孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  経済成長と貧困

2007-10-31 15:23:36 | 世相

(写真はインドの大都会ムンバイ(旧ボンベイ)のスラム “flickr”より By Dey
2年半ほど前に南インドを旅行して最後にムンバイに立ち寄りました。このとき1万円弱の両替詐欺にあったのですが、その直後のやりきれない気持ちでタクシーから眺めた道路わきのスラムは“凄まじい”ものでした。アジアの他の国でも貧しい人の生活は目にしますが、どこか南国特有の雰囲気にその悲惨さが薄められている部分があります。しかしインドでは、すべてを焼き尽くすような日差し、道路からの埃と騒音・・・「どうしたらこんな環境で生きていくことができるのだろうか?」その剥き出しの貧困に言葉を失い、自分の詐欺事件の被害も「そのくらいは・・・」と思えてきた思い出があります。) 

インドが中国と並んで経済的に急成長しているのは周知のところで、29日にも米誌フォーチュンが主催する会議でインドのシン首相は、「インド経済は今後長期間にわたって9―10%の持続可能な成長が見込まれる」と述べたそうです。【10月29日 ロイター】
またインドはIT産業、IT教育を国策として推進している国としても知られています。
IT学校やITトレーニングセンターはインド国内に数千あると言われ、今日世界で最も多くのITエンジニアを生み出す国だそうです。

この結果、インドでは産業構造が大きく変容しています。
90年にはGDPに占める割合が、農業31%、製造業28%、サービス業41%でしたが、2005年には農業18%、製造業27%、サービス業54%となっています。
(インドチャンネル http://www.indochannel.jp/economy/potential/03.html )
IT関連のサービス業が拡大していること、「世界の工場」中国と違い製造業割合が変化していないことが特徴的です。

このようなインドの経済成長、IT社会を物語るニュース、トピックスは星の数ほどあります。
ムンバイで42インチの高解像度液晶テレビに225カラット、2250粒のダイヤモンドが花柄模様であしらわれた世界一高価なテレビ(約1750万円)が公開されたとか、マドゥライのインド有数のヒンドゥー寺院ではインターネットで祈祷を申し込みカード決済する“eプージャー”が行われているとか・・・。

経済的だけでなく政治的プレゼンスも高まっており、以前取り上げたように、アメリカも原子力政策でインドを“特別扱い”せざるを得ないまでになっています。
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/03c30b1553d5e25925818ab0b89fe472  (8月19日)
(もっとも、この問題はインド国内の左派政党の抵抗で頓挫しているようですが。)

しかし、インドがカースト制や女性の権利という重大な社会問題を抱え、多くの国民が今なお貧困から抜け出せずにいるということも事実です。
そのことを物語るニュース・トピックスも、これまた星の数ほどあります。

結婚持参金“ダウリー”の問題、寡婦殉死の“サティー”の問題など、女性の地位・権利については少し当ブログでも触れたことがあります。
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/2ef2cfae553fd6371d3e8e9b0bec2fe1  (7月21日)

貧困について言えば、この国の4人にひとりは今なお1日1ドル以下の生活を強いられています。
生産性の劣る農業についてみると、先述のように農業の金額的シェアは低下していますが、農村人口はなお7割を超え、就業者に占める農業従事者は6割とか。

ややもすると途上国の人達について、「貧しくてもあまりそのことを気にせずに、それなりに気楽に暮らしているのでは・・・」といった漠然としたイメージを感じることが多くあります。
しかし、インドでは借金苦による農民の自殺が絶えず98~03年の6年間で農民の自殺者は10万人(自殺者全体の16%)を超える状況で、深刻な社会問題になっていると言われています。
(自殺者全体の数だけから言えば、日本も年間3万人以上の自殺者がいますので、人口比など考えると日本社会にも相当の問題がありそうです。)

*****インド貧困層、600キロのデモ行進でニューデリー入り*****
【10月29日 AFP】
1か月にわたって行われた貧困層による数千人規模のデモ行進は28日、ニューデリーに到着した。貧しい農民、土地を持たない労働者、先住民らが参加し、インド経済の急成長に取り残された貧困層の窮状を訴えた。
男性、女性、子どもを含むデモの参加者は緑と白の国旗を振り、自由の象徴である身分制度カーストの下層出身であった故ビームラーオ・ラームジー・アンベードカルの肖像を掲げながら、内陸部から列をなして行進した。

デモ参加者らの要求は、土地と水の権利。農村部を産業地区に変え、9%以上の経済成長を維持するため海外からの投資を促したい政府の狙いとは相反する。

インド独立の父、故マハトマ・ガンジーの誕生日である10月2日、約2万5000人規模のデモ参加者らはグワリオルの中心都市から600キロメートルにわたる大行進を開始し、奇跡的な経済成長の無意味さを訴えた。
デモの主催者は「インド国民の40%は土地を持たず、23%は極めて貧しい状態にある」と指摘する。「このような状況のせいでインド600地区のうち172地区で毛沢東主義派による暴動が発生し、100の地域で農民らが自殺する結果を招いた。このような地区における改革の成果はどこにあるのか?」と問いかけたいという。

今回のデモ行進は、政府に対し、富裕層や権力者にたやすく所有権を奪われてしまう現行法に変わり、借地、譲渡証書、借地使用権などに関する確固たる法律の導入を求めるのがねらい
先祖代々守ってきた土地に証明書がないことや汚職が原因で、森林地帯の先住民などを含む多くの人々が土地を失っている。
*********************

記事のなかにある毛沢東主義派については、「インド東部ジャルカンド州で10月26日夜から27日にかけて、30-40人の武装した毛沢東主義派ゲリラがサッカーの試合を見に来ていた約150人の住民に対して自動小銃を乱射し、少なくとも17人が死亡した。犠牲者の中には元同州首相の子息も含まれているという。」【10月27日 時事】というニュースがありました。

貧困と社会的差別、更に横行する不正という状態では、毛沢東主義派のような活動が行われるのも当然のようにも思えます。
それにしても、“驚異的経済成長・IT先進国”のイメージと“左翼ゲリラが自動小銃を乱射”という事件のイメージの落差には驚きます。

社会の抱える闇の部分を伝えるものとしては「インド東部ビハール州の村デルプルワで9月13日、窃盗を働いたとされる男たち十数人が群衆の袋だたきに遭い、10人が死亡、1人が重体となる事件があった。犯罪がまん延するビハール州では、警察と司法への不信もあって、民間人による窃盗犯らに対する過激なリンチが横行し、問題化している。同州内では10日にもオートバイを盗んだ男3人が目玉をえぐられる事件があったほか、8月末には装飾品を盗んだ男がオートバイの後部に縄でつながれて引き回される様子がテレビで放送され、全国に衝撃を与えた。」【9月14日 読売】といったニュースもありました。

膨大な貧困人口を抱えるインドが現状を抜け出すためには、カーストや女性問題といった根本的な社会問題があるだけに、単なる経済成長だけでは対応しきれない難しい問題があるように思えます。
政府も、例えば、一部国立大学については貧困層の特別入学枠を従来の22.5%から49.5%に引き上げる等の対策はとっているようですが、カーストのような社会に染込んだものを変えることはできるのでしょうか?(“変えたい”という意思が国民にどれだけあるのかが先ず問題でしょう。)


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フィリピン  選挙で死者23名

2007-10-30 13:13:40 | 世相

(恩赦後29日、選挙の投票にやってきたエストラダ前フィリピン大統領 被選挙権はどうかわかりませんが、選挙権は残っているようです。 それにしても元気そうです。 “flickr”より john_javellana )

私が暮らしている奄美大島では、先日の日曜日は奄美市市議会議員選挙の投票日でした。
近隣3市町村合併後の初めての選挙です。
市財政が逼迫しているなかで、単純に合併前の旧市町村議会議員43名がそのまま新市議会議員に横滑りしていた“マンモス市議会”が解散要求をはねのけ2年近く続けられていましたが、この選挙で26名に減ることでようやくその状態も解消されます。

