孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

英連邦首脳会議  奴隷貿易への賠償について協議を始めることで合意 英政府は賠償には応じない方針

2024-10-31 21:47:27 | 欧州情勢

(訪問先のサモアで、地元の伝統の踊りを鑑賞するチャールズ英国王=サモア・アピアで2024年10月25日、AP【10月31日 毎日】)

【英連邦 英国王に奴隷制の「償い」要求 英国王は痛ましい過去への言及はあったものの、謝罪はせず】
かつての大英帝国の名残“英連邦(コモンウェルス)”が現代においてどのような意味を持つのか・・・よくわかりませんが、参加国にはそれなりの精神的な意味合いもあるのでしょう。

“英連邦は、英国やカナダ、インド、オーストラリアのほか、アフリカやカリブ海の国などが加盟する緩やかな連合体。英連邦の総人口は27億人に上り、地球の全人口の約3分の1を占める。加盟国は行政や経済、保健医療など各分野で相互に協力でき、若者にとっては英国留学など教育支援を受けられるメリットもある。”【10月31日 毎日】

その英連邦の首脳会議にイギリスからはチャールズ国王が参加しましたが、奴隷制・奴隷貿易というイギリスの「過去」について償いを求められました。

****英連邦諸国、チャールズ国王に奴隷制の「償い」要求*****
英国のチャールズ国王は25日、サモアで開催中の英連邦(コモンウェルス)首脳会議(サミット)で、植民地時代の過去の償いを求められた。

英国の旧植民地を中心とする56か国の首脳が集うサミットに、チャールズ国王が出席するのは戴冠後初。
だが、25日の会議は気候変動など喫緊の課題ではなく、英植民地時代の奴隷制や負の遺産といった歴史をめぐる激論に発展した。

アフリカ、カリブ海、太平洋の多くの旧植民地諸国は、宗主国だった英国や欧州列強が奴隷制に対する金銭的補償か、少なくとも政治的な償いを行うことを望んでいる。英連邦サミットでも補償的正義をめぐる議論を要求しているが、財政難にある英政府はそれを阻止しようとしてきた。

バハマのフィリップ・デービス首相はAFPに対し、「歴史上の過ちにどのように対処するかについて、真の対話を行う時が来た」「補償的正義の議論は容易ではないが、極めて重要だ」と主張。「奴隷制の恐怖は、われわれのコミュニティーに世代を超えた深い傷を残した。正義や補償的正義のための闘いは、まったく終わっていない」と述べた。

数世紀にわたり奴隷貿易から利益を得てきた英王室は、謝罪を求められている。

だが、チャールズ国王はその点については踏み込まず、各国首脳に対し「分裂の言葉を拒む」よう呼び掛け、「英連邦各地の人々の声を聞く中で、過去の最も痛ましい側面が今に与え続けている影響は理解している」と発言。

「過去を変えることは誰にもできない。しかし、われわれはその教訓を学び、今も続く不平等を解消する創造的な方法を見いだすために全力を尽くすことができる」と続けた。

■過去との向き合い
英国のキア・スターマー首相は補償の支払いを公然と拒否しており、英高官らはサミットでの謝罪はないとしている。

だが、サミットでは植民地時代に関する議論を呼び掛ける共同声明案をめぐり、激しい交渉が展開されている。

デービス首相は「補償の要求は単に金銭的なものではなく、何世紀にもわたる搾取の持続的な影響を認め、奴隷制の遺産に対する誠実かつ正直に向き合うことを求めている」と強調した。

次期英連邦事務総長候補の一人、レソトのジョシュア・セティパ氏によると、補償には気候資金のように従来の形態とは異なる支払い方法が含まれる可能性がある。 【10月25日 AFP】
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イギリスなど欧州列強が奴隷制・奴隷貿易で多大な富を得、その後の産業革命の原資ともなったこと、その陰で多くの黒人が非人道的状況に苦しみ、奴隷供給国には大きな傷跡を残したことことは周知のところです。

****奴隷貿易****
イギリスは17世紀末から大西洋の黒人奴隷貿易に参入、特に1713年にアシエント(奴隷貿易特権)を認められてからは、アフリカ・アメリカ大陸を結ぶ三角貿易を行い、大きな利益を上げ、イギリス産業発展の原資とされていた。

しかし、黒人奴隷への非人間的扱いや、中間航路の悲惨な状況が知られるにつけて、主としてキリスト教の人道主義の立場から、批判が強まった。

18世紀末から議会内外で奴隷貿易反対運動を続けたウィルバーフォースらの努力が効を奏し、イギリス議会は1807年、本国とアフリカ・西インド諸島間で行われていた奴隷貿易を禁止した。しかし、この時点では黒人奴隷制度そのものは否定されていなかった。

奴隷貿易廃止の背景
アフリカの黒人を奴隷として人身売買する黒人奴隷貿易は、人道主義の立場に立つウィルバーフォースの運動によって、ますイギリスで1807年に実現した。

この動きはイギリス以外にもひろがり、翌年はアメリカ合衆国でも奴隷貿易を禁止、1814年にオランダ、1815年にはフランスがそれに続いた。

19世紀初頭に、欧米諸国でアフリカの黒人を奴隷として人身売買することが急速に禁止されるようになったのには、人道主義的な反対運動が強まっただけではない、大きな経済のしくみの変化が背景にあった。

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(引用)19世紀初頭、ヨーロッパではかつての重商主義、重農主義の時代が終わり、産業革命の時代を迎えつつあった。

南北アメリカ植民地やアフリカとの関係でも、奴隷を労働力とするプランテーション経営や、アフリカからの奴隷供給をその一辺とする大西洋三角貿易で利益を得ていた時代から、第一次産品の供給地おおび製品の市場としての植民地が求められるようになる。

そうしたなかで、イギリス(1807年)、オランダ(1814年)、フランス(1815年)が相次いで奴隷貿易を禁止する。<川田順造『アフリカ』地域からの世界史9 1993 朝日新聞社 p.185>
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その結果、ヨーロッパ列強のアフリカに対する関心は、現地人首長との交易拠点が置かれた海岸から、急速に内陸に向けられることになり、19世紀前半の「アフリカ探検」ブームを引き起こし、さらに世紀後半の「アフリカ分割」競争へと移っていく。

奴隷制度そのものの廃止へ
欧米諸国が黒人奴隷貿易を禁止するようになったのは、単一商品作物に特化するプランテーションよりも、国内産業育成に目が向いた結果といえるが、そのような転換を遂げなかったブラジルとキューバは依然として大きな奴隷輸入地域だった。奴隷貿易禁止に転じたイギリスは軍事力を使って奴隷貿易国(スペイン)に圧力をかけた。
奴隷貿易が禁止されても奴隷制度そのものは続いていた。19世紀に奴隷制による生産が行われていた主な地域は、イギリス領西インド諸島の砂糖プランテーション、アメリカ合衆国南部の綿花プランテーション、ブラジル南東部のコーヒープランテーションであった。

次の段階では、このような奴隷制度そのものの廃止が改題となってゆき、イギリスでは1833年に奴隷制度廃止が決定される。

アメリカでは奴隷制度の廃止か存続下で国論がわかれ、南北戦争となる中で、1863年に奴隷解放宣言が出され、それ以後各国に広がり、1888年のブラジルを最後に世界から奴隷制度は(一応のところ)姿を消す。【世界史の窓】
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【被害を受けた国への賠償について協議を始めることで合意 英政府は賠償には応じない方針】
英連邦(コモンウェルス)首脳会議では、奴隷貿易によって被害を受けた国への賠償について協議を始めることで合意しました。

****イギリス連邦 首脳会議 奴隷貿易の賠償について協議開始へ*****
イギリスの旧植民地などで作るイギリス連邦の首脳会議が開かれ、かつて奴隷貿易によって被害を受けた国への賠償について協議を始めることで合意しました。

イギリス連邦はイギリスの旧植民地など56か国で作る緩やかな連合体で、2年に1回の首脳会議が太平洋の島国サモアで開かれました。

最終日の26日、すべての国が署名し採択された合意文書には、島しょ国への経済支援や気候変動対策に加え、かつてイギリスの奴隷貿易によって被害を受けた国への賠償について協議を始めることが盛り込まれました。

イギリスは16世紀後半以降、主にアフリカ西部からおよそ300万人を奴隷としてカリブ海諸国や南北アメリカの植民地に送り込み、タバコや綿花、砂糖などを栽培させて産業革命を推し進める富を築いたとされていますが、過酷な環境で多くの犠牲者が出ました。

近年、カリブ海諸国を中心に謝罪や賠償を求める声が高まっていて、イギリス連邦の首長を務めるチャールズ国王も首脳会議の開幕に際して「私たちの最も痛ましい過去が反響し続けていることを理解している」と述べ、真摯(しんし)に向き合う姿勢を示していました。

イギリスのスターマー首相は26日の会見で「首脳会議では金銭に関する議論はなかった。その点についてわれわれの立場は非常に明確だ」と述べ、巨額に上ると見られる金銭による賠償以外の方法を模索する考えを示し、地元メディアは債務の軽減や経済支援などの形をとる可能性もあると伝えています【10月27日 NHK】
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****英国の奴隷貿易を巡り「賠償で対話の時」 英連邦が歴史的声明*****
英国の旧植民地など56カ国で構成する英連邦(コモンウェルス)内で、過去の奴隷貿易や植民地支配に対する賠償を求める声が高まっている。

10月25〜26日に南太平洋の島国サモアで開かれた英連邦首脳会議では、「賠償の問題」について協議を始めるとする歴史的な共同声明が採択された。ただ、チャールズ英国王は過去について「痛ましい側面」があったと述べるにとどまり、賠償や謝罪には踏み込んでいない。

「有意義で、誠実で、敬意を持った対話をする時が来た」。英連邦加盟国は同26日の共同声明に、英国が植民地支配時代の「負の歴史」を直視すべきとの趣旨の内容を盛り込んだ。声明には英国も合意した。

英議会の資料によると、英国は1562年から1807年まで奴隷貿易を行い、300万人以上のアフリカ人を北米やカリブ海の植民地に運んだ。

チャールズ国王は10月21日、サモア入り前に訪問したオーストラリアで先住民の上院議員から「英国人は大虐殺をした。土地を破壊した。祖先の命を返せ」と罵倒される一幕もあった。

国王は今回のサモア訪問で、「過去を変えることはできないが、その教訓を学ぶことはできる」と述べたが、謝罪はしなかった。国王は個人的には過去の清算に前向きとされるが、「政治的に微妙な問題に関しては、国王の演説は政府方針の範囲内にとどまる」(英BBC放送)ことが慣例という。

英国の政権は7月の総選挙で保守党から労働党に変わったが、政府見解は変わらず、現在のスターマー首相も「賠償には応じない」との立場だ。

英連邦首脳会議は2年に1回開催される。英メディアによると、次回は賠償問題が主要議題になる可能性があるという。(後略)【10月31日 毎日】
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【もし賠償すれば、その額は巨額に】
謝罪すれば賠償問題へとつながり、その額は膨大なものになる・・・・という現実問題があります。

****どうやって払うの? 歴史の清算は高くつく 英奴隷貿易35兆円、米奴隷制は1285兆円也****
「奴隷貿易は受け入れ難いイギリスの歴史」
米白人警官による黒人暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「Black Lives Matter(BLM、黒人の命は大切だ)」が欧州に飛び火し、原因をつくった奴隷貿易(大西洋三角貿易)やそれに続く植民地支配の清算を迫っています。

奴隷貿易の責任を償うとしたら、その額は一体どれぐらいになるのでしょう。

「レイシスト(差別主義者)」という非難や破壊行為から逃れるためか、BLMに対して伝統的な金融機関や法律事務所が謝罪や遺憾の意を表明する例が相次ぎました。

過去の総裁や理事計27人が奴隷貿易に関わった英中央銀行、イングランド銀行は記念像や肖像画の展示を見直すとして、次のような声明を出しました。

「18、19世紀の奴隷貿易が受け入れ難いイギリスの歴史であることは明らかだ。イングランド銀行が直接、奴隷貿易に関与することはなかったものの、過去の総裁や理事が言い訳できないつながりを持っていたことを認識しており、それらを謝罪する」(中略)

しかし「謝罪」は「補償」を伴うのが国際社会の常識です。

1807年に奴隷貿易廃止法を制定したイギリス
奴隷貿易(大西洋三角貿易)は17~19世紀、雑貨や銃などの工業製品がアフリカに輸出され、黒人奴隷(黒い荷物)が大西洋を越えて西インド諸島や北米大陸に運ばれました。黒人奴隷が生産した綿花や砂糖(白い荷物)は欧州に送られました。

スウェーデン・ヨーテボリ大学のクラス・ロンバック教授の論文によると、三角貿易と植民地のプランテーション、関連産業を合わせた国内総生産(GDP)への貢献度は1701年の3.1%から1800年には10.8%に達しています。

1200万人の黒人奴隷が輸送され、300万人が死亡したとされています。1776年、アメリカの独立宣言でこの一角が崩れ、自由貿易や人道主義の高まりとともにイギリスは1807年、世界に先駆けて奴隷貿易廃止法を制定します。

1833年には奴隷制も廃止され、イギリス政府は奴隷約80万人分の損失を補償するため、永久債を発行して財源を捻出します。英政府が償還し終えたのは2015年のことだそうです。

ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの奴隷所有者データベースによると、補償金は当時の金額で総額2000万ポンド、現在の価値に換算すると170億ポンド(約2兆2500億円)。4万7000人の奴隷所有者に配分されました。(中略)

また奴隷約80万人の市場価値は2000万ポンドではなく、実は5000万ポンドで、当時のイギリスのGDPの12%。現在、GDPの12%は2640億ポンド(約35兆円)に当たります。(中略)

1862年の奴隷解放宣言でアメリカでは400万人が解放されました。それに対して補償するとなると10兆~12兆ドル(約1070兆~1285兆円)にのぼるという米シンクタンク、ルーズベルト研究所の試算もあります。

「謝罪だけでは十分ではない」
トリニダード・トバゴの西インド諸島大学に拠点を置くカリブ研究協会は「制度化された人種差別、白人至上主義、警察の残虐行為とジョージ・フロイドさんら米国および世界中の黒人犠牲者を生んだ体系的な社会的不正を糾弾する」と表明しています。

カリブ諸国12カ国は「謝罪だけでは十分ではない」と何らかの形の補償を求めています。西インド諸島大学の副学長でカリブ共同体補償委員会委員長のヒラリー・ベックルズ教授は2014年に英下院でこう証言しています。

「イギリスの奴隷船は180年にわたって550万人の黒人奴隷をアフリカからカリブ海に運んできた。奴隷制が廃止された時、残っていたのはわずか80万人だった」

「奴隷制と虐殺の邪悪なシステムが確立されたのはこの英下院だ。この下院は法律を可決し、財政政策を取りまとめ現在、修正を必要とする有害な遺産と永続的な苦しみを生み出すという罪を犯した」

「下院はまた奴隷制からの解放と植民地主義からの独立を実現した。私たちが今期待しているのは、補償のための法律が制定されることだ。過去のひどい過ちが是正され、これらの歴史的犯罪の恥と罪悪感から人類が最終的にそして真に解放されると信じている」(中略)

ベックルズ教授は今回、ロイター通信に「謝罪だけでは十分ではない。私たちは街角の物乞いのように何かを求めているのではない。金銭は二の次だが、道徳的義務から解放されるためにはカリブ諸国の発展のために市場経済で貢献することが求められる」と訴えています。

奴隷制だけでなく過去の植民地支配も裁かれ、補償が求められるとなると、韓国との間で旧日本軍従軍慰安婦問題、元徴用工問題を抱える日本にとっても対岸の火事で済まされなくなってしまいます。【2020年6月29日 木村正人氏 YAHOO!ニュース】
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“スターマー首相は巨額に上ると見られる金銭による賠償以外の方法を模索する考えを示し、地元メディアは債務の軽減や経済支援などの形をとる可能性もあると伝えています”【前出 NHK】

日本の中国に対する国交回復後の支援もその類でしょうか。結果、中国は飛躍的発展を実現しました。
しかし“謝罪”を曖昧なまま行ったことで、未だに“歴史問題”が日中関係を難しくするものとなっています。

【アメリカ バイデン大統領が先住民同化政策について謝罪】
アメリカではバイデン大統領が・・・

****米大統領、先住民に謝罪 白人社会への同化政策巡り****
バイデン米大統領は25日、政府が白人社会への同化を目的に先住民の子どもを150年間、寄宿学校に強制入学させていたことを初めて公式に謝罪した。

先住民の言語や文化を失わせたとし「恐ろしいほど間違っていた。米国史の汚点だ」と述べた。訪問先の西部アリゾナ州フェニックス近郊の先住民居留地で表明した。

バイデン氏は「謝罪は遅すぎた。弁解の余地はない」と強調。「歴史を消し去るのではなく、学び、記憶することで国家として癒やしを得ることができる」と訴えた。

米政府によると、37州で計400以上の寄宿学校を運営し、強制入学は1819年から1969年まで続いた。「過酷な軍国主義的同化政策」で先住民の言語や文化が薄れ、多くの子どもが虐待や性的暴行を受けた。【10月26日 共同】
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今この時期に謝罪がなされたのは、選挙対策の意味合いがあるのではと邪推しています。
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アメリカ・欧州の高関税政策への傾斜

2024-10-30 22:20:25 | 経済・通貨

(中国・深圳の港から輸出されるBYDの電気自動車(EV)【5月28日 WIRED】)

【関税大好きトランプ大統領】
経済学の教科書は自国産業保護のための関税については、主にその弊害を教えていますが、関税大好きのトランプ前大統領は、再選されれば海外からの輸入品に対して大幅な追加関税を課す考えを示しています。

****トランプ大幅追加関税の実現可能性とその衝撃****
トランプ大幅追加関税は米国・世界経済に甚大な悪影響
共和党の大統領候補であるトランプ氏は、再選されれば海外からの輸入品に対して大幅な追加関税を課す考えを示している。当初、中国からの輸入品には60%の追加関税を課すとしていたが、中国がイランとの貿易を続ければ100%以上の関税を課すとした。

さらに、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すユニバーサル・ベースライン関税を掲げていたが、最近になって20%へと追加関税の水準を引き上げた。今後、トランプ氏の追加関税の引き上げの考えはさらにエスカレートしていく可能性もあるだろう。

調査会社ウルフ・リサーチによると、現在の米国の平均実行関税率(輸入額に占める関税額の割合)は、中国を除く国からの輸入品で1%前後、中国からの輸入品では11%である。

トランプ氏が掲げる追加関税が実現すれば、中国からの輸入品の平均関税率は現在の5倍以上から10倍以上、その他の国からの輸入品の平均関税率は約100倍から約200倍へと一気に高まる可能性がある。それが、米国の経済と物価に与える影響は極めて深刻だ。

TDセキュリティーズは、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すと、米国のインフレ率は0.6~0.9%ポイント上がると予想している。20%であればその倍だろう。

さらにトランプ氏が移民を制限する計画であり、それは賃金・物価を押し上げ、成長率を押し下げることが見込まれる。これも加味すると、米国の成長率が1~2ポイント低下するとTDセキュリティーズは予想している。

また英銀大手のスタンダードチャータードは、トランプ氏の追加関税が実施されれば、米国の物価が2年間で1.8%押し上げられると予想する。いずれにせよ、米国のインフレ率の低下基調は損なわれ、米国が景気後退に陥る可能性が高まるだろう。(後略)【8月27日 木内登英氏 NRI】
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トランプ氏は自らを「タリフマン(関税男)」と称しています。大学で関税の経済学的弊害を学ばなかったのでしょうか? 世界恐慌に直面した各国がとった関税などによるブロック経済が第2次世界大戦につながった歴史を学ばなかったのでしょうか?

