(賛成派、反対派双方が集まった28日の連邦最高裁 “flickr”より By divaknevil http://www.flickr.com/photos/divaknevil/7463021892/ もっとも、“裁判所を埋め尽くす大量動員”とならないあたりは、“個人の国”アメリカらしいとも思えます。)
【オバマ政権1期目の「最大の業績」】
周知のように、アメリカ連邦最高裁は28日、医療保険改革法(いわゆる「オバマケア」)について合憲の判断を下しました。
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医療保険改革法
オバマ米大統領が2010年3月に署名、成立した米連邦法。加入率を約83%から約95%に引き上げ、約4600万人とされる無保険者を減らすことを目的に、保険料の公的補助により個人の保険加入を義務付け、非加入者に罰則を科した。だが、個人の自由を侵害する憲法違反として26州が提訴。連邦高裁などで違憲判決が相次ぎ、オバマ政権は連邦最高裁に上訴していた。【6月29日 産経】
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オバマ大統領の医療保険改革法は、日本のような公的医療保険による国民皆保険ではなく、中低所得者に補助金などを支給して民間の医療保険に加入させ、民間保険と公的保険を組み合わせる形で事実上の国民皆保険を実現する内容となっています。
しかし、野党・共和党にすれば、オバマケアは「大きな政府」の象徴であり、国家財政を圧迫するものとなります。
また、罰金を課しての保険加入義務付けは「個人の生活への国家の関与」との不満があります。
そうした批判・不満を背景に、多くの共和党知事の州が「商品である保険の購入を国民に強いるのは憲法に抵触する」と訴えを起こしていました。
加入義務化など法律の根幹部分は14年から施行される予定ですが、26歳未満の若者が親の医療保険に加入できる条項や過去の病歴を理由に保険加入を拒むことを禁止する条項などはすでに施行されています。
国民皆保険を目指すための医療保険改革は民主党の長年の悲願であり、オバマ大統領も選挙公約として医療保険改革を掲げ、草の根保守派グループ“ティーパーティー”を中心とする激しい共和党側の反対という難しい状況をかろうじて乗り切り、就任翌年に法律を成立させました。
期待値が高かったこともあり、何かと批判にさらされることの多いオバマ大統領にとっては、国内的には数少ない(あるいは唯一の)“実績”であり、大統領選挙での再選を目指すうえでの切り札でもあるということで、連邦最高裁判断が注目されていました。
【「連邦政府は徴税権を有する」】
*****米最高裁、医療保険改革法に合憲判断 オバマ氏「賭け」奏功****
オバマ米大統領が「(奴隷解放宣言をした)リンカーン大統領の業績に匹敵する」と自賛していた医療保険改革法が28日、米連邦最高裁で合憲判断という“お墨付き”を得た。決め手となったのは意外にも、ブッシュ前大統領が指名した保守派のロバーツ長官の合憲判断で、5対4の僅差だった。
「(議会多数の同意で成立した)医療保険改革法がひっくり返れば、前代未聞のことになる」
オバマ大統領は連邦最高裁の判断を前にたびたびこう述べ、三権の一角である最高裁を牽制(けんせい)した。異例のことだった。これまでも政治状況に大きな影響を与えてきた最高裁が合憲との判断を示したことで、賭けに出たオバマ大統領サイドの思惑が的中した格好だ。
もともと、最高裁での決着に打って出たのはオバマ政権サイドだった。2010年3月に医療保険改革法が成立した後、共和党系の26州の知事や司法長官らが、政府介入による個人の自由を侵害する憲法違反だとして提訴したからだ。
このままでは大統領選に不利と判断、選挙前の決着を急いだオバマ政権が世論の動向や裁判官の言動を調べて勝算ありと分析。勝てば再選を引き寄せるとみて、11月の大統領選前の最高裁での決着を急いだ。
仮に違憲判断が出ていた場合、唯一の実績とされた金看板が否定されたことでオバマ大統領が窮地に陥る可能性があった。
9人の判事は、国民の保険加入を義務付けた条項が個人の自由の侵害に当たるなどとして、中間派のケネディ判事と保守派の3人が違憲と判断。リベラル派の4人とロバーツ長官が合憲との判断を示した。(後略)【同上】
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違憲訴訟の中心的問題となっていたのは、無保険者に保険加入を事実上義務づけて従わない場合に罰金を科す「個人加入条項」ですが、連邦最高裁判決では、加入しない人への罰金は「課税」とみなすことができると判断し、「連邦政府は徴税権を有する」「(オバマケアが)禁じているのは、保険に加入せず、かつ罰金を払わないことだけだ」として、合憲性を認めています。
【「オバマ大統領を代えなければ、オバマケアも代わらない」】
今回“合憲”判断で、オバマ大統領側は“実績”をアピールして、再選へ向けてはずみをつけたいところです。
しかし、これまであまり求心力が強いとは言えなかった共和党・ロムニー陣営も、「オバマ大統領を代えなければ、オバマケアも代わらない」と結束を固める形で、論議は更に続きそうな情勢です。
特に、“罰金は課税”という判決内容から、増税に反対する「財政保守」の支持がロムニー氏に集まる可能性も指摘されています。
また、オバマケアは必ずしも有権者に好評ではないという状況もあります。
“ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査によると、法律が成立して以降、反対意見が一貫して上回っており、3月の調査でも「支持する」が34%に対し、「支持しない」が48%だった”【6月29日 朝日】
