孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

リビア  東西地域対立、イスラム主義との関係、石油利権なども絡み周辺国を巻き込む戦乱

2019-04-30 23:03:46 | 北アフリカ

(映画「砂漠のライオン」ポスター 20世紀初頭、イタリアムッソリーニ政権のリビア占領政策に立ち向かったリビアの国民的英雄・オマー・ムクターの生涯を描いた作品。衝突する東西両勢力とも、自分こそがオマー・ムクターを継ぐ者だと考えているのでしょうが・・・)

 

【従前からの地域対立に加え、ムスリム同胞団などイスラム主義への距離感の差も】

北アフリカ・リビア情勢については、4月21日ブログで、東部のハフタル将軍の首都トリポリ侵攻に対し、トリポリの国民合意政府(統一政府)側の反撃も始まっていること、アメリカ・トランプ大統領が従来からの国民合意政府支持からハフタル将軍側に転向したのかも・・・といった話題にも触れましたが、「リビアの状況は、現段階では情報が少ないこともあって、また別機会に。」とも。

 

相変わらずリビア情勢に関する情報は少なく、戦闘がどちらに優位にすすんでいるのかも定かではありません。

 

まず、リビアの東西対立という現状の背景、それぞれを支援する周辺国の事情等について、改めて概観すると以下のようにも指摘されています。

 

****東西に割れるリビア、全国民の心つかむ英雄は再来するか****

(中略)『砂漠のライオン』というハリウッド映画をご覧になったことがあるだろうか。

 

20世紀前半に活躍したリビア独立の英雄、オマル・ムフタールの生涯を描いた作品で、リビアの最高指導者だったムアンマル・ガッダーフィー(カダフィ)が私財を投じて作らせたといわれている。(中略)

 

オマル・ムフタールは、リビア東部キレナイカ(バルカ)地方を拠点とするイスラーム神秘主義(スーフィズム)教団サヌーシー教団のメンバーで、キレナイカを中心にベドウィン部族らを糾合し、反イタリア闘争を展開、砂漠での戦いに不慣れなイタリア軍を大いに苦しめた。しかし、最後にはイタリア軍に捕らえられ、処刑されてしまう。(中略)

 

国連はトリポリ政府を支持するが……

2011年のいわゆる「アラブの春」を経て、リビアが内戦状態になったのはご存じのとおり。ここで考えなければならないのは、リビアの地理的背景である。

 

現在の形式上のリビアの首都は西北部トリポリタニアにあるトリポリである(アラビア語では両方ともタラーブルス)。(中略)

 

一方、キレナイカは、リビアの東半分を占め、中心地はベンガジ(ベンガージー)である。リビア王国時代は、トリポリとベンガジが交互に首都の役割をつとめていたが、革命後はトリポリが首都に定められた。

 

現在、リビアでは、トリポリに国連の支援を受けて成立した国民合意政府があり、キレナイカでは、東端のトブルクに代議院の主導するいわゆるトブルク政府がいる。

 

今、トリポリ政府と軍事的に衝突してメディアを騒がせているハリーファ・ハフタル将軍もキレナイカ出身であり、このトブルク政府から軍司令官に任命されている(もう一つ、リビアにはフェッザーンと呼ばれる地域がある。ここは、トリポリタニアの南に位置し、ほとんどが砂漠で、人口も少ないので、政治的な役割は小さい)。

 

エジプトやUAEはハフタル将軍を支援

当然のことながら、リビアを考える際には、トリポリとベンガジのあいだのライバル関係を前提にする必要がある。

 

実際、2011年以降のリビア内戦では、キレナイカは、トリポリタニア出身のカダフィ打倒のための武装闘争の拠点となり、暫定政権が置かれることとなった。

 

カダフィ打倒後に新政府が掲げた国旗は、キレナイカで生まれたリビア王国時代のそれである。

 

ハフタル将軍を支援しているのはエジプトやアラブ首長国連邦(UAE)とされている。キレナイカと国境を接するエジプトが、リビアを安定化させる軍事力をもつ勢力を支援するのは当然かもしれない。実際、オマル・ムフタールもエジプトの支援を受けていた。

 

一方、トリポリ政府に対するムスリム同胞団の影響を指摘する声も少なくない。同胞団の影響を受けた国家が隣にできるのは、同胞団政権を軍事クーデターで打倒したエジプトのシシ大統領からみれば悪夢であり、エジプトが、同じく同胞団を毛嫌いするUAEとともに、ハフタルに肩入れするのはわかりやすい構図である。

 

他方、トリポリ政府は、同胞団を支援するカタールやトルコの支援を得ているといわれている。国際的に承認されているのはこちらである。実際、欧米諸国を中心にハフタル非難の声明が出されている。

 

ハフタル側からみれば、テロ撲滅の大義は彼らにある

だが、果たして、欧米やカタール、トルコがどこまでトリポリ政府を守ることができるのか。

 

ややこしいのは、国際社会でテロ組織あつかいされているジハード主義系組織の多くが反ハフタルでまとまっている点だ。

 

ハフタル側からみれば、テロ撲滅の大義は自分たちにあるということだろう。すでに、ロシアやフランスも、そして米国もハフタル寄りの姿勢を示しているとされる。

 

トリポリとキレナイカの衝突の行方は不明だが、たとえ、一方が勝利を収めたとしても、このままでは、地域対立という紛争の火種が消えることはない。オマル・ムフタールのように全国民によって共有される救国のヒーローがリビアに果たして現れるであろうか。

 

ここにきてリビアだけでなく、アルジェリア、そしてスーダンと、アフリカのアラブ諸国の状況が風雲急を告げている。アラブの春第2ラウンドとの声も上がるなか、ふたたび中東・北アフリカに混乱が訪れるのか。目が離せなくなっている。【4月30日 保坂 修司氏 日経ビジネス】

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【周辺国介入でシリア化の様相も】

でもって、最近の戦況については、首都トリポリでの攻防が続いているようです。

 

****リビア情勢と外国の介入****

リビアの情勢は相変わらず不透明と言うか流動的な模様ですが、同時に外国の介入の報道が増えています
アラビア語メディアから、取りあえず次の通り

・トリポリを巡る戦いは、その後も基本的に(市街地を含む)市の南部で激しく戦われている模様ですが、haftar軍に近いメディアは、haftar軍 は優勢に作戦を進め、市の中心に向かっていると報じています・

これに対して統一政府に近いメディアは、同軍の反撃が功を奏して、haftar 軍は1km上後退したと報じています。

またこれまでも統一政府軍の主力はミスラタ民兵だった模様ですが、29日更に新たな増援部隊がミスラタから到着し、陣容が強化されたと報じています。


・またこれまでは(現在でもそうか)空爆を行っているのは、主としてhaftar軍と伝えられてきましたが、29日には統一政府軍が2回の空爆を行った由


・他方外国の介入については、al jazeera net が、現地目撃者の談として、エジプトがhaftar軍に支援物資等を続々と送り込んでいる報じています。


リビア国境に近いマルサマトルーフ近郊にエジプトが一大軍事基地を建設したことは前に報告の通りで、この基地がエジプト機やUAE機のリビア空爆の拠点として使われていることも何度か報告の通りです。

目撃者によると、この基地からリビアに向かって、装甲車を含む、武器弾薬類の車列が送り込まれ、両国の国境は車列の通過する間閉鎖されたとのことです

また、この基地からはリビアの統一政府軍攻撃のために、UAEのドローンが飛び立っている由
(この話が事実であれば、UAEはイエメンのhothy軍からドローンでアブダビやドバイを攻撃するとの威嚇を受けていることもあり、忙しいことです)


・他方、haftar軍報道官は同じく29日、トルコが統一政府軍にドローン及びその操縦要員を供与している確かな証拠があると非難した由


(今のところ統一政府がドローンを使用したという報道はないが、ついにリビア内戦もドローンの相互使用という近代戦?になるのでしょうか)(中略)


どうやら戦線が膠着している一方で、双方に対する外国からの支援もあり、今後戦闘がトリポリの中心に近づけば、民間人の被害もさらに増える危険が強いですね。【4月30日 「中東の窓」】

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戦線の膠着、エジプト、UAE、トルコなどの軍事介入・・・シリアの混乱にも似てきました。

 

戦況は伝えるメディアの“色合い”によってニュアンスが異なりますが、一応、ハフタル将軍側がエジプトなどの支援を得て攻勢を続けている、国民合意政府(統一政府)側が抵抗しているというところです。

 

支援国についていえば、国連は国民合意政府(統一政府)を認めていますが、支援国はむしろハフタル将軍側に有利なようです。

 

****リビア情勢ハフタル軍優位か*****

リビアの首都トリポリでは、激戦が続けられているという情報が伝わってきているが、どうも東リビアのハフタル軍(LNA)が、優位に立っているようだ。

 

それは、ハフタル軍に対する支援が、エジプト、アラブ首長国連邦、サウジアラビアから、寄せられているからであろう。

加えて、ヨーロッパからはフランスとイタリアが、やはりハフタル軍を支援しており、ロシアも然りだ。またアメリカももともと、20年にも渡って、ハフタル将軍を匿ってきていた国であり、リビア革命勃発時には、彼をリビアに戻している。つまり、アメリカもハフタル軍を支援している、ということであろう。

その結果、ハフタル軍はいまリビアの3分の2を、支配しているといわれている。

 

アラブ首長国連邦は沿岸警備艇アルカラマを、ハフタル軍側に送っており、その警備艇が最近、ラース・ラヌーフの石油積出港に。進出しているのだ。

また、エジプトは軍事空港を建設し、軍用ヘリを送り、軍人も送っているといわれている。

こうした情況を見ると、エジプトやアラブ首長国連邦、サウジアラビアに加え、フランスやイタリアもハフタル軍が、出来るだけ早くリビアを完全掌握して欲しい、ということであろう。ヨーロッパ諸国にとってリビアの石油は、非常に重要なのだ。

トランプ大統領のイラン石油締め付けのおかげで、ヨーロッパだけではなく、多くの国々が石油不安に、陥っているのだから、当然であろう。【4月30日 「中東TODAY」】

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石油・・・という話になると、そもそもリビアの混乱は石油利権をめぐる旧宗主国イタリアと、やはりリビアに利権を有するフランスの対立が背景にあるとも言われています。

そのフランスは、以前からハフタル将軍に近いとされています。

 

イスラム過激派との距離、石油利権も絡んで、周辺国がそれぞれの立場で介入・支援する形になります。

 

【行き惑う難民 混乱に乗じて勢力拡大を狙うIS】

戦況は定かではありませんが、戦火の拡大によって、住民はもちろん、他の地域からの難民に多大な影響が出ていることは確かです。

 

****移民ら数千人が収容所に足止め、リビア首都の戦闘で****

アフリカ各地の戦闘地域から逃れてきた移民ら数千人が、リビア首都トリポリ西方ザウィヤの収容センターで足止めされている。

 

首都周辺では過去3週間にわたり、国民合意政府(GNA)と元国軍将校の実力者ハリファ・ハフタル氏率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA)」との間で、激しい衝突が続いている。

 

人道支援団体や国際機関は、移民たちが置かれた状況に危機感を募らせている。取材に応じたセンターの移民男性によると、兵士らのグループがセンターを襲撃し、礼拝中の移民1人が殺害されたという。【4月30日 AFP】

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各地の戦乱から逃れてきたリビアも、また同様に戦乱・・・という悲惨な状況です。

 

もうひとつ確かなのは、こうした混乱がISなどの過激派にとっては格好の勢力拡大の土壌となることです。

 

****騒乱続く北アフリカ イスラム過激派活発化の懸念 リビアではISによるテロも****

北アフリカのリビアとアルジェリアで続く騒乱に乗じ、両国に潜伏するイスラム過激派の台頭が懸念されている。特に内戦の危機にあるリビアでは、一時は沈静化した過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロ再発の兆しがあり、勢力拡大を警戒する声が上がっている。

 

リビアは2011年の中東民主化要求運動「アラブの春」でカダフィ独裁政権が崩壊後、複数の武装勢力が割拠する事実上の内戦状態に突入。

 

ISや国際テロ組織アルカイダ系の組織も台頭し、「過激派天国」(AP通信)に陥った。

 

15年に国連の仲介で統一政府が樹立され、西部の首都トリポリを拠点とするシラージュ暫定政権が誕生したが、東部を拠点とするハフタル将軍が西部の政府を拒否。

 

今月4日以降、ハフタル氏が率いる民兵組織「リビア国民軍」が西部に進軍し、トリポリ近郊で暫定政府側との衝突が続く。

 

こうした中、ISはリビア中部フカハで9日、住民3人を殺害するテロを起こした。テロ組織に詳しいエジプト紙「バワバ」元編集長のサラハディン・ハッサン氏は「リビアでは国家が機能しておらず、今ISが台頭しても治安当局に戦う余裕がない」と話す。(中略)

 

アラブ諸国では政治が混乱した際、その隙(すき)を突く形で過激派が伸長するケースが多い。宗派対立が続いたイラク、内戦に陥ったシリアの両国では14年ごろからISが勢力を拡大。

 

今年3月までに米軍などの掃討作戦で両国のIS戦闘員はほぼ一掃されたが、「残党は偽造旅券を使って周辺国に拡散している」(中東の政治学者)との指摘もある。【4月15日 毎日】

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戦時下の武器としてのレイプによって妊娠した女性を見捨てるトランプ政権と宗教指導者

2019-04-29 21:53:48 | 女性問題

(シリア北東部のクルド人地域カーミシュリーにあるヤジディー教徒支援施設で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」から救出された後、イラク北西部シンジャルへ向かうバスを待つヤジディー教徒の女性たち(2019413日撮影)【429日 AFP】)

 

【戦時下の武器としてのレイプによる中絶も認めないトランプ米政権】

イラクの少数派ヤジディ教徒がIS(イスラム国)によってジェノサイドとも言える虐殺・暴力の対象となり、多大な犠牲を強いられたことは周知のところです。

 

****イラク、IS犠牲者遺体遺棄場の発掘開始 ヤジディー拠点****

イラク当局は15日、同国北部シンジャルにある、ISの犠牲になった人の多数の遺体が埋められた場所で遺体の発掘を開始した。

 

少数派ヤジディー教徒の拠点シンジャルはかつてイスラム過激派組織「イスラム国」に支配され、ISはヤジディー教徒を暴力行為の標的としていた。

 

ISから逃れてヤジディ―教徒の人権保護を訴えノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんはこの日、故郷のコチョでの遺体発掘開始式典に出席した。

 

検死作業を支援している国連は域内初めてとなる遺体の発掘で、ISによる住民殺害の実態解明につながると見込んでいる。IS2014年に支配下に置いたコチョでは女性を含め数百人の住民が殺害されたとみられている。

 

IS2014年にイラク北部の広い範囲に勢力を拡大し、ヤジディー教徒を標的にしてシリア国境に近いヤジディ―教徒の拠点シンジャルを掌握した。

 

ISの戦闘員はヤジディ―教徒の男性と少年数千人を殺害した後、女性や少女を拉致し「性奴隷」として虐待した。ヤジディー教徒はクルド語を話しその信仰はゾロアスター教にルーツを持つが、ISは彼らを「背教者」とみなしている。

 

国連はこれまでISの行為がジェノサイド(大量虐殺)に匹敵し得るとの見方を示しており、現在、イラク各地でのISの残虐行為について調査を進めている。

 

国連調査団を率いるカリム・カーン氏は、多数の遺体の埋められた場所はこれまでシンジャルのみで73か所見つかっていることから、今回の遺体発掘で調査が「重要局面」を迎えたとの考えを示した。

 

カリム氏は「説明責任を果たすまでの道のりは長く、前途に多くの課題がある」とした上で「こうした状況にもかかわらず、生き残った人々の共同体とイラク政府の協力の精神は称賛されるべきだ」と強調した。 【318日 AFP】*****************

 

上記記事にもあるように、特に女性の場合は「性奴隷」として性的暴力の対象となり、単に当時の虐待だけでなく、ISが去った後においても、レイプ者の子供を妊娠しているといった深刻な問題に直面しています。

 

ISによる性暴力という過酷な試練を経験したノーベル平和賞受賞者ナディア・ムラドさんは、紛争下の性暴力加害者の責任追及を国連安保理で求めました。

 

****紛争下の性暴力、責任追及を=ノーベル賞のムラドさんら-国連安保理****

過激派組織「イスラム国」(IS)によるイラクの少数派ヤジディ教徒に対する性暴力告発者ナディア・ムラドさんと、戦時下の性暴力撲滅に取り組むコンゴ(旧ザイール)の医師デニ・ムクウェゲ氏のノーベル平和賞受賞者2人が23日、米ニューヨークの国連安保理で演説し、紛争下における性暴力加害者の責任追及を強く求めた。

 

ムラドさんは「これまでにヤジディ教徒を性奴隷にした罪で裁判にかけられた人はいない」と述べ、IS戦闘員を裁く特別法廷の設置を訴えた。

 

ムクウェゲ氏も「裁きなしに被害者(の傷)は完全には癒えない」と、被害者の補償や加害者の責任追及に向けた基金設立への協力を呼び掛けた。【424日 時事】 

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ムラドさんが参加した国連安保理では、戦時下における性暴力の絶滅を目指す安全保障理事会決議が可決されましたが、アメリカ・トランプ政権の反対によって「性に関する医療」、つまり、レイプ加害者の子供を妊娠した際の中絶のための医療提供が文言から削除されるというかたちで、“内容を薄めた”可決ともなりました。

 

****性暴力を非難する国連決議、米トランプ政権が中身薄める****

妊娠中絶への反対姿勢を示している米トランプ政権の影響が、国連決議に及んでいる。戦時下における性暴力の絶滅を目指す安全保障理事会決議が23日、内容を薄められて可決された。

 

この決議は、戦時下でレイプが武器となっていることを非難するとともに、紛争地域における性暴力問題への取り組みが進んでいない状況について、安保理として懸念を示す内容。ドイツが提出した。

 

当初の決議案では、戦争で性暴力を受けた女性たちが提供されるべき医療サービスとして、「性と生殖に関わるもの、心理社会的なもの、法的なもの、そして生活支援に関するもの」となっていた。

 

「妊娠中絶を暗示している」

しかしこれは後に、「性暴力を生き延びた人たちを速やかに支援することが重要であり、安保理決議2106に沿って、国連の関連組織や支援者たちに、差別のない包括的な医療サービスを提供するよう求める」に変更された。そして最終的には、この部分が丸ごと決議案から削除された。

 

これは米政府の意見を取り込んだためで、トランプ政権は「性と生殖に関わる医療」が妊娠中絶を暗示していると、この表現に反対していた。

 

アメリカ、中国、ロシアが反対

国連安保理事会では、早期の決議案にアメリカと中国、ロシアが反対。拒否権の行使もちらつかせた。最終的に、修正された決議案が賛成13、反対ゼロで可決された(中国とロシアは棄権)。

 

フランスのフランソワ・ドラトル国連大使は、性に関する医療についての文言が消されたのは女性の尊厳を損なうものだとして怒りをあらわにし、こう述べた。

 

「紛争において性暴力を受け、明らかに妊娠を望んだわけではない女性や少女は、妊娠を終わらせる権利を持つべきだ。安保理がそのように認められないなど、まったく容認できないし、理解できない」

 