【バイデン政権も中国製EVへの100%関税
一方、バイデン大統領もことし5月、中国の不公正な貿易からアメリカの労働者を守るためだとして、中国製のEV=電気自動車などへの関税を引き上げる方針を発表しました。
その方針に沿って、9月27日から中国製のEVへの関税は従来(25%)の4倍の100%に引き上げられました。

この決定は、多分に選挙を争うトランプ前大統領を意識したもので、その政策の先取りともなっています。

****中国製EVに関税100%、米国政府の政策は吉と出るのか****
米国が中国製の電気自動車(EV)に100%の関税を課す方針を発表した。米国の自動車メーカーがEVの販売で苦戦し、多くの企業が中国製の原材料に依存するなか、この政策は吉と出ることになるのか。

米国政府が中国製の電気自動車(EV)に対し、異例の関税100%を課すことを5月14日(米国時間)に発表した。この措置は米国の産業を「不当に価格設定された中国からの輸入品」から守るものだと、ホワイトハウスは主張している。これまで中国製EVに対する関税は25%だった。

EV用のバッテリーとバッテリー部品も新たな関税の対象となる。中国から輸入されるリチウムイオンバッテリーへの関税は7.5%から25%に引き上げられ、マンガンやコバルトなどの重要鉱物への関税は0%から25%に引き上げられる。

今回の措置は、バイデン政権が中国製の自動車とその部品に対して講じている一連の対策の最新の施策となる。米国のEV業界は車両の価格のみならず品質でも中国に後れをとっており、慎重な舵取りが求められている状況だ。

専門家によると、EV分野における中国のリードは、車両のソフトウェアやバッテリー、そして特にサプライチェーン開発への長年の投資によるものだという。昨年秋に一時的にテスラを抜いてEV販売台数世界一となった中国の自動車メーカーであるBYD(比亜迪汽車)は、2003年からEVを生産してきた。

一方で、地球規模の気候変動が壊滅的な影響をもたらすという見通しは、米国の自動車業界だけでなく世界全体に広がっている。

米エネルギー情報局(EIA)によると、米国の運輸部門における自動車用のガソリンとディーゼル燃料の二酸化炭素排出量は、米国のおける昨年のエネルギー関連の二酸化炭素排出量のほぼ3分の1を占めていた。

米国政府が抱えるジレンマ
新たな関税は、米国政府が抱える不幸なジレンマを反映している。米国は持続可能なエネルギー源を増やしたいと考える一方で、持続可能なエネルギー源を非常に多くつくり出している国からの輸入を抑制したいと考えているのだ。

この関税はまた、米国内で独自にEVを開発できるようになるまでのタイムリミットに向け、カウントダウンが始まるという意味でもある。そのためには、より多くの低価格なEVが必要になるだけでなく、それを実現するためのバッテリーやバッテリーのサプライチェーンも必要になるのだ。

あるいは、このカウントダウンは始まらないかもしれない。「タイムリミットへのカウントダウンは10年前に始まっていたのに、米国は後れをとっています。大きく後れをとっているのです」と、ジョージ・ワシントン大学工学管理・システム工学科助教授のジョン・ヘルヴェストンは語る。

EVの開発と政策を研究しているヘルヴェストンによると、今回の関税は中国車との競争から米国を永遠に守るものではないという。「関税によって米国のモノづくりの能力が向上するわけではありません」

この取り組みはうまくいくのだろうか。米国の主要な自動車メーカーを代表するロビー団体「自動車イノベーション協会(AAI)」の会長兼最高経営責任者(CEO)であるジョン・ボゼラは、声明文において楽観的な見解を示している。

「米国の自動車メーカーは、EVへの移行において誰よりも競争力があり、革新を進めることができます」と、ボゼラは主張する。「そのことに疑いの余地はありません。現時点での問題は、その意志ではなく時間なのです」

しかし、たとえ時間がいくらあっても、今後の状況はますます複雑化していくことだろう。米国内で販売する自動車メーカーや自動車部品サプライヤーは、EVやバッテリーの開発に何十億ドルもの資金を投入し続ける一方で、どうやって生き残るかを考えなければならない。また、米国のEV販売台数は増加しているが、その伸びは鈍化している。

一方で、もうひとつの大きな影響力をもつ米国の政策「インフレ抑制法」によって、EVやその他の再生可能エネルギー源の米国内におけるサプライチェーンの構築に何十億ドルも資金が投入されている。しかし、こうした取り組みの実現には何年もかかる可能性があるだろう。

「バイデン政権は綱渡りの政策をとろうとしています」と、バイデン政権でEV政策に携わったケース・ウェスタン・リザーブ大学の経済学教授のスーザン・ヘルパーは語る。「目標のひとつは優良な雇用を提供し、クリーンな生産方式を備えた好調な自動車産業であって、もうひとつの目標は気候変動に対する迅速な対策です。このふたつの目標は長期的には一致するものですが、短期的には対立するものです(後略)【5月28日 WIRED】
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【EUも中国製EVに対する関税を最大45.3%まで引き上げることを決定 独自動車産業は反対】
関税政策の強化はアメリカだけではありません。
中国からアメリカのEV輸出はあまり多くなく、その主力市場は欧州です。その欧州のEU欧州委員会が中国から輸入するEVに対し、中国政府の公的な優遇融資や補助金によって不当に安くなっているとして追加関税の適用を始めると発表しています。

****EU、中国製EVへの追加関税を正式承認...代替案巡る協議は継続****
欧州連合(EU)は、域内諸国で意見が分かれた反補助金調査を終了し、中国製の電気自動車(EV)に対する関税を最大45.3%まで引き上げることを決定した。

従来の10%に加えて7.8─35.3%の関税を徴収する。追加関税は29日に正式承認され、EU官報に掲載された。30日に発効する。

EUの欧州委員会は、優遇融資や補助金、市場価格を下回るバッテリーなどに対抗するため関税が必要だと主張している。

中国のEV生産能力は年間300万台で、EU市場の2倍に相当するという。米国とカナダの関税が100%であることを踏まえると、中国製EVは欧州向けが多い。

中国商務省は30日の声明で「中国はこの決定に賛同せず、受け入れない」と表明。その上で「EU側が価格のコミットメントについて中国と交渉を継続する意向を示唆したことに留意する」とし、「貿易摩擦の激化を回避するため、できるだけ早期に双方に受け入れ可能な解決策」を見いだすことを期待すると述べた。

在EUの中国商工会議所は「保護主義的で恣意的」なEUの措置に深く失望したと表明。関税に代わる措置を模索する協議に実質的な進展がないことにも失望感を示した。

中国はこれまでにEUの関税が保護主義的で、EUと中国の関係や自動車のサプライチェーン(供給網)に影響を与えると指摘し、EU産のブランデーや乳製品、豚肉を対象に独自調査を開始するなど報復とみられる動きを取っている。

今月4日に行われた関税に関する採決では加盟国のうち10カ国が賛成、5カ国が反対、12カ国が棄権した。経済規模が域内最大で自動車の主要生産国であるドイツは反対した。

ドイツ経済省は29日、現在進行中のEUと中国の交渉を支持するとし、EUの産業を保護しながら貿易摩擦緩和に向けた外交的な解決を望むと述べた。

欧州委は関税の代替案を見つけるため、中国と8回にわたって技術的な交渉を行っており、関税導入後も協議継続は可能だとしている。

双方は輸入車に最低価格を設ける案などを検討しており、さらなる交渉を行うことで合意した。ただ、欧州委は「大きな隔たりが残っている」としている。【10月30日 ロイター】
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ドイツの基幹産業たる自動車産業は、今回関税が中国側の報復を呼び、ドイツ自動車産業にとって死活的に重要な中国市場を失うことになるとして反対しています。

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しかし、欧州の自動車メーカーでさえ、中国からの輸入に対抗するために結束しているわけではない。BMWとフォルクスワーゲンの幹部は、EUの関税が中国に報復を強いることで裏目に出る可能性があると、5月8日に警告している(中国はBMWにとって2番目に大きな市場だ)。

また、メルセデス・ベンツのCEOであるオラ・ケレニウスは今年初め、ほかの自動車メーカーに競争を促すために、EUは中国製EVに対する関税を引き上げるのではなく、引き下げるべきだという見解を示した。開かれた市場のほうが、欧州企業の改善に拍車がかかる可能性がはるかに高いという主張である。【5月28日 WIRED】
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【トランプ氏は復権後のEUへの関税発動を予告】
EVに関しては欧州は関税をかける方ですが、前出の関税大好きトランプ前大統領は欧州製品への完全を予告していています。

*****EUは「大きな代償」払うことになる、トランプ氏が関税発動警告****
米大統領選共和党候補のトランプ前大統領は29日、自身が勝利すれば、米国製品の輸入が不十分な欧州連合(EU)は「大きな代償」を払わなければならなくなると述べ、関税の発動を警告した。

激戦州ペンシルベニアでの集会で「彼らはわれわれの車を買わない。われわれの農産物も買わない」と指摘。一方で「彼らは何百万台もの車を米国で売っている」と非難した。

トランプ氏は、全ての国からの輸入品に10%の関税を、中国からの輸入品には60%の関税を課すと宣言している。これらは世界中のサプライチェーン(供給網)に打撃を与え、報復措置を引き起こし、コストを引き上げる可能性が高いとエコノミストは警告している。【10月30日 ロイター】
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「彼らはわれわれの車を買わない。われわれの農産物も買わない」・・・それは、米国の車・農産物に魅力がないからでしょう。
「彼らは何百万台もの車を米国で売っている」・・・それは、欧州産の車に魅力があるからで、購入した結果、アメリカ人の何百万人が満足感を得ているということでしょう。

自国産を売りたいなら、国内市場を外国から守りたいなら、購入者をひきつけるだけの商品をつくるというのが本筋で、関税でどうこうしようというのは筋違いです。

【トランプ氏の関税引上げは平均的な米国の世帯に2600ドル以上多く費やさせる】
いずれにしても、かつてのグローバル経済の流れは、保護貿易主義的な関税政策に退行しつつあるようです。

****ノーベル経済学賞ジョンソン氏「トランプが提案する関税は富裕層への贈り物」*****
ドナルド・トランプ前大統領が提案した経済政策の中心は、米国に輸入されるすべての商品に対する大規模な追加関税である。トランプ氏は、関税は雇用を保護し、賃金を増やし、米国に新たな繁栄の時代をもたらすと主張している。明らかに自分が経済的万能薬を見つけたと確信して、彼は誇らしげに自らをタリフマン(関税男)と呼んでいる。

しかし、関税とは、輸入された商品(および輸入された原料を使って国内で生産される物)を購入する人びとに課される税についての、単なる気まぐれな呼び名であり、それゆえトランプ氏の提案は、すべての米国の世帯を圧迫し、特に低賃金の労働者に特別に過酷な影響を与えることになるだろう。

たとえこの関税が世界を自滅的な貿易戦争に陥らせるものではなくても、米国の貿易相手国は恐らく報復するだろう。そしてそれが、米国が成功し、高い生産性を持っている輸出部門で働くすべての者を傷つける。

トランプ氏は、(金融・ファイナンス分析などで知られる)米ペンシルベニア大学ウォートン校で学位を得ており、それゆえどのように関税が機能するかを知っているはずだ。一般の認めるところでは、彼は1968年に卒業したが、関税の分析は50年前には十分理解されていた。そして基本的事実は同じままなのだ。

関税を負担するのは誰か
キンバリー・クラウジング氏とメアリー・E・ラブリー氏は、税問題に関する世界の指導的専門家の二人であるが、トランプ氏が制定したい関税は、平均的な米国の世帯に2600ドル以上多く費やさせると見積もっている。(後略)【10月24日 日経ビジネス】
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アメリカが保護貿易的な傾向を強め、社会主義国中国が自由貿易のメリットを主張する・・・不思議な世界になってきました。

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モルドバ・ジョージア  欧米とロシアの間で揺れる両国の選挙 思った以上に根強い親ロシア的なもの

2024-10-29 23:15:31 | 欧州情勢

(ジョージアの議会選挙で与党「ジョージアの夢」が勝利した結果に抗議するデモ参加者。首都トビリシで(2024年10月28日撮影)【10月29日 AFP】)

【モルドバ 大統領選挙とEU加盟の是非を問う国民投票 思いがけず接戦 今後のEU加盟への動きは不透明に】
旧ソ連のモルドバ、欧米とロシアの間で揺れる国のひとつで、親ロシアの未承認国家「沿ドニエストル」にはロシア軍が駐留しています。

そのモルドバでの大統領選挙、及び、EU加盟の是非を問う国民投票が20日に行われました。

直前の19日ブログ“モルドバ  ロシアの介入もあるなかで、新欧米路線の現職大統領再選、RU加盟加盟支持か”で、タイトルにあるように、世論調査の数字をもとに親欧米路線の大統領が再選され、EU加盟の国民投票は加盟が支持されるだろう・・・といった記事をかきましたが、どうも様相が異なるようです。

大統領選ではサンドゥ大統領はトップには立ったものの過半数はえられず、決選投票へ。ロシア支持層が親ロシア候補で一本化すると決選投票は不透明に。更にロシアの選挙干渉も。

国民投票の方は加盟支持が上回ったとは言え、その差は極めて僅か。今後の扱いに影響しそうです。

****モルドバのEU加盟国民投票、僅差で賛成 大統領が勝利宣言****
モルドバで20日に行われた欧州連合加盟の是非を問う国民投票の開票結果が21日発表され、賛成票が50.46%と、反対票をわずかに上回った。

親欧州派のマイア・サンドゥ大統領はこれを受け、「不正がなされた闘いをわれわれは正当なやり方で制した」と勝利宣言した。同時に行われた大統領選の1回目投票では、サンドゥ氏が首位を死守した。

大統領選では、サンドゥ氏が42%を超える得票率で首位となった。親ロシア派の社会党の支援を受けている元検事総長のアレクサンドル・ストイアノグロ氏は、予想を上回る26%近い票を集めた。

サンドゥ氏は記者会見で、「われわれはこの国の将来を決定する困難な闘いの初戦に勝利した」「皆さんの声は届いている。汚職と闘うためにさらに努力しなければならない」などと語り、有権者に決選投票への参加を呼び掛けた。

サンドゥ氏は、「犯罪集団がわが国の国益に敵対する外国勢力と共謀」し、モルドバの民主主義に対する「前例のない攻撃」が行われていると非難。「卑劣な干渉」によって自身の陣営への票が奪われていると批判を強めていた。

一方、ロシア大統領府(クレムリン)はサンドゥ氏に対し、ロシアがモルドバの選挙に干渉したことを「証明」するよう求めた。また、EU加盟への賛成票とサンドゥ氏が獲得した票数に「異常」があると主張している。 【10月22日 AFP】
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****11月の決選投票、現職苦戦も モルドバ大統領選****
旧ソ連構成国モルドバで20日に実施された大統領選で首位に立ち、決選投票に進んだ親欧米のサンドゥ大統領が21日に記者会見し、欧州連合(EU)加盟を実現するため自身に投票するよう呼びかけた。

11月の決選投票ではロシアの選挙介入が懸念され、対ロ批判を強めるサンドゥ氏が苦戦を強いられる可能性もある。

大統領選には11人が出馬し、サンドゥ氏は42%を得票した。親ロシアの前大統領の支持を受ける元検事総長ストヤノグロ氏が26%で2位だった。3位以下には親ロ派候補も多く、決選投票では2人の差が縮まるとの見方が強い。【10月22日 共同】
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事前の世論調査ではEU加盟支持が多かったものの、実際の国民投票で僅差となったことについては、“旧ソ連のなかで最も貧しい国とされるモルドバ。経済状況がさらに悪化するなかで、EU加盟が明るい将来につながるとの確信を持てない国民が多かったことが背景にあるといいます。”【10月22日 TBS NEWS DIG】といった指摘も。

また、「この状況で無理やり具体的に進もうとすると、また国民の賛否が割れて大きな分断というか、ただでさえロシアの工作とか介入とか、そういうものを受け入れやすいような状況になっている世論がまた混乱するという状況も考えられるわけで、非常に難しいんだろうと思います」【同上】といった指摘あって、今後のEU加盟の扱いは難しくなっています。

とにもかくにも11月3日の大統領選挙の決戦投票でサンドゥ大統領が再選されなければ、話は全く違ってきます。

****モルドバ大統領、EU加盟目標強調 親ロ派対立候補は「悪の手先」****
旧ソ連モルドバのサンドゥ大統領は28日、欧州連合(EU)加盟が国民にとって前進する唯一の道だと述べ、大統領選の決選投票で対決する親ロシア派の候補を「悪の勢力の手先」と批判した。

2期目を目指すサンドゥ氏は20日に行われた大統領選第1回投票で得票率約42%とトップに立ったが過半数に届かず、26%を獲得した元検事総長のストヤノグロ氏と11月3日に決選投票が行われることになった。

20日にはEU加盟の是非を問う国民投票も実施され、賛成がかろうじて半数を超えたが、サンドゥ氏は外部からの「前例のない」干渉があったと非難していた。

サンドゥ氏は28日のテレビ討論会で、「モルドバにとって、EUとの統合以外に選択肢はない」と強調。

「ストヤノグロは悪の勢力の手先にすぎない。彼でなければ、他の誰かだ。泥棒や強盗に国を引き渡してはならない。民主主義を守る必要がある」と訴えた。

27日の討論会ではストヤノグロ氏をロシア政府の利益に奉仕する「トロイの木馬」「モスクワの手先」などと批判していた。

ストヤノグロ氏は27日、サンドゥ氏が大統領の重責に対処できず、国のために何もしていないと反論していたが、28日の討論会には出席しなかった。【10月29日 ロイター】
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【サンドゥ大統領は外部からの「前例のない」干渉があったと非難】
“外部からの「前例のない」干渉”については以下のようにも。もちろん“外部”とはロシアです。

****ロシア、有権者買収に59億円 モルドバ警察が発表、国民投票で****
旧ソ連構成国モルドバで20日に実施された欧州連合(EU)加盟の是非を問う国民投票と大統領選について、モルドバの警察当局は24日、ロシア側から買収目的で計3900万ドル(約59億2千万円)が有権者に支払われていたと発表した。地元メディアが報じた。

事前の世論調査では加盟賛成が多数を占め、サンドゥ氏の大勝も予想されており、加盟阻止を狙うロシア側の選挙介入が指摘されていた。

警察によると、9月に1500万ドル、10月に2400万ドル以上がロシアの銀行を通じて送金された。約14万の口座に140万件以上の不正な取引が確認されたという。ロシアに亡命したモルドバの親ロシア政党創設者、イラン・ショル氏が関与したとしている。

投票日直前の今月14〜17日に取引が急増していた。警察は、現金を受け取った有権者も捜査対象になると表明した。(後略)【10月24日 共同】
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これが、どの程度の影響力を持ったのかはわかりません。

【ジョージア総選挙  ロシアに接近する与党が勝利 親欧米路線の大統領「ロシアによる国の乗っ取りだ」 野党は「盗まれた」と抗議活動】
一方、やはり旧ソ連構成国で、また、親ロシア勢力による未承認国家を抱えるジョージアでは26日に総選挙が行われましたが、近年「反スパイ法」とか「LGBT規制法」といったロシアに類似した法律を制定するなどロシアへの接近を強めている与党「ジョージアの夢」が勝利したとされています。

ただ、親欧米路線の野党側は、不正が行われたとして抗議しています。親欧米派のズラビシビリ大統領は「ロシアによる国の乗っ取りだ」と非難し、抗議をよびかけています。

****ョージア議会選、親露・強権の与党が「勝利」*****
南カフカス地方の旧ソ連構成国ジョージア(グルジア)で26日、議会選(定数150)が行われた。同国が親ロシア路線と親欧米路線のどちらに進むかを方向付ける重要選挙と位置付けられ、国際的関心を集めた。