****論争に火、対立激しく 米医療保険法に合憲判決****
米連邦最高裁がオバマ大統領の医療保険改革法(通称オバマケア)に合憲の判断を下した。11月の大統領選に向け、オバマ氏は1期目最大の成果をアピールする「お墨付き」を得て、より幅広い有権者の支持獲得を目指す。一方の共和党候補のロムニー前マサチューセッツ州知事も党内結束のきっかけを得た。判決後も論争は激しさを増し、大統領選の重要な争点となる。
「政争を繰り返している暇はない。判決を機に、今こそ前進するときだ」。オバマ氏は28日、ホワイトハウスでこう強調した。
医療保険改革法は2010年に成立したが、完全実施は14年1月。判決で最大の争点になった民間保険の加入義務化も同月に施行されることになっている。
改革法のうち、国民受けのいい政策を大統領選前、逆に不人気な部分を後にしたためだ。ただ、施行までの時間を長く取ったことで、共和党側に論争を挑まれる余地を残した。
オバマ氏としては最高裁の「お墨付き」で、改革法の是非をめぐる論争を終わらせたい。
改革法に詳しい米ジョンズ・ホプキンス大のアダム・シャインゲート准教授(政治学)は「オバマ氏は(判決で)改革を支持する可能性のある有権者、とりわけ無党派層から支持を得ることができるようになった」と指摘する。
ただ、一方的に有利になったといえるほど単純ではない。ロムニー氏は28日、「オバマケアを打ち破るため、我々に力を貸して欲しい」と語った。
共和党側では判決後、ティーパーティー(茶会)をはじめとする保守派を中心に「オバマ大統領を代えなければ、オバマケアも代わらない」との声が出る。
同党の候補者選びの段階では、穏健派のロムニー氏を保守派が嫌い、党内がまとまらなかった。判決が保守派を含めて、ロムニー氏への結束を促す可能性もある。実際、改革法が成立した10年に行われた中間選挙では、共和党が大勝した。ロムニー氏の陣営は、大統領選でも、こうした効果を期待している。【6月30日 朝日】
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【「やはりアメリカと日本は違うものだ」】
そもそも、「無保険者に医療保険を付与することは正しいことだ」という民主党・オバマ大統領側の主張は、日本的常識には馴染みやすく、これに対する「個人の生活への国家の関与」とか、ひどい場合は「オバマは社会主義者だ」とかの批判には、「やはりアメリカと日本は違うものだ」という感がします。
また、よく言われているように、問題となった「個人加入条項」はもともとは共和党系のシンクタンクが提案した内容で、ロムニー氏がマサチューセッツ州知事時代に導入した州レベルの医療保険改革の柱でもあります。
オバマケアを攻撃するロムニー氏の“面の皮”の厚さも相当なものです。
人生の荒波を乗り越えていくためには、そうした“タフさ”が必要なのだろう・・・と、ちょっと感心してしまいます。
もうひとつ、今回判断で興味深かったのは、アメリカ政治における連邦最高裁の位置です。
事前の予測では、“最高裁判事9人のうち保守派4人は「違憲」、リベラル派4人は「合憲」の立場。そして鍵を握るのは、保守派だが事案ごとに立場を変える中立派のアンソニー・ケネディ判事だ。ケネディは今回、無保険者の問題を指摘しつつ、加入を義務付けるからには政府はそれを正当だと証明する「重い責務を負っている」と発言。総じて否定的な意見を述べた。”【5月9日 Newsweek】とのことで、違憲の判断が出されるのでは・・・と報じられていました。
実際は、共和党のブッシュ前大統領に指名され、通常は「保守派」に入るロバーツ長官が合憲支持にまわる形となりました。
一般的には“意外な”展開ですが、“賭けに出たオバマ大統領サイド”にとって事前に把握できていたものなのか・・・・そこらへんはよくわかりません。勝算のない賭けに出るとも思えませんが。
最近、レンタル・ビデオでアメリカTVドラマの『ザ・ホワイトハウス』(The West Wing)をよく観ているせいで、裏では相当に激しい駆け引きがあるのだろうな・・・なんて思ったりしてもいます。
アメリカの最高裁判事は、大統領が上院の助言と同意に基づいて任命するもので、本人が死去または自ら引退する場合を除いて、弾劾裁判以外の理由では解任されません。日本のように70歳定年とか国民審査もありません。
中絶、死刑制度、宗教教育、労組争議権など国論を二分する問題の決着がもちこまれるアメリカ裁判制度においては、大統領の大きな仕事のひとつが、自分の政治姿勢に近い最高裁判事を任命することであり、しばしば政治問題化するところでもあります。
結果、最高裁判事の政治的“色分け”も上記のようにはっきりしています。
日本では、最高裁が政治絡みの判断を避ける傾向が強く、最高裁に持ち込まれる多くの問題が最終的には政権側主張に沿う形となるため(少なくとも、そのように思われているため)、最高裁裁判官が国民的関心を引くことは殆んどなく、国民審査も形骸化しています。
こうした司法制度の話については、万巻の書があるところでしょうが、「やはりアメリカと日本は違うものだ」との印象のひとつです。
最近、もうひとつ「やはりアメリカと日本は違うものだ」と思ったのは、消費税増税での民主党・小沢氏らの党議拘束違反問題です。他党である自民党などが厳しい処分を迫っていますが、アメリカ議会では党議拘束が殆んどなく、問題に応じて政権側による賛成取り付け、あるいは反対切り崩しが与野党を問わず行われます。
アメリカのような大統領制度と、日本のような議院内閣制度の違いに基づく差異でもありますが、日本のように党議拘束が常態化していると、採決前から結果がわかっており、国会審議・採決が形骸化してしまう問題も指摘されています。
話が本筋からそれてきましたので、今日はここまで。