ノーベル平和賞受賞者たちも支持したが

決議案の草案に対しては、幅広い層から支持する声が出ていた。

人権弁護士のアマル・クルーニー氏は23日の安保理事会に出席。「これが皆さんのニュルンベルク裁判(ナチス・ドイツによる戦争犯罪を裁いた国際軍事裁判)の瞬間だ」、「歴史において正しい側に立つ機会だ」と訴え、理事国に賛成票を投じるよう求めていた。

 

2018年にノーベル平和賞を受けたコンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲ医師と、イスラム国(IS)兵士たちに強姦されたイラクのヤジディ教徒ナディア・ムラド氏も、安保理に出席し、決議案への支持を表明していた。

 

活動家のアンジェリーナ・ジョリー氏は連名で、422日付の米紙ワシントン・ポストに、決議を支持する意見記事を寄稿していた。

 

イギリスの最大野党・労働党のエミリー・ソーンベリー影の外相は、「戦争でレイプを武器とすることに反対する国連決議に対し、ドナルド・トランプ米大統領が拒否権を発動すると脅したのと同じ日に、トランプ氏をイギリスに迎えて賞賛する計画をテリーザ・メイ英首相が進めているのは信じられない」と批判した。【424日 BBC

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人工中絶に関してはアメリカ国内では世論を二分して激しい議論となる問題で、日本では考えられないような激しい示威行為なども行われ、トランプ・反トランプを分ける境界線のひとつともなっていますので、トランプ政権が反対したというのは“政治的には”分かります。

 

分かりますが、平時とは異なる戦時下において武器としてのレイプの被害者となった女性への配慮があってしかるべきではないかという憤りも感じます。

 

IS戦闘員の子供の共同体受入れを拒否する宗教指導者】

性奴隷とされたヤジディ教徒女性がIS戦闘員の子供を宿し、ヤジディ教徒社会からも拒まれ、行き場を失ってしまうという問題は、27日ブログ“シリア・イラク  IS崩壊でも癒えないヤジディー教徒女性の悲劇”でも取り上げました。

 

****IS戦闘員の子を宿したヤジディ女性の選択 ****
イスラム国が残した余波、行き場ない母子の苦悩

ニスリーンさん(23)が赤ん坊の顔をのぞき込むと、たまに父親の面影に気づくときがある。彼女をレイプした過激派組織「イスラム国(IS)」の戦闘員のことだ。

IS
はイラク北部で勢力を拡大した当時、この地に住む少数派ヤジディ教徒の女性たちを奴隷にした。彼女もその一人だった。
 
ISは2014年夏、大量虐殺作戦でヤジディ教徒に標的を定めた。ニスリーンさんはこのとき他の数千人の女性とともにISに捕まった。それ以降、彼女を「所有」した3人目の戦闘員の子をみごもった。

 
3年間とらわれの身だったニスリーンさんは、ISが崩壊状態に陥った昨年ようやく解放された。だが故郷や家族は、ニスリーンさんを子供と一緒に受け入れることを拒否した。


ヤジディ教徒の社会ではイスラム教徒との結婚を禁じており、戦闘員との強制的な結婚によって生まれた子供を認めることはできない。そこに戻りたければ、赤ん坊を諦めるしかないのだ。

ニスリーンさんは子供を選んだ。膝の上で生後8カ月となる子供をあやしながら、「息子と離れては生きていけない」と語る。自分と子供の身の安全を考え、フルネームを明かさないことを希望した。
 
ニスリーンさんが陥った悲痛なジレンマは、イラク社会が和解を進める上での課題を物語っている。ISはかつて制圧した地域のほぼ全てからすでに敗走した。だがISがずたずたに引き裂いた社会の構造を修復するには、はるかに長い時間が必要だろう。(中略)
  
ISの奴隷にされた余波で、極めて閉鎖的で保守的なヤジディの社会では、最も基本的な原則の一部が揺らいでいる。

 
捕虜だった女性が解放され始めると、ヤジディの宗教指導者は、イスラム教徒によるレイプは結婚に関する原則に反するが、伝統を捨て、温かく迎え入れるよう指示した。

IS戦闘員を父親に持つことで複雑な問題が持ち上がる。ヤジディ教では両親がともにヤジディ教の信者でなくては子供を信者とは認められない。「われわれは純粋な血を守っている」。ヤジディ教の聖地、ラリッシュの管理者はこう話す。

 
奴隷だったヤジディ女性の多くは避妊薬を与えられたが、それでも一部の妊娠は避けがたかった。イラクおよびクルド人自治区の当局者は、何人の子供が生まれたかは不明だと話す。支援活動家らの話では、数百人とはいかなくても数十人以上はいるという。
 
選択を迫られた女性の大半は子供を手放し、中には諦めるよう強要された女性もいると当局者やヤジディの活動家は語る。赤ん坊は支援グループなどの手を借り、シリアやイラクの児童養護施設に収容されたり、イスラム教徒やキリスト教徒の家庭に引き取られたりした。
 
ニスリーンさんの場合、(中略)妊娠が目につくようになると、親族は堕胎のために病院に連れて行った。既に妊娠8カ月に入っており、医師は中絶手術は危険だと告げた。
 
やがて健康な男の子が生まれた。ニスリーンさんの母親は子供を手放すよう促したが、彼女は拒否した。長老たちも説得しようとしたが無駄だった。そこで親族は子供を連れて家に戻るよう告げたが、彼女はそれも断った。

結局、ニスリーンさんはイラク北部ドホークにあるシェルターに住むことにした。ISから救出された母親たちの支援活動を行う米オレゴン州出身のポール・キンガリー博士が運営する施設だ。
 
そこで再定住の申請をした。難民として欧米のある国に受け入れが決まった後、「息子には良い生活を送らせたい」とニスリーンさんは語った。その国では同郷者の再定住が進められているという。
 
ニスリーンさんは自分の子供をヤジディ教徒として育てるかどうかまだ決めていない。「心の命じるままに従いたい」【2018 8 27 日 WSJ】
****************

 

性奴隷だったときの子供のヤジディ共同体への受け入れを認めないという対応については、先週、宗教権威である最高評議会議長の前向き対応ともとれる発言があり期待されていましたが、結局、従来方針は変わりませんでした。

 

****ISのレイプで生まれた子、ヤジディー共同体への受け入れ認めず 宗教評議会****

イラクの少数派ヤジディー教の宗教指導者による最高評議会は27日夜、教徒の女性がイスラム過激派組織「イスラム国」の戦闘員にレイプされた結果生まれた子どもたちについて、共同体への受け入れは認めないとの見解を表明した。

 

ヤジディー教徒は、かつてイラク北西部の山岳地帯にある都市シンジャル周辺に約50万人が暮らしていた。しかし、2014年にシンジャルへ侵攻したISは、略奪や破壊の限りを尽くした。ヤジディー教徒の男性は殺害され、男児は強制的に戦闘員にされ、数千人の女性たちは性奴隷として拉致・監禁された。

 

閉鎖的なヤジディー教徒の共同体では、両親ともヤジディー教徒の場合にのみ生まれた子どもを共同体の一員として受け入れる慣習がある。このため、ISにレイプされたヤジディー女性が産んだ子どもの扱いをめぐって、激論が交わされてきた。

 

先週、最高評議会のハゼム・タフシン・サイード議長は「(ISによる犯罪を)生き延びた者、全員を受け入れる。彼らが経験した苦難は、彼ら自身の意思に反していたとみなす」との宗教令を発し、画期的な方針転換だと受け止められた。

 

ヤジディー教徒の人権活動家らは、ISのレイプで生まれた子どもたちも今後はヤジディー教徒の親族に囲まれて暮らせるようになると解釈し、「歴史的だ」と最高評議会の決定を称賛した。

 

だが、最高評議会は27日夜の声明で、宗教令について「レイプの結果生まれた子どもは含まない。ヤジディー教徒の両親の間に生まれた子どもについて述べたものだ」と明言した。

 

ヤジディー教徒の共同体では従来、教徒以外と結婚した女性はヤジディー教徒ではなくなると考えられてきた。2014年のIS侵攻でレイプ被害にあった女性たちも当初、ヤジディー教徒ではなくなったとみなされたが、翌15年にヤジディー教の宗教指導者ババ・シェイク師が、被害女性らの帰郷を歓迎すると決定した経緯がある。

 

ただ、このときはレイプによって生まれた子どもたちの問題は解決されなかった。そのためIS戦闘員の子どもを産んだ女性たちは、ヤジディー教徒の親族たちとの絶縁状態を受け入れるか、わが子を手放すかという困難な選択に直面している。

 

イラクでは子どもは国籍と宗教の宗派を父親から受け継ぐ。父親がIS戦闘員とみられ、行方不明だったり死亡したりしている場合、父親の身元を確認できないため子どもが無国籍状態になる恐れがある。 【429日 AFP

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中絶もできず、出産すれば子供は共同体参加を拒否される・・・被害者女性はどこで生きていけばいいのか?

 

アメリカ・トランプ政権も、ヤジディ教宗教指導者も、自分たちの価値観・伝統を維持することだけに関心が向けられ、最も救いを必要とするレイプ被害者女性に寄り添う心が感じられないのは残念であり、腹立たしいことです。

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ロシア  失敗しない「本物の男(ムジーク)」プーチン大統領の最大の「罪」は、「普通の人々がどう暮らしているか知らない」こと

2019-04-28 22:37:13 | ロシア

(失敗しない「本物の男(ムジーク)プーチン大統領を描いた壁絵 クリミアのヤルタ市【422日 ロシア・ビヨンド】」

 

【最近のプーチン支持率低下】

ロシアでは年金改革の発表以降、プーチン大統領の支持率がひと頃の80%超から60%台に低下(他国の政権に比べれば、それでも高率ですが)していると言われていますが、そうした政権への不満を示すような「事件」として、下記のニュースが報じられました。

 

****ロシアの主婦、市長選で大金星 選挙運動、ほとんどしていないのに…****

ロシア・シベリアの小都市の市長選で、選挙運動をほとんどしていない主婦が、圧勝するはずだったプーチン政権与党の候補を破る「事件」が起きた。有力な野党候補が選挙から排除されたことに、市民の怒りが表れたとの見方が多い。

 

舞台は、人口約8万人のウスチイリムスクで、現職の辞職に伴って3月下旬にあった市長選。当選したのは、野党自由民主党から立候補したアンナ・シェキナさん(28)だ。得票率は約44%で、政権与党統一ロシアから出馬した市議会議長を約6ポイント上回った。

 

地元紙によると、シェキナさんは大学を中退し、6歳の息子を育てるシングルマザー。定職には就いていない。肩書は主婦だ。「党の義務で仕方なく出馬した」とSNSで明かし、当初は選挙運動もほとんどしていなかった。

 

経済の低迷や年金の受給開始年齢の引き上げが地元の課題で、当初は野党の元市議らが有力とされていた。だが、地元選管は「書類の不備」などを理由に、元市議を含む野党や無所属の8人の立候補を却下。これに反発した票がシェキナさんに集まったようだ。

 

ロシアでは野党の有力候補が立候補を認められず、与党候補が圧勝するケースは珍しくない。

2018年3月の大統領選では、野党指導者のナバリヌイ氏が立候補を認められず、プーチン大統領が過去最高の得票率で当選した。

 

同年秋の沿海地方知事選でも、一度は与党候補の得票率に1・5ポイント差まで迫った共産党候補がやり直し選挙で出馬を拒まれ、プーチン政権が全面支援した与党候補が圧勝した。

 

シェキナさんの当選を「与党に対する市民の反発が、無名候補を勝たせるほど膨らんでいる証しだ」とする政治アナリストの指摘もある。

 

プーチン政権や統一ロシアの支持率は、昨夏の年金改革の発表を機に落ち込み、回復の兆しがない。9月には統一地方選を控え、プーチン氏は人気が低い5人の現職知事を相次ぎ退陣させ、政権幹部を知事選に立候補する知事代行に任命するなど、てこ入れを急いでいる。

 

ロシア中部イルクーツクで民間の選挙監視団体「ゴロス」を率いるアレクセイ・ペトロフ氏は「年金改革や野党候補の排除に対する市民の不満は全国共通だ。無名の主婦の勝利はどこでも起こりうる」と、今後の波乱を予想する。【49日 朝日】

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野党や無所属の8人の立候補を却下した地元選管の対抗への批判などもあって、「与党に対する市民の反発が、無名候補を勝たせるほど膨らんでいる証しだ」「無名の主婦の勝利はどこでも起こりうる」と一般化できるかどうかは疑問ですが、政権への不満が鬱積していることは間違いないようです。

 

そうした不満は、“古き良き時代”(“良き”時代だったかは大いに問題がありますが、往々にして“古い”時代の汚点は記憶の中で薄れていきます)への郷愁にもつながっているようです。

 

****スターリンに肯定的評価、過去最高 ロシア世論調査 現状不満が背景か****

ソ連時代の独裁者で、政敵や民衆ら少なくとも数十万人を銃殺したとされるスターリン元ソ連共産党書記長(1878〜1953年)について、肯定的な感情を抱くロシア人の割合が50%を超えたことが、ロシアの独立系世論調査機関「レバダ・センター」の定期調査で分かった。

 

スターリンへの肯定的評価が50%を超えるのは、2001年の調査開始以来初めて。

 

ロシアの国際的影響力の低下や経済低迷、不十分な社会保障、格差拡大など現状への不満が、ソ連時代の大国イメージや安定性への憧憬となって回答に反映されたとみられる。

 

調査は3月21〜27日、18歳以上の約1600人を対象に実施され、今月16日に結果が公表された。「スターリンにどんな感情を抱くか」との問いに、4%が「称賛」、41%が「尊敬」、6%が「好意的」とし、肯定的な回答が過半数を占めた。「反感」は6%で、過去最低となった。

 

「スターリンはロシアの歴史にどのような役割を果たしたと思うか」との問いでも、70%が「肯定的役割」と答え、過去最高に。「否定的役割」との回答は19%で過去最低だった。

 

ロシアではスターリンについて血塗られた独裁者との印象がある一方、第二次大戦の戦勝をもたらした英雄との評価も存在する。

 

同センターが昨年11月に実施したソ連時代への評価に関する調査でも、66%が「郷愁を感じる」と答え、2004年以来の高水準となっていた。【417日 産経】

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【「彼がこれまでに同じような窮地から脱したのは一度や二度ではない」ことの問題】

一方、プーチン大統領の最近の支持率低下について、ロシア系サイト「ロシア・ビヨンド」は以下のように伝えています。

 

「ロシア・ビヨンド」についてはよく知りませんが、“ロシア・ビヨンドは、2007年に立ち上げられて以来、世界各国におけるロシア理解を促すことを常に使命としてきました。ロシア・ビヨンドは、文化、旅行、教育、言語、ビジネスその他、ロシアのすべてに対し、主要な「玄関」となることを願っています。”とのことですから、おそらく実質的にはロシア当局の監督下にあるサイトと思われます。

 

****一般的なロシア人はプーチンのことをどう思っているか****

ウラジーミル・プーチンの支持率は、長年80パーセントを下回らなかった。近年になって少し落ちただけだ。ロシア人が自分たちの大統領を好んでいるというのは事実なのだろうか。(中略)

 

これ(201712月に開催された、ロシア大統領をテーマにした展覧会「スーパープーチン」展)は政治的な注文によるものか、独特の選挙運動に見えるかもしれない(主催者は大統領に対して「ポジティブ」な姿勢を取っているだけだと主張しているが)。

 

実際、「スーパープーチン」展は選挙の直前に開かれた。だが、これに対して一般のロシア人は拒否反応を示さなかった。国や独立系の社会研究所が公表している支持率によれば、プーチンはロシアで愛されている。その高い支持率は長年揺らいでいない。20184月に下がり始めたに過ぎない。

 

「プーチンはロシア」

「プーチンがいればロシアがある。プーチンがいなければロシアはない」――このフレーズはすぐさま格言となった。

 

フレーズを考えたのは、当時ロシア大統領府第一副長官だったヴャチェスラフ・ヴォロージン(現在は下院議長)だが、「プーチンは国の化身である」というイメージは、彼の周囲だけでなく国民の間でも人気になった。

 

世論調査から判断すれば、平均的なロシア人はそう考えている。こうした国民にとってプーチンは、「安定の才能」の権化であり、ソビエト国家の残骸を集めて再び「偉大な国」にする人物なのである。(中略)

 

「本物の男(ムジーク)」

Мужик」(ムジーク)。現在ロシア人がこの言葉で意図するのは、意志の強い厳格な男(黙って眼窩でビール瓶の蓋を開け、氷点下40度で散歩に出かけるような男)だ。

 

「本物のムジーク」という言葉は、男性にとっては最上の誉め言葉であり、一般的なロシア人はまさにこのようにプーチンを形容する。

 

「勇気」「決断力」「力」「自身」「大胆さ」――これらすべてが、平均的なロシア人が自分たちの大統領に認める性質だ。

 

ロシアがクリミアを併合した当時、プーチンの支持率は長らく80パーセントを下回っていなかった。支持率が史上最高の90パーセントに到達したのは2015年、ロシア軍がテロリストと戦うためにシリアへ向かった年だ。

 

社会学者らの考えでは、どちらの出来事もプーチンをまさに「ムジーク」にした。「クリミアを取って、私たちは国際社会に挑発し、西側の考えに反した行動に出た」と「レヴァダ・センター」社会文化研究部のアレクセイ・レヴィンソン部長は説明する。

 

「人々には、国が全世界を敵に回しているという感覚があった。大勢の人の目には、まさにこのことがロシアを偉大な強国にし[これが本当かどうかについてはこちらの記事をご覧頂こう]、プーチンを恐れ知らずの強力な指導者にしていると映った。」

 

失敗しない人物

プーチンのような人物が、失敗をすることがあるだろうか。おそらくある。だが(平均的な)ロシア人はこれを信じない。大統領の任期中、プーチンの支持率は滅多に国内危機の影響を受けていない。伝統的に、全打撃を被るのは大統領の「指令を遂行しない」内閣だ。

 

世論調査によれば、プーチンの最大の「罪」は、彼が「普通の人々がどう暮らしているか知らない」ことだ。プーチンはインターネットをしないことで知られている(携帯電話すら持たない)。必要な情報はすべて、毎日秘書が用意するファイルから得ている。

 

そんなわけで、「もしプーチンが何か知らなければ、それは彼に話が通っていないからだ」というのが国民に広く浸透した考えだ。

 

プーチンの支持率が落ちたのは5回だけだ。うち4回は最近の5度目の下落に比べれば些細なものだ。

最近の支持率低下は、大多数の専門家の考えでは、プーチンが国民にとって非常にデリケートな問題である年金改革を公式に支持したことと関係している。

 

だが、支持率の低下はあくまで一時的なものだろう。「彼がこれまでに同じような窮地から脱したのは一度や二度ではない」と「ペテルブルグ政策」基金の会長である政治学者、ミハイル・ヴィノグラードフ氏はラジオ放送「モスクワのこだま」で語っている

 

全ロシア世論調査センターのデータによれば、20193月、大統領の支持率は過去最低を記録した。32.7パーセントのロシア人しか彼の政策を支持しなかったのだ。

独立系のレヴァダ・センターの調査では、信任率はこれを上回る64パーセントだった。

 

とはいえ、支持率は一般的な水準に下がったに過ぎないとレヴィンソン氏はロシア・ビヨンドに語る。クリミアの事件やジョージア(グルジア)での五日戦争の前の支持率も同様だった。

 

「この安定的な水準でプーチンの支持率は長年維持されてきた。ロシア国民の3分の2が、国家の統一といったものの象徴として大統領を支持する必要があると考えている。いつか支持率をこの水準よりも下げる理由が見つかるかもしれないが、ここ20年間私たちは一度もそれを目撃していない。今のところ人々にはプーチンという焦点が必要なのだ」とこの社会学者は考えている。【422日 ロシア・ビヨンド】

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どうでもいいことですが、“眼窩でビール瓶の蓋を開け”というのは、どうやるのでしょうか?

