(アフガニスタン・ヘルマンド州マルジャでの対タリバン大規模作戦によって被害を受けた商店主と、損害補償について交渉するアフガニスタン軍兵士 “flickr”より By isafmedia
http://www.flickr.com/photos/isafmedia/4391765814/)
【「たまたまいた」】
オマル師の側近で、タリバンのナンバー2とも言われるバラダル師がパキスタン最大都市カラチで拘束された件について、パキスタンとアメリカの思惑・事情の違いが表面化しています。
先ず、拘束の経緯については、パキスタン側はアメリカとの合同作戦を否定しています。
****パキスタン:タリバンのナンバー2拘束は「偶然」*****
パキスタン軍の17日の声明で確認されたアフガニスタンの旧支配勢力タリバンのナンバー2とされるバラダル師の拘束は、「偶然だった」と軍が説明していることがわかった。同師の拘束を巡っては、米紙が15日、「パキスタン南部カラチでパキスタン軍情報機関(ISI)と米中央情報局(CIA)の合同作戦で捕らえた」と報じ、パキスタン政府が合同作戦の存在を否定したものの、拘束の有無については確認中としていた。
軍によると、バラダル師はパキスタン当局が拘束した数人の中に「たまたまいた」という。拘束場所は明らかにしておらず、現在は「ISIの拘置下」としている。
パキスタン軍部は安全保障上の理由でアフガンのタリバンとの関係を維持しているとされる。「たまたま」とは、バラダル師を狙って拘束したわけではないとあえて主張しているわけで、その真意に関心が集まりそうだ。
アフガンを訪問中のホルブルック米特別代表は17日、「意義深い成果だ」と強調した。【2月18日 毎日】
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「たまたま」というのは、タリバンへの配慮でしょうか?パキスタン国内にある反米感情への配慮でしょうか?
タリバンは、国際社会の批判に抗しながら、アフガニスタンでの影響力を確保すべくパキスタンがISIを中心に資金・人員を注ぎ込んで育てた組織であり、今なお軍、特にISIとの関係が切れていないことがしばしば指摘されています。
アメリカは、タリバン・アルカイダの聖域となっているパキスタン国境地帯の制圧がアフガニスタン情勢のカギを握るとみて、パキスタン側に協力を求めていますが、パキスタン側の対応はタリバンなどとの繋がりや国内反米感情への配慮からストレートではありません。
【「武装勢力の越境をうながし、国内に過激派を増やす」】
そのバラダル師について、“パキスタンとアフガニスタン両国の内相は24日、パキスタンの首都イスラマバードで会談して身柄をアフガン政府に引き渡す方針で一致した。会談には米連邦捜査局(FBI)も参加した。アフガン治安・情報機関には米国のアドバイザーがおり、引き渡し後は米国によるバラダル師の直接尋問が可能になるとみられる。”【2月25日 朝日】と報じられましたが、翌日にはパキスタン司法当局が国外移送を禁じる命令を出したことが伝えられています。
*****パキスタン:タリバン幹部を国外移送禁止に 対米不信反映*****
パキスタンのラホール高等裁判所は26日、パキスタン当局が2月中旬に拘束したアフガニスタンの旧支配勢力タリバンのナンバー2とされるバラダル師らの審理を3月中旬に始めると決定、政府に対してバラダル師らの国外移送を禁じる命令を出した。米国は、バラダル師の身柄を米国かアフガンに移すよう圧力をかけていたが、司法が阻む格好となった。
パキスタンには、アフガン南部ヘルマンド州などパキスタンとの国境沿いで軍事作戦を強化する米国への強い不信感がある。今回の命令も、対米協調路線の見直しを進めるパキスタン政府の思惑を色濃く反映したものだ。
バラダル師とともにパキスタン国内で拘束されたタリバン幹部ら計5人が対象。パキスタンの人権保護団体が、国外移送の是非についての判断を同高裁に求めていた。今後の審理では、密入国や国内でのテロ活動への関与が問われる。実刑判決が下された場合、パキスタンで服役する。
バラダル師拘束は、15日の米紙報道で表面化。「米国とパキスタンの情報機関による合同作戦」「両国の対テロ関係の成功例」と米国で報じられる一方、米当局は、身柄引き渡しや取り調べへの参加を迫った。
しかし、パキスタン政府は「合同作戦の報道は根拠のない宣伝」(マリク内相)と否定し、身柄引き渡し要求もはねつけた。
米国に対するパキスタンの不信感は、アフガン南部ヘルマンド州で13日に始まった米軍主導の大規模軍事作戦でますます強まったとされる。
パキスタンのマリク内相は「武装勢力のパキスタンへの越境をうながし、国内に過激派を増やす」と作戦に反発。キヤニ陸軍参謀長も北大西洋条約機構(NATO)本部を訪ねて「重大な懸念」を伝えていた。
しかし、米国はパキスタン側の懸念を無視。ヘルマンド州の次は、やはりパキスタンと接するカンダハル州へと作戦を拡大する見込みだ。このためパキスタンでは「米国は過激派をパキスタンへ追いやってアフガン安定化を演出したがっている」(政府幹部)という見方が強くなっている。
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今回のラホール高等裁判所の判断の背景には、かねてからのザルダリ大統領とチョードリー最高裁長官を頂点とする司法当局との対立もあるのではないでしょうか。
ムシャラフ前大統領によってその地位を追われていたチョードリー最高裁長官の復職について、ザルダリ大統領は強く抵抗していましたが、司法・野党に追い詰められる形で認めざるを得なくなり、結果、パキスタン最高裁判所は、大統領と政府高官らの訴追を免除してきた国民和解令(NRO)を無効とする決定を下し、7件の汚職罪で訴追されながらNROによって「無罪」とされたザルダリ大統領への審理再開が可能となっています。
【「年内にカンダハルで勝利」】
記事にある“アフガン南部ヘルマンド州で13日に始まった米軍主導の大規模軍事作戦”「オペレーション・ムシュタラク」については、民間人犠牲やタリバン側の住民を“人間の盾”にするような抵抗もあって難航も報じられましたが、ここにきてアメリカ側の強気の見通しが報じられています。
****タリバン牙城の町制圧=年内に大都市カンダハル掃討-アフガン南部*****
米軍と国際治安支援部隊(ISAF)は26日までに、アフガニスタン南部ヘルマンド州で行っていた大規模な掃討作戦で、反政府勢力タリバンの牙城マルジャの町をほぼ制圧した。AFP通信などが報じた。
米軍とISAFは今月13日からヘルマンド州で掃討を開始。一部で激しい抵抗があったものの、タリバンはマルジャの町から逃走したという。25日に米軍とアフガン軍などが見守る中、州知事が町にアフガン国旗を掲げた。今後数週間、戦闘は続くとみられるものの、主要な戦闘は終了した。
掃討には過去最大規模の1万5000人の兵力が投入され、オバマ米大統領の出口戦略の成否を占うものとして注視されていた。今後はマルジャの治安維持と統治機能確立が焦点となる。
米政府高官は26日、「マルジャの掃討は、カンダハルでさらに包括的かつ大規模な掃討を行う前哨戦だ」と位置付けた上で、「アフガン全土でタリバンの勢いをそぐには、年内にカンダハルで勝利しなければならない」と述べた。【2月27日 時事】
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タリバンの本拠地カンダハルに作戦が及べば、タリバンの攻勢が続いていたアフガニスタン情勢も変化する可能性があります。
ただ、マルジャでもまだ一部タリバンが残存して抵抗しているとも報じられていますし、問題は支配を回復した地域で住民の支持を得た長期的な統治が可能かどうかという点です。
今回作戦は、制圧後も多くの兵力を残し、治安を維持して復興を進めることで、統治を維持することがその特徴となっています。
アフガニスタンでは長年の内戦で民族・地域対立が激しく、今回任命された他地域出身の行政責任者が地域住民に受け入れられるか不安視する見方もあります。
【自業自得】
こうした情勢を受けての「米国は過激派をパキスタンへ追いやってアフガン安定化を演出したがっている」というパキスタン政府幹部の発言になる訳ですが、これはいささか筋の通らないものにも思えます。
そもそも、先述したようにイスラム過激組織タリバンを育て維持してきたのはパキスタンです。
アルカイダにしても、当時アフガニスタンを支配していたソ連に対する“ジハード”を押しすすめるため、パキスタンISIが、世界各地のイスラム諸国からイスラム急進派をパキスタンに招いて“イスラム国際旅団”に仕立て上げたものです。(アメリカCIAも、このアルカイダ形成に協力することになります。)
こうした組織との関係を明確に整理しないまま、自分達の都合で作りあげた過激派組織が自国内に流入してくるからといってとやかく言うのは、筋違いのように思えます。
パキスタンが行うべきことは、先ずタリバン・アルカイダなどイスラム過激派との関係を断つことを明確にすることであり、それができないなら、過激派流入によって自国内社会が揺さぶられるということで、そのつけを払うしかありません。
アフガニスタンについても、インドとの関係についても、ISIが主導するような目先の利害・影響ではなく、長期的・恒久的な和平・安定の枠組み構築が結果的に自国の安全保障を利することを、パキスタン軍・政府は理解すべきではないでしょうか。