増設するという。総額2850億ドルもの資金を投じて2025年までに完成させる計画で、約7万人分の雇用創出効果もあるとされる。

 

経済制裁が悪影響を及ぼす

淡水化された水は、重工業やイランの広大な農業部門に供給される(農業部門はイランの水使用量の90%を占める)。これが実現すれば貴重な地下水をくみ上げずに済むので、地方の農民・放牧民も水に困らなくなる。

 

そうすれば、地方から都市部への人口移動の波を止めることもできるだろう。水不足は既に一部の地域で、住民間の対立や住民と治安部隊の衝突を招いている。今のイラン政府にとって、水問題はさまざまなレベルで重要な政策課題だ。

 

外交問題とも関連している。水不足の深刻化は度重なる干ばつだけが理由ではない。背景には、アメリカによる容赦ない経済制裁の発動もある。そのせいでイラン政府の資金調達力や、水処理の最新技術の入手は大幅に制限されている。

 

一方で、アメリカの制裁によって石油の輸出先を失ったイラン政府は、別の産業分野の振興を急いでいる。石油化学や鉱業、製鉄などだ。これらの産業にはアジア諸国、とりわけ中国が熱い視線を注いでもいる。

 

しかし、いずれの産業も大量の水を使う。多角的な産業の振興は工業用水の需要を大幅に増加させるのだ。イランが相次ぐ経済制裁を受ける前の2000年には、工業・鉱業部門で使用される水資源は国全体の約1.2%にすぎなかった。しかし、21年には3%に達すると予想されている。重工業が盛んな中部の都市イスファハンでは、現状でも地域の河川が枯渇寸前となっている。

 

この間、イラン政府は急増する需要に追い付こうとするばかりで、需要の抑制にはほとんど取り組んでこなかった。入手可能な最新の数値によれば、イランの国民1人当たり水使用量(食品の製造などに使われた水を含む)は1日5100リットルで、水不足の悩みがないフランスやデンマークより多い。

 

さらに水の供給を増やすには、海水の淡水化を一段と進めるしかない。

だが、イランはこの分野で出遅れている。湾岸諸国では既に約850の淡水化プラントが稼働しており、アラブ諸国はいずれも水供給量の55〜100%を淡水化(脱塩水)で賄っている。対するイランの水供給量に占める脱塩水の割合はまだ約0.1%で、イラン政府はこの割合を増やしたい考えだ。

 

しかし海水の淡水化には、環境への影響が懸念されている。淡水化によって生じるブラインと呼ばれる濃縮塩水は海に排出されるから、海の生態系に悪影響がもたらされる。しかも海水の淡水化には多くのエネルギーが使われるため、温室効果ガスの排出増加にもつながる。

 

湾岸地域共通の機関がない

それでも、淡水化プラントは今後も増え続ける。ある試算によれば、ペルシャ湾岸のアラブ諸国では新たに1000億ドル規模の淡水化プロジェクトが計画されている。もちろん、これとは別にイラン(その人口は湾岸諸国の合計をはるかに上回る)の増設計画がある。

 

この「淡水化競争」を展開するに当たって、資金面でゆとりのあるアラブ諸国は最新鋭の、すなわち環境へのダメージがより少ない淡水化技術を導入することが可能だ。

 

だが経済制裁に苦しむイランは、旧式の淡水化技術しか使えない。そのため現在進行中および計画中の淡水化プロジェクトが環境に及ぼす悪影響を最小限に抑える能力も、アラブ諸国に比べて限られるだろう。ペルシャ湾の生態系は共有の資産だから、イランが最新の淡水化技術やノウハウにアクセスできなければ、ペルシャ湾の南側のアラブ諸国にも、その影響が及ぶことになる。

 

ペルシャ湾岸の全ての国が水不足の問題を抱えているにもかかわらず、この問題に共同で対処する地域的な機関は存在していない。今の湾岸諸国には数日分の飲料水を備蓄しておく能力しかないのだが、いざ水の供給が危機的状況に陥った場合に、これらの国々が頼れる共通の多国籍機関はない。

 

これまで水問題に対処するために創設された唯一の機関は、1979年に生まれた湾岸海洋環境保護機構(ROPME)だが、現在は機能していない。ROPMEを復活させるか、あるいはこの地域の環境問題への対処を一括管理する同様の国際機関を立ち上げるのか、議論はまだまとまっていない。

 

現状では海水の淡水化を進める以外に、水資源を確保する方法はないということだ。そうであれば、淡水化プロセスがもたらす副作用を最小限に抑える方法など、水に関する政策や安全保障の問題については関係諸国が協調して対処すべきだ。それが地域全体の利益となる。

 

だが当然のことながら、イランも湾岸アラブ諸国も水政策に安全保障の観点を持ち込みがちだ。例えばイランでは、環境保護の活動家が治安当局から厳しく監視され、スパイ容疑を掛けられることもある。

 

イランと湾岸アラブ諸国の間には政治的・宗教的な緊張関係があり、地域の環境問題で協力関係を築くことはかなり難しい。だが、何もしないのは最悪の選択だ。

 