“氷点下40度で散歩に出かけるような男”というのも笑えますね。ロシア人の「本物の男(ムジーク)」のイメージというのは、そういうものなのですね。そして、プーチンこそ・・・という話です。

 

閑話休題

“(クリミア併合とシリア出兵の)どちらの出来事もプーチンをまさに「ムジーク」にした”“彼がこれまでに同じような窮地から脱したのは一度や二度ではない”“クリミアの事件やジョージア(グルジア)での五日戦争の前の支持率も同様だった”・・・・そこが、国際社会が危惧するところでもあります。

 

プーチン大統領は、支持率低下を食い止めるために、国際的な紛争を新たに引き起こすのではないか・・・。

一昨日ブログで取り上げたウクライナのコメディアン大統領などは格好の相手でしょう。

 

【「普通の人々がどう暮らしているか知らない」ロシア指導層】

今日取り上げるのは、もう一つの興味深い指摘。“プーチンの最大の「罪」は、彼が「普通の人々がどう暮らしているか知らない」ことだ”という点です。

 

最近、プーチン大統領自身ではありませんが、大統領報道官の市民生活困窮を理解していない発言が話題となりました。

 

****ロシア、新しい靴を買えない家庭が3割強、それを「理解できない」大統領報道官****

<ロシア連邦統計局の調べで、ロシア生活の現状が明らかになったが、これを聞いた大統領報道官が、「理解できない」と発言して問題に......

新しい靴を買えない家庭3割強、地方では下水もない

ロシアでは、3家族のうち1家族は新しい靴さえも買えないほど貧困にあえいでいるということが、このほどロシア連邦統計局の調べで明らかになった。

 

しかしこれを聞いた大統領報道官が、「この数値はどこからきたんだ?」といぶかしげに記者に聞き「理解できない」と発言したため、外国メディアは「庶民の現実を把握していない」と指摘している。

この統計は、ロシアの生活水準を調べるために2011年以来、年に2回実施されているもの。今回は20189月にロシア全土で6万世帯を対象に調査が行われた。

英ザ・タイムズ紙によると、統計局が発表した数値は、ロシアの家庭のうち35.4%は1シーズンに靴1足しか持てないほど貧しいというものだった。

 

また、家計のやりくりが苦しいという家庭は79.5%に上った。年に1週間以上の旅行(友人や家族の家に滞在する場合も含む)に行かれると答えた家庭は約半数だった。

また英公共放送BBCは、肉か魚を毎日ではなく1日おきにしか食べられないと答えた家庭は10%に上り、12.6%の家でトイレは共同か屋外にしかないと答えたと報じている。

さらに都市部を除く地方で限定すると、38%が屋外トイレしかなく、下水がまったく完備していない世帯の割合は約20%に達した。

自国の貧困を信じられない?大統領報道官
ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は記者とのブリーフィングでこの統計について、「ロシア政府はこのデータを理解するのに苦労している」と打ち明けた。

 

「なんで靴なんだ?なんで3家族のうち1家族?この数値はどこから来たんだ?」と記者に問いかける一幕もあった。さらに、統計局に説明してもらいたいとも加えたという。

ザ・タイムズは靴の項目について、「ロシアは季節によって寒暖差が大きいため何足か靴を持っている必要がある。(たとえば)モスクワは降雪、豪雨、猛暑になることもあり、気温はマイナス25度からプラス35度と幅広い」と説明している。

ロシアの英字日刊紙モスクワ・タイムズによると、ロシア連邦統計局はこの調査について、「妥当な生活や貧富」に関する回答者の考えを主観的に反映したものだと説明。統計には総体的に考慮されるべき要素がいくつかあり、靴の項目もその1つだとしている。


BBC
は、統計結果を理解できないとしたペスコフ報道官の発言について、「官僚は庶民の現実を把握していないことを示唆しており注目を集めている」と伝えている。

庶民との格差についてBBCは、ペスコフ報道官が履いているブーツは、ロシアの月額最低賃金の倍近い金額だと指摘している。

またザ・タイムズは、ペスコフ報道官が2015年の自身の結婚式で6000万円近い腕時計をしていたため(同紙によると当時の同報道官の年間給与は約1350万円)、その金はどこから来たのか疑問視されていたと報じている(同報道官は妻からのプレゼントだと話しているとのこと)。【412日 Newsweek

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この種の調査は伝統的に行われており、内容的には新しいものではありませんが、大統領報道官の反応によって注目されるところとなったようです。

 

「各シーズンに対応した2足目の靴を家族全員に買えるか」「一年中いつでも果物が買えるか」「使えなくなった家具を買い換えられるか」「誕生日や新年にお客を自宅に呼べるか」「急な出費に対応できるか」など、実際のロシア国民の生活レベルを知ることのできる質問が並んでいます。【425日 徳山 あすか氏「靴も買えないロシアの庶民生活、格差は極限に」より】

 

(ロシアの冬には犬でも靴が必要だ。写真はロシア・モスクワで、保護靴を履いた犬と飼い主(2019130日撮影))【同上】

 

ロシアでは国民の6割以上が「ダーチャ」と呼ばれる郊外のセカンドハウス(別宅)を保有しています。

ダーチャはソ連時代、ほぼ国民全員に与えられ、かつて食糧不足の時代には、ダーチャで野菜や果物を作り、家計の足しにしていたとも。

 

ロシア人にとって夏をダーチャで過ごすことは、贅沢でもなんでもなく、至極当たり前のことのはずですが・・・。

 

“「別宅や親戚、友人宅などを含めて、1週間、自宅以外で過ごせるか」と質問したところ、49.1%が「無理」だと回答したのだ。年金生活者のみの世帯では63.8%が「無理」だった。”【同上 徳山 あすか氏「靴も買えないロシアの庶民生活、格差は極限に」】

 

ペスコフ報道官の話では“「調査についてはもちろん、(ウラジーミル・)プーチン大統領にも報告されています」”【同上】とのことですが、6000万円近い腕時計を着用するペスコフ報道官も、ネットもしない、携帯も持たないプーチン大統領も、質問項目の意味合いも、国民の困窮も理解できないでしょう。

 

失敗しない「本物の男(ムジーク)」の最大の問題かも。

 

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ブラジル  極右ボルソナロ大統領のもとで“どうなる、ブラジル?”

2019-04-27 21:58:59 | ラテンアメリカ

(米ホワイトハウスのローズガーデンで共同記者会見を行ったドナルド・トランプ米大統領(右)とブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領(2019319日撮影)【320日 AFP】 似た者同士の二人です)

 

【多様性強調がお気に召さなかった?】

「ブラジルのトランプ」「ブラジルのドゥテルテ」とも称されるブラジルの極右・元軍人のボルソナロ大統領ですが、就任前から懸念されたように、下記の報道が示すものは今後のブラジルにとって深刻な問題となるように思えます。

 

****ブラジルの多様性を強調したCM、極右大統領の要請で放映中止に****

ブラジルで今月1日から放映されていた多様性を強調したブラジル銀行のCMが、極右のジャイル・ボルソナロ大統領の要請を受けて14日に放映中止になっていたことが分かった。ブラジル銀行が26日、明らかにした。

 

このCMは若い顧客を呼び込むことを意図したもので、黒人と白人、心と体の性別が一致しないトランスジェンダー(性別越境者)、タトゥーを入れたり、髪を染めたりしている俳優らが、陽気な音楽に合わせてセルフィー(自撮り写真)を撮る中、ナレーションでオンライン口座の開設方法を説明する内容だった。

 

有色人種はブラジル人口の大多数を占めているにもかかわらず、広告に起用される例は少ない。

ブラジル銀行のルベン・ノバエス頭取は、「大統領と、このCMを放映中止にすることで合意した」ことを発表したが、理由については詳細を明らかにしていない。また、同銀行のマーケティング部長が辞任した件については、双方で話し合った上でのことだと説明している。

日刊紙グロボによると、ボルソナロ氏はノバエス氏に直接連絡し、CMの放映中止を求めたという。

大統領による今回の干渉をめぐっては、多方面から批判の声が上がっている。 【427日 AFP】

****************

 

ボルソナロ大統領はCMのどこが気にいらなかったのでしょうか?

ブラジルは、LGBTなどは否定するキリスト教徒白人の国家だ・・・ということでしょうか?

 

【「あの人にレイプする価値がないのは、あの人がとても醜いからです」】

ボルソナロ大統領の“過激な”あるいは“偏向した”発言は大統領選挙戦の間も話題になっていましたが、そうした考えは就任後も変わらないようです。

 

****「ご存知の通り、私は拷問賛成派です」“ブラジルのトランプ”語録が過激すぎる****

(中略)一方、ボルソナロは軍政時代を肯定する言動や女性蔑視・同性愛嫌悪・人種差別の発言が問題視されてきた。以下は物議をかもした彼の語録である。


拷問

「ご存じのとおり、私は拷問賛成派です。国民も拷問賛成派です。この国では投票で何かを変えることなどできません。投票では何一つ変えられません。変えられるとしたら残念ながら内戦が始まってからです。

軍事政権がやらなかったことをやらなければなりません。3万人くらい殺してね。手始めにフェルナンド・エンリケ・カルドーゾ大統領(当時)からです。無実の人が死ぬこともあるでしょうが、それはやむをえません」(1999年テレビ局「バンデランテス」のインタビュー)(中略)


同性愛

「同性愛の子供を愛するなんて無理です。偽善者にはなりたくありません。自分の息子が口髭をたくわえたムキムキの男と一緒に現れるくらいなら息子に事故死してほしいです。どちらの場合でも私にとって息子が死ぬことに変わりありませんからね」(2011年の『プレイボーイ』誌のインタビュー)

 

レイプ

「私はあなたをレイプしません。あなたにはその価値もありませんから」

2014年、左派の議員マリア・ド・ロザリオに対するブラジル下院での発言。ボルソナロはその後、「ゼロ・オラ」紙の取材を受けて、自分の発言をこう説明した。「あの人にレイプする価値がないのは、あの人がとても醜いからです。タイプではないんです。私があの人をレイプすることは絶対にありえません。私はレイプをするような人間ではありませんが、仮にそうだったとしても、あの人にはその価値がないんです」)

 

女性

「ブラジルの起業家の世界を見ると悲しくなります。労働関連の法律が多すぎるこの国では、会社経営者になると災難なのです。起業家が若い女性従業員を見て、何を思うか知っていますか。『なんてことだ。この女性は指輪をしているぞ。どうせ妊娠して6ヵ月の産休だ』と思うわけです。産休の費用を払うのは誰ですか。雇用者ですよね。

最終的には社会保障から出ますが、それでも仕事のリズムが崩れてしまうわけです。その女性がようやく職場に復帰したと思ったら、またすぐに1ヵ月のバカンスをとるわけです。結局、その年は5ヵ月しか働かないのです」(201412月の「ゼロ・オラ」紙のインタビュー)

 

宗教

「神は万物の上におられます。この国に世俗的国家の歴史などありません。この国はキリスト教の国家です。嫌なら出ていけばいいのです。少数派は多数派に従わなければなりません」(2017年、パライバ州の集会での発言)

 

人種

「この前、キロンボ(アフリカ系逃亡奴隷が作ったコミュニティ)に行ってきました。そこに住むアフリカ系の子孫たちは、体重がいちばん軽い人でも7アローバ(約100㎏)ありました。そんな人たちが、何もせずにダラダラしているんです。子孫を残す役にも立たないと思ってしまいました。

そんな人たちに年間10億レアルを超える額が使われているんです。(私に権限があったら)先住民やキロンボのための土地は1センチも与えません」(2017年、リオデジャネイロのユダヤ系団体のイベントでの発言)

 

どうなる、ブラジル?【20181027日 クーリエジャポン】
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“どうなる、ブラジル?”・・・・どうなるのでしょう。

 

【支持率35%は“岩盤支持層”?】

確かに人には自分と異なるタイプのものに対する拒否感・嫌悪感といったものはあります。

しかし一方で、そうした感情が自分勝手なもので、他人・相手にはまた別の立場・考え・価値観もあり、それは尊重しなければならないという理性的判断もあります。

 

ボルソナロ大統領のような人の場合は、そうした理性によるブレーキが外れており(そうしたブレーキは“ポリティカル・コレクトネス”として軽蔑の対象となります)、感情のおもむくままに発言・行動することになります。

 

そして、これまで政治・社会から多くの恩恵を受けてこなかったと感じる多くの国民がそうした“正直な発言・行動”に共感を抱き、政治的に支持することになります。

 

かつては、そうした共感は酒を飲みながらの与太話や、ネット上の匿名のうっぷん晴らしに限られていたのが、今は大ぴらにその共感を表明してかまわない・・・という空気になっています。(そうした空気の変化を大きく推し進めたのがトランプ大統領でしょう)

 

ボルソナロ大統領の国民支持については、以下のようにも。

 

****ボルソナロ政権 支持35%、不支持27****

ブラジル世論調査・統計機関(Ibope)は24日、ジャイル・ボルソナロ氏(PSL=社会自由党)が今年11日に大統領に就任してから初めて、全国工業連合(CNI)の要請によって同機関が実施した世論調査の結果を公表した。

 

同日付で伝えた伯メディアによると、201941215日に全国の126の自治体で実施、市民2000人から話を聞いた同調査では、回答者全体の35%がボルソナロ政権について「非常に良い/良い」と評価した。「普通」と答えたのは31%、「非常に悪い/悪い」との回答は27%、「分からない」および無回答は7%だった。

同機関は今年3月、全国工業連合の依頼を受けずに行った大統領の支持・不支持に関する調査の結果を発表した。その調査では回答者全体の34%が「非常に良い/良い」と回答、「普通」は34%、「非常に悪い/悪い」は24%、「分からない」および無回答は8%だった。

同機関によると、ボルソナロ大統領に対する市民の評価は、大統領就任(1期目)後の最初の3月のものとしてはフェルナンド・コロル氏以降の歴代大統領の中で最も低い。

 

歴代大統領の就任3カ月目の支持率は、19903月に大統領に就いたコロル氏は45%、951月に就任したフェルナンド・エンリケ・カルドゾ氏は41%、031月就任のルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ氏は51%、そして111月就任のジルマ・ルセフ氏は56%だった。

今回の調査ではどれだけの市民がボルソナロ大統領に信頼感を抱いているかについても探った。結果は「信頼している」が51%、「信頼していない」が45%、「分からない」および無回答が4%だった。【425日 サンパウロ新聞】

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歴代大統領の中で最も低い”ということではありますが、3月調査でも4月調査と同じような数字であり、このあたりの数字がボルソナロ氏の“岩盤支持層”を示すものなのかも。

 

アメリカ・トランプ大統領でもわかるように、“岩盤支持層”の支持は、個々の政策の評価やスキャンダルなどではほとんど動きません。

 

【“ウマが合う”トランプ大統領】

当然のように、ボルソナロ大統領とトランプ大統領は“ウマが合う”ようです。

 

****米ブラジル首脳、協力強化で合意=将来のNATO加盟も****

トランプ米大統領は(3月)19日、ブラジルのボルソナロ大統領とホワイトハウスで会談し、外交や経済分野の関係強化で合意した。トランプ氏は会談後の共同記者会見で、安全保障面の協力拡大に向け、ブラジルが将来、北大西洋条約機構(NATO)に加盟する可能性に言及した。

 

トランプ氏は会見で、ブラジルを「NATO非加盟の主要同盟国」に位置付けると表明した上で「NATO同盟国となる可能性も考えられるかもしれない」と付け加えた。中南米諸国はNATOに加盟しておらず、どういう形の同盟関係を想定しているかは明らかでない。

 

会談冒頭、両首脳は互いの名前を記したサッカーのユニホームを交換。ブラジルで左派政権が続き、長く疎遠だった米ブラジル関係の再構築を目指す姿勢をアピールした。

 

極右のボルソナロ氏は昨年の大統領選で、インターネット交流サイト(SNS)を駆使する発信手法や攻撃的発言で、トランプ氏になぞらえられた。【320日 時事】

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フランス外務省副報道官は“NATO設立を定めた北大西洋条約は「地理的な適用範囲を(北大西洋地域に)明確に定めている」と指摘し、可能性を否定した。”【320日 時事】とのこと。「冗談じゃない!」といったところでしょう。

 

アマゾンに関しては、環境保護とか先住民権利とかいいたものの制約を外して開発を推し進めるというのが、ボルソナロ大統領の考え方ですが、このあたりでもトランプ大統領と共鳴しています。

 

****ブラジル大統領、アマゾン地域で「米国と共同開発望む」****

ブラジルのボルソナロ大統領は8日、トランプ米大統領に対し、ブラジルのアマゾン地域の共同開発プログラムへの米国の参加を望んでいると伝えたことを明らかにした。詳細には言及しなかった。

 

ボルソナロ氏はラジオ局Jovem Panのインタビューで、アマゾン地域の先住民族保護区の画定を改めて批判し、地域の開発を妨げるとして法的に無効にする可能性を示唆した。

ボルソナロ氏は3月にワシントンを公式訪問している。

 

同氏はアマゾン地域などで鉱業への土地開放を進めるべきとの考えで、道路整備などインフラ改善を支持しているが、環境保護団体は、一段の森林破壊を招く恐れがあるとして反対している。【49日 ロイター】

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ボルソナロ大統領とトランプ大統領のタッグというのは、怖いものがあります。

 

「悪い奴らはどんどん殺せ!」といった考え方もトランプ大統領やフィリピン・ドゥテルテ大統領と共通するものです。

 

****ブラジル警察、窃盗団11人を射殺=大統領「いい仕事した」****

ブラジル・サンパウロ市東方のグアラレマで4日未明、銀行の現金自動預払機(ATM)を爆弾で破壊して現金を奪おうとした武装窃盗団と警官隊の間で激しい銃撃戦が発生し、窃盗団11人が死亡した。

 

容疑者は少なくとも25人。自動小銃で武装し、警察署に隣接した銀行と、約300メートル離れた別の銀行の襲撃を計画していた。事前に察知していた州警察が特殊部隊で迎え撃ったという。
 

ボルソナロ大統領は「11人の悪党が死に、罪のない人は誰一人傷つかなかった。いい仕事だった」と警察をたたえた。【45日 時事】

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また、極右と言われるだけに“左翼”嫌いで、独自の考えを有しているようです。

 

****ブラジル大統領「ナチスは左翼」=訪問のイスラエル側と別見解****

イスラエルを訪問したブラジルのボルソナロ大統領は2日、ヒトラーが率いたナチス党について正式名(国家社会主義ドイツ労働者党)を根拠に、左翼運動だったことは「間違いない」と述べた。

 

エルサレムのホロコースト記念館(ヤド・バシェム)を視察後、記者団に語った。軍人出身で極右の大統領は強硬な反共・反社会主義者として知られる。

 

記念館側はナチスの勃興について「ドイツでは(第1次大戦敗戦の)不満と共産主義の脅威が急進的右翼集団台頭の温床となり、ナチス党などを生んだ」と説明。「人種的な反ユダヤ主義などと反共産主義が結びついた」としており、左翼とする大統領の考えとは相いれない。【44日 時事】 

