(チュニジアの首相に指名されたナジュラ・ブーデン・ラマダン氏【9月30日 毎日)】
(【9月30日 NHK】サイード大統領(右)と新首相 なんとなく両者の力関係が出ているようにも・・・)
【「アラブの春」唯一の成功事例チュニジアで大統領が首相解任・議会停止】
「アラブの春」・・・北アフリカ・チュニジアの一都市の露天商の一人の若者が地方役人の理不尽な対応に抗議して焼身自殺したことに端を発する2010年12月18日に始まったチュニジアのジャスミン革命は、2010年から2012年にかけて中東・北フリカのアラブ諸国に民主化を求める大規模反政府運動として瞬く間に拡散し、強権的な独裁・王権支配の多くの国で国家体制を揺るがし、幾つかの独裁政権が倒れました。
しかし、その後の推移は周知のように、シリア・イエメン・リビアのように今も続く内戦の混乱をもたらすことになった国、エジプトのように混乱を経て強権支配政権に戻ってしまった国など、ほとんどの国で“失敗”に終わったとされています。
そうした“失敗”した「アラブの春」の中で、民主化を達成し、その後も維持しているとして、唯一の成功例とされているのが北アフリカ・チュニジアです。
チュニジアでは労働総連盟など4団体が与野党を仲介して民主化を軌道に乗せ、2014年成立の新憲法のもとで大統領選と議会選が2度ずつ行われました。4団体は「チュニジア国民対話カルテット」として15年にノーベル平和賞を受賞しています。
憲法学者だったサイード氏は無党派層に支えられて2019年に大統領に当選。一方、同年の議会選で第1党となった穏健イスラム政党ナハダは、メシシ氏の首相就任を支持しました。
しかし、“成功例”チュニジアの政治が、絶えない汚職、改善しない経済不況、更にコロナ禍のなかで今年7月以来危機に瀕しています。
外交・国防を指揮する大統領と内政を担う首相の間で政治の主導権をめぐる争いがあるとされていましたが、7月25日、サイード大統領はメシシ首相を解任し、議会を停止しました。
****チュニジア大統領が首相を解任、新首相と行政権行使へ****
チュニジアのサイード大統領が25日、メシシ首相を解任し、議会を閉鎖した。新たな首相とともに、大統領自ら行政権を引き継ぐ考えを表明した。
2011年の「アラブの春」で民主化を実現したチュニジアが、大統領と首相、議会の権限を分けた2014年の新憲法制定以来、最大の政治危機に直面している。
大統領の発表を受け、首都チュニスには新型コロナウイルス対策の外出禁止令の発令中にもかかわらず、多くの支持者が集まったが、大統領の行動への支持がどこまで広がるかは不透明だ。
大統領は声明で、今回の行動は憲法に則ったものだと説明した。また、暴力的な反応には武力で応じると警告した。
一方、議会の議長を務める第1党のイスラム政党・アンナハダの党首は、大統領が改革と憲法に対するクーデターを起こしたと主張。「われわれは政府がまだ存続しているとみなし、アンナハダの支持者と国民は改革を守る」と述べ、大統領側との対決姿勢をあらわにした。
国民の間には、長年にわたる汚職や行政機能の悪化、失業の増加を受けて政治への不満がたまっていた。さらにコロナ禍が、経済に追い打ちをかけた。
同国が経済・財政危機に直面し、コロナ対策にも追われる中、サイード大統領とメシシ首相は、ここ1年ほど対立していた。
憲法の規定では、大統領は外交と国防にのみ直接の権限を持つが、サイード大統領は先週の政府のコロナワクチン接種体制の不備を巡り、軍がコロナ対応の指揮を執るよう指示していた。
憲法を巡る争いは本来、憲法裁判所で解決を図ることになっている。だが、判事任命で紛糾したため、憲法制定から7年が経った現在も、憲法裁は設置されていない。【7月26日 ロイター】
2011年の「アラブの春」で民主化を実現したチュニジアが、大統領と首相、議会の権限を分けた2014年の新憲法制定以来、最大の政治危機に直面している。
大統領の発表を受け、首都チュニスには新型コロナウイルス対策の外出禁止令の発令中にもかかわらず、多くの支持者が集まったが、大統領の行動への支持がどこまで広がるかは不透明だ。
大統領は声明で、今回の行動は憲法に則ったものだと説明した。また、暴力的な反応には武力で応じると警告した。
一方、議会の議長を務める第1党のイスラム政党・アンナハダの党首は、大統領が改革と憲法に対するクーデターを起こしたと主張。「われわれは政府がまだ存続しているとみなし、アンナハダの支持者と国民は改革を守る」と述べ、大統領側との対決姿勢をあらわにした。
国民の間には、長年にわたる汚職や行政機能の悪化、失業の増加を受けて政治への不満がたまっていた。さらにコロナ禍が、経済に追い打ちをかけた。
同国が経済・財政危機に直面し、コロナ対策にも追われる中、サイード大統領とメシシ首相は、ここ1年ほど対立していた。