水産資源の乱獲から急速な沿岸開発、塩分濃度の上昇まで、ペルシャ湾の生態系の問題には関係諸国が一致して対処する必要がある。イランも湾岸アラブ諸国も、今は地球環境に有害な石油の輸出に依存しているが、気候変動の影響を受けやすい国であるのも事実だ。もともと気温は高いし、水資源は乏しい。

 

「気候難民」が生まれる恐れ

既にどの国も、石油依存から脱却するために産業構造の多角化に取り組んでいる。だが、環境対策には一層の努力が必要だ。中東では記録的な気温上昇と水不足によって土地が農業に適さなくなり、地域内で膨大な数の人々が「気候難民」と化す恐れもある。

 

政治的な緊張が解消される見込みはないから、環境面での協力のハードルは高い。しかし水不足が一段と深刻化するなか、イランとアラブ首長国連邦(UAE)そしてサウジアラビアは徐々に、共通の問題に共同で対処する道を探し始めている。

 

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は4月下旬にイランとの関係改善を呼び掛け、イラン政府もこれを歓迎した。中東ではどうしても地政学的な対立に目が行きがちだが、地域の環境問題は協力関係を築く上で最も争点が少ない分野と言えるだろう。

 

ペルシャ湾岸の地政学的紛争とは異なり、当事者間の環境面の利益はゼロサムではない枠組みで構築できる。一国だけで問題を解決することはできないし、問題解決による利益が一国だけにもたらされることもない。同時に、水をめぐる協力が他の問題に関する有意義な協力の道を開く可能性もある。

 

元米国務長官のジョン・ケリーを気候変動問題担当大統領特使に指名した米バイデン政権は、イランとアラブ諸国の環境問題についての協力を促す機会をつくり、外交的影響力を行使できる立場にある。

 

ケリーは4月にUAEを訪問し、気候変動に関する地域対話に出席した。その場にはUAEとクウェート、エジプト、バーレーン、カタール、イラク、ヨルダン、スーダン、オマーンの代表はいたが、イラン代表の姿はなかった。

これではいけない。大国イランの参加なしで、ペルシャ湾に面する全ての国に共通する環境問題を解決できるはずがない。

 

バイデン政権がイランと互恵的な関係を築く方向を模索し、湾岸アラブ諸国もイランとの緊張緩和を目指し始めた今こそ、水問題と気候変動対策で協力すべきだ。それが全ての関係国の利益となる。【6月11日 Newsweek】

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中国  14億人による熾烈な競争社会の現実 そうした競争を拒否する若者も

2021-06-10 23:16:18 | 中国

(中国本土における無気力な「寝そべり主義」若者が増加することで、不動産価格への影響は?・・・という、香港の不動産関連記事)

 

【14億人による熾烈な競争社会】

昨日ブログでは中国・習近平政権の政治的状況を取り上げましたが、今日はそうした政治的なものから離れた中国社会の“意外な”一面を最近のニュースからいくつか取り上げてみます。

 

中国社会については、人権・民主主義がないがしろにされた共産党支配のもとで抑圧されている、みんな金儲けに走っている、自分の利益のためならマナー・ルールを守らない、自己主張が強く協調性に欠ける・・・等々のネガティブなイメージがありますが、必ずしもそうとも言えない側面も多々あるようです。

 

中国というと、政府・共産党の指示に従って人々・社会が動く・・・というイメージがありますが、話はそう簡単でなく、政府・党が“笛吹けど・・・”ということも多々あるのは、例えば“中国3人目解禁、不満噴出 「まったく考えられない」SNSで9割超”【6月7日 朝日】などにも現れています。

 

指示に従わないだけでなく、住民と主に地方政府との衝突は土地収用などをめぐって日常茶飯事的に起きています。

ですから、日本のように選挙はないものの、共産党も「世論」の動向は非常に気にします。

 

最近の“衝突”のニュースでは、「学位の価値」をめぐる学生と教育機関の騒動も。

 

****中国の学生数千人、校長を人質に取って抗議 学校統合めぐり****

中国・江蘇省にある南京師範大学の「独立学院」の学生数千人が、職業学校と統合されれば学位の価値が下がるとして、学長を人質に取って抗議した。警察が8日、発表した。

 

江蘇省丹陽市の警察によると、南京師範大学の中北学院の学生らが6日以降にキャンパスに「集まり」、学長(55)を30時間以上にわたって拘束した。

 

学生らは「暴力的な言葉を叫び、警察の邪魔をし」、学校当局が統合計画の停止を発表した後も、学長を解放しなかったという。

 

報道によると、出動した警官隊が警棒や催涙スプレーを使用し、学生の一部がけがをした。

中国では大規模行動が規制されており、今回のような抗議はまれだ。

 

独立学院の学生が反発

中国には、今回の中北学院のような「独立学院」という教育機関があり、大学や社会組織、個人らの共同出資を受けている。大学入試で合格点が取れなかった学生は、それら独立学院に入学し、大学卒と同じ学位を得ることができる。ただ学費は大学より高くなる。