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思いがけず日本が引き合いに出される発言も。

 

****「大統領と大臣は無知」 ブラジルで教育改革巡り論争****

南米ブラジルのボルソナーロ大統領は26日、自身のツイッターで、国公立大学での哲学や社会科学分野への予算削減の計画を明らかにした。教育相は、日本を例に挙げ、「役に立つ学問」への資金投入の必要性を説明。

 

研究者らは「大統領と大臣の無知が明らかになった」と反発している。

 

ボルソナーロ氏は計画について、「獣医学、工学、医学のような社会にすぐに還元される分野に予算を集中させるのが目的だ」とし、「政府の役割は、納税者のお金を大事にすることだ」とツイートした。

 

「社会を改善し、家族がよい生活を送れるように、若者には読み書き計算を教え、その後に収入につながることを教えるべきだ」ともつづった。削減額は決まっていない。(中略)

 

日本では2015年、国立大学の人文社会科学系学部について「廃止や社会的要請の高い分野への転換」をうながす文科相通知が出され、強い批判を招いた。(中略)

 

ボルソナーロ氏は大統領就任前、「ブラジルの教育機関に浸透したマルクス主義のゴミと闘う」などと述べ、教育改革を進めると表明していた。【427日 朝日】

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このあたりは、日本政府の本音をストレートに表現したものでしょう。

 

【無責任な言動の犠牲になるキューバ人医師2500人】

思いつきで発言するボルソナロ大統領の無責任さを示すものとしては、下記のような話も。

 

****「ブラジルのトランプ」に騙された2500人のキューバ人医師****

昨年大統領選に立候補し、「ブラジルのトランプ」の異名をとったジャイル・ボルソナロはブラジルに派遣されているキューバ人医師が報酬の25%しか受け取れず、75%はキューバ政府の歳入になっていることを批判。

 

それはあたかもキューバの独裁者の奴隷のようなものだと指摘。彼が大統領になった暁には、キューバ人医師がブラジルの医師試験をパスすれば同国で医師として働くことができて、しかも報酬はすべて医師に支払われると公約していた。(中略)

 

ボルソナロのキューバの政治体制と医師派遣制度を痛烈に批判した姿勢を前に、キューバ政府は自国のプライドを傷つけられたと感じて、即刻ブラジルから医師団の撤退を決定。

 

ボルソナロが大統領に就任する今年11日までにブラジルで医療活動をしている全ての医師に対しキューバに引き揚げることを指示。その為にキューバ政府は帰国させる為の飛行機も手配した。

 

キューバ人医師の間では、ボルソナロが公約していた報酬の全額を稼ぐことが出来るということと、更に自由のないキューバに戻るよりもブラジルに残った方が生活の向上も図ることができると考えて、ブラジルに在住していた8332人のキューバ人医師の内の凡そ2500人がキューバ政府の指示を無視してブラジルに留まることを決定したのである。その一部の医師は家族も呼び寄せた。(参照:efe.com

 

ところが、3か月が経過した現在、ボルソナロが公約したことは全く守られておらず、残留したキューバ人医師の大半が職場を失い収入がなく生活に困っているという状態に陥っているのである。(参照:elnuevoherald.com

 

キューバ人医師が抜けたこともあって、ブラジル政府は新たに8517人の医師を募った。ところが、採用されたのはブラジル人医師だけであったという。

 

まだ、過疎地の800のポストが埋まっていないが、キューバ人医師がそれに応募しようとしても、医者の資格などを証明する書類をキューバから取り寄せねばならないことになっている。キューバを脱出した彼らがそれをキューバの関係当局に申請してもそれを手に入れることは困難である。

 

当初、ボルソナロはブラジルの医師の試験をパスするだけで医療活動をすることが出来ると言っていたのだ。キューバから医師の資格証明書などを取り寄せる必要性などには全く触れなかった。(後略)【415日 白石和幸氏 アゴラ】

*****************

 

ボルソナロ大統領としては単にキューバを批判したかっただけで、その後左翼国家キューバの人々がどうなろうが知ったことではないのでしょう。

 

上記のような言動にかかわらず、おそらく今後のボルソナロ大統領の支持を左右するのは、経済動向でしょう。

景気さえよくなれば、多くの国民は上記のような言動にはあまり関心を払わない・・・というのも現実です。

 

 

 

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ウクライナ新大統領 TVドラマが現実に プーチン相手の交渉、黒幕富豪との関係に不安

2019-04-26 22:43:26 | 欧州情勢

(ウクライナ首都キエフの選挙対策本部で、決選投票の第1回出口調査の結果を喜ぶウォロディミル・ゼレンスキー氏(2019421日撮影)【422日 AFP】 前途にはいばらの道が・・・)

 

【現大統領の政敵富豪が作成したTVドラマが生み出した新大統領 富豪の手足に・・・との懸念も】

ウクライナでは331日に大統領選挙第一回投票が実施され、新人でコメディアンのゼレンスキ氏ーが30.2%を、現職大統領のポロシェンコ氏が16.0%を得票し、この2人が決選投票に進出。

 

そして周知のように、421日の決選投票で、ゼレンスキー氏が73.2%を得票する“地滑り的圧勝”で当選を果たしました。

 

ゼレンスキー氏は、63日に正式に大統領に就任し、5年間の任期をスタートさせることになっています。

 

ゼレンスキー氏が政治に関して全くの素人で、素人が大統領になるというTVドラマで人気を博し、ドラマを現実のものとする形で、実際に大統領に就任する・・・・ということで、世界的にも注目を集めていることも周知のところです。

 

“彼の唯一の政治経験はテレビ番組で演じた大統領役だ――それもアメリカのドラマ『ザ・ホワイトハウス』に登場するジョサイア・バートレットのような聡明で強い大統領ではなく、笑いを取ることが狙いの大統領だった。”【423日 Newsweek

 

ドラマ「Servant of the People(直訳:国民のしもべ)」で彼が演じた教師は、政界の汚職について激しい口調で批判。ソーシャルメディアで拡散され、それがきっかけで大統領になるという展開でした。

 

ゼレンスキー氏はこの番組名と同じ名前の政党から立候補して、既成政治の腐敗を批判し、TVドラマと現実をオーバーラップさせることに成功しました。

 

もちろん全てはこれからですが、現在のメディア評価は、一言で言えば“大丈夫か?”といったところでしょう。

 

全くの素人が、また、コメディアンが大統領になることは基本的には問題ありません。特に“ポピュリズム”の流れが顕著な昨今では、イタリアの「五つ星」を主導した人気コメディアンのベッペ・グリッロ氏とか、パキスタン首相に就任した元クリケット有名選手のカーン首相などもいて、素人が政治の主役になることはそう珍しいことでもありません。

 

ただ、ゼレンスキー氏の場合、TVドラマを地で行くという異例の展開、今後の政策について具体策をほとんど語っていないこと、何よりも、東部ウクライナの国際的紛争地域を抱える中で、今後の相手があのロシア・プーチン大統領になることで、“大丈夫か?”という懸念にもなります。

 

もう一つの不安要素は、既成政治の腐敗・汚職を批判して人気を博したゼレンスキー氏ですが、彼自身も富豪のイホリ・コロモイスキー氏との関係が取りざたされており、その点で信用できるか疑わしいとの批判もあることです。

 

更に言えば、議会内に“自前の勢力”がまだ存在していないということも、現実面では大きな障害になるでしょう。

 

富豪コロモイスキー氏との関係については、以下のようにも。

 

****ウクライナのゼレンスキー次期大統領につきまとう「一発屋」の不安****

(中略)そうした中で、まさにゼレンスキーが現政権への対抗馬として浮上したのには、理由がありました。

 

ウクライナを代表する大富豪の一人に、I.コロモイスキーという人物がいます。コロモイスキーはポロシェンコ政権と対立し、プリバト銀行を国有化される憂き目にも会って、現在は外国に身を寄せています。

 

ただ、コロモイスキーはテレビ局「1+1」などの有力マスコミをウクライナに保有しているものですから、自らのメディアを駆使してポロシェンコへのリベンジを開始したのです。

 

そうした中、「1+1」局はゼレンスキーの主宰する「クバルタル95」という番組制作会社と契約を結び、「クバルタルの夕べ」というバラエティ番組と、テレビドラマ「公僕」の放映を開始しました。

 

特に後者は、ゼレンスキー演じる名もない学校教師がひょんなことから大統領になり、国民のために身を粉にして頑張るというストーリーであり、ゼレンスキーのイメージを決定付けました。

 

今回の大統領選におけるゼレンスキーの勝利は、フィクションが現実となるような展開であり、真相は不明ながら、このシナリオをコロモイスキーが完璧に描いていたのだとしたら、驚くべきことです。

 

ゼレンスキーを待ち受けるいばらの道

かくして、ウクライナ国民は既成政治に「ノー」を突き付け、清新な素人候補ゼレンスキーを大統領に据えました。しかし、国民が抱いているのはテレビドラマで作られたイメージであり、ゼレンスキーの実像ではありません。

 

自転車に乗り国民のために奔走する劇中の姿とは異なり、ゼレンスキーは高級車に乗るお金持ちで、実はオフショアやロシアに資産があるとも言われます。国民が、「あれ? 思ってたのと違う」と気付くのに、そう時間はかからないでしょう。

 

ゼレンスキーにとって最も厄介な問題は、前出の富豪コロモイスキーとの関係でしょう。自らの政界進出をお膳立てしてくれた恩人ですが、2人の関係は広く知れ渡っており、露骨にコロモイスキーの便宜を図ったりしたら、ゼレンスキー株は急落します。

 

とりわけ、上述のプリバト銀行の国有化を見直し、コロモイスキーの所有に戻すようなことをすれば、国民は激怒するでしょう。かといって、パトロンを裏切れば報復を受けかねず、このあたりの塩梅が難しいところです。

 

ゼレンスキーに政治経験がないことは、選挙には有利でしたが、就任後には不利になります。先日、EU各国の大使たちがゼレンスキーと面談し、ゼレンスキーがあまりにも無知であることに、大使たちは失望したと伝えられます。

 

ゼレンスキーは、知識が乏しいのに、思い付いたことを不用意に発言してしまう癖があると言われ、就任後に失言を繰り返したりしないか、心配になります。

 

実は、ウクライナの政治制度は、議院内閣制に近く、まず議会(最高会議)で多数派の連立が形成され、その多数派連立が首相を指名するという仕組みになっています。

 

現状でゼレンスキーには議会に自前の勢力がなく、人事や立法などの面でできることは限られています。本年1027日に議会選挙が予定されており、ゼレンスキーの政党である「公僕党」が躍進する可能性はありますが、これから半年間でゼレンスキー・ブームがすっかり下火になり、議会選挙でつまずくことも考えらます。

 

そうなれば大統領と議会がねじれたままで、ウクライナ政治は手詰まりになるでしょう。(後略)【424日 GLOBE+

********************

 

まさに、コロモイスキー氏が自分のTV局の自分の番組で作り出したキャラクターを現実の大統領に押し上げた・・・というところです。

 

【プーチン大統領 東部ウクライナ住民へのロシア国籍付与という外交カードで揺さぶり】

ロシア・プーチン大統領は、ウクライナに対し、さっそく強力な揺さぶりをかけてきています。

 

****ウクライナ東部住民、簡単に「露国籍」…反発強まる****

ロシアのプーチン大統領が、親露派武装集団による実効支配が続くウクライナ東部で、一部住民のロシア国籍取得手続きを簡略化する大統領令に24日に署名し、ウクライナで反発が強まっている。

 

ロシアには、ウクライナ大統領選で勝利したコメディー俳優のゼレンスキー氏を揺さぶる狙いもあるとみられる。

 

親露派武装集団は2014年に東部のドネツク州とルガンスク州の一部で「人民共和国」の建国を宣言した。住民は約370万人いるとされる。

 

大統領令により、住民が申請すれば、約3か月でロシア国籍と旅券を取得できる。プーチン氏は「住民は基本的な権利を奪われるなど看過できない状況にある」と人道目的を強調した。

 

ゼレンスキー氏の事務所は24日、プーチン氏の大統領令に関し、「ロシアが侵略国家だと改めて示している」と非難した。【426日 読売】

*******************

 

東部ウクライナのロシア系住民がロシア国籍を取得するこの意味合いは大きく、将来この“ロシア国籍を有するロシア人の保護”を名目にしたロシアの軍事進攻もあり得ることになります。

 

****ウクライナで新大統領が誕生、揺さぶりをかけるロシア****

(中略)ゼレンスキーは政治経験が全くない人物であるが、選挙戦の中で、記者会見を控えたり、ポロシェンコとの討論も最低限に抑えたりして、綻びを極力出さないようにしてきたのも勝因であろう。

 

ウクライナ問題で多大な犠牲を払ってきた両国

このような新人大統領を緊張関係にあるロシアはどのように見ているのか。

 

ウクライナにとって、最大の政治課題はウクライナ東部とクリミアの問題をロシアと議論し、解決することである。選挙前から、ロシアはポロシェンコとは交渉しないが、新大統領とは交渉の用意があると主張していた。

 

また、ゼレンスキーの当選を受け、ロシアのドミトリ・メドヴェージェフ首相は歓迎の意を表し、ウクライナとロシアの関係修復のチャンスはあると語った。

 

当然ながら、ゼレンスキーもウクライナ東部の問題解決を公約しており、ゼレンスキーはこれまでの、ドイツ、フランス、ロシア、ウクライナの四カ国による交渉である「ノルマンディー方式」に、英国、米国を加えて交渉を仕切り直す方針を提案している。

 

またゼレンスキーは、東部の分離派の住民をウクライナに統合し(ポロシェンコとは違う路線である。ポロシェンコ時代、分離派地域の住民に年金や社会福祉は提供されなかった)、分離派の捕虜になったウクライナ兵や1811月にロシアに拿捕され拘留され続けているウクライナ軍海兵の釈放も早期に行うと公約している。

 

しかしロシアは、クリミア併合とウクライナ東部の混乱状態の保持のために、多大な犠牲を払ってきた。ロシアに有利な形でなければ、決して交渉は妥結しないであろう。

 

他方で、犠牲を払ってきたのはウクライナも同じであり、ウクライナ国民もロシアへの譲歩には反対するはずだ。そのため、交渉での問題解決は極めて困難な状況であるのだが、そこにロシアはつけ込む可能性が極めて高いと考えられてきた。

 

ウクライナ東部住民、ロシア国籍の取得が容易に

そして、ロシアの最初の揺さぶりの第一手がすでに切られた。424日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がある大統領令に署名したのだ。

 

親露派分離主義勢力がその一部を実効支配しているウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州の住民が、極めて簡素な手続きでロシア国籍を取得できるようにするというものである。この意味は極めて大きく、ゼレンスキー政権に対する強烈な揺さぶりとなる。

 

そもそも、ロシア国籍を取得するのは容易ではなく、通常は、ロシア人との婚姻やロシアにおける就労希望など、明確な理由が必要とされ、言語試験などのハードルもあり、その取得には数年かかるのが普通だ。(中略)

 

しかし、今回の大統領令によれば、東部2州の住民は国籍取得のための申請書と個人データを提出すれば、たった3カ月以内の審査で国籍付与の可否が決まるという。そしてこの簡素化の決定は、国際法の基準に則った人権保護のためであるという。(中略)

 

このロシアの手法は、すでにジョージア国内の未承認国家(国家の体裁を整えながらも、国際的な国家承認を得られていない主体)であるアブハジア、南オセチアで確立されたものだ。

 

ロシアは、旧ソ連の未承認国家を、ロシアが旧ソ連圏を影響圏として維持するための外交カードとして利用してきた。

 

未承認国家の政治利用が最も顕著なのがジョージアの事例であり、ジョージア北部に位置し、ロシアと接するアブハジア、南オセチアに対し、ジョージアとの紛争中から惜しみなく支援をし、それらが未承認国家化すると、ロシアのパスポートを発行し、「ロシア人」を作り上げていったのである。(中略)

 

未承認国家の住民にとって、ロシアのパスポートの意味は大きい。未承認国家のパスポートでは海外に行くことはできないが、ロシアのそれがあれば、海外旅行が可能になる。しかも、ロシアから年金や社会保障も得られるのである。

 

とりわけ、ウクライナ東部の住民は、現在、ウクライナから年金や社会保障を得られておらず、ロシアから支援された「人民共和国」から少額の支払いを受けているに過ぎない。そういう状態であれば、ウクライナ東部の住民がこの大統領令を歓迎するのは当然である。

 

しかし、この大統領令は、ウクライナ東部が事実上のロシアの一部になってゆくことを意味する。

 

しかも、国際法的にはウクライナの中にあっても、「ロシアの自国民」がウクライナ国内にいるということは、ロシアにとって大きな政治的カードになる。ロシアのハイブリッド戦争において、「自国民保護」は重要なキーワードであり、それを錦の御旗にして、ロシアはジョージアやクリミアに侵攻してきた。

 

今回の大統領令は、ウクライナが東部を実質的に失っていくプロセスになり得、また、ロシアの侵攻の口実を生み出すものであり、新政権にとっては極めて大きな打撃である。

 

問われる新大統領の手腕、その実力は?

ロシアの揺さぶりがこれで終わるとは思えない。ゼレンスキーは最初から厳しい試練に晒されたが、これからの彼の手腕が注目されるところである。

 

それでは、ゼレンスキーはどのような人物か。(中略)

 

ゼレンスキーが大統領選挙への出馬を表明したのは2018年の大晦日であり、それは電撃的な発表とみなされているが、実は、ドラマに出てくる政党と同名の「国民の奉仕者」という政党を2017年末に登録していた。

 

また、2018年の春から外交や経済の専門家と接触していたことから、出馬の準備は実はかなり前から始めていたと言えそうである。

 

不安の声も……

ゼレンスキー最大の勝因は、現職のポロシェンコに対する失望があまりに大きかったことであった。(中略)

 

とはいえ、ゼレンスキーに不安の声が多いのも事実だ。

ゼレンスキーは、専用車で公道を優先通行する特権を放棄したり、飛行機移動も民間機を利用したりすると、大統領特権の多くを放棄すると宣言して、庶民派をアピールしつつ(ただし、実は大変な資産家である)、汚職を廃絶してウクライナを改革し、親欧米路線を追求してゆくと宣言しているが(ただし、EUNATOの加盟の際には国民投票を行うとも述べている)、彼の政策には具体性が欠けていることが懸念されている。

 

また、ゼレンスキーが18日に発表した20人の政策チームは3040歳代の若手が中心で、一部を除き、ほとんどが無名である。

 

さらに不安視されているのが、議会が機能不全に陥る危険性である。政権運営には最高議会の協力が不可欠だが、ゼレンスキーの政党「国民の奉仕者」の議席数はゼロであり、ポロシェンコ派が最大会派を形成しているため、政策を提案しても、容易に承認されない可能性は高い。

 

実は財閥の手足に過ぎない?