定数26に対し28名の立候補という“椅子取りゲーム”選挙でしたが、日本全国の選挙同様、地縁・血縁・組織・宗教団体・企業グループ挙げての選挙戦で、島はお祭り状態でした。
選挙にはその社会のいろんな状況が反映されます。

フィリピンのアロヨ大統領は、巨額の公金横領罪で終身刑判決を受けていたエストラダ前大統領に対する恩赦を決定しました。
恩赦の理由は、(1)前大統領は70歳を超えている(2)01年4月の逮捕以来すでに6年半の拘束生活を送った(3)どのような公職にも就かないことを約束した--の3点だそうです。【10月25日 毎日】

エストラダ前大統領については、9月18日の当ブログでも扱いました。
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/b73b94241d8aa39781017f2574cbe348
元映画スターで、今なお貧しい国民には根強い人気があり、今年5月に行われた中間選挙で上院の過半数を制した野党勢力を取りまとめる存在だそうです。
一方、アロヨ大統領自身も汚職疑惑を抱えており、エストラダ前大統領の恩赦は、野党との決定的な対立を避け、自身への追及をかわす狙いがあるとも言われています。
アロヨ大統領は「国民的和解」と表現していますが・・・。

そんなフィリピンで昨日29日に全国数万の村落首長および村議会の選挙が行われました。

********自治体選挙絡みでこれまでに死者23人*******
選挙に関連して警察が警告を発した9月29日以降、これまでに選挙絡みで43件の事件が発生し、23人が殺害された。負傷者も20人出ているほか、1人が対立政党に誘拐されている。
選挙を前に出された銃所持禁止令違反では300人以上が逮捕されている。
ラジオ報道によると、マニラ周辺の選挙区では広い範囲で買収が行われている。また、多くの候補者たちが投票所近くにいてはならないという法を破り、投票所周辺で有権者らを脅している。
またマカティ市内の金融地区では、対立候補の支持者グループ同士が、互いが嘘をついていると非難しあった末に乱闘となった。
フィリピンの選挙では、候補者や支持者による暴力や殺傷沙汰が珍しくない。【10月29日 AFP】
********

“多くの候補者たちが投票所近くにいてはならないという法を破り、投票所周辺で有権者らを脅している”・・・場面を想像するとつい笑ってしまいます。
フィリピンの政治システムはアジアでも有数の民主的なものとも言われていますが、どんなシステムも運用次第です。
もちろん、政争から内乱になるような国も多いことを考えれば、フイリピンの選挙は充分に民主的かつ平和的です。
中東のイスラム国オマーンからは選挙がらみでこんなニュースも。

*******議会女性候補21人、全員落選*****
27日に実施された諮問議会(下院に相当)選挙は即日開票の結果、84議席すべてを男性候補が獲得、女性候補21人は全員落選した。改選前は女性議員が2人いた。
保守的なイスラム教徒が圧倒的多数を占めるペルシャ湾岸諸国の中でも、オマーンのカブース国王は複数の女性を閣僚に起用するなど、女性の政治参加を進めていた。
女性有権者の一人はロイター通信に対し、部族の影響力が強い内陸部では、女性が投票所に行くことさえ容易ではないと語った。【10月28日 毎日】
**************

イスラム社会における女性の権利・地位は、どうしても外の世界からは納得しがたいものがあります。
イスラム世界と他の社会の間の壁・距離をつくってしまいがちな問題に思えます。
個々の家庭内では、妻や母親がそれ相応の役割を担っているということが多々あるにしても。


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アフリカ  ローマクラブ「成長の限界」から35年、「地球環境概況4」

2007-10-29 13:14:15 | 世相

(タンザニア “flickr”より By World Bank Photo Collection )

国連環境計画(UNEP)は地球環境の変化や社会状況が人類に与える影響などについて調査した報告「地球環境概況4」をまとめ25日に発表しました。
この報告で、現在の地球環境への対応は十分ではなく、「このままでは人類の生存を脅かすかもしれない」とこれまでで最大級の警告をしています。

この種の地球環境危機報告というと、1972年のローマクラブによる「成長の限界」を思い出します。
ローマクラブ報告は人口増加に着目した予測シュミレーションでしたが、「現在のままで人口増加や環境破壊が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘を鳴らしており、破局を回避するためには、地球が無限であるということを前提とした従来の経済のあり方を見直し、世界的な均衡を目指す必要があると論じている。」【ウィキペディアより抜粋】という非常に悲観的な内容でした。

あまりにも悲観的なローマクラブ報告には「技術によって新しい資源が見つかり代替エネルギーが開発されれば限界は超えられる可能性を無視している」「昔からある“マルサスの悪魔”の焼き直しではないか」という意見など、当時からも批判がありました。
報告内容については当時も今も正確には把握していませんが、あれから35年たって、“行動パターンを変えない限り破滅に向かう”という悲観的な見方を一蹴できるほど事態が好転しているようには見えません。

今回の「地球環境概況4」の要点は下記AFP記事にまとめられています。
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2303373/2282828
温暖化、水不足、大気汚染などの危険が報告されています。

この中に、特にアフリカに言及したものが2点含まれています。
・アフリカでは、1人当たりの食糧生産量が1981年以降12%減少した。
・アフリカの貧困率は、1985年-2000年の15年間で47.6%から59%に急増した。

アフリカの食糧事情については、先日来日した国連世界食糧計画(WFP)のジョゼット・シーラン事務局長による「9割以上を雨水に頼るアフリカの農業生産量は20年までに現在の半分になるとの予測もあり、食料供給に重大な打撃を与える」、「穀物価格高騰と共に、気候変動が世界の食料事情にとり真の課題だ」という指摘が報道されています。
なお、バイオ燃料ブームのほか、中国などの食料需要増加に伴う穀物価格高騰で、WFPの食料調達コストは過去5年間で5割上昇、「今後、WFPの食料の調達や供給量が大幅に減ることもある」とも訴えています。【10月16日 毎日】

一方、世界銀行のロバート・ゼーリック総裁は、21日開催された総会で、農業を貧困対策の中心に据えると同時に、これ対し民間金融機関を活用する方針を表明したそうです。
ゼーリック総裁は政策を決定する開発委員会で「アフリカからのさまざまなニーズに応えられる21世紀の『緑の革命』が必要だ」と指摘。
新たな対策は、農業の脆弱性に対し援助を行っていく一方、技術研究への投資の拡大、持続可能な土地管理、市場機会の強化政策などから手を付けていくと述べたとのこと。
世界銀行報告書は、およそ9億人が1日当たり1ドル以下の暮らしを強いられていると見積もられている貧困国の農業部門への融資拡大を掲げているそうです。【10月22日 AFP】

世界の貧困層の75%が農村部に住んでいると言われており、農業部門の改善が貧困対策として、また社会全体の安定化・進展のために不可欠なのは論をまたないところです。
食糧が不足すればそれを奪い合う紛争も激化し、内乱状態は更に農業に打撃を与え貧困が増加・・・という悪循環を招きます。

ただ、これまで世界銀行などがリードしてきた開発モデルは、ややもするとグローバリゼーションの中に現地農業を巻き込み、従来からの農業生産構造・システムを破壊し、一部大資本の利益は向上したものの多くの農民が土地を失なったり困窮を深める・・・といった結末を迎えることも多かったとの批判があります。

“技術研究への投資の拡大、持続可能な土地管理、市場機会の強化政策”・・・くれぐれもマクロ的な数字だけでなく、個々の現地農民の視点にたった政策を期待したいものです。
しかし、現実にはそのような政策を遂行・担保すべき民主的な政治システムがアフリカの多くの国では機能していないという問題が、特権的な者の利益のみが膨れ、多数の貧困農民は更に貧しくなるというような事態をあちこちで招いている実態があり、あまり期待を持てないのが残念です。