 

独立学院の学位は、職業学校の学位より価値があると考えられている。独立学院の卒業生らは、学位が厳しい就職戦線で役立つと考えている。

 

中国の今年の大学卒業生は、過去最多の900万人になると見込まれている。

 

警官隊の出動でけが人も

(中略)

 

統合は見合わせ

江蘇省の教育当局は、独立学院の統合計画について、職業学校と一緒にするよう求める、中央政府・教育部(日本の文部科学省に相当)の指示に従ったものだと説明していた。

 

中国紙・環球時報によると、統合の決定を受け、江蘇省内の他の4つの独立学院でも最近、同様の懸念から抗議行動が起きた。一部では身体的な衝突もあったという。

 

江蘇省にある独立学院全6校はその後、3月に発表していた統合計画を見合わせると表明した。【6月9日 BBC】

*******************

 

「学位の価値」という、なんとも現実的な問題をめぐる衝突ですが、それだけ厳しい「競争」にさらされているということでもあるのでしょう。

 

厳しい「競争」を勝ち抜いて就職しても、「競争」は続きます。

 

“だらだらと仕事をして時間ばかりかける人が少なくない。仕事効率はともかく、とりあえず残業する”と言えば、「ああ、日本のことね」とすぐに思いますが、日本ではなく中国の実情とか。

 

****日韓すら「超越」してしまった・・・中国人の平均労働時間=中国メディア****

日本人の勤勉さは有名だが、中国人も負けず劣らず勤勉で、平均労働時間は今や日本を超えるまでになった。中国メディアの網易はこのほど、「中国の長い労働時間は本当に豊かさをもたらしているか」と問いかけ、その実態を指摘する記事を掲載した。

記事は、中国統計局の調査によると中国人の1日の平均労働時間は9.2時間だったと伝えた。これは日本や韓国よりも長いと指摘している。なぜ中国の労働時間はこんなにも長いのだろうか。

記事によると、1つの要因は「中国国内における競争」が原因だという。つまり、約14億人という人口を背景とした膨大な労働者の数に対して仕事が少ないので、多くの人は職を失わないように一生懸命働く必要があり、自主的に残業すると説明した。

もう1つの要因は「だらだらと仕事をして時間ばかりかける人が少なくない」ことだ。今では996と呼ばれる「朝9時から夜9時まで、週に6日間働くこと」が奨励される風潮があるので、「残業しない社員は悪い社員」とのイメージが定着しており、仕事効率はともかく、とりあえず残業するという。

しかし、こうした働き方は非常に非効率的で、例えば、ドイツの平均労働時間は中国よりずっと少ないにもかかわらず、生み出す利益は非常に多いと指摘した。それで、労働時間が長いことは必ずしも富や豊かさに直結するわけではないと結論している。

中国では個人経営の小さな会社だと、週に1日の休みすらもらえず、休日は「月に2日」というところも少なくない。個人経営の店などでは旧正月の時くらいしか休みがないところがほとんどだ。労働法はあっても守られていないのが現状で、中国の労働環境は非常に厳しく、労働時間が長いだけで勤勉かどうかはまた別問題とも言えそうだ。【6月10日 Searchina】

************************

 

【「中国の夢」への「奮闘」を求める党 何もしない「タンピン」を主張する若者】

“14億人による熾烈な競争社会”ということになると、反作用的に、そういう「競争」を否定する人々もでてきます。中国の若者の間で共感される“タンピン主義”とは。

 

****中国の若者に広がる“寝そべり主義”とは****

今、ある言葉が中国のインターネット上で広がりをみせています。それが「タンピン」です。(タンは身へんに尚 ピンは平)元は中国語で「横たわる」という意味ですが、“あえて頑張らないライフスタイル”を意味するキーワードとして使われ始め、若者の間に流行し社会現象になっているのです。

■SNS投稿から社会現象に 若者の支持広がる
発端はことし4月、あるネットユーザーが中国で人気のSNSに投稿した「タンピンは正義だ」と題する文章でした。

「2年以上仕事がなく、ずっと遊んでいるけれど、私は何も間違っていない。いつも周囲との比較や伝統的観念から圧力を受ける。人間はそうあってはならない」。

さらに、自らを古代ギリシャの哲学者と重ね…
「私はディオゲネスのようにたるの中で日光浴をし、ヘラクレイトスのように洞窟で“ロゴス”について思考することができる」

そして、こう締めくくりました。「“タンピン”は私の賢明な行動です」。

投稿された文章は、仕事や結婚などあらゆる場面で圧力を受ける現実から逃れ、タンピン、つまり、何もしないで“横になっている”ことこそ人間の正しい姿だと主張したのです。

その後、投稿は削除されましたが瞬く間に拡散し、今も中国の若者の間で大きな反響を呼んでいます。

「タンピンさえしていれば資本は我らを搾取できない」「タンピンは新時代の非暴力・非協力運動だ」

いつしか元の投稿者は、“悟り”を開いた「タンピンの達人」などと呼ばれ、ネット上には、競争せず、頑張らず、欲張らず、ストレスのない生き方をうたう「タンピン主義」や、「タンピン学」「タンピン族」という言葉まで出回るようになりました。