中央選管の発表によると、親露色を強める与党「ジョージアの夢」が54%の得票率で勝利した。親欧米路線への回帰を訴えた野党側は開票不正が起きたとし、結果を認めず抗議活動を行うと表明した。

議会選は得票率に応じて各党に議席数が割り当てられる比例代表制で行われた。得票率5%未満だった党は議席割り当ての対象外となる。

中央選管の発表によると、開票率約99%の時点で、「夢」の得票率は54%。親欧米派の主要野党4党は計38%となった。投票率は約59%。

2008年にロシアの軍事侵攻を受けたジョージアは反露を一種の「国是」としてきた。「夢」も12年の政権獲得後、親欧米政策を進め、昨年12月にはジョージアの「欧州連合(EU)加盟候補国」の地位獲得を達成した。ただ、近年はウクライナ侵略に伴う対露制裁に参加しないなど、親露傾向も強めていた。

「夢」のオーナーであるイワニシュビリ元首相はロシアで財を成した大富豪。同氏はジョージア国内の親露分離派地域、南オセチアとアブハジアを巡る領土問題の解決を視野に、対露関係の改善を図ろうとしているとの観測も出ている。

さらに、「夢」は議会選に先立ち、外国から資金提供を受けて活動する団体を規制する「反スパイ法」と、性的少数者(LGBTなど)の権利を制限する「LGBT規制法」を制定した。

両法は類似した法律がロシアで施行され、政治・言論弾圧の手段として使われている。EUは「夢」の強権化を批判し、加盟手続きの一時停止を発表。野党側も「『夢』が勝利すればEU加盟が不可能になる」と訴えていた。

議会選で「夢」が勝利したとの結果が発表されたことで、EUとジョージアは関係悪化が避けられず、同国のEU加盟はさらに不透明になる。

米シンクタンク「戦争研究所」は議会選に先立ち、「ロシアか欧米か」と題するリポートを公表。今回の議会選は「ジョージア独立以来、最も重要な選挙となる可能性が高い」と評価していた。「夢」が勝利した場合、ロシアと「夢」が接近し、ウクライナ侵略以降に欧米が進めてきたロシア孤立政策の打撃になるとも指摘していた。【10月27日 産経】
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****「ロシアによる国の乗っ取りだ」親欧米派のジョージア大統領が非難 総選挙“不正介入”に抗議を呼びかけ****
旧ソ連・ジョージアの総選挙でロシア寄りの与党が勝利したことを受け、親欧米派の大統領は27日、選挙で不正な介入があったとして抗議を呼びかけました。「ロシアによる国の乗っ取りだ」と非難しています。

ロイター通信などによりますと、旧ソ連のジョージアで26日、総選挙が行われ、ロシア寄りの与党が過半数を獲得しました。

これを受け、親欧米派のズラビシビリ大統領は27日、野党とともに記者会見を開き、「選挙に不正があり、皆さんの票が奪われた」とした上で、EU(=ヨーロッパ連合)への加盟阻止をもくろむロシアによる“特別作戦”があったと主張しました。

さらに、「ロシアによる国の乗っ取りだ」と非難し、選挙結果への抗議を呼びかけました。

ヨーロッパの選挙監視団は27日、有権者への脅迫などの違反行為が確認され、「民主主義が後退する」証拠があると明らかにしていて、アメリカとEUはジョージア当局に選挙違反の徹底的な調査を求めています。【10月28日 日テレNEWS】
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当然ながら、ロシアは選挙介入を否定しています。むしろ介入しているのは欧州の方だとも。

****ロシア、ジョージア議会選への介入否定 欧州による介入を指摘****
ロシア大統領府のペスコフ報道官は28日、同国が旧ソ連構成国ジョージア(グルジア)の議会選に介入したとの見方を否定した。

公式結果によると、議会選では親ロシアの与党「ジョージアの夢」が勝利したが、親欧州連合(EU)の野党勢力は結果に異議を唱え、外国の選挙監視団体などからは不正があったとの指摘が出ている。

ペスコフ報道官は、ジョージアのズラビシビリ大統領がロシアによる選挙介入の可能性を示唆していることについて「そうした主張を強く否定する」と発言。

欧州による選挙介入の試みはあったが、ロシアは選挙に介入していないとし、ロシアによる介入を非難することが多くの国で常とう手段になっていると述べた。【10月28日 ロイター】
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野党側は抗議活動を行っていますが、結果を覆すのは難しいかも。

****ジョージア、「盗まれた」議会選挙に数万人が抗議****
ジョージアの首都トビリシで28日、議会選挙でロシア寄りとされる与党「ジョージアの夢」が勝利した結果を受け、数万人が抗議デモを行った。

親欧米派の野党は「盗まれた」選挙だと非難。サロメ・ズラビシビリ大統領はAFPに対し、投票では「巧妙な」不正操作が行われたと主張し、ロシアの関与を指摘した。

選挙管理委員会が発表した99%以上の開票結果では、ジョージアの夢が得票率53.92%を獲得。親欧州連合派の主要野党連合は37.78%にとどまった。

28日夜、トビリシ中心部の議事堂前では、数万人がジョージア国旗とEUの旗を振りながら平和的な抗議活動を行った。

与党と対立している親欧米派のズラビシビリ氏はデモ参加者の前で、「皆さんの票は盗まれたが、私たちの未来を誰にも奪わせはしない」「EUへの道を歩むため、私は最後まで皆さんと共にあると約束する。EUこそが、この国が属す場所だ」と呼び掛け、歓声を浴びた。

ズラビシビリ氏はAFPの取材に応じ、26日に行われた議会選挙では「非常に巧妙な」不正工作が行われたと主張した。

複数の州での投票に同一の身分証明書が使い回され、賄賂が横行し、電子投票システムにも不正があったと指摘。
「政府を糾弾するのは非常に難しく、それは私の役割ではないが、この手口はロシアによるものだ」とし、「威嚇的な」ロシアに対処するのは厄介だと述べた。

ジョージアの主要な選挙監視団は28日、複雑かつ大規模な不正行為の証拠が明らかになったと発表。全体のうち少なくとも15%を無効票とするよう要請した。 【10月29日 AFP】AFPBB News
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こうした状況で、中央選管は一部再集計するとしてはいますが、おそらく中央選管には与党「夢」の影響が及んでいるとおもわれますので、再集計といっても今の結果を追認するためのものでしょう。

****ジョージア議会選、一部再集計へ 中央選管****
ジョージアで26日に行われた議会選挙で不正投票が行われたと野党が主張している事態を受け、中央選挙管理委員会は29日、投票所の約14%で投票用紙を再集計すると発表した。
 
選挙管理委員会が発表した99%以上の開票結果では、ロシア寄りとされる与党「ジョージアの夢」が得票率53.9%を獲得。親欧州連合派の主要野党連合は37.7%にとどまった。

野党は、与党に有利になるよう不正が行われたと主張し、「国際的な選挙管理委員会」による選挙のやり直しを要求。28日には、首都トビリシで数万人が抗議デモを行った。

親欧米派のサロメ・ズラビシビリ大統領も、選挙結果は「違法」だとし、「ロシアの特殊作戦」による選挙介入が行われたと主張。

ジョージアの主要な選挙監視団も28日、複雑かつ大規模な不正行為の証拠が明らかになったとして、全体のうち少なくとも15%を無効票とするよう要請していた。

中央選管は「各選挙区から無作為に選ばれた投票所5か所で、地方選管によって再集計を行う」としている。 【10月29日 AFP】AFPBB News
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【日本で考える以上に根強い親ロシア的なもの】
個人的な印象としては、ロシアの介入の話を別にすれば、モルドバでも、ジョージアでも親ロシア勢力が思った以上に強いという感じ。

日本に暮らす私は欧米的な民主主義・自由を是として、ロシア的なものを非としています。
ですから、自由・公正な選挙を行えば、人々は必ず親欧米的なものを選ぶだろうとも。

しかし、それは日本にいる私の考えであり、現実はそれほど単純ではなさそう。現地には現地の事情も。

ロシア語を普段話すような人々、ロシアに文化的に親近感を持つ人々、リベラルな価値観にどうしてもついていけない人々もいますし、自由だ何だといっても、結局甘い汁を吸うのは一部の者で、自分たちは結局はじき出されてしまう、それぐらいなら権威主義だろうが何だろうが、自分たちにも利がある仕組みの方がいい・・・と思う人々も。

モルドバにしろ、ジョージアにしろ、そういう欧米的なものを必ずしも是としない人々がやはり多数いるのでしょう。

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南アフリカ  総選挙で想定以上に大敗した与党ANCは白人政党と統一政府  根深い人種間の分断も

2024-10-28 22:42:15 | アフリカ

(アパルトヘイト(人種隔離)の歴史を抱える南アで人種間融和の象徴と目されていたコリシ選手(右)とレイチェルさん=2020年2月 【10月28日 共同】)

【人種間対立が根強い南アで人々の希望を集めてきた夫婦が離婚】
“ゴシップネタ”ではありますが、南アフリカにおける根深い人種問題も絡んで“ゴシップ”で終わらないところもある話題が下記。

****南アフリカ黒人主将、離婚に衝撃 ラグビー強豪、人種融和の象徴****
ラグビーの強豪・南アフリカ代表で主将を務める黒人のシヤ・コリシ選手(33)が28日までに、白人の妻との離婚を発表し、同国に衝撃が広がっている。2人はアパルトヘイト(人種隔離)の歴史を抱える南アで人種間融和の象徴と目されていたためだ。

英BBC放送などによると、2人は2016年に結婚した。コリシ選手は長年白人が主体だった代表チームで黒人として初の主将となったトッププレーヤー。南アが19年のワールドカップ(W杯)日本大会で優勝した時も主将だった。

妻のレイチェルさん(34)は女性の活躍や人権問題に取り組む活動家で、2人の間には子どもと養子計4人がいる。

2人は人種隔離撤廃を成し遂げた故マンデラ元大統領が夢見た多人種共存の「虹の国」を体現する存在として、民主化から30年たっても人種間対立が根強い南アで人々の希望を集めてきた。

22日、SNSに連名で「熟考を重ね、結婚生活に終止符を打つことを決めた」と投稿。悲嘆に暮れる一部の国民が離婚阻止の署名活動を訴える事態となった。【10月28日 共同】
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離婚阻止の署名活動・・・・それも無理な話ですが、それだけ“民主化から30年たっても人種間対立が根強い南アで人々の希望を集めてきた”ということでしょう。

【総選挙で想定以上に大敗した黒人主導の政治をリードしてきた与党ANCと白人主体のDAが国民統一政府(GNU)を樹立】
上記は黒人と白人の夫婦ですが、政治で世界でも従前は想像できなかた連立も生まれています。

昨日の日本の総選挙では、選挙前から自民党はある程度の負けは想定されていましたが、その想定を越えて、第1党は維持したものの、自公の与党で過半数を大きく下回る“大敗”となりました。

同様に、ある程度の負けは予想されていたものの、想定以上に負け、過半数を大きく下回ったのが、5月29日に行われた南アフリカ総選挙におけるアフリカ民族会議(ANC)でした。

与党アフリカ民族会議(ANC)は、かつてネルソン・マンデラ氏が率いた名門政党で、アパルトヘイトを終わらせた南アフリカの政治を長年牽引してきました。白人支配を終わらせ、黒人主導の政治を実践してきた政党でもあります。

しかし、長年の“政権与党”の座が腐敗を蔓延させ、貧困・治安は改善されず、ジリジリと国民の信頼を失い、5月末の過半数割れという結果に至っています。

過半数を大きく割ったANCにとっては、5月末の総選挙で台頭した同じく黒人層を基盤とする急進的ポピュリズム政党と組むのか、あるいは、穏健な経済政策をとるものの支持基盤が全く異なる白人政党と組むのか・・・という二つの選択肢がありましたが、ラマポーザ大統領は白人主体で親欧米の野党民主同盟(DA)を含む全10党で構成される国民統一政府(GNU、Government of National Unity)を樹立しました。

****国民統一政府(GNU)への期待と不安****
南アフリカ共和国新政権の展望(1)

南アフリカ共和国では、5月29日に、アパルトヘイト(人種隔離政策)終了後、初の全人種参加による民主的選挙が1994年に行われて以来、7回目となる総選挙(国民議会・州議会選挙)が行われた。

これまで長きにわたって単独政権を担ってきたアフリカ民族会議(ANC)が初めて過半数を割り込み、しかも予想以上に低い得票率にとどまったことで、新政権がどのように樹立されるのか内外の注目を集めた。

このような中、シリル・ラマポーザ大統領は国民統一政府(GNU、Government of National Unity)の樹立を宣言、ANCを含めた全10政党(注)からなる新内閣を発足させた。(中略)

ANCの大敗とGNUの成立
5月29日の総選挙をめぐっては、ANCの過半数割れが予想されたが、得票率は45~50%弱という小幅な負けとの見方が多かった。

しかしふたを開けてみると、ANCの得票率は40.2%にとどまり、最大得票政党は維持したものの予想以上の大敗であった。

前回2019年総選挙で獲得した57.5%からも大きく支持を減らし、国民議会議席数では230議席から71議席を失い、159議席となった。

その他、民主同盟(DA)が得票率21.8%で2位、民族の槍(やり)(M.K.)が14.6%で3位、経済的解放の闘士(EFF)が9.5%で4位、などの順であった。

注目を集めたのは一気に第3政党に躍り出たM.K.で、ジェイコブ・ズマ元大統領が率いる左翼ポピュリスト的とされる政党だ。ズマ氏自身の支持基盤であるクワズールナタール州、ズールー族が支持層として重なり、同州での得票率は過半数に迫る45.9%となった。

ANCの負けが小幅だった場合、ANCは過半数を維持するために、自政党と政策が近く、しかしキャスティングボートを握られないで済む少数政党と連立を組むことが予想された。

しかしこの選挙結果を受け、過半数維持に向けては得票率約10%分を埋めなくてはならなくなり、少数政党の寄せ集めでは困難な状況となる。

ここに至り、ANCがポピュリスト色の強いM.K.やEFFと組み、南ア新政権が市場からの信認を失うのか、それとも経済政策を重視し、主として白人やカラード(混血)が支持母体であるDAと、歴史的な禍根を乗り越えてパートナーシップを組むことができるのかが注目された。

識者や調査会社専門家などの間でも多様な見方が示されたが、ANCという政党の成り立ちや南ア民主化の歴史的経緯に鑑みると、(白人主体の)DAと組むことはハードルが高いとの見方が強かった。

こうした中で、ラマポーザ大統領は6月6日、GNUの発足を目指すと発表、一部政党と議論を開始していることを明らかにした。

個別の政党と政策協定を結ぶ形での連立政権よりもやや緩やかに、GNUの意図表明・原則を確認することを前提に、幅広く政権参加政党を募ることとしたのだ。

どの政党にもGNUへの門戸は閉ざさないとしたものの、ここでも各政党が掲げた公約や主張の違い、これまでの経緯などから、ANCが組むことができる政党は限られるとの向きが多かった。

そうした中の6月14日、ANCとDAがGNU樹立に向けて合意したとの電撃的発表を行う。これにより、同日開幕する総選挙後の第1回国民議会でラマポーザ氏が大統領に選出されることが事実上固まり、続投が決まった。GNUはANC、DAを含む全10党で構成される。(後略)【10月24日 JETRO】
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黒人主体の政治を牽引してきたANCと白人主体のDAが組むことも画期的でですが、問題はその政権がうまく機能するのかというところ。

ANCとDAを含む国民統一政府(GNU)の発足後の評価についてはほとんど情報を持っていませんが、やや相反するような下記の報道も。

****南アの「挙国一致」政府に広がる楽観論 連立内に火種も****
南アフリカのラマポーザ大統領は9月に国連総会で演説し、先ごろ発足した「挙国一致政府(GNU)」を南アの「第2の奇跡」と位置付け、異例の連立が長期政権を維持できるという強気の姿勢が広がっていることをうかがわせた。
同氏は大連立を発足させた政治取引について大風呂敷を広げた格好だ。(後略)【10月21日 日経】
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****見えてきた「ラマポーザ政権の南アフリカ」のアイデンティティと国際社会での行動原理****
南アフリカ(南ア)では今年5月末の総選挙(国民議会選挙・400議席)で与党アフリカ民族会議(ANC)の議席が1994年の民主化後初めて過半数を下回り、 シリル・ラマポーザ大統領 はANCを軸に10政党から成る国民統一政府(GNU)を樹立した。

だが、GNU発足からわずか3カ月にして、教育政策を巡ってGNU内の政党間対立が先鋭化し、政権は不安定化している。(後略)【10月18日 新潮社Foresight】
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異なる政党ですから対立・不協和音があるのは当然ですが、それを乗り越えて有効な政策を実行できるのかが問われています。

当然ながら、フォーマルな世界での差別がなくなっても、人の心の中にある差別意識はそうそう簡単にはかわりません。

【人種間の緊張を高める事件】
いささかスキャンダラスですが、下記のような事件も。

****白人男性農場主が黒人女性を殺害、豚に食べさせた疑い 南アフリカで怒り渦巻く****
南アフリカで、白人男性農場主らが黒人女性2人を銃で殺害し、豚に食べさせたとみられる事件があり、怒りの声が噴出している。

殺害されたとされるのは、マリア・マクガトさん(45)とルシア・ンドロヴさん(34)。 南アフリカ北部リンポポ州の都市ポロクワネに近い農場で今年8月、食べ物を探していたところ、銃で撃たれたとされる。

その後、2人の遺体は証拠隠滅のため、豚に与えられたとみられている。

この事件で、農場主のザカリア・ヨハネス・オリヴィエ被告(60)、従業員のエイドリアン・デ・ウェット被告(19)、ウィリアム・ムソラ被告(50)の3人の男性が逮捕・起訴された。(中略)

マクガトさんのきょうだいのウォルター・マトホールさんは、この事件で、南アフリカの黒人と白人の間にある人種的な緊張が一段と悪化したとBBCに話した。

南アでは人種差別制度のアパルトヘイト(人種隔離)が30年前に撤廃されたが、人種間の緊張は特に農村部で広く残っている。

女性の夫が逃げ延び通報
事件は8月17日夜に発生した。人々が集団で、農場で売られている作物の中から賞味期限が切れたか、もうすぐ切れるものを手に入れようと、今回の現場に行ったとされる。販売されている農作物で残ったものは、豚に与えられることもあったとされる。

現場の農場には当時、ンドロブさんの夫マブト・ンクベさんもいた。一団は銃撃され、ンクベさんは、はって逃げ出した。その後、どうにか医者に助けを求めたという。

ンクベさんは警察にも通報。数日後、警官が豚舎で、ンドロブさんとマクガトさんの腐敗した遺体を発見したという。

警官が豚舎に入った際には、マクガトさんのきょうだいのマトホールさんも同行。マクガトさんの遺体の一部が豚によって食べられていたのを見たという。

被告3人は殺人に加え、ンクベさんに対する殺人未遂、銃器の無免許所持の罪にも問われている。(中略)

野党「経済的解放の闘士」(EFF)は、この農場の閉鎖を要求。「この農場で生産された製品が販売され続けるのを黙って見ていることはできない。消費者に危険をもたらしている」と主張した。

南アフリカ人権委員会は、この事件を非難するとともに、影響を受けたコミュニティーの間で反人種差別的な対話を行うよう呼びかけている。

農家(多くは白人)を代表する団体は、犯罪率が高い南アにおいて、農業コミュニティーに属する人々は自分たちが狙われていると感じている、と主張している。

ただ、農家がそれ以外の人たちより高いリスクに直面していることを示す証拠はない。

南アで人種間の緊張を高める事件は、最近も2件起きている。

東部ムプマランガ州では8月、農家と警備員が、男性2人を殺害した容疑で逮捕された。羊を盗んだとされる男性2人の遺体は、誰なのか判別できないほど焼かれていた。現在、遺灰のDNA鑑定が進められている。

別の事件では、70歳の白人農家が、自分の農場からオレンジ1個を盗んだとして6歳の少年を車でひき、両足を骨折させた疑いがかけられている。

この農家は殺人未遂2件と危険運転の罪で起訴され、現在、裁判所で保釈の審理が続いている。 これまでの審理では、少年が母親と一緒に食料品を買いに町へ向かう途中、農場の前を通りかかり、地面に落ちていたオレンジを拾ったとの説明がされた。母親は息子が農家に車でひかれるのを、恐怖にかられながら見ていたとされる。【10月12日 BBC】
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【遠い「虹の国」の理想 「国民のために奉仕する政府がいれば、この国はもっと豊かになれる」】
南アフリカにおける「虹の国」の現実については、以下のようにも。

****“自慢の姉”が南アフリカの大女優になっていた アパルトヘイト撤廃から30年 マンデラが掲げた「虹の国」の理想は遠く****
(中略)
今年は、南アフリカにとって初の民主的な選挙が行われてからちょうど30年の節目の年だった。30年間、この国では、マンデラ元大統領が率いた与党ANC(アフリカ民族会議)が、国民の圧倒的な支持のもと政権を維持し続けていた。

ところが長期政権となったANCの内部では汚職が蔓延し、一向に縮まらない経済格差、世界最悪レベルの失業率、国家的災害とも言われる電力危機などから、国民の心はANCから離れつつあった。

5月に行われた総選挙では、与党ANCが初めて過半数を割り、白人主体で親欧米の野党DA(民主同盟)らとの連立政権が発足した。

揺らぐことのなかったマンデラの党・ANCの時代は、一つの終わりを迎えた。
ソウェトで生まれた一人の黒人少女は、差別が撤廃されてからの30年あまりをどう見てきたのか。

「確かに私たちは民主主義を手に入れ、自由になった。投票権を得て、市民として認められるようになった。だけど、今の南アフリカでは毎日のように計画停電が行われ、生活に必要な電気すら手に入らない。政治家や警察は汚職にまみれ、信じることができない。そんな国が、果たして本当に“自由”だと言えるでしょうか?