日本経済はバブル崩壊や長期低成長などを経験してきましたが、“長い目で見ると人々の暮らしは次第に改善されていくものだ”という常識(思い込み?神話?)がありました。(格差・貧困の拡大、年金破綻など、最近では随分怪しくなっていますが。)
そうした日本的感覚からすれば、ここ15年、20年間の農業生産の大幅減少、貧困率の上昇、更に今後「農業生産が半減する」という予測・・・こうしたアフリカの現実・将来は“異常”としか言いようがありません。
イランの核がどうこうといったことよりも、こういう面に目を向けてほしいものです。

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フランス  移民家族のDNA鑑定、更にチャドの孤児“誘拐”

2007-10-28 13:43:34 | 世相

(チャド 臨時の医療施設のように見えます “flickr”より By Omar Odeh )

フランスでは、移民が家族を呼び寄せる際に、その親子関係をDNA鑑定で証明させる新移民法が議論を呼んでいました。
政府側の説明では、「移民の家族が増えた結果、税金による医療・教育サービスなどの費用負担が急増し、国家の財政を圧迫している」「一部の国々、とりわけアフリカからの申請において提出される戸籍謄本の「3割から7割」には疑念の余地があるという現状を打破するための処置」との説明がなされています。

******
フランスの国民議会(下院)と上院の両院は23日、仏入国を希望する移民を対象に、既に仏国内にいる家族との親族関係を立証するためのDNA検査を希望者に認める修正法案を賛成多数でそれぞれ可決した。野党や人権団体は「遺伝子で選別するのは危険」と強く反発し、下院は282対235、上院も185対136の小差での採択となった。
 同法は下院で1度採択後に上院で修正案が採択され、両院協議の上、23日に修正法案が可決された。法案は当初自己負担だった検査費が仏政府の負担となり、検査は母系関係に限定され、裁判所の決定が必要となった。
 これに対し、社会党のモントブール議員は「遺伝子が管理の手段として使われるのは差別だ」と批判し、バダンテール元法相も「仏国内法は医学研究での遺伝子検査を規制しており、移民管理にのみ適用すべきではない」と主張した。【10月24日 毎日】
******

上記記事のなかの、“希望者について認める”(当初報道では“義務”だったような気がします。)“検査は母系関係に限定”“裁判所の決定が必要”ということについて、私はまだその意味が理解できていません。
そのような理解状態での感想ですが、この新移民法には2点ほど論点があるのではと思っています。

ひとつは、“家族か否か”という極めて個人的問題を国家が生物学的手法で決定することの問題・違和感です。
家族形態には多様なものがあります。
いわゆる連れ子的なもの、養子縁組、本人にも明らかにされていない出生にかかわる事情、両親すらよくわかっていない事情、更に最近では人工授精その他の医療技術による出産等々。

だからこそ、フランスの倫理諮問委員会(CCNE)は「親子関係を媒介するのは物語や言葉であって、科学ではない」と答申しています。
もちろん、政府側には“DNA鑑定で親子関係を否定しようとかするものではない”とか、このケースについては云々とかいろいろの考え・対策はあるのでしょうが、やはり個人の領域に国家が大きく踏み込んでくる感じは否めません。

フランスでは事実婚的な愛人関係とか同姓同士の生活とか、従来の規範・枠組みにおさまらない個人の関係が広く存在し、そのような多様な関係を社会的に認める雰囲気がつくられているとも聞いています。
そういう社会風潮からすれば、一部の人々にはDNAによる親子関係特定というのは馴染めないものに感じられることが想像されます。

更にこだわれば、今回は“移民”についての対応ですが、このような個人に対する国家管理は将来的に広く国民全体にいろんな形で拡大していくのでは・・・と心配するのは杞憂でしょうか。

もうひとつは、いわゆる“移民問題”への対応です。
フランスをはじめヨーロッパ各国はいろんな事情・必要性で広く移民を受入れ、その結果、国家財政の問題にとどまらず、文化的な対立とか治安の問題などの社会不安を引き起こしています。

今回の新移民法について、「結局のところ政府は移民を悪者に仕立て、経済悪化や失業問題の原因を移民のせいにしているのではないか」との批判があります。
政府は「移民の増加と犯罪の関係は立証されておらず、(今回新移民法は)治安対策ではない」と述べ、05年秋に移民系の若者による暴動が起き社会不安を呼んだ問題とは直接関係ないと弁明しています。【10月23日 毎日】

とは言うものの、やはり“なんとか移民を抑制したい”“移民のせいでフランス社会が被害を蒙っている”といった、どこか移民排斥に繋がるような心情もみえるような感じもします。
サルコジ大統領のこれまでの言動にもよるのでしょうが。

“移民排斥”といった偏狭なナショナリズムや、すべてを移民のせいにする責任転嫁には組しませんが、移民問題が社会にとって大きな問題であることは間違いありません。
移民抑制策を含めて、どういう対策をとるべきか、どのような方法で社会的緊張関係を緩和できるかは議論すべき問題です。

ところで、先述したフランスの多様な家族関係、養子縁組にも関係する問題でもありますが、アフリカのチャドで、スーダンのダルフール紛争による孤児をフランスへ連れ出そうとしたNGO関係者が逮捕されました。

*********
逮捕されたのは、フランスの援助団体「Arche de Zoe」の関連団体メンバーとジャーナリスト3人を含む9人。
103名の子どもたちを「救出」するために出国させようとした未遂事件に関与したとして25日にチャドで逮捕、拘束された。
「Arche de Zoe」は、隣国スーダンでのダルフール紛争で危機的状況にある子どもたちを「死から救う」ため連れ出そうとしたと主張しているが、チャドの首都ヌジャメナに駐在するユニセフ(UNICEF)の代表は、子どもたちの大半はチャド出身で、孤児だという証拠はないと述べた。
伝えられるところによると、子どもたちはフランスで養子縁組を行うか、里親に引き取られることになっていた。
こうした希望者たちは「Arche de Zoe」に、2800(約46万円)-6000ユーロ(約100万円)を支払っていた。【10月27日 AFP】
*********

「Arche de Zoe」の事務局長は、関連団体の行為は全くの同情心からだと述べ、養子縁組のために子どもを確保したとの疑いを一切否定しているそうです。
死から救うために「救出」した子供達について、これまでに約300家族から子どもを引き取るとの申し出があったということです。
「救出」が先にあって、養子の申し出はその後にあったということでしょうか?
「養子」を前提に「救出」したのでしょうか?
事実関係がよくわかりません。

フランス政府は「この行為を禁止・阻止するために全力を尽くした。しかし彼らは密かに、誰にも告げず、当局の許可も得ずに実行した。非合法で無責任な行為に走った」と非難しています。
チャドのイドリス・デビ大統領は、「純然たる誘拐」だとして援助団体メンバーに対する「厳しい処罰」を要求しています。
養子・里親希望者らは、パリのチャド大使館前で抗議活動を行い、「彼らは皆、許可を得ている。理解できないのは、チャド当局の心変わりだ。まったくの謎だ」と話しています。

チャドにはダルフール紛争による難民約23万6000人がいるほか、東部での軍と反政府武装勢力との戦闘で、約17万3000人が難民や避難民になったと見られています。
チャドの紛争については、偶然でしょうか、事件報道と並行して「25日、リビアのカダフィ大佐の仲介で、チャド政府と反政府勢力が停戦に合意した」【10月26日 毎日】ことが報じられています。

事実関係・背後関係がわかりません。
ただ、仮に今回の行為が「最初から養子を目的にした“人買い”行為」だったとして、それが非難されるべきものか・・・個人的には確信がありません。