憲法の規定では、大統領は外交と国防にのみ直接の権限を持つが、サイード大統領は先週の政府のコロナワクチン接種体制の不備を巡り、軍がコロナ対応の指揮を執るよう指示していた。
憲法を巡る争いは本来、憲法裁判所で解決を図ることになっている。だが、判事任命で紛糾したため、憲法制定から7年が経った現在も、憲法裁は設置されていない。【7月26日 ロイター】
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【政変の背景には様々な事情も とは言うものの・・・・】
この事態は、大統領がクーデター的に民主主義を行う議会・首相を排除して独裁に乗り出した・・・というほど単純明快な話ではありません。
こうした事態に至った背景・理由はもちろんあります。
しかし、いろんな事情はあるにせよ、大統領が全権を掌握する独裁体制になっているではないか・・・・と言えば、そうも言えます。
****独裁返りか? チュニジア「アラブの優等生」報道が無視してきたこと****
<大統領サイードの全権掌握には、反対デモが起こっているだけでなく、賛成の声もある──欧米メディアが使い続ける「優等生」という表現が誤解を助長してきた、チュニジア政治と民主化プロセスの複雑性とは>
7月25日、チュニジアのカイス・サイード大統領が、ヒシャム・メシシ首相の解任と、議会の30日間停止を発表した。首都チュニスの議事堂周辺には治安部隊が配置され、議員たちの立ち入りを禁止した。
さらに翌日、サイードは法相代行と国防相も解任し、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラの支局閉鎖を命令。一般市民についても3人以上の集会を禁止した。一連の措置について、ラシド・ガンヌーシ議会議長は「クーデター」だと厳しく批判した。
そんなことはない、とサイードは言う。チュニジア憲法80条は、「国家の一体性および、国家の安全保障や独立を脅かす差し迫った危険」が生じた場合、国家元首が全権を掌握することができると定められているというのだ。
確かにチュニジアは、長く経済が停滞し、議会は迷走し、新型コロナウイルスの感染者が急増している。だがそれが、国家の差し迫った危険かどうかは、議論が分かれるところだろう。本来なら憲法裁判所が裁定を下す問題だろうが、そのような法廷はない。
チュニジアはこうした政変とは無縁の国のはずだった。2011年のアラブ諸国の民主化運動「アラブの春」に先駆けて、25年近く権力の座にあったジン・アビディン・ベンアリ大統領を権力の座から引きずり降ろした後も民主主義体制が維持されてきた唯一の国であり、アラブの優等生だった。
だが、欧米メディアが使い続けてきたこの表現は、一種の誤解を助長してきた。まるでチュニジア政治には、民主化以外の道のりはなくて、デモの次は選挙、その次は憲法制定と、直線的に進化している印象を生み出したのだ。
独裁を試してもいい?
興奮気味の社説が、「本物の民主主義」への平和的な移行が起きていると語るとき、チュニジア政治の複雑性や、民主化のプロセス全般の複雑性は割愛されていたのだ。
サイードの全権掌握が、チュニジアの民主化の終わりを意味するのかどうかは、まだ分からない。それに、チュニジアで民主主義が壊れそうになったのは、この10年でこれが初めてではない。2013年には野党党首が暗殺されて、長期にわたり政局が混乱した。
2015年には、チュニジアで民主的に選ばれた初の大統領であるベジ・カイドセブシが、議会第2党のイスラム主義政党アンナハダとの協力を拒んだため、またも政局が混乱した(カイドセブシは議会第1党で世俗的な政党ニダチュニスの元党首だった)。
結局、カイドセブシと、アンナハダ党首のガンヌーシの間で和睦が生まれたが、それは2人が、相手に自分の意思を押し付けるだけの大衆の支持(つまり議席)がない現実を受け入れた結果だった。
それでも、2013年の暗殺事件が大掛かりな騒乱に広がらなかったことや、15年に2人の大物政治家の間で協力関係が構築されたこと、そして19年にカイドセブシが任期中に病死したとき平和的な権力の引き継ぎが行われたことは、大いに称賛に値する。
だからといって、今後もチュニジアの民主化が続くとは限らない。チュニジア情勢を丹念に追ってきた専門家なら、それを知っているはずだ。チュニジアの経済難、アイデンティティー問題、エリート層における旧秩序への回帰願望、そして議会の機能不全を考えれば当然だろう。
実際、現在のチュニジアでは、サイードが全権掌握を発表したことに対して、賛成のデモと、反対のデモの両方が起こっている。