アパルトヘイトは撤廃され、肌の色による差別はなくなった。でも、この国には“経済的な不平等”が今も根強く残っています」

白人の失業率が9%であるのに対し、黒人は37%。 世界銀行の調査では、いまも人口の1割が富の7割を支配する、「世界で最も不平等な国」だといわれている。

実際に選挙前の取材では、白人排斥をも辞さない過激な主張を行う急進左派政党(EFF=経済的解放の闘士)が若者の熱狂的な支持を集めていた。

縮まらない経済格差から、人種間の分断は再び深まっているように感じられた。 マンデラが掲げた「虹の国」の理念は、失われてしまったのだろうか。

「すべてがダメなわけじゃない。ここからきっと良くしていける。上手くいかなかったのは、いつしか政治家が国民のためではなく私利私欲のために動くようになってしまったから。恵まれない人にチャンスを与え、国民のために奉仕する政府がいれば、この国はもっと豊かになれる」。(後略)【9月29日 TBS NEWS DIG】
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アメリカ大統領選挙を左右するイスラエル・ネタニヤフ首相 ちらつくトランプ前大統領の影

2024-10-27 23:43:49 | 国際情勢

(ドナルド・トランプ前米大統領(中央)とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相夫妻。フロリダ州のトランプ氏邸「マーアーラゴ」で。イスラエル政府広報室提供(2024年7月26日撮影・提供)【10月27日 AFP】)

【中東情勢悪化を避けたいバイデン政権 ネタニヤフ首相と組んで揺さぶりをかけるトランプ前大統領】
パレスチナ・ガザ、レバノン、イランとイスラエルという中東情勢と接戦が続くアメリカ大統領選挙がリンクしながらの展開となっています。

パレスチナ・ガザ地区での対ハマス、更にはレバノンでの対ヒズボラの攻撃を続けるイスラエルに対し、民間人犠牲者の増大などを受けて国際的な批判も強まり、また、アメリカ国内でもアラブ系市民・若者らの反発が強まるなかでも、大統領選選挙の最中にあるアメリカ・バイデン政権は国内ユダヤ人層などの支持つなぎ止めもあって、従来からのイスラエル支持路線を継続していることは周知のところです。

まだイランへの報復攻撃が行われる前の16日時点で、イスラエルのイラン攻撃後のイランから報復に備えて、アメリカはイスラエルに迎撃ミサイルシステム「THAAD」搬入を開始したとの報道が。

ネタニヤフ首相とバイデン大統領が「THAADの供与と引き換えに、(イラン)核施設などへの攻撃をやめるという取引をしたのは明らかだ」(中東専門家)とも。

****米迎撃ミサイルシステム「THAAD」イスラエルへ搬入始まる****
アメリカのブリンケン国務長官とオースティン国防長官が、連名でイスラエルに対し、パレスチナ自治区ガザ地区の人道状況の改善を求める書簡を送ったことが明らかになりました。

アメリカ国務省によりますと、ブリンケン国務長官とオースティン国防長官が13日に、ガザ地区の人道状況の改善を求める書簡をイスラエル側に送りました。

ワシントン・ポストはアメリカがイスラエルに対し、1か月以内に人道支援を増やす措置をとらなければ、軍事支援の停止を含む措置をとらざるを得ないと警告したと報じています。

ホワイトハウスのカービー補佐官は、書簡について、「人道支援を劇的に増やす必要性についての切迫感を改めて伝えるものだ」と説明しました。

こうした中、アメリカの迎撃ミサイルシステム「THAAD」のイスラエルへの搬入が始まりました。今月1日、イランによるイスラエルへの大規模ミサイル攻撃の際には各地に着弾が相次ぎ、イスラエルの迎撃能力の限界も指摘されていました。

アメリカメディアは、イスラエルが近く、イランの軍事施設を標的に報復攻撃に踏み切ると伝えていて、アメリカとしてはイランから再び反撃があった際に、イスラエルを守る狙いがあります。【10月16日 日テレNEWS】
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アメリカとしては、イスラエルに武器供与してネタニヤフ政権をなだめながら、その一方でイスラエルにガザ・レバノンや対イランで過激な攻撃を行わないように圧力をかける難しい対応です。

そうした難しい対応を取らざるを得ないのは、大統領選挙終盤でイスラエルが派手な攻撃に行うと、アメリカ国内のアラブ系市民・若者らのイスラエルへの反発が更に強まり、イスラエル支持のバイデン政権・ハリス候補への批判が強まり、選挙戦に大きく影響しかねないからです。

イスラエルとしては、そうしたアメリカ・バイデン政権の苦しい事情を利用して、アメリカを“手玉にとっている”との見方も。

更には、対立候補のトランプ氏がネタニヤフ首相と組んで、バイデン政権・ハリス陣営を更に苦しめる策に出るのでは・・・との見方も。

歯止めがかからない事態を避けるため、イランの石油施設や核施設といった死活的に重要な施設への攻撃を控えるようにイスラエルに要請するバイデン大統領に対し、トランプ前大統領はイラン核施設への攻撃を主張しています。

****イラン核施設「攻撃すべき」 反対のバイデン氏批判―トランプ氏****
トランプ前米大統領は4日、南部ノースカロライナ州で開かれた集会で、イスラエルによるイランへの報復について、イランの核施設を「攻撃すべきだ」と語った。核施設攻撃に反対したバイデン大統領を「間違っている」と批判した。

トランプ氏はイランの核施設に関し、「われわれにとって最大のリスクだ」と強調。その上で、「まずは核(施設)をたたき、残りのことは後で心配すればいいと(バイデン氏は)答えるべきだった」と語った。

イスラエルのネタニヤフ首相はイランによる大規模な弾道ミサイル攻撃を受け、報復する構えを見せている。報復対象にはイランの核施設や石油施設などが浮上。バイデン氏は2日、核施設への攻撃を支持するか記者から問われ、「答えはノーだ」と述べていた。ただ、イスラエルによる反撃は容認している。

バイデン氏は4日、ホワイトハウスで記者会見し、イランの石油施設への攻撃に関し、「私なら、油田を攻撃する以外の選択肢を検討するだろう」と否定的な見方を示した。また、イスラエルが「早急に決断することはない」と語り、対応を注視する意向を明らかにした。【10月5日 時事】
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****【米大統領選の行方はネタニヤフ次第?】イラン攻撃でオクトーバーサプライズ演出、ちらつくトランプの影****
最終盤に差し掛かった米大統領選の帰すうがイスラエルのネタニヤフ首相に握られている構図が鮮明になってきた。大統領選はイスラエルのパレスチナ人への攻撃をめぐってユダヤ系が支持、アラブ系が反対しているが、僅差で勝敗が決まる接戦州がこの影響をもろに受けるからだ。

ネタニヤフ氏が共和党のトランプ氏と「オクトーバーサプライズ」を演出するとの見方も浮上してきた。

ジレンマのハリス
米国の各種世論調査を総合すると、民主党の大統領候補になって以来、支持率でリードしてきたハリス副大統領の優位は現在、トランプ氏の猛追で完全に崩れた。全国レベルではハリス氏が平均2ポイント程度上回っているが、勝敗のカギを握る接戦7州では事実上の五分五分、どちらが勝ってもおかしくない情勢だ。

中でも注目されるのが全米で最もアラブ系が多い中西部ミシガン州の状況だ。同州には中東や北アフリカからのイスラム教徒の移民が約30万人居住しており、本来は民主党支持者がほとんどだった。だが、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃でパレスチナ人の犠牲者が増えるにつれ、アラブ系市民の間ではネタニヤフ政権に軍事援助を続けるバイデン政権への批判が高まった。

ハリス氏に対しても、イスラエルの「虐殺」を止めるために積極的に動こうとしていないとして、支持を撤回する人も増えた。アナリストは「接戦州は2000、3000票差で勝敗が決するかもしれない」と指摘しており、アラブ系票がトランプ氏に流れれば、ハリス氏が同州を落とすことになりかねない。

ハリス氏の「勝利の方程式」は接戦7州のうち、東部ペンシルベニア(選挙人19人)、中西部ウイスコンシン(同10人)、ミシガン(15人)の3州を制することを前提に過半数270人獲得を目指しており、ミシガン州で負ければ、当選は危ういものとなってしまう。このため同氏はアラブ系市民と対話するなど支持のつなぎ止めに必死だ。

だが、アラブ系に肩入れし、イスラエルの攻撃を抑えようとすれば、今度はより大きな票田のユダヤ系の反発を食らい、ユダヤ系票を減らしかねない。ハリス氏にとっては深刻なジレンマだ。

若者についても同様だ。全米の大学ではイスラエルに肩入れするバイデン政権への非難が続いており、ハリス氏は若者票の獲得にも苦慮している。

ネタニヤフ首相はこうした大統領選の微妙な情勢につけ入ってバイデン政権を揺さぶっている。同政権としては選挙が終わるまで、「イスラエルには戦闘を激化させないでほしい」というのが本音。

だが、ネタニヤフ氏はレバノンの親イラン組織ヒズボラとのバイデン大統領の停戦調停をぶち壊してレバノンに侵攻。ガザ攻撃を再び激化させてバイデン政権を翻弄し続けている。

米政権を手玉にとるネタニヤフ
バイデン政権の最大の懸念はイスラエルが米国の想定をはるかに上回るようなイラン攻撃に出るのではないかという点だ。

イランはヒズボラの指導者ナスララ師やガザのイスラム組織ハマスの指導者ハニヤ氏がイスラエルに殺害された報復として10月1日、約200発の弾道ミサイルをイスラエルに撃ち込んだ。ほとんどが撃墜されたものの、イスラエルの軍事基地などが損傷を受けた。

イスラエルは報復を宣言し、攻撃の標的を絞りつつある。バイデン氏は「核施設や石油関連施設」への攻撃を支持しないと表明し、ネタニヤフ首相に自制を働きかけてきた。

しかし、ネタニヤフ氏の政敵でもあるベネット元首相が「イランの核施設を破壊する絶好の機会」と発言したように、世論は核施設への攻撃支持に傾いている。

ネタニヤフ氏と近いトランプ氏も「まずは核施設を攻撃するべきだ」とし、抑制的な攻撃を求めるバイデン政権をけん制している。

核施設への攻撃はイランにとっての「レッドライン(超えてはならない一線)」で、イランが再び反撃するのは確実。また石油関連施設への攻撃でも反撃する可能性が強く、報復の連鎖で「中東大戦」に突入する恐れがある。

イランの石油関連施設はペルシャ湾岸に集中しており、攻撃を受ければ、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)の石油輸出にも影響が出かねない。イランはこれまで、攻撃されれば同湾の出入り口のホルムズ海峡を封鎖すると警告してきたが、そこまでしなくてもエネルギー価格が急騰するのは必至だ。

そうなれば米国のガソリン価格も跳ね上がり、インフレの再燃でハリス氏には深刻な打撃となるだろう。まさに「オクトーバーサプライズ」だ。

バイデン政権はネタニヤフ氏をなだめるため、イスラエルに急きょ、「高高度防空ミサイル」(THAAD)を供与。同システムはすでに米軍の要員100人ともにイスラエルに到着、配備された。

これに先立ち、ネタニヤフ氏はバイデン大統領と数カ月ぶりに電話会談。ワシントン・ポストの特ダネによると、同氏はこの会談で、核、石油関連施設は避け、軍事基地などを中心に攻撃することを伝えたという。

「THAADの供与と引き換えに、核施設などへの攻撃をやめるという取引をしたのは明らかだ」(中東専門家)。ネタニヤフ氏のしたたかさが浮き彫りになった一幕だ。

ネタニヤフとトランプの接触
だが、「ネタニヤフはこれまでガザやレバノンへの攻撃拡大をなし崩し的に米国に認めさせてきた。米国の反対を押し切ってネタニヤフが戦闘を拡大しても、選挙でユダヤ系票を失うことを恐れるバイデンが渋々追認し続けてきた。だからイラン攻撃についても、バイデンへの約束を守るとは限らない」(ベイルート筋)。

ネタニヤフ首相がイランの核施設や石油関連施設を攻撃する決定を下す可能性を排除できないというのだ。そうした首相の動きの背後にはトランプ氏の影がちらついている。首相は7月の訪米の際、トランプ氏をフロリダ州の自宅に訪ねて会談しており、その後も接触を続けているのは想像に難くない。

「ネタニヤフとトランプの間で、核施設攻撃を支持するトランプを勝たせるための“密約”があるのではないか。それこそオクトーバーサプライズだ。攻撃が遅れているのはいつ仕掛ければ、トランプが一番有利になるのか、そのタイミングを図っているのだと思う」(同)。(中略)

ネタニヤフ氏は17日、開戦以来の宿願だったハマスの最高指導者ヤヒア・シンワルの殺害を発表、「ハマス壊滅」を事実上実現した。ヒズボラにはすでに大打撃を与えており、残された最大の敵イラン攻撃に向け、一段と弾みがついた格好だ。【10月19日 WEDGE】
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“(ネタニヤフ)首相は7月の訪米の際、トランプ氏をフロリダ州の自宅に訪ねて会談しており、その後も接触を続けているのは想像に難くない”という密接さに比べ、中東情勢が緊迫する状況にもかかわらず“ネタニヤフ氏はバイデン大統領と数カ月ぶりに電話会談”という疎遠さが目立ちます。

イスラエルがハマスの最高幹部ヤヒヤ・シンワル氏を殺害したことを受けても、バイデン・トランプ両者がイスラエルに働きかけています。

****バイデン大統領「戦争終わらせ人質取り戻す時」ハマス最高幹部の殺害受け****
イスラエルは17日、パレスチナ自治区ガザ地区で行った軍事作戦で、イスラム組織ハマスの最高幹部ヤヒヤ・シンワル氏を殺害したと発表しました。一方、アメリカのバイデン大統領は17日、「戦争を終わらせ、人質を取り戻す時だ」と強調し、停戦に向け、外交努力を強める考えを示しました。

アメリカ・バイデン大統領 「世界にとって良い日だ。この戦争を終わらせ、人質を取り戻す時だ」

バイデン大統領は、停戦協議について「希望を感じている」と話し、ブリンケン国務長官を近くイスラエルに派遣する考えを示しました。また、ネタニヤフ首相に電話で祝意を伝え、「今こそガザ地区での停戦に向け前進する時だ」と伝えたことを明らかにしました。

ホワイトハウスによりますと、電話会談で両首脳はこの機会を捉え、人質を解放し、ハマスが二度とガザ地区を支配できない状態で戦争を終結させる方法について協議したとしています。【10月18日 日テレNEWS】
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****トランプ前大統領 イスラエル・ネタニヤフ首相と近く電話会談の意向、ハマス最高指導者シンワル氏殺害受け****
アメリカのトランプ前大統領は、イスラム組織「ハマス」の最高指導者シンワル氏がイスラエル軍に殺害されたことを受けて、近く、イスラエルのネタニヤフ首相と電話で会談する考えを示しました。(中略)
トランプ前大統領 「彼は良い仕事をしている。バイデンは彼を抑え込もうとしているが」

トランプ前大統領は18日、このように述べた上で、ハマスの最高指導者シンワル氏がイスラエル軍に殺害されたことを受けて、パレスチナ自治区ガザでの停戦の実現が「容易になると思う」との見方を示しました。【10月19日 TBS NEWS DIG】
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ネタニヤフ首相は何かとうるさい民主党政権ではなく、ほぼ無条件にイスラエルを支持してくれるトランプ前大統領の復権を期待していると見られています。

****イスラエル首相、トランプ氏勝利を期待 中東政策に「自由度」増す可能性****
米大統領選の一般投票まで残すところわずかとなる中、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ドナルド・トランプ前大統領のホワイトハウス復帰を期待しているとみられる。

かつてのトランプ政権は、ネタニヤフ氏にとって好都合だった。ただ現在、来月5日の投票を前にトランプ氏は、自身の中東政策について矛盾したメッセージを発信している。

ネタニヤフ氏にイランの核施設を爆撃するよう促す一方、「私が大統領だったら10月7日の攻撃は決して起こらなかっただろう」と言い張るとともに、イスラエルに戦争を終わらせるよう圧力をかけるつもりだと発言している。

こうした一貫性を欠く考え方は、「アメリカを再び偉大に」というトランプ氏のスローガンと併せ、ネタニヤフ氏にとっては期待するところだと、専門家は指摘する。

孤立主義者のトランプ氏が返り咲けば、ネタニヤフ氏にとって、パレスチナ自治区ガザ地区とレバノンで激化する紛争への対応に向け、自由度が増すかもしれない。

エルサレム・ヘブライ大学のギドン・ラハト教授(政治学)はAFPに、「米国の選挙はネタニヤフ氏にとって一つの節目だ。彼はトランプ氏の勝利を祈っている。トランプ氏が勝てば行動の自由度が増し、自分の望むことができるようになると考えている」と語った。

ジョー・バイデン大統領はイスラエルへの「断固たる支持」を表明しているものの、ネタニヤフ氏との関係は長らく冷めている状態だ。トランプ氏とは対照的に、バイデン氏はネタニヤフ氏に対し、イランの石油生産施設や核施設を攻撃しないよう警告してきた。

トランプ氏はネタニヤフ氏だけでなく、イスラエル国民にも人気がある。イスラエル地域外交政策研究が9月に実施した世論調査によると、トランプ氏が自国の利益に最も貢献する米大統領候補だと考えるイスラエル国民は68%に上る。 【10月27日 AFP】
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【イスラエルのイラン攻撃は限定的なものに イランは今後について慎重姿勢 事態収束を求めるバイデン大統領】
イスラエルのイラン攻撃は結果的には石油施設や核施設を避けたものになっていますので、バイデン大統領のネタニヤフ首相への働きかけが奏功した形となっています。

ネタニヤフ首相としてもアメリカ大統領の圧力を無視しての無茶はできなかったということでしょうか。もちろん、核施設などを攻撃した場合、イランとの全面戦争も覚悟しなければなりませんので、ネタニヤフ首相としても難しい決断でしょう。

****米大統領、応酬の終結要求 イスラエルとイランに****
バイデン米大統領は26日、イスラエル軍によるイランへの反撃について「これで終わることを望む」と述べ、イランに報復しないよう求めた。イスラエルが軍事施設以外は狙わなかったとの見方も示した。記者団に語った。

バイデン政権はイスラエル軍の反撃に理解を示す一方、イランの核施設や石油施設を標的から外すよう説得していた。

ハリス副大統領は「イランは中東地域に脅威を与えるような振る舞いをやめなければならない」と記者団に述べた。【10月27日 共同】
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イスラエルとのこれ以上の危機は避けたいイランも今のところ慎重姿勢です。

****イラン最高指導者「対応は政府当局者が決める」 報復は明言せず****
イランの最高指導者ハメネイ師は27日、イスラエル軍による26日未明の対イラン攻撃について「軽視すべきでも過大評価すべきでもない」と語った。「イランの力を示す最善の方法は政府当局者たちが決める」とも述べたが、報復するかは明言せず、慎重姿勢を示唆した。地元メディアが伝えた。(中略)

26日の攻撃では少なくとも兵士4人が死亡したが、イラン当局は「被害は限定的だった」と発表している。イランが更なる報復に踏み切れば紛争が拡大するのは確実で、指導部は今後の対応を慎重に検討しているとみられる。

一方、イラン強硬派の有力者であるガリバフ国会議長は、イスラエルが今回の攻撃で軍事目標を達成しなかったと主張し、「イランの抑止力を証明した」と述べた。自衛権を認める国連憲章の範囲内で「イランは自国を守る権利を持つ」とも語り、「この攻撃への対応は必ず行う」と訴えた。【10月27日 毎日】
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イスラエル・イランという当事国の事情に加え、大統領選挙への影響を考えるバイデン・ハリス陣営とトランプ前大統領の思惑が交差して、中東情勢は微妙な展開となっています。

今後のイランの出方、ネタニヤフ・トランプチームのハリス潰しの動きが注目されます。

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インドと中国、国境問題で一定の合意、5年ぶりの首脳会談も なぜ中国は今インドの要請に応じたのか?