たとえ飢えに苦しもうが、砲弾で傷つこうが、親子は一緒に生活すべきであり、お金で子供を買って安全で豊かな国で養子として育てるのは悪である、誘拐である・・・でしょうか?
もし、飢餓と紛争の地に子供を残したまま、お金だけ支援金として提供すれば“崇高な人道援助”であり、子供を両親の了解のもと引き取れば誘拐でしょうか?(子供本人の意思確認というのは微妙な問題がありますが。)

もっと極端なケースで、生活に困った親が娘を売春宿に売り飛ばすようなこと(貧しい国では珍しい話ではありません。)は忌むべき行為でしょうか?親子ともども路頭に迷うべきなのでしょうか?
例え娘がその環境に“適応”して、もとの暮らしにもどりたくないと考えていたとしても?
(考え方は、“性の商品化”に関する個人的拒否感・寛容さにもよるでしょうが。)

極めて単純な倫理観・モラルの問題でしょうが、“衣食住が保証された国で生活する人間のモラル・倫理をそのまま食べること・安全に暮らすことがままならない国にあてはめていいのか?”という思いもあって・・・そんな簡単なことすらよくわかりません。

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ドイツ  アフガンでのISAF 「地方復興チーム」

2007-10-27 14:45:02 | 国際情勢

(アフガン南部のカンダハルで「地方復興チーム」(PRT)の活動に従事するカナダ軍 地元長老との会議(shura)で復興や治安に関する重要事項を話し合います。“flickr”より By afrancevi)

北大西洋条約機構(NATO)は24日、オランダで国防相会議を開き、アフガニスタンへの今後の展開などを話し合いました。
これに先立ち、アメリカのゲーツ国防長官は、「現在アフガニスタンに派兵している同盟国の各国兵力は合計で200万人以上に上るにもかかわらず、アフガニスタンに対してはわずかな追加支援も見出されないことに不満を抱いている」と現状に不満足の見解を明らかにしていました。【10月23日 AFP】

アフガンにはNATO主体の国際治安支援部隊(ISAF)約4万人が展開していますが、当初計画に比べ3000~4000人不足していると言われています。
現在、アフガニスタン東部・南部の治安悪化地域でのタリバンとの戦闘の大半は米英、カナダ、オランダが引き受けており、ドイツ・フランスは比較的治安の安定した北部地域で復興作業に当たっています。

会議でアメリカは部隊の増派・南部戦闘地域への派兵を求めましたが、北部で約3000人を復興作業に展開するドイツは、訓練要員の若干の増派は認めたものの、「我々は十分な貢献をしている」として南部戦闘地域への展開を拒否。
南部に派兵し、すでに10人の戦死者を出しているオランダも期限延長を明言しませんでした。
また、NATOのデホープスヘッフェル事務総長は、アフガニスタン東部・南部の駐留部隊を持ち回り制にする輪番制を提示しましたが、各国の同意は得られませんでした。
こうして、全体的には欧州各国は消極姿勢に終始し、加盟国間の不協和音が浮き彫りになりました。
【10月25日 毎日】

ゲーツ長官は、「派遣部隊の任務、行動の制限は、この同盟を相当不利な立場に置いている。各国の交戦規定には微妙な違いがあるだろうが、一つの国の部隊に条件が付けば、他の国の部隊に不公平な負担をかける。アフガンでは実害が出ている」と指摘。
名指しこそしなかったものの、ドイツに向けられたものと言われています。
ドイツのユング国防相は復興作業について、“反政府勢力と戦うのと同じくらい重要だ”と述べています。【10月26日 時事】

ドイツのアフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF)の活動、その一環としての軍人と文民が協力してアフガン再建を支援する「地方復興チーム」(PRT)については、毎日新聞にここ数日ルポが掲載されています。
http://mainichi.jp/select/world/news/20071021k0000m030134000c.html
アフガン:ISAFの独軍同行ルポ 「気がめいる日常」
http://mainichi.jp/select/world/news/20071021ddm007030106000c.html
アフガン:ISAF独軍同行ルポ 「安全」か「貢献」か苦悩
http://mainichi.jp/select/world/news/20071023ddm001030004000c.html
アフガン:独軍、検問指導 緊張続く、支援の現場
http://mainichi.jp/select/world/news/20071025dde007030034000c.html
アフガン:独軍参加の民生支援 市民感情配慮、軍活動と分離--NGO側懸念

ドイツ軍の活動は、民主党小沢党首の提起する「日本のISAF参加」の参考実例ともされています。
北部地域は南部に比べれば平穏ですが、決して安全と言うわけではなく、02年以来ドイツ軍の兵士の死者は事故を含めて26名、そのうちテロ・地雷による戦死者は11名にのぼっています。
パトロール中の部隊が砲撃を受ける、基地にロケット砲弾が打ち込まれるといったこともあり、5月には自爆攻撃で兵士3名が死亡しています。
学校を造ったり、井戸を掘る支援が主任務の「地方復興チーム」(PRT)の兵士も武装勢力の攻撃の標的にされています。

軍人と文民が協力して行うPRTについては、地元の期待は大きいものの、非政府組織(NGO)の間では「(軍人が参加することで)これまで築いてきた市民の信頼を壊す」との批判も根強くあるそうです。
軍人が参加するPRTと、非武装のNGOなどが武装勢力に同一視され、NGOの四輪駆動車も武装勢力の標的になっているとか。
実際、NGO関係者数人が犠牲になっており、ドイツ国内では有力NGOから「軍は治安維持に専念すべきだ」との声が上がっているそうです。

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タイ  総選挙に向けて 議員の移籍料はいくら?

2007-10-26 18:05:05 | 世相

(バンコクの選挙戦時の街の様子 今回選挙ではありません “flickr”より By wufgaeng )

タイ総選挙の実施を布告する国王勅令が25日発効し、12月23日投票が正式に確定しました。
昨年9月の軍事クーデターによるタクシン政権崩壊以来、初めての選挙で、軍主導の暫定体制から民生へ復帰する選挙となります。

8月19日投票されたタイの新憲法案をめぐる国民投票では、暫定政権・軍部の提起した案が賛成多数で支持されましたので、タクシン時代もこれでおしまいかな・・・と私は思いました。
(8月21日の当ブログ http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20070821 )

しかし、これは私の全くの考え違いで、賛成57.8%、反対42.2%という数字の意味は、反対が予想外に多く、4割を超えたという点にあったようです。
タクシン支持勢力はこの結果に勢いづき総選挙に向けて準備を始めました。
特に、タクシン前首相の地盤である東北部で反対が6割を超えたことに、タクシン支持勢力は自信を深めたそうです。

タクシン政権を支えたタイ愛国党は憲法裁判所から解党命令を受けており、タクシン前首相(英国に亡命中)など元タイ愛国党幹部は今後5年間新党の役員になることを禁じられています。
そこで、公民権停止を免れた愛国党議員の多くは、以前から存在していた小さな政党の“国民の力党”
(“市民の力党”とか“人民の力党”とか訳されることもあるみたいです。)に大挙移籍入党して、実質的にこの党を乗っ取るかたちをとりました。

また、中央選挙委員会は10月25日、タクシン前首相が“国民の力党”の顧問に就任することは選挙法違反とはならないと発表しました。(役員ではなく、顧問・相談役ならOKとのこと)
票集めのノウハウを熟知したタクシン氏が顧問となることで、同党が12月の選挙戦で善戦する可能性が高まってきたとも言われています。【10月25日 バンコク週報】

なお、一部旧タイ愛国党党員はこのようなタクシン支持派の動きに同調せず決別して、新党“プア・ペンディン”を結成しました。

この結果、東北部、北部を支持基盤とする“タクシン新党”とも言える“国民の力党”、首都バンコクと南部で支持が強い反タクシンを鮮明にしている旧野党の“民主党”、そして第三勢力としてキャスティングボードを狙う“プア・ペンディン”等が選挙戦を戦う構図になっています。