これまで経済の右肩上がりが続いてきた中国では、猛烈に働き地位や財産を得て裕福な家庭を築くことが人々の目標となってきました。

しかし、低賃金や「996」(朝9時から夜9時まで、週6日勤務)とよばれる過酷な勤務などが社会問題化。「90後」「00後」(それぞれ90年代と2000年代生まれ)とよばれる世代には、親が望む出世や結婚などに関心をもたない人が増えており、「タンピン」はそうした若者たちの心をとらえたのです。

■共産党系メディアは批判 広がる若者との温度差
一方、中国共産党系の新聞などは相次いで論評を掲載。広東省の『南方日報』は先月、「タンピンは恥だ。正義感はどこに?」と題し、厳しく批判しました。

 

論評では、「地下鉄の混雑、住宅価格の高騰、熱心な教育…若者のプレッシャーや混乱は想像に難くない」と一定の理解は示しつつも、「中国では勤勉である限り自己実現ができる」として、次のように強調しました。

「奮闘すること自体が一つの幸福であり、奮闘する人生こそが幸福な人生だ」。

「奮闘」は、習近平国家主席が発言の際にたびたび使ってきた言葉の一つです。国営新華社通信のウェブサイトは、「新時代は奮闘の時代」と記し、“心に響く金言”として習主席の奮闘語録を紹介しています。

「全ての偉大な成果はたゆまぬ奮闘の結果」「強者は常に挫折から奮起し、気落ちすることなどない」「奮闘する人生こそが幸福な人生だ」

党指導部が繰り返し呼びかける「奮闘」という言葉に、「タンピン主義」を掲げて背を向ける若者たち。両者の間にはあきらかな温度差がうかがえます。

中国では近年、就職難や都市部の物価の高騰など、これから社会に出る若者たちをとりまく環境は厳しさを増しています。また、若者たちの発信やコミュニケーションの場であるはずのSNSも、当局により厳しい情報規制が行われており、若い世代には閉塞(へいそく)感も漂っています。

さらなる成長路線でアメリカと肩を並べる経済大国への道を突き進もうとする習近平指導部。しかし水面下では、社会に疲弊した若者たちの“静かな抵抗”が広がりを見せ始めています。【6月5日 日テレNEWS24】

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上から目線で「奮闘すること自体が一つの幸福であり、奮闘する人生こそが幸福な人生だ」なんて言われても、何言ってんだか・・・という感じも。

 

昨日ブログで触れた“中国指導部を少しでも批判する者が表れると寄ってたかって吊し上げる輩”とは全く別種の若者たちもいるようで、こっちの“寝そべり主義”には日本でも共感する人も少なくないのでは。

 

中国では2018年ごろにも「喪文化」という言葉が流行りました。

 

****中国の若者の間に広まっているとされる「喪文化」とはなにか****

これは、無目的で希望のない言動に共感したり「かっこいい」と感じる文化である。そこに市場性があると目を付けたクリエイターたちが、ネットで映像や文学、あるいは商品を通じてはやらせた。

 

きっかけは、中国の人気俳優、葛優(グォ・ヨウ)がうつろな目をして寝そべるドラマのシーンのキャプチャ画像が、2016年夏ごろにネットで流行したことから。キャプチャ画像に文字をつけて、SNSで自嘲的に「僕はもうだめだ」「廃人同然」「やる気が出ない」などの気分を表すのに使われていた。

 

この葛優の画像自体は1993年のコメディドラマからとられたものだが、なぜか2016年に流行したので、敏感なマーケッターたちは、ここに一種の文化的需要があると捉え、「絶望的気分」の商品化を考え始めた。

 

ちなみに同じようなカルチャーは日本にもあって、たとえば怠惰な様子の卵キャラ「ぐでたま」なども一種の「喪文化」として中国でも人気だ。

 

「失われた20年」を経験している日本の若者の間にこういう“無気力”カルチャーが蔓延するのはなんとなくわかるのだが、2028年には米国を越える経済規模に成長するかという中国で、「喪文化」がはやるのは興味深い。【5月20日 福島 香織氏 JBpress「なんだか疲れてきた中国の若者たち、無気力カルチャーが蔓延中」】

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福島氏はこうした社会現象について、共産党政権・習近平政権への思想的拒否感があるのではと指摘しています。

 

****なんだか疲れてきた中国の若者たち、無気力カルチャーが蔓延中****

(中略)「喪文化」にしても「躺平(タンピン)学」にしても、これは習近平政権が近年スローガンにしている「正能量(ポジティブパワー)」に対する、暗黙の抵抗ではないだろうか。

 