現地からの報告によると、サイード支持派は、首相の政権運営と高止まりしたままの失業率に辟易していた。さらにこの1年のコロナ禍で、チュニジアの医療体制は大打撃を受けた。だから今、「もっと大きな権力を与えてくれれば、国民の生活を改善できる」と約束する独裁者に、賭けてもいいかもしれないと思う人が増えているのだ。
欧米人がチュニジアで交流する専門家やジャーナリストや社会活動家は、より公正で民主的な社会を構築したいと言うかもしれない。だが、幅広い庶民はどうだろう。少なくともここ数日路上に繰り出している人々は、民主主義についてもっと複雑な感情を抱いているようだ。
「成功例」というプリズム
彼らが求めているのは、特定の政治体制ではなく、雇用と社会的なセーフティーネットをもたらしてくれる、もっと実務能力の高い政府だ。
確かにこの10年で、チュニジアの人々はより大きな自由を得た。しかし経済難ゆえに、彼らの多くが自由を手放して、なんらかの形の権威主義を試してみてもいいと思うようになった可能性がある。
もちろん、今後チュニジアで何が起こるか、そして他国がどんな反応を示すかは完全に不透明だ。2011年1月にベンアリを追放して以来のチュニジアに対する世界の注目、そしてジョー・バイデン米大統領が唱える価値観ベースの外交という方針を考えると、アメリカは少なくとも何らかの措置を講じるプレッシャーを感じているだろう。
そこで厄介な問題となるのは、米政府も「チュニジアはアラブの春の成功例だ」というプリズムを通して物事を見る傾向があることだ。専門家も民主活動家も、チュニジアは民主化を成し遂げたのだから、もっと支援するべきだと主張してきた。
実際、アメリカは2011年以降、チュニジアの民主主義定着のために、総額14億ドルの支援を約束してきた。具体的には、国内の治安と安全保障、民主主義実践の強化、持続可能な経済成長などが含まれている。
もし、サイードの議会停止・全権掌握が一時的なものではなく、長期にわたり続くことになったら、つまりサイードが独裁と化したら、アメリカはこうした援助を停止または打ち切るのか。
それは価値観的には正しい判断かもしれないが、安全保障を考えるとリスクが高い。チュニジアはこれまでにも過激派分子を多く生み出してきたし、イスラム過激派の武力が交錯する隣のサヘル地域も不安定だ。
ひょっとすると、チュニジアは民主主義体制とか独裁体制といった、国家の体制に基づき外交政策の大枠を決める時代が終わりつつあるという教訓なのかもしれない。政治体制は変わるものだ。それも驚くほどあっという間に。【8月2日 Newsweek】
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【長引く「一時的措置」 強化された大統領権限】
腐敗と混乱をもたらす「民主的な体制」よりは、結果をもたらす独裁のほうがましか・・・・どうかは、多くの議論があるところで、チュニジアだけでなく、中国・ロシア、その他多くの国々で問題となるところです。
チュニジアの場合も、「一時的」とされた大統領の全権掌握が長引くにつれて、独裁への不安・批判も高まっていました。
****チュニジアの民主政治に危機 政変2カ月、大統領独裁に懸念の声****
北アフリカ・チュニジアのサイード大統領が7月25日に「緊急事態」として国民代表議会の一時停止と首相解任を宣言してから、間もなく2カ月となる。
議会再開と新首相指名はいずれも実現しておらず、9月18日には首都チュニスで反発する市民数百人のデモが起きた。大統領の独裁化を懸念する声も上がり、アラブ諸国では数少ない成功例とされた同国の民主政治は危機を迎えつつある。(中略)
地元紙アルアンワルのナジュム・アルアカリ編集長は電話取材に「イスラム政党と議会は数々の過ちを犯した。大統領の目的は国の方向性を正し、汚職を止めることで、世論調査でも国民の大多数が支持している」と指摘したが、時間の経過と共に欧米諸国を含む内外の懸念は強まっている。
ロイター通信によると、チュニジア大統領府は22日、「大統領は政令によって立法行為が可能」などと、権力を強化する新たな施策を発表した。政治制度改革の準備委員会を設置する一方、議会停止は継続するという。今後、国内で反発が強まりそうだ。【9月24日 毎日】
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上記記事にある9月22日に発表された、「大統領は政令によって立法行為が可能」などと、権力を強化する新たな施策については、以下のようにも。
****サイード大統領、緊急事態における新たな特別措置を発表****
チュニジアのカイス・サイード大統領は9月22日、緊急事態における特別措置に新たな措置を加えた大統領令を発表した。
発端は全国的な反政府抗議デモ