軍部は、もしタクシン復権にでもなれば自分たちへの報復もありえますので、反タクシンの“民主党“を中心に旧野党・新党勢力に退役軍人が入党するなど支援しているようです。

既存小政党に大量移籍入党して乗っ取ってしまうというのは、随分乱暴な方法に思えたのですが、タイの政党・選挙事情に詳しい方のブログ・記事などを拝見すると、そう驚く話ではないようです。
もともと、タイの政党間には思想的な差は殆どなく、基本的には利権集団あるいは派閥的な存在で、連立の大胆な組み換えとか議員の政党間の移籍はごく普通に見られる現象のようです。
(地方に支持者が多いタクシン支持勢力とバンコクを中心とした民主党では、格差社会の中で取り残される地方や低所得層を重視する考え方と、その金権・強権体質的な部分へ眉をひそめるような感覚といった差はあるのかも。)

移籍料については、「従来の選挙では3000万バーツ(約1億円)前後だったが、今回は4000万~5000万バーツに高騰しているといわれる。」【10月25日 毎日】といった情報もあります。
それだけ激しい選挙になっているということでしょう。
“国民の力党”が優勢とも伝えられていますが、旧タイ愛国党のような巨大政党発生を防ぐため、今回は中選挙区制にしたこともあって、単独で過半を制するのはどこも難しいのではとも見られています。

タイの選挙事情を扱った興味深い記事のひとつに“コンケン通信 11 タイの選挙 桂川裕樹”
http://www.bekkoame.ne.jp/~hujino/no29/29katuragawa.html)があります。
10年ほど前の状況ですが、基本的には今も同じでしょう。

この記事によると、タイでは公職選挙法的な規則はあるが緩いもので、ポスターは何種類でも貼り放題、宣伝カーは出し放題、TVコマーシャルは流し放題。
また、地方の集票マシン、買票組織を取り仕切る“チャオ・ポー”と呼ばれる実力者達が大きな役割を果たすようです。
一昔前であれば、本物の実弾が飛び交い落命する候補者も少なくなかったようですが、さすがに現在は候補者本人が殺されることはないそうです。(運動員などの負傷は別です。)
ちなみに、国会議員の暗殺でも依頼料の相場は50万バーツ程度(10年前の相場です)で、議員を買収するよりはずっと安くつくそうです。

今回選挙でも、反タクシン勢力を勝たせたい政府の意向というか圧力というか・・・そういう影響もあったようで、“国民の力党”のテレビスポットの放送をテレビ各局が拒否するようなことも行われているようです。【10月16日 バンコク週報】

面白い世論調査もあります。
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アサンプション大学が21日に発表した12月実施予定の選挙に関する世論調査結果によれば、有権者の64.6%が「金銭などを提供した候補者に投票する」、82.9%が「買収行為を当局に通報しない」と回答した。
ソンティ副首相(治安担当 軍事クーデターの首謀者で軍政のトップにあった人物)が選挙違反を厳しく取り締まるとしているが、これに「賛成」が52.2%、「反対」が27.7%だった。
「投票の判断基準は政党か個人か」では、51.9%が「両方」、28%が「個人」、20.1%が「政党」と回答した。【10月22日 バンコク週報】
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金銭の提供を受けた候補者に投票するというのは、金だけ受け取って投票しないよりは“律儀”かも。


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アルゼンチン エビータとイサベル

2007-10-25 13:02:29 | 世相

(ブエノスアイレスの“のみの市” 左上の肖像がエビータ さすがに美人です。 “flickr”より By RandBy22 )

地球の裏側、アルゼンチンの話。
普段あまり馴染みのない国で、キルチネル大統領の名前も初めて知りました。

*****
28日に実施されるアルゼンチン大統領選で、中道左派の現大統領、ネストル・キルチネル氏(57)の妻、クリスティナ・フェルナンデス上院議員(54)の勝利が確実な情勢になっている。世界的に珍しい選挙による夫から妻への政権継承。キルチネル夫妻の戦略と狙いにはさまざまな憶測が飛んでいる。【10月23日 毎日】
******

アルゼンチンでは大統領の再選は認められており、まだ若いキルチネル大統領が何故妻に職を譲るのか?
アルゼンチン政界でも謎だそうで、指摘されているのは「長期政権戦略説」だそうです。
妻が1期務めた後は、夫が再登板し、その後、再び妻が大統領にという筋書きで、4期16年の「キルチネル夫妻政権」を狙っているというものです。

妻クリスティナは政治経験も豊富で、“夫は臨時政権で、妻のほうが本格政権になるかも”との見方もあるようです。
このように言えばすぐに思い出すのはアメリカのヒラリー・クリントンですが、ご本人達は別の人物をイメージしているようです。
それが、アルゼンチンでは“伝説”となっている“エビータ”ことエバ・ペロンです。
エビータは有名なミュージカルにもなっており、日本では劇団四季が公演しています。
(10年ほど前に私も観ました。芝居としての印象は、いまひとつの感がありました。)
マドンナが演じた映画もありますが、こちらは観ていません。

******エビータ伝説*****
自らの美貌と性を武器にさまざまな職業遍歴と男性遍歴を繰り返し、そこで出会った男たちを踏み台として出世。ラジオドラマの声優や映画女優として活躍。
軍事政権の大物フアン・ドミンゴ・ペロン大佐に出会う。
ペロンの愛人として、自身のラジオ放送番組によってペロンの民衆向け政治宣伝を担い、貧富の差が大きかったアルゼンチンで、貧しく教育を受けていない労働者階級から“エビータ”の愛称で大きな支持を得た。

クーデター、受刑、釈放などの曲折を経て(エビータはペロンと正式に結婚し、二人目の妻となる。)、1946年ペロンはアルゼンチン大統領に就任。
ファースト・レディとなったエビータは国政に積極的に参加。
慈善団体を設立し、労働者用の住宅、孤児院、養老院などの施設整備に務め、また、労働者による募金でミシン、毛布、食料などを配布。
また、支持母体正義党の婦人部門を組織するなど、ペロン政権の安定に大きな貢献をした。
47年には婦人参政権を実現。

反面、選挙で選ばれたわけでもない彼女の公私混同とも言える活動や、その「ばら撒き」とも言える無軌道な政策に疑問を持つ向きも多かった上、財団を利用した蓄財や汚職の疑いも受けている。
貧しい民衆からは絶大な支持があったものの、特に白人富裕層からはひどく嫌われ、その経歴から「淫売」、「成り上がり」と非難を受けた。

52年、子宮がんにより33歳の若さで死去。
なお、“サンタ・エビータ(聖エビータ)”と呼ばれることもある。
現在もブエノスアイレスに彼女の遺品を集めた博物館がある。
【ウィキペディアより抜粋】
******

大統領を目指すクリスティナは、上院議員選でエビータの写真を選挙キャンペーンに使うなど、これまで何度もエビータ人気にあやかろうとしてきたそうです。
また最近でも、夫がクリスティナを褒めるとき、たびたびエビータをたとえに出すほどだとか。
もっとも、貧しさから這い上がったエビータと違って、クリスティナはお金に不自由しない裕福な家庭の生まれで、「エビータの再来を夢見る国民の期待に応えるには、クリスティナは生まれ変わらなければならないのかもしれない。」との辛辣な評価もあるようです。

もう一度ペロン、エビータに話をもどすと、エビータの死の3年後、55年ペロンは軍部クーデターで追放されフランコ将軍のスペインに亡命します。
そこでナイトクラブ歌手のイサベル・ペロン(3番目の妻)と再婚します。
(当時ペロンが66歳ぐらい、イサベルが30歳ぐらいでしょうか。)