最後に、クリーンなイメージを打ち出してきたゼレンスキーが、実は財閥の手足に過ぎないのではないかという懸念もある。ゼレンスキーのバックにいると言われているのが、総資産額11億ドルを所有すると言われるオリガルヒのイホル・コロモイスキーである。

 

彼は、金融、鉄鋼、メディア、エネルギー、投資と非常に多くの分野に進出しており、ゼレンスキーが出演するテレビ局「1+1」も所有している。

 

(中略)ゼレンスキーとコロモイスキーの関係の深さは周知の事実であり、ゼレンスキーがコロモイスキーの手足になるのではないかという懸念が持たれていることは間違いない。

 

なお、ゼレンスキーは通常はロシア語話者で、公用語のウクライナ語は苦手であるため、勉強中であるという。

プーチンにとっては赤子の手を捻るようなもの?

 

このように、今後の政権運営には不安の声も多いものの、ポロシェンコへの失望が国内外であまりに高かったことが、相対的にゼレンスキーへの期待値を高めている。欧米諸国もゼレンスキーの当選を歓迎し、多くの欧米首脳が早期の首脳会談を望んでいるという。

 

しかし、ウクライナの今後の命運を握るのは、やはり隣の大国・ロシアである。老練な政治家・プーチンにとっては、ゼレンスキーとの交渉は赤子の手を捻るようなものであるかもしれない。

 

ロシアは、ウクライナ東部の問題につけ込みながら、ウクライナに揺さぶりをかけ、ひいては欧米に対して圧力をかけてゆく可能性が極めて高い。

 

新大統領の誕生が、ウクライナにとって起死回生の契機になるのか、ウクライナにとってさらなる試練をもたらすものになるのか、今後の動向が注目される。【426日 WEDGE

*******************

 

東部ウクライナの問題は、ウクライナ一国の問題にとどまらず、欧米とロシアの関係を通じて国際政治全体に影響します。

 

今世界が感じているのは、そのような極めて敏感な地域で、極めて“微妙”な人物が大統領になる・・・という不安です。

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ネパール  今年も(地震からの)“復興は道半ば” 繰り返される女性の悲劇

2019-04-25 22:05:03 | 南アジア(インド)

(ネパール・スルケート郡で、隔離された小屋で火に当たる生理中の女性たち(201723日撮影)【24日 AFP】)

 

【“道遠く”から“道半ば”は改善か?】

毎年この時期になると目にするのが、ネパールの地震からの復興が進んでいないという記事です。

4年が経過した今年も・・・。

 

****ネパール地震から4年で追悼 復興は道半ば****

ネパールで、およそ9000人が犠牲になった大地震が発生してから25日で4年となりますが、住宅の再建は半分にとどまり、依然として多くの人が仮設の住居などでの不自由な生活を続けていて、復興の遅れが懸念されています。

 

ネパールでは、2015年の4月25日にマグニチュード7.6の大地震がおき、その後も余震が相次いで、合わせておよそ9000人が死亡し、住宅などおよそ100万棟の建物が被害を受けました。

地震が発生して4年になる25日首都カトマンズの広場で遺族や政府関係者などが参加して犠牲者を悼む式典が開かれ、参加者は地震が発生した時刻に合わせて黙とうをささげました。

ネパールでは、国際機関のほか、インドや日本などが復興の支援を続けていますが、再建が完了した住宅は全体の半分にとどまっていて、多くの人がトタンや廃材を使った仮設の住居での不自由な生活を続けています。

当初の計画では、来年末までの復興事業の完了を目指すとしていますが遅れが懸念されていて、今後、どこまで復興を急ぐことができるのかが大きな課題となっています。

地震で倒壊した建物の下敷きになって妻を亡くしたという55歳の男性は「地震で妻も家も失いました。早く自宅に住めるように政府の支援がほしい」と話していました。【425日 NHK】

********************

 

昨年の記事見出しが

“ネパール地震から3年 国土復興、道遠く”【2018424日 共同】

“ネパール大地震3年、遠い復興=新政権に不満の声”【2018425日 時事】

 

“道遠く”“遠い復興”が今年は“道半ば”になった分、多少は進んだ・・・ということでしょうか。単なる言葉の綾でしょうか。

 

ちなみに、昨年記事では“被災した住宅の約3割は手つかず”“被災した住宅約79万棟のうち、3年間で再建されたのは約119千棟”【共同】とされていたのが、今年は“再建が完了した住宅は全体の半分”とありますので、やはり多少は進んでいるのかも。

 

いずれにしても、復興が遅れている事実には変わりありません。

昨年記事では、復興の遅れの背景として、政党間の主導権争いが指摘されていますが【時事】、それも恐らく変わりないないでしょう。

 

【地震による生活苦が助長する少女の人身売買】

もう一つ変わりないのが、復興が進まないなかでの国民の暮らしの困窮、その結果としての女性の人身売買です。

 

昨年も“<ネパール地震3年>女性らの人身売買被害増”【2018424日 毎日】という記事がありましたが、今年も。

 

****売られる少女、ネパール地震の影****

ネパールから連れ去られたり売られたりした後、インドで売春させられる少女が後を絶たない。約9千人が亡くなった2015年のネパール大地震後、その数は増えている。

 

 「家族助ける仕事」とだまされ、インドで売春強要

「1回500ルピー(約800円)だ。ネパールの女もたくさんいる」

 

ニューデリー近くの旧市街GBロード。建物の1階に機械部品などの店が並ぶが、2階の窓は鉄格子がある。薄暗い階段を上ろうとすると見知らぬ男が声をかけてきた。2階以上は売春の場になっている。

 

次々と入っていく男性客について階段を上ると、たばこや便所のような臭いが充満する部屋に着飾った女性が50人ほどいた。部屋は何層にも入り組み、男性客を相手にする1畳半ほどの狭い空間がロッカーのように並んでいた。

 

「売春をさせられている多くがネパール人。色白で幼く見えるからインド人男性の人気が高い」。売春させられている少女を救う活動をしているNGO「レスキュー・ファンデーション」のアショク・ラジゴルさんは語る。

 

少女らの多くは12~18歳。睡眠薬入りの食べ物を食べさせられて農村から連れて来られたり、「家族を助けられる仕事がある」とだまされたりする。貧しさから親や親戚に売られることもある。

 

売春宿の経営者は人身売買組織に少女1人当たり5万~15万ルピー(約8万~24万円)を支払う。

 

2015年のネパール大地震の影響が大きかった。インド政府によると、国境で救出されたネパール人は、地震前の14年は33人だったが15年は336人に急増。16年は501人、17年は607人と増え続けている。その多くが被災地からの少女で、売春宿に売られる途中だった。

 

ネパール東部出身の女性(20)は、地震で崩壊した家を建て直すお金がなかった。3年前、「稼ぎのいい家事仕事」と知人に言われてついて行ったところ、この旧市街の売春街だった。

 

昨年7月に救出されるまで、監禁状態で1日に30人以上の相手をさせられた。「壁の内側のような暗い所に閉じ込められ、暴力を受け続けた」。同じ場所にネパールの少女が20人以上いて、売春を強要されていたという。

 

 HIV感染、救出後も差別 被害女性ら、自ら支援活動

エイズウイルス(HIV)への感染も増えている。国連の統計では、ネパールの感染者数は約3万1千人(2017年)。地元NGOなどは、実際には10万人以上いるとみる。(中略)

 

HIV感染の有無にかかわらず、売春の被害者は「けがれた存在」とされ、実家から拒絶されることも少なくない。ライさんが救出された時、ネパール政府は当初受け入れを拒み、帰国時は「HIVを持ち込んだ」と非難された。現在も政府の支援は限られる。

 

被害者支援に取り組むのは、ライさんのような自ら被害を経験した女性たちだ。

 

NGO「シャクティ・サムハ」の創設者の一人、チャリマヤ・タマンさん(42)も、16歳の時に食べ物に薬物を入れられムンバイに連れ去られた。救出されるまで1年10カ月、売春を強いられ、スカーフを扉にかけて自殺を試みた。

 

つらかったのは故郷に帰っても白い目で見られたことだ。「守るべき人に対する差別や偏見がなくなるには教育しかない」と話し、被害者の保護や社会復帰を支える。

 

支援に乗り出した日本人もいる。インド北部ダラムサラで約20年間、NGO代表として亡命チベット人を支えてきた中原一博さん(66)はネパール大地震をきっかけに被災地支援を開始。

 

人身売買の被害者への援助も始め、ニューデリーの売春宿から約50人の少女を救出した。HIVに感染した女性や子供が自立して生活できる施設をカトマンズ郊外に建設中で、今年夏には運営を始める予定だ。「今後は学校もつくって生き生きと学べる環境をつくりたい」と話す。

 

インドでは、売春目的の人身売買は重罪で最高は終身刑だが、実際に捕まる例は少ない。

 

インドのネットメディア「ザ・ワイヤー」のパメラ・フィリポウズ記者は「人身売買の組織は警察や政治家とつながっていて、取り締まりは期待できない」と話す。警察が売春の「優良顧客」の場合もあるという。「男が女を意のままにできるという考えが社会の底流にあり、教育でただしていくしかない」【218日 朝日】

********************

 

気が滅入る記事ですが、現実ですから仕方ありません。

 

【繰り返される「チャウパディ」の悲劇 背景には女性蔑視の文化】

ネパール関連で、やはり毎年目にするのが、生理中の女性を隔離する「チャウパディ」という習慣に関係する事故の話題です。

 

****生理中の女性の「隔離小屋」でまた死者、たき火で窒息か ネパール****

ネパールの警察当局は3日、生理を理由に粗末な小屋に隔離されていた女性が死亡したと発表した。たき火の煙を吸い込んだための窒息死とみられる。

 

ネパールでは先月にも同様の状況で母子3人が死亡し、非難の声が上がっていた。

 

ネパールの地方部の多くでは月経中の女性を不浄な存在とみなし、自宅から隔離された小屋での就寝を強制する「チャウパディ」という慣習が何世紀も続いている。

 

生理中や出産後の女性に触れてはならないとするヒンズー教の教えに由来し、隔離中の女性たちは食べ物や宗教的象徴、牛、男性に触れることを禁じられる。

 

チャウパディは2005年に禁止されており、昨年にはチャウパディを強要した者に禁錮3か月と罰金3000ルピー(約4600円)を科す法律も施行された。たが、今もこの風習は保守的な西部の辺境地域を中心に残っている。

 

新たな死者が出たのは西部ドティ郡で、先月31日朝、様子を確認に来た義理の母親が、煙の充満した小屋で死亡している女性を発見した。

 

地元の警察官はAFPの取材に、「小屋には窓がなく、女性は扉を閉めた状態で夜間に暖を取ろうと床でたき火をしていた。このため、死因は煙を吸い込んだことによる窒息死とみている」と説明した。

 

ネパールでは3週間前にも隣接するバジュラ郡で、女性1人とその息子2人がチャウパディで隔離中に煙で窒息死したとみられる事故が起きている。 【24日 AFP】AFPBB News

*****************

 

このあたりの女性の権利が十分に考慮されていない風土・習慣というのもが、前出の人身売買がなくならない背景ともなっているのでしょう。

 

更にそこに地震被害というものが加わって・・・ということです。

 

ネパールは、観光的には独特の文化遺産やヒマラヤの壮大な自然など、非常に魅力的なものが多いのですが、地震被害から立ち直り、改めるべきものは改めた新たな姿を見せてもらいたいものです。

 

【“変わるネパール”も 生き神「クマリ」の人権配慮】

その「改める」という点では、少女の生き神「クマリ」に関する変化は、歓迎すべき一歩でしょう。

 

****神宿る少女「クマリ」変容 ネパール、「人権侵害」批判受け****

「クマリ」と呼ばれる少女の生き神がネパールで数百年にわたり崇拝されてきた。その伝統に基づいた暮らしぶりが変わりつつある。幼時から束縛される生活に対して人権侵害との批判が起きたためだ。

 

 

 経験者「大変だった」

「毎日が本当に大変だった」。首都カトマンズでそう語ったのは、4歳から12歳まで生き神クマリだったラシュミラ・シャキャさん(38)。親元を離れ、世界遺産の旧王宮広場にある館で暮らした。

 

サンスクリット語で少女や処女を意味するクマリは、仏教徒ネワール人のシャキャ(釈迦)と呼ばれるカーストから選ばれ、王国の守護女神の生まれ変わりとされる。

 

幸運をもたらすと言われ、ヒンドゥー教徒からも信仰を集めてきた。カトマンズのロイヤル・クマリのほか、他の古都にもローカル・クマリが複数いる。

 

クマリは初潮を迎えると神性が体を離れて別の少女に宿るとされ、占星術師や僧侶が次のクマリを選ぶ。「子牛のようなまつげ」「獅子のような胸」「柔らかくしなやかな手足」など32の身体的条件を満たし、供えられた水牛などの切り落とされた首を見て泣かないことも求められた。クマリになると、不浄な地面に足を触れてはならず、外出は年に数回の決まった時だけだ。

 

ラシュミラさんはクマリ時代、儀礼が忙しく、勉強の時間はほとんどなかった。「ぬいぐるみが友達だった」。引退して学校に入ると年下の子どもたちと机を並べた。「特に英語は全くわからなくて恥ずかしかった」と振り返る。猛勉強して大学を卒業し、ITエンジニアの職を得た。

 

「元クマリと結婚した男は1年以内に死ぬ」という迷信があったが、ラシュミラさんは3年前に見合い結婚。「夫は生きていますよ。大変だったけど、神と少女の二つを体験できたのは幸せだった」

 

 最近は…両親と面会、個別授業も

クマリには「親元や社会から隔絶し、子どもの人権を侵害している」との批判が国内外の人権団体から起きた。国連も2004年、児童婚などとともにクマリを「女性差別」と指摘した。

 

08年には、かかわりが深かった王制が廃止され、連邦共和制となった。政権を握った共産党毛沢東主義派(毛派)は一時、「封建的な慣習」としてクマリ廃止を主張した。

 

女性弁護士らによるクマリ廃止を求めた訴えを受け、08年にネパール最高裁は「生き神のクマリも子どもとしての人権は侵害されてはならない」とし、「移動の自由や家族に会う自由、教育を受ける権利がある」との判決を下した。

 

クマリそのものは残った。東洋大の山口しのぶ教授(仏教学)は「毛派もネパールの伝統で育ち、文化を共有する。神聖な存在をなくすことははばかられたのではないか」とみる。

 

王制廃止後、初のクマリがマティナ・シャキャさん(13)。3歳から9年間務め、昨年9月に引退した。

 

クマリだった頃、豊穣(ほうじょう)を意味する赤い衣装で朝の儀礼を済ませ、午前中は訪問者に祈りを捧げた。午後は館に先生が訪ねて来て個別授業をする。同年代の子どもが来ることもあった。その後はテレビを見たり、館内で自転車に乗ったりした。携帯電話で両親を呼ぶこともできた。

 

今は学校に通う日々だ。父親のプラタープさん(52)は「娘が家を出る時は寂しさもあったが、誇らしかった。クマリの館でも学んでいたので、学校への適応はそれほど難しくなかった」と話す。通学路で会う人々が手を合わせることが今もあるという。

 

家族で代々、食事など身の回りの世話をしてきたゴウタム・シャキャさん(52)は「時代の変化でクマリが変わるのは当然。引退後の生活も考えながら世話をしている」と話す。「どんなあり方でも、人々の信仰を集めている。この伝統は続くと信じている」【20181015日 朝日】

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カトマンズのロイヤル・クマリと他の古都のローカル・クマリでは、環境が大きく異なります。

問題となるのは、完全に外界から遮断されるロイヤル・クマリでしょう。

 

ただ、上記“マティナ・シャキャさん”がロイヤル・クマリだとすると、“午後は館に先生が訪ねて来て個別授業をする。同年代の子どもが来ることも・・・”ということで、従来聞いていた生活環境に比べたら随分改善されたようです。

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ミャンマー  国民の期待に応えられていないスー・チー政権 来年総選挙に向けて正念場

2019-04-24 22:21:28 | ミャンマー

(政治家として正念場を迎えているスー・チー氏 画像は【4月3日 NHK】)


【予想どおり、ロイター記者上告棄却】

ミャンマーの最高裁は23日、ミャンマー軍がイスラム系少数民族ロヒンギャに対して行った弾圧を取材中に、国家機密法に違反したとして禁錮7年の刑を言い渡されたロイター通信の記者2人の上告を棄却しました。

 

****ミャンマー最高裁、ロイター記者らの上告棄却 国家機密法違反で禁錮7年****

(中略)ミャンマー国籍のワ・ロン記者とチョー・ソウ・ウー記者は、2017年12月に国家機密法違反で逮捕されて以来、身柄を拘束されている。

 

2人はミャンマー西部ラカイン州で同国軍のロヒンギャ弾圧に関する取材を行っていた際に機密文書を所持していたとして昨年9月、国家機密法違反で禁錮7年を言い渡されていた。

 

2人が出廷しなかった最高裁での判決も、下級審を支持するものだった。人権団体や法律専門家らはこの裁判は不正だらけだと訴えている。

 

ロヒンギャ危機では2人が取材していた残虐な弾圧により、約74万人のロヒンギャが隣国バングラデシュに逃れた。 【4月23日 AFP】

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“2人は、ミャンマー治安部隊によるイスラム系住民ロヒンギャへの迫害を取材していた2017年12月、最大都市ヤンゴンで、警察からロヒンギャ関連の機密文書を受け取った直後に逮捕された。18年4月の予審では、検察側証人として出廷した警官が(文書を渡したのは)ワナだったと暴露し、2人も一貫して無罪を主張していた。”【4月24日 読売】と、事件の構図そのものが“疑わしい”ものですが、そのあたりはミャンマーでは無視されているようです。

 

国軍が圧倒的な実権を有する、また、かつては民主化運動の象徴だったスー・チー氏もロヒンギャ問題に関しては口を閉ざしているミャンマーの国内事情を考えれば、国軍の“犯罪”を取材した記者が弾圧されるというのは予想された流れではありますが、落胆を禁じえません。

 

“記者側の弁護士によれば、両記者はこれ以上の上訴は行わない考え。その代わり、大統領からの恩赦を待つ方針だという。同弁護士は今回の判断について報道の自由にとって大きな障壁だと指摘した。”【4月24日 CNN】とのことですが、恩赦の可能性も厳しいものがあります。

 

先日の新年の恩赦でも、二人は含まれていませんでした。

 

“4月17日、ミャンマーは9000人以上の囚人を刑務所から釈放し始めた。ウィン・ミン大統領が同国の元日に際して恩赦を発表したことを受けたもの。国家機密法違反の罪で収監されているロイターの記者2人は恩赦の対象に含まれていない。”【4月17日 ロイター】

 

【ロヒンギャ問題で対応を硬化させる欧米 投資減少で経済失速も】

この問題に対する国際的な見方は厳しく、グテレス国連事務総長は「この2人の記者がラカイン州のロヒンギャ族に対する重大な人権侵害を取材したことで訴追される事態は容認し難い。2人の釈放とジャーナリストの保護強化を推進し、尽力していかなければならない」と述べています。【4月23日 ロイター】

 

こうした欧米社会の厳しい見方を背景に、“欧米企業のミャンマーへの投資意欲がそがれかねない。北米や欧州からの観光客数も下げ止まらない可能性が高い。”【4月24日 日経】とも。

 

民主化期待で急拡大したミャンマーへの外国投資は最近はブレーキがかかっており、ミャンマー経済の減速要因となっています。

 

****スー・チー政権3年 外国投資ピーク時の3分の1に 総選挙控え規制緩和急ぐ****

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問率いる国民民主連盟(NLD)政権の発足から3月30日で3年となった。

 