2024-10-26 23:11:21 | 国際情勢

(ナレンドラ・モディ首相と習近平国家主席(ロシア中部カザンで、23日、インド政府提供)【10月24日 読売】)

【中印国境 一定の合意 5年ぶりの首脳会談 実際に撤兵の動き】
ネパール(カトマンズ)旅行を終えて昨夜帰国・帰宅しました。(田舎住まいなので、成田から自宅までが大変)
旅行中、情報の収集が普段以上に不十分となりましたので、そのあたりご容赦ください。
まだ、バタバタしていますのでそのあたりも。

でもって、今日取り上げるのはインドと中国の国境領有権紛争の話題。

印北部カシミール地方の係争地で2020年に衝突し、多数の死傷者を出して両国軍が対峙している問題で、ミスリインド外務次官は21日、ニューデリーで記者団に対し、中国側との数週間に渡る話し合いの結果、「実効支配線(LAC)のパトロールの取り決めについて合意に達したと発表しました。【10月21日 産経より】

中国側からも同様の発表も。ただ、合意内容の詳細は明らかにされていません。

****中国、インドとの国境紛争巡る合意を確認 詳細は非公表****
中国外務省は22日、国境紛争を巡りインド側と合意に達したことを確認した。ただ、2020年に軍事衝突が起きた地点の国境線について合意したのか、国境線全体について合意したのかは明らかにしなかった。

同年の軍事衝突ではインド兵士20人、中国兵士4人が死亡。インド外務省は21日、両国が国境地帯のパトロールに関する取り決めに合意したと発表していた。

中国外務省報道官はこれについて定例会見で「中国とインドは最近、外交・軍事ルートを通じて、中印国境に関する問題について緊密な意思疎通を保っている」とし「双方は現時点で関連する問題を解決しており、中国はこれを前向きにとらえている」と述べた。

同報道官はインド側と協力して合意内容を履行すると表明したが、具体的な内容には触れなかった。【10月22日 ロイター】
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いずれにしても両国の緊張状態が一定に緩和の方向に向かっているようで、これを受ける形で「BRICS」首脳会議に出席した中印首脳の5年ぶりの会談も。ただ、“今回の会談が本格的な関係改善につながるかは不透明”とも。

****中印首脳5年ぶり会談、緊張緩和狙う 習氏「意思疎通と協力を強化」****
中国の習近平国家主席とインドのモディ首相は23日、主要新興国による「BRICS」首脳会議に合わせて露中部カザンで会談した。

習氏は冒頭で「双方は意思疎通と協力を強化し、相違点を適切に管理しなければならない」と関係改善を呼びかけた。両者の会談は2019年以来、5年ぶり。国境係争地での衝突による緊張を緩和したいとの思惑で双方が一致した形だ。

両国のメディアによると、習氏は「中印は発展途上国の団結の模範を示し、世界の多極化の推進に国際的な責任を負わなければならない」と指摘。モディ氏も中印関係の重要性を強調し「国境の平和と安定を維持することが我々の優先事項であるべきだ」と応じた。

近年、中印両軍はヒマラヤ山脈付近の国境係争地で小競り合いを繰り返し、20年6月には互いに死者が出るほど激しい衝突が起きてトップ外交が停滞していた。

ただ、互いに隣国との決定的な対立は望んでおらず、今回の会談に先立ちインド外務省は21日、中国との間で係争地でのパトロールに関する取り決めに合意したと発表するなど、双方が首脳会談のための環境整備を図っていた。

一方で、今回の会談が本格的な関係改善につながるかは不透明だ。国境紛争を巡っては過去にも緊張緩和で合意しながら摩擦が再燃してきた経緯がある。

南アジアを舞台とする両国の綱引きも激化しており、習指導部はインドと対立するパキスタンの後ろ盾となり、スリランカやモルディブなどとも連携を進める。

こうした動きを警戒するインドは、米印豪日(クアッド)のメンバーに名を連ねて米国主導の対中包囲網に加わる動きを見せて中国をけん制している。【10月23日 毎日】
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もし、本格的に中印関係が改善すれば、米日主導の対中国包囲網のクアッドの枠組みにも影響してきます。
ただ、両国は国境の領有権問題だけでなく、中国のインド洋進出などで基本的な競合対立関係がありますので、インドの中国への警戒は変わらないでしょう。

一応、今回合意に基づいて、両軍の撤収も始まっています。

****中国・インド両軍が“係争地から部隊の撤退を開始”インドメディア報道****
インドと中国が衝突を繰り返してきた国境の係争地から、両国の部隊が撤退を始めたとインドメディアが報じました。

インドのPTI通信は25日、現地当局者の話として、インドと中国が領有権をめぐって対立する北部・ラダック地方の一部から、両国の部隊が撤退を始めたと報じました。

また、別の当局者の話として、インドの部隊が装備品をより後方へと引き揚げ始めたと伝えています。

国境の係争地をめぐり衝突を繰り返してきたインドと中国の関係は、2020年に双方の軍に死傷者が出たことで急速に悪化していましたが、今月21日、インド政府が係争地のパトロールに関する取り決めについて両国の政府が合意したと発表。

その2日後には、インドのモディ首相と中国の習近平国家主席が5年ぶりとなる首脳会談を行い、関係の修復を目指すことで一致していました。

一方、中国外務省の林剣報道官は「合意した解決案に基づいて双方の一部部隊は関連作業を展開している。進展は順調だ」と述べ、軍の撤退が進んでいることを示唆しました。

ただ、撤退する部隊の規模などには言及しておらず、どこまで実現するのかは不透明な情勢です。【10月26日 TBS NEWS DIG】
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【中国が合意に応じた背景 アメリカの“もしトラ”、台湾侵攻に備え後方の対インド関係を安定化させたい思惑】
以上が事実関係としての中印両国の動きですが、こうした合意・一定の緊張緩和が進んだ背景については以下のようにも。

基本的にはインドの要請に中国側がようやく一定に応じたという形ですが、そうすると「なぜ今、中国は応じたのか?」という話になります。

中国としては、“もしトラ”後のアメリカとの対立、あるいは台湾進攻に備えて、背後のインドとの対立を鎮めておきたい思惑があるとも指摘されています。

****〈インドと中国が首脳会談した背景〉印中国境における合意の意味、衝突は安定化へと進むのか****
詳細は正式には発表されてないものの、インドと中国が、陸上国境における国境パトロールについて合意し、2020年の衝突以来続いてきた緊張を解くことになったようだ。モディ首相と習近平主席の首脳会談についても、正式に行われた。

22年の主要20カ国・地域(G20)時と、23年のロシア、中国、インドなど有力新興国でつくる「BRICS」首脳会談時に、立ち話のようなことはあったが、それらを除けば、正式な首脳会談は19年を最後に行われていない。

20年の印中国境における衝突で、インド側だけで死者20人、負傷者76人(中国側の死者は、異常なほど少ない中国政府の発表はあるが、実態は不明)出して以降、モディ首相は、習氏との正式な首脳会談を避けてきたのである。

だから、今回の国境問題における両国の合意が、一定の重要性を持ったものであることは、疑う余地がない。そこで、今回の合意が、どのような意味を持っているのか分析する。

インドの要求に中国が応じた
まず、今回の合意の経緯をみると、インドの要求に中国が応じたものであることがわかる。

そもそも、20年に起きた侵入事件は、中国側がインド側に大規模に侵入を仕掛けたものであった。中国側は、5カ所に大規模に侵入し、前述の衝突を含め、複数の衝突を起こしながら、居座ってきた。中国側は、この侵入を支援するために、ハイテク兵器を有する大規模な部隊を展開し、緊張を高めてきた。

これに対し、インド側も大規模に軍事力を展開するとともに、交渉を通じて中国軍の撤退を求めてきた。交渉は一定の成果を上げ、22年までに3カ所から、中国側は撤退した。しかし、その後、中国は、「平常に戻った」と主張し、インド側の撤退要求に応じなくなったのである。

インド側は中国への圧力を高めるため、日米豪印4カ国の枠組み「QUAD(クアッド)」各国を呼び込む作戦に出た。22年に印中国境から100キロメートル(㎞)以内の地域で、米印共同演習を行った。

23年には、中国全土を爆撃できるカライクンダ基地に米空軍のB1爆撃機や日本のオブザーバーを招いて共同演習を実施した。そして24年には、QUAD各国すべてが参加する「タラン・シャクティ」空軍演習を行った。
これまで、インドは、QUADの共同演習を海洋だけに限定し、印中国境に近づけなかったから、これらは大きな変化で、中国側に対する圧力強化として、とらえられるものだった。

このような経緯を見ると、中国が侵入事件を起こし、インドが中国軍の撤退を求めて、交渉を行ってきたが、中国側がなかなか応じないできた経緯がわかる。今回、両国の合意が成立したということは、中国に何らかの変化があり、インドの要求に応じたことを意味している。

なぜ今なのか
では、これまで要求に応じてこなかった中国が、なぜ今、要求に応じたのだろうか。考えられる変化は2つだ。11月に行われる米大統領選挙の影響と、27年ともいわれる中国の台湾侵攻との関連性である。

米大統領選挙は、中国にとって最重要の関心事項だ。バイデン政権とトランプ政権での対中戦略は、大まかな方向性では同じだ。両政権とも中国に厳しい姿勢で臨んでいる。

それでも、中国は、トランプ政権を、より恐れているようだ。それは、トランプ政権がロシアのウクライナ侵略を終わらせて、対中戦略に集中するよう主張していること、トランプ政権を支える共和党陣営の方が安全保障の専門家が充実していること、そして、トランプ政権の方が予測しがたいことが理由と思われる。

実際、第1次トランプ政権では、習氏は、友好の証として、トランプ大統領から夕食会に招かれた。そしてトランプ大統領は、習氏にチョコレートケーキを勧めながら、同時に、「シリアにミサイルを撃ち込んだ」と伝えたのである。

これは、習氏からみれば、今はシリアがミサイルの標的だが、中国も標的になりえることを示した点で、中国に対する脅しとして捉えられるものだった。しかも、そういった脅しを、友好の証である夕食会の時にやるとは思わず、油断していたから、効果は倍増し、習氏は強いショックを受けただろう。つまり、トランプ政権は、力を効率的に使いながら脅しをかけてくる、怖い政権、という印象をあたえた。

今回の米大統領選挙で、またトランプ氏が選挙に勝つようなことがあれば、それは、中国にとり、怖いはずである。だから、それに備えなければならない。

中国としては、太平洋側での米国対策に集中したい。だとすると、太平洋側から見て背後にあたる印中国境などの地域では、情勢を安定化させておきたい。インドとの問題を解決しておきたい動機が、中国にはある。

ただ、このような中国の姿勢は、トランプ政権に備えるという防御的なものではなく、より攻撃的なものとしてとらえることも可能である。それは、中国が、もし台湾に侵攻するつもりならば、背中側である印中国境での緊張を下げ、台湾侵攻に集中したくなるからだ。

実際、中国は今年、台湾周辺で軍事演習を繰り返しているが、演習にはアルファベット順の名前がついており、aの次はb,c,d…と続いていくことを示唆している。徐々にエスカレートさせる計画を持っていることは明白だ。

今後、中国軍の侵入は止まるのか
今後、どうなるだろうか。印中国境における中国軍によるインド側への侵入事件数をみると、11年には213件だったものが、19年は663件に増え、確実に増加傾向にある。

中国側は、印中国境で629もの村を建設しており、中国軍が展開するための軍事拠点になっているし、中国軍が展開するための道路や橋、トンネル、空港などの建設も急ピッチで進んでいる

だから、今回の合意で、もし仮に、一時的に中国軍が行動を自制したようにみえたとしても、長期的には、中国軍のインド側への侵入が止まるとは思えない情勢だ。

だから、インド側の対応もまた、中国への対抗策を強めていくことが予想される。前述の、インド洋をめぐるQUAD各国の海軍協力は、空軍協力へ拡大した。

先月行われたQUAD首脳会談の共同声明では、「我々はまた、インド太平洋地域全域における自然災害への文民による対応をより迅速かつ効率的に支援するため、我々の国々の間で空輸能力を共有し、我々の集合的な物流の強みを効果的に活用することを目指すべく、本日、インド太平洋ロジスティクス・ネットワークのパイロット・プロジェクトを立ち上げることを発表する」という文言がある。

災害対応を全面にだしてはいるが、QUAD各国が軍の部隊を迅速に空輸する協力である。まさに、海洋協力から空の協力へと、QUADは拡大しつつあることを示すものだ。

こうしてみると、中国に対するQUAD各国の防衛協力は、ゆっくりとではあるが、着実に進みつつある。まさにインドはゾウ、といってもいいだろう。ゾウを一生懸命に押しても、大きすぎて動かすことは難しい。しかし、長期的な視点に立てば、ゆっくりと、着実に、動いている。

中国がインドを刺激し続ける限り、ゾウは動き続けるだろう。それは、日本にとって、インドとの協力が、大事になっていくことを示唆している。【10月25日 WEDGE】
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BRICS首脳会議 13か国が加盟する「パートナー国」の新設 「反米」については露中と印で温度差

2024-10-24 22:09:20 | 国際情勢

(23日、ロシア中部カザンで、BRICS首脳会議の写真撮影に臨む(手前左から)インドのモディ首相、プーチン露大統領、中国の習近平国家主席=AP【10月23日 読売】)

【20か国以上の首脳級が参加し、36か国が代表団を送る 背景に新興国・途上国のG7への不満】
ロシア・中国の欧米に対抗する国際的枠組みともなっているBRICSはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国から、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、エチオピア、イランを含むより広範なグループに拡大しており、トルコやサウジアラビアも新規加盟を検討しています。

そのBRICSの首脳会議がロシア中部カザンで開催されていますが、20か国以上の首脳級が参加していて、36か国が代表団を送っているとのことです。

****プーチン大統領の狙いは…ロシアで「BRICS」首脳会議 20か国以上の新興国の首脳級が参加****
ロシア中部で、20か国以上の新興国の首脳級が参加する「BRICS」首脳会議が開催されています。(中略)

ロシアは、自国における過去最大級の外交イベントだとアピールしています。欧米との対立を深めるプーチン大統領は、自国開催のBRICSを主導し、数多くの新興国との連携を見せつけたい狙いです。

プーチン氏は先ほど始まった首脳会議の冒頭、「BRICSは世界の安定にプラスの影響を与えている」とした上で、「世界の多数派の願望を満たすBRICSの権威と影響力が高まっている」と強調しました。

また、今回から9か国に増えた「BRICS」に、新たに30か国以上が参加を希望していると明らかにしました。

一連の首脳会議には、中国やインドなど20か国以上の首脳級が参加していて、36か国が代表団を送っています。プーチン氏は数多くの新興国を取り込み、欧米の制裁に対抗できる経済システムの構築を目指します。

一方で、参加国には欧米に近い国や経済的な利益を追求するだけの国もあり、プーチン氏が目指す反欧米陣営の結束強化につながるかは不透明です。

首脳らの共同宣言では、ウクライナ情勢についても盛り込まれる見通しで、BRICSとして、どのようなメッセージを打ち出すかも注目されます。【10月23日 日テレNEWS】
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多くの新興国がBRICSへの参加を希望している背景には、欧米主導の現在の国際的枠組み、欧米的価値観の“押しつけ”への不満があります。

****グローバルサウス、魅力に映るBRICS G7に不満、加盟の流れ****
(中略)
こうした国々が加盟を目指すのはなぜか。背景には、G7など欧米諸国が、第二次世界大戦後の国際政治を主導してきたことへの反発や不満がある。
 
例えば、開発資金などを融資する国際通貨基金(IMF)や世界銀行のあり方だ。欧米の影響力が強く、途上国側の目には「説教ばかりで、融資条件が厳しい」と映る。
 
そんな不満を熟知するBRICSは15年に「新開発銀行(NDB)」(本部・上海)を設立した。すでに新興・途上国向けに96プロジェクト、320億ドル(約4兆5000億円)を融資している。(中略)

先進国にとって「手ごわい存在」に
 ■遠藤乾・東京大教授(国際政治)
「グローバルサウス」(新興・途上国)は、急激な経済成長でそれぞれの国が力を付けつつある。そこに米国の指導力低下が重なり、相対的に存在感が高まった。

米中両国の対立が続く中、ロシアのウクライナ侵攻でこの動きが加速した。西側諸国も中露両国も「味方につけよう」と動くことで、重要性が増している。
 
一方、グローバルサウスの国々は「それなら言いたいことを言わせてもらう」と積極的に発言するようになった。いま、こうした二つのダイナミズムが重なり合って起きている。
 
拡大したBRICSは、対立する事項の討議は避け、合意が可能な案件だけを議論して結束力を示そうとするはずだ。一国だけでは達成が不可能な事項でも、グループが一致すれば力を持つ。その可能性が高まるほど、加入したい国は増える。先進国にとっては「手ごわい存在」になるだろう。【2023年5月31日 毎日】
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【プーチン大統領 「孤立しているのはロシアではない。西側だ」】
ロシア・プーチン大統領にとっては、「ロシアは孤立していない」と、更には多くの新興国やグローバルサウスはロシアとともにあり、「孤立しているのはむしろ欧米の方だ」とアピールする場となっています。