政治的にはアルゼンチンに支持者が残っており、亡命から18年ほどたった73年、当時の大統領辞任に伴い帰国。
選挙に勝利して2回目の大統領に就任、妻イサベルは副大統領に。
しかし、ペロンは1年後の75年に病死、イサベルが世界初の女性大統領に昇格します。

イサベルは強権的な体制を敷き、反政府派を弾圧。
更に多数の人権活動家を投獄、殺害するなどし、結局76年3月に起きた軍事クーデターで解任されます。
当時はペロンの支持基盤が分裂状態にあったこと、世界的にオイルショックの時代で超インフレに巻き込まれるなどの不利な背景もありました。

逮捕され、横領罪で5年間収監。
釈放後はスペインで静かに余生をすごしていましたが、2007年になって、民主化を達成したアルゼンチン政府は、反政府派の人権活動家の殺害を指示した罪状でイサベルを国際手配。
07年1月、マドリードで逮捕されました。
腰の骨折で入院していたイサベルは、高齢(現在76歳ぐらい)のため15日おきに出頭することを条件に保釈されましたが、今後はアルゼンチンへの引き渡しの可否をめぐる審理が行われる見通しとか。【ウィキペディアより抜粋】

ナイトクラブ歌手から副大統領、更に世界初の女性大統領というのは“凄い”としか言いようがありません。
それだけに、晩年の国際手配・逮捕は、自分の犯した罪の償いではありますが、哀れを感じるところがあります。
全くの想像ですが、「エビータだったら・・・」という伝説と化したエビータの影との戦いの日々だったのではないでしょうか。
エビータ以上に波乱万丈の人生です。
それにしても、アルゼンチン国民が優しいのは若くて美しい女性だけのようです。

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イラク  トルコ越境で“踏み絵”を迫られるアメリカ

2007-10-24 14:48:27 | 国際情勢

(トルコ Eskisehir のクルド人少女 “flickr”より By MajaHoland )

報道されているように、トルコ・クルドの状況は緊張を高めています。
******
クルド労働者党(PKK)は22日夜、「トルコ軍が我々の拠点への攻撃を中止し、イラク越境攻撃計画を取り下げるならば、停戦の用意がある」との声明を同組織のウェブサイトに掲載した。声明は、クルド人であるイラクのタラバニ大統領とPKKリーダーらとの協議後に出された。事態沈静化をめざすタラバニ氏の意向が働いたとみられる。
 一方、トルコのババジャン外相は23日、バグダッドを訪問してイラク首脳らと協議。共同会見でPKKの条件付き停戦表明に言及し、「停戦とは二つの国家や軍の間の問題であり、テロ組織とは成立しない」と述べ、取り合わない考えを示した。イラクのクルド人であるジバリ外相もPKKの「脅威」除去のため、トルコ側に協力を約束した。【10月23日 朝日】
******

ロイター通信によると、トルコ軍はすでにイラク北部の国境沿いに戦車や戦闘機、戦闘ヘリなど10万人の部隊を展開していますが、エルドアン首相は、侵攻は国際法に基づく個別的自衛権の行使に当たり、地上部隊による侵攻ではなくPKKの拠点だけを狙って空爆する考えを示唆しているとのこと。
【10月23日 産経】

また、エルドアン首相は23日、「イラク政府は、我々が議会から承認された越境攻撃をいかなる時でも実行できることを認識するべきだ」と警告してアメリカ・イラクにPKK対策の確実な実行を求めたうえで、「我々が標的としているのはPKKだけだ」とも指摘。
「イラクの自治権や政治的情勢を混乱させる意図はまったくない」とも話し、イラク国境を越えた攻撃を行った場合でも、イラクや国際社会に配慮する意向を示したそうです。【10月24日 朝日】
“意図”はなくても、“結果”として混乱することはおおいにありえます。

トルコの圧力に対し、イラク情勢の混乱を避けたいアメリカはブッシュ大統領やライス国務長官がトルコ首脳に電話で自制を求めています。
ただ、イラクへの補給路をトルコに頼っている事情もあります。
イラク・マリキ首相はPKKの事務所を閉鎖し、イラク国内での活動を認めないことを明らかにしました。
タラバニ大統領も「PKKにイラクを去るか武装解除するかの選択肢を与えた」と語っています。
米紙シカゴ・トリビューン(23日付)は米政府がトルコの越境攻撃を防ぐため、PKK拠点への空爆を検討していると報じています。【10月23日 毎日】

ただ、このような動きが各国指導者の思惑どおり進むかはかなり疑問です。
イラク首脳やPKKリーダーが自制しようと考えても、末端の暴走とか、偶発的なトルコ軍との衝突とか、“不測の事態”はいくらでも起こりえます。
世の中の戦争・紛争は、相手にブラフをかけている状態での“不測の事態”発生で一気にエスカレートしていくのが常です。

仮にアメリカが空爆に乗り出すにしても、すでに今現在手一杯な状況で更にクルド自治区まで範囲を広げる軍事的余力があるのか?という問題もあります。
山岳地帯に潜むPKKに対し有効な攻撃が可能か?という軍事作戦的な問題もあります。

もっと深刻なのは、仮にトルコまたはアメリカが空爆などの攻撃を実行した場合、その後の影響です。
当然PKKの抵抗が強まることが予想されます。
21日トルコ兵士12名が死亡したような事件が続発したとき、トルコ国内の世論が激高し、更に強い軍事行動を求めるような流れにはならないでしょうか。
すでにイスタンブールでは、23日も数千人が街頭でトルコ国旗を掲げて反PKKデモを展開していると聞きます。
政権にとって、激高する世論を抑えるのは至難の業です。

クルド側も同様でしょう。
限定的な空爆とは言っても、民間人の巻き添えや誤爆なども十分に起こるでしょう。
自治拡大の世論は、一気に独立へと過激化する事態もあるかも。

クルド人のイラクからの離反についてはアラブ勢力も黙視できないところでしょう。
大統領、副首相、外相などをクルド人から出して存続しているマリキ政権はどうなるのか?
衝突・混乱がエスカレートすれば、クルド人がその領有を主張する油田地帯キルクークでもクルド、トルクメン、アラブの各勢力で内紛が生じ、トルクメン人を支援するトルコ軍の侵攻ということもありうるのか?
クルド人が独立志向を強めれば、イランにも飛び火します。

そんな混乱状態にならないように、アメリカとしては慎重にバランスをとりながら微妙な舵取り・・・ということでしょうが。
「米国は、冷戦時代からの同盟国(トルコ)と、イラク戦争以降の新興同盟者(イラクのクルド人)のいずれを取るか「踏み絵」を迫られている格好だ。」【10月23日 毎日】とも表現されています。
11月にイスタンブールで開催されるイラク安定化会議まで現状を維持することもそう容易ではない状態に見えます。

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ASEAN  憲章草案はできたが・・・

2007-10-23 14:48:56 | 国際情勢

(“ASEAN GIRLS”と題したこの写真 どの女性がどの国かわかりますか? 私もよくわかりません。 特に右端の女性が? 正解を知りたいところですが・・・
“flickr”より By moon130482 )

東南アジア諸国連合(ASEAN)は22日までに、最高規範となるASEAN憲章最終草案をまとめました。
7月末にマニラで開いた外相会議で設置に合意した加盟国の人権問題を扱う協議組織の創設が盛り込まれましたが、組織の構成や権限、さらに憲章違反があった国に制裁を科すかについては、11月にシンガポールで開催予定の首脳会議での政治判断に委ねられました。【10月22日 毎日】

人権問題を扱う協議組織、制裁規定は、反政府デモを武力鎮圧したミャンマー軍事政権への独自制裁を念頭においたものですが、今回草案は“政策・方針決定の際の全会一致や内政不干渉の原則を維持”【10月22日 共同】とも伝えられています。
もし最終的にもそういうことであれば、域内の人権違反国への制裁は事実上不可能でしょう。