中国は人口減少期に確実に予定より早く突入しそうだし、少子高齢化の問題もあるが、国家としては登り坂、少なくとも表面的には米国相手に対等にわたり合い、「中国の夢」「中華民族の偉大なる復興」実現に向けて、時の利は中国にあり、と勢いを誇示している。新型コロナを早々に抑え込み、ワクチン外交を展開し、一帯一路こそ世界の公道だと胸を張り、人類運命共同体の中心で舵取りを行い、ポストコロナの国際社会の米国に代わるルールメーカーたらんという意欲にあふれている。

 

だが、だからこそ今時の中国の若者の「がんばりたくない」「『内巻』されたくない」という言動の根底には、共産党政権、習近平政権への思想的拒否感があるのではないか、という見方もあるのだ。つまり習近平政権、共産党政権の「中華民族の偉大なる復興、中国の夢」に俺たちを巻き込まないで、と言いたいのではないか。ところが中国には言論の自由がないので、ストレートには言えない。

 

現実に目を転じれば、数世代前の中国の若者と比較すると、現代の若者は格差拡大と失業率悪化の問題に直面し、都市の不動産価格の上昇、物価の上昇、監視社会の不自由さが重なって、1990年代からゼロ年代の高度成長期の若者にあった活力は明らかに衰えている。「中国の夢」の実現は、若者たちに重い負荷をかけずには進まないのだ。

 

ノッティンガム大学・寧波中国校 デジタルメディア文化研究 副教授の陳志偉は「中国の大部分の地域はすでに脱貧困を達成しているが、青年たちが夢を実現するのは困難になった。父母、祖父母世代と比べて社会の不平等はむしろ広がっているからだ」とBBCに語っている。

 

さらに、「『996』(朝9時から夜9時まで週6日働く長時間労働)をやってみたけれど一向に豊かさが実感できない」という挫折感、新型コロナの大流行と、それに伴うロックダウンなどの経験が、中国の若者の無力感や閉塞感をさらに強くさせている。だから、(視聴者審査によるグローバルオーディション番組に何となく巻き込まれ、そこから離脱したいと訴えて逆に人気者となった)利路修の「この現状から抜け出したい、解放してほしい」という精神に共鳴したのではないかと、陳志偉はみている。(後略)【同上】

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厳しい現実に疲れた心を癒そうとTVのドラマを観ると・・・そこには現実離れした世界が。

 

****ドラマのストーリーがあまりにも現実離れ、中国で「劇怒症」がホットワードに****

中国で放送されるテレビドラマが現実と著しくかけ離れているとして、ネットユーザーから怒りの声が噴出している。中国メディアの観察者網が9日付で報じた。

記事によると、近頃「劇怒症」という言葉がSNS上でホットワードとなり、多くの共感を呼んだ。ユーザーの意見をまとめたところ、「劇怒症」は「ドラマを見た際に、ストーリーがあまりに現実離れしていたり、ストーリーや登場人物が腹立たしいものだったりすることで、視聴者が大いに怒りを覚えてしまうこと」を指すという。

「劇怒症」の具体例は、「定職に就けず、パン屋などを掛け持ちして体の不自由な祖父母を養いつつ勉学にも励む女性主人公が、きれいで大きな家に住み、おかずが何品も並ぶ食事を取っていて『フリーター』らしさが全く感じられない」「建築を学んで北京に実習にやって来た女性主人公が、大きなロフト付きの部屋を借りて住んでいて、北京の賃貸住宅事情が全く考慮されていない」「平凡で専門技術もなく、会議で上司から嘲笑されていた女性が、2年後にいきなり著名化粧ブランドの中国エリア副社長に昇進する」などだという。

記事は、ネットユーザーから「今のテレビドラマの多くは、視聴者のリアルな生活のはるか上をふらふらと漂っている。それゆえ視聴者からの共感が得られない上、視聴者がドラマの中の生活や世界感を理解することもできない」との指摘が出ており、「脚本家の先生たちは、もっとわれわれ凡人の生活を観察してほしい」「もう浮ついたドラマは作らないで。視聴者は疲れちゃったよ」といった意見が続々と寄せられていると伝えている。【6月10日 レコードチャイナ】

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中国  結党100周年 習近平氏を「核心」とする長期支配体制の強化 ネット上には現代の紅衛兵も

2021-06-09 22:55:04 | 中国

(鎌とつちのモニュメント付近で写真を撮る人々。中国・延安近郊で(2021年5月11日撮影)【5月30日 AFP】)

 

【中国共産党結党100周年 毛沢東・文革への回帰の動きは、習近平主席を「核心」とする体制強化とも重複】

中国で習近平国家主席への権力集中が進み、3期目続投に向けた地ならしも・・・という話は常々耳にするところです。

 

****習氏の長期支配へ新規則、中国 3期目狙い、進む制度固め****

中国共産党は3日までに、全国の政府機関などに設置された党組織に対して、習近平総書記(国家主席)の「核心」としての地位を断固守るよう義務付ける新たな規則を制定した。

 

習氏が総書記として異例の3期目入りを狙う来年の党大会に向け、長期支配を制度面で保障する動きが加速している。

 