この間に打ち出した経済改革は成果を出せず、外国投資はピーク時の3分の1に縮小。経済成長は鈍化が続く。政権は2020年の総選挙を控え、規制緩和などを急ぎ始めた。

 

「ミャンマーは経済の門戸を開き、国際基準に合うよう規制緩和に取り組んでいる」。スー・チー氏は2月下旬、西部ラカイン州タンドウエで開いた投資セミナーで経済改革の推進を強調した。

 

16年3月、長年の軍人出身者主導の支配が終わり、民主化指導者のスー・チー氏を実質的なトップとするNLD政権が発足した。直後には米国が経済制裁を解除するなど、経済開放に弾みがつくと期待された。

 

だが実態は期待どおりには進んでいない。3月初旬のミャンマー南部のダウェー経済特区。整地された土地だけが広がる。15年にタイ建設大手が開発権を得たが工事は一向に進行していない。地元の企業関係者は「政権は本気で取り組むつもりがあるのか」と疑問の声をあげる。

 

ミャンマー投資委員会の外国投資認可額は18年4月から19年2月で34億ドル(約3700億円)と前年同期比35%減。3年連続の減少でピーク時の3分の1の水準だ。

イスラム系少数民族ロヒンギャへの迫害問題を受け欧米が投資を控えていることが響いている。

 

欧州商工会議所のフィリップ・ローウェリセン事務局長は「当局が問題の深刻さを認識し、問題解決に取り組む姿勢をみせることが重要だ」と指摘する。(後略)【4月1日 日経】

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欧米から投資を呼び込むためにはロヒンギャ問題での譲歩が必要ですが、国軍の抵抗だけでなく、ロヒンギャを強く嫌悪する国民世論を考えると、それは国民支持を失うことにもなりかねません。(スー・チー氏自身も、ロイター記者を“裏切り者”呼ばわりしていることからすると、ロヒンギャを擁護するような欧米的認識は持っていないようにも見えます)

 

【成果を示せないスー・チー政権 かつての勢いを失った与党NLD】

2020年には総選挙があります。市民の間で生活向上が実感できないことへの不満が強まっており、このままではNLD政権は過半数を維持できない可能性もあります。

 

昨年11月の国会と地方議会の補欠選挙でも、スー・チー氏率いる与党NLDにはかつての勢いが見られませんでした。

 

****ミャンマー補選、与党が4議席失う 地方に失望の声****

ミャンマーで国会と地方議会の補欠選挙が3日に行われ、国営テレビは4日夜、計13議席中12議席の当選者を発表した。

 

前回2015年の総選挙で計11議席を得たアウンサンスーチー国家顧問率いる与党・国民民主連盟(NLD)は計6議席にとどまった。

 

経済成長の鈍化や民主化の停滞でNLD人気が失速した形で、20年の総選挙でも苦戦する可能性が出てきた。(中略)

 

一方、軍事政権の流れをくみ、前回総選挙で大敗した野党・連邦団結発展党(USDP)は議席がなかったが、今回は上院1議席を含む計3議席を得た。

 

16年に発足したNLD政権だが、旗印に掲げた民主化のための憲法改正は進まず、少数民族武装勢力との和平も停滞する。

 

少数派イスラム教徒ロヒンギャの問題などで外国投資や欧米からの観光客も減少し、地方を中心に「期待はずれだ」との声が上がっている。

 

一方、USDPは「(テインセイン)前政権時代は国民が幸せだった」などと不満票の取り込みを狙った。

 

ミャンマーでは軍政時代に定められた憲法の規定で国会の4分の1の議席が軍に割り振られている。有権者のNLD離れが続けば、20年の総選挙で国会の単独過半数を維持できなくなる可能性が高まる。【2018年11月4日 朝日】

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経済成長の鈍化だけでなく、上記記事にもあるように少数民族武装勢力との和平も停滞しています。

スー・チー氏としては、少数民族問題に関しては、少数民族の権利擁護に前向きだった父アウン・サン将軍の志を継いで取り組む意向を見せていましたが・・・。

 

****スー・チー氏父の像に抗議=ミャンマー少数民族暴徒化****

ミャンマー東部カヤ州で12日、アウン・サン・スー・チー国家顧問の父、故アウン・サン将軍の銅像設置に抗議する少数民族のデモ隊が暴徒化し、警察が催涙ガスや放水で鎮圧に当たった。地元当局者によると、抗議行動には約3000人が加わり、約10人が負傷した。

 

アウン・サン将軍は、多数派のビルマ民族からは英国の植民支配と闘った「建国の父」と慕われているが、少数民族はビルマ民族による支配の象徴とみている。【2月12日 時事】

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経済問題、少数民族問題で停滞するなかで、せめて憲法改正で動きを見せたいという焦りにも似た思いもあってのことでしょうが、今年1月、スー・チー与党は軍の反対を振り切る形で憲法の改正に向けた委員会の設置を決めています。

 

****スーチー与党、改憲へ動き 軍との緊張高まる可能性****

ミャンマー国会は29日、軍事政権下で定められた憲法の改正に向けた委員会の設置を決めた。

 

アウンサンスーチー国家顧問の与党・国民民主連盟NLD)は軍の政治関与を定める憲法が「非民主的だ」として、改憲を掲げてきたが、2016年に政権に就いて以降は、軍との関係を考慮して国会での改憲動議を封印してきた。今後、軍との緊張が高まる可能性がある。

 

地元メディアによると、NLDの上院議員が29日、上下両院の議員によって構成される憲法改正委員会の設置を緊急提案した。改憲をめざす動きに、軍人議員は強く反発。NLD議員らの賛成多数で可決したが、多数の棄権票が出た。

 

NLDは軍も参加する少数民族武装勢力との和平協議の中で軍の賛同を取り付けたうえで改憲を実現する戦略を描いていた。だが、和平協議が進展しない中、NLDは来年に迫った総選挙に向け、改憲への姿勢を国民にアピールする必要に迫られていた。

 

憲法では、軍人枠のほか、外国人の家族がいると大統領になれないことなどが定められており、NLDは改憲を旗印に15年の総選挙に臨み、大勝した。ただ、改憲には国会の4分の3超の賛成が必要で、軍が態度を変えない限り、不可能だとされている。【1月31日 朝日】

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しかし、軍が反対する状況で、今後の見通しはたっていません。

 

【20年総選挙は、スー・チー氏の政治家として正念場】

来年総選挙までに、経済・少数民族問題・憲法改正などで、どれだけの実績を示せるか、スー・チー氏は正念場を迎えています。

 

****ミャンマー 民主化勢力による政権発足から3年 正念場のスー・チー氏****

2016年、ミャンマー民主化のリーダー、アウン・サン・スー・チー氏が国民の圧倒的な支持を集め、国の事実上のトップになって3年。

 

政権誕生の際には「国民の融和」と「国全体を豊かにすること」を理想に掲げたが、国民の間からは怒りが噴出している。

 

長年内戦を続けてきた少数民族の武装勢力と政府軍との和平交渉には大きな進展がみられない。また欧米各国との関係が冷え込む中、高い成長を続けていた経済にも暗雲が立ちこめている。来年行われる総選挙を前に、スー・チー政権は今、大きな岐路に立たされている。

 

各地で相次ぐ少数民族によるデモ

100を超える民族が暮らすミャンマー。スー・チー氏は、すべての民族が平等で、共存できる国にすることが、民主化と安定を実現する上で大きな課題だとしてきたが、理想の言葉とは裏腹に、各地でデモが相次いでいる。

 

今年2月、ミャンマー東部の町で、地元の少数民族・カレンニ族による数千人規模のデモが勃発した。デモが起きたきっかけは、スー・チー氏の父親で、ミャンマーの建国の父とされるアウン・サン将軍の銅像が、この町に建設されたことだった。

 

建設を進めたスー・チー氏率いる政権側の目的は、民族の自治と共存を掲げたアウン・サン将軍の建国の理念を広めることだった。

 

しかし少数民族の人たちは、銅像は、むしろ多数派のビルマ族の支配の象徴にしか見えないと受け止めたのだ。

 

デモを主導した一人、ディーディーさん(38)は、軍事政権下だった子どもの頃から住民が暴行を受けるなど、抑圧を目の当たりにしてきた。そのため、前回の選挙では、自分たちを平等に扱ってくれると信じてスー・チー氏を支持した。

 

しかし今は、スー・チー氏の姿勢に疑問を感じている。「私たちは相変わらず無視され、2等市民のような扱いを受け続けている」(ディーディーさん)。ディーディーさんは次の選挙では、地元の少数民族政党の支持に回ろうと考えている。

強まる国際社会からの非難

スー・チー氏の政権は国際的な非難にもさらされている。国連は、軍主導の治安部隊が、少数派のイスラム教徒・ロヒンギャの迫害に関与した疑いがあるとして、ミャンマー政府に対して事実の解明など、責任ある対応を求めている。

 

これに対してミャンマー政府は「一方的な非難だ」と反論している。

 

こうした事態を受けて、経済支援を通じてミャンマーの民主化を促してきたEU=ヨーロッパ連合は、これまでの方針を見直そうとしている。2013年から関税を免除してきた優遇策の撤廃を検討しているのだ。

 

実際に撤廃された場合、打撃が及ぶとみられているのがミャンマーの製造業をけん引している縫製産業だ。輸出のおよそ半分はヨーロッパ向け。

 

ミャンマー縫製産業協会の事務局長は「免税措置のおかげでヨーロッパ向け輸出は急増してきた。雇用に影響が出かねない」と述べ、優遇策が撤廃されれば、経済成長にブレーキがかかるかもしれないと懸念を示している。

 

国民に広がる不安 正念場のスー・チー氏

妹とともにミャンマー最大の都市ヤンゴンに出稼ぎに来ているヌエ・ニさん(26)は、縫製工場の工員で、ひと月の給料は日本円で約2万円。寮で生活しながら、給料の大半を実家の家族に仕送りしている。

 

そんなヌエ・ニさんは、これまではスー・チー政権を支持してきた。この3年で給料が大幅に増え、豊かさを実感している。しかし、海外からの投資に影響が出てくれば、会社から解雇されてもおかしくない今の状況に不安も感じている。

 

ヌエ・ニさんは、取材班のインタビューにこう語った。「参入する外国企業が増えて、ミャンマーの経済が続くことを願っている。来年の選挙で誰に投票するかは、まだ決めていない」。

 

国民の多くが、理想と現実の隔たりに気づき始めるなか、スー・チー氏は積極的に地方を回り、国民に理解を求めている。「国の繁栄と安定、平和という最初の目標を達成するためには、あらゆる問題において、お互いに妥協しなければならない」(アウン・サン・スー・チー氏)。

 

ミャンマー民主化のシンボルとして、これまで期待を一身に集めてきたスー・チー氏は、を迎えている。【4月3日 NHK】

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カンボジア 独裁色を強めるフン・セン政権への支援を中国と争う日本

2019-04-23 21:51:17 | 東南アジア

(中国支援の橋の隣で、再開通した「日本カンボジア友好橋」【43日 共同】)

 

【フン・セン首相とタイのプラユット暫定首相の「歴史的」旅】

日本と韓国のように、隣り合う国同士というのは、いろんな歴史的経緯や現在の領土問題・経済問題、あるいはライバル心等々によって、あまり仲が良くないということはごく普通に見られることです。

 

隣国であるだけでなく、言語的にも非常に近いタイとカンボジアの関係も、カンボジア側からすれば圧倒的なタイの経済力に対する屈折した思いもあって、芳しくありません。

 

2008に始まったプレアビヒア寺院の帰属をめぐるタイカンボジア国境紛争も、そうした関係を背景としてのものであり、また結果的に、複雑な関係を更に複雑化させるものでもありました。

 

そうしたカンボジア・タイ関係ですが、独裁色を強めるカンボジアのフン・セン政権と、タイの軍事政権・プラユット政権という似た者同士ということもあってか、最近は順調なようです。

 

****カンボジアとタイを結ぶ鉄道、45年ぶりに開通****

カンボジアとタイを結ぶ鉄道が22日、45年ぶりに正式に開通した。隣り合う両国間の移動時間の縮小と貿易の促進が狙いだ。

 

カンボジアのフン・セン首相とタイのプラユット・チャンオーチャー首相は、タイ側の国境で開かれた調印式に出席した。両首相はその後、タイ政府が寄付した車両に乗りカンボジアのポイペトへ移動。列車から降りた2人は、固く握り合った手を掲げ、両国旗を振る群衆の歓声を受けた。

 

フン・セン首相は、今回の2人の旅を「歴史的」と評し、タイ政府による、両国を結ぶ鉄道復旧の取り組みに感謝の意を表した。さらに、この鉄道がカンボジアと他の隣国との関係を深め、経済と貿易を拡大させることに期待も寄せた。

 

カンボジア政府は昨年、首都プノンペンからタイ国境へ向かう全長370キロの鉄道の、最終区間の運行を再開していた。 【423日 AFP】

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両国間の経済関係を強化・発展させるものとなるように期待しますが、個人的にもこの地域の観光の際に利用してみたいという思いも。

 

【急速に拡大する中国の影響力 「利益を得るのは富裕層と権力者だけだ」】

最近のカンボジアは従前からのタイとの関係に加えて、中国との関係が深まっていることは周知のところで、ASEAN内にあっては“中国の代弁者”的な立ち位置にもなっています。

 

****中国系投資で「第2のマカオ」目指す街、カンボジア・シアヌークビル****

(中略)シアヌークビルは今、急速に中国人の賭博師や投資家らを呼び寄せる街へと変化している。そのスピードは、置き去りにされている地元住民らを不安にさせるほどだ。(中略)

 

カンボジアで崇拝されている故国王にちなんで名付けられたシアヌークビル州の州都シアヌークビルは、かつてのどかな漁師町だった。だが、最初は欧米のバックパッカー、次いでロシア人富裕層らに注目され、現在は中国系の投資によって、中国本土からの観光客のための巨大なカジノスポットに姿を変えつつある。

 

カジノは中国では禁止されているが、アジアのラスベガスと称されることもある中国特別行政区のマカオには、大規模なギャンブルビジネスを認める特別な法律がある。

 

そのマカオに代わる新たな人気カジノスポットとなりつつあるのが、シアヌークビルだ。目下、中国系カジノ約50軒とホテル複合施設数十軒が建設されている。(中略)

 

共産主義国である隣国・中国との親密な関係が意味するものは、かつて貧困国だったこの東南アジアの国に対する巨額投資だ。多額の資金がカンボジア経済に流入したが、中国のこれまでの劣悪な人権侵害についてはほとんど問題視されたことがない。

 

■一帯一路構想の要衝都市

中国からの投資が最も顕著なのが、同国が推進する広域経済圏構想「一帯一路」の要衝となるシアヌークビルだ。この構想には、シアヌークビルと首都プノンペンとを結ぶ高速道路の建設計画も含まれている。

 

ユン・ミン州知事によると、201618年の中国官民によるカンボジアへの投資額は10億ドル(約1100億円)に上る。シアヌークビルの現在の人口の約30%は中国人が占めており、その数はここ2年間で急増したという。

 

中国はまた大々的な軍事交流も模索しており、周辺国と領有権を争う南シナ海へのアクセスが容易なシアヌークビルの北のココン州沿岸沖に、海軍基地の建設を目指しているのではないかとの臆測に拍車をかけている。

 

シアヌークビルの港では最近、中国の巨大な軍艦3隻がドック入りしたが、カンボジアのフン・セン首相は港湾建設の可能性を強く否定した。

 

また同首相は最近、北京を訪問した際に、中国からの58800万ドル(約640億円)の経済支援、および2023年までに両国間の貿易額を100億ドル(約11000億円)に引き上げるという約束を携えて帰国した。

 

不動産サービス大手CBREによると、同市の不動産価格は過去2年間に高騰し、1平方メートル当たり500ドル(約54000円)程度だった海岸近くの物件価格は5倍にも値上がりしているという。州知事は「彼らは、われわれの潜在能力を見込んで投資をしている」と話す。

 

だが新たな土地開発は、土地の所有権をめぐる昔からの争いを鎮めることをより困難にしている。カンボジアでは富や影響力が法律に勝り、政府とつながりをもつ富豪や実業家が土地を手に入れてきた歴史がある。

 

スピアン・チア地区のスン・ソファト代表は、「中国によるシアヌークビル州への巨額投資は、貧困層には何の恩恵もない」「利益を得るのは富裕層と権力者だけだ」と語った。 【217日 AFP】

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【中国とインフラ支援を競争する日本】

こうしたカンボジアの中国への傾斜で面白くないのが、従来からカンボジアを含む東南アジアで大きな影響力を有してきた日本。

 

中国に対抗するようにカンボジアへの支援も行ってはいます。

 

****カンボジアで大きな橋が開通して渋滞解消へ・・・そこには日本の支援があった!=中国メディア****

中国メディア・東方網は9日、日本の支援によりカンボジアで進んでいた「カンボジア―日本友好大橋」の建設プロジェクトがほぼ完了し、現地の新年を前に開通する見込みであると報じた。

記事は、カンボジアメディアの報道として、今月6日までにプノンペンにある「日本・カンボジア友好橋」の全体修繕工事がすでに97%完成しており、同国の公共工事・交通担当大臣が現場の工事状況を視察に訪れたと伝えた。

全長971メートルのこの橋はもともと「チュルイ・チョンバー橋」という名前で1960年年代に完成したものの、70年に内戦の影響で爆破されてそのままになっていたという。その後92年に日本による無償援助で橋の修復が進められ、95年には再び通れるようになった。

記事は、最初の完成から50年以上、再開通から20年以上が経過して老朽化した橋を補修すべく、日本政府が「日本・カンボジア友好大橋」修繕プロジェクトとして、国際協力機構(JICA)を通じて工事費用を無償提供したと紹介。

 

修繕工事は2017年9月15日に着工し、今年6月に竣工する予定だったが、作業がスムーズに進んだことで、4月に迎える現地の正月であるクメール正月前に開通できる見込みだと伝えている。

そして、経済の急速な発展に伴って自動車の数が増え続けていることで橋の補修が急務とされてきたため、今回の開通により現地道路の渋滞状況が大きく改善されることになると紹介した。

この橋はプノンペン北部を流れるトンレサップ川に架かっているもので、その隣には中国の借款により建設された「第2チュルイ・チョンバー橋」が通っている。

 

まさに東南アジア地域における日本と中国のインフラ支援競争を象徴する場所であり、このために中国メディアも今回の「日本橋」の開通に注目したようである。【311日 Searchina

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【独裁色を強めるフン・セン政権 厳しい対応の欧米】

ただ、“体力勝負”となるようなインフラ支援競争を中国とやっても、日本に勝ち目があるのか・・・?