****「孤立しているのはロシアではない。西側だ」BRICS首脳会議で巻き返すプーチン大統領****
<ロシアでBRICS首脳会議が開かれ、プーチン大統領が中国、インドなど36カ国の首脳もてなした。西側諸国はBRICSを脅威と単純に見なすべきではない>

国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているロシアのウラジーミル・プーチン大統領は10月22日、3日間の日程でロシア南西部の都市カザンで始まったBRICS(新興国)首脳会議で中国、インド、イランを含む36カ国の首脳をもてなした。

プーチンは早速、中国の習近平国家主席と会談し「この75年間に露中関係は包括的パートナーシップと戦略的協力のレベルに達した。現代世界における国家間関係のあるべき姿のパラダイムになったと自信を持って断言できる。1~8月の二国間貿易は4.5%増加した」と胸を張った。 

習主席も「400年前、お茶を運ぶ両国間の道もこのカザンを通っていた。われわれは非同盟、非対立、不干渉という大原則の下、大国関係を構築する正しい道を歩んできた。両国はあらゆる分野における多面的な戦略的交流と実務協力を絶えず強化・拡大する」と応じた。 

■米国の経済制裁の威力を減じるのが狙い
プーチンはインドのナレンドラ・モディ首相とも会談し「ロシアとインドの関係は特別な特権的戦略的パートナーシップを特徴としており、発展を続けている。貿易も順調だ。大型プロジェクトも一貫して進展している」と歓迎した。 

モディ首相は「われわれはロシアとウクライナの紛争に関し定期的に連絡を取り合っている。問題は平和的手段によって解決されなければならない。一刻も早い平和と安定の確立を全面的に支持する。人道を優先し今後も可能な限りの支援を提供する」と釘を刺すのを忘れなかった。 

ドル取引を減らし、西側の経済制裁の威力を減じるのがサミットの狙いだ。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は昨年と同様、サミットに出席、ウクライナや西側諸国を怒らせた。グテーレス事務総長は、ウクライナ侵攻は国連憲章違反とのお題目を繰り返すのが精一杯だった。(中略)

世界は今、ウクライナを軍事支援する西側50カ国以上と、ロシアを積極的に支援するベラルーシ、シリア、イラン、北朝鮮、中国。そしてインドや南アフリカ、ブラジル、トルコ、サウジアラビアなどの「第三勢力」に三分する。 

■BRICSの行方が世界の未来を決める
ケガのため今回のサミットを欠席したブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領は「誰に対しても敵対するものではない」とBRICSが反米ブロックになるのを防ぐよう努める。 

シンクタンク、カーネギー・ロシア・ユーラシア・センターのアレクサンダー・ガブエフ所長は米誌フォーリン・アフェアーズ(9月24日付)に「BRICSの将来が世界秩序を形作る」と題して寄稿している。 

BRICSは世界経済の35.6%、人口の45%を占め、G7(主要7カ国)のそれを上回る。西側が国際秩序を形作る力を失いつつある中、BRICSは西側以外の国が自律性を強化するための選択肢の一つになっている。 

BRICSの中では、米国主導の世界秩序に挑戦する中国やロシアと、既存秩序を民主化・改革したいブラジルやインドの間で大きな意見の違いがある。 

ロシアは経済制裁を避けるためBRICSを使ってドルに依存しない決済システムを構築しようとしている。これに対し、ブラジルとインドは西側との関係を断ち切ることなく、BRICSを利用して多極的な世界の中で中立的な立場を取ろうとしている。 

西側にとって重要なのはBRICSを脅威と単純に見なすのではなく、その背景にある不満を理解し、「第三勢力」取り込みのため、より柔軟な外交を展開することだとガブエフ所長は指摘している。【10月23日 木村正人氏 Newsweek】
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【中国 新興・途上国と連携して対抗軸を構築し、米欧主導の国際秩序の切り崩しを図る】
ただ、“米国主導の世界秩序に挑戦する中国やロシアと、既存秩序を民主化・改革したいブラジルやインドの間で大きな意見の違いがある。”というように、主導国間でも思惑が異なります。

ロシア同様に中国も、加盟国を拡大して、欧米への対抗軸を形成したいとの狙いがあります。

****BRICS首脳会議 共同宣言で「パートナー国」創設を支持 非欧米陣営の拡大狙う****
中国やロシアなど新興国でつくるBRICSの首脳会議は全体会合を行い、「パートナー国」の創設を支持することなどを盛り込んだ共同宣言を採択しました。

ロシア プーチン大統領 「BRICSはダイナミックに発展しており、国際情勢において、その権威と影響力が強まっている」
23日に行われた全体会合の冒頭で、プーチン大統領は世界でBRICSの存在感が増していると強調しました。

共同宣言には、ドルに代わる新たな国際決済システムの構築を目指すことや、BRICSの「パートナー国」創設を支持することなどが盛り込まれました。

「パートナー国」について、ロシア大統領府は13か国が認められる見通しだとしていて、トルコやインドネシア、タイ、マレーシアなどが取り沙汰されています。

24日にはアジアやアフリカの各国が参加する拡大会合が開かれる予定で、ロシアはグローバルサウスの取り込みを加速させたい構えです。【10月23日 TBS NEWS DIG】
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****中国、BRICS拡大に前のめり 米欧への対抗軸狙い****
(中略)米欧主導の国際秩序の切り崩しを図る習政権は、新興・途上国と連携して対抗軸を構築したい考えで、加盟国の拡大に前のめりだ。(中略)(拡大路線は)習氏と、国際的孤立を回避したいロシアのプーチン大統領の思惑が一致し、働き掛けを強めた結果だ。  

中国の官製メディアは「拡大したBRICSが世界の国内総生産(GDP)に占める割合は、購買力平価換算で先進7カ国(G7)を上回る」と強調。タイやトルコなど30カ国以上が新規加盟に関心を示しているとして、影響力の増大を誇示する。  

新興・途上国にとって、巨大な経済力を持つ中国とのつながりに加え、国際社会において新興国がより大きな発言権を持つべきだという習政権の主張は「魅力的に響く」(北京の外交筋)。  

一方で、加盟国や加盟検討国の立ち位置はまちまちだ。ブラジルは米中間のバランス外交を重視し、日米豪と「クアッド」を形成するインドは中国との間で国境紛争がくすぶる。

タイやいまだ正式には未加盟と報じられるサウジアラビアは米国と同盟関係にあり、BRICSが反米的色彩を強めれば距離を置く可能性がある。  

BRICS拡大を推進する習政権だが、加盟国が増えれば、統一的な方向性を打ち出すことが困難になるとのジレンマも抱えている。【10月23日 時事】 
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記事最後にあるように、参加国が拡大すればするほど、中国・ロシアが期待するような反米路線は薄められていくというジレンマがあります。

【インド 多極的なグローバル・ガバナンス・システムの構築を構想】
拡大路線、反米路線については主要国でもバラツキがあります。特に、中国と領土問題で対立し、アメリカとも一定の関係を持つインドの立場が注目されます。

****BRICSグループ化の将来の鍵を握るインド****
(中略)そもそもインドと中国は、この組織をどのように進めるべきかについて意見が一致していない、とアナリストらは言う。 

インドは多極的なグローバル・ガバナンス・システムの構築を構想しているのに対し、中国は米国とその同盟国・提携国に対抗するメカニズムを模索している。(中略)

国際金融協会(Institute of International Finance)の元専務理事で、国際通貨基金(IMF)元副総裁のトラン(Tran)氏は、「BRICSがインドのアプローチに従うなら、途上国間の協力を促進し、その上でG7に関与して、国際経済・金融システムの改革や気候変動の影響などの地球規模の問題に対処する方法を話し合うことができる」と書いている。(中略)

「これは、現在の国際経済・金融システムの改革を望んでいるが、明確に米中のどちらかの味方をすることを望んでいない多くの発展途上国にとっては、魅力的に映るだろう」とトラン氏は指摘する。

「中国が勝利すれば、BRICSグループは反米政治活動の場となり、おそらく多くの発展途上国に具体的な利益をもたらすことができなくなるだろう」

多くのアナリストは、BRICSが中国の傀儡組織となり、一帯一路構想やグローバル安全保障イニシアティブなど、中国の地政学的野心を推進し、最終的には多くの新興国を犠牲にして中国の利益を増進させるのではないかと懸念している。 

中国とロシアで権威主義が強まり、多くのBRICS諸国が権威主義的な支配を受けやすくなっていることも、グループの方向性に対する懸念を高めている。(中略)【5月16日 INDO PACIFIC DefenseForum】
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そのインドと中国が、懸案の国境問題で一定の合意にこぎつけ、5年ぶりに首脳会談も行われていますが、中国・インドの対抗関係は基本的には変わっていません。

****中印首脳5年ぶり会談、緊張緩和狙う 習氏「意思疎通と協力を強化」****
中国の習近平国家主席とインドのモディ首相は23日、主要新興国による「BRICS」首脳会議に合わせて露中部カザンで会談した。

習氏は冒頭で「双方は意思疎通と協力を強化し、相違点を適切に管理しなければならない」と関係改善を呼びかけた。両者の会談は2019年以来、5年ぶり。国境係争地での衝突による緊張を緩和したいとの思惑で双方が一致した形だ。
 
両国のメディアによると、習氏は「中印は発展途上国の団結の模範を示し、世界の多極化の推進に国際的な責任を負わなければならない」と指摘。モディ氏も中印関係の重要性を強調し「国境の平和と安定を維持することが我々の優先事項であるべきだ」と応じた。
 
近年、中印両軍はヒマラヤ山脈付近の国境係争地で小競り合いを繰り返し、20年6月には互いに死者が出るほど激しい衝突が起きてトップ外交が停滞していた。
 
ただ、互いに隣国との決定的な対立は望んでおらず、今回の会談に先立ちインド外務省は21日、中国との間で係争地でのパトロールに関する取り決めに合意したと発表するなど、双方が首脳会談のための環境整備を図っていた。
 
一方で、今回の会談が本格的な関係改善につながるかは不透明だ。国境紛争を巡っては過去にも緊張緩和で合意しながら摩擦が再燃してきた経緯がある。
 
南アジアを舞台とする両国の綱引きも激化しており、習指導部はインドと対立するパキスタンの後ろ盾となり、スリランカやモルディブなどとも連携を進める。

こうした動きを警戒するインドは、米印豪日(クア(*´∀人)ありがとうございます♪ッド)のメンバーに名を連ねて米国主導の対中包囲網に加わる動きを見せて中国をけん制している。【10月23日 毎日】
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ロシア・中国・インドなどの思惑が渦巻くBRICS首脳会談です。
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日米関係  トランプ氏復権でアメリカが変質するなら再考の余地も

2024-10-23 19:32:13 | アメリカ
(大統領選の結果に憤慨して連邦議会議事堂周辺に集まったトランプ支持者(2021年1月6日) 【10月22日 Newsweek】)

【「トランプ優勢」の気配が濃厚に】
注目のアメリカ大統領選挙は「トランプ優勢」の気配が濃厚になっています。候補者に名乗り出た当時勢いのあったハリス氏ですが、このところは「失速」気味で、全米ではハリス氏がまだわずかにリードしているものの、肝心の激戦州でトランプ氏の優位が強まっているためです。

****米大統領選挙:ハリス氏が失速!? 「今日」投開票ならトランプ氏勝利?****
以下は、16日までの報道や世論調査結果を基にした、あくまで「現時点」での評価です。投開票日までの3週間弱の間に状況は大きく変化するかもしれません。

トランプ氏が優勢に!?
11月5日に投開票を迎える米大統領選において、民主党ハリス氏の勢いに衰えが見え始めています。

RealClearPolitics(以下、RCP)によれば、全国の世論調査でハリス氏は8月以降に終始、共和党トランプ氏をリードしてきました。ただ、両者の差はわずか(いうなれば誤差の範囲内)。10月上旬に2.2ポイントあった差は15日時点で1.7ポイントに縮小しています(直近、11の世論調査の平均)。

ハリス氏にとって深刻なのは、大統領選の帰趨を決しうるスウィングステート(接戦州)でトランプ氏のリードが目立つことです。同じくRCPによれば、7州のうち6つでトランプ氏がリード。ハリス氏が唯一リードするウィスコンシンでの差はわずかに0.3ポイントです。

RCPによれば、以上から現時点で投票が行われたら、獲得選挙人数236対302でトランプ氏勝利との結果になるようです。(後略)【10月17日 マネースクエア】
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獲得選挙人数236対302・・・・全米での得票数でハリス氏に劣ったにしても、トランプ氏の圧勝です。

こうした状況を踏まえて、シビアな「賭け」の世界でもトランプ氏勝利に傾いています。

****米大統領選、予測市場でトランプ氏勝利の賭け金が膨らむ****
ブロックチェーンベースの予測市場「ポリマーケット」のトラッカーによると、11月の米大統領選で共和党候補のトランプ前大統領が勝利することへの賭けが今月21日午前時点で総額4300万ドル弱となり、18日時点の総額3000万ドルから大きく膨らんだ。(中略)

大統領選に関する世論調査ではトランプ氏と民主党候補のハリス副大統領が拮抗しているのに対し、ポリマーケットではトランプ氏の勝率が63%に急上昇し、ハリス氏の37%に水をあけている。

このためソーシャルメディアの利用者らと予測市場の専門家らは、大口の賭けが予測市場を揺さぶっているのか、それとも予測市場の方が先行指標として優れているのかで疑問を呈している。【10月22日 ロイター】
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認めたくない予測ですが、これが現実です。

【民主主義と相容れないトランプ氏、彼を熱烈支援する宗教右派の異様さ】
いつも言うように私はトランプ氏をまったく評価していません。それは政策以前の問題であり、彼の人間性、民主主義と相容れない、強権支配を好むような性向によるものですが、そのあたりは蹴り返しになりますし、(支持・不支持とは関係なく)皆が承知しているところですから、今回は省きます。

そのトランプ氏を熱烈に支持する宗教右派の存在も、個人的には異様に思えます。

****真の狙いは「世界支配」...トランプを「神に選ばれし者」と信じるキリスト教右派の集会を覗いてみたら【潜入ルポ】****
<トランプ暗殺未遂事件は「予言されていた」──なぜ福音派の人々は、3回の結婚歴があり女癖も悪い億万長者を崇め始めたのか>

ミトンの形をしたアメリカ・ミシガン州の親指部分で、ある蒸し暑い夕方、預言者を名乗る人物が白いテントの下で700人のキリスト教徒に保証した。あなた方は死を逃れられる、と。
どうやって? 米大統領選の激戦州であるこの州で、共和党の大統領候補ドナルド・トランプ前大統領を勝たせることで、だ。

理由は単純明快。ここに集まったキリスト教徒は全員、このテントから出る頃にはトランプ陣営の選挙戦を手伝うことを自らの使命とするようになる。その任務に取り組んでいる間は死ぬ心配はない。神は自らが与えた使命を果たすまで、そのしもべを天に召すことはないからだ。

「死が迎えに来たら、自分にはまだ果たすべき使命があると言えばいい」──自称預言者のランス・ウォルナウは聴衆にそう教えた。

11月の大統領選本選を控え、激戦州を回って宗教イベントを催す「勇気のツアー」。ここミシガン州ハウエル郊外は3つ目の巡回先だ。

ツアーを主催するウォルナウはテキサス州在住の60代。セールストークが得意なキリスト教福音派の伝道師だ。3日間にわたるイベントは、戦いへの呼びかけであり、選挙戦略会議であり、そして何より古風なペンテコステ派のテント集会である。

このイベントはまた、アメリカのキリスト教徒の間で急速に勢力を拡大しつつある好戦的な宗教右派のパワーを見せつける場ともなった。

トランプはアメリカの宗教改革に重要な役割を果たし、来るべき「大覚醒(信仰の復興)」のカタリスト(触媒)となる運命にある──そう信じて疑わない信徒たちがここに集まっている。

彼らに言わせれば、トランプは現代版のキュロス2世だ。そう、強大な帝国を打ち立て、ユダヤ人を「バビロンの捕囚」から解放して約束の地に帰還させたアケメネス朝ペルシャの開祖──無信仰でありながら、旧約聖書にその名を残した偉大な帝王の再来だというのである。

今年7月に起きた暗殺未遂事件で、トランプが血を流しながらこぶしを突き上げ、無事をアピールしたことで、そうした見方がますます強まった。今ではここに集まった信徒たちは、トランプの行く手を阻む者がいれば、それが何者であっても、「撃破すべき邪悪な勢力」と見なす。

福音派になじみがないアメリカ人は、こうした宗教右派の運動がこの国のキリスト教信仰の在り方を急速に変えつつあることに気付いていないだろう。政治とは、邪悪な勢力と神の軍隊との戦いにほかならない。今やそう信じてトランプを全力で推すキリスト教徒が大勢いるのだ。(後略)【10月22日 Newsweek】
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長い記事で、その内容についていけず、途中で読むのやめました。

“トランプの行く手を阻む者がいれば、それが何者であっても、「撃破すべき邪悪な勢力」と見なす。”・・・これはもはや民主主主義でも何でもありません。

もし、そうした価値観に基づく政権が成立したら、「侍女の物語」が描くような宗教右派による強権支配体制、支配層・その支持者の価値観から外れる者の人権ははく奪される世界・・・そうしたディストピアも現実味を増すでしょう。

【同盟関係から用心棒に変わるアメリカとの関係】
そこまで突き進むことがないにせよ、国内だけでなく国際関係も大きく変わってきます。

「守ってほしけりゃ金払え」というのは、かねてよりのトランプ氏の持論です。

****日本も無関係ではない。トランプの「守ってほしけりゃ金払え」を警戒せよ*****
止まないトランプ砲:守って欲しければカネ払え!
ぶっちゃけ、本音でしゃべるのが持ち味で、絶大な人気の源なのでしょうが、そこには品性のかけらも感じられないのがトランプ前大統領です。(中略)

在韓米軍兵士は4万人ほどですが、更なる増員や装備の拡充を進めています。その状況を「待ってたぜ!俺に任せろ」とばかり、口先介入してきたのがトランプ氏です。

これまで金正恩氏とは「ラブレターを交換するほど親しい」と言いたい放題だったトランプ氏ですが、「北朝鮮は何をしでかすか分からない。危険な兆候がある。北は大量の核兵器を保有してるからな」と述べ、「アメリカが手助けしてやるから、カネを払えよ」と言い出しました。

しかも、その金額が半端ありません。
「在韓米軍の駐留維持費として年間100億ドルは最低限払ってもらう」。

実は、2週間前、韓国とアメリカは2026年の在韓米軍の駐留経費を11億3000万ドルと設定し、韓国政府が負担することで合意したばかりでした。トランプ氏は何とその10倍ものカネを韓国に請求すると言うのです。

曰く「韓国は豊かになった。アメリカのお陰だ。韓国人は喜んでいる。その幸せを北朝鮮が潰しに来るかもしれない。だったら100億ドルくらいは安いもんさ」。

不動産王として経験を活かし、北朝鮮にもリゾート開発計画を売り込んでいるトランプ氏ですが、「取れるところから目いっぱい分捕る」というのがトランプ流なのでしょう。

要は、トランプ氏にとっては、敵も味方も関係ありません。在日米軍の駐留経費についても、トランプ氏は少な過ぎる、日本はもっと払えると主張。ぶっちゃけ、日米地位協定の見直しを画策している石破新首相にとっては手強い相手になるはずです。【10月21日 浜田和幸氏 MAG2NEWS】
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【ASEAN 同盟相手としてアメリカを中国が上回る トランプ復権でアメリカが変質するなら日本も再考の余地あり】
いつも言うように、「守ってほしけりゃ金払え」というのは価値観の共有をベースにした同盟国の発想ではなく、「用心棒」の発想です。