新規則は「中国共産党組織工作条例」で、国営通信の新華社が2日に詳細を公表した。党組織への指導を強化し、習氏の指導思想を貫徹させると明記。中国紙記者は「習氏への忠誠のルール化により、習氏が仮に引退しても影響力を残すことになる」と解説した。

 

2019年末の党組織の数は約470万。【6月3日 共同】

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その中国共産党は結党100周年という節目の年を迎え、習近平政権が毛沢東・文革への回帰を強めていることは4月30日ブログ“中国  共産党結党100周年の節目にあたり、毛沢東・文革への回帰を強める習近平主席”でも取り上げたとおり。

 

こうした毛沢東・文革への回帰の動きは、習近平主席を「核心」とする体制強化とも重複します。

 

****結党100年を迎える中国共産党、「赤い遺伝子」がかつてなく重要に****

中国共産党は断固として無神論を掲げる政治組織だが、党の起源に関しては宗教的な表現を使うことを好む。

 

党の文献や国営メディアでは、かつて共産党の拠点となっていた場所が「聖地」と位置付けられている。共産党への「信仰」の「洗礼」を授ける狙いから、一般党員がこうした場所を訪れるのはほぼ義務となっている。

 

共産党の幹部養成機関、中国延安幹部学院で教鞭(きょうべん)を取るワン・ドンチャン氏は先月11日、「毛沢東はかつて、人民こそ我々の神だと言った」「我々は人民をより良い未来に導くことを信念としている」と語った。

 

CNNはこのほど、他の海外メディア二十数社とともに、政府が主催する延安と西柏坡のツアーに参加した。どちらも「赤い史跡」として名高く、結党間もない中国共産党はこれらの場所で規模と勢力を拡大した後、激しい内戦を経て1949年に中国本土を掌握した。

 

中国共産党が7月に結党100年を迎えるのを前に、習近平(シーチンピン)国家主席の下ではこのところ、9100万人に上る党員の「赤い遺伝子」を強化することが最優先事項になっている。習氏は中国共産党の現トップで、中国の指導者としては中華人民共和国を建国した毛沢東以降、最も強力な存在だ。

 

習氏は党の機関誌に最近掲載された一連の発言の中で、党員に「赤い資源を活用し、赤い遺伝子を継承し、赤い国を世代から世代へと引き継ごう」と呼び掛けた。そして「赤い史跡」は今、習氏の取り組みの中でますます重要性が高まっている。

 

延安でも西柏坡でも、大勢の訪問者(革命服をまとっている人もいた)が共産党指導者のかつての自宅や過去の党大会会場、数々の展示室に押し寄せていた。

 

党員たちは儀式のような形で、「いかなる時でも全身全霊を党と人民のためにささげ、決して党を裏切らない覚悟だ」という入党の誓いを改めて表明。屋外では、歴史が共産党員を中国の統治者に選んだ理由について、児童が授業を受ける姿もあった。

 

「紅色旅遊(レッドツーリズム)」の人気拡大に伴い、多額のお金も動いている。延安市だけを取っても、2019年には7300万人以上の観光客が人口200万人あまりの同市を訪れた。

 

ただ、こうした「赤い史跡」では、党の内紛や上層部の粛清、結党初期にさかのぼる激しい政治運動といった厄介な問題に触れられることはほぼない。

 

中国延安幹部学院に所属する歴史学者は、講義で党の失敗に触れていないわけではないと主張した上で、10年間に及んだ毛沢東の文化大革命のように党の歴史の最も暗い部分でさえ、中国における「社会主義建設の試み」という視点を通じて振り返るべきだと急いで付け加えた。文革を巡っては、数百万人が死亡したとの指摘もある。

 

取材班が訪れたあらゆる場所で、ある明確なメッセージが浮上してきた。中国の再生は毛沢東と習主席という2人の強力な指導者のおかげだ、というのがその内容で、2人の間の指導者についてはほとんど言及がなかった。

 

習主席をめぐるプロパガンダは1976年の毛沢東死後に導入された個人崇拝防止策と矛盾していないかとの質問に対し、延安で教鞭を執るワン氏は、共産党は桃のようなもので、一つの核しか持つことができないと示唆した。

 

「もし桃に二つの核があれば、それは変異だろう」(ワン氏)【6月2日 CNN】

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共産党100年の歴史とはいっても“一方で、政府は飢饉(ききん)や文化大革命、デモの弾圧といった暗い側面を見せることにはあまり熱心ではない。中国のソーシャルメディアでは、1989年の天安門事件での残虐な弾圧についての議論は、今なお検閲されている。中国のサイバースペース管理局は先月、インターネットユーザーに対し、党の正史に反する「歴史的ニヒリズム」を示す「有害な」投稿を報告するよう促した。”【5月30日 AFP】というように、あくまでも現指導部が認める「正史」に沿うものに限定されますが。

 

「紅色旅遊(レッドツーリズム)」だけでなく、当然ながらTVドラマ・映画もプロパガンダに動員されています。

 