7月の外相会議前の調整段階では、人権協議組織に積極的なフィリピン、インドネシア、タイ、マレーシアに、これに消極的なミャンマー、ベトナムがカンボジア、ラオスも取り込んで対立、憲章へ規定できるかも危ぶまれていました。

ASEANは今年8月24日にはマニラで経済相会議を開き、2015年までに経済統合を達成するための計画案を承認しました。
計画案は11月にシンガポールで開催される首脳会談で採択される見通し。
中国やインドなど、急成長を進めるアジアの大国に対抗する狙いとのこと。【8月25日 AFP】

今回の草案作成に見られる“まとまりのなさ”を考えると、経済統合と言ってもその実現には幾つもの疑問符がつきます。
域内の各国の事情は多様です。
ラオスは1党独裁、ベトナムも事実上1党独裁の社会主義国ですし、カンボジアは立憲君主制ですがかつてはクメール・ルージュにも属していたフン・セン政権、ブルネイは実質的には絶対君主制、ミャンマーは問題を起こしている軍政、タイも現在は軍政。
これだけ政治体制が異なれば、人権についての考え方も多様でしょう。
大体、殆どの国が国内に少数民族問題を抱えており、他国の人権問題を云々する状態にもないように見えます。

しかも、宗教的にはインドシナの仏教国に対し、マレーシア、インドネシア、ブルネイがイスラム、フィリピンはカトリック。
なかなかまとまらないでしょうね・・・。

ただ、共通点が多ければ関係がうまく行くか?と言えば決してそんなことはないようです。
隣接するマレーシアとインドネシア、お互いマレー人を中心としたイスラム国家で一応“議会制民主主義”の国です。
言語もかなり共通しており、お互い大体何を話しているかわかるそうです。

それだけ共通点の多い国ですが、経済的にはマレーシアが先行しており、インドネシアからマレーシアへの出稼ぎ・移民労働が多く行われています。
そしてインドネシアでは“マレーシア国内で働くインドネシア移民労働者に対する不当な取り扱い”への強い不満・批判があり、今年9月にはユドヨノ・インドネシア大統領が、不当な取調べでインドネシア人空手コーチに暴行を加えたと、マレーシア警察に対し謝罪を要求した事件も報じられています。

マレーシアへ渡ったインドネシアからの正規移民は60万人
予測では、同数の不法移民がいるといわれているそうです。
正規移民の27パーセントはメイドで、彼女達に対する虐待がインドネシア側の怒りを大きくしています。

******
空手コーチ事件の数日前にも、24歳のメイドが雇い主の虐待で死亡した。また、過去3か月に、虐待を逃れようとしたメイドが高層マンションの窓からぶら下がっているところを消防隊に救助される事件が2件も起こっている。移民労働者の権利擁護団体「テナガニタ」のイレーネ・フェルナンデス氏によると、5月だけでインドネシア大使館に逃げ込んだ移民労働者は150-200人に上るという。
インドネシア大学のアデ・アルマンド氏は、「マレー人はインドネシア人を民族的に低く見ている。これは、インドネシア人が彼らの国でメイドや肉体労働者として働いていることに起因している」と語る。【9月4日 IPS】
******
 
近親憎悪というのはどこの国にもあるもので、別に他国を引き合いにださなくても身の回りで経験することでもあります。
共通点があろうが、なかろうが、良好な関係を維持するということは難しいものです。
要は意識の問題です。

ASEANの件に戻ると、現状では“経済的な繋がりを深める”以上のものを期待するのは難しいように思えます。
更に言えば、各国がグローバル化した世界経済に直面するなかで、地域的な繋がりになんの意味があるの、本当に必要なのか・・・再検討も必要かも。

一時期、マレーシアの国産車「プロトン」がもてはやされましたが、最近は外国車との価格競争のなかで売り上げが低迷、外資への身売りも検討されているとか。
一方、保護すべき国産車をもたないタイは市場を開放し、外国メーカーの生産拠点「アジアのデトロイト」へ成長しているとか。【7月29日 南日本】

最近、ASEAN地域を牽引するようなリーダーもいなくなったような気がします。
フィリピン、インドネシアは開発独裁のマルコス、スハルトを追いやって以来、経済的にはむしろ低迷するような状態。
タイの成長をリードしたタクシンも軍政に追われ、独自の政策を実行したマレーシアのマハティールも引退。

こうしたASEANに対し、ヨーロッパの統合は紆余曲折を経ながらも随分進んでいるようです。

********
欧州連合(EU・27カ国)は18日の首脳会議で、今後、長期にわたるEUの運営方針を定めた「改革条約」を正式採択した。
交渉では、ポーランドなどが最後まで自国の利害を主張、白熱した議論が続いたが、最終的に同国などの主張をほぼ受け入れる形で、妥結した。
各国は12月の署名後、09年の発効を目指して議会手続きや国民投票による条約の批准に入る。
ただし、英など反EU感情の強い国で批准が難航する可能性があり、条約成立までには、まだ紆余(うよ)曲折がありそうだ。
欧州憲法が05年、仏などの国民投票で否決されたため、同条約はその重要部分を抜き出し、成立を目指していた。
◇EU条約骨子◇
 一、EUに大統領(任期2年半)と「外相」相当の外交上級代表を創設
 一、欧州委員会の委員数(現27)を削減
 一、欧州議会の議席数を785から750に削減
 一、賛成が加盟国の55%以上、賛成国の人口総数がEU人口の65%以上の場合、可決する「二十多数決方式」を17年以降完全実施
 一、少数反対国の求めでEU決定を一定期間、棚上げできる
 一、各国議会にEU法案の拒否権を付与
 一、EUと各国の権限配分の明確化。国家安全保障などは各国の権限
 一、1国が攻撃された場合、各国が援助する共同防衛規定を新設
【10月19日 毎日】
*********

異論の多かったポーランドについては、先日の選挙で民族主義的色彩のつよかったカチンスキ政権側が敗退したことで、EUにとっては話がすすみやすくなったようです。

批准については、欧州憲法の失敗に懲りて国民投票ではなく議会での批准を目指す国が多い中で、イギリスでは保守党キャメロン党首が国民投票実施を要求しており、労働党ブラウン政権は対応に苦慮しているようです。【10月21日 産経】

アジアとは歴史的・文化的背景が異なるとは言え、通貨を統合し、更に大統領・外相を設けて統合を進める欧州には正直なところ驚くばかりです。
“自分たちの利益を将来的に守るためにはこの途しかない”という深い洞察と強い信念に基づくものでしょうが。


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ボツワナ  進展するエイズ対策

2007-10-22 17:46:35 | 世相

(劇によるエイズ治療に関する啓蒙活動 ボツワナ “flickr”より By natavillage )

南アフリカのボツワナは、人口に占めるHIV陽性者の割合が最も多い国の一つです。(2000年の調査で成人の38.8%、世界第1位 03年37.3%、スワジランドに次いで世界第2位)
エイズ問題は放置すれば、患者にとって“死刑宣告”になるだけでなく、ミクロ・マクロの経済崩壊、社会の荒廃など、国家・社会そのものの崩壊を招く大問題です。
このボツワナでエイズ対策が急速に進展しているという珍しく“希望が持てる”ニュースがありました。



*****もはや死刑宣告ではない、ボツワナのエイズ対策******
【10月21日 AFP】 国家エイズ調整局(NACA)によれば、同国はHIV感染者に対し、アフリカ大陸において過去最大規模の抗レトロウイルス薬支給を実施し、過去5年間で感染者の死亡率を8.5%にまで減少させることに成功したという。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば、ボツワナ国民約200万人のうち約27万人がHIVに感染しており、早急に治療の必要な患者のうち85%が政府から無料で薬剤の支給を受けているという。モハエ大統領は2001年、死者数が驚くほどに増加する中で、「われわれは滅亡の危機にさらされている」と警告していた。
最終目標としては、独立50周年を記念する2016年までに新感染者をゼロにすることを掲げている。
* *****************