 

その問題以前に、フン・セン首相が独裁色を強める現在のカンボジアの状況を考えるとき、中国と争うような支援をしていていいのか?という問題も。

 

その点では、人権問題に敏感なEUはカンボジアに厳しい姿勢をとっています。(もちろん、EUも単に人権を問題にしているだけでなく、最終的にはカンボジアにおけるEUの利益を見据えてのことでしょうが)

 

****EU、カンボジアへの特恵関税見直し手続き開始 人権問題理由に****

欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会は11日、カンボジアの人権や民主主義を巡る問題を理由に、同国産品の輸入の際に現在適用している特恵関税制度について、停止すべきかどうかを決定する手続きに入った。

欧州委は今後12カ月をかけて同制度の適用継続・停止を決定、適用停止が決まった場合には決定の6カ月後から実施する。

EUには、武器や弾薬を除く貧困国からのすべての輸入品について関税を免除する「武器以外すべて(EBA)」と呼ばれる貿易協定があり、カンボジアも適用対象になっている。

 

EUはカンボジアの最大の貿易相手で、2018年はカンボジアの輸出の45%がEU向けだった。【212日 ロイター】

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“カンボジアの国会は(201812月)13日、フン・セン政権により昨年、解党に追い込まれた旧最大野党、救国党の幹部118人の政治活動復帰に道を開く法案を可決した。「民主主義の危機」だと厳しく政権を批判する欧米などからの圧力をかわす狙いとみられる。”【20181213日 毎日】というように、フン・セン政権独裁化の歯止めとして圧力が一定に奏功している面もあるようです。

 

もっとも、上記措置に関して言えば、118人の政治活動復帰が認められたわけではなく(あくまでも“道を開く”ということです)、実際に政治復帰できるかは政権の意向次第ということで、むしろ政権側はそのあたりを政治的に利用する動きもあるようです。

 

****政治活動禁止の2人政界復帰へ カンボジア、野党分断の懸念****

カンボジアのシハモニ国王は15日、政治活動が禁じられた旧最大野党カンボジア救国党の関係者2人の政界復帰を認める決定をした。地元メディアが16日伝えた。

 

救国党を解党に追い込んだフン・セン政権が設けた救済手続きに沿った措置。2人が復帰を求めていた。政治活動が禁じられた118人中、政界復帰が認められたのは初めてとみられる。

 

救国党の一部有力者は「活動再開を認める権限は事実上、政権が握る。復帰の申請は政権の正当性を認めることになる」と救済に応じないよう求めていた。2人の政界復帰で救国党側が分断され、政権の批判勢力が弱体化する懸念がある。【116日 共同】

********************

 

【人権問題を無視する日本の伝統的“内政不干渉主義”】

いずれにしても日本など国際社会は、与党・政権を脅かすまでになった最大野党を解散に追い込むという強硬手段で政権維持に走るフン・セン政権にどのように向き合うのかという問題があります。

 

****「民主化と逆行」。独裁化するカンボジアに「NO」と言わない日本政府****

’93523日、カンボジア。数十年に渡る内戦を経て、当時の国連事務総長特別代表であった明石康氏率いる国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の下、初めての民主的選挙が行われた。

 

残念ながら、この日に至るまでに、国連ボランティアの中田厚仁氏や文民警察官の高田晴行氏を含む多くの方々が命を落とされたが、少なからず日本はカンボジアの民主化に多大な貢献をしたのであった。

 

フン・セン首相による弾圧

それから25年の歳月が経過した’1872日、日本。明石氏は、学者や専門家と共に、日本政府の政府開発援助(ODA)についての提言書を河野太郎外務大臣宛てに提出した。

 

「カンボジアでは、民主化と逆行する政策が加速している」という内容だ。つまり、カンボジアの民主化を率いた当本人が、同国の政治情勢やそれに対する日本政府の外交政策に懸念を示したのだ。

 

今、カンボジアでは何が起きているのか? そこには、国家の様々な側面において「独裁的」と判断せざるを得ない現実がある。

 

’93年の選挙後、「第二首相」という異例の役職についたフン・セン氏。’97年に第一首相に対して仕掛けた武力クーデターが成功し、以来30年以上に渡り権力を握っている。

 

フン・セン首相の政治手法は主に強権的であり、’187月の総選挙前にはその問題点が著しく表面化することとなる。

 

たとえば’1711月には、議席数を大きく伸ばしていた最大野党であるカンボジア救国党を最高裁が解党した。さらには党員たちを議会から追放し、118人もの幹部たちに5年間の政治活動禁止を科した。

 

フン・セン首相は救国党が「カラー・レボリューション」を試みたという根拠なき主張の上、救国党解散要求に基づく訴訟を起こしていた。しかし、これに対して違法性を示す証拠は一切提出されなかった。(参照:REUTERS

 

メディアだけでなく一般市民も被害に

調査報道などに力を入れていた現地の独立系メディアもまたフン・セン首相の標的となった。

 

カンボジア政府により不可解な630万米ドルもの追加税を課されたカンボジア・デイリー紙は、’17年に廃刊。プノンペン・ポスト紙は’18年にフン・セン首相と繋がりがあるとされるマレーシアの投資家によって買収され、また、ラジオ・フリー・アジア(RFA)とボイス・オブ・アメリカ(VOA)などクメール語放送を再放送するFMラジオ局も当局によって強制的に閉鎖された。(参照:AFP日本経済新聞The Cambodia Daily

 

非政府組織(NGO)や一般市民も例外ではなく危機にさらされている。’15年以降、カンボジア政府は表現の自由や結社の自由をがんじがらめにするような法改正を次々に実行している。

 

たとえば、’15年に採択された「結社及び非政府組織に関する法律」の不当な解釈を根拠に、当局はNGOが開催するイベントなどを監視や干渉したり、時には組織として登録を試みている団体に対して「政治的中立性」など曖昧な理由でこの申請を拒否したりしている。

 

また、’182月にはカンボジア国王に対する不敬罪が成立し、フェイスブックの投稿を根拠に小学校の校長先生や床屋さんが不敬容疑で逮捕された。(参照:毎日新聞The Phnom Penh Post毎日新聞

 

支持を集めていた最大野党は解党され、独立系メディアが口封じされ、市民社会は弾圧。「公平で自由」な選挙を行えるはずがない環境でも、’187月の総選挙は開催された。

 

フン・セン首相率いる与党のカンボジア人民党(CPP)が全125議席を獲得し、カンボジアはベトナムや中国と並び、事実上の独裁国家になった。(参照:日経新聞

 

欧米諸国は厳しい対応

近年、国際社会はカンボジアの悪化する政治情勢に懸念を示し始めている。長きに渡って援助国だったスウェーデンは、教育と研究分野を除き、カンボジア政府への援助を終了することを発表。また米国政府は、カンボジア国民に対する援助を除き、軍事的援助などを停止した。

 

さらに欧州連合(EU)は、総選挙の資金援助を全面停止したうえ、「主要野党が恣意的に排除された選挙プロセスを正当なものとみなすことはできない」と批判。

 

国連人権理事会ではニュージーランドが、ドイツやイギリスを含む45か国を代表して、解党されたカンボジア救国党の復活を呼び掛けた。(参照:REUTERSホワイトハウス公式HPREUTERSREUTERS

 

一方で日本政府は、カンボジア政府に対する明確な批判は避ける姿勢を取り、選挙監視団の派遣こそ直前に見送ったものの、カンボジア総選挙に約8億円の無賞資金協力として日本製選挙箱・ピックアップトラックなどを提供した。

 

また、カンボジア人民党が全125議席獲得し事実上の独裁国家が生まれたのにも関わらず、自民党の二階俊博幹事長は書簡で祝辞を述べた。’194月には、河野太郎外務大臣が政治的中立性に欠けているカンボジア選挙管理委員会の関係者などと日本で地方統一選の開票状況を視察した。(参照:外務省公式HPKHMER TIMES


中国の脅威に対抗を試みる日本政府

なぜ日本政府はこれほど強権的なフン・セン首相を支持しているのか?

 

その背景には、カンボジアでプレゼンスを増す中国政府の存在がある。日本は何十年もの間、カンボジアにとって最大と言って過言ではないほどの開発協力国であり、投資国であった。しかし、’10年頃には中国がそれに取って代わり、カンボジア最大の援助国となった。(中略)

 

つまり、フン・セン首相を中国に取られまいと、日本政府は民主主義的な価値観を犠牲にしてまで、カンボジア政府の機嫌取りをおこなっているのだ。

 

しかし、これは明らかに負け戦である。中国は一党支配体制であるため、独裁国家の支援をめぐって世論を検討したり、財源の支出について透明性を保つ必要に乏しい。日本政府が中国を援助額で負かすことはもちろん、より良い条件で提案することも非現実的だ。

 

日本政府の定める開発協力大綱は、「普遍的価値の共有、平和で安全な社会の実現」の項で、こう謳っている――『我が国はそうした発展の前提となる基盤を強化する観点から、自由、民主主義、基本的人権の尊重、 法の支配といった普遍的価値の共有や、平和で安定し、安全な社会の実現のための支援を行う』。(参照:外務省公式HP

 

それならば日本政府は、矛盾を作り出している中国との競争ではなく、民主的及び人権的価値観こそをカンボジアとの外交関係の中心に置き、いかにしてカンボジアの人々の幸福や健康に貢献できるかを検討すべきだ。【423日 笠井哲平氏 ハーバービジネスオンライン】

*******************

 

なお、日本政府の援助国内の人権弾圧に目を向けない内政不干渉主義は、カンボジアだけのことではなく、ミャンマーでもスリランカでも、いつも見られる行動です。その点では、国際的に評判が悪い中国と“似た者同士”です。

 

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中国「一帯一路」 相次ぐ計画見直し それでも前進 

2019-04-22 23:14:55 | 中国

(【412日 日経】)

 

【「大国」中国の足元を見るマハティール首相】

中国の石油輸入の90%占めるマラッカ海峡は軍事的にはアメリカがコントロールするエリアであり、中国としては、アメリカとの緊張が高まった際の安全保障上の問題を考慮すると、マラッカ海峡を通らないルートの開発が急がれています。

 

その観点から、ミャンマーやパキスタンの港湾を整備して、そこから陸路、中国へ移送するルートの開発も進められていますが、マラッカ海峡の陸上バイパスとしてのマレーシアの「東海岸鉄道計画」(ECRL)も「一帯一路」の重要事業と位置付けられています。

 

その「東海岸鉄道計画」(ECRL)について、腐敗防止や財政立て直しを訴えて政権に復帰したマハティール首相が凍結したことは、“中国嫌い”の人々にとっては「それみたことか!」といった感もありましたが、“老練”“老獪”なマハティール首相は中国や“中国嫌い”の人々の思惑を超えて、「大国」中国から大きな譲歩を引き出す形で、事業の継続で中国と合意しました。

 

****これぞ交渉人、辣腕マハティール首相に中国脱帽****

「世界で最も影響力のある人物」(米タイム誌、418日発表)にアジアから、マレーシアのマハティール首相とパキスタンのカーン首相が選ばれた。(中略)

 

受賞理由に共通する点は、世界の地政学的地図を一党独裁の赤色に塗り替えようとする強硬な中国を揺さぶる巧みな「中国操縦力」にある。

 

中国による一帯一路事業関連融資額が、アジア地域で12位の「一帯一路被支援国家」である両国は、中国からの財政支援を受ける一方、したたかに「脱中国依存」も進めてきた。

 

その最も象徴的な出来事が起きた。

9か月に及ぶマレーシアとの長期決戦交渉の末、412日、まるで“バナナの叩き売り”のように、中国が一帯一路の建設事業の大幅譲歩を受け入れた。

 

マレーシアの要求に応える一方、中国も交渉国と融和的関係を演出することで、強権的とする批判をかわし、イメージチェンジを図り、今後の一帯一路全体の交渉に弾みをつけようとした狙いも見え隠れする。

 

結果、当初の建設費を3割強(440憶リンギ)カットし、計画を縮小、さらに中国色を減らし、地元マレーシアの事業者参入を40%にまでアップさせた。

 

また、マレーシアの基幹輸出産品であるパーム油の中国輸出を「現行比較で約50%アップ」(マレーシア政府関係者)させるという取引も考慮されることが決まったという。

 

中国の大手食用油、益海嘉里グループなどが、8億ドルを超えるパーム油購入を決め、超大型契約を結んだ。

中国はパーム油の爆買いで、一帯一路の首をつないだ、ともいえるのだ。

 

結果、昨年7月に中止された同事業の継続合意が正式に決定された。

 

米一部メディアはこのチャイナ・ショックを「マハティール首相の大勝利」と絶賛。今回のマハティール・モデルが、対中国で債務問題を抱える諸外国が学ぶべき画期的なケースとして紹介した。

 

今回、中国が譲歩した事業とは、習近平国家主席肝いりのプロジェクト「東海岸鉄道計画」(ECRL)だ。

 

南シナ海とマラッカ海峡を688キロ(当初、交渉合意後640キロに短縮変更)の鉄道路線で結ぶ、一帯一路の生命線ともいえる最重要事業の一つだ。総工費655億リンギで、20178月に着工された。

 

ECRLは、諸外国の一帯一路案件同様、中国輸出入銀行が融資し、中国交通建設が「資材のネジから工員に至るまで」中国から“輸入”して建設する。(中略)

 

一方、今回、中国が大幅譲歩した背景には、東海岸鉄道計画が頓挫すれば、中国の安全保障が根幹から崩れ落ちるという危機的状況があった。

 

中国は、自国の輸入原油の90%が通過するマラッカ海峡を、米国が管理するという安全保障上の最大リスクである「マラッカ・ジレンマ」を抱えている。

 

シンガポールには米海軍の環太平洋の拠点がある。万一、マラッカ海峡を封鎖された場合、中国は原油を手に入れることができなくなる。

 

ECRLは、アフリカや中東からマレー半島東海岸側に抜ける戦略的優位性があり、これによってマラッカ・ジレンマの解決につなげたいというのが中国の狙いだ。

 

しかし、そのためにはマレーシアを取り込まなければならない。マハティール首相はまさにここを突いたのだ。

 

マハティール首相は昨年8月に北京を訪問し、「新植民地主義は望まない」と中国を一蹴した。

 

世界のメディアの前で、あえて中国の面子を傷つけ、老獪なマハティール首相への警戒を増幅させ、中国側から有利な交渉条件を引き出そうとした。

 

また、マハティール首相は、本コラムで日本のメディアとして第一報を報じたマレーシア政府系投資会社「1MDB」を巡る世界最大級の汚職事件も巧みに利用した。

 

捜査の進展で、ECRLを含む中国支援の一帯一路関連の大型プロジェクトの資金が、ナジブ前政権が抱えた1MDBの債務返済に流用された疑いが濃厚となってきた。

 

ナジブ前首相の公判が始まり、同事件への中国の関与をカモフラージュする意味でも、中国が「交渉で軟化した」(マレーシア政府筋)ともいわれている。

 

さらにマハティール首相はその老獪ぶりを十二分に発揮。

今年1月、中国との交渉が膠着すると「マレーシア政府は、ECRLの廃止を決めた」と腹心のアズミン経済相が「断言」したかと思えば、今度は華人系のリム財務相が「寝耳に水」と発言するなど、中国を困惑させる手法を展開。

 

国家の威信がかかっている第2回一帯一路国際フォーラム(425日から27日まで北京)で、目玉プロジェクトであるECRLの成果を発表したい中国の泣き所を突っついた。

 

結果的に同フォーラム開催直前の2週間前に、マレーシアの狙い通りの条件で事業継続の合意に漕ぎ着けた。(後略)

422日 末永 恵氏 JB Press

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“東海岸はナジブ前首相や、イスラム主義の野党、全マレーシア・イスラム党(PAS)の地盤で、政権は与党連合の成果としたい考えだ。”【412日 日経】といった、国内政治的思惑もあるようです。

 

【マレーシア以外でも計画見直し】

中国からの借金漬けの問題「債務の罠」が大きく取り上げられるなかで、マレーシア・マハティール首相だけでなく、ミャンマーやパキスタンなど中国にとっての重要事業を担う国々も条件見直しを「大国」中国に迫っています。

 

****5分の1に規模縮小で合意 ミャンマーの一帯一路事業****

ミャンマー政府は8日、西部ラカイン州チャウピューの港湾開発計画で、開発を主導する中国側と、事業規模を当初予定の5分の1に縮小することで合意した。過剰投資で債務返済不能となる事態を懸念するミャンマー側に、中国が譲歩した。

 

合意では、船の係留場建設など第1期分として、13億ドル(約1480億円)を投じる。出資比率は中国側が70%、ミャンマー側が30%。中国国有企業の中国中信集団などは当初、72億ドルの事業規模を提示していた。

 

チャウピュー開発は、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」の一環として推進。深海港があり、中国内陸部とインド洋を結ぶ石油や天然ガスのパイプラインが中国に通じている。

 

一帯一路では、スリランカが昨年、港の整備にかかわる債務返済が困難になり、中国企業に99年間の運営権を譲渡するなど各地で問題が表面化している。【2018119日 産経】

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****一帯一路の生命線、パキスタン経済回廊計画暗礁へ****

(中略)「大国に物申すマハティール首相は若い頃から、私の人生の師匠」

(パキスタン首相の)カーン氏はこのように言い切る。自他ともに認めるマハティール信仰者である。

 

現在、中国の国境付近の開発地域で、一帯一路の生命線とも称される「中パ経済回廊(CPEC)」に関連する約400にも及ぶ関連プロジェクトの公共事業計画の見直しを進めている。

 

そもそも、中パ経済回廊は中東からの原油や物資を中国のウイグル自治区までパイプラインや陸路で輸送するのが主目的。

 

そのため中国・北西部の新疆ウイグル自治区カシュガルから、アラビア海に面するパキスタン南西部のグワダルを結ぶという一帯一路の最も要の大プロジェクトなのだ。

 

総延長は3000キロにも達し、中国にとっては悲願の「中東へのゲートウエー」確保にも位置づけられている。

 

もし仮に、米中が軍事衝突してマラッカ海峡が封鎖されたとしても、原油などのエネルギーはこの回廊を通じて確保が可能になるわけだ。

 

中国にとっては一帯一路の運命がかかっている事業ともいえ、万が一の場合には習近平主席の命取りにもなりかねない。(後略)【327日 末永 恵氏 JB Press

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【事業継続で中国は安堵】

もっとも、大きな譲歩を迫られたとは言うものの、「一帯一路」重要事業の計画見直し・縮小などが続く中で、とにもかくにも事業継続で合意したことで、中国は内心安堵しているのではないでしょうか。

下記の中国メディアの取り上げ方にも、そんな雰囲気がうかがえます。

 

****中国によるマレーシアの東海岸鉄道計画「行きづまり感あったが、ついに動き出す」=中国***

マレーシアのマハティール氏は大統領選挙に当選した後、東海岸鉄道計画の一時中止を決めたが、中国とマレーシアの両国は12日、東海岸鉄道計画を「継続」することで一致した。中国メディアの海外網は18日、「行きづまり感のあった東海岸鉄道計画はついに動き出す」と伝える記事を掲載した。(中略)

 

続けて、中国国際問題研究院戦略研究所の関係者の見解として、マレーシアは中国の一帯一路にとって重要なエリアであると指摘する一方、他国からは「何かの企みがある」といった非難の声が根強く存在すると伝えた。

特に、マハティール氏が大統領に就任して以降は一部の西側メディアは「中国とマレーシアの関係は破綻する」などと報じたと紹介しつつも、東海岸鉄道計画の再開が決まったことは「マレーシアが中国との関係を重視しており、中国が発展を遂げた経験と、中国が提供するチャンスを逃したくないと思っていることを示している」と主張した。

さらに記事は、中国とマレーシアは経済分野のみならず、国防においても協力を強化していると指摘し、マレーシアが中国から導入した沿海域任務艦が進水式を行ったばかりだと紹介。東海岸鉄道が完成し、中国との一帯一路で経済的利益を享受できれば、中国とマレーシアの関係はさらに深まるとの見方を示した。【419日 Searchina

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【37カ国の外国首脳を含む150カ国以上の代表が参加して「一帯一路」国際協力サミットフォーラム】