****イケメンばかり起用・スローガン叫ぶ場面多すぎる…愛党ドラマ続々[中国共産党100年]****

中国で共産党をたたえるドラマや映画が続々と制作されている。中国メディアによれば、党が7月に創設100年を迎えることにちなみ、テレビドラマだけで100作品近くが年末までに放送される予定だ。

 

若手スターを起用した作品が目立っており、習近平シージンピン政権は若い世代を対象とした「愛党教育」に利用する狙いだ。(後略)【5月31日 読売】

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【過去の不正疑惑にも遡る「反腐敗キャンペーン」で求心力を更に強化】

党内の権力闘争の面では、習近平国家は就任以来、「トラもハエもたたく」というスローガンのもと「反腐敗キャンペーン」を掲げ、権力を掌握してきました。

 

元最高幹部の周永康氏や元重慶市党委員会書記の薄煕来氏、元軍制服組トップの郭伯雄氏、前重慶市党委書記の孫政才氏ら多数の党幹部を摘発し、この「反腐敗キャンペーン」も一段落したかと思っていましたが、そうでもないようです。過去の罪状に遡る摘発と言う形で強化されているとのこと。

 

****中国が「反腐敗」強化、死者さえ追及****

数十年さかのぼり捜査、引退した元当局者も対象

 

中国の汚職撲滅運動では、著名政治家から下級役人まであらゆる人物が標的となってきた。最近では、当局がこれまで見逃したか追及を見送ったとみられる過去の不正疑惑にも捜査のメスが及んでいる。

 

共産党の捜査員は過去1年、汚職などの不正疑惑を数十年前までさかのぼり、ベテラン当局者や元当局者を相次ぎ捜査している。過去にさかのぼる汚職捜査は、まず中国有数の石炭産地が標的となって注目を集め、その後全国に広がっていった。

 

中国北部・内モンゴル自治区の当局は、20年前の石炭絡みの汚職疑惑を追及するため2020年春に捜査を開始して以降、60~70歳代の元当局者数十人を拘束した。この中には14年余り前に引退した当局者も1人含まれる。

 

ここ数カ月では、複数の都市の司法機関が30年前までさかのぼって、禁錮刑の減刑や執行猶予の判決を見直すと明らかにした。また北京市は5月、全国的な組織犯罪撲滅の一環として、過去の事件を再捜査する枠組みを構築するよう公安機関に指示した。

 

過去にさかのぼる不正追及は、習近平国家主席が進めてきた汚職撲滅運動が転換点を迎えたことを示す。習氏は汚職撲滅によりライバルを排除し、自身の権力を固めてきたが、主な標的は最近の不正や継続的なケースだった。つまり、習氏が実権を握った2012年終盤以降に規律を守っていれば、当局者は訴追をほぼ免れるとみられていた。

 

専門家の中には、反腐敗運動は汚職を減らすとともに、習氏が来年、共産党トップとして3期目に入るとみられる中で、その権力を強化してきたと見る向きもある。だが、共産党員に課される規定がますます増える中で、過去にさかのぼる追及は、違反を恐れる当局者の行動をさらに抑制しかねない。

 

中国政治を研究するハーバード大学のエリザベス・ペリー教授は、汚職撲滅運動について、「確立しているか承認された手続きから少しでもかい離すれば違法と見なされる恐れがあるため、地方幹部による試験的な取り組みや技術革新、リスクテークも阻害している」と指摘する。「過去にまで追及が及べば、その恐怖をあおることは間違いない」

 

共産党を常に革命モードに駆り立てた毛沢東のように、習氏も当局者の慢心を防ぐ上で必要だとして、反腐敗運動を絶えず拡大・更新してきた。だが毛沢東が往々にして無秩序を通じて統治してきたのに対し、習氏はその正反対だ。前例のない党規律の徹底で統制を強めている。

 

過去にも汚職撲滅を進めた指導者がいたが、当初の勢いが後退することが多かった。対照的に習氏は、規定を絶えず策定し、共産党の幹部から一般党員まで9200万人全員の行動を管理しようとしている。

 

習氏は党の内規策定に向けて、初の5カ年計画を打ち出した。これは共産党創設100年を迎える今夏にあわせ、党内の包括的な司法制度を設けることを目指している。

 

習政権は党員の責務や行動を定めた規制を40件余り導入もしくは改定した。これは2002~2012年に国家主席を務めた胡錦濤氏の約3倍、その前の13年間に国家主席を務めた江沢民氏の2倍以上に当たる。北京大学系列の司法情報データベース、チャイナローインフォのデータをウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が分析した。(中略)

 

内モンゴルの捜査員は4月下旬時点で、すでに死亡した当局者1人を含む1000人近くに対する捜査を開始。およそ60億ドル(約6600億円)相当の経済損失を回収した。党の情報開示や国有メディアの報道で明らかになった。

 

捜査の標的となった人物には、元当局者が少なくとも34人含まれている。このうち1人は今月75歳の誕生日を迎え、2006年にすでに退職していた。WSJが党の情報開示の内容を確認した。【6月4日 WSJ】

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【ナショナリズムの台頭で、ネット上に現代の紅衛兵“中国指導部を少しでも批判する者が表れると寄ってたかって吊し上げる輩”も】

「核心」習近平主席のもとで「中国の夢」といったナショナリズムが著しく台頭しており、そうした流れのなかで、国際交流プログラムで日本を訪ねた中国人の知識人たちが「裏切者」のレッテルを貼られる事態にもなっているようです。

 

“日本の外務省傘下の国際交流基金が実施している、中国の世論で活躍する人物を日本に呼んで交流してもらい、帰国後に日本を満足させるような文章を書いてもらうという事業について、中国のネット上で「日本政府がお金を出して中国の知識人を買収している」との批判が出ている。”【6月9日 レコードチャイナ】

 

別に“日本を満足させるような文章を書いてもらう”ということではなく、客観的に日本のことを見てもらうのが制度の趣旨ですが、帰国後に日本に好意的な文章などを書くケース(結果的には現在の中国の在り様への批判ともなります)が多いのが、一部の者は気に入らないようです。

 

日中関係については「いい話」「悪い話」いろいろありますので、その中の一つ・・・とも考えられますが、気になったのは、そのこと自体より、そういう攻撃をしている“中国指導部を少しでも批判する者が表れると寄ってたかって吊し上げる”という人々の存在です。

 

****国際交流で日本にきた中国人200人に「裏切り者」のレッテル****

<中国の極端な被害妄想の例として香港紙が報じた。この調子では日中文化交流もできなくなる>

 

中国におけるナショナリズムが極端な次元に至ったとして6月8日付のサウスチャイナ・モーニング・ポスト(以下ポスト紙)は、国際交流プログラムで日本を訪ねた中国人の知識人たち数百人が、最近その存在に気づいた反日の徒によって中国のソーシャルメディア上で攻撃の標的にされ、裏切り者の呼ばれていることを報じた。

 

日本の外務省所管の国際交流基金が費用を負担する訪日旅行は、日本の芸術や文化、日本や日本語を学びたい知識人たちに人気がある。同基金のウェブサイトには、この基金の目的は「日本とほかの国/地域の人々の相互理解を深める」ことにあると書かれている。運営費は、政府の補助金や民間の寄付、投資収益で賄われているという。

 

だが中国のネット上では今、このプログラムに参加して中国から日本に招かれたと記録が残る200人近い旅行者や研究者が、「裏切り者」として槍玉に挙がっているというのだ。

 

中国版ツイッターの「ウェイボー(微博)」では、中国人作家の蒋方舟(ジアン・ファンジョウ)が日本へ渡り、日本での経験を綴った本を出版したことが、日本のプロパガンダであるとして批判された。

あるユーザーは、「(蒋方舟は)日本政府から金をもらい、日本をほめそやそうとした裏切り者」と書いている。(中略)

 

中国政府子飼いの暴徒

ウォールストリート・ジャーナル紙の報道によれば、中国でナショナリズムが著しく台頭している一因は、同紙が過去数十年で中国最強の指導者と呼ぶ習近平国家主席にあると見られる。

 

習近平が公約として掲げた、中華民族の偉大なる復興という「中国の夢」の実現は、オンライン上の暴徒を生み出している。中国指導部を少しでも批判する者が表れると寄ってたかって吊し上げる輩だ。

 

方方はウォールストリート・ジャーナル紙に対して、「暴徒たち、とりわけ政府が支援している暴徒のグループには、ひとりで立ち向かおうとしても無駄だ」と話している。

 

本誌は、日本の国際交流基金にコメントを求めたが、本記事の公開までに返答は得られなかった。【6月9日 Newsweek】

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この件に関し、胡錫進(フー・シージン)環球時報編集長も

“まず言っておきたいのは、ある国が他国の人物を自国での旅行、学習に招待するというのは国際交流における一般的な方法であり、中国人が西側諸国の出資する交流活動に参加したからといって非難したり、イデオロギー的なレッテルを張ったりしてはならないということだ。

今回ネットユーザーたちが怒りを感じているのは、これまでに日本から招聘(しょうへい)された一部の人物が訪日前と訪日後に発表した創作物について、日本側の事業の狙いにあまりにも合致しすぎている点なのだろう。”【6月9日 レコードチャイナ】

という論評を示しており、交流活動自体を問題視するべきではないとしています。

 

それはそれとして、“中国指導部を少しでも批判する者が表れると寄ってたかって吊し上げる輩”・・・文化大革命当時、町中を毛沢東語録を手にした紅衛兵なる若者たちが集団で闊歩し、政治・社会・文化・教育などの指導層を手当たり次第に血祭りにあげ、破壊の限りを尽くしていました。

 

日本にも“日本を少しでも批判する者が表れると寄ってたかって吊し上げる輩”はいますので中国だけの話ではないでしょうが、国の指導部がそういう“輩”を利用して(あるいは黙認して)、社会の粛清をしようとするのであれば別問題です。

 

現代の紅衛兵はネット・SNS上で闊歩するのかも。

 

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