戦後、日本は民主主義という価値観を共有するアメリカとの同盟関係を基軸としてきましたが、アメリカが民主主義を捨て、用心棒となるのであれば、日本の外交姿勢の基軸も再考する必要があります。

東南アジア・ASEANN 諸国にあっても、アメリカと中国のどちらとの関係を重視すべきか、対応が分かれています。

****米中対立の影響で揺れるASEAN 一体性失われ、親米・親中・非同盟の3つのベクトルが共存する現実****
米中対立や台湾情勢、ウクライナ侵攻など世界の分断はいっそう顕著になり、国連安全保障理事会の機能麻痺は既に回復不能なところまで来ている。

ウクライナ問題で決議を通そうとしても、それにはロシアが拒否権を行使し、紛争が激化する中東でも、イスラエルを非難するような決議でさえも米国はそれを通すことを許さず、世界の安全と平和に対する役割を安保理に託した国連憲章の権威もどこかへ消え去ってしまったかのうようだ。 

そして、世界の分断という問題はASEANでも顕在化している。ASEANというと地域的協調・協力、地域的一体性というイメージが先行するが、米中対立やウクライナ侵攻などの影響を受ける形で、各国によって独自の路線を突き進み、ASEANで1つの答えを見出すということが難しくなってきている。

例えば、フィリピンは新米路線に舵を切っている。(南シナ海での中国との衝突頻発を受けて)マルコス大統領は安全保障面で米国との関係を強化するなど、米国寄りの姿勢を鮮明にしている。

反対に、ラオスやカンボジアとったASEAN加盟国は、中国寄りの姿勢に徹している。ラオスは長年中国から多額の財政支援を受け、経済発展やインフラ整備などを強化し、近年では首都ビエンチャンと中国南部・昆明を結ぶ高速鉄道が中国の資金によって完成した。

今日、ラオスはASEANの中でも最も中国からの影響を強く受け、その外交姿勢も当然ながら親中的であり、昨年7月には米国にいる家族に会うために中国を出国した人権派の弁護士が経由地のラオスで現地警察に拘束されたが、拘束理由は明らかになっていない。

カンボジアも同様に中国による一帯一路プロジェクトの影響を受け、湾岸施設や交通インフラなどの建設などを強化し、多くの中国企業がカンボジアに進出している。

首都プノンペンを通る環状道路は習近平国家主席の名前を冠した習近平大通りと命名され、カンボジアの学校では英語より中国語が重視されるケースも珍しくなく、フィリピンとは全く異なる外交姿勢がそこにはある。

一方、ASEANを含むグローバルサウス諸国の間では、米中対立やウクライナ戦争など大国絡みの争いへの不満や懐疑心が拡大している。

ASEANで最大の人口を有するインドネシアの政府高官らは、米中はASEANを新たな冷戦の主戦場にするべきではないなどと大国に不満を断続的に示しており、それとは距離を置く姿勢に徹している。

インドネシアでは10月20日、ジョコ前政権で国防大臣を務めたプラボウォ氏が新大統領が就任したが、プラボウォ大統領は如何なる軍事同盟にも参加せず、どの国とも友好な関係を保ついというジョコ前政権の全方位外交(非同盟外交)を継続する考えを示した。

インドネシアは国益を第一に大国間対立とは一線を画し、中国に寄り過ぎない、米国にも寄り過ぎないという、フィリピン、カンボジア、ラオスとは異なる第3の選択肢に徹することだろう。

今後各国でどういった政権が誕生するかによっても、中国との距離感、米国との距離感に変化が出てくると思われるが、今日のASEANは一体性溢れるものではなく、親米、親中、非同盟という3つのベクトルが内在する状態と言えよう。【10月22日 治安太郎氏 まいどなニュース】
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“ASEANというと地域的協調・協力、地域的一体性というイメージが先行するが”とありますが、ASEANの分断、そして統一的対応がとれないことは以前からの話です。

それより注目されるのは、下記の数字。

****ASEAN、同盟組むなら「中国選ぶ」が5割超 初めて「米国」上回る 識者ら調査****
東南アジア諸国連合(ASEAN)の10加盟国の識者らを対象にした年次調査で、対立する米国と中国のいずれかと同盟を結ぶことをASEANが迫られた場合、中国を選ぶべきだとの回答が2020年の質問設定以来初めて、米国を上回った。

調査はシンガポールのシンクタンク「ISEASユソフ・イシャク研究所」が今年1〜2月、研究者や市民団体代表、政府関係者ら約2千人を対象に実施した
調査の結果、中国との同盟を選んだ回答は過半数の50・5%を占めた。米国は49・5%だった。23年の前回調査では、米国が61・1%、中国が38・9%だった。

今回の調査ではマレーシア、インドネシア、ラオス、ブルネイの各国で中国の支持が顕著に増加し、7割を超えた。各国とも巨大経済圏構想「一帯一路」などで中国による貿易、投資が拡大している。

一方、中国と南シナ海で領有権争いを抱えるフィリピンは8割超が米国を支持し、ベトナム、シンガポールなども過半数が米国を選択。各国で判断が割れた。

また、中国の経済的影響力の拡大には全体の6割超が「懸念する」と答え、警戒感も浮かび上がった。

米中対立のリスク回避のために信頼できる戦略的パートナーとしては、欧州連合(EU)が37・2%でトップ、次いで日本(27・7%)が選ばれ、インドやオーストラリア、英国、韓国を上回った。【10月22日 産経】
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前述のように、アメリカが第2次トランプ政権で変質を加速するのであれば、日本もパートナーについて再考する必要があります。

もちろん中国とは価値観が相容れませんが(中国からすれば歴史認識で日本の立場を受け入れがたいという面もあるでしょう)、互いにそうした違いがあることを前提にしたうえでの、現在・将来の経済的関係、過去の文化的つながり、地理的近さ等々を勘案した関係もあり得るのかも・・・・。あくまでも、「選択肢のひとつ」という話ですが。
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インド  ヒンズー教徒の暴力に怯え、「集団分離居住」を強いられるイスラム教徒

2024-10-22 17:41:16 | 南アジア(インド)

(2020年 インドで過激派ヒンズー教徒がイスラム教モスクを襲撃、放火【2030年3月4日 Pars Today】)

【中国との緊張関係は改善の動き】
インドと中国は、2020年に国境係争地で衝突して多数の死傷者を出し、今も両国軍が対峙する状態が続いていますが、改善に向けた合意がなされました。

****カシミール地方の中印対峙問題解決へ にらみ合いの軍部隊が撤収、印外務次官が発表****
インド軍と中国軍が印北部カシミール地方の係争地で2020年に衝突し、多数の死傷者を出して両国軍が対峙している問題で、ミスリ印外務次官は21日、ニューデリーで記者団に対し、中国側との数週間に渡る話し合いの結果、「実効支配線(LAC)のパトロールの取り決めについて合意に達した。部隊の撤収、最終的には2020年に生じていた問題の解決につながるだろう」と明らかにした。

インドのモディ首相はロシア中部カザンで開かれる主要新興国による「BRICS」首脳会議に出席するため、22〜23日に訪露する予定で、同会議に出席する中国の習近平国家主席とこの問題で何らかの合意に至る可能性もある。その場合、領土問題で対立する中印関係が改善へ向かうとみられる。【10月21日 産経】
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両国首脳の正式な会談は19年以来行われておらず、実現すれば5年ぶりとなります。
中印関係が改善すれば、インドを取り込んだ日米の対中国包囲網クアッドにも影響が出るかも。

【国内の宗教対立は悪化 「集団分離居住」を強いられるイスラム教徒】
中国との関係改善は喜ばしいことですが、ヒンズー至上主義のモディ政権のもとで、国内の多数派ヒンズー教徒と少数派イスラム教徒の関係は悪化しています。対外関係よりも先に、この国内対立を緩和してもらいたいものですが。

少数派と言っても、イスラム教徒の人口は14億インド人口の14%、日本の人口より遥かに多い約2億人です。

そのイスラム教徒がヒンズー教徒の暴力に怯え、イスラム教徒が多く暮らす地域に引っ越す「集団分離居住」を強いられているとか。

****インドで暴力におびえるイスラム教徒、急増する「集団分離居住」*****
インド首都ニューデリーから北東方向にすぐ近くの場所にある町シブ・ビハールで暮らしていたナスリーンさんと夫トフィクさんは2020年2月、イスラム教徒を標的とした暴徒の襲撃を受け、トフィクさんは自宅2階から突き落とされてしまった。

幸い命は取りとめたトフィクさんだったが、足に障害が残り、リハビリを経て路上で衣料品を販売する仕事に復帰するまで3年弱もかかった。

この暴動直後、2人はニューデリーからより遠いロニに引っ越した。ロニはインフラが整っておらず、良い仕事が得られる見通しも乏しいものの、相当な数のイスラム教徒が住む町だ。

トフィクさんは「シブ・ビハールには絶対戻らない。(今は)イスラム教徒の中に入って安心感が高まっている」とロイターに語った。

ロイターが取材した20人余りの関係者によると、ニューデリーでは20年の暴動や増え続ける反イスラムのヘイトスピーチを恐れたイスラム教徒が、多数派のヒンズー教徒から逃れて一定地域に固まって居住する傾向が強まっている。

インド総人口14億人のうちイスラム教徒は約14%。こうした「集団分離居住」に関する公式データは存在しないが、例えばニューデリー中心部にあるジャミア・ナガル地区は、イスラム教徒襲撃が発生するたびに彼らの一時的な避難場所として存在してきた。

ただイスラム教徒の絶え間ない流入により、ジャミア・ナガルは人口過密化が進行。地域指導者や支援団体、聖職者、不動産会社などの話では、住宅建設が活況を呈しているものの、需要に追いついていない。

ある不動産仲介業者は、イスラム教徒の顧客はほぼ例外なく、ジャミア・ナガルのような同教徒が多数派を占める地区に住むことを希望していると明かした。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで長年、インドのイスラム教徒人口に関する実地調査を行ってきた政治人類学者ラファエル・サスウィンド氏は、過去10年で集団分離居住が大幅に増加したと話す。

モディ首相が率いるヒンズー至上主義のインド人民党(BJP)の下でイスラム教を嫌悪する風潮が強まったことが、その主な要因だという。

6人のイスラム教地区の指導者らも、集団分離居住が増えているとするサスウィンド氏の見解を裏付ける話が聞こえてくると述べた。ジャミア・ナガルの聖職者は、モスクで行う朝の礼拝は参加者が過去4−5年で倍以上に増加しており、この地区の人口が膨らんだことを反映しているとみている。

BJP幹部でマイノリティー問題を担当するジャマル・シディキ氏はロイターの問い合わせに対して、相対的に貧しいイスラム教徒が住宅価格の安い分離居住を選択している可能性があるとの見方を示した上で「教育のあるイスラム教徒はそうした地区を退去して他宗徒が混在する発展した地域に住んでいる」と説明した。

ただジャミア・ナガルで野党国民会議派の仕事をしているサイド・サイード・ハサン氏は、ニューデリーにおける分離居住を後押しした大きな力は20年の暴動だったと指摘する。

この暴動で200人が負傷し、少なくとも53人が死亡。犠牲者の大半は、モディ政権が打ち出したイスラム教徒以外の不法移民に市民権を与える「インド市民権改正法」に抗議していたイスラム教徒だった。

野党系のデリー市政府は、BJPの指導者らが抗議運動参加者への暴力をあおる言動をしたことが暴動につながったとの報告書を公表。BJP側は根拠がないと反論している。

<反イスラム発言>
インド政府の犯罪データを収集・分析している機関は、特定コミュニティーを狙った暴力については記録を保持していない。ただ地域社会に起因する暴動の年間発生件数の平均は、国民会議派が政権を握っていた14年以前に比べ、14―22年までに約9%減少したとしている。

しかし米ワシントンのシンクタンク、センター・フォー・スタディ・オブ・オーガナイズド・ヘイトの専門家は、昨年前半に255件だった反イスラムの言論は昨年後半に413件に急増し、BJPの政治家や関連団体が重要な要素だと分析した。

ロイターは以前、イスラム教徒への襲撃を主導しているヒンズー過激主義の「牛を守る自警団」の一部メンバーとBJPにつながりがあると伝えている。

モディ氏は下院選挙戦を展開していた4月、子どもをより多く持つイスラム教徒を多数派ヒンズー教徒に対する脅威となる「侵入者」だと発言。BJPのシディキ氏は、モディ氏は「インドに住んでいて国家を弱体化させる」不法移民ロヒンギャのようなイスラム教徒を指していると付け加えた。

一方これまでモディ政権は、反イスラムに傾いていると言われていることに関して、差別はしていないし、多くの貧困対策はインドで最も貧しいグループに属するイスラム教徒にも恩恵を提供してきたと主張している。

<開発に遅れ>
ほとんどのイスラム教徒居住区は開発が進んでいない。英国と米国、インドの経済学者が昨年行ったインド各地域に対する分析調査では、イスラム教徒が多数を占める地区で水道や学校といった公共サービスが相対的に整備されておらず、子どもたちが教育格差に直面していることが分かった。

ロニに移り住んだトフィクさんも収入は半減し、16歳の娘は新しい学校が合わずに退学した。

それでもナスリーンさんは後悔していない。「シブ・ビハールに帰るつもりはない。住民たちへの信頼を失った」と語り、夫を突き落とした暴徒には近所の人が含まれていたと証言した。

古くからトフィクさん一家の近所で暮らしていたヒンズー教徒のサム・スンダルさん(44)は、暴動ではヒンズー教徒とイスラム教徒の双方が苦しい思いをしており、外部からやってきた連中がいけないのだと説明。ただイスラム教徒が矢面に立たされたことは認め、今ではこの地域にほとんどイスラム教徒の姿が見えなくなったのは良いことではないと打ち明けた。【10月21日 ロイター】
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【市民権付与に関する変更で起きた2020年の暴動】
2020年の暴動・・・・2019年12月、モディ政権は移民を救済するとして「国籍法の改正」(「インド市民権改正法(CAA)」)を打ち出しました。この改正では、迫害を受けてインドに逃れたバングラデシュ、アフガニスタン、それにパキスタンの3か国の出身者に、インド国籍を与えるとするものです。

ところが、その対象は、ヒンドゥー教など6つの宗教の人たちだけで、3か国で多数派のイスラム教徒は対象外としたのです。

この国籍法の改正で、イスラム教徒だけが救済されずに排除されるのでないか、イスラム教徒の怒りが爆発し、抗議デモが行われましたが、2020年2月、こうしたイスラム教徒の政府批判に反発するヒンズー教徒と衝突する事態となりました。

****インドで暴動、18人死亡 不法移民への市民権付与めぐり****
インドの首都デリーで連日、イスラム教徒以外の不法移民に市民権を与える「インド市民権改正法(CAA)」をめぐり、賛成派と反対派が衝突し、これまでに18人が死亡、約190人が負傷した。3夜連続で起きているこの暴動では、イスラム教徒の住宅や店舗が標的になっているという。

発端となったCAAは、今年1月に施行された。
CAAは、インドに不法に入国したヒンドゥー教、シーク教、仏教、ジャイナ教、パールシー教、キリスト教の各教徒について、イスラム教徒が多数を占めるパキスタン、バングラデシュ、アフガニスタンのいずれかの出身だと証明できれば、インドの市民権を申請できるという内容。

一方でイスラム教徒は対象外となるため、差別的だとの声が上がっている。また、インドの世俗的地位が危険にさらされるという不安も高まっている。

ナレンドラ・モディ首相率いる政権側は、反対派のこうした主張を否定。迫害された少数派に恩赦を与えることのみが、CAAの目的だとしている。

宗教ごとに分裂
反イスラム的だと批判されているCAAをめぐっては、法案が可決された昨年以降、大規模な抗議デモが相次いでいる。一部は暴力沙汰につながっていたが、首都デリーでは今回の衝突が起きるまで、抗議デモは平和的に行われていた。

CAA賛成派と反対派の最初の衝突が起きたのは23日。それ以降は、デモ参加者の信仰する宗教によって、攻撃を受けているとの情報がある。

こうした暴力行為は、首都中心部から約18キロ離れた、イスラム教徒が多数を占めるデリー北東部地域に集中して起きている。

ソーシャルメディアには、危険と隣合わせの街を捉えた、ぞっとするような写真や動画が投稿されている。放火や、鉄の棒や石を持って路上をさまよっている男の集団、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が対決しているとの報告が上がっている。

誰が犠牲になったのか
負傷者の多くが入院しているグル・テグ・バハダ病院の関係者によると、死者の中には、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が含まれる。約190人が負傷したという。

病院を取材したBBC記者によると、銃弾によるものなど様々なけがを負った人が、治療を受けようと争っていたという。病院は「ひっ迫」しているようで、負傷者の多くは「怖くて自宅に帰るれない」と言っていたという。

真夜中に異例の審理が行われ、デリー高等裁判所は、政府と警察に対し、治療の設備が備わった最寄の病院へ負傷者を安全に移送するよう命じた。

目撃者によると、暴徒数人が、銃を運んでいたという。建物の屋上から発砲があったとの情報もある。病院関係者は、負傷者の多くは銃弾を受けていると認めた。

破れたコーランを拾い集める人も
BBCヒンディー語のファイサル・モハメドによると、同地域の中心部は、焼けた車両のいやな臭いが漂い、修羅場と化していたという。

また、一部が燃えたモスクや、コーランのページが地面に散らばっているのを確認したという。同記者は、「2人の若い男性が破れたコーランのページを拾い集め、ビニール袋に入れていた」と述べた。

あるジャーナリストは、自分の身元を証明するためにパンツを脱ぐよう暴徒から要求されたという。
イスラム教徒の男性のほとんどは、イスラム教の重要な教えの1つとして、割礼を受けている。割礼に疑問を持つ人は、イスラム嫌悪の罪に問われる場合がある。

「裏切り者を撃て」
デリー北東部で取材するBBC記者は、ヒンドゥー教の暴徒が投石し、スローガンを叫ぶ姿を目撃した。中には、「裏切り者を撃て」と叫ぶ者もいたという。

ヨギータ・リマエ記者は、放火されたタイヤ市場の方から煙が立ち上っているのを確認した。
25日午後には、シャハドラ地域のモスクが破壊された。複数の男が、モスクのミナレット(塔)のイスラム教を象徴する三日月を剥ぎ取ろうとしている様子を捉えた動画が、広く拡散された。

暴力行為の経緯
衝突は23日、デリー北東部のイスラム教徒が多数を占める3つの地域で勃発し、その後も続いている。
デモ隊は宗教ごとに分裂して互いを非難し、衝突した。

この暴力行為は、ヒンドゥー民族主義の与党・インド人民党(BJP)のカピル・ミシュラ党首と関係している。ミシュラ氏は週末に座り込み抗議を展開し、トランプ氏がインドを離れたら強制的に立ち退かせると、CAAに抗議するグループを脅していた。

デリー警察のMS・ランダワ報道官は記者団に対し、事態は制御されており、「十分な数の警察官」が配備されたと述べた。

しかし、同地域で取材するBBC記者は、暴徒はスローガンを叫んだり投石を続けていると指摘した。

ラワンダ報道官は、警察はドローンを配備し、監視カメラ映像を精査しているとした上で、騒動を起こした人物に対して措置を講じる方針だと述べた。同地域では、4人以上での集会を開くことが制限されてる。

目撃者によると、25日朝、ジャフラバードやチャンド・バックといった地域では、黒焦げになった複数の車両が残され、路上は石だらけだったという。警察は、身分証明書の確認ができた人のみ、立ち入りを許可した。
一部の地下鉄駅も封鎖されている。

トランプ氏のインド訪問の最中に
衝突は、アメリカのドナルド・トランプ大統領が24日からインドを初訪問し、首都でインド指導者や外交官、実業家らと会談を行っている最中に起きた。

現在の社会不安によって、トランプ氏の訪問から世間の注目がそれることとなり、モディ首相にとっては決まりが悪い出来事だと、BBC特派員は指摘する。

トランプ氏は記者会見で、今回の暴力行為について質問されると、対処については「インド次第」だと述べ、この問題を煙に巻いた。

一方でトランプ氏は、インド国内の宗教の自由に関する問題を持ち出し、インド政府の対応に感銘を受けたと述べた。【2020年2月26日 BBC】
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当時、衝突・混乱があったのは私も承知していましたが、これがイスラム教徒を「集団分離居住」に追いやるほど激しいものだったとは認識していませんでした。

戦争も恐ろしいですが、昨日まで平和に暮らしていた近所の顔見知り住民が突然襲い掛かる、こうした住民同士の暴力も恐ろしい。ルワンダの大虐殺もそうしたものでした。

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ヒズボラとイスラエルがレバノンで激しく戦うなかで、レバノン国軍はなぜ動かないのか?