その「一帯一路」の国際協力サミットフォーラムが、37カ国の外国首脳を含む150カ国以上の代表が参加して開催されます。

 

中国としては、関係国の懸念払しょくの場としたいところです。

 

****「債務のわな」の懸念払拭へ 「一帯一路」会議に37カ国首脳参加****

中国の王毅国務委員兼外相は19日記者会見し、北京で25日から3日間開かれる巨大経済圏構想「一帯一路」の第2回国際協力サミットフォーラムに、37カ国の外国首脳を含む150カ国以上の代表が参加すると発表した。

 

アジアやアフリカなど沿線の発展途上国への支援が、相手国を“借金漬け”にして影響力拡大を狙う「債務のわな」だとする批判の高まりを意識し、王氏はフォーラムの主要テーマを「質の高い発展」だと強調。一帯一路への逆風も吹く中、中国側は順調な拡大を演出する構えだ。

 

2017年の第1回会合では国外から29カ国首脳が参加した。今回はロシアのプーチン大統領のほか、3月に先進7カ国(G7)で初めて「一帯一路」協力の覚書を締結したイタリアからも首脳が出席する。

 

フランスやドイツ、英国などの欧州主要国と欧州連合(EU)、日韓両国はハイレベルの代表団を派遣。日本からは二階俊博自民党幹事長が前回に続いて参加する。

 

一方、一帯一路を通じた中国の影響力拡大に警戒感を強める米国は、前回に続いてハイレベル代表団の派遣を見送った。パキスタンと領有権を争うカシミール地方を通る「中パ経済回廊」に反発しているインドも前回に続いて参加を拒否するもようだ。

 

王氏はフォーラムの意義について、多国間主義を堅持し開放型世界経済の構築を図ることだとした上で「保護主義や一国主義が台頭する中で、この立場はより重要となっている」と述べ、トランプ米政権を牽制(けんせい)した。

 

さらに王氏は一帯一路について「地政学的なツールではなく協力のプラットフォームだ」と主張。「債務危機などのレッテルを一帯一路に貼ることは参加国からも同意を得られない」としつつ、「建設過程においてある程度の懸念が生じるのは避けられず、建設的な意見は歓迎する」とも語った。

 

同フォーラムは25日に分科会を開き、26日に開幕式で習近平国家主席が基調演説を行い、27日には各国首脳らによる円卓会議を主宰する。国外から約5千人が参加するという。【419日 産経】

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【西欧には警戒感が強いものの・・・】

欧州では注目されたイタリアの「一帯一路」協力覚書締結のほか、ギリシャの「16+1」への正式メンバー参加、スイスの覚書締結など、「一帯一路」が拡大しています。

 

****中国、東欧・バルカンで足場固め 16カ国と協力確認****

中国と東欧16カ国による首脳会議が12日、クロアチアのドブロブニクで開かれ、協力推進を確認する共同声明を採択した。

 

中国は巨大経済圏構想「一帯一路」で欧州の要路にあたる東欧やバルカン半島で存在感を高めており、足場固めを図った形だ。中国への対応で足並みが乱れる欧州連合(EU)は警戒をさらに強めそうだ。

 

首脳会議は2012年から毎年開催され、「16+1」と呼ばれる対話の枠組み。EU加盟の11カ国とEU加盟を目指す西バルカンなど5カ国が東欧側のメンバー。今回の会議でギリシャが来年から正式メンバーになることが決まった。(中略)

 

中国はすでにギリシャの主要港を掌握しており、バルカン半島は物資を欧州に運ぶ重要な陸路となる。セルビア・ハンガリー間では高速鉄道建設が一部で始まり、中国は周辺国のインフラ整備にも協力する。

 

李氏は先立つ9日のEUとの首脳会議で、中国の政治・経済的影響力の増大に警戒を高めるEUに対し、投資協定交渉の加速を約束するなどして歩み寄りをみせ、協調維持を図ったばかり。

 

11日にはクロアチアがEUの補助を受け、中国企業が落札した橋の建設現場を訪れ、「EUと中国の協力を示す事業」とアピールした。

 

一方、モンテネグロで高速道路建設のために中国から受けた融資で政府債務が急増し、返済が不安視されている。西欧より開発が遅れた東欧は中国の協力を重視するが、履行されない約束などもあり、中国への期待には参加国間で温度差が出ているともいわれる。【413日 産経】

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****スイス、「一帯一路」に関する覚書締結へ****

スイス財務省は16日、マウラー大統領が、来週開催される中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に関するサミットに出席し、「一帯一路」に関する覚書を交わす方針だと明らかにした。

財務省は「覚書は、一帯一路のルート上の第3市場における貿易、投資、プロジェクト融資で双方が協力を強化することが狙い」と説明した。(後略)【416日 ロイター】

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ただ、【産経】にもあるように、西欧には中国に対する強い警戒感もあります。

 

****独外相、「一帯一路」参加のイタリアを痛烈批判―米華字メディア****

2019420日、米華字メディアの多維新聞は、ドイツのハイコ・マース外相がこのほど、中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」に関する覚書に署名したイタリアを痛烈に批判したと報じた。

多維新聞によると、ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは20日、ドイツのペーター・アルトマイヤー経済相が、北京で25日から3日間開かれる「一帯一路」の第2回国際協力サミットフォーラムに出席することを取り上げた上で、「一帯一路」について「中国は、ヨーロッパやアフリカ、ラテンアメリカでの新たな商業・貿易ルートの開拓に尽力しており、これまでに10以上の国々で港湾や道路、鉄道の建設に投資している」と報じた。

そして「欧州では一帯一路について懐疑的な見方が多く、多くの人々が中国への依存を懸念している」と指摘。マース外相がこのほど、独紙「ヴェルト・アム・ゾンターク」に対し、「一部の国が中国人と賢い商売をすることができると信じるならば、その結果は驚くべきものとなり、そして最終的に中国に依存していることに気づくことになるだろう」と述べるなど、「イタリアを鋭く批判した」と報じているという。【422日 レコードチャイナ】

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そのドイツも国際協力サミットフォーラムに経済相が参加、フランス・日本も・・・ということですから、全体としては、ここまでは中国の影響力拡大・その経済力への期待の方が警戒感よりも勝っているという状況に思われます。

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アメリカ・トランプ大統領のなんでも独断する「ゆるやかな独裁」、しかも十分な思慮もなく

2019-04-21 22:42:31 | アメリカ

【トランプ大統領 リビアのハフタル将軍支持にまわる?】

分裂状態にあるリビアで、東部を実質支配する実力者、ハフタル将軍が暫定政府支配下の首都トリポリに向けて進軍を開始したという件は47日ブログでも取り上げました。

 

ハフタル将軍は東部・南部の(リビアの生命線である)石油施設を支配下におさめることに成功し、ロシア・フランス・エジプト・サウジアラビア・UAEなどの支持も背景に、今後の統一協議においては優位な立場を固めつつある・・・・と見られていただけに、なぜこの時期に国際批判が集中するであろう(国連は一応暫定政府を支持していますので)首都進軍にあえて踏み切ったのかを訝る向きもあります。

 

そうした軍事行動も短期に成果を得られれば、それはそれでハフタル将軍にとっては価値のあることですが、戦況の方がどうなっているのか、情報が少なくよくわかりません。

 

今日の報道では、暫定政府側の反撃開始も報じられています。もし長期化するようならハフタル将軍にとっては“誤算”にもなります。

 

****リビア国民合意政府、首都奪取目指すハフタル氏勢力に反撃開始 空爆も****

国連の支持を受け、国際的に承認されているリビアの国民合意政府は20日、首都トリポリ奪取を目指している元国軍将校の実力者ハリファ・ハフタル氏率いる軍事組織「リビア国民軍」に対する反撃を開始した。

 

国民合意政府のムスタファ・メジイ報道官は、「われわれは新たな攻撃を開始した。今朝、部隊を前進させる命令が出された」と述べた。
 
ハフタル氏のリビア国民軍は今月4日、国民合意政府が拠点としている首都トリポリを奪取すべく攻勢を開始した。ハフタル氏はトリポリの国民合意政府を承認しておらず、リビア東部を拠点とする別の政権を支持している。

 

トリポリでは過去数日間戦闘が下火になっており、戦況はこう着状態にあったが、20日はトリポリ市内の複数の地区でロケット弾や銃撃の音が響いた。

 

国民合意政府のリダ・イッサ報道官は、首都南方のワジラビ、サワニ、アインザラの各地区で、大規模な攻撃作戦を開始したと述べた。またモハマド・グヌヌ軍事報道官は、首都トリポリの南西約100キロのガリヤンなどで、ハフタル氏のリビア国民軍に対する空爆を7回実施したと明らかにした。

 

世界保健機関によると一連の戦闘でこれまでに少なくとも213人が死亡し、1000人以上が負傷した。国際移住機関は25000人以上が避難を強いられたとしている。 【421日 AFP

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一方、“国際批判が集中する”と書きましたが、アメリカ・トランプ大統領は、ハフタル将軍支持に態度を変えたかも・・・・という報道もあります。

 

****トランプ氏、リビア武装勢力に協力姿勢 政策を変更か****

米ホワイトハウスは19日、トランプ大統領が北アフリカ・リビアの武装勢力「リビア国民軍」(LNA)のハフタル司令官と電話で協議したと発表した。

 

LNAは暫定政府が支配する首都トリポリの攻略に向けて軍事作戦を続けているが、トランプ氏はこれまでの米国の立場とは一転して協力姿勢を示した。

 

発表によると、電話協議は15日に行われ、トランプ氏は「テロとの戦いや石油資源の保護においてハフタル氏の重要な役割を認め、安定的で民主的な政治体制への移行について議論した」と述べた。

 

米国はポンペオ国務長官が7日、LNAの軍事作戦に反対し、進軍停止を求める声明を出しており、政策を変更した可能性もある。

 

シャナハン国防長官代行は19日、「軍事的な解決は、リビアが必要とするものではない」と述べ、LNAの軍事作戦については批判的な見方を示した。ただ一方で、「我々はテロ対策でのハフタル氏の役割を支援する」と述べ、リビアの治安の安定という観点から協力する意向であることを強調した。(後略)【421日 朝日】

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【トランプ大統領の「ゆるやかな独裁」】

リビアの状況は、現段階では情報が少ないこともあって、また別機会に。

今日の話題は、トランプ大統領の方。

 

トランプ大統領が“独裁者”“強権的支配者”と国際的にみられている指導者が“好き”あるいは“馬が合う”ことは、かねてより指摘されているところです。プーチン大統領、習近平国家主席、金正恩委員長等々。

 

一方で、“民主主義”を尊重する西欧指導者、とりわけ、民主主義の何たるかを説教するようなメルケル首相は“大嫌い”とも。

 

そうした“好み”からすれば、ハフタル将軍とも肌が合うのでしょう。

 

トランプ大統領が“独裁者が好き”なのは、そうした政治指導者の方が決断がしやすく、“取引”がしやすいということがあるのでしょう。民主主義的な手続きは面倒で、スムーズな“取引”ができないということでしょう。

 

単に、海外の“独裁者が好き”というだけでなく、トランプ大統領自身の政治姿勢が“独裁的”だとのちょっと変わった視点からの指摘も。

 

トランプ政権では多くの高官がクビになったり、自ら辞めていることは周知のところですが、そうした状況にトランプ大統領が困っているかと言えば、そうではなく、逆に実質的権限のない“代理”を置くことで、すべて自分自身が決定する体制に持っていけるので喜んでいる・・・とのことです。

 

****独裁者トランプ:大統領は代理がお好き****

「(政府高官の)代理はいいね。(自分が)すぐに決断を下せるから。物事を柔軟に対応できる」

 

ドナルド・トランプ大統領(以下トランプ)は今月6日、ホワイトハウスの南庭に止まったマリーンワン(大統領専用ヘリコプター)に乗り込む直前、記者団に言い放った。

 

トランプ政権が誕生して約23か月。閣僚を含めた政府高官の多くが職を辞した。

 

トランプに直接解雇された人たちも少なくない。首都ワシントンにある大手シンクタンク、ブルッキングズ研究所がまとめた数字によると、政権発足以来の離職率は66%に達する。

 

要職が空席になればすぐに次の要人が指名されるはずだが、トランプ政権内ではいま代理が幅を利かせている。

 

代理はもちろん正規の長官や高官が決まるまでの「一時しのぎ」だが、トランプにとっては好都合なのだ。

 

というのも、行政府のトップに君臨する大統領として、空席を埋める代理に対して絶対的な力を発揮しやすい状況をつくれるからだ。

 

各省庁の正規の長官や高官はトランプに指名された後、上院で承認手続きを踏まなくてはいけない。

だが代理という立場の人間であれば、省庁の利害よりもトランプの利害を比較的容易に推し進めることができる。

 

長官が決めるべき案件を、トランプが特権的に決めることさえ可能だ。それが冒頭の発言につながっている。

 

代理としてトランプに仕える筆頭はパトリック・シャナハン国防長官代理である。

年末、ジム・マティス前国防長官が事実上トランプに更迭された後、今年11日から代理を務めている。

 

3か月半も正規の国防長官が不在というのは、トランプが故意に人選をしないとも思われても致し方ない。トランプが米軍を思うように仕切りたいとの意識の表れとも受け取れる。

 

そのほかにも国土安全保障長官、国連大使、連邦緊急事態管理庁(FEMA)長官の職も空席のままだ。

さらに大統領の最側近である主席補佐官も代理のままである。

 

代理を務めるミック・マルバニー氏は行政予算管理局(OMB)の局長も兼任していて、51歳という年齢もあり、トランプにとっては「使いやすい」人物なのである。

 

要職を空席のままにしておくのは本人が認めるとおり、「すぐに決断を下せるから」である。しかし中・長期的な政治的因果関係を考えると、トランプ政権を危機的状況に陥れないとも限らない。

 

そんなトランプ政権の周辺で浮上している言葉が「独裁」である。

 

独裁者というと、すぐにスターリンやヒトラーという人物が浮かびもするが、いまのトランプが実践しているのは「ゆるやかな独裁」と呼べる政治的方向性だろう。

 

少なくともトランプは民主的選挙で選出された大統領である。

 

だがビル・クリントン政権時代の労働長官で、ハーバード大学教授も務めたロバート・ライシュ氏は最近、トランプをはっきりと「独裁者」と呼ぶ。

 

民主主義のルールを守っていないと糾弾している。

「大統領は国家が非常事態に陥った時にだけ非常事態宣言を発令できますが、議会が(壁建設)予算を計上しないだけで同宣言を発令するのは独裁者の行為です。これは民主主義にとって、脅威です」

 

ライシュ氏は民主党支持者であり政権外部の人間だが、実はトランプ政権内部からも厳しい声が伝わってきている。

 

昨年9月、トランプ政権の高官がニューヨーク・タイムズ紙の投稿欄に匿名で意見を載せた。それは「ゆるやかな独裁」を実践するトランプの傍若無人ぶりを暴く内容だった。

 

「大統領とのミーティングでは話題がすぐに外れたり突然終わってしまったりします。暴言を繰り返し、衝動的な決定を下すこともよくあります」

 

「また不完全で、情報不足のまま政治決断を下すこともあります。あまりに無謀なので、再検討が必要になることがよくあるのです」

 

好例がメキシコ国境の封鎖宣言である。

トランプは329日、ツイッターで衝動的といえるほど、メキシコ国境を封鎖すると宣言したのだ。メキシコからの不法入国者が減らないことに苛立っての書き込みだった。

 

「メキシコ政府が不法入国者を阻止できないのであれば、翌週には国境の大部分を封鎖する予定だ」

米国大統領が述べる発言でないことは誰の目に明らかだった。

 

年間約4億人が行き来する国境を思いつきで封鎖することがいかに理不尽で、両国に経済的・政治的に不利益をもたらせるかを配慮していない。

 

国境封鎖の時期や場所、方法論には全く触れずにツイッターで感情的に言い放っただけだった。

 

すぐに議会や財界から強い反発があった。

米国・メキシコ両国の1日の貿易総額は約1700億円で、不法入国者と貿易不均衡に怒りを覚えたとしても国境封鎖は解決につながらない。

 

周囲が大統領を説き伏せるまでにほぼ1週間かかる。そして44日、トランプは自説を撤回して「国境封鎖は今後もないだろう」と述べた。

 

独裁的で情緒的な言動について、前出の政府高官がさらに書いている。

「大統領はこの国の健全さを損なうようなやり方を続けています。背景にあるのは大統領の規範のなさです」

「一緒に働いたことのある人であれば、すぐにトランプが物事を決断する時に自分の規範・原則をもっていないことに気づきます」(中略)

 

前出のライシュ氏は民主主義と独裁制について、民主主義は「意思決定のプロセス」が重要であるが、独裁制は「結果」だけを重視することだと述べる。

 

結果が得られるのであれば、手段は選ばない手法が独裁であり、単独で何でも決定してしまう今のトランプは「ゆるやかな独裁」を始めていると言えるかもしれない。これが今のトランプの姿である。【415日 堀田 佳男氏 JB Press

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【“情報不足のまま政治決断を下す” “突然変わる”】

トランプ大統領の実績については、中国への対決姿勢など、これまでの政権でなせなかった成果を出しているとの高い評価もあります。

 

そのあたりの評価は今日のところは脇に置くとしても、単独で何でも決定してしまう「ゆるやかな独裁」にあって、“突然変わる”“情報不足のまま政治決断を下す”というのは、どうも事実です。

 

****「最高」「完全に誤り」トランプ氏、報告書を一転批判****

トランプ米大統領は19日、ツイッターで、詳細が公表されたマラー特別検察官による「ロシア疑惑」報告書が「いかれた報告書」だと非難した。3月に出た概要でロシアとの共謀や司法妨害が「証拠不十分」と結論づけられた際は「素晴らしい報告書」と持ち上げていたが、態度を一転させた。

 

18日午前に400枚超の報告書が公開されると、トランプ氏は「結託なし、司法妨害なし。ゲーム・オーバー」と勝利宣言。同日午後にフロリダ州の別荘に移り、19日はゴルフをした。

 

しかし、報告書には、トランプ氏があの手この手で捜査を止めようとする詳細が記されており、米メディアがこぞって報じた。すると、トランプ氏は19日のツイッターで「いかれたマラー報告書にある陳述は、トランプ嫌いの怒れる18人の民主党員によって書かれた。でっち上げで完全な誤りだ」と批判を開始。

 

マラー氏による捜査についても「これは起こるべきではない、違法に始まった捏造(ねつぞう)だ。巨大に膨れあがった、時間とエネルギーとカネの無駄だ」などと複数回にわたってツイートした。

 

ただ、報告書を受け取ったバー司法長官が3月下旬に4ページ分の概要を公表し、トランプ氏の疑惑を「証拠不十分」と結論づけた時には、上機嫌になった同氏は「マラー報告書は素晴らしい。最高だ」と持ち上げていた。野党・民主党が報告書の開示を求めると、「何の問題もない」と余裕の姿勢を見せていた。【420日 朝日】

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報告書の評価は別にして、弾劾にもつながりかねない大問題ですから、(ゴルフする時間があったら400枚に目を通せといった、文書嫌いな大統領への無理な注文はしませんが)せめて内容はよく聞くとかして把握してから物を言えばいいのに・・・・と思うのですが。

 

もちろん、アメリカの政治体制はトランプ大統領の“独裁”を許すようなものでもありませんが、何度も繰り返されれば・・・・。

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