チュニジアでは、大統領への権力集中を避けるため、2014年の憲法改正以来、首相が内政を担う。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大と、それに伴う経済悪化への政府対応の遅れに対して国民の不満が爆発し、議会解散と首相退任を訴えるデモが発生していた。
こうした状況を踏まえ、2021年7月25日に、サイード大統領は、緊急事態における大統領の特別措置を定めた憲法第80条を適用し、ヒシェム・ムシーシ前首相の解任、国民代表議会の30日間の活動停止、全議員の免責特権の剥奪を発表した(2021年7月28日記事参照)。
8月23日には、これらの措置について無期限に延長することを大統領令によって決定している。そして今回、追加措置が発表された運びだ。
なお、今回の大統領令では、新たに以下を主要項目とする措置を加えることが発表された。
憲法の前文(一般原則)、権利と自由に関する第1章と第2章、さらに7月25日に公示された特別措置と矛盾しない全ての憲法の規定は引き続き有効とする。
法案の合憲性を審議するために設けられていた暫定機関を廃止する。
大統領は、大統領令によって組織される委員会の助力を得て、政治改革に関連する法律の修正案の作成に責任を負う。
立法文書は、大統領によって署名される法令の形で公布される。
大統領は、政府の長が議長を務める閣僚委員会の助力を得て行政権を行使する。
大統領への権力集中に対する批判の声
9月22日付のフランス「ルモンド」紙は、サイード大統領は今回の特別措置によって、2014年の憲法改正以降採用されている、大統領は外交と安全保障に関してのみ権限を有し、行政の長は首相とする「混合議会制」を「大統領制」へと移行させようとしていると指摘している。
新たな大統領令の発表を受け、「民主潮流党」「アル・ジョンフリ(共和党)」「エッタカトル(労働と自由のための民主フォーラム)」「アフィック・トゥーネス(チュニジアの地平線)」の4政党は共同声明を発表し、今回の大統領令は民主的な憲法を侵害するものだと強く批判した。
また、国民代表議会議長でイスラム穏健派政党「アンナハダ」の党首ラシェッド・ガヌーシ氏も、フランス通信社AFPのインタビュー(9月23日付)で、今回の大統領令は1959年憲法への逆行で、2011年のジャスミン革命における国民の意思に反するものだと批判した。その上で、大統領個人への権力集中を阻止するための平和的闘争を呼び掛けている。
サイード大統領は2021年9月20日、2011年のジャスミン革命の発端となった市民暴動が起こったシディ・ブジッドを訪問した際、近く特別措置の延長と新首相の任命を行うと述べている。【9月29日 JETRO】
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【女性地質学者を新首相に任命 実質的にはサイード大統領が内政も担う形か】
こうして強化された大統領権限のもとで、新首相が任命されました。
****チュニジア初の女性首相を大統領が指名 政変2カ月、混乱解消に向け****
北アフリカ・チュニジアのサイード大統領は29日、地球物理学者の女性ナジュラ・ブーデン・ラマダン氏を首相に指名し、直ちに組閣作業に入るよう指示した。ロイター通信が伝えた。
女性の首相は同国で初。アラブ諸国で数少ない民主政治の成功例とされた同国だが、7月から政治混乱が続いており、首相指名を機に解消へ向かうか注目される。
チュニジアではこの1年、経済低迷や新型コロナウイルス禍への政府の対応不足に抗議するデモが活発化。憲法学者出身のサイード氏は7月25日、「緊急事態」としてメシシ首相の解任と、首相を支えるイスラム政党アンナハダが第1党の座を占める国民代表議会の停止に踏み切った。
同国憲法では本来、大統領が外交と安全保障、首相は内政を担当する。しかし、サイード氏は9月22日に「大統領は政令によって立法行為が可能」などとする施策も発表し、ほぼ全権を掌握した。
大統領の強権発動に対し、主要政党や全国労組「チュニジア労働総同盟」から独裁化を危惧する声が上がり、26日には首都チュニスで数千人規模のデモが起きた。欧米主要国などからも懸念が示されていた。
新首相に指名されたブーデン氏は政界で無名に近く、政府関係の職歴もほとんどないという。政変で更に悪化した経済難に対処できるかは不透明だ。(後略)【9月30日 毎日】
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新首相のナジュラ・ラマダン氏は地質学者で、以前、国内で世界銀行のプロジェクトに携わった経験があるとのことです。【9月30日 NHKより】
実質的には、サイード大統領が内政に関しても今後とも主導していくということなのでしょう。
議会を今度どうするのか、経済再建・コロナ対策で成果を示せるか・・・「アラブの春」唯一の成功事例チュニジアは正念場を迎えています。