2024-10-21 18:18:03 | 中東情勢

(レバノンへの地上侵攻を前に国境付近に集結したイスラエル軍の戦車(9月27日)【10月18日 Newsweek】 )

【ヒズボラ ネタニヤフ首相私邸攻撃 イスラエル報復か】
イスラエルのレバノン・ヒズボラへの攻撃で、中東(あるいは世界)最強の非国家軍事組織とも言われていたイスラム教シーア派組織ヒズボラは、多くの戦闘員を失っていることに加え、最高指導者ナスララ師を殺害されるなど甚大な被害を受け、弱体化していると見られています。

****ヒズボラ、約1500人の戦闘員を喪失=イスラエル軍参謀総長****
イスラエル軍のハレビ参謀総長は18日、イラン支援下にあるレバノンの武装組織ヒズボラ戦闘員の死者数は約1500人との推測を示した。この推測は控えめで、実際にはもっと多いとみられるという。

ハレビ氏はレバノン南部の地上部隊に対し「ヒズボラは甚大な被害を被っており、指揮系統全体が壊滅しつつある。ヒズボラは死者数や指揮官の死亡を隠ぺいしている」と述べた。【10月19日 ロイター】
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ヒズボラからは「停戦」への言及も出ていました。

****イスラエル 米の迎撃システム搬入 ヒズボラは「停戦」呼びかけ*****
イスラエルが、イランによるミサイル攻撃への対抗措置をとるとしている中、アメリカ国防総省はイスラエルをイランのさらなる攻撃から守る迎撃システムの搬入が始まったと発表しました。ただ、イラン側はイスラエルの対抗措置があれば反撃する構えで、抑止力となるかは不透明です。

アメリカの複数のメディアは、イスラエルのネタニヤフ首相がバイデン大統領に、今月1日のイランによる大規模なミサイル攻撃への対抗措置をとるとして、イランの軍事施設を標的とする計画を伝えたと報じています。

こうした中、アメリカ国防総省はイスラエルへの配備を決めた迎撃ミサイルシステム「THAAD」の一部と運用部隊が14日、現地に到着したと発表しました。

THAADは弾道ミサイルを高い高度で撃ち落とすことができるとされ、国防総省は今後数日間をかけて搬入を進め「近い将来、完全に運用可能になる」としています。

アメリカ政府はこれによってイスラエルをイランのさらなる攻撃から守るとしていますが、イラン側はイスラエルの対抗措置があれば反撃する構えで、事態のエスカレートを防ぐ抑止力となるかは不透明です。

また、イランの支援を受けるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは15日、指導者カセム師のビデオ声明を公開しました。

この中でカセム師はイスラエルに「停戦こそが解決策だ」と呼びかける一方で「戦争が続くならさらに多くの人が住まいを追われ、危険にさらされる。敵はレバノン全土を攻撃しているため、われわれにもイスラエル全土をねらう権利がある」と述べ、攻撃の範囲を拡大して抗戦すると強調しました。(後略)【10月16日 NHK】
*************************

しかし、イスラエル・ネタニヤフ首相はヒズボラが武装解除するまで攻撃を続けるとの構えです。

****武装解除なしに「停戦あり得ず」 対ヒズボラでイスラエル首相****
イスラエルのネタニヤフ首相は15日、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとの停戦の可能性について、「再武装や再集結を防ぐ合意でなければ同意しない」と言明し、ヒズボラの武装解除なしに停戦合意はあり得ないとの考えを示した。フランスのマクロン大統領との電話会談の内容をイスラエル首相府が発表した。(後略)【10月16日 時事】
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そうしたなかで、追い込まれているとも見られるヒズボラ側が意外な抵抗を見せたのが、ネタニヤフ首相私邸への無人機攻撃です。

****ヒズボラが無人機攻撃、ネタニヤフ首相の私邸狙う けが人な****
イスラエル軍によると、イスラエル北部カイザリアで19日、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラからの無人機攻撃があり、1機が何らかの建物に命中した。カイザリアにはネタニヤフ首相の私邸があり、首相府は標的が私邸だったと認めた。
 
首相府によると、当時、首相らは周辺におらず、けが人はいないという。
 
イスラエルは、ヒズボラの掃討を目指し、レバノンでの地上侵攻を進め、空爆も各地で続けている。
 
これに対して、ヒズボラは、イスラエルへの攻撃範囲を国境付近から徐々に広げている。連帯するパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスの最高指導者シンワル氏の殺害後には、「戦争は新たな段階に突入した」と発表していた。【10月19日 毎日】
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ネタニヤフ首相は報復を示唆しています。

****ガザ北部空爆で死者・行方不明者87人=イスラエル首相、私邸攻撃で報復示唆****
(中略) 
一方、イスラエルのネタニヤフ首相は19日、中部カイサリアにある私邸がドローン攻撃を受けた後の声明で、「私や妻を暗殺する試みは重大な過ちだ」と非難した。

攻撃を仕掛けたとされるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラやその後ろ盾のイランを名指しし、「(ドローン攻撃が)敵に対する正当な戦争を思いとどまらせることはない」として報復を示唆した。
 
イスラエル軍は20日、レバノンの首都ベイルート南郊を立て続けに空爆。軍は、ヒズボラの情報部門の司令室と地下の武器製造施設を標的にしたと説明した。対してヒズボラは19日だけでイスラエルへ向けて約200発の飛翔(ひしょう)体を発射し、攻撃の応酬が激化している。【10月20日 時事】 
********************

攻撃の応酬がしばらく続きそうな様相です。

アイアンドームなどの鉄壁の防空体制を誇っているイスラエルが、どうして首相私邸という中枢への攻撃を許したのかという疑問、今回首相私邸攻撃のイスラエル国内の反応に関する報道はまだ目にしていません。

【イスラエルに攻撃されるなかでレバノン国軍はなぜ動かないのか?】
以上は、ここ数日のレバノン情勢ですが、イスラエルと戦っているのはあくまでもシーア派民兵組織ヒズボラであり、レバノン国家ではありません。(ただし、戦闘の被害を受けているのはレバノンの一般市民ですが)

しかし、一方でヒズボラは単なるシーア派民兵組織ではなく、レバノンの政治・社会に深く根をはった組織で、レバノンの政治・社会と一体化している面があります。

****【解説】レバノンの中に別の“国家” ヒズボラとは*****
(中略
・「モザイク国家」レバノンのもろさ
イスラエル軍の地上部隊によるレバノン南部への侵攻が拡大する中、イスラエルと敵対するヒズボラの攻撃能力はさらに打撃を受けているものと見られます。

しかしそれにも関わらず、ヒズボラ側は引き続きイスラエル側に向けて攻撃を続けていて、イスラエルが目指すヒズボラの弱体化の難しさも浮かび上がっています。背景には、ヒズボラが、レバノンの国土、政治、そして社会に深く根を張っている実態があります。 

まず、ヒズボラが大きな存在感をもつことを許しているレバノンという国の事情を見てみます。

レバノンは、地中海に面した南北に細長い国です。この一帯は、もともとはオスマン帝国の支配下でしたが、第1次世界大戦後にフランスが奪い取り統治されるようになり、1943年に独立国家となりました。

ここには、イスラム教のスンニ派、シーア派、キリスト教のマロン派、ギリシャ正教など、18の異なる宗教・宗派の人々が暮らしていて、「モザイク国家」とも呼ばれます。首都ベイルート中心部は美しい町並みで知られ、多様な文化と歴史があり、人々は親切で魅力にあふれた国です。

しかし、ひとたび政治のこととなると、「モザイク国家」のもろさが露呈します。バランスを図る目的で、大統領はマロン派、首相はスンニ派、議会議長はシーア派から選出すると決まっているのですが、こうしたこともあって、国としての統一した権力が確立しにくいのです。 

・政党としても活動するヒズボラ
こうした状況で台頭してきたのが、1982年に発足したシーア派の勢力のひとつヒズボラです。当時もレバノンにイスラエルは侵攻していましたが、それに抵抗する民兵組織でした。

しかし、イランの支援を受けながら、ミサイルやロケット弾などで武装していくうちに、その軍事力はレバノンの正規軍を上回るようになりました。

また、シーア派の住民に対して学校や病院を建設し、社会福祉も提供し、一部の住民にとっては、レバノン政府よりも政府らしい役割を果たしていると受け止められるようになりました。 

さらに、ヒズボラは「神の党」を意味しますが、文字どおり、ひとつの政党としても活動しています。2022年の議会選挙でも、128議席の内、過半数に近い62議席をヒズボラの陣営が占めました。 

こうしたことから、ヒズボラは、首都ベイルートの南部、国の南部と東部で、政府よりも強い権限を行使出来るようになっていて、レバノンという国家の中にまるで自分たちだけの別の国家を築き上げているようだと言われています。 

実際、私もこうした地域で取材するときには、ヒズボラとかけあって取材許可を取得する必要がありました。そうしなければ、ヒズボラの民兵に取材を阻まれることになり、こうした地域では、レバノン政府が発行する記者証は何も役に立たなかったのです。 

こうして見ると、イスラエルのネタニヤフ首相が、いくらレバノンからヒズボラだけを排除することを目指したとしても、パズルのピースをはずすようにはいかないのは明らかです。地上侵攻が拡大するにつれ、今後、この難しさがいっそう明らかになっていくことが予想されます。【10月9日 NHK】
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そこで生じる疑問は、今回のイスラエルのレバノンへの攻撃に対し、レバノンは国家としてどう対応しているのか、より具体的には、レバノン国家の正規軍(国軍)は戦闘にどう関与しているのかということ。

実際のところはレバノン国軍は戦闘に対し中立的立ち位置を続け、動いていません。

****ついにイスラエルが地上侵攻を開始...それでもレバノン軍が動かない理由****
<保有する戦闘機はゼロ、兵士の多くは2~3の仕事を掛け持ち──レバノン国軍は弱小だが、応戦しない理由には国が置かれた「微妙な立場」が関係している>

レバノンの首都ベイルートで、何本もの煙が上がっている。空には無人機(ドローン)が飛び交い、住民は怯えて逃げ惑う。病院はとっくに定員オーバーだ。近年の経済危機などで、既にレバノン社会はボロボロの状態にあるが、軍が応戦する気配はない。

一般に国土防衛は軍の最大の仕事の1つだが、レバノン軍は自国をのみ込みつつある紛争への対応を迷っている。

この紛争に関われば、イスラム教シーア派民兵組織ヒズボラに味方することになり、強大なイスラエルを敵に回すことになる。これまでレバノンを軍事的に支援してきた欧米諸国との関係も危うくなる。

複数の関係筋によると、レバノン軍はこの紛争に関わるタイミングを、できるだけ先延ばしにする可能性が高い。第一、まともに関与する能力がないというのが、軍関係者の本音のようだ。

そもそもこの紛争は、イスラエル軍とヒズボラの軍事部門(ヒズボラは国民議会に議席を持つ大衆政党でもある)の衝突であって、国家としてのレバノンは無関係だと語る政府関係者も少なくない。だから国軍の関与は期待されるべきではないというのだ。

レバノンは、イスラム教やキリスト教などの多数の宗派が混在するモザイク国家で、激しい内戦で国土が荒廃した経験から、国内各派のバランス維持に尽力してきた。軍も、「国防ではなく、国内の安定維持に力を入れてきた」と、レバノン軍の訓練に協力する欧米諸国関係者は語る。

保有する戦闘機はゼロ
レバノンがイスラエルとの武力衝突を避けている背景には、圧倒的な力の差もある。各国の軍事力を評価するグローバル・ファイヤーパワーによると、レバノンの軍事力は145カ国中118位だが、イスラエルはトップ20に入る。

レバノン軍は戦闘機を持っていないし、戦車も旧式のものしかない。約7万人の兵士の多くは2〜3の仕事を掛け持ちしている。これに対してイスラエル軍の兵力は17万人で、さらに予備役が30万〜40万人いる。最先端の戦闘機や戦車や防衛システムもある。

兵力や火力の圧倒的な差は、問題の1つにすぎない。イスラエルとヒズボラの衝突に、レバノン軍は自らの存続に関わるジレンマを抱えている。

まず、多くの欧米諸国は、ヒズボラをテロ組織に指定しているから、ヒズボラに味方すれば、レバノンはテロ支援国家と見なされかねない。

それに2006年以降、レバノンはアメリカから計30億ドル以上の軍事援助を受けてきた。近年の経済危機で軍人への給与支払いが滞ったときも、アメリカが助けてくれた(世界銀行によると、23年2月の時点で、レバノンの通貨ポンドの価値は危機前の2%以下に落ち込んだ)。

アメリカの援助で得た武器を、アメリカの重要な同盟国であるイスラエルに対して使うのは難しいだろうと、専門家はみる。また、レバノン軍にとっては、この先もアメリカの援助が頼りだ。

「レバノン軍は、レバノン唯一の正当な防衛機関としての役割」をヒズボラに奪われることなく「維持・強化していくという難しい課題に直面している」と、中東問題研究所(ワシントン)のフィラス・マクサド上級研究員は語る。

ヒズボラは長年、イスラエルによるヒズボラ攻撃は、レバノンの主権を侵害する行為であり、撃退する必要があると主張してきた。また、欧米諸国は故意にレバノン軍を弱く維持していると非難してきた。

そして、ヒズボラはレバノン軍の競争相手ではなく戦友や同盟のような存在だとし、「人民、軍隊、抵抗」というスローガンを掲げてきた。

だが、多くのレバノン市民は、ヒズボラは1982年と2006年のイスラエルによるレバノン侵攻を利用して、自らの影響力を拡大してきたと考えている。1990年に収束したレバノン内戦後、国内の武装勢力が全て武装解除したときも、ヒズボラだけは武器を維持した。

このため現在のレバノン国内では、イスラエルのピンポイント攻撃によりヒズボラの幹部が次々と殺害され、その拠点が破壊されれば、レバノンでより公平な権力分配が実現するのではないかとひそかに期待する向きもある。

とはいえ、イスラエルによるレバノン南部とベイルート郊外ダヒヤへの爆撃は、120万人の避難民を生み出した。その大部分はシーア派で、彼らが避難してくることで、レバノン社会の安定のために意図的に維持されてきた、宗派による地域的な住み分けが危うくなっている。

近隣地域にしてみれば、あまりにも多くのシーア派(ましてやヒズボラ関係者)が流入してくれば、自分たちのコミュニティーがイスラエルの爆撃のターゲットになりかねない。このため多くの地域は、過度に多くの避難民を受け入れることには消極的だ。

イスラエルのターゲットになるのを避けるために、ヒズボラのメンバーが避難先の村から追い出されたケースも過去にはあった。

イスラム教ドルーズ派が大多数を占める町ショアヤでは、21年8月、ヒズボラがイスラエルに向けてロケット弾を発射するのを阻止するため、ヒズボラのトラックが押収された。

レバノン軍は、イスラエルとヒズボラの争いに直接関わるよりも、紛争後に停戦合意(的なもの)が各地できちんと守られるよう確保する役割を担うだろう。

レバノンでは、かつての内戦終結時に、大統領はキリスト教マロン派、首相はスンニ派、国会議長はシーア派から出すという権力配分が決められた。

そんななか軍は唯一の中立機関であり、宗派間の緊張が生じたとき唯一仲裁に入ることができるアクターと見なされている。

その役割を維持するためにも、軍は中立を保ち、今回の紛争でヒズボラに味方することを避けなければならない。

だが、紛争が長引けば、かねてから経済危機と貧困に揺れるレバノン国内の亀裂が一段と悪化する恐れがある。

「内戦の不安がささやかれることもあるが、今のところ皆、非常に賢明に振る舞っている」と、国会議員のアラン・アウンは語る。「だが、確かなことは言えない。紛争後の各政党の行動が重要になる」

ナジブ・ミカティ首相は、イスラエルとレバノンの事実上の国境であるブルーライン(撤退ライン)にレバノン軍を配備するとともに、ヒズボラがこのラインからさらに後退することを提案している。

軍は唯一の中立的な組織
だが、これが実現するためには、ヒズボラが撤退に合意するか、敗北するか、あるいはイスラエルが方針を転換して停戦に合意するしかない。

今回の紛争で、レバノン軍がどのような行動を取るかは、おそらく今後のレバノン政治にも影響を与えるだろう。というのも、レバノン軍のジョゼフ・アウン最高司令官はマロン派で、次期大統領として反ヒズボラ派の間で最大の支持を集めているのだ。

カーネギー中東センター(レバノン)のシニアエディターであるマイケル・ヤングは9月28日、ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師が暗殺された今、レバノンの頼りは「まだ機能している唯一の国家機関である軍であり、ジョゼフ・アウンの(大統領)選出の動きが拡大するだろう」と、X(旧ツイッター)に投稿している。

「なぜかって? それは軍が国内の安定を維持する上で重要な役割を果たすとともに、(ヒズボラの影響が強い)南部の治安確保でも重要な役割を果たすからだ」

この1年間、イスラエルとヒズボラは互いに爆撃を続けてきたが、レバノン軍が応戦したのは1度だけと、軍は10月3日の声明で主張している。

「イスラエルがビントジュベイル(レバノン南部)のレバノン軍駐屯地を爆撃し、兵士1人が死亡」したため、「この駐屯地の人員が爆撃の起点に向けて応戦した」ときだ。

どうやら今回の紛争で、レバノン軍の直接関与につながるレッドライン(越えてはならない一線)は、レバノン軍の拠点への攻撃と、全面的なレバノン侵攻・占領のようだ。

ただ、イスラエルの激しい攻撃が、国家としてのレバノンのプライドを刺激するようなことになれば、どうなるかは分からない。【10月18日 Newsweek】
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レバノン国軍の軍事力はイスラエルはもちろんヒズボラにも劣り、しかもアメリカ依存ということで、対イスラエルの戦闘へは動けないという事情もありますが、そもそも、ヒズボラを支援するいわれもありません。

レバノン政治はヒズボラと反ヒズボラ勢力の抗争が続いおり、国軍トップは反ヒズボラの有力者。
ヒズボラが敗退あるいは弱体化の後のレバノン国内の安定確保を主要な目的としているといったところのよううです。

うまくいけば、ヒズボラを抑えて国軍トップが国の実権を・・・


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