非常に“希望が持てる”ニュースですが、各国がエイズ対策、特に高価なエイズ治療薬の経済的負担で苦しむなか、どうやって“無料の薬剤支給”が可能になったのでしょうか?
ボツワナの成功の基礎には、この国がアフリカ諸国のなかでは、これまた珍しく政情が安定し、経済的にも順調に(ただし、鉱物資源に頼ったかたちではありますが)発展しているということがあります。
経済を支えるのは鉱物資源で、銅やニッケルもありますが、なんと言ってもダイヤモンド。
ダイヤモンドだけで、GDPの3分の1を超え、輸出総額の75%から90%、国の歳入の約半分を占めるそうです。【ウィキペディア】
政情・社会の安定が総合的なエイズ対策を可能にしており、財政的にもそれが可能な状況にあるのでしょう。

途上国におけるエイズ対策には様々のハードルがあります。
国家、患者の財政負担の問題
(もともと所得水準が低いうえに、本人あるいは介護の家族が働けなくこともあります。また、一般的にエイズ治療薬は所得水準に比べると相当に高価なものなります。)
病院・医療施設が住民の身近な場所にないため、検査も治療もできない
(病院への交通手段も制約されています。)
患者のコンプライアンスの問題
(エイズ治療薬は決められたとおり服用を続けないと薬剤耐性ができて、その薬剤は使用できなくなり他の薬剤に切り替える必要が出てきます。このため、このことを患者が理解し“きちんと服用する”ことを遵守することが大切です。
そのためには十分な説明、普段からのカウンセリング、薬剤耐性有無についての検査体制などが必要であり、これはなかなか大変なことです。)
抵抗力を維持するに十分な栄養状態を保つこと。
(一部途上国では至難のことです。)
感染予防のためのコンドーム使用の徹底
(下記のレポートに、南アフリカでは“黒人の人口を抑えるための政治的策略”と受け止められたことなどが報告されています。アパルトヘイト政策の負の遺産はこういう面にも現れます。)
などなど。

以下のアドレスに、ボツワナのエイズ対策を詳しく、特に、同じように高率のHIV感染率に悩む南アフリカとの比較で論じた牧野久美子氏のレポート「ボツワナ・南アフリカ エイズ治療規模拡大への課題」があります。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Topics/pdf/52_04.pdf
このレポートで目にとまった点をピックアップします。

・ ボツワナではエイズ対策について保健政策の一部として扱うのではなく、早い段階からマルチ・セクターで取り組むべき国家的政策と位置づけられた。各セクターの代表からなる国家エイズ評議会(NAC)が設置されトータルな対策を調整。

・ 2000年には、モハエ大統領は非常事態を宣言し、自らNAC議長について陣頭指揮にあたった。

・ 2002年から、治療を必要とする者には公的セクターにおいて無料で治療薬を提供する「マサ・プログラム」を開始(“マサ”は現地語で“夜明け”)
  
・ 民間企業の協力体制:国の基幹産業であるダイヤモンド鉱山において、政府に先立って2001年から従業員・配偶者に治療薬を提供開始

・ 国際的な協力体制:製薬メーカーのメルク社と“ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団”が各5000万ドルを拠出して人材育成・薬剤提供・患者情報管理システムなどで協力

・ 2004年からは他の疾患等で病院来院時に、本人希望によらず、医師の判断でHIV検査を行えるようにした。(本人に知らせるときショックを与えることもあって批判もある。)

詳述は避けますが、南アフリカでは上記ボツワナとは逆で、マルチ・セクター的取り組みが遅れ、指導者の理解が不足しており、製薬会社との協調ではなく対立が表面化する・・・といったことで、本来有していた医療に関する比較的恵まれたインフラにもかかわらず、金持ちは私費で治療を受けられるが、一般の人々は“死刑宣告”として受け止めるしかない状況が長く続いたようです。

南アフリカにとって不幸だったのは、エイズが問題になった時期が丁度アパルトヘイト体制からの移行期で、社会的にエイズ対策に取り組む余力がなかったということもあります。
また、長いアパルトヘイト政策の影響で、コンドームやエイズ治療薬について、黒人の人口を抑制するための政治的策略ではないかという不信感が社会に存在したということもあるようです。

ボツワナの紹介で興味深いのは、“メルク社(製薬メーカー)との協調”の点です。
エイズ治療薬は途上国の所得水準からすると高価なため、途上国の場合、国家にも患者にも大きな負担となります。
もっと露骨に、あるいは悪意を持って言えば、“薬は存在するが経済的に使えないため、多くの貧しい患者が死んでいく”、“製薬会社の儲けを守るために患者が死んでいく”という現実があります。
そこで、安価なコピー薬(医薬品は成分が明らかにされているので、まったく同じ薬をつくること自体は難しくありません。)を利用したいという動きが出てきます。
しかし、製薬会社は特許権で守られていますので、勝手なコピー薬は違法になります。
場合によっては、途上国側がWTOに定める例外措置である強制特許実施権を発動して強引にコピー薬使用に乗り出し、製薬メーカーと紛糾する場面が少なからずあります。

“患者の命か製薬会社の利益か”と問えば結論は明らかですが、ことはそれほど簡単ではありません。
製薬会社の特許権・利益が守らなければ、製薬会社は新薬の研究開発ができなくなります。
したがって、“現在の命を守るために、将来の本来なら救われたであろう多くの命を犠牲にするか”という問題にもなります。

メルク社自身が、タイやブラジルでトラブルになっており、タイは2006年11月に、ブラジルは今年5月にメルク社との価格交渉が決裂し“強制特許実施権”発動でコピー薬の輸入・使用を宣言しています。
どうして、ボツワナでは協調体制がとれたのでしょうか?
(財政的に恵まれたボツワナでは、メルク社が満足する価格の支払いを政府が可能である・・・というだけのことでしょうか。)

ちなみに、メルク社は従来と全く異なるタイプのエイズ治療薬を開発し、この薬剤がアメリカで認可されたというニュースが先日ありました。【10月13日 読売】
薬剤提供のギブ・アンド・テイクで、新薬の治験に協力する・・・なんてこともあるのでしょうか?
誤解がないように言えば、治験への協力は正規のプロトコルに従って行われるのであれば、なんら問題のない医療の進歩のために必要なことです。

話がそれてしまいましたが、いずれにせよボツワナで順調にエイズ対策が進展しているというのは実に喜ばしいことです。
アフリカに関する話題というと、内紛とか災害、難民、貧困・・・といった暗いものばかりになり勝ちですから。

先日、DNAの二重らせん構造を発見して1962年にノーベル医学生理学賞を受けた米国の分子生物学者ジェームズ・ワトソン博士(79)が英紙とのインタビューで、黒人が人種的に劣っているという趣旨の差別発言をし、話題になりました。
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博士は14日付のサンデー・タイムズ紙で「アフリカの将来を悲観している」とし、「社会政策はすべて、彼ら(=黒人)の知性が我々の知性と同じだという前提を基本にしているが、すべての研究でそうなっているわけではない」と語った。さらに「黒人労働者と交渉しなければならない雇用主なら、そうでないことを分かっている」と続けた。 【10月20日 朝日】
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ワトソン博士は謝罪して、アメリカに帰国したそうです。
“黒人が人種的に劣っている”とは絶対に考えませんが、アフリカの惨状を見ると“どうして・・・”という気持ちになってしまいがちなのも事実です。
実際、身の回りにもワトソン博士と同様の発言をしてはばからない者もいます。

ボツワナはダイヤモンドによって財政的に潤っているという特殊な事情はありますが、逆に言えば、条件さえ整えば着実に成果を上げられるという証拠とも思